渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

青江といったら・・・三奈ではないよ

2012年03月31日 | 日本刀

きょう、床屋に行ったんだ。
西日本でいうところの散髪屋さんね。
年末にツルッパゲみたいな坊主にしたけど、ほらスケベだから
髪が伸びるのが早いんだよ。後ろなんて茶筅髷が結えそうな
感じまで伸びたので髪を切りに行った。

床屋政談みたいなことは私はやらない。大抵は床屋政談で
意味ないから(苦笑)。それとプロ野球の話もしない。
私は幼い時から阪神ファンだが、阪神絶対主義ではない。
プロ野球話になると、誰もが自分の贔屓のチームが何が何でも
最良というようなプロ野球ファンが多くて、私自身はそういうのは
うんざりだから。
だから、床屋ではとりとめのない話とかにとどめとく。床屋政談
以前の話題にしておく。
東京時代は専ら美容院に行っていたが、広島に引っ越してからは
家の近所の床屋さん(^^)

きょうは、いつも担当してもらうお兄さんと「宝くじで5億当たっても
中途半端な金額」という話題で過ごした。
1億とかでは少な過ぎる。それくらいは今どき10数年もあれば平均的
会社員は稼いでしまう。30代後半の公務員でも平均800万/年だから、
普通に勤めて10年ちょいですぐに1億は行く。
逆に10億ではあぶく銭としては多すぎる。上場企業の部長クラスで
1500万/年くらいだとしても66年以上分の年棒となる。
では5億なら?中途半端だよね、というしょーもない話題。

「それでも5億あったら日本刀買いまくるでしょ?」と言われた。
確かにそうかも知れない。
でもそうなると、ただの成金数寄者親爺みたいでなんだか嫌だと
いうのもある。
かといって、一口(ひとふり)1000万~3000万クラスの日本刀が幾口も
手元に置けるというのは魅力ではある。
よく考えると千円もらったらアイス何本買えるかな~みたいな感覚
だけど(ああ庶民)。

でも5億くらいは自己資金で持っていないと、そこらの刀屋さえ
開けない。
考えると刀屋というのは最低でも軽く数億を右から左に動かす資金力
がないと店は開けない。仕入れ200万の刀をたかだか10口在庫しても
2000万でしょう?
そこに5~600万円の中堅クラスの刀が入ったら、数億なんてすぐに
なくなる。高級刀で1000万超えの作品が10作品あったら、それだけで
数億必要になる。
つまり、原資がないと刀剣商という骨董屋は開けない。
まだ、刀などは数億単位ですむだろうが、これが絵画を扱う画商となると、
それこそ莫大な資金繰りのルートを持っていないと運営はできない。
1枚の絵が10億、20億あたりまえの世界だからだ。
絵画等は世界史的な遺産だからまだ解るが、炭素の塊である石ころの
ダイヤモンドなどが1個20億の末端価格がつくなどというのは、ある国際組織
の人為操作であるので、カラクリを知っている側からすると実に馬鹿馬鹿しい。
実際、過去に職務において、数千億、数兆の利益を生む国際的計画に噛んだ。
1個4億円のダイヤの現物を眺めながら、内心馬鹿馬鹿しくもなったが、この
プロジェクトで、作為的に作られた国際的紛争ダイヤの構造に風穴が開けられ
れば良いと思っていた。
(これは関係者全員が複数国で深刻な生命の危機を
生じたため途中で撤退)



今まで、値札が付いている日本刀で実際に手に取って観賞して一番
高額だったのは蛙子丁子(わかずこちょうじ)刃の有名な備前刀
だった。いろいろな刀剣書とかで紹介されている刀そのもので、
お値段一口6600万円だった。
作柄の見事さに見入ったが、金額的にはピンとこなかった。
私には6600万円と6400万円の違いがよく解らないからだ。
差額の200万円あれば、そこそこの普通のまともな日本刀が一口
買えるし、ちょっとシリアスな話をすれば、200万あればどれだけの紛争地域の
子どもを救えるかとも思ってしまう。

さらに、国際政治問題抜きにして、単純に物品売買の組み立てとして考えるとして、
日本刀一口で一般的住宅1軒分というのは、その刀自体が文化遺産
みたいな
ものであるのだから、おいそれと小金があるからと気軽に所有は
できないような
気もする。


つらつらとネットで波乗りしていたら、こんな刀があった。
南北朝時代の青江。


なんという出来なのだ!
素晴らしいの一言に尽きる。

地沸(じにえ)が微塵についているのに映りが立っている。
焼き刃はまるで国宝の小龍景光のようだ。

備中国青江とは現在の岡山県倉敷市の高梁(たかはし)川の川辺にあたる。
青江鍛冶が鎚音を響かせた場所のすぐ近所でついこの前まで私はエアソフト
ゲームに興じていた。

遊び場の河川敷の土手を越えた場所がまさに青江鍛冶が住した地だった。

この無銘の青江、お値段は1000万円を切っている。
や、安いじゃないか(笑)。
1000万なんて、フェーラリ1台買えないしな(苦笑)。


こちらで販売中「日本刀販売専門店 刀の蔵」

お気に召した方はおひとついかがですか?(^^)

それにしても、いにしえの刀鍛冶ってすごいの作るよ。
よく日本刀関係者には鎌倉期を最高とするという感性があるけど、
個人的には南北朝期の日本刀が一番好きだな。
それを磨り上げた形を模した慶長新刀もいいけどね。ちょっと鉄が
硬過ぎる感じがしてなんとも・・・。
幕末刀も多くは南北朝を模したけど、こちらは製作方法が新刀の
工法なので中身が全く違うし鉄もまるで違う。見た目が違うのだから
これはどうしようもない。そりゃあ、かまぼこ使って玉子焼き作れって
言う方が無理がある。
それでも、現代刀の出来の良い物は幕末あたりまでは肉薄している。
なんだか、人と鉄は古い方が良いみたいよ。

先日、車で移動している時ラジオをかけていたら、岡山FMだったかな、
パーソナリティーが80年代の原田真二の曲を紹介する時
「今から30年前にこのような優れたセンスで作曲していたのがオドロキ」
なんてこと言ってた。
「馬鹿だね~こいつは」と思った。
このDJのような発想というのは学術界や刀剣界にもあって、刀剣界では
学者がよく言うセリフに「平安鎌倉時代の刀工が現代冶金学にも合致
する合理的な鍛冶仕事をやっていたことは驚愕する」みたいなのがあるのね。
こういうのは「昔より今の方が発達していて優れている」という、お馬鹿な
現代人の大きな勘違いなんだよ。
時代に関係なく優れているものは優れているし、それは歴史を超える
不朽性を具有する。『あしたのジョー』なんて今でも輝き失わないどころか、
永久に不滅だよ。
そのような「優れた作品や事象の優秀性というものは時間経過による風化を
超越する」という本質が理解できない勘違い高慢人間さんは、この岡山のDJの
ようなドカンチ発言をしている自分が無知蒙昧というこっぱずかしいことをやら
かしていることに気づかない。たぶん一生気づかない。
逆に言うと、そういう定見の不在こそが「時代が進んでいるのに時代遅れの
自己中心的後進性の意識」に立脚していることを知るべきだろうね。
ムラ意識なども世間が狭い点ではそうした後進意識に相通じるものがある。
しかし、パラドックスのロジックとしては、昔の人が今の人より劣っているなどという
自分の感性を疑わない限り、本来の人智の発達と人類の発展はない。

