渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

猫を散歩させる武者の図(実在)

2016年12月07日 | アート


「着甲武人猫散歩逍遥図」(室町末期)

<解説>
摂津国人の江古田兵庫智則は、猫好きで「ネコタ兵庫」とあだ名された。
江古田は愛猫「陀美」のために猫用の鎧を作ったが、複数の文献記録から
江古田の愛猫は黒猫ではなく銀に黒縞の銀鯖の陀美という名の猫である事
が確認されているのでこの黒猫は陀美ではない。
猫に鎧を着せようとしたが、猫が鎧など喜ぶはずはなく、鎧を嫌う猫に
対して、江古田は、「戦場に赴くに武具をも拒む武辺の心は、誠殊勝の
極みなり」と語ったと、江古田の家臣が記した『石崎源太覚書』にある。


え~と(笑)。嘘である。
徹底したパロディの「芸術的でっち上げ」作品を製作した造形作家の
野口哲哉さんの
作品の一つで、関連した同時展示の作ではこちらもある。


この作品は上掲の室町期に残された武人絵を基に製作したという
設定となっている。
武人画像の説明書きには、「箱書に『全道公 画像一幅』とあるが、
画面に賛はなく「全道」なる人物の来歴も不明である。武装した
人物が猫を連れて逍遥するという珍しい画像であるが、その姿が
近世の逸話集である「昌山記談集」の中に見る「猫田兵庫、大なる
耳の張掛けたる兜に黒糸の具足を着て、金の札たる物之具を着し猫
を傍らに置けり云々」や、「江古田兵庫、二つの山の連なりたる兜
の耳の如く作りたる」等との記述と一致する事から、古くから像主
を猫好きの領主として知られる江古田兵庫智則とする説がある。
描かれた猫について、一部にこれを江古田の飼い猫であった陀美と
する向きがあるが、陀美の毛色は銀色に黒島模様の銀鯖である事が
複数の記録で確認されており、黒猫である本像は陀美以外の猫で
あると考えられる。」とまでする念の入れようだ。

捏造もここまで徹底するとアートになる。
中途半端な悪意ある泥縄ねつ造は、ほころびさえも稚拙なので人の
感動を呼ばない。巧妙なニセ札や精巧な贋作日本刀には職人魂が投入
されて
いるように、贋物は真贋究め難いから贋物を超える正真との
錯誤を
人をして惹起せしめるのだ。
その正真に迫る贋物に出会った時、人は「してやられたり」とある種
どこかでそれを許容する柔和な心が生まれる。
だが、稚拙で推参かつ傲慢であったとしたら、軽佻浮薄な者たちはいざ
知らず、実ある人々からは即座に見向きもされなくなることであろう。









「俺、とりあえずビール」とでも言いだしそうだ。






こうした作品は、エッシャーのだまし絵と同じく、アートなのである。
しかし、いくらコスプレを「我らには伝わっており実在した」として
リアル社会ででっち上げを行なっても、それはアートにさえならない。
痛々しさから滑稽で哀愁を誘うマンガにはなるかもしれない。

作者の野口哲哉さん。武将江古田智則の愛猫陀美とはこれだったか。


野口哲哉と名乗っているが、実はそれは世を忍ぶ仮の名で、
本当の正体はさかなクンである。


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教科書の落書きに対する海外の反応が凄い!漫画大国の実力

2016年12月04日 | アート

【日本人天才だろw】教科書の落書きに対する海外の反応が凄い!漫画大国の実力





最高!(≧∇≦)


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信長Tシャツ

2016年10月22日 | アート





深謝!
ヒデキ感激!

『バリバリ伝説』『頭文字D』を描いている人からすごいの
貰っちゃったよ。

スマホ画像だとよく見えないけど、このプリントなんだか
凄いよ。

最近の塗装技術なのか、実物は本物の金箔みたいに
見えるのさ。こりはなんだべ?


