渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

金床(かなしき/かなじき)

2017年05月17日 | 火と土と水、そして鋼



そうか。
普通のトンテンカン好きな人は、トンカチは持っていても本格的な
敷物を持っていない人が多いのかも。つか、普通はこういう大型
は持たないよなぁ。せいぜい小型のアンビル。

おいらが欲しいのはこういうの(^^;




ああ、ほしい(笑)

吹子はね、大型の本物を持ってんだよ。
微調整は必要だけど、少し手を入れるだけで十分現役で行けるやつ。
でも、送風して炉内雰囲気を高く保つけど、結局はあたしの場合、田楽
なんだよね(^^;

こういう炭コンロで鍛造したり焼き入れしたりできますよ。


こんなに炭が大きくては駄目だけど。私は小物扱いなので親指の関節くらい
に切る。そしてまんべんなく刀身を埋める。


ただ、コンロは数回の使用で壊れるから内側を耐火粘土で補強すると
よい。
一番良いのは、ステンレス板で溶接された側枠を持つ構造体の中に
耐火煉瓦を積んだ簡易炉があると超便利なのだけどね。
私はそれをずっと使っていた。
あるとき、工場の若いのが「片付けていいですか?」と言うから、いいよと
言ったら徹底的に形が無くなるまで破壊して片付けやがった(≧∇≦)

七輪でも炭素鋼の鍛造ナイフは焼き入れができます。
ただし、冶金の基本は知っておいてください。
 ・オーステナイト:鉄のγ(ガンマ)鉄に炭素や他の元素が固溶したもの。
  面心立方格子を持つ。強磁性。
 ・マルテンサイト:炭素鋼を安定的なオーステナイトから急冷する事によって
  得られる組織で体心正方格子を持つ。格子の鉄の結晶中に炭素が侵入
  した固溶体で、非常に硬くて脆い組織。
 ・ナイフの形を作ったら一度変態点以上に加熱して焼き鈍しでストレスを
  除去させる(空冷不可)
 ・変態点はA1~A3まである。A1変態点が726℃。これは炭素含有量に
  関係なく固定的である(神が決めた)
 ・加熱時のA1変態をAC1、冷却時の変態をAr1と呼ぶ。
 ・A3変態:鉄の同素変態のひとつで、α 鉄(体心立方晶型) ⇔ γ 鉄(面心
  立方晶型)の変化を言う。鉄のA3変態点は、約910℃である。鉄に炭素
  が含有されれば、量に応じて、A3変態点は、0.85%Cで726℃となる。
  AC3:加熱の際、フェライトがオーステナイトへの固溶の終止。Ar3:冷却
  の際、オーステナイトからフェライトの析出開始となる。
 ・オーステナイトからマルテンサイト変態させるのが焼き入れ。
 ・冷却水が30℃以上ではマルテンサイト変態できない。
 ・焼き戻し:マルテンサイトを含む硬い組織を加熱により靱性を出す熱処理。
  焼き戻しの温度により、内部はいろいろな別組織になる。焼き戻しをして
  初めて鋼は刃物となる。
 ・焼き戻しは焼き入れ後24時間以内に行なうこと。
 ・焼き戻しでは水冷はしない。

刃物作りは赤めて叩いて急冷してまた温める、というだけのことだ、と鍛冶
は言うが、簡単な事ではない。
それは「居合とは、抜いて切って納めるだけのこと」という達人の言に等しく、
一朝一夕にはできない。
それでも、七輪で炭素鋼を赤めて叩いて焼き入れすれば刃ができる。それを
再加熱で粘りを出したら刃物にはなる。
炭素鋼といっても、S45CやS55Cなどでは刃物にはならない。焼き入れ硬度
が高くならないからだ。
45とか55というのは含有炭素量のことで、鋼の硬度は炭素量で決定する。
吸炭させたよりも高炭素鋼を脱炭させながら鍛えたほうが良い刃物になる
ことがある。自作刃物は1.2%炭素量あたりから鍛えるのがよいのでは
なかろうか。

日本刀の場合は包丁のように丸焼きではなく、一部分のみをマルテンサイト
変態させて硬化させている。包丁では無垢鍛えの本焼きが刀と同じ技法が
使われる。
包丁の世界で残っているその「本焼き」という呼称にこそ、日本刀がかつては
どのような構造でどのような焼き入れ法が「本」であったかが窺い知れる。
本来は日本刀は無垢鍛えであっただろう。
やはり、鎌倉末期あたりの戦乱時代から、大量に鋼が必要となり、減量構造
が考案されたのだと思われる。
それと、材料の予め作り置きだ。
玉潰しからそのまま素延べに行くのではなく、水べしして炭素量ごとに分けて
それをそれぞれ鍛えて大量に準備しておく。
下準備は手間がかかるが、炭素量が予めわかっている部材で鍛えた延べ棒
延べ板があれば組み合わせ工法は極めて生産性が高くなる。
日本刀のアンコ芯鉄構造の原初はそうした時代の要請に対応した合理的製造
方法の模索から出たことだろう。
当然にして、従前の物とは鉄質が変わる。
それのターニングポイントが応永だったのではなかろうか。

しかし、鉄質の変化(金属的には良質化だが刃物用として劣化)により、戦国
末期までの工法では折損事故が増加した。
それをなんとかどうにかしようともがいていた時期が江戸新刀期だったと
思われる。工法は各地伝法ではなく、師匠筋の伝法というような一大変化が
日本刀の世界に見られた。
そのため国物で性能等は括れなくなり、どの師匠筋の刀鍛冶かによって
腕の善し悪しが出るようになった。
当時の腕の善し悪しとは、折れず曲がらずよく切れることだった。見てくれが
よくともまったく切れなかったり折れたりする刀は江戸期には相手にされな
かった。
その最たるものが江戸期全般に流行した試し切りで、幕末には刀剣の切れ味
のベスト数百を選出する書物が登場し、ベストセラーとなっている。
それのトップ12については現代においても「最上大業物」として喧伝されて
いる。重要文化財博物館級の作なので現代ではそれらで試し物をすることは
ない。
日本刀の具備要件。それは「頑丈で、曲がりにくい、切れ物」ということは
現代でも一切変化はない。それがいわゆる「折れず、曲がらず、よく切れる」
という日本刀に求められる三要素なのである。

ノロ抜きガス抜きのために高温にするのでなく、別な方法を考えてもっと
低温でやればいいのに、とは私は思うが、素人なので現役の刀工の人たち
に何かを言うなどという失礼僭越はできない。
ただ、なぜ初代康宏においては疵気が多かったのか、というのが高靱性を
もつ頑強無比刀身を造り出せる一つのヒントだとは思うのだが、美術刀剣
的観点からはなかなかそれを直視できないのだろうと思う。
それと、土の作用。水の作用も。トマトジュースで焼き入れしたらいい塩梅
かも知れないよ~、みたいな。カゴメよりデルモンテの塩入りに限るね、
みたいな。冷却水は真水よりも増進剤が役目を持つのは日本刀以外の
冶金の世界では常識なのだが・・・。
嘘のようなホントの話、真水よりも海水のほうがよく焼きが入ったりして。
知らないけど。みたいな話。
第二の斬鉄剣を造り出した藤安将平刀匠は、奇しくも小林康宏と部分的に
複数同じ技法を使っている。これは山を別な登山ルートで登って頂上を
目指すと、頂上付近では互いに距離が近くなるのに似ている。
藤安刀匠のその技法を知った時、私は深々とシャッポを脱いだ。(お会い
してないけど)

