渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

英文にみる日本刀の観賞表現

2016年07月30日 | 日本刀



『雨あがる』(1999年東宝)という黒澤明脚本を映画化した良作映画が
ある。
これは『道場破り』(1964年松竹)という映画のリメイクであり、原作は
山本周五郎の小説『雨あがる』である。

このリメイク版クロサワ脚本の『雨あがる』の中で、殿様が主人公三沢
伊兵衛の差し料を拝見するシーンがある。
そこでは本阿弥流の刀剣鑑賞表現がセリフに出てくるのだが、それの
表現の時代考証は別として(設定時代は元禄~享保頃)、日本刀の観賞
表現が英文ではどのように字幕スーパー化されているか見ていこう。

日本語(以下、日)「鍛えは板目肌。地沸(じにえ)細かく・・・」
英語(以下、英)「 The forging of fine grain... delicately moistened... 」

地沸(じにえ)がついているのを「繊細な潤い」と訳している。
なかなかの名訳だと思う。

日「地景(ちけい)が見事に入っている・・・」
英「 very well drawn groves... 」

地景(ちけい)が入っていることを「とても良く描かれた木立」と。
だんだん苦しくなってきている。

日「刃文(はもん)は直刃(すぐは)」
英「 a proud blade 」

西洋刀剣には「刃文」は存在しないので言葉も存在しない。

いよいよ表現のしようがなくなって、「誇りに思う刃は」と
いったような表現になっている。刀身の中に焼き刃がある
というのが日本刀の最大の特徴だが、ブレードとは刀身を
差すのか、刀身内部の焼き刃を指すのか、英語には区別が
ない。

日「春風に吹かれるような爽やかさ。」
英「 has the freshress of a spring breeze. 」

英文では前節からの連続として表現している。
訳すと、「気高き刀身はほのかな春風のような爽やかさを
帯びている」というようなところか。
こうした抒情的表現においては、英文でもよく日本語の
意図を伝える翻訳となっている。

日「匂いも深い。」
英「 and it's perfume.」

これはもう完全に誤りだ。
以前、日本刀を知ると自称する空手家のブログで「臭い」と書いて
いる人がいたが、それよりはましであるとはいえ、根本的に日本刀
の観賞表現の語句を理解していない。
日本刀における「匂(にほ)い」とは、スメルやパヒュームという
ような物理的なニオイのことではない。
刀の「匂い」とは、沸(にえ)という熱変態で生じたマルテンサイト
の粒とまったく同じ組織のことで、沸は肉眼で確認できる大きさの粒
を指し、匂いとは肉眼では確認できない程に細かく、あたかも朝霧の
ようにあたりを包むように刀身にマルテンサイトが浮かんでいる現象
のことを指す。香りや臭いのことではない。
硬度の高いマルテンサイト部分が微塵に集まっているので、沸出来
の物よりも匂い出来の刀剣のほうが硬い。一般的には派手な沸出来
の刀のほうが硬くて切れ味が良さそうに思われがちだが、現実には
物理的な特性は嘘をつかない。匂い出来の刀のほうが高硬度である。
見た目の軟らかさに騙されそうだが、ここは冷静かつ正確適切な
認識で刀剣を見ることが大切である。

日「刀は武士の魂と云うが・・・」
英「They say the sword is the soul of the warrior...」

直訳である。

日「いやあ、実に見事じゃ!」
英「It's really splendid piece! 」

英文では、もう少し感嘆符の部分も入れて殿様の感激ぶりを
強調してほしかった(笑)。「いやあ、」の部分。
Well でも Yap でもない、なにか上品で良い英単語はないものか。
私はよく分からないが。

ということで、日本語の中でもさらに特殊な単語と表現を使う
日本刀の観賞表現は、やはり英文に訳す際にはかなり苦労を
伴うということが映画『雨あがる』の字幕から汲み取れる。
ただ、絶対に覚えておいてほしいのは、「沸(にえ)」は
マルテンサイトの粒が肉眼で確認できる粒のことであり、決
して「煮え」ではないこと。
そして、「匂(にお)い」とは、物理的な香りや臭いのこと
ではなく、マルテンサイトの粒が肉眼では確認できないほど
細かく朝もやのように刀身に現れている状態を指すこと。
この2点だけは、刀剣鑑賞の絶対条件であるので、これだけは
忘れないでほしいと願う。
そして、朝もやのような刀の匂いだが、もやといってもそれは
曇ってどんよりと暗雲がたちこめているという状態ではなく、
清廉と青く晴れわたる刀身に現れる景色の一つというところが
日本刀の見どころでもある。

