つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

2012~あやうい

2009-08-31 | Weblog
2009年暮れ頃より異変は特に顕著になり始め、
一時的に回復を見せかけた人々の生活は、自然の不順によって、
にわかに崩れ始めていく。その自然の不順は、人の悪のエネルギーによるものである。邪な心の勝る時、その界は崩壊の道を辿る。
人の歴史の始まりより、歩みだした善も無く悪も無い無記な気(エネルギー)は、
善悪の無い、故に絶対善となっている気の法則に沿うこと
徐々に違い、あるはずも無い悪を築き上げて、
少しずつ少しずつ歪み、その気の蔓延り著しくなってくると、
自然の浄化作用の刺激となって、淘汰の動きが起きる。
季節外れのと、時ならずの事柄多くなり始め、狂いだし、
頃合の度を越し始めて生物は棲めなくなる。
丁度よい加減で生命は生きているが、加減が偏りすぎれば壊れるだけである。

過ぎるは過ちである。
生物は過ぎ去ることで生きている。それは本望ではない。
過ぎ去らずして安住に生きるのが、生命の本望である。
安住の世界を築き上げて、目的達成、人生の意味となる。
2012年には邪な気(心)勝り始め、異変は起こる。
「歴史的な」とすることのはじまり多くなり、
そして、誰もいなくなっていくはじまり。



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人は道具に非ず

2009-08-29 | Weblog
雇用の安定なくして生活の潤いなく、生活の潤いなくして
景気の上向きなし。
他人の苦しみを我が身に置き換えることなく、
むしろ踏み台にして、我が身の楽を得ようとする。
自分の発展のために、他人を道具として使い、
いらなくなれば捨ててしまう。その道具となる身の立場を考えることなく、
自利のみを優先してしまう。
「使い捨て」、なんとさもしい言葉。人は道具に非ず。

今の社会は、年間三万人以上の自殺者を出す社会。中高年の住み辛い社会。特に若者の自死が増え続ける社会。生き辛い社会。希望の失せる社会。夢の見れない社会。相憐れみ、助け合うことの忘れられた社会。
私利私欲のために、偽善を装う社会。
人は皆、自分は幸せになりたいと思う。それは間違ってはいない。
が、そのために、いつくしむことを知らない。


自分の発展のために、協力するものの発展も思い、共に栄えるように計らうのなら、いずれ倒れる身にありながらも、
尚倒れること無し。
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さもしい

2009-08-27 | Weblog
巷に触れ合う人々のなんとさもしいことか。世も末と異様に感じる。おそらくここまで酷いとは、手当ての甲斐もなし。 「神よ許したまえ、彼らは知らないからである」キリストの最後の言葉。悪を為そうとする人の罪の許しを請う。人の哀しさを知り尽くして、情けは生まれる。我もまた哀しき人なれば・・・情けない人増えて世は終に。
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さしせまって

2009-08-26 | Weblog
ひそかに兆候は現れ始めている。
地は揺れ、天は豪雨と世を曇らせる。
激震となる時、空はその兆しをあらわす。
扇状に雲がならび、赤青黒く空を焦がす。
人の世も亦揺れて、右往左往と定まらない。そんな中で、
暮らしにくい思いが、巷に蔓延しはじめ
混沌としてくるとき、泣きっ面に蜂、踏んだり蹴ったりと言うように
事は起こる。
~の変と歴史に刻まれる。
すべてが、人の誤りによる人の悪のエネルギーが起因する。
「愛しむべし」と謳いながら、思いやりの欠けた行為、その矛盾。
自然を傷つけるものは、自然に傷つけられる報いを受ける。




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生きるのはなぜ

2009-08-25 | Weblog
肉体を持って生きている今が、幸せであればいいのではない。
なぜ生きる?
生きている事態、苦しみであるために、
その苦しみから離れる為の目的として生きる。
目的にたどり着けば、もう生まれることは無い。
人は、人としての行為によって縁となり、
人として生まれる。種の保存であるために、他の生き物との縁となることがなく、
人は人として転生する。肉体経験によって縁の起生となるために、
行為は要である。貪りに生きれば餓鬼となり、愛欲に執拗すれば血の池となり・・と地獄の世界の縁となる。
欲望のなかですったもんだとなり、あの世は地獄。そのうち稀に生じて、
宿命を背負い、再び人生の旅人となる。運命清く生きて、その大きさにまで業のリセットとなる。
その苦しみより悟りを得て、生命の涅槃にたどり着くまで、輪廻する。
自分のために生きる。自分と言う生命の浄化を目的にして。
よって、善が方便となる。


