渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

ハンマー焼き入れ

2016年05月22日 | 火と土と水、そして鋼

ハンマー焼き入れ


おもしろ〜い(^0^)

数メートルある長大な日本刀はどうやって焼き入れしたのか、
という謎があるが、川のほとりで焼いて冷却したとか沼や池で
冷却したとか言われている。
流水での焼き入れというのは、なかなか面白い。
一般的な舟に入れる時も、冶金的には撹拌は焼き入れの効果
が高まるが、流水の場合、まんべんなく冷却されないだろうから、
どうなるのだろうとは思うが。

ただ、道具を投げるのは非常によくない。
これは鍛冶仕事だけではないと思う。
スパナやレンチを投げ置いたりしたら、レーシングチームでは監督か
チーフメカニックかサブチーフの先輩に確実に
しっぱたかれる。
現に高校1年の時の私がそうだった。若造の私は一発で目が覚めた。
使い終わった工具は、丁寧にルーセンを吹きかけて丹念に磨き
上げて静かに仕舞った。作業中も置く時は素早くともそっと置いた。
こういうのは、居合で「素早く柄に手をかける」ということが、乱雑では
なく、迅速だが静かに手をかける、という武術的要素であることとも
繋がっている。
「静かに」柄に手をかけることを英語で表現する時は gently という。
意味は深い。


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鏨(タガネ)と戯れる

2016年05月20日 | 火と土と水、そして鋼



会社の現場に折れたドリルがあったので、それを貰って、ちょ〜
適当にサンダーでチャッチャと削った物で
銘切りしてみた。
ドリルを削っている時、「なんだよ、この細長いしょぼい火花は」
とか思っていたが、考えたらタングステンを含んだハイス鋼
なのだから当たり前だ。物理的な現象、嘘つかぬぁ〜い。


てんでまともに刃先を仕上げてないのに、結構使える(笑
しかも、押え手(女房)がいないので、地面に鉄板置いて
しゃがんで左手でタガネと鉄板を押えながら切っただよな。

康の字の最初の二角ですね。隷書体。


でも、銘切り台に置いて息の合った押え手がいないと切れたもんじゃない(^^;
ま、大人の火遊びの余興ということで。



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鎌研ぎ

2016年05月16日 | 火と土と水、そして鋼













荒砥で押しただけだがよく判る。
匂い口締まる。
冴えている。
鋼が青い。
日本刀研磨師田村慧氏が言う「ゴム板の上で研いでいるような」という
康宏独特の感覚が荒砥の段階でもよく判る。
砥石に粘りつくような不思議な研ぎ味だ。面白い。


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斬鉄剣作者の戦闘鎌

2016年05月14日 | 火と土と水、そして鋼



刀工小林康宏作の鎌の赤錆をクレンザーで落とし、切先にダイヤモンド鑢
をかけて先端のみを微妙に刃引きした。
充分に戦闘力はある。

脳天に食らったら死ぬね、これは。軽く振ってこうだもの。


外之物(とのもの)の武器って怖いね。
これは各警察に刀工が登録必要かと何度も確認して、あくまでも問い合わせ
の警察の判断では「鎌なので登録必要なし」となった刃物です。刀剣類には
該当せず。
但し、正当な理由なく持ち歩いたら軽犯罪法違反になります。
稲刈りにでも使うだな(どこでよ)。

柄を自作しようっと(^.^)
鎖鎌用の鎌だよね、これ。
私は刀以外はよく知らないのですが。

切先はもっときちんと整形したい。


斬鉄剣のナカゴって錆びるとこんな感じなのかあ。
幕末の刀みたい。


わが師の造りし斬鉄剣。ちと硬うござる。
む。刃が見えた。焼き詰めかあ。


ただ、康宏伝独特の不思議な研ぎ味なり。
最初硬いかと思った研ぎ味が、進むにつれどんどん吸い付くような味になる。
鑢がけの時に削り粉が異様に細かいパウダーになることが影響しているか。


まだセンがけの目が消えてないが、焼き刃は明瞭に見えてきた。
刃引いた部分にも刃を付けていく。思うところあり、ごくわずかフクラ
のようにRを付けた。


刃が見える角度から。(照明なし天然光)
ぐはあ。鉄が青い!ザッツ斬鉄剣。正真二代目康宏作。

反対側。蛍光灯の下。ここだけ見ると逆刃刀のようだ(笑

何を勘違いしたのか、最近康宏のところに「逆刃刀」を作ってくれないか
という問い合わせが人を介してあったという。断ったそうだ。
それはそうだろう。
今、刀剣ブームとかでファンタジー剣が流行しているが、前衛芸術とか
ならともかく、歴史上存在しなかった日本刀を刀鍛冶は作ったりはしない。
ただし、あくまでも前衛芸術と江戸期技法との合体の試みや「鍛冶仕事」
として日本刀ではないほかの物を作ることはあるだろう。
だがそれは「外(ほか)の物」であり、日本刀ではない。
逆刃刀は仮に作ったとしても登録が取れないのではなかろうか。審査基準
は各地方自治体の裁量なので確かなことは言えないが。

