渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

フライフィッシング動画に思う事

2017年01月12日 | フライフィッシング



特集 ハーディーと遊ぶ湯川・湯ノ湖

伝統のハーディーの製品を紹介する動画。
バッグもロッドもリールもとても魅力的に紹介されている。
しかし、いかんせん、フライフィッシングやっているモデル
さんが超下手だ。まるっきりフライキャスティング
になって
いない。

これではトホホのホ以上にアウト!だ。
なぜこんなド素人さんを製品紹介の映像に使ったりしたのだ
ろう。

とにかくひどい。ループができていないどころか竿の持ち方、
振り方、シュートの仕方、すべてにおいてマイナス300点位
だ。
イメージだけ妄想する思い込みでなく、きちんと習ったほう
がいい。あとは自習だ。

別な動画サイトのフライ動画では、アウトドアサバイバルの
熟練者が自分ではなく米国人の達人の映像を紹介しながら、
「私が上手くなってご案内できるようになればよいのですが」
としていたが、実に謙虚な姿勢だと思う。名うてのアウトドア
マンなのでかなりフライロッドのキャストも遣う筈だろうが、
控えめに「お手本」ともなる米国フライマンの名人業を映像に
採り入れている。映像企画の構成としてもGJだと思った。

それはこちら。
サバイバル術:フライフィッシングの薦め

この動画に低評価を付けた人はたぶんフライマンのうち、キャッチ
アンドリリース原理主義者がつけたのだと思う。私はサムアップを
クリックした。

私個人の場合は、リリースか殺して食うかは状況による。
ただ、規定区域以外でも「なにがなんでもリリース」というのと
「釣ったら必ず食え」派はどちらも同列だと私は思っている。
どちらも私にとっては論外だ。釣りあげたらリリースが決めら
れている流域では絶対にリリース厳守であるし、それ以外の流域
では魚影と状況を判断して釣り人が選択権を有している。
また「釣ったら必ず食え」というのは釣りをやらない人間が
大抵は自分だけ安全圏内にいてワーワー物を知らずに言っている
だけだ。釣ったら食うのであるなら、釣り堀のヘラブナも食う
のか。金魚すくいの金魚も食うのか。外道や毒魚も食うのか。
15センチ以下は放流義務がある内水面漁業規則も知らないのか。
要するに、必ずリリース派も必ず殺して食え派も、極論しか頭
にない一元的な視野狭窄であり、私からすると論外なのである。
ただ、環境の資源保護の観点から言うと、一つの流れで仮に100尾
しかマスが棲息していなくて、50人の釣り人が2尾を釣り殺したら、
その川のマスは死滅する、ということだ。
特に、餌マンを悪く言うわけではないが、食べるに必要以上を
釣り殺す傾向が餌マンにはある。やたら数を釣ったことを自慢気
に写真に撮り、殺した魚を撮影する。傷みやすい川魚をそんなに
釣り殺してどうするの?という感じがするのだが、餌マンは
生体ハンティングとしてしか川釣りを捉えていない風潮がある。
海とは魚影の実態が非常に異なり、河川は危機的状況であると
いうことについて、餌釣り師はあまり真正面から取り組もうとは
していないという現実はある。餌マンは結構川を汚すしね。
餌マンは仕掛けや煙草の吸い殻などを平気で川に捨てたりして
いる。バス狙いのルアーアングラーもそういう傾向が強い。
ただ、魚影問題、環境問題については、その地域の実情をよく
知ることが大切で、北海道でリリースなどしたらむしろよろしく
ない状況もあるし、東北のように西日本の川釣り師からしたら
パラダイスのような魚影の濃い地域では、ある程度の捕食は環境
には影響は少ない。
だが、本州の関東以西の地域では、河川はまるで釣り堀状態
であるので、やはりリバーキーパーの指導の下、適切な釣行の
活動が必要とされるだろうと私は感じる。
だが、そうした河川環境を積極的に良い方向に持って行くこと
を実行しているのは、各種の釣り様式の中で、残念ながらフライ
フィッシャーに偏重している。他の種目の釣り人たちはあまり
河川環境の保全には興味が薄い人が多い。それでも長良川河口堰
を巡る活動では、種目の垣根を越えて多くのアングラーが大同
団結して環境保全の活動を展開した。
人のこうした横つながりの気持ちと行動が環境悪化を食い止める
ことに繋がると私は考えている。

いえてることは、古代のたたら製鉄のように、燃料確保で山の
松を伐採しきったら次の地へ移動し、それを延々と繰り返して、
植林などの計画性を持たずに森林破壊と鉄穴流しによる河川汚濁
を繰り返すような「その場主義」的な方法では、現代の環境基準
にはそぐわない、ということだ。
かつては、在地王権と中央王権の何が何でも鉄生産、鉄資源確保と
いう政策の上に国土の禿山化の森林枯渇と環境破壊があった。
中世においては武家政権がさらにそれを加速させ、中世末期には
日本各地(とりわけ砂鉄産地)では河川への土砂の堆積が一挙的
に進行して、河口付近にデルタ地帯や中洲が多く出来た。広島や
三原や福山や倉敷や岡山などはその典型的な土地だ。
だが、山の松を採り放題にして無くなったら横の山へと移るそうした
場当たり的な方法がよくないと気づいた人たちも歴史上いたようで、
現在の植物学における植生調査においては、松林が二次林が多いこと
からも、燃料の木炭確保のために人の手によって古い時代に植林
されたことが裏付けられている。
砂鉄の採れる川に鱒族は棲息するので(学術的にはまだ誰もこのこと
を論じていないが、たぶん水域の有酸素の関係だと私は感じている)、
中国山地などをフライロッドを手に歩くと、周辺に目をやると製鉄遺跡
と植生の関係に気づき、往時の古代製鉄の状況も浮かび上がって来る。
特にフライフィッシングの場合、その流域の水質、水性(ライムスト
リームであるのかストーンストリームであるのか等々)、植生、水生
昆虫の棲息具合がもろにエラが未発達で酸素量の多い流域にしか生息
できない鱒類の魚影に直結するので、環境状況の把握はフライマン
にとっては必須科目でもあるのだ。自然環境と水生昆虫と鱒類の生態
について勉強をしていないフライマンはいない。いたとしたらそれは
モグリだ。第一、鱒類のその瞬間的な適性摂餌を見抜けなければ、
毛鉤を使うフライフィッシングが成立しない。

