渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

スズキの行方

2015年08月31日 | 時事放談



トラック業界も合従連衡は激しいが、乗用車の世界は比較にならない位に
熾烈だからなぁ・・・。
結局は、コメディアン兄弟と同じ名前の頭の禿げたドイツ生まれのユダヤ人
おっさんが19世紀に予見した経済分析論とまったく同じことがこの地球で
起きている。


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地図にない島

2015年08月31日 | アウトドア



普段行く釣り場の近くに「瓢箪島」がある。
島の中央が広島県と愛媛県の県境だ。

だが、この島、グーグルマップには記載されていない。


マップでは県境のみが記載されている。


同倍率の衛星写真。


さて、なぜでしょうか。
ちなみにYahoo!地図には記載されています。


まあね。
Google Mapは英語バージョンで竹島のことを以前はDokdo
などと記載していたくらいだから(苦笑
現在はTakeshima に変更されているけど。


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名刀に釘付け ~時代は南北朝~

2015年08月31日 | 日本刀



広島城に行って来た。
南北朝時代の「雲次」(重要刀剣)に見惚れた。
同行者二名に広島城内の展示刀剣すべてを私が説明した。来歴、時代、
特徴、鉄味、見所等について。

日本刀素人の人たちだったが、白く描かれた刃文でない部分のみに目が
行かないよう、
まず姿のうち長さを見て、反りを見て、細かい形を見ることを
説明した。説明の際には展示されている
説明板記載は一切見なかった。
私の説明に、同好者二名は鉄味と鉄色の違いについて注意深く各時代の
刀剣を見比べていた。
やはり幕末刀の鉄味と肌は「新しすぎる」のと「綺麗過ぎる」とのことで、
南北朝
時代の刀剣と比べると月とすっぽんのように感じたと言う。
「綺麗」と「美しい」は別物だ。彼らの表現は正しい。
そして、1時間半ほどという短い見学だったが、彼らは日本刀に関する導入部を
すんなりと学習した。導入部といっても、まるきりの素人向けの説明の段階は
時間内で超えた。質問(結構深い質問)が両者から矢継ぎ早に来たが、すべて
即答した。
退館後、「全部とても解りやすい説明だった」と言ってくれた。説明オッケ!(^。^)

意外だったのが、私の大刀差料の作者である大山宗重(延道彦三郎)の脇差が
展示されていたことだ。永禄年間の作だ。
そして、日本刀の部位の大型説明画像パネルは、広島県重要文化財となって
いる大山宗重の刀だった。

なんだか嬉しいぞ(^-^)
そうした、私的な思いとは別に、広島城の展示刀剣は、全体的にかなり
マトモです。

しかし、新刀の鉄は若いねぇ~。展示されていた新刀の鉄を見ていて

つくづく改めてそう思った。
研ぎではない。研ぎの向こうを見る。

あの鉄の違いを見ると、古刀とまるで別物であることは一目瞭然だ。
これは同行した素人二名の目にも「まったく別物」と映ったようだ。
そこにあるものは見れば判る。目の前にコップがあったら、それはコップだ。
コップと陶器の湯呑の違いは誰でも判る。日本刀も難しそうだが、存外そういう
ものだ。目の前の現実を直視すればよい。

日本刀の見方というものは、難しいものではなく、観たままの感じをどのように
日本刀の基本に照らして咀嚼するかという面が強い。

錵・匂い等々を机上で覚えようとしても無理がある。
とにかく、日本刀は一口でも多くの刀(名刀)を実際に肉眼で見るに尽きる。

雲次の説明については、こちらもご参照ください。 → 「鵜飼派鍛刀の地を訪ねる」

備前鵜飼派の屋敷跡地。
宇甘川支流(幅数十センチ)と宇甘川の合流部付近から北を望む。



1988年に設置された案内看板。


津山往来。3ナンバーの車で行くのは無理っぽい。


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刀剣学習会

2015年08月31日 | 日本刀



刀剣しのぎ(桶川)では、昨夜、店舗において初心者向けの日本刀勉強会を
開催したらしい。
そういうのはいいね~。
どんどんやってほしいなぁ。
そういうのがあったら、私もここまで来るのに42年もかからなかっただろうに(笑)。
中学生でも絶対に刀剣会入っていたよ。
しかも、昨夜は桶川の店舗内での勉強会だったが、普段の刀剣勉強会などは
大宮の私の入学した中学(卒業したのは別中学)のすぐそば(というか横)で
開催されているし(^-^)

