渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

最近の二輪車

2016年08月18日 | バイク・車



考えたら、最近はやりの二輪車って、金田のバイク
みたいなのばかりだ(笑
脚を前に伸ばして乗るやつ。なんっていったっけ?
スクーなんとかという乗り物。
自分のマシンとしては乗ったことないから知らないけど。


シーンによって仕様が違うけどね。
これなんて、まるでタイマーズのゼリーのヘルメットだ(笑






カワサキの近未来コンセプトマシンがかっこいいぜ。

でも、せめてモーターサイクルは二輪車であってほしい。
(実車)


俺が死んだ後のずっと先の未来ではこんな会話が交わされる
かもしれない。
男「すげーマシンみつけたんだ。完璧保存のガソリンエンジンを
  搭載したマシンなんだよ」
女「え?本当?それ凄い!でも、燃料がないじゃない」
男「それな。問題は」


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ライダー讃歌

2016年08月18日 | バイク・車

ある若い居合の遣い手剣士が先程俺に言った。
「V-maxに乗りたい」
彼に似合いそうだ。とんでもなく似合いそうだ。
ヨコハマの風という感じだ。


かつて、大昔の道場仲間で、俺と同学年の居合の同期
の友人(居合仲間で一番仲が良かった)が、ある日突然
「俺はV-maxに乗る」と言い出して、そして本当にV-max
を購入して乗って来た。うむ、やるな、と思った。

YAMAHA V-maxのデビューは衝撃的だった。
まるでカワサキテイストのように時代に喝!をヤマハが
入れた感じのマシンだった。魅力的な個性、ハードボイルド
なオーラがめらめらの車だった。



俺もV-maxというコンセプトが大好きだ。
だけど、俺がV-maxを手に入れたら、こんな風に
しちゃいそう(笑


俺は基本的にこういう車が好きなので(笑
これは俺のと同じ型式。でもこれね、走らない(笑)。
一番出来が良かったのはこれの2年前と2年後(苦笑)。



でもって、このモデルのある意味の完成形はこいつだ。






さらに手を加えるとこうなる(アンダーカウルを外した状態)。
別な車だけどね。


でもね、カフェレーサーも好きなのよ。


これは俺も乗ってた。


俺ならハーレー乗ってもこういう風にしちゃいそう。



モーターサイクルでカフェにいって茶を飲む。それがいい。




横浜はバイクの似合う街だった。


待ってろよ、あの頃の俺。もうすぐだ。



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消えたハイテク アクティブサスペンション 1989

2016年08月16日 | バイク・車






今から13年前のQ&Aだが、この回答、めちゃくちゃ興味深い。
なによりも視点と解析力が面白い。
すべてが可能性を求めて「良い方向」に向かっていた時代。
やはり80年代は、時代も、物作りする人たちも熱かった。
だが、未来は閉塞していない。今も可能性に向かっている。
紛争はあれども戦争は地球上で無かった1980年代。
未来を見据えるには、歴史を見つめ直すことが今問われて
いるように私には思える。


1989 消えたハイテク アクティブサスペンション


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バイク乗り復活!

2016年08月09日 | バイク・車

神戸のベンツ乗りのイトコが数十年ぶりに原チャリ以外の
バイク乗りとして復活するとのことだ。
ぶひゃ~!イトコ3人
の中でおいらだけ時代に乗り遅れてる(^^;
死んじまった福山のイトコもその兄貴の日本征服を狙う
霞ヶ関の悪の組織勤めのイトコもバイク乗りである。
一族は鉄馬に乗る者が多い。


ところで話はすっ飛ぶが、Vツインは好きではないとはいえ、
このドゥカティだけはいつ見てもカコイイと思う。
(エンジンで私が一番好きなのは2ストパラレルツイン)



ネットでの解説を読むと以下の通りだ。

スポーツバイクだけを作り続けてきたドゥカティのなかで、
L型ツインエンジンを搭載したスーパーバイク系の最高峰に
位置するのがこの1198。マルチにも匹敵するパワーと軽量
な車体、ハンドリングで夢のような走りを可能にしている。

SPECIFICATIONS
排気量:1198.4cc
車両重量:171kg
最高出力:115kw(157ps)/8000rpm
車両価格:224万円

軽量でグッドなハンドリングというところにすごく惹かれる。


しかし、マルチV型エンジンも日本メーカーは気を吐いて
いるぜい!(昔のだけど)
ホンダNR


ネットでの解説をみると以下。

発売年:1992年
排気量:747cc
出力:56.6kW(77ps)/11500rpm
中古平均価格
:454万3000円

ホンダV4の最高峰といえばこのNRだ。オーバル(楕円)ピストンを
2本のコンロッドで支え、1気筒あたり8つのバルブ(合計32バルブ)
を持つ 750ccエンジンは、レーサーNR500のテクノロジーをベース
に開発された。世界で唯一ホンダだけが作れる市販車。中古があれば
即買い!?