まあ、そういうことで、とりあえず、鉄は今より昔の方が良い。
いにしえより現代に向けて時代が下れば下る程、下らない鉄になってくる
というダジャレのような現実。
これ不思議な事実なり。
真古刀期と同じ鋼を得る突破口は自家製鋼しかないだろうね。
しかも、材料は磁石を使わないで砂鉄を採取するとか、鉄鉱石を使うとか。
刀工一人の力ではやはり限界があるようにも思える。
土がバクテリア作用でそのうち鉄になるというリモナイトなんて面白そうなんだけどなぁ。


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高速道路の走り方 ~バイク~

2012年03月30日 | 外出・旅

高速道路を車で走っていたら、大型バイクが後ろに着いた。
2台。
1台は先ほどサービスエリアにいたおばはんだ。
1車線にバイク2台が真横並びに走っている。
しかも、俺との車間距離狭い!すんげー狭い。
ド素人ですよ、これは。まいったなぁ。
もし、俺が急ブレーキ踏んだら激突するぞ。
まったくバイクの乗り方知らないなあ。
前方走行車に何かあっても緊急回避できるだけの距離を常にキープ
するんだよ、公道では。たとえ高速度走行でも。
それに真横並びの走りって、なんだそれ。千鳥の基本知らないのか。
近頃は教習所で大型免許が取れるので誰でも免許取って大型取るが、
基本的に「ライダー」が少なくなった。
ただバイク乗って移動するだけの奴はライダーではない。原付で歩道走る
買い物おばはんと同じだ。

後ろにピッタリつけているド下手なおばはんとおっさん見ていたら、
80年代ワインディングバトルライダーとしては、だんだんムカついてきた。
(おっさんはなんで誰もがあのようなとっつぁんハーレーを好むのか?
よくわからん。あ、おばはんもハーレーだよ。でも、乗り方ダッサ!)

そんでも、根が笹錦アキラなので、「ま、いっか~。デヘヘヘ」となって
ドンとアクセル開けてピューと引き離すことにした。
不測の事態に巻き込まれないためには離れるに限るからね。
ところで、リミッターついてないの?この新しい車。結構いける。


 


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納刀(のうとう) ~刀の操法~

2012年03月29日 | スポーツ・武道など

Iaido How to Perform Noto Returning Sword
 
納刀のやり方解説。

間違ったことは言っていないと思う。ほぼ正しいだろう。
ただし・・・
左手で鯉口を握る時、「龍の口(たつのくち)」にしているのは
いいのだが、鯉口を完全に隠す程にふさがないと、刀の棟が
龍の口からストンと親指と人差し指の付け根に落ちてから
鞘口でがたつくことになる。結果として危険だし、奥伝などの
瞬速納刀からの連続抜刀などができなくなる。
私が師匠からきつく教え込まれたのは、納刀の際には完全に
鯉口をふさぐ方法だった。
納刀の際の操刀法は、今週火曜日の尾道道場での話題にも
なった。

流派や指導者によっていろいろな指導法があるとは思うが、
斬り下ろしの手の内がどの流派でも同じであるように、納刀も
安全性と安定性、そして次のアクションへの隙なき準備という
ことを第一と考えるならば、鯉口は龍の口形に完全に塞ぐのが
よろしいかと私は考える。隙間がないので当然に刀身はがた
つかないし、手を切ることもない。
手を切るのを恐れるがゆえに、間口を広く取る如くこの動画の
ように鯉口を開けてしまうと、そこで刀身が左右上下に自由運動
が可能となり、移動しながらの納刀や瞬時の納刀ができなくなる。
第一、危ない。納刀の際に手を切るのは大抵は刀身が揺れる
からだ。
私も二~三段までは時として納刀の際に鯉口が開いたりしたが、
その後徹底的に川崎道場で指導された。

納刀の際の鯉口の状態のあり方は、一考を要する問題だ。
抜刀術は危険な抜き方、納め方はない。安全な方法こそが
確実さを生む。確実だからこそ、瞬速が得られる。
基本、全敵を倒したならば、ゆっくりと納めればよいが、そこでも
確実な操作法で納めることが必要かと思う。

私の納刀(初心者時)
 
まだこの頃は左手が一瞬緩んだりしていてよろしくない納刀だ。
基本通りにふわりと力を入れずにつまむように鯉口を握って
いるのは良いが、納まる際に少し親指が緩んでいる。
これは悪い見本。
右手の柄握りの脱力はまあまあできていると思う。
力が抜け、納刀の操刀術において十分に手の内が利いている。
土佐英信流は鞘の向きに逆らわない鞘なりの縦納刀なので、
納刀の際も抜刀のように刃から棟への延長線上に自然な軌道で
運刀させる。
ただし、これは土佐居合の山本晴介派の納刀法。私が習った高知の
澤田友信先生もこのような納刀だった。しかし、多くの土佐英信流は
刀身と鞘が並ぶように切先を後ろに一度持って行く「二の字納刀」で
運刀する。香川の岩田憲一先生の納刀が典型的な土佐二の字納刀だ。
私は業によって使い分けている。奥伝系の切先近くを鞘にほぼ直接入れる
「ぶっ込み納刀」の場合は、二の字だと「突く」動作に近い動きを伴うので
危険性があり、山本晴介系および中山博道系(神伝流ではない中山氏の
長谷川英信流の納刀法)の回し納刀を使うが、回しを嫌う土佐派もいる。
私個人は、場面状況で柔軟にどんな納刀でも使い分ければよいと考えて
いる。どちらも土佐英信流の納刀法だからだ。ただ、どちらかというと、
最初に掲げた動画で「バーチカル納刀」と説明されている動画の回し系の
縦納刀を私は多用する(土佐居合縦納刀には二通りあるということ)。
縦納刀である理由は、脇差を差しているのを前提としているからで、
これは他の縦納刀流派でもその理由による(例:新陰流)。
(土佐居合をベースに創設された昭和新派である戸山流は、組織分裂後、
土佐英信流縦納刀の派と夢想神伝流横納刀の派に分かれているようだ。
土佐居合が伝統的縦納刀と太刀さばき古流を打ち刀に採用した横納刀派
に二分したのを奇しくも戸山流はなぞっているといえる)