さらに、『雨あがる』の映画の中でも出てきた「地景(ちけい)」
とは、鋼の熱変態で生じた組織が黒く光って地刃の中に線状に
現れる刀身の景色のことで、これが光を強く反射させた組織と
なると「金筋(きんすじ)」と呼ばれる物になる。さらに地景が
寄せ集まると地斑(じふ)と呼ばれる状態となる。
これらの景色は、いかに青く澄みわたっているか=晴れているか
という全体像の中に現れることが刀剣の見どころとされてきた。
どんよりとした薄曇りではなく、明るく冴える晴れた刀身に。
古来、「青き刀は名刀なり」と呼ばれた所以は、そうした景色が
刀身の中に見られる背景色として鉄味が青く澄んでいるからで
ある。
井沢伊兵衛が師匠辻月丹からいただいた差し料も、きっとその
ような一作だったのだろう。
「無銘でございます」と伊兵衛は殿様に言上しているが、殿が呟く
言葉から来る刀の作柄と、無銘であることから、古刀の大磨り上げ
無銘である可能性が非常に高い。
そうしたところまで読み込みができると、また一つ映画の中での
シーンの観方が膨らんでくるのではなかろうかと思う。

貴方も、日本刀を存分にご堪能ください。


ただし、映画『雨あがる』では、映画上の表現描写のため殿様は
刀を見ながらしゃべっていますが、これはあくまで映画の中での
シーン上の描写です。
実際には現実世界では、刀剣を見る時には刀身のそばでは絶対に
一言もしゃべってはいけません。
目に見えない唾は凡そ一言で一万粒くらい口から噴射されている
ことが先日TV番組で実験実証されていました。
古来より、刀剣拝見の際には息がかからないように懐紙を口に
咥えたりしましたが、あれは一切の唾を刀身に飛ばさないためです。
しゃべりながら刀を観ると、後日確実に刀身は錆びます。目に見え
ない唾が刀身に付着しているからです。
思わぬ「沈金錆」という悪性の錆が発生したりするのは、大抵は
しゃべりながら刀身を観て、その後十分に水分を除去しなかった
ことが原因の一つと考えられます。
刀工康宏の弟子は、来国光の刀を拝見する際にはマスクをして白手袋
を着けて刀剣を観ていましたが、それは正しい姿勢かと思います。
現在では美術品として日本刀を錆びさせないことに注意を払う面が
強調されますが、武人の差料であった日本刀は、武器としても
不用意な錆を発生させる無思慮があってはならないものだったの
です。

どなた様も、真剣に接する時には真剣に。


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日本刀の見方

2016年07月29日 | 日本刀

刀友と話をしていて、私は言った。
「直刃、直刃とよく言われるけど、本当の直刃というのは
ほぼないんだよ。だから刀剣界、とくに刀剣商さんたちの
間では『直刃調』という適切な表現が用いられている」

友人は「直刃はほぼ存在しない」ということについて、少し
違和感があったようなので、実際に刀剣画像を提示して
詳細
に私は説明した。


例えば、「直刃」が特徴とされて有名な東北の時代刀工の作
だが、このような刃になっている。

これなどは直刃ではなく乱れ刃だ。
だが、刀剣界では「直刃」とされてしまう傾向がある。

具体的な見どころは以下だ。

特に小乱れと私が白丸で囲った部分は、刃中も変化に富み、
杢も見られ、刃縁=刃文も細かく小乱れになっており、
さらに刃文は複雑で、刃文の焼き頭の棟側上部には二重刃
のような状態で伸びる地景も見られる。

これを「直刃」とするにはいささか抵抗がある。
あくまでも「直刃調乱れ刃」であろう。
また、乱れ刃の内容は変化に富んでおり、「丁子」のように
単一単語で言い表すことはできない。

定規で引いたような一直線の直刃というものは日本刀には
ほぼ存在しない。必ずのたれたり、互の目風の乱れが入ったり、
あるいは一見直線と見える刃縁の焼き頭にしても、細かく入り
乱れた古雅な小乱れ刃だったりする。
また、直刃調であっても、足がしきりに入ったりすることもある。

「直刃」と簡単に言って片付けることが多いが、現実の作品
としては一直線のつまらない直線刃というものはまず存在せず、
パッと粗見しただけでは捉えられない多彩な変化に富んでいる
のが日本刀の焼き刃であるのだ。

そこが見られるか見られないかでは、日本刀の観賞力において
大きな隔たりが生じてしまう。
見えるものが見えないということは、芸術作品においては観賞の
幅を極度に狭めてしまうことになるので、端的にいえば勿体ない。

こうしたことは日本刀の地鉄についても同様のことがいえる。
「日本刀風」と称したダマスカスなる日本刀の地肌とは似ても
似つかない大肌合わせ鉄を以って、「日本刀とはああいうものか」
との大きな誤解が包丁やナイフなどの一般刃物愛好者や日本刀を
知らない人たちに蔓延しているように、日本刀においても、大肌の
ざんぐりとした作風が「日本刀の通状体」だと勘違いしている人は
多い。
そうした人たちは、粟田口や来や青江や肥前新刀の均んだ肌は
「無地」と思ってしまうのだろうか。
また、砂鉄精錬が進化した幕末新鋼で作った日本刀の肌を「無地肌」
だとか「無鍛錬」だと思ってしまうのだろうか。

