渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

焼刃土

2016年08月16日 | 火と土と水、そして鋼



焼刃土には何故大村砥を使うのか。
青砥や鳴滝砥では何故だめなのか。
不明。

青砥の研ぎ汁。これ、炭粉と土粉で混ぜたら行けると思うのだけどなぁ・・・。

塗りヘラなど使わずに、砥石の上で刀身を研いでいる時に溜まった
研ぎ汁を、からめるように刀身を砥石の上でヘラみたいにしてすくって
ペタペタしただけ。手わざの妙。
ただ、平面砥石の上でのペタペタなので横方向の足置きはできない。
私の場合は、直刃に取っても中にアミダクジのような梯子の足置き
をする。刃中にも硬軟部分を点在させることが目的だ。

モルタル状に乾いてきた研ぎ汁。

あら。日記で見せようとして余計な事してたら錆びて来た。

研ぎ汁を洗い流しても錆が残っています。


あいやあ(笑)。これは全部錆です。


青砥で研磨して除去します。


青砥は研ぎ方次第で700番手あたりから3000番あたりまでの
粒度をカバーします。


休憩や日を跨ぐ場合などで研ぎやめする時には、完全に中性洗剤で
研ぎ汁を洗い流して刀身を清潔にし、すぐに水気を拭き取って防錆油
を塗布しておく必要があります。でないと研ぎ直後は非常に錆びやすい。


マジック砥石ともいえる天然砥石の青砥(丹波産)。
崩れやすいので、周囲はカシューで私が養生しています。


やったことにリニアに繊細に反応する青砥が私は天然砥石の
中では一番好きだな。


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鍛造刃物

2016年08月13日 | 火と土と水、そして鋼



これは3本とも名人の手による日立白紙1号を使用している。
白紙と青紙では成分も異なるが、「切り味」と「砥当たり」が異なる。
この3本は名人鍛冶左久作によるもので、切れ味は一般白紙とは
別次元にある。
材料が同じでも、鋼をまとめる人間によって出来上がった刃物は
まったく異なる性能を示す。作品は嘘をつかない。



これは青紙割込(?利器材かと思う)の刃物である。

私は一般的に入手可能な刃物での青紙鋼使用物は包丁と肥後守と
佐治製剣鉈しか使用したことがない。
白紙は包丁、切り出し小刀である。
全鋼肥後守はSK材で作られているのではなかろうか。
また、自分が鍛造焼き入れして作った作は、SUP材以外はSUSまで含め
てかなり試している。江戸初期の刀の残欠鉄(玉鋼)まで再生して刃物に
している。D2でさえ、自作炉で焼き入れをしている。ソルトバスでなくとも、
加熱保持時間だけ適性に近似値を得れば焼きは入れられる。
また、康宏鍛錬鋼を貰うことはあっても、自分で鉄を吹いて自家製鋼した
ことはまだない。(やはり餅鉄を試したいとは思っている)


焼き入れに関しては、人にもよるが、青紙のほうが焼き入れしやすい。
折り返し鍛着は白紙のほうがしやすい。

刃切れ防止については、コーナーエフェクトを少なくすることで目に見えて
ひずみトラブルは減少する。刃先の角っちょを丸めるだけで刃切れ発生
の可能性は大幅に防げる。
また、一般的には白紙よりも青紙のほうが焼き入れが容易だ。これには
理由があるが、それの理由については製作者各々が勉強してほしい。
刃物鍛冶の世界で、失敗を回避するならば白紙ではなく青紙を使えとは
戦前から言われてきたことだ。
焼き入れ後の硬度は青も白も変わらない。
青紙も白紙も大元の原料は砂鉄である。それを還元させてスポンジアイアン
を作ってから製錬により鋼にさせている。
白紙はほぼ玉鋼と同じ成分だが、青紙にはタングステンとバナジウムが
混ぜられている。両元素の刃物への影響については、これも冶金の常識
なので、鍛造者は自分で学習把握してほしい。
ただ言えるのは、世間でよくいわれる「刃物の特性は鋼材で決まる」という
のはある面では当たっていて、ある面では大外れです。
工業製品の鋼材は性質が分析されているので適性処理方法も自ずと絞られ
てきますが、鍛造打ち刃物は加熱しての鎚の一打ちだけでも変化が生じます。
まして、自家製鋼や日本刀材料の卸鉄など、材料部材を作る際の下地鍛造
過程においてどれだけ組成が変化していることか。
これは2ストエンジンのセッティングと同じで、方程式は一切ありません。
データを取っても、すべて実験状況が都度異なるので意味がない。一番正確
なデータは鍛冶職の感覚=知覚にこそ蓄積される。
同じ作を二つ作れないと刀工の腕としては云々とは言われますが、これも
嘘です。そういうことを真顔で言う人間がいるとしたら、まるで刀のことという
か鍛冶仕事のこと、否、冶金のことを理解していない。加熱され火が入って
鍛造された物体は何一つとしてまったく同じ状態になることはできないし、
そもそも狙ってまったく同じ物などは作れっこありません。魚や肉や野菜が
都度味が異なるように、同じ処理をしてもまるきり物体としては個体差が
そこにはある訳です。
ただ、「近似値」に持って行くことは鍛冶職や料理人の腕によっては可能です。
まったく同じ物は打ち刃物と料理においては作りだすことは物理的に不可能
です。気温や湿度によってでさえ別な結果が科学的に出るのは当たり前のこと。
物理法則を無視して、何か偉そうな意味があることであるかのように鍛冶仕事
を語る者の言には、ます「素人には解らないだろうから」という睥睨観が存在
しているということを見抜いてください。鋼は生き物です。同じ物は絶対に無い。
物理的に不可能なことをあたかも自分だけはできるみたいに言う族(やから)は、
まず虚言を弄して人をして欺罔(ぎもう)せしめている者だ、と心得てください。
騙されてはだめです。




