渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

斬鉄剣 瑞雲子善貞

2017年05月24日 | 日本刀



刀友が昭和49年1974年作の斬鉄剣を貸してくれている。
観賞研究のためだが、凄い作。
登録証は審査員の先生がナカゴの銘を読み間違えて登録
してしまった(^^;
「くされ鋼截断参度試」なのに鋼が綱になってしまっている(^^;
所有者の許可を貰っているので、ぼちぼちと詳しく紹介したい。

土佐精参流とは土佐で伝えられる居合で、細川子爵は江戸期
には英信流ではなく精参流を学んだのではなかろうか。英信流
を学んだとしたら明治維新後だろう。

維新後は郷士も華族にもなり、江戸期の土佐藩の超絶厳格な
身分制度
は消滅した。
上士が道を通ると郷士は地面に土下座しなければならないと
いう土佐独自の階級制は、とてつもなく冷酷であり厳しかった。
上士と郷士が席を並べて学ぶなどということは一切存在しなかっ
た。
だが、郷士も維新後はその身分制から解放された。それだけで
なく、明治新身分制では華族にもなった。かつての上士の剣法
も元郷士階級の士族・華族も学べるようになった。
土佐においては上士と郷士は人と虫くらいの扱いがなされ、それ
はそれは筆舌に尽くし難い厳格で冷酷な身分制度があった。
郷士が虫ならば、一般平民
や被差別賤民などは虫けら以下の扱い
だった。土佐とはそういう
土地だ。それが維新でそのシステムが
崩壊消滅した。土佐の部落
差別は非常に熾烈な差別事件が多く
あるが、帯刀者である上士
と郷士の関係においても、単に他藩の
武士と郷士という関係ではなく、
侍と「人ではない者」というような
状態だったのである。


伝系がどこまで江戸期の業を伝承しているかは不明だが、これが
土佐精参流。山内家ではなく長宗我部家の家中に伝来。という
ことは土佐郷士に伝来ということだ。土佐の郷士は長谷川英信流
ではなく精参流を学んだことだろう。剣術も上士の流派の道場には
郷士は通えなかったように。
長宗我部家 居合兵法 精参流


本当は上士も郷士も無い。人は人なのだが、江戸期の社会システム
はそのようにはなっていなかった。とりわけ土佐は他藩でもみられ
ないほどの厳しい身分制度があった。身分制度を純化させると
こうなるという日本独自の差別的で非人間的制度の典型だった。
そういう日本社会の旧弊は維新後も部分的に残存し、第二次世界
対戦で日本が敗戦するまでは、女性などは法的には「無能力者」
であった。選挙権どころか、法的な権利を一切認められていなかった
のである。ついこの前まで。といっても72年前だが。

封建社会はよくないと私が常々言うのは、人が人を踏みにじってその
上に立って踏みにじった人から搾取してのうのうと一部の人が生きる
社会システムだからだ。踏みにじられた人たちは「人」とはみなされない
制度上のシステムであり、事実、差別こそが社会制度を支えるような
社会構造が封建性であるので、そんなものはぶっ壊して消滅させる
に限る、ということ。
時々、武芸を現代において学ぶ者たちの中に、「偉そうにしたい」と
いう優越感を得たいために武芸を習得している者がみられる。
これは、現代社会には不適合な思惟なので、それは仮にあまり意識
せずともそういう傾向性があるならば、自己内部で捨象すべきだ。
そうした自己検証作業、精神的な自己総括が本来現代武芸者には
問われていると私は思うのである。

現代社会にあっては、出自のルーツに関係なく、また性別に関係なく
年齢にも関係なく、誰でも居合や剣術などを学ぶことができる。
それが現代社会の正しい姿だ。
ところが江戸期はそうではなかったのだ。このことは、個人的にどの
ような武術歴史感を持つかということとは一切関係が無く、そこに在る
制度は制度で厳然と存在したのである。土佐藩の身分制がそうで
あるように。そういう思念とは一切関係ない制度から派生した現象を
捉えて斟酌することなしに歴史研究、武芸史研究などはできない。
せいぜい自分の拾い集めたツギハギ知識を基に他者を「無知」と
軽んじて自己満足に浸るような愚か者がネット上に登場したりする
程度のことになる。

私は1960年代に出版された幕末古写真集を持っている。
そこには土佐郷士の写真に解説文がある。
「郷士が武士気分で撮影か」との旨の解説だ。
1960年代にはまだ、「郷士は武士に非ず」という感覚が社会的にも
残っており、その編者の中にもそういう感覚があったのだろう。
維新から100年も経っていない時代には。
現代民主主義感覚で過去の時代のことを推し量ってはならない。
とかく拾い集めの歴史研究者や武術研究者はツギハギだらけの
収集をベースに現代感覚で推量をすすめることが多いようだが、
そこには大きな落とし穴があることを自覚すべきだろう。
人の首を切断して名誉とされる時代である、ということは何であるの
かを噛みしめずに、武家政権時代を研究することなどできないので
ある。

さて、この鉄を三度切断した刀、所有者によると「善貞刀、号は、
『くされ斬り』です!くされが多いので(笑)」とのことである。
破邪の剣ということか。


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コンビニ本『日本刀の雑学 100』

2017年05月18日 | 日本刀


分かりきった初歩的な事しか書いてないのだが、よくまとまっている。
手元に一冊あっても悪くはない。
私も実際に自分で自腹切って買って読んでこれを書いている。
読みもしないで適当なことは言わない。
版元宝島というのが割引いて読む材料であっても(苦笑

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游雲会という刀工友の会

2017年05月17日 | 日本刀



ある人の紹介で海外の人が游雲会会員となった。
私と新藤店長の両方からOKが出たので、新規参加。
既存メンバーの紹介での新規加入は結構ある。
まったく見ず知らずの人は入れないけど。
会の中で話されることは、徹底的に「刀の話」である。
私も勉強になることが多い。日刀保の審査員も会員に
入っているから。
康宏作を中心とした話題だが、各地の博物館の刀剣
展示会等の情報交換もある。
九州には会員が何人もいて、「九州游雲会作ろうかな」と
言う人もいる。いいよ~どんどんやって(笑)。友好の輪を
広げてちょ。
規則も会費もない会。だけどとてもみんなの気持ちが一つ
にまとまっている。
なんだか、なんでか知らないが、なかなかこの空気は良いぜ~。
はしゃがず静かなのに、なんというか大人の空気が流れる。

思うに、自分の思念の押し付けをしない、というのが自然に
できた作風のように思える。人が集まると作風って自然に出来る
からね~。
游雲会は参加してくれている皆さんの人徳で会の円満が保って
いる。
一番駄目なのが俺だね。その次はうお志んの新の字な(笑

面白い現象がある。これは全員を見ていて強く感じる。
会員の人たち、とんでもなく「良い人」が多い。そして良識がある。
尤も、最初と途中で篩にかけちゃったからというのもあるの
だけど(^^;
人として非常に良識人で見識が高い人たちの粒揃いだ。

なんてのかね~。困っちゃうのが上品な人たちばかりなんだよね。
おいらや魚屋のうを新みたいに粗野な人間があんましいないの。
大学の先生なんて、上品を絵に描いたような人だし。他の人も何だか
何だよこの紳士軍団は、みたいな感じ。
あ。おいら九州游雲会に入ろうかな。結構、小倉生まれの玄海育ち、
口も荒いが気も荒い、みたいなのは目黒のサンマは肌に合うんで(^^;
東京もんのスットコドッコイは、九州人と意外と気が合うんだぜ。
これ結構定番。共通項は気が短い(笑)。
俺なんかも、目の前でごちゃごちゃ言ってくる奴がいて、ごちゃの「ち」
のあたりで何でか知らないけど相手が向こうに口から血を噴き出して
すっ飛んでた。バリ伝グンちゃんを取り囲んだ奴みたいに。まあ、人
から聞いた他人の話ですけどね。
それでも東京もんと九州もんは存外気が合う。
博多もんの私の居合師匠は、先ごろ大阪人の門下生に私のことを
言ってたそうだ。「あいつはね、俺のこと好きで仕方ないんだよ~。
困っちゃう」と。け~!師匠、しょってらぁ!(秘密のアッコちゃんのエン
ディング曲風)
それでも、気立てがスカーッと竹を割ったようなとこは、東京もんと
九州もんは気が合う。とくに北部九州と江戸墨引き線内生まれが。