むちゃくちゃかっこいい。


でも遅そうだし、高いし、イラネ(^^;

おいらが欲しいのはこういうマシンだっ。ライトウェイトスポーツ。
乾燥重量100kgちょいの超軽量級でパワフルな心臓と隙のない足
周りをもつマシンである。買い物バイクではないので、スポーツ性
が極めて高く、「操縦」する楽しみを与えてくれる車が私はいい。




この2スト250ccでベンツの中古買えちゃうけど(^^;
ニコ・バッカーのフレーム+スイングアーム+タンク+ハンドル+
ステップって一体いくらするんだ?(笑)。
というか、ノーマル部分はもしかしてエンジンのパーツとフロント
フォークのアウター(レーサー88TZの移植)だけかもしれない。
リヤサスのショックはオーリンズね、これ。ブレーキキャリパーは
ブレンボの異径対抗4ポッド。
マルケジーニの前後マグホイールの金額だけでもうちは半年は暮ら
せそう(笑)。え~と、このホイール1本で60万円くらいです。
ざっと見積もると、総額450万円くらいかな、この250ccのバイク。
誰が買うの?(^^;
ただ、まとめかたの方向性としてはこういう方向がいい。
しかし、ここまでやるには「金に糸目はつけない」という
カスタムショップのフラッグシップモデルならではだからだ。

一般的には、綺麗ないじりとはこういう方向性になるかと思う。


これもなんだかんだいって、かなり要所要所をいじってる。








いじる楽しみはあるだろうけど、素直に程度のよいTZR買っとけ
というやつかも知れないね(^^;

今はもう手に入らないタイラレーシングのTZRコンプーリトモデル。
カッコよすぎだ、これ(^^)。しかも、これは、走る。


ダルマさんこ~ろ・・・ばないっ!
GJ21Jを転がす俺。この時体重56kgでパワーウエイトレシオに
貢献していたので、これはデブではなく冬ジャケの着ぶくれだ。


後輪に荷重がかかり、
フロントフォークが伸び、前輪のトラク
ションが抜け始めているので、マシンを起こして横から縦に駆動
軸重を乗せたコーナーの立ち上がりであることが読み取れる。
ドッキューンと加速しているところだ。
ある旋回Gの段階での不規則な前輪チャタリングの発生というこの
車特有の致命的なネックは、コンストラクター柳沢雄造氏のアド
バイスに基づくセッティング出しによって、ピタリと止まった。

クリックで拡大


でも、ネイキッドならば、乗るならこれだな。YAMAHA XSR700。
私からスピリットの影響受けて最初から最後まで開発したとヤマハの
この車の開発総責任者本人が言う、そんなこと世の中あるの?ウッソ!?
みたいな、いわば私のモデル。めちゃくちゃ渋いがな。オールドテイ
ストなのに、どこかしら近未来的でカコイイ。(日本未発売)


クリックで拡大。


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アメリカンモーターサイクル

2016年08月03日 | バイク・車


ฅ(๑⊙д⊙๑)ฅヒュー!
私と歳が四半世紀ほど違う游雲会の若きメンバーの新車バイクが、本日
納車とのこと。
カッケー!!

