渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

たたら侍

2017年05月24日 | 映画・ドラマ



友人が観て来たそうだ。
感想は?と尋ねたら以下ママ転載。

「前半はまぁこんなものかと。後半は拷問でした(^^;
回りで観てた人、何人か途中で帰ってました(^^;」

観に行くのや~んぴ。決定。




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本物の柳生の人

2017年05月22日 | 映画・ドラマ



柳生石舟斎宗厳の子孫で本物の江戸柳生はいないのか!
というと、有名どこにいるのよ。俳優の柳生博さん。もろ直系。
ただ、江戸柳生は途中で養子が入っているから血脈としての
子孫ではなく「家」としての子孫になる。
尾張柳生は石舟斎からずぅ~~~~っと柳生延春氏まで
血脈が続いていたが、お子さんが女子しかいなかったため、
現在は養子の人が柳生姓を名乗って新陰流を継いでいる。
尾張の柳生家の人は、江戸期の尾張の蓮也さんやその頃の
柳生家の人に顔の作りがそっくりだ。10数代前にも遡るのだ
が、直系血族の遺伝の血の強さを垣間見る気がする。


柳生博さんはいつだったかのTV談話で「子ども時分から竹刀
ばかり
握らされて嫌だった」と語っていた。
柳生博さんの時代には、まだ「家のしきたり」があったのだろう。


奥様がいいね。おいらファンだ。


リアル峰不二子初代!


あたくしはですね、有名になった二代目以降よりも、何といっても
あたくしの中で峰不二子といえば二階堂有希子さんなのですよ。
なんというか、二代目以降は、艶っぽいのですが、この二階堂
さん独特の上品な不二子のせりふ回しがたまらんのよ、わしは!(笑
あの話し方で、小学生の時はゲヒョ~~~ン!となったもの(^^;
上品なのに色っぽいの。ゲヘゲヘゴホゴホ。

1stシリーズの第一話の有名な例のプール、ではなく例のシーン
から。このヒヒおやじはどこかの武術界とかにホントにいそうだけど。
注目してほしいのは、二階堂有希子さんの台詞回し。本名柳生加津子
さん。でっち上げ捏造創作話の謀ったな!やぎゅうぅう~!ではない。
ほんまもんの江戸柳生家の人。
ちょい見せ 「ルパン三世 1st series」


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マーヴェリック

2017年05月21日 | 映画・ドラマ



好きな映画は何回でも観る。
昨夜は『マーヴェリック』を観た。
このオハナシ、まるでルパン三世だ。
ただ、駅馬車で馬に跳び乗るシーンは、名作『駅馬車』の
オマージュだ。
それと面白いシーンがある。
女性がスッ転んで上から主人公の銃のハンマーを押さえて、
ピースメーカーが暴発するシーンがある。
通常ピースメーカーは6連発のところ5発しか入れない。
安全のためだ。
この映画の主人公はフルロード6発全弾シリンダーに入れて
いたことになる。
ピースメーカーでは、安全のために、シリンダーに通常のストップ
ノッチの間に溝が掘り込まれている実銃画像を見たことがある。
そこまでシリンダーを回してからハンマーを下ろして、完全に
弾丸にハンマーノーズピンが接触しないようにするのである。
それでなくとも、一ヶ所だけシリンダーにノッチ溝を掘っておいて
そこにいつもシリンダーストップがかかるようにしておけば、ハン
マーがまったく弾に触らずに安全だったのにと思う。
実際の実銃では、常時携帯時は6連発のうちの一つのシリンダー
薬室を空にしていたのはとても勿体ない気がする。

さて、この映画、フェリーのシーンでは『ワイアット・アープ』と使い
回しのシーンが見受けられた。
こういうことは結構ある。
『プレデター』のヘリ2機でのジャングル飛行シーンはいくつかの
映画で同シーンが使用されている。


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選択 『クイック・アンド・デッド』

2017年05月14日 | 映画・ドラマ

The Quick and the Death (Gun Store)


このシーンはとても意味があるシーンだ。
冒頭のキッド(レオナルド・ディカプリオ)の表情が
暗いのは、父親であり町を牛耳るボスのヘロッド(ジーン・
ハックマン)が息子であるキッドに「お前は俺の子では
ない。どこかの百姓の子だ」と言ったからだ。
絶対に息子の存在を認めない父親のヘロッド。
だが、キッドの唯一の望みは父から子として認めて
貰えることだけだった。そのために凄腕早撃ちギャングの
ヘロッドを超えようと銃の腕を磨いてきた。
だが、実弾決闘ゲームという町のイベントを市民に強要
するヘロッドは、やがてキッドと対戦することを拒否する
のだが、キッドが挑んで来るために実の息子と殺し合い
の決闘ゲームをするのである。
この銃砲店のシーンはそれのかなり前のシーンで、元
悪党仲間で足抜けして牧師になったコート(ラッセル・
クロウ)を捕えたヘロッドが、人殺しを拒否するコート
を無理やり決闘に立たせるために、キッドが経営する
銃砲店に連れて来たシーンである。

