渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

ザ・メイキング ~ばねができるまで~

2016年09月26日 | 火と土と水、そして鋼

自動車用ショックアブソーバスプリングの製造


冶金なので、熱処理に関しては基本的には日本刀の
作り方と仕組みは同じだ。
鍛造工程で鍛打はしないが、圧延鍛造をする。
鋼はバネ鋼であろうと、炭素鋼であろうと、特定温度以上
に加熱して変態させ、特定温度の冷却液に浸けて急冷し
て焼きを入れ、特定温度で焼き戻しをして靱性を与える。
鋼の処理は鋼種によらず、すべて同じ。
ただ、その保持温度や時間、温度管理が異なるだけの
ことである。

原理は簡単だが、適切な処理は鋼種それぞれによって異
なるので、かつてはそれを見つけ出すまでが大変だった。
日本刀など古からの刃物は鋼の適正処理を職人の経験則
によって見つけ出してきたのだが、近代以降は科学的分析
によって解析するようになった。

ただ、日本刀の場合は、材料について「不完全な鋼」を「適切
な鋼」に変えてやる加工工程が必要で、それはとりもなおさず、
鍛冶職の処理方如何で鋼自体が変るということになる。
つまり、鋼を生かすも殺すも鍛冶職次第、ということだ。

日本刀の靱性は高く、明治維新後に刀剣が無用物となった
一時期、人力車や馬車のスプリングに日本刀の刀身が使用
されたりした。名刀とされた加賀の清光などは、「さすが清光、
調子が良い」などと板バネとしても評価されたという笑えない
現実もあったりしたようだ。
日本刀の復活は軍用刀身がサーベル型西洋軍刀から日本式
軍刀に復活するまでまたなかければならなかった。
戦後は完全に鑑賞用として日本刀が造られるようになった。
鋼のオブジェなので、そこでは実用性は一切、100%考慮され
ていない。「折れず曲がらずよく切れる」とは公式な口上としては
言うものの、それは嘘である。「折れてよく曲りまったく切れない」
物品を作っている。
これは口先だけでどのように言おうが、現実がそうなので致し方
ない。目の前の現実は雄弁に真実を物語る。
だが、実は刀剣界におけるこうした傾向性はなにも今に始まった
ことではなく、戦前にもあったことだし、江戸期にも大いにあった。
歴史は繰り返しているだけのことだ。


さて、14分50秒から16分7秒までのギターの機種はなんで
しょうか。特徴的だからすぐに判る(笑)。


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刀工の年齢

2016年09月25日 | 火と土と水、そして鋼

47歳の25年前。


72歳の現在。


この身振り手振りは、親方の昔からの癖なんすね(^^;

四半世紀のつきあいになるが、親方はあまり変わったとは思えない。
おいらも、直紀師と出会った時の直紀師匠の年齢の10歳近く年上に
なってしまった。
話し出したらとまらない刀工の熱い語り。これは昔から。
ただ、最近、マシンガントークに拍車がかかってるんだよなぁ(^^;


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鎌研ぎ

2016年09月22日 | 火と土と水、そして鋼





小林康宏作「鎌」。
研ぎは全工程の1/20ほど終了でしょうか。
しかし、これ研いでどうすんだべ、俺。
鎖鎌の術を知ってる訳ではないし、鎌より刀のほうがぜってーに
つおいし・・・。
かといって、鑑賞用ということでもない。

まあ、あれですね。赤鰯だったから光らせたい、というやつですかね。
これ、作るの結構大変だったみたいだし。
埋もれているよりは、蘇らせてあげたほうがいいように思う。


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焼き割れ

2016年09月22日 | 火と土と水、そして鋼



ぐはあ!
あたしが研いでいたら、焼刃縁に沿って焼き割れが出てきた。



まあ、斬鉄剣ではよくあることで(^^;
これが注文刀ならば、売り物にはならない。


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北の達人の鍛冶炉

2016年09月19日 | 火と土と水、そして鋼



おおっ!さすが!
北の剣の達人の鍛冶炉、改良バージョン。

おいらもね、山に持って行って、到着してあんなにアガガガの
状態になるのを知っていたら、なんか対策しただよ(^^;
焼き入れ会で山で待つ仲間たちを前に「持って来たよ~」と車の
中に積んでいた炉を見たとたん、「げひょ~~~ん」となりました。

