渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

2016年06月18日 | 火と土と水、そして鋼


鋼の命は粘りだと思う。
素材による特性もある。しかし、「硬くて粘る」という一見矛盾している
かのようだが実は共存できるこの命題をどう解くかに、鎚打つ者の指標が
あるように思える。



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談笑

2016年06月18日 | 火と土と水、そして鋼


熱く語る刀工小林直紀康宏。
うを新と一緒に宮城郷土料理の店で若き本職の隊長にすっかり御馳走に
なった。
作刀打ち合わせは神田にて。

楽しそうす。


ゲーーッ!
知らなかったよ!
作詞などもするアーティストの小林健二さんは直紀さんの実弟だった!






直紀先生より一回り以上年下。
つか、なんすか?このイケメン(≧∇≦)
直紀先生曰く、「僕は父親似、弟は母親似でハーフみたいな顔してる」
とは以前から聞いてはいたが、まさか小林健二さんが弟さんだったとは
知らなかったよ!
これはかなり驚いた(≧∇≦)
直紀先生は日大芸術学部出身で元々は写真家になろうとしていた人だが、
元来芸術肌の血筋なんだなと妙に納得したのであった。
しかし、顔は似てない兄弟。

直紀先生これだから(笑)。
もしくはトトロ(≧∇≦)

(描き手おれ)


直紀先生の特徴は、交友関係がとんでもなく広いのと、あと、争いが嫌い。
人を斬る刀という物は本当は作りたくない、と語る。
だが、人一倍の切れ物を造る。
そこに刀鍛冶としての何かがある。
「あたしは職人」と言い、「刀匠」「芸術家」「作家」とは自らは決
して言わない。
でも、芸術肌だと私は思う。
だって、ムラっ気多すぎるもの(≧∇≦)
出来不出来の差が多いというのは実情だし、影打ち含めて歩留まりは
とても悪い。
外したくない決めどころと寛容で流すところの端境のスイッチが他人には
解りづらい。
個人的には、ナカゴ仕立てはもっときっかりしたほうが・・・とか思ったり
するが、本人の眼目は別なところにある。

研ぎ上がった最新作は、刃文は直刃ではなく、古雅な直刃調小乱れで、
これは復活刀の中で一番注目できる焼刃のように見受けられた。

ただ、二代目康宏作は、初代康宏がそうだったように、一作一作がすべて
「研究作」のようなところがある。
一つとして同じ出来の作がない。
もっと詳しくいえば、数口毎に似た傾向になるが、毎回新たな違うトライ
をしているので、出来が異なる。
作域の振幅はどの刀鍛冶にもあるが、二代目の場合は、工房制による
「失われた20年」があるために、真打ち復活後はかつての勘を取り戻す
だけでなく、鋼をまとめる様々な挑戦をしている。
私は、刀鍛冶としてのその「最期のひと花」を咲かせるための手伝いを
している。
かつて刀工二代目康宏が40歳代からの付き合いだが、心にともしびのある
一人の刀鍛冶の最晩年作に関わることができた事を私は嬉しく思う。
私の名は歴史には残らないが、小林康宏の作は100年後も200年後も残る。
その日本の歴史のほんの小さな一コマに自分が深く携われる事が嬉しい。
大きな歴史の中では些細なほんの小さな一コマだが、私にとっては大きな
出来事だ。
これは、ヤマハから私がいたゆえに現実化したという私のモデルのバイク
が開発発売されたという事実と並んで、私にとっては尋常ならざる大き
な出来事なのである。

