渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

日本刀の切れ味について

2017年03月01日 | 日本刀



日本刀は総じて良く切れる。えっ?と思うほどに切れる。
その日本刀の中でも、頭一つどころか、飛び抜けて切れるという作がある。
刃物であるので、作者により切れ味に違いが出るのは、当然といえば
当然のことである。

だが。

切れ味を発揮させるのは、使い手の確かな腕があってのことだ。
350ヤード飛ぶドライバーがあったとしても、私がスイングしたら
そんなに飛ばすことはできないだろう。
また、私の妻はバイク乗りだったが、レーサーのヤマハTZ250で筑波を
周回することなどはできないだろう。

それと同じで、いくら切れ物の日本刀であっても、使う人によって本来の
性能が少しどころか全く発揮されないこともある。
これは、小林康宏作においても同様である。
小林康宏作は、折れ欠けしにくく頑丈でしなやかで非常によく切れる刀で
あるとはいえ、使う人により性能の出方は異なる。
小林康宏作は決して高級車という概念の刀ではない。
かといって、扱いが非常にシビアで繊細で誰もが乗りこなすことができる
という物ではない2スト・レーシング・マシンのような存在でもない。
小林康宏作はただの刀である。他の刀よりは良く切れて丈夫なただの刀
である。
しかし、どんな物でもそうであるように、小林康宏作だからと誰でも
全性能を出せることはない。刀は魔法の杖ではないからだ。
道具を使いこなせるか否かはすべて人によりけりだ。
特に、武士の表道具である日本刀というものは扱いが難しい。
だからこそ、扱う技法である刀法というものが存在する。
技法なくして刀は刀として扱えない。

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研ぎ師の色

2017年02月27日 | 日本刀

日本刀研磨師の先生方は、師匠筋の伝系もあるが、独自の方向性
まとめかたでどなたも一家言持っている。
結局のところは、その研磨師の方の研ぎのまとめの方向性と依頼者
の研ぎの好みが合うかどうかが一番大切なことのように思える。

好みで言うと、私は東京青山の伊波さんの研ぎが一番好きだったが、
もう
鬼籍に入られてしまった。
伊波さんの研ぎを先輩や友人に見せたら、何人かがこぞって研ぎを
依頼していた。盟友のジョーイ・近藤イイ男もその一人で、自身の
康宏を全身本研ぎに出していた。

私と世代が近い研ぎ師の方では、京都の赤川裕実先生の研ぎが個人
的には
好きである。ふわりとさせる上品な研ぎの方向性に見惚れる。
勝手に「暑い祇園祭の頃に囁くようにそよぐ京都の涼しい風や」とか
思っている。


(研ぎ:赤川裕実/京都)


また、かつて小林康宏専属研ぎ師で、現在は入選研ぎ師である
田村慧先生の研ぎも、下地がビシッとしていて、非常に凛と
している。研ぎ師の元来の生真面目な性格が研ぎ上がりに
良く出ているように思える。(田村先生は5時過ぎると酔っぱ
らっていてオンタイムの時とは人が変わる。笑。酒好きな小林
康宏をして「べろんべろんで何言ってるのか分からない」と
言わしめる程に快調タイムになる。仕事には手抜かりは無い)


(研ぎ:田村慧/神奈川)


田村先生には、自分の康宏を二回、家伝脇差を一回研いでもらった。
他には二代目小林康宏自身も研ぎは出来る(きちんと師匠に就いて
若い頃に修業した)ので、私は軍刀一口と短刀一口を直紀康宏師に
研いでもらったことがある。
その康宏の初二代に亘り専属研ぎ師だった田村先生の研ぎは、
いずれも
静かな清楚さの中にキリッとした表情を見せる研ぎだ。
なんというか、
深窓の令嬢のようだが、気の強さ、芯の強さが
ある賢婦人のような印象
に刀が仕上がる。決してギラギラとは
していない。

