渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

鋩子の大事

2017年01月17日 | 日本刀


鋩子は日本刀の顔であり、命である。 その部分の成形如何で
耐久性に大きな差が出る。
上図の左は、小鎬がフクラのRに比例したラインであるが、
研ぎ減って松葉が枯れると相対的に鋩子部分が薄くなって
しまうライン取りとなる。
一方右の図は古刀などによく見られる研ぎ減った刀身の場合
の小鎬の取り方で、耐久性確保のためにこの右のように研ぐ
研ぎ師は多い。 だが、見かけのみの「美術性」なるものを
求めるあまり、研ぎ 減った刀でも左のように研いでしまう
ことが業界では見られる。
当然、物理的に松葉先の鋩子は薄くなり、耐久性は著しく減少
する。
そのように、美術品という金科玉条を冠して日本刀を駄目に
してしまう研ぎが、実は美術刀剣界ではまかり通っている。
ひどいケースでは、時代名刀さえも見た目をスッキリとエッジ
が利いたように見せるために鋩子の地刃の肉をごっそり落とし
てしまう研ぎをしてしまうこともある。
一体、何のための文化保存かよく分からないという現実が、
実は一般人にはよく知られていない裏で行なわれていたりする。

日本刀において、鋩子は斬りつけるために最重要な部位であり、
鋩子の無い鉈のような構造では、刀は刀剣として戦闘には使え
ない。
また、鋩子の中でも重要な部分がフクラと松葉であり、この
両者の形状、位置取り、肉厚は、刀の性能に即影響を及ぼす。
とりわけ松葉は新品状態では張っており、鋩子の強度を充分
確保するのに役立っているが、使用により研ぎを重ねる うちに、
身の重ねの減りとともにどんどん薄くなる。古刀などが 松葉の
張りが弱いのは、この研ぎ減りによる避けられない 物理的な
現象によるものだ。

しかし、先を軽くすることを目的に造られた現代居合刀などは、
まるで模擬刀ように松葉そのものが全く張っていない物が殆ど
である。当然強度は低い。鋼の出来以前に、構造物の造形として
強度確保など念頭に置いていない製造物が居合用新作真剣である
からだ。
居合用の専用真剣というものは、本来の日本刀としての機能を
付与させる視点は極めて希薄なのである。



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刀の刃について

2017年01月16日 | 日本刀



日本刀について、刀屋うを新とかなり専門的に部分的に
特化したある事柄について突っ込んで深い話をした。
眼から鱗の講話あり。
いや~、そういう視点は私にはなかった。
ものすごく勉強になった。
「こういうことは普段誰にも言わないんですけどね」
とのことだ。
いや、こたびは唸らされました。さすがです。深い。
勉強になりました。

これで、少し疑問というか、自分の中でもやもやして
いた部分が氷解したような気がする。
無論、刀剣の実用面というか、歴史上の刀剣と現代の刀の
接点という点についての事柄だ。
いろいろな角度から論理的にメスを入れてみても、うを新
の本日の解釈は隙がない。
参りました。
大変勉強になりました。有難うございます。


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寝た刃合わせ ~斬術稽古~

2017年01月14日 | 日本刀


本山合さを以てフリーハンドで軽く寝た刃合わせをした。

パッと見は、寝た刃を合わせたのがまったく分らない。



刀が意思を持っているかのように自重で勝手に斬り進んで行く。
寝た刃を合わせる前とまるで違う。


寝た刃を合わせるのは、試斬ではなく、斬術稽古をするためである。
刀を切れるようにしてしまうと、試斬や試刀の意味はない。
刀の切れ味の有無と腕の有無が判別がつきにくいからだ。
刀が勝手に切れてくれる状態にセットすると、腕のみで刀法そのもの
の稽古ができるようになる。

切れない刀でも切ることはできるが、それは腕がある者が行なう
ことであり、ある種腕で切ってしまうので、試斬および試刀としての
データ取りにはならない。
刀が切れるのか切れないのか、あるいは個別の繊細な刃味がどうで
あるのかを検出する場合と、最初から切れるようにしておいて、体さばき
や刀法を切りの実践で磨くのとでは、目的とメルクマールを明確に弁別
しておく必要がある。
そうでなければ、「切れた切れない」「ああ楽しい」「ああ失敗」といった
ように一喜一憂するだけのただの「切りごっこ」になってしまうからだ。
それでは刀術研鑚の意味がない。
ここのところ、結構大切。

※この寝た刃の合わせ方は刀工小林康宏直伝の方法に私が工夫を加えた
 方法で自分の刀に対して行なっています。寝た刃の合わせ方は江戸期
 から様々な方法があり、また現代でも様々な解釈と方法があります。
 刀を加工するにあたっては、あくまでも自己責任で願います。
 私個人は経験則から、刃先に極小糸刃を付ける寝た刃の合わせ方を
 選択していますが、それはいろいろな体験と経験からの理論的背景に
 基づいたものです。