現代刀工は一部を除いて年によくて数口の作刀依頼がある程度だ。
それが、年間24口製造許可分が数年先までフルチャージでバックオーダー
が満杯という刀鍛冶は、今のところ小林直紀康宏だけなのではなかろうか。
それほど、潜在需要というか、康宏作を求める人が多くいるということ
だろう。
美術刀剣界では下作だの、揶揄中傷マンからは「下賤」だの唾を吐きかけ
られたりしているが、「持ちたい」という人が多い事も確かな事実であり、
私はこれは現代刀の一つの指標ではなかろうかと思う。
注文がなくば鍛治職はやっていけない。いくら「私は芸術家」とか「私
は作家」と胸を張っても、注文がまるでないというのでは話にならない。
それこそ自慰行為のイタいだけの「自称」作者(作れないから作者とは呼べ
ないが)となってしまう。
二代目康宏は、康宏であるがゆえに、多くの方々から求められ、それに
応えようと鎚を取る。
己が勝手に作り描きたい図を描くためではなく、「注文者」の為に作刀
する。
これは、刀鍛冶の本来の在り方ではなかろうか。
小林康宏は、その根源的構造の実体化の中にいる。
私は小林康宏は見まごうことなき「刀鍛冶」であると思う。
いくら高尚な御説を述べようが、いくら立派な「芸術作品」を作ろうが、
「所有したい」という気が人の心に湧いて、そして、その希望を実現させ
られることに刀鍛冶が寄り添わないと、実際の現実は到来しない。
小林康宏はその実現を成している鍛治職であることは間違いがない。
しかも、作刀希望があれば誰にでも作るというのではなく、どこまで心が
共に歩めるかという点で依頼者を精査させてもらっている。
それでも、文化庁の製造許可枠は数年先までパンパンのポンポコリンだ。
学年ひと学級以上の数の注文を現在抱えて、鋭意作刀にあたっている。
「70歳代後半まで生きてるかどうか分からないから」との刀工本人の申し
入れで、現在は新規注文をとりあえずストップしている。
だが、これとて、私が完全復活の背中を押して康宏と販売店と職方ルート
を構築したが、正式作刀募集をした訳ではない。企画段階で、作刀規模者
が殺到したのが実情だ。
だから、小林康宏作は作刀の正式募集はできずじまいだった。
二期枠などは二日で埋まった。
それでも、依頼者と連絡のやり取りをして、ご希望には添えない、或いは
ご注文は受けないということをしても作刀規模者が注文希望の名乗りを
あげてくださった。ありがたいことだ。
私たちとしては、一切売り込みをしたり、また、依頼者に媚びへつらう
こともしていない。
また、尊大に構えて偉そうにして門前払いもしてない。
求める人に、共に作刀をして渡したい、というのがまず第一にある。
ただ、「同じ船に乗る」という人の為に康宏は鎚を取る。
そのアルカディア号の乗組員になれるか否かは、人となり次第だ。

悪く言おうとすれば、いくらでもこじつけて人を悪く言うことは可能だ。
だが、小林康宏の場合は、多くの人からの注文がある、という揺るぎない
現実がある。

ただ、誤解されている面も多くある。
「切る為の刀」は、実は受注しないのだ。
これは面談もしくは希望者との初期の連絡のやり取りで精査する。
小林康宏作は、「武術修行者で、武術研鑽の一貫として日本刀を用いる
人」および「そばに置いて鑑賞目的とする人」にしか作らない。
物斬り目的の為だけに「切れ物」が欲しい人には作らない。
車に例えるならば、ただドリフトをするためだけの目的の人には車を売ら
ない、というのに近い。普段の街乗り愛車であったり、レースをする人の
為にマシンを作る、というのに似ている。
現実的に、「まず物切り目的」という注文主は一人もいない。
当然にして、濡れ畳表巻き切断専用の刃物などは一切作らない。
だから、そうした道具刃物を好んで使ってる人たちからの注文はない。
注文が来ても受けない。
畳表斬りごっこのための道具など作る気はないからだ。
あくまでも、武術修練の一助となり、武人と共にある「差料」を作る。
種目によって、土壇や数本立て畳表を切る時だけ別な刃物を持ち出すような
非武術の道具の製作依頼は受けない。
他の鍛治職は受けるだろう。現実的に身幅6センチや10センチの妙な刃物
も出回っているのだから。
だが、小林康宏は、「差料」を作るのである。ジェダイの騎士のライト
セーバーが誰でも持てるのではなくジェダイしか持てないように、康宏作
は「共にあらん」という人にしか作らない。モグラ叩きのハンマーを作る
気はないし、また、私や新藤もそうした類の道具刃物は康宏には作らせな
い。尤も、康宏自身が受け付けないが。
そのため、作刀希望者は厳選させてもらっている。
事前審査は、康宏・新藤・私の三者全票制にしているが、前段階判断に
おいては私が康宏から全権委任されている。
私が駄目というものは駄目で、私が駄目とした人に向けて、或いは駄目と
した作域が「康宏作」として世に生まれることはない。
ただただ「切れる刀が欲しい」というだけの人には作らない。よく切れる刀
などは他にもいくらでもある。他を
あたればいい。
「康宏でなくば」という人の為に小林康宏は刀を打つ。
それは一種の精神的な婚姻の関係に似ている。一口の刀を通して、心の
盟友とならざるならば康宏作は所持できない。
従って、「金を払えば客だ」とか「刀を作らせてやってる」とか「うちの
流派指定刀にしてやる」等々の心根で接触してくる人たちはまるで論外で、
ご遠慮願っている。
また、数寄者のコレクション用の復元刀やレプリカ刀も作らない。

ともすれば、これまでの刀剣界は、注文主が無理な注文を鍛治職に押し
付けたり、或いは刀匠が注文主の意向を無視して一方的に自作をお仕着せ
にしたりする関係性が多かった。
私たちは、それを突き崩したかった。
そもそも、「契約」とは、双方の合意の上に成立する。どちらか一方の
一方的観念の押し付けで契約は成立しない。
私たちは、その「双方合意」という契約の精神の健全性を保全したかったのである。
なので、刀工側からのお仕着せもなければ、注文主からの押し付けも介在
させないことを、実効力のあるシステムとして実体化させることを目指し、
それに成功した。
なので、「これまでの日本刀発注形態とは異なる新機軸」として展開でき
ているのである。
外容としては発注者参加型なので、注文と仕様書を出せばそれでおしまい
ということにはならない。注文者も仕様検討には時間を割いてもらい、
「刀工・スタッフと共に刀を作って行く」という共同作業としての作刀
活動に参加してもらっている。
相互意思疎通のレスポンスが要となる。


