渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

肥後守研ぎの面白さ

2016年08月25日 | 刃物

全鋼製の肥後守を研いでいると、途中のある段階で面白い現象に
毎回必ず出会う。









なんともピンが甘くて申し訳ないが、この個体の焼刃は
直刃ではなく、ずぶ焼きで出るような複雑な大乱れの
ようだ。

これも、研ぎ進めると見えなくなっちゃうのだけどね(苦笑


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刀工初代康宏の切り出し小刀 ~手慰み物~

2016年08月24日 | 刃物


友人は珍しい切り出しを持っている。
刀工初代小林康宏が作った切り出し小刀である。
刀工作なのでいわゆる「手慰み物」という趣味で
作った鍛造刃物だ。
これはなかなかかっこいい。

私は珍しい鍛造物を持っている。
折り返し鍛錬して手鎚で圧延した素材である。
非刀工作のいわゆる「手慰み物」という本気で
作った鍛造物だ。
これはなかなかかっこいくない。




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肥後守の研ぎ ~下地研ぎと最終段階手前の二つ~

2016年08月16日 | 刃物



肥後守の研ぎでは、箱出しのグラインダの砥石目を消すのが
一番大変かも知れない。
これは鎬地を人造で押している途中の画像である。

この個体は思うところあって、鎬地を荒仕上げでグラインダ目
を除去してから背部のカットで笹葉にしようと思っている。

こちらの個体は最終仕上げの少し手前。



鎬の甘い部分はすべてきちんと立てる。鎬を立てた後、研磨工程に入る。

少し合さを当ててみた。消えない。焼き刃が消えない。
全鋼であるのに、これはやはり面白い。



ただのベタ研ぎでも、砥石によって素顔を引き出すことができる。
これは人造でこすり研ぎしているだけではなかなか出てこない。
天然砥石と押しと引き方如何で成せることだ。
あと、途中のタツに突く段階
のやり方がかなり決め手になる。
内曇りも引きすぎてもよくないし、大切なことは、その個体の刃物
と対話しながら研磨することだ。
鳴滝の極小コッパでタツに研磨する際も、それなりの対応が必要
となってくる。


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天然砥石

2016年08月15日 | 刃物

天然砥石が好きだわぁ。
特に「青砥」が好きだね。
なんというか、硯で墨を磨っているような感じなんだよね。

青砥の段階に入る。




なんかやっぱり見えるなぁ。完全に焼き刃がある。丸で囲った部分は
天然砥石で下の人造の砥石目を消した部分。肌合いと共に薄っすら
と焼き刃が観察できる。こういうのが出てくるから肥後守は青紙割込
よりも全鋼物が面白い。これはまだ半分から先は砥石を利かせてい
ない段階。



こちら青砥はまだ。


少しだけ当てて中断。花火大会が始まったから(笑)。


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肥後守の研ぎ

2016年08月12日 | 刃物



御肥後守研處 早月堂でございます(笑)。

友人に進呈する肥後守2本を研いでいるのですが、なんだか
やっぱり出てきます。

見えるでしょうか。


全鋼の肥後守なのに、何がどうなっているかが見えるでしょうか。


別角度から。


こちらの角度のほうが分かりやすいかな。






荒研ぎの段階で出てきます。
これが何かというと、こちらのこれと同じです。

無垢造戦闘鎌(折り返し鍛錬作)。

研ぎが進むと見えなくなっちゃうんですけどね(^^;

さて、折り返し鍛錬の有無はともかく、なぜ全鋼肥後守でこうした
いわゆる焼き刃のようなものが見えるのか。
それは、明らかな鋼の変態(変化の急変バージョン)がそこに
存在しているからです。
これまでこのモデルは何本も研いだが、ある一定の段階で必ず
出てくる。
この肥後守はOEM製品だが、たぶん焼き入れは、焼き刃土を
塗った後、切先から真下に突っ込むのではなく、刃側から冷却
しているのではなかろうか、と私は推測しています。
焼き刃土に厚みの違いを持たせると冷却速度の違いから地刃に
変化が生まれ、また冷却液への投入による冷却の向きや速度や
投入位置や角度によって焼き刃には変化が出ます。
刃物は焼き刃土を使わないずぶ焼きでも鋼に焼刃形成が生まれ
るマルテンサイト変態を発生しますが、このような直刃を焼くには、
毛細管現象による冷却効率の向上を利用して、まずズブではなく
焼き刃土を塗っていると考えられます。

他の個体。


さらに他の個体。


その他の個体も同じ状態が出てくる。
丸焼きではなく完全に焼き刃がありますね、これは。
非常に廉価な値段で入手できるこのタイプの肥後守ですが、日本刀の
硬軟構造と同じで、かなり刃物として実用的に適切な状態を刀身内部
に存在させているということが看取できます。「物の良し悪しは金額では
ない」ということの一つの証明にもなるかと思います。
良い物は良い。良くない物は良くない。それの本質は、本質をきちんと
見るならば、金額の多寡には関係が無いということに理解が及ぶと思い
ます。