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好み

2017年01月14日 | 日本刀



人には好みがある。
私が極めて個人的に離れ目系の女の子が好きであるように、日本刀
ついても人それぞれ好みというものがあるようだ。

個人的な好みなのだから個人的な好みにとどめておけば何も問題はない
のであるが、人によっては自分の好みを他人にまで強要する
ような人も
いる。

他人に自分の感性や考えを押し付ける事そのものが好みなのかもしれ
ないが、そういう類の好みは甚だ迷惑な話だ。


刀屋さんには実にいろいろな人が訪れる。そうした人たちのことを綴った
物の本を読んだことがあるが、かなり滑稽とも思える人間模様
というもの
があるのだなと思った。

そうした面白い(愉快という意味ではなく奇異という意味で)人たちには
共通項がある。とにかく、自分の考えや感性には物凄く忠実で、他人の
意見や気持ちなどは一切考慮しないことだ。時には社会的な非常識なこと
も言動に現れたりする。

以前も書いたことがあるが、
友人の刀剣商と好みの刀について話をした
とき、「嫌いな刀はない」という
視点が私と共通であることに驚いた。
これは逆にいうと、「備前伝でなくば駄目」とか「相州伝でなくば駄目」
とかの
タガを自分にはめたりしない、ということにもなる。すべての
刀剣にはそれなりの魅力があり、欠点を見ることよりもその刀の良い
ところを見つめるほうが心は幸せになる。すべての刀剣について何らか
の見所はあるものだ。
刀剣愛好家というのは変わった人も多く、日本刀関連の書籍を読んでいても、
「自分の刀を褒められなければ機嫌を
損ねる人」とか「備前刀以外は刀では
ないと思い込んでいる人」とか、かなり
アクが強い人が多いようだ。
総体としては「自分の刀自慢」あるいは「自分の嗜好する刀に暗黙の強制的
賛同を求める」ようなことをしたがる人たちがかなりいる、ということの
ようだ。

そして、大抵は自分の刀について論評を求める。
だが、最初から求める答えは用意されて決まっているのだ。
それから外れた「客観的な」感想を述べたりすると気分を害したりする。
だから、あまりにもそのような人たちが多かったからか、刀剣界では一つの
不文律というか暗黙のタブーが存在した。
それは、「人様の刀を観た時には、物理的客観的な所見などは述べてはいけ
ない」ということだ。
さらに、率直に感じた感想などを述べたら、たとえそれが客観的な一般的
刀剣評価の類であっても、
いざこざの素になったりする。その手の話は
かなり多い。
理由は自己偏重の感性の持ち主たちの変人は、最初から答えを用意して
いて、それに少しでも見合わなかったら著しく不快感を抱いて逆恨みした
りするからである。実に困ったもので、迷惑な話だ。
そういう人たちにはそういう人たち向けの対処がある。「物を言わない」、
「会話をしない」ということがそれだ。刀剣の場合は、見せられた刀に
関しての感想や評価を一切口にしない、ということである。コミュニケー
ションは絶対に成立しないのであるから、言葉を発したらトラブルの素
であり、下手するといきなり理解不能な状態で怒りだしたりするのがオチ
である。あたらず触らずが一番いいのだ。
古人の言い伝えには処世術としては学ぶものがある。
私の実体験としても、「寛文新刀こそが日本刀の中で一番美しい」と強烈に
思い込んでいる人がいた。単に個人的に好みだから、という程度ならばよい
のだが、寛文新刀姿以外は日本刀ではない、というような物言いで人の刀に
ついてもとやかく言うのだから周囲は非常に困惑していた。
私個人としては、寛文新刀は寛文新刀なりに時代背景があるからあの独特の
刀姿になったのであって、私自身は特別な思いはどの時代の刀に対しても無い。
これが最良で最高でこれ以外は刀ではないなどと偏ることは私には一切ない。
だが、その寛文新刀好きな人にはかなり参った(^^;
解決法は、「その人とは話をしないこと」である。これに尽きる。
コミュニケーションが取れず、対話が成立しないのだから、会話などする
意味がない。

(日本刀の時代ごとの刀姿の変化)


(寛文新刀)


江戸初期新刀(左)と末古刀(右)


日本刀は時代ごとにその姿を変化させてきたが、姿だけではなく
日本刀そのものがいくつにも枝分かれして「別種」を生んできた。

(日本刀の変遷)


さて、私と友人の刀剣商の共通項は、「好みの刀は無い」という
ことだった。裏返せば、すべての刀が好きなのである。
あえて絞り込んで選ぶのなら、というのであれば、私個人は戦国
時代最末期である天正前後の打刀の姿が好きである。

ただし、作柄によって惹かれて選ぶ刀剣というものもある。
この江戸新刀などはそれの典型で、刃文などは好みではない。
だが、全体
的な姿と、地鉄の面白さに引きつけられて入手した。




どのような刀であっても、自分が買い求めた刀は、無下に放り出す
ことなどせずに、長い間可愛がってあげてほしいと私は願う。
売却があるから刀屋も商売が成り立つのだけどね。
できることなら、放出せずに刀屋泣かせの愛刀家になってほしい
などと勝手に思ったりする。
この手の思いは私が勝手に思っているだけなので、人にはそれぞれ
の思いがあるからそれについては言及などしない。
だが、気に入らなくなったからポイ!飽きたからポイ!というのは、
日本刀と動物(飼い犬や飼い猫など)についてはよしてほしいと
強く思うのである。