モロ、こんな感じ↓


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小型炉

2016年09月14日 | 火と土と水、そして鋼



ブラボー!
大昔、私が作った小型炉に似ている。
90年代から都度改造しては壊しを繰り返してきた。
でも一番笑えたのは、密封炉にして、入り口からの送風で炉内温度を
上げる方法が一番小型刃物には良い結果が出たことだ。あれは何だか、
「今までの苦労はなによっ!」と思わず苦笑した。

私は、炭は勿体なくとも、火ムラが出ないように細かく小割りして、
さらに、焼き入れ用は私は消し炭を作って作業する。
焼き入れは完全田楽だ。先が溶けないように注意する。


気をつけなければならないのが、耐火粘土を使った炉はあくまで設置用
であり、
私のように車に積んで「ひゃっほ〜!」などとウキウキ気分でキャンプ
場などに行くと、着いたら炉がバラバラ破砕していた、なんてことにな
る。
外出用は、使い捨て覚悟で、箱型七輪等に送風機という物がおすすめ。

それと、炉は沸かしも鍛えも焼き入れも密封炉のほうが良いように思え
る。
酸素を必要以上に送り込まないことと、オープンにして、多少なりとも
煙突効果が出てしまうと、炉内温度が上昇し過ぎて制御が困難になる。
皆さん、プロでも勘違いしてるのではなかろうかというのは、炉内温度
を短時間で瞬時に上げることは容易だが、炉内温度を瞬時に下げること
は困難であるということだ。
このことは、実は結構重大かつ重篤な結果に結びついたりする。
これ、日本刀だけでなく、小物刃物にも当てはまるので、私は注意をして
いる。

それと私は趣味鍛冶でも、金屋子さんに手を合わせる。
私は敬虔なキ印(プロ系)ではないので、別宗教を否定しないし、状況に
よっては手を合わせて頭を垂れる。いつもいつでもバプバプ言っても
しかたない。
鍛冶の成功は自分の力だ。金屋子さんの力ではない。
だが、見守っていておくれ、という気持ちがある。
それを含めて見つめている存在は、遥か天空にいるのだが。
でも、金屋子さんには手を合わす。
もしかすると、1世紀に技術と共に列島に来た先祖かも知れないし。

いつの時代も、鍛冶の炉の炎は清廉である。
炉の中には浄化された魂がある。
それと向かいあう。
それが、鍛冶。それが鍛人(かぬち)。
自らの心清らかにせずして清涼な刀は作れない。


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オバQ炉

2016年08月31日 | 火と土と水、そして鋼



なんだか凄いの作ってるぞ。

岡山県無形文化財、刀匠広清(本名安藤幸夫)さん。

初代小林康宏の弟子で、地元作州津山に帰り独立、備前伝を
世に伝える。

広清刀匠の閉鎖密封炉。ダブル火口は初代康宏の工夫らしい。


閉鎖炉で堀下げ式の仕事場。
これは熊本の延寿の流れの刀匠故谷川盛吉・故延寿宣次親子の
仕事場もこうであった。
康宏と盛吉は密封炉と開放炉の両方を使うが、広清刀匠は密封炉
で仕事をこなすらしい。




こちらは康宏の密封炉と開放炉。あともう一つ田楽炉がある。


刀工小林直紀康宏。


密封炉は中までじんわり沸く。かなり・・・意味がある。


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焼刃土

2016年08月16日 | 火と土と水、そして鋼



焼刃土には何故大村砥を使うのか。
青砥や鳴滝砥では何故だめなのか。
不明。

青砥の研ぎ汁。これ、炭粉と土粉で混ぜたら行けると思うのだけどなぁ・・・。

塗りヘラなど使わずに、砥石の上で刀身を研いでいる時に溜まった
研ぎ汁を、からめるように刀身を砥石の上でヘラみたいにしてすくって
ペタペタしただけ。手わざの妙。
ただ、平面砥石の上でのペタペタなので横方向の足置きはできない。
私の場合は、直刃に取っても中にアミダクジのような梯子の足置き
をする。刃中にも硬軟部分を点在させることが目的だ。