こういう糞豚野郎は殺すに限るのだが、注目すべきは
登場するキャラの対比だ。
Shot in The Balls (The Quick and The Dead movie).wmv

ヘロッドでなくとも俺なら脳天ぶち抜いているけどね(笑)。
そこをぶち抜かないのにはレディに引きずる過去があるからで、
展開はとても意味を持つ。

レディ(シャロン・ストーン)のピースメーカーの音が実に
リアルだ。
これはキッドのピースメーカーの音と共に音響が特筆ものだ。
この映画は新方式の撮影方法(人物が動かないのに背景のみが
どんどん寄ったり引いたりする)だけでなく、音声においても
非常に画期的な音域を実現している。
出てくる衣装や銃器は、アドバイザーが世界一の早撃ち王だった
マーク・リードであるので、極めて正確な時代考証をしている。
この作品は、「良い仕事」を製作スタッフに見ることができる。
ただし、表現描写は虚実を織り交ぜている。
人体を貫通した穴の向こうから景色が見えたり、顔面に.45口径
を被弾させたからと敵の死体が空中一回転してもんどりうつなど
というのはあり得ない(笑)。
それと・・・
シャロン・ストーンはTバックをはいていた。
そりゃねーべ(^^;



結構多くの人に検索されているこちらもどうぞ。
⇒ 映画『クイック・アンド・デッド』 ~マニアックに細かいところ~



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映画『クイック・アンド・デッド』

2017年05月14日 | 映画・ドラマ

The Quick and The Dead - Herod vs Ace


このペテン師ガンマンの末路がいかにもだが、同情の余地なし。
このやり取りの台詞は結構しびれる(苦笑)。というか指摘され
てびっくりしたろうなぁ。

こうなると悪のヘロッド(ジーン・ハックマン)は、果たして
本当に悪なのかどうか、と。
だが、このヘロッドは正義や義憤でこれをしているのではない。
別な目的がある。
意味は、映画全編を観ないと分からない。


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映画『駅馬車』

2017年05月14日 | 映画・ドラマ



映画好きの友人が昨夜初めて『駅馬車』を観たらしい。
あら、珍しい。
製作はジョン・フォード、主演はジョン・ウェイン。
1939年製作。昭和14年である。日本公開は昭和15年。
人気大爆発だったという。小学生だった私の父はわくわく
しながら観に行ったという。
翌年、日本は合衆国と戦争となり、敵性映画は一切見る
ことができなくなったばかりか、英語も禁止となった。
この『駅馬車』は映画としても西部劇としても、不朽の
名作だと思う。
気づくのが、製作が1938年。西部開拓時代終焉からまだ
50年ほどしか経っていない。現在はWW2大戦後から70年
が過ぎている。この映画製作の頃には開拓時代の生き残り
が結構いたはずだ。フォード監督自身1894年生まれなので、
ワイルドウエストの時代が終わって数年後に生まれている。
歴史というものは、ある日突然ビタリと大変換するものでは
ない。日本の敗戦時のようなことは歴史上珍しい。

『駅馬車』はおすすめです。
映画レビューは他の方に筆を譲ります。
最近はデジタル処理で非常にクリアな映像に復元されている
ので、戦前の映画もかなり鮮明で、この作もそうなっています。
いいよ~、これは。
私の中での最高の西部劇は『いとしのクレメンタイン(別名
「荒野の決闘」)』だけど。あれは私の中では突きぬけている。
以前、ブログを解説していた当時は、いろいろ西部劇について
語っていたのだけど、ブログは閉じじゃったから、なんだか
手抜きみたいなアレですけど(笑
俳優から映画の表現の詳細から、登場アイテムに至るまで
細かく見切ってレビューしてました。「今夜も西部劇」という
シリーズで。


友人は最近西部劇にハマっている様子だが、もっとドツボに
ハメてやろうと私は企んでいる。
それは、これだ。

This is my forty five!
この個体が造られてすでに45年が過ぎている。
何ということだ。まるで西部開拓時代と『駅馬車』
が作られた時代の距離に近いではないか。早い。


The Quick And The Dead - First Duel(english)



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必死剣

2017年05月08日 | 映画・ドラマ

Sword of Desperation HD
(Kanemi duels Obiya and his betrayal scene)


まるでクロサワ映画のような。
なかなか良い。なかなかどころか、かなり良い。
時代劇の撮影映像としては近年まれにみる良作。
雨と血、これまたクロサワ手法だが、クレーンでの俯瞰
キャメラもクロサワ風味全開でしびれる。

武士が人を斬る時とはこういう時。
いやだね、サムライなんて稼業は。
すくなくとも、おいらは嫌だね。
俺はデークがいい。
そして、おみっちゃんと所帯を持って、仲良く暮らすん
だいっ。