神田の郷土料理屋では、多いに語らい、親睦を深めようと思ったが、
直紀劇場全開で、先生が熱く語るのを我々は聴く夜となったのであった。
でも、刀の話はほとんせずに手相や他の文化論の話になってましたが、
先生(≧∇≦)


ただ、刀工康宏の歴史を振り返る段で、刀工銘「康宏」の由来も二代目
と付き合い始めて四半世紀経った今、あたしゃ初めて知った( ´ ▽ ` )
成る程なあ。漢字の意味って、深いね。







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女性刀工試験受験者

2016年06月06日 | 火と土と水、そして鋼

刀工試験受験者11名が連日どんどん不合格になって行く中で、
女性受験者が残っているという。
頑張って、刀工試験制度開始後初の女性刀工になってほしい。
受験資格を得るには文化庁登録刀工の下で5年間修業した後で
ないとならず、刀工の鍛冶場で実技修行なしの者は受験資格さえない。
机の上で勉強だけすれば刀工試験を受けられるという類のものでは
ない。
受験者の女性は、これまで最低でも5年は鍛冶仕事を頑張ってきた
のだろう。

私は心から応援したい。

カナヤゴさんは女性に嫉妬して鍛冶場に女性が入ることを嫌うというが、
そこは神さんも大目にみてほしい。
しかし、なぜ金屋子さんが女性を嫌うかというと、金屋子神は女性だから
ということらしい。
う~む。
でも、女性の嫉妬よりも、男の嫉妬の方が根深くて陰湿だよな(苦笑)。
そもそも、野郎の嫉妬なんてのは、みっともないの極みで、懐も浅く、性根が
ショート肝であることの証のように思える。嫉妬深い男に「いい男」はまず
いない。
野郎のしょーもない嫉妬に比べたら、金屋子さんの嫉妬は、もしかしたら
ごくごく可愛いものかもしれない。



日本の歴史上、記録に残っている女性刀工は、備中国荏原のこの大月げんさん
しか確認されていない。
備中国水田国重派の刀工であった。

私の紹介記事 → 史上初の女性刀工




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字体の違いと鏨(たがね)使いの違い

2016年06月03日 | 火と土と水、そして鋼

日本刀にしろ小刀や包丁などの一般刃物にしろ、作品に切る銘は
作者によって異なる。

左:江戸刃物師左久作師が「黒船小刀」に切ってくれた私の工銘
右:私の自身銘


全くタガネの手癖が違う。

ちなみに斬鉄剣作者の二代目小林康宏直紀師のペン書きの
直筆文字はこんな感じ。


刀の銘はこうなる。


「おれ、漫画文字になっちゃうんだよ」とは康宏本人の弁だが、
ほんとにマンガちっくな字体だ。マジックペンで書くとさらに
それが強調される。
というか偽銘切れなそう(^^;
そして、二代目康宏は「文字を読む」ことを非常に好み、ありと
あらゆる書籍を読みたがる。直紀師匠のベッドの周りは書籍が
山積みだ。
私の20年以上前の直紀師の印象も、東京下町の第二工房鍛人
(かぬち)に行くと、いつも直紀師は本を読んでいたという印象が
強い。めくり読みではなく熟読している。とにかく「文字」を読む。
さらに、漫画をとてもよく読む。戦中生まれだが、1960年代中期
に大学生だった世代らしく、当時の若者が層としてマンガ読み第一
世代だったように漫画を多く読む。『巨人の星』が連載中に大学生
だったし、『あしたのジョー』が連載開始された年に大学を卒業した。
今は『ゴルゴ13』が好きみたい(^0^)

偶然だが、私の居合の師匠と刀工康宏師の字はどことなく
似ている(^^)


ところがですよ!
刀屋うを新の文字は、直紀先生と剣弘先生とよく似てるの。
どちらかというと直紀先生にクリソツ(^^)
これは、うを新本人も「他人とは思えない」と言ってる(笑)。

おいらは、字体は数種類の字体を書き分けるが、筆で書くと
こんな感じ。書道は小学校と中1の授業以外でやったことない
から完全な自己流どす。一見すらすら書いているようにも見え
ないこともないが、てんで基本がなってない。


 
私は日本語の文字はアルファベットやハングルのようなただの
意思伝達手段の記号ではなく「字は絵である」と思っているから、
文字はすべて自己流だが字を書くこと自体は嫌いではない。
絵を描くことは好きだからだ。