たしか、埼玉の居合の先輩もこのようなのに乗ってた。
不思議と刀好きな人とか居合剣士にはバイク好きが多い。

昨夜の居合稽古で、休み時間に私の5歳歳上の師範の先生と話していたら、
先生も昔バイク好きで、高1の時に免許取得年齢になったらソッコーで免許
取りに行ったそうだ。
私の5つ上なので1971年のことだろう。
当時、日本の第一次大バイクブームの幕開けの頃だった。
ホンダCB750フォアが1969年に出た後、日本は大型バイクが大流行する。
カワサキのH2マッハが1972年に発売され、私もタイムリーに胸を熱くした。
決定打は1973年発売のカワサキRS750Z2だった。通称ゼッツーと呼ばれた。
マッハ750は出たばかりの時に、友人の兄の後ろに乗せてもらいぶった
まげた。
なんだ?この加速!CBと全然違うじゃないか!と。ロケットに乗っている
かのように思えた。
Z2は自分で運転してみると、存外曲がらないバイクであることも知った。
その後、私はホンダとカワサキに乗ることになるのだが、総合力では当時
のミドルクラスではスズキGT380よりもマッハ後継機種のカワサキKH400
よりもヤマハのRD400が飛び抜けて優れていた。
当時はレーシングレプリカという概念はなかったが、RDは確実にヤマハ
レーサーTDRやTZのコンセプトを市販モデルに映してした。
意外なとこではスズキのGT250がかなり速かった。ピストンリードバルブ
を国内で初めて採用していたと記憶する。
ただ、車の出来はヤマハが良かった。走って曲がって止まった。
カワサキのバイクは曲がって止まることなど考えていないし、スズキは昔
からただの機械だし、ホンダは鈍重過ぎて論外だった。
車の出来はヤマハが相互力では今でも一番だと私は感じる。
ただ、ヤマハって・・・・トヨタ系だからね(^_^;)
トヨタ2000GTはヤマハの車と言っても過言ではないし、セリカやカリーナ
の2TGエンジンのヘッドには誇らしげにYAMAHAの刻印が刻まれていた。
トヨタというメーカーは下請けをいじめ抜いて成長してきたメーカーなの
で、私は好きではない。車が良くとも社風が嫌いだし、現社長などは大嫌い
である。態度も考え方も。
ただ、ああでないと、世界のトップクラス企業とはならないのだろう。
だが、嫌いなもんは嫌いなのだから、こればかりはどうしようもない。
川崎重工も似たようなもんだが。
唯一、メーカーとしてはホンダが私は好きだ。
ただ、ホンダの車は奇抜で面白いのだが、二輪車・四輪者含めて市販車
で好きになれたのはNSR250Rという怪物バイクだけだった。
バイクでは車の出来だけをみたらヤマハが一番いい。
我関せずの独自路線ならば漢(おとこ)カワサキだ。

そして、ハーレー。
この車も我関せずの独自路線で、根強い人気を誇る。
広島の游雲会メンバーがバイク好きだというのは、実は「やっちまいま
した」と購入を知らされるまで知らなかった。
話が凄いよ。
ずっとバイクに乗りたかったのだけど、16歳から乗らずじまいで14年が
過ぎて、このブレイクアウトに出会って決意して免許取りに行った。この
マシンに乗るためだけに。
これまた漢だぜ!
まさにブレイクアウトしちまった(笑
100万や200万の買い物ではない。300万でも買えない程に手の入った
モデルだ。
やるなあ。思い切りがすげっす。

この彼の愛車は『クラブハーレー』という雑誌の6月号の店舗の広告写真
に使われているそうだ。



ザ・バイクて感じがするよね。カコイイ!
イメージはレッツ・ライド・フリー!だな。
彼は自由を手に入れた。







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ロバミニ

2016年08月03日 | バイク・車





あ゛~。
かわいすぎてどうにかなりそう(笑

こちらは、あたしがデザイン(原画描画)したあたしのスタジアムコート。


当時の愛車。



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WRCスイフト 土屋圭市 峠全開アタック!!

2016年08月02日 | バイク・車

WRCスイフト 土屋圭市 峠全開アタック!!

2016/07/14 に公開

スイフトが欲しくなる(笑







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峠仕様

2016年07月30日 | バイク・車


フルバケットシートの私の愛車(嘘)。

取引先の他県の会社の社長の愛車である。仕事の打合せで来訪。
東京の大学を出て公立中学校の教師をしていたが、家業を継いで
社長となり、現在は経営手腕を発揮している。私立保育園も経営
している。車とバイクが好きで、車はエンスーな車を何台も保有し、
手を入れながら古い車を大切に乗っている。
バイクは1970年代のホンダCB750FOURが愛車である。
これまたマニアというかエンスーというか(^^;
このレーシングシートのシェルはドライカーボン、一脚70万円(笑

