渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

重い紙  〜行住坐臥の心構え〜

2013年02月28日 | 文学・歴史・文化



私の刀箪笥の中に、一枚のコピーの紙がある。
剣道範士九段小川忠太郎先生の自筆の辞世の一首をコピーしたものだ。
小川先生が平成四年に亡くなった時に、さる剣道の先生から写しを頂いた。
「きょうはかしこまって、おじいちゃん、硯で墨擦って、ごそごそと向うの部屋で
何を書いているのだろう」
とご家族は話していたらしい。
その後、小川先生は矍鑠(かくしゃく)としたまま亡くなられた。
自らの死期を悟り、豁然大悟(かつぜんたいご)のうちに筆を取ったのだろう。
それがこの書の原本である。


このコピーの紙は物理的には一枚の紙なのでとても軽い。
だが、小川先生の生きざまの最期の言葉として、剣士として生きた集大成
生々しい情念が文字に込められている。とても重い。この一首を書いた後に
先生は息を引き取られた。


私も、すでに生前において辞世の一首を作ってはいるが、いつ死んでも
よいような心にて日々を生きているだろうか。
小川先生の魂のように、死を覚悟するゆえ武士の魂は永遠に不死(ぶし)である、
という人生を
まっとうしたいと、日々未達ながらも、私は肝に銘じている。


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日本刀鑑賞

2013年02月28日 | 日本刀

夜、テーブルの上に刀を置いて、手入れして鑑賞した。
末古刀と江戸初期新刀だ。


 
ナカゴの形は備前物と新刀ではだいぶ異なる。(手入れ後ハバキを着けた状態)

加州物と思われる新刀。激しい沸物だ。

光の反射で乱れた深い棟焼きが判る。


刃も火炎のような刃文を焼いている。鉄は古く見える。

刃文が見える角度の関係で地鉄が詰んでいるように見えるが、板目に杢が
交じって流れる地肌となっている。鎬地は柾ではなく杢目だ。柾目のように
見える筋は研ぎの際にタンガロイで磨いた痕である。

ふと思い立ったことをしてみた。

上:備前刀(研ぎ平成2年) 下:新刀(研ぎ平成23年)



ナカゴを爪で叩き比べてみた。
備前刀のほうが総全長が短くて重ねも薄く全体積も小さいはずなのに低い音
がする。新刀の方が音が高い。同一質性の金属の場合、体積が小さく全長も
短い方が高い音がするはずなのに、この二口では逆の現象が起きている。
新刀のほうは鋼が硬いのか。たぶん硬いのだろう。
だが、この備前刀は腰の強さが頭抜けており、「しなって戻る」という私の他の古刀や
切れ物の現代刀とは異なる弾性現象を示している。

刀の強靭性は硬さではなく粘りが大切で、「硬くて粘る」という通常と相反する鋼と
いうものも存在する。

もし仮に、150年前に私がいたとして、この二口のうち、どちらを差料に選ぶかと
問われれば、迷わず音が低い末備前のほうにする。
理由は、戦国時代を経てきた刀だからだ。矢か切先を受けた痕の「矢目」も
残っている。確実に実戦を経てきている。

新刀のほうは試斬痕がひどい状態で入手した後に研ぎ師に研ぎ直してもらったの
だが、研ぎの前には細かい刃こぼれが数か所あった。
刃こぼれ除去の補修研ぎを依頼したのだが、見た目は美術刀剣のように
刃こぼれが一見除去されたように見えるが、実は刃こぼれがとれていない。
研ぎ師の腕なのか、刀剣のせいなのかは私には判断できない。
しかし、見た目が美術刀剣風研ぎ上がりでも、コピー用紙の端を刃先にあてて
ツーッと軽くこすってみれば、刃こぼれがあった数か所部分で紙が引っかかるのが
容易に判る。爪を当てても感知できる。
つまり、日本刀として刃こぼれは除去されていない。この状態で研ぎ上がりで納品
されたのだから、美術刀としてはこれでOK感覚なのだろう。しかし、実用刀剣の
見地
からは落第である。研ぎが落第なのか刀が落第なのかは私には分からない。
まあ、美術品として見た目はよしとしようと思っているが、実用的な観点からは
×なのである。
しかし、この二刀は、いずれも本物の侍がいた時代の本物の日本刀である。

もっとも、古い時代の刀を試斬に使うのは私自身抵抗があるが、試斬に使う使わない
以前に、刀と研ぎについては、誰にも頼らず自分で選べる目を持ちたいものだ。
刀を生かすも殺すも研ぎ次第。これは美術刀剣も実用刀剣も違いはない。
また、研ぎ以前に刀がどうなのかがとても重要になる。
私も見る目を養いたい。

う〜む。
今TVで広島県呉市の大和ミュージアムで開催のヱヴァンゲリヲン展のCMが
放送されていた。
「見た目」重視の最たるものだ。
現行の美術刀剣界の指向性の最たるものがここにある。
ああいうベベ着せられて、どうしても私には刀が泣いているように思えて
ならなかった。たとえ現代刀とはいえ。いや、現代刀とはそういうものなの
かも知れない。
あれは日本刀刀鍛冶の日本刀ではなく、造形作家の鋼の焼き物作品だから
あれはあれでありなのだろう。日本刀と思うから哀しくなるのだ。
長船刀剣博物館での展示を昨年私は実見した。イタ車で来るような来客が
たくさん来ていて、大盛況だったようだ。
私には日本刀関係者側は本道を大きく外れるアプローチの仕方だと思うが、
集客効果は物凄いものがあった。おおはしゃぎしている現代刀工もいた。
その後、ヱヴァ展の現代作家たちにはさぞかし作刀注文が多く入ったことなのだろう。
だが、現代刀工が潤っているかいないか、それの指標は本来は別なところにある。
作刀許可や工法や材料等の各種制限等、根本的な制約や汚職と不正行為を
繰り返して利権をむさぼってきた統括組織の体質にこそ問題があり、それが長年
続いてきたから現況の刀工たちの苦境があると思えるのだが、突拍子もない
方向性で裾野を広げようとしても、それは小手先の付け焼刃でしかない。
付け焼刃がどんなものかは、日本刀を知るものなら一番知っていることだろう。

私は、サブカルを拒否しない。
オタク文化も否定しない。
だが、そうした文化的側面とのコラボという視座で深化されていない薄っぺらさを
まじまじと私はヱヴァ日本刀展に感じたのだ。
中庭でジュースを販売する職員のおじさんが「二号機発進!」などと叫んで
カップを客に渡すのを目の当たりにして「ピエロやめろよ」と言ってやりたかった。
なぜ、誰もそれを言わないのか。裸の王様は裸であることをなぜ誰も言わないのか。
なんだか、形だけ日本刀を真似ている現代刀の姿とそれを推進する体制側の
姿勢が色濃く感じられ、哀しくなったのである。

(私は貞本は好きだが、アニメ論ではヱヴァについては批判的である。かいつまんで
言うと、徹底した二極思考と、製作サイドと観客の虚無的共同幻想意識が気持ち悪いし、
生産的な内実のある作品構成とは思えない。かといって、お花畑感覚も徹底的にぬるい。
しかし、それらの詳細はここでは割愛する)