それと、刀鍛冶でなくとも、棒手裏剣を作ろうとしている人はご注意願いたい。
薄物にして両刃にしたら、「ダガー」とみなされて銃刀法に違反する可能性
が高いからだ。槍のような肉厚物ならともかく、ノミ程度の厚みの物で両刃
の棒手裏剣を製作したら、所持さえ禁止されている法規制に抵触するかも
しれない。「これは手裏剣です」と言い張っても通らない。判断は警察が
成すことになっている。
実際に、海外のサーカスなどで使われているスローイングナイフなどは
全面的に禁止となっている。

鎖鎌の演武。

kusari Gama Demo


演武するは水鴎流の第十五代宗家勝瀬善光景弘先生である。
本物の士族が使う鎖鎌というのも、一種違和感を覚えるが、外の物
というよりも、隠し武器のような位置づけなのだろうか。
いずれにしても、飛び道具と刃物を合体させたロングディスタンスからの
武器なのだろう。TV企画で「鎖鎌最弱」などとの色物企画が以前放送
されたが、ああいう企画ものではなく、その道の練達の士に自在に鎖を
操られたら・・・。
直線的な動きだけでなく、曲線もフライロッドのアクションのように自在に
変化させられるとしたら・・・。さて、どう防ぐか。分銅が脳天に中ったり
したら昏倒のみならず死亡しかねないし、腕などにバシリと決められたら
太刀を落としてしまうのではないか。
太刀の間合いのすぐ外の至近距離から手裏剣を打たれたらまず外す
ことができないように、間合いの外からの攻撃には太刀持つ者は弱い。
水鴎流では、第九代の福原景利が正木流万力鎖術より編み出した
正木流鎖鎌術を十六本併伝しているという。
これは鎖鎌の業を研究することにより、主武器としての選択ではなく、
防御まで含めての武闘研究の一環だったのではなかろうか。
新陰流が二刀を、二天一流が他流を深く研究したように。
自流のみ最強だなどと吹聴できるのは武具を使った戦闘が実際に存在
しない現代だけであり、命を落とすことが日常だった武芸者が生きた時代に
あっては、自流のみ最強との自惚れはすぐに死に直結したことだろう。
だからこそ、武芸十八般にわたり武士は武技を身に着けようとしたのだし、
現代のように俺様大将を決め込むお花畑では命がいくらあっても足りな
かったことだろう。
でも、いつの時代も共通する不朽性というものはあったように思える。
つまり、他流を小馬鹿にしている者は総じて弱い。弱い故に虚勢を張る。

一般的な日本の伝統武器の鎖鎌は鎌の身が短い物が多いようだ。




二代目小林康宏の鎌は、西洋の死神の鎌のように身が長い。
まるで古代武器の鉄戈(てっか)みたいだ。少し長めの柄を着けて、
長柄鎌として短寸棒術と併用したら有効な武器になりそうだ。
平棟が作られてはいるが、これ、もしかして背にも薄く焼きが入ってる?
砥当たりもそうだし、肉眼でも鋼の変態が見られるのだけど。



それを考えると、なぜ鉄戈のような両刃の戦闘鎌のような武器は
戦国期に発明されなかったのだろうと思う。こんな感じの↓

まあ、こうした古代鉄戈のような物は、実際には鎌槍あるいは十文字槍
として新発明されたようだが。
源平時代には槍は廃れていたが、その後集団戦で有効な武器である
ことが見直され、戦国期には多くの槍が登場して江戸期幕末まで受け
継がれたようだ。槍は武士の表武器となり「槍とる者」と呼ばれた。
「太刀とる者」という言い回しは存在しない。