私作の小型サスガ風平造り庵棟小刀。折り返し鍛錬⇒焼き刃
土置き後の焼き入れ作。荒砥の段階で薄っすらと焼き刃と刃文
が確認できる。


これは日本刀(末古刀)の焼き刃。心鉄モナカ構造だが、外皮は
硬い鋼で覆われているので、外周部分は無垢と同じ状態となる。
心鉄構造が登場した意味は、原初的には貴重な鋼の節約、部材
作り置きの量産性確保のためだったことだろう。心鉄の有無は
日本刀の堅牢性には関係がない。


あくまで、状況から判断してのことですが、このモデルの肥後守は
刀身内部に刃と地の部分の硬軟状態が存在しているようです。

これは平地を研ぎ上げた状態。刃文も焼刃もほぼ見えなくなります。
鎬地は未仕上げ。鎬地はこの後、柾目に縦に突きます。


なんとな~く焼き刃は判るが、なんというか相州物のように
非常に判りにくい状態となる。日本刀の場合、古相州物や
則重などの系統の作はここから刃取りで描いて行く。
この個体の焼刃は低い直刃調だ。



私の肥後守の研ぎは、このように鋼の熱変態の表情が見える
ような研ぎであるので、日本刀のような仕上げをせずとも、これ
で十分と判断している。

これは下地研ぎが完了した状態。ここから研ぎから研磨段階に
入る。


見ようと思ったら見える人には焼き刃が見える。




これは合わせ鋼の個体。刃文のように見える部分は鋼と地鉄の
鍛接部分であり、刃文ではない。これは専門用語でカイサキと
いう。


ただ、この部分は日本刀研磨の手法を少し採り入れると面白い
状態になる。刃艶と地艶を利かせて、カイサキ部分を匂い口
締まった日本刀の焼き刃頭=刃文=匂い口のように仕上げる
こともできるのである。


最終仕上げ後は、自重で新聞紙一枚が切れて行く。これが私の研ぎ。


ちなみに、鉄の表情を出す研ぎで私が研ぐと、打ち刃物は
このような表情を見せます。
(目釘削り専用刃物ヒラマチ/三代目左久作製)



これは、天然砥石でないと、このような表情を引き出すことはできません。
人造砥石だと、残念ながらただのツルピカ君になってしまいます。
天然砥石だとなぜ鉄が持っている素顔としてのこうした表情を引き出せ
るのか。
それは、プランクトン化石が持つ海底から億年単位で隆起して形成され
た天然砥石の化学変化パワーなのではと私は思っています。
その砥石は地球上では日本の京都にしか存在しません。
なので、海外の刃物はこのように鉄の素顔を引き出す研磨技術はまった
く発達しませんでした。

さて、私がなぜ刃物研ぎをするのかというと、日本刀は日本刀のみとして
製法なり研ぎなりが独立したのはかなりの後代のことで、日本刀の技術
体系は一般刃物と同じ「鍛冶仕事」になりますが、私はその結節点を知り
たいからです。
刀剣製造も鉄器製造も鍛人(かぬち)がすべて行なう仕事でした。
しかし、日本刀の刀鍛冶が卸鉄方法を知らず、一般刃物鍛冶に戦後技法
を教わり再現したというのは、本来は憂慮すべき逆転現象でもあり、また、
日本刀鍛冶職が一般鍛冶職を現在のように睥睨し続けるゆえにか、主体
側の意識の上でも技術の分離と乖離が発生し、刀鍛冶がまったく冶金の
イロハを忘れてしまうことになる(なっている)という現実を嫌と言う程見て
いるので、その刀鍛冶と一般鍛冶の結節点たる鍛冶仕事そのものの筋道
を日本刀研究者として私自身が見極めたいからです。
それは研磨にも同じことがいえ、日本刀研磨は研ぎの技法として最高峰の
技法といえますが、鉄味を出す、日本刀の本来の持ち味を引き出すという
研ぎを忘れて、現代は地はただ黒く、刃はべったりと白く描いてまるで花魁
の厚化粧のような研ぎが流行しています。
本来は日本刀と一般刃物の間には極めて共通する研ぎがあったはずで、
それが完全に乖離してしまっている現代を見つめ直したいという問題意識
が私には働いています。
そのためには鉄の素顔をまず自分自身が見えるようにならなければなりま
せん。
そのために私は玉鋼、自家製鉄、卸鉄、現代鋼、利器材、ありとあらゆる鋼
を研いでみることにしているのです。
あらゆる研究において一番忌むべきは排他性と独善であり、日本刀において
もそれこそを私は内在的に存在させることを自分自身で排除するようにして
います。
私が研ぐ刃物はそれを使用する人たちに切れ味抜群との評価を頂いており
ますが、私の一般刃物の切れ味は、下地研ぎの造形をきっかりと仕上げる
中で、後付けでついてきたものです。
刃物は刃先だけを整えるだけでは本来の身そのものが持つ切れ味を発揮
できません。刀身という身の立体的な構造が使用に対しどのような影響を
及ぼすかということの考察抜きにしては切れ味がよく長切れする刃物に仕
上げることはできません。
タッチアップとしての刃先の刃付けを世間では「刃物研ぎ」というようですが、
私は少し別なアプローチで刃物の研ぎに向かい合っています。
すべては、「日本刀を理解することに肉迫する」ためです。
木だけを見ていては森は見えません。
そうした問題意識の下に、私は日本刀のみならず、あらゆる刃物に接して
います。