最近、試合などを見ていて感じるのは、夢想神伝流の横納刀といっても、
右方向に真一文字に柄を引く納刀ではない納刀をされる方が多いことだ。
実はこれは東京から神奈川に移った時も感じていた。東京よりも神奈川では
この傾向が顕著だった。刀は寝かせるが、引くときには鳥刺しのように柄頭で
前の敵を攻めながら納刀する。刃が寝ているかいないかだけで、所作が英信
流とほぼ同じだ。昔はもっと右方向に柄を引いていた方が多かったように
思えるが、私の思い違いだろうか。ちなみに広島県の神伝流はやはり柄頭
で敵を攻めながら納刀している。英信流と同じ動きなので私にはこちらの
納刀の方が理合としては分かりやすい。

 


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汚れ

2012年03月28日 | 映画・ドラマ

黒澤明監督は『スター・ウォーズ』を「この映画は汚れがいいね」と賞賛した。
「汚れ」とは不潔なことではない。経年変化を風合いで表現することだ。
骨董の世界では「時代つけ」と呼ばれ、モデリングの世界では「ウェザリング」
と呼ばれる。風雨にさらされた感じを出すことを言う。
黒澤映画が当時邦画に与えた衝撃は多大なものがあったが、それは
国内にとどまらず、ハリウッドまで及んだ。
それまでの時代劇での剣戟はいわゆる舞台演劇の「チャンバラ」の延長線上
にあったが、黒澤明はそれを排除した。作品の中に視覚的なリアリズムを
初めて導入したのが黒澤明だった。刀で斬った時の効果音を採用したのは
黒澤が世界初だったし、経年変化を感じさせるリアルな衣装を採用したのも
黒澤が初めてだった。それまでの時代劇は、登場人物の着装は歌舞伎の衣装
のような新品感があり、現実離れしていた。現実の世界ではイクサでやつれた
侍や農作業に励む百姓たちがパリッとした新品の被服を着ているはずがない。

そして、黒澤明がいたから今日のジョージ・ルーカスがいた。
ルーカスの『スター・ウォーズ』は黒澤明の影響を大きく受け、黒澤のリアリズム
が映像造りの背骨となった。
ルーカスが出るまでのSFはB級とまではいかなくとも、「作り物」感が否めず、
宇宙物でも未来物でも出てくる衣装や機材はすべて「新品感」のあるもの
ばかりだった。SF自体が一段低く見られていた映画界の現実をルーカスが
打ち破った。これは歴史的なことである。
そして、ルーカスは黒澤流の「汚れ」を初めてSFの世界に導入した。
これらは西部劇(特にハリウッドではなくイタリアのスパゲッティ・ウエスタン)に
おいて徹底的に「汚れ感」が先行的に試みられていた1960年代の実績は
あったとはいえ、SFの世界にそれを採用したのはルーカスが初めてだった。

エアソフト(サイバイバルゲーム)の世界で、コスチュームにリアル感を
求める場合、この「汚れ」がとても大切になると思う。
ところが、意外とゲーマーの世代はガンプラ世代が多いのに、ガンプラの
ようなウェザリングという汚れ感をコスチュームに導入しない人が圧倒的に
多い。ほとんどのゲーマーが新品パリパリの軍服を好んで着ているのだ。
これは、私個人はどうにも奇異に見えた。いくら遊びとはいえ、なんだか
違和感がある。
現実の泥まみれの「現場」においては、不衛生は大敵であるので衛生面は
最大の注意を払うが、ウェザリングという汚れ=不潔なことではない。
どうせ戦闘服を着るのであれば、ゲームで使うコスチュームも現実に
近い状態を演出するのはどうだろうか。

国内のゲーマーでは支障があるので、海外のゲーマーの画像を引用
してみる。

今はなきローデシア(現ジンバブエ)のソルジャーのコスチューム
に身を包むエアソフト・ゲーマー。
すべてが新品で、まるで新兵のようだが、新兵とて訓練を経たら
このようなおろし立てのような被服や装備ではなくなる。
つまり、この状態は非現実的に過ぎるということがいえる。

本物だとこうなる。

上のゲーマーとの違いがお判りになるだろうか。
こまごました装備とかでなく、雰囲気からしてまったく異なる。
ゲームは楽しむことが第一義だろうが、どうせ本物と同じ格好を
するのなら、七五三のような印象を与えることは避けたい。

こちらは南アの装備に身を包むゲーマー。

正確な装備だが、こちらもおろし立てのパリパリ新品で、
マネキンに着せた衣装のデモのようだ。

本物はどのような感じかというと・・・
これだ。

この汚れ感が御理解いただけるだろうか。
現実の「現場」ではこのような感じになる。
何も好き好んでこうしているのではない。
「自然に」このような状態になるのだ。(ここ大切)


エアソフト・ゲームが、たとえ「遊び」「非現実世界」「バーチャル」と
いえども、リアリティーを求めるとしたらば黒澤明・ルーカス風に「汚れ」を
出すことが大切になってくると思われる。
重ねて言うが、「汚れ=不衛生な状態」ではない。リアルな「現場」では
不衛生は命取りなので、極度に注意をする(一番の敵は敵兵ではなく
大自然である)。「現場」では使ったナイフを洗浄せずに使いっぱなしの
ままなどということは絶対にしないし、メディックが近くに随伴していなくとも、
常に自分自身で健康面含めて衛生面を自己管理しなければならないのが
「現場」だ。

ゲームでも、「リアル世界の現場」のようにやつれ感を出す。
装備も雰囲気も・・・

これくらいのヨレ感は普通に欲しい。

また、歩き方も・・・

(こちらリアルな傭兵)

それ風に歩く。

戦闘服と装備は当然「現場」風味を出すようにする。
装備や服の身につけ方も大切だ。

当然にして、ゲームで使うウエポンも時代つけを施す。

プラスティックとは思えない外見。ウェザリングで「現場」風味を出す。

メインウエポンも徹底的に時代つけを施す。

ただ紙ヤスリでこすればいいというものでもない。
全体的に経年変化を醸し出すことでリアリズムをそこに
注入していく。モデリングの技術が参考になるが、
ヨレた「現場で使われた実銃」を自分の目で観るのが
一番だ。

今の世の中は便利なもので、自分で戦場に赴かなくとも
「無可動実銃」が手に入るし、それを入手せずともインター
ネットで「現実」を視覚的に見ることができる。
要は「違い」をしっかりと把握することだ。何がリアルで何が
リアルではないか、という。
そしてポイントは「経年変化」、これにつきる。

私が自分で染色して作った自作迷彩服。

洗濯したてのサラサラの綺麗な状態でこの発色を成す。
あえて、くすみ感、汚れ感が出るような配色で染めている。
迷彩効果も高い。
柄のパターンは、WWⅡの独軍スモックと英軍デニソンパターンを
参考にした。
こうした「汚れ感」こそが、スター・ウォーズで使われた演出効果だ。