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糸透かし

2017年01月11日 | 日本刀



武州伊藤派ならびに伊藤派に影響を受けた鍔工たちの技法に
「糸透かし」というものがある。
どうやったら、現代コピー用紙が1枚通るか通らないかの細い
透かしが施せるのだろう。謎。

勝手な想像だが、これ、もしかしたら最初から大判の板材に
その部分の透かしを糸のこ(江戸期の)で透かすなりして、
それを打って寄せて幅を狭めたのではなかろうか。そして
あとから周囲を成形、という。

でもそうだとしたらこうした糸透かしの技法の説明がつかない
ようにも思える。曲がりなき直線。しかもクロスしている。
歪みは無い。(四つの線のうち対角二線のみが透かし。でない
と真ん中が抜け落ちてしまうから。残る二線はただの溝)



ますます以て、謎。
識者や現代工人に尋ねても、「~なのでは」とか「~だろう」
という回答しか得られない。
この糸透かし技法の完全な正解は、やはり失伝事項なのだろう。

一つの考察のヒントと思えることがある。
それは、銅素材の鍔には糸透かしを見ない、ということだ。
すべて鉄素材に糸透かしは施されている。
ここに、この技法を解明する何らかの手がかりがあるかも知れ
ない。
やはり、加熱して透かしの幅を狭めて、それから周囲を削り
込みで完全フラットに成形、という技法だと思うのだけどなぁ。
それで果たして完璧な直線も出せるのかどうかという問題も
あるが。

でも、単に私が無知なだけだろう。
現代鍔工でもこのような物を作り上げる職方もいる。すべてを
手作業でこれを完成させている。凄すぎる(笑


もう笑うしかない程の超絶技法だ。


こちらは本歌である又七の鍔。肥後熊本。芸術の細川家の
求めによる。針より細い丸穴を鉄にどげんしてあけると?


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刀身のよじれ

2017年01月11日 | 日本刀



これは日本刀ではないが、日本刀には新作でもこのように
刀身の刃道がプロペラ状によじれている物がある。
大御所と呼ばれる現代刀工たちの現代刀にもかなり多い。
こうした刀身は完全に真っ直ぐに直すのがほぼ不能だ。それ
でも作者はそれを世に出して
いる。
そして、こういう刀身では・・・まず物を切れない。力の
抜けが刃先から一直線に刀身断面中央を抜けて棟の頂点に
突き抜けずに横方向の力が加わるためだ。ぐにゃりと曲がり、
物を切ることはできない。
それでも世に出す。
「切る」ことを前提としていない現代刀の姿がそこにある。

以前、ある関係から相州伝系の名人と呼ばれる現代刀工の作
に触れる機会が多かった。
ことごとく、このように刃部がよじれ曲がっていた。ひどいのに
なると行って返って来ているようにS字になっている作もあった。
理由は分からないが、鍛造時の残留応力なのか、焼き入れの際の
表裏での刀身温度の差が激しかったのか、とにかくよじれ曲がって
いる。

またそうした熱処理未熟と製作段階での補正についての無頓着
以外にも、その刀では切るにたがわなかった。
刃が異様にもろいのである。異様というのは本当に異様で、指
でデコピンしたら大きくボロッと欠ける。
また、研ぎ師が非常に苦労する。砥石に少し当てただけで、
ポロポロとビスケットのように刃こぼれして行くからだ。
それでも親子で名人の名を得ていた。
切るためではない現代刀とはいえ、あまりといえばあんまりで、
危険すぎる物体だと私は思った。
私は引いたが、知り合いは切った。畳表半巻きでぐにゃぐにゃに
曲がった。刃が欠けるほどに硬く脆いのにぐたぐたに曲がる。
これは日本刀とは呼べないと私は思った。どんなに沸匂が見事
に現れ、砂流しかかり、自鉄も綾杉や小板目が摘んだりして良く
錬れているように見えたり、真横から見ただけなら名作のように
見えるとしても。


28年前はそうした脆い現代刀ばかりという話を先輩たちから聞いて
も「うっそ~?」とか思っていたが、その後、試刀をする
機会が
増えるにつき、出てくる出てくる刃こぼれ丸大集合の現代
刀。
曲がるほどには振り切らないので刀身を曲げたことは無かったが、
畳表を切っただけで刃こぼれする刀(ボロリ系とチリチリ系がある)
が実に多かった。先輩などは、蛍光灯のナイロン紐を切っただけで
ポコンと紐の形に刃が消滅した。それも沸(にえ)物出来だった。
だが、私は一度だけ畳表切りで刀身がまるで氷柱が折れるように
抵抗なくポロンと折れたことがある。それも沸(にえ)物の作だった。
(その他の2口を折ったのは刀身が焼き入れ失敗の作であり、験体
としては考察の除外対象)

