つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

智慧の判断

2010-02-28 | Weblog
知識は他人による経験を学んだもので、
自分の経験に基づいていない為に
教えられても忘れてしまう。
智慧は自分による経験で学んだものである為に忘れることがない。
それは例えて、
自転車の練習にあてはまる。
どんなに口でこうすれば乗れるからと教えられても、やってみなければ
乗れるものではない。
何度も何度も練習を繰り返して、そのこつをつかまなければ乗れない。
それが自分の経験で得られるもので、経験しないで知識だけで、
こうだああだと言われても乗れないものである。
智慧とは自分の経験による識。
経験に基づく判断が智慧の判断となる。
一度学習したものは忘れることがないために、
一度
自転車に乗れるようになると長い間乗ってなくても
乗れなくなるということはない。忘れることがない。
それが智慧である。
そのために智慧の判断は誤ることがない判断となる。
考え迷うことなく即断できるものである為に、
一度乗れた自転車は迷うことなくすぐ乗れる。そのように、
智慧の判断はすべての事柄に即断できるようになる。
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冬は青く

2010-02-28 | Weblog
冬は白に覆われ増して青く輝く。
氷は熱を嫌い暑さを嫌がる。
人は寒さを避けようと暖かいものを覆い、
少しでも暖かくと
炎の色を身につける。
雪は炎の色を好まず、
その色に襲いかかり張り付き覆う。
とめどなくその色に降り積もり閉じ込める。
あたり一面冬景色に、一点のか細い赤色はあえなく身動きできず埋もれる。

青色は水色で寒さの色、また、癒す色。
雪になじみ氷に溶け込む。あたかも、
雪の精が喜び迎えるようにその色を拒まない。
そのため、よく動き回れて寒さを忘れる。

氷上で楽しむ時は、
その精に嫌われぬよう青色を基準で着飾れば
難なく楽しめる。
雪で作られた‘かまくら’が思いのほか暖かく快いように、
雪の中では、青、白、黒が好まれて、思いのほか温かく
快活に動きまわれる。
僅かに小さく橙の色をあしらい、謹みを表しながら
生きていることをその精に伝えて。

人の思いとは裏腹に物事はあり、識はよく惑う。
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試す価値

2010-02-27 | Weblog
身を低くして、謹んであたれ。
自分をまえにもっていけば、風当たりが強く
なかなか思うように前に進めない、進まない。
心に感謝を持ち有難く生きれば、知らず知らずのうち
喜ばしいことに出会うようになる。それは、いつもささやかなことから始まってくる。
塵も積もれば山となるといわれるように、日々何気なくも
慎みを持って生きていれば、楽しく暮らしていけるようになる。
‘賀’の時を多く迎える。
悲観的事柄も楽観視に変えて、
誠実を刻みながら頑固でもなく、面白くして生きるなら、
道理がよく守ってくれる。
省みれる人は、それをよく知るようになる。
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殺してはならない

2010-02-25 | Weblog
「殺してはならない、殺させてもならない」

正義をもって悪事を裁くとして悪を為す。
殺す行為は悪の行為。

人が人を裁くことは、悪によるものである。
正義は正義である。悪を為す正義など正義とは言わない。
殺すということは悪の行為。
善人の為す行為にはない。

正義をして人が人を裁いても、
裁いた人まで悪を為すこととなる。
悪い行いは悪いことによって悪い目に遭うもので、
裁かれるというは道理によるものである。
悪人はその行為の縁によってやがて悪い目に遭う。
それは道理である為に必然となる。
わざと殺すことをしてはいけない。
世俗の常識でははかれないものだが・・・。
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儲け

2010-02-24 | Weblog
他人のことは考えず、自分の利だけを考えて行動する為に、
結局損をする。
楽をもって利となることで得をしたとほくそ笑む。
下心あって、
何度もそんなことを当て込むと酷い目に遭う。

この世において、正負は同等で存在する。一つの中に、
まったく相対してつりあいを保ち容を成している。
物の
得ばかり当て込み、策略のうえ今、
利となっても
いずれ後に、それ以上に損害を被る。
プラスとマイナスは互いにゼロを基点としている。
ゼロを起点してゼロに終点する。
その過程で、正負の増減が僅かに行き来するだけである。
心の
得(徳)をもって真の利である。
それこそ儲けである。そのとき、
正負も互いに利あるものとしての存在となる。
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この世の事柄

2010-02-23 | Weblog
幸せは苦しみの中から生み出されて、
幸せのうちにあっては苦が生まれる。
この世では、
苦は除けない。
苦難あっての喜びであり、
喜びの後の寂しさ辛さである。
苦なくして楽は生まれず、この世の事柄である。
あの世においては、苦か楽かいずれかのみで、
同じ住処に苦楽はいっしょにない。
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こころに敵あり

2010-02-22 | Weblog
「敵は我にあり」と思いて、
この語りは
我が心に語るものである。
もし、何かを競い合っているのであれば、
競い合う相手を見るのではなく、自分を見て、
自分の心を観て、自分と競うものである。
自分を好く調えられて万全であれば、
恐れることは何もなく、対するものに振舞わされることはない。
周りの刺激に惑わされることはない。
勝負は常に安定、利を得る。
引くも出るも自分の心のあり方。
我が心の駆け引きである。
他を気にして事にあたれば、勝敗は常に揺らぐ。
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無知

2010-02-21 | Weblog
「神よ許したまえ、彼らは知らないからである」
キリストが処刑されるときに言った最後の言葉。

何事も知らないということは怖いことである。

怖いもの知らずという言葉があるが、
身の程知らずに向けられた哀れみの言葉。

謹んで生きてこそ
我が身の愛しみとなるものを・・・。

いつでもいつの時も驕るなかれ人間。
自然を敬い、怠ることなく学び生きること。
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哀性

2010-02-20 | Weblog
人に嘘をついても
自分は知っている。
善か悪かをわきまえながら、
ただ自分の保身を図る人。
うしろめたさを一握り、ズボンのポケットから取り出して、
そっと地面に放り出し、足で踏み潰して歩く人。
女が綺麗に見せようと、顔をメイクするように、
化けて人は語り合う。

皆良い人であるかのように振舞って、
狐と狸が化かしあう。

素は綺麗なものを、うしろめたさをもつなんて・・・。

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無邪気に

2010-02-19 | Weblog
邪心があれば、
会いたくないと思うものに合い、
避けたいと思うものが避けられず、
急がば急ぐほど足をとられる。
邪心があれば、煩わしいことに遭遇する。

無邪気であれば、
不意に会いたい人に遇い、
図らずも
物事は難を逃れ、
気がかりなことも好転していく。
思いもよらない朗報を得る。
嫌な思いに遇うことも無く、煩わしく思うことも無くなる。
無邪気にあれば、煩うことが無い。

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