実に多種多様な槍がある。
これは太刀・刀の形状が平安時代からまったく変化していないのに
対し、如何に実用武器として工夫されつくしてきたかが窺い知れる。
逆を返すと、太刀・刀はイクサにおける主力武器ではなかったことが
読み取れる。
但し、太刀・刀も時代と共に寸法やシルエットが変化しているので、時代
なりの戦法に合わせて護身武器として変遷してきたことも推察できる。
ただ、太刀・刀は槍のように形状そのものが変化に富むことはなかった。
槍は短刀を長柄の先に接合させた菊池槍が嚆矢とされているが、
やや疑問がある。やはり、古代の矛から発展してきた武器と考える
のが順当ではなかろうか。
残念ながら、古伝の技法で現在十文字槍を作れる刀工は存在しない。
刀鍛冶で本歌十文字槍を作れた最後の人は熊本八代の谷川盛吉刀工
(物故)の師匠である金剛兵衛盛高靖博だった。
日本に十文字槍の製法が途絶えて久しい。製法は完全に昭和の時代に
失伝した。現在、文化庁認可の刀工は約300名いるが、誰一人として
古式十文字槍の製法を伝授されて武家時代と同じ技法で十文字槍を
作れる人物はいないというのが現実だ。(独自工夫によっては作れる人は
いるかも知れない)
なぜ十文字槍を作れる人がいなくなったのか。
理由は単純明白。需要が無くなったからだ。もうすぐ、素槍さえも誰も
作れなくなることだろう。
個人的感慨としては、アニメコラボのファンタジー刀剣など作る以前に、
十文字槍やなぎなたや長巻などを作る技術を培ったほうが良いように
思える。武芸十八般ならぬ刀鍛冶十八般のように、「私は武家時代の
すべての刀剣が作れる」という技術的な土台を養ったほうがいいように
思える。コンクール用の太刀・わきざし・刀・短刀だけを作れて「刀鍛冶
です」というのも、いささか寂しいものがある。
最近、大太刀を作る試みが幾人かの刀工で試みられているが、そうした
実在日本刀の製法に迫る研究やトライは私個人は大いに賛同したい。
実在しなかった妙なベベ着せられるためのファンタジー刀や、畳表斬り
特化の青竜刀のような非現実的幅広刀身などを作って「刀鍛冶の刀です」
というのは、いささか、いや、かなり道を外れすぎてはいないだろうか。
刀鍛冶は刀剣製作で勝負すべきだと私は思う。
鮨職人が人気取りやブームに合わせて店の品書きにラーメンを置いたら
鮨屋はおしまいである。それは鮨を握る職人ではなくなるからだ。
刀鍛冶も然りだろう。

話はずれるが、十文字槍なんて、よくこんなエゲツナイ物を考えたよなぁ・・・。
形見ただけで、これは恐怖だわ。これを自由自在に扱える壮士と対峙した
としたら、考えただけで身の毛がよだつ。
こうした武器は鎧通しと同じで、生まれた目的はただ一つしかない。
なぎなた、ながまき、槍、鎧通しは、護身の領域までをカバーする太刀・刀
とは大きく位相が異なる、「殺」のみに目的が純化特化された正真正銘の
武器だ(った)。

(素槍。小林康宏作。柄は時代本歌の合わせ)

小林康宏は、刀剣の製作において沸かし、鍛練、焼き入れ用の3種類
の炉を使う。太刀・刀の焼き入れの舟も独自の物だ。
槍については、一般刀工と同じように筒状の物に冷却水(湯)を張り
真下に真っ直ぐ突っ込んで冷却させる。槍の焼き入れには今泉刀匠と
同じく田楽炉を使用する。


実際に現存している江戸期の武器としての鎖鎌の鎌は、農業用の
鎌の転用ではなく、鳶口などの火消し道具から発達した様式のよう
にも思える。この火消し道具は、武器としても相当使えるのではなか
ろうか。鳶口は、古い水軍海上戦では舟寄せの道具兼武器としても
使用されていた。当然のように柄尻に鉄金具がはめられている。
これで家屋をぶっ叩いたりするためだが、これはすぐに武器としての
転用もできる。鎖鎌の尖った石突もそうだが、こんな部位で直撃の突き
をくらったら頭蓋骨は陥没、脳挫傷してしまうことだろう。即死技に使う
部位と読んで間違いないのではないか。


一度、刀の時代金具本歌でとんでもないエグい物を見たことがある。
それは鉄ごしらえの柄の柄頭の先に小さい鋭利な斧の形をした突起が
あったのだ。それで柄当てを眉間にもろにくらったら、めり込んで死んで
しまうことだろう。
いやはや、武具というのは、「殺」が目的であるので、実に恐ろしいもの
である。
その主目的完遂のために最大特化された物が「銃」だ。
銃は発明されてから数百年後のこんにちにおいても万国で主力武器と
なっている。たぶん、小型レーザー銃かライトセーバーのようなレーザー剣
か、あるいはハーロックのレーザー銃併用レーザー刀剣のような武器が
実用化されるまでは、火薬と弾丸を使用した「原始的」である銃が人類の
武器の主力を維持するのではなかろうか。

鎖術と共に鎖鎌術のこういう稽古も武士のいた時代には行なわれていたの
でしょうね。なんか知らんけど眼鏡かけてるけど(笑


かわいい♪(^0^)
ちびっこの女の子の武芸って、なんだかかわいいぞ。


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澄んだ瞳 〜刀鍛冶〜

2016年05月12日 | 火と土と水、そして鋼

陸上自衛隊静岡地方協力本部のウェブサイトから。(←クリックで外部リンクへ)