銘については、うを新は丸津田などは「やりすぎ」とのことで
あまり好きではないらしい。


でも、おいらはこの丸津田独特のタッチは大好きだけどね。
文字がアートしてるし、タガネも自由自在に走っている。
この人、たぶん筆で円相を書いても、手塚治虫先生のように
真円が描けるのではないかと思う。
あたしは、後期助広のこの銘はのびのびとして良い銘だと思う
けどなぁ。

それでも、私個人の指標としては、やはりこの人の銘となる。
(正真虎徹)




字体といい、タガネ運びといい、最高!!
これまた、贋作が作られるのが多い人だが、この銘のタッチ
だけは、なかなか真似できない。
唯一、歴史上、鍛冶平直光は本物と見間違うほどの銘を切った。
それでも識者には見破られてしまう。





こちらから拝借しました → こちら

でもね、偽銘というのは、いつの時代もどこにでも存在した。
現に、現代においても(笑)。

左が正真の左久作三代目池上氏直筆。右が私の筆によるもの。
左師匠、「本人もびっくりした」とおっしゃるほどの出来です(^0^)v
落款まで芋判で作ってかすれ具合まで写そうかと思ったのですが、
さすがにそれはやりすぎでしょかと思いまして、やめときました。

私がもし刀を作れたとしたら、そして写しではなくギブツを作ると
したら(作ったらいけないけど)、鍛冶平直光の本人作のギブツを
作ってやりたい。鍛冶平が作った偽物の写しではなく、直光本人の
直光銘の作を上も下も銘もソックリに写しきって。
そして、土に眠る鍛冶平に対して言ってやりたい。「どうだ?」と。
「洒落が利いてるだろ?」と。


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うちでの小鎚

2016年06月02日 | 火と土と水、そして鋼



銘切り用にと思ったけど、銘切りにはちょっと軽すぎたか。280グラム。

こういうことに使うとするか(笑


早速、きつく柄に入り込んでいる左久作製ヒラマチを抜くのに使用。
をひ!おいら製のしっぱたき道具、とても使いやすいぞ!(笑
白樫もキーンキーンと良い音がする。


うを新がさぁ、しのごのうるえーから、このトンカチでしっぱたいてやったよ。
したっけ、うを新の指折れちゃった。

嘘(^-^)
日曜日にソフトボールやってて、ボールをグローブでなくパッと右手で
捕球したらこうなったのだそうです。お気の毒。
なんかイテーなーと思ってて、昨夜の稽古の時に道場仲間の医師が
診たら、「すぐに病院に
行け!」となったのだそうだ。
そしたらシビが入ってたってさ~。しょうがねぇなぁ(^^;
骨のヒビてのはですね、あれは厳密には骨折なんす。
俺も大昔に頭蓋骨にヒビ入ってから、どうも脳の調子が悪いよ(笑
困っちゃうのが両手の小指ね。居合の帯刀姿勢で立っている時によく
「手の小指を伸ばせ」と指摘されるのだけど、俺の両小指、両方とも
骨折で曲がったままなのよ。もう直んないのだから、指まっつぐにしろ
と言われてもできねぇ相談だ(笑

左久作製ヒラマチ、うを新スペシャル完成。研ぎ「御研處 早月(さつき)堂」←おれ。


あたしが研ぐとこんな感じになる。


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ハンマー焼き入れ

2016年05月22日 | 火と土と水、そして鋼

ハンマー焼き入れ


おもしろ~い(^0^)

数メートルある長大な日本刀はどうやって焼き入れしたのか、
という謎があるが、川のほとりで焼いて冷却したとか沼や池で
冷却したとか言われている。
流水での焼き入れというのは、なかなか面白い。
一般的な舟に入れる時も、冶金的には撹拌は焼き入れの効果
が高まるが、流水の場合、まんべんなく冷却されないだろうから、
どうなるのだろうとは思うが。

ただ、道具を投げるのは非常によくない。
これは鍛冶仕事だけではないと思う。
スパナやレンチを投げ置いたりしたら、レーシングチームでは監督か
チーフメカニックかサブチーフの先輩に確実に
しっぱたかれる。
現に高校1年の時の私がそうだった。若造の私は一発で目が覚めた。
使い終わった工具は、丁寧にルーセンを吹きかけて丹念に磨き
上げて静かに仕舞った。作業中も置く時は素早くともそっと置いた。
こういうのは、居合で「素早く柄に手をかける」ということが、乱雑では
なく、迅速だが静かに手をかける、という武術的要素であることとも
繋がっている。
「静かに」柄に手をかけることを英語で表現する時は gently という。
意味は深い。


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鏨(タガネ)と戯れる

2016年05月20日 | 火と土と水、そして鋼



会社の現場に折れたドリルがあったので、それを貰って、ちょ~
適当にサンダーでチャッチャと削った物で
銘切りしてみた。
ドリルを削っている時、「なんだよ、この細長いしょぼい火花は」
とか思っていたが、考えたらタングステンを含んだハイス鋼
なのだから当たり前だ。物理的な現象、嘘つかぬぁ~い。