日本刀の研磨の勝負は絶対に下地研ぎだ。
下地といっても、内曇り(3000~6000番程)までが日本刀研磨
の世界では下地研ぎなのだが、名倉のあたりで巧拙は明らかに決定
する。
上手な研ぎ師は、確実に下地研ぎが巧い。しかも、刀身の身を決して
必要以上に削り減らすことをしない。
昔は刀剣と秤を持って来て「今何匁あります。貴方も記録しておいて
ください」と言って、極力研ぎ減らさないように指示する愛刀家も
いたと1970年代の研ぎ師の書にあるが、最近では審査用とか展示用に
歴史的名刀でさえも身減りさせることでシャキッとしたかのような
騙し研ぎをする研ぎ師が増えているという。
そういうのは、見た目(ニセモノの)重視で刀身の身をこの世から
無くしてしまっている研ぎなので、日本刀の研磨としては論外どころ
か、文化的遺産の遺棄に等しい。

上手な研ぎ師は必要最低限の研ぎで身減りをさせずに決める。
そうした研ぎ師はすべて下地研ぎが非常に巧い。

私が研ぎ師町井勲先生の下地研ぎを実見したとき、かなり驚いた。
先達たちから「機械で研いだのでは」とか「人が研いだ刀を自分で
研いだとか言ってるのでは」とか揶揄されたのも頷けるほどに、非常
に巧かった。
上手い物は上手い。私はよいしょなどは一切しない性分だ。上手いは
上手いと言い、下手は下手と言う。
町井研ぎは上手い。これは実際に研いでいる途中の刀、研ぎ上がった
刀を現実のリアル世界で実見して本当にそう感じた。
町井研ぎについて「別段上手いとも思えませんけどね」と嫌味なことを
言っていた研ぎ師(そういうこと言うと研ぎ修行において眼と頭が曇る
から自分のためにならないのに)がいたが、刀が見えない人かと思った。
それと人的質性として違うなあと思ったのが、町井先生は自身研ぎを
私に自慢して「どうです?( ̄▽ ̄)」みたいなことはあっても、決して
同業者の仕事を戸別特定して悪口を言ったりすることは一切ない。これは
刀剣店についてもそうで、傾向性の批判はしても、個名を上げて非難する
ことは一切しない。そこがその「上手いとも思えませんけどね」の駆け出し
5年目の研ぎ師さんと研ぎ師町井師の違いかなあ、とありありと感じた。


上手いのは上手いし、下手は下手。
それに加えて、物事が見える者は見えるし、見えない奴は一生見えない。
まあ、世の中の相場はそんなものだろうと思う。

ただ、町井先生には欠点がある。
それは、本職入選研ぎ師であるのだが、一般的には一般の方から研ぎの
注文を一切受けないことだ。それが唯一のネックなのだが、これは仕方
ない。研ぎ師としての看板を掲げたら、受注をしなければならない。
研ぎオンリーに専業化できない事情があるから現在のような様式にして
いるのだろう。


(研ぎ:町井勲/兵庫)



(文中敬称一部略)


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刀剣返送

2017年02月27日 | 日本刀



矯め木では修復不能な刀身の曲がりを刀工康宏が銅鎚打ち
にて直した。
鎚痕が鎬地に多数着いたので、中継地点である私の自宅にて
私が消した。
更に切先がまくれていたので私が研ぎ直した。
また、寝刃も私の流儀で合わせた。
書状を添えて師匠に御差料を日曜日に発送した。



あす火曜に着の件を師匠に電話報告した際に、鎚目を消したこと、
切先を研ぎ澄ましたこと、寝刃を合わせたことを師匠に伝えたら、
「あらあ、あぁたは 随分器用なことするのね」と言ってた。
左久作師から頂いた黒田公御屋敷の釘も別便にて送った。
慶長年間の鉄だから貴重ということもあるが、本物の黒田の重役の
子孫の手に渡り保存されるという事が貴重だ。
師匠は、その鉄釘のことを私から聴いた時、かなり喜んでいた。
こうした事に関する心からの喜びというものは、本当の本物の実存
した血脈の者にしか分からないだろうと思う。
例えば、先祖伝来の家伝の刀剣類などもまさにこれに類するもので、
捏造や創作噺では決して得られることはない本物だけが持つ実感と
いうものがある。

ある知人の家には江戸期の先祖の差料の鍔が残っていた。江戸幕府
の重役の家だった。分家なので直参旗本だったが、本家は大名だ。
ただの家ではない。家康の伊賀越えの際に随行した家康四天王の
一人だった。その直系である。
鍔の中には、柳生鍔が一つあった。幕臣の大身旗本のその家の当主
は、新陰流を修めていたことが伺い知れた。決して捏造創作噺では
存在しえない本当の本物の世界がそこにある。
いくら無関係者が後世に嘘に嘘を重ねようとも、嘘は嘘であり、かな
り破廉恥なことを人前に自己暴露しているだけのことだ。