この人・・・。
瞳が澄んでる。

丁度昨夜、親友の若き陸自尉官から電話があり、新規製作の
康宏作注文刀の
ことや剣術について話をしていた。
澄んだ心の持ち主と交わす会話は心地よく、そして楽しい。
「思邪無(おもいによこしまなし)」。虎徹興里が銘に切ったその
心は、刀工であろうとなかろうと、人はそうした澄み切った心に
なれるのかなれないのか。
これは大きなことだと私は思う。

人は死んでも刀は残る。
100年後に残された刀を観て、人は何を感じるだろう。
そこだと思う。
心の在りかというのは、作に現れるのではなかろうか。

透き通るように澄んだ静寂なる魂。それを持つ者。
私はそれをこのほんのわずかなウェブサイトの画像に感じ取った。
涼しい風がそっと優しく心にそよぐ。
ただ、私が感じたことをふと書きたくなった。
なんだか、丁度昨夜対話していた友人を思い浮かべてしまったよ。
呼吸するときに吸う空気が直紀先生とも同じ空気であるように
少し感じる。


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斬鉄剣の鎌

2016年05月06日 | 火と土と水、そして鋼



斬鉄剣の鎌、カマ〜ン!
アンドロメダおまえだ!


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小粒

2016年05月06日 | 火と土と水、そして鋼



鹿のフンではない。
これは刀工康宏日本刀鍛練場にあった鉄バクテリアの塊だ。
鉄にして混ぜると面白いことになる。
このことは左久作師に教えてもらった。

7個だけ貰って来た。これは餅鉄と共に神棚に供える事にした。

餅鉄。ケパブのピタパンのようにもちもちっとしている(違


康宏鍛練場の材料置き場には古鉄のストックが沢山ある。
端材もすべて木箱に入れて取ってある。
藤安刀匠と町井勲氏から厚意で分けていただいた幕末〜明治の
良質鋼(「玉鋼」という呼称以前のたたら鋼)もあった。
玉鋼としては日刀保の島根たたらの新鋼も置いてある。
屋外には自家製鋼の炉が置いてある。
康宏鍛練場は徹底的に鉄と溶けあう場所なり。
お弟子さんは黙々と5時間ほど連続で炭切りをしていた。
ここは避暑地のレジャー施設ではない。
二代目康宏と出会って丁度四半世紀の年月が過ぎた。
この森はやはり良い空気に満ちている。

おいら、これを持って行って研ぎを師匠に見てもらった(笑


康宏師はこの研ぎOKとのこと。
そして、研ぎならば左久作師に見てもらわないとならない。

左久作師は刃物鍛冶としても作る作品が飛び抜けているが、とにかく
研ぎの領域が半端ない。突き抜けている。私が研ぎを始めて25年以上
が過ぎたが、左久作師との出会いはとても大きい。左師の理論に愕然と
なることもよくある。眼からウロコ100枚落ち〜みたいな。
いろいろ教えてもらい、核心的なコア部分に迫れるよう私は左久作師から
学んでいる。

でもって、私の研ぎのこの全鋼肥後守、滅法切れます。
集まったメンバーで森の小枝を切って遊びました。
ただ軽く振るだけで小枝がスッパスパ。
それと、「刃を使って切る法」と「刀法を使って切る法」の違いを集まった
人に少々説明した。

刃引き真剣でも「刀法」を使えば竹を切れることも建物の裏でうを新に披露
した。また、模擬刀でも細い樹を一太刀で切れることも。
小手先の切りつけだと刃がないと切れないことも。
刃がついている刃物の利鈍は「刃味」を感知しながら切ることができ、
刃がない物は「刀法」で切ることができる。(別次元の事柄)
単に「切れ味」という一言では説明しきれない、別ジャンルの混合が
「切れ味」の世界にはある。
紙を重ねてスライスさせて切れ味テストをする機械試験器は、あれは
刃先の「刃」だけの切断力や耐性を計測しているだけで、人間がその
刃物を使って「切る」という行為の結果数値には直結しない。
だが、ここを取り違えている人は多い。
ただ切断するだけならば、刃引き刀で畳表でも竹でも切断できる。それは
刀法という術が使える腕で切っているからだ。
しかし、「どのようにどう切るか」という領域に入ると刃付けがなければならず、
刃付けの中身などは当然に変わってくる。カミソリ刃で鉄は切れないし、また
鈍角な刃引きで紙は切れないし、鉋のように木も削れない。
さらに、日本刀の場合、刃先で切るのではなく刀法を使うと、それらが錯綜
する。逆に言うと、刀を知悉することで、選択する刀法と武技が活きてくる。
「なにがどうなっていてどうするとどうなるのか」ということについて、経験を
経て知見を得ることが「切れ物」について正しく洞察できることだと私は考え
ている。
体験から経験へ。
体験は物理的な体験であり、それが知見を伴うことで経験へと昇華する。
技術というものはそういうものではなかろうかと私は思う。