てんでまともに刃先を仕上げてないのに、結構使える(笑
しかも、押え手(女房)がいないので、地面に鉄板置いて
しゃがんで左手でタガネと鉄板を押えながら切っただよな。

康の字の最初の二角ですね。隷書体。


でも、銘切り台に置いて息の合った押え手がいないと切れたもんじゃない(^^;
ま、大人の火遊びの余興ということで。



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鎌研ぎ

2016年05月16日 | 火と土と水、そして鋼













荒砥で押しただけだがよく判る。
匂い口締まる。
冴えている。
鋼が青い。
日本刀研磨師田村慧氏が言う「ゴム板の上で研いでいるような」という
康宏独特の感覚が荒砥の段階でもよく判る。
砥石に粘りつくような不思議な研ぎ味だ。面白い。


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斬鉄剣作者の戦闘鎌

2016年05月14日 | 火と土と水、そして鋼



刀工小林康宏作の鎌の赤錆をクレンザーで落とし、切先にダイヤモンド鑢
をかけて先端のみを微妙に刃引きした。
充分に戦闘力はある。

脳天に食らったら死ぬね、これは。軽く振ってこうだもの。


外之物(とのもの)の武器って怖いね。
これは各警察に刀工が登録必要かと何度も確認して、あくまでも問い合わせ
の警察の判断では「鎌なので登録必要なし」となった刃物です。刀剣類には
該当せず。
但し、正当な理由なく持ち歩いたら軽犯罪法違反になります。
稲刈りにでも使うだな(どこでよ)。

柄を自作しようっと(^.^)
鎖鎌用の鎌だよね、これ。
私は刀以外はよく知らないのですが。

切先はもっときちんと整形したい。


斬鉄剣のナカゴって錆びるとこんな感じなのかあ。
幕末の刀みたい。


わが師の造りし斬鉄剣。ちと硬うござる。
む。刃が見えた。焼き詰めかあ。


ただ、康宏伝独特の不思議な研ぎ味なり。
最初硬いかと思った研ぎ味が、進むにつれどんどん吸い付くような味になる。
鑢がけの時に削り粉が異様に細かいパウダーになることが影響しているか。


まだセンがけの目が消えてないが、焼き刃は明瞭に見えてきた。
刃引いた部分にも刃を付けていく。思うところあり、ごくわずかフクラ
のようにRを付けた。


刃が見える角度から。(照明なし天然光)
ぐはあ。鉄が青い!ザッツ斬鉄剣。正真二代目康宏作。

反対側。蛍光灯の下。ここだけ見ると逆刃刀のようだ(笑

何を勘違いしたのか、最近康宏のところに「逆刃刀」を作ってくれないか
という問い合わせが人を介してあったという。断ったそうだ。
それはそうだろう。
今、刀剣ブームとかでファンタジー剣が流行しているが、前衛芸術とか
ならともかく、歴史上存在しなかった日本刀を刀鍛冶は作ったりはしない。
ただし、あくまでも前衛芸術と江戸期技法との合体の試みや「鍛冶仕事」
として日本刀ではないほかの物を作ることはあるだろう。
だがそれは「外(ほか)の物」であり、日本刀ではない。
逆刃刀は仮に作ったとしても登録が取れないのではなかろうか。審査基準
は各地方自治体の裁量なので確かなことは言えないが。

それと、刀鍛冶でなくとも、棒手裏剣を作ろうとしている人はご注意願いたい。
薄物にして両刃にしたら、「ダガー」とみなされて銃刀法に違反する可能性
が高いからだ。槍のような肉厚物ならともかく、ノミ程度の厚みの物で両刃
の棒手裏剣を製作したら、所持さえ禁止されている法規制に抵触するかも
しれない。「これは手裏剣です」と言い張っても通らない。判断は警察が
成すことになっている。
実際に、海外のサーカスなどで使われているスローイングナイフなどは
全面的に禁止となっている。