なんだか、ダブルの意味でもったいなくて、着られねぇ~(^^;


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審神者(さにわ)とレイヤー

2016年09月19日 | アート



審神者(さにわ)の抜刀者に腕ある者あり。審神者とは古代に
転じて琴奏者のことを指すようになったが、これなる遣い手は
作句素奏者なりし哉。

というか、レイヤーが居合抜刀しているのではなく、居合抜刀
できる人がコスってるだけなんだけどね。

5秒見れば判断がつく。
お上はなんでもお見通しであるぞ!(笑
揺れるのは刃道のレールが脱線しているから。速いが切れてない。
ファストドロウができても、敵ではなく下向けて撃っては中らない。
ドロウだけではダメなのである。

と10数年前にナマダにハマっていた私が言ってみるテスト。
まあ、コミケとかいろいろあるけど、日本のコスプレとカメ子は
ナマダが先駆者だ。特にコスを流行らせたのはメタボギアの
ナマダだと言っても過言ではない。
アングラのサブカルの世界をセミオープングランドまで引き上げ
たパイオニアがナマダだった。


離れ目ナマダは未来永劫かわいい。離れてるのは目だけではない
というアニオタにとってはとても重要なポイントもあるのだが。

すっぴんの素顔は多部未華子ちゃんに似ている。
しゃべり方は酔っぱらった桃井かおりみたいで、何言って
るか
よくわからないが。
もう、ナマダは結婚しちゃったけどね。
ナマダの本職はナースだ。

「スカートの中は宇宙である」。彼女はレイヤーというより
アーティストである。
では、「宇宙の中には何があるの?」と尋ねたくもなるが。
ナマダは最近復活した。



昔のナマダ。


どうだ。後年のカタチのみの追従者たち。彼女の宇宙が掴めるか。




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画題 ~梅~

2016年09月09日 | アート


梅には様々な画題があるが、それ以前に梅には多くの別名がある。

・百花魁(ひゃっかのさきがけ)
・暗香(あんこう)
・疎影(そえい)
・香雪(こうせつ)
・清友(せいゆう)
・好文木(こうぶんぼく)
・春告草(はるつげぐさ)
・風待草(かぜまちぐさ)
・木の花(このはな)

宋の詩人林逋は多くの梅の詩を作ったが、「疎影」と「暗香」については
「疎影横斜水清浅」
「暗香浮動月黄昏」
の二詩が文人には知られている。

梅が出てくる画題では「四君子」がまず筆頭だろう。
四君子とは蘭、竹、菊、梅を草木の四君子として称える捉え方だ。
君子とは徳と学識、礼節を弁えた人を指し、文人は諸人が君子になる
ことを目指したが、これはのちに武人たる武士の生きる心得としても
武家精神の中心幹に置かれた。
文武両道の概念が定着した江戸期以降は、武士は武技だけが秀でて
いても駄目で、徳と学識と礼節に深くなければならなかった。
それゆえ、武士の剣は君子の剣たることこそ求められ、蛮族のそれ
とは一線を画すという精神土壌が江戸期に培われ、それが現在までも
日本人の精神文化として継続している。

さらに四君子の画題は、春=蘭、夏=竹、秋=菊、冬=梅という季節
表現としても中世頃から用いられてきた。
そして、梅については、画の表現としての題は「如月朝もやくらきを
さいて光る梅のこころ」という一語に尽きる。寒中、百花にさきがけて
咲く力強さを表現するものとして梅が画法の表現世界ではよく用いられ
るようである。

私の画像で四君子を説明すると以下の通り。
竹だけは、庭に矢竹を植えているのだが、撮影してないので別物で(笑)。
すべて私の家にあったものである。

春は蘭。


夏は竹。


秋は菊。


冬は梅。


オマケ。桃ちゃん(笑)。わが栄光の桃ちゃんは永遠に不滅である!


やはり、梅より桃だな、桃だよ、桃!(笑)。
地球上で一番かわいい桃ちゃんよ、永遠に!