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曲がり歪み直し用金床(かなじき)

2016年05月05日 | 火と土と水、そして鋼



銅ハンマーでコツコツ叩いて焼き入れ後の曲りと歪みを取るのよね。
焼き戻しをしていない刀身にやったらパキンとなるので、それはしない。
これ使わせてもらった。
歪みと曲りがあった小物の修正をした。
包丁のような薄いものだと金床だけでもよいが、指し渡しがある金床で
ないと厚めの物の補正はできない。


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刀工康宏日本刀鍛練場 二日目

2016年05月05日 | 火と土と水、そして鋼



私は5時に目覚めるが、しばし6時過ぎまで惰眠を貪る。
起床後は朝日を見て脳をリセット。外で体をほぐす体操をする。
水洗トイレがウォシュレットになってたぁ〜。あー気持ちいい
( ´ ▽ ` )ノ
























刀工の伝系。(『栗原彦三郎全記録』より)


ここには未記載だが、二代目康宏は金子友秀にも師事している。


登り窯遺跡(^-^)


エアハンマー2機。ベルトハンマー1機。




朝、再び母屋の座敷で来国光を観た。
眼福の至り。

走行距離往復1,300km。これより帰還す。


山よ。またね。







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康宏日本刀鍛錬場に

2016年05月04日 | 火と土と水、そして鋼



もうすぐ。





他メンバーとの待ち合わせ場所に早く着きすぎた。
10時に待ち合わせだが8時過ぎに到着してしまった。


直紀先生に電話したら「うちきてお茶でも飲んでなさいよ」てなことで
長い坂を登って鍛練場に向かう。
ドリフトコーナーをギュイーンと・・・ドリフトせずに安全運転で、ほどなく
到着した。あたしは助手席で、ほげほげほ〜としていた。







御神酒の銘柄は玉鋼












母屋の座敷で重要目前の来国光を観た。
眼福至極に御座る。
本当は5時間くらい観ていたいけど、今回同行した日刀保登録審査員の
方がお持ちになった御刀なので、遠慮して数分だけ。

こちらは国宝の来国光。






 

 

 


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たたら

2016年05月02日 | 火と土と水、そして鋼



たたら製鉄とたたら吹きの違いが解らず混同している人が多い。
それは今の日本の大型たたら吹きを「たたら製鉄」などと表現
してしまっていることによるものと思われる。
しかし、どちらも鉄を吹くことには変わりはない。
この画像のような小たたらによるたたら製鉄は、実際のところ
やってみたいという気持ちは私自身は強い。
鉄自体は案外簡単に作れる。赤土を焙焼して炉に入れて送風
して還元により酸素をひっぺがせば鉄自体はすぐに発生する。
だが、「使える鉄」を作り出すのは難しい。

ただ鉄を作っても、鉄製品にまとめられないと鉄を作る意味が
100%ない。問題はそこ。鉄器もしくは利器になる鉄を吹かないと
意味が
ない。
いくら「古代製鉄再現」と称しても、狙った時代の鉄の解明やその
時代背景とリンクした鉄を産まなければ意味がないのだ。私的な
「ただ鉄を作ってみたい」というところで産鉄作業をいくらやっても、
それはただ箸で皿を適当に叩いて「あ〜楽しい」ということと変わり
ないのである。それは音楽ではない。ちゃんちきおけさになって初めて
音楽足り得るのだ。
古代製鉄復元もしくは再現のためには、その再現しようとする時代が
いつの時代で、その時代には鉄がどのような目的で作られていた
のか、人々にどのように使われていたのかまでを含めて製鉄作業に
あたらないと、まったく産鉄の目的が外れてしまうのである。
現代人のごく個人的な自己満足のために産鉄を試みても、それは
単なる個人的な自慰行為にしかすぎず、学術的立脚点に立つものとは
到底いえない。
そこなのだ。
「産鉄のために産鉄をする」というタメにする行為が愚行であることは
論を俟たない。


自家製鉄では特に刃物用の鋼にするには、狙った炭素量を得る
ことが大切だ。

銑鉄にしてから脱炭で卸して鋼にするのか、低炭素鉄を吸炭で
卸して鋼にするのか。

いずれの場合も必要炭素量の鋼に卸す卸鉄(おろしがね)という
二次加工を必要に応じて導入することも射程に入れていては、
生産性の問題が生じる。
特に古代製鉄の解明は、ただ鉄が作れることだけでなく、生産性
や再現時代(古代といってもとてつもない幅がある。目標年代に
よって製鉄方法は異なる)の時代的背景までを見越しての製鉄行動
の復元が必要だと思量する。