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犬猫レスキュー 「くるねこ大和」

2013年02月27日 | ポチたま

最近よく見るブログ紹介。
全国の犬猫里親募集記事を自作漫画を交えながらブログで
紹介している人がいる。

くるねこ大和

漫画・・・これサイバラさんの画のようにも感じたりするのだが(笑
ブログ主ご本人は最近40才になったとかで、それが真実ならサイバラ画伯ではない。
撞球師でもあったサイバラ画伯は1964年生まれだから。
この「くるねこ大和」のブログ主は、サイバラ画伯のアシスタントの方が
画伯より上手くて綺麗に描きすぎるので「もっと下品なタッチで」と指示して
いたそのアシの方だったりして(笑
ブログ中のマンガに「サイバラかあさんから」と蜜柑が届くシーンがあるが、
サイバラ画伯の関係者の人なのかな。


掲載されている猫写真は、里親募集のも家の猫もどれもかわいい。
家でも何匹も同居しているみたい。








時代劇劇画家のとみ新蔵先生は反原発について自らも実践活動をされて
国民の安全を訴えているが、社会活動として捨て犬猫問題でこうした形の
里親募集支援の
活動もあるのだなぁと思った。
大人気ブログなので、「くるねこ大和」を見て、ひとりでも里親が増えると
いいな。

俺なんて、うちの庭で生まれた6匹の野良猫の生存のために親父と木刀で
チャンバラになって家を出たもんな(笑
水曜日にチャンバラして、土曜日には今の新築マンションの契約してた(苦笑
一般の人には「たかが猫で?」などという感じで想像もできないだろうし、俄かに
措信しがたいとか思われるだろうけど、人間の決意や行動って、そういうことって
あるんだよ。
ポンとね。捨てるものを捨てて袂別しないと、守るものを守れないことって。
でも、理解できない人には、私の取った行動などは奇怪で愚行に思えるの
だろうね。
文筆活動や釣りや鯨や刃物に関する造詣などいろいろな面で親父は好き
だったけど、時折見せる柳生但馬のような親父は好きじゃなかったな。


生まれた6匹のうち5匹は無事に全員里親が決まり、未熟児みたいに
小さかった1匹はうちの同居者となった。現在10才。


※犬猫の里親募集サイトには、動物実験や三味線材料目的や虐待目的
  のために猫を貰い受けようとする組織的な犯罪者が一般人を装って
  里親候補として名乗り出てくることがあります。
  犬猫の里親探しの際には、希望者がどんな人間であるのか厳重に
  吟味する必要があります。また、不審者からの連絡には、信頼のおける
  里親支援グループに相談してみるとよいかもしれません。


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日本のハート 〜懸魚(げぎょ)と猪目(いのめ)〜

2013年02月26日 | 文学・歴史・文化

日本の伝統的な文様に「猪目(いのめ)」というものがある。
ハート形の模様で、この文様は歴史が非常に古い。奈良時代ならず
古墳時代の倒卵形鍔にもみられ、日本の歴史の中で最も古い文様の
グループであるといえる。器具などの飾り文様として使われたこの日本の
ハートマークは刀装具でも鍔などに透かし技法としてあしらわれることが多い。

猪目があしらわれる器物としては建築装飾の懸魚(げぎょ)がある。
懸魚とは神社仏閣などに多く用いられる装飾板のことで、掛魚とも記す
こともあり、「ゲギョ」と読んだり「ケンギョ」と読んだりする。大抵は彫刻に
よって表現されていて、破風(はふ)板の下に装飾のために取りつけられる。


懸魚は単なる装飾としてだけではなく、建築の部分板としては物理的な意味も持つ。
それは屋根の重要部分である傾斜の合流点(左右から合わさるので建築力学で重要な
部分となる)
の部分を風から守り、同時に棟木の端を隠しつつ守るという役目がある。
日本の木造建築自体が大陸・半島渡来の技術であるので、当然懸魚も発祥地は
中国なのであるが、なぜ屋根に懸けるのが魚であるのかというと、防火祈念から
水に関係する魚を懸けて「水をかける」を念じたということらしい。中華人民共和国の地方
集落では
今も屋根に魚を模した板を懸ける風習が残っているという。
日本でも、物理的な役目よりも、こちらの方が意味合いが強かったのではなかろうか。
懸魚には猪目の他にも梅鉢や蕪(かぶら)などもあしらわれたりする。
懸魚の意匠の種類は4000種ほどが確認されている。

梅鉢


蕪(かぶら)と六葉(ろくよう)

板部分が蕪で突起物が六葉。
六葉の中心の突起物を「樽の口」と呼ぶ。樽酒の栓を模したもので、
水を注ぎだす口として防火の意味が表現されている。
樽の口の周囲の菊文様部分を菊座と呼ぶ。

三花(みつばな)
三花は蕪や猪目の変形である
(京都大徳寺山門)


私の愛刀備前長船に着けている鍔の意匠は、最初は蕨(わらび)かと
思ったが、やはり四方猪目だろうか。変わり猪目といったところか。
猪目は刀装具に古墳時代から使用されている。
大陸建築の懸魚となんらかの関係があるかもしれない。
鍔などにも猪目文様は使われるが、多くはくっきりとしたハート形だ。
鍔にハート形の猪目を施す
製作者の意図は懸魚に多く使われる猪目の
「火を消す」というところを想定していたのかもしれない。

打ちかかる火の粉をどうするかは、武士にとって重大な身の振り方だ。
猪目を四方に配し、四方から打ちかかる火の粉を払うという作者の
願いが込められているように感じる。

鉄鍔。縦横72ミリ、厚み4ミリ、重さ90グラム。

ただし、この私の鍔のデザインは猪目ではなく、5世紀頃の古墳からよく
出土する三葉環式大刀(たち)
に施された忍冬(ニンドウ/スイカズラ)の
唐草模様が後世まで継承されたものであるという可能性のほうが高い。
となると、忍という文字が「心の上に刃を置く」であるので、武士の心構え
を示した意匠なのであろう。
この私の鍔は「変わり猪目」と思っていたが、多角的に判断するに、「忍冬
唐草文様」であると思われる。

(三葉環頭大刀/5世紀)




刀剣本体もそうだが、刀装具の意匠は、このように単なるデザインではなく、

そこに何らかの意図なり画題なりが必ず含まれている。
梅の花を見て「あ、花が綺麗だな」だけで日本人は西欧人のように終わらない。
内から湧き上がる感性の発露として、花を見て歌を詠み、季節に思いを巡らす。
山野の香りに思いを巡らす。風のささやきに耳を傾ける。人の心に思いを寄せる。
そうした情念というものは、日本人の一番日本人らしい部分だと私には思える。
即物的に文物を見ない。作られた物には作った人の情念が映っている。
それは技法という匠の技の表現によって後世に残され、伝えられていく。
日本だなぁ、と私はひとりごちたりするのである。