初心者が鍛造刃物をやる場合は、鍛打で内部を詰める意味と、火造りと
いう鎚による成形の意味がある。
赤めて金床(かなしき)の上で叩いて(少し浮かしながらが良い)、また
赤める。そして土を塗ったりそのままだったりで加熱して水中にドボン。
あとは焼き戻せば刃物はできる。
こういうのって、面白いよ(^0^)

以前造った鍛造ナイフの下書き。完成品は手元にはない。人にあげた。


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曲がり修正 ~合法短刀風ナイフ~

2017年05月16日 | 火と土と水、そして鋼



康宏作の15センチ未満合法短刀風ナイフなのだが、中心(なかご)が
大分横に曲がっていたので、友人に渡す前にどうしようかと思案した。
何というか、棟側から見ると、上(かみ)がかなり右向いてるのよね。
これは熱処理によるよじれだと思う。アウトレット品なので、最終
歪み取りまでしなかったのだろう。

私の方法で直した。鍛冶鎚と金床(かなじき)を使って冷鍛し、
さらに
ジグで曲がりを直して行く。日立白や青と違ってむっちゃかて~。
今さらですが(^^;
これが焼き入れ前だと手で思いっきり曲げたら曲がるのだから、
熱変態による立方格子の瞬間的転換による変化ってのはすごいね。
だけど、現象については人間は解析して説明もできるけど、なぜそう
なっているのかを説明することはできないんだよ。鋼を加熱すると
なぜある一点から磁気が無くなるのかも。鋼の変態開始も固定温度が
あるということも。なぜなのかは人間は説明できない。
そういう類って、何故宇宙は存在するのかということと同じで
人間には理解ができない。できる訳ない。神が気まぐれですべて
そういうことを創り上げたのだから。人間だって神の気まぐれの
創造物で失敗作だと神は言う。ひどい話だよな。こちとら懸命に
生きてるのに。
うちらヒトは失敗作なんだとさ。
だけど失敗作には失敗作の意地があるぜい。
ちょうどこの短刀は失敗作なんだけど、錆だらけのリサイクル材料
箱にあったのを復活よぉ。どうだい。立派なもんじゃねえか。
日の目見られて刀が喜んでるように見えるぜ。

刀身の上については若干よじれているが、これはよじれ取りしな
かった。

取れないことはないのだが、上部分に鎚を強く当てることは避けた
かったからだ。
てことで、ゆんべちょいとナカゴのほうをやっただす。


結構まっつぐになったと思う。こういう作業は游雲会同士のオマケ
だよ(笑)。他の一般の人にはやらないもの(笑

左右(表裏)の肉の厚みの違いは研ぎで均してもらうしかない。
本人やる気まんまんなので。

なかなか一直線ぽくはなった。ということで、おしまい、てな
もんでアイス食った。


普通、刀工の作ったこういうのは何万円も何十万円もしたりするの
でしょう?
世間では。
これはまあ、疵物のアウトレット品(焼き割れが棟にあり)だとは
いえ、こういうのをタダでくれたりとかはあまり世間ではないこと
だと思いますよ。
もっとも、康宏日本刀鍛錬所まで自ら足を運んで表敬訪問してくれた
人への特典ではあるのだけどさ。
こういうのも心意気のひとつ。
物をあげた貰ったとかいうのではなく、心というか志というか。
私も会員の方にとてもお世話になってる。廃番の超貴重な酒をくれ
たりとかさ(これが最高だった。なんたってJ.T.S.ブラウンの6年だ)。
他にもお米頂いたり特選野菜を頂いたり、全国の会員の方が気遣いして
くれたりする。
康宏関連ではかなりの仕事量があるのだけど、私は一切無償で動いて
いる。刀剣の販売価格を下げたいから。ただそれだけ。
康宏作は、多くの有志の気風(きっぷ)と心意気で出来ている。
ちょいと、普通の日本刀作りとは違うぜい。いや、まじで。まったく
違う。

ということで、游雲会の友人のライダーは、これ下地研ぎからやると
空気入ってるけど、なんというか、根気いるよぉ~~~(^^;

でもってそのうち、こういう日本刀原料ではなく、日立の白か青で
自作短刀風ナイフの製作だな。
当然にして康宏先生のところで製作する。
これはそのうち企画する。

この記事の短刀および私たちの刀の製作者=柱の陰で見てる人(笑)。


※この短刀は銃刀法の規定により所持してもOKです。
 所持禁止の「刀剣類」とは以下。

銃刀法

第二条
 この法律において「刀剣類」とは、刃渡り十五センチメートル以上の刀、
やり及びなぎなた、刃渡り五・五センチメートル以上の剣、あいくち並びに
四十五度以上に自動的に開刃する装置を有する飛出しナイフ(刃渡り五・五
センチメートル以下の飛出しナイフで、開刃した刃体をさやと直線に固定させる
装置を有せず、刃先が直線であつてみねの先端部が丸みを帯び、かつ、みねの
上における切先から直線で一センチメートルの点と切先とを結ぶ線が刃先の線
に対して六十度以上の角度で交わるものを除く。)をいう。


<ジャパンナイフギルドの告知>

■「刀剣類」とは

銃刀法により「刀剣類」は許可無く所持(所有)も携帯もできません。
許可無く所持する者は3年以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられ
ます。(第13条の4)
銃刀法で定めている「刀剣類」とは以下の物です。
以下に該当しないカスタムナイフ・カッターナイフ・包丁などを自宅などで
使用するために持つことに規制は有りません。
ただし,それを持ち運ぶとなると,その理由により軽犯罪法が適用になります。

 ア.刃渡り15cm以上の「刀」
 イ.刃渡り5.5cm以上の「剣」 (ダガーナイフを含む)
 ウ.刃渡り15cm以上の「やり」
 エ.刃渡り15cm以上の「なぎなた」
 オ.「あいくち」 (短いものでも規制の対象になります。)
 カ.45度以上に自動的に開刃する装置を有する「飛び出しナイフ」(例外規定あり)

★「刀剣類」であるための要件
 ア.人畜を殺傷する能力があること。
 イ.形式(形態)が刀剣類であること。
 ウ.鋼質性であること。(ステンレススチールなどの合金鋼も含みます。)


過去記事のこちらもご覧ください。 ⇒ 「銃刀法」に注意


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小林康宏日本刀鍛練所合宿 2日目 ~その4~ 鍛造ナイフ