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日本刀探究苑 游雲会

2017年05月16日 | 日本刀



ここのところ複数名から游雲会に入会したいとのメール連絡を
頂いている。
日本刀探究苑 游雲会は、旧鍛人会(かぬちかい)の発展系の
刀工小林康宏友の会だ。
会規も会費もない。刀工康宏のユーザーと康宏刀を愛する人
たちで構成されている。現在約60名ほどいるが、一般会員募集は
していない。
職業は国家公務員、地方公務員、医師、看護師、弁護士、税理士、
公認会計士、大学教授、高校教師、中学教師、自営業主、フリー
ランスSE、翻訳家、大手二輪企業幹部、自動車メーカー幹部、中小
企業幹部、一般会社員、ザ・ガードマン、設計士、カメラマン、日本刀
研磨師、刃物鍛冶師、etc・・・非常に多岐に亘る。
そのあらゆる業界でしっかりと社会人として地に足をつけて活躍して
いる方々が康宏を愛し、同好の士として游雲会に参加している。

会員の推薦もしくは、康宏新作刀正式注文の際に入会パスが発行
される。入会には審査が伴う。
それは、特定宗教および政治団体ならびに任意団体(武道系連盟
含む)の主張を会の中に持ち込んで展開しないこと。
個人的な思想信条宗教は自由だが、その主張を会の中でしないこと。
そして、アパルトヘイトをはじめとする民族差別、外国人差別、
障害者差別、部落差別、男女差別等について差別的な主張を会の
中でしない事。
この後段は会の中でしないというだけでなく、日常的にそのような
言動をする人はご遠慮願っている。なので、会の中では展開しない以前に、
日常的に外国人排外主義的なレイシストなどは入会させない。
理由は会員相互の関係性にヒビが入ることと、何よりも刀工康宏が
そういった差別的なことを嫌うからだ。

ここまでで相当ふるい落とされる。なぜならば、刀好きや武術武道
好きはネトウヨのような愚にもつかないような性根の悪い差別好きな
連中が多いからだ。


さらに、刀工康宏自身が断っている人たちもいる。肩書を前面に
出して横柄に「刀を作らせてやる」とか構築された製作ルールを
無視して横槍で「昔馴染みで(順番横はいりで)作れ」とか言う
人たち。これは即、入会以前に製作を即断で断っている。

こうした趣旨で、小林康宏新作刀は「選ばれた人」ではなく、
「我々製作スタッフが選んだ人」の手に渡る。
それが気に入らなければ、日本国内は300名近くの刀工がいる
のだから、他の方に頼めばいい。
私たちは私たちのやり方で、その方式に同意して、游雲会という
同好の士同士の輪に入れる人のみのために作る。お金を貰えば
誰にでも作るということは絶対にしない。人となりが膝割りで
談じ、胸襟を開いて相互に真摯に意見交換が出来る人しか康宏
新作刀は入手できないようにしてある。

このたび、2名ほど游雲会メンバーが増えるかもしれない。
ご家庭の都合で一度発注をキャンセル延期した人が環境が安定
したので復活発注(確実)をしたいとのことだからだ。
今まで発注はしたが家庭事情でキャンセルになった人もかなり
いる。だが、一向に注文集中は減らなかった。東京オリンピック
どころか、先が見えない程の注文希望(あくまで審査前の希望)を
頂き、正直パンク状態なのである。
やむなく、三次の方は「注文希望予定者」としてお名前だけ登録
で、「いつ作れるかわからないけども」という条件付きで待って
頂いている。
二次枠は丁度半ばまで製造登録が終わったが、二次枠全部登録の
次に、既存会員のリピート分がある。これが大小含めてかなりの
数を登録しなければならないので、これでまた2年ほどの製造枠
が埋まる。三次はその後だが、刀工の希望で、「それまで生きて
いるか分からないので」ということで、一端注文受付中止では
ないが、ペンディングしてもらってるのが三次枠以降の方々だ。

さしあたって、康宏刀は人気がある。
だが、申し訳ないが、誰にでも作るというシステムにはしてい
ない。
そうね。とりあえず、私と町井勲先生(游雲会メンバー)が
気にくわないとか嫌いだという人は康宏刀は持てません。
他あたってください(苦笑)。
だって、同好武器講のような会で気に入らない会員がいたら気まずいから。

これは刀工康宏の希望でもある。康宏刀の製作について、私は
「全権委任」(直紀康宏の言葉ママ)されているのです。
なので、どうしても康宏が欲しいのだ、他ではなく康宏が、という
人にお渡ししたいし、康宏同好の士を悪く言ったり思う人はご遠慮願いたい。


なんてことはないんですよ。
人を差別したり排外主義的に攻撃したり、俺様大将を人に押し付け
たりしないふつ~の人であるならば会員になれるんです。
そして康宏作も簡単に手に入れられます。
お好きな人が、自分の好きな刀を手に入れられる。
これは楽しいことです。
だけど、人をなじり倒して楽しくなくする人は、お断りしているのです。
そのため、康宏友の会 日本刀探究苑 游雲会の連絡掲示板には
セキュリティをかけて、パスワード制にしているのです。


康宏のお弟子さんに「どこまで広げるの?誰でも入れるの?」と
訊かれたことがありますが、入会には制限があります。
でも、この先も、どんどん増えるのではないかな。
私の日記が3000名/日。クローラー別として実質2000名訪問と
して、游雲会は3.3%程の人数ですが、ここが日本の康宏ファン
の中核となっています。本陣のようなものですが、陣ではない。
なぜならば、私たちは争わないから。


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鎺(はばき)と刀の長さ

2017年05月14日 | 日本刀



刀の長さというのはほんの5ミリ程も違ったらとんでもなく
違うように感じたりする。
特に居合をやっている人はそう感じるのではないだろうか。
実際に二分=6ミリ違ったら、余程の鈍感な人でない限り
抜刀・納刀の時に違いを感知できる。

ところがですよ。
刀の長さというのは棟区(むねまち)から切先までの直線
距離を「長さ」と呼称しているのだが、刀は刀身を裸身では
保持しない。拵という外装を装着して初めて佩用なり帯刀なり
ができる。
その外装の握り部分の柄(つか)に刀身をはめるには、鎺
(はばき)という金具で刀身を固定して鞘内と密着させて
鞘から抜け出ないようにする。
この鎺が曲者で、一応高さの標準はあるが、鎺には棟区と
刃区を呑みこませる「のみこみ」という切れこみがある。

ここに刀の区(まち)という凸部が当たってがっちりと
グリコの合体オマケのように連結されて固定される。
だが、この鎺ののみこみが深いか浅いかで実際の事実上
の刀身の長さは変わってしまうのだ。
なので二尺三寸でも飲み込みが深ければもっと短い刀
と同じになり、のみこみがあさければ長い刀と同じと
なる。
さらに鎺自体も多少の高さの上下を加えると、実際の
裸身の刀身の「長さ」と、現実的な実用上の外装装着
後の長さは、必ずしも一致しないということになる。

こうしたことは体感でも分かる。
私の武用古刀は、刀身の裸身の長さが二尺三寸四分
なのであるが、どうしても二尺三寸六分の時の康宏刀
と抜刀納刀が同じ感触だと康宏を持った最初の頃に感じ
ていた。
すると、鎺の形状を見て寸法を計測したら、その武用古刀
のハバキは区ののみこみと本体高さ合わせて、一般物より
も6ミリ長かったのである。つまり二分。武用古刀は
裸身の「長さ」が康宏よりも二寸短かったのだが、鎺が
腰高でのみこみも浅いので康宏とたまたま実質同寸の
刀になっていたのだった。

刀の長さについて考える際に、鎺の形状は欠かせない。
ちょっとしたことで実際の長さが1センチほど変わって
しまうこともあるからである。
武用で日本刀を扱う方は、ご注意ください。棟区から
切先までのいわゆる登録証に記載されている「長さ」は
あくまで目安であって、武用的観点からの長さとは一致
しません。
鎺を装着させて抜刀して、スケールで刀身を切羽元から
切先まで実測して真の長さを把握しておいたほうがいい
でしょう。二尺三寸の登録証の刀が二尺二寸八分の刀
よりも外装を着けたら短い、ということもありうるのです
から。

抜刀・納刀については、数回やれば長さが変わっても即
対応でき、瞬息抜刀や高速納刀が可能です。
人間の能力とは適応性が結構高く、数回の抜き差しですぐに
1寸程度の上下には武技としても対応できます。
むしろ、常に同じ物のみを使っていて体に浸みこませて
しまっている場合は、他の武具を使うと使えない、という
ことにもなりかねません。
武技については、「固着」が一番いけない。
武具についても愛刀は愛刀で大切ですが、どの刀でも使える
ようでないと、本来の合戦や主命働きの武士の武技として
能力を発揮できません。自分用の武具にこだわるのは良い
のですが、戦闘局面では他者の刀を奪ってでも切り抜け
なければならないこともあるでしょうし、己の特殊仕様
の刀のみに心が捉われるのは、往時ならば武士の本懐の
妨げになる阻害要因としての心根になると私は思います。
落ちている石を投げてでも任務遂行のために勝利を掴む。
それが武人の本旨かと。