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場所の比定

2017年05月02日 | 映画・ドラマ



昨夜、『続・三丁目の夕日』を観た。
このシリーズは、作り込みが結構好きである。
そして、シリーズの中では、この二作目が好きだ。

夕日町の場所は、私は芝愛宕町か田村町(現西新橋)かと思っていた。
だが、この画像のシーンで、それは違うと気づいた。
この夕日は太陽が左からあたっている。
つまり左が西だ。タワーを北に見ている。
となると、慶應大のあたりからタワーを見ている事になる。
ということは、三田界隈がモデルの地区だったのか。
架空の町だが、都電が走っている大通りで、タワーをこのアングルで
見る場所となると、位置的には三田になる。

だが、それも違うかなとも思った。
現実社会での私の印象のあの通りは、通りの先の真正面にタワーが
ドンと見える唯一の道路だからだ。



しかし、よくよくアングルを考えると、これも間違いだ。
映画でのアングルで実際に三田からタワーを見るとドンピシャなの
である。


こちら映画。

実はこのCGのタワーはおかしいように見える。
映画内でアップで使われた展望室の下階の構造とは違う姿なのだ。
詳細はリアルな上の画像と比較されたし。
アップシーンではリアルなCGが合成されていた。この遠望シーンは、
描写が甘い。まるで『K-20 怪人20面相・伝』に出てくるタワーの
ようだ。まあ、映画の製作者は同じだが。

CGとはいえ、若干撮影位置はリアルアングルとは合わないが、
方角的には、三田でほぼ合致する。
映画に出てくる夕日町は、現在の三田界隈がモデルイメージだろう。
芝愛宕や田村町ではなかった。

映画では、大通りに出て左側にタワーが見えるので、この主人公たち
が住む町は、この3Dマップでいうと、春日旅館から通りを挟んだ向こう
側、大通りの西側のオレンジ線の一角のあたり、ということになる。


私が四輪車の免許を取ったのは三田教習所だった。
最都心部の自動車教習所で、芸能人の受講生も多かった。俺の時
なんて明菜が通ってたから大変ものものしい日もあったりした。
その教習所も無くなってしまった。
昭和の三田の最後の雰囲気を残す場所だったのだが。

映画の中で、古い祠のある林が出てくる。
子どもたちがセミ捕りをして遊ぶ場所だ。
周囲は空き地だったのに、ビルヂング建設が進んでいた場所だ。
子どもたちが通う小学校が新橋の桜田小学校に似ていたので、私は
愛宕界隈かと思っていたのだが、タワーより南側となると、位置的
には映像からすると三田しかなくなる。
映画に出てくる野良犬のタロがいた祠辺りはどこだかは私は現時点
では分からない。主人公の少年たち(小学校4年生)は、私よりも
歳が11歳上の人たちを描いている。彼らが遊んだタワー近辺の土地
にはまだ小さな小森のような場所が昭和34年にはあったのだろう。
ただ、三田界隈は、真っ平らな場所と少し起伏のある場所が混在して
いる。
慶應の三田キャンパスの前の90度コーナーなどは、タワー方面から
進んで来ると、結構下っていて、慶應の前は坂の途中にあるような
印象になる。そこは左コーナーに向けてフルブレーキングでペタンと
寝かせる。
歩道は確か時差式なのでペタ寝かしでコーナーを抜けられる。
これは明学付近の急坂のコークスクリューのようなジャンプしながらの
コーナーとは少し違うが、攻めポイントでもあった。
プレスの連中とかはベタ寝かしで走り抜ける場所だった(笑
良い子は真似しないように。
まあ、真似しないから良い子なのだろうけど。

映画の場所は、表通りは直線で、原田左之助が中間で支えていた藩の
下屋敷跡辺りは完全に平な土地だ。
しかし、それは見た目。
三田からタワーに向かうと、だんだん丘を登る。小山ほどの高台の
丘の頂点に東京タワーはある。
そして、タワー下の東側には緩い高速S字があり、さらにその先には
難所として徳川菩提寺の増上寺側に向かう真右直角下りブラインド
コーナーがある。
かなり下りのきついコーナーだ。ここは北上方向のきつい下り側
では攻めてはいけない。コーナーの先に交差点信号があり、そこに
突っ込むことになるからだ。コーナーに突っ込んだら信号待ち渋滞に
激突!となりかねない。
この通称タワー下コーナーは、逆方向の虎ノ門方向から三田に向かう
登りルートで膝をするほどに攻めるのである。ここでは、我々だけでなく
スポット的によくバトルが繰り広げられていた。
私のRZをアウトからNSR-SPで差した友人はハイサイドでマシンが
真横を向いたが、マモラのように立て直したりしていた(笑)。
私が大学生の時には年の離れた友人であり、後年私が彼の事務所
に就職して上司となったのであるが、その走りの相方の彼はちょうど
『ALWAYS 三丁目の夕日』の子どもたちと同じ学年だったのである。

このタワー下コーナーは、虎ノ門から三田方面に向かうラインがとても
心地よく、タワー下コーナーの先のS字切り返しも、軽く流すだけでも
かなり気持ちが良い。
安全運転でぜひどうぞ。