私は知っている。
先祖が武士ではない者ほど、武士だ武士だとか、偉そうに振る舞ったり
することが武士であるかのように歪めてことさらに言動に為したりする。
また、武術を自分がやることも、すべて「他者に対して偉そうにしたい」
というのが心根の根底に強くある。
それを私は今までの人生の中のマンウォッチングで知悉している。
だが、本当の武家の血脈は、そうした者らの振る舞いとはかなり異なる。
贋者らは武家の流れにいないから、武家の実相に疎いのだろう。
それゆえ、本物の姿とは異なることを継ぎ接ぎのようにあちこちから
拾い集めた拙い情報を貼り合わせて設えることしかできないのだろう。
だが、そのようなものは、本物であるという土台が存在しないので、
いくら嘘を高く積み上げて来歴を時の権威に結び付けるべく捏造しよう
とも、積み木崩しのようにすぐに崩れる。 天は見ている。

そして師匠は私にこう言ったことがある。
「先祖なんて関係ないよ。今自分がどうであるのか、だよ」
師の言葉は、真理を語っていると私は思う。


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拵構想

2017年02月26日 | 日本刀




矢立と蛙と水辺の図 佐那田天法(佐名田天法)
(山城国住、備前住、武州住)
鉄鍔 真鍮象嵌透かし 無銘
縦 77mm 横 74mm
厚 4.6mm 重さ 117g
蛙の目の部分に真鍮の丸象嵌

このお気に入りの天法の鍔は、やはりお気に入りの高田刀に
着けてあげたいなぁ・・・。


高田だとは思うが、石堂かもしれない。
(研ぎ:京都赤川裕実先生。かなり私は個人的には好きな研ぎの方向性)

なぜ時代金具かというと、昨日、魚屋うを志んと話をしていて、
あたしの師匠の拵金具を見て、やはり、たとえ武用刀だろうと、
鑑賞刀だろうと、拵を着せてやるのならば時代本歌がいいよなぁ
という話で意見が合ったからだ。(「値段のことを言っちゃあ下世話
だけど、あの鍔、大層なもんですよ」とのことだった)
おいらなんて、模擬刀にさえもうを志んで分けてもらった本歌の鐔
着けちゃってるけど(^^;




でも、おいらの模擬刀、真剣みたいなんだぜ~。


おいらが自分でいじくっちまったのさ。パッと見は真剣みたいなの。
(居合剣士や剣術者は「本身」という表現は使いません。それは役者
や大道芸人が使う言葉です)

こういうことは出来ても、何度練習しても押形は上手く採れない。
くやしぃ~~~!(笑

うを志んのこれなんて、もうプロ並みだよ。というか、プロだった(^^;
私のは色を濃くしすぎるのかもね。薄く柔らかく時間をかけて、とは
うを志んから教わったが、なかなかこれと同じ濃淡が出せない。


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日本刀のメンテナンス

2017年02月26日 | 日本刀


刀のメンテナンス。
切先が結構まくれていたので直した。状態からみて、まくれ除去は
研ぎ落すしか方法がなかった。フクラ部分も寝刃を合わせた。


横手から刀身の半分下超のところまでも寝た刃を合せた。
一般的小刃付けではない早月(さつき)流の寝た刃合わせ。



よく切れる。鈍角寝た刃合わせなのにシャープという妙な研ぎ(笑


あとは、バルブオイルで磨き上げた後に、輸送の為に太田製刀剣油を
厚めに塗布して、外装を装着して、厳重梱包してから出荷です。


おつかれっした。


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目釘作り

2017年02月25日 | 日本刀



早朝、師匠の差料の目釘を新たに作った。

主目釘。バッチリ。


控え目釘もバッチリ。


ただ、20数年間で相当切り試しで使ったのか、銅鎺がかなり
傷んでいる。刃区(はまち)の側が開いて来てしまっているのだ。

これは新たに鎺を作り直すしかない。
一応、樹脂ハンマーで軽く叩いて隙間を狭めておいた。
一般的に、鍔と切羽にクリアランスが生じて鍔鳴りがする原因の
第一は目釘の不具合であり、第二には鎺の傷みが考えられる。