焼きが入った刃の部分は水の弾き方が違うので、私の焼き入れ作に
おいては、何度水に浸してもこのような焼き刃部分が浮かび上がる。
(これは折り返し鍛錬二代目小林康宏。鍛造火造り父。焼き入れ私
の日本刀の残欠を使ったナイフ)

土置き如何でいろいろな鋼の変化を得ることができる。

これは備中水田国重(無垢造)の残欠鉄を私が脱炭させないように火造り
して私が焼き入れした小刀だが、鉄の感度は最高によかった。単に炭素量
が高いというだけではない。この鋼の成分はどうなっているのだろうかと。

鍛造打ち刃物を造ろうと思っている人は、このうち、左の『熱処理のおはなし』
(大和久重雄/日本規格協会)だけは
最低限読んでおくことを切にすすめる。


一部引用紹介してみよう。
「1100℃以上に加熱するとたいていの鋼は粗粒となるので,これを過熱(オーバー
ヒート)といい,これは避けるようにしています.オーバーヒート以上に加熱すると,
結晶粒界が溶解し始めます.こうなると鋼の表面から火花が出るようになります.
この状態を燃焼(バーニング)といいます.これでは鋼は使いものにならず,死んだ
と同様なので,死鋼(デッド・スチール)といいます.
 オーバーヒートした鋼は火造りしたり,熱処理によって回復することができます.
オーバーヒートしたと思ったら,いったん火色がなくなる温度(黒づく温度,約550℃)
まで下げてからA1変態点以上に再加熱すればよいのです.これを結晶粒の調整
(グレーン,リファイニング)といいます.」

この後、「鋼の結晶粒に及ぼす熱処理の影響」の図を示しながら、鋼の火造加工
の「外してはならないこと」について分かりやすく解説している。
他にも、全204ページに渡り、大切なことを簡易な文章で、図や写真を示しながら
熱処理について網羅して解説している。

たぶん、多くの鍛造に関わる人たちはこの書を読んではいるのだろうが、趣味で
鍛造刃物を作ってみようとしている方々には必読の書なのではないだろうか。
1982年初版。私は1994年発行の第21刷を持っている。
鍛造刃物を手がけない方でも、刃物や日本刀に興味がある方には読み物としても
十分に面白い書であるので、ぜひ推奨したい。(定価1200円/税別)

Amazon 『熱処理のおはなし』

私は鋳掛屋さんのような移動用簡易炉を製作して馴染みのマス釣りキャンプ場で
焼き入れ会をやったが、土置きしての焼き入れのみならば大き目の七輪でも可能
である。
ただし、炭は厳選して小割りに炭切りする必要がある。
私の場合は、失敗させない小物薄物の場合は岩手産松炭を親指の関節先より小
さい大きさにカットして、田楽のように刀身を埋めて焼く場合が多いが、手の親指の
関節ほどの大きさの炭でも十分にいける。
大切なことは、「火むら」を炉内に作らないことで、私の場合、細心の注意を要する
作については、小割り「消し炭」を使用して慎重に焼き入れを行なっていた。
失敗はまずない。
舟への入刀は、入湯角度によって反り具合が変わるので注意が必要だ。
槍のような無反りであるならば、切先から真下に垂直に入刀させる。
一度山で真横から平に入刀させた女の子がいて、チュイーンという音と共に真横
に刀身がへの字に反ってしまったことがあった。
やむなく、鍛造しなおして、一晩応力除去してから翌日再焼き入れしたが、二度目
は成功した。
入刀は一発勝負なのでご注意されたし。
なお、映りを出すためには、瞬間二度入刀という技術もある。
これは鉄を敏感な状態にまとめておけば映りが発生する。
こんなことは1970年代に刀工の間では分り切っていた常識だったし、著名
刀工の対談集が掲載されている専門誌には記載されていた。玉鋼を使用した
刀の日本刀の映りの発生は、昭和40年代に吉原兄弟、小林康宏等が再現
しており、後の人間国宝となった隅谷正峯も無論映りを再現していたし、その後
八鍬武蔵はじめ若手刀工たちも自在に再現していた。
「玉鋼を使って映りを初めて再現した」という大捏造大嘘を自称してマスコミに
売り込みをかけている刀工が現在いるが、歴史的にすぐに露見するそのよう
な大嘘をよく恥ずかしげもなく触れ込みできるなと思う。
日本刀の映りについては、現在もそのような嘘宣伝が出る前に、若手刀工も
映りを刀身上に発生させている。
現在、二度焼き入れによる複合的熱処理の技法は、日本刀ではない別物鍛冶
の間では一般的に残っている技法で、鎌鍛冶などはあえて硬軟部分を現出
させるためにそのような古来の焼き入れ法を墨守している鍛冶もいる。

上記の紹介書籍を読んで、冶金の常識を把握できたなら、映りは割と容易に
刀身上に再現できる。
但し。
鋼の鍛え=まとめだけは、鍛冶職の本当の真骨頂部分なので、書籍を読んだ
だけでは再現できない。
見世物用ではない真の実用鋼に鍛え上げるのは、一重に鍛冶職の腕による。

でも、こんなんは日本刀ではでけまへんで~。これができるのは、真の竹では
なく、竹の形をした若い筍だから。実際に私も自作短刀と佐治剣鉈で嫌という
ほど竹に似た筍を切ったもの(笑)。音は竹切りのカコーンとかガッコーンでは
なく、筍はボコンとかバスッいう音がする。直径10センチ以上の2年越し真の
竹などは、日本刀などでは切れません。こういう太さの竹を切るのはノコギリ
ですね。そもそも日本刀は竹などを切るために造られた物ではありません。