どこをどうやったらそんなに脆い鉄に出来るのか?と不思議な程
に刃物としては成立していない刀の形をした刀もどき大集合だった。
私はその時、本当の現実を知ったのだった。
人からは聞いてはいたが、自分が体験するまでは、まだ現代日本刀
に対する期待があったのだが、ものの見事にその希望的観測は爆砕
された。
現実というものは厳しい。ただ、本当の事実のみが目の前に現出する
からだ。
化粧落とした素顔見たらドッシエ~~~! ヽ(◎。◎)ノ
という以上の現実を現代日本刀に見たのだから、どれほどかという・・・
(^^;


とりあえず、口先での公式発言とは別に実際の現実問題としては、
作り手が刃の靭性にまったく考慮しないのは、現代刀が見るための物
だから分かる
とはいっても、刀身の刃道がまっすぐでなくよじれて
いるのは、実用
を勘案しない見た目としてもアウトなのではないで
しょうか?

いくら日本刀を模した鋼の芸術品であったとしても、最初からよじれ
曲がりというのは、それはない。

と思います。

ちなみにトップの画像は日本刀ではなく肥後守です。
これは廃棄です。理由はこういう刀身は実用上使えないから。
研ぐことも部分的な「当て研ぎ」の誤魔化し研ぎでないと研げません。
肥後守は実用品ですので、こうした重大な瑕疵を持つ物は欠陥品です
から、廃棄。
日本刀は、こういうよじれ曲がりのある物でも世に出るようです。
その意味は、私はよく知りません。

ボロン系(何を切ったのかは不明。ただしこれ系は結構ある)


チリチリ系(肉体を事故で切ったらこうなってしまったらしい)


ポコン系(寝た刃を合わせているから試斬の結果だろう)


上掲同個体のその後。


こうした画像群はネットで見つけたものだが、こうした
画像をアップしてくれているということは有難いことだ。
瑕疵ある物は、現実を冷静に分析すれば解決の道もある。
隠ぺいして作り事の虚言を弄すると問題は解決しない。
現実は現実問題として真の姿を突き付けられているのだ
という事を脆い日本刀をこしらえている人たちは知って
ほしいと願う。

また、「使う人からは悪魔のような切れ味と称賛されている」
と自称する人が作った和式刃物に私がスプーンで軽くコンと
やってみた結果はこれ。


研いでいる最中も刃先がポロポロとこぼれてくるので苦労
した。
典型的な「駄目な刃物」であり「お前はもう死んでいる」
という属性の類の鋼の塊だろう。

日本刀を含めてこうした刃物群が実に多い。
本当に何とかしてもらいたいと思う。
自分が作る刃物が実はとても脆くて危険なものである、と
いう実験結果が出たとしたら、あるいはユーザーからその
ような報告が届いたとしたら、目を逸らさずに、その自分が
作り出した現実と向き合ってほしいと願う。
向き合う事は辛いことでも恥ずかしいことでもない。真正面
から自分のそうした作と向き合えば、やがては必ずやそうした
状況は突破できる。良い物が必ず作ることが出来る。
そうした現実を現実として認めないで、自分は良い作が作れ
るのだと現実に反して虚栄を張ることのほうがずっと恥ずか
しいことで、「死に体」を自ら選んでいるのだということを
ぜひとも解ってほしいと、私は鎚取るカヌチたちに願うのだ。


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刃先の刃角の意味

2017年01月11日 | 日本刀



鏨(たがね)はどうして刃先がまるで日本刀を寝た刃合わせをした
ように
鈍角になっているのか。


それには理由がある。
この物理現象に基づく理屈は一般刃物においてもまったく同じだ。

そして、小刃による鈍角出しではない鏨にすると、きちんと鈍角
出しの鏨と同じく銘を切ることができる。どんどん鉄を切り開く。




素人が切った銘。


日本刀において、美術研ぎのキーン刃に普通に刃先を研ぎ上げた
日本刀で物体を切ると、最初の数太刀は良好な切れ味を示すが、
すぐに刃先が潰れて切れ味が極度に低下する。
だが、この私のドリルタガネは小刃付けによる鈍角出しをしていない。
いきなり蛤で餃子のように刃先に刃肉をたっぷり持たせた角度に
している。つとめて切れ味は長い。鋭角であればあるほど、初期の
一打ち二打ちの切れ込みは鋭いが、すぐに駄目になる。
実は刀もまったく同じ物理現象が起きている。

結論。
刃先薄いキーン刃研ぎは、最初の一太刀二太刀は良好な切れ味を
示すが、すぐに薄く尖った刃先が潰れる。つまり刃は寝る。
一方、糸刃付けの寝た刃を合わせた刃先は刃味はキーン刃よりも
劣るが、刃物使用としては必要充分な切れ味を長い時間に亘って
保持する。鈍角であり、刃先が潰れないからだ。

結論的には、切るための日本刀の研ぎにあっては、キーン刃であると
切れ味を維持確保するためには、永遠に研ぎ続けないとならない。
しかも頻繁に。
刀身は研ぎ減り、砥石も研ぎ減る。
そもそも、一太刀二太刀で刀剣は使い捨てではないので、切って刃先
が潰れる研ぎは物切りには不適切であるという厳然たる厳しい事実が
存在
していることに気付かされる。
切る日本刀に美術刀剣のような通常のキーン刃研ぎは不向きであると
断言できる。