とは言っても、今の時代、武士はいませんので、どちらさんも
どんなに気張っても「ナンチャッテ」の域を絶対に出ないの
ですけどね(笑)。
この絶望的絶対定理(笑)。
スポーツならば別です。プロスポーツもあるし、それを
職業とできる。
しかし、現代において武芸を職業にするということは、
三味線や民謡や踊りなどと同じ習い事芸事の本職になる
というだけのことでして。
武芸が武芸としての本質目的を達することが禁じられて
いる現代ですから、極言すれば、いくら古流だなんだ
偉そう大将決め込もうとしても、所詮はコスプレコミケ
と変わらない、ということです。
あるいは大衆娯楽演芸と同類。
言ってみれば、現代武芸者というのは吉本新喜劇の芸人
さんたちと変わらんのですよ。

肩の力抜いて・・・って無理だよね。古流武術やってる
連中はもう本当に人間的に人を睥睨することしか好まない
とんでもない嫌な連中ばかりだから。人格悪し。
えっらそうなのとか慇懃無礼なのばかりだよ(笑)。
人格的には人として下の下の下みたいなのばかりが武術やってる。
いやな野郎がどうして多いのか。あれ、「人を倒す」という
のが武術の原初だから、そこだけ抽出して人間性ねじ曲がる
ところに負のスパイラルが作用しているのではなかろうか。
本当に俺様大将ばかりで異様な世界だよ。
妻曰く、「武道界が変なのではなく、変な人しか集まらない
のが武道界なんじゃない?」
然り。これは一本取られましたわい。ちょっと逝って来る。

武術なんてやってる奴は結局は自分こそが絶対に正しく、
自分こそがすべてで自分を愛しちゃってる変態ばかりだしよ。
あくまで自分が優位に立った形で終わらないと気が済まない
ようなのばかりでさ。そういうのって・・・非常に心根が
汚い。そういう下の下の下みたいなのばかりが参集するのが
武術界なのよね。ネット見ててもひどいよ。ツイッターとか
ネット掲示板とかフェイスとか。ネットの使い方って
個人攻撃や悪口雑言のためにあるのか?みたいな(笑
まるでice-kのような悪意の魂が武術界にはうごめいている。
団塊世代もひどいけど、特にネットではゆとり層にひどい
人格の連中が集中して多いね。カスみたいなのばっか。
なんか大切なものを親とか教師とか先輩とか付き合ってる異性
とかから学んでこなかったのだろうなぁ。

みんな刀など置いて日曜には教会にでも行ったほうがいい
ような気がするけどな~(笑)。

おいらは日曜のきょうは落語聞きに行って来るけどよ~。
俺、武術や武道には興味ないから。ちょいと趣味でやってる
けどさ。飯よりも刀が好きだから。職人さんという「人」が
作った刀が好きだから。
なんか武術やってる奴って、やってることは単なる趣味な
くせに、やってたら偉いとか勘違いしてる奴らばかりなの
よね。いや、まじで。特に古流とかだけの奴。そしてそう
いうやってることを人を睥睨することに優越感の代行便と
して利用する。
人間としてカスやで、あんた、そういうのは(笑


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時代拵

2017年05月11日 | 日本刀



時代拵が付いた古刀脇差。
拵は幕末あたりだろうか。
その拵に合わせて後輩は大刀の拵をまとめた。
ああ、そういうのもありかなと私は思った。

左:新作現代刀(康宏) 右:時代拵(無銘脇差)


上:時代拵 下:新作現代刀


鍔は奈良派と銘あり。蝉しぐれの鉄地部分には放射状の
彫り。かなり細部が技巧的な作で、色金の使い方がなか
なか良い。いい鍔だ。


武家の時代、大刀(だいとう)という刀は屋内では必ず
脱刀していたものであり、常に帯びたのは小刀(しょう
とう)だ。
大刀の副え差しだから脇差と呼ばれた。
私見だが、大刀も大切だが、常に帯びる脇差こそ選択
吟味が大切ではなかったろうか。そんな気がする。

ただ、大刀と同じで、脇差もどんどこ長さ規制とかが
されてね~。
幕末頃には一尺ちょいの長さまで縮められてしまった。
まあ、それはそれで可愛いのだけど、江戸期なんてのは
可愛いとかって関係ないから(^^;

江戸初期でこれほど短いのは、深作監督、時代考証は
いかがなものなのでしょうか。
まあ、でも柳生連也の鬼の包丁が一尺三寸六分という
かなりの短さだったから、アリなのかな。この人柳生
但馬守だし。萬屋先生は但馬守が一番ハマり役かも。


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六本木で名刀展

2017年05月11日 | 日本刀



結構長い期間やってる。
友人から先程教えてもらったけど、おいらこれはまず
絶対行くだろな(笑
ポンギで名刀展。
なんか、場所があまり合わないような気もするが、よく
みたら住友泉屋懐古館じゃない。まあ、財閥系の敷地建物
だから、なんというかすごいところよ(苦笑

都心のど真ん中にこれ(笑)。


当然、最低でもスーツ&ネクタイで行きましょうね。
せめて、都内の大学生の声楽合唱の発表会を観覧しに
行く時の格好
くらいは最低限。

展覧会の情報 詳しくは ⇒ こちら


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刀工の工作

2017年05月11日 | 日本刀



先週の刀工小林康宏工房での合宿で、自身の康宏刀を持っている
人たちはそれを誕生地である山梨の鍛練場に全国から持ち寄った。
埼玉の居合の後輩(全剣連。私と同流同系)も出来上がったばかりの
康宏刀を持って来て、それで畳表の初試斬をしていたのだが、拵の
縁頭が現代金具なのになかなか洒落ていた。
実はこれを選んだのには理由があったという。
後輩は時代拵本歌の脇差を持っているのだが、その拵金具とよく似た
大刀用現代金具を探して選んだのだそうだ。見るとソックリ。
(脇差の写真撮らせてもらうの忘れた!)

刀剣観賞会の時にその脇差を見せてもらった。
しびれたね。どうして時代金具というか昔の職方さんはあのような飛び
抜けた技法を持っているのか。
しびれたのは切羽ね。金着せ切羽なのだが、金を着せているのにサイド
部分が縄をねじったような彫金技法で表現されているの。見た人みんな
が唸っていた。
鍔もよかったね。金家かなぁ、奈良派かなぁ・・・。月の色金の象嵌が
良い味で、鉄味と
意匠も風雅で良かった。
その脇差のすみずみまでの再現はできないけれど、縁頭のみは似て
いる物を大刀康宏用に選んだとのことだ。
なかなかやるね(^0^)

昨日も直紀康宏師と電話で銘の件の打ち合わせで話していたけど、
なんかね、みなさんよく知ってるし、いろいろ研究されてるわぁ・・。
康宏師匠も私も驚いてます。


その時代拵に納まる脇差は、私が観る限りでは末古刀の三原物
見えた。美濃物ではなく三原風の特徴がよく出いるように見えた

それに上手(じょうて)の金具をあしらった拵が着せられている。
大切にされてきたものだろう。鎺(はばき)はやはり本歌で、金着せで
太刀鎺風な造形だった。なかなかの逸品。