2017年05月05日 | 火と土と水、そして鋼



昼前に康宏日本刀鍛錬所に戻ってきました。
お昼ごはんは買い出し班が買い出しに行ったお弁当で食事です。
私は野菜炒め弁当でした。

午後。私はというと・・・。
これを仕上げた。




これは金床(かなじき)の上に乗せてはいますが、中心を直紀先生の
北岡ヤスリで決めて私自身で成形しました。荒研ぎもかけています。


現時点で重ね7.5ミリ。鎧通しのような重ねがあります。
ここからさらに自宅に持ち帰ってヤスリ仕上げと研ぎ込みをします
ので、かなり外寸は変ります。

上が今年の分。下が昨年の分。下の昨年分はまだ土も残っている
状態ですが、きちんと焼き戻しもしてあります。今年の分の茎尻は
鍛冶場で成形しましたが、この先さらに好みの尻に削り込んで行く
かも知れません。


斬鉄剣のナイフ2丁。平造りの短刀形状です。刃長140ミリ台。
拵を白鞘形状にすると「あいくち」とみなされて、たとえ15センチ
未満でも銃刀法に抵触し取締り対象になります。単純所持その
ものが法律違反となります。この2口の外装はナイフの形にする
か、もしくは小さな鍔を着けた外装を着せないと、銃刀法違反と
なります。鍛造刃物をお作りになる方は十分にご注意ください。

ちなみにこの2口は私作ではなく、斬鉄剣康宏作です。
細工部屋(「職方部屋」)に昨年置いてきた下の昨年のキープ分は、
いいんチョのいがどんが欲しいとのことで、錆を落とさずに打ち下ろし
のまま送ることにしました。焼きはがっちり入ってます。

鍛錬所訪問では、皆さんお土産を持ちかえりますが、刀の茎尻などは
磨いて御守などにしてもよいかと思います。
私も御守として刀ケースに入れてあります。
偶像崇拝はしないのだけどね。あくまでアクセサリーみたいな形代と
して大切に持っている。

今回の私あてに刀工小林康宏先生がくれたお土産で最大の物がこれ。




蜂目ズクです。6.1キログラム。日本刀の素材が6キロ!
しかも・・・これは先代小林林康宏先生が秋元昭友氏から貰って
取り置きしていたもので、秋元昭友氏は石井昌国氏から貰ったと
いう伝来物。
まあ、どうやってまとめるか手におえないから取り置きのままだった
という感じもあるのでしょうが、私が火花試験をしたら、結構な炭素
量でした。
良いズクだからバラけ難いとは思いますが、「小割りにして積み
沸かししかないかなぁ。どう思う?」なんて康宏師と御弟子さんの
栗谷さんが話していました。
脱炭させながらまとめる感じかな。
それをあたいが貰って来ちゃった。
ええ。スーツケースの中に入れて持って帰ってきちゃいましたとも。
家に帰ったら玄関でかみさんがスーツケース持とうとしたけど、全然
持ち上がらないの(笑)。
砥石が沢山入っていて、それにこの鉄の塊と鍛造刃物やウイスキー
の瓶やら何やらたくさん入っているから、重くてかみさん持てなかった。

鉄は神棚に飾ります。
って、底が抜けてしまうがな。でも、これは御神体のような我が家の
宝物となります。偶像崇拝はしないのですけどね(^^;
この二度と手に入らない鉄は、私にとって至上のオタカラです。

こちらもお土産に貰ってきました。
これは日刀保玉鋼のB2です。一般的現代刀工の間では「くず鉄」
などと言われたりしている新鋼=製品名「玉鋼」ですが、これも処理
如何で十分に斬鉄剣の素材となります。


小林康宏工房では日刀保の現代新鋼=玉鋼でも日本刀を製作して
います。しかし、販売はしません。主軸は古鉄卸し、自家製鉄等。
登り窯製鉄での鉄素材もあと少しとなってしまいました。
日本刀は原材料もとても大切なのです。
(そのうちの6キロを持って帰ってしまった)

一番最後に帰る広島組はナイフ素材を工房で自作業で仕上げて
いたのですが、広島市内の人の分は途中から直紀先生が下地研ぎ
で成形してくれていました。
棟が長刀造のように途中からえぐれた大和伝風の菖蒲造り。
これはまた、なかなかイイ!

いいの貰ったな~。
でも、自分から「くださいな」と言わないと、大きなつづらも
小さなつづらも出てきません(笑)。
池に落ちた斧なども女神様が出てきて「こちらの鉄の斧か
金の斧か、どちら」と問われたら迷わず「その鋼の斧で」と
言わないと(笑


ということで、2度に分けて2組が直紀先生に車でJR駅まで送って
もらい、電車に乗ってそれぞれ帰りました。
車組の人は渋滞が予想されるので早めに出たけど、昼ごろ
出て、茨城に着いたのは20時くらいだったみたい。ひぃ~。
群馬の真庭念流の人もかなりかかっただろうなぁ。

かく言う広島組も、ぬぁんと信越本線の特急が大幅に遅れ、
新幹線はそれを見越して遅らせた便のチケットに。
さらに塩尻から名古屋行きの特急は指定が取れなかったので
自由席で・・・て座れる訳ないでよ(←これ名古屋弁?)。
私はスーツケースに座りましたが、同行の若者は気丈に立って
おりました。2時間ほど(^^;
そして、名古屋からは乗る新幹線を間違えたりの珍道中でした
が、新幹線のぞみに車内で喫煙できる車両がまたあるのは
知らなかった~。東京から新大阪行きの「のぞみ」には一般車両
もグリーン車も座席で喫煙できる車両があります。あたしは今
「停止」中ですので、吸いませんが。
「俺、たばこやめたんだ。買うのを」という人もいますが、それでは
ありません(笑

15:14に山梨から乗って、21時台に三原に到着しました。
いや、実に楽しい1泊合宿でした。
来年も行くよ!
というか、年内にまた行く。夏休みに行かせてもらおうと思ってます。
小林康宏先生、栗谷様、参加者の皆さん、一緒に過ごさせていただき、
ありがとうございました。
あ~~!某有名誌の副編呼ぶの忘れた!!ごめんなさい。今回は
数日前にパッパと決まった事だったので、次回は早めに声をかけます。

今回、作刀の打ち合わせは無かったのですが、これはこれでメニュー
てんこもりの楽しい合宿会となりました。
帰宅後に連絡をくれたメンバーが「やはり人かなと。よい人たちといる
と楽しいです」と言ってました。
そりゃそーだよ、あったぼーよ。リアル社会では嫌な奴とは付き合わ
ないもん(笑
それに限るぜ(苦笑)。自分の人生、つまらないことで時間取られると
勿体ないよ。
楽しい時間を楽しい人たちと過ごせて、幸せでした。こころから皆様
に御礼申し上げます。

直紀康宏先生が個人的にこれをくださいました。
お、これ!
ありがたく頂戴します。感謝。
ということで、小林康宏日本刀鍛錬所訪問合宿のレポートを
お送りしました。


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小林康宏日本刀鍛練所合宿 2日目 ~その2~ 富士山が綺麗だよ

2017年05月05日 | 火と土と水、そして鋼



林の中の鍛冶場は爽やかな朝である。5月のこの季節の
ここ山梨の高原地帯は最高に心地が良い。



直紀康宏先生と二人で鍛練所の坂を下りて表通りまで出て
みた。二度出た(笑)。




昔はU字溝ではなかった。ホタルが沢山いたが、今はいない。


弟子の栗谷さんが炭切りする頃・・・




直紀先生が子どものように喜んでみんなに富士山が綺麗だと
教えまくっていた。
富士山が綺麗だよ


富士山が綺麗だった。溜息しか出ない。
写真画像よりも現物の肉眼が良い。最高の富士だった。互い
に呼びかけ合って、参加者全員がこの富士を見た。時間ごと
に空は表情を変えるので、タイムリーに綺麗な時を見逃さない
ように。