日本人が古代から愛した猪目という文様。
猪目、それは願いが込められたハートのマークだ。
これからも、日本人の心を象徴する文様であってほしいと思う。


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小銃

2013年02月25日 | 文学・歴史・文化

私の父方の祖母の実家には幕末戊辰戦争で使用された小銃があった。
祖母の実家の家長は幕末に広島藩の銃隊に編入され、戊辰戦争を
「官」軍側として戦った。
私が中1の時と中3年の時にその銃を伝来の備前祐定の大脇差と共に
手に取って見せてもらったことがある。
銃の種類は失念した。備前長船の体配、地鉄、刃文、銘は明瞭に
記憶している。
「大学に行って全学連に入るくらいなら腹を切れ」と常々言っている
祖母の実家の爺さんが私にその小銃と祐定を見せてくれた。

銃についてはよく覚えていない。
ただ、やたら長くて重くて黒かったことを覚えている。
ストックなども、油で黒光りしているような感じだった。

戦争の勝敗の趨勢が銃器によって決するというのは、洋の東西を
問わず歴史的な定理として存在した。
日本では、戦での勝敗の行方は銃器、つまり火器の使用法如何に
よって決するというのは信長の時代にすでに開始されていた。
戦国末期当時の日本は世界一の銃器保有国であり、世界最強の
軍事大国であったが、国内の内乱が100年ほど続き、天下統一の
後は貿易制限(いわゆる鎖国)により、武器の発達が停止した。
その間、西欧諸国は武器開発を続け、日本での幕末段階では、
日本は外国列強に比べてタイムカプセルで地中に埋められた国の
ように発達が遅れた「未開地」状態になっていた。215年にわたる「鎖国」が
日本をガラパゴスとしていたのだ。
それは幕末「維新」という戊辰戦争の内戦で一気に崩れる。

世界レベルでの銃器の発達史において、イギリスのエンフィールドが
もたらした小銃革命は世界の歴史を一変させた。
同じ銃器でも、それまでの用兵思想では対応できない新時代の
戦略と戦術が軍事行動に要求されたのである。

ウィキペディアでその部分を引用してみよう。(以下抜粋引用)

エンフィールド銃がもたらした変化

エンフィールド銃など殺傷力の高い
ミニエー銃は酷い銃創をもたらした

高い命中率と1,000ヤードまで延長された射程を実現したエンフィールド銃は、
歩兵運用の基礎条件を大きく変えてしまった。
エンフィールド銃を装備した部隊と従来のマスケット銃を装備した部隊が交戦
した場合、マスケット銃側は有効射程の100ヤード(マスケット銃の命中率は
50%)まで接近するためだけに、最大で900ヤードに渡る死のロードを友軍の
屍を乗り越えつつひたすら進まねばならなかった。
マスケット銃が運用されていた当時の主力兵科である戦列歩兵の前進速度は
60m/分(イギリス式)であったため900ヤードの距離を進むためには13分以上
かかるが、この間にエンフィールド銃は30〜40回の射撃が可能であるため仮に
1,000人のマスケット銃兵を相手にした場合でもエンフィールド銃装備の部隊は
理論上25人の小部隊で無傷のまま相手を全滅させてしまう事ができた。
また、エンフィールド銃がもたらしたもうひとつの変化はマスケット銃の球弾に
比べて複雑な形状の弾丸が高速で回転しながら人体へ命中する事でグチャグチャ
に変形し、マスケット銃に比して格段に酷い銃創が形成される現象だった。
しかし当時の用兵者の多くはこの事実を認識せずに戦場に臨んだため、身を以って
エンフィールド銃の威力を経験させられたクリミアのロシア兵やインドのセポイ達
の犠牲にも拘わらずその後の南北戦争や戊辰戦争における戦いでも18世紀的な
密集陣形を取らされた多くの兵士が即死した。
運よく致命傷を負わずに済んだ兵士達も、汚れた動物性油脂にまみれた弾丸や
不潔な野戦病院の環境によって引き起こされる感染症で数日後に死亡してしまうため、
当時の医療水準では治療不可能な銃創と感染症のリスクを避けて、手足に被弾した
場合であっても不充分な消毒など未発達な野戦外科手術で無造作に切断される事
が日常化してしまった。
エンフィールド銃を始めとするミニエー銃の出現によって最大の被害を受けたのは、
最盛期に300万人もの軍を有した政権でありながら常勝軍(洋槍隊)のミニエー式
小銃による攻撃で瓦解させられた太平天国の乱であろう。洋槍隊は規模は小さい
ながらも中国兵によって構成された洋式軍隊であり、その指揮を執ったゴードンは
彼の考えたところの“似非キリスト教徒達”を大量殺戮する事でイギリス本国で国民的
英雄となったが、スーダンにおいて太平天国型の宗教集団であるマフディー軍により
包囲され戦死した。
(抜粋ここまで)

人類史上、一挙的な大量殺戮戦が初めて行われたのはアメリカ合衆国の南北戦争

(1861〜1865)だった。
原子爆弾や細菌兵器などの大量破壊兵器もない時代なのに、なぜこれほどの戦死者
が出たかというと、それは19世紀における銃器の著しい異様ともいえる急激な発達が
原因だ。



戦争の趨勢は火力によって決する。
これは近代戦の常識であり、日本においても信長時代からわかりきったことであった。
現代は平和ボケが続くせいか、日本刀愛好者の中にあっても、「実戦」を口にして
日本刀が武器として有効であるかのような瞑想を脳内で抱く中二病の人間が
散見されるが、殺し合いの戦いにおいて、日本刀など銃器の前にはまったく
無力である。
それは鳥羽伏見の戦、戊辰戦争において我々日本人自身が血を流して経験して
きてわかりきったことであるのに、チャンバラ映画やチャンバラ漫画の見過ぎなのか、
実戦で日本刀が使えると思っている「一般民間人」がかなりいたりするので
噴飯ものだ。
イクサは火器で決まる。
これは、近代を過ぎて現代の時代となっても不朽性を持つ定理として鎮座している。

さて、私の祖母の実家にあった小銃はどのような銃だったか定かではないが、
戊辰戦争で実際に使用された銃器だった。
前装式か後装式かは覚えていない。
可動部をアクションさせて傷めてはいけないという意識が中1の私にはあったから、
ただ持たせてもらっただけでとどめていた。
先日、東京駅大丸の刀剣柴田さんで刀を見ていたら、変な客が来た。
40才前後の人なのだが、「うちの田舎にも刀があったんですよ〜」などと店員に言う。
刀屋でそれを言う。銀行屋に「俺ってお札持ってるんですよ」と言うくらいに馬鹿ちんな
ことである。
そして、その客は展示してあった古式銃(小銃)を断って手に取り、ハンマーを
起こして空打ちした。なんどもガチャガチャやっている。お店の女性は困った顔を
している。私はその客の頭をこずいてやろうかと思ったが、「ああ!そんなこと
したら」と口に出してその「客」の顔を見た。その者はすぐに銃を戻して黙って店を
出て行った。店の古式銃をガチャガチャ作動させて空打ち。ひぃ〜。売り物の日本刀
の刃に爪を当てて刃味をみるようなもんだ。よくそんなことができる。
デパート内の店舗だからか、いろいろな人間が刀剣店に立ち寄る。
中には自分が買い求めたい別の店の刀についての論評を店員に求めたりしている
輩もいたりして、
刀のことについて知らない以前に、社会常識が完全に欠落している
としか思えない。