目釘は竹の目の外側の皮を刀身の刃方向にして打ち込む。
目釘は竹が最適だろう。
ただし、「竹が衝撃を吸収する」という説については、私は懐疑的
である。
古来より竹を選んだ理由は、材料供給と加工性の面から最適で
あったからだろうと思われる。
目釘が傷んだら即座に交換する。そのためには、材料が手近で
入手できる物ではなくてはならない。
蝦夷地を除いて日本列島では竹はどこでも手に入るので、竹の
目釘が重用されたのだと私は考えている。

目釘で注意する点としては、これは外装たる拵を装着して日本刀を
使用する人は解ってはいるだろうが、保存鑑賞用に明治以降に
普及した「白鞘」の目釘は、刀身が抜け落ちないために仮にとめて
おくための目的しかなく、すぐに抜け外せるようにテーパーもきつく、
そして細い。
白鞘用の目釘と拵用の目釘は存在自体が別目的であるので、
間違っても白鞘用の目釘を武用に使ってはならない。

上:白鞘用目釘  下:拵用目釘


それと、切れ味鋭い刃物を使う人は、ぜひともご注意ください。
特に左久作製目釘削り専用刃物「ひらまち」などは・・・・

新聞紙を重ねた物を下に敷いていても、勢い余ってスッといくと、
さらにその新聞紙の下に敷いてるランチョンマットがこんなことに
なったりします。


これね、下のテーブルの天板まで突き抜けてるの(^^;
奥様方には確実に叱られたりしますので、ご注意ください。


これ、かみさんにはしらばっくれて黙っとこ~っと。


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拵は人を表す

2017年02月24日 | 日本刀



過日、小林康宏刀工から連絡があった。
「拵は人を表すとはいいますが、とてもよい拵にされてますね。
眼福です」


武用刀だが、風雅な金具と柄巻きで、私も思うところがある。
派手派手しさを避け、かつ、品よくまとめられている。
まるで大藩の御家老の日常差しのような佇まいだ。
実際に家老の末裔の差料ではあるのだが・・・。

すべて本歌。




金無垢目貫である。


自家の紋所でのまとめは鐔にもおよぶ。


私も拵の方向性はこういう方向でまとめたい。
一つのお手本を居合の師に教えられた気がする。

剣は正しく心を弘める。弘の漢字の原意は「広く知られる
ようにする」という意味だ。私の師匠の座右の銘である。
師は、その座右の銘通りに、真剣に命がけで斯道に生きて
きた。師匠の号は「剣弘」という。道場名は剣弘会。
師匠は、私にとってただの剣の道の師ではない。
恩師であり、人生の師である。
とても厳しくとても慈愛に溢れる。
私にとっては、実父以上に父のような存在だ。


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日本刀の刀身の修復

2017年02月24日 | 日本刀



矯(た)め木では直らない微妙な刀身の曲りを刀工に直してもらった。
冶具に刀身を載せて銅ハンマーによる打撃でビシッと真っ直ぐに
なった。これは鍛冶職でないとできない。
投身焼き入れ焼き戻し後の歪み取りのような鎚による打撃なので、
鎬地に何か所も打撃痕がついた。

その表裏で20数か所もある鎬地の打撃痕を私がすべて研ぎにより
除去した。鎬線を蹴らないように研磨もした。

この後、鏡面仕上げにして完成となる。
鏡面前の仕上がりを見て刀工はびっくりしていた。「研ぎに出したたの?」と。
いえ、早月流自身研ぎにて御座候(笑
試斬を繰り返して傷んだ刀のメンテナンスの必要性から生まれた研磨
なんですけどね。日本刀研磨の技法に別ジャンルの技法を部分的に
投入したものです。
但し、これは言葉や文章で説明してもピンと来ないと思う。結構
細かいノウハウがありますので。
テキストを作って友人に渡したけど、サパーリ'(*゚▽゚*)'だったそうで、
「渓流どんの言う『簡単。誰でもできる』てのは、誰でもできないこと
多すぎ!」とか言われた(笑)。