今回の鍛錬所訪問で私が一番気に入ってる写真がこれ。
直紀先生が言い出して、みんなで青い空にたなびく雲を
見ている。








「ねえ。地震雲ってどういうの?」と直紀先生に訊かれたが
よく知らないので「わかんないです~」と答えた。
きっと、今回急きょ緊急事態で不参加になったメンバーだった
ならば知っているに違いない。
あ、あの人はUFOだったか(笑
なんでも、部下がヘマやったら、2時間にわたり椅子に座らせて
熱きUFO講義
をするのだそうだ。嫌がって退席とかはナシである。
パワハラ
以上の拷問だな、それは(笑

さて、康宏先生に薦められて全員で近所の清春芸術村まで散歩
をすることにした。

~つづく~



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小林康宏日本刀鍛練所合宿 2日目 ~その1~ 斬鉄剣試験

2017年05月05日 | 火と土と水、そして鋼



昨日の実験鋼と別なテーマの実験刀。
中心(なかご)の反りが薩摩刀のように逆反りなので、それも
直すとのことである。
姿がよい刀なので欲しくなった。






刀はなかなかの出来です。
焼き戻しで反りが2分近く戻るというのを実見。


焼き戻しが終わった刀の打撃試験をします。
この台もしどいよね。昔から何度も打ちつけられている。


私は康宏刀工の指示もあり、下部のまだ打撃痕のない部分の
角を狙って刀を叩きつける。




思い切り叩きつけても刀は何ともない。大丈夫ですね。
ますます欲しくなりました。
他の参加者もかわるがわる叩きつけていましたが、刀身は何とも
ありません。二尺三寸八分。多少長いがピッタリだ。ほしい!(笑

でも私は別なことを目論んでいます(笑)。

~つづく~


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小林康宏日本刀鍛練所合宿 1日目 ~その7~ 懇親会

2017年05月04日 | 火と土と水、そして鋼

夜は笑顔の懇親会です。
メンバーが私にJ.T.S.ブラウンの6年物(廃番)をプレゼントして
くれました。もう飲めない最上の味のバーボン。キング・オブ・
バーボンと映画『ハスラー』の中でエディ・フェルソンが言った
最高の味のバーボン。
それを、バーボンを飲める人だけで飲みました。最高!
空いちゃったけど、いいや。水割りなんかで飲む人いないし。

バーボンと蝶の話になったら止まらないイガドン劇場開始。
みんな真剣に聴き入る。いがどんは游雲会の委員長的存在
のメンバーで、いろいろな提案や活動のサポートをしてくれて
いる中心メンバーの一人です。


おいらも直紀先生も。真剣に聴く。
あしたになったら忘れてるんだけどね(^^;

いや~。楽しゅうございました。

面白いなと思ったのが、今回の参加者は私と同学年の人が一人、
いがどんと同学年の人が一人参加していたこと。
康宏友の会の游雲会は50数名のメンバーがいますが、年齢層は
60代後半から20代後半までの年齢層で幅があるのに、案外同学
年という括りが少ない。良く鍛錬された日本刀のように、初積炭素が
綺麗にばらけるみたいに綺麗に年齢が散っているんですよね。
それが全体の約1/6の集合で同級生同士が2組集まるというのは、
かなり面白い現象のように思えました。


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小林康宏日本刀鍛練所合宿 1日目 ~その5~ 閉鎖炉鍛練

2017年05月04日 | 火と土と水、そして鋼



刀工小林康宏のお弟子さんが作刀ではなく実験鋼の沸かしと
折り返し鍛造を実験していて、それを参加者全員で見学させて
もらいました。

閉鎖炉で沸かします。








小林康宏工法では梃子鉄を使いません。梃子鉄を使うのは
量産工法としては適しているのですが、使いません。火箸を
使います。火箸とはヤットコのような鋏みのこと
です。







康宏作の新作刀はぞくぞくと出来ています。


~つづく~


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小林康宏日本刀鍛練所合宿 1日目 ~その3~ 試斬

2017年05月04日 | 火と土と水、そして鋼

1日目メニューのうち、皆さんご期待のメニュー。

<康宏刀での試斬>

畳表切り。
巻き藁ではありません。藁を巻いた物ではなくイグサ巻きを
切ります。巻き藁を切っている人は、入手困難につき、現在は
殆どいません。
また、畳表のイグサ巻きを切ることを「巻き藁切り」などという
のは明らかな誤りです。畳表巻きは畳表巻き。あくまでイグサ
の御座巻きであり、藁などは巻いていません。御座という畳
の表面に敷き張る高級マットのことを畳表、もしくは丁寧語で
茣蓙=ござといいます。当然語源は貴人が座る位置の御座
からきています。
畳表を藁と呼ぶ誤った日本語を使うのはやめましょう。
日本文化を声高に叫ぶ自称武術家に限って、いつまで経っても
畳表巻きのことを「巻き藁」と呼んだりしています。
どうか、おやめいただきたい。
日本刀は刀であるが青竜刀ではないように、畳表はイグサで
作られた畳の表であり藁ではありません。
きちんと区別して、正確な日本語で呼んでもらいたいと思います。
畳表切りを巻き藁切りの代用として世界で初めて考案したのは、
昭和40年代の小林康宏関係者であり、その実用新案(登録は
していない)が世界のスタンダードとなり、まさに歴史を創りました。
しかし、畳表は畳表であり、巻き藁ではないので、嘘の名称では
呼ばないでもらいたいと思います。
日本文化の伝統、歴史の継承、日本武術を何とやらと言うので
あれば、日本語は正しく言ってください。

私は武術家(自称・他称)問わず、畳表巻きを巻き藁などと呼んで
いる人間を一切、微塵たりとも信用しません。あくまで武術家では。
日本固有の畳について、不明瞭な見識で日本文化をないがしろに
しているという点が
第一。
そして、正確な日本語を使用することについての自覚がない、と
いうことが第二。母国語に対していい加減である、ということです。
従って、畳表巻のことを巻き藁・マキワラなどと呼んでいる武術界の
人間は、
すべて伝統や武術の文化や日本の歴史をカタるパチもんの
イカサマ
連中であると私は断定しています。
そういう捏造嘘人間たちは一切信用しません。イグサを原料とした
日本固有の畳の構成パーツである畳表を巻いたのであるのならば、
巻きイグサもしくは畳表(この場合は巻くを入れなくとも通じる)と
正確な日本語で呼ぶべきです。
しつこいようですが、畳表のことをワラと呼ぶ武術語りの人間は、
すべて贋物の
自称武術家であること確定です。日本の伝統文化
の体現者では
ありません。むしろ逆。日本語、日本文化の破壊者
です。