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安来鋼

2016年07月22日 | 火と土と水、そして鋼





私は刃物師左久作(ひだりひささく)製の刃物を4丁持っている。
3本の切出小刀と1本の平待ちだ。

小刀のうち1本は刀工小林康宏からいただいた物で、秋田の鉄を地鉄
に使って
いる。
もう1本は、左久作池上氏の鍛治場に勉強の為にお邪魔した時に目の
前で鍛錬
を見せてくれて私に作者が下さった物だ。地鉄はアメリカの
黒船の鎖を使っ
ている。
他の1本は、私が注文したやはり黒船地鉄の小刀だ。自分で注文しての
製作依頼はこれが初めてで、私の手に合わせて作ってもらった。本来
の「曲物(くせもの)の誂え打ち」に属する発注様式だ。


さらに、もう1本の左久作製は、私が考えた日本刀目釘削り専用刃物
「ヒラ
マチ」で、鑿(ノミ)より薄く、彫刻刀よりも厚く、長さも
真下への逆手持ち
で竹を削り下ろす際に絶妙な寸法にしてある。これは
長すぎても短すぎても
駄目で、柄の長さと合わさって目視による作業の
視認性や工作性などで適寸が
ある。これは私が多くの目釘を作った経験
則から寸法をはじき出し、プロト
タイプを7本注文し(別枠で有志が
1本追加、合計8本の試作品)、康宏刀の
ユーザーの有志にその試作品
を買い上げてもらいテストして改良点をサジェスチョンしてもらった。

最初の構想を練ったことと、途中で左師の工夫が加味されたことが良かっ
のか、刃物自体は一発でトライアルクリアの出来だった。(製品として
微妙な点でまだ煮詰める必要あり)
このヒラマチは柄についても作業性その他から販売製品としては方向性
固まり、製品化の仕様は決定した。


作業刃物とは思えない極上の出来である。美的要素だけでなく、
実用性も突き抜けている。


私が持っている左久作の刃物の鋼はすべて白紙1号(廃番)である。
左久作師は白紙1号なのにとてつもなく粘る鋼にまとめあげている。
一度左師と一緒にもんじゃを食べている時に「鋼は白2ですか?」と
尋ねたら、怒鳴り返すように「はぁ!?」と言われた。
白1はとても厄介な鋼で、白2や青紙を使ったほうが扱い易い。
ゆえに、白1を使って完成品たる完璧な刃物を作れるというのは、
鍛冶職として腕を認められる自負でもあった。
白紙1号が廃番になったのは、結局のところ、扱って実用品として
まとめられる鍛冶職が激減したからではないだろうか。

三代目左久作池上喜幸(のぶゆき)氏が作る刃物は至高の切れ味を
示す。これは刃物を使う者ならば使う者であるほど判別がつく。
多少「切れ味が良い」という類ではない。次元が異なるのである。



白紙1号で斬鉄剣を作ってしまう。んな馬鹿な。


どうしたらそうした刃物が作れるのか。
人間の能力とはどこまで
無限であり、かつ、人間の中にあってはその無限の領域につき
進める人間がどれほど有限であることか。
 

個人的には兄と慕い、畏れ多くも「あにさん」と呼ばせてもらって
いる池上喜幸(のぶゆき)氏だが、鍛冶職としての私のかつての
印象は「神」に最も近いところを歩んでいる鍛冶職だった。
固定的ではない。進化している。無限の彼方に。
本当の本物の仕事師の姿を見るにつけ、作りだす刃物は「人に一番
近い道具」であることを実感する。
その突き抜けた領域を実現させている左久作が選ぶ鋼は、迷わず
白紙1号なのだ。余人がまとめるのが難しいとされる白1だ。
彼にとってはまとめられるから、良鋼は良鋼として選択するのは

ごく当たり前のことであるのかもしれない。

刀工にして旧東京帝国大学を卒業した異色の冶金学の雄であった
新潟の故岩崎航介氏が安来鋼について次のように述べていたこと
思い出される。

「安物は黄紙、中等品は青紙、上等品は白紙でゆくとよいのです。
青紙と云うのが一番値段が高い。一番値段が高いから、一番切れる
刃物が出来る。こう思う方が多いのですけれども、そうでありませ
ん。青紙よりも二割程値段の安い、その下の白紙で造った方が、切
味がよろしいんです。こういう事を先ず覚えて欲しい。
併し乍ら白紙で最高の切味を出す所の刃物を造るという、其の技術
は、青紙でもって最高の切味を出す人の二倍から三倍の苦心をしな
ければならない。だから研究の浅い方が、白紙で刃物を造ると、必
ず不良品になって了う。研究の浅い人は青紙を使うべし。研究の進
んだ人は白紙を使うべし。」
(岩崎航介「刃物の見方」より。『岩崎航介遺稿集』(1969年))


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スプリング鋼から渓流ナイフを作ってみた。

2016年07月20日 | 火と土と水、そして鋼

スプリング鋼から渓流ナイフを作ってみた。




ぶひゃひゃひゃ。
英軍デザートDPM。
ゲーマーか?
え?見るところ違うって?
さーせん。

この人、すごいのは、焚きつけ用にハンティングナイフのガットフックを
応用した専門刃物作って使ってるぞ。こりゃ凝ってる。


ショットガンのシェルのマッチ入れもカコイイ!