上:無銘脇差 下:康宏 


左:康宏 右:無銘脇差


この拵は柄が多少ガタがあって、鍔揺れがあったのだが、刀工小林
直紀師が「直してあげるよ」と細工場=「職方部屋」に持って行った。
しばらくすると「はい、できたよ」と持って来てくれた。
ビタッと直っている。工賃ただ(^^;
いや~、こういうのってありがたいねぇ。
私の師匠の刀身も直してくれたし、先輩の刀の疵もすべて表面研磨で
除去してくれた。それは田村先生が厚意で研いでくれたのだが。
不本意に疵つけた最新新作刀のユーザーも直しを康宏刀工自らが
やってくれた。
ただです、タダ!
金額がどうのでなく、その「よし、僕に任せて」というのをサラッとやる。
江戸者だねい、と私は強く思う。
本当に江戸エリア(山手線内)に生まれ育った人たちってそうなんだって
ば(笑
私なんて、そういう人たちと深くずっと接していたから、西日本に転住
したときにぶっとぶほどにビックリしたもの。
なんでも金、かね、カネだから。
そして人に飲食代おごったりとかほぼしない。
ある時、地元の友人とギター弾いていて、当時新型のカポタストをおいら
が使っていて、友人が「これ、初めて使う。いいなぁ」と言うので、ちょと
待ってな、とばかりにサクッと市内の楽器屋行って新品を買ってきて
その随分年下の友人に「はいよ」とあげた。
するとビックリしていた。
こっちがビックリするよ。そういうのって別に普通だもん、東京者は。
あと、使っているピックとかも「いいなぁ、これ」とか言ったら「そう。持って
いきな」てな具合であげたら驚かれたけど、こっちが驚くってば。
江戸者というのは人のため、友人のためには自分の利益の損得勘定
などは関係なくサッと動く。
こうした東京人の、いわば関西人から見たら「アホ」ともいえる特性の
ことを知らないから、東京に住んだことがない西日本の人たちは
「東京などは人の住むところじゃない」なんて言うのだろうね。
馬鹿がつくくらい正直で、「アホなの?」と思える程の性根をふつ~に
持っているのが江戸者の特徴だ。
ただし、頭はあまりよくないので、すぐにトサカにきちゃて湯気ポッポ
だし、とにかく喧嘩っ早い。だけど、気のいいのばっかだよ。古典落語
に出てくるのは、あれホントにあのまんまの人たちなのだから、なかなか
お国柄というのはおもしろい。

かくして、後輩の脇差は、ほぼ完調になってしまったのでした。
めでたし、めでたし。

あの脇差、いらなくなったら、俺にくれ(笑)。
ありゃ、なかなかええわ(笑)。
本物の武士が差していた脇差だろね。

あ。その後輩も東京人だった。今は埼玉に住んでいるけど。
別流派からおいらのすすめもあって、それまで習った先生に許可を
もらって流派を替えておいらの英信流の先輩の弟子になったけど、
先輩も東京生まれの現住埼玉なので、気が合うことだろう。
そういやね、先輩もそうだったよ。昨年も居合人だけのホームパー
ティーに呼ばれたけど、あんだけの御馳走を居合仲間にサッと
振る舞ってたもんなぁ。20人くらい集まって、楽しい時間だった。
先輩はおいらには昔鍔をくれた。まあ、誰でもやるわけではなくて
特別な思いでくれるのだろうけど、結構高級な鍔だった。
その鍔は今でも大切に私は使っている。
もう四半世紀以上になる。
というかですね。私が結婚前のチョンガーの時、半年間も毎週末
飯を食わせてくれた。ご自宅に呼んで、ご飯とビールを飲みたい
だけ飲ませてくれた。先輩は飲酒をしないので、わざわざおいらの
ために毎週買っていてくれたのだろう。
そして家族の中に混じって(息子一人、娘二人)の団らんが楽しかった。
おいら高校一年で親とは別居してるからね~(父親が実家に帰参)。
だから毎週の先輩宅での食事は嬉し過ぎた。
そこでおいらがネタを振るともう大爆笑で、娘さんも息子さんも腹を
かかえて笑いころげていた。毎週。
息子さんはおいらと歳も近く、バイク乗り同士だったのでとても気が
合った。親子で射撃の選手で、息子さんはかなりの腕だった。
でもって、バイクはサーキットも走っていて、タイムは「げ?」となる
くらいに早い人だった。本格的にレースをやればかなり行くのでは?
みたいな。親子で異様に器用な人たちで、先輩などは初段の頃と
七段の今でほとんど変化が無いような居合を抜く(笑)
もう78歳になっちゃったが、知り合った時は先輩が49歳だった。
はぁ。時の流れは早いねぇ。う。おいらも20歳代だったよ。
そういえば小林直紀刀工と知り合った時も、康宏さんは40代だった。
はぁ~。俺の頭がハゲるはずだ(笑

みょ~な縁というかおもろいことがある。
この康宏の大刀と三原の脇差の大小揃いを持つ後輩は、サバゲーマー
だった(笑)。
先週の山行きの時に、おいらのマルイ・グロックを持って行ったのね。
直紀先生は「いや、僕はいいよ」とか言いながら、喜んでパンパン林
に撃って遊んでたけど(笑
そしたら、その後輩がやたら素人っぽくない扱いなので、なんかね~
なんて思ってたら、ゲーマーだった。しかもおいらと同じアタッカー(突撃
して敵フラッグを奪取するポジションのプレーヤーのこと)。
なんとまあ。
それは知らなかったよ~。
游雲会50余名にして、サバゲーマー4名。比率高くない?
もう一人、AKとFALを持っている人一名。合計5名。比率高くない?(笑
でもね、俺なんとなくわかってるんだ。
刀-居合-バイク-銃。
これ共通で好きな人がかなり多い。居合人にはバイク乗りの比率が多く、
また、刀好きは銃好きでもあり射撃をする人もいる。
でもって、刀-居合-バイク-銃という4種総合で趣味としている人も
結構多い。とにかくバイク乗りが多いよ。尾道の高段者の先生もそうだし。
なんというか、何か通じるものがあるのでしょうね。特に男は。
昔私を教えてくれた居合の先生も、「腰にピースメーカーか何かぶっこんで
馬で旅にでもいきてーよな」とかサラッと言ってた。ピーメの名称を知って
いる人って、銃好きじゃないと知らないからね(笑

居合人の定理。車よりもバイク、そして銃が好き。
あと、「高段者助平の法則」というものがあるらしいが、私はよく知らない。

この鍔は今でも大切に使っています。


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刀の銘

2017年05月10日 | 日本刀



福島県登録である。
福島県教育委員会の裁量権がまたすごい。裏年紀無しでの
登録可能であることは小林康宏が登録する千葉県も同じで
あるのだが、福島県は刀工銘でなくとも登録を受け付けている。
これは、かなり驚いた。

(銘 表:刀心作  裏:なし)

藤安将平先生の鏨運びだ。


驚きはそれだけではない。
何でしょ、この地鉄。参った。



「将平監修」ということは・・・。
製作者は誰?
ということにもなるが、一応この刀は藤安将平先生作もしくは弟子
の刀工(免許あり)
の中西将大の作ということになる。
刀工免許を所有していない弟子は製作許可が下りないため、
日本刀を製作してはいけないことになっているから、免許がない
その他の弟子たちは刀を打てない。打ったら法律違反になる。
これ、将平作では。


約二尺六寸の長さで裸身重量1,064グラム、拵に納めて鞘を
払った重量1,326グラム、とのこと。
普通の重量でしょうね。
長さ二尺六寸超で刀身裸身重量800グラムに抑えてくれ、とか
いうのって絶対に無理ですから(^^;
しかも、元幅あって重ねもあって、折れないように頑丈に、斬鉄剣で、
長さは二尺六寸を超えて、そして刀身裸身重量は800グラム以下
厳守、とかいうの。

刀剣を注文する際に、重量指定するのは間違った注文の仕方です。
たとえ居合用の武術刀とはいえ、居合は体操ではなく、居合刀は
体操や踊りの用具ではないのだから重量指定による刀剣仕様確定
というのは、私個人はそれは何か違うと思います。
武用刀の注文は、まず重量ありきではなく、棟重ね、鎬重ねや身幅
や長さによって仕様が絞り込まれて行くべきで、結果として重量が
あとから弾き
出されるのが当然のことであると私は思うのです。
それと物理的に不可能なことは実現できない。これ当然の定理。
二尺八寸の長さで元幅広く、重ね厚く、重さを鞘払い1,000グラム
以下、という注文依頼が二代目康宏と懇意にしていた白い稽古着が
トレードマーク
の都内の超有名な全剣連居合道家(物故)から大昔
康宏あてにありましたが、二代目康宏は「物理
的に不能です」とその
時に断っています。できないものは逆立ちしてもできない。
いくら物腰柔らかく「そこを何とか」と言われても、そんな無茶な注文
は受けられません。乾燥車両総重量50キロの1700ccハーレーを
作ってください、みたいなこと言われても、どうやるの?としか言えない。

この「刀心作」の武用刀のお問い合わせ、ご注文は
⇒ 刀心 さんまで

価格は激安だと私個人は思います。

しかし、こういう銘で福島県は登録できるんですね。
千葉県登録で、康宏作を「『や』だけで登録できませんか」と小林康宏
師匠に訊いたら、「あ、絶対無理だね」とか言われた(^^;
鎧通しを「や」という銘で登録しようと計画していたが、それは駄目と
のことだ。
千葉県も裏年紀無しでの登録が可能なので、最短文字数の銘は「康宏」
ということになる。
次回6月登録にはその銘にした注文主がいる。
ただの二字銘こそを最上作としている現代刀工もいるが、そうしたことは
公開されていないので、業界人だけが知っている裏話だ(笑
小林康宏の場合は銘の長短に関係なく、全部同じ作でやっている。