この私の提言は刀工康宏も私の居合の師匠も関係ありません。
私が言っていることです。
しかし、真理であるとわたくしは確信しています。
畳の歴史を大切に思えよなぁ・・・、日本を大事にしろよなぁ・・・と。
国を愛するとかいうことは、そういう些細でありながらとても大切な
母国語への自己認識にも現れているのではないでしょうか。
愛国を言ったり、日本の伝統文化継承を口にしたりする人たちが、
畳表という日本固有の物についてないがしろに呼んでまるで藁で
あるかのように名称を無視して呼び続けるのは、それは日本武術
界に属する人間たちの程度がその程度のものでしかない、日本語
も日本文化も本当のところでは軽んじている人々が嘘の衣を着て
大手を振って振る舞っている、ということに外なりません。


試斬台を調整する私。それを見守るトトロ体型の刀工康宏。
もう四半世紀のつきあいになります。この切り台は刀道連盟の理事
で康宏弟子だった故栗原謙二氏製ですね。いくつかあるから持って
帰っていいと言うので、今度車で行く時には遺品として私が貰い受け
て来ます。ただ、鍛練場には切り試し用の分は残さないとね。



試斬台の試験。試し切り台の試し切りをする。
使用には問題がないようだ。
「ナイス・クリーン・ポケット・ドロップ」(エディ・フェルソン)
邦訳台詞「さすがに調子はいいようだ」




「さすがに(台の)調子はいいようだ」(笑)

横切りの振りはここまで。
これ以上切先が真横や後方を向いては武術にならない。
理由は一つ。それでは隙だらけだからだ。

試し切り台の準備はできた。
あとは各人稽古着に着替えて試斬です。
試斬をするすべての人に、安全面での注意と刀の切り下ろしの
基本動作をアドバイスして、素振りをしてもらってからの試斬と
なります。
たぶん、皆さん生まれて初めての最初からスッポコポンと切れる、
はず。
そして、切先で地面を切ったりすることもない、はず。
きちんとそのように、そちらに私が導きます。正しき方角へ。

ということで、各自稽古着に着替えて、素振りからアドバイス
します。
そして、試斬といっても、私の刀法は抜刀道ではないので、
あくまで剣術系として、「動きながら剣体一致で切る」という斬撃
方法について、刀術という視点からアドバイスをしました。

切りの第一歩


操刀の基本

昼前浸け午後切りの2時間浸けは硬かった(笑)。
そして、これは普段私が言ってることそのものがよく現れている
動画です。
動画の中で言ってることと、普段言ってることは違います。普段の
ことが正しい。
この現場では「振るだけで切れます」と言ってますが、足を止めて
腕だけでパンパン振ってもひとつも切れないという、普段言ってる
ことを証明するような動画なのであえてアップしました。
こんなやり方というか、足を止めて片手切りなんて技法は剣技には
無いわけで、こんな棒振りをいくらやっても切れるわきゃない。
私が「振るだけで切れる」というのは、土佐英信流の技法の教えの
一つで、英信流では「刀の重みと速度で切る」という土佐直伝が
あるのですが、その際には「剣体一致」が前提となる、ということです。
つまり、足をとめて腕だけで刀を振っても刀であっても切れっこあり
ません。それをこの動画ではそうした切れないこととしてやっています
ので参考になさってください。
足を止めての切断は力切りや普通の刀ではない青竜刀みたいな
のでないとイグサのようなものでさえ切断できない。だから抜刀道の
人たちは身幅6センチや10センチの日本刀ではない刃物を使って、
日本刀を使った剣術技法ではない力任せの振りをしているのでしょう。
それと同根にあることをこの下の動画では私が2太刀ほどやって
います。3太刀目は両手で。
ただ、3太刀当てて試せば、次からは硬さが分かっているのと、
剣体一致の抜き打ち切りでは、軽く振っても体で切っていますので、
一刀で切断できます。
そのあたりの違いと理論を見抜いてもらえばと思いますが、武技に
長けた方々には言わずもがなのことだと思いますので御免下さい。
試斬の大切なことは、切断できたか出来ないかもありますが、それの
過程において、切断しようとして切断できなかったならばそれは何故
かを知るということで、切断できたかできないかで一喜一憂して、その
場でアーッとか声を出して天を見ても何も掴むこともできなければ、
一つもそこからの上達も望めません。

と思いますが、私が勝手に言うことなので気にしないでください。
つか、下の動画は柱にしがみついて見ている直紀先生が可愛かった
りする(^^;

「抜刀道」しか知らない人は、右足前の左からの右袈裟等は危険
であるからとやりません。
この「やらない」系譜は陸軍刀法から派生しています。
日本刀の操作を知らないド素人軍人向けの基本操刀術が陸軍刀法
設置の背景でしたので、古流剣術系のような歩み足やどちらの足が
前であろうともどのようにでも刀を扱えるということが素人を集めた
軍隊の短期軍刀訓練では困難であり、自傷してしまう例が多かった
ので、非武術的な右足前で右からの左袈裟、
左足前で右袈裟という
固定概念を定着させました。
しかし、古流剣術系では足運びはどちらでもありです。前進では歩み
足もある。これは戦闘武技としては当然の事なのです。
現代の古流とは無縁の「抜刀道」や「居合道」を基準に、決めつけ
語りをして古流系の技術体系を批判するのは、武術についておのが
未熟をさらすようなものです。
と、あくまで「私」はしています。私は。他の人や先生方や各々方の
ことは知りません。
ただ、左からの右袈裟では必ず左足が前、という決めつけは、
それは武技とは別なところに意味があります。素人向けの危険回避
のため。本来の武術的な操刀法としては前足はどちらもあり、また
左右袈裟もどの前足でもアリです。無外流の陰中陽でも抜刀道から
したら逆足で×ということになりますが、それは×と見る視点が
実は×。立ち業などでも、よくそうした足運びと袈裟斬りを見て
「足運びが間違っている」と言う抜刀道の物切り系の方々がいます
が、それはその方々の「考え方」が間違っているのです。
ただし、武術武道系の団体や連盟などの決め事で所作や形が決
まっている場合には、それに従わなければなりません。

左からの右袈裟は、何も左足が前であることがすべてではない。

ただし、運刀と刀止めがきちんとできない人は、途中からの
被切断物のスプリットの際の上下の抵抗値の変化による
刀線の軌道のズレという重大な問題についても無知です
ので、刀の軌跡が真下に途中から向いて自分の脚を切った
り、地面を切ったりする事故を起こします。
特に割れやすい竹などを切ると、理論も技術も未熟な人は
途中から真下に切り下げやすいので注意が必要です。
やはり、日本刀の扱いは、十分に習熟してからが良いでしょう。

今回の試斬は約2時間ほどでしたが、全員事故無く、生まれて
初めての方も全員がスポンスポンと正しく正確に綺麗に畳表
を切断できました。
これはきちんと理論と方法を教えてもらったからです。
特に刀身が平らに寝る癖が初心者にはありますが、これもその
悪癖の修正法を知らなければ刀が寝たまま平打ちとなり、たとえ
斬鉄剣であろうとも欠損する可能性さえあります。刀は万能鈍器
ではありませんので、下手な使い方をすると折れます。
また、刀では石、磁器、ガラス、ダイヤモンド等は切れません。
炭素鋼で鉄も炭素鋼も切れますが、ステンレスや特殊合金等は
切れません。それらに切りつけて刃こぼれしたからと、それはそう
いうことをする人の不見識が招いたことで、たとえ虎徹だろうが
山浦真雄だろうが加卜だろうが康宏だろうが、とやかく言われたり、
勝手に落胆したりするのはお門違いです。
地球上の物理的事象には物理的な因果関係が絶対に存在する。
刀で鉄は切れても刀でガラスは切れない。これは当然の定理です。
ガラスを切るのはダイヤモンドと決まってます。