仕事関係のつき合いでは、業界ではいろいろ嫌なこともあるが、
この社長とは個人的にもかなり懇意にさせてもらっている。
妙にウマが合うというか、同世代ということを超えて好みも漫画や
バイクや車やその他のことでも共通している。歳は私の二つ上。
いろいろな社会的な事も教えてもらっている。見た目もカコイイ。
奥様は女優さんみたいに美人で、お人柄もいい。そんな何拍子も
揃ったことってあるのかと思うようなご夫婦だ。
面白いのが、社長も亡くなった社長の御父上もご健在のお母様も
お子様も、すべて私の家族と年齢が二つずつ上であるという偶然が
ある。そして社長の御父上(元地方議員)は私の父と同じく昔若い
時にギター弾きだったという偶然も。家系的にも似ている先祖で、
明治以降の数奇な運命という点でも私とその社長は血のつながりは
なくとも、なんだかとても似たような境遇にあった。
私の娘が現在通う大学は社長の出身大学であるという偶然も重なる。
学部まで一緒だ(笑)。
個人的なところでは、御家にある刀剣武具類の目利きを私が頼まれ
て、何度かご自宅までお邪魔してお手入れさせてもらった。
名刀がかなりあった。社長は教育関係や自動車関係は詳しいが、
刀剣類は詳しくないとのことで、私でお手伝いできることがあれば
と刀剣類の面倒をみさせてもらっている。

人柄が厳しい吉備地方でも、私のような関東者でも違和感なく
心許せる人もいる。
日本一人柄に癖のある岡山県にも、地元広島県三原にも(岡山県も
広島県三原も吉備の国である)そのような人が何人かいるが、そう
した人たちとは仕事だけでなく、気の置けないプライベートなつき
合いもしている。一緒に撞球をしたり、渓流に一緒に釣行したり、
各地に旅行したり。
癖のある人だらけの土地柄でも、1000人に1人くらいは人柄が良い
のでつきあえる人もいる。

ただ、そういう人たちには共通項がある。
若い時に外に出て、外の世界を見知った経験を一様に持っている
のだ。視点にこの地域独特の俺様大将的な閉鎖性はまったくない。
そして、自分たちの生まれ育った土地柄お国柄の悪しき面について
は、きちんと客観視することができている。
結局のところ、私がプライベートで付き合っている人たちは、その
ような人たちだけだ。
何を好き好んで嫌な奴らとつきあう故があろうか。
職務上は、プロなので好き嫌い関係なくそつなく付き合わなければ
ならないが、プライベートの時間においては、嫌いな連中とはつき
合う筋合いはない。





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懐かしい英国車

2016年07月27日 | バイク・車



昨日、尾道市内を走っていたら、まるで俺の車そのものを見た。
信号で止まった瞬間にスマホ望遠で速写。


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新型ミニクーパー

2016年07月26日 | バイク・車



新型ミニクーパー。
クリーンディーゼルエンジン、170馬力。
いいね♪


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鈴鹿8時間耐久ロードレース トライアウトファイナル

2016年07月22日 | バイク・車

鈴鹿サンデーロドレース 8耐トライアウトファイナル1


鈴鹿サンデーロドレース 8耐トライアウトファイナル2


うおお~!頑張れ!
と応援していたけど、なんとも残念。
来年も8耐出場を目指すならば、頑張ってほしいす。


こちらもどうぞ。
聴力障がいを持つ女性レーシングライダーがヨシムラスズキで8時間耐久に挑む。
鈴鹿8耐久



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し じょ う じょ し 史上最強、試乗女子。 <小山美姫 インタビュー編>

2016年07月19日 | バイク・車

し じょ う じょ し 史上最強、試乗女子。 <小山美姫 インタビュー編>


この人のファンになりそう(^^)

海外の反応
「日本初を狙います!」

世界を目指す日本の若き女子高生レーサーに外国人が感動!


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チーム力

2016年07月17日 | バイク・車

爆速 F1のタイヤ交換がなんと2秒 超ハイスピードタイヤ交換シーン!


チーム力ってすごいね。


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し じょ う じょ し 史上最強、試乗女子。

2016年07月17日 | バイク・車

し じょ う じょ し 史上最強、試乗女子。


サーキットでの試乗は受け付けていないと釘を刺しながら、
この時代性を無視したCMを作ったホンダに乾杯!(^0^)

この根性がホンダらしくて好きさ。
問題あるけど。

地味なドジっ子ちゃんを演じきってるこちらの子もなかなかだけどな(笑
【ドッキリ】教習所でドジな女の子が凄まじいドリフトの連続!サプライズ!


