渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

正絹糸の経年変化

2016年08月24日 | 日本刀


和色染色の正絹柄糸の経年変化につき、「時代黒」が年月とともに白ずんで
このような色になってしまうというのは想定外だった。
柄巻きの糸を替えたい気がする。

使用による経年変化というものは確実にある。
本歌天正拵の鹿革巻きは漆を注すのだが、それが経年変化で真緑になる。
また、緑の正絹柄糸は、経年変化で濃い納戸色のような風合いになる。

ただ、この新色の「時代黒」は期待外れだった。明るい廃屋の板材のような色に
なってしまうのだ。濡れると濃い褐色に。
まるで、大気の湿度により色が変化する白人の金髪みたいだ(≧∇≦)
白人さんの金髪は、湿度が高いとまるでブルネットのようになるから。
ただ、金髪は英語ではただのブロンドではなく、何種類かの呼び方がある。

刀の柄糸については、色々試したが、私個人は革は合わなかった。表も裏も、
汗で摩擦係数が低下して、柄を握りこんでしまうことになるので、私の柄を握り
締めない刀法には合わない。普段の刀法でやると手から刀が飛んで行ってしまう。
各種試した結果、正絹の諸捻り巻きが私にはベストだ。
また、片捻りは緩んだ。これは仕事内容によるものかもしれないが。
存外、美術刀剣巻きよりも武道具屋と美術刀剣界から馬鹿にされている刀剣店の
巻きのほうが丈夫だ。

ただ、色の変化については予想できなかった。
20年以上経って、ようやくそれを知った。

そのうち、巻き直しかな(笑

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アルファベットの刀銘

2016年08月24日 | 日本刀


(画像提供:「刀心」様)

フランシスコ氏の応需銘のある藤安将平刀匠の作である。
上古の横刀(たち)のような造りだ。完全直刀を焼くのは高度な技術
を要する。しかもずぶ焼きだろうか。
英文で「使うことを目的としていない」と信条も切り添えられている。
美術刀剣というよりも、心の支え的な位相に置きたい心象が切り銘に
反映されている。福島県登録。
外国人の方で、一般湾刀の日本刀ではなくて、このような超時代的で
古雅な上古風刀剣の製作を依頼するとは、日本人でもなかなか発想
が浮かばない日本刀剣の歴史性を捉える慧眼かと推察する。


なぜかしら千葉県はアルファベットの銘の登録ができない。
それどころか、平仮名はOKだが片仮名の銘は不可という意味不明の
措置が「強権的」に執られている。

日本刀の登録は各地方自治体の教育委員会の裁量権の下に置かれて
いる。だが、登録審査をするのは、地方自治体教育委員会から選任され
人間=民間人が行なう。
つまり、刀剣登録審査員の見識がそのまま刀剣の登録審査に反映される
のである。

また、千葉県登録は、アルファベット、カタカナでの銘が不許可であると
同時に、
西暦を切ることは不許可となっている。
例えば千葉ではこの将平作のようにフランシスコさんからの応需銘などは
銘に切れないし、信条も銘に切れない。フランシスコさんが西暦と座右の銘
を英文で併記して切ってほしいと希望
しても不許可ということです。

千葉県、どうなっているのでしょう?

これは、戦後に刀剣製作が解禁されて以降の日刀保主導の流れとも
異なる異例なことです。



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色あわせ

2016年08月22日 | 日本刀




昨日納品が完了した康宏作は、昔からの友人の差料だが、
時代金具の色合い、ハバキ色上げの風合い、柄糸と下げ緒
が四分一金具との色合わせが絶妙で、とても上品な仕上がり
となっていた。









金具のまとめのテーマは、「ワイルド・ギース」だ(笑)。
ブラボー!マイク・ホア!
この友人もFAL持ってるし(笑)。

(夜明け前に降下する傭兵ワイルド・ギース)






これは私のワイルド・ギース金具。少し傷みがある。


刀身も格別の出来で、地鉄は潤いを持ち、小杢がつんでよく

錬れ、地景がからみ地錵(じにえ)が微塵につくもごく淡く
映りが立つ。刃文は小互の目小丁子細かく乱れた直刃調で
のたれがかり、しきりに小足が入る、という逸品だった。
販売店代表新藤氏も注文主の友人も、息を呑んで「まるで
来(らい)」と顔を見合わせたという。