私の蛤刃の康宏で游雲会の友人にも畳表を切ってもらいましたが、
結局彼ら二人も、自分の康宏を出して初めて切ってみていました。
私よりも地肉が落ちているので、スライス系の切りは私のよりも
切れていました。私の康宏は断面が餃子系ですので、クサビ効果
で割創を与えるような刀です。
また、二人の刀は研ぎ上がりキーン刃のままなので、畳表切りに
は適した刃先となっています。
しかし、そのキンキンに立った刃のままで竹の節などの硬物を
切断すると、よほど手筋が冴えていないと、さすがに康宏でも
刃先を傷めます。
かといって日本刀は竹切り道具ではないので、竹切用もしくは畳表
用に特化した作りにしてしまうのは、私個人はどうかと思います。
私は自分の康宏刀には「戦闘武器」としての効力が発揮される
状態の刃先にしてあります。紙一枚がツーッと切れるのに竹も切れ
ちゃうよ、というような刃付け。


日本刀を使う剣技は、人間側の問題と刀という武器側の特性の問題
があるので、なんでも単純一括りには語れないものです。

ということで、試斬タイムおわりで記念撮影。修正入り(笑)。
何だか誰かがいないような気がするんだよね(guguガンモ最終回)。
(^0^)


~つづく~


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小林康宏日本刀鍛練所合宿 1日目 ~その2~ 刀剣観賞会

2017年05月04日 | 火と土と水、そして鋼



昼食後は刀剣観賞会です。
二代目小林康宏6口、藤安将平1口、上田祐定1口。
私個人は、上田祐定作大刀二尺三寸四分に瞠目した。
なんだか作から伝わる魂のようなものがあった。

一番笑えたのは、極上研ぎをかけた二代目康宏の短刀で。
直紀先生曰く「上手いね~。これ誰の作なの?」と真顔で
訊いていたこと。「先生のですよ」と言うと、「いや、違うよ。
俺こんなに上手に造れないもん」とのこと(笑
何を言ってるのかねぇ。あなたの作ですよ、貴方の!

要するに、康宏の場合、打ち下ろしからせいぜい抜刀研ぎ
というのが圧倒的大多数なので、無鑑査の研ぎ師の先生が
極上研ぎをかけるなどというのにお目にかかったことがない
のでそういう事態になったのだ。
その無鑑査の研ぎ師の先生も、現代刀の新作刀の打ち下ろ
しから研ぐのは初めてとのことで、ことさらに入念に研磨が
施された。
私も出来上がりを見てぶっ飛んだ。これはまるで粟田口である。
作者本人が「私はこんなの造れない」というのもよく分かる(笑)。
研ぎもあるだろうが、まったく以て、現代刀にはひとつも見えない。

ここで、「何だよ。康宏てのは研ぎ上った自分の作品を観た
こともないような奴なのか」とか思ってはいけない。
小林康宏は美術刀剣製作者ではないのだ。
短刀でも、造るとしたら通常は鎧通しだ。そして研磨は極上
美術研磨などほぼしない。

今回のこの短刀については、注文主の友人が絞り込みをする
のに、私も協力させてもらい、いろいろモデルケースを引っ張って
きた。
実際のところは、この作の寸法出しとイメージで私が持って来た
資料は国宝の厚藤四郎(1290年前後の人)だった。
持ち寄られた刀剣群の中では、焼き詰めの刃と極小小杢目の
鋼肌(鍛造折り返しの鍛接面ではない本当の肌)を持つこの短刀
が頭抜けていた。飛び抜けて出来が良かった。

長物の大刀のほうは、康宏、将平、上田祐定という国内切れ物
三作を同時に観賞できるというラッキーな機会に恵まれた。
年齢は康宏が戦時中生まれで、藤安氏と上田(うえた)氏が小林
直紀康宏の2つ年下の同学年のようだ。
ただ、刀工になったのは藤安、上田両氏のほうがずっと早く大先輩
である。小林直紀康宏は岡山の安藤広清刀工と同期で、初代康宏
に学んだ。
二代目直紀康宏は、実父ながらも仕事の話で先代を呼ぶ時には
「先生」と呼んでいる。その他のプライベートな件で呼ぶときは「うちの
親父」と(^^;
でも、それは刀鍛冶としての一つの師弟制を見るようで、私は身が
引き締まる思いでそれを聴いている。

刀剣観賞会は刀剣学識レクチャーなどはしません。
純粋に皆さん全部の刀を観て楽しんでもらう、というものです。
これもたっぷり時間をかけて観賞しました。


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小林康宏日本刀鍛練所合宿 1日目 ~その1~ 到着

2017年05月04日 | 火と土と水、そして鋼





小田急ロマンスカーのような国鉄・・・JRで長野方面に向かう。
行こみゃー行こみゃーと言うここは名古屋。
実は福山弁は名古屋弁。なぜなら、築城の際にダギャー国
から大量の人員が福山に入ってそのまま定住したから。
だから、備後福山弁は広島弁ではなく、みゃーみゃー言う。




ダギャーの国としばしお別れ。これから甲斐国に向かう。




昔フォークジャンボリーがあった中津川。
私がこの景色を見るのは7歳の時以来。半世紀ぶり(笑)。


我々西国方面組は、広島・岡山・兵庫・大坂・京都・岐阜・滋賀・
愛知・長野・山梨と10県を通って行きます。

東京方面からの人たちはこれですね。あずさ。塩尻駅にて撮影。


ついただよ。12:30に待ち合わせ。
持ってる人はみんな自分の康宏を持って来ている。
なんかね、今年の4月から無人駅になっちゃったみたい。







今回は参加者9名のうち、7名が電車で来ています。
たまには電車の旅もいいもんです。

刀鍛冶であることが判る看板は敷地の中のほうに移したらしい。
なんでも、観光客が勝手にどんどん敷地に入ってきて、鍛冶場に
入ったりするようで、日本刀鍛練所の看板は敷地の奥に移動した
とのことです。
清春芸術村エリアにあるので、他の公開アート施設と同じと思わ
れているみたい(^^;

ということで、一般住居のように見えるように名前看板だけに。
まるで墓碑(笑)。


先に到着していたメンバーが動画などを撮影してくれていました。
まるで映画のオープニングみたいなの。まあ、先頭の奴が俳優
みたいなので絵も映えますね(嘘








康宏お弟子さんの栗谷さん、刀工康宏にご挨拶。




通りの所にあった看板は坂を上がった敷地の奥の通りからは
見えない所に移動。


到着して、荷物も置かずに、新作打ち上がり某氏の刀を見せてkれる。
センセも気が早いね(笑)。こんな風になった、と。游雲会の次回6月
登録数は4口。他に数口できあがっていた。