肥後守御研處早月(さつき)堂を宜しくお願い致します。
といっても、商売でやってるわけではなく、任意で友人の刃物しか研ぎま
せんが(苦笑)。


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砥石の面磨り ~研ぎ~

2016年07月24日 | 刃物



研いでいる途中でも砥石は適宜面磨りをして面一(つらいち)の
完全フラットを出す。
刀剣研磨と曲面刃物以外では砥石の表面は真っ平らになって
いないと研ぎはできない。
刃物を研ぐことで減るよりも面直しで減る量の方が多いのでは
なかろうかと思われるのが砥石である。

以前、「包丁が減るからもったいないので包丁は研がない」と言って
いる人がいた。
驚いた。
刃物の意味がない。モノサシで食材は切れない。
それに、包丁が減ることよりも砥石が減ることには思いが至らない。
車もタイヤが減るから乗らないのだろうか。
空気を吸うのは体力が勿体ないから、いっそ呼吸をしなければ
いいのに、とその時に思った。

包丁や一般刃物の研ぎは何ら難しいことはない。
角度を決めて、それを保つように正確に前後にストロークするだけだ。
研ぎに必要なことは高度な学識や他人情報ではない。
一に根気、二に根気、三四が根気で五に根気である。
それ以外は何もない。
あとは物事を「識別」する能力だ。
ダイレクトに伝わってくる砥石の状態、研ぎの状態、つまり「何がどう
なってどうすればどうなるか」ということが問われてくるが、これは常に
客観的に多角的な自己分析ができる人ならば自然と身について来る。

それと、ネット動画などでは、出鱈目な研ぎ動画が多く出回っている
ので、それに騙されないことだ。
シャカシャカと素早く前後させている動画が目立つが、楽器職人など
の刃物を使う本職の研ぎを見てみれば、速度よりも正確性を第一に
おいて一定のリズムでストロークさせていることが即座に判別できる。
私の場合は押す場合も引く場合も(砥石の番手や種類によって押す
場合と引く場合がある)、8ストロークを1単位として、それの2乃至4
セットというような組み合わせで正確に前後ストロークし、都度研ぎ面を
水(もしくは重曹溶液)で洗い流して研ぎ面を確認しながら研いでいる。
ネット動画に見られるような乱雑な前後運動などはしない。

そして、指先に神経を集中させ、砥石の針気や鎬の蹴りがないように
注意する。指先と耳がセンサーとなってどんな些細な「変化」も逃さない
ようにしている。
これはナイフにおいても包丁においてもそうだ。
ネット動画のように乱雑にただ素早く前後運動させるような研ぎ方では
繊細な変化を掴み取ることはできない。
そのような研ぎをくれると、刃物は正直で、必ず研ぎ面を光に透かすと
凸凹になっており、また刃道も整わないし、第一鎬付の刃物(和包丁や
肥後守等)などはまず絶対に研げない。

私の研ぐ速度は、ショートストロークの短距離前後運動の速い速度でも
これくらいの速度である。
大瀧 詠一 (Eiichi Ohtaki) - 君は天然色 (Kimiwa Tennenshoku) (1981)


ネット動画などではこれくらいの速度でせわしく刀身を前後させるものが

多いが、これでは正確な角度の保持や微細な砥石からのタッチ=砥石の
声を掴み取るのは困難なの
ではなかろうか。
米津玄師 MV「MAD HEAD LOVE」



私の研いだ刃物がなぜ尋常ならざる切れ味を示すか。
それは正多面研ぎという技法を投入しているからだ。
山田浅右衛門流の寝刃合わせの理論を別アングルから応用し、
切った際の摩擦係数を可変的に変化させるような特殊研ぎにして
ある。単なる小刃付けや糸刃付けや、あるいは蛤刃やフラット刃
などにはしていない。
江戸期の試刀の失伝した技術を研究する中で現代に活かせること
を見出して、クサビ理論を摩擦係数との関係で刃物に具現化させる
ことで「比類なき切れ味」を実現させている。

刃物を「良く切れる」ように研ぐのはとても簡単なことだ。
根気さえあれば小学生でも「良く切れる」刃物に研ぐことができる。
面倒くさがらずに、砥石の面出しをきっちりと都度行なって、あとは
研ぎ汁をしっかり出して、砥石の上で正確
なストロークを行なって、
刃返りをちゃんと出してから除去して適切な手法で刃をつければよい。
これだけで「良く切れる」刃物は研ぎあがる。