刀は人に貸すものではない。
居合道の高段者であろうとも、空気斬りしか専らとせず、刃筋悪き者
が刀を実際に使うと、竹の節を切り損じた時などは曲がることがある。
要するに、瞬時に切り動作を中止して適正に手の内ですべて無理な
力を収束させることが必要なのだが、これは試刀を心得た者でないと
なかなかできないことなのかもしれない。
ただただ力任せに切先が真下や身体の後ろまで行くほどに振り抜いて
しまう人が結構いるが、刃筋と刀線と手の内が悪いと、刃筋の狂いや
被切断物の抵抗値の変化に対応しきれず、とにかく切断してやろうと
して振り抜こうとするので、刃先から伝わる反力が棟の頂点に抜けずに、
よじれ曲がったままスイングで打撃の力を刀身に加え続けることになる。
結果として刀身は曲がる。
これは、手筋が悪いと、たとえ居合道八段の者でも刀を曲げる。
剣取る者の普段の空気斬り居合が如何なるものか、ということだろう。


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肌物

2017年02月23日 | 日本刀



これは私の天正八年(1580年)作の差料だが、私自身はこうした
いわゆる「肌物」と呼ばれる作はあまり好みではない。
個人的に好きな地鉄は粟田口や均んだ青江物のような鉄だ。
肌物があまり好みではない理由は、派手な鍛接肌に隠れて鋼の
本当の地肌が見えにくくなるからだ。

この画像くらいでも如輪杢のような細かい鉄の素顔の杢も確認
できないことは
ないが、本当の鋼の地肌はこの派手派手しい折り
返し鍛接肌の
奥に存在している。
日本刀の鍛えとは、鍛接面で出た肌目を単純に地鉄の味として
見るのではなく、鋼の潤いそのものが見せる熱変態による変化を
見取らないとならない。

個人的な好みは、別な刀でいくと・・・・
こちらよりも


こちらのほうが好きなのである。(どちらも同作者)


難しいですよね、日本刀を見る、鉄を見抜くということは。
友人うを新の師である得能一男先生は、「押形は沸の一粒一粒
まで写し取れ」と彼に指導したという。

鍛接肌目だけを地鉄の在り様としか見えずに真の地鉄を見抜け
ない場合、ごく細かい地鉄に仕上げた刀を見たら「無地」である
とか、ひどい時には「無鍛錬」などと言って退ける人たちもいる。
ずいぶん乱暴な刀の見方だ。

鉄味や地鉄の本当の姿を見抜けないからそうなるのかも知れない。
刀は see でも look でもなく watch することだ。gaze が 
hard で、
それによって contemplation することだ。
日本語で表現するならば、刀は見るよりも視ることに傾注する。
すると、真の姿が「見えて」くる。
そうなると、寛容さも備わり、全体像が観えるようになる。

刀は、まず大局を鑑賞し、そして細部にミクロ的に入り込んで観察し、
また広い視点で俯瞰するということの連鎖にこそ刀剣鑑賞の妙味が
ある。全体から一点へ、一点から周辺へ、周辺からまた全体へ、と
いう目線・視線を転じることにより、日本刀というものが見えてくる。
何度見ても、何時間見ても、一作の日本刀には新たな発見がある。
そうした発見、人が気付いた発見を自分も認知識別できたり、もしか
すると自分だけが気付いた発見があったり、そうしたこととの出会いが
日本刀鑑賞の醍醐味でもある。
刀を見ることはとても楽しい。


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初代小林康宏 5口

2017年02月23日 | 日本刀

初代小林康宏作5口について、所有者3名の方々のご協力により
膨大な画像データを収録した。貴重な記録ができた。
そのほんのごく一部をご紹介したい。

















自家製鉄、古鉄卸鉄(数種の方式)等々でそれぞれ作域が異なって
いることが作品から看取できる。
どの作品も薄錆が出ていたり、新規の研ぎ上り作でも鞘ヒケと鎺元に
薄曇りが生じていたりして、保存状態が完璧とはいえないところが惜し
まれるが、作品として作柄は十二分に味わうことができる。

初代小林康宏の典型作5口の作品データが複数の所有者のおかげで
これで残すことができました。
ご協力に感謝いたします。
所有者の御厚意により、これら5口は小林康宏ではない刀匠の所に
これから発送し、鑑賞研究してもらい、その後、私を中継して所有者の
方々にお返しする段取りです。
引き続きのご協力を宜しくお願い申し上げます。


