渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

地蛸 ~三原~

2012年10月31日 | 外出・旅

朝、取締役と鳥取市内を出て三原へ。
午後一に三原国際ホテルの会議室で、うちのメーカーの人間と販社
取締役と、わが社と業務提携しているメーカーの重鎮たちと重要な
会議だ。
会議後、1名は名古屋に戻り、1名は博多空港から急きょ沖縄へ。
1名は博多へ。
新幹線の便が悪いので、私のハンドルで取締役たちを広島駅まで
急速で送る。

三原に残ったわが社のメンバーと打ち合わせを兼ねて、お気に入りの店に
招待した。官官接待のようになるので、こういう食事会はすべて自腹で
上の者がご馳走する。今回は私が先輩なので、本社の課長をご招待。
三原に生まれて初めて来たとのことで、来るときには途中から在来線で
楽しみながら来たようだ。普段、大きなプロジェクトで毎晩11時頃まで
社に残って仕事している人なので、せめてこういう移動ではスケジュール
に余裕があるのならゆっくりとしてほしいところだが、それなりに楽しめた
ようだ。


三原の地蛸はかなり美味い。
三原には2軒、たこを売りにしている料理屋があるが、1軒は実はモロッコ産だ。
そして・・・美味くない。
今夜行ったのは、過日、東京の取締役が来た時に大変気に入った店で、
私もプライベートで法事の後の食事会などで利用する。
地蛸料理、まじうまいっす。(私は地元贔屓や身内かばいみたいなことは
一切しない)



横浜生まれの課長も大変喜んで舌鼓を打っていた。
かなり感動した様子だ。


コースメニューの方が安くあがるが、別々に好きな物を頼むのも楽しい。
本格料理で1人6000円ほどで済むのだから、やはり相場としては東京や
京都よりはかなり安いと思える。そして、ここの店の味は、いける!
(親方の話によると、8割は三原以外のお客様だそうです。三原の人って、
あまり外食しないみたい)


三原 和食処 登喜将


たっぷり和食を堪能したら、課長と一緒に腹ごなしにビリヤードに行った。
三原にも玉を撞ける店ができたのだ。
だが、しか~し。
テーブルはまあいいのだが、玉が撞けない!(笑)
キュー尻が壁に当たっちゃうのよ(^^;
とても残念!
でもなかなかファンキーな店でありました。
二人ともオーダーはチェリーコークだった(笑)
ドクターペッパーがあったのも嬉しいぜ。
六本木か原宿か横浜元町あたりにあるアメリカンな感じの店でありました。
今度はここに飲みに来てみようっと。


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鳥取の夜

2012年10月30日 | 外出・旅

まあ、なんというか、日記にはあまり書きませんけれども、
昨日は岡山、先週はどこそこ、という具合に各地を飛び
回っておりまして、きょうは博多の上司と合流して鳥取で
ございます。
仕事を終えて、鳥取市内のいきつけの小料理屋で上司と
食事でございます。
カウンターだけの店ですが、お隣りにいらした娘さんと
ご両親の家族連れが素敵でした。
なんでも舞台演出で各地での公演を催す仕事をされている
娘さんと合流して
ご両親と一緒に旅行で鳥取に立ち寄られた
そうで、
たまたま信州からこの店にいらしたらしい。
娘さん、スタッフですが、女優さんのように綺麗で透明感の
ある素敵な方でした。
有名なミュージシャンの公演で、名前聞いた時に、思わず
口ずさんでしまいました>俺。

仲のよいご家族連れを見るのは気持ちがいいものです。
幸せって、やっぱり「和」からいずるのかな。

ということを、ホテル備え付けのPCから書いたりしています。
この小料理屋の裏のホテルは、部屋にPCついているのよ~。
これは便利なり(^^)v

つーことで、明日早いので、きょうはもう寝ますのえ。
じゃあね。


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コルト・ウッズマン

2012年10月29日 | トイ



トイガン好きな方はすでにご存じだろうが、近々クラフト・アップル・ワークスから
コルト・ウッズマンが発売される。
まずはマッチ・ターゲットからとのことだ。
次には銃身むき出しのスポーツタイプが発売されることだろう。
これは実に嬉しいことだ。MGCの廃番から20年ぶりのコルト・ウッズマンの
販売になる。クラフト・アップル・ワークスは夢のモデルをいくつも発表している
マニア好みのメーカーだ。社長が1983年、日本に初めてサバイバルゲームを
持ちこんだ人なので、そのエンスーぶりは想像がつくだろう。

日本でウッズマンの人気が異常に高くなったのは、日本刀の同田貫の人気が
異様に高いのが劇画・ドラマのおかげで「胴太貫=子連れ狼」という図式が
日本に定着したのとまったく同様で、劇画『ワイルド7』によって主人公飛葉が
コルト・ウッズマンを使用していたことによる人気がウッズマン人気の起爆剤と
なった歴史がある。
今の20代、30代は「ウッズマン?はあ?」だろう。それは南沙織も岡田奈々も
タイムリーに知らないのだから仕方ないかも知れない。ただし、アメリカ人が
不思議がるほど日本でコルト・ウッズマンの人気が強烈に高かったのは、
望月三起也先生が描く『ワイルド7』の主人公飛葉大陸(ひばだいろく)が
ウッズマンの銃身をカットしてソードオフ化したピストルを使っていたからだ。

2~3インチの短銃身にアタッチメントを着けて長銃身としているが
(「緑の墓」で初登場)、ライフリングの合わせはどうするのだろう?
などと野暮なことを言ってはいけない。望月ワールドは空想大活劇
なのだ。漫画の世界を楽しもう。

日本で初めてウッズマンが映像作品に登場したのは赤木圭一郎の
『抜き射ちの竜』(1960)だ。この映画では実銃ウッズマンとプロップガンが
使用された。(私による同映画作品のGunレビューはこちら







映画で使われた実銃ウッズマン。

私がかつてこの作品で使用されたウッズマンを実銃と指摘してからネット上でも
実銃との記載が多いが、私の記載は、作品に映っているウッズマンの詳細検証と
当時の日活作品が実銃を撮影用に警視庁から貸与されていたり、国内に実銃の
拳銃が多くあって芸能人の多くも「不法」所持していた戦後間もない時代状況から
類推してのことである。実際にコルト・ミリタリーポリスなどのリボルバーは警視庁
から貸出しされて宍戸錠さんが小林旭との共演映画で使用したりしているが、
この作品で使用されたウッズマンが実銃であるという記録は確認していない。
ただし、モデルガンさえ存在しなかった当時、このような刻印まで摸した精巧な
ダミーを造り得なかったし、時代背景からして、国内に存在した実銃ウッズマンで
あることが限りなく濃厚なのである。米兵が所有していたか、あるいはGHQの
エージェントの持ち物か(.22口径は軍用暗殺銃としてベトナム戦まで使われた)、
米軍軍属の持ち物か、
国内のピストル射撃競技用の一品であろうと思われる。