モルタル状に乾いてきた研ぎ汁。

あら。日記で見せようとして余計な事してたら錆びて来た。

研ぎ汁を洗い流しても錆が残っています。


あいやあ(笑)。これは全部錆です。


青砥で研磨して除去します。


青砥は研ぎ方次第で700番手あたりから3000番あたりまでの
粒度をカバーします。


休憩や日を跨ぐ場合などで研ぎやめする時には、完全に中性洗剤で
研ぎ汁を洗い流して刀身を清潔にし、すぐに水気を拭き取って防錆油
を塗布しておく必要があります。でないと研ぎ直後は非常に錆びやすい。


マジック砥石ともいえる天然砥石の青砥(丹波産)。
崩れやすいので、周囲はカシューで私が養生しています。


やったことにリニアに繊細に反応する青砥が私は天然砥石の
中では一番好きだな。


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鍛造刃物

2016年08月13日 | 火と土と水、そして鋼



これは3本とも名人の手による日立白紙1号を使用している。
白紙と青紙では成分も異なるが、「切り味」と「砥当たり」が異なる。
この3本は名人鍛冶左久作によるもので、切れ味は一般白紙とは
別次元にある。
材料が同じでも、鋼をまとめる人間によって出来上がった刃物は
まったく異なる性能を示す。作品は嘘をつかない。



これは青紙割込(?利器材かと思う)の刃物である。

私は一般的に入手可能な刃物での青紙鋼使用物は包丁と肥後守と
佐治製剣鉈しか使用したことがない。
白紙は包丁、切り出し小刀である。
全鋼肥後守はSK材で作られているのではなかろうか。
また、自分が鍛造焼き入れして作った作は、SUP材以外はSUSまで含め
てかなり試している。江戸初期の刀の残欠鉄(玉鋼)まで再生して刃物に
している。D2でさえ、自作炉で焼き入れをしている。ソルトバスでなくとも、
加熱保持時間だけ適性に近似値を得れば焼きは入れられる。
また、康宏鍛錬鋼を貰うことはあっても、自分で鉄を吹いて自家製鋼した
ことはまだない。(やはり餅鉄を試したいとは思っている)


焼き入れに関しては、人にもよるが、青紙のほうが焼き入れしやすい。
折り返し鍛着は白紙のほうがしやすい。

刃切れ防止については、コーナーエフェクトを少なくすることで目に見えて
ひずみトラブルは減少する。刃先の角っちょを丸めるだけで刃切れ発生
の可能性は大幅に防げる。
また、一般的には白紙よりも青紙のほうが焼き入れが容易だ。これには
理由があるが、それの理由については製作者各々が勉強してほしい。
刃物鍛冶の世界で、失敗を回避するならば白紙ではなく青紙を使えとは
戦前から言われてきたことだ。
焼き入れ後の硬度は青も白も変わらない。
青紙も白紙も大元の原料は砂鉄である。それを還元させてスポンジアイアン
を作ってから製錬により鋼にさせている。
白紙はほぼ玉鋼と同じ成分だが、青紙にはタングステンとバナジウムが
混ぜられている。両元素の刃物への影響については、これも冶金の常識
なので、鍛造者は自分で学習把握してほしい。
ただ言えるのは、世間でよくいわれる「刃物の特性は鋼材で決まる」という
のはある面では当たっていて、ある面では大外れです。
工業製品の鋼材は性質が分析されているので適性処理方法も自ずと絞られ
てきますが、鍛造打ち刃物は加熱しての鎚の一打ちだけでも変化が生じます。
まして、自家製鋼や日本刀材料の卸鉄など、材料部材を作る際の下地鍛造
過程においてどれだけ組成が変化していることか。
これは2ストエンジンのセッティングと同じで、方程式は一切ありません。
データを取っても、すべて実験状況が都度異なるので意味がない。一番正確
なデータは鍛冶職の感覚=知覚にこそ蓄積される。
同じ作を二つ作れないと刀工の腕としては云々とは言われますが、これも
嘘です。そういうことを真顔で言う人間がいるとしたら、まるで刀のことという
か鍛冶仕事のこと、否、冶金のことを理解していない。加熱され火が入って
鍛造された物体は何一つとしてまったく同じ状態になることはできないし、
そもそも狙ってまったく同じ物などは作れっこありません。魚や肉や野菜が
都度味が異なるように、同じ処理をしてもまるきり物体としては個体差が
そこにはある訳です。
ただ、「近似値」に持って行くことは鍛冶職や料理人の腕によっては可能です。
まったく同じ物は打ち刃物と料理においては作りだすことは物理的に不可能
です。気温や湿度によってでさえ別な結果が科学的に出るのは当たり前のこと。
物理法則を無視して、何か偉そうな意味があることであるかのように鍛冶仕事
を語る者の言には、まず「素人には解らないだろうから」という睥睨観が存在
しているということを見抜いてください。鋼は生き物です。同じ物は絶対に無い。
物理的に不可能なことをあたかも自分だけはできるみたいに言う族(やから)は、
まず虚言を弄して人をして欺罔(ぎもう)せしめている者だ、と心得てください。
騙されてはだめです。