やるならば、餃子ハマグリに刃先を形作る「蛤餃子系の刃角のキーン刃」
である。この私の自作タガネのように。
一般的な発想での刃先尖らし研ぎは、すぐに切れなくなる。


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切るための刃

2017年01月10日 | 日本刀



日本刀にしろ包丁にしろ、私は「物を切る」ということについて刃先
に関する一つの定理を感じている。

それは、キーン刃ではなく、コンマミリ単位でも糸刃を付けたほうが
格段に刃持ちが良いということである。

これは何も日本刀の世界のみならず、包丁人の世界でも刃物の
常識
となっているところだ。
日本刀の場合、美術研ぎのようなキーン刃で研ぎ上げた刀で物体
を切ると、
たちどころに刃先が潰れてしまう。
それは、刀身の角度を回しながら光にかざしてようやく判明する
ほどの潰れだが、先が鋭利に尖っているのであるから、物体を
切るごとに尖った頂点が潰れていくのは当然の物理現象だ。
それが、包丁の世界、つまり料理人の世界でいうところの「止め
刃」という極細の糸刃を付けてやるだけで飛躍的に刃持ちは向上
する。雲泥の差ほどに態様が異なってくることが即座に現出する。

それを発展させて小刃まで鈍角幅を広げたのが一般的に抜刀道
などの世界でいわれている現代寝た刃合わ
せなのであるが、私の
ように包丁の世界でいうところの極細の糸刃を付けるだけでも、
日本刀の試斬においては圧倒的な刃持ちの良さが現れる。

思うに、そもそもが、美術刀剣研ぎのような研ぎ常態では、物体や
人を斬るシーンには日本人は日本刀を投入しなかったのではなか
ろうか。(戦闘前に築山で刃を潰すのは刃こぼれ防止のための別な
理論に基づく運用法)

和食料理の世界でキーン刃ではなく極細糸刃をつけることが練達
包丁人の間で常識であるように、日本刀も本来は止め刃を付与させ
て斬るのが本当の姿ではなかったか。


現実問題としては、糸刃を付けていない日本刀はすぐに刃先が
潰れる。
これは日本刀が元来蛤刃であるとしても、刃先に行くにつれ薄くなって
いるので、
糸刃付けの鈍角な角度に比較するとキーン刃は鋭角だ。
それだけに最初だけは
切れ味は良いが、すぐに刃先が潰れてしまうの
は、ごく自然な物理現象として発生する。


鈍角の研ぎ幅については、江戸期の古来から様々な技法と理論が
あるが、私個人が刃物に施す小刃付けはごくごく幅が狭い。
特に木工工作用和式刃物や和包丁には極薄糸刃を止め刃のように
付ける。
日本刀の寝た刃合わせの場合は、それよりも多少幅が広くなり、私
などが仕上げる基準値は0.3
ミリほどの研ぎ幅になる。

私は刃先をキンキンに薄く鋭角に尖らせたキーン刃のままの日本刀で
試斬することには否定的である。
それをやると、古刀だろうと新刀だろうと新新刀だろうと昭和軍刀で
あろうと現代刀であろうと刃先はしばらくすると潰れる。これは小林
康宏刀でも潰れる。光に透かして刀身を回転すると刃先が光を反射
し、ミクロン単位で潰れていることが現認できる。
実際に、止め刃付けの寝た刃合わせをする前の私の末備前は刃先が
潰れていたが、刃先に寝た刃合わせをした3年前には新聞紙が無抵抗
のように切れた。それが今でもまるで研ぎ上りの包丁のように切れる。
散々試斬した後でもそのように切れる。
一方、キーン刃研ぎ上がり状態ではカミソリのように紙が切れた小林
康宏作は、寝た刃合せをしないまま試斬稽古した後では、新聞紙が
切れない。キーン刃で鋭利に尖らせていた刃先は、光にかざすと潰れ
ている。つまり寝た刃になる。
どの日本刀でもこの現象は一様に起きる。鋭利に薄く尖らせた刃先は
刃持ちがよくない。


潰れたら研ぎ、潰れたら研ぎ、という使用法はごく一部の包丁や彫刻刀
でしか運用できない。
ゆえに、料理人の包丁においても、日本刀の試斬において
も、ハンティング
のゲーム(獲物)の解体においても、私は止め刃を付ける
ことのほうが
刃先を鋭利に尖らせるキーン刃状態で刃物を使用することよりも、物理的
に刃物の使用前準備としては妥当性
を有しているという所見を持っている。
私の糸刃付け論は、現代刃物使用者(包丁人等)の所見から影響を受けた
ものであり、極細の糸刃を止め刃としてつけることである。