その友人の時代金具のまとめ方と色合わせのセンスには脱帽
したが、私も自分の康宏作には、せめて下げ緒だけでも風雅
な色調を総体の調和の中で見つけて装着してあげたい衝動に
かられた。

私の康宏の外装のセカンド・バーションは梅のこころでまとめ
ているので、下げ緒も梅色にしてあげようかとふと思った。
和色の梅鼠色(うめねずいろ)だ。

こういうのはどうだろうか。寒梅に霞がかかった色だ。
水戸の杉山一門が作った冠透かしの鍔を着けているので、
組み紐もこの冠打ちの物がよいかもしれない。(道明など
では「かんむり」と呼ぶ。「ゆるぎ」とは読まない)

この拵に合うかなぁ。

思うところあって、再び日本刀探究舎鍛人(かぬち)特製の
鉄目釘を打ちこんでガッチガチに柄を固めている。
鮫は一枚巻きだ。
秋には居合剣士の有志を誘って、うちの庭先にてこの斬鉄剣
で斬る。

この羽織と白系なら合うかもしれない。着る物とのマッチも
大切
だよなぁ。うちの師匠などはサラリと色合わせしている
もの
なぁ。



昨日、友人が埼玉の刀剣しのぎで差料康宏作を受け取り、帰還
する際、遠く富士が見えたという。この山の向こうで友人の刀
は生まれた。



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揚羽蝶

2016年08月21日 | 日本刀



駐車場にアオスジアゲハが二匹舞っている。



生物学的には蝶も蛾も同じなのだが、どうにも蛾は人気において
分が悪い。

見た目が華やかな蝶のほうが人気があるようだ。







揚羽蝶の家紋は平家の代表紋だが、織田信長も一時使用していた。
自ら平氏末裔と自称していたのだが、一時期藤原も名乗っており、
結構テケトー(笑
徳川宗家にしても、一時期藤原を名乗っていた(苦笑
先代の徳川宗家の方がラジオで「たぶん藤原がカッコイイとか
思っていたのでしょう」と語っていた。

武具にも蝶の図案は多く使われる。
有名な物が細川忠興所用の歌仙兼定の揚羽蝶透かし京鍔だ。

美しい造形美だ。素晴らしいの一言に尽きる。ドリルも無い時代に
蝶の目を見事に貫き通しで表現している。写し物はこの高度な技法
を再現できないためか省略している物が多い。

こちらは歌仙兼定の一刀。カイラギ鞘も見事である。


この画像は永青文庫の厚意によりリンクシェアフリーの画像として
ネット配信されている。永青文庫内は撮影禁止だからだ。
← クリックで拡大

これぞ肥後拵の本家本元、いわゆる「本歌」である。
この脇差は後代に最上大業物とされた之定だ。目釘穴が余計にあけ
られているのは、これは拵に合わせて追加でうがたれたものだろう。
堅牢性確保の実用的見地からではない。大磨り上げ無銘刀と同じく、
拵に合わせるためだ。
こうした現象は脇差や短刀に多く見られ、当時の価値観として、刀身
の美術的保存などという愚にもつかないことよりも、武用および身分
象徴としての刀装具に装着することが優先だった意識が武家に働い
ていたことが状況証拠から類推できる。
それでも、この細川公の歌仙兼定の拵は、美術的刀装具のお手本とも
いえる程の高度な刀職の技術が傾注されている逸品といえる。

武用を兼ねた刀装具の桃山江戸美術技法の粋の一つ、頂点がここに
ある。

細川殿が好んだ武具の画題が勝ち虫=蜻蛉(とんぼ)ではなく何故に
揚羽蝶であるのか、その理由を私は知らない。
下賜された頂き物にたまたま蝶の文様があったかららしいけどね。