極小に目が均んだ肌に鍛えるのは、単に折り返し鍛錬の回数を増や
せばよいというものでもない。すべては素材をどのようにどういう
方向に持って行くかという「沸かし」と鍛錬及び焼き入れの熱処理
如何にかかっている。
そして、刃文に狭義としての直線刃の「直刃」が存在しないのと
同じく、「無地肌」というものも無鍛錬素述べ刀(日本刀のような
物)以外には存在しない。
無地肌と思い込んでいる作も、じっと精査してみると、多彩な鋼の
変化と鍛え肌が浮かび上がって見えてくるはずだ。
新刀肥前物などは「小糠肌」とか「梨地肌」などと呼ばれる非常に
肌目の均んだ作風だが、あれとて無地肌ではない。また、鋼の変態
状況は刃のみならず地にも多く出ている。
それが見えるか見えないか、だ。

新刀のみならず、古刀や現代刀にあっても、刃縁の大乱れのみに
注意が取られていては、その刀が持つ本来の姿、本当の姿を的確に
捉えることができない。
刀には何の罪もない。
ただ物理的な存在として刀はそこにある。
それの姿が見えるか見えないかだけのことだ。
見えるか見えないかは人間にかかっている。

肌が美しい女性、という存在が世の中にはいる。
肌が美しい人は、その肌はきめ細かくつるつるのように見える。
だが、プラスチックで作られたお面のような肌ではない。
人の皮膚には肌の目がある。
その肌ががさついておらず、とてもきめ細かく潤むように整って
いるから肌が綺麗に見えるのである。
古名刀や新刀・新新刀・現代刀の肌目が均んだ作というのも
素肌美人のそれに似ている。
美形は化粧騙しをせずとも美形なのである。
ただ、素肌美人は即イコール「美人」ではない、という定理が
あるので、そこをきちんと捉えているかどうかだ。(後述)

そして、物の見方としては、発想の逆転が真実の内実を捉える
こともある。
かつて私はサーキットを走る時に「直線は存在しない。直線と
呼ばれている区間はコーナーとコーナーを繋ぐコーナーであり、
たまたま直線状にコースがレイアウトされているだけで、走行
ライン取りにおいて直線だけが分離されて独立していると捉える
ことは一切ない」と明言していた。
レースの世界に触れたばかりのチームスタッフは驚いていたが、
現実的なコースのレイアウトに沿ってライダーはマシンを走らせる
ものではない。

刀剣の場合は、これと似ている部分としては「発想や着眼点の
転換が重要な真実を見抜く」という点ではサーキットの捉え方と
合致しているが、物理的存在としてはコースの走行想定とは異なる。
日本刀は現実的に物理的現象が現出しており、それを見抜くことが
できるかできないか、ということが、「刀が見える」のか「見え
ない」のかに分岐しているからだ。

美人の捉え方は人間各個人で個人差があるが、それは「好み」に
分類できる事柄だろう。離れ目が好きな人もいれば、細面が好み
の人もいる。また、時代や国によっても美人の定義は異なる。
「平安美人」などは下膨れのオタフクのような顔が美人とされた。
そうした「美人観」と、現実的に「肌が綺麗である」という物理的
なことは別次元の問題であるということを捉えていることが、日本刀
の観賞の場合には重要事項になってくる。
日本刀の場合は、まず、物理的に現出している現象をきちんと
正確に捉える必要がある。
焼き刃は焼き刃の存在を見なければならない。でないと研ぎの多彩
な技法によって為された描き刃(焼き崩れや匂い切れの繕い等)を
見抜けなくなるし、「さつま揚げ」などに騙されたりする。
また、白く刃取りして研ぎ師が描いた技法は、あくまで技法として
日本刀に表情をもたせる化粧であるのに、その技法を技法ではなく
焼き刃そのもの=刃文であると捉えてしまう大誤謬を犯したりする。
人の顔も化粧で描いたアイラインや口紅で塗った唇の色や潤いは
あくまで化粧で人為的に施した「描画」であって、その人の顔の
素材としての態様とは別次元のことである。
「化粧が巧い」ことがイコール「美人」ではない。だが、「美」には
通じる。
この違いは明確に弁別して識別認識していないと、日本刀などの
観賞においては、大きく見方を外してしまい、結果として「見える
べきものが見えなくなる」という現象を人をして惹起せしめる。

素直な気持ちで、現実にそこにある現象をつぶさに捉えることが、
日本刀の真の姿を見る最も近道であり、王道であるといえる。



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銅の色あげ

2016年07月27日 | 日本刀



銅の黒色あげも、こちらの銀色あげの理論と手法が流用
できると思う。

610ハップが廃れたのは風呂釜の故障の多発のためとして
いるが、そういえば、「入浴剤による風呂釜故障」という
ことが一時期かなり世間で話題になっていたことを思い出し
た。

銅の色揚げに使用できる入浴剤610ハップは消滅したが、
成分同様の入浴剤がまだ販売されているので、それを色あげ
溶液として代用することができる。

 

ただし、使用については自己責任で。

 