問題というのは、ホンダのCMはこの海外ドッキリのパクリのような気もする
のよね。
てか、パクリでしょ?
CM作った広告代理店さん。

というか、レーシング・ドライバーのジェフ・ゴードンのこのペプシのCMの
パクリだろうな。ホンダのCMは。
ドジっ子ちゃんドッキリ動画が最初かこちらのペプシが最初かは分からないが、
ホンダのCMはどちらに転んでもパクリということでガチかな。
パクリをしらばっくれてCMとして流すところが、なんとも中華天心丼くさくて
香ばしくて乾杯だっ(^0^)

【ドッキリ】スポーツカーに試乗したら大変なことに!サプライズ!


俺も「もう一度いいかい?」と言ってみたい(笑


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峠での走り

2016年07月17日 | バイク・車

YZF-R6



峠での走り方を知らない人が見たら、とても危険なように思えるだろうが、
これはかなり安全マージンを取っている限界ギリギリではない走り方。
BGMや排気音から速度も超高速と錯覚しそうだが、実はそれほど出ていない。
それに、この乗り屋の挙動とか見ていたらかなり安全走行領域であることが
判る。サーキットでいえばレース前のウォーミングラップでの周回路面確認
走行程度、公道でもツーリング程度のものだ。



私と盟友Oが二台で走る夜明けの峠時代もこんな感じだった。よく似ている。
ただ我々は革ツナギの上にトレーナーを着ていた(笑)。
その後、変なのが沢山出て来たので、あまり峠には行かなくなった。
自分に子どものような変な名前をつけて、チームなんとかというステッカーを
貼って、群れて走る連中がいきなりブワッと増えた。私たちは「馬鹿」と呼んで
いた。
そして、遅い。危険で遅い。
やがてほどなく、私たちは峠ではなくサーキットに戻って行った。
峠はギャラリー従えて集団走行する場所ではない。

箱根乙女道路で、出たばかりの新型モデルをかなり攻めて走らせている速い
人がいた。
あれはフォームその他から国際Aの宮崎さんだっただろうと確信している。
挙動をみるためだろう。下りでウイリーさせたりもしていた。

ツナギを見る限り、この動画の人はかなりサーキットで転んでいるようだ(苦笑)。
ただ、ブーツの底には工夫がしてあって、それは私が柳沢雄造さんからも
そうしろといわれていたことだった。
ブーツの底の形状はとても大切なのだ。
この動画のライダーは峠の「走り屋」ではない。レーシングライダーだ。
乗り方が違う。
峠の「走り屋」と呼ばれた人たちは、一つのコーナーだけは速いが、トータルで
複数連続する峠をいわゆるヒルクライムのように走らせるととんでもなく遅い。
走ることが目的ではなく、見物コーナーで見せることだけを目的に峠で車を
転がしているからだ。
根本的に乗り方、車の操縦法が異なるのである。

しかし、峠の恐ろしさは、対向車が来るということ、もし飛んだら救急車が来る
までに何十分もしくは何時間もかかるということ。転倒=死にかなり近い。
峠のワインディングはかなり楽しいロードだが、路面も滑りやすく、危険度も
高い。
峠は競技を行なうレース場のように医療施設もその場になければ医師もいない。
コース状態を知らせるオフィシャルもいない。
つまり、峠は「競技」の場ではない。


こちらは峠での競技。限界ギリギリの走行とはこういうものだ。
冒頭の125ccの速いこと。0:49秒からの人が一番乗れてるけど。
バイクが峠を駆け上がるヒルクライムレースが凄い!!

ただ、ド素人は最初に紹介した動画がyoutubeにアップされたことをコメント
欄でなじったりしているが、これは安全マージンをかなり取った走行である。
しかも外国。
こういう動画を投稿するから貧乏人がどうだ、などと分別臭い物言いでいちゃ
もんつけているほうが完全に頭がおかしい。
私自身はそうした人間こそが社会を駄目にするのだと思っている。