スター・ウォーズでも・・・・
ファルコン号は最初はこうで


それがこうなって・・・↓


宇宙空間を数え切れないほど飛ぶとこうなる↓

映画ではこの「汚れ」がルーカスによる一つの黒澤的手法だった。
それまでのSFでは存在しなかった。

エアソフト・ゲームであまりにコスチュームに無頓着になるなら、
「ならばジャージでもいいじゃないか」なんて風にも思ってしまう。
(私自身、長年やっていると、押さえどころだけ押さえていれば
何でもよくなってしまうのではあるが)
先輩が私に言ったが「サバゲはコスプレの要素が多分にある」という
ことは、エアソフト・ゲームにおける一つの重要な側面を言い表して
いると思う。
黒澤明とジョージ・ルーカスの発想性がかなりエアソフト・ゲーマー
には参考になると思う。
熾烈なラリーのレースで死闘を終えた車がショールームから飛び
出したようなピカピカだったら、おかしいと感じる。
やはり、エアソフト・ゲームでもリアリズムは大切なような気がする。
なにも上から下まで厳密に時代考証するまで必要はないが、「雰囲気」は
大切にしたい。
ゲームでは参加者は「自分が主人公」として大いに楽しんでいることだろう。
エアソフトは、ある種「俳優」になって役を演じる雰囲気を楽しめる。
それならば、衣装や装備も含めて配役になりきらない手はない。
侍なら侍らしく刀を差して侍らしく歩く。「へい、どちらさんもごめんなすって」
などという言い回しを侍はしないし、「左様で御座るか」などと町人は
言わない。
それと同じで傭兵には傭兵の空気があり、正規軍には正規軍の空気がある。
ゲリラはゲリラの空気がある。
ここで見つめたいのは、武士にしろ近代兵士にしろ、「戦闘者には
戦闘者の空気がある」ということだ。武人の空気と置き換えてもよい。
どうせやるなら、ゲームでもそうした空気を醸し出したい。
当然、ベレーも本物を本物と同じようにかぶる。


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刀工のイノチ

2012年03月27日 | 日本刀

大好きな刀工がいる。
お会いしたことはない。
しかし、作品は何度も見たことがある。
作品の作柄、書かれる文章からうかがい知れる人柄、全部好きだ。
土佐の風の香りがするのが、好きだ。

そして、何よりも、銘の切り方、この雅味が大好きだ。


けれども、ブログを読んでいると、親方はどうやら目をやられてしまったらしい。
新作刀の注文も、お弟子さんの育成に重点を置くために断腸の思いで
お断りしたようだ。
しかし、ブログを拝見する限り、明るい屋外で銘を切ることさえままならない
程に目を傷めているようだ。とてつもなく辛いだろうと思う。

刀工の多くが白内障になる。
これを鍛冶業界では「目を獲られる」と呼ぶ。一種の職業病だ。
溶接工なども、防護面を被って作業していたとはいえ、長年仕事を
続けていると目をかなり傷める。私の父は現場から早期に引退したが、
それでも晩年数年間は両眼とも失明していた。好きだった本を読めなく
なったこと、好きな刀を観ることができなくなったことが辛かったろうと思う。
上田祐定刀工のブログを読んでいると、どうにか弟子を一人前にさせたい
との思いだけが残りの刀工人生の支えとなっているように思える。
動画などでは飄々として明るくふるまっているが、ブログは読んでいて、
鬼気迫るものがある。

お弟子のうち、H刀工、N刀工もかなり助けてはいるが、お弟子の
K池氏、O氏、T氏、A山氏、Y氏、I氏、M氏、K沢氏の各人が、実力を身に着ける
進度が各々大きく異なるので、いろいろ親方も大変なようだ。
皆さん頑張っているのはよくわかるし蔭ながら応援したいが、ずっと親方の
ブログを読んでいると、手際が悪くて覚えが悪い現実と作刀に向かう
精神性は同一軸上にあるように思われる。
それは親方の何度も繰り返す注意も守らず、造りかけの刀を鍛冶場に
置きっぱなしにする不用心さや、ほかの生活態度にも表れているようだ。
ブログで弟子の不出来をそのまま明らかにするのも賛否両論だろうが、
なんだか読んでいると悲壮感も漂っていて、もし将来親方が亡くなられた時に
これは貴重な記録になるような気もする。(でも、少しでも長く生きていてほしい。
本当に心からそう思う。刀を作るのをやめてでも長生きしてほしいとさえ思う)

読んでいて、親方は弟子を邪険にするために辛口で綴っているのではないことが
強く伝わる。そこには厳しい愛がある。
ただ、やはり、現代っ子なのかな、お弟子さん。親方の真意を本当に心から
身に染みて噛みしめている人とそうでもないと思える人もいるようだ。
一人立ちして独立した宗近兵衛刀工も立派な刀を作るし、いろいろな面で
親方をサポートしているようだが、お弟子さんたちも「刀は人の命を司る物」、
「それを
造るのが刀工の仕事」と心の底から思ってほしいと切に願う。

「社会通念上もう武士は存在していないので、刀は必要ないし刀鍛冶なんて、
現代の世の中に居ないと思っている若者は沢山いると思うし、年配の方でも
そう思う方もいる。」と親方はブログで仰る。
確かに、職業階級としての武士は今はいなくなった。私もここ15年は商人を
生業としている。
世の中に「武士」は存在せず、せいぜい血のルーツとして遥か昔の残滓として
それが残っているだけだ。
けれども、こうして少なくとも私はここに存在している。過去の先祖の多くが討ち
死にしてきた。あるいは切腹もあっただろう。だけども、血脈だけはどうにかこうにか
残ったから今こうして私はここに存在している。
そして、私の存在たる私の血は、私の血の系譜と共にあり、その血脈は常に日本刀と
共にあった。子孫が残り、そして刀も残った。その刀をいにしえに造り上げた刀工の
魂と共に血も残った。
それを思う時、私にとって日本刀とは単なる武器、単なる刀剣という存在を
超越している。日本刀は血の証し、命の証しとして私にはある。単なる好事家の
収集物として日本刀が傍らにあるのではない。日本人としての精神的支柱の
象徴としてあり、またこの身体にとうとうといにしえから流れる血の歴史を代弁
する生き証人として、私にとっては日本刀こそが永遠に輝きを失わない存在として
あるのだ。
確かに、親方がおっしゃるように、職業階級としての武士は消滅した。だが、
刀を愛で、命を託した古人の心は永遠に今でも生き続けている。
現に累々とそうしてきた。だからこそ、刀が家に残り、そして私が今ここにいる。
たとえ身はむくろになろうとも、その心は子々孫々に伝えられ、そして刀も未来へと
伝えられていく。

  愛で佩きつ 剣は千代に息吹くとも
       常世(とこよ)置かまじ 東雲の露 (自作)


