渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

審神者(さにわ)とレイヤー

2016年09月19日 | アート



審神者(さにわ)の抜刀者に腕ある者あり。審神者とは古代に
転じて琴奏者のことを指すようになったが、これなる遣い手は
作句素奏者なりし哉。

というか、レイヤーが居合抜刀しているのではなく、居合抜刀
できる人がコスってるだけなんだけどね。

5秒見れば判断がつく。
お上はなんでもお見通しであるぞ!(笑
揺れるのは刃道のレールが脱線しているから。速いが切れてない。
ファストドロウができても、敵ではなく下向けて撃っては中らない。
ドロウだけではダメなのである。

と10数年前にナマダにハマっていた私が言ってみるテスト。
まあ、コミケとかいろいろあるけど、日本のコスプレとカメ子は
ナマダが先駆者だ。特にコスを流行らせたのはメタボギアの
ナマダだと言っても過言ではない。
アングラのサブカルの世界をセミオープングランドまで引き上げ
たパイオニアがナマダだった。


離れ目ナマダは未来永劫かわいい。離れてるのは目だけではない
というアニオタにとってはとても重要なポイントもあるのだが。

すっぴんの素顔は多部未華子ちゃんに似ている。
しゃべり方は酔っぱらった桃井かおりみたいで、何言って
るか
よくわからないが。
もう、ナマダは結婚しちゃったけどね。
ナマダの本職はナースだ。

「スカートの中は宇宙である」。彼女はレイヤーというより
アーティストである。
では、「宇宙の中には何があるの?」と尋ねたくもなるが。
ナマダは最近復活した。



昔のナマダ。


どうだ。後年のカタチのみの追従者たち。彼女の宇宙が掴めるか。




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画題 ~梅~

2016年09月09日 | アート


梅には様々な画題があるが、それ以前に梅には多くの別名がある。

・百花魁(ひゃっかのさきがけ)
・暗香(あんこう)
・疎影(そえい)
・香雪(こうせつ)
・清友(せいゆう)
・好文木(こうぶんぼく)
・春告草(はるつげぐさ)
・風待草(かぜまちぐさ)
・木の花(このはな)

宋の詩人林逋は多くの梅の詩を作ったが、「疎影」と「暗香」については
「疎影横斜水清浅」
「暗香浮動月黄昏」
の二詩が文人には知られている。

梅が出てくる画題では「四君子」がまず筆頭だろう。
四君子とは蘭、竹、菊、梅を草木の四君子として称える捉え方だ。
君子とは徳と学識、礼節を弁えた人を指し、文人は諸人が君子になる
ことを目指したが、これはのちに武人たる武士の生きる心得としても
武家精神の中心幹に置かれた。
文武両道の概念が定着した江戸期以降は、武士は武技だけが秀でて
いても駄目で、徳と学識と礼節に深くなければならなかった。
それゆえ、武士の剣は君子の剣たることこそ求められ、蛮族のそれ
とは一線を画すという精神土壌が江戸期に培われ、それが現在までも
日本人の精神文化として継続している。

さらに四君子の画題は、春=蘭、夏=竹、秋=菊、冬=梅という季節
表現としても中世頃から用いられてきた。
そして、梅については、画の表現としての題は「如月朝もやくらきを
さいて光る梅のこころ」という一語に尽きる。寒中、百花にさきがけて
咲く力強さを表現するものとして梅が画法の表現世界ではよく用いられ
るようである。

私の画像で四君子を説明すると以下の通り。
竹だけは、庭に矢竹を植えているのだが、撮影してないので別物で(笑)。
すべて私の家にあったものである。

春は蘭。


夏は竹。


秋は菊。


冬は梅。


オマケ。桃ちゃん(笑)。わが栄光の桃ちゃんは永遠に不滅である!


やはり、梅より桃だな、桃だよ、桃!(笑)。
地球上で一番かわいい桃ちゃんよ、永遠に!