東京都内という所は、かなり起伏があるので、埼玉県内を走るより
景色の体感に彩りがあるのが楽しい。
真っ平らの道というのはね、あんまし面白くないよ。
だから、走るのなら、神奈川県や東京がいい。埼玉群馬は真っ平らだから(笑
そして、埼玉は、真っ平らな土地の中にある雑木林を何故か「山」と
呼ぶ。あれは何だ?(笑
それと、関東人が中四国に行くとまず驚くのが地形の違いで、中四国
では平な場所にまるで古墳のよう低い小山ポコンポコンとあちこちに
ある。ニョキッとまるで地面を空からそこだけ引っ張り上げたような
景色がそこら中にあるのだ。
これは関東平野では全く存在しない風景なので、とても奇異に見える
のだ。ボタ山みたいなのがあちこちにある、といった感じ。
それと、中四国は、運転のマナーが関東と比べると考えられない程悪い(笑

同じ日本でも、所変わればなんとやら。
映画『三丁目の夕日』は、とてもよく東京と東京人がリアルに描かれて
いる。
あれが、東京人そのものだ。
あの映画で描かれているのは絵空事ではなく、人となりまで超リアルで
ある。あれ、マジもんの東京。
全方位的に東京(笑
智恵子は東京には本当の空が無いと言ったが、ホントの空があの映画
には描かれている。
私が生まれた頃、都内はあのように縦横無尽に路面電車の都電が走って
いた。そして、そこは暖かい人情味に溢れた紛れもない東京だった
のである。


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『左きゝの拳銃』

2017年05月01日 | 映画・ドラマ

 



「左きゝの拳銃」(1958年)

友人が観て良かったというので観た。実に数十年ぶり。
「ヤングガン」で多くのシーンとキャラ作りをいただいていることが
分かった。
出演俳優の演技力がすごくて瞠目した。
たった数秒のシーンのために、本物のキャトルドライブもやっている。
CGがない時代の映画はスケールが違う。

33歳のポール・ニューマンが20歳~21歳までのビリー・ザ・キッドを
演じている。
実在のビリーは左利きかどうかについて諸説あるようだが、私は
残された写真のライフルの排莢孔からして、写真は裏焼きだと思う。
従って、ビリーは左利きではない。


このような向きが正しい写真だろう。

こうなると、ライフルの左右の向きだけでなく、ガンベルト=リグの
バックルとベルト先端の向きもまともになり、シャツとベストのボタン
の向きも正規となり問題はない。ビリーは右利きだったのだろう。

実在のビリーの拳銃は、コルトM1877ライトニング.38口径といわ
れている。コルト社が発売した黎明期のダブルアクションシステム
だったが、故障も多かったようだ。
また、この特殊形状のグリップは射撃安定性のためだが、反動を
銃を回転させることで逃がすSAAまでの思想を捨ててがっちりと
反動を受け止めるタイプなので、手への負担は増えたのではなか
ろうか。


コルトの初めてのダブルアクションの成功例は、1889年のネービー
モデルではなかろうかと思う。コルト初のスイングアウトシステムが
導入されていた。これは地球規模での革命的な構造で、現在も
これがリボルバーでは採用されている。超絶銃といってよいだろう。
当時としては考えられないほどの最新鋭銃で、現代ならばレーザー
ガンのような位置にあったことだろう。
(コルトM1889)


これの短銃身モデルはその後の多くの短銃身リボルバーに
多大なる影響を与えた。
今見ても、このM1889はカッコいい。130年近く前の銃で
あるのにだ。.41口径で、マンストッピングパワーは強い。
一発でドンと敵は倒れてオダブツだ。






邦画の小林旭や宍戸錠がにっかつ無国籍映画で使っていたコルトは、
このM1889あたりではなかろうか。もちろん撮影では実銃を使っている。

ちと違ったようだ。M10か?