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理想形

2016年08月20日 | 日本刀



こんなんが、おらのひとつの理想形。


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日本刀防錆上の注意

2016年08月18日 | 日本刀



今の時期、武用刀剣は錆びやすいので注意を要するが、見落としがちな
ことがある。
それは、エアコンが利いた車で刀剣を運搬する際、外気温が高い車外に
持ち出した瞬間に刀身には絶対に結露が生じるということだ。
これは真冬に屋外から暖かい室内に入った途端に眼鏡が曇るのと同じ現象
が刀身にも生じるということである。
実際に今の時期、エアコンをよく利かせた車内から車外に出たら眼鏡が
曇る。刀も鞘内とはいえ空気に触れているのを鑑みれば、どのような状態
になるかは推して知るべし、ということなのだ。
従って、刀は、気温が急激に高い場所に移動させた際は、すぐに刀身を
清拭するのがベストである。これは、冬場に寒い外から室内に持ち込んだ
際も同様で、大気により刀身表面に発生した水分をすぐに除去して刀身を
清拭し、新しい油を塗布してやる必要がある。

とはいっても場所によってはなかなかそのような細かい手入れができない
こともあるので、あくまで原則論だ。
しかし、できる限り車での運搬の際には、注意するに越したことはない。


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直観

2016年08月18日 | 日本刀



個人的には、業物「兼春」に観える。

元データ ⇒ こちら(刀剣小町さん)

拵、めたカコイイ。戦陣仕様風。





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世にも珍しい刀剣

2016年08月16日 | 日本刀

















ぐはあ!
この世にも珍しい合作は正真だったようだ。紙がついた。

こんなんで試斬したりしてたしよ〜。魚屋を装った埼玉のロシア人は。


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私の理想刀身

2016年08月16日 | 日本刀







まあ、なかなかこういう刀身は作れないのではあるが。
刃先の最硬度というのはただ硬いだけでは駄目で、金属組織自体が
崩壊し難い結合=粘りがないとならない。刃先ポロポロでは話になら
ない。
刃先上から焼き頭=刃文部にかけては硬軟が入り乱れる状態で、
さらには漸次的に相対としてだんだん硬度が抜けて行くほうが良い。
平地の肉は肉置き良く、鎬はクサビ効果を発揮させるために高く、
かつ研ぎでエッジは立ててある。
平地は衝撃緩衝地帯であるとともに、斬切部位を裂創ではなく割創に
させるためのクサビ効果を得るための重要な地域であり、刀身の堅牢
性確保のためにも平肉をペッタリとは落とし込まずふっくらとした造りに
する。
この地域の在り方は非常に重要で、張りのある硬さと粘り、柔らかい
部分が混在していなければ弾力性に富む堅牢で強靭な刀身とはなら
ない。
鎬地は切断後の刀身通過抵抗値の軽減=抜けの良さを得る為に傾斜
が棟にかけて一気に下りる(=相対的に鎬は高く棟重ねは薄くなる)
体配とし、切断抵抗値軽減に寄与する。棟頭は低い。

見かけ上の見てくれの沸えがどうの匂いがどうの映りがどうの金筋が
云々等ではなく、すべては刀身の斬切力と堅牢性確保のための鋼の
働きであると本質的核心部分を捉えない限り、まともな日本刀などは
作り得るはずがない。くだらない意味不明な精神論に走って、実力の
なさを露呈させるだけだ。

プログレッシブ。
これが日本刀の堅牢性の根拠の中心幹の本質を体現している言葉だ。


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ヤマハ・バルブオイルの効果 ~日本刀の防錆~

2016年08月15日 | 日本刀

「今の時期、刀は錆びるな」
居合道八段の先生がおっしゃる。
真剣日本刀を使用して居合を徹底的に稽古すると、まず確実に
今の時期、刀は錆びる。
汗まみれの手が刀身に触れるからだ。
抜刀、納刀、添え手、ありとあらゆる場面で刀身は人間の汗に晒
される。極端な大袈裟な話、血ぶりをしたら汗が飛び散るのでは
ないかというくらいに。

この汗は塩分その他の脂と水分であり、海水に日本刀を浸すような
ことになるので、いくら稽古後に入念に手入れをしても、稽古中に
大気中の酸素と結合して塩分と水分に晒された刀身はどんどん出錆
してしまう。これはどうやっても避けられない。