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錯覚

2009-08-24 | Weblog
「この話は儲かりますから」と他人の欲につけこんで
儲け話をする。
誰しも楽をして得をしようとするものだから、
欲にくらんだ目がまんまと騙される。
他人は、本当に得をする話は教えないものだ。
そんな話があれば、自分が握り締めて離さない。
欲得は正しい判断を鈍らせる。
都合のよい事柄は、欲のある思いには巡っては来ない。
むしろ、企てられた欲によって得た利は、その後、
それなりの損に転じる。
欲得を思わず、奉仕する事柄は、
後、利を得る。心が都合を考えたような利となる。
清浄なる心は、心の望むような方向性を持つ。
良心は良いものに出会う。でこぼこな曲がりくねった道なれど、宝の扉を持っている。
悪心は悪いものに出会う。平坦でまっすぐな道なれど、汚れ朽ちた扉で仕切られて、開けて悪臭を放つ。

普通に、うまい話は無いものだ。
と心得て、欲を捨てれば、損はせず後、得となる。
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南無阿弥陀仏とつぶやく破目に

2009-08-22 | Weblog
義理も人情も廃れて、利己的な人が増えている。
そのために、社会は歪んで理不尽なことが多い。

戦後まもなく、皆貧しかった頃は、互いに助け合って生きていた。
生きるのに精一杯で、命の大事さを著しく知らしめられた時代。
助け合うことで悲劇を克服し、すばらしい発展を遂げてきた日本。
助け合うことで、補い合うことで栄えていくのを学んだのに、
のどもと過ぎれば熱さ忘れるように、
優劣の別をつけたがり、競り勝つことに快感を覚える。
競い争う。それは、戦争となんら違わない。
知らない間に、共存共栄をきらって、今、世の中は傾いた。
いまさら気が付きだしても、後の祭りのようだ。
義理人情廃れて、利己的社会は滅ぶ。
富裕と言われる人も貧しさを味わう。そして誰も・・・となる。
南無阿弥陀仏~
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必然

2009-08-21 | Weblog
自然は狂いだして、
夏は夏らしくなく、なんとなく秋のようで、でも暑く、
突然と寒さが忍び、早々と冬になる。冬は冬らしくなく、
時ならずの花が咲きながら、寒さは乱れ気味に、なんとなく春となる。
春は長く雨を伴い、ぐずって湿った夏となる。得体の知れない病が蔓延る。
春は春の様子を、夏は夏の様子を、秋は秋の様子を、冬は冬の様子をと示すはずが、入り乱れる。らしくない時が訪れて、
人は、おかしいと感じながら、迫りくる変革になす術を知らない。
自然は、道理にそぐわないものは淘汰する。いろいろな兆しを見せて。
21世紀内、人の歴史は一旦幕が落とされる。
水は山のように高くそびえて、
大地を隠す。
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努力の無駄はない

2009-08-20 | Weblog
清潔なものを食べて不潔なものを出す。
不潔なものは浄化されて清らかになる。
人工的に整然と並べられたものは乱雑になり、
やがて、自然に秩序が整う。
そこにあるものは
やがて、形を変えて
あるものになる。
時は、有るものを無いものに変えて、無いものは有るものに変える。
‘やがて’という絶対性を持って。
綺麗なものは不浄なものを出しながら、やがて
不浄なものに変わる。だから、怠ることなく整える努力が必要となる。
好く調えられたものはやがて、自然に調う。
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願解如来真実義

2009-08-19 | Weblog
人としての行為、性行為。
性行為が無ければ母胎に宿ることが無く、
生まれることが無くなる。それが、
輪廻の縁を断つ。
誰一人、この行為をしなければ、人としての絆が絶たれて行く。
そのようなことはありえないが、
もし、輪廻の絆を絶ちたければ、自分は性行為をまったくしなければよい。
異性を現象とすることなく、異性を心の中から排除し、感じることが無くなれば、
異性の存在しない世界となって、生じるものより離れる。人としての縁が絶たれ、
輪廻からの解脱となる。苦しみからの解脱となる。
それは、性行為の快楽の比ではないほど、快いものである。
その永遠の世界が生命の求める真の世界。心の現象の世界。
般若心経の説く世界。
誰でも行ける世界。誤って解釈せず、そして、その通り行為としていくことによって。
ゆえに、願解如来真実義。
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