よく「古代製鉄再現」として各地で自家製鉄が再現されているが、
古代といっても、縄文なのか弥生なのか飛鳥奈良なのか平安初期
なのか平安末期なのかで全く様相が違う筈であるのに、一様に
「古代製鉄」で日本人は括ってしまっている。
私にはとても乱暴な論のように思える。
一般的には古代とは奈良平安を指すが、広義には前史時代も含める
ので、「古代」の大枠で表現するのでなく、「〜時代の製鉄再現」と
するのが正しいとは思われるが、要するに学術的にも日本の製鉄の
歴史についてはよく何も解っていないので「古代」で一括りにしているの
だろう。
(公的な教科書に載るような日本の歴史教育の中での国内製鉄の歴史
は「6世紀から」とされているが、実質は紀元前の縄文末期からソブに
よる製鉄が日本列島では行なわれていたと私は確信している。しかも
これはかなり後の時代=古墳時代まで継続した製鉄方法だったと読ん
でいる。
国内製鉄が巨大コンビナート化したのは5世紀の広島県内の遺跡に
みられ、強大な権力機構の完備と連動していたことが読み取れる。
なお、紀元後1世紀に太陽信仰を持つ和邇族(和珥、和仁、王仁、丸。
後の春日氏、小野氏)が渡来して日本に製鉄技術をもたらしたという
伝承については、考古学的には証明されていない。ワニとは古代朝鮮
語で剣あるいは鉄のことを意味する。因幡の白兎伝説でのワニとは
日本へ古い時代に移住した先行的来住産鉄民族ワニ族のことであろう。
鉄産出に関する質量比べが因幡白兎伝説の本義ではなかったか)

製鉄技術自体は大陸半島あるいは南方からの渡来の技術と思われる
が、日本の製鉄の特徴的なことは、「ある時期」から砂鉄を原料とする
効率の良い製鉄にシフトしていったことだ。
これは「王権」の権力掌握の歴史と密接に連動している。
こうしたことは遺跡の遷移をみれば読み解ける。

以下は「まがねふくきびのなかやま」の古代吉備国を中心とした製鉄遺跡
を示した図である。吉備は当初出雲支配下であったが後にヤマトに征服
されヤマト傘下になる。後にヤマトは出雲の支配力を簒奪するのであるが、
すべては製鉄技術をめぐる抗争であったことだろう。
この図を見ると、吉備地区と出雲地区ではあきらかに製鉄原料の新旧の
対比が見られる。砂鉄製鉄は古代における最先端技術であったことだろう。
その技術は国内統一を目指す中央王権にとっては必要不可欠なものだった。
鉄器の生産力向上は武器供給の面だけではなく、もっと大切な国造りの
根幹とも呼べる稲穂=農作物収穫の生産力アップによる増収に直結していた
からだ。日本を瑞穂の国と呼ぶのは、稲作生産力による国力を示すもので
あった。鉄と稲と王権、この三者は切っても切り離せない関係にあった。










古墳のそばには必ず製鉄遺跡あり。
上の画像は古代産鉄地域である備後国の遺跡変遷地図だが、こうした
古墳と近接する製鉄遺跡は全国各地に存在する。また全国各地にある
「金山」や「赤堀」などの地名も産鉄と関係があるだろう。
古代から中世にかけての産鉄地はその名残が地名に何かしら残されて
いる。例を挙ればきりがない。
そして、必ず、王権の人民支配の名残を継続させた中世ピラミッド式支配
構造の残滓が「地区」としてそこに残されている。これは織豊時代以降、
江戸期にさらに固定された。


たたらによる製鉄に関しては、最初の一次段階から良質(鋼の質として
良質なのではなく
刃物への適性という意味での良質)な鋼が採れたなら、
それにこした
ことはない。
日本の製鉄の原料は前史末期から概括すると、土→石→砂と変化してきた
ことだろう。現在の一般的製鉄の原料は石に戻っている。

ただ、江戸時代のある特定時期の不思議として、鋼よりも地鉄(包丁鉄
などの低炭素鋼の軟鉄)のほうが市場金額が高かったというのは、一体
どういうことが現象の背景にあったのか。
原油価格の変動と似たようなものだったのだろうか。よくわからない。


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研ぎ

2016年04月28日 | 火と土と水、そして鋼



20年ぶりに自作刀を研ぐ。これも斬鉄剣だよ。沸かし、鍛練、火造り、
焼き入れ、焼き戻し、研ぎ、康清製。共に生きたし安き世に、ってね。
茎などはまだ仕掛かり品の無銘の小刀だが、上は仕上げ
まで研いで
いた。恐ろしく切れる。
薄錆が出ている部分があったので、研磨することにした。
なかごの鑢仕立ては完全にしていなかった。軽く切りに突いてただけ。


化粧を落として鳴滝でうんと引いたら刃文が見えなくなっちゃった(^^;