焼きが入った刃の部分は水の弾き方が違うので、私の焼き入れ作に
おいては、何度水に浸してもこのような焼き刃部分が浮かび上がる。
(これは折り返し鍛錬二代目小林康宏。鍛造火造り父。焼き入れ私
の日本刀の残欠を使ったナイフ)

土置き如何でいろいろな鋼の変化を得ることができる。

これは備中水田国重(無垢造)の残欠鉄を私が脱炭させないように火造り
して私が焼き入れした小刀だが、鉄の感度は最高によかった。単に炭素量
が高いというだけではない。この鋼の成分はどうなっているのだろうかと。

鍛造打ち刃物を造ろうと思っている人は、このうち、左の『熱処理のおはなし』
(大和久重雄/日本規格協会)だけは
最低限読んでおくことを切にすすめる。


一部引用紹介してみよう。
「1100℃以上に加熱するとたいていの鋼は粗粒となるので,これを過熱(オーバー
ヒート)といい,これは避けるようにしています.オーバーヒート以上に加熱すると,
結晶粒界が溶解し始めます.こうなると鋼の表面から火花が出るようになります.
この状態を燃焼(バーニング)といいます.これでは鋼は使いものにならず,死んだ
と同様なので,死鋼(デッド・スチール)といいます.
 オーバーヒートした鋼は火造りしたり,熱処理によって回復することができます.
オーバーヒートしたと思ったら,いったん火色がなくなる温度(黒づく温度,約550℃)
まで下げてからA1変態点以上に再加熱すればよいのです.これを結晶粒の調整
(グレーン,リファイニング)といいます.」

この後、「鋼の結晶粒に及ぼす熱処理の影響」の図を示しながら、鋼の火造加工
の「外してはならないこと」について分かりやすく解説している。
他にも、全204ページに渡り、大切なことを簡易な文章で、図や写真を示しながら
熱処理について網羅して解説している。

たぶん、多くの鍛造に関わる人たちはこの書を読んではいるのだろうが、趣味で
鍛造刃物を作ってみようとしている方々には必読の書なのではないだろうか。
1982年初版。私は1994年発行の第21刷を持っている。
鍛造刃物を手がけない方でも、刃物や日本刀に興味がある方には読み物としても
十分に面白い書であるので、ぜひ推奨したい。(定価1200円/税別)