瀬戸内水系ではない日本海水系で、いてはいけないアマゴが釣れた
時の写真。この河川は日本海にそそぐ江の川水系なので、本来はヤマメ
の水系である。これは成魚放流ではなく種苗段階の卵放流において、
ヤマメの中にアマゴが混じっていたのかもしれない。成魚放流だと
したら実に杞憂すべき事態であり、漁協の生態系管理が厳しく問わ
れる。ヤマメとアマゴは近類であり、交雑種が生まれてしまい、生
態系が崩れるからだ。本来自然環境下では別種の両者は棲み分けが
整っており、交雑はしない。ヤマメはヤマメの純血、アマゴはアマゴ
の純血が日本の鱒族として長年生態系を守って来た。ヤマメの降海型
がサクラマスであり、アマゴの降海型がサツキマスだ。
禁漁年度を設けて漁協がヤマメの自然天然産卵を促進努力して来た支流
だけに、この事態は惜しまれる。環境保全のために為したこうした放流
の手違いが日本各地で起きており、生物学的には問題となっている。


フライフィッシングはあらゆる釣りの中で一番難しい釣りで
ある。
それは撞球が正確で高度な技術によるキューストロークができ
ないとビリヤードにならないために流行らないのと同じで、
確かな高度な技術を習得しないとキャスティングというロッド
(竿)を振って正確にフライを飛ばすということができない
からだ。
正確に振られたロッドから繰り出すラインが描くループは
極めてタイトでしなやかかつ鋭い活き活きとしたループを
描く。
この感覚は、1メートル程の凧糸を割り箸の先に着けてヨーヨー
のように糸のみを狭いU字で前後に返すことができれば感触は
掴める。
それを掴んだら次はしなる物の先に凧糸を着けて訓練する。

よくフライフィッシングの教科書にある「時計の文字盤で10時
から2時のストロークをメトロノームのように繰り返す」という
のは嘘である。

そんなことをしたらタイトループはできない。
ビリヤードの教科書の大嘘にある「肘から下を振り子のように
振ってキューを真っ直ぐに出す」という大嘘と同じである。
肘を動かさずに肘から下を振り子状に振ったら、手の先のキュー
は円運動となり、最高端エリアと最前端エリアではしゃくり上げ
のアオリイカのような円運動になってしまう。

こういう大嘘は各分野のあちこちにある。
剣技の場合にも「円運動で切る」などという大嘘がまかり通って
いたりする。確かに円運動ではあるのだが楕円運動というのが正確
な真実だ。真円運動で刀を振ると、切先が常に外を向くので
どんどん
力が遠心力で外に逃げてしまう。刀の振り方はそうでは
ない。切先を
後ろに残し、柄頭を敵に当てるように繰り出し、
肘をパンタグラフ
のようにして送り出して横から見たら逆さL字
型に斬るのである。
切先は物凄い速度と慣性重量に乗ることに
なる。頭の上の頃から
切先を上に起こすような振り方では力が
すべて遠心力で外に逃げる
ので刀勢はまったく乗らないし、
そのような真円運動切りでは切り
つけた後に切先は止まらずに地面
もしくは自分の体を刀で傷つける
ことになる。まったく剣法の
刀の振り方ではない。
よく「天井を掃くように」という古伝の教えを脳内で著しく誤解
(=無理解)しているとそのような刀の振りになる。
箒で床を掃く時に、箒の先を直立させて掃くだろうか。箒を寝か
せてなでつけるように掃いている筈だ。また、箒の先端部は直立
したまま掃くことはしていない。しなやかに撫でながら掃く構造
になっている。さらに箒の柄も直立させては掃かない。傾斜させる。
これは物理的な真実である。

ところが誤認していると、箒の先を立てて箒を直立させて床を
掃くがごとく(そのような掃き方では床は掃けない)に刀の
切先で天井を掃こうとするような刀の刀線を描こうとしている。
特に江戸古流を知らない近現代に発生した新派系(軍刀使い系)
の一部にそうした誤った刀の用法が見られる。同派内(派内にいろ
いろなセクトがある)でも古伝を検証している派は、本来のまっとう
な刀の使い方をしているが、得てして「天井を掃くように」を
誤って理解(それを理解とは呼ばない)して実行しているグループ
もある。円弧運動で振っている最中に力はどんどん遠心力で切先から
外に逃げるので、まったく刀の用法にはなっていない。

但し、あえて切先など止めて次への対処などは考えず、刀を地面に
まで叩きつけることを教義に入れて、円運動による振りを導入して
いる流派もあるにはある。それはそれでよいとは思うが、私が属する
ような流派系=土佐居合の流れが少しでも入っている系等=軍刀
使い流も含む=では、円弧運動による切先を動作の初期段階で真外
=天井に向けて、伸ばした腕の延長線上に切先を持って行く振り方は
×だと私は考えている。
以前、TVCMの企画でロボット対人間の対決があったが、ロボット
には複雑な人間のパンタグラフと抜重刀法は再現できず、アームが
ただの円運動で刀を振って切る=ただのパワーだけで切るという動き
をしていた。あれでは対決にはならない。機械は機械の動きしかでき
ていなかった。「複雑で高度な技術」はそこには再現されておらず、
あれでは、高度な技術を持つ大工が削るカンナと機械カンナの勝負
のような実に無意味な勝負となってしまっていて、製作の主旨は分か
るが、本質においては企画倒れのように思えた。人間のほうが遥かに
機械仕掛けのアームよりも日本刀を使用した運刀技術においては勝って
いた。それは映像をつぶさに見れば一発で判読できた。