かつてサユリストという種族が日本にはいた。
私は、モモイスト原理主義者である!(キッパリ)


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小林健二さんのポストカード

2016年09月08日 | アート

刀工小林康宏師の御弟子の方からハガキで手紙をいただいた。
それは過日の五月の連休中に私たち康宏友の会有志メンバーが
康宏日本刀鍛錬所の工房を訪ねた時の御礼方の内容だったが、
こちらこそ大変お世話になり通しだった。恐縮する。

その文がしたためられたハガキは康宏の実弟のアーティストの
小林健二さんが描いた
アートのポストカードだった。





作品の下にはこの言葉が印刷されている。


黄色文字が読みにくいかもしれないので、画像加工で自動調整
するとこうなる不思議。サンスクリット語は私は解さない。
まして、般若心経などは、漢字で書いてあっても意味が理解
できないという私の超ウルトラ・ネガティヴ現実これあり(苦笑
だから画像をネガったという訳ではないのだが。



ただ、一応それらしく私なりのナンチャッテ解説をすると、これは
「ルーパム シューニヤター シューニヤタイヴァ ルーパム
 シューニヤターヤー ナ プリタク ルーパム」と読む。
これは般若心経の「色即是空 空即是色 / 色不異空 空不異色」
の部分であり、和訳で意訳すると「この世では物質は空性であり、
空性とは物質に他ならない。物質なるもの、それは空性である。
空性なるもの、それは物質である。」という意味を表している。

学のない私には、言ってることは紐解けても、原語が非常に複雑
で難解であり、言語学的に学識を有しないと、サンスクリット語
あの独特な語の変化がどのような表現意図とリンクしているの
かを理解
することはかなわない。中身が理解できなければ物事を
理解したことにはならない。

そして、何よりも、宗教というよりも、かなり哲学の深淵領域
に入り込むので、簡単にサクッとは理解するのは困難なのである。
それは、マルクスの理論を表面上知っていても意味がなく、ヘーゲル
の弁証法哲学をどのような内実で批判的に継承したのかに理解が
及ばなければマルクス主義を理解できないのと同質の世界がある。

ということで、あくまでも私の上記解説は、ごくごく表層部分
の上っ面ダダすべりなので、あまり参考にはならない。


刀工小林直紀康宏の実弟、アーティストの小林健二さん。


う~む。描く世界もアバンギャルド。
しかも男前。
天は二物を与えることがたまにあるようだ。

ちなみに、ハガキをいただいた康宏師の御弟子(厳密には
先代の先生からの御弟子の製鉄研究者)さんも、これまた
男前すぎるほどに男前なのである。しかも、出身大学も
現本職も超インテリ。
天は二物のみならず三物、四物をも与えることがたまにある
ようだ。

これまでルビコンジャンプの繰り返しだった私とはあまり縁
がないような方々との縁が広がっている。
跳べと誰かが言う気がする。ここがロードスなのかも知れない。


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風景画 ~横浜~

2016年09月04日 | アート



横浜、日本大通り。
「にちだい通り」ではない(笑

この場所、水彩で描きたい。


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好きなカット ~バリバリ伝説~

2016年08月30日 | アート



不朽の名作『バリバリ伝説』(1983~1991/しげの秀一)で、
全編を通じて一番好きなカットはこれだ。


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機関誌

2016年03月22日 | アート



PCのフォルダを整理していたら、懐かしいのが出てきた。
89年頃、俺の部屋に遊びに来た学生時代の後輩が、そこらへんに
さりげなく
転がっている80年代初期のパンフ等を見て「なんでこの
部屋は
時間が止まってるんだよ」とか言ってたが、まあ読み捨てとか
あまりしない。
まして、自分が編集して記事書いた号ならなおさら(笑
表紙は俺の
ペン画だが、タッチはまるでMEIMU先生だよな(笑)。

ということで。

今はなき学生会館グリーンホールにてOB戦。仕事帰りに気砲遊戯。
(撮影:講談社FRIDAY記者K)


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お絵描き

2016年03月11日 | アート


(マルパー)

お絵描きは楽しす。
プロとしてやるのでなければね(笑

今更ながらのこちらの過去記事をどぞ → 描画のタッチ

お絵描きの基本。それはを真円に近く描けること。
他にも専門的なことがいろいろあるけれど、まずなんと
いってもでございます。
手塚先生なんて、何度描いても全く同じ大きさで真円に
近いが描けたらしいし。

魚屋うを新のイラストも、なかなかいいよ。なんだか笑える。


これは20年ほど前に描いたおいらの家族。



慟哭の画もありだけど、見て和む絵がいいよな。
ということで、また。

(ゲバラッチの頃のマルパーと俺。この日はパンキーなメットは無し)