だが、私はその先を目指している。
私は「切れ味」ではなく、「切り味」の実現を獲得目標にしている。

砥石の面出しは研ぎの途中でも都度定規等で確かめ、必ず砥石
の上面は
平面を出す。平面ではない凹形にすり減った砥石で刃物
の研ぎは
できない。


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立ち研ぎ台

2016年07月21日 | 刃物

動画サイトなどでナイフ等の研ぎの動画を見ていると、
目を覆いたくなることが多い。
砥石がグラグラしたまま適当に前後に速く刃物を動かして
刃角も何もグッラグラに動いたまま講釈を垂れている人の
動画が多いからだ。
大抵は動画の構成がJP Sika Hunter先生の物真似動画なの
だが、研ぎに関しては初心者以下のやり方なのに講釈師と
なって分かったようなことを言っている人が多い。

刃物を砥石で研ぐ場合、砥石は動いてはならない。でないと
刃角を決められないし、適正な刃も表面研磨もできる道理が
ない。任意の刃角を決められる摂理が物理的に存在しない。
砥石は自重が重たい大きな砥石ならば濡れタオルの上でも安定
するが、それ以外の場合は砥石が安定する設置方法の実行が
絶対に必要で
ある。これは絶対だ。
ステンレストレーの中に砥石を入れて、そのステンレストレー
を台所ステンレスの上に置いてグラグラずりずりさせながら
ナイフを
研いだりしている人の多いこと・・・。
根本的に物事の原理も道理も理解していない。

日本刀研磨の場合は、踏まえ木という弓型の木で上から砥石を
しっかりと押さえつけて固定させている。
また、ナイフの研ぎの場合も砥石の固定は必須事項だ。

刀工小林康宏の立ち研ぎ台を略図で紹介する。
焼き入れ・焼き戻し直後の焼き刃の確認や小物の研ぎなどは
これを使用する。
この方式は東京都墨田区の小林康宏第二工房の鍛人(かぬち)
においても特別シンクのところに設置されていたが、山梨の
本鍛錬所にも同様の設備が設置されている。シンクは大きな
石製だが。上方に水道の蛇口があり、左横には水桶が置かれ、
周囲は無数の砥石が置かれた砥石棚がある。



流しの上下に厚い板をわたし、そこに砥石を載せて固定させる
ストッパーの木片が取り付けられている。
下側は直接砥石の手前側の側面部がストッパーに密着し、
向こう上側は三角形のクサビを両サイドから木槌で打ち込んで
隙間をまったく無くす。これにより砥石はガチガチに研ぎ台の
上に固定される。
クサビは何種類か用意してあり、木槌と共に手元に置かれている。

ただしこの図は略図であり、実際には研ぎ台は向こう側が高く、
こちら手前が低くなっており、研ぎ台の板は傾斜させてある。
向こうが高く手前が低いのは日本刀研磨方式だ。
包丁研ぎ屋などはこの逆で、向こう側を低くすることが多い
ようだが、私などはそれは非常に研ぎづらい。

ここまで専用場所を取る本格的な研ぎ台はなかなか一般人には
設置できないが、大切なことは、「砥石は動かないように固定
させること」である。これ、研ぎの常識、大前提なり。

2年ほど前、高校の時に住んでいた東京の家に出張で泊まり、
朝家を出ようとしたらお向かいさんが刃物を研いでいた。
専用簡易研ぎ台を設えて、砥石はまったく動かないように固定
させていた。
「趣味ですよ」とはおっしゃっていたが、研がれた刃物(切り
出し小刀)を見たら素人仕事ではない研ぎだった。
小さなシャコマンで作業の邪魔にならないように砥石にあて板を
かませて研ぎ台に完全密着させてがっちり固定していた。できる。




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塩害 ~海辺で炭素鋼の刃物使用は要注意~

2016年07月20日 | 刃物



一昨日、海辺で肥後守を使った。
使ってすぐにその場で真水で洗ったのだが、家に帰って
しばらく放置していたら真っ赤な沈金錆が粉をまぶした
ように発生していた。
これは・・・よろしくないですよ、と。

合わせ砥石で研磨した。




これは研磨後に油を引いた画像だが、この先も出錆が予想される。
毎日入念にチェックして、研ぎ減らさないように仕上げ砥石で
研磨する必要がある。
(この画像を見てもまだ錆が完全に除去できていない)



恐るべし、海の潮風!
海辺に住む人の車とかって、すぐにボロボロになると聞くものなぁ。
しかしなぁ・・・。
鎌倉時代の鎌倉武士とかって、刀剣のメンテとか大変だっただろう
なぁ。