ちなみに『ワイルド7』によって日本において不動の人気を得たウッズマンだが、
原作者の望月先生ご自身もウッズマンの熱烈なファンで、その初めは赤木の
映画『抜き射ちの竜』だったという。(赤木氏は成城大学在学中に事故で死亡)
望月先生は『ワイルド7』の前作である『秘密探偵JA』において早くもウッズマンを
主人公に持たせている。
望月ウッズマンは、1960年代当時は資料が少なかったため、描画のディティール
に正確性を欠く部分が多い。ウッズマンは左右フルカバーのスライドであるのだが、
ブローニングM1910やコルト・ガバメントM1911のようにスライド右側に排きょう用の
穴が開けられて描かれたりしていた(ワイルド7の「首にロープ」まで。以降はスライド
後部以外は正確)。
望月先生曰く、資料不足のためお恥ずかしい、とのことだが、1960年の『抜き射ちの竜』
においてはウッズマンの右側もしっかりと映っているので、劇場上映しかなかった時代
とはいえ、目を皿のようにして観察すれば気づいただろう。
ただし、この映画がウッズマンに出会う最初であった日本人は多かったはずだから、
再度見るには何度も劇場に通う必要がある。よほどマニアでないとそういうことは
しない。
ただ、したりする人も中にはいる(笑)
私の父は『シェーン』を劇場で8回観た。私は『汚れた英雄』を劇場で6回観た。
『汚れた英雄』はビデオ化された時にすぐに観たが、映画館での大スクリーンとの
違いに愕然とした。やはり映画は映画館で観るに限る。
数回観るなどというのはまだちょろい。『ボディガード』の中で描かれた主人公は
クロサワの『用心棒』を56回観ている(笑)。私も実はポール・ニューマンの『ハスラー』は
何百回と観てビデオが擦り切れてしまった。DVDのない時代、すべて聴き取りで
台詞を覚えた(笑)。スラングに苦労したが、その台詞をすべて書きだしたりしていた。
(日本語の字幕は嘘だらけ)
今はネットで台本も読めるし、DVDで台詞を英語字幕モードにできるのでとても楽だ。
英語力も今の人の方が簡単に身につけることができるのではないだろうか。

さて、コルト・ウッズマンは第二次大戦前から1977年頃まで米国で発売された人気銃
だった。.22口径という最小口径であるのだが、プリンキングという簡易射撃用、入門用
としてこの口径は人気がある。
しかし、別なダークな面も持っている。
.22口径は暗殺用として多用されているのだ。
無論、ボディを狙ったら急所に命中しない限り即死はしない。
目を狙うのだ。しかも、1発ではなく連射する。
イスラエルのモサドやアメリカのCIAや各種特殊機関のエージェントが.22口径の銃を
使って歴史の裏で暗躍してきた。
実は、日本国内でも、最近でも「警告」などにおいては.22口径が使われることがある。
怖いですねえ。絵空事ではないことが世間の目に触れないところで起きていたり
するんですよ・・・。ダイヤをめぐってとかね・・・。世界各国のエージェントやスパイ天国です
から、日本は。

一方こちらは、安全な玩具銃、トイガンとしての私のウッズマンだ。


2011年に、世界で初めてウッズマンのガスブローバック化に成功しました。
製作は「なぞ作」さん。
6ミリBB弾を使用するガスガンで、ベースは私が1979年1月発売直後に上野の
MGCボンドショップで購入したウッズマン・スポーツです。
このベースは私が1979年夏に銃身をカットしてソードオフして飛葉仕様として
いましたが、それを今回はそのままアウターバレルとして使用しています。

作動は快調そのもので、最終弾発射後にスライドは当然クリックストップします。
それに、よく当たる!


製作者は「使い倒してくれ」とのことですが、世界でただひとつしかないウッズマンの
ブローバックガスガンだし(本当にこれ1丁しかない模様)、可愛くてしかたないので
そっと家の中で撃つだけにしている(笑)。
このカスタマイズが凄いのは、外見を一切崩していないという点です。
もちろん、フレームの中にブローバック・エンジンを搭載させるのが一番大変だった
ようですが、本当に完ぺきな作動で感動的です。安全装置等もすべてライブで、
凄腕カスタマーのセンスが光っています。
この作品が登場するまで、誰もウッズマンのガスガン化を成功させられなかったのは、
やはり細く狭い場所にブローバックシステムのエンジンをどう搭載するかが難関だった
からだと思います。
弾が出る飛葉ウッズマン。これ1973年の中学生の頃からの夢だったんだぁ~。
サンキュ~!なぞ作さん!
約40年ぶりの夢が実現したよ。

しかし、供給部品の問題もあるので、ウッズマンのモデルガンが復活したことだし、
いっそどこかのメーカーにガスブローバックを作ってほしい。スタームルガーと
併売したら相乗効果で売れ行きが伸びるような気がする。希望的観測ではなく、
売れの気配がかなりする。

21世紀開始12年後に復活したクラフトアップルワークスのウッズマンの今後に
期待したい。












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映画『踊る大捜査線 FINAL』

2012年10月28日 | 外出・旅

本日、娘の剣道の試合のため、昨夜竹刀の弦を数本締めた。
家内が送っていく予定だったが、急きょ予定が変わり私が送迎
することになった。
朝6時台に家を出て、昨日に続き福山市内の試合会場へ。
夕方のピックアップまで時間があるので、映画を観ることにした。

『エクスペンダブルズ2』か『踊る大捜査線 FINAL』か悩んだが、
『踊る・・・』にした。『エクスペンダブルズ2』はパンフレットを買った。
売り場で、「マクドナルド」みたいなのは発音しにくかったから
「イクスペンダボーズ トゥー」と言ったらまったく通じなかった。
舌噛みそうだったが「エ ク ス ペ ン ダ ブ ル ズ、 ツー」と
言ったら店員さんに通じた。ここは日本である(苦笑)。

『踊る大捜査線 FINAL』

この青島の髪型、どこかで見たことある・・・なんて思ってたら、
少し昔の
俺の髪型に似ていた。

実は青島定番のこのコート、『踊る・・・』以前のずっと昔に俺も
仕事で背広の上に着ていた。(笑)
軍物だから、ヘヴィに使っても丈夫でかなりいい。
ある先輩などは大学の時にすでに愛用していた。
二人ともアメ横の中田商店で買った。
この劇中での青島のコートも中田商店が提供している。
(作品最後にテロップあり)