それと、完成品のこの黒竹鞘の小刀もかっこいいぞ。


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康宏鍛え

2016年07月19日 | 火と土と水、そして鋼


(康宏鋼)

小林康宏の日本刀の材料は自家製鉄(つくりがね)と卸鉄(おろしがね)
だが、現代刀工としては珍しい部類に属する閉鎖炉での沸かしと玉潰し
工程を来月雑誌社が取材する。康宏は新刀特伝工法の梃子鉄も使わ
ない。はさみという火箸を使用する。新刀特伝の梃子鉄は量産化および
効率化にはとても便利な「新発明」だっただろうが、小林康宏はあえて
別方式で刀を鍛えている。鍛錬にも閉鎖炉を使って鍛える康宏伝の工法
のごく一部を取材することになった。
閉鎖炉での沸かしは冶金学でいうところの「炉内雰囲気」が大切で、
何日か前から炉内に火入れをして炉内状況を下準備として継続する
ことになる。尤も、一般的なオープン炉においても炉内雰囲気とは別な
意味で乾燥と過熱は大切なことであり、また製鉄においては逆に湿気
の如何も大切なことになるのではあるが。

かつて、雑誌の取材の際に、編集者が「薪で鍛錬する」という誤った
記事を掲載し(1991年発行)、それを某小説家がその雑誌の記事だけ
を取り上げて自分の小説作品の中で論い、揶揄することをした。
小説という文芸作品を他者排撃揶揄中傷攻撃に利用するということ
自体が小説家としての作家の感覚の神経を疑うが、それ以前に、薪など
で鍛錬や焼き入れが出来るわけがない。温度が上がらないからだ。薪は
別なことに使う。康宏は木炭は岩手産の松炭を使う。
余談であるが、薪というものは木が燃えるのではない。木から発生する
ガスが燃えるのである。

きちんと裏を取らずに字面だけを抽出して中傷の道具にすると、事実
とは無関係なところでの揶揄にしかならない。的を外した非難のための
非難となり、いわゆる「為にする」ことの低俗な誹謗行為の範疇を出なく
なる。
カストリや赤新聞ならともかく、文芸作品でそれをやるのはお話になら
ない。文芸作品の創作はゴシップ誌の売文執筆ではない。
人を呪わば穴二つではないが、モノカキとしてはそうした早計な浅慮は
まさに墓穴を掘ることになる。
結論はすべて自分に返ってくる。世の中、現在の自分をめぐる環境は、
人が強制したものではなく、自らがすべて招いたものであることを自覚
する人は少ない。
また、自覚せる人は、どのような試練があろうともそれをクリアして生還、
生存する。


閉鎖炉については、無鑑査の熊本の故谷川盛吉・延寿宣次の刀工親子
も閉鎖密封炉を使っていた。
また、小林康宏と同じように、横座を掘り下げた半地下方式にしていた。
こうしたことは、現場を実見して取材しないと知り得ないことである。

谷川盛吉刀工については、師匠が日本最後の十文字槍の製作技術を
持っていた人だけに、それが伝承されなかったことが日本の歴史の中
では悔やまれる。
盛吉刀工も子息の宣次刀工も、若くして病に倒れ鬼籍に入った。
私が八代の谷川刀工のご自宅を訪ねた時にとても印象的だったのは、
盛吉刀工の奥さまも、宣次刀工の奥さまも、とても美人で凛としたしっかり
者だったことだ。
いわゆる「鍛冶屋の女房」であり、夫の仕事を深く理解し、夫婦相伴で
刀鍛冶を続けてきた。鍛冶職は、妻帯者であるならば、夫の仕事をよく
理解しての「内助の功」という妻の支えがとても大切になる。
こうした刀鍛冶夫婦の姿は、名作自主製作映画『多摩の絆』で1980年代
に高野政賢(まさたか)夫婦の姿が描かれていたが、一般家庭よりも
刀鍛冶の家庭は夫婦の絆が大切だ。「鍛冶屋の女房」というものは
苦労を背負って立つようなど根性が必要であり、「おかみさん」として
弟子たちの世話や面倒もみなければならない。亭主が仕事に集中できる
ための舵取りだけでなく、ある種、チームのサブリーダーのような采配の
力も必要になってくる。
ゆえに、苦労は多いが、刀鍛冶の妻は胸を張って自身を「鍛冶屋の女房」
と呼ぶ。
また、炎に向かう刀工も、奥方の生活面での支えなくば大成しない。
銀行員のような緻密で正確な出納管理や家計管理ができる刀鍛冶職人
など、ほぼいないからだ。それゆえ、一般家庭以上に刀鍛冶の妻は、
夫を支える妻としての能力が要求される。
しかも刀鍛冶の仕事は背広を着て仕事するホワイトカラー感覚でこなせる
類のものではない。汗と泥にまみれ、体は火傷で火ぶくれとなり、そして炭
で顔も真っ黒になる。
さらに刀鍛冶を長く続けると、視力障害に必ずや襲われる。古来より鍛冶の
神に「目を盗られる」と呼ばれるもので、白内障等の職業病の危険が付いて
回る。まったくもって楽な仕事ではない。
それでも刀鍛冶は刀鍛冶であるがゆえ、自ら進んでその道に進み、そこで
生きる。
刀鍛冶は死すとも、作は後世まで残る。百年も二百年も一千年も残る。
残された作には、刀工が生き、精魂込めた魂が宿っている。
そうしたものが刀だ。

私が日本刀に触れる最大の幸せは、タイムカプセルのように、一口の
刀を通して、その向こうにその一刀を作り上げた刀鍛冶の姿が見える
ことである。
刀を手にして眺めると、いにしえ人との触れ合いが生まれる。
それはまさに時空を超えた、人と人との接点が凝縮されている。
刀はただ刀という物理的な物品としては存在していない。
ただの一刀であろうとも、その刀の大元となる鉄資源を採取した人から
始まり、刀を鍛える炭を焼いた人等々多くの人の息吹が刀には封じ込ま
れている。
そうした今はもう会えない人たちとの触れ合いが、一刀の刀を通して
与えられる。
人の歴史と触れあえる。こんな幸せな時間はない。
だから、私は刀が好きだ。