かつてサユリストという種族が日本にはいた。
私は、モモイスト原理主義者である!(キッパリ)


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小林健二さんのポストカード

2016年09月08日 | アート

刀工小林康宏師の御弟子の方からハガキで手紙をいただいた。
それは過日の五月の連休中に私たち康宏友の会有志メンバーが
康宏日本刀鍛錬所の工房を訪ねた時の御礼方の内容だったが、
こちらこそ大変お世話になり通しだった。恐縮する。

その文がしたためられたハガキは康宏の実弟のアーティストの
小林健二さんが描いた
アートのポストカードだった。





作品の下にはこの言葉が印刷されている。


黄色文字が読みにくいかもしれないので、画像加工で自動調整
するとこうなる不思議。サンスクリット語は私は解さない。
まして、般若心経などは、漢字で書いてあっても意味が理解
できないという私の超ウルトラ・ネガティヴ現実これあり(苦笑
だから画像をネガったという訳ではないのだが。



ただ、一応それらしく私なりのナンチャッテ解説をすると、これは
「ルーパム シューニヤター シューニヤタイヴァ ルーパム
 シューニヤターヤー ナ プリタク ルーパム」と読む。
これは般若心経の「色即是空 空即是色 / 色不異空 空不異色」
の部分であり、和訳で意訳すると「この世では物質は空性であり、
空性とは物質に他ならない。物質なるもの、それは空性である。
空性なるもの、それは物質である。」という意味を表している。

学のない私には、言ってることは紐解けても、原語が非常に複雑
で難解であり、言語学的に学識を有しないと、サンスクリット語
あの独特な語の変化がどのような表現意図とリンクしているの
かを理解
することはかなわない。中身が理解できなければ物事を
理解したことにはならない。

そして、何よりも、宗教というよりも、かなり哲学の深淵領域
に入り込むので、簡単にサクッとは理解するのは困難なのである。
それは、マルクスの理論を表面上知っていても意味がなく、ヘーゲル
の弁証法哲学をどのような内実で批判的に継承したのかに理解が
及ばなければマルクス主義を理解できないのと同質の世界がある。

ということで、あくまでも私の上記解説は、ごくごく表層部分
の上っ面ダダすべりなので、あまり参考にはならない。


刀工小林直紀康宏の実弟、アーティストの小林健二さん。


う~む。描く世界もアバンギャルド。
しかも男前。
天は二物を与えることがたまにあるようだ。

ちなみに、ハガキをいただいた康宏師の御弟子(厳密には
先代の先生からの御弟子の製鉄研究者)さんも、これまた
男前すぎるほどに男前なのである。しかも、出身大学も
現本職も超インテリ。
天は二物のみならず三物、四物をも与えることがたまにある
ようだ。

これまでルビコンジャンプの繰り返しだった私とはあまり縁
がないような方々との縁が広がっている。
跳べと誰かが言う気がする。ここがロードスなのかも知れない。


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風景画 ~横浜~

2016年09月04日 | アート



横浜、日本大通り。
「にちだい通り」ではない(笑

この場所、水彩で描きたい。


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好きなカット ~バリバリ伝説~

2016年08月30日 | アート



不朽の名作『バリバリ伝説』(1983~1991/しげの秀一)で、
全編を通じて一番好きなカットはこれだ。


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機関誌

2016年03月22日 | アート



PCのフォルダを整理していたら、懐かしいのが出てきた。
89年頃、俺の部屋に遊びに来た学生時代の後輩が、そこらへんに
さりげなく
転がっている80年代初期のパンフ等を見て「なんでこの
部屋は
時間が止まってるんだよ」とか言ってたが、まあ読み捨てとか
あまりしない。
まして、自分が編集して記事書いた号ならなおさら(笑
表紙は俺の
ペン画だが、タッチはまるでMEIMU先生だよな(笑)。

ということで。

今はなき学生会館グリーンホールにてOB戦。仕事帰りに気砲遊戯。
(撮影:講談社FRIDAY記者K)


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お絵描き

2016年03月11日 | アート


(マルパー)