『踊る大捜査線 FINAL』は、撮り方が良くて面白かった。
特にオープニングの東京湾岸を捉えた空撮がよかった。
あとの湾岸署内でのやりとりはDVDでもよいが、オープニングの
シーンとラストシーンは劇場で観る方が絶対にいいと思う。
もう本当に次は作れないな、というような作品内容にしていた。
作るとしたら「10年後」のような設定だろうか。
本作品中の時代設定は「2012年12月」だった。(オープニングの
次のシーンでカレンダーが右端に映っている)

意外だったのは、近年、これほど客が入っている作品は久しぶり
だった。ほぼ満席で、家族連れが多かった。
ただ、どういうわけか、上映中に携帯・スマホを開いてメールを
したりしている人が目立って、光があちこちから漏れていた。
暗い静かなシーンなどで、観客席のあちこちから「ブ~ン」とバイブ音
がして携帯から光がいくつも観客席から出ているというのは、一種異様
な光景である。たぶん、劇場の中で携帯の電源切らない人は、家の
リビングでDVD観ているような感覚なのだろう。なんだかなぁ。

映画館の前には観覧車があるけど、運転停止しているようだ。
観覧車の左に見える黄色い建物はビリヤード場だ。


この秋から年末にかけては面白そうな映画が何本かあるので楽しみだ。

劇場を出たら歩けないくらいの大雨が降っていた。
夕方娘から電話が入り、試合会場まで迎えに行き、三原に帰還す。
雨があがって夕焼けが出ていた。明日は晴れだろう。


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買い物

2012年10月27日 | 外出・旅



ふたつ隣りの町まで家族で買い物に。
娘が昨日学校に忘れ物したので、福山の高校まで取りに行き、
帰りに買い物した。
娘は秋冬物の服と修学旅行で着るコートを選ぶらしい。
カジュアルな服は、宮崎あおいさんがイメージキャラクタをやっている
ブランドの店で購入した。
店員さんが二人話しかけてきたが、まんま柳原可奈子のモノマネ
そのものだったので、なんだかとてもおかしかった。
このブランドはリーズナブルでかわいいので、今中高生に評判がいいらしい。
なんだか宮崎さんが普段着ていそう風の服のデザインでかわいいし。
全体的に、ボワッとした感じのデザインで、タイトでないところがいい感じだ。

「これいいじゃない」と俺が示した上着は、踊る大捜査線の青島みたいな
のだからそんなのダメ!とのことだった。「センスわるい~」とか言われた(笑
そうかなぁ・・・。短めのPコートのようにカットしたデザインだけど、色と
肌触りとデザインが結構よかったけどなぁ。これで、ジーンズかキャメル色系の
コッパンはいて
バイク乗ったりとか、かわいいと思うけどね(笑
まあ、広島県の高校はバイク免許取得禁止(それって法律違反じゃないの
か?)だから、娘は今は免許を取れない。2014年に高校を卒業したら
すぐに原付の免許を取りに行くらしい。妻が「最初から自動二輪取った
方がいいんじゃない?」と言ったら、「最初原付に乗りたい」とのことで、
試験だけの原付免許を取るようだ。俺は俺で妻と同じように、「最初から
中免取って、カワサキのNinja250あたり乗ったら?」と言ったりして。
「でもさ、今の250ccは30ちょい馬力しかないんだって」と言ったら、
「え~?あ、そう。それは・・・」と妻が言う。妻も85年式レーサーTZ250が
70馬力、
市販車のNSR250Rの88年型がリミッター外すだけで65馬力、
一般の
250ccでも45馬力だった時代を知っているので、現在の低馬力の
自主規制
に驚いていた。(彼女も自動二輪の免許を持っている)
しばらく、車内はバイク談義だったが、娘もバイクに乗りたいらしい。
公道では(も)気をつけてね。

娘の洋服を買うのに2軒回った。
私は犬の散歩用というわけではないが、Kentの帽子を買った。
明日はこれを被って、うちのワンコとドッグ・ランに行こうと思っている。

最近はやりのツバを擦り切れさせて新品からわざとらしい時代つけを
したキャップは個人的には「ダッサ」と思っているので、オーソドックスな
タイプを選んだ。トラディショナルが俺のトレンディ。世間の流行を追う
ことはしない。アパレル関係の流行って、デザイナーによって戦略的に
「創作」されたものだから。「今年は何色を流行させよう」てな具合で。
だから、次から次に流行を追うだけとか「今、~が人気なんです」なんて
ことをブログに書いてるスイーツ系のおばはんとかはバカか、と。流行
そのものは否定しないが、利益のために仕掛け人たちに仕掛けられた
仕掛けにはまっているのはとてつもなく好きではない。
その意味で、アパレル業界のあり方に疑問を呈しながらも「着用者が作る」
視点を公言しながら業界の旧弊に挑戦している若槻千夏さんを私は心から
応援したい。


娘がお目当てのコートが一軒目では見つからなかったので、二軒目に行く
途中、妻子に
福山市内のナイフ屋さんに付き合ってもらった。正確には包丁
等の専門店で、
本格的な刃物を扱っている。包丁なども良い品が揃っていて、
15年前から
ちょくちょくとお店を覗いていた。
お店の人も都内のナイフショップのようにド偉そうな態度ではないのが良い。
東京の老舗ナイフ屋というのは、「貴公、なにか心得違いをしておらぬか?」と
こちらが言いたくなるようなえっらそーな態度の店ばかりだ。まあ、刀屋もそういう
のが
多いけどね。

お店の人としばらくナイフ談義をしながらナイフを見ていたら、ブローニングの
ナイフが1本だけ置いてあったので、購入することにした。

モデルNo.806 刃長80mm 刃厚3mm





中国製ではなく、日本製OEMである。今はない。

昔のカタログなどではフェザーウエイトモデルとか書いてあったような
記憶がある。実際に軽い。軽すぎる。
刃長はキャンプなどで使い易い80mmだ。刃厚は3mmで、これも
汎用タイプの適度な厚みといえるだろう。
しかし、軽量化のために、黒い部分のボディ材にファイバー系樹脂を
使用しており、作動性がかなり悪い。軽いからボディを
振って自重を
利用してオープンするワンハンド・オープンはでき
ないし、作動性が悪い
から親指で押さえつけのオープンもでき
ない。この製品のコンセプト、
失敗作ではなかろうか(笑)。

だが、ナイフを納めるケースはザイテルだし、軽く水に強いので、アウトドア
でのキャンプ
やバックパッキングなどに使えそうだ。
ブレードの形はオピネルのような古いシルエットになっている。好みが
分かれるところだ。

ラブレスが世界に広めたドロップポイントが一般化してから約35年。
もうこのブローニングようなナイフのブレード・シルエットは古すぎるかも
しれない。
ただし、家に帰ってから、割り箸で試し切りしてみたら、なるほどと頷いた
点があった。切削物に対して、エッヂのラインが切先方向に向けて斜めに
当たるので、まっすぐに押しても相対的に日本刀の反りの効果と同じく
「引き切り」になるためとても切れ味が良いのだ。日本の切り出し小刀
と同じような効果がある。

