つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

願わくば、如来の法をよく解さんことを

2011-03-31 | Weblog
共存共栄を望む。
分かち合い助け合って、
寄り添いながら生きていくことを望む。

与えられたものを
好き嫌いというだけで分け、
命をつなぐものを捨ててしまえば、何れそれに命を脅かされる。

世の中に無駄に作られたものはなく、
それを無駄にして、無駄に命を奪われる。

一円を笑うものは一円に泣かされるように、
邪慳にすれば邪慳にしたものに討たれる。

情けは他人の為ならず、巡りめぐって自分の為という。
情けを掛けて、互いが幸せになる。

他の気を奪い生かされているものである為に、感謝感謝で
償う。

災いは因果の道理で現れる。
注意勧告から始まって淘汰にいたる。
改まらなければ、だんだんひどくなる。
より強大に、より悲劇的に。

如来の真実を正しく解して
行為としていけば、災いは無くなっていく。
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われもこう

2011-03-30 | Weblog
吾も乞う、吾も請う。
ただただ、吾亦乞う。
守よ仏よと。
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大事

2011-03-29 | Weblog
少しの間心臓が止まっていた人の思いは、その間どこにいたのか尋ねると、消えてしまったわけでもなく、
同じ空間にいたという。
思いは肉体を離れてこの空間にいる。つまり、思いに死はないのである。
思いに死がないために老化も無く、常に若い。エネルギーだからである。増減の変化はあれど劣化は無いのである。
大小の変化は記憶の積み重ねによってである。それは、幾度の輪廻により、その時々の記憶が重なり、統一統合されて心となっていき、
性格となる。魂である。生命である。生命というエネルギー。やはり、円い輝きの玉となって揺らいでいる。
性格の善し悪しによって白く輝くものと黒ずむものとに分かれている。
どちらにも清浄と邪悪が交じり、混ざり合っている。

エネルギーの法則が回るものであり浄化となっているために、浄化するものとなって生きている。
善悪など無いために、絶対善となっての存在である。
その法則に適い生きることによって、よく道理に守られていく。苦厄を避けられ、
あっても大事となることが無い。不思議な世界となってつくられていく。

善行と悪行の報いは、その為した人がいなくなっても存在している。報いとなるまで消えることは無い。
必ず為した魂に報うものとなっている。そのため、いつかの世に、なした行為の果として、喜びあるいは悲しむ。
報い報われて初めて消えるもので、なんという名の時の人生に現れるのかはわからない。
魂が連綿であるためである。だから、悪は為すなという。
善い事はしなさいという。それこそ、自業自得の果に報うのである。

この無くならないということを知るなら、どうして悪いことができましょう?恐ろしくてできないものを、知らないためにできるのである。
これを無知という。無明に明け暮れていてはいつも堂々巡り、苦しみから逃れられない。いつもいつの世にも、
なぜ、なぜ、なぜと悩み苦しむ。
死後の世界はエネルギーの法則の絶対という世界。変わることの無い世界となるために、つくられてしまってからでは
救うことはできない世界である。
何億という精子(縁)の中から生まれたチャンス、大事である。人生は無駄にない。無知に暮らさず、
智慧を持って無明を破れ。
人生は大事である。
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思うように

2011-03-28 | Weblog
長く道義をわきまえ生きて、
ある日、不思議なことに出会う。
正しいことと正しくないこととの区別がつかなくなった人達に出くわしたとき、
そこは一面曇り空で暗かった。人々は迷走していて、いつも悩み迷っていた。彼らが何かをしようとすれば、
その行いを拒むように辛く雨が降った。
一事一事において暗雲たちこむのである。
正しくないことが正しいことと堂々として行うが、行いながらも後ろめたく、なぜそう思うのかも辛い。
何事か行うにおいて不遇になるのである。なぜなら、間違っていることをしている為をわからない
いつもいつも迷い悩む人達は間違ってしまい、その間違いは、自分を損得に入れてしまう明らか。
ついにいつも損をした。
そんな人達の間にあって
道徳を為して生きている人を見る。誰彼の好き嫌いを行わず、来るものに対して精一杯つくす。
器量を分けることも無く、その人のためを見抜いて接する。我が身の損得を抜くために迷うことが無く、
不測の事態も福に転じて、まさかもすべて福のまさかとなっていた。
ある日、雨が降った。道義をわきまえた人のところだけ雨は避けた。
行くところ進むところ雨は止んで、その人の行いを助けた。不思議となった。
思うように!
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信心

2011-03-27 | Weblog
信じる人と疑う人。
どちらが幸せになれる人かといえば、
ついには信じる人である。

信じて、一時の哀しみを見る人でも、
仰ぎ見る人は尊いものである。

ただ瞼に映るものを見て、
すなおに映るとは限らなく、
信じてみれば、明らかが見えてくる。
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献身

2011-03-26 | Weblog
すべてが無料である。
あることに従事しているものは、その使命を担い生じてきたもので、
不平も不満も無い。その与えられた環境が生きて死んでいくための価値を作っているためで、
一所懸命の努力がつながって、一生懸命となって報われていくものとなっている。
過酷な労働に従事するものは、過酷なものに耐えうる容となって、過酷を過酷とは思わず、
むしろ、喜びと誇りを持つ。
他から見れば過酷であるが、他にできないことを為しているための誇りを持つ。各与えられた環境が
決して苦となるものではなく、他を羨むことも無い。
他も、さまざまに与えられた事に従って誇りを持って生きている。成しえることは労力だけである。
与えるものは労力だけである。金などかからない。故に、生きていくすべてが無料でまかなわれている。
その労力が、生かされていく場を作るために、かけがえのないもので、誰も厭わず苦でもなく、喜んでする。
苦でないために楽しいのである。そして、逝きつく所、楽しいところに辿りつく。
もし、たとえて、労力を厭うとしたなら、自然の摂理で
はじかれてしまう。
邪な思いは怠慢となり、邪悪だけが繰り広げられる世界となる。
悪は苦を作るだけである。
自然の道理である。