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游雲の剣のこと

2016年07月27日 | 日本刀



研ぎ師であり刀剣商でもある町井勲氏は私の游雲康宏を
手に取り、光に透かして見て、「地刃に肉が付いている~」
と、ニコニコしながら言った。
姿を決めるためにげっそりと肉を落とすのは下手(げて)
の研ぎだからである。「試斬用」などと称する刀にもその
ような刀を駄目にする砥石での削りをしてしまう人たちも
いると聞く。
そして町井氏は私の游雲康宏(平成4年作)を眺めて私に
尋ねた。「研ぎはどなたですか?」と。

この人である。刀文協入選研ぎ師田村慧氏。


私のこの游雲康宏の地錵(じにえ)については、見える
人は見えるし、見えない人は見えない。
見えない人は、ただの均(つ)んだ無地にしか見えない。


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刀の重さ

2016年07月27日 | 日本刀





私の康宏作は鞘払いが1065グラム。
昨日、道場で私の康宏の重さを耳にした指導の先生は、私の康宏を手に
してニッコリしながら「自分のと同じくらいの重さだ」と呟いた。

尾道の先生方は、居合でこれくらいの重さの刀を普通に使っているという
現実
これあり。
ペラペラの軽い「競技専用の道具」という物にはほとんど無縁というか、
そういうスポーツ用品とは縁遠いという尾道の気風が
私は好きだ。

尾道居合道研究会の会長先生から、なぜ三原派と呼ばれる刀工群に
属する尾道・三原等の備後刀の形状は鎬地がゲソッとそぎ落とされて
いるのだろうか、ということに関する所見を聴いた。
「あくまで推測だが」という前提だったが、多分、当たっているように思える
とても説得力のある説だった。薙刀との関連性において、「そうか!」と
首肯できるインパクトの強い仮設だった。
キーワードは「海」だ。

そうした歴史性とは別に、実際のところ、私の康宏作などはまさに形状は
尾道三原派のそれなのであるが、とんでもなく切れる。
被切断物が鎬を通過した時点で一気に抵抗値が減少して、まさにスプリット・
イン・ツーという感じでスパッと切れる。
しかも、康宏は粘りがありながらも刃部が超高硬度であり、加えて鎬が
立っているのであるから、刃の切れ味と鎬のクサビ効果、さらに鎬地の
摩擦係数の一挙的減少により、切れ味が良くない訳がない。刀身も粘り
があり靱性が高いのでまず折れない。鉄も切れようものだ。理にかなって
いる。
実際に私の康宏作(游雲)で試斬した私の師匠の師匠である範士(故人)は、
切った後に「おっ」と刀を見つめるようにして、「この刀はよう切れる!」と
おっしゃっていた。(ただの一刀の切り試しだったが、私は範士による土佐
英信流古伝の切り方(口伝あり)と「抜重メソッド」の合体の実行を見逃さ
なかった)

戦国期に三原物、美濃物(三原と同様の形状の作が多い)が実戦刀と
して多くの武人に好まれたのには、どんな言葉を並べても否定できない
「ある現実」が存在したからだろうと私は思う。
眼前に横たわる現実として、刀槍による命のやりとりをしていた時代に
あっては、「見る為の物」では人の命は現実的に守れなかったことだろう。
そうした歴史の重みから目を逸らして、なんの日本刀であることか。
堅牢で美しい。それが刀だと思う。
このことは誰しも否定しはしないのに、なぜかしら偏った見方をされている
のが日本刀でもある。
不憫に思うこともあるが、日本刀はそんなことはお構いなしに、いつも
晴れ晴れとした表情を私たちに見せてくれる。
刀は、存在そのものが美しい。



游雲康宏の肌。






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刀の手入れ

2016年07月27日 | 日本刀



居合の稽古を終えて帰宅したならば、必ず柄をきつく絞った濡れタオルで
清拭して柄糸の汚れを完全に除去する。
さらに金具(特に目貫)の汚れもふき取り、手入れをする。

特に赤銅や山銅などは緑青が吹かないように注意をする。
水ぶきして乾燥させたりすると銅金具は一発で緑青が吹く場合があるので
注意している。

今の時期、刀身はことのほか錆びやすいので手入れを怠らないように注意
を要する。
以前、一週間連続出張などの時には、妻と娘が私の刀の手入れをして
くれていたりした。
妻も子も、正しい日本刀の扱い方は一応知っている。


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日本刀の魅力とは

2016年07月26日 | 日本刀

最近、刀剣ファンの人たちの声を聴いていて、ごく個人的にとても不思議な
ことがある。これは身近でもインターネットのSNSなどを見ていても。
それは誰もが刀について語る時、「ハモン、ハモン」と言うのだ。
まあ、刀の中では焼き刃部分は目立つからすぐにまずハモンに眼が行くの
だろうとは思うが、大抵は研ぎ師が白く描いた部分をハモンだと思ったりして
いる人
が大勢(たいせい)を占めていたりもする。
そして、本物の匂い口が見えた人も、それを喜び、ハモン、ハモンと言う。
けだし、鉄のことは一切見ていない。