まあ、世の中、不思議な縁をいくつか経験していますが、これもその一つ。


埼玉県央での日本刀勉強会のお問い合わせはこちらまで。

 → 刀剣しのぎ桶川店

 → 大宮刀剣会(会長 新藤智之)


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住宅地図

2015年08月30日 | 文学・歴史・文化

江戸御府内には切絵図という便利な住宅地図があった。
江戸時代には家に表札などは一切掲げなかったから、切絵図は随分と役に
立ったことだろう。
地方の城下町にも似たような地図が全国にある。


江戸期の三原の地図



材木置き場の隣りに家があるからと、材木の管理をしていた訳ではない
でしょう、きっと(笑)。
屋敷の敷地内に城の櫓があるからと、櫓で寝起きしていた訳でもない(笑)。
櫓は倉庫であり、戦時のヤグラだ。
ヤグラ(櫓)とは矢倉であり、武器庫、食物備蓄倉でもあった。武器庫の番は
専門職がいた。


勤め人で務め先が家から徒歩10秒というのは、現代では考えられない。
ただ、江戸期の家屋敷は農家や商家はともかく、戦時要員の家はすべて
私物ではないので、主の転封(てんぽう)国替えやお上の体制が変わると
召し上げになってしまう。
家臣団は土地には縛られない。
土地や家屋敷に執着していては仕事にならない。
そもそも武士とは根無し草のデラシネなのではなかろうか。
土地に土着はせず、流転先をあくまでも一時の駐屯地として己に言い
聞かせた漂泊の民ではなかったか。

そういえば、昨日、親族と話していて、父の兄(三男)は鍛治屋になろうと
していたのだというのを知った。
三原城下で修行し、独立しようとしていたらしい。
いろいろあったらしく、結局は名古屋に出てデークになった。
鍛人(かぬち)希望もデークも移住も、先祖伝来か(笑
長男は陸軍尉官だったが、次男は予備、三男以下は穀潰し、みたいなもん
だったから、勝手次第、自分でたつきを立てよだったのだろう。
四男の父は三原を捨て東京に出て職を得た。
父が三原に戻ることになったのは巡り巡っての偶然だ。
ただ、私の場合は、土地に縛られないという感性を理解していなかった
ので、生まれ故郷の東国を離れるのを拒否して16歳で両親と別居し東京に
残った。
爾来22年、生後38年は東国にいた。
10数年前に初めて西日本に移住したが、未だに西日本の文化には馴染め
ない。
東国土着性が抜けないと本当の先祖伝来は得られないのかも知れない。


広島城の櫓。
三原城にあった22基の櫓もこのような感じだったのだろう。
江戸期の絵図を見ると西築出の城壁の様子も広島城に酷似している。
この再建された二ノ丸櫓と曲輪は見応えありますよ。鉄筋ではなく、
完全に木造建築での再現だから。基礎石は江戸期の礎石を一度外して
コンクリで固め埋め直して再利用した物。本丸天守よりもこちらが凄い。


三原城西之築出(にしのつきだし)。城壁は広島城と酷似だが、すべて白壁だった。


今治城(愛媛県/再建)。
こちらのほうが城壁は三原城に近いかも知れない。
三原城の櫓は下半分が板張りなので広島城の櫓が三原城の櫓に近い。


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備後国三原

2015年08月30日 | 文学・歴史・文化


神戸のイトコ兄が帰りしなに買い物したいとのことで、三原市内道の駅
までチューンド500Eと併走した。
奥さんがスイカ所望とのことで、スイカを買うために寄った。
8月最後の休日だからか、とても混んでいる。

時計がある。
時計台というと大学を思い出すが、うちは立派な時計台ではなく、校舎に
貼り付いたような時計台だった。今はない。キャンパスはまったく様変わり
し、宇宙局のようになってしまった。
昔、大学の象徴が時計台だったのは、あれは時計を持てない大学生が
多かったからではなかろうか。
大学のみならず、小中学校や高校でも、古い建物には校舎の高い位置に
時計があった。


昨夜、宴会の帰り道、東京のイトコ姉の夫が「三原の名称の由来は何?」と
尋ねた。
私は「三つの原が集まったところだから、というのは後世の付会である」
との見解を示した。
一通り聴いた後、イトコ姉夫は「成る程ねえ。原がないのに何故三原と
いうのかとずっと思っていた」とのことだ。
さすが着目点がちびっと違うね、と少し感じた。
姉夫は某大手新聞社の社会部デスクを務め、今は印刷部門の役員となって
いる元ジャーナリストだ。