でもって、登録の裁量権に基づく各地方自治体による違いというものは、
考えると、これはこれで地方色豊かな文化の一つのようにも思えてきて、
それでいいのではないかなぁとか感じたりもするのです。


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銘切りの下書き

2017年05月10日 | 日本刀

刀工小林康宏が新作刀に銘を切るための銘文注文のナカゴ実物大
下書きは
私が担当しています。
作刀順位は同じような長さの物を同月登録するので、申込み順位と
製作順位は順不同です。申し込み30番目の人が2番目になることも
ある。
游雲会の康宏作製作は、そのように単独注文ではなく、注文主全員
が協力し合う武器講のような段取りで製作を進めています。
なので、「俺だけは特別に」ということを主張する方はお断りするよう
にしています。
これは、正式注文の受付をする前に、私が日記で書いてしまったら
ドドドワ~ッと向こう4~5年分の作刀希望が一気に来てしまったので、
仕方なのない事務処理方法で、確定注文者の方々にはご迷惑を
おかけしておりますが、誰だってすぐにほしいところ、みんなで協力し
あって、順繰りに順番待ちということにしてもらっています。なので、
「早い者勝ち」という方式は取っていません。早く申し込めば自分の
時間的利益が優先する、というのが一般商品の取引法則ですが、
復活小林康宏刀の製作供給については、そうした一般的商品売買
形態は一切採用していません。ご注文主様すべてが平等な「負荷」
を持っていだくようにしています。待つのは痛み分け、みたいな。
私の知人の東京人が「1本欲しいから頼むよ、どれくらい待つの?」
と言って来て、現在受付を一時停止していることと、仮に一番最後
に回したとしてあと数年後ということを告げたら「友だちなんだから、
そこを何とか早くしてよ」と言って来ましたが断りました。特に江戸っ子
は並んで待つのが嫌いで気が短いのですが、小林康宏作の注文
に関しては横槍や横はいりは一切認めません。また、私をすっ飛ば
して康宏に直になんらかの肩書や関係性をチラつかせて横はいり
しようとしている人もいるようですが、康宏さん自身が厳として断る
ような段取りと取り決めになっています。筋を通して頂きたい。
なのて、私のことは気に入らないし嫌いなので接触したくないが、
小林康宏作は欲しい、という人には新作康宏刀は一切回らない
システムになっています。私が認めない人には一切作らない。
そして、正式注文受注の関係と縁が結べた方々には、最大限の
挺身を私はします。その方々のためにできるかぎり動きます。

ただ、製作には段取りのスムーズさを確保する必要もあります。
そのために、刀工において円滑な製造ができるように、刀工の都合
に合わせた製造工程を最優先するようにしています。
(刀工からの作刀順番の提案があり、それを事務局で審査してさらに
協議で煮詰めて製作順位を確定させています)
いろいろな面で、今までの従前の日本刀の発注・受注とは異なる
パターンでの製作過程を構築しているのが復活小林康宏刀の製作
なのです。
ですので、「昔馴染みだから一つよろしく作ってくれ」と横はいりは一切
できませんし、康宏自身が受け付けません。
まだ個人請けの既存注文がこなしきれてないので、それはポツポツ
合間をみて作っていますが、基本原則は今から新たな康宏注文は
すべて游雲会通しとなり、游雲会窓口以外からの注文は受け付けない、
ということにしています。
これは、小林康宏の最晩年の作刀群は、「注文主を選びたい」という
ことにも依拠しています。これは刀工と私たちスタッフの共通認識でも
あります。
おかげさまで、「生きている間に全部できるかわからない」と刀工本人
が言うほどご愛顧いただき、注文数が多く、順番待ちの方々が大勢
いるような状態となっています。
まだ正式受任手続きはしていませんが、第三次枠希望の注文主の
方々も複数名います。(第二次受け付け枠が終了するまで三次も
正式受付はしていません。作刀予定希望者として承っているだけ
の段階です)
私自身は自分の康宏作は大刀一刀しか持っていませんが、中には
康宏マニアと思える程に初代二代合わせて沢山お持ちの注文主も
います。
私個人は、康宏作は良い刀だと思うし、私自身確実に一刀は所持
しておきたい現代刀だと思っています。だから差し料にしている。



銘文は長銘含めていろいろなご注文があるのだけど、
この銘が
最強!(笑)

年紀さえもない。ただの二字銘だよ。
千葉県登録は銘に裏年紀が要らないのです。東京都は要るみたい。
登録証に製作承認年月日は記載されますが、刀自体に年紀銘
は要らない。
美術刀剣は全国の都道府県の管轄なので、かく地方自治体の
教育委員会に裁量権があります。
千葉県の登録では銘に年季がなくても登録審査で認証されます。
ただし、刀身の窓開けは必須。
ところが、各地で裁量権により取り扱いが違うので、窓開けの研ぎ
がなくとも審査に合格する地方自治体もあります。錆び身のまま、
すこしこすって錆を落とすだけで登録できちゃう。

こういう現行の取り扱いは中央政府で一本化はできません。
日本は中央集権国家ではなく、地方自治体制度ですので。
言ってみれば、日本刀の登録に関しては、国が関与せず、県や道や
府などの地方自治体の教育委員会が独自の裁量で審査している
のです。
私も国が統一すべきではないと思う。
仮に国家レベルで統一したら、審査に通らない日本刀が沢山出て
来てしまうと思う。現状のままでよいのではないでしょうか。

西暦が使えないとかカタカナが使えないとか、千葉県ではいろいろ
おかしいこともあるけど、取りあえず、年季が無くても登録OKという
のは文化的には良いように思える。二字銘の古作写しなどもその
様態を再現できるから。自作銘とはいえ。
ただし・・・なかごにヤスリを必ず入れないと登録させない、というのは
どうかと思う。
上古刀のように「鎚目仕立て」で登録に持って行ったら不合格とされ
たりとかね。
そうなると、千葉県では上古刀の再現刀作製は不能、ということに
なってしまう。そんな馬鹿な話はない。
それでも、いろいろ妙な規定はあるにせよ、千葉県登録はまともな
ほうだとは思う。

ただね、裁量権のおそろしさは、審査員の個人的判断如何で登録の
可否が決定することもある、ということなのよね。つまり人によって
異なるというあやふやなものに基づくことになるの。これは裁判官に
よって判決が異なることとも似ているのですよね。
同じようなことで、陸運事務所での車の登録の可否がある。
たとえばローリー系の大型トラックのボディータンクの空間容積計算
などは、陸運事務所の窓口担当者の判断次第ということもあって、
事前に用意した登録書類を車のメーカー設計部が作製していても、
それと数値が合わなかったりしても登録を通したり通さなかったり
することがしばしばある。
仮に通さなかったりしたらもう大変でしてね(笑)
関東や愛知から代替書類持って姫路に飛んできてもらったりする
こともしょっちゅうあってね(苦笑

この「裁量権」というものは、良い面もあり、悪い面もある。
不動産や法人登記関係は、法務局は裁量権は無く、書面の形式主義
で、一言一句申請書類が揃っていないと登記を通さない。極めて厳密
だ。極端な話、内容に関係ない文字が一文字抜けていても通さない。
登記申請してそうした齟齬が直後に発見されても、陸運事務所のように
その場ですぐに訂正とかはできず、例えば印紙代を1円計算し間違えて
いて貼付しても、窓口に出したら登記の場合は取り返せない。
多く貼ってしまった場合は還付となるが、少ない場合はアヒャ~となる。
なので、同じ法律行為である申請書提出でも、裁量権がある部署と
そうではない法務局のような部署はまったく別物だ。
案外と警察などは、その場での警察官の裁量権があるので、間違った
書類を出してもすぐに下げて訂正とかを認めてくれるが、法務局だけは
絶対にそれが利かない。一度あの窓口のついたてをくぐったら、絶対に
その場で齟齬を発見しても駄目である。そして登記不可の通告が出る
までかなりの時間を要することになる。いわゆるお役所仕事の「最良」
の事例が法務局での登記手続きね(笑)。

