つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

手の施せないほどの乱れ、手遅れ

2017-08-31 | Weblog
関東、八月に入って二十一日間の雨降りの記録となる。
そして、八月三十一日だというのに、
十月頃の気温となる、肌寒い!

近隣国においては、やんちゃ坊主が悪さをしようとして騒がしい。

人気は天気に影響して乱れ模様、荒くれて共々害を与える。

世間は、平和ボケの中で戦闘にそなえての防御の態勢をとる。
それでも緊迫感はなく、どうしていいかわからないまま、
無防備で戦争へと巻き込まれていく。お手上げ状態で、
ただごとならぬと気が付くころには、何もかも失う。
天が轟き地がうねる。
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道理は否めない

2017-08-30 | Weblog
日本経済は破綻する。
格差はその兆候である。
過去にバブル経済があったように、
その未来には経済破綻が待っている。

山が高ければ高いほど谷も深いものだ。
夏が暑ければ暑いほど冬も寒い。
それは、兆候を相もって現れたりもするために、
一概ではないとするが、必ず辻褄は合わさってある。

平等を欺きに使い、公平とする不平等社会は、
ガスだまりの風船のように、
たまりかねて破裂するのが落ちである。
そのところどころは、もう壊死していて限界が近い。

消えゆくろうそくの火が、一瞬熱くたぎるように、
長らく病んでいる人が、よみがえったように活き返って、
すぐさま
絶えるようなものである。
やばい時期に入っている。

道理は否めないものだ。
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何の秩序?

2017-08-29 | Weblog
戦争は起こる。
世界大戦は、第一次と第二次まできている。
二度あることは三度あるといわれる。

人間というのは、愚かなものである。
過去に学びながらも、過ちを繰り返す。
世界中の国々、その歴史は戦争である。
島国である単民族日本にあっても、戦の歴史は
承知の通り。人間は争うことで生きてきた悲しい動物である。
動物であるために、弱肉強食にして命を保っている。
互いに出遭ったら最後、いがみ合い争うのである。
人間は、スーツを着た獣に過ぎない。
まるで、見せかけてある自然のようである。
美しくありながら、しかし、醜さを見せる。
動物であるための秩序であろうか?
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曖昧と自由

2017-08-28 | Weblog
人間は神々の対立によって作られた失敗作。
自由と曖昧を取り違えて作られたために、
想像だにしない方向性を生み、驚愕する。
いずれ神々をも超えていく能力を持つことを知り、
畏怖したものである。
曖昧は、自由と不自由の区別がつかず、
そういうものは、必ずや不自由となるために、
自由をもって、失敗作の葬りに取り掛かる。
互いに戦わせて、もろとも葬り去るという方便である。
良くも悪くも神々の目論見であるために、
実に巧みにし向かれている。
到底、人間には計り知れない。

自らにとするのは、実に計り知れないものである。
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最優先課題、道徳教育

2017-08-27 | Weblog
倫理を忘れた人達は、何も頭が悪いわけではない。
社会通念上、不倫はいけないことであるといいつつも、
不倫報道が絶えなくあるのは、荀子の性悪説にうなずく。
人の本性は悪であり、善のように見えるのは偽りであるとするものである。
頭の良し悪しにかかわらずに、
誰にでも起こりうることであるために、そう思う。
しかしながら、孟子は性善説を唱え、不善となるのは欲におおわれるためだという。
これもまた、頭の良し悪しにかかわらず、誰にでも起こりうることであるために、そう思う。

学識豊かにして、地位と名誉と金がある人ほど倫理観に欠けている報道が目に付く。
英雄色を好むとも言われて、何やら憧憬と畏敬の念を持って仰がれる存在にして、
倫理観欠如である。だから、
味方多くしても、悉く忌み嫌うものがいたりする。
多くに好まれても、最愛に嫌われたのでは元も子もない。
道徳観念なくしては、なにもかも最悪になるだけである。
現代はその時間線上をひた走っている。
末期症状が見て取れる。
道徳教育こそ人間の最優先課題である。
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心を摩け

2017-08-27 | Weblog
仏陀は訓えた。
「サイの角のように一人で歩め!」
年老いて、孤独に死んでいく人をかわいそうと思うものだが、
人は誰でも一人で死すものである。
老人になって、友達がいなくて寂しいなどと思わなくてもよい。
一人であることが理なのであるから。
心の在り方を、理に適い老いることである。
心はエネルギーであり、エネルギーは法則の自由によって不滅である。
だから、
人の常とする識にとらわれずに、知恵をつけて思うことである。