これじゃ上辺の化粧に騙されるはずだ、と思う。
確かに焼き刃の匂い口は働きが出やすい部位であるし、刃中の冴えなども
刀剣の特徴が現出する場所だ。
しかし、日本刀の妙は鉄味に尽きると私個人は思っている。
これは日本刀を実際に手にとって本格的に見始めた中学生の頃から思って
いる。
高1の時(1976年)のボストン美術館里帰り展が上野松坂屋で開催された
時には連日通い詰めた。
初めて初代虎徹を見たが、その地の鍛えに目眩がしそうだった。

虎徹のような強い鍛えでなくとも、うるみがちな作域であっても、充分に刀鍛冶
の思うところが伝わるようで、私は10代の頃から「刀の妙味は鉄味だ」と感じて
いたのだった。
刃文は実用的性能を具備させる上での表現の一つであるが、さほど私個人は
重要視していない。
刃文よりも鍛えだ。地鉄(じがね)のまとまりがどのようになっているかを「観賞」
する。

ざんぐりした作も均んだ作も、とにかく日本刀は地鉄を見るのが私は楽しい。
そこに広がる世界は無限の宇宙のようだ。
そして、それに星雲のような刃文が重なる。

肌がざんぐりした作


肌が均んだ作

この作がノッペリとした無地肌に見えるとしたら、それは刀が見えていない。
この画像を10秒間眺めていたら、地金の細かい鍛えと熱変態による変化
働きがブワッと浮かび上がってくる筈だ。細かい渦状の杢が均んで、微塵
に地錵(じにえ)がついているのが見えてくる。

相備前風とも呼べる新刀の作






これなども鉄味の妙味をかなり楽しめる。
ハモン?
刃文をたどれるかな?
刃文は光に透かせば見える(見る人が見れば光に透かさず、この画像の位置
からでも刃取りに騙されずに刃文を見ることができるが)。
だが、刃文だけを見ようとすることは刀が見えなくなる、ということである。
刃を見るということは、刃縁のライン=いわゆる刃文を見ることではなく、
鋼の変化変態としての地鉄との態様の違う形成部分を全体像として掴み取る、
ということである。刃縁の匂い口の線の並びを発見することが刃文を見ること
ではない。「刃」全体を見ることがすなわち刃文を見ることである。

刃文は角度を変えて光に透かせばよく見える。


ただ、美術鑑賞的な方式においてさえも、刃文を刃文としてのみ
抽出して観賞しようとする方法などは存在しない。
その刀の鍛えという全体像があって、見るのは全体の姿であり、
そして詳細に観る部分はまず地鉄だ。
刀剣の作風の説明書きをする場合には、まず形状寸法を記し、
そして作柄については地鉄の説明から入る。まず鍛えがどうで
あるかなのだ。

日本刀の観方というのは、そういうことのように思える。
ハモン、ハモンと刃文だけにとらわれていると、刀にとって一番
大切なことが見えなくなる。
刀剣ブームも大いに結構だが、ハモンのみに気が取られるのでは
なく、まず、刀工が苦心してまとめた鋼の鍛えがもたらす鉄の妙味
というものに着目してほしいと私は願う。


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刀の長さ (過去記事カテゴリー変更)

2016年07月25日 | 日本刀

過去記事について。
「文学・歴史・文化」のカテゴリーにしていたが、

「日本刀」のカテゴリーにこの記事を置き替えた。

  ⇒ 「刀の長さ ~定寸とは~」


床ではなく、武道館の高台の上に置いたのですが、木部に
刀の直置きは、おすすめできないことであると思います。


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銅の色あげ

2016年07月25日 | 日本刀



入手して四半世紀過ぎたし、赤銅覆輪、山銅地金の鍔を400年
ぶりに一発黒く色上げしようかなと思った。まだいけそうな気も
しないでもないが。

そしたら、ぬぁんと、子ども時分から親しんだムトウハップ
が数年前に発売中止になっていたとのことだ。
まじっすか?(><)

なんだよ。買っておくんだった。
はぁ・・・。時代の波に乗り遅れています、私。
1988年から時間止まってるので(^^;

子どもから女優さんまでご愛用だった入浴剤610ハップ。


あせもなどにとてもよく効いた610ハップなのだった。
うちも私が子どもの時も、うちで預かっていた弟クンも
この610ハップで入浴した。白くお湯が変色して硫黄温泉
のような香りがしたのをよく覚えている。

この入浴剤は硫化水素自殺をする人間が増えたために
生産自粛が求められ、昭和の初めから売れていたのに
ついに数年前に生産打ち切りとなったという。
死んでまで人に迷惑かけるなよなぁ・・・。
生きたくても生きられない人たちも大勢いるというのに。

この入浴剤は化学反応で銅を黒色化することができた。
安物の模擬刀の切羽やハバキなどは銅地をこれで色あげ
していたのではなかろうかという嘘みたいな話もあった
くらいで。

これが駄目となると・・・。
銅の黒色あげは、あれか。
必殺(て言葉がよくないのか?)の魚の白点病を治すあの
薬を調合するしかないのか・・・。化学名では売られて
いないけれど、あれも入手が結構難しくなってきている
からなぁ・・・。