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目釘削り専用打ち刃物 ~ひらまち~

2017年02月13日 | 日本刀



作った目釘も結構人に差し上げた。
新たにかなり煤竹を削ったので、本山合さで研いだ。
研いでからさらに竹を削る。
切れる。この目釘削り専用打刃物は、切れる。
重ね、長さ、かなり考えて刃物師左久作師とも仕様を詰めたが、
出来栄えには充分に満足している。
柄についても、実際に竹を削ってみて、この長さと材質に定まった。
ただ、刃物部分は口金(金ではないが)の部分にカマボコ板をあてて
叩けば抜けるので、使用者が自分に合った柄を着けるのもよいだろう。
検討を重ねた結果、標準仕様はこれで行くことにした。

左久作製「ひらまち」を使って日本刀の目釘を製作途中の画像。




荒削りの後、入念にノギスで寸法を測りながら丸く削って行く。


左久作製「ひらまち」で作った日本刀の目釘。



左久作三代目池上喜幸(のぶゆき)氏。誂え刃物専門の江戸刃物師
である。「切れ味の左久作」と、プロの職人たちから讃えられている。

 

※左久作製日本刀目釘削り専用刃物「ひらまち」は、私ども「日本刀
 探究苑 游雲会」の有志が長いテストの末に開発
した誂え刃物であり、
 専売製品となります。直接、左久作氏に依頼
しても、一般受注は一切
 いたしておりません。
 なお、一作一作すべてに、左久作氏の直筆の手紙が添付されます。


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古刀の神髄 古備前

2017年02月13日 | 日本刀



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古刀の神髄、古備前。
刀剣小町さん から1,500万円で売出し中。
(格安です。なお、通常、市場にはこうした名刀は出ません)
第四十三回重要刀剣(平成9年指定)。

平安時代末期の地鉄(ぢがね)の妙。
日本刀が一番日本刀らしいのは鎌倉時代といわれるが、それより
以前の源平がまだ政権を獲る前の平安時代末期の日本刀の地鉄
は、一つの日本刀の指標であるともいえる。

古い刀のことを「古刀」であるとか、吊るし製の量産規格品の現代
居合刀を日本刀だなど
と思っている自称「居合剣士」も多いので、
こうした「本物の日本刀」を
よくご覧になって、何がどう違うのかを
よく見てほしいと思う。

また、刀の鍛え肌についても、かさついた折り返しの際の鍛接部分
のみが鍛え肌だと思い込んでいる人も多いが、この紹介した画像
からは、本当の鋼の鍛え肌がよく判る。
上辺の鍛接肌を刀の肌だとする早計に走らず、きちんとその鍛接肌
ではない鋼が持っている本当の素顔を見てほしい。
この作にしても、微塵につんだ小杢の鋼の変化と素肌が見えている
筈だ。斑のような映りも出ている。刀身の中に景色が生きている。
日本刀というものは、そこをこそ見てほしい。
なぜこうした地鉄が一般的現代刀では再現できないのか。それを洞察
してほしい。
永代たたらと小たたらで出来る鉄の違い以上に、造り方そのものが
違うのではというところが見えるかどうか。
たたら製鉄とたたら吹きの違いは鉄の違いなのか、出来た鉄に合わ
せた工法の違いなのか。一体なにが違うのか。鉄質がある時期から
3度変わっているのは事実だ。それは刀剣に現れている。
刀剣小町さんは、日本刀の本当の素顔をよく捉えて、真の姿を私たち
に伝えてくれている。


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日本刀目釘削り専用刃物 ~ひらまち~

2017年02月12日 | 日本刀



江戸刃物師左久作製の日本刀目釘削り専用刃物平待(ひらまち)。
私のオリジナルデザインに左久作師の工夫が加えられた専用刃物
です。
左久作三代目は江戸期から続く伝統打ち刃物鍛冶で、特注誂え物
を専門に作る「曲物(くせもの)」鍛冶で、作品はすべてフルオーダー
でプロユースの専門刃物です。
この「日本刀目釘削り専用刃物-ひらまち-」はオリジナル注文品
で、本年中に発売します。