どうか親方上田刀工の悲願が達成されることを、一ファンとして私は切に願って
いる。
私は上田刀工の刀工としての生き方こそが、現今の刀剣界では至宝であり、
刀鍛冶の良心、魂だと思っているからだ。


刀工 上田祐定

刀工上田祐定ブログ 「刀鍛冶の日々」


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ライトセイバー

2012年03月26日 | 映画・ドラマ

そういえば・・・


俺は実物大のライトセイバーを持っていたよ。


振ると緑と水色の長いブレードがシュンと出てくる。
乾電池を入れると光る。
娘が3歳の頃、これでよくチャンバラをした。
左がオビ=ワン・ケノービのライトセーバーで、
右がクワイ=ガン・ジンのライトセーバー。
1990年代の物だから、最近出ているような精巧な物
ではないけれど、当時はこれが廉価版の最新物だった。
国内でもあまり売っていなかった。撮影プロップの精巧な
レプリカも売っていたが、それはひとつ60万円したから
さすがに買わなかった。
なぜか娘は左の方を好んで自分のライトセーバーと
していた。これに組紐の輪っかをつけて腰にぶら下げて
喜んでいた。

最近は精巧なレプリカも米国マスターレプリカ社から
発売されているようだ。

これはルーク・スカイウォーカーのライトセイバー。
6万円なり。安いと思う。
でも、コレクターズ・アイテムだね(笑)

『スター・ウォーズ』のエピソード1~3の3作組セットDVDには
おまけ(?)で1枚ボーナスDVDが付いていて、それに製作
解説があり、ルーカス自身が説明するライトセイバーの
撮影についてのトラックがとても興味深かった。
1977年当時のエピソード4の最初の撮影には写真用の反射
テープをぐるぐる巻いて撮影しており、その映像も紹介されていた。
まだCGがなかった時代なので、いろいろ面白い。
それがエピソード5以降はCDをフルに使っているが、俳優は
実際に長い棒で殺陣の立ち回りをやっている。
エピソード6でルークは父親と対決するが、ルークはジェダイとはいえ
本格的な訓練を受けていないので拙い剣遣いだ。わざとそのような
演出にしている。
それをエピソード1では訓練された達人ジェダイがライトセーバー
を振るので、ファーストシーズンのエピソード4~6とは大きく撮影
やアクションのやり方を全く変えたそうだ。エピソード1~3ではスピード
を重視したらしい。
エピソード4~6の直後にエピソード1~3の比較映像が出るが、
1~3のジェダイの剣さばきはかなりカッコいい。
CG合成前の棒状態のセイバーで実際に立ち回りをしている
映像などはとても迫力がある。役者の立ち回りの斬り合いは
CGではないからだ(ヨーダのみオールCG)。
それにしても『スター・ウォーズ』は面白い。

アナキン・スカイウォーカー、カコイす。

先ほど夜空を見上げたら、今夜は火星がひときわ赤かったよ。


地球から見える我々が住む天の川銀河。いわゆるミルキー・ウェイ。


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列島各地からのおたより ~西国編~

2012年03月26日 | 外出・旅

九州の剣友からメールあり。

「一足早く、人吉球磨(熊本県)は春にて候」とのこと。


やあ。桜だねい。
先週の金曜土曜と大雪見ていたので、なんとも日本は広い(笑)

こちらは中国地区山間部。(撮影3/23)


本日、20:30、広島県三原市から見える西の空。
金星・月・木星は、ほぼ一直線です。(携帯で撮影)

50億年ほど経つと我々の天の川銀河は隣のアンドロメダ銀河と衝突して
合体してしまいます。さらに、宇宙膨張説によると、その後宇宙は光速よりも
早く膨張するので
他の銀河は観測できなくなるとされています。
まあ、地球の人類どころか宇宙にその頃には生命は存在しないでしょうが。
地球人だって、いつまでこの地球に住めるのか、時間は限られています。
我々の銀河の恒星である太陽にしてもあと60億年程で赤色巨星の段階に
入るので、地球人は地球などには住んでいられません。
その前に人類が自分で自滅しそうですけどね。
神が作った宇宙の歴史に比べると、我々地球の人類の歴史なんて
ちっぽけなもの。さらにその地球人同士で未だに国を作って殺し合いに
熱をあげているなんて、大宇宙から見るととても小さすぎることです。

ハッブル宇宙望遠鏡が捉えた銀河群。
現在までに宇宙には約1250億個の銀河が存在することが確認されている。
我々の銀河はその中のひとつに過ぎない。そして、太陽系の太陽は我々の
天の川銀河の中のほんの一つの恒星にしか過ぎない。

 


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個人的ブックフェア 小説『狂い咲き正宗』、『おれは清麿』

2012年03月25日 | 文学・歴史・文化

3月22日に買ってきた小説のうち、『迅風の刻』(津本陽)と
『狂い咲き正宗』(山本兼一)を読んでしまった。
出張の時は18時台に仕事を上がれるので、あとはホテルで
時間がたっぷりある。十分に読書が楽しめる。

『狂い咲き正宗』はかなり面白かった。
主人公光三郎は徳川将軍家の刀剣を管理する御腰物奉行の
旗本黒沢家の嫡男だったが、奉行である父と折り合いが悪くなり
家を飛び出した。なんだか他人のように思えない(笑)。
正宗のことで父親と口論になり、「出て行け」と言うからすぐに家を
飛び出したなんて、そんな俺みたいな奴、江戸時代にもいたんだ?
(って、これは小説の中のことですから>俺)
このあたりの設定は、『美味しんぼ』の海原雄山と士郎のようだし、
私の個人的な環境とも似ていて面白く読めた。

そして、主人公は武士を捨て、芝日陰町の刀屋「ちょうじ屋」に婿入りした。
芝日陰町とは、今でいうとJR新橋駅烏森口から南に歩いてすぐの
あたりで、私は以前の職場からも直近であり馴染みの土地だ。
幕末から明治にかけては古着の問屋が集まっていた場所で、
日陰町というのは江戸時代は通称であり、正式には芝口二丁目
から三丁目、さらにその南の源助町、露月町、柴井町、宇田川町
までの通り界隈を「日陰町通」と呼んでいた。日陰町が正式町名と
なるのは明治に入ってからだが、その後1932年に「新橋二丁目」
に変更になっている。

○ 日カゲ丁通リト云」とある部分の右が日陰町。右上の新町とある
あたりが現在のJR新橋駅だ。
私のかつての勤務地は左上の方の稲葉伊予守の屋敷跡にあった。
地図上面にある「御用屋敷」の通りは、現在は外堀通りとなっている。