いや、おいらは単に赤銅とヤマガネ(粗銅)を黒く色あげ
したいだけなんだよう。文系でごめんなさい。
いっそのこと醤油でも塗るか。(←まったく逆の色になります。
良い子は絶対にやらないように)

どうれ。
ならば、入手可能なこいつを赤銅験体で試してみるかな。
どうぢゃ。
 

湿疹、かぶれ、水虫等にもよく効くそうです(笑)。
あ~。インターネットって便利だわあ。
(必要情報読み取れよ>俺)

色あげされた山銅の色というのはこういう色。


そして、赤銅の色あげ物はこのような色になる。


すばらしい。後藤家の金具の色だよな。

魚子(ななこ)も凄いけどね。これ一個一個を
ポンチで打って行ってるの。しかも渦波模様がある
から、円周で正確に周回して打って行ったのだろう。
昔の職人さんというのは技も凄いけど、精神力が
並はずれていたんだね。

登城勤務ではこういう鍔。

さらに式典などの最上礼装では無地磨き地の献上鍔となる。

一般通常勤務でも、現代の勤め人がスーツにネクタイである
ように、刀装具もそれなりにしきたりと掟があった。
私が通常差しの差料で赤銅魚子地黒色あげの金具を好むのは
そのためである。
奇抜な格好でこけおどしみたいなことはしたくはない。
「見た目ノーマル、実は中身はフルチューンド」が、上から
下まで江戸の気風(きっぷ)だったと思っている。


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鎺(はばき)

2016年07月21日 | 日本刀



刀工小林康宏製鎺(はばき)を康宏師が無償で24年ぶりに再度色あげして
くれることになった。鎺だけ送ってくれとのこと。
自分で色あげしたくとも、銅の色あげ液の成分中には劇薬も含まれている
ので、色あげ液の原料の一部は一般人には入手が困難だ。

先日、柄の手入れの時にガッチガチに組み込んだからなあ。鍔も微動だに
しないようにセットして。
武用刀は一度外すと再組み込みの時は瞬間アジャストのセットアップの
つもりで一発で決めないとならない。
武用刀は何度も柄を外したりはめたりするものではない。柄木が緩んで
きてしまうからだ。
そもそも古来は白鞘など存在せず、拵入りが常であり、刀のナカゴは防錆
処理のために黒錆処理がなされていたことだろう。
これは新刀のある時期から黒錆処理がなされずに自然発生した錆のナカゴ
が登場することからも推察できる。
研ぎや柄の修理以外では刀身は拵から外さなかったので、柄は常にガチガチ
に刀身と密着していたことだろう。
刀身のみを外して鑑賞したりというのは、磨り上げと試刀が登場して以降
のことだっただろう。
あくまで、このナカゴ錆付け論は、残された状況証拠に基づく推論だが。

白鞘ならば保管鞘なのでいくら外したり着せたりしても差し支えないが、
拵の柄を外した場合は、組み込む時には、柄頭を木槌で叩いたりしたら
いけない。
金具が傷むのと、きちんと奥まで刀身が入りこまないため、コンコン叩き
はやめたほうがよい。
というか、それでは刀は柄に入りませんから。
固く作ってある柄に刀身を叩き込むには重力を使う。
畳もしくは床上の薄布団の上に一気に柄を落とすつもりで柄頭を叩きつける
のである。
反発で必ず跳ね上がるからそれはそのまま上に逃がすようにしてやる。
これは一発で決めないとならない。
二度落とししたり、何度もタップさせると刀身が飛び出して来てしまう。
緩めの柄ならば、掌に一度ドン!と落とせばガチャリと奥まで入り込むが、
固くきっちりと作ってある武用柄の場合は、柄頭を叩いた程度では奥まで
ガチリとは刀身が入り込まない。
床ドン!の一発決めで刀身を奥まではめ込むのがコツだ。
頭金具が傷つかないように注意を払いながら。

こうしたことも刀剣取扱いの常識ではあったのだが、最近は情報社会なの
に刀剣等についても適切な伝承が伝わっておらず、柄頭を木槌で引っ叩い
ていたりとかの誤った取扱いの画像等もネット上で見られる。
そのため、あえて「昔から伝来した正しい情報」を当たり前のことと知り
つつもここに記す。

情報社会とは、錯綜する情報の中で、何が本当かを見抜く力を一般人に
求められる社会でもある。
また、そこにこそニセ情報や誘導操作の悪意が付け入る隙が生じるので
あるが、それを防ぐには、情報入手側がしっかりと自己管理する必要が
ある。
氾濫する情報社会で流れる多くの情報は、まさに玉石混淆なのだとネット
利用者は知ってほしい。





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鵐目(しとどめ)

2016年07月19日 | 日本刀


鵐=しとどめ(時代物/私の康宏刀の塗り鞘。鞘は時代黒うるみ塗り)

巫(かんなぎ=神招き)の鳥と書いて「しとど」と読む。別な訓読みでは
「ふなしうず」と読むが、ヨットマンの履き物ではない。
しとどとは古語で、アオジ・ノジコ・ホオジロ・ ホオアカなど雀の仲間
の小鳥のことをいう。
鵐目(しとどめ)とは、日本の工芸品の穴の周りを飾る物のことをいう。
小鳥の目に似ているからだ。