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康宏作 戦闘鎌

2016年07月18日 | 火と土と水、そして鋼



ぐはあっ。
研いでいたら、なんだかいや~なものが出て来た。
もしかして、折り返し鍛錬の時の鍛え割れ?
ではないとは思うのだが・・・もうすこし押してみることにする。




心配ないみたい。

それと、砥当たりの感触と目視から、この鎌、棟側にも焼きが
入っている
ように思える。というか、入ってる。
画像は右側が刃。左側が棟。
棟の重ねは結構ある。農業用鎌とは大違い(笑
鋼が青いね~。
研いでいて分かるが、平地に縞状に硬軟の部分がある。
それはこの画像でも捉えているように思える。

金剛砥の砥石目を消す下地研ぎの段階だが、前の砥石目は完全に
消す必要 がある。
いやほんとに鋼が青い。でも青紙じゃないよ。そんなこと言うのは
素人だろうけど。


一部に残っている。この棟寄りの荒いキリ目は完全に消す。
まあ、真っ赤な赤イワシ状態からここまでどうにか来た。


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青い流れ星

2016年07月17日 | 火と土と水、そして鋼


磨いた。

きゃ~。ヌグイが取れちゃう(^^;


これは可愛いのよ。これくらいの大きさ。
まだナカゴヤスリ仕立てはしていない。銘も切っていない。






自分では、「青い流れ星=ファン・ガリガ=ボーイング747」のような刀を
作りたいと思っている。





1988年の世界グランプリ250ccでの彼のアグレッシブな走りはとても好きだった。




スペインの国内選手権レースでは84年、86年、87年と3度も国内
チャンピオンになっている。熱いファン層をスペインでは獲得し、その
ファンはガリギスタと呼ばれた。1963年スペイン、バルセロナ生まれ。









ゼッケン2=前年度世界ランキング2位のナンバーを付けた1989年
世界グランプリでのガリガ。



この1989年のガリガのカラーリングが個人的には一番好きだ。
マシンはヤマハのファクトリーマシンYZR250。



彼はヤマハのライダーだったが、イベントではスズキやホンダにも乗った。






1990年にWGP500ccにステップアップしてからはあまり成績は残せなかった。




世界GP日本グランプリ戦でのガリガ。引退後に薬物中毒になったり根っからの
不良野郎のスペイン人だったが、現役時代にはその戦闘的な走りは見る者を
魅了した。日本でも密かなファンも多かった。



2015年8月、おっさんになった彼は、一般公道でバイク事故により
死亡した。
死ぬんじゃねえよ、ばかやろう。本当に星になっちまいやがった。
お前さんのことは好きだった。



亡くなる前のガリガ。


この子はどうなっちまうんだ。涙が出る。
いつか坊主がMOTO GPを走る日を待っている。


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2016年06月18日 | 火と土と水、そして鋼


鋼の命は粘りだと思う。
素材による特性もある。しかし、「硬くて粘る」という一見矛盾している
かのようだが実は共存できるこの命題をどう解くかに、鎚打つ者の指標が
あるように思える。



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談笑

2016年06月18日 | 火と土と水、そして鋼



熱く語る刀工小林直紀康宏。
うを新と一緒に宮城郷土料理の店で若き本職の隊長にすっかり御馳走に
なった。
作刀打ち合わせは神田にて。

楽しそうす。


ゲーーッ!
知らなかったよ!
作詞などもするアーティストの小林健二さんは直紀さんの実弟だった!






直紀先生より一回り以上年下。
つか、なんすか?このイケメン(≧∇≦)
直紀先生曰く、「僕は父親似、弟は母親似でハーフみたいな顔してる」
とは以前から聞いてはいたが、まさか小林健二さんが弟さんだったとは
知らなかったよ!
これはかなり驚いた(≧∇≦)
直紀先生は日大芸術学部出身で元々は写真家になろうとしていた人だが、
元来芸術肌の血筋なんだなと妙に納得したのであった。
しかし、顔は似てない兄弟。

直紀先生これだから(笑)。
もしくはトトロ(≧∇≦)

(描き手おれ)


直紀先生の特徴は、交友関係がとんでもなく広いのと、あと、争いが嫌い。
人を斬る刀という物は本当は作りたくない、と語る。
だが、人一倍の切れ物を造る。
そこに刀鍛冶としての何かがある。
「あたしは職人」と言い、「刀匠」「芸術家」「作家」とは自らは決
して言わない。
でも、芸術肌だと私は思う。
だって、ムラっ気多すぎるもの(≧∇≦)
出来不出来の差が多いというのは実情だし、影打ち含めて歩留まりは
とても悪い。
外したくない決めどころと寛容で流すところの端境のスイッチが他人には
解りづらい。
個人的には、ナカゴ仕立てはもっときっかりしたほうが・・・とか思ったり
するが、本人の眼目は別なところにある。

研ぎ上がった最新作は、刃文は直刃ではなく、古雅な直刃調小乱れで、
これは復活刀の中で一番注目できる焼刃のように見受けられた。

ただ、二代目康宏作は、初代康宏がそうだったように、一作一作がすべて
「研究作」のようなところがある。
一つとして同じ出来の作がない。
もっと詳しくいえば、数口毎に似た傾向になるが、毎回新たな違うトライ
をしているので、出来が異なる。
作域の振幅はどの刀鍛冶にもあるが、二代目の場合は、工房制による
「失われた20年」があるために、真打ち復活後はかつての勘を取り戻す
だけでなく、鋼をまとめる様々な挑戦をしている。
私は、刀鍛冶としてのその「最期のひと花」を咲かせるための手伝いを
している。
かつて刀工二代目康宏が40歳代からの付き合いだが、心にともしびのある
一人の刀鍛冶の最晩年作に関わることができた事を私は嬉しく思う。
私の名は歴史には残らないが、小林康宏の作は100年後も200年後も残る。
その日本の歴史のほんの小さな一コマに自分が深く携われる事が嬉しい。
大きな歴史の中では些細なほんの小さな一コマだが、私にとっては大きな
出来事だ。
これは、ヤマハから私がいたゆえに現実化したという私のモデルのバイク
が開発発売されたという事実と並んで、私にとっては尋常ならざる大き
な出来事なのである。