フライキャスティング、ビリヤードにおけるキューストローク、
そして日本刀を振る剣技における刀法、この三種はまったく同じ
物理的理屈を体現しているテクニカル系の高度な練磨を要する
ジャンルだといえる。
フライキャスティングの場合は正確に自由自在にロッドを操作して
正しいループや変則ループを川の流れのドラグを避けて毛鉤を飛行、
ドリフト
させるために必要だ。
ビリヤードのキューストロークは、ほんの1ミリほども撞点とフォロー
が狂ったら(1ミリ違うなどというのはとんでもない誤差である)
手玉がまともに進まないということと、逆に自在にキューをさばく
ことによって手玉に自由自在にスピンを与えて変化させるために
正確なキューストロークを得て手玉を制御下に置くことを目的と
している。これはかなり
の技術を要する。だからビリヤードは
レジャーとはならず、フライ
フィッシングと同じく流行らない。
現在フライフィッシングの人口低下が著しいと聞くが、流行る訳
がない。難しいことはやりたくない人が増えているからだ。特に
若い世代に。何でもお手軽簡単、インスタントに「雰囲気を楽しむ」
ことが求められているから、地道な訓練を必要とする技術系の
ジャンルの物などは流行しない。フライフィッシングのキャストも
ビリヤードのキューストロークも、地道な練習および訓練を要する
種目だ
からだ。

一方、バーベキューなどは大流行している。お手軽にアウトドア
の雰囲気を楽しむことができるからだ。だが、本格的なキャンプや
登山やブッシュクラフトやサバイバルなどに足を進める人はごく
少数だ。バーベキューのように雰囲気だけを楽しめればいいや、
というジャンルに圧倒的大多数の人々は手を伸ばす。そして、
それで満足する。だからロープの結び方ひとつ、刃物の使い方
ひとつ、火の熾し方ひとつも知らない。知らなくともいいとする。
火などははマッチでなくともライターがあるじゃない、となる。
マッチなどさえも擦る方法も知らない世代がバーベキューを楽し
んでいるし、むしろその親世代も安心安全、危険な事からは遠ざ
かるという主義から、バーベキューを楽しむ。フリントスターター
や火打ち石や圧縮空気等で火を熾すなどというのは「なんでそんな
無駄な事するの?」となるのである。
だが、それらは、本当の意味での危険回避能力を育てることには
ならない。
もはや、バーベキューなどは、盛夏の海岸の海の家となんら変わ
らないお手軽レジャーであり、アウトドアで何かを学び取るという
類のものではない。ただの外での焼きもの食事というだけだ。
それはそれでよろしいのではなかろうか。それで楽しめるのならば
それでいい。私とて外での野外食は嫌いではない。
但し、それでアウトドア気分などは、まったく寸毫たりとも私は
味わえない。

これはバーベキューではない。






居合道においては、実に厳しいデータがある。刀剣ブームなどで
居合をやろうとして踏み出す人は少しは増えた(特に女性)が、
大抵は初段を取得する前にやめてしまう。地道な稽古、基礎力を
身に着ける訓練を行なう事が苦痛だからだろう。大抵はやめて、
「居合を経験した」というコスプレ感覚で満足を得ているのだろう。
私も実体験したが、「私居合やってたことある」と言う人に何人か
あちこちで出くわして、「どれくらい?」と尋ねたら、半年とか
数回とかとのことで、「それは『やっていた』のではなく体験
したことあるというだけではないか」と思ったことが何度かある。
初段取得以前に居合をやめる人の比率は、三段取得の頃になると
さらに加速する。例えば全剣連などは三段取得資格を得るまでに
三年半ほどを要する。中学・高校で学業を学ぶ程度の期間を必要
とする。その間にやめてしまうのだ。
私個人の経験では、私がやっているからと居合をやりたいという
人がいて、昔誘って私の稽古しているところに入会した。その人に
訳あって居合をその人はやめた。しばらくして会った時、私に
「まだやってるの?!」と言った。はいはい、サヨウナラだ。縁は
完全に切れた。私が居合をするのは、きょうはあそこのスイーツを
食べたいな、とは違うのである。
また、別な人も「まだ居合やってるの?!」と言った。はいはい、
サヨウナラ。さらに別な人は「居合だなんて、昔の人みたいで嫌」
と言った。はい、サイナラ。これは即断である。
居合研修と日本刀所持は私には切っても切れない。
ニュアンスは変わるが撞球にしてもそうである。撞球者であるの
だから、たとえキューを置いている期間があったとしても、撞球者
は根っから撞球者である。
刀の場合はさらに、特殊な属性が私には付いてまわる。単なる
趣味といえば趣味なのだが、深いところでは趣味だどうだとは言え
ない、そういうものを超えたものが私にはある。先祖からの家伝の
刀剣を守るということなどはそれに属する。刀を守るためには、刀
の事について無知では守れない。刀に肉迫してそれを知ろうとする。
剣技である居合をやるやめるについては、不思議な事に五段(受験
には10年の経験を要する)を取得して以降の人はやめる人は極度に
減る。よほどの事情が無い限りその道の稽古を続ける人が多いようだ。
一つ何かの橋を渡った人たちなのだろう。

剣の世界の場合は、コスプレ世界の虚像の剣振りは論外だから別と
して、
古流武術としての剣技の場合は、正確な身体運用と刀の抜き差し、
そして振り
というこの三動作が高次元で融合していないとならない。
体さばき
だけができても駄目、刀の抜刀納刀のみが上手くても駄目、
切り付け
や切り下ろしや切り上げだけが上手くても駄目、という具合に
どれか
一つだけ長けていても駄目である。これはフライフィッシングや
ビリヤードと全く同じ内実を具備していることを表している。
私などは素人に毛が生えた程度のひよっこ以前の孵ってない卵だ。
「ずいぶん大きな卵やね」(by 松坂慶子 on 道頓堀川)なのである。
ただし、その卵はぬくぬく温泉卵ではなく、固ゆでのハードボイルド
だ。(孵らないやんか)