現在の旧日陰町通り。


『狂い咲き正宗』は、短編小説を集めた作品集となってる。
主人公の元旗本で現刀屋の光三郎は、四谷正宗と呼ばれた
四谷に住む源清麿に弟子入りして刀屋の婿なのに刀鍛冶に
手を染めている。そして、江戸市中の刀剣をめぐる様々な
事件に巻き込まれていく。
武士を捨てた光三郎と刀工清麿たちが、権威を笠に着る侍
連中や金権で人を支配しようとする豪商たちに一泡噴かせる
物語が痛快だ。
だが、ここに稀代の詐欺師である剣相見の白石瑞祥が登場
する。
『狂い咲き正宗』の短編集はここで終わるが、作者山本兼一氏は
続編を書いた。
それが『黄金の太刀』だ。
これはまだ文庫化されていない。
『黄金の太刀』は短編集ではなく、長編のひとつの物語となっている。
それは、剣相見として旗本から一万両を盗んだ白石瑞祥を追って、
主人公光三郎と旗本の子息の田村庄五郎と、そして光三郎と
同じく清麿の仕事場にたむろする鍛冶平こと平次郎の三人が
全国を旅する、という物語に設えられている。
どうやら瑞祥は相州、美濃、山城、
大和、備前という古刀五カ伝の
土地を巡りながら作刀成就の
旅を続けているらしいことが分かり、
それを3人の若者が追跡することになったのだ。


連続作の前作に当たる『狂い咲き正宗』の読了後はいても立っても
いられない。

鳥取市内の書店を探しまくり、文庫化されていない単行本の
『黄金の太刀』を買い求めた。

一気に読みふけった。
藤沢文学にみられる情景描写があたかも
詩篇のごとく繊細に流れて
いく表現方法ではないので、ストーリー
中心に一気に読める作品が
山本作品の特徴だ。(『いっしん虎徹』のみは文学作品としても藤沢
作品に並ぶ仕上がりとなっている)

山本兼一作品は、文章上の表現を重視する日本文学としてではなく、
欧米のノベル
のような楽しめ方ができる。自ずと読む速度も速くなる。
『黄金の太刀』も一気に読んだ。追跡活劇だ。面白くない筈がない。

勢い余って、地元の書店に注文していた『おれは清麿』(山本兼一)
も鳥取の書店でみつけて購入し、一気に読んだ。
う~む。。。今までの世間の清麿解釈とは異なる新解釈で人物像を
作っている。
信州松代藩での荒試しが最後のクライマックスとなっている。
ただし、大慶直胤(たいけいなおたね)を「直胤は江戸にいて列席せず」
としているが、確か史実では直胤は試刀会の10年ほど前に死亡して
いたと私は記憶しているが・・・・。
最期、清麿は厠で腹を切って死ぬ。これは事実だ。
だが、山本氏はこれにも新解釈を以って作品として仕上げている。
『おれは清麿』はお薦め。
ただ、文学作品としては『いっしん虎徹』の方が胸に迫ったかな。
ポケットノベルとしては『狂い咲き正宗』と『黄金の太刀』の連作が
面白い。こちらの連作に登場する源清麿は晩年の清麿だが、死ぬ
までにはあと
数年ある。清麿が死んだら大きく設定が傾くが、どうにか
「刀屋光三郎」で
シリーズ化してほしい作品だ。

それにしても、私にはなんだか他人事とは思えない主人公設定やキャラ、
無関係とは思えない名称や言葉や漢字が数多く出てきて面白かった。
日陰町、黒沢、田村、庄・・・。
しかし、唯一どうにも馴染めないのが主人公が婿入りした先の妻の
キャラで、これが異様な焼餅焼きだ。世の中そうした女を可愛いと思う
男が多いのだろうが、こいつだけぁ、安物の時代劇のようでいけねぇ。

それに、俺自身がそういう女がでぇきれぇだし、これっぽっちも可愛いとも
良い女だろうとも思わない。清麿の思い人のとくさんや虎徹の妻のゆきさん
のような男を包み込むような女がいいや、俺ぁ。あるいは『美味しんぼ』の
ゆう子さんなんて最高だね。士郎にはもったいねーよ。
世の中、焼餅焼きの女をなだめるのが嬉しかったりする男が多いようだが、
山本先生もそのクチなんかね。作品で光三郎のかかあの設定を、しかも
極度の嫌悪感を呼ぶくらいの焼餅焼き女にしてるけど、あれぁいただけない。
でもって、光三郎のかかあは、亭主が御用で出かけるたびに焼餅を焼く。
それも生半可じゃない。
それを亭主がちょいとくすぐってなだめて肌を重ねるとゴロニャンとなる。
まったく魅力的な女には思えない。
だいたいからして、焼餅焼きなんてなぁ、結局はてめえのこ
とが可愛いだけ
だからね。蓋を開けるってーと、ちっとも
可愛くねぇんだよ、そいつぁ。

ついでに、他の本も買ったぜ。

『郷土刀の系譜』は全国津々浦々の地方刀についてまとめてある。
安芸国大山鍛冶のことを書いているのはこの書籍くらいなので
ありがたい。昭和43年出版の復刻版だ。
『氷川清話』は勝の狸オヤジが明治時代に語った昔話だ。
話半分で読まないとならないね(笑)
『藤沢周平と山本周五郎』はパラパラッとめくって、佐高と高橋両氏の
対談が面白いので購入した。

このうち2冊は読んじまったから、22日(木)に買ったうちの残りの小説を
ちびりちびりと読むことにするよ。
(週末の東京行きまでに全部読んじまったらどうするべ・・・)

 


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雹(ひょう)と夜空

2012年03月24日 | 外出・旅

どんよりとした鉛色の空が今にものしかかってくるような日だった。
風も強い。
砂丘のほうから吹いてくるようだ。
振り出した雨脚が強くなり、移動の途中、車を止めて休んでいたら、
突然、車の屋根に小石が降りかかるような音がしだした。
外を見たら雨ではなく雹(ひょう)が降っていた。


帰路、雪が激しくなった。
夜、福山市内まで帰ってきたら、夜空に面白い絵を見た。



よく見ると、金星の下に木星が見え、三日月が薄っすらと
西の空に沈もうとしていた。




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雪国

2012年03月23日 | 外出・旅

岡山県と鳥取県との境は本日現在、雪国にござりまする。



i-phoneからだと画像編集投稿ができないでやんの。
文字色も選べないしよ~。
結局、i-phoneで撮影した写真を携帯に転送して、それをアップ。
って意味ないやん、ねえ?(笑)

今後の機種対応に期待だな。gooブログは。

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渓流詩人 時代小説フェア

2012年03月22日 | 文学・歴史・文化

来月4/1~4/8までの東京出張に備えて時代小説を買った。


これだけあれば、1週間のホテル住まいでもどうにかもつだろう。

だけど、一番読みたいのはこれ。

きた!これ!
これを待っていた!
やっぱり書いてくれた!
3月10日発売の単行本、1600円なり。
山本先生、やってくれました。
『いっしん虎徹』を書いた山本兼一さんにこそ、清麿を
書いてほしかった。
書店を6店舗回ったが売り切れだったので、注文した。