お絵描きは楽しす。
プロとしてやるのでなければね(笑

今更ながらのこちらの過去記事をどぞ → 描画のタッチ

お絵描きの基本。それはを真円に近く描けること。
他にも専門的なことがいろいろあるけれど、まずなんと
いってもでございます。
手塚先生なんて、何度描いても全く同じ大きさで真円に
近いが描けたらしいし。

魚屋うを新のイラストも、なかなかいいよ。なんだか笑える。


これは20年ほど前に描いたおいらの家族。



慟哭の画もありだけど、見て和む絵がいいよな。
ということで、また。

(ゲバラッチの頃のマルパーと俺。この日はパンキーなメットは無し)


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ピアフ

2015年12月09日 | アート


めちゃくちゃ観に行きたい。

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小島剛夕の部屋

2015年12月05日 | アート

ブックマークに「小島剛夕の世界」を追加しました。
時代劇画ファンにおすすめです。




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タッチの手業

2015年12月04日 | アート



公開されている某東北系のツイートから。

うっめ!(◎。◎)
なにこれ。
本物の
絵描きの人に上手いというのが失礼なことは重々承知しているが、
いいなぁ~、こういう筆使いは。ほんとにいい。しみじみとそう思う。
なんというか、司馬遼あたりの小説の挿絵に欲しいところだ。


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こち亀

2015年09月14日 | アート



本日発売の「週刊少年ジャンプ」の『こちら葛飾区亀有公園前派出所』に
修心流町井勲先生が載ってます。

似てないけど(笑

読みたい方はコンビニ・書店にGO!で少年ジャンプのお買い求めを。
(立ち読みはダメよ)



これは秋本先生ではなく、スタジオのアシスタントの人の描画でしょうね、タッチが。
登場人物でも主人公たち以外や背景などはアシスタントさんが描くことも多いようです。


実際の映像。マンガのようには散ってません。



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iPhone写真

2015年09月08日 | アート

iPhone のラインメール機能というのは、画像がいろいろ加工できるね。
いろいろいじってみた。


原本


慶應2年(1866年)於江戸、ベアト撮影(嘘


幕末古写真に着色してそれがかすれた風。


でも、武士じゃないから、やっぱりなんだか目力がヌルいね。
武士のブでなくプといった感じ~。←禁止コードどうにか抵触せず。

本物の武士はすげーぜ。これだもの。いかつぃ~~い(笑)
慶應2年(1866年)、ベアト撮影(本物)。


今の暴力団みたいのとも違うんだよなぁ。
なんというか、いわゆる寄らば斬るぞみたいなそんな感じともまた違う。
まあ、小指詰めくらいでは済まない腹切る覚悟をいつでもしていた連中
だからね。死線を越えたところに常に心はあるような、そんな雰囲気が
漂っている。

土方さんなんて、函館で売られてるブロマイドみたいな写真は大分
修正が入って柔和な表情に変えられているようだけど、原本に近い
写真なんて狼みたいだよ。壬生狼ね。ウルフよ、ウルフ。



幕臣の山岡鉄太郎さんもなかなかの面構えだぜ。新選組の前身の
浪士組を率いて京に上洛した頃はこんな面構えだったのだろうね。



浪士組を尊攘派で乗っ取ろうとした清川八郎は、命令で江戸に戻された。
京に残ったグループが京都守護職会津中将様御預りとなって、後の新選組
に改称する。
策士を自認していた清川は、江戸に戻った後、
麻布一ノ橋あたりで幕臣
佐々木只三郎、窪田泉太郎(2000石)ら4名により
斬殺された。
ちなみに窪田泉太郎は名を鎮章( しげあき)といい、父親は幕臣窪田鎮勝
(蒲池鎮克)だ。鎮勝は松田聖子(蒲池法子)さんの先祖の親戚ね。
聖子ちゃんは九州柳川藩立花家の家老格の家の出身で、150年前ならば
正真証明の御姫様~~~つーわけだぁ~。