フライフィッシングは釣りの中で一番難しい釣りである。
しかしだからこそ面白い。
それとよく言われる「餌が10釣るならルアーが6、フライは3である」
というのも、あれは嘘。職漁師は毛鉤で爆釣の釣果を得ている。私も
かなり釣る。というか、人が釣れなかった同じ渓流をあとから遡行し
て確実に釣る。
要するに何事もそのジャンルに必要な技術をどれだけ最大限に実現
できるかだ。
日本刀の切りの技術については、私は畳表一枚巻きの据え斬り(床に
置いた畳表を倒さずに切断する)は六太刀までしかできない。七太刀
目はどうしても畳表が倒れてしまう。八太刀などというのは、切り試し
て実態を知る私にとっては、撞球のグランドマッセで大回し台上5回転
20クッション入れのように難しいというか不可能に近い技術だ。
こうした刀術の技法の一端を現実にやって見せることを大道芸と馬鹿に
する剣を取る者がいるが、それは自分が出来ないから悔し紛れに言って
いるという心の根底が私には見える。
撞球であるならば「マッセなどやるのは下手だからだ」と訳判らぬ
ことを言っているのと同じで、自分が出来ない技術をやってのける
技術者のことを侮辱することがいかに空虚であることか。
剣技も撞球も、刀の切れと手筋の冴え、キューの切れ味が鋭いこと
(撞球界では「キュー切れが良い」と表現される)を揶揄される
いわれはない。


フライの基本はキャスティングから。これに尽きる。
大丈夫だ。私はフライフィッシングをやり始めて、実質2週間で30ヤード
のフルラインキャストができるようになった。最初は7番ロッドあたり
を使用するのがいいだろう。
そして勘どころを掴むと、渓流で常用する#4のロッドでもフルライン
を出すことができるようになる。あるプロは「4番でフルなど出せません
から。これは絶対です」とある講習会で言っていたが、私は普通に
その横で止水でダイワの安い#4でフルラインを出してバックラインまで
チーッとリール音をさせていた。「え″?」という顔をそのプロ(?って
なん
だ?)はしていたが、できるものはできるのだから、できる者に
とっては普通のことだ。単に技術があるだけのことで特別なことでは
ない。

私にはそのプロの言葉は「グランドマッセはできません。絶対に」と
いうことに近いように思えた。「初心者には」というのをつければ
良かったのに、と思う。
それにさあ、あぁた、ラインのテーパーにもよるだろうに、とも思った。
きちんと詳しく説明してあげないと、初心者向け講座では誤解され
ちゃうだろに、とも。
まあ、止水でなければフルラインなど出す必要もないのだけど。
できることをできないと断定されたら、それは嘘なので、できること
を実際にやって見せるのが一番説得力がある。

刀の振り方でもそうで、本拵に入れた木製刀身であるツンギを真剣
と同じように思い切り振って、そして真剣刀法と同じように適切な
位置でピタリと止める。その時に刀身は一切左右上下にぶれたりは
しない。お釣りがきたりもしない。
この振りは、普段先生方から教わった通りに、正しくその通りの
切り下ろしをやっていればできることなのだ。
ただ、重い真剣だと力で止めようとしたりしても、重量があるから
そのブレが感知しにくいので注意が必要なだけだ。ごくごく軽い
木製刀身のツナギを本拵に入れてそれを真剣と同じように切り下ろ
せば、自分の剣技が適正なものか否かが即座に現象になって現れる。
そこに嘘はない。できないとしたら、普段からの真剣あるいは模擬
刀での振りが正しくない(止め太刀を使う剣技においては)という
ことなのである。
自分の本当の姿と向き合い、勇気をもって自分の未達部分を直視して、
できていないことはどんどん改善することを模索しないと、技術の
向上などはあり得ない。


フライフィッシング、ビリヤード、剣法。長い物を遣う種目にはそれ
なりの高度な技術が要る。簡単にはできない。
ただし、練習すれば誰でもできる。できることの巧拙はあるにせよ、
できることはできるようになる。
そして、競技となった場合は、極突出したできる人同士の戦いとなる
のだが、フライフィッシングと剣法については競技はない。スポーツ
様式に改変した物として「剣道」や「居合道」には競技がある。
フライフィッシングには競技はない。基本的に己が幸せになるスポーツ
フィッシングがフライフィッシングだからだ。
だからなおさら難しい。技術の向上は、研究しないと絶対に身につかない
からだ。
(米国などではシュート距離を競うフライキャスティング競技はある)


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西洋毛鉤釣りの恐怖

2016年11月15日 | フライフィッシング



駄目だ。
フライフィッシングのことに触れたら、無性に
渓に行きたくなった。
今が禁漁期でよかった。

フライフィッシングは悪魔の微笑だ。
一度、あの世界に入ると抜け出せない。
多くの人は社会復帰ができなくなる。

カテゴリー ⇒ フライフィッシング



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神の言葉

2016年08月16日 | フライフィッシング

 

私は釣りはやらない。
私はフライフィッシングと一つに溶け合うが、釣りが目的ではない。
私は釣りを目的としてフライをシュートするのではない。

「渓流の流れの中の石の下には、太古の昔から神の言葉があった」
( 『A River Runs Through It』 ノーマン・マクリーン )

竹竿職人が命を与えたバンブーロッドを手に私が渓流を彷徨って
きたのは、神が与え給うたその言葉と出会う
ためである。


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渓流の調べ

2016年07月27日 | フライフィッシング

昨夜、昔のフライフィッシング仲間で居合をやる広島の友人から
悪魔の誘惑に関する画像をもらった。

先週行ってきたそうだ。いい感じだなぁ・・・。


クマよけスプレー必携の所だけどな。折れない日本刀を背負って行きたいくらいの。


お!プレデター発見!