別枠で左久作にこれと同じ物を注文しても一切受け付けてくれません。
実際に、私の日記を読んだ方たちから製作依頼があったようですが、
すべてお断りしているとのことです。
製作発注受付は私、発売元は「刀剣しのぎ桶川店」からとなります。
基本的に店頭販売ですが、通信販売も行います。

すでに販売品のファーストロットは発注済みで、ある程度数が揃った
ら正式発売の発表をします。
元々が鍛造部分のみでも高級品となりますので、出来る限り廉価に
抑える
ために、桐箱入りではなく通常の化粧箱入り、朴の木の柄を
装着したものが標準仕様
となります。

切れ味は、物凄く切れます。刃持ちもよく、一度使うと、腕の良いプロ
の楽器製作者や芸術家たち、また正倉院修理を担当した宮大工
職人
たちが左久作をこぞって求める理由がよくご理解いただけると思います。

日本刀目釘削り専用刃物「ひらまち」の正式発売発表をお待ちください。




江戸刃物師 左久作(撮影:私)

鍛造ではない、ある作業をしている時の鎚音です。
さて、何をやっていると思いますか?
日本刀を造る今の刀鍛冶よりも古式の手法による作業を
しています。

左久作の紹介動画。
【葛城奈海・海幸山幸の詩 #6】鑿鍛冶の「粋」と「真髄」[桜H28/1/27]


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登録審査

2017年02月10日 | 日本刀


昨夜、飲み会の最中に康宏師から電話あり。
なんだか先生、酔っぱらってて要領得ないど(≧∇≦)
昨日登録の新作康宏作3口の件についてだった。

刀剣登録審査員の先生てのは気難しいね。ごちゃごちゃ言うのなら
登録しない、てなことになりかけた。危うし!
そのため、本来の漢文の並びとは登録証上は違ってしまった。それを
言っても、文句あるなら登録却下てなことになりそうだった。
ただ、なんとか目釘穴を漢字の「口」に見立てるのだけは承知して
もらい、銘に切られていない穴部分を編とつくりとして登録証には
記載してくれた。
漢文の記載並びが違うが、銘にない文字を認めてくれたので、記載の
漢字の並びが間違っていても、まあそれは妥協点としての落とし所
だろうか。
そもそも斬釘截鉄も本当に釘や鉄をその刀で切ることかと思ってた程に
登録審査員というのは不勉強だ。漢文が読めなかったり、禅語を知らない
などというのは普通だ。
しかしなあ・・・。登録は教育委員会なんだよなあ(笑
教育だよ、教育。そんなんで誰に何を文化教育するのか(≧∇≦)

その場で向こうが間違えても、訂正には再登録が必要で、そのためには
記載変更届けの手続きがいるというのは、絶対におかしいことだ。
間違えたのはこちらではない。向こうが記入ミスしても、記載事項変更
手続きを刀剣実物と共に持ち込んで再登録しなければならない。
費用はすべて登録申請者負担だ。実に馬鹿げたシステムが刀剣世界
では確立している。
以前、刀には「備後国貝三原」とあるのに「備前国貝三原」と記載された
登録証あったもんね(≧∇≦)
登録審査員のミスだが、それを訂正するには所有者が費用を負担して
その登録証を発行した都道府県の登録審査日に刀剣本体を持参して
再登録費用を支払って再登録しなければならない。
ひどい話だ。
九州に住む人が北海道登録の刀の再登録になど行けるかっちゅーの。
まあ、刀は刀なので、よいのですけどね。
そもそも、登録証などというのは個体の自治体管理であるだけで、
元々日本刀には登録証などは無かった。
今の制度はあくまで便宜上のものだ。

私の備前刀も、目釘穴二つなのに、古い埋め鉄で一つ埋めているのを
登録審査員は見抜けずに「目釘穴 一」と登録証に記載してるしよー(笑
まあ、世の中、「権威」が常に正しいとは限らない、というオハナシ。

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刀鍛冶の経済

2017年02月06日 | 日本刀

是非とも、日本刀を愛する方々にお読みいただきたい。

⇒ 刀鍛冶の経済(2013年の記事)

私が書いた物なので、「必読である」などという横柄な
押し付け傲岸、
破廉恥の極みを決め込むつもりは毛頭ない。
ただ、お時間のある方は、読んでいただけたら幸いです


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