日本刀の登録の場合は、裁量権が地方自治体の教育委員会から委託
された登録審査員に付与されていて、現場でのやり取りは登録審査員
の心象だったり胸先三寸で決定が下るということが非常に多い。
これは、悪い事でも良い事でもなく、そういうものとしてある。
ただ、ときどき嫌がらせとまではいかなくとも、銘一つについても字の
並びをどう読むか等で嫌がられることがある。曰く「そんなにごちゃごちゃ
細かいこと言うのならば登録を認可しない!」とまで言われることもある
(実話)。
なので、現場では「まあ、まあ、そこをなんとか穏便に」というような対応
になるのであるが、千葉ではないが、刀そのものをぞんざいに取り扱わ
れたりすることも多い。なかごを素手で触って錆を出したり、平地をガチャリ
と机に当てられたりするのもしょっちゅうだ。

しかも登録審査員の「先生(と呼ばれている)」がたは高齢の方も多く、
「備後國三原」と銘にあるのに「備前國三原」と登録証を作ってしまう例も
あったりする。
その場合、明らかに登録審査員=行政側の錯誤であるので、すぐに書き
直してくれればよいのだが、一度登録証を発行してからだと再度登録審査
の訂正手続きと一切の費用を申請者負担で支払ってからでないと受け付け
ない。(これも自治体による)
一般的な行政の法律行為の誤りの場合の対処法とは異なる明らかにおか
しいことが日本刀の登録現場では行なわれている。
これらは国会でも取り上げてほしいくらいだ。登録審査料の支払い問題と
して。行政側が銘文を読み間違って登録してしまったものを訂正するのに、
行政側の負担ではなく申請者が再度訂正にかかる費用を負担するという
のは非常におかしいことだ。

でも、しかたない。そうなっているので(^^;
おかしいことだからおかしいじゃないか、と言っても通らないのがお役所
仕事。変なの~!とか思うことしか申請者はできない。
お上と下々の関係って、昔からそういうことみたいですよ。
何だかよく知らないけど(苦笑

いろいろあるけど、私たちはどんな状況であっても、刀を楽しみましょうよ。


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斬鉄剣

2017年05月09日 | 日本刀



ガンガンと思いっきり鉄アングルの角を引っぱたいて
試験したこの刀。
欲しいよ(笑
二尺三寸八分で私にはちょいと長いが。

 ← 俺の足



これは斬れるぜぇ~。(たぶん)
頑丈だしな。
登録取ったらお弟子さんの所有となります(笑

この刀は焼き入れ、焼き戻し、打撃試験に立ち会い
ました。
焼き入れの時には、どういったらいいのか、鶏の
卵を光に透かしたらひよ子の心臓が赤く動いている
ような感じなのよね。
そして、焼き入れ温度は、変態点を超えたあたりで
キープ。厳密には焼き入れの冷却寸前で変態点を
超えるあたり。
鍛造もかなり低い温度で康宏は鍛造する。
すべては折損防止と切れ味向上のため。
20℃の範囲が勝負どこだ、とのことだ。

面白いねぇ、日本刀というのは。

(銘:游雲 康宏作)


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山梨合宿 ~康宏日本刀鍛練所訪問~

2017年04月30日 | 日本刀



来たる5月4日の刀工康宏友の会である游雲会の日本刀鍛練所
合宿では、
康宏刀工が厚意で畳表を前夜に水浸けしておいてくれ
るらしい。

従って、私は急きょ稽古着を持って行って、参加者の試斬希望者に
安全面と刀法の基本事項をアドバイスすることにした。
絶対に刀で事故があってはならないので。楽しい合宿になるだろうが、
刀身の出来を見せ合うだけでなく、実践で刀を使うとなると、ちと気を
引き締める。


今回の合宿、全員が自分の刀を持って行く、という合宿になった。
最初は出来を見せ合う趣旨だったが・・・。
康宏刀工は「みなさん、刀持ってこないの?」と私に昨夜尋ね、「皆さん
持って行きます」と答えたら、「だったら、畳表を数本水に浸けとくね」
との返答だった。
康宏刀は切る物、という前提なのね、康宏師匠は(^^;

まだ自分の康宏では斬りたくないという人には、私の康宏で斬らせて
あげるつもりだ。
畳表の本数無いので、一~二太刀だけになるだろうけど。

以前の鍛練所でのテレビ取材の時には、きちんとスタッフが指導を
したら、刀を初めて持った向井あきさんがスパッと康宏作で畳表を
一刀両断できていたので、今回も初めての人でも難なく切れるだろう。
変な力を入れて刃筋を狂わせずに、かつ手の内さえ緩めなければ、
畳表半巻などは刀を振れば切断できる。一枚巻も極めて簡単だ。
力を入れてねじるから切れないのよね、初心者は。
力を抜いて締めるところは締める。これが大切。
その「どこでどうするか」が解ってないから出来ないだけのことだ。
ただ、居合道とかの高段者(六段位?)でも畳表程度で刀を大曲げ
する人もいるようで、それは普段やっている居合がニセモノである
と自分に厳しく自己総括する必要がある。
そういうのってね・・・居合道の指導者でござるなどと人様など指導
できないと思いますよ、ほんまのところの実像としては。
刀を使った健康体操運動やっていて、それを指導しているなら別
だけど。

康宏友の会の游雲会は50名程メンバーがいて、その約2割が
今回合宿参加なのだけど、寝る場所はたっぷりあるにせよ、寝具
が足りないかもしれないとのことで、康宏師が千葉から今回布団を
余分に持って行くとのことだ。もうしわけながんす。

(ほんとのところは、刀合宿をいつか芋煮合宿に変身させたかった
りする俺)


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日本刀の形

2017年04月29日 | 日本刀

鎬造(しのぎつくり)の日本刀について、私が20数年前に
体験したことと同じことを言う人が最近いたので、改めて
日本刀
の形状の基本的な部分はよく理解してほしいと願う。
まして、日本刀に日常接する機会が多い日本刀所持者などは
本当に御自身の刀、世の中の刀をよくご覧になってほしい。

先日アップした記事を部分抜粋して再掲する。

自称「俺は何でも知っている」という刀剣研究家と自分で言う仁が
私に言ったことがある。
「なぜ、切先方向にかけて帽子の棟側が反り返っている刀が多い
のだろう」と。

よく話を聞いていると、この光っている部分が日本刀のサイドビュー
のシルエットだと思い込んでいることが判明した。こういう写真などの
陰影を見て「切先だけが反り返ってる刀が多い」と思い込んでいたの
である。


実際の日本刀はこのような形になっている。



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やまぶどうの意味

2017年04月23日 | 日本刀


ちょうど昨年の今頃、うを新からもらった山葡萄(やまぶどう)の
日本刀外装用の金具、頭(かしら)である。
時代物だが、江戸初期頃か。

なぜヤマブドウが刀剣装具の図柄に多く用いられるのだろうか。
私見としては、イザナキがイザナミとの夫婦喧嘩(^^;)で、黄泉の
国で雷獣に追いかけられた時、頭の飾りの鬘=カヅラ(蔓草、葛、
蔓、等々ツル科の総称)を投げたことに由来するのでは。
イザナキが投げたカヅラは「蒲(かづら。山ぶどうの古名)」となり、
実を着けて追っ手を引きつけて追跡の速度を鈍らせた。
同時にイザナキは霊力があるとされる桃の実を投げて、投げつけ
られた桃はタケノコを生えさせて追っ手のヨモツシコメたちを立ち
止まらせた。
ゆえに、山葡萄は、大和朝廷史観において「聖なる良い物」とされる
感性が働いていて武具の図柄に多く使われるのではなかろうか。

極めて個人的な感慨としては、天から降ろされてクニ造りをした
愛し合うイザナキとイザナミだったが、火の子が生まれてイザナミが
死んだ後に黄泉の国に赴いて、決して見るなというイザナミとの
約束を破ったのはイザナキではなかったか。
そして、愛しい方よと追いかけてくるイザナミを邪悪な化身として
拒否したのがイザナキである。あまりにひどすぎないか?
偏狭国粋主義右翼に刺されそうな気もするが、どうにも、私はこの
和銅五年(712)にデッチあげられた捏造
日本神話を国の正史と
する感覚の端緒の言ってる中身に、日本人独特の排斥性と差別性
と自己中心主義
の根源的原初を見る思いがするのである。