刃物で物を切る時は刃の延長に対して90度が一番切りにくい。逆に言うと、
刃が上下方向に対して斜めに食い込んで行くのが一番切れ味が増す。
刺身や肉
を切るのには、スイカを切るように真上から裁断するのでなく
包丁を引くか押すかして切るのは日本刀の切り方と同じ効果をまっすぐな
刃の包丁で得ようとしているためだ。

【日本刀が切れる原理】
Aという力で物体に切りつけると、物体に当たった瞬間に、
Aという力はBという直角分力と、Cという平行分力に分解
される。Bは物体に加わる圧力、Cは引き、つまり刀身が
それだけ手前に引かれることを意味する。包丁で肉を切る
場合、真上から抑えるだけでは切れない。手前に引くか、
向こうに押すかして、包丁を動かさねばならないが、それが
Cという平行分力にあたる。
(『斬れ味日本刀』掲載 福永酔剣「日本刀の斬れ味」より)


このブローニング#806の刃は物体に対し根元から切先にかけて
斜めに当たるようなブレード・シルエットになっている。よく計算された
ブレードだ。紙片を試し切りしても、初期刃付けはすこぶる良い。
ハンドル部にインレイされたウッド材の種類は分からない。

何かのトーン・ウッドのようだが、不明である。

とりあえず、保存版ではなく使い倒すクオリティのナイフかな。
費用対効果としては、昔の値段なので、めっさ高といったところか。
同モデルで現チャイニーズ製だと4本買えてしまう価格設定だ(笑)。
決して今回のお店が高いということではない。仕入時期によるのだ。
(かみさん、箱がボロボロなのでびっくりしていた。笑)

もう1本買った。
「またか」という感じなのだが、これだ。
ログナイフ。


このナイフはですね、ウルトラ・コスト・パフォーマンスだと思いますよ。
本日買ったお店では3,780円ナリ。この価格で十分にキャンプで
大活躍するナイフといえる。初心者からベテランまで幅広く使える。
ステンレスではなく、モリブデン鋼なので錆びやすいが、刃付けもしやすく、
ナイフのなんたるかを押さえている逸品だ。
初期刃付けは恐ろしいくらいに切れる。

唯一の欠点は、やはり軽いこと。料理で使う包丁のように、自重を
利用して大きく切り裂いて行くような使い方には向かない。といっても、
アウトドアで料理するような人は、ナイフ1本でなんでもやってのける
から、ノープロブレムなのだけどね。

使い古したログナイフとの比較。(上:新品 下:既存品)

ログナイフの面白いところは、丸木に樹脂を染みこませて防水効果を狙った
ハンドルとしているのだが、天然木を使っているので、同じものは世界に
一つもないというところだ。

ただ、私個人としては、同じような日本的なサスガというか副え小刀のような
ブレード・シルエットを持つナイフとしては、ハットリのナイフの方が厚みも重みも
あって使い易い。ハットリの#3718はブローニングの#4000
チーターのコピー
である。
ブローニング・チーターもハットリ刃物
の#3718も廃盤となった。とても使い勝手が
よいナイフなので、とても残念だ。
私はどちらも使い倒している。


奥:ブローニング #4000 チーター
  鋼材:440C ハンドル:縞黒檀 刃:フラットグラインド
  全長:195mm ブレード長:95mm 重量:100g 刃厚:4.3mm
手前:ハットリ #3718
  鋼材:V金10号 ハンドル:黒檀 刃:コンベックスグラインド
  全長:203mm ブレード長:100mm 重量:110g 刃厚:4mm

奥のブローニング・チーターは、先日この日記で紹介した友人から
20年ほど前に頂いた物だ。現在は娘の所有物となっている。娘は大切に
している。
(娘が小学生の時、通う広島大学附属の夏季林間学校で飯盒炊飯を
やるというので、娘がこのナイフを持って行ったら叱られた。なんつー
こったい。なんでも子どもから取り上げればいいってもんじゃねーぞ。
きちんとした使い方=対人用には絶対に使わないとか=を教えない
から、ナイフを喧嘩や脅しに使ったりする輩が出てくるんだよ。)

娘の好みのコートも見つかったようで、買い物を済ませた後、3人で
食事してから三原に帰った。
家に帰ってから娘を塾に送る。
塾の授業開始時間ぎりぎりだった(笑)。
塾に行くまで、私が車で裏道使って信号なしでキュッキュと行ったら「なんで
こんな変な道を」と娘は笑っていたが、ぬぁんと、家から1分少々で駅の
向こうの塾前に到着(笑)。
バイク的な走りなんどすえ、と。
娘さん、あんたもおいらのようにバイクでウイリーできたり、アクセルターンを
サクッとできるようになってね(^^)
できれば、クローズド・コースを走れるようになるといい。
車もバイクも手足のように、「運転」ではなく「操縦」する。これ基本だす。
安全運転とは、ゆっくりでトロいことではない。「敏速に」、「的確に」だ。
自分でマシンを運転するようになったら、「がさつさ」が「速さ」にも「正確さ」にも
つながらないことを知るだろう。楽器にしても、速弾きはがさつなスピードからは
決して生まれない。ピアニストの指使いのように緻密に繊細に運転することを
知ると、やがて「運転」は「操縦」へと昇華する。
あと大切なのは注意力と集中力かな。
それと、「よく眠ること」だ(笑)。

夜、娘が高校の友だちにメールで送るから写真を撮ってくれとのことで、制服の上に
買ったばかりのコートを着てる写真を撮った。
背伸びして腕を下げて伸ばして指を外に広げて、斜め横向いて上を見て大口
開けて歯を出して笑って、目は白目むいてる。
それがキメのポーズかい!(^^;

その写真くれと言ったら断られた。
「大丈夫。目のところ黒線入れるから」と言ったら、なおさら断られた(笑


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桑名正博さん逝去

2012年10月26日 | 音楽

きょう、桑名さんが死んだ。
言葉にならない。
直接会って話をしたのは一度しかなかったけど、
これからもずっと彼の歌を聴いていたかった。
兄さん、どうぞ安らかに。


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gooブログ表示障害

2012年10月26日 | 時事放談



読者の皆様には大変ご迷惑をおかけいたしております。
何らかの原因でつながったりつながらなかったりの状態になっているようです。


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2012年10月25日 | 外出・旅



新神戸の駅の下に滝と川がある。


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女嫌いと男嫌い

2012年10月25日 | 内的独白

♪女嫌いの男の胸に ともる面影誰が知る
(無法松の一生)