Amazon 『熱処理のおはなし』

私は鋳掛屋さんのような移動用簡易炉を製作して馴染みのマス釣りキャンプ場で
焼き入れ会をやったが、土置きしての焼き入れのみならば大き目の七輪でも可能
である。
ただし、炭は厳選して小割りに炭切りする必要がある。
私の場合は、失敗させない小物薄物の場合は岩手産松炭を親指の関節先より小
さい大きさにカットして、田楽のように刀身を埋めて焼く場合が多いが、手の親指の
関節ほどの大きさの炭でも十分にいける。
大切なことは、「火むら」を炉内に作らないことで、私の場合、細心の注意を要する
作については、小割り「消し炭」を使用して慎重に焼き入れを行なっていた。
失敗はまずない。
舟への入湯は、入湯角度によって反り具合が変わるので注意が必要だ。
槍のような無反りであるならば、切先から真下に垂直に入刀させる。
一度山で真横から平に入湯させた女の子がいて、チュイーンという音と共に真横
に刀身がへの字に反ってしまったことがあった。
やむなく、鍛造しなおして、一晩応力除去してから翌日再焼き入れしたが、二度目
は成功した。
入湯は一発勝負なのでご注意されたし。
なお、映りを出すためには、瞬間二度入湯という技術もある。
これは鉄を敏感な状態にまとめておけば映りが発生する。
こんなことは1970年代に刀工の間では分り切っていた常識だったし、著名
刀工の対談集が掲載されている専門誌には記載されていた。玉鋼を使用した
刀の日本刀の映りの発生は、昭和40年代に吉原兄弟、小林康宏等が再現
しており、後の人間国宝となった隅谷正峯も無論映りを再現していたし、その後
八鍬武蔵はじめ若手刀工たちも自在に再現していた。
「玉鋼を使って映りを初めて再現した」という大捏造大嘘を自称してマスコミに
売り込みをかけている刀工が現在いるが、歴史的にすぐに露見するそのよう
な大嘘をよく恥ずかしげもなく触れ込みできるなと思う。
日本刀の映りについては、現在もそのような嘘宣伝が出る前に、若手刀工も
映りを刀身上に発生させている。
現在、二度焼き入れによる複合的熱処理の技法は、日本刀ではない別物鍛冶
の間では一般的に残っている技法で、鎌鍛冶などはあえて硬軟部分を現出
させるためにそのような古来の焼き入れ法を墨守している鍛冶もいる。

上記の紹介書籍を読んで、冶金の常識を把握できたなら、映りは割と容易に
刀身上に再現できる。
但し。
鋼の鍛え=まとめだけは、鍛冶職の本当の真骨頂部分なので、書籍を読んだ
だけでは再現できない。
見世物用ではない真の実用鋼に鍛え上げるのは、一重に鍛冶職の腕による。

でも、こんなんは日本刀ではでけまへんで~。これができるのは、真の竹では
なく、竹の形をした若い筍だから。実際に私も自作短刀と佐治剣鉈で嫌という
ほど竹に似た筍を切ったよ(笑)。音は竹切りのカコーンとかガッコーンでは
なく、筍はボコンとかバスッいう音がする。直径10センチ以上の2年越し真の
竹などは、日本刀などでは切れません。こういう太さの竹を切るのはノコギリ
ですね。そもそも日本刀は竹などを切るために造られた物ではありませんし。


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安来鋼

2016年07月22日 | 火と土と水、そして鋼





私は刃物師左久作(ひだりひささく)製の刃物を4丁持っている。
3本の切出小刀と1本の平待ちだ。

小刀のうち1本は刀工小林康宏からいただいた物で、秋田の鉄を地鉄
に使って
いる。
もう1本は、左久作池上氏の鍛治場に勉強の為にお邪魔した時に目の
前で鍛錬
を見せてくれて私に作者が下さった物だ。地鉄はアメリカの
黒船の鎖を使っ
ている。
他の1本は、私が注文したやはり黒船地鉄の小刀だ。自分で注文しての
製作依頼はこれが初めてで、私の手に合わせて作ってもらった。本来
の「曲物(くせもの)の誂え打ち」に属する発注様式だ。


さらに、もう1本の左久作製は、私が考えた日本刀目釘削り専用刃物
「ヒラ
マチ」で、鑿(ノミ)より薄く、彫刻刀よりも厚く、長さも
真下への逆手持ち
で竹を削り下ろす際に絶妙な寸法にしてある。これは
長すぎても短すぎても
駄目で、柄の長さと合わさって目視による作業の
視認性や工作性などで適寸が
ある。これは私が多くの目釘を作った経験
則から寸法をはじき出し、プロト
タイプを7本注文し(別枠で有志が
1本追加、合計8本の試作品)、康宏刀の
ユーザーの有志にその試作品
を買い上げてもらいテストして改良点をサジェスチョンしてもらった。

最初の構想を練ったことと、途中で左師の工夫が加味されたことが良かっ
のか、刃物自体は一発でトライアルクリアの出来だった。(製品として
微妙な点でまだ煮詰める必要あり)
このヒラマチは柄についても作業性その他から販売製品としては方向性
固まり、製品化の仕様は決定した。