もっとひどい話としては、民族主義的差別感を持つ人は私にこう言って
いた。「俺ら日本人は元々は朝鮮半島人の血も入ってるみたいだから、
ウリナラ思想は血の中に刷り込まれているんじゃないの?だから朝鮮
人みたいに性格悪い自己中心的な日本人がたくさんいるのでは」と
言っていたが、これまたひどい。これは日本人の特性をよく示した
物事の捉え方の例として挙げておきたい。まさにこういうレイシズム
のようなものが骨の髄まで染みついているのが日本人のように思える。
その発言をした人間は、極めて真面目で、社会的な奉仕もしている
「善良」なる市民だ。端的に言うと「いいやつ」。だが、そうした思想性
が芯部にある。物事の捉え方として。一見自省しているようだが、
そこには排他主義的レイシズムが強いバックボーンとして思想の中に
ある。
日本人というものは、大抵はそういう特性を持つ者が圧倒的大多数だ。
そこらの「善人」が先の侵略戦争を支え、推進してきたのであり、また
その戦争についても「良い物」「聖戦」であると今でも思っている。
本当の意味で自分に刃を向けて自問することはしない。


ちなみに、カヅラの中にクズも含まれるが、和歌の世界では、クズは
葉が風に裏返るところから、「うら」「うらみ」などにかかる機能を持つ。
例として「秋はつる 三室(みむろ)の山のくずかづら 恨みしほどの 
言の葉もなし」(新葉・恋五)がある。
似た歌に、「嵐吹く 三室の山のもみぢ葉は 龍田(たつた)の川の 錦
なりけり」 (能因法師(69番) 『後拾遺集』秋・366)がある。これは
小倉百人一首にも収められているが、元々は貴族の歌合戦という
オアソビの「歌合わせ」というやりとりの中で、登場した和歌である。
非常にチャラいビジュアル面をただ歌っただけで、私からすると
「だから?」という以外の感慨は生まれない。スカ歌ですね、これは。
この歌は永承四年(1049)の11月に後冷泉天皇が開いた内裏の
歌合せの中で、藤原祐家の「散りまがふ 嵐の山のもみぢ葉は 
ふもとの里の秋にざりける」という歌と競って勝利した歌ですな。
歌合戦というのは実に平安時代からすでに行なわれており、歌で
勝利を競うなどという非芸術的な極めて貴族主義的なお遊びと
して営まれていた。
ヨーロッパにも古代からありますよね。人をライオンと戦わせたり、
人と人をスタジアムで殺し合いさせて、それを観戦して楽しんだり。
日本の場合も、相撲などはまさにそれで、土俵の下は槍ぶすま
ならぬ鉾並びと
いう状態で殺し合いさせたりとかね。

歌合わせなる貴族のオアソビも実にいわゆる貴族感覚に依拠した
ものです。「遊んでいられる」の語源は「朝臣でいられる」ではなか
ろうかというくらいに。
歌合わせという歌合戦は、貴族を東西二手に分け、主催者が開催日
のひと月程ほど前に事前に出した「題」について一対一で歌を詠み
合い、その優劣を判定者が決めて勝敗の勝ち星の数を競うという
システムだった模様。そこでの評価は、歌の出来そのものの評価
のみならず、歌人の衣装とか香の炊き方とかのパフォーマンスも
判定基準に大いに加点されたようで、今の芸能人の歌合戦や、見せ
かけだけの体操居合の居合道の試合にそっくりなことが既に
11世紀
の平安時代には行なわれていたということです。(私は「切れない」
動きを居合であるとする居合道は居合ではないとしてそれを認め
ません。それは踊りです。居合道でも居合術でも剣術でも「切れる」
ことをやる人は別)

そこでは、歌人本人の作品ではなく、身分の低い者に代作させたこと
も横行していたようで、現代の日本の腐れ具合は平安時代と何ら
変らないのね、という痛々しいオワラヒ状況これあり、ということで(笑)。

最近は特に、自称古流武術と称して、まったく伝承などないのに勝手
に捏造して、派手なパフォーマンスでスプーン曲げのような
イカサマ
騙しを人々に弄している詐欺集団もいますが、こういうのが
ほんのごく
一部で人気が出たりするのも、和歌の世界の歴史性を見ると、日本人
って、とことんバカチンだなぁとかも思ったりするわけね。
私自身、歌は和歌も現代曲も嫌いではなくむしろ好きな類だが、貴族
文化や貴種意識を
「良質である」とか「よいもの」と誤信し切っている
日本人のアホぶりに
はとことん嫌気はさしているというのは事実として
あってですね。

民衆が自ら独立し自立した意識で起ち上がって国を建設した歴史を
持たない奴隷国民の国というのは、とことんだらしのないポチ揃いだ
なあ、と正直思うわけでしてね。
だから、なんでもオモライ根性なのだろうね。宗教にしても、「ごりえき」
や「ごりやく」などという何か自分への見返りを期待しての打算的な
極めて小汚い精神性においてしか宗教に接しようとしない。唱えれば
功徳があるとか、なんかおくれませ根性が骨の髄まで日本人は浸み
ついている。
自分が傷つくことを恐れずに自分から起ち上がり、自分で死地に向かい、
自分で死線を乗り越えて掴み取る、ということを極力避けようとする。
唯一、そうした概念性を根底からドカンとぶっ壊したのが平安時代に
登場した武士という
層的集団だった。元々は貴族の手先のような武装
層だったが、貴種降誕と地域的一所懸命が合体して「下賤な俘囚」の
狩りの戦闘技術を導入して武技を体得化した層として武士が生まれた。
それまでの貴族社会支配構造を根底からひっくり返す可能性を持つ
独立武装集団として武士は最初から存在した。そして、ひっくり返した。

だからおいらは武士が好きなんだよ。歴史上の
存在としては
本気の本気で体を張って命懸けで自らの足で立ったのが武士という
独立した武装戦線だったからだ。自分の血脈が武士であったという
ことなどとは一切関係なく、手前味噌の同族先祖自慢ではなく(そういう
類が一番俺は嫌いだ)、第三者的視点においても、歴史上の層として
の武士は好きだし、武士らしき個としての武士も好きだ。本気で死ぬか
生きるかのところに常にいた層であり、個であったから。
平和現代において、コスプレしてジュラルミン刀を刃道も立てられずに、
剣の理も不存在のままただ物理的速度だけで平打ちのようにぶっこ
抜いて武術でございとか言ってるニセモノ平和ボケパフォーマーの劇団
一座などの存在が一切許されないのが本物の武士の真実の命脈だった。
これは今でもまったく継続している。精神的立脚点として武士は武士で
あり、表だっての武士という階級は消滅しても、士魂は旧武士の命脈と
しては幼少の頃からの人間的人格形成の中で「躾」として徹底的に叩き
込まれる。これは今現在においても、だ。
こうしたことは、真実、武家の血脈にある者しか理解し得ない。
武家の系脈に無い者は、そういう精神面日常所作、食事の仕方一つの
行儀作法に至るまで、武士たる躾は自分も受けていないし、子にも一切
やらないのだから。

よく食事の時に肘をついてくちゃくちゃ音をさせていたりする人もいるが、
本人は一切それに気づかない。こうしたことは、そうした躾を幼い頃から
親から受けていない=作法を授かっていない、という伝承性の問題なの
だから致し方ない。社会に出て指摘されないだけで人間社会では損する
なぁとは思うが、あえてほぼ全員、周囲の人は指摘もしないだろう。
この手の躾の問題は、伝承性が如何なるものであるかを体現するので
あって、品の善し悪しや所作事の折り目正しさとかは、どうしても隠せない
ものでもある。それが武家の出自か否かによるものかどうかは別問題と
して、躾の問題としては厳然とある。
そういう伝承性の如何というものは、武術(自称・他称・自他称無しの普通
にただある感覚で何ですか?系の本物、この三者の如何を問わず)に
おいても厳然と存在する。
自称古流武術、しかも将軍家指南番流派と関与すると自称している流派
の稽古において、始めの礼もなければ終礼も無く、宗家たる者がガムを
クチャクチャ食いながら道場に入ってくる、稽古者は飲食しながら、私語
をしゃべりまくりながらただダラダラと稽古らしき体操をしている、などと
いうことは、真の武士の伝統流派であるならば、絶対に1億%あり得ない
訳で。どういう躾を受けてきたのか、あるいは躾そのもの、武士としての
伝系そのものが存在するのかしないのか等々は、そうした動かしがたい
事実を見れば明らかな訳で。いくら嘘を嘘で塗り固めても、そういうのは
「お里が知れる」というものでしかない。当然にして「士魂」はそこにはない。
故に、歴史上許されぬ無軌道で慮外な無礼も平気の平左で働くことだろう。
もし万が一、そういう者どもがいたとするのであるのなら、だが。まさか、
よもやそのような恥知らずは「神聖なる武道界」にはいないだろうが(笑)。