私は女が嫌いだ。
私自身は女好きだし、昔は女好きのするタイプだったらしいが、
内実として私は大多数の女が嫌いである。
かといって男色の気は一切ない。
人として普通に接しているのに「女性に優しいのね」と言う女が多い。
「この人はわたしが女だからそのように接してくれているのだ」と思うらしい。
大きな間違いである。
そのあたりの女特有の感覚が大嫌いなのである。

ただし、世の中、そのような女を好む男も多い。
「女は守るもの」等を公言して紳士を気取る。肉体的弱者を守るのは男女に限らず
当たり前のことであって、それをことさらに言うところが実にいかがわしい。自己の
主張のために女性を利用しているのだ。一皮むくと結局はかわいいのは自分だけ
なのである。このような男に騙されてはいけない。

詳細は割愛するが、そのような男の感覚はくだらない旧態然とした「男社会」を助長
するだけだ。

つきつめると、その手の類は女性を人として見下していることが明らかになってくる。
このような男も私は嫌いである。特徴としてはお決まりの金科玉条を並べていることが
多い。まさに巧言令色なんとやらだ。
毒のひとつもないにやけた男に魅力を感じる女も女だと思う。
男が惚れる男は、表面上の暴力的なワイルドさなどではない。
困難で熾烈な状況と情勢を見極めても揺れない「巌(いわお)の身」を備えた男が男だ。
感情の起伏はあっていいだろう。しかし、綺麗事のお為ごかしだけをならべたり、
自分の都合で掌返しを繰り返す男を誰が男として認めようか。

一般的な圧倒的多数の女を私が嫌いな理由を再掲する。
 ↓
「文体」


本日は東京の仕事チームの仲間と新神戸で合流し神戸に出張、宿泊の予定なり。


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ナイフいじり

2012年10月24日 | 刃物



どうにも個人的には「サムスタッド」なる突起が好きにはなれない。

ここ最近・・・というか今世紀に入ったあたりから登場したワンハンド
オープン用の突起なのだが、個人的には、刃物のブレード面に
刃を開くためだけに突起を設けるというセンスが理解できない。
エッヂのフォルムとしても、どうにも美的感覚が自分とは合わない。
それに、切るときに、使用法が限定されるようで違和感がある。
たぶん、「切り抜く」という日本刀というか私の中に内在する日本人
独特の感覚が
「開刃のためだけの突起」の存在を拒否しているの
だと思う。

それに、クリップでポケットに挟んで入れていても妙にポッチが
邪魔になる。私には必要ない。
だが、サムスタッド+ライナーロックというのは現在ではフォールディング
ナイフの定番に
なっているようで、如何ともしがたい。
ワンハンドオープンの方法なんて、こんな無粋な突起などなくても
いくらでもやり方があるのに。俺としては現在人気のある突起付の
デザインは、デザイン的には「美的センスねぇなぁ」と強く思うのだ。
美的なだけでなく、実用上もサムスタッドに頼るワンハンド・オープンって
どうなの?なんて思ったりする。ナイフが手際よく扱えないならナイフなど
持たない方がよい、くらいに思っている。


自分にとって必要ないならば取っちまえ、ってんでプライヤーでねじって
除去した。サムスタッドはネジなのですぐに取れる。


オリジナル状態を重視するナイフコレクターならば手を加えることは
抵抗あるだろうが、私は自分仕様にカスタマイズするのに抵抗はない。
いや、むしろ、自分の好みの刃付けにするのと同じように捉えている。
サムスタッド除去後のホールがなければもっと良好なシルエットのように
私には思える。それでも、不要なでっぱりがあるよりはずっと良いと感じる。
綺麗にステンか白銀を加工して穴に埋金をしたいくらいだ。漆黒の空に
上った満月の風景のように。



このモデルは、かなり使い込んできている。刃付けも何度か自分で行っている。

この際だから、近いうちにハンドル材を自作しようと思う。


ハンドル材はとっておきのローズウッドにするか、あるいは、縞黒檀にするか・・・。


真っ黒な業界用語で「マグロ」と呼ばれる黒檀の角材も数本ストックしている。
それは7年ほど前に、友人のキューリペアマンにキューを作ってもらうために原材料
として数本苦労して材木商から入手した物だ。今はもうほとんど手に入らない程の
良質なマグロである。
自分のキューに使う材料はキューのグリップの後部だけなので、ごくわずかなの
だが、その余の数本分は友人である同級生の職人に進呈することにした。
しかし、その友人がキュー職人を廃業したので、私に材料を送り返してきた。
別途、キュー作りに欠かせない貴重なインレイが大量に添えられていた。
「いつかどなたかにキュー製作を依頼するときに使ってください」とのことだった。
そのマグロはいつか来るかもしれない日(来ないかもしれない)のために、キュー
製作の用材として取っておく。
上の右側のローズ(紫檀)も、キュー製作のために入手したのだが、こちらは
まだ手に入る材でもあるし、キュー用には真ん中の節が難がありそうなので、
いろいろな工作材としてストックしている。
左の縞黒檀はハンドガンのグリップ用に購入したものだ。ガバメントかピース
メーカーのグリップにしようと思っていた。


いろいろ構想を練りながら、このナイフのグリップを選定していきたい。
このブローニングのナイフは全体構成がポルトオンであるので、いくつかグリップを
作って
おいて、気分によって変えるのもよいかもしれない。
シティナイフであるので、アバロンなどの貝類も合うかもしれないが、極めて薄い
ディティールであるので、貝ならば裏にアルミ板等を裏打ちする必要があるかも
しれない。
日常的に使うものだけに、
逆に使い捨てのようには扱わずに、楽しんで使って
いきたいと思っている。
他人に流されず、「自分流」に忠実であるのも、ナイフを楽しむロマンの一つ
でもあると思うのだ。


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居合の稽古 ~尾道~

2012年10月23日 | スポーツ・武道など

火曜夜は居合の稽古。

先週土曜の静岡県で開催された全日本居合道大会は、広島代表のうちの
七段の
選手の先生は準々決勝まで進みベスト8、六段の広島代表選手も
ベスト8、五段
の選手は年齢60超初出場で二回戦まで進み、チームとしても
全国大会
でベスト8に入った。健闘したっす(^^)
他の道場生も全日本出場を目指してほしいとの先生からの言葉あり。

本日の自主稽古は直伝英信流の初伝から奥伝、暇乞までを一本ずつ抜く。
その後、全体で全剣連居合を合同稽古。
制定稽古で得た確認事項は八本目「顔面当て」の際の右足の移動が一直線上
になっているか否か。八本目は体転しても右足は一直線上を進退する。