でもさぁ、俺、松田聖子さん大好きだけど、高校時代の蒲池法子さんのほうが
ずっと好き
なんだよね(笑)
蒲池さん、最高!O脚の御姫様(^0^)


先日、TVに聖子さんが出てるのをかみさんと一緒に見てた。
かみさんは法子さんと同い年同学年だ。
「なんか、化け物みたいにまったく歳とらないよねぇ~」とため息交じりで
俺が聖子さんとかみさんを交互に見比べていたら、「何よっ!全然あたしと
変わらないじゃない!」と聖子さんを指さしながら言ってた。
まあね。確かに同じだね、学年は(笑
あなたは樹木希林さんに進化しましたが。
あたしも、松村か塚地みたいになってるんで人のこと言えませんが(笑
あ、トップの写真は数年前のね(苦笑
ここ数年で加速度的に広角レンズ化してます。
最近腹にホラがつまっちゃってよ~。ふくれてしかたないのよ。


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2015年08月30日 | アート
本家の手洗いの中に貼ってある絵。
水森亜土?


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2015年04月21日 | アート
関連グループ会社の本社取締役が退任退職を目前にして、愛用品を私に
くれた。
めちゃくちゃ嬉しい!



よーし!これからはカメ子になるぞー!!
て、それ違うし、使い方よくわからないし。
でも、勉強する。
徹底的にベンキョする。
これで心に感じた絵を収めたい。

何故だか、至らぬ私なのに、皆さん、本当に良くしてくださいます。
有難い事です。

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描画のタッチ

2015年03月07日 | アート

昨日、大昔の学友と電話で与太話をしていたのね。
こいつなんだけどさ。


ネットって怖いねぇという話だったのだけど、こいつは自分のブログだけ
でなく、フェイスブックにもおいらが31年前に描いた彼の似顔絵を使って
くれている。気に入ってるようだ。以前は名刺にまで印刷していた。
これは彼が学生の時にアジってる時のものを私が描いたものだ。今は完全
禁止になっちまったけど、80年代、バイク通学禁止を学内のライダーによる
運動で解除させ、通学用駐車場まで作っちまった男だ。正確には後輩が
サークルで主軸となって実現させたが、こいつがそのサークルの初代代表
だった。原画は
今でも私の手元にある。こいつのリングネームはマルパー
だった。
好きだったマルガリータを目黒の店でこぼしてパーになったからか、
マルクス研究会(統一協会原理研じゃないよ)
のパーなのか、丸という軍事
雑誌を好むミリオタ(宮崎駿のように反戦派はミリオタが多い)のパーなのか
は新聞会(原理研じゃないよ)の俺も取材不足で分からなかった。
きっと、キャラ的にまるでパーからきてると俺は踏んでる。略して「マルパー」
誰もが呼んだ。本人はマルチ・パフォーマンスなのだと自称していたが、まあ、
なんと
いうか一種の天才だった。パーと天才は紙一重というが、それを地で
行くやつだった。
俺が今まで知ってる奴でこやつ天才と思ったのは
高橋源一郎とこいつだった。
全方位的にパーなのではなく、求心力が異常に高いやつだった。
丸いパーというのは社会人になってからの彼の体型のことで、学生時代は
おいらと同じくスリムだったのであてはまらない。


で、マルパーはおいらが描いた似顔絵をいたく気に入って使ってくれて
いる。
するとだなぁ。プロのアニメや漫画の描き手の間で、この彼の似顔絵は
亡くなった漫画家の広井てつお先生が描いたものではなかろうかという
憶測が都市伝説のように一時期飛び回っていたというのだ。
う~ん。おいら、広井先生のタッチが好きだったからね。ただ、女の子を
描く場合は内山亜紀かMEIMUのようなタッチになっていたし、バイクを
描く時はデビューしたばかりの貞本になっていた。『18Rの鷹』の頃のね。
でもって、俺が描くマルパーの似顔絵は広井先生のタッチだったという
が歴史の真実なのよね(笑)。

(描き手:私/病院のベッドで描いた。モロにデビュー当時の貞本タッチだ)