アオジ(青鵐、蒿鵐、蒿雀/スズメ目ホオジロ科ホオジロ属)


ノジコ(野路子、野地子/スズメ目ホオジロ科ホオジロ属)


ホオジロ(頬白/スズメ目ホオジロ科ホオジロ属


ホオアカ(頬赤/スズメ目ホオジロ科ホオジロ属


カシラダカ(頭高/スズメ目ホオジロ科ホオジロ属)


コジュリン(小寿林/スズメ目ホオジロ科ホオジロ属)



鵐目(しとどめ)は刀装具においては柄の頭金具や鞘の栗形(くりがた)に
はめられる。
非常に手のこんだ繊細な金工仕事であり、現代物の廉価な型押し物と金工
師の作では、よく見るとかなり違いがある。
居合の選手などでは、下げ緒が下に自然に垂れ下がって下げ緒さばきが
楽で綺麗に決まるからと、栗形に鵐目を着けないことが実用性から行わ
れることもある。私も居合用の拵には鵐目を着けていない。
しかし、考えてみると、そもそも居合の試合などはなかったのであるし、
現代実用感覚で刀装具の定法から外れるというのは自分でもどうかと思う。
それに、鵐目を外すということは「落ち目」につながり、よくないのでは
なかろうか。
武士は異様な程にゲンをかつぐ。落ち目を嫌ってメザシさえ食べなかった
程だし、武士が中心だった江戸では、鰻は背から割いた。腹から切るのは
腹切りにつながるので縁起が悪いからだ。
また、江戸では沢庵は二きれが常識だ。一は「ひときれ=人斬れ」、三は
「みきれ=身斬れ」につながるとして嫌われた。
だから沢庵は江戸では二きれなのである。

自分の居合用の鞘にも鵐目を着けようかと今考えている。
居合専用の刀以外は、私はすべて鵐目を着けている。
現代実用主義、現代合理主義を中心幹に置いて鵐目を外しているとしたら、
時代性と歴史性を無視して滑りにくいからと刀の柄にラケットゴムを巻く
のと同じレベルではなかろうかと思えてきた。

江戸期のしきたりや慣習は、現代の合理主義的な観点からのみで見ると
見誤ることがある。
著名な歴史考証家が、著作であくまで推測として、刀を刀掛けに置く場合
に「小が上、大が下」とする説を唱えた。
高名な考証家だったので多くの人ががそうかと感じたのか、時代劇などで
も、小刀を上に大刀を下に置く表現が多くなされてきた。
この現象は、その書籍発売以降のことであり、江戸期の図を精査しても、
大刀を下に小刀を上に置く図は歴史上は見られない。
その考証家の説の理由は、「差し順において取りやすいから」とのことで
あった。あくまで推測としながらも。
私は、現代合理主義を中心に江戸期の文化をたとえ推測でも解析するのは
誤りであると思う。
武士の大小は、多くの絵図にみられるように、刀掛けには上に大、下に小
だったことだろう。
理由は、反りはともかく、それが鳥居の形の配置だからだ。


江戸料亭「八百膳」にて食事する武士

ゲンを担がないのなら、江戸でも鰻は腹から割かれていたし、沢庵の数も
一きれ三きれがあった筈だ。


Japanese traditional pickles "TAKUAN"


それに、取りやすい順序ということならば、最後の扇子は大刀の下か?
そうした、物理的な合理性などは江戸期の習慣では無視されて、非科学的
なことであろうと武士たちは縁起を担いでいたのが江戸期の武士の文化で
あり、また禁忌などにおいては武士のみならず一般庶民も日柄までも吉祥
を重んじていた。
江戸期文化を考察する場合に、現代感覚で推し量るのは間違いである。

その典型例として刀の長さについての勘違いが現代人にはある。
江戸期には身長による使いやすさなどは関係がない。
現代に銃刀法の規制があるように、江戸期には幕法があった。故に長大
な刀などは差して登城などできなかったのである。
現存する薩摩拵の上級武士、下級武士の刀、御備え刀を見ても、ほぼ
すべてが二尺四寸以下であり、圧倒的大多数は二尺三寸から二尺二寸台だ。
そして古刀は、名刀であればある程、差料にされる場合には磨り上げら
れて「定寸」にされた。
また、新選組の討ち入り刀剣にしても、一部を除きほぼ全員が二尺四寸
以下の刀剣を使用している。
これらは何故か。
長大刀は法律違反であり、幕臣や歴とした藩士は法律を守っていたのだ。
長大刀を帯びたのは脱藩した浪士たちだけだ。
刃物に対する法規制は、現代人さえも理解し易いだろう。
何故、現存する大刀が圧倒的に二尺二寸台が多く、また江戸期新刀は定寸
ばかりなのか。
それは作っても、所持は黙認されるが、帯刀が許されなかったからだ。
需要がない物は特ダネ物以外は作りはしない。