だが、一方で、嘘つきの僭称ではない真の武士層の歴史的な最大の欠点
は、出自の固定化によって武士は生まれながら
にして武士だ、という血脈
主義に依拠したことだ。

武士の子孫が誰でも鋭敏かというと、絶対にそんなことはない。武士の
要件としては不合格のボンクラやトロくて役に立たないのも子孫には出て
くる。

しかし、そうしたどんくさくて「不適切」な人的資質を持った者にも、武士は
階級制度
として生まれながらにして武士の立場を付与させるようなことを
歴史の中ではしてきた。つまり能力主義ではなく血脈主義だった。
どんなに武技や学術を身に着けようとも、武士の出自にあらねば武士と
は成れなかった。そこには本人の努力などは斟酌しない、絶対主義が
存在していたのであり、これは内実にあっては武士の存在について根幹
をも揺さぶる仕組みなのだが、武士たちはその構造的欠陥に気づいて
いなかった。つまり、武士発生初期の「一所懸命」のムラ防衛的な原始的
同族主義の精神性から抜け出せないどころか、自分で自分たちの血脈を
も衰退させる構造を作ってしまったことを武士たちは見抜いていなかった
のである。
かろうじて「家制度」を導入することで、血脈主義から離れて武士層の命脈
を保とうとしたが、「家」が崩れて、能力主義を投入して家により武士階級制
を保とうと動いたのは、武家政権が歴史上崩壊するほんの少し前からで
あった。
武士たちは最大級の軸線を見誤っていたのである。

これでは、戦闘者=ウォーリアーとしての本当の武士を未来においても
獲得できる可能性は、生物学的にどんどん低下する。優性遺伝だけが
人の世を造らないという動かし難い人智を超えた生物学的な仕組みが
人類的な根幹として存在し、武士も人類である限り、そのような支配
構造=人が人を優勢遺伝的には支配できないという構造の制御下に
置かれていた。神(仏教や神道でいうところの「神」ではない)が人の構造
をそう造ったのであるから動かし難い。神は優性遺伝や劣性遺伝のみ
ならず、突然変異までも、神の気まぐれで造ってしまっている。人類を
まさに気まぐれにモルモットとする神の手管がそこにあると指摘したいが、
これは眠狂四郎的ころび伴天連風のニヒリズムからの私の自問的私的
述懐にすぎない。神は自分に似せて人を造りながらも、刃向ったらお前
たちは要らないと滅ぼしてしまおうとしているのは、神そのものが血も
涙もない、つまり人間ではない存在だからだ、と。
神よ、貴方が造った「欠陥品」である我ら人類は、おぬし神の手を借りず
に未熟ながらも自らの手で人を愛し人を救うことをしようとしているぞ、と。
まあ、これは私的述懐。
ただ、優性遺伝性を歪曲して特化したナチズムのような思想性は私は
断固として拒否するし、そのナチズムのような発想の行きついた先の
歴史的凄惨さは私よりも多くの人が知るところだろう。

だが、武士階級を存続させる手はあった。それは一千年後に登場して
いる。軍隊とも異なる独立武装組織である日本自衛隊に人類の未来の
光を見ることができるのだが、
ここではそれについての論は割愛する。
三島先生がそれを実行しようとして頓挫したが、本質的な構造的打開策
の筋道は「武士」に関しての新時代構想としては一切誤ってはいない。
ただ言えるのは、前述した人智を超える人類の特性に気付かないまま、
歴史上の武家政権時代の武士は、
武士とは絶対的な血脈連鎖の構造
である、と武士が自ら社会制度を組み立ててしまったということだ。この
ことは動かぬ事実として。

これは、戦闘能力と統治能力に長けた者の層的集団では武士がなくなる
可能性を発生させるという、自らの命脈の首を絞めることをしてしまった

のであって、そのことは、「戦闘能力と統治能力の高い層としての武士
階級の永続性の担保と保全」という観点
から見たら、極めて大きな打ち
損じの「誤謬の手」であったといえる。



閑話休題。
ところで、武具の意匠についてだが、とりあえず、和歌は読めないと
武具意匠について理解することはできない面もあると思われる。
それと有職故実だ。
江戸期の武士たちは、実に博学だった。また工人たちも非常に知識に
富んでいたと思われる。
情報過多である現代社会に生きる人たちよりも、実は文化的な社会の
基軸となる芸術的・文芸的な多くの「力」を、いにしえ人は備え
ていたの
だろうと私は強く感じる。

私の友人の知人に、「昔の人よりも今の人のほうがあらゆる面で優れて
いる」という論の人がいるらしい。
古文書の一つも読み書きできないくせに、何を言ってるのか私には意味
が解らない。見下す昔の人々の時代の時刻の呼び方ひとつ理解して
いないくせに。
こうした「いにしえ」を見下して馬鹿にする感覚の延長線上に、年上の
人たちを「おっさん」とか「おやじ」とか「ばばあ」とかとして馬鹿にする
幼稚な若者感覚が根付いているのだろうと思われる。
私自身は、「うっせんだよこのくそじじい」とか「おっさんのくせに」とか
年上の人たちが世代論的愚痴を言っても、世代ギャップゆえに思った
ことはない。
やがて自分も歳を取るのは小学生でもわかることだし、そもそも昭和と
いう時代は、明治維新後の新世界と大国主義的時代への突入という
新時代を端緒に持ち、そして未曽有の戦禍と180度価値観が逆転する
戦後平和世界の構築と尋常ならざる国力の復興発展、という歴史を
一手に凝縮した時代だった。それが昭和だ。
私より前時代の昭和を生きた人々がたとえ右だろうが左だろうが何も
しない真ん中だろうが、そうした先代の人たちを馬鹿にする気持ちなど
は、私個人には毛頭なかったし、一切浮かんだことはなかった。
「うるせえ、このおやじ」というのは居ても、それは世代論的に前世代の
人だからうるさいのではなく、そのおやじ(年上者)個人がわーわーと
うっせーからうっせーとするだけで、世代論的に昭和の前世代人をコケ
にしたことはない。
ただし、確実に今の人たち(30代あたり以下)は、「世の中が出来上がった
後」から生まれた人たちで、温故知新をまったくもって足げにする。これは
あまりにひどいほどに見下す。精神的にオシメをしているような独立心も
自立心も無いくせに、言うことだけはいっぱしなことを言う。だが、ただの
差別主義的な睥睨感を唯一の拠り所とする「文句」でしかない。ダサい。


思うんだけど、モーターサイクルというバイクなどが流行らない筈だと
思うよ。
楽して何とかというのを考えている連中が主体なのだから。今の若者は。
社会の主役は老人や幼年者ではなく、確実に青年という若者層である
のに、どうにも腑抜けたハナシだよ。
まあ、ゆとりでバカを作り上げたうちらの世代のちょい上の連中としては
愚民大集合でしてやったりなのだろうけどね。
非常に知的意味で稚拙な若者の超右傾化などはそれをよく表している。
社会的な問題はすべて「サヨクが悪い」「日教組が悪い」「在日が悪い」
ということで片づける単細胞大馬鹿脳しか持っていないという、超ロボット
(というか木偶人形)の低脳集団大排出で、支配者としてはシメシメて
とこでね。
あほらし。

というおいらは、独立国建国の社会的決起からはとうにズラトンだから、
偉そうなことは言えないけどな。
残りの人生、刀観て、居合抜いて、玉撞いて、音楽演って、楽しく生きる
んだよ。ヒヨった奴とののしられようと、知ったこっちゃない。社会は若者
が造るのだから、世の中に文句あるなら、若いやつらはてめえらの手で
この世をなんとかするべく起ち上がれ、このタコ。
俺はやった。
いろんな方面、いろんなカテゴリーで敗北も勝利もあったが、とりあえず、
オートバイの高速道路料金がこの世に生まれたのは俺のせいだ。
覚えとけ。
俺は山ぶどうを撒いて逃げたりはしなかった。逆に取って返して全部残らず
討ち取りよぉ。


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居合用真剣入手

2017年04月22日 | 日本刀



撞球会の忍者トットリ君が居合用真剣を入手したとのことだ。
全剣連所属だが、
まだ初段も取得してないのに、やる気まんまん
・・・なのはよい
のだけど、手を切らないように気を付けて。

この山浦真雄、なかなかいいじゃん(違
真雄ではないけど、出来は良い。




太刀魚専門店うを志んで予算内で世話してもらったそうです。
激感謝と言ってたので、游雲会特割の価格かな?
これは二重ハバキ風一重ハバキというものでしょうか。

 


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