労わる力である。正義の力。絶対報われていく力である。
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自浄其意

2011-03-25 | Weblog
生きていくのには金がかかる。
まして、便利になればなるほど金がかかる。
便利とは自力を極力排除して他力によるものであるためだろう。自分でできずに、
かゆいところに手が届けば届くほど金は要る。
金が無ければ極力自力で、また、我慢我慢と耐え忍ぶ。
情けない情けないと、自分でできないもどかしさに明日が曇り、未来が曇る。
他力に頼った生活になれて、生きる命を他に操られる始末になって、
慌てふためいて、生きる権利を主張する。自然には権利も何も無い。あるのは道徳。
金も何も無い。あるのは道理。

道の理を情けの杖を突いて歩んでいくと、行く先倒れることが無く、徳が積まれて得をする。
自然の慈悲の慈である。情け知らずで歩いていけば非情、慈悲の悲になり苦しむばかり、行き倒れ逝き倒れ。
自然の摂理である。

現代、人は環境にあわせて活きるのではなく、環境を変えて活きている。
環境を変えて活きているために、環境に対応できなくなっている。体の進化は無く退化していく一方である。
他の生物にも無理やり環境の変化を与える。そのために、自力で生きられなくなってきている。
共存共栄は建て前で、競争と独裁、お山の大将になりたがる。

たとえば、本当に身近にいる犬を見て、犬はなぜ全身毛むくじゃらなのか?知らない。自己満足のために支配したがる。
毛だらけの体に衣服を着せて、‘ご満悦の犬’をこしらえた。
まして、毛が無い犬までこしらえて、人の我がままで、人の手なくして生きられない哀しみを与える。
鎖につながれた犬が、鎖があるのを自由と思う哀しみを与えて。

あらゆるところに支配をしたがる。

自然は唯一客観である。あらゆるものの創造主である。支配されることが無いものである。その
道理に合わないものはただはじかれてしまう。道理に合えば徳を積み得をしていくものである。
人も自然の産物である。
その人が、争い、あげあしの取り合い、蹴落とし、我先と、損得勘定見え隠れ、人の弱みに付け込んで等々。
意において、行為において、言葉において、正しくそろってなければ、
助け合いにはならず、人という字も崩れて、自然に淘汰されてしまう。
きれい(浄化の法則)に適わないために。
渾身改めて、損得(欲)なくしていかなければ、「そして、誰もいなくなった」がやってくる。
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いびつ

2011-03-24 | Weblog
謙虚でやさしいものに好感を持つ。
誰がいるいないにかかわらず、損得を思うことなく、
ただ相手のためになるように、今ある心をつくす。
ささやかにも喜びを見たいために。それはまた、自分が喜びたいために。

希望という明かりが輝いている。なぜあるのか知らないが、平等という円い容を成している。
めらめらと燃えたぎる炎は、熱と灯りをちりばめて、創造という破壊をもっている。
希望も無く、かといって絶望も無く揺らめくだけの少し歪に、円い容が周りに集い廻る。
昼という揺らめきの中で男はつくられて、その性質を担う。創造と破壊の性。
夜という揺らめきの中で女はつくられて、その逆を受ける。癒しと憂いの性。
昼は偉大に輝くき、それを受けて夜は小さく光る。だが、夜の闇は、偉大な光よりも広大である。
母なる闇である。いつも憂い潤いでいる。
父なる明である。いつも渇き喘いでいる。

明はいつか闇の中で尽きる。創造という破壊のためであるが、新たな明を闇に繋ぐ。
56億7千万年後のことである。とてつもなく大きく遥かな事であるが、体験することである。
凝縮して凝縮して、男と女の出来事になる。織り成す絡みは善いと悪いに振れながら、
明と暗に別れてしまう。そのときの心のあり方の現象である。

点は線になっていく。その線は円を描いて点となっていく。
連なって連なって容となっていく。
円い一つの点。正しい形が真ん円。壊れることの無いかたち。
歪なものは壊れてしまう。心も物(者)も
いつかは。
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勘気

2011-03-22 | Weblog
驕るなかれと喝を入れられ、
一瞬たじろぐ。
あぁそうだったのかと省みてもすぐに忘れる。
飽食に好き嫌いをあてがい、かけがえの無い命の御調を蔑ろにして、
悪びれる様子も無く、ころあいのよさばかりに目を奪われて気にする。
格好が優先されて、生き易さを犠牲にして、多くの無駄をする。
無駄にすれば無駄にしてしまったものに訓えられる時が来る。
そのものに命が天秤にかけられたりして。
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力の違い

2011-03-21 | Weblog
天空よりこの星を見つめて、大きく占める水の中に、
か細く現す地のあり方。
険しくそり立つ岩山の凄さも、まるで違いなどなさそうに水にへばりついて映る。
降り立てば、心細く覚えた地も大地と受け、偉大と思う。
その誇りが迷いとなって慢となる。

偉大さも広大には呑み込まれ、跡形も無く姿を隠す。
あまりの違いの中で、図られて生かされていることを知る由も無ければ、
まんじりとすることなく、ただ消えてしまう在り方。
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