これは「巻いて」いるところの写真でしょうね。


でもって、コンニチハ♪


ゴギだよ、ゴギ!
天然記念物のイワナの亜種。
ちょ。ええのお!
ちょっと鉄分が少ない支流のゴギかもしれない。

先日おふくろに訊かれた。
「あれほど渓流に通い詰めてたのに、もうフリーフィッシングしないの?」
おふくろ、それ呼び方違うから(^^;

渓流さんは最近渓流に行かないので、渓流詩人になれる日がどんどん
遠のくのでした。

止水でニジマスをランディングしている俺。愛刀はカスタム・バンブーロッド。
柄手は新陰流タツノクチ(笑)。


(専門誌に掲載された画像を転載)

なぜ俺が渓流の実戦釣法でも他の人に比して爆釣であったか。
それは白い服を着ているから。白と黒では圧倒的な差が出る。
この理由は、マスの生態をよく知る人ならばすぐに理解できる。


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ありそうでなさそうであるかもしれないこと

2016年05月01日 | フライフィッシング



オウマイゴッド!
んなことあるわきゃねーだろ!

・・・・ありそうな気がしてきた。


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源流域

2015年11月13日 | フライフィッシング

グラスマスター渋谷直人モデル Glass Master 733-5 NSF


いいねぇ、源流域も。私もこうやってよく沢を巻いて行った。

この解説動画の説明はフライフィッシングをやらない人には何が何だか
わけわかめだろうが、フライマンに
とってはよく解る説明だ。
フライフィッシングの神様と呼ばれた岩井渓一郎氏のキャスティングと
理論を真向から否定した渋谷直人氏だが、岩井システム全盛大流行の
頃に
実は私は渋谷システムに似たメソッドを実践していた。当時は異色
だった。

ただ、リーダーシステムについては短い物も私は併用して「叩く釣り」もした。
これは西洋毛鉤釣りというよりも、戦国末期に欧米人が日本に持ち込んで
日本に定着して進化しなかった古式西洋毛鉤釣りのテンカラに近い釣法を
フライフィッシングに転用していたものだ。
テンカラはタイムカプセルのような釣りで、西洋毛鉤釣りが日本で封印
されてそのまま数百年前のスタイルを保った釣りだ。本場西洋のほうは
中国産を参考に太鼓リールが採用され、格納庫としてリールが使われる
ようになった。
だが、私は純テンカラオンリーではなく、ロングティペットシステムが主体で、
場所と状況により、フライの選択だけでなくリーダーティペットシステムと
キャスト等の釣法も日本式テンカラスタイルも適宜採り入れたりしていたの
だった。
「概念の固定化の否定」。これこそがフライフィッシングの要諦だ。
頭が固いと狙った釣りはできない。強引はだめで、魚を転(まろば)せて、
活かして釣るのだ。新陰流の剣法に近い、活人剣ならぬ活魚竿といった
ところか。無理矢理力でねじ伏せて抑え込むのではなく、相手を十二分
に動かして、相手に合わせてこちらの手の内に落とし込んで勝つ。
釣りは剣法に似ていて、庄内藩などは家中の武士に武術鍛錬の一つと
して釣りを推奨していたのも頷ける。駆け引きに長けていないと釣りには
ならない。我田引水の思い込みや決めつけや強引さや傲慢さは一切
釣りの前では無力だ。そもそも魚に相手にされない。
そして、毛鉤釣りに撒き餌はない。撒き餌に寄るような魚は狙わない。
フライフィッシングは攻めの釣りだ。あくまで静かに巧妙に仕掛けて狙って
獲る釣りなのである。究極は一発で決める合撃(がっし)打ちなのだが、
誘って抜いてから打ちこむことも多い。


フライフィッシングのスタイルにも流行があり、神格化された人物の
真似をする人が多い。
だが、私はたまたま現在流行主流になりつつある渋谷スタイルに似て
いたというだけで、私の師匠から継承した技術と私独自の理論と経験に
よって私自身が考えた私のオリジナルのスタイルを私は実践していたの
だった。

ただ、基本はループ重視で、岩井氏のスタイルとは大きく異なった。
そういう意味では渋谷形に近い。

キャストも小手先で振ることはしなかった。
そして、行きつくところはやはりバンブーロッドだった。

渋谷さんのこのキャップがデザインといい色合いといい、めちゃくちゃカッコ
いい。これを真似したい気もする(笑
でも、俺のスタイルはハットだったから。キャップのほうがサイドにブリムが
ない分藪こぎで巻く時やコンパクトキャストには便利なのだろうけどね。
私自身はハットのほうが好きだ。
誰もかれもがキャップを被っていて、皆がやってるのと同じのは嫌だという
こともあった。
ただ、視覚の問題で、日光を遮る上では圧倒的にハットのほうが有利
だった。

源流域は里に近い山岳渓流とは違った面白さがある。


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釣り

2015年07月05日 | フライフィッシング

友人が「釣りをやりたい。釣りを教えてくれ」と言う。
無理だね。俺はこんなのしかできないし。



それに、体力無いと釣行はまずできない。
自然の中では、自分のことで精一杯なので、人のケアまでできない。
すべて自分で自分のことができないと、ストリームでの実践フィッシング
は100%無理だ。止水の管理釣り場と本チャンの渓流は全く違うからね。


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広島県三原のバンブーロッドビルダー

2015年04月18日 | フライフィッシング

え~!
知らなかった。
三原市にバンブーロッドビルダーがいたの?(◎。◎)
67年生まれで30歳からフライ開始というから、私と時期は重なっている。
もしかして、あの人かな?
ウェブサイト開設が2012年か。ビルダーになっているというのは知らな
かった。
三原に刀鍛冶がいるくらいにビックリした。