鎌倉幕府があった神奈川県鎌倉市。

私が入学した小学校から自転車で走るとすぐに鎌倉市に入った。
鎌倉は相模国だが、この画像
でいうと緑の地帯の上の地域はもう
武蔵国である。右上の湾は武州金沢六浦藩があった横浜港あたりだ。
横浜は武蔵国である。私はこれまで武蔵、相模、備後その他の国に
住した。馴染み深く愛しているのは武州横浜だが、相模国は幼い頃
に育ったので言い知れない郷愁がある。湘南への思い入れは強い。
ただ、江の島の弁天橋を堺に東が鎌倉市、西と北方が藤沢市なの
だが、鎌倉市は湘南ナンバーではないので、鎌倉市民は憤慨して
いるようだ。どうやら内陸部の相模原あたりの議員が無理やり我田
引水で内陸部を湘南ナンバーに加えて、江の島や鎌倉を「湘南では
ない」と勝手に新たに定義づけたようである。
「湘南」自体が行政地名ではないので、明確な線引きがなかったとは
いえ、なんとも違和感は残る。由比ヶ浜はともかく、江の島の海が
湘南ではないとはどうにも解せない。

鎌倉の海、由比ヶ浜。






鎌倉武士が起居した鎌倉。
武具などへの塩害はひどかったことだろう。
まあ、それを言ったら、三原城なんてのは海の上にあったからね。
三原の武士は刀剣の手入れがさぞかし大変だったことだろうと思う(笑)。

(三原城古写真)






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ガンブルーは錆付け

2016年07月18日 | 刃物



これは刃道がうねっているので進呈用に仕上げ研ぎができな
かった肥後守だ。

従って、私の日常雑具用にしのぎを完全落としてハマグリ刃にした。
肥後守のブレードをガンブルー処理などするものではないね。
ブルーイングしてしばらくしたら、可動部が錆びついて、プライヤー
の力技でこじあけないと開かないようになってしまった(^^;
バルブオイルを差して何度も開閉して、どうにか動くようになった。
だか、しばらくするとまた主錆するだろうなあ(≧∇≦)


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武峰の包丁

2016年07月09日 | 刃物



「包丁は何がよいか?」と人に問われれば、私は迷わず
「土佐打ち刃物 武峰」
と答える。
「カミソリ武峰」と異名を取るのは伊達ではないからだ。
ものすごく切れる。そして、廉価(れんか)である。

うちの武峰。年代物だ(笑

この武峰の研ぎは → こちら

うちの別な武峰。こちらも年代物。

この武峰の研ぎは → こちら

友人も武峰を買った。


別な友人も武峰を買った。


菜切りも買ったようだ。


武峰を使うと、鋼の包丁の本当の切れ味が体感できる。
ただし、鋼は錆びる。
ステンレスも鋼であるので錆びるのであるが、クロムが
含有されているので錆びにくい。
炭素鋼の刃物は非常に錆びやすいのが欠点だが、きちんと
使えばそうそう出錆による腐食は起きない。
食材を切りました、切ってもすぐに包丁は洗いません、
切りっ放しで放置して、使用後の洗浄もろくにしません、
という向きには鋼の包丁は不向きだ。

切れ味というものは、どれほど高硬度であるか否かがまず
第一条件としてあるが、研ぎによっても大きく変化すること
に加え、素材が持つ靭性などの特性にも影響される。
だが、「切れ味」ではなく「切り味」というものは、圧倒的
にステンレス製よりも炭素鋼の刃物のほうが優れている。
特に、食材を綺麗に切断するにはステンレスよりも炭素鋼の
包丁のほうが素晴らしい仕事をする。
これは使ってみればよく分かる。

なお、包丁については包丁鍛冶が作った包丁をおすすめする。
餅は餅屋ではないが、他の分野の鍛冶職が作る包丁は、それが
「包丁の製法」をしていない限り、本式の包丁には性能が劣る。
たとえば、炭素鋼や準炭素鋼(青紙等)を使用した和包丁は
本焼きにしろ霞にしろ、当然ながら「包丁」としての質性を
持つ。
一方、包丁専門鍛冶ではない別分野の鍛冶職が作った包丁は、
「包丁のような物」であることが多い。
和包丁の本焼きの無垢造には無垢なりの意味があるのだし、
合わせ鋼の霞にはそれはそれでそれなりの意味がある。
(なお、「ダマスカス」なる物は機能上の意味は全く無い)

そうしたことを知悉しており、また、それに沿った技術を蓄積
した包丁専門鍛冶が作った包丁には別分野の鍛冶はかなわない。
どんなに別分野で名を馳せた腕のよい鍛冶職であろうとも、
包丁鍛冶という専門職が作る物にはまず及ばない。

日本の現在の和包丁は、鉄砲鍛冶から転じた堺の刃物鍛冶が
江戸時代後半に完成させたが、造形の形状は非常に細かいとこ
ろまで考え抜かれている。
そして、日本の包丁は現在では世界中の包丁のお手本となって
いる。

よく切れる包丁を使うことの理由はただ一つだ。
それは、「料理を美味しくするため」である。
肉はむしって食材にできないし、また野菜もちぎって食材には
できない(レタスのみは包丁を入れたらアクが出るので、必ず
手でちぎる。仮に包丁でレタスを切っているレストランがある
としたら、まずアウトな店だ)。