現三原城がある三原市は中世末期までは湾であり、それまでのこの地は
山肌が海面に屹立する僻地で、道もなく、ほぼ未踏の地だった。
辛うじて谷間を形成する狭い丘陵地はあったが、その地区を「原」と呼ぶ
ようになったのは、人が住みはじめてからで、それまでは現三原は三陸
海岸のような場所であり、三つの原が集まったのも、城郭整備で大幅に
埋め立て地が出現してからだ。
ただし、三原の地名はそれ以前の足利尊氏の時代にも存在した。
だが、その場所はもっと内陸部であったはずだ。
これは柞原と書いてミハラ(後のミワラ)と読ませた古代の呼称からも類推
できる。
柞とはユス、サク、ス、クと読み、木が生い茂る場所のことだ。原っぱ
のことではない。
三原とは現三原のことではなく、糸崎、もしくは現在の久井地区等の
別地域もしくは広域地区のことであったことだろう。
久井地区であるならば、古代山陽道の駅名不明の駅家(うまや)があった場所
とも符合するし、かつてのミハラがどこであるのかということが不明で
あるとの条件とも「学術的にも駅名不明という謎の土地」として合致する。

ただ、ミハラ湾内には古代瀬戸内海航路はルートを取らなかったが、湾の
入り口の糸崎は井戸先、長井の浦と呼んで保水地になっていた。
神功皇后西征の折にも立ち寄ったとの伝承もあり、古くから西に向かう
航路では尾道の次に立ち寄る場所であった。

糸崎(平地部の陸地はすべて埋め立て)


この糸崎の地には「刀工三原正家の井戸」なる井戸がある。
しかし、これはかなり眉唾物で、江戸末期の藩庁の調査では「過去に
あったといわれる清水」を調査し、「詳細不明」と記録されているのだ。
現在の井戸囲いは明らかに近世以降の建造物であり、同様形式の井戸囲いは
尾道市内にもよく見られる。
因みに尾道は大正年間の築造の井戸囲いである。

しかし、正家の井戸とされる旧沿岸部の山手側には正家一族の墓所が
あったとされている。これは幕末の記録から。
だが、この道の駅建設の時に墓石等が発掘されたが、すべて学術的調査も
せずに廃棄処分されたという。

下の樹木付近が正家一族の墓所か。


ここでいう三原正家は古三原ではなく後代正家である可能性が高い。
それは、古三原の時代には三原は湾であり、物資輸送の陸路と鍛治に
適した陸地がなかった場所であること、古三原は「備州」とは銘切っても
「三原」とした銘の作は皆無であることからも、現三原とする後世の
作為には首肯できない。
南北朝時代の二代正家は因島(現尾道市)住であるという正家に関する調査
記録が江戸期の藩の記録にあり、また鍛治に関する奇習も現地に残って
いることからも、古代から栄えた尾道もしくは、古代の道の駅があった
山間部を本郷まで抜ける古代山陽道沿いのどこかが古三原の鍛刀地で
あったことだろう。

糸崎の長井の浦。(海に面した地区。平地は後世の埋め立て)


ただ、この今の道の駅が山肌を削って建設されたように、古い時代にも
山際に墓地が作られたことは十分に想定できる。
この糸崎のように。
(左手山際にあるのは墓地)


この墓地がいつ頃できたものかは不明だが、現在の山際にある道の駅に三原正家の
墓所があったとしても、不自然さは
ない。
ただ、言えることは、この室町戦国時代末期に海を埋め立てて造られた
現在の三原の地には「古三原」は住してはいなかった。
南北朝時代、そこに原はなく、ただ海面(うなも)が広がるだけだったからだ。

この市街地はすべて江戸期以降に埋め立てられた。本格的な陸地化開始は
慶長年間である。
また、三原城より南方の市街地は明治、大正、昭和の近現代の時代に
陸地が造られた。






(道の駅にてこれ記す)


ラーメンうまいよ!