本日、またも新人さんが入門した。
今週土曜の都内で開かれる大刀剣市に岐阜の濃州堂が出展するので、
出張の際に寄ってそこで居合刀や道着を発注するつもりだという。
濃州堂の社長五十嵐氏と私は昵懇であるので、道場稽古が終わった
その場で社長に電話した。尾道の道場長の先生も「宜しゅう言っておいてよ」
とのことで、新人さん用入門セットのみつくろいを依頼するつもりで電話したが、
社長は火曜の居合の稽古中だったようで、ノーアンサー。
私が稽古を終えて自宅マンションの駐車場に帰り着いたとき(15分後)、濃州堂
社長から私の携帯に電話があった。
尾道の道場の新人さんが土曜に訪問する旨と尾道の先生の伝言と新人セット
みつくろいの趣旨を告げて宜しく頼むと伝えたら快諾してくれて、会場4階受付で
呼び出してくれたらお迎えに上がる、入場券も提供すると便宜を図ってくれること
になった。「いつもありがとう」と彼は言うが、こちらこそいろいろ感謝する。

「最近、居合どうよ?」と尋ねたら、「こないだの高知大会、頑張っちゃったよ~」
とのこと。聞くと、決勝まで進んで福岡の有名な剣士に2-1で敗れたそうだ。
「え?じゃあ高知大会で準優勝したの?」と訊き直したら「しちゃったんだよ~」
と笑う。「高知大会で決勝進むなんて、やるじゃん」と言ったら、「うん。
頑張っちゃった(^^)」と喜んでた。
他にも、いろいろ各地の居合の大会での面白いエピソードを聞いた。
イタリアからわざわざ来日した懇意の友人選手と当たって負けて歓談していたら
「日本人、弱いね」とか言われて、「てめ、今度絶対にリベンジだ(笑)」と宣言して
次の別な大会に出るのを確認したら先方は出るとのことで、手ぐすね引いて
待っていたら大会出場したので、頑張って決勝まで勝ち進んで彼と対戦した。
ヨッシャー!待ってたぜ!と決勝で試合したら、また負けちゃった、とか(^^;)
勝ち逃げでとっととイタリアに帰っていっちまった、だって(^^)
試合の良さは、私もそうだけど、選手同士の人脈が広がるのがよいよ。
「今度そのイタリア人と当たる時には、事前に刀預かって鯉口に瞬間接着剤
塗っとこうかと(笑)」とか言うから「おめ、戦国時代の武将のような姑息な姦計を(笑)」
私が言ったら大笑いしていた。まあ、対戦者について冗談が言える関係と
いうのも、試合選手が気心知れた仲だからだろう。試合の真剣さとオフでの
くつろぎのオン-オフの緩急がこの世界はいい。また、試合でのライバルが
できるというのもいい関係だ。私などは試合上の宿敵(いい意味で)というのは
至宝だと思っている。私の場合、地方大会決勝とかで連続して負けたりとかの
相手が同じ道場にいるのだけど・・・(^^;

6月の新人さん入門時の時以来だったのでちょいと長電話になったが、
新人さんの居合刀と稽古着の件をよろしく頼むとお願いして電話を切る。
昔よく一緒に飲み食い寝泊りした仲とはいえ、あいつ俺より年下なのに
ずっと「○○君」って俺のこと呼ぶんだよな(笑)。道場の後輩の自衛官も俺の
こと
「○○君」て呼んでたし。ジャニーズじゃねえってーの(笑)
まあ、昔俺はジャニーズ系だったからそれでもいいけど(違

五十嵐ケイ社長はいろいろ無理な工作とか便宜を図ってくれるので、居合人
にとってはありがたい武用刀屋さんです。名前のケイジの通り、鮭児(けいじ)
のように貴重だよ。遠方の各地の大会までよく出向いて出店しているしね。
まるで世界GPのコンチネンタルサーカスのようだ。営業活動の苦労話もいつも
聞いている。彼のいいところは、まったく偉ぶらないところ。人間学を学んでいる。


濃州堂(外部リンク)


ケイちゃんは、最近「居合に身を入れすぎで、仕事は社員に任せきりで・・・」
とのことだが、居合については努力の結果が大会でだんだん出てきている
ようだ。

「全日本に出ようぜ」と言ったら、「おう!そうだよ。全日本目指すぜ」との
ことだった。言っといてなんだが、俺は焦らずボチボチといくぜ。俺の場合は
業を間違えないところからだな(笑



濃州堂五十嵐社長。
昨年の全日本居合道大会(愛媛)にて。


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日本の伝統色 ~青系~

2012年10月23日 | 文学・歴史・文化

先月、「有職組紐 上野道明」の日記記事において、和色の青系の
納戸色について書いたが、日本の伝統色は非常に細かく細分化
されていて、それぞれに名前がついている。
青系の一部だけでも以下のような色名がある。
しかも、染織見本によって微妙に色合いが異なったりするので、
和の色は現代の色番号のように統一化されたものではない。
あくまで、「目安」としておいた方が良いだろう。
そして、昔の日本人は「色が違うじゃないか」などと、細かいことを
言い立てたりはしなかった。(苦笑。よくあるんだ。大型車の塗装なんかで。
色番指定してきて新規車両に塗ったら、実は既存所有車の陽に焼けて退色
した色とは
異なるとクレームつけてきたりとか・・・笑。その場合は、既存車の
部品を引っぺがして色見本として色は新たに調色しないと無理)


日本の伝統色 ~青系~



ちなみに、被服に色をつけるのは染料だが、現代においても黒い顔料は存在しても
黒い染料は厳密には存在しないとされている。染織で黒色を発色させる際は紫色の
染料を濃くした物を使用する場合がほとんどである。それゆえに紫色の染料(紫根や
ムラサキガイ)が貴重品だった時代には黒(濃い紫)は高貴な色とされた。
昔の日本の侍の黒羽二重も厳密には黒ではなく(真黒の染物はこの世に存在しない)、
極めて濃い紫ということになる。
これは現在の着物においても、自然光の太陽光にさらせば、厳密には黒ではないことが
よく判る。ただし、屋内や日陰においては、まさしく「黒色」に見える。


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山田浅右衛門の回想録

2012年10月23日 | 文学・歴史・文化

幕府将軍家御様役(おためしやく)の山田浅衛門家は、将軍御三家の
佩刀の切れ味を試すだけでなく、江戸市内での斬首刑を幕府同心に
代わって行った。代行の見返りとして刑死した死体を貰い受ける権利
を得て、その死体で刀の試斬を行った。また、死体から採取した脳や
内臓を加工して薬を作り、これが飛ぶように売れたため、山田家は万石
の大名並の豊かな暮らし向きだった。
将軍家の刀のお様役とはいえ、所属としては浪人のままであり、幕末に
さまざまな藩から武家の養子を迎えて家を継がせたが、明治の戸籍では
山田家は幕臣でも藩士でもないので「平民」の族称になっている。

山田家は幕府崩壊後は明治政府に召しだされて、死刑執行人になって
いる。歴史の上で初めて山田家の職業が「首斬り」とされた。元来山田家
の本職は将軍の刀のお様である。江戸期に牢屋敷で斬首を代行したのは
お様の為に死体を得るためであり、咎人の首斬り役が本職ではない。
明治新政府によって、試刀家の山田家は初めて首斬り人とされたのである。