私は食材によって包丁とまな板を替えるが、一般的に汎用型の
包丁は両刃の物が使いやすいだろう。三徳包丁などが便利だ。
洋包丁ならば牛刀であり、和式ならば舟入などが使い勝手が
よい。

関東型薄刃包丁(片刃)


小学校3年から使用している私の「文化包丁」。
これがいわゆる「三徳包丁」に進化した。

ステンレス製の安い物だが、ロックウェルの硬度が低い
ためにサッと刃が付く。研ぎやすいので小学生にも扱い
やすかった。1960年代製だがいまだ現役。私はこれで包丁
の使い方を覚えた。といっても学校の授業で習っただけなの
だけどね。

でも、思うとひどい時代だったよ。「中性洗剤で野菜を洗う
のが最適」などということを学校の授業でやっていた時代だった
のだから(笑
体育でもウサギ跳びさせたり、運動中は「水は飲むな」と指導
したり(笑
なにしろ、環境庁もなく、公害垂れ流しだし、総体として日本人
の「意識」は低レベルだった。否、意識はむしろ今より高かった
かもしれない。あらゆる「試み」が社会の中で行なわれていたから。
ただ、前時代的な歪んだ残滓は多く残存していた。
学校の教師が生徒をグーでぶち殴るのも当たり前だったし、バケツ
持って廊下に立ってろ!なんてのもフツーに日常茶飯事だった。
何十分も生徒を正座させたりもごく普通に見られた。
唯一の救いは、当時の生徒たちは誰もが皆明るかったことだ。陰湿
な集団いじめなどはまるで存在しなかったし、モンスターペアレンツ
なども存在しなかった。
戦後日本の成長が完結し、「手探りの時代」が終わった頃から
人が人を陥れて露骨に排外することを小中学生たちがやり始めた。
子どもたちは変わっていない。「大人」が変わったから、彼らは
その鏡となっているだけだ。
そして、社会現象としていじめが始まった頃の親たちは、戦中戦後
をまたいで生きた人たちで、価値観の喪失を体験した世代の人たち
だった。同時に「飢餓の時代」も体験している。そうした親たちが
家庭での教育を放棄したために、一気に教育の場での生徒の空気が
変わった。
さらに戦後団塊の世代の人たちは、その人口比率ゆえ「他人を押し
のけて自分だけが利を得る」という価値観が正義であると信じ込んだ
世代であり、彼らの子どもたちは学内での「いじめ」を一気に加速
させた。そもそも団塊の世代が親になって、自分の子に躾や作法や
教育をすることに積極的である家庭は総体として少なかった。
団塊世代は、家庭教育などには無関心なのである。外で「モーレツ」
に仕事をすることが「正義」だと信じているから、子どもの家庭教育
などには関心がない。
そして、「家族サービス」なる極めて愚鈍な発想でしか家族と接し
ようとはしないことを開始したのが団塊の世代だった。

包丁は実用品の道具である。観賞用の日本刀ではない。
(日本刀とて、本来は観賞用の日本刀などというものは
存在しない。実用品が観賞に耐えるということが逆転して
本末転倒しただけだ)
包丁はよく切れ、使いやすく、研ぎやすいというのが一番
なのである。
そして、入手しやすい廉価であるということも包丁の重要な
要件なのだ。
入手金額は大切である。
「高い物=良い物」という幻想のプリズナーになっている
のが団塊の世代の特徴だが、良質な物は高価である場合もある。
だが、良質な物に高額な物は多いが、高額な物がイコール良質
ということではない。
質性とは市場価格の高低によって規定されないという原理を
理解するのであれば、必要十分条件以上の特性を持つ質の良い
物を見抜くことができる。

高度経済成長が終焉して久しい。
「金額(収入・学歴e.t.c.)を絶対的判断軸にする」という
ことと、物品のみならず人をも「使い捨てにする」という
戦後日本の悪しき傾向性にはそろそろおさらばしてもよいの
ではなかろうか。
同時に、「良質なものを見抜く目」が人に今求められている
のだと感じる。


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肥後守型ナイフ

2016年06月23日 | 刃物



美し過ぎる(笑

刀と同じで、実用に供せず鑑賞目的となるナイフは多いが、これもそうした
作品なのだろう。
ただ、日本刀が世界唯一なのは、刀身のみで鑑賞に価する美的要素を具備
しているところだ。これは類例をみない。
ナイフなどは、どうしても外装等の装飾で美的表現を成すしかない。
だが、日本刀なども奈良飛鳥の上代にあっては、外装こそが美的表現の方法
だった。
これらは貴人の剣や大刀(たち)だったが、武用刀剣としては坂上田村麿の
大刀などは外装がシンプルだし、義経の黒漆塗太刀なども武用専一という
実用重視の物だ。
刀剣外装に装飾をおごるのは、やはり、北山文化の影響が強いと思う。