妻があれば、妻よりも早く死にたいと思うのであれば、
妻を大事にすることである。
妻があり、妻より長く生きたいと思うのであれば、
妻をいじめて暮らせばよい。妻は、あなたよりも早く死ぬ。
妻が早く死んだあと、あなたは苦しむ思いを受ける。そして、
”憎まれっ子世に憚る”で、長生きするあなたを苦しめる。
苦しくて死んでしまいたいと思っても、死ぬに死ねないものとなる。
そうして、病んでやっとの思いで最期を迎えても、
苦しんで死ぬものは、死後もまたそのまま苦しい世界となっている。
縁起の法則でもあるためである。
自然は、何をかいわんや、日常をもって、
あなたに道理を見せつけている。
見るも見ないも、知るも知らないも、あなた次第にあるものである。
自然は、縁起の法則である。善悪というのはなく、
ただ回っているのである。故に、
どう覚り、人の思いにある善悪を、自然の道理に結びつけることができるのか、
すべて自身の自由である。自由がエネルギーの根本性質であるために。

自由を束縛する者は、不自由になるものである。



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幇間の政治

2017-08-26 | Weblog
悪いことをしても権力にある者は、その立場を利用して、
為した悪事をもみ消しにかかる。その取り巻きは、
ここぞとばかりにその手助けに走る。
悪事を消すための企みを図るのである。
企みというのは、
悪事が成功するようわざと図らうのであるから、他はまんまとその企みに騙されていくが、
暴露するとか露呈するとか言われるように、何分にも悪事は暴かれるものである。
そして、必ずや相応以上の報いを受け、償いを与る。
早ければ、この世においてもそれなりに受けるが、
この世においての企みによって、罰を受けずに寿命を迎えたとしても、
あの世において必然受けることとなる。
それは、この世の比ではないほど恐ろしいこととなっている。
太鼓持ちという政治の顛末は末恐ろしい。

世は「受」である。

為した行為は、刺激となって必然返ってくる仕組みとなっている。
必ずや対応しなければならないようになっている。その応対が間違っていれば、
さらなる対応に迫られる。正しい応対がなされるまで繰り返される。罪と罰である。
その罪に対して、絶対的な裁きとなるのがあの世である。
騙し続けて、この世での悪事の裁きを免れたとしても、
あの世は魂の真実の世界である。真実である以上、どうすることもできない。
絶対世界があの世である。そのために、何もかも生前の行為があからさまとなっている。
魂自身が刻んだ記憶であるために、そのままである。隠したことも真実となるためである。
罪が罰によってチャラになるまで、償いは続くのである。

簡単なことである。
世は対等、辻褄があって成り立っている。
どちらか一方が有利となることは無い。
この世は、曖昧にあり、優劣或いは長短があり、
どちらか一方に軍配が上がるようにも見えてあるために、錯覚してしまう。
天国と地獄が混同していて、
それぞれの立場において錯覚をもたらす。
幸せな人と思われる人もいれば、不幸せな人と思われる人もいる。
そして、幸せな人でも不幸な時を味わったりして、不幸な人でも幸せを味わった時もあるもので、
幸不幸混沌としてあるために、人それぞれの受ける感じ方でもある。
確かに、出生に格差を持って現れているのも事実である。
でも、エネルギーは、その魂の利にしてある出生のみである。その理を
どのように受けるかの対応と応対である。
「受」して、魂は、エネルギーの法則の自由の事由を、自由とするのである。

エネルギーの法則が無くならない法則となっているために、
魂が連綿であり、死がないとなって、縁起の法則となって説かれていることを理解
できれば、善悪も正しく判断できていく。
誰に指導されることなく、自らが知れていくものである。

この世はもう、悪魔に支配されて回っているために、
善人は生き難く、悪人は生き易い世となっている。
それでも、めげずに魂つまり、心の在り方で、
魂の真実の世界を幸せとするために、寿命を全うすることである。
「心の在り方を自由にして」と、知識からの縛りを解くことを観自在菩薩は訓えている。
善神とされる、知的生命体である。


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2017-08-25 | Weblog
高度に発達した知的生命体は、金融制度というものはない。
魂の性質で、互いを高めあって生きている。
そうして、性格が向上していくことで極楽となっていくことを知っている。
損得というものは持たない。
だから、進歩が著しくある。
清浄な願いを発している世界である。
真の共存共栄となっている。
「献」の世界である。



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エックスデー

2017-08-24 | Weblog
格差は愛情の無さから起こる。
日本の豊かさにあって顕著である。
日出国がそのようであるから、世界はまして、
愛情の無い様相を呈して、そこかしこに一触即発状態にある。
その様を受して、天は災いを為す。
これはいつあってもおかしくはない状態にある。
何か変だと気付きませんか、昨今の天気の荒れ具合。
兆候というのは、、ぼかされながら伝わるものである。
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愚かの末路

2017-08-23 | Weblog
不穏は現実化する。
恐れをなしてか、
一時平穏さを取り戻したかのようになるものの、
混沌としているものは、急きょぶつかり合う。
まじりあうことは跳ね上がることで決着する。
そういうものである。
のど元過ぎて熱さ忘れる人の愚かさである。
過去の歴史は、繰り返すことを示して、
ただ長短の不規則にして、愚かな末路あらわす。
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