作業刃物とは思えない極上の出来である。美的要素だけでなく、
実用性も突き抜けている。


私が持っている左久作の刃物の鋼はすべて白紙1号(廃番)である。
左久作師は白紙1号なのにとてつもなく粘る鋼にまとめあげている。
一度左師と一緒にもんじゃを食べている時に「鋼は白2ですか?」と
尋ねたら、怒鳴り返すように「はぁ!?」と言われた。
白1はとても厄介な鋼で、白2や青紙を使ったほうが扱い易い。
ゆえに、白1を使って完成品たる完璧な刃物を作れるというのは、
鍛冶職として腕を認められる自負でもあった。
白紙1号が廃番になったのは、結局のところ、扱って実用品として
まとめられる鍛冶職が激減したからではないだろうか。

三代目左久作池上喜幸(のぶゆき)氏が作る刃物は至高の切れ味を
示す。これは刃物を使う者ならば使う者であるほど判別がつく。
多少「切れ味が良い」という類ではない。次元が異なるのである。



白紙1号で斬鉄剣を作ってしまう。んな馬鹿な。


どうしたらそうした刃物が作れるのか。
人間の能力とはどこまで
無限であり、かつ、人間の中にあってはその無限の領域につき
進める人間がどれほど有限であることか。
 

個人的には兄と慕い、畏れ多くも「あにさん」と呼ばせてもらって
いる池上喜幸(のぶゆき)氏だが、鍛冶職としての私のかつての
印象は「神」に最も近いところを歩んでいる鍛冶職だった。
固定的ではない。進化している。無限の彼方に。
本当の本物の仕事師の姿を見るにつけ、作りだす刃物は「人に一番
近い道具」であることを実感する。
その突き抜けた領域を実現させている左久作が選ぶ鋼は、迷わず
白紙1号なのだ。余人がまとめるのが難しいとされる白1だ。
彼にとってはまとめられるから、良鋼は良鋼として選択するのは

ごく当たり前のことであるのかもしれない。

刀工にして旧東京帝国大学を卒業した異色の冶金学の雄であった
新潟の故岩崎航介氏が安来鋼について次のように述べていたこと
思い出される。

「安物は黄紙、中等品は青紙、上等品は白紙でゆくとよいのです。
青紙と云うのが一番値段が高い。一番値段が高いから、一番切れる
刃物が出来る。こう思う方が多いのですけれども、そうでありませ
ん。青紙よりも二割程値段の安い、その下の白紙で造った方が、切
味がよろしいんです。こういう事を先ず覚えて欲しい。
併し乍ら白紙で最高の切味を出す所の刃物を造るという、其の技術
は、青紙でもって最高の切味を出す人の二倍から三倍の苦心をしな
ければならない。だから研究の浅い方が、白紙で刃物を造ると、必
ず不良品になって了う。研究の浅い人は青紙を使うべし。研究の進
んだ人は白紙を使うべし。」
(岩崎航介「刃物の見方」より。『岩崎航介遺稿集』(1969年))


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スプリング鋼から渓流ナイフを作ってみた。

2016年07月20日 | 火と土と水、そして鋼

スプリング鋼から渓流ナイフを作ってみた。




ぶひゃひゃひゃ。
英軍デザートDPM。
ゲーマーか?
え?見るところ違うって?
さーせん。

この人、すごいのは、焚きつけ用にハンティングナイフのガットフックを
応用した専門刃物作って使ってるぞ。こりゃ凝ってる。


ショットガンのシェルのマッチ入れもカコイイ!


それと、完成品のこの黒竹鞘の小刀もかっこいいぞ。


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康宏鍛え

2016年07月19日 | 火と土と水、そして鋼


(康宏鋼)

小林康宏の日本刀の材料は自家製鉄(つくりがね)と卸鉄(おろしがね)
だが、現代刀工としては珍しい部類に属する閉鎖炉での沸かしと玉潰し
工程を来月雑誌社が取材する。康宏は新刀特伝工法の梃子鉄も使わ
ない。はさみという火箸を使用する。新刀特伝の梃子鉄は量産化および
効率化にはとても便利な「新発明」だっただろうが、小林康宏はあえて
別方式で刀を鍛えている。鍛錬にも閉鎖炉を使って鍛える康宏伝の工法
のごく一部を取材することになった。
閉鎖炉での沸かしは冶金学でいうところの「炉内雰囲気」が大切で、
何日か前から炉内に火入れをして炉内状況を下準備として継続する
ことになる。尤も、一般的なオープン炉においても炉内雰囲気とは別な
意味で乾燥と過熱は大切なことであり、また製鉄においては逆に湿気
の如何も大切なことになるのではあるが。