米国人の友人が一番日本刀で驚いていたことが面白かった。
江戸期の拵を一緒に見ていて、「これは何?」と訊くから、「これは耳かき
と頭髪の乱れ直し。頭が痒い時もこれで突っついて掻く。まあ、言って
みればエチケット用品だな」と言ったら、「武器にそんなものを着けるの
か?日本人てのはオシャレなんだなあ」と驚いていた。
まあな。おめーさんとこは、西部あたりは風呂にも入らず、時々桶で水を
頭から被るくらいで、それもその桶を片付けずに足でスコーンと横に蹴っ
飛ばしてどける、というような国だからな。今でも(笑
うちらは奈良時代から箸も食器も使っていたが、フランスなどは日本の戦国
時代あたりまで手掴みで食事だしな。
武家政権時代、西欧は日本を遅れた後進国のように勘違いしてたが、洗練
された文化度は白人社会よりもずっと先進的だった。
日本の文学、美術、工芸の洗練された中身を見てみろって。
第一、おめ、江戸には上下水道もあり、公衆浴場もあって、みんなチレイ
チレイしてたんだよ。
埃まみれのおまいらカウボーイと一緒にしちゃいけねえよ、とね、言っと
いたよ。
そんときは日本語で(≧∇≦)
ま、日本語ペラペ〜ラの奴だからよかったけど。

奴は俺の親父が鯨研究家だと知ったら、鯨の彫り物のあるナイフを親父に
プレゼントしてくれてたよ。
よく撞球も一緒にやった職場の仲間だった。
海を超える心の付き合いはいいね。
アメリカンにしては俺様大将ではなく、まったく偉ぶらない弁護士だった。



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肥後守の個体差

2016年06月05日 | 刃物



いくら砥当たりが良い感触で研げても、研ぎ始めの段階で妙な
違和感を指先に覚え、確認した。

確認漏れだった。
このような刃先がプロペラ型によじれている刃物は通常の研ぎ方
はできない。根元真ん中の黒線が刃道である。右にうねって左に
カーブするように蛇行している。





この個体はボツです。
これにはこの個体に合うような研ぎにします。
鎬の立った通常の肥後守の形状のまま、研ぎ繋ぎで完璧に仕上げる
ことはできますが、それでは研ぎ直しのたびに大変な手間を要する
ので実用刃物からは乖離してしまいますし、使っては研ぎ直しを前提
とした人に渡す刃物としての位置づけにはなりません。
この個体は私が使う刃物とし、簡易研ぎ対応用に改造する。
それは鎬を削り落として蛤系に研ぐベタ研ぎ。形は原形からは大きく
崩れます。

刃道がうねっているので、平地をフラットにする即研ぎの研磨はでき
ません。研ぎ上げには日本刀のような研ぎ繋ぎが必要で、時間がかなり
かかる。

また、よく確認したら、鎬地もうねっていました。まるでダメ夫くん。
やはりこの個体は私用にして、別な個体を入手することにします。


丸出だめ夫(1966年)


汗かきベソかき歩こうよ♪
ということで、別個体の出荷段階の鎬地グラインダー砥石目を除去したら・・・


鎬地に疵が出てきました。
グラインダーの砥石目が深く食い込んでいて除去できないというのは
よくありますが、これはちょいと深い、かも?
完全除去することもできますが、それをすると刀身がペッタンコに薄く
なる可能性がありますので、ある程度疵が残るのは所有者に了承して
もらい
ました。

とか言ってて、天草で軽く押したら消えた(^^;)


この天草砥はほんとに軽くなぞるだけでよく利く。
この平地は光っている部分が砥石が利いているところ。
真ん中は残っているグラインダーの砥石目だ。
つまり、この肥後守は出荷時にホローグラインドに削られている。
いらぬことだと私は思う。
私は洋式ナイフにおいてもホローグラインド否定派だ。理由はいろいろ
あるが、肥後守については絶対に否定する。


肥後守においてホローを否定する理由は、肥後守とは本来
持ち主が研ぎによって任意の研ぎ上げをすることを前提と
した文房具だった筈だからだ。
ホローグラインドの肥後守に砥石を当てると、鎬下と刃先に
砥石がかかり、一見刃先がすぐに研げて簡単そうに思えるが、
平地部分からのエッヂをどう構成するかということについては
高度な技術が必要になってくる。
そして、平地を研ぎ残すことになりかねない。これは出錆の原因
にもなる。
日本の片刃包丁でもカンナでも裏スキによってえぐられた部分は
摩擦係数を軽減させるための日本人の知恵だが、裏スキの研ぎ
というものはスキ交差点の十文字をどのように取るかということ
がとても重要になってくる極めて高度な知識と研磨技術が要求
されるのだ。
肥後守はフラットグラインドもしくはかつてのようにコンベックスに
初期出荷段階で仕上がっているのが望ましいと私は考える。
平面が出た砥石で平面が出た刃物をぺたんとあてて研ぐことが
一番簡単であり、乱雑でなく丁寧に研げば切れ味は向上する。
そして、文具としての肥後守は誰にでも研げる刃物であったところ
こそが国内を席巻した爆発的普及の最大要素だったのだ。