ここ20年ほどで一番「いい作家だなぁ」と思った新人作家は
『邂逅の森』を書いた熊谷達也氏だったが、山本氏のきめ細かい
描写としっかりとした取材に裏付けられた作品展開には瞠目
した。
編集者や出版社のみならず自分の関係者すべてに後ろ足で
砂をかけ文壇を干されてホームレスになりながらまだ高慢を
決め込んでいるどこかのうすら馬鹿の元作家とは大違いだ。
その作家、最近では、ネットで相変わらず他人の悪口を口汚く
書き連ね、都内の刀屋のサイトでやっと小説もどきの雑文を
アップしてもらって
いる程度だ。実はそれを読んだ。
また例によって康宏刀工をはじめ他者を口汚く罵倒しつくすことを
作品上でやっているのは毎度のことだが、その作品としての筆力が
あまりにも
低下しているのに驚いた。まるで小学生か中学生の日記
みたい。これは致命的だ。

人間的に終わっているだけかと思っていたが、小説家としても
決定的にその筆力がかつての90年代初期の力量のかけらもない。
完全に終わっている・・・。
きちんとした取材などせずに、脳内の独善と先入観だけで売文
しようとするとこうなるという典型を見た。
な、森雅裕。
作品中の自分の名を母里としてモリと読ませてるのは、三原で作られた
献上酒旭菊水を飲み干して秀吉から拝領の日本号の槍を福島正則より
克ち獲った黒田武士の母里太兵衛殿
からとっているのだろうが、「母里」は
ねぇ、これは「ぼり」と読むのだよ。
まともに裏を取らないで取材もしないからこういうことになる。
世間一般の常識を「嘘ばかり」として新作品で揶揄しまくりの割には
オソマツ君だよなぁ、相変わらず。
こちらは君が嫌う軍刀研究者を介して太兵衛殿の直系子孫の方の言と
黒田家の家老の末裔である私の居合の師匠からの証言により歴史的真実を
掴んでいるので言える
のだけど、少しは山本兼一さんみたいに自分の足で
しっかりと関係各方面を取材しろってんだ(笑)

でも、他人の悪口を小説の中で展開するなんて感覚がそもそも君が
言う「とんでもないでたらめ」そのものなのであるから、天に唾吐くような
君は本当に助からないのだ
けどさ。
この度は、ガバメントの.45ACP弾を切断した久山刀工のことも「やらせ」
とか言って揶揄してたなぁ。その一方で、自分の刀で釘が斬れるとかいう
やつがいるが鋼で鉄が斬れるのはあたりまえ、とか書いていたけど俺の
ことか?(笑)
久山の実験については、鉛を銅で包んだフルメタルジャケット弾が刀で
斬れるのはそれこそ、あたりまえなんだよ。やらせさえ必要ない。「鋼で鉄が
斬れるのはあたりまえ」としながらも、一方では裏を取ったり検証したり
研究したりせずに銅弾を斬ったことを揶揄中傷する。しかも自分の言質にも
矛盾する形で。
このように、自分の都合都合で論点をすりかえながら他者を口汚く罵る
やり口が元作家の森のやり方と発想法であって、醜悪この上ない。
恥ずかしいなあ。
wikipediaで名前を検索すれば過去のいきさつが出てくるが、現実的に
かなり酷い(ひどい&みにくい)元作家であることは確かだ。

今や作家として書く能力が目も当てられないこと明らかなので、もう筆は
捨てて好きな明菜でも聴きながら鍔でも大人しく作っていなさい。

心底残念な元作家だったよ。
いくら性格・人格が悪くとも作品が輝いていたなら救われる道もある
だろうが、作品があれでは・・・本当に誰も文壇関係者は見向きもしない
だろうね。残念。
明菜好きであるのはよかったけどね。
あの娘は過去に個人的に知りうるプライベートでも、俺も好きだ。


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春の空

2012年03月21日 | アウトドア

夜道を走っていてふと思う。
今月に入って、ひときわ明るく光る金星のそばに輝く星は

何だろうと思っていた。

どうやら木星だったようだ。

そういえば、3月13日が凄かったよ。
金星と木星が横並びで連星のように見えたもの。

こちらのサイトから。

「ほしぞら情報 2012年3月のトピックス」(国立天文台)


そうか。明日は新月でシャドームーンか。英語ではnew moonだが
シャドームーンという和製単語のほうがぴったりくるような暗黒月。

道理でムカつくことばかり起きると思った。
(人類の体は月の影響下にあります。生まれるときも死ぬときも
潮の満ち引きと関係し、女性の体内時計も月齢と密接な関係にある。
また満月の夜には人間はハイになり、交通事故も犯罪も満月の夜には
多いというデータもあるようです)
月に関する慣用句としては promise a parson the moon
(できないことを約束する)というのもありましたな。 
なめたことをする人間に対して寛容になれるほど私は人間ができて
いません。

大空の星の運行に比べたらちっぽけなことではあるのだけどね。
腹立たしいものは腹立たしい。


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居合斬術

2012年03月21日 | スポーツ・武道など

Toyama Ryu Tameshigiri Demonstration
 
(2006年横須賀)

私は居合は全日本剣道連盟八段庄嶋範士の門下で無双直伝英信流だが、
斬術は東京在住時代の1990年代に刀道連盟主席師範の林邦史朗先生と
この方に習った。

横須賀の戸山流中村派八段曽我義治先生。
林先生も曽我先生もとても懇切丁寧に数年に渡り教えてくださった。
また、林先生には個人的にも懇意にしていただいた。
林先生と曽我先生の剣風は違っていて、独自の持ち味というのが
対照的で、いつも興味深く演武を拝見していた。
曽我先生は斬術でも樋のある刀を愛用していたのが印象的だった。
林先生の居合斬術は緩急の複合で、まるでケーナの響きのようであり、
曽我先生の居合斬術は止まらずによどみなく、ビオラの響きのようだった。
私など、さしずめデンデン太鼓のポンという一叩きくらいだろうか。話にならない(苦笑)


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北九州居合道大会

2012年03月20日 | スポーツ・武道など

朝6時台の新幹線で尾道道場の先生方と小倉へ。
北九州居合道大会に参加。
参加者964名。多いす。かなり大きな大会だ。
9:30からの開会式では各祝辞、3.11震災の被災者に参加者
見学者全員で2分間の黙祷を捧げ、開会宣言の後全16会場での
試合に入った。


私の戦績、10:00試合開始後第二試合目、5分で終了(笑)。
見学に来てくれた福岡の戸山流の友人が会場に着く直前に終了で、
それを試合後にメールで知らせると「ちょ」とのこと。

川崎から来た範士の師匠にあいさつ。
川崎時代の同門で現在佐賀に所属の先輩にもあいさつ。

ほかにも川崎時代の懐かしい同期も来ていた。
彼も5分で終了。二、三段の頃は関東の大会でよく優勝していたので、
「あれ?どうしたの?」とくすぐったら、
「時代は変わったんだよ」とか
言っていた(笑)