鵐目については、鵐目のことを「しとどめ」ではなく「ひとどめ」とたま
に呼ぶことがあるのは、江戸者において「ひ」と「し」が時々相互に逆転
する江戸訛りを聞いた地方人の勘違いが原初だったのではなかったろうか。
正しくは、刀装具の鵐目(しとどめ)はしとどの目であるから「しとどめ」
であり、「ひとどめ」ではない。


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刀掛け ~携帯式~

2016年07月17日 | 日本刀


私の武用刀

観賞刀は刀箪笥の中にしまってある。


これは携帯用刀掛け。4本置けます。


そうです。ワインラックを改造したの(笑)。外出の時など、かなり便利です。
刀を地べたに置きたくない時などに使用しています。

これすべて自作なり。白木の物は本当に実用一点張りだが、非常に安定
していて、刀を置く分には充分だ。


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幕末武用刀

2016年07月15日 | 日本刀



こんなのがあると紹介された。ザ・幕末大切先!


`;:゙;`;・(゚ε゚ )ぶっ!


なんだ?この松葉の張り(^^;
槍じゃないんだからさぁ(笑

ここまでくると、絶対に鞘内でカタカタなりそうな気もするが、
いわゆる「豪刀」というものでしょうかね。

おまけに刀身彫りまである。樋などではない。ボン字と日本語
の漢字だ。なかごではなく、刀身にでっかい字で彫ってある。
その彫り物の言葉が奮っている。凄い(^^;

あたしだったら、持つのちょっとためらっちゃうけど、こういう
「気合だぁ!」とか「元気があれば何でもできる!」「ダァーーーッ!」
みたいな標語を好む人もいるのだろうなぁ。というか、実際にいた
のだろうなぁ。
なんというか、豪快な刀です(^^;
あー、たまげた。




みたいな?


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游雲の剣

2016年07月14日 | 日本刀


昔の職人さんはすごいなと思う。
これ、少し離れると無地に見える魚子(ななこ)だよ。
よくこんな細かい物を一つ一つ手打ちでポンチ打ちしていったと思う。
細工職人は10代で独り立ち、40代で引退という説も頷ける。
目が老眼で見えなくなってはこうした仕事はできなくなるからだ。

縁頭は揃い物だ。赤銅魚子地象嵌高彫梅の図。花押在銘。
1990年代中期に「銀座刀剣柴田」にて購入。
鍔は無銘水戸糸透かし冠の図。1990年代中期に「銀座刀剣
柴田」にて購入。切羽は現代物、栗原謙二作。



目貫は山銅梅の図。1990年代中期に「やしま」にて購入。


柄の強度を考えて鮫は一枚巻きである。


鞘はうるみ塗りで時代塗りを再現してもらっている。


愛刀一刀。


鎺(はばき)は二代目康宏本人作。平成初期にはすべての康宏作の新作刀に
二代目康宏小林直紀本人作の鎺が装着されていたが、今は鎺は作っていない。



物打ちに空に浮かぶ雲のように飛び焼きがひとつ。。


なんというか、この飛び焼きは焼き入れの失敗なのだけどね(笑)。
作者本人も私に「失敗しちゃった。ごめん」と言っていた。

だが、よく見ないと判らない映りにも見えそうな飛び焼きで、隠し焼きの
ような慎ましさと、大空に浮かび遊ぶ白い雲のような景色が私はとても
気に入っている。

ゆえに磨り上げ再登録の際に「游雲」と銘に切り加えてもらった。


愛刀一刀、游雲の剣。





なぜ拵(こしらえ)の金具が梅づくしかというと、私の出身校の剣に携わる
者たちの心の支柱が「梅華剣蕊(ばいかけんしん)」というものであり、また
建学の精神が梅のこころだからである。
梅は百花にさきがけて咲く。まだ寒い早春、「きさらぎ朝もや昏(くら)きを
裂いて
的皪(てきれき)光る梅のこころ」が私たちの精神だった。
私たちは百花にさきがけて春を告げる。

「昏(くら)き」とは、知に疎いということである。
また、「的皪(てきれき)」とは、白く燦々(さんさん)と光り輝く様をいう。
そして、もう一つ、建学の精神として、「絶対に諦めない(死なない)」という
ことを英語で略語にした「Never (Say) Die」というものがあった。
死地においても必ずや生還する。決して生を諦めない。そして人の世の
さきがけとなる。
さらに、そのこころは、「人の世の若き生命のあさぼらけ」へとつながる。
梅のこころは、今でも私の中に生きている。游雲の剣と、フォースと共に。



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康宏

2016年07月13日 | 日本刀


私の差し料小林康宏作の肌。(二尺三寸二分/鞘払い1065g)
地錵が微塵につく。

匂い口深く、匂い本位の小錵出来。


鎬寄りに小杢がかるのが康宏の特徴である。


刃縁に折り返し鍛錬の際のほんの小さな疵あり。だが、あばたもエクボ(笑)


肌と鋼の働きが見えにくかったならば、この画像でもじーっと見ていると
ブワ~ッと浮き上がってくるように見えるかと思います。
でも、見えない人は、これが無地肌に見えてしまう。


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