サッと描いても、インスパイア受けた作家のタッチに似るというのは
絵の描き手
の場合にはある。アシスタントをやっていて独立した漫画
家などにも元の
先生のタッチの影響が色濃く出るよね。

でも、これは完全に私自身のタッチで描いた当時うちにいたワンコの
絵だ。
名前はルーク・ランドウォーカーという。私と妻が名づけた。

私の原画から原宿にオーダーメイド衣料品店を構える犬仲間の友人が
スタジアムコートの後ろに
大きく刺しゅうしてくれた。何万円もするコート
だったが、娘が生まれた時
のお祝いにと、赤ちゃん用品やオリジナル
Tシャツと共に私と妻に一着ずつプレゼントしてくれた。クリスマス直前
に娘が
生まれたのでサンタさんのような真っ赤な長いスタジアムコート
だ。

当時、アルバイトで私はちょっとしたイラストなども描いていた。
飲食店のメニューなどにそれが使われたりしていた。
1枚5,000円。稿料は安くはない。そこそここなすと、結構な実入りには
なった。
ただ、プロではない。素人だが、使ってくれるところがあった。
(1円でも金貰えばプロという話もあるが、正業ではないのでアマだ。
私が描く絵などはコミュケ販売の同人誌以下の物だ。本職のプロを
なめてはいけない。プロは私のようなのは遥かに及ばない本職の本業
の職人絵師たちなのだ)


こういうのも、素描で描いたものだが、完全に私のタッチだ。
(描き手:私/居合で世話になっている先輩/90年頃)


タッチが好きな作家に似るということについては、たとえば、今から20年
以上前、おいらは居合の師匠の話を一言一句もらさず頭に入れて、帰宅
してからはそれを「口伝集」としてまとめていた。


そこでは、分かりやすいようにイラストをサッと描いていた。

こういうのは江戸期の伝書などにもあるよね。さらに動きが分かり
やすいようにタッチも簡略化してアリンコのような骨格図のみにした
ものが歴史伝書には多いけど。

ただ、私はもっとマンガ的なタッチで描いたりした。これは誰のタッチ
でもなく、私自身のタッチだ。


しかし、明らかに内山亜紀先生の影響を受けていることが見て取れる。




ということで、バイクを描かせたら日本一だった広井てつお先生の
影響をモロに受けたタッチで私が1984年に学友マルパーの似顔
を描いたというのが真実なのだ。



日本には手習いという文化があるよね。
あれは習字でお手本を見ながらその通りに字が書けるようになること
から始める習い事のことだ。
だから毛筆も、お手本を見てタッチ=筆致を写し取るところから日本人
の文字書きは始まる。
やがて、自分の文字ができてくると、「守・破・離」の段階の破→離に
向かう。

そうなると、七草について調べて忘備録のように筆で走り書きしたメモ
書きでさえも、もはや個人的なアートになる。自書の花押さえも(笑)
(書き手:私)



そんでもって、刀剣研究家は日本刀という美術について触れているのである
からして、当然絵心を解さないとならない。

また、自分でもプロの専門職の絵師(画家、漫画家、イラストレーター、アニメ
作家等)とまではいかなくとも、そこそこに絵などの描写について筆が立たない
ならないと思うのだ。

さらに、刀剣研究者で自ら小物と言えども刀を打つ者は、焼刃土の置き方・
引き方についても、このようにフリーハンドですぐに自書で描画できないと
ならない。

(描き手:私)




ということなんです。
ですので、これを描いたのは私というのが真実。
「広井てつお先生ご本人にライターの小池氏は似顔絵を描いてもらったに
違いない。きっとバイク乗りの取材かなんかの時に」との業界プロ絵師たち
の憶測と噂と都市伝説の存在は、私個人としては光栄の至りです。
なんだか、稀代の偽銘切り師、刀工鍛冶平直光を超えた気がするよ(笑)

だったら、こんなことしたら、不二子先生本人が描いたと思われるのかな?(笑)
(描き手:私)


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