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刃物好きの人たち

2015年08月30日 | 刃物


昨日本日と本家に親戚が集まっているのだが、昨夜私が何気なくブローニング
を出して楊枝を削っていた。
すると母が「それいいね。頂戴」と言う。
楊枝かと思ってたら、私のブローニングをくれという(笑
なんつー刃物好きな母親か(笑
ペティナイフ何十本も持ってるしよ~。
ナイフもヨーロッパ行くたびにビクトリとかウェンガーとか自分用に
買って来てるしよ~(≧∇≦)

でもって、私のブロをどうしてもほしいと言う。
この個体は今一番使ってるから、あげないけど、家にもう1本同じモデルが
あるからそれ渡すよ、と言った。

で、けさ台所裏の研ぎ場(本家は台所裏にもう一つ台所を設置してある)で
包丁を研いでいる時についでにブローニングも研いで、拭いて置いて
いたら、「これくれるんでしょ?」と言う。
だーから、一昨夜から家に帰ってねーんだから、あげるやつは持って
来てねーだすよってば(苦笑
なんつー刃物好き。

このブローニング#277は、デザインに惹かれる人は多いみたいです。
私もその一人でした。
刀は大体形が決まっているけど、ナイフはデザインが多用で、大抵は見た目
から選択が開始される。
でも、見た目から入るのに、ナイフは実用刃物であるというのが面白い。
使ってみて、「これ、てんで駄目」というのもあるけどね(^_^;)
評判がいいので、何度買っても自分の判断では×というナイフもある。
「他の人が評価してるから、自分の判断に齟齬ありや?」と確認のために
何度も同モデルのロット違いを買ってはみたが、やはり私の判断としては
鋼自体がお話にならない程に×で、これを「よく切れる」とか言ってる
人たちは、本当に切れる刃物を知らないのではとさえ思えた。
やはり、他人評価ではなく、自分の判断を第一義にして、多角的に冷徹に
分析しないと、刃物の位相は掴めない。
刀もそうだが、分かってない人のほうが解ってる人よりも圧倒的に(まさに
圧倒的)多いからだ。

包丁にしても、切れる包丁で作る食材の味と切れない包丁で潰し押し
ちぎった食材の味が判らず、なんでも美味しい美味しいと言いたがる人は、
押し潰しちぎり包丁のままでいいと思う。
求める方向は明確に違うのだが、私は人それぞれでいいと思うし、ナイフ
や包丁について「これは買ってはいけない」などと自分の考えを偉そうに
押し付けるつもりは私は一切ない。

ただ、日本刀については、使ってはいけない物がある。自分と周囲に危険
をもたらすからだ。何かあって自分が責任もてるのか?という自問は
常に日本刀と接する際には伴う。
例えば、試し切りなどして、刀身が折れ飛んで人を殺傷する事故が起き
たら、自分はどう責任とるのか。
あるいは、折損まで行かなくとも、刃こぼれして損壊した千切れた刃の
破片が周囲の人に突き刺さったらどうするのか、とか。
考えただけでも恐ろしいことだし、命に関わる事になったら取り返しが
つかない。
その危険が極度に少なく、危険回避を最大限に発揮できる刀を選んでいる
のかどうか等は、普段日本刀を武用で使っている人たちは考えているだろ
うか。
刀は常に「折れるかも知れない」と思い続けないとならないし、周囲と
自分に細心の安全配慮をするのは使用者の責務だ。
包丁で自分の手を切りました、などでは済まないのが日本刀での事故
なので、いくら刀を実用に供するといっても、刀と包丁やナイフでは、
持つ者、使う者の在り方がまるで異なるのである。
日本刀を単なる物切り道具としている人たちは、どうやらこのあたりを
厳密に自覚していないケースが多いように見受けられる。
自分の指切りました、ああそうですかそれは大変でしたね、では済まない
事故が起きてからでは遅いので、日本刀だけは、接し方は「刀に対する
接し方」という特殊特別な接し方をしてほしいと願うばかり。
行動が心掛けのすべてを物語ります。




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包丁研ぎ

2015年08月30日 | 刃物


包丁を研ぐ。
神戸イトコ兄の2丁は本日持ち帰ってもらう。
東京のイトコ姉の包丁を4本仕上げた。
一番右の1本はハンドルが浮いているので、預かって修理する。
黒檀のハンドル材はまた再利用できそうだ。
ナカゴのサビ落としと面出し、シュナイダーボルト打ち直しのみでいける
だろう。
スウェーデン鋼のミソノのよく切れる包丁だ。研ぎ味も良い。
仕上げた4本は明日の帰りの際に持ち帰ってもらう。
これらは、以前私が一度手を入れた物だから、手間がかからなかった。