私が大嫌いな作家で椎名誠という者がいる。
彼はかつて「モデルガンなどという物があるから、コンバットだの戦争だのを
好む子供が増えるのだ」と公言して、モデルガン撲滅運動を提唱していた。
私は頭がおかしい奴と思った。
金属バット殺人があるのは、金属バットのせいなのか?
包丁で人殺しがあったら、包丁をこの世からなくせと思うのか?
彼のようなトンチンカンな発想が世の中を駄目にする。
オートバイの免許を取らせない、乗らせない、買わせないという「3ない運動」は
「オートバイのような物があるから悪いのだ」という発想だ。
これは差別についてもいえる。
ともすれば「差別は差別される奴がいるから悪いのだ」と発想する人間が時々
いる。
問題の根本はそこではない。
1970年代あたりから、世の中は「貧乏」がよくないことという構造を捉えること
ではなく、「貧乏人が悪いもの」というねじれた捉え方をする人間が出て来た。
大元からして間違いだ。

私(と同志たち)は、日本の歴史の中で、オートバイの高速道路料金設定を
1980年代後半に裁判闘争で初めてこの世に実現させたが、その運動の中
では運動体内部の意思一致としては「モラル論」を排除した。
要するに「ライダーが品行方正にしないから各種規制が敷かれるのだ」と
する見方は、現行法規を社会運動でどのように改善していくかということとは
無関係であるからだ。
まさに1980年代当時(まだバイク乗り=悪という社会印象が強かった)、
そうした「品行方正論」的な視点こそがバイクを不当に差別する社会意識と
各種規制を赦していたからである。
差別される者は品行方正でないから差別されるのではない。別な恣意によって
差別構造が作られてきたのであり、その構造打開こそが差別を消滅させる
方法だ。
私たちの組織はNHKなどは略して「~連絡会」と報道していたが、正式名称は
「バイク差別と闘うライディングハイ連絡会」といった。NHK以外の報道機関は
すべて正しく報道していた。
現実問題としては、29人乗りのマイクロバスと1人乗りのバイクの高速料金が
同じだった時代に終止符を打たせた。今ある高速道料金体系は1980年代に
私たちが1万人の原告団を擁した裁判闘争と社会運動の中で作った。日本国内
で初めて500台による合法バイクデモをやったのも私たちである。
私はライディングハイの事務局書記長で、弁護団の数名の弁護士のうちの主任
弁護士は私と夜明けの峠を週に何度も走っていた弁護士Oだった。

バイクがあれだけ差別されていた日本国内で市民権を得たのは、私たちの社会
運動は物理的な面での構造改革を実現させたのだが、社会的心象背景としては
モータースポーツという健全なスポーツが1980年代中期以降に人気を博した
ことが大きい。私たちは「モーターリゼーションの健全な発展」という視点で、モーター
サイクルの健全さがモータースポーツと合体することも射程に入れて社会構造体
の変革を目指して行動した。そのため、私たちライディングハイが某有名誌の取材班
として鈴鹿8時間耐久ロードレースを取材したり、各種団体にモータースポーツ
や2輪環境問題を働きかけたりもした。構造改革の一つとしてある高速道路料金
問題については、その情宣活動は、毎週日曜に中心メンバーが自費で東名高速道
海老名SAに出かけてビラまきや宣伝活動を行なってきた。毎週である。それを
何年も続けた。
気付くと社会現象となり、各界著名人のライダーたちの多くがライディングハイと
なっていた。有名ミュージシャンなども多く、「あんたあの子のなんなのさ」の明大
出身のドラゴンキッドという名の某氏も賛同して参加していた。(実際に見た作詞家
の奥さんはとんでもない美人だった)
ライダーが峠でゴミ拾いしたり、一般道路で社会奉仕活動をしたから世の中の
構造が変わったのではない。
オートバイを使ったスポーツの楽しさを多くの人が知ることによって空前絶後の
バイクブームが日本に到来したのであり、その日本でのバイクブームは世界を
牽引したのである。
その流れの中で、多くの人が「あれ?これはおかしいな」と思うことによって、
現実に私たちの運動に多くの人が賛同合流したので、日本の最悪だったバイク
事情の歴史の中で社会構造の一部を現実に変革したという一つの突破口を
切り開いたのである。それは法曹界では、「行政訴訟の奇跡」と呼ばれた。
取り違えてはいけない。品行方正にしていれば社会が良い方向に向かうという
図式は、洋の東西を問わず、そのような歴史は存在しない。
社会を変えるのは別な方法だ。変革を目指して起つ人たちが社会を変える。
そして、スポーツが人の社会で人が人を差別するということを無くすことに寄与
することも、人の歴史に存在する。
スポーツの健全さというものは、「人あればこそ」が根源にあると私は思う。




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