鎖鎌の演武。

kusari Gama Demo


演武するは水鴎流の第十五代宗家勝瀬善光景弘先生である。
本物の士族が使う鎖鎌というのも、一種違和感を覚えるが、外の物
というよりも、隠し武器のような位置づけなのだろうか。
いずれにしても、飛び道具と刃物を合体させたロングディスタンスからの
武器なのだろう。TV企画で「鎖鎌最弱」などとの色物企画が以前放送
されたが、ああいう企画ものではなく、その道の練達の士に自在に鎖を
操られたら・・・。
直線的な動きだけでなく、曲線もフライロッドのアクションのように自在に
変化させられるとしたら・・・。さて、どう防ぐか。分銅が脳天に中ったり
したら昏倒のみならず死亡しかねないし、腕などにバシリと決められたら
太刀を落としてしまうのではないか。
太刀の間合いのすぐ外の至近距離から手裏剣を打たれたらまず外す
ことができないように、間合いの外からの攻撃には太刀持つ者は弱い。
水鴎流では、第九代の福原景利が正木流万力鎖術より編み出した
正木流鎖鎌術を十六本併伝しているという。
これは鎖鎌の業を研究することにより、主武器としての選択ではなく、
防御まで含めての武闘研究の一環だったのではなかろうか。
新陰流が二刀を、二天一流が他流を深く研究したように。
自流のみ最強だなどと吹聴できるのは武具を使った戦闘が実際に存在
しない現代だけであり、命を落とすことが日常だった武芸者が生きた時代に
あっては、自流のみ最強との自惚れはすぐに死に直結したことだろう。
だからこそ、武芸十八般にわたり武士は武技を身に着けようとしたのだし、
現代のように俺様大将を決め込むお花畑では命がいくらあっても足りな
かったことだろう。
でも、いつの時代も共通する不朽性というものはあったように思える。
つまり、他流を小馬鹿にしている者は総じて弱い。弱い故に虚勢を張る。

一般的な日本の伝統武器の鎖鎌は鎌の身が短い物が多いようだ。




二代目小林康宏の鎌は、西洋の死神の鎌のように身が長い。
まるで古代武器の鉄戈(てっか)みたいだ。少し長めの柄を着けて、
長柄鎌として短寸棒術と併用したら有効な武器になりそうだ。
平棟が作られてはいるが、これ、もしかして背にも薄く焼きが入ってる?
砥当たりもそうだし、肉眼でも鋼の変態が見られるのだけど。



それを考えると、なぜ鉄戈のような両刃の戦闘鎌のような武器は
戦国期に発明されなかったのだろうと思う。こんな感じの↓

まあ、こうした古代鉄戈のような物は、実際には鎌槍あるいは十文字槍
として新発明されたようだが。
源平時代には槍は廃れていたが、その後集団戦で有効な武器である
ことが見直され、戦国期には多くの槍が登場して江戸期幕末まで受け
継がれたようだ。槍は武士の表武器となり「槍とる者」と呼ばれた。
「太刀とる者」という言い回しは存在しない。

実に多種多様な槍がある。
これは太刀・刀の形状が平安時代からまったく変化していないのに
対し、如何に実用武器として工夫されつくしてきたかが窺い知れる。
逆を返すと、太刀・刀はイクサにおける主力武器ではなかったことが
読み取れる。
但し、太刀・刀も時代と共に寸法やシルエットが変化しているので、時代
なりの戦法に合わせて護身武器として変遷してきたことも推察できる。
ただ、太刀・刀は槍のように形状そのものが変化に富むことはなかった。
槍は短刀を長柄の先に接合させた菊池槍が嚆矢とされているが、
やや疑問がある。やはり、古代の矛から発展してきた武器と考える
のが順当ではなかろうか。
残念ながら、古伝の技法で現在十文字槍を作れる刀工は存在しない。
刀鍛冶で本歌十文字槍を作れた最後の人は熊本八代の谷川盛吉刀工
(物故)の師匠である金剛兵衛盛高靖博だった。
日本に十文字槍の製法が途絶えて久しい。製法は完全に昭和の時代に
失伝した。現在、文化庁認可の刀工は約300名いるが、誰一人として
古式十文字槍の製法を伝授されて武家時代と同じ技法で十文字槍を
作れる人物はいないというのが現実だ。(独自工夫によっては作れる人は
いるかも知れない)
なぜ十文字槍を作れる人がいなくなったのか。
理由は単純明白。需要が無くなったからだ。もうすぐ、素槍さえも誰も
作れなくなることだろう。
個人的感慨としては、アニメコラボのファンタジー刀剣など作る以前に、
十文字槍やなぎなたや長巻などを作る技術を培ったほうが良いように
思える。武芸十八般ならぬ刀鍛冶十八般のように、「私は武家時代の
すべての刀剣が作れる」という技術的な土台を養ったほうがいいように
思える。コンクール用の太刀・わきざし・刀・短刀だけを作れて「刀鍛冶
です」というのも、いささか寂しいものがある。
最近、大太刀を作る試みが幾人かの刀工で試みられているが、そうした
実在日本刀の製法に迫る研究やトライは私個人は大いに賛同したい。
実在しなかった妙なベベ着せられるためのファンタジー刀や、畳表斬り
特化の青竜刀のような非現実的幅広刀身などを作って「刀鍛冶の刀です」
というのは、いささか、いや、かなり道を外れすぎてはいないだろうか。
刀鍛冶は刀剣製作で勝負すべきだと私は思う。
鮨職人が人気取りやブームに合わせて店の品書きにラーメンを置いたら
鮨屋はおしまいである。それは鮨を握る職人ではなくなるからだ。
刀鍛冶も然りだろう。