本日、朝から同じ敷地内の別戸建てに住む叔母の包丁2本を研ぎあげた。
よく切れるので、かなり喜んでもらえた。
バッチグー!(死語)

母の包丁も2本研いだ。
昨夜、鯛をさばいていたので、出刃も今夜研ごうか。
包丁は使い終わったら研いで、次に使う時には研ぎあがった状態から。
これ基本。
料理の前に研ぐと必ず微妙な臭いが食材に移る。これは確実にそうなる。
特に野菜や刺身などはてき面だ。
包丁は、使い終わったら研いで次に備える。

6種類の砥石しか本家に持ち込まなかったが、これらだけでもなんとか
なった。
天然は2丁のみ。
あと、石以外では1500番ペーパーとコルク、最後の仕上げの革砥は必須ね。
特に革での刃先整えでかなり切り味を変化させられる。
これは新聞紙1枚を切ると即座に判る。
音と刃味がまるでかわるから。
音がチーッとかシャーとかするのはまだギザ刃すぎるのよね。
音もなく無抵抗のようにヌーッと新聞紙1枚が切れるように私は仕上げて
いる。
これは刃角と関係なく。

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2015年08月30日 | アート
本家の手洗いの中に貼ってある絵。
水森亜土?


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サクッと釣り

2015年08月29日 | アウトドア


海に出たわあ~。
サクサクッと釣りですよ、と。



神戸の兄キに来たですよ。








本日、黒鯛フィーバー。
でも、赤いのも来たよ。


おらが釣った可愛い奴。30センチ位かな。



ノーストレスだわさ。







黒鯛はこちらではチヌという。
メジナのことはグレと呼ぶ。

都内に住む俺と同じ苗字のイトコ弟にライン送ったら、彼はつい先日
千葉で鯛狙いだったと画像が来た。
だが鯛狙いでカサゴなので外道とのこと。でっけーカサゴ!
てか、俺は鯛よりカサゴのほうが食うのは好きだけどな。
カサゴ、美味くないすか?下手こいたらメバルより美味い。


一応鯛もあげたそうです。
東国の鯛ってのは、ちょいとコバルト色か?



良い午後どした。

この後は親戚一同で、温泉入って和食の食事会だった。
家に帰ってからも飲み続けで、ちと疲れた(笑

最後に本家で飲んだ後に玉子焼き。
母の玉子焼きも砂糖は使いません。
これは、かなり昔からだったなぁ。
砂糖などは使わずとも、甘~い玉子焼きはできます。
溶き方と焼き方だけで。
鹿児島の人が「おせーてちょんまげ」と言うので、多少教えたら、
結構甘いのが出来て上々だったらしい。
溶き過ぎはだめなんすよ。しかもホッパーのようなのではなく、
箸を使って8回回し程度。
あといろいろ細かいとこあるけど、いろんなことやってみるといいす。
ちなみに私のかみさんも砂糖使わずに結構美味い玉子焼きを作る
けど、かみさんのは新宿「古茶(こちゃ)」のおばちゃん譲り。
直伝というやつですね。


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朝練

2015年08月29日 | 刃物

神戸からイトコ兄が本家に来ている。
東京からもイトコ姉夫婦が来ている。

朝4時半に起きて、本家屋敷内にて神戸兄の包丁を研ぎあげた。
私への研ぎ依頼で持って来た物だ。
良い鋼で、しっとりとしている。
ただ、V金の割り込みのほうは少し硬いかな。
それでも、さっと刃が付く。
50年前の出刃は天然砥石との相性がよく、研いでいて気持ちがいい。

2丁とも出錆状態がひどかったが、6時半までにはいずれも仕上がった。
明日神戸に帰るので、それまでにと思い仕上げた。
きょうの日中は昼から酒飲むからね。酒を飲んでの刃物扱いは厳禁だ。
まあ、朝練みたいなもので、早朝に気合いを入れて研がせてもらった。
仕上がりは上々。
うむ、よく切れる。

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オープンカフェ

2015年08月28日 | 外出・旅

ここだけ、何故かおフランス。
平和公園のオープンカフェどす。

でも、書いてるのは英語(笑


ここでゆったりしてみたい。


明日は海に出ます。
八十嶋かけてこぎいでぬと 人には告げよ あまの釣り舟
てね。

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広島宿泊

2015年08月27日 | 外出・旅
なんてのかね、すげーの。

まず、泊まった平和通りのホテル。
ただのビジネスなのにいいよね~。
朝食付きがOPではなく標準。
しかも変なの。
夜食付きというホテルなの。


すんげえ美味い夜食醤油ラーメン!