もちろんそういうのは「客」ではない。客に似た生物だ。

閑話休題−
アメリカの南北戦争で大量に使用された小銃や拳銃(リボルバー)は、上海経由で
日本にも多く持ちこまれた。
現在NHKで放送中の大河ドラマ『八重の桜』の主人公である会津藩の山本八重が
戊辰戦争で実際に使用した
小銃も二種類の洋式小銃だ。
(八重の桜に出てくる桜はソメイヨシノではない。余談だが、弘前城の桜は現大阪大学
教授のKという人物の先祖の弘前藩士(五十石)が維新後の人心の癒しのために
弘前城に植えた。その先祖は青森リンゴを作った開発者でもあった。阪大教授のKは、
私が高校の時の文学同人誌の同人である)

前装式のエンフィールド銃は幕末に後装式に改造された。




昨年秋、私はふたつとなり町の福山市で、収集家が所有する珍しい銃を見た。
それは幕末の薩摩藩による国産後装式小銃なのだが、見た目が火縄銃の
ような形をしているのに、後装式でしかも驚いたことにセンターファイアだった。
漢字で番号が刻印されており、薩摩軍の制式だったことが想像できる。
国産小銃でそのような銃器があることを知らなかったので、かなり驚いた。
当然弾薬もカート式のアモを国産していたのだろう。驚くべきことだ。

19世紀のスナイドル銃のセンターファイア実包。


これは私が所有するエンフィールド銃の実包弾頭部分だ。
アメリカ人の友人が1992年に私にくれた。
風化しているので、正確なグレイン数値は計測できない。

彼の故郷であるメリーランドのボルチモアでは、南北戦争の激戦区だった場所で
地面を掘るといくらでもこうしたエンフィールドの弾頭が出土するらしい。
これは友人がアメリカに里帰りした時に、お土産にと
持って来てくれた。
戊辰戦争の上野の御山での一戦でもそうだったが、南北戦争も銃弾同士が
空中で衝突することがよくあり、弾丸に弾丸がめり込んだ物も多く発見される
という。
銃身口径.577口径。弾頭直系が15ミリに近いこんな弾丸が飛んで来て
人体に着弾したら、
肉体組織が一発で粉砕のように破壊されてしまう。
被弾では即死者続出だろう。



戦争とは殺し殺されることだ。
仮に剣を争闘に使用した時代にあっても、敵も剣士であることを忘れては
ならない。
自分だけが武装していて非武装の人間を刀で斬り倒すことを脳内で妄想するのは、
それはとても武士の発想といえたものではないし、江戸時代のチョンマゲ時代に
おいてもアナクロに過ぎる。
まして現代において日本刀で戦うなど言うのは陳腐すぎて話にならない。

争闘、戦争では、自分も死ぬのだということを決して忘れてはならない。
そして、国家間戦争では戦闘員だけが死ぬのではない。
治にあって乱を忘れずはもっともだが、戦争などはしないに限る。

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温度

2013年02月25日 | 刃物



申し訳ないけど、温度を見て「え゛〜?」とか思ってしまった。
そうなの?


こちら別な鍛冶。温度の違いが分かるだろうか。
温度は低い。

味方屋四代目日野浦睦の鉈造りHD版

どちらも明るい場所なので鉄の色が分かりにくいかもしれないが、
なんというか、かんというかなのである。
硼砂については、日本刀では刀鍛冶のうち否定的な鍛冶もいるが、
肯定的な
刀鍛冶もいる。
否定的な人は硼砂により「鉄が死ぬ」と言う。
だが、硼砂を使った材で作った刀で鉄がばんばん切れている。
そうなると、なにをもって「鉄が死ぬ」と言い切るのか。見た目のことか。
疑問に思う。
さて、なにがどうなのだろう。

人間国宝の刀鍛冶の作にこんなのがある。


KATANA-JAPAN

「下鍛え・上げ鍛えの別なく通しで十二回前後の折り返し」、これは
無垢造だろう。折り返しの古式の鍛練方法だ。(古式が折り返し工法と
いう
仮定とすれば)
温度はどうだったのか気になる。
近年、天田刀匠は古刀の介在物が有用な効果をもたらしている
可能性について著書で指摘している。
結局、チタン合金(とまで呼べる程の含有率ではないだろうが)が
古刀の秘密なのではないかと私は漠然と思っている。

2010年に亡くなられた人間国宝の日本刀研ぎ師だった永山光幹先生は
晩年まで「新刀工法を捨てよ」と何度も現代鍛冶に対して訴えておられたが、
未だに現代刀工は幕末工法を墨守する刀鍛冶がほとんどである。
協会玉鋼・自家製鉄に拘わらず、発達した送風装置によってたたら吹き
された鋼を使って、心金を入れて皮鉄に硬い鋼を使って日本刀を作る。
新刀特伝の再現ならばそれでもよいが、古刀の解明・再現は新刀
工法である限り、到達できない領域だと私は思うのである。
FRP製のボートも舟ではあるが、形が平安鎌倉を模していても、FRPの
型抜き舟の場合、いくら「古式木造船の再現を目指す」といっても無理が
あるように思えるのだ。


天田刀匠ではないが、硼砂について否定的な見解と工法で作られた
日本刀が荒試しにおいてどのような結果がでるのかに私は興味がある。
日本刀は、切れ味よりも耐久性こそが第一だからだ。
もちろん、見た目が第一でないことは論を俟たない。
本物の歴史的な日本刀は、見た目を最初に立てたのではなく、人の命が
かかった実用的な耐久性を求めるところから出発して、その結果として
後付けで現代で言うところの美術的要素が「実用的見地から」付加されて
きたのであり、それゆえ鎌倉時代からも美術的な賞玩にも耐えたのである。
見た目が芸術的であるからではない。まず、日本刀としてのしっかりとした
実用の実力が備わっていて、その実用を真に実用たらしめるために鋼の
働きがあったのであるから、見た目を第一義とする製作姿勢は本末転倒で
あるし、日本刀作りの本道ではない。
だけど、現代日本刀作家の誰もが折れ欠けする刀ばかりを好んで作りたがる。
なぜでしょうね?(苦笑

実用刃物である鉈などに現代刀が刃物として遠く及ばないというのは、
あまりに哀しいものがある。
海外製の日本刀もどきの日本刀の形をしたロングナイフのほうが本家日本の
現代日本刀よりも耐久性や斬れ味で勝っているとしたら・・・
「ああいうのは形ばかり真似たもので日本刀ではない」といくら日本の刀鍛冶
たちが強気で言っても、なんだか・・・むなしいよね。
清く、正しく、美しく。
日本刀はそうあってほしい。
この場合の「正しく」とは、もちろん、言い訳を言ったり、見た目だけの表面的な
出来の有様を求めることではない。


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スカイプ

2013年02月24日 | 文学・歴史・文化

昨夜、九州の日本刀研究者の方と電話で長く話していた。
なんというか、先月も懐かしい刀工や工房の人と会った時にも、まさに
虎渓三笑という感じで時が経つのを忘れたが、遠隔地同士で電話で
長話していると電話代の請求が来てからドヒョ〜〜ン ヽ(◎。◎)ノ
ということにもなりかねない。
スカイプの設置を検討しようと思っている。