川崎時代、公私共にかなり仲良かった。
俺のローバー・ミニの天井を「面白れ~な~このポンコツ」とか言いながら
上から押してポコンと凹ましたり戻したりして遊ぶのはやめてほしかった(笑)。

現在錬士六段。

ほかにも懐かしい顔ぶれが多く来ていたが、東京からの参加は
少なく、参加選手は圧倒的に西日本の人ばかりだった。
北海道、沖縄の選手も参加していたが、多くは全日本クラスの
選手だった。関東の大会や東北大会は東日本の選手ばかりが
参加するが、大きい大会とはいえ、地方大会にまで参加するのは
よほど実力のある選手なのだろう。
大きな大会は、東北、東京、中部、大阪、高知、北九州の大会がある。
その中でも、この北九州大会は高知大会と並んで大きな大会だ。
まさに「大会」の名にふさわしい。
私は5年前に参加した時は3回戦まで進んだが、今回は1回戦で
ドボンだった。

七段選手権の優勝者=最優秀選手には真剣の槍が下されるが、
あれ、新幹線とかで来ている人はどうやって持って帰るのだろう。
柄の着いた長い槍です(笑)
想像するとなんか面白い図だ。長い槍持って新幹線?
横に寝かさないと車内持ち込めない、というか寸法アウトで車両には
持ち込めないような・・・。新幹線どころか、小倉駅までのタクシーや
バスにさえ持ち込めないよぉ(笑)

最優秀選手は福岡の剣士でした。
閉会式の後、川崎・埼玉の範士の先生方を会場出口でお見送りして
から帰途につきました。

全国から参加された皆さん、お疲れ様でした。


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刀銘録 ~加州新刀~

2012年03月18日 | 日本刀



刀銘録。
元々は、私の刀の茎(なかご)の押し形を載せて刀の
出来の特徴を書きとめておくための記録ですが、
研究に協力してくださる私の親しい人の御刀も押し型を
記録しています。あくまでも日本刀探求の一環として。
ですので、無銘の刀も記録します。


そういえば、加州新刀の採寸はしたのですが、押し形は
まだ録っていません。

私のi-Phoneは4S

この無銘新刀(加州兼若三代目と見える)の出来は
複雑で、裏表、元と中と先でまったく出来が異なるので、
特徴を写すには刀身全体を押し形に書き写さないと
いけないような気がする。

(三代兼若刃文例)
この無銘刀は蛙子風の逆丁子は三代兼若の特徴を
よく現し、
箱乱れの谷が長く直刃のように伸びて軽く乱
れるところ、尖り刃を
交えるところ、帽子乱れこんで先
小丸、返りは棟まで
深く返るところ、鎬幅が広く、板目に
柾流れて所々
杢が入る部分などは辻村兼若の特徴を
よく現して
いる。
地は地沸が細かく着いてきらめき、地景も入り、強い。
所々棟焼きを焼く。
刃は上品な沸(にえ)がよくつき、砂流しかかり、刃中は
盛んに働く。
総体として鉄味がとても良く、新刀よりも
古い鉄に見える。
加州兼若は、美濃国関の四方助兼若の子が尾張犬山から
加賀に移住し加州初代となった。加州兼若派は加賀において
独自の境地を開いたように思われ、作風を見ていると面白い。
かろうじて尖り刃に関物の特色を残している。
ただ、加賀物と断定はできない。


日本刀の顔とも呼べる帽子部分

帽子の中の返りの部分に鍛えの鍛接面がきれい小丸に
返り、そこに沿って焼入れの働きが強く出ているのが見て
とれる。

製作工法上、出来上がりとは逆に上から斜めに先をカット
した素延べ材を叩いて薄くすることにより上側に反らせて
背の棟の部分をまっすぐに揃えるのだが、この刀のように
綺麗に小丸に後方に返る鍛え方というのはどのような工法
によるものなのだろうか。
私にはまったく解らない。

従来知られている工法(現代刀の工法)だと、帽子が柾目
にはなっても、それが刃部であるフクラと平行に切先方面
に進んで棟に抜けることになり、この刀のように綺麗に先が
後ろにUターンして返ることはない。この刀はUターンして
いるだけでなく、それがあたかも杢目肌の渦の端部分を帽子
に持ってきて狭めているような鍛接面を見せてるのだ。
詳細に見ても帽子と横手から下の肌とは年輪のような線が
途切れずに繋がっているのだ。
この江戸初期の刀はとても
不思議な手業を見せている。
最初から斜めにカットする部分を見越してそこに杢目を
持ってきて叩き延ばして帽子・フクラを成形すれば物理的
にはこの刀のような文様肌になることは確かだが、そんな
ことが狙ってできるのだろうか。杢自体は十文字折り返しを
すれば発生するのだが、その年輪のような杢部分を任意の
場所に鍛錬によって出すことができるのだろうか。
火造りの際は素延べ刀身は真っ赤もしくは真っ黒でしかない。
肌目など全く見えないのだ。
それとも、素延べから火造りの段階で、帽子を叩き出す前に
作業を一旦中止して、ある程度研いで肌の鍛接面を確認し、
それから帽子を狙い定めて改めて火造りしたのだろうか。
よく分らない。
綾杉肌のように刀身を鏨でうがってそれを叩いて寄せ鉄して
平らにする鍛法のような特殊な方法で造ったのだろうか。
謎である。
また、この刀は地景(ちけい)も随所に出ており、ひとかどならぬ
技量の持ち主が
作った刀であることが判る。

通常の工法だと帽子部分はこのような鍛え肌となる。



私の無銘刀は上から下まで見ていて飽きません。随所に見所
満載だからです。

長さ2尺3寸1分。英信流定寸なので試斬用に入手したの
ですが、昨年研ぎから上がってきたら出来があまりにも面白い
ので、斬術に使用するの中止しました。完全な鑑賞用の刀と
なっています。この刀で畳表を切ってアクまみれにするつもりが
一切起きない。刃先もキンキンに立っていて、丸めたティッシュ
に刃を当てて軽くスーッと引いただけでティッシュはカミソリで

切ったように深く切れます。刃味もとても良さそう。
一番見ていて飽きないのは直刃ですが、こうした変化に富む
覇気のある刀もすべての働き部分を覚えきれないので、いつまで
見ても飽きません。見るたびごとに新しい発見がある。

一度鞘から払ったら30分以上はじっと見ている。刀持ってる手が
結構疲れる(笑)。

長さ70.1cm 反り1.6mm 元幅31.7mm 先幅20.6mm
元重7.0mm 先重5.2mm 刀身重さ793.8グラムで約794グラム。
「鳴くよ うぐいす 平安京」てな感じで、愛せる一刀です。



明日は仕事、明後日は小倉で居合の試合です。


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