さて、ホテルで紹介されて目黒本社の先輩二人としこたま飲んだホテル裏
の和食の店のお姉さん4名が皆かわいい。
みんなかわいいのはそれはなんで?と思ったけど、ぜってー顔で採用してる
ね、とか思う(笑
カウンターの中の男衆もみんなイケメンだったもの。こんな店、初めて。
でもって、料理も頗る美味い。
なんぢゃこりゃあ!(by 優作)

許可貰って掲載。


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肥後守に対する海外の反応 ~Japanese Folding Knife Higonokami~

2015年08月27日 | 日本刀




2013年07月26日08:00

外国人「日本の折り畳みナイフ、肥後守を買ったよ~」:海外の反応

 

研がないうちからよく切れると思うのなら、きちんと研いだらどうなるのだろう。
アメージング!か?




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男が男に刃物を贈る時

2015年08月26日 | 日本刀

男が男に刃物を贈る時、それは特別な思いが込められている
ように思える。
その究極は日本刀の進呈だろうと思う。
私も人から数口これまで頂いたが、やはり特別な思いを託された
ような重みがある。
特に特別な関係にある知己以上の関係においては、その仲での
売買等は私の中では考えられない。

そういえば、日本刀ではないが、日本刀の工法に準じて造った自作の
鍛造小刀はこれまで製作したのはたかだが
30口程だが、手元に残って
いるのは数口で、あとはすべて請われて人に
進呈した。私の作を見て
「欲しい」という友人に差しあげた。但し、商売ではないので、注文打ち
でも、あくまで私のより好みでの製作だった。

一番気合いが入っていたのは居合の師匠に贈った記念の刀子(とうす)
で、あれは毛彫りで唐草まで刀身に彫刻した力作だった。
まったくの素人だが、刃は破綻のないまっつぐな直刃で師への心を表した。
地はよく練れた小木目
だった。

ナイフも友人たちからも多く頂いたし、私も友人たちに進呈したりした。
頂いたナイフは今でも大切にしている。
ナイフの場合は、日本刀系刃物とは少し違って、道具として気軽に
ギフトとして贈ることができる。
そういえば、大昔、誕生日のプレゼントにナイフを貰って大喜びした記憶が
ある。

「誕生日のプレゼント何がいい?」と訊かれたので、即座に「十文字槍!」
と言ったら「はぁ?」という顔されて、その後、ナイフとなったのだが、とにかく
嬉しかった。ビクトリノックスの多徳ナイフだった。
(「十文字槍!」については、町井勲師もまったく同じ発言を過去に彼女に
したそうで、世の中同じような人はいるもんだと思った)


最近ちょくちょく行動を共にする本社の役員がいるのだが、その人は
キャンプ好きな人で、ナイフマニアというわけではないが、海外出張に
行った時にもミニナイフなどを買って来たりする。
来週も行動を共にするので、デスクナイフとして手軽なブローニング
#277を進呈しようかと思っていたら、来週は飛行機で来てすぐに
また北海道に飛ぶとのことで、手続きに時間を食う刃物持ち込みは
避けた方がよいかなと判断するに至った。
贈るのは別な機会にしようかと思っている。

これ、コストパフォーマンス最高だ。今私は一番多用している。
明日は福祉事業部としての現場仕事なので、開梱等にはこれを使う
予定だ。
ブローニング#277フォールディングナイフ。クリップ付きライナーロック。
これはおすすめだ。私の周りでは幾人もがこれを購入して愛用している。
米国製ではなく香港OEMとはいえ、これが2,000円台とは!
最近はスウェーデンのモーラとか、高品質なのにコストパフォーマンスが
飛び抜けている良いナイフが結構あるよね。



私はサムスタッドピン(親指掛け)は除去している。私には不必要だからだ。
この個体は3個目だ。1丁は友人が「くれ」と言って持って行ってしまった(^^;
もう1丁は予備で保存してある。ただし、2丁とも使い倒している。常に十分に
刃先を研ぎあげて。




われらジャパ~ン!(by ひろみGO)のこいつらもよろしくね♪


よく切れて、そして美しい。


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