こんなのが2003〜2005年頃にあればなぁ・・・(笑)
特定個人にかける電話代だけで月にとんでもない額いったりしなかったのに(笑)
死ぬ死ぬ言うたびにすぐ空を飛んで行ったりとかね。
私もボーダーとの接し方というか対処の仕方、勉強させてもらったよ。
以降、一切、ボーダーやコミュ障とは、俺は専門家ではないので絶対に
深入り
しないようにしている。
知らないうちに罠にはまるからね、ボーダーと接していると。
本人は病気という意識ないし、それが罠であるという自覚もないから、
とても厄介なのですよ。知らないうちにこちらが引きずり込まれていく。
数日前、大学で心理学をやってた剣友と話をしていたら、「最近、世代年齢に
関係なく多いですよ」
とのことだ。
国内には250万人以上の発症者がいると医療関係者は言う。

1990年代初期まではその病のことを俺も知らず、深く知ったのは2003年だったが、
今思うと、過去にも周辺にボーダーの罹患者いたなぁといくつか思い当たる。
「他人は関係ない」というのを一時期貫いていたから、当時は甚大な支障を
きたさな
かったのかも知れない。ただ、情にほだされたりすると、それこそ
ボーダーの
罠にはまる。ボーダーは自分の瞬時の観念以外は認めない。そして、
常に両極に豹変を繰り返す。まあ、だから精神病なのだけど。
対話は成立している
ようで、実は成立していない。無理なのだ。
結局は、ここ10年ほどで、ボーダーの人幾人かと接触含めて関係を断ったが、
家族ではないのだから正解だったと思う。
本気でつきあってるとね、こちらが病気になります。いや、本当に。
俺も危なかったもの。精神的にも肉体的にも疲労困憊して。
生兵法は怪我のもと。医療関係者以外は接触しないことです。
病者の患者はなりたくてなっているのではないから、気の毒ではあるの
だけど、その気の毒とか健常者に対する意識で接したりすると罠にはまります。
巧妙に仕掛けてきますから。最初は見捨てられ不安から貴方を頼る風にして。
ところが、ある時に豹変して罵倒し敵意をむき出しにして暴走し始めます。
だけど、それは病気ゆえそのような言動に出るのであって、患者に必要なのは
医者であり、薬であり、病院なのです。わたしたちではない。
冷たいようですが、この線引きをしないと、共倒れになります。これホント。
中原中也から離れた長谷川泰子が小林秀雄と過ごした時間の中での小林の苦労、
ホントによく分かる。小林自身は「シベリア流刑だ」と周囲に言っていた。
泰子の晩年書いた自叙伝を読んだけど、なんとも言い知れない不快な気持ちになった。
死ぬまで病は完治しなかったのだろう。

精神病なんです。こちらが立腹しても意味ないし、相手すること自体が
意味がないのです。精神科医かカウンセラーでないと対処できません。
無論、心と心がつながりあうことも絶対にありません。
こちらはシベリア流刑なわけです。
長谷川泰子の場合もまったく同じだった。今思っていることを言い当てて
もらわないと地団太踏んでパニック状態になって錯乱する。そして、自分を
「わかって」もらえない相手を憎み、なじり、錯乱状態で攻撃する。
だが、小林秀雄も言い当てられるわけがない。それはその時々で希望の
思念が瞬時にコロコロ変化するからだ。人間が対応することは絶対にできない。
神のみだ。だが、神さえも救済しない。患者は神の許しを求めないからだ。
だから神は放置したままだ。




画像と文章は関係ありません。
画像は、さっき何気なく書いた落書き。


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春告魚(メバル)の季節がやってきた

2013年02月24日 | アウトドア



春告魚=メバルの季節がやってきた。
メバルとはカサゴ科に属する魚で、3種類ある。
これまで同種と思われていたものは2008年に学術的に別種と分類された。

アカメバル

シロメバル

クロメバル


こちらメバルの親戚のカサゴ(ホゴ)。


これはオニオコゼ。鬼虎魚とも書く。料亭では高級魚。

毒危険。
私の部下が釣った際に暴れたのを押さえようと誤って刺されて入院した(^^;


瀬戸内の今はメバル釣りが旬なのだ。

瀬戸内の「光る海」。
瀬戸内海は波がないので海が太陽を反射して広く光るのだ。
波はないが、潮の流れは非常に激しく、源平の頃から海上戦では潮を
読みながら幾多の激戦が繰り広げられた。
瀬戸内海は気候としては地中海気候で温暖であり、豊富な魚介類と
柑橘類(とりわけミカン)の産出が名物だ。
一見穏やかに見える海だが、遊泳禁止の場所が実に多い。
あっという間に潮に流されてサヨウナラで死んでしまう海域がとても多いのだ。
瀬戸内の潮はまるで川の流れのような速度で移動する。
穏やかだが怖い海でもある。サメやクジラもうようよいる。クジラもスナメリ
のようにイルカのようなクジラから、大きめの歯クジラのみならずヒゲクジラ
も内海を回遊している。
一見無表情の様だが、その実は多くの表情を見せるまるで能の面(おもて)の
ような表情豊かな海であると私は思う。

ウィキによるとメバルは様々な捕獲方法がある。

(ウィキペディアより抜粋)
捕獲方法
旬は冬から春で、船、磯、防波堤での釣りや籠漁などで漁獲される。磯、防波堤で
釣れるのは黒メバル、水深のある沖合いの船から釣れるのは赤メバル沖メバル
とも称)と呼ばれる。保護色による違いと考えられていたが、上述のように別種である。

動くものに襲いかかる習性があるため、釣り餌として、生きたスジエビなどがよく使わ
れる。ルアーや疑似餌でも釣ることができる。群れで行動する習性があるため、いったん
釣れ始めると同じ場所で続けて釣れることが多い。このため、道糸に、多数の針をつけた
胴つき仕掛けがよく用いられる。また、カサゴとは異なり、視力がよいため、細いハリス
が用いられる。オニオコゼのような強い毒こそ無いが、東北地方では毒魚として知られ、
不用意に握ると刺された部位はわずかに腫れる。鰓蓋(さいがい、えらぶた)や背鰭
(せびれ)の棘(とげ)が鋭いため、扱う際は手袋やタオルなどの使用が薦められる。
なお、瀬戸内海や東京湾では一般に棘に毒は無いとされている。

さすがに針では釣れないだろう、魚釣るのは鉤だろうなどと思ったりもするが、
それは置いておく。
メバルがなぜ人気があるかというと、単純に魚体が美味しいからだ。
料亭などの日本料理店でも季節物の美味魚として珍重される。
似ても焼いても食えない魚でなく、似ても焼いても美味しいのだ。

メバルの煮付


焼き物

このメバルは私が頂いた。実にうまかった。

そして、釣りの対象としてメバルが人気ある理由は、やはり釣り味が
面白い魚種だからだろう。渓流での鱒族のように攻撃的な魚だからだ。

捕食のためにターゲットをポイントするメバル。

ヤマメやアマゴやニジマスなどの鱒族との違いは群れでターゲットをむさぼり
食うところだろうか。

ピラニアみたい(笑)
だが、ヘラブナのように「待つ釣り」ではなく、フライフィッシングのようにアングラーが
積極的に攻めていく釣りなので釣り
人気が高いのではないかと思われる。
ある意味、アイナメの釣りに近いのかも知れない。
ただ、メバルはメバルロッドがあるくらいに特化されて面白い釣りなのだそうだ。