かつて、雑誌の取材の際に、編集者が「薪で鍛錬する」という誤った
記事を掲載し(1991年発行)、それを某小説家がその雑誌の記事だけ
を取り上げて自分の小説作品の中で論い、揶揄することをした。
小説という文芸作品を他者排撃揶揄中傷攻撃に利用するということ
自体が小説家としての作家の感覚の神経を疑うが、それ以前に、薪など
で鍛錬や焼き入れが出来るわけがない。温度が上がらないからだ。薪は
別なことに使う。康宏は木炭は岩手産の松炭を使う。
余談であるが、薪というものは木が燃えるのではない。木から発生する
ガスが燃えるのである。

きちんと裏を取らずに字面だけを抽出して中傷の道具にすると、事実
とは無関係なところでの揶揄にしかならない。的を外した非難のための
非難となり、いわゆる「為にする」ことの低俗な誹謗行為の範疇を出なく
なる。
カストリや赤新聞ならともかく、文芸作品でそれをやるのはお話になら
ない。文芸作品の創作はゴシップ誌の売文執筆ではない。
人を呪わば穴二つではないが、モノカキとしてはそうした早計な浅慮は
まさに墓穴を掘ることになる。
結論はすべて自分に返ってくる。世の中、現在の自分をめぐる環境は、
人が強制したものではなく、自らがすべて招いたものであることを自覚
する人は少ない。
また、自覚せる人は、どのような試練があろうともそれをクリアして生還、
生存する。


閉鎖炉については、無鑑査の熊本の故谷川盛吉・延寿宣次の刀工親子
も閉鎖密封炉を使っていた。
また、小林康宏と同じように、横座を掘り下げた半地下方式にしていた。
こうしたことは、現場を実見して取材しないと知り得ないことである。

谷川盛吉刀工については、師匠が日本最後の十文字槍の製作技術を
持っていた人だけに、それが伝承されなかったことが日本の歴史の中
では悔やまれる。
盛吉刀工も子息の宣次刀工も、若くして病に倒れ鬼籍に入った。
私が八代の谷川刀工のご自宅を訪ねた時にとても印象的だったのは、
盛吉刀工の奥さまも、宣次刀工の奥さまも、とても美人で凛としたしっかり
者だったことだ。
いわゆる「鍛冶屋の女房」であり、夫の仕事を深く理解し、夫婦相伴で
刀鍛冶を続けてきた。鍛冶職は、妻帯者であるならば、夫の仕事をよく
理解しての「内助の功」という妻の支えがとても大切になる。
こうした刀鍛冶夫婦の姿は、名作自主製作映画『多摩の絆』で1980年代
に高野政賢(まさたか)夫婦の姿が描かれていたが、一般家庭よりも
刀鍛冶の家庭は夫婦の絆が大切だ。「鍛冶屋の女房」というものは
苦労を背負って立つようなど根性が必要であり、「おかみさん」として
弟子たちの世話や面倒もみなければならない。亭主が仕事に集中できる
ための舵取りだけでなく、ある種、チームのサブリーダーのような采配の
力も必要になってくる。
ゆえに、苦労は多いが、刀鍛冶の妻は胸を張って自身を「鍛冶屋の女房」
と呼ぶ。
また、炎に向かう刀工も、奥方の生活面での支えなくば大成しない。
銀行員のような緻密で正確な出納管理や家計管理ができる刀鍛冶職人
など、ほぼいないからだ。それゆえ、一般家庭以上に刀鍛冶の妻は、
夫を支える妻としての能力が要求される。
しかも刀鍛冶の仕事は背広を着て仕事するホワイトカラー感覚でこなせる
類のものではない。汗と泥にまみれ、体は火傷で火ぶくれとなり、そして炭
で顔も真っ黒になる。
さらに刀鍛冶を長く続けると、視力障害に必ずや襲われる。古来より鍛冶の
神に「目を盗られる」と呼ばれるもので、白内障等の職業病の危険が付いて
回る。まったくもって楽な仕事ではない。
それでも刀鍛冶は刀鍛冶であるがゆえ、自ら進んでその道に進み、そこで
生きる。
刀鍛冶は死すとも、作は後世まで残る。百年も二百年も一千年も残る。
残された作には、刀工が生き、精魂込めた魂が宿っている。
そうしたものが刀だ。