こちら → ARTISAN ROD WORKS


なんじゃ?この価格!
国内、でなくて世界最安値だ。普通のカーボンフライロッドよりも安い。
一ケタまちがえてない?
と思ってよく見たが、間違いではないだろう。
#704が3万6000円、#603が3万2000円だ。米国製の1/10以下だよ
これ。

う~む、使ってみないとなんとも言えないが、これ、どうやったらそのような
価格帯が実現できるのだろう・・・。

道具は価格とは比例しない。

安かろう悪かろうという物もあれば、安くとも頭抜けた性能の物もある。
事実、小林康宏作の日本刀は武用刀としては国内最安値で私たちの
スタッフはリリースしている。
物の価格と性能は比例しない。

最近私は撞球は数十万のカスタムキューではなくて、1万円のキューで
玉入れは
スッポコポンだしね。1万のそのキューでもよく切れるし、自在に
手玉を変化させられる。

1万円のキュー。本ハギ。


かといって、6千円のシバキュー(しばきキュー=ハウスキュー)とは
雲泥の差があるが、シバキューでも私はノーマルソリッドシャフト遣い
なのでハイテクシャフトじゃいなから玉が入らないということはない。
そこそこには入れる。
一昨年撞球場の人からプレゼントしてもらったシバキューなんて、そこらの
中級モデルよりも撞球性能が優れている。価格は新品で6000円だ。
ところが、これまた良いキューで、重さとバランスと太さが私のタッドとまったく
同じと来ているから、かなり使い易いし、実際に「使える」。
値段では推し量れないという世界がある。
6000円(頂き物だからタダ)のキューで数十万のキュー持ちと対戦して
普通の顔して勝つのもなかなかだった。

頂き物のキュー。このキューのレビューはこちら。業者仕入れ価格は3000円。


筆は選ぶのだけどね。どんなキューでもいいかというとそうではない。
値段に関係なく、良いものは良いし、駄目物は高くとも駄目なのだ。


しかし、バンブーロッドが32,000円で手に入るというのは、う~む・・・。
どぼじて?
日本刀を打ち下しで10万円でくださいと言っても逆立ちしても無理だが、
それに近い物があるように思える。原価を知っているだけに。
なんというか、各パーツを実用一点張りにしてコストを落としているの
だろうなぁ。ロッドはアクションこそが命だからそれでも良いのだろうけど。
まあ、ちょっと驚いた。

フライで気に入っていたのはバンブーロッドだが、最終的に一番気に入って
いたのはウエダの廃版3-4番ロッドだったし、4-5番のダイワの安いロッド
だったりした。(現在は渓流に行かない詩人状態なので過去形表現)
リールも結局は、リーッと良い音がする高級リールではなく、カラカラと
空き缶をコンクリート地面で引きずったような乾いた安っぽい音がする
リールが好きだった。
物の善し悪しと心にしみるものというのは、物の値段じゃないんだよなぁ・・・。


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J-stream 日本の渓流のために...

2014年07月16日 | フライフィッシング



いいね~(^^)
接近戦でしゅか。

「サンプルの竿を振ることが結構あるんですけど、絶対に釣らないと
分らないですね。
そこでいい竿でも、現場に持って行くと全然駄目な竿というのは
一杯ありましたから」

フライロッドは日本刀とまったく同じ。
私がフライフィッシングにはまったのは、日本刀選びと同じような
感覚がフライフィッシングには存在したからかもしれない。
西洋式毛鉤釣りの楽しさはいろいろな面があるが、大別すると以下の
5点とされている。
・鱒類を釣るという釣りの楽しみ
・最上流の清い流れに親しむという自然に触れる楽しみ
・毛鉤=フライを自分で作る創作の楽しみ(フライマンはすべて毛鉤を
 自作する)
・高度な技術を要するフライキャスティングで攻略する技術の楽しみ
・渓流魚のことを専門的に勉強する学術的で知的な楽しみ

しかし、これらは私はもっともだと思うが、私がフライフィッシングにはまった
理由は別なものだった。
それは、「フライフィッシングには識別眼が必要とされる」というものだ。
AとBの識別だけでなく、AとA'とA''という微妙な違いさえも瞬時に識別
してそれに適切に対応していく。そうした能力が高次元で要求されるのが
フライフィッシングだ。日本刀の鑑定や性能感知の知見に似ている。
片手間にお気軽にお手軽には入り込めないディープな世界がある。
だからこそ、全釣りの中でフライフィッシングは「一番難しい釣り」と呼ばれ
ている。
餌で釣る釣りが10とするならば、ルアーが6、フライは3しか釣れないと
よくいわれる。
だが、それは人による。釣る人間は毛鉤でも餌などより多く釣る。
イワナの職漁師がそうだ。毛鉤だけで軽快に川を遡上し、大量に釣る。
エサマンなどおよびもつかないほどに釣る。職漁師はプロ中のプロだ。
それが釣りの道具として毛鉤を選ぶ。
要するに結局、釣りという物の定式としては、釣れる条件は「腕」なので
ある。

ただし、釣り師は道具には徹底的にこだわる。ほんのささいなことでも
こだわる。
日本刀の絶対条件が「折れず、曲がらず、よく切れる」ことであるように、
フライロッドにも絶対条件がある。
それは「フライロッダーの意思を明瞭に伝達できるロッド」ということだ。
使えない竿ほど文字通りの無用の長物はない。
これも日本刀と同じといえる。
釣りは武芸と相通じるところが非常に多い。
庄内藩では藩士に武芸奨励の一環として釣りを勧めたというのも頷ける。
江戸府内においては江戸湾での「鱚(きす)」の釣りが絶妙に面白いが、
これも簡単だから面白いのではない。難しいから面白いのだ。
そして、人と同じことをやっていては、せいぜいその人並みの次元に
達するのみでそれ以上はない。人と差をつけるには、人と同じことを
やっていてはいけない。
ここでも識別能力が問われる。
釣りは競技ではなく、人との競争ではないが、納得のいく釣果を得ようと
思ったならば、漫然と竿を垂らすだけでは駄目なのである。