現代刀工は一部を除いて年によくて数口の作刀依頼がある程度だ。
それが、年間24口製造許可分が数年先までフルチャージでバックオーダー
が満杯という刀鍛冶は、今のところ小林直紀康宏だけなのではなかろうか。
それほど、潜在需要というか、康宏作を求める人が多くいるということ
だろう。
美術刀剣界では下作だの、揶揄中傷マンからは「下賤」だの唾を吐きかけ
られたりしているが、「持ちたい」という人が多い事も確かな事実であり、
私はこれは現代刀の一つの指標ではなかろうかと思う。
注文がなくば鍛治職はやっていけない。いくら「私は芸術家」とか「私
は作家」と胸を張っても、注文がまるでないというのでは話にならない。
それこそ自慰行為のイタいだけの「自称」作者(作れないから作者とは呼べ
ないが)となってしまう。
二代目康宏は、康宏であるがゆえに、多くの方々から求められ、それに
応えようと鎚を取る。
己が勝手に作り描きたい図を描くためではなく、「注文者」の為に作刀
する。
これは、刀鍛冶の本来の在り方ではなかろうか。
小林康宏は、その根源的構造の実体化の中にいる。
私は小林康宏は見まごうことなき「刀鍛冶」であると思う。
いくら高尚な御説を述べようが、いくら立派な「芸術作品」を作ろうが、
「所有したい」という気が人の心に湧いて、そして、その希望を実現させ
られることに刀鍛冶が寄り添わないと、実際の現実は到来しない。
小林康宏はその実現を成している鍛治職であることは間違いがない。
しかも、作刀希望があれば誰にでも作るというのではなく、どこまで心が
共に歩めるかという点で依頼者を精査させてもらっている。
それでも、文化庁の製造許可枠は数年先までパンパンのポンポコリンだ。
学年ひと学級以上の数の注文を現在抱えて、鋭意作刀にあたっている。
「70歳代後半まで生きてるかどうか分からないから」との刀工本人の申し
入れで、現在は新規注文をとりあえずストップしている。
だが、これとて、私が完全復活の背中を押して康宏と販売店と職方ルート
を構築したが、正式作刀募集をした訳ではない。企画段階で、作刀規模者
が殺到したのが実情だ。
だから、小林康宏作は作刀の正式募集はできずじまいだった。
二期枠などは二日で埋まった。
それでも、依頼者と連絡のやり取りをして、ご希望には添えない、或いは
ご注文は受けないということをしても作刀規模者が注文希望の名乗りを
あげてくださった。ありがたいことだ。
私たちとしては、一切売り込みをしたり、また、依頼者に媚びへつらう
こともしていない。
また、尊大に構えて偉そうにして門前払いもしてない。
求める人に、共に作刀をして渡したい、というのがまず第一にある。
ただ、「同じ船に乗る」という人の為に康宏は鎚を取る。
そのアルカディア号の乗組員になれるか否かは、人となり次第だ。

悪く言おうとすれば、いくらでもこじつけて人を悪く言うことは可能だ。
だが、小林康宏の場合は、多くの人からの注文がある、という揺るぎない
現実がある。

ただ、誤解されている面も多くある。
「切る為の刀」は、実は受注しないのだ。
これは面談もしくは希望者との初期の連絡のやり取りで精査する。
小林康宏作は、「武術修行者で、武術研鑽の一貫として日本刀を用いる
人」および「そばに置いて鑑賞目的とする人」にしか作らない。
物斬り目的の為だけに「切れ物」が欲しい人には作らない。
車に例えるならば、ただドリフトをするためだけの目的の人には車を売ら
ない、というのに近い。普段の街乗り愛車であったり、レースをする人の
為にマシンを作る、というのに似ている。
現実的に、「まず物切り目的」という注文主は一人もいない。
当然にして、濡れ畳表巻き切断専用の刃物などは一切作らない。
だから、そうした道具刃物を好んで使ってる人たちからの注文はない。
注文が来ても受けない。
畳表斬りごっこのための道具など作る気はないからだ。
あくまでも、武術修練の一助となり、武人と共にある「差料」を作る。
種目によって、土壇や数本立て畳表を切る時だけ別な刃物を持ち出すような
非武術の道具の製作依頼は受けない。
他の鍛治職は受けるだろう。現実的に身幅6センチや10センチの妙な刃物
も出回っているのだから。
だが、小林康宏は、「差料」を作るのである。ジェダイの騎士のライト
セーバーが誰でも持てるのではなくジェダイしか持てないように、康宏作
は「共にあらん」という人にしか作らない。モグラ叩きのハンマーを作る
気はないし、また、私や新藤もそうした類の道具刃物は康宏には作らせな
い。尤も、康宏自身が受け付けないが。
そのため、作刀希望者は厳選させてもらっている。
事前審査は、康宏・新藤・私の三者全票制にしているが、前段階判断に
おいては私が康宏から全権委任されている。
私が駄目というものは駄目で、私が駄目とした人に向けて、或いは駄目と
した作域が「康宏作」として世に生まれることはない。
ただただ「切れる刀が欲しい」というだけの人には作らない。よく切れる刀
などは他にもいくらでもある。他をあたればいい。
「康宏でなくば」という人の為に小林康宏は刀を打つ。
それは一種の精神的な婚姻の関係に似ている。一口の刀を通して、心の
盟友とならざるならば康宏作は所持できない。
従って、「金を払えば客だ」とか「刀を作らせてやってる」とか「うちの
流派指定刀にしてやる」等々の心根で接触してくる人たちはまるで論外で、
ご遠慮願っている。
また、数寄者のコレクション用の復元刀やレプリカ刀も作らない。