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ピアフ

2015年12月09日 | アート


めちゃくちゃ観に行きたい。

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小島剛夕の部屋

2015年12月05日 | アート

ブックマークに「小島剛夕の世界」を追加しました。
時代劇画ファンにおすすめです。




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タッチの手業

2015年12月04日 | アート



公開されている某東北系のツイートから。

うっめ!(◎。◎)
なにこれ。
本物の
絵描きの人に上手いというのが失礼なことは重々承知しているが、
いいなぁ~、こういう筆使いは。ほんとにいい。しみじみとそう思う。
なんというか、司馬遼あたりの小説の挿絵に欲しいところだ。


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こち亀

2015年09月14日 | アート



本日発売の「週刊少年ジャンプ」の『こちら葛飾区亀有公園前派出所』に
修心流町井勲先生が載ってます。

似てないけど(笑

読みたい方はコンビニ・書店にGO!で少年ジャンプのお買い求めを。
(立ち読みはダメよ)



これは秋本先生ではなく、スタジオのアシスタントの人の描画でしょうね、タッチが。
登場人物でも主人公たち以外や背景などはアシスタントさんが描くことも多いようです。


実際の映像。マンガのようには散ってません。



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iPhone写真

2015年09月08日 | アート

iPhone のラインメール機能というのは、画像がいろいろ加工できるね。
いろいろいじってみた。


原本


慶應2年(1866年)於江戸、ベアト撮影(嘘


幕末古写真に着色してそれがかすれた風。


でも、武士じゃないから、やっぱりなんだか目力がヌルいね。
武士のブでなくプといった感じ~。←禁止コードどうにか抵触せず。

本物の武士はすげーぜ。これだもの。いかつぃ~~い(笑)
慶應2年(1866年)、ベアト撮影(本物)。


今の暴力団みたいのとも違うんだよなぁ。
なんというか、いわゆる寄らば斬るぞみたいなそんな感じともまた違う。
まあ、小指詰めくらいでは済まない腹切る覚悟をいつでもしていた連中
だからね。死線を越えたところに常に心はあるような、そんな雰囲気が
漂っている。

土方さんなんて、函館で売られてるブロマイドみたいな写真は大分
修正が入って柔和な表情に変えられているようだけど、原本に近い
写真なんて狼みたいだよ。壬生狼ね。ウルフよ、ウルフ。



幕臣の山岡鉄太郎さんもなかなかの面構えだぜ。新選組の前身の
浪士組を率いて京に上洛した頃はこんな面構えだったのだろうね。



浪士組を尊攘派で乗っ取ろうとした清川八郎は、命令で江戸に戻された。
京に残ったグループが京都守護職会津中将様御預りとなって、後の新選組
に改称する。
策士を自認していた清川は、江戸に戻った後、
麻布一ノ橋あたりで幕臣
佐々木只三郎、窪田泉太郎(2000石)ら4名により
斬殺された。
ちなみに窪田泉太郎は名を鎮章( しげあき)といい、父親は幕臣窪田鎮勝
(蒲池鎮克)だ。鎮勝は松田聖子(蒲池法子)さんの先祖の親戚ね。
聖子ちゃんは九州柳川藩立花家の家老格の家の出身で、150年前ならば
正真証明の御姫様~~~つーわけだぁ~。

でもさぁ、俺、松田聖子さん大好きだけど、高校時代の蒲池法子さんのほうが
ずっと好き
なんだよね(笑)
蒲池さん、最高!O脚の御姫様(^0^)


先日、TVに聖子さんが出てるのをかみさんと一緒に見てた。
かみさんは法子さんと同い年同学年だ。
「なんか、化け物みたいにまったく歳とらないよねぇ~」とため息交じりで
俺が聖子さんとかみさんを交互に見比べていたら、「何よっ!全然あたしと
変わらないじゃない!」と聖子さんを指さしながら言ってた。
まあね。確かに同じだね、学年は(笑
あなたは樹木希林さんに進化しましたが。
あたしも、松村か塚地みたいになってるんで人のこと言えませんが(笑
あ、トップの写真は数年前のね(苦笑
ここ数年で加速度的に広角レンズ化してます。
最近腹にホラがつまっちゃってよ~。ふくれてしかたないのよ。


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