その山田家の最後の首斬り役山田吉亮は、8代目山田吉豊の弟であり、
9代目もしくは閏8代と呼ばれている。
山田吉亮が日本で最後の首斬り役人であり、日本の斬首刑は明治15年
(1882)に絞首刑の採用により廃止された。斬首の方が絞首刑よりも刑死者
に苦しみを与えないのであるが、執行官の精神的負担も大きいので、近代法
として簡易に「誰でも」死刑で人を殺すことができる絞首刑を採用したので
あろう。山田浅右衛門以降は、日本では特定の死刑執行者を指名することは
現在に至るまで行われていない。

その最後の斬首役人となった山田吉亮が明治末期に報知新聞の取材を
受けて答えている記事が残っているので紹介する。これは明治41年(1908)
7月7日から7月13日まで「首斬朝右衛門」という記事として当時の報知新聞
に掲載されたものである。山田家にまつわる実話や、死刑執行の際のことが
生々しく書かれている。他人が話したことでなく、山田浅右衛門本人が話した
ことなので、その場面の情景はリアルである。

ただ、私個人としては、時代の流れとはいえ、将軍家刀剣試し役が死刑執行人
になってしまうのは、何とも哀しさを感じる。その上、明治3年には死体による
試しが禁止されたから、山田家は収入減を失うことになる。つぶしなど利かない
から、ほんの微禄のはした金で死刑囚の首打ちを本業にするしかなかったのだ。
しかし、斬首廃止後は裁判所の書記官として採用されたが、翌年に早々に
辞している。その退職の事情はよく分かっていない。役人が肌に合わなかったのか、
あるいは平民籍ゆえ職場で嫌なことがあったのか詳らかではない。裁判所は
書記官も判事もほぼ全員が士族である。これは昭和23年まで続いた。士族が
持つ平民への差別観というのは著しいものがある。また、多くの平民は士族を
嫌っており、このことは江戸時代にもみられた。従って、江戸期を称して、町人
などが武士に憧れたなどという認識は多くの資料から誤りであり、それを武士は
万人の憧れの的だったなどと物知り顔でブログなどで書いたりすると、モノと
歴史を知らない無知の恥を自ら晒していることになる。よくわからい、知らない
案件については話さなければよいのに、「人の上に立って」偉そうに振舞いたい
人はついつい無知を無意識に曝け出すようだ。
「武士は武士以外の階級からは好かれていなかった」。これが事実である。
非人階級であった役者の方が庶民にはずっと人気があった。現代においても、
偉そうに威張ってる人間を誰が好きになるものか(笑)。
武士が庶民の憧れ、などという実のない幻影は、武士という階級が無くなってから
のことだ。
つまり、リアリティが無くなった時代に、役者を見るのと同じように捉えられ始めて
からのことであるのだ。
戸籍の族称が「士族」(昭和23年まで記載)であっても、武士などは明治新政府
以降の世の中には存在しない。現代人がことさらに武士武士言って武士や武士道を
持ちだすのは「金儲け」の為である。金儲け以外で武士や武士道を説く現代人を
私は見たことがないし、また、武家のルーツの人以外がそのようなことに躍起に
なっているのが、私には何だか珍妙に思える。武士なんてそんなに褒められたり
理想像とされたりする類のものではない。虚像だ。武士などというのは腹黒く、
姦計術計を旨として殺戮を本業とする妖怪のような連中だ。そうした連中が天下取り
と称して殺戮侵略し合ってできた軍事政権が
平安以降ずっと江戸幕末まで続いた
のである。
現代人で武士を理想化して
書籍を出したり、宣伝(これ自体商人の行いであり矛盾
している)したりするのは、
金銭的収入を目論んでのことにこそメインの目的があり、
武士道や士道(この両者の弁別もついていないまま武士道を説く人間多すぎ)とは
程遠い。
汗水たらして毎日懸命に畑仕事したり、魚獲ったり、トンカチでトントン釘を
打ったり
しているおっちゃんやおばちゃんの方が、武士だ武士だ口にする人間たち
よりも
ず~っと偉いと私は思っている。


「首斬り浅右衛門の回想」
1 (以下クリックで拡大)














武士である浅右衛門の言からは、彼自身の武士らしき観点、また斬首した
武士の武士らしき様子が読み取れる。
それは幕末の国事犯である浪士の首打ちをした際のことを以下のような
表現をしている部分にも見られる。
「申すまでもありませぬが雲井氏は安井息軒の門下で、一夜に左氏伝を
読了ったといふ英雄、時利あらず囚はれの身となって、戊辰の春に米沢
へ押送され」
「御取調べも厳重で、同志の面々を自白させようとしましたが、幾ら拷問に
逢っても一向屈服しない。其当時の事ですから芝居で演ずる様な残酷な
目に遇したでせうが、連判帳は焼棄してあるから一死国に殉ずると言って
平気であった」

現代において、反体制活動家を含めた国事犯に対し、「時、利あらず囚われの
身となって」という
捉え方をできる器を持った人間がどれほどいるのか。大抵は
大局を見ずに
狭い視野で「テロリスト」や「過激派」とレッテル貼りしているだけ
である。

新時代を創った明治新政府の重鎮たちは、士はすべからく(須べからく=
是非とも)志士たるべしと、幕末にあってはすべて「テロリスト」であったことを
忘れてはならない。


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零戦の色

2012年10月22日 | ミリタリー






零戦の色について書き出すと、喧々諤々の論争を引っ張り込むことに
なるので詳しく書くのは控える。

大まかに論争の中身を示すと、初期零戦の「飴色」がどのような色である
のか、ということだ。敷衍すれば「飴色などはあったのか」ということである。

アメリカの研究者によると、薄い茶色であり、それがごく初期に日光で退色
して白灰色の機体が多かったと断言する者もいる。

また、淡水に残存していたのを発見された機体の破片は薄茶色のような
「飴色」を示していたともいう。
日本国内では1985年頃に飴色説が登場してセンセーショナルを巻き起こし
たが、零戦現役当時の文献史料によれば「灰鼠色」となっている。
米国等で丁寧に復元された零戦は
迷彩カラーである緑系に塗装された物も
ある。
個人的見解としては明灰白色や飴色も迷彩であろうと思っている。
迷彩
とはマダラのカモフラという意味だけを有しない。単色でも隠れる目的で
配色されたものは迷彩にあたる。

史料等の精査が必要だが、零戦の標準色が白っぽい灰鼠色であったなら
ば、まさしくこのような空に隠れる迷彩色が想定だったのではなかろうか。



飴色と明灰色の地面の差。飴色であるという文献史料は一切存在しないが、
色合いの違いはこの砂利と真砂の地面でよく捉えられる。だが、ゼロが飛ぶ
のは空である。地面ではない。「零戦の色は曇り空色」が正しいように思える。