ともすれば、これまでの刀剣界は、注文主が無理な注文を鍛治職に押し
付けたり、或いは刀匠が注文主の意向を無視して一方的に自作をお仕着せ
にしたりする関係性が多かった。
私たちは、それを突き崩したかった。
そもそも、「契約」とは、双方の合意の上に成立する。どちらか一方の
一方的観念の押し付けで契約は成立しない。
私たちは、その「双方合意」という契約の精神の健全性を保全したかった
のである。
そして、刀工側からのお仕着せもなければ、注文主からの押し付けも介在
させないことを、実効力のあるシステムとして実体化させることを目指し、
それに成功した。
なので、「これまでの日本刀発注形態とは異なる新機軸」として展開でき
ているのである。
外容としては発注者参加型なので、注文と仕様書を出せばそれでおしまい
ということにはならない。注文者も仕様検討には時間を割いてもらい、
「刀工・スタッフと共に刀を作って行く」という共同作業としての作刀
活動に参加してもらっている。
相互意思疎通のレスポンスが要となる。


神田の郷土料理屋では、多いに語らい、親睦を深めようと思ったが、
直紀劇場全開で、先生が熱く語るのを我々は聴く夜となったのであった。
でも、刀の話はほとんせずに手相や他の文化論の話になってましたが、
先生(≧∇≦)


ただ、刀工康宏の歴史を振り返る段で、刀工銘「康宏」の由来も二代目
と付き合い始めて四半世紀経った今、あたしゃ初めて知った( ´ ▽ ` )
成る程なあ。漢字の意味って、深いね。







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女性刀工試験受験者

2016年06月06日 | 火と土と水、そして鋼

刀工試験受験者11名が連日どんどん不合格になって行く中で、
女性受験者が残っているという。
頑張って、刀工試験制度開始後初の女性刀工になってほしい。
受験資格を得るには文化庁登録刀工の下で5年間修業した後で
ないとならず、刀工の鍛冶場で実技修行なしの者は受験資格さえない。
机の上で勉強だけすれば刀工試験を受けられるという類のものでは
ない。
受験者の女性は、これまで最低でも5年は鍛冶仕事を頑張ってきた
のだろう。

私は心から応援したい。

カナヤゴさんは女性に嫉妬して鍛冶場に女性が入ることを嫌うというが、
そこは神さんも大目にみてほしい。
しかし、なぜ金屋子さんが女性を嫌うかというと、金屋子神は女性だから
ということらしい。
う~む。
でも、女性の嫉妬よりも、男の嫉妬の方が根深くて陰湿だよな(苦笑)。
そもそも、野郎の嫉妬なんてのは、みっともないの極みで、懐も浅く、性根が
ショート肝であることの証のように思える。嫉妬深い男に「いい男」はまず
いない。
野郎のしょーもない嫉妬に比べたら、金屋子さんの嫉妬は、もしかしたら
ごくごく可愛いものかもしれない。



日本の歴史上、記録に残っている女性刀工は、備中国荏原のこの大月げんさん
しか確認されていない。
備中国水田国重派の刀工であった。

私の紹介記事 → 史上初の女性刀工




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字体の違いと鏨(たがね)使いの違い

2016年06月03日 | 火と土と水、そして鋼

日本刀にしろ小刀や包丁などの一般刃物にしろ、作品に切る銘は
作者によって異なる。

左:江戸刃物師左久作師が「黒船小刀」に切ってくれた私の工銘
右:私の自身銘


全くタガネの手癖が違う。

ちなみに斬鉄剣作者の二代目小林康宏直紀師のペン書きの
直筆文字はこんな感じ。


刀の銘はこうなる。


「おれ、漫画文字になっちゃうんだよ」とは康宏本人の弁だが、
ほんとにマンガちっくな字体だ。マジックペンで書くとさらに
それが強調される。
というか偽銘切れなそう(^^;
そして、二代目康宏は「文字を読む」ことを非常に好み、ありと
あらゆる書籍を読みたがる。直紀師匠のベッドの周りは書籍が
山積みだ。
私の20年以上前の直紀師の印象も、東京下町の第二工房鍛人
(かぬち)に行くと、いつも直紀師は本を読んでいたという印象が
強い。めくり読みではなく熟読している。とにかく「文字」を読む。
さらに、漫画をとてもよく読む。戦中生まれだが、1960年代中期
に大学生だった世代らしく、当時の若者が層としてマンガ読み第一
世代だったように漫画を多く読む。『巨人の星』が連載中に大学生
だったし、『あしたのジョー』が連載開始された年に大学を卒業した。
今は『ゴルゴ13』が好きみたい(^0^)

偶然だが、私の居合の師匠と刀工康宏師の字はどことなく
似ている(^^)


ところがですよ!
刀屋うを新の文字は、直紀先生と剣弘先生とよく似てるの。
どちらかというと直紀先生にクリソツ(^^)
これは、うを新本人も「他人とは思えない」と言ってる(笑)。

おいらは、字体は数種類の字体を書き分けるが、筆で書くと
こんな感じ。書道は小学校と中1の授業以外でやったことない
から完全な自己流どす。一見すらすら書いているようにも見え
ないこともないが、てんで基本がなってない。


 
私は日本語の文字はアルファベットやハングルのようなただの
意思伝達手段の記号ではなく「字は絵である」と思っているから、
文字はすべて自己流だが字を書くこと自体は嫌いではない。
絵を描くことは好きだからだ。