それは、摩擦係数を減らす為に焼き刃と平地にまで研ぎ疵をつけるという
江戸期の山田流試刀術の寝た刃合わせとは概論の着眼点が異なる。
山田流の寝た刃合わせは刀身進行時の摩擦係数をどうするかの視点で
あり、私の寝た刃合わせは、現代において山田流とは違うところでいわゆる
「寝た刃合わせ」と云われている刃付け、すなわち切れ味を落とさずに刃持ち
を最優先させる刃物遣い練達の人たちからの伝統を基盤としている。
私が行なう日本刀の寝た刃合わせ(糸刃付け=止め刃付け)の場合、薄物の
紙も切れ、かつ硬物も切ることができる。そして切れ味の低下が極端に遅い。
刃味はキーン刃の極初期よりは劣るが、切れ味は良い。そして、さんざん試斬
に使用した後でも新聞紙一枚をスパーッと抵抗なくカミソリのように切って行く。
そのごく狭い幅の糸刃の中にさらに私流(早月流)の刃付けを施すと、それ
プラス異様な切れを示す。ただの単純な極細糸刃ではないからだ。この技法
は友人である自衛隊将校には伝授した。単なる現場タッチアップではない、
89式小銃銃剣の良好な切れ味と刃持ちを共存させる整備手入れのためだ。
(一般人の銃剣所持は銃刀法違反。自衛隊員でも隊内から持ち出したら違反。
従って、自衛隊員は隊内において銃剣を研ぐ。動力使用の簡易タッチアップが
多いが、初めから切れ味鋭く硬物にも対応でき、かつ長切れする状態にできる
のであるなら、それに越したことはない。友人将校は武器運用準備の通常整備
としてそう判断した)

日本刀における寝た刃合わせ。


刀身を回して角度を変えると刃先に止め刃を付けていることが判る。


別な刀。寝た刃を合わせてある。


ここまで幅が広いと寝た刃合わせではなく「小刃」の範疇となる。
(但し、見る人が見ればこの画像からも判るが、これは刃先に止め刃を付けている)



ナイフにおける寝た刃合わせ。この角度ではよく見えない。


角度を変えるとやはり光の反射で刃先に止め刃を付けていることが判る。
この止め刃を平らに落とすと刃引きとなる。


別な肥後守個体の拡大。(平地は天然砥石を充分に利かせている)


糸刃が付けられていることが判る。


私は日本刀の試斬(というより斬り稽古、斬ることそのもの)のためには
止め刃の寝た刃合わせ推奨派である。
理由は、キーン刃の美術研ぎのままでは、刃先の潰れという物理現象が
どの個体の刀でも必ず早期に発生するからだ。

ただし、極細の糸刃を付けるのは存外難しいようで、ガタガタに幅広く
雑に砥石を当てて平地までこすり込んでしまったり、糸刃ではなくナイフ
のように小刃付けのようにしてしまった個体も多く見た。
また、本職日本刀研ぎ師が、合わせ砥石によってグーッと一方通行で
押して極細糸刃=止め刃の寝た刃合わせをしている様子をyoutube
で見たことがあるが、実は研ぎ師に依頼しなければできない程の繊細な
技法なのであるのかもしれない。
しかし、努力すれば専門研ぎ師でなくともできる。
一般市民である私ができるのだから、他の人ができない筈がない。
要は研究と努力だ。
日本刀全体を研ぐのではない。刃先のみ止め刃=刃止めという極細刃
を付けて蛤ではなく直線的にミクロ単位で鈍角にしてやるだけだ。
刀身保持のアングルを決めて、正確に一方通行でショートストロークを数回
すればそれで完了だ。
間違っても平地や焼き刃の刃中を疵つけないように刃先だけを鈍角エッジ
で立ててやるだけだ。
やれば必ずできる。

ちなみに日本刀については、私は、刃先3~5ミリほどのみ露出させるように
透明セロテープで刀身を保護してから糸刃寝た刃合わせを行なっている。

江戸期の寝た刃合わせ。私は今はこれはやらない。


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配送準備

2017年01月09日 | 日本刀

現在、初二代合わせて私の部屋には8口の小林康宏作がある。
5口は雑誌掲載撮影用と某刀工の研究観賞用に配送するために
一旦中継基地として私の所に集まった。協力者に感謝。
残る1口はメンテのため。あとの2口は私の家にあるものだ。


最近の二代目康宏の銘で一番個人的に気に入っているのは
これかなぁ。和歌の一節であるらしい。




これくらい私も押形が取れる技術があればいいんだけどね。
ここまでの職人技は持っていない。これは刀剣しのぎ新藤店長
による押形。


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兄弟刀 ~康宏作日本刀~

2017年01月09日 | 日本刀



私の康宏(上)と私の二代目康宏作と同時期に造られた兄弟刀(下)。
身幅は私の康宏作が30.1ミリ、兄弟刀が31.7ミリ。
反りや長さは異なるが、造り込みはよく似ている。