復元された世界で唯一飛行可能!零戦21型


個人的には二二型が一番好きだが、これもいろいろ書くと
ディープな部分に踏み込むので控えることにする。


以下の動画は、米軍に鹵獲(ろかく)されてテスト飛行に使われている
零戦。五二型だろうか。大戦当時にリアルタイムでジークとオスカーを
撮影した貴重なカラーフィルムである。

米軍による捕獲零戦と隼のテスト 1


米軍による捕獲零戦と隼のテスト 2



ゼロには博物館よりも空が似合う。(これは緑灰色として復元塗装された個体)


余談であるが、零はゼロともレイとも読む。ゼロは英語読み、レイは中国語読みだ。
「ゼロ」の読みは幕末から明治に日本に入って来たようだ。だから映画『北の零年』は
「きたのぜろねん」で間違っていないと思う。ゼロが英語だから日本語ではレイが正しい
と思い込むのは視野狭窄だ。

そして、日本語においては、厳密にはゼロとレイは異なる。
ゼロとは絶対的なプラスマイナス0のことであり、レイとは「零細企業」などにもみられる
ように「極少数」という意味も含んでいる。現在はどちらの読みも「絶対0」を表すのにも
使われて
いる。
「零戦」は「ゼロセン」と読むのか、あるいは「レイセン」と読むのか。
これも、ディープなマニアの自己唯一思想に基づく主張を呼び込みそうなので控える
ことにする。軍オタは他人の主張や歴史事実を認めないからね(苦笑)。
歴史も事実を直視することはせずに、自己中心的に曲解したり歪曲したりするから、
あまり私は関わり合いになりたくないのである(笑)。
ただひとつ、個人的に強く思うこととして、旧日本軍のコスプレで靖国神社に登場している
(私はあの手を「参拝」などとは呼ばせない)オッサンたちがいるが、極めて不敬であると
私個人は思っている。

また、彼らを批判する連中も、天皇陛下のことをブログに書いたり、引き合いに出して
いろいろ「不敬」について論評しているが、その行為自体も極めて度しがたい不敬で
あると私は考えている。

だから国士をきどるエセ右翼は嫌いなんだけどね。皇室崇拝を装いながら天皇を自分
たちの論に
利用するから。
天皇陛下ご自身は靖国神社に親拝されたことはないが、いたしかたないことだと思う。

靖国に関しては、私はただ瞑目するのみである。


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剪定(せんてい)と刃物研ぎ

2012年10月21日 | 刃物

本家建物二階の角部屋の方から「洗濯物が日陰になって乾かない」
とのお声が出たため、
庭のカナディアンメイプルの枝打ちをしました。
建物は二階部分に3DKが3戸あり、賃貸しにしています。一階部分が
大家の住居。敷地内の別棟の一戸建てには叔母が住んでいます。
私自身は父の実家である本家を出て、猫と犬と亀と妻子と共に駅から
3分の長屋住まいに御座る(^^;


ツルッパ!
剪定の定法まる無視です・・・(^^;
二階の高さまで木登りして、二階の屋根まで延びた枝をすべてナタで
切り落としました。
ナタがとてもよく切れる。

庭のレモンの木が花のつぼみを膨らませていました。

お!青いレモンも生っています。
日本語では、ブルーもグリーンも「あを」に御座りまする。青林檎は決して
ブルーのリンゴでは御座いませぬ。
中学の時、父親と新しい歯ブラシの色分けで「お父さんのは青ね」と
言ったところ、いつまで経っても俺のグリーンの歯ブラシしか傷まない。
ある時親父殿が緑の俺の歯ブラシ使ってるのを見て「お父さんのはアオって
言ったじゃんか」と言ったら、「だからアオを使ってるじゃないか」と父は言って
緑の歯ブラシを指していた。ゲヒョ~ン!1ヶ月くらい親父と歯ブラシ共有
してたよ(><)
てな実話がありんす。
この話をして、一番ゲヒョ~ン!となったのは当時のあたくしの彼女だった
ようでありんす。
理由は・・・そりゃそうだよなぁ・・・(^^;


使ったナタは、次の使用に控えて研いでおきます。
実家には砥石が2丁しかないけど、まあいいや。
あらかじめ水に漬けておいてもらいました。

蛤刃って、丸くするんじゃないのです。
細い平面が幾重にも合わさって刃先に向かう感じで研ぐのよ。
蛤刃といっても、本当の蛤のように丸くRをとるのではないのです。
樹木の伐採用だと、もっと細かい番手の砥石が欲しいところですが、
キング#1000程度でも研ぎ方である程度仕上げ研ぎをまかなえます。
それは、仕上げにおいて、研ぎのストロークを極端に短くするのね。
まるで刀の刃取りをするように。それをつないでピシッと一本の極細の
ラインが出るように仕上げる。
これにより、ナタの刃でも紙がシャコシャコと抵抗なく切れます。
同じ番手の砥石でも、ストロークの量や速度、押し方引き方で研ぎ面
は様々な顔を見せます。もちろん、研ぎ汁の状態がどうであるのかが
大切なファクターとなってきます。


「包丁を研いでくれ」と母に頼まれましたが、「2~30本も研ぐのやだよ」
と答える。母親、ペティナイフ・マニアなもんで(^^;

とりあえず、いつも使い倒しているらしき古い包丁を4本ほど研ぎました。
共通項は、右3本はすべて日立金属青紙鋼鍛接の鍛造打ち刃物でした。

右2本は、鎚目を残したタイプなので、平地部分は平面の面一が出ません。
また出すべきものでもないのですが、黒皮残し仕様は好みが分かれる
ところです。私個人は、あまり好きな仕様ではないかな。鋼は鋼色に渋く
静かに光りをたたえている方が好きだな。


すべて入念に研ぎ上げ、紙の端がスパーッと抵抗なく切れる刃付けにして
完成。

刃物は切れる刃物が気持ちよかばい♪(^0^)
最後に、次の使用に備えて砥石の面摺りをして砥石の平面を出して、おしまい。

この後、車屋さんの友人のところにコーヒーをご馳走になりに行って、三原市政と
いろいろな
地域振興策談義でしばらく歓談しました。
といっても、床屋政談のようなもんす(^^

きょうは、天気のよい穏やかな一日でございました。
と毒にも薬にもならないことを日記には書いておこう(笑

刃物を研いでいるときは、ものすごく精神が集中するので、なかなかいい
もんです(^^)v
まったく余念がよぎらない。
ただ「研ぐ」という一点のみに気持ちを集中させます。
料理にこの包丁を使う人の心が澄むように、心を傾けて自分の心も研ぐのです。

 


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