ということで、友人がメバルの夜釣りに誘ってくれたので、行ってくるぜ、来週あたり。
ルアーで釣るだよ、ルアーで。
フライでシンカー使えばフライフィッシングでも十分釣れるのだけど、友に誘われた
ソルトウォーターでは、友が得意なルアーでいきたい。
彼はルアー専門だ。プロフェッショナル級なので、いろいろ教えてもらおうっと(^^)
ボッコシ釣れる秘密のポイントに車で連れて行ってくれるそうだ。
坊主だけは避けたいからなぁ。
でも、俺が所属している世界的フライフィッシング組織の事務局は、モンタナの
ボーズマンにあったりする。シャレがきついぜ(笑)


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音の違いと旋律の世界

2013年02月24日 | 音楽

【三人の侍2002】気絶するほど悩ましい (Char・奥田民生)

珍しいCharの指弾き。
こういう控えめなアタック感のCharのギターもいいね。

【LIVE】 Char : 20th anniversary electric guitar concert/
♪気絶するほど悩ましい♪アコースティック♪


こちらはピックで弾いている。
まあ、ギターも違うけど、アタック感の違いは分かると思う。
めずらしく歌い出しトチってるけどね(^^;)

「気絶するほど悩ましい」 - Char

こちらは最近のかな。

本当は、布袋さんと一緒に一番最初にスタジオで演った音源がものすごく
よいのだけど、youtubeでは削除されまくりで、現在はネット上にはない。
ライブステージのジョイントよりも、あのスタジオの演奏がすごくよかった。
石やんと演っていた時よりも別な意味でよかった。
布袋さんが緊張しまくりで、「まさかCharと共演できるなんて昔には想像も
つかなかった」とか言ってたし(^^)
俺、布袋さんの曲で一番好きなのは「プライド」(笑)

今井美樹 PRIDE



しかし、ここ20年で、シンガーソングライターの才能で一番びっくりしたのは
このヒゲマロだった。
宇多田ヒカル - First Love


げ。本人のyoutube投稿かよ。
やるな!ヒッキ!
カムバック、プリーズ。

 


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砥石

2013年02月23日 | 刃物

研ぎ上げたナイフを友人のところに持って行った。
喜んでもらえた。
それだけでうれしいね。
いつも顔出すとコーヒーごちそうしてくれるから、刃物のメンテくらい
いつでも引き受けるよ。

でもって、その友人、現在自分のプライベート包丁を物色中で、
家庭で使うから奥様とも相談しながらいろいろ検討しているらしい。
鋼の包丁ならば私は西勘をすすめたけど、西日本だとあまり出回って
いないみたい。東京なら西勘か木屋だよなぁ、やっぱり。

包丁の前に、今の包丁も研ぎ上げるために、まず新しい砥石をという
ことで、キングの1000番を購入したそうだ。いいね〜、赤レンガ(^^)

極端な話、家庭包丁ならこれ一丁でうまいこと仕上げられる。
人造砥石としても品質が良い。

本格的な料理人などは本山の仕上げ砥などで仕上げたり、人造でも
4000〜6000番で仕上げたりするけど、キング1000番でも日常的な
研ぎには十分対応できる。

本日、研ぎについてこんなブログを発見した。
「包丁研ぎ師月山の包丁研ぎ磨ぎブログ 〜煮物のプロに学ぶ〜 

おお!

砂糖を使わな〜い(笑)
レタスは包丁で切らな〜い。
切れ味良い包丁で切ったら料理の味違〜う。

うちでは実行してますよ〜。
というか、料理で砂糖使わないというのは、実はかみさん
との第一次
同棲時代(笑)からやっていた。
その昔バイトしていた板場で教わったんだ。

レタスも切らない。
包丁はいつでもキンキンに研ぎ上げておく。使った後に毎日研ぐ。
よく切れる包丁で料理作ると、本当に味が違うんですよ。
これ、お試しあれ。

簡単なこと、ちょっとした気遣いで料理がおいしくなる。
本当の豊かさって、お金をかける贅沢のことではなく、そういう小さな
人が織りなす気遣いで得られるようなことではないだろうか。
私は幸せというのは、そういうところに潜んでいるような気がする。
友人が奥様と一緒にどんな包丁にしようかと話をしている時間、それは
ご本人たちが意識せずとも、とても幸せで豊かな時間なのではないだろうかと
私は思ったりする。

ところで、嘘のような本当の話。
昨夜の晩御飯(カレーでした)の時、娘がキャベツ食べたいのでおかわりと
妻に言った。妻、シャカシャカとキャベツを切る。
その音を聴いて「ん?」と思い、「あ・・・包丁が切れてない」と俺が言ったら、
娘が「うっそ〜。そんなのわかるの?」と言ってキッチンに振り向く。
そして「切れてるよ」と。
俺は「いや、音が違う」と言って包丁を見た。
包丁に小さな刃こぼれができていて、刃先も丸まっていた。
さっそく研いだが、家の包丁の状態把握しておらず、お恥ずかしい限りです。

とりわけ私が音に敏感というわけではなく、「違い」というのは分かるもんです。
ギターのチューニングの時に相方に「2弦がクウォーターずれてる」と言った
時には嫌がられたけど(^^;
「厳密すぎる」って。でもずれは分かる。
それとは別に、ギターの調弦って、あれヘルツで測ったら人間の耳にはずれて
聴こえるからあらかじめそれを見越して微妙にずらすんだよね。特に高い音の弦を。
ピアノの調律などをすべて耳でやるのは、機械的な周波数ではなく、そうした
人間の耳の錯覚を見越して微妙に補正してるんだよな。ギターも同じだったりする。
刃物鍛錬の時の音も結構大切で、音の変化で叩く温度の下降状態と適正温度域を
察知したりする。キンキン→カンカン→コンコン→ギンギン→ガンガン→ゴンゴンと
いう具合とさらに細かい音の変化が間にある。色を見るだけでなく、音と鎚に跳ね返る
反力の具合も併せて総合的に温度低下による鍛打停止の瞬間を判断していく。
特に火造りの時は手際のよさが命なので、ものすごく精神を集中する。
機械では推し量れない人間の耳が感じ取る音って、重要な情報源として結構
大切なんだよなぁ。
バイクでも吹けてるか吹けてないかなんてのは音で判断するしね。
特に2ストマシンなんかは微妙な音の違いで状態を把握できたりした。
お医者さんが聴診器を耳に当てるだけでいろいろ判断できるでしょう?
それと、トントンと触診するだけで状態を判断できるだけの情報を得るよね。
人間の五感って、結構すごいのだと思うよ。


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奥入瀬(おいらせ)