私は「航空機内に持ち込める代替刀剣油」としての刀剣保存油を
長年探していてようやく適性オイルを見つけ出したのだが、それに
は防錆成分が入っており、瓢箪からコマで思わぬ効能を得た。
それは、その刀剣保存代替油である管楽器用に開発された防錆
潤滑油である「ヤマハ・バルブオイル」にはかなりの防錆力があり、
これが真剣日本刀に効果てき面であることを発見したからだ。
ヤマハ・バルブオイルは、私自身が自分の刀で約2年ほど実験を
して、良好な結果が得られたので、数年前にこのウェブ日記で紹介
するに至った。


神奈川県の全国大会代表選手の康宏友の会「游雲会」のメンバー
から報告が来た。


彼は今季からヤマハ・バルブオイルを試験運用し、これまで良好な
結果が出ているという。
都度、使用状況の状態の報告を教えて貰っていたが、やはりかなり
防錆に
ついて有効な結果が出ているようだ。


年齢は若くとも高段者の先生で全日本の選手ともなれば、毎日それ
相当の時間と回数の居合を抜く。彼だけでなく愛刀の保存メンテナンス
において防錆
問題は、愛刀の保護という面だけでなく、試合で使用する
必要不可欠な差し料のコンディション確保という面においても非常に
重要な課題でもあることだろう。

特に梅雨の時期から今の夏場にかけては、汗まみれになる日本刀の
刀身は、居合選手のようなヘヴィ・ユーザーでなくとも過酷な状況下に
置かれてしまう。
日本刀が鉄でできている限り、防錆上の観点からは以下については
厳重に注意する必要が
ある。
・塩分
・水分
・空気

刀身に付着した手脂を除去しようと水(ありとあらゆる種類の水)を吹き
かけたり
するのは絶対に避けるべきだ。それは大気中に酸素がある限り、
水分
付着を避けなければ鉄の防錆などできないからだ。
誤ったことを科学的・化学的根拠なしに「噂」や「売り口上」を鵜呑みにして
日本刀に対して行なっては
ならない。水などを吹き掛けたら、確実に刀身
は錆びる。成分未表示である製品を使うことの危険性以前に、刀身に水を
吹きかけたらどんなことになるか少し冷静に考えてほしい。

また、油についても、溶剤入りルーセンスプレーなどを噴射すると、刀身
の肌目に浸透して組織破壊を起こす可能性もある。あのスプレーは錆び
ついたネジの錆分解用だ。
両者における商品名表示はここでは避けるが、噴射溶剤
スプレーオイルと
刀剣用噴射水などは絶対に日本刀には使わないほうがよい。

この私と同門同師匠直門の若き六段は、軽く出錆した錆落としの際にも
内曇砥の微粉末でできた上質打ち粉とオイルによる上質ティッシュでの
刀身清拭で初期出錆を適切に除去することも行なっているようで、自らの
差し料
のメンテにもぬかりはない。
「わが一門にぬかりなし」と自慢する訳ではないが、良い物は良い、よろ
しくない物はよろしくない、ということは互いに広く情報収集し合い、質性
の高い物を互いに剣友世界の同志として情報交換し合って選択し、少し
でも真剣日本刀に対して良好な状態にしてあげようとお互いに努力して
いる。


また、私の広島の愛刀家の友人は、刀剣を何口(ふり)も所有している
が、一般保存にもヤマハ・バルブを使用しており、良好な結果が出てい
るとのことだ。
私は武術稽古に真剣日本刀を使用する近しい方にヤマハ・バルブ・オイル
(ビンテージタイプが粘度が適切)を勧めているが、一般刀剣保存油と
してもかなり適しているのかも知れない。
私も彼の意見を参考に、観賞用保存刀剣の一部にもバルブオイルを
使用し始めている。

ヤマハ・バルブオイル、なかなかいける。

※ただし、ご自身の刀用の油の使用はご自身の自己責任で




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ネットから

2016年08月13日 | 日本刀



昔からの友人が福岡にいて、そやつは康宏刀製作再開プロジェクト
具体的になる前から康宏新作刀を注文希望だったのだが、何か月
前に完品完成で納品となった。
そやつのフェイスから。康宏友の会の游雲会メンバーだ。
あちこち長期滞在出張が多くて、仕事激務みたい。