困ったことに、手持ちの内曇とは相性が悪い。う〜む。ひとひねり必要だ。
タツに突くところから地道にやるか。


ん?光の加減でなんとなく焼き刃は判るか(笑
まあ、下地まで下ろすので刃文は見えなくなってもいいのだけど。
差し込み以外はどうせ白く描くのだから(苦笑



ぐげ。棟にまで錆出てるや・・・。完璧に仕上げようっと。


でも、本日はここまで。
今の時期すげーね。汗びっしょりだわさ。
もう少し暑い時期になるとエアコン入れるからそうでもないのだけど、
今の季節は室内はエアコン入れてないので、根詰めると汗だくだす。
車で走っていてもね、日中はエアコンばんばんで、深夜や明け方は、
「さっぶ」という感じで暖房入れてたりするよ(笑
扇風機でさえありがたかった時代が懐かしい。
でも、日本刀にとっては、空調の利いた室内というのは保管環境と
してはいいよね。湿気が除去できるから。


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斬鉄剣の大小刀

2016年04月19日 | 火と土と水、そして鋼



これを完成させたいという気持ちがある。共柄大小刀(おおこがなた)。
鍛えて今年で21年!(◎。◎)
なまして常温でオーステナイトが安定する状態にしているとはいえ・・・。
完全火造りではなく下地段階だ。沸かしは康宏、鍛え康清。折り返し鍛錬
は4回。

焼き豆腐


材料(康宏鋼)


おいらのこれ使うかよ。造りかけとは別に焼き豆腐造りのために。
つか、俺も卸し鉄やりたい。それはブロアーだな。

別なやつは昨年鉄煎餅にはしたけどね。
にしても、かってーハガネ(笑
硬いというか粘りすぎる。粘ってるくせに全然伸びないし。変なの。
これは先手が要った。先手一名の一丁がけね。


あたし製。



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鋼の命

2016年03月28日 | 火と土と水、そして鋼






地元の友人からの依頼で全鋼の肥後守を笹葉形に整形し、箱出し時のグラインダー
の砥石目を荒砥石で消している段階で面白いものが現れて来た。

この肥後守は全鋼である。
だが、明了に焼刃が構成されている。
肥後守の焼き入れには焼刃土を全面に塗って焼き入れを行うが、この個体は
おそらく日本刀のように刃側から先に冷却液に投入したのではなかろうか。
鋼の変態(パッと変わる急激な変化なので変化ではなく変態と呼ぶ)は、大別すると
二つある。
最初の変態は、ある温度まで加熱すると鋼内部の原子配列と立方格子が変化
するオーステナイト変態であり、これは726℃で面心立方晶を形成し、磁力が
一次的に消滅する。これをA1変態と呼ぶ。
A1変態温度以上に加熱保持したオーステナイトは、急冷すると原子が拡散を
伴わずに移動して体心立方格子を形成する。体積は増加し硬度は上がる。
これがマルテンサイト変態で、炭素鋼の場合、特定温度でマルテンサイト
変態が開始する。
マルテンサイト変態は、開始のMs点と終了のMf点の2点があり、マルテンサイト
変態の温度は固定的なA1変態=A1より上の変態は変態時間と炭素量に依存
する=とは異なり、冷却速度に依拠する。
理想的な焼き入れ冷却は、最初早く、あとはゆっくりというものだが、単一
冷却液の場合は液温管理に困難が伴う。冷却液の量によっては液体温度が
灼熱体の投入により上昇することで相対的に理想的な焼き入れ状態が発生する
こともある。
だが、実質は液量と冷却温度との相関関係の把握によりマルテンサイト変態
を厳密に操ることを定数化するのは、2ストロークエンジンの副燃焼室である
チャンバーの排気効率の数値化が不可能であるように実効性においては極めて
困難であり、経験と勘により「より理想的な焼き入れ」を熱処理にあたる鍛治
職が実行しているのが実情である。

焼き入れの冷却液の温度は、炭素鋼を真水で冷却する場合には約30℃以上の水
(湯)では焼きが入らない事が科学的に確認されているが、塩のような促進剤を
混ぜたり、液中の含有物質によっても焼き入れ性の適温は変化する。
昔の刀鍛冶などが湯温と内容物にこだわるのは、焼き入れ性の確保のためで
ある。
残留を不完全除去の脆弱状態に置くと、見た目の「冴え」がでたように目視
できるので、刃物にとって理想的な「最初早く、次にゆっくりと」という
冷却を無視して、「最初から高温加熱→低い温度で急冷→さらに焼き戻しに
よる残留エフェクトと残留オーステナイトの除去工程を省略」という現代刀
作家も多くいる。
そうした工程は、すべては見た目のためだけに行使される処理方法で、これらは
歴史の中で鍛治が培ってきた伝統的で適性な刃物の熱処理ではない。
現代作家が目指して作っている物は日本刀とは別物なのだ。
鋼の焼き入れ変態表現物が大多数の現代「刀」であり、刃物としての適性は
一切考慮されていない。
だから、現代美術「刀剣」での試斬などは、美術品ゆえもってのほかという
ことではなく、製造工程に実用的見地が一切不存在であるので、使用が危険
なために物を斬ったりはしないことが適切なのである。
これはごく当たり前のことで、現代作家には罪はない。
現代作家は鋼の身をキャンバスと見たてて造形物を製作する作家であるので、
日本刀の質性をその芸術作品に求めるのは筋違いであるし、酷というものだ。
展示用の模型飛行機で空は飛べない。
それは誰でも理解できる当たり前のことなのである。