赤木圭一郎はワイルド7の飛葉と同じコルト・ウッズマンだ。
これも実銃で、米軍将校が貸し出した。






当時は信じがたいことに、警視庁が撮影用実銃を貸し出したりした
事実があるし、戦後の時代はごく普通に実銃拳銃が多く映画撮影
に使われていた。俳優の個人所有の拳銃を撮影に使ったりもして
いたことはチッチッチの某俳優の回顧談にも出てくる。無論違法
だが、細かく厳しく取り締まりがされるようになったのは1960年代
末期からだ。撮影で従前のように持って行ったら叱られちゃったよ
と同俳優は回顧談で語っていた。
戦時中までは日本はアメリカと同じく誰でも銃砲店で拳銃が購入
できたのであり、敗戦後もそれほど取締りはきつくなかったようだ。
その後どんどん取締りが強化され、銃=悪という洗脳教育宣伝による
国民意識の刷り込みが進められた。今や刀や刃物や銃に興味を持つ
者は「危ない人」というフレームアップまで完了している。
実は、それはまったくの虚像である。1945年までは、日本は刀剣所持も
銃砲所持も自由だったのである。フリーダムこそが本当の姿で、過剰な
取締りの国家監視システムこそが異常な姿なのだ。
だが、「悪法も法なり」。銃刀法という現行法規はたとえ国民の自衛権を
消滅させる牙抜きの国民統治の刀狩りの悪法であっても、それを遵守
しなければならない。この国が自分で自分を守れないシステム、守ろう
とすること自体が法律違反であるとされるシステムになってから銃に関
してもそのような刷り込みが成された。拳銃は国家機関以外所持しては
悪とするという取り決めにしたのだ。
しかし、刷り込みをした統治者自身が法規制でその武器を自在に使用
できないことになっているのは歴史の皮肉としかいいようがない。
国民から武器を取り上げて国家機関が独占したのに、自分自身でそれを
使えないような矛盾を生じさせている。
今や、この日本という国は、狂犬のようなよだれを垂らした狂った国から
侵略をされようとも手出しができない泣き寝入りの腑抜け国家となって
いる。実際のところ、島をいくつか他国数国に侵略占領されているが、
何にもできない状態だ。日本というのは、妻が犯されていてもそのまま
指を咥えて眺めているような国家であり国民であるのである。これは
事実そうだから、救いようがない。

ビリー・ザ・キッドは、雇い主が不当に殺害されてそれの敵討ちのため
に殺人を犯した。これは映画表現ではなく事実としてそうだった。
だが、アメリカでも日本でも殺人は殺人であり違法行為だ。
日本でも、赤穂浅野氏の殿中刃傷の件とそれに続く吉良家への討ち
入りがある。忠臣蔵は日本人が大好きな実話・講談・映画・小説・ドラマ
なのだが、幕府の裁きに準じず、切腹断絶した大名の家臣が別家の
大名を殺害しに殴り込みに行くなどという無法は許される筈がない。
これは吉良上野介がたとえどんな人物であってでもだ。許されること
ではない。
だが、日本人たちは拍手喝采する。判官びいきという気性だけに
依拠して法を犯す犯罪者にエールを送って、まるで美談であるかの
ように日本人は振る舞う。忠臣蔵については。

これは実におかしい現象だ。
この現象は江戸時代もそうであったが、現代においてさえ忠臣蔵はそう
なのだ。
ところが、現代においては、同じ日本国民である農民から有無を言わ
せず土地を強制的に奪って、農民の老人や女子供を暴力でボッコボコ
に殴りつけて実際に安全靴で顔を踏みつけている警察機動隊の目を
覆う行為に対して、自ら傷つくことを恐れず身を投げ出して覆いかぶさる
ように止めさせた学生たちを世間の人間は「過激派」と呼んで毛嫌い
したりしていた。成田空港建設第一次第二次強制代執行はそれである。
忠臣蔵に拍手を送る日本人の感性の正体とは実はそんなものだ。
つまり、「当事者」ではないただのどちらにでも転ぶ野次馬であり、心の
芯から義士たちにエールを送っているのではない。
忠臣蔵に拍手を送る感性は、とてもくだらない詮無き感性なのである。
1960年代末期、首都の街頭で全学連の学生と一緒になって機動隊に
石を投げていた野次馬サラリーマンたち「見学連」以下の存在が、実は
忠臣蔵に拍手を送る日本人の全体像だといえる。エールの心根が虚偽
なのであるから。つまり嘘まみれの虚構の拍手なのだ。

ビリーについての米国での人気の那辺はいかなるものであるのだろうか。

お尋ね者とされてしまった現実世界のビリーの末路は悲惨で、友人の
パット・ギャレットに丸腰のまま騙し討ちのように射殺された。彼の墓は、
あまりの
人気のために墓石が削り取られて持ち去られてしまうので、
墓石は
檻に囲まれている。墓石さえも檻の中とは、ビリーが哀れすぎる。

ビリーの没年は1881年7月である。共に逃げていた親友のトムと
チャーリーは1880年12月に死亡している。3名とも射殺された。
果たして、「法の正義」が彼らを射殺したのであろうか。


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女優魂

2017年04月29日 | 映画・ドラマ



映画『子連れ狼 三途の川の乳母車』(1972)での松尾嘉代
さんが最高なのである。当時29歳。
松尾嘉代さんはTVドラマの萬屋版『子連れ狼』にも出たが、
若山版映画では柳生鞘香の役だった。
若山映画版『子連れ狼』は原作の話をいくつかに分けて全6作
にちりばめている。
そのため、整合性が無い事が多く、柳生鞘香が出て来たのに、
それとは別に最終作では柳生香(瞳順子)という御手玉の剣
を使う鞘香にあたるキャラクタが出て来ていた。