彼の康宏作もなかなかの出来です。


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銘の位置

2016年08月12日 | 日本刀


長い備前物のような小林康宏の茎(なかご)

9月登録の新作刀2口の銘の件で刀工康宏から打ち合わせ電話
あり。
打ち合わせ後、ついでなので、尋ねてみた。
「なぜ康宏作は先代の先生も直紀先生も刀工銘をかなり下の方に
切るのですか?」と。
そうしたら、「気分の問題」との答えだった。
まじか?(^^;

一般的な刀工銘の位置。


康宏の場合、この同田貫の「衛門」のあたりに銘がくる。
これは一般的な刀剣の定法を大きく外している。
てっきり「号銘」を希望する人が多いから予め下のほうに
刀銘を切っていたのかと思ったが、読みは大きく外れた(笑

え~と、「気分の問題」なのだそうです(^^;
あ~、おったまげた。
個性としての表現の一つなのだろう。

個人的な感想としては、最近たんなる二字銘がかっこいい
と思うようになってきたよ。
平安鎌倉南北朝の古刀のような。


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地上最強の武器 決定戦

2016年08月10日 | 日本刀

地上最強の武器 決定戦


まあ、最強武器は日本刀ということになったのではあるが・・・(^^;

ちなみに、この米国番組の最後に使用されている刀は小林康宏作。
青く太い新筍ではなく一年越しのちゃんとした竹を切ればいいのに・・・(^^;
(竹を切ると音はバスッではなくガッコーンという音がする)


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刀剣防錆油バルブオイルと日本刀

2016年08月10日 | 日本刀



居合稽古後1日目。
昨日の稽古後に刀身の完全脱脂をし、YAMAHAバルブオイル(100%
化学合成)にて防錆のために油をすり込んだ。
これは1日目の棟をこすった状態。ごくごくうっすらと錆が発生している。
この状態は驚異的で、通常の刀剣保存油(植物油もしくは鉱物油)では
かなりの赤錆の出錆がみられるところ、これだけですんでいる。

手入れは毎日続けるのだが、この錆を1日目に完全に除去し、バルブオイル
を塗布(というよりすり込む感じ)すると、2日目以降まったく出錆が見られな
くなる。
これは一般刀剣油と比較して防錆の効果の差違が歴然としている。
私の友人の愛刀家は何口もの観賞用保存刀剣にバルブオイルを使用して
いるようだが、何の問題もないどころか、かなり良好な結果を得ているとの
ことである。
バルブオイルは、航空機内に持ち込める刀剣用油がないものか私が探して
いたところ、数々の油を試して私が探し当てたベスト・オブ・ベストの防錆油
なのであるが、やはりその効果は絶大だ。
本来居合などの武用の稽古には、江戸期のように「稽古専用刀」があれば
越したことはないのだが、現況はなかなかそこまで江戸期様式を再現する
には至っておらず、残念ながら私も含めて「通常勤務用の差料」に該当する
刀剣を使用している。これは文化遺産の損耗に手を貸していることでもあり、
私自身も忸怩たる思いもあるにはある。
防錆効果の高いバルブオイルの使用は、ごくわずかなりにもそうした損耗
状況を助長することを防ぐ効果もある。


バルブオイルに着目するまでは、博物館等でも使用されているという高級
刀剣油の太田製刀剣手入油を使用
していた。
この大人買いした刀剣柴田発売の太田製刀剣油が旅客機に持ち込みを
受付で断られたことから私の刀剣用代替油の調査が始まった。
結果としては、災い転じて福となすというか瓢箪から駒というか、最良の油
を発見することができたのである。