刃物は硬いだけでは実用性が低いので、粘りを出すために、必ず熱処理の
工程では鋼は再加熱させ、耐腐食性が高くて針状になった硬いαマルテンサイト
からやや腐食しやすいβマルテンサイトである焼き戻しマルテンサイトにして
やる。(立方格子は変化しない)
これによりマルテンサイトそのものの組織変化を惹起させ、靭性を増す。
これを「焼き戻し」と呼び、日本刀の世界では焼き戻しをすることを「間(あい)を
取る」と呼ぶ。
(他にも熱処理には需要な焼きなましの「調質」やサブゼロ処理等の残留不完全
変態オーステナイト部分除去の処理があるが、ここでは割愛する)

だから、日本刀などの場合は、カマ鍛治や包丁鍛治に残ってる粘りを出す伝統
技法のように素早く二度冷却をすれば映りという漸次的段階層を現出させる
ことができる。
この刃物鍛治の技法は刀鍛冶の世界では失伝していたが、昭和40年代にすでに
東京の吉原兄弟が映りを出すことに成功し、また八鍬靖武の子息の八鍬武蔵
も二度焼き入れを実行して玉鋼を原料とする日本刀で映りを再現していた。
従って、ごく最近、「戦後、玉鋼で初めて映りを出すことに成功した」などと
触れ回って自己宣伝している刀鍛冶がいるが、大嘘も大嘘、歴史事実を無視
した天下の大捏造なのだといえる。

日本刀も一般炭素鋼も土を塗って焼き入れと冷却を行なうが、これは冷却液
が毛細管現象で早く行き渡って素早く刃体の温度を下げさせるために塗る。
実際のところ、土を塗らずとも、いわゆる「ズブ焼き」でも立派な火炎状の
焼刃が入るのだが、それでは偶然性に頼りすぎるのと、熱した刀身で冷却液
を弾いてしまって焼き入れ性が低下するので、通常は土を塗って焼き入れの
際の焼刃範囲を制御下に置く。偶然性頼りではなく、毎回狙ったところを得な
ければ仕事にならないからだ。鍛治は職人であって占い師や祈祷師ではない。

この上の画像の肥後守にみられるような鋼の変態は、たとえ無垢鍛えであろう
とも、また無垢鍛えではなく一枚鋼材の鍛造打ち伸ばしであろうとも、熱変態
であるので現れる。
この変態は内部の深部まで達しているので、これを切断したら、綺麗な組織
領域がみられるはずだ。
私の実験に於いても、ある熱処理方法を行なったら、折り返し無垢鍛えの鋼
がまるで芯鉄組み合わせ構造のような状態を示したことがあった。
これは鍛えも特殊な方法だったので、一般的な工法としては敷衍して例として
語ることはできないが、焼き入れにより刀身深部まで変態が発生していることは
普遍的な冶金の常識として位置づけられるものだろう。

この肥後守(一枚鋼材)は全鋼であるのに焼き刃がある。
それはそうだろう。
日本刀の場合も、一枚ではなく折り返し無垢本鍛えであろうと、鋼で全体を
包む甲伏せ鍛えであろうとも、深部まで変態は生じている。
そして、変態ごとの「領域」が形成されている。

この肥後守の個体は、鋼について、私たちにあることを指し示してくれている。
たった700円ほどの廉価な刃物でも、そこには鋼に宿った魂がある。
要は、金額などという俗界の目先の事にとらわれず、真実を見抜くことができるか
できないかのことだけのことだ。
考える葦であるならば、人は路傍の石からでも真理を学べる。
特に、人が息吹を吹き込んだ火と土と水と鉄から産まれた刃物というものを
見る場合、俗物が定めた商業取引金額の多寡などは何の意味も持たない。




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じだいおろし

2016年03月24日 | 火と土と水、そして鋼




こいがすっかどどのぐなてきたはんでつくきやねばだばね。
たいへんのごどじゃががんばってけれどおもでゃ。
おろしばすらばて
ふるいかねがねごどがこまってでゃ。
さてどすべ。
だばってのんとがのらだべ。



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