これは小林直紀康宏製の鎺(はばき)である。私の刀にもこれが装着
されている。刀工同人作としては、なかなか巧いと思う。


止めヤスリとタガネで花をあしらっているのだろうが、私には
どうにも小動物の足跡に見えてしかたない。ニャンコの足跡
とか(笑

剣正弘心は師匠の座右の銘だ。この師匠の刀、なかなか良い
鏨運びの銘だと私は思う。1990年代中期作。





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刀の修理

2017年01月08日 | 日本刀



初段の頃から散々居合で使い、試斬で使ってきた一番愛着
のある私の刀である。

刃コボレのように刃マクレしていたフクラ部分と切先を研いで
成形した。


満身創痍。右端の平地部に見える黒いひし形のへこみは、
戦国期
に矢を受けた「矢目」と呼ばれる実戦の痕跡だ。他
にも棟に切り込み疵もある。



凸凹だったフクラ、潰れた切先は一応刀の形になった。
横手はあるが横手線は度重なる居合稽古・試合参加と試斬
により摩耗ぎみである。
拵は時代拵だが、鞘割れ、鯉口割れは一切起こしていない。


この末備前、よく見ると棟にも焼きが入っている。
美術刀剣界では棟焼きは下手とされて忌避されるが、構造体
の強度確保のためには軽い棟焼きは張りを持たせ刀身衝撃
の中和になると私は考えている。明らかにアカを噛ませた痕跡
ではないまるで逆刃刀のように玉垣刃のような焼きを棟に入れ
た備中刀を経眼したことがあるが、刀剣の実用的見地からの
施工と思われる。事実この刀は異様なほどに頑丈である。
斬釘試し済み。斬鉄剣だ。甲冑武者にも斬りつけることをごく
当たり前のように想定内に入れた時代の刀の製作視点という
ものが浮かび上がってくる。


観賞主体の美術刀剣とは呼べない。戦国時代の数打ち実戦刀だ。
だが、焼刃は十分に残っている。刀身中央から先にかけては、
刃の白い化粧研ぎを私が除去している。本当の刃文が見える。
刀身の曲りも一切ない。
腰も強く刃にことのほか粘りもある。
完全に本研ぎをかけてあげて保存モードにするのは切り納めを
する時だ。この刀は常に私と共にあった。初段から三段まで試斬
稽古だけでなく居合道の大会でも使ったが、多くのトロフィー、盾、
賞状を持って帰った。私の一番の愛刀だ。これは私にとって必要
不可欠な不可分のピースメーカーなのである。ディス・イズ・マイ・
フォーティファイブ。



こうやって縮小画像で見ると横手は消滅しているのではなく存在して
いることが判る。模擬刀のように横手が無いのではなく、横手線が
「そこはつるんとしている」(by 峰隆一郎先生)だけのことだ。




セ ン ゴ ク ジ ダ イ ・・・・ バタッ。(on 戦国自衛隊 ← こればっか)

ううっ。これがベスト・オブ・ベストぜよ。こじゃんと好きやき。たまるかぁ~。

まじもんで可愛い。

定寸、尋常身幅であるのにとんでもなく頑丈で物凄く切れる。
重量頼りや超幅広ハッタリ体躯を以て大切れや堅牢さを確保
しているのではなく、通常体配で頭抜けた能力を供える。
身幅一寸。これで十分に戦国期も江戸期も役目を全うできた。
こういうのこそが、ザ・日本刀だと私は思う。


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刀との出会いは縁

2017年01月07日 | 日本刀



友人が新たに斬り稽古に使える戦場刀を入手した。
うう・・・セ ン ゴ ク ジ ダ イ・・・。バタリ(笑

持つべきものは、親身な刀屋さんだ。
心意気で超ウルトラスペシャル破格値で二尺三寸一分を
世話してくれた。

現在、出荷検品最終整備中で到着待ちとのことだ。

刀というのは即決即断が結構大切な場面となることが多い。
私はいまだに、初段の頃に欲しかった大磨り上げ無銘極めの
平高田二尺三寸三分
が忘れられない。
夏のボーナス出て、よし!と駆けこんだら「先週売れた」との
ことだった。あの時の落胆といったらなかった。
あれは骨董屋さんだから、手着け打っての取り置きとかローン
とかもできなかったのよね。もっとも刀はローンでは私は買わない
けど。当時、給料の額面手取り2か月分の売値だった。
刀は、これは!と思って、手元に資金があるのなら、即決で買い
求めるのが正解かと私は思っている。
同じ刀と再び出会うのは、この世界、ほとんどないようなので。

それと、不思議な感覚を持つことがある。
自分が刀を探すのではなく、刀のほうから自分を探していたような
感覚に襲われることが時々ある。個体として。
これ、多くの人が実は感じたりしているのではなかろうか。