話はずれるが、十文字槍なんて、よくこんなエゲツナイ物を考えたよなぁ・・・。
形見ただけで、これは恐怖だわ。これを自由自在に扱える壮士と対峙した
としたら、考えただけで身の毛がよだつ。
こうした武器は鎧通しと同じで、生まれた目的はただ一つしかない。
なぎなた、ながまき、槍、鎧通しは、護身の領域までをカバーする太刀・刀
とは大きく位相が異なる、「殺」のみに目的が純化特化された正真正銘の
武器だ(った)。

(素槍。小林康宏作。柄は時代本歌の合わせ)

小林康宏は、刀剣の製作において沸かし、鍛練、焼き入れ用の3種類
の炉を使う。太刀・刀の焼き入れの舟も独自の物だ。
槍については、一般刀工と同じように筒状の物に冷却水(湯)を張り
真下に真っ直ぐ突っ込んで冷却させる。槍の焼き入れには今泉刀匠と
同じく田楽炉を使用する。


実際に現存している江戸期の武器としての鎖鎌の鎌は、農業用の
鎌の転用ではなく、鳶口などの火消し道具から発達した様式のよう
にも思える。この火消し道具は、武器としても相当使えるのではなか
ろうか。鳶口は、古い水軍海上戦では舟寄せの道具兼武器としても
使用されていた。当然のように柄尻に鉄金具がはめられている。
これで家屋をぶっ叩いたりするためだが、これはすぐに武器としての
転用もできる。鎖鎌の尖った石突もそうだが、こんな部位で直撃の突き
をくらったら頭蓋骨は陥没、脳挫傷してしまうことだろう。即死技に使う
部位と読んで間違いないのではないか。


一度、刀の時代金具本歌でとんでもないエグい物を見たことがある。
それは鉄ごしらえの柄の柄頭の先に小さい鋭利な斧の形をした突起が
あったのだ。それで柄当てを眉間にもろにくらったら、めり込んで死んで
しまうことだろう。
いやはや、武具というのは、「殺」が目的であるので、実に恐ろしいもの
である。
その主目的完遂のために最大特化された物が「銃」だ。
銃は発明されてから数百年後のこんにちにおいても万国で主力武器と
なっている。たぶん、小型レーザー銃かライトセーバーのようなレーザー剣
か、あるいはハーロックのレーザー銃併用レーザー刀剣のような武器が
実用化されるまでは、火薬と弾丸を使用した「原始的」である銃が人類の
武器の主力を維持するのではなかろうか。

鎖術と共に鎖鎌術のこういう稽古も武士のいた時代には行なわれていたの
でしょうね。なんか知らんけど眼鏡かけてるけど(笑


かわいい♪(^0^)
ちびっこの女の子の武芸って、なんだかかわいいぞ。


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澄んだ瞳 ~刀鍛冶~

2016年05月12日 | 火と土と水、そして鋼

陸上自衛隊静岡地方協力本部のウェブサイトから。(←クリックで外部リンクへ)




この人・・・。
瞳が澄んでる。

丁度昨夜、親友の若き陸自尉官から電話があり、新規製作の
康宏作注文刀の
ことや剣術について話をしていた。
澄んだ心の持ち主と交わす会話は心地よく、そして楽しい。
「思邪無(おもいによこしまなし)」。虎徹興里が銘に切ったその
心は、刀工であろうとなかろうと、人はそうした澄み切った心に
なれるのかなれないのか。
これは大きなことだと私は思う。

人は死んでも刀は残る。
100年後に残された刀を観て、人は何を感じるだろう。
そこだと思う。
心の在りかというのは、作に現れるのではなかろうか。

透き通るように澄んだ静寂なる魂。それを持つ者。
私はそれをこのほんのわずかなウェブサイトの画像に感じ取った。
涼しい風がそっと優しく心にそよぐ。
ただ、私が感じたことをふと書きたくなった。
なんだか、丁度昨夜対話していた友人を思い浮かべてしまったよ。
呼吸するときに吸う空気が直紀先生とも同じ空気であるように
少し感じる。


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斬鉄剣の鎌

2016年05月06日 | 火と土と水、そして鋼



斬鉄剣の鎌、カマ~ン!
アンドロメダおまえだ!


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小粒

2016年05月06日 | 火と土と水、そして鋼



鹿のフンではない。
これは刀工康宏日本刀鍛練場にあった鉄バクテリアの塊だ。
鉄にして混ぜると面白いことになる。
このことは左久作師に教えてもらった。

7個だけ貰って来た。これは餅鉄と共に神棚に供える事にした。

餅鉄。ケパブのピタパンのようにもちもちっとしている(違


康宏鍛練場の材料置き場には古鉄のストックが沢山ある。
端材もすべて木箱に入れて取ってある。
藤安刀匠と町井勲氏から厚意で分けていただいた幕末~明治の
良質鋼(「玉鋼」という呼称以前のたたら鋼)もあった。
玉鋼としては日刀保の島根たたらの新鋼も置いてある。
屋外には自家製鋼の炉が置いてある。
康宏鍛練場は徹底的に鉄と溶けあう場所なり。
お弟子さんは黙々と5時間ほど連続で炭切りをしていた。
ここは避暑地のレジャー施設ではない。
二代目康宏と出会って丁度四半世紀の年月が過ぎた。
この森はやはり良い空気に満ちている。