銘については、うを新は丸津田などは「やりすぎ」とのことで
あまり好きではないらしい。


でも、おいらはこの丸津田独特のタッチは大好きだけどね。
文字がアートしてるし、タガネも自由自在に走っている。
この人、たぶん筆で円相を書いても、手塚治虫先生のように
真円が描けるのではないかと思う。
あたしは、後期助広のこの銘はのびのびとして良い銘だと思う
けどなぁ。

それでも、私個人の指標としては、やはりこの人の銘となる。
(正真虎徹)




字体といい、タガネ運びといい、最高!!
これまた、贋作が作られるのが多い人だが、この銘のタッチ
だけは、なかなか真似できない。
唯一、歴史上、鍛冶平直光は本物と見間違うほどの銘を切った。
それでも識者には見破られてしまう。





こちらから拝借しました → こちら

でもね、偽銘というのは、いつの時代もどこにでも存在した。
現に、現代においても(笑)。

左が正真の左久作三代目池上氏直筆。右が私の筆によるもの。
左師匠、「本人もびっくりした」とおっしゃるほどの出来です(^0^)v
落款まで芋判で作ってかすれ具合まで写そうかと思ったのですが、
さすがにそれはやりすぎでしょかと思いまして、やめときました。

私がもし刀を作れたとしたら、そして写しではなくギブツを作ると
したら(作ったらいけないけど)、鍛冶平直光の本人作のギブツを
作ってやりたい。鍛冶平が作った偽物の写しではなく、直光本人の
直光銘の作を上も下も銘もソックリに写しきって。
そして、土に眠る鍛冶平に対して言ってやりたい。「どうだ?」と。
「洒落が利いてるだろ?」と。


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うちでの小鎚

2016年06月02日 | 火と土と水、そして鋼



銘切り用にと思ったけど、銘切りにはちょっと軽すぎたか。280グラム。

こういうことに使うとするか(笑


早速、きつく柄に入り込んでいる左久作製ヒラマチを抜くのに使用。
をひ!おいら製のしっぱたき道具、とても使いやすいぞ!(笑
白樫もキーンキーンと良い音がする。


うを新がさぁ、しのごのうるえーから、このトンカチでしっぱたいてやったよ。
したっけ、うを新の指折れちゃった。

嘘(^-^)
日曜日にソフトボールやってて、ボールをグローブでなくパッと右手で
捕球したらこうなったのだそうです。お気の毒。
なんかイテーなーと思ってて、昨夜の稽古の時に道場仲間の医師が
診たら、「すぐに病院に
行け!」となったのだそうだ。
そしたらシビが入ってたってさ~。しょうがねぇなぁ(^^;
骨のヒビてのはですね、あれは厳密には骨折なんす。
俺も大昔に頭蓋骨にヒビ入ってから、どうも脳の調子が悪いよ(笑
困っちゃうのが両手の小指ね。居合の帯刀姿勢で立っている時によく
「手の小指を伸ばせ」と指摘されるのだけど、俺の両小指、両方とも
骨折で曲がったままなのよ。もう直んないのだから、指まっつぐにしろ
と言われてもできねぇ相談だ(笑

左久作製ヒラマチ、うを新スペシャル完成。研ぎ「御研處 早月(さつき)堂」←おれ。


あたしが研ぐとこんな感じになる。


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ハンマー焼き入れ

2016年05月22日 | 火と土と水、そして鋼

ハンマー焼き入れ


おもしろ~い(^0^)

数メートルある長大な日本刀はどうやって焼き入れしたのか、
という謎があるが、川のほとりで焼いて冷却したとか沼や池で
冷却したとか言われている。
流水での焼き入れというのは、なかなか面白い。
一般的な舟に入れる時も、冶金的には撹拌は焼き入れの効果
が高まるが、流水の場合、まんべんなく冷却されないだろうから、
どうなるのだろうとは思うが。

ただ、道具を投げるのは非常によくない。
これは鍛冶仕事だけではないと思う。
スパナやレンチを投げ置いたりしたら、レーシングチームでは監督か
チーフメカニックかサブチーフの先輩に確実に
しっぱたかれる。
現に高校1年の時の私がそうだった。若造の私は一発で目が覚めた。
使い終わった工具は、丁寧にルーセンを吹きかけて丹念に磨き
上げて静かに仕舞った。作業中も置く時は素早くともそっと置いた。
こういうのは、居合で「素早く柄に手をかける」ということが、乱雑では
なく、迅速だが静かに手をかける、という武術的要素であることとも
繋がっている。
「静かに」柄に手をかけることを英語で表現する時は gently という。
意味は深い。


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鏨(タガネ)と戯れる

2016年05月20日 | 火と土と水、そして鋼



会社の現場に折れたドリルがあったので、それを貰って、ちょ~
適当にサンダーでチャッチャと削った物で
銘切りしてみた。
ドリルを削っている時、「なんだよ、この細長いしょぼい火花は」
とか思っていたが、考えたらタングステンを含んだハイス鋼
なのだから当たり前だ。物理的な現象、嘘つかぬぁ~い。


てんでまともに刃先を仕上げてないのに、結構使える(笑
しかも、押え手(女房)がいないので、地面に鉄板置いて
しゃがんで左手でタガネと鉄板を押えながら切っただよな。

康の字の最初の二角ですね。隷書体。


でも、銘切り台に置いて息の合った押え手がいないと切れたもんじゃない(^^;
ま、大人の火遊びの余興ということで。



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鎌研ぎ

2016年05月16日 | 火と土と水、そして鋼













荒砥で押しただけだがよく判る。
匂い口締まる。
冴えている。
鋼が青い。
日本刀研磨師田村慧氏が言う「ゴム板の上で研いでいるような」という
康宏独特の感覚が荒砥の段階でもよく判る。
砥石に粘りつくような不思議な研ぎ味だ。面白い。


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