釣りの中で極めてセンシティブでデリケートで高度な識別能力が問われる
フライフィッシングが、私は釣りの中で一番楽しい。

ただし、フライフィッシングにはただ一つ欠点がある。
それは、とり憑くことだ。憑き物のように魔物が釣りをする者にとり憑く。
まさしく何かが憑依したような状態になる。
まるで薬物中毒患者のようにフライフィッシング以外のことはどうでもよく
なってしまう。
社会的生活がボロボロに崩れてもそれに気づかないほどに毛鉤釣りの
トリコになってしまう。
フライ廃人はものすごく多くいる。JAZZと結婚して妻を遺棄したような人間
は多いが、フライフィッシャーも同様の人間がものすごく多くいる。
フライフィッシングはお手軽にはできない。ある程度釣りになるまでかなりの
知識と技術と性根を要する。
しかし、ルビコンを渡ってしまうと、もう一般人には戻れない世界が広がる
のがフライフィッシングの世界だ。ただし、そこは闇ではなく、常に光り輝いて
いる。

フライフィッシングは、とても、危険な釣りである。

私はすんでのところで、魔界から人間が住むこちらの世界に戻ってこれた。
以降は、「己を制御」することに務めるようにしている。
(制御という言葉だけで→「成魚?ワクワク」と発想してしまう時点で、まだ
完全に社会復帰できていないが)


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尺イワナ

2014年05月22日 | フライフィッシング





岩井渓一郎 尺イワナ10連発


最高の渓流だね。
プロのフライマンとはいえ、選ぶ渓がいいよ、渓が。
NZはこの世の天国だが、日本もまだまだいいぞ。


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フライフィッシングをするゴルゴ13

2013年04月11日 | フライフィッシング



似合わね~(笑


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ワイルドレインボーとのファイッ!68センチ

2013年03月02日 | フライフィッシング

68cmワイルドレインボーと小渓流用ロッドのファイト!


こいつぁいってえどこの川だぁあ~~~!!?

おいらがある川でファイッ!した時は、途中で岩回りされてバレてから
根がかりしちゃったと思った。
そして岩に寄っていったら、いきなりドンと跳躍して上流に滝登りのように
逃げ出した。
それからファイッ!再開。
丸太を釣っているような感覚だった。
ランディングまで約25分。くたびれた。
相手もグッドファイターだった。
あまりに感動しすぎて、リリースした後に写真撮り忘れたことに気付いた(笑
その時の俺のタックルは5番だった。

この動画の川いい感じだ。行きたい!
68センチなんて、どこだよ。ニュージーランドか?(笑
フライマンの言葉からすると場所はトウホグ?
いや、蝦夷共和国かも。
しかし、でかい。3番ロッドでよく揚げたなぁ・・・。すごい。
おいらのレインボーの最高サイズは57センチだす(・_・)

 


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古代製鉄

2012年01月29日 | フライフィッシング



外部サイト「たたら製鉄に挑戦しよう」

え~っ?
鉄ってこんな簡単にできるの?
製鉄にはケラで鋼を取り出す直接法と高炭素の銑鉄を脱炭させて
鋼を作り出す間接法があるけれど(古代はほとんど間接法)、こんなに
簡単に鋼ができるのか?
砂鉄を溶かして底に溜まったのが鋼というわけではないだよ・・・な。


でも、刀工の久保善博さんとかがやっている自家製鉄だから、いい加減な
ことではないと思うけど・・・。
なんだか拍子抜け(笑)

これが採れた鉄=ケラ。
この中に鋼があるのですねい。

9キログラムのケラから何キロの鋼が採れるのでしょうか。
この外部サイトは面白い。

このサイトで紹介されている「エビスさん」て、広島のナイフメーカーで刀工で
フライフィッシャーのエビスさんではなかろうか・・・。

それにしても、昔は磁石で選鉱したのでなく鉄穴流しという砂と鉄鉱石(砂鉄)の
比重差で選鉱した。
このサイトでは
「重力選鉱ではチタン成分が残るので後の製鉄作業も難しい
とのことであった」とある。
いくら自家製鉄で古代製鉄を目指しても、磁石使っての選鉱自体に疑問を
向けなければ古刀の本質的再現は不可能に私は思える。
古刀再現の壁は、ただただ材料問題に尽きると思う。材料が違うから工法も
異なる。材料さえ平安~南北朝と同質の物が作り得れば、当然作り方も
古代と同じく(推定だが)、折り返し回数も少なく無垢でまとめられる筈だ。
そして頑丈な筈である。ビニールテープのラッピングの枚数重ねではなく、
糸を機織(はたおり)機で織り込んで紡いだような全鋼の状態となるのだから。
そこに映りなど出せたらなおさら頑強な構造となる。頑強で美しい刀となる。
                                         ・・・・はず。
それから、フイゴで目一杯送風しているけど・・・そうなのかなぁ、古代は。
そんな強力な送風装置なんてなかったのではないかなぁ。
送風量が多いと、天秤フイゴ使った幕末の永代タタラと変わらないような気がする。
還元には酸素をひっぺがさなければならないのに、なんだか・・・。
まあ、古代製鉄というより、「幕末様式」の「小たたら製鉄」というならわかるが。
やってることは、日刀保の復活タタラ玉鋼製鉄と何ら変わらないような気がする。
本気で、比重選鉱からやらないと駄目なのではないだろうか。いくら幕末=現代の
たたら製鉄を小規模に自前でやっても・・・何か意味があるのだろうか?
あるのだろう。ただし、「古代」ではないよね。ほんの100数十年前の方法だよね。
近世の製鉄と古代の製鉄(未解明)の重なる部分とそうでない部分をもっと
焦点化する必要があるのではないだろうか。そうでないと、いつまで経っても、
永代タタラ製鉄による頃鋼こそが日本刀の材料で、折り返し鍛錬と心金鍛接工法
が日本刀の「伝統工法」であるなどという固定概念から脱することができないままの
ように思える。


うげげ!