しかし、河童斬安綱とかいう刀はたぶん無いと思う。


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刀の観方

2017年01月06日 | 日本刀



周辺の記事




極めて珍しく正しく公正妥当な事を客観的に淡々と冷静に書いている。
シュールなデザイナーズマンションがどうであるとかは知った
ことではないが、本文の記載内容はつとめて真面目で正しい知見が
書かれている。
私は「誰それの言ったこと書いた事だからどうか」という判断は
しない。すべてはその中身だ。裁判官ではない。心象を判断基準に
置いたりはしない。すべて、記述の中身と表現如何で主張を判断する。
正しいことは誰が言うに拘らず正しく、不当不埒は誰が行なうに拘らず
不当であり不埒不正である。
今回は、至極まともなことを書いている。
その通りだ。
刀は自然光で見るのが最適なのである。
これは刀を実見してみれば
本当によく判る。
現在の国民の住宅事情ではなかなか難しいところはあるが、できれば
自然光による日本刀の鑑賞を薦めたい。
また、日本刀は日中刀を鑑賞できるご身分の人たちだけの独占物では
ない。件の筆者はその現実への心配りに欠ける視点だが、仕事を終えて
夜間にしか刀を鑑賞できない方々も、できれば、休みの日などは自然光
での鑑賞をお薦めする。
北向きの柔らかい光、しかも障子越しの明かりが私の経験では最適
だったが、人々にはそれぞれ住宅事情がある。それなりに工夫して、
ごく自然と刀の素顔が見えるようにすれば、今よりももっと別な
真に迫る日本刀の世界が肉迫してくることは間違いない。

いつも、かつてのようにこういう文体と表現内容ならば、業界から
干されることもなかっただろうに。
刀を観ることで落ち着いた良い精神効果を得るのであれば、それは
貴君にとっても世の中にとっても幸いなことであろう。

諸兄におかれても、落ち着いた豊かな刀剣ライフが招来することを
私は願っている。

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好きな刀

2017年01月06日 | 日本刀

好きな刀、そうでもない刀というものはある。
私自身は全般的に「嫌いな刀」は無いが、好きではない刀
というものはある。

好きな刀としては、この画像の短刀のような作域の物だ。
吉光。東京博物館蔵。
拡大ズームで地鉄が観られないのが残念だが、実際に現物
を目の前で観ると、ズドンと惹き込まれた。

五箇伝の中では山城伝粟田口の自鉄が私は一番好きだ。
五箇伝絶対主義は嫌いだが、五箇伝の特徴というものはかなり
面白く思える。
また美術刀剣界では格下にみられがちな末備前(室町以降を
こう呼ぶ)などでも、天文から元亀・天正・文禄辺りまでの
戦国最末期の刀の姿は、私は美しい刀姿に思えるし、同じく
格下に見られる大和伝の鎬地が下りた刀姿はなるほどよく
考えられていると感じる。
また美濃も美術刀剣界では五箇伝の中ではかなり低く見られ
がちだが、これは実用刀を量産したからだろう。まったく
もっていわれなき扱われようだと思う。
戦国期に美濃の刀が多くの武将はじめ軍需産業を支えたこと
事実であり、歴史の中にあって美濃の刀は重要な位置を占めて
いた。
美術刀剣論はそうした歴史的位相をすべて完全無視する。
まず刀剣に予め序列をつけ、そしてその中での出来を見る。
どんなに出来がよくとも、上位刀工の下作のほうが刀剣の
「価値」が高いかのような虚構を美術刀剣史観は設える。
まず位列があり、その中で見た目がどのようであるかを至上
主義としているのが美術刀剣史観だ。厳密には一作の出来を
見るのではなく位列という順列を作域に優先させる。

当然、美術刀剣史観では、五箇伝以外の全国各地の刀工を
「脇物」という差別的言辞で追いやっている。
確かに作刀においてミスも見られることもあるのが地方刀工
の一つの特徴でもあるが、それは物事の一面にしか過ぎない。
当て鑑定においても、大和系で絞り込みができなかった場合
「三原流し」といって適当に三原あたりに入れておけという
三原刀を馬鹿にしたような風潮が美術刀剣界には存在する。
そのくせ三原という場所は室町末期天正頃に海上に築城した
ことにより現れた町であり、それ以前は入り江の湾であった
などということを調べて知ろうともしないのが美術刀剣界の
お歴々であったりする。なので「備州正家」を「現在の三原
の地において鍛刀」などとなんの躊躇もなく言いのけたりする
のが実は美術刀剣界の実態であったりする。

刀を観るということは、その作風だけを見るのではなく、その
作者・系列・国柄・国の歴史事情をつぶさに調べる深さがないと
見えてこないものがある。
北国物の刀の地金は明らかに山城・相州の刀の地鉄とは異なり
黒みがかるのだが、成分分析はしても、それがどのような理由
によるものかを美術刀剣界はさして解明しようとはしない。
なぜならば、北国物は「脇物」であるからだ。

確かに古備前、相州古刀は素晴らしい。
だが、私は正宗十哲のような後世の捏造与太を重んじるよりも、
天下五剣のように各地の刀工の名作を讃える気風のほうが、本当
の美術刀剣的観点からも健全なように思えるのである。

-天下五剣-
・童子切 安綱(国宝/平安中期/伯耆国)
・鬼丸 国綱(御物/鎌倉初期/山城国粟田口)
・三日月 宗近(国宝/平安後期/山城国三条)
・大典太 光世(国宝/平安後期/筑後三池)
・数珠丸 恒次(重文/鎌倉初期/備中青江)


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日本刀の美

2017年01月06日 | 日本刀



日本刀に見る美はいろいろある。
よく刀を見慣れない人は刃文に目が行きがちのようだが、
私は日本刀の美の究極は地鉄(じがね)にあると思う。

え?今さら何を?
さーせん。


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