購入した時、刀剣柴田さんで「ずいぶん刀をお持ちなんですね」と
言われたが、刀はそれほど所有してはいない。
ただ、私は「常に新しい油を新しい上質ティッシュで洗うように使う」
のである。ネルに染み込ませた古油で刀身を撫でることは一切しな
い。
理由は、居合等で使用する刀剣の刀身に付着した人体の汗や脂
を古い油でこねくりまわすことが刀身には絶対に良いことではない
からだ。
稽古途中の手入れにおいても、私は常に新しい油と新しい拭い紙
(上質ティッシュ)を使用している。
刀剣をケースに入れての移動の際にも白鞘の休め鞘に刀身を入れて
移動している。刀が大事だからだ。
この刀剣柴田の刀剣手入油はすでにすべて使い切り、あと1瓶の半分
ほどが残っているだけである。
道路を安全に走るのにタイヤが減ることをケチる者はいない。また、
本職が
コースを走るのにタイヤ交換をケチケチする人間は一人も
いない。

刀剣も同じで、油をケチっていて「刀を大切に思う」などということは
あり得ない。油は消耗品であり、刀剣を守るための消耗品なので、
私は汚れたネルに染み込ませた古油で刀身をこねくり回すことは
一切しない。これは大昔からそうだった。他の人は知らない。私は
私の判断において私がそうしている。
そもそも、武士の武士たる所以は、「自己決裁をする強烈な自己」の
存在である。自分でやったことはすべて自分の責任である、という
冷厳な自覚を持つ者のみが刀を帯びることができたのがかつての
武士がいた時代の刀を帯びる者の生き方だった。
私自身は自分にそうした生き方を求めている。

バルブオイルは私が自分で見つけ出し、自分で判断して自分の差料
に使用して、2年近く試験使用して極めて良好な結果をみたのでかつて
このウェブ日記で私の使用実例として紹介した。
多くの方も試されて良好な物理的な結果に接し、継続使用されている
ようだ。
だが、「貴方の影響でバルブオイルを使用している人が多いのに
本人は別な刀剣油を使っているなんてw」という具合に揶揄中傷して
私の掲示板に書き込む人も現れた。
オイルというものは、刀剣に限らず、車でもモーターサイクルでも切削油
でも、状況によって使い分けるのは地球上の常識だ。何をわけわからん
ことで因縁をつけてくるのか。
一つのオイルですべての機能を望むのは、かなりトンチキな発想で
あり、物の道理がまったく解っていない。
バルブオイルは刀剣に対しかなり適性な物理効果を持っているが、
それは武用稽古等において最大限の効力を発揮するのであり、美術
刀剣の長期保存という点においては、刀身が汗脂に晒される可能性が
無いので、粘度の高い柴田の太田製や藤代製(たぶんこれも太田製)の
オイルが適性を保持いるということについて私は過去一度も否定して
いない。
ただし、一般刀剣油というものは旅客機には一切持ち込めないのである。
航空機で移動する人の対策はどうしたらよいのか。
そもそもそこから私の刀剣用代替油探しが始まったのだ。
それに、
自己責任の意思を持ち得ない人間ならば、刀など所有しなければ
いいのにと思う。
日本刀の世界、武術の世界というのは、「他人を悪く言って自分の位置を
保とうとする」連中があまりに多すぎて、正直閉口する。
自分で使う自分の刀の油くらい自分で選んで自分で責任持て、というのが
私の本音だ。人ではなく「自分がどうであり、それについて自分がどう動き、
その結果について自分がどう決裁するのか」というのが、日本刀を所持
していた「層」の本筋であった。
刀を持つ者の心を知らぬ、知ろうとせぬ者は日本刀など持つべきではない。
ただ危険なだけだ。

織田信長が本能寺で討たれる2年前の天正8年に造られた私の差料には
刀身に斬り込み疵がいくつもある。これは棟のサイド部分に深く斬り込まれ
た跡を研ぎ師が寄せて塞いだ痕。