『子連れ狼 三途の川の乳母車』での松尾嘉代さんが何が凄い
かというと、ラストシーンだ。
拝一刀を討ち獲るべく派遣された柳生鞘香だったが、最後の
松林のラストシーンで木陰から一刀を狙おうとする鞘香なの
だが、鞘香は襲いかかるのをやめる。
それは実は拝一刀に惹かれて恋慕の情が生まれたからだった。
それを一切のセリフなく、ただ表情の変化だけで松尾嘉代さんは
演技している。
その木陰から見守る柳生鞘香の表情の変化が素晴らしい。そして
色っぽい。

台詞がなくて演技ができる役者さんというのは、最近本当に少なく
なったと思う。
映画『子連れ狼』シリーズは、名優と呼べる女優さんたちが多く
出演している。
浜木綿子さん、佐藤友美さんなど、安定感のある実力俳優の演技に
魅了される。
浜木綿子さんなどは、若山映画版、萬屋ドラマ版のどちらにも同じ
役で出演している。舞台芝居のような台詞まわしだが、それがズバリ
と決まっている。実に見ごたえがある。

表現芸術の世界は面白い。

この人、いいわぁ~。



映画・演劇ファンの皆さん。
是非一度『子連れ狼 三途の川の乳母車』(1972)での
ラストシーンの松尾嘉代さんの名演技を一度ご覧になって
みてください。

こんなのにも出ていたなぁ。このチー坊が後に金八中学生
で妊娠出産するんですね。役の上ですが(笑
そしてぐれてリアルでは大酒呑みのアネゴになった、と。
パパと呼ばないで #30 part


弓月光漫画が原作だったりするシリーズも面白いのだが、
このドラマはかなり人気があった。脚本は向田邦子先生。
「どうしたんだよチー坊」というのを竹中直人さんが
よく真似して大ヒットしていた。最初の登場は銀座ナウ(笑

松尾さん、美人だと思います。


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映画『たたら侍』

2017年04月16日 | 映画・ドラマ



地元の居合仲間とどんなもんだか一緒に観に行ってみっか、と
いう話に
なってる。
映画は観てみないと面白いかどうかは判らないけど。

ただなぁ・・・。
これ、時代的に戦国時代でしょ?
我らが
串団子の旗指物と衣装から見て永禄とか天正とかその頃。
でもって、一般的に「たたら」と来たら・・・。
どうせたたら製鉄とたたら吹きの区別もつけず、江戸末期の製鉄
方法を映し出してそれが昔からの伝統製鉄法だとか描い
ていそう
な気がする(笑
なんだか性格俳優にバスク人のベレーみたいなの被らせている
あたりは、時代考証しっかりしてっかな?とは期待したりもするが、
まずいらぬ期待は
しないに限る。そんなもんは大抵は裏切られる
のだけど、頼んでもいないのに勝手に期待してそれと違ったらなん
だよと逆キレみたいなのはみっともないから俺はやらぬが、そういう
のになる奴ぁ多い。
ただ、時代物映画に関しては、時代考証だけはしっかりやってほしい
というのはあるが、なかなかね・・・(^^;

まあ、そういうこと言ったら、「時代劇なのになぜ既婚者の女性が
眉も落とさずオハグロでもないのか」とか「話す言葉がなぜ現代語
なのか」とか「出てくる馬がなぜ体躯の大きい現代西洋馬なのか」
とかいうことにもなってしまうのだけど、コアな話としては例えばこの
映画作品の時代に300年後の江戸幕末の「突兵拵」が出てきたら
おかしい、というような事は絶対に映像の世界にはあってですね・・・。
時代劇の世界は、八代将軍吉宗・奉行大岡忠相の時代に江戸城
天守を映し出したり(大抵は姫路城)しているけど、そういうのは
現代戦争映画でゼロ戦が普通に沢山出てきて戦うくらいに変な
ことであってね。絶対に映画・ドラマ作品ではやらかしてはいけない
ことなんだよね。時代劇の中で侍がロレックスの腕時計していたり
みたい
なことをやるのは。
でも日本映画はかなりテケトーだった。鞍馬天狗がスイングアウト
式のリボルバー使っていたりとか。


なぜか、日本の時代劇というのは、かつての1960年代のマカロニ
ウエスタンのように時代考証についてはいい加減でござりまする、
という面が非常に強い。
マカロニウエスタンでは南北戦争直後に1873年登場の銃が出て
来たり、6連発から20発くらい発射できたりとか、完全にオハナシ
エンターテイメントだけが主で、あとは超どうでもいい的に作られて
きて、それを観客は楽しんでいた。
洋画においてそれが見直されたのは1990年代に入ってからで、
とりわけハリウッドウエスタンでは超正確な時代考証がなされるよう
になった。かねてから時代考証はきちんとするべきだと主張していた
イーストウッドの功績も大きい。
ところが、
日本人が作る「ウケ」狙いのシリアス映画・ドラマというのは、
今でもかなり大雑把で
超テケトー。分別まるで無し。1960年代の
日活無国籍映画でピストル撃つとバキューンみたいなことを今でも
やっている。特に時代劇がひどすぎる。大嘘デタラメ大創作が本当に
歴史上あったかのようにまかり通っている。典型例が江戸城の天守
で、やたらと明暦以降の時代を描いた作品に出てくる。
そして、観る大衆はそれが本当のことであるかのように思い込む。
こうした精神土壌に日本人が浸っているから、リアル世界でも嘘武術
のイカサマ連中にさらっと騙されていたりする。