2013年02月23日 | 文学・歴史・文化

過去日記で奥入瀬(おいらせ)のことを書いた。

その時にネット上でみつけた奥入瀬で絵を描く画家さんがいた。


タッチにとても惹かれて、どなただろうと気になっていたが、絵のタッチだけを
頼りにネットで探しまくった。

ようやくこの方だと分かった(十和田湖奥入瀬ろまん新聞)。
小林孝男さんという方らしい。
←クリックで拡大。


奥入瀬渓流も美しいが、秋田青森県境にある十和田湖という湖も美しい。
私は中学生の時に旅行したことがある。


空と水面(みなも)の境がどこであるのか、目で追ってもわからない。
ふたつはひとつに溶けあって互いを映しているからだ。
自然は、どちらか一方を否定したり、反目したりはしない。
相手の存在があってはじめて己も存在する。すべての自然界の存在の
共存こそが自然の存在そのものだ。
人間界の意とは別な次元で、自然はただそこに自然にある。

十和田湖は江戸時代から国境争いがあり、これは明治維新後も県境争いで

県境が未確定のままで現代に至っていた。
2008年にようやく県境決定で合意にいたり、137年ぶりに秋田と青森の県境が
定められた。


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刃こぼれ

2013年02月23日 | 刃物

地元三原の友人が愛用するナイフが刃こぼれした。
地元では私以外に二名が私のナイフレビューを見て同じナイフを買い求めて
所持し、仕事での段ボール処理や荷解き、趣味の釣りなどで使いまくっている
そうだ。夏のキャンプでもそのナイフは活躍したらしい。

友人のナイフを見せてもらったら、とても使い込まれた用の美が見られて、
なんだか嬉しくなった。

古い日本刀を徒に物斬りに使うのは如何なものかと思うが、ナイフは実用品
なので使うに限る。特に安価で供給されるファクトリー
ナイフは実用こそが
大前提であるので、使ってあげてこそナンボだと
私は思う。友人の使い倒された
ナイフを見て、私はニヤリとなった。

日本刀を初心者の方や「どうしても刀が欲しいけど予算の関係で」という人たちの
ために入手し易い破格値設定で出血(という言葉は物が物だけに使わないが)販売
している刀屋さんの刀を「安価だから丁度いいや」と物斬りに使うために買い求める
のは、私個人としてはどうかやめてもらいたいという気持ちがある。そんな目的の
ために刀屋さんは良心価格で提供しているのではないからだ。
「そんな刀屋があるのか」と問われれば、ある。それを察知できるかできないかは、
ひとえに刀に接する側の問題に属すると私は考えている。
刀が泣くか泣かないか、儲けを超えた刀屋の思いがつかめるかつかめないか、
それは所持する側にかかっている。
武用に使う刀かそうでないかの線引きは難しい問題を含むが、日本刀を所持する
方々はよくよく吟味してほしいと願う。

一方、ナイフは基本的にすべて実用だと私は思っている。
非常時にはラブレスのナイフでも缶切り代わりに私は使うだろう。
友人のナイフも実用に供されている。

ただ、梱包の荷を解いた時なのか、はたまた何かの拍子に硬い物を切断したのか、
刀でいうとフクラから物打(ものうち)の部分にかけて二か所刃こぼれができていた。
詳細に見たら、厳密にいうと刃こぼれではなく「刃まくれ」だった。
使い込まれているので刃先も甘くなり、ティッシュがよく切れない。
私が研いで刃をつけてあげることにした。
ナイフを預かってきたので昨晩研いだ。

砥石はキングの赤レンガの1000番だ。
友人に刃付けの希望を訊いたら、木工工作用ではないとのことなので、
荒めの1000番でよいだろうと判断して了解を得た。

私の赤レンガ。

刃まくれの食い込み疵二か所を除去するためブレードはやや細くなったが、
完全にまくれ疵はとれた。
刃先だけを研ぐと小刃の幅がそこだけ狭く(というかなくなる程)なので、左右とも
元から先まで新たに小刃部分を新規に手研ぎで作り直す成形となった。


元から先まで白く光っている部分が小刃部分。



そこそこに友人が希望する刃付けはできたと思う。

炭素鋼でなく、マルテンサイト系ステンレス材でも水砥石で刃が付く。
私はオイルストーンではなく、すべて天然もしくは人造の水砥石で
刃物を研いでいる。
正しいか誤りかはわからないが、ナイフもすべて水砥石で刃をつける。
刃が付くのだから、それでいいと私自身は思っている。
オイルストーンはタッチアップの時以外は使わない。
水砥石だけでよく切れる刃物にできるのだから、これでいいのだ・・・・・ろう(^^;

メンテナンスとしてナイフの可動部分にはこのオイルを含浸させておきました。

発動機のほうではなく楽器屋としてのヤマハ製の楽器用オイル。
サックスやトロンボーンやトランペットの可動部分用の専用潤滑油です。
バルブオイルという名前のようです。100%化学合成のオイルなり。
ヤマハのバイク用みたいだね(笑)。
ヤマハの純正2ストオイル(青)って結構品質が良かったのですよ。
私のRZ350とRZ250Rにはヤマハ純正ではなくベルレイを、
レーサーTZ250にはカストロールを使ってましたけど(^^;
街乗り用は、俺による心臓や肺や器官のいじくりではペンゾールは
あまり良好な結果が出なかった。燃焼効率とポート研磨理論等がかみ
合っていなかったのかも知れない。
レース用のカストロなどの植物油は酸化するので1回で使い切りだけど、
こちらは心臓周りを腰下まで毎回割るから問題
ないのよ。燃焼性の問題から、
サーキットでは植物油の方が当時は良かった。
この画像のオイルは楽器店で購入した楽器用です。大きさは目薬の
ボトルよりちょっとでかいくらい(笑)。それ考えると、レーシングオイル
よりも超高い〜(笑)。


18年間ほったらかしのこの共柄小刀、火造りしたままだから完成させないとなぁ。
なまして常温で組織が安定する状態にしてあるから置いてても支障はないけど。
(折り返し鍛錬は二代目小林康宏)


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安全

2013年02月23日 | 時事放談



安全性のためにということで、ここ数か月で使い捨て電子ライターの
着火ボタンが非常に重くなった。
ビックやチルチルミチルの回転ローラー砥石着火方式のライターは
工夫して安全装置をつけながらテンションを軽くしているが、電子
ライターは単純にバネレートを高テンションに変更しただけで、
とてつもなくボタンが重い。
試しに家内に着火させてみたら、片手ではまったくボタンを押せない。
両手ならと両手で押しても押せない(笑
「フンッ!」なんて気合入れていたけど、家内は着火できなかった。
これは安全だ。火が着かないのだから、安心、安全。
って、なんか違うよ!