この部分だけでなく、棟にも明らかな斬り込み疵が3ヶ所残っている。
また、別なさらに古い天文年間の末古刀には矢を受けた「矢目」と
呼ばれる菱型の食い込み痕が平地に残り、やはり棟にも斬り込み
疵が残っている。
戦国時代のイクサの乱戦となったら、剣術の一騎打ちのように、敵の
刀剣がこうきたからこう返す、などという展開にはまずならないだろう。
これは現代戦でも「白兵戦」を経験してみれば即座に理解が及ぶ。
(本物の現代戦闘での実物銃剣での白兵戦の恐ろしさを知る者は
ごく限られた一部だろうが)
例外としては、大坂夏の陣の際に、甲冑を脱ぎ捨てて軽快な動きを
確保して編成した真田決死隊が将軍秀忠のそばまで突撃して斬り
かかった時、柳生宗矩がその突撃決死部隊数名(5名とも7名とも)を
太刀ですべて斬り伏せている。柳生宗矩が人を斬ったのは後にも先
にもこの一件のみとされているが、敵が甲冑を装着していたらこうは
いかなかったことだろう。チャンバラ状態の乱戦になっていたはずだ。
乱戦になれば、刀身はむちゃくちゃに疵だらけになる。

日本刀のうち、太刀・打刀(うちがたな)・脇差・鎧通しが使用される
状況は、敵と取っ組み合いになるという最終の最終段階での武器
使用という状況ということだ。生きるか死ぬかの二つしか道がないと
いう命のぎりぎりの状況であるのだ。ただの現代日本のチンピラの
路上での殴り合いなどではない。本物の掴み合うほどの接近戦での
殺し合いであるのだ。刀身は疵を確実に受ける。
そうした痕跡が日本刀に残っている。
人間は斬った者も斬られた者も、もうとうにこの世にはいない。
だが、日本刀はずっと末世まで残っている。
これの重みとはなにか。
もはやそこには敵も味方もない、悠久の時が日本刀に流れている。
そうした時代を乗り越えて、幾星霜を駆け抜けてきた日本刀を見て
現代人の私たちは「美しい」と感じる。
単なる視覚的な美しさだけでなく、存在そのものにも冷厳で厳粛な
「何か」を私たち日本人は確実に感じている。
日本に来て、日本の戦国甲冑などを身に着けてイベントに参加する
外国人も、日本の武士たちの戦いの歴史の再現イベントを「ジャパ
ニーズ・カルチャー」と呼ぶ。
日本刀の文化は日本人の文化であり、人の命に深く関わった、その
時代をどう生きようとしていたのかという、まさに「人の文化」である
のだ。
その中心的物的存在であった日本刀を人は「美しい」と感じる。
人間不在のところに日本刀の命も人の命も存在しない。

それをあえてことさらに意識せずとも日本人が感知し得るのは、「人
の命」について日本刀が深く関与したことが触媒になっていることを
私たち歴史の中に生きる現代日本人がその歴史の中にいる自分との
関係性において無意識下に察知しているからに外ならない。
刀など使わないにこしたことはない。それは今も昔も変わらない。
だが、私たちの国の歴史は、それを赦さなかった。
そうした長く重い歴史の上に日本刀は生き残っている。
そこを多くの人に深く受け止めてほしいと私は願っている。
刀は刀として独立して刀のみが物理的な物品として存在しているの
ではない。必ず目の前にある一刀には人の歴史があったのだ。
その刀に関わってきた数えきれない多くの人の歴史が目の前の一刀
には反映されているのである。
日本刀の命とはそのように私たち「ヒト」の命に繋がっている。
そこを見てほしい。


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日本刀における描写表現

2016年08月06日 | 日本刀


昭和40年代の刀剣書を読んでいるとよく出てくる表現なのだが、私は刀の
状態を伝える文章表現において、「品位のない作柄」等に類する表現方法
は私的感情を説明書きにしたものであり、間違いだと思う。

こうした現象は五箇伝絶対主義がもたらした悪弊であり、さらに五箇伝の
中でも大和伝や美濃伝を排外する備前専一主義がそこに存在する。
その視点の根幹は、すべて差別主義に根ざしており、人々に偏見と排外心
を植え付けるものとして、私は人の目を曇らせる旧態然とした極めて偏波
な人間性を醸造させるものであると指摘したい。

心清浄ならざるば刀は見えがたし。
すべての予断、先入観、偏見を厳格に捨象する冷厳さなくば、刀の姿は
見えない。恣意的な者に躍らされてしまうだけだ。
刀は、ただ、刀を見て、無垢な心で刀の声を聴けばよい。


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