ここのところ、姿形を妙に洗練された平安調というか鎌倉初期のような
太刀姿にするようになってきている。
試斬台は直紀先生が用意してくれたが、心棒が削ってないので、私が
工作してとんがりコーンのタケノコのような心棒をこれから作る。
てか、思い出したよ。刀道連盟のだ、この切り台。心棒がふって~の(笑



物凄い数の写真と長~~い動画を撮影してくださったメンバーに感謝。
しかも、皆さんが解散してサヨナラする前に円盤2枚に焼いて全員に
手渡してくれました。すげ~。
でも非公開とすべき部分が大量にあるので、この日記では一部のみ
ご紹介します。
画像刀工一日の投稿100枚規制を解除するために、先ほどカード決済
で上級レンタルブログに書き換えました(笑)。
だけど、公開はごくごく一部ということで、ご了解下さい。

今回の企画では、それぞれの参加した皆さんがお持ちの刀が生まれた
場所に全国から集まるというものです。
現代刀のみならず、日本刀は一度生まれて故郷を出て人の手に渡ると
なかなか生まれたその場所にピンポイントで戻ってくるということはあり
ません。
もしかすると、生まれた所に全国から一気に同時に集まるということ事態
が、古今東西あまり無い事かも知れない。
となると、この度のこの合宿企画は、日本初の試みかも知れません。
日本初ということは世界初。地球上の人類初ということになる。
と、大仰なことを言ってもしかたないのですが、とにかく、この炉で、この
金床(かなしき)で私の刀も平成4年=1992年に生まれたのかと思うと
感慨深いものがあります。
感慨深いどころか、とても名状しがたい気持ちになる。


炉は三つ使います。沸かしの閉鎖炉。鍛錬・焼き入れの
一般
開放炉。特殊焼き入れの田楽炉。

送風は吹子(ふいご)とブロアの両方を適宜使い分けて使用
しています。
機械ハンマーはスプリングベルトハンマーが1機。油圧エア
ハンマーが2機。これも適宜状況と工程により使い
分けて使用します。打撃態様がまったく異なるので、ただの
スプリングハンマーだけ、ただのエアハンマーだけという一般的
な使い方とは異なる鍛造が可能で、これは古式鍛錬での親方が
指揮して向こう鎚に自在に任意に狙い通りに打たせることの再現
を可能としています。
スプリングベルトハンマーのみしか持っていない刀工は機械式
鍛造ではこの鍛造はできないと思います。物理的に。
逆に油圧ハンマーのみも然り。
エアハンマーでのゆっくりながら強力な押圧力で押し鍛えるのと、
スプリングハンマーでの表面打撃力で一気に鍛えるのをミックス
して工夫して鍛造しているのが康宏刀の特徴でもあります。鍛え
上げられた物の中身が一般物とは変わってくるのですが、これは
こうしたハンマーによる鍛打だけではなく、温度を含めた沸かし
の方法や温度(一番大切)にも独自の理論と工法で臨んでいます。


今年もこの林に来ました。小林の林に。それは先代康宏の本名だ(笑)。
初代康宏の本名は「小林 林(こばやし はやし)」です。これはTAD
コハラさんの「コハラ タダチ」くらいに珍しい名前のように思えるす。


林の中にはオブジェのように打ち捨てられた自家製鉄用の
ロストルが。
この方式での自家製鉄は良い鉄が採れなかったようです。

あと数種類の方法で鉄を作ったのですが、他にもタコツボの
ような物も鍛錬所の周囲にゴロゴロ転がっています。カナクソ
と呼ばれる鉄塊と共に。炭素量の高い鋼が日本刀に使用され
ますが、基本的には脱炭や浸炭させたりのリセットである卸鉄
をここではやります。

おしるごはんは、車組の人が足を延ばして横川の釜飯を買って
きてくれました。ありがたや。
開店前から到着してわざわざ買ってきてくれたんだって。ひょえ~。


鍛錬所の食堂で11名全員でいただきます。


昔変らぬ釜の飯。このお釜は火にかけられますので、いろいろ
料理もできます。




50年前とは違うのがこの香の物を入れた小さなパッケージ。
これはこれでとても可愛い。ちょっと感動した。



入れ物は、私は全部持って帰って再利用します。
と、思っていたら、全員お持ち帰りでした。定番だよね(^^;

おしるごはん。みんなまじめな顔してるのに、一人だけ砥石で
ジュワッ(ウルトラセブンの変身ポーズ)をやってる奴がいる。


食事の後には試斬に向けて、新たに完成した同流同門の
後輩の新作康宏刀に寝た刃を合わせます。私の寝た刃合
わせは砥石を4種類使います。最初サックリ中パッパの
早月(さつき)流試斬研ぎの刃付けです。竹・畳表汎用型。



1日目午後の合宿メニューは以下。

 ・刀剣観賞会(康宏、将平、上田祐定)

 ・寝た刃あわせ実演(あたし)
 ・鍛練所内案内(あたし)
 ・閉鎖炉での沸かしと折り返し鍛錬実演(鍛人)
 ・打ち上がり完成刀の打撃試験(鉄アングルに叩き斬りつける)
 ・各康宏刀での試斬
 ・晩餐会の食材飲み物等買い出し
 ・食事会

~つづく~


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鍛冶師の手

2017年02月12日 | 火と土と水、そして鋼





鍛冶師の二人。
刀工小林康宏二代目と江戸刃物師左久作三代目。
二人とも鍛冶師の手を持っている。

力技は使わない。剣術・居合術の練達者と同じだ。
腕の良い板前がそうであるように、手はふっくらとしている。
剣術や居合術でも、手にタコができるようではまだまだ半人前だ。
得物を使う練達者の手は、余計な筋肉ではない必要な筋肉と
いう「肉(しし)」がついてふっくらとしているのである。
ギタリストの手は違う。吉田たくろうの『7万5千円の右手』の歌詞に
ある「こんなに汚れてマメだらけ でもいいんだこのままで ギターを
弾くのだから」というのは少し違うと思う。練達のギタリストの手は
ピアニストのように細く長くシャープだ。
だが、できる鍛冶師と剣士の手は、ふっくらとしている。


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小林直紀の刀

2017年02月11日 | 火と土と水、そして鋼





ヤフオクに小林直紀先生の銘の刀が出ている。
見てすぐに直紀ではなく初代作と私は判ったが、昨日半日直紀先生と
一緒にいたので確認してみた。
親子合作である。自家製鉄。
実質的には、ほぼ100パーセントに近い割合で初代小林林康宏の作だ。
この時小林直紀は30代。刀工免許取り立てで、まだ刀工としては
覚束ない頃だったという。
「僕ぁ刀なんてまともに作れなかったから」と本人は言う。
このヤフオクに出品されている直紀の銘は正真だが、作刀時の肝心要
どこは初代康宏の手によると本人から昨日聞いた。
因みに小林直紀が二代目康宏を名乗るのは、初代康宏小林林先生が
鍛錬所で水垢離して心臓麻痺で亡くなった後の1988年からである。

初代康宏(本名 小林 林)