現在まま見られる肥後守の平地中央をグラインダーでえぐるホロー
仕上げ出荷は、一見使用者のことを考えているかのようで、実は
洋式ナイフのラブレスが流行らせた流行に盲従するだけの使い手の
ことを考慮していない内実の伴わない仕様設定だと私は指摘したい。

私の肥後守研ぎは、平地は完璧なフラットもしくは緩いコンベックスの
ハマグリ状に成形し、刃先に私独自の刃を付ける。
肥後守はお子さんでも研げるような形状でなければならない。
製造にあっては、変な洋式ナイフの流行を追う形状変更はやめてほしい。

(肥後守を研ぐ私の地元の友人の娘さん/小学生時代)





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砥あたり良く、よく利く砥石

2016年06月05日 | 刃物



この天草は、研ぎ汁が乾くと真っ白になる。
研いでいる最中は鉄分と混ざって化学変化で薄灰色だが、乾くと
薄力粉のように真っ白でサラサラで白いパウダーとなる。
砥あたりはとても柔らかく、よく利く。
そして、なぜか他の天草2丁よりも研ぎ目が細かい。
天然砥石というのは、個体差がすごくあるよね。

3個の天草砥石の色の違い。それぞれ砥あたりと研ぎ目の細かさも異なる。
日本刀研磨の砥石名だと、いわゆる「備水(びんすい)」というのが天草砥
のことですね。「備水」という名称は元々は大坂の商人がつけた銘柄のこと
なのだそうです。
白くて目の詰まった良質な物が備水と名付けられて刀剣の下地研ぎに使用
されました。
赤い物はトラと呼び、安価で今でもすぐ手に入ります。

熊本県天草の温泉地にある天草砥の椅子とテーブル。
雨降ると、おしりが研げます、研げます(^0^)


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研ぎやめ

2016年06月04日 | 刃物



山陰向け肥後守の出荷時グラインダーの目を天草砥で取って行く。



どんどん取る。


なんか、いや~な感じがしてきたので、研ぐのは中止しようと思った。
やめようかと思った瞬間、ジッという音と共に鎬を蹴った。
やめる。絶対に今夜はうまくいかないのが見えている。

飲むことにする。
普段私は酒を一滴も飲まない。
飲む時には浴びるように飲むし、独身東京時代は毎晩しこたま飲んで
いた。

今は車で移動する毎日なので、いつの間にか飲まないのが習慣となった。
家ではほんの時々、飲む。飲酒は5月6日以来だ(笑

なんだか、精神的なつっかえがあるのか、思うように行かない。
「刃に邪気を感じる」と呟いたら、妻はうひゃひゃひゃと大笑いしていたが、
そういうのってね、あるんだよ。解る人は解るだろうが。
どんな物にもそれは
ある。
何だか人の心を解さないケチ臭い嫌な話を先ほど電話で耳にしたからかも
知れない。感じ悪い。
「思邪無(思いによこしまなし)」でないと刃物の研ぎなどはできない。


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ナイフのメンテナンス その2

2016年06月04日 | 刃物



地元の友人から預かったフォールディングナイフをオーバーホールする。
全バラにしてチェック。



すべての出錆部分をオイルを浸したスチールウールと2000番のペーパーで
こすり落とす。


接触部分もサビサビだったが、研削しないように気を付けながら研磨する。






ブレードの沈金錆も丁寧に除去した。スペーサーも洗浄、ポリッシュ。


ネジもすべて一個一個オイルとスチールウールで丁寧に錆を除去。


作動確認をしながら組み立てる。






サビサビだった部分はすべてピカピカにポリッシュした。


作動も極めてスムーズで良好だ。錆ついてまったくブレードが開か
なかったが、
オーバーホールで完全に蘇った。


あとは後日刃を付ける。


私の同モデルと並べてみる。
う~ん。なかなかワイルド。いい感じ(^0^)


持ち主の地元の親友は車屋さんの三代目社長だ。
三原市で一番古い自動車販売店とのことだ。店内には、引退した
昔の工具が手入れされてディスプレイインテリアとなっている。
なかなかオサレだすよ。
ここは店長が凄い。元ディーラーメカなのだが、メカニック全国大会
準優勝だ。決勝は横浜で行なわれたらしい。商品はスナップオンの
工具セット一式だった。あれ、給料3ヶ月分くらいするよ(^^;
机を二つ重ねたくらいのでっけーツールボックスに入ってるやつね。
昔車をいじってもらってるのを見てたら「あ、巧いなぁ」と思っていたら、
ほんまもんの実力者だった。そして、工具は極めて丁寧に扱う。
本物って、そういうところがちらりと出るよね。



芸備地区で新車・中古車の御相談はこちらにどうぞ。
 → 三協自動車商工







社長。日大ボクシング部出身。スノボインストラクター。
キャンパー。ビリヤードA級。英会話ネイティブ並。




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