私が日本刀に触れる最大の幸せは、タイムカプセルのように、一口の
刀を通して、その向こうにその一刀を作り上げた刀鍛冶の姿が見える
ことである。
刀を手にして眺めると、いにしえ人との触れ合いが生まれる。
それはまさに時空を超えた、人と人との接点が凝縮されている。
刀はただ刀という物理的な物品としては存在していない。
ただの一刀であろうとも、その刀の大元となる鉄資源を採取した人から
始まり、刀を鍛える炭を焼いた人等々多くの人の息吹が刀には封じ込ま
れている。
そうした今はもう会えない人たちとの触れ合いが、一刀の刀を通して
与えられる。
人の歴史と触れあえる。こんな幸せな時間はない。
だから、私は刀が好きだ。


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康宏作 戦闘鎌

2016年07月18日 | 火と土と水、そして鋼



ぐはあっ。
研いでいたら、なんだかいや~なものが出て来た。
もしかして、折り返し鍛錬の時の鍛え割れ?
ではないとは思うのだが・・・もうすこし押してみることにする。




心配ないみたい。

それと、砥当たりの感触と目視から、この鎌、棟側にも焼きが
入っている
ように思える。というか、入ってる。
画像は右側が刃。左側が棟。
棟の重ねは結構ある。農業用鎌とは大違い(笑
鋼が青いね~。
研いでいて分かるが、平地に縞状に硬軟の部分がある。
それはこの画像でも捉えているように思える。

金剛砥の砥石目を消す下地研ぎの段階だが、前の砥石目は完全に
消す必要 がある。
いやほんとに鋼が青い。でも青紙じゃないよ。そんなこと言うのは
素人だろうけど。


一部に残っている。この棟寄りの荒いキリ目は完全に消す。
まあ、真っ赤な赤イワシ状態からここまでどうにか来た。


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青い流れ星

2016年07月17日 | 火と土と水、そして鋼


磨いた。

きゃ~。ヌグイが取れちゃう(^^;


これは可愛いのよ。これくらいの大きさ。
まだナカゴヤスリ仕立てはしていない。銘も切っていない。






自分では、「青い流れ星=ファン・ガリガ=ボーイング747」のような刀を
作りたいと思っている。





1988年の世界グランプリ250ccでの彼のアグレッシブな走りはとても好きだった。




スペインの国内選手権レースでは84年、86年、87年と3度も国内
チャンピオンになっている。熱いファン層をスペインでは獲得し、その
ファンはガリギスタと呼ばれた。1963年スペイン、バルセロナ生まれ。









ゼッケン2=前年度世界ランキング2位のナンバーを付けた1989年
世界グランプリでのガリガ。



この1989年のガリガのカラーリングが個人的には一番好きだ。
マシンはヤマハのファクトリーマシンYZR250。



彼はヤマハのライダーだったが、イベントではスズキやホンダにも乗った。






1990年にWGP500ccにステップアップしてからはあまり成績は残せなかった。




世界GP日本グランプリ戦でのガリガ。引退後に薬物中毒になったり根っからの
不良野郎のスペイン人だったが、現役時代にはその戦闘的な走りは見る者を
魅了した。日本でも密かなファンも多かった。



2015年8月、おっさんになった彼は、一般公道でバイク事故により
死亡した。
死ぬんじゃねえよ、ばかやろう。本当に星になっちまいやがった。
お前さんのことは好きだった。



亡くなる前のガリガ。


この子はどうなっちまうんだ。涙が出る。
いつか坊主がMOTO GPを走る日を待っている。


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2016年06月18日 | 火と土と水、そして鋼


鋼の命は粘りだと思う。
素材による特性もある。しかし、「硬くて粘る」という一見矛盾している
かのようだが実は共存できるこの命題をどう解くかに、鎚打つ者の指標が
あるように思える。



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