社員数百人を抱える会社の経営者だった
が、日本刀の魅力
に引き込まれ、残りの
半生を命がけで日本刀
製作に傾けた。
初代小林康宏は鍛練所で息を引き取った。
康宏の子息たちはお手伝いさんが何人も
いる裕福な家庭で育ったが、父が刀工に
転じてからは苦労も多かったという。


二代目康宏小林直紀。昭和19年東京都
芝区田村町(現港区新橋)生まれ。


二代目康宏は、初代の作刀技法にさらに独自の工夫を加えた。
「あのあれは初代のやり方ですか?」と私が訪ねたら、「はいっ!」と
手を挙げて「あれはワタクシが考えました」と直紀先生は言った。
笑顔が小学生みたいだった(^。^)

昨夜、河岸替えましょう、と街を左久作池上兄様と3人で歩いた。
池上兄様は身長190近くで長身だ。歩くのも早い。一方、直紀先生は
身長160ない位だ。池上兄の脚は私もやっとついて行くような速度だが、
遅れまじとする直紀先生の歩き方の足の運びが、とっとこハム太郎に
見えて可愛かった(≧∇≦)
信号待ちの時、「先生、一時期痩せたけど、また少し肥ってきました?」
と私が訊くと、「いや、最近また痩せてきた」と。
すると池上兄様は「そいつぁいけねえよ。そいつぁいけねえ」と。
私が「丸くないと小林直紀!て感じがしない」というと、池上兄も
「その通りだ(笑」と(^。^)
まんまるハム太郎が刀を作っている。
とっとこ歩く刀鍛冶72才。まだまだ作る。
話をしていると日大芸術学部の頃のままなのだろうか、まったくじじ
むさいところは一つもない。
何事に対しても偏狭な視点が直紀先生には一つもないとこが私は好き
だな。
私や池上兄様のように、この野郎!などと声を荒げて怒ったことなど、
多分、一度もないのではなかろうか。
だが、性格がまるで違うこの三人、妙にウマが合う(笑






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江戸時代の鉄 黒田公の鉄

2017年02月11日 | 火と土と水、そして鋼




江戸刃物師である左久作池上の兄様から、驚きの物を頂いた。
買おうとしても買えない。まず、市場には出ない。
伝統刃物鍛冶の鉄のプロだから手に入れられた江戸時代の釘である。
釘といっても短刀くらいの大きさがある。
これだけで武器になりそうな。
長さ9寸はある。
斬釘截鉄を禅語だと知らず、「普通の刀なら釘位どれでも切れるのに
こんな銘を入れて」と嫌味を言った刀工がいたが、江戸時代の屋敷の釘
とはこれだ。これがご自身の作で切れるとでも?
これでひっぱたいたら頭蓋骨陥没するような釘だよ。というかこれが釘。
だからこそ斬釘などと禅語でも言われた。簡単に切れる物を喩えには
使わないだろうに、二重の意味で物事が解ってない。
「斬釘截鉄」の禅語は「虎徹」と同じ原意で、「貫き通す意志の強さ」の
ことを表している。

これは、筑州黒田藩の藩主黒田公の御屋敷で使われていた江戸時代の釘だ。
建物解体の際に出たものを人を介して左久作池上兄様の所に来た物だ。
出処確か。鉄の質も頗る良い。
池上兄様は、一部を火花試験したが、「未知の鉄」とのことだった。
左久作工房は、国内で一番和鉄の保有量がある。日本で一番ということは、
世界で一番ということだ。
その池上兄様が「未知」という鉄。質は良い。だが、謎の鉄。
黒田の殿様の御屋敷に使われていたという稀少な来歴もさることながら、
鉄質がこれまでに見たことがないような鉄だという。
池上兄の所見は以下だ。
「慶長年間前後かと考えています。確固たる証拠があるではないのですが、
鉄肌がざっくりで穴のあけ具合に精緻さが無いのです。とにかく穴をあける
事に追われたって感じ。江戸時代になるどほとんどの穴は、スコーンと同じ
大きさに見事にあけられるようになり、なにかしらの技術革新が行なわれたと
推測できます」
鉄に関して池上兄の知見は信用できるので、識者の一つの所見としては、
やはり慶長あたりの鉄といえるのではなかろうか。

二つ頂いた。
一つは桐箱に入れて、黒田藩の家老を先祖に持つ方に来歴の添え書きを
して進呈しようと思う。
もう一つは、うちの家宝にする。


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鋼の育て方

2017年02月11日 | 火と土と水、そして鋼

私作の小刀

刀工小林直紀師と話していて直紀先生は言う。
「斬鉄剣て自分から言ってはいけないとあぁたにも釘刺されたし、
その通りだと思うからから、自分では言ってないからね」と(^_^;)
元々師匠は自分では言わなかったけどさ。
でも念押ししてたら、そう言われた(汗

まあ、他の人が評価的なニックネームで斬鉄剣の名称を冠するのは
問題ないが、自分から「斬鉄剣」との名を冠して他人に言うのは、
ちと僭越だし筋違い。
それは、刀工が自分で「刀匠」と冠して人に自己紹介する珍妙に
似ている。
また、自分で自分を名人と名乗ったりの奇怪なことにも似る。

私の小物の作も全て斬鉄試験クリアの物を人に進呈してきたが、私が
話の流れで斬鉄と言うことはあっても、「斬鉄剣を作りました」と
人様に言ったことはない。独白と対人口上は違う。
それと、小林康宏が作る刀が全て斬鉄剣ではない。これは作者本人も
言っている。

私が作る小作品が何故斬鉄しても康宏直紀師の斬鉄剣作のように
刃こぼれしないかについて、直紀師は私に昨夜ファミレスで言ってた。
「あぁたは、あたしと全く同じことやってるからだよ」と。
師伝は師伝だ。全く同じにやらないと師伝とはならない。これは、
当たり前田のクラッカーなのだ。
ただ唯一違うのは、鍛錬の場所が違うので、水と土が異なる。
これ、かなり大きなファクターではあるのだが、特定技法はどうやら
それを凌駕している。ある、特定結果については。

左久作の兄様からは、昨夜、水素爆発で火傷になりにくい方法を
教わった。
ああっ!
気づかなかった(≧∇≦)

神は勝手に人間を作り、蛇の入れ知恵で勝手に人間が知恵をつけたら、
神は勝手に「駄目だ、こいつら」と投げ捨てた。
だけど、人間だって苦労していろいろ考えてやってきた。
人間の人間らしいところは、神の言葉とは別に、人間が教え伝えること
からも学ぶことができる事だ。師匠、先達の教えは尊い。
それのみか、時に人間はニャンコ先生からも学んだりする。田舎っぺ大将の
風大左エ門のように。
ボブ・ディランが歌った「答えは風の中にある」とはまさにこのこと(違



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鍛冶屋の猫

2017年02月11日 | 火と土と水、そして鋼



江戸刃物師左久作-池上の兄さんの鍛冶場には、かわいい鍛冶屋の
招き猫がいる(^。^)

これは月島のセキレイ。


「何ですかー?」という感じでこちらを見る。


これは私のセキレイ差し。別名「水流し」とも古来から呼ばれる。


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