よく渓流釣りで訪れた広島県の芸北も鉄穴流しの遺跡跡が多かった。
フライフィッシングで訪れるたびに砂鉄が採れる川、そして鉄穴流しの
遺跡に出くわしたけど、この古代製鉄実験はこの標識のそばでやったのか!
こちらは県東部で、実はヤマメちゃんがウハウハの秘密の川があるのですよ。
禁猟区間と禁猟支流を設定しているのだけど、その間際までの解禁区域では
入れ食いのウハウハ状態なのよ、実は。
でもとっておきだから、年券でなく当日券で釣ってたなぁ~。年券で釣りまくりは
やっぱり芸北の島根県境か吉和の県西部だった。
(禁猟区で釣ってはだめですよ~。遊漁券なしもだめですよ~)

ここがその支流。

こんな渓相。

夏なんか甲虫を模したテレストリアルというフライを叩くように投げると
コニャニャチワッ!と飛び出す。


かわいいね~。

どうして釣られたんだろう・・・てな顔してる。

でもね・・・。
日本海水系だから本当はヤマメが釣れなければならないのに、漁協の人が
間違えて瀬戸内水系のアマゴの種卵を入れちゃったから、ごっちゃになって
ヤマメとアマゴの両方釣れる状態で生態系が崩れてしまっているのよ。。。トホホ。

本当はこんなヤマメが釣れないとならないのよね、このウハウハ支流は。

コバルトブルーの銀鱗。なんて美しい魚なんだ、ヤマメという山の女は。
これたぶんオスだろうけど。「こんにゃろ」なんて表情してるね。
マス類はクロダイのように性別が移動するトランスジェンダーじゃない
から、だんだんオスはいかつい顔になってくる。マスはサケ科だからね。
海に下る個体などはもう口がとんがってサケーッて顔になる。この子は
小判型のパーマーク(幼魚斑紋)がまだ綺麗に残っている。海に下る
グループはこれがなくなって銀色一色になるのよ。

高知から訪ねてきたフライマンをこの広島県東部の川にガイドした
時も、岡山のビリヤード仲間を案内した時も、結構喜ばれた。
特にビリ玉仲間の時は釣り過ぎたよ。もうお腹一杯、てな感じで。
一匹も殺さなかったけど(笑)
釣れ過ぎちゃってさ。全部食えないもの。全部食えないなら、いっそ
全部リリースだよ。フッキングはすべて上顎で毛鉤は飲ませないし。
毛鉤はすべてカエシなしのバーブレスだし。エラへのヒッカケ(まず
ないけど)以外はすべて放す。

そもそも釣りなんていうのは人間の勝手な都合でやっているので、
リリースしようが全滅させようが人間が勝手にやることだ。
ただし物理的なこととして、100匹しか成魚がいない川に釣り人50人
が入って2匹ずつ殺したらその川は死滅することだけは確かだ。
キャッチ&リリース(C&R
)を批判する人間は、「釣ったら食え」という
非現実的なことをさも理想理念のように語る。大抵は釣りをやらない
人間がそういうことを言う。魚影の薄さの現実、河川状況の現実を知ら
ないから言う。さらに、釣った魚を自分でナイフ突き立ててしめ殺すことを
しない立場から綺麗ごとを言う。
C&Rは、魚が可哀想ならだからやるのではない。可哀想なら竿など
出さないほうがよい。
あくまで、「釣り」という人間の勝手な行為の継続を保全するために
環境資源の確保の一環として
やるのである。
結論として、C&Rをやる人間が「魚に優しくしたいため」とか「無益な
殺生を避けるため」とかいうのは欺瞞的で嘘まみれだし、逆にC&R
否定派が言う「釣るならすべて食え」は、現実環境をまったく見ていない
寝言、戯言の類だ。すべて食うなら金魚すくいの金魚までおまえは
食ってから物を言え、と言いたい。そして、現実的に15cm以内の魚体は
生態の継続性の立場からリリースするのが川に入る釣り人の常識だし、
内水面漁業規則でも明記されている。否定派は、単に物を知らずに
情念だけで人を非難しているだけだ。まず金魚食ってから物を言ってほしい。
自分で魚をしめ殺してさばいてから発言してほしい。〆のために脳天に
刃物を突き立てる時、最期の断末魔でビクンビクンと体をゆすって
イヤイヤするのを押さえて更に刃物を押し立てて息の根を止めることを
自分でやってから釣りについて語ってほしい。海釣りでも、ゴカイやイソメや
うじ虫などを自分で握って鉤につけてから物を言ってほしい。
ようは、自分だけは別な安寧の地帯にいて、河川環境の実態を実見したことも
ないくせに「釣ったら食え」なんてのは、百害あって一理なしの夢想情念だ。
釣りをしたことがない人間だからそんな非現実的なこと言えるのだろう。
お魚さんは無尽蔵にわいて出てくると思ってる。そして、魚体数に比して
釣り人はあふれかえっていて、釣り産業だけは不況知らずということさえも
知らないのだろう。


砂鉄が採れる川にはヤマメ(アマゴ)が棲むという中国山地の不思議。
昔の山深い土地の産鉄事業者にとっては貴重なタンパク源だったんだ
ろうなぁ、鱒類は。
砂鉄が採れる川だからか、最上流のイワナ(ゴギ)なんて、肌が黄金色だ
もんなぁ、広島・島根のイワナは。ゴールデン・トラウトだな。あ、チャーか。


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