つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

覚った事

2007-07-31 | Weblog
うれしくてもかなしくても
人は涙を流す。
感情の起伏、
栄枯盛衰、共に涙する。人は、
幸せと不幸せの入り混じった涙を流して、青色となって
満々たる大海をつくる。
哀しみも喜びも知らない人は無く、顧みてただ黄昏る。
人の人生というものは
哀しい。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

その身になって

2007-07-30 | Weblog
健康のありがたさを知るためには、
病気になってはじめてわかる。
病にかかってこそわかるもの。
どんなに健康が大事だとおもっていても、
病にかかったことの無い人にはわからない。
だから、つれないことを平気でいう。
哀しみを知った人は、それさえも理解して、だから
口をつぐむ。ただ黙って微笑む。
その瞳の奥に哀しく光る涙を他は知る由も無い。

経済的に貧しい人達は天を仰いで哀れむ。
心の貧しい人達は地に趣いて悲しむ。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

倹約

2007-07-27 | Weblog
倹しくあれ、慎ましくあれ
と 先人たちは説いた。

ひかえめで礼を重んじ、敬いを以って生きる事が
何も知らなくても、幸せに通じている道であることを
彼らはよく知っている。

もったいないと物を大事にする。
大切に扱う。それは 何にも宿る精を敬うこと。
大事に使われて喜ぶ。
物惜しみして、ケチる事とは違う。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

優れた優しさ

2007-07-26 | Weblog
心のケアをしましょう。
人の痛みを知るには自分が哀しくなければならない。
哀しみの中にいなくて
どうしてその痛みを知る事ができるでしょう。
哀しみに手をさしのべられるのは、哀しみにある人。
ともに励まし、労わりあって立ち上がっていく人こそ
敬うべき人。ただただその人に
人は従う、すぐさま。

心の優れた人。優しい人。
見返りを求めることの無く、
人の為に尽くす人、真実 自分の為に尽くしている人となる。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

般若心経

2007-07-24 | Weblog
般若心経を正しく理解された人はいますか?
もしも正しく理解されているなら、菩薩があなたの前に必ずや
イメージとして現れてくるはずです。
はっきりと確かに観自在菩薩があなたの前に現れます。
それは、金縛りにあったときのような感覚であるはずです。
でも、畏怖の念はありません。穏やかで
とても快い感覚であるはずです。
現世では感じた事のない安らぎを得られるでしょう。
はっきりと自覚できる現象ですが、後
‘陽炎のような’と思うでしょう。
そのような現象にあったことがなければ、
心経が身についていないということです。
智慧ある判断がされていないという事。
心経の文字一つ一つを正しく理解されますように。
心経の解釈は人の常識(知識)では解けません。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

優しい風、悪を抱かず

2007-07-21 | Weblog
なんと心を閉ざしている人の多いことか。
強く警戒心を抱いて疑い、信じることに
不安を覚えて、かたくなに殻の中に閉じこもる。
ほんの少し扉を開けて外を眺め、
すれ違う人を見る。
君は一人ではないのに、一人の殻に閉じこもる。
君も君もとたくさんいるのに
つながりを持とうとせず生きている。
心の中は淋しくて泣いているのに。
君も君も、信じるに値する人でありながら、
疑いを楯にして、荒む。

心の扉を開いて、優しい風を取り込もう。
裏切ることはせず、信じよう。
疑うことはやめて、信じよう。
たとえ、信じて裏切られても、
裏切ることはせず、疑うことはせず
自分は信じることをしていこう。
あなたは、良い人だから、と。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ないかのように

2007-07-20 | Weblog
心の中では泣いていても、
明るく振舞っていよう。
何も悩みなく、苦がないかのようにしていよう。
そのイメージが良い波動を生んであなたに伝わるなら、
私はあなたから少しでも好かれるに違いない。

天真爛漫な笑顔の人ほど、苦しみを知っているものだと
私は知っているから、
精一杯の笑顔で、いつもあなたに会いたい。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

以心伝心

2007-07-19 | Weblog
毎日僅かながらも私を訪ねてくれる人へ、
ありがとう。
ただドアのノブに手をかけて、
そっとでも私の部屋の中をのぞき見る人は、
哀しみをよく知っていて、
心の優しい人に違いない。
私は害もなく、得もなく、損となることも無い人だから、
あなたの心の中に残ることもないでしょう。
すれ違いながらも袖を触れ合う人の優しさで、
私は か細く生きている。
一期一会の人達だからこそ、精一杯の誠を
私は取り留めもなくおしゃべりをする。

私の部屋の中に、
ずいぶん前から 大切に育てているサンスベリアという観葉植物に
二本の茎がヒョロヒョロと伸びて、白い花が咲いた。
花が咲くなんて思っていなかったので、
なんだか嬉しい。それも、
とても甘い香りを優しく漂わせて。
私はとても癒される。
思わず、有難うと声をかけた。
そばに、優しくて美しい女性がいるように感じられて。

私の部屋の中をそっとでも覘いている人は、
この香りが(見える)でしょう。
(イメージ)として香るでしょう。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

選択

2007-07-17 | Weblog
いつも何かを選択して生きている。
それが間違っていたのか いないのか
わからないで今日がある。
いまだに、生きることに戸惑いながら
右と左と、どちらかをえらびながら生きる。
おそらく、私がここにこうしている事がわからないでいるのだから、
わからないで選ぶ決断は誤まるのだろう。
どちらかを選びながら生きている。
得するほうを選びながら
損をして生きている。
おそらく、私がここにこうしていることが
損なこと。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

常識をやぶって・・・

2007-07-16 | Weblog
夢の世界も、あの世も記憶でつくられる世界。
記憶の現象であるために、
記憶に恐怖、不安、悪がつくられると、
それらが現象されるために、
夢の世界は恐い夢となって、嫌な夢となる。
死後の世界は、恐怖、不安、悪となって地獄となる。

記憶が現象されて世界が創られているために、
その記憶にできるだけ悪をつくらないこと。
悪を記憶としなければ、悪は現象されないために、
悪の無い世界が創られ、つまり、地獄となることがない。

人生のなかに悪いことをしない、これが悪を記憶としないということ。

人以外の動物は生きるために
獲物を捕らえて食す。そこには善悪はなく、
ただ自分が、種が生きるためだけを思って捕らえる。
特に弱っているもの、自分より弱いもの、力のないものを捕らえる。それは
情けもなく哀れと思うこともない、感情の動かないものである。
憎しみのないものであるために、悪が現象とならない。
だから、彼らには悪が記憶とならず、現象となることがない。
そのために地獄が創られる事がない。
死して、地獄となることがない。
人の常識では、なんと非情な事かと思うのだが、
人の常識では計れない善悪である。
恐怖や、不安、悪がつくられると、それが記憶となって
その縁の世界が創られてしまう。
想念に悪を思わないこと、これが心のあり方である。
救われる方便である。
人の常識では計れない識であるために、
智慧という識で持って計る。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加