おいら、これを持って行って研ぎを師匠に見てもらった(笑


康宏師はこの研ぎOKとのこと。
そして、研ぎならば左久作師に見てもらわないとならない。

左久作師は刃物鍛冶としても作る作品が飛び抜けているが、とにかく
研ぎの領域が半端ない。突き抜けている。私が研ぎを始めて25年以上
が過ぎたが、左久作師との出会いはとても大きい。左師の理論に愕然と
なることもよくある。眼からウロコ100枚落ち~みたいな。
いろいろ教えてもらい、核心的なコア部分に迫れるよう私は左久作師から
学んでいる。

でもって、私の研ぎのこの全鋼肥後守、滅法切れます。
集まったメンバーで森の小枝を切って遊びました。
ただ軽く振るだけで小枝がスッパスパ。
それと、「刃を使って切る法」と「刀法を使って切る法」の違いを集まった
人に少々説明した。

刃引き真剣でも「刀法」を使えば竹を切れることも建物の裏でうを新に披露
した。また、模擬刀でも細い樹を一太刀で切れることも。
小手先の切りつけだと刃がないと切れないことも。
刃がついている刃物の利鈍は「刃味」を感知しながら切ることができ、
刃がない物は「刀法」で切ることができる。(別次元の事柄)
単に「切れ味」という一言では説明しきれない、別ジャンルの混合が
「切れ味」の世界にはある。
紙を重ねてスライスさせて切れ味テストをする機械試験器は、あれは
刃先の「刃」だけの切断力や耐性を計測しているだけで、人間がその
刃物を使って「切る」という行為の結果数値には直結しない。
だが、ここを取り違えている人は多い。
ただ切断するだけならば、刃引き刀で畳表でも竹でも切断できる。それは
刀法という術が使える腕で切っているからだ。
しかし、「どのようにどう切るか」という領域に入ると刃付けがなければならず、
刃付けの中身などは当然に変わってくる。カミソリ刃で鉄は切れないし、また
鈍角な刃引きで紙は切れないし、鉋のように木も削れない。
さらに、日本刀の場合、刃先で切るのではなく刀法を使うと、それらが錯綜
する。逆に言うと、刀を知悉することで、選択する刀法と武技が活きてくる。
「なにがどうなっていてどうするとどうなるのか」ということについて、経験を
経て知見を得ることが「切れ物」について正しく洞察できることだと私は考え
ている。
体験から経験へ。
体験は物理的な体験であり、それが知見を伴うことで経験へと昇華する。
技術というものはそういうものではなかろうかと私は思う。


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曲がり歪み直し用金床(かなじき)

2016年05月05日 | 火と土と水、そして鋼



銅ハンマーでコツコツ叩いて焼き入れ後の曲りと歪みを取るのよね。
焼き戻しをしていない刀身にやったらパキンとなるので、それはしない。
これ使わせてもらった。
歪みと曲りがあった小物の修正をした。
包丁のような薄いものだと金床だけでもよいが、指し渡しがある金床で
ないと厚めの物の補正はできない。


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刀工康宏日本刀鍛練場 二日目

2016年05月05日 | 火と土と水、そして鋼



私は5時に目覚めるが、しばし6時過ぎまで惰眠を貪る。
起床後は朝日を見て脳をリセット。外で体をほぐす体操をする。
水洗トイレがウォシュレットになってたぁ~。あー気持ちいい
( ´ ▽ ` )ノ
























刀工の伝系。(『栗原彦三郎全記録』より)


ここには未記載だが、二代目康宏は金子友秀にも師事している。


登り窯遺跡(^-^)


エアハンマー2機。ベルトハンマー1機。




朝、再び母屋の座敷で来国光を観た。
眼福の至り。

走行距離往復1,300km。これより帰還す。


山よ。またね。







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康宏日本刀鍛錬場に

2016年05月04日 | 火と土と水、そして鋼



もうすぐ。





他メンバーとの待ち合わせ場所に早く着きすぎた。
10時に待ち合わせだが8時過ぎに到着してしまった。


直紀先生に電話したら「うちきてお茶でも飲んでなさいよ」てなことで
長い坂を登って鍛練場に向かう。
ドリフトコーナーをギュイーンと・・・ドリフトせずに安全運転で、ほどなく
到着した。あたしは助手席で、ほげほげほ~としていた。







御神酒の銘柄は玉鋼












母屋の座敷で重要目前の来国光を観た。
眼福至極に御座る。
本当は5時間くらい観ていたいけど、今回同行した日刀保登録審査員の
方がお持ちになった御刀なので、遠慮して数分だけ。

こちらは国宝の来国光。






 

 

 


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