家内曰く、最近ライターのボタンが重くなりすぎて、お年寄りたちが
線香に火をつけられなくて困っている話をよく聞くという。
それはお困りだろうなぁ。
回転砥石式のライターはよく考えた安全装置を付けたけど、この
ただバネを強くすればよいといいう発想というのは・・・製品開発として
どうなの?とか思ったりする。
「刃物は危ない。切れなくしてしまえ」という発想のようで、短命に終わった
昭和時代のボンナイフと同じ発想の物は生き残れないのではと思う。
事実、私は急きょ火種が欲しくてコンビニで百円ライターを買う場合も、
このボタンが重たいタイプは買わないようになった。
他社製品がいろいろユーザーの使い勝手に工夫をこらしながら、かつ
安全性を実現しようとした製品が出ているのに、あまりにも製品自体と
製品対策着想に差がありすぎる。
このバネを異様に重くしただけの製品は、いずれ淘汰されていくだろう。

PL法施工以来、工業製品のコンプライアンスが自戒的に求められる
時代になった。
だが、環境庁が設置されるまでの日本では、企業による公害
垂れ流し、
企業責任などどこ吹く風で「儲けさえすればいい」という体質だった。

現在の中国を日本人は批判するが、昭和時代の日本などというのは
今の中国そっくりだった。
今の日本の製造者責任を果たそうとする近年の動きは企業側から出て
きたのではなく、国民の声を反映させた行政指導などに指図されてのもの
であり、企業倫理に基づいた国民生活の安全を慮っての企業の自己努力に
よるものではない。企業などというのはそういうものだ。利益は愛するが人は
愛さない。

現在のエコブームも、国民の真の健康や生活環境のことを考えて企業は推進
しているのではない。エコは「儲かる」から企業は積極的にそれを売り物に
しているのだ。国民の健康・環境保護を求める意識を利用した販売戦略と
してエコを利用しているのだ。
かつては原発が「クリーンで安全」であるとして、環境・エネルギー対策
キャンペーンの展開を国家と企業が官民一体で大規模に推進していた

それは大ウソであると私は思い、私自身は1980年初頭から原発反対行動に
起っていたが、当時は原発に反対するなどということ自体が国策に反対する
ことで白い目で見られていた。だが、嘘は嘘であり、現実問題としてイデオロギー
に関係なくとてもヤバ
くて危うい状況を国民に強いるものだと私は思っていたから
体を張って原発に
反対していたし、行動も起こしていた。

現実というものは、多くの時間が流れて、多くの犠牲が出て、多くの人々が
どん底まで悲しまないと見えてこないのか。
あとどれくらいの人が涙を流せばいいのだろう。
あとどれくらいの人の命が失われればいいのだろう。
あと何度失敗を繰り返せば我々は目が覚めるのだろう。


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犬も笑う

2013年02月22日 | ポチたま



犬と暮らすとよくわかりますが、犬も笑うんですよ。
これは飼い主が名前を読んだ時のワンコの表情。
嬉しそうだな。
神戸のイトコんちの柴です。
幸せそうな顔してるね。


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日々の食事

2013年02月22日 | 内的独白



これはネット上での拾い物だが、私の日々の食事はこんなもの。
朝も夜もこんな感じである。これに納豆が付く感じかな。
まるで安旅館の朝ごはん。
でも、こういう感じが俺は絶対にいい。
大昔、つきあっていた女性が「何食べたい?何でも好きな物作ってあげる」
と私に言うので、「焼き魚とおみおつけと納豆と海苔と御新香だな」と答えたら
「はぁ?」と言われた。
魚は何も御造りにしたり料亭のような煮付にしなくてもよい(焼きも煮付も大好きだが)。
アジのヒラキやメザシで十分、焼きシャケなどが出てきたら最高てなクチなのだが、
彼女は魚料理はしたことがないという。
(昔の武士はメザシは「落ち目」に繋がるから食わないという言い伝えがあるが、
あれは「椿を屋敷に咲かせない」というのと同じで嘘だと思う。)

結局、なんだかロシア料理のすごいのみたいな感じの料理を作ってくれたが、
それはそれでとてもうまかった。「こんなのが家で作れるんだ」とびっくらこいたが、
毎日がそれだとしたらちょっとなんだかなぁ、という
気もした。何食か作ってもらったが、
もうすげーのなんのって、「料理教室か?」みたいな洋式レストランのような食事
だった。しばらくすると「あ〜。柴漬け食べたい」という感じになってきた。
当時職場で一番仲がよかった
アメリカ人の友人も日本食大好きだったが、おみおつけと
納豆だけは苦手だった。
匂いが嫌なのだという。
そのくせ、ねばねばは嫌いではなく、オクラがやつは大好きだった。オクラが「オークラ」と
いってアメリカの野菜というのは初めてやつに教わった。

でもね、おいらは日本人で江戸もんだ。
納豆のない朝食なんて考えられないし、味噌汁のない白米主食の食事など嫌だ。
夕食でも必ず汁物を食べる。
基本的に、洋食は日常的には食さない。
独り暮らしの時は食生活めちゃくちゃだったけどね。
一時期、夕食は毎度会食で、一人当たり一食ン十万円という食生活の時代もあったが、
やはり「あ〜、味噌汁呑みてぇ」となった。
そのくせ、半年間戦闘糧食のみで過ごしてもなんとも思わなかったりもする。
毎食箸と御飯の御膳がないと生きていけないということではない。
日常的な今置かれた状態下の可能性の中での嗜好の問題を言っている。


つきなみな話だが、味噌汁を飲むと日本を深く感じたりする。
そして、私の食生活に醤油は欠かせない。
以前、大阪人の家庭で食事をご馳走になった時、海苔と玉子焼きと御新香が
出たのだが、醤油がないので醤油を所望したら「醤油〜?それ十分辛いよ」と
言われた。
別に辛さ求めるためにムラサキ使うんじゃないんすけど(^^;
文化の違いを感じた。

まあ、大阪の人は「しょっぱい」と「辛い」を使い分けなくてどちらも「辛い」
でしかないから、食についてあまり言いたくはないのだけど、大豆文化の
違いというのもあるので、自己主張もどうかと思ったが、気の置けない奴の
家だったからその時は醤油をもらった。驚いたのは料理に醤油をまったく
使わないらしく、どこからかごそごそと瓶を出して来た。
俺個人は、
豆腐にしろ、味噌にしろ、醤油にしろ、大豆製品っていいなと思う。
最近は国産大豆がほとんどないけどね、残念ながら。
そうそう、大豆といえば、枝豆も好きだぜ。


醤油の味、味噌の味の違いが分かると、結構面白いよ。
それと味噌汁は東京と関西では出汁の取り方が違うので、これまた両方知って
いると面白いし、味噌も全国いろいろあって楽しめる。

金掛けなくていいんだよ。いろいろ知って、ほんの微妙な違いでも分かれば、
それだけで日々の食が楽しくなる。日本国内いろいろな文化があるしね。
仏・伊・露・中と本格レストランの料理も楽しいけど、俺はやはり和食が一番いいなぁ。
料亭の日本料理なんて大層なものでなくていい。おみおつけと御飯と御新香が
あれば十分に満足できたりする。
でもね、米もとぎ方ひとつ、炊き方ひとつで味がまるで変わるからね。日常的な家庭の
料理でも無頓着だと駄目
あるよ。
俺が作るホウレン草の和え物はちょっと評判がいいんだぜ。
ただゆでるだけでなく、いろいろとやり方があるのよ。それだけで味がまるで別物になる。
刀の焼き入れと同じだな(違うから>俺)。
化学調味料なんて使わないよ。
それと、うちの家の特徴として、白砂糖は一切使わない。
これも実は健康的なこと含めて料理としての意味が一本あるのだけど、こういう自分ちの
ことをいつまでも語るのは滅法無粋ってやつで、へい。ここらへんで。


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