ま、うちら日本人の実相なんて、そんなもん。かなりいい加減なもんよ。
オモロイのが、伝統がーとか歴史がーとか言いたがる奴に限って、嘘
を捏造したりして宣伝PRしてガマの油売りのようなことを真顔でやって
いたりする。ネタとしてではなく本気で。それを本気で信じる間抜けも
大勢いる。
ホンマは、全くあかんやつね、それ。


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大ヒット映画で使われた品物実物

2017年04月08日 | 映画・ドラマ

以前も紹介したが、世の中には恐ろしいことがある。

ポール・ニューマンがアカデミー賞を受賞した映画『ハスラー2』
(1986年)の
中で使われたアイテムがある。
それがこれ。

「その中に何が入ってやがるんだ?」


「この中?」




「破滅させる(ニヤニヤ)」


ということで、この大ヒット作品『ハスラー2』で使われた、歴史的名キュー
バラブシュカ(実際にはJossが使われた)を入れているこの特製キュー
ケースの実物のことなのだが・・・。

なんとこれが日本のヤフオクに出品されて、10年ほど前に落札された。
当時、まったく注目されず、6万円台で落札されていた。
ポール・ニューマンとトム・クルーズのサインが外側に書かれていた。
私は贋物かと思って詳細に映画で出て使われた物と見比べたが本物だった。
何でも、映画撮影スタッフが貰った物を知り合いが記念にとくれたが、ビリ
ヤードにも映画にも興味が無いのでヤフーオークションに出品したとの
ことだった。
どうしてそういうことするかなぁ、と思った。
そうしたら、入札者もどうせ贋物とでも思ったか、もしくはただの革ハンドル
のベルベット箱ケースに興味を示さなかったのか、落札価格は6万円台
だった。
これ、アメリカ本国のオークションに出したらその10倍以上の値がつくで
しょうに。というか、そのように価値も解せず、頂き物を投げ売りをするよう
な族の
はした金でも換金したがる根性にほとほと呆れた。

ポール・ニューマンが演じるエディの愛キューのケースとして使われ、


トムクルーズ本人がキスし、


演技の上でけっとばし、


エディが大事そうに拾い上げて

再び復活をかける時にも大切に持っていたケースだ。


これの実物ケースがビリヤードが好きでもない連中だらけの
日本のオクでたったの6万円台・・・。なんだかなぁと思った。










『ハスラー2』自体は、『ハスラー』と比較するも無残な、ポール・ニューマン
のみ
が唯一俳優をやっていたという作品だった。ニューマン以外はオービス
役の黒人以外全員がスカという映画だった。演技ではなく素のクソ生意気な
若造役で登場したキース・マクレディは別として。あれは演技でなくまんま。





このプールホールでエディはバディ藤田さん本人と再会する(笑)。


このプールホールでエディはまた酒でハメを外して25年ぶりにやった
ゲームで黒人ハスラーに素人を装われカモられてしまう。そのハスラー
はこの時にすでに後ろの台で撞きながら、伝説のエディ・フェルソンと見
抜いて、虎視眈々と巻き上げを狙っていた。
黒人ハスラーは、25年前の伝説のミネソタ・ファッツ(デブ)との勝負を
知っていることを勝負後にエディに明かして駄目出しの決定打で精神的
にエディを叩きのめす。エディに言った台詞は「一つだけ聞かせてくれ。
俺は太り過ぎか?」だった。


エディがハスラーとして育てようとしていたバカチン単細胞のビンセント・
ローリエは、エディと別れてから、性根が悪いいっぱしのゴト師である
ハスラーになりきっていた。




エディは毅然と応える。


25年前に自殺を以ってエディに大切なことを教えたサラだったが、そこで
教えられたことをエディ自身は忘れかけていた。
それを取り戻すことは、ハスラーではなく、プールプレーヤーとして燦然と
輝くことだ。心の在りかが金にひれ伏し、我が身が金によって動くことでは
ない。たとえ、どんな大金が賞金としてかかっていても、大切なことはその
金ではなく、勝利に立ち向かう己の生き方だ。
それを取り戻すべく、エディはこう叫んで『ハスラー2=カラー・オブ・マネー』
は幕を閉じる。


この映画作品で使われたキューケース実物は、現在ヤフオクで落札した
日本人が所有していると思われます。
大切に保管されていることを心から願います。


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原作・シナリオ・映画作品、その差異 ~映画『ハスラー』(1961年)~

2017年04月08日 | 映画・ドラマ



映画『ハスラー』(1961)について、原作(日本語訳)、シナリオ、
映画作品(英語版、日本語吹き替え版)の4者の描写の違いを
検証してみる。
というのも、映画の日本語吹き替え版を観ていて、あきらかに
おかしい(=不整合な)部分に気付いたからだ。
私は英語音声版はこれまで200回近く観ているが、日本語吹き
替え版はまだ数回しか観ていない。見ていて、突然「あれ?これ
おかしいぞ」と思った部分があったのである。
そこで、最初のさわりの部分だけ、原作(日本語訳)とシナリオと
映画作品ではどうなっているのかを比較検証してみた。

まず、映画でオープニングとなる小さな町で主人公エディ・フェルソン
が素人を装って、ビリヤードでバーテンダーをカモる時のシーン。



【最初に登場する町の名】
<原作(日本語訳)>
イリノイ州ワトキンズ
(訳文記載ママ。日本語ではワトキンスと一般的には表記される。
原語発音では「ワッキンス」がネイティヴ発音に近い)

<シナリオ(スクリプト)

SMALL TOWN

<映画>
不明



この位置関係は、この映画の場所を理解する上で重要なので覚えて
おいてほしい。
原作と映画作品で異なる件、映画作品での英語原文と日本語翻訳で
表現(台詞そのもの)が異なることにより、位置関係が大きく変わって
しまうのだ。(詳細後述)



【最初に登場する店】
<原作(日本語訳)>
イリノイ州ワトキンズにある店

<シナリオ>
ARMSTEAD'S BAR

<映画>
Armestead BAR & GRILL


原作と映画では決定的に異なることがある。
それはエディの目の色だ。ポールニューマンは実年齢35歳で
25歳の若者を演じた。そのニューマンの魅力は何といっても
透き通るようなブルーの目だ。

しかし、原作のエディは別な目の色なのである。

【エディ・フェルソン】
<原作>
黒い瞳

<シナリオ>
不明

<映画>
ブルー(ポール・ニューマン)


さらに、エディの相棒のチャーリーの名前まで原作とシナリオでは
異なる。

【チャーリー】
<原作>
チャーリー・フェニガー

<シナリオ>
CHARLIE

<映画>
チャーリー・バーンズ(マイロン・マコーミック)


最初の店で飲む酒は、映画では全編を通して主人公エディのキャラ
クタを決定づける酒として登場した。J.T.S.ブラウンという非常に古い
時代からある老舗酒造のバーボンで、私も愛飲していたが、残念ながら
数年前の醸造所の火事により、移転後にブランドが消滅した。
だが、原作の日本語訳版では最初の店でJ.T.S.ブラウンの名は出てこない。
ただのウイスキーとなっているのだ。原作には酒の銘柄が出てこない
のか、訳者が省略したかは解らない。映画の日本語吹き替えでは全編完璧
に銘柄は省略されている。

【酒】
<原作(日本語訳)>
ウイスキー、J・T・S・ブラウン・バーボン

<シナリオ>
J.T.S.BROWN

<映画(英語音声および日本語字幕)>
・J.T.S.BROWN(ブラウン)
・バーボンのJ.T.S.

<映画(日本語吹き替え)>
・ウイスキー
・とびっきりの一本



バーボン1本を買うのにエディは100ドルも出している。
現在100ドルは1万円程だが、1961年の100ドルは現在の10万
円強程の金額になる。
ストレートプールでの勝負で途中経過でエディが勝った金額は1万
8千
ドルである。
現在の金額で2,000万円ほど。当時の日本円に換算すると、当時
は固定相場で1ドル360円だったので、当時の額で18,000ドルは
648万円。
現在と1961年当時の日本人の所得換算とすると約11倍の差が
あるから、当時の648万円は当時の日本人にとっては現在レート
で換算すると7,280万円の額面になる。
ひと勝負で7,280万円。それがエディ・フェルソンがファッツに途中
経過で勝った額である。(日本の低所得時代のレート換算)
実際の米国レートでは、現在額面だと2,000万円程の額だが、
2,000万円としてもとんでもない大勝負の額面だ。
バーボン1本に10万円を出すのも頷ける。
だが、ここでも、この大雑把さがエディの敗因となっていくことが
描かれている演出だと読むと、かなり物語が面白くなってくる。
ちょうどこの画像キャプチャーのシーンの瞬間から、エディが頂点から
どんどん奈落の底に落ちて行くのだ。
その分岐点のカットがこの使い走りに酒を買ってこさせるところなの
である。バーボン1本に10万円も出す無軌道ぶりで。エディのオツムの
ネジが外れて行くのがここからなのだ。

さて、時間軸を映画では最初に戻す。
最初の店ではバーテンダーから巧妙に金を巻き上げるのだが、その
バーテンダーが最初にエディとチャーリーに質問する。
これ、かなり重要な台詞で、これにより、主舞台であるミネソタファッツ
がいる大都市がどこであるのかが判明するのだ。
西海岸のカリフォルニア州オークランドからその都市に向かうまでの
間の車の旅で、エディとチャーリーはちょこちょこ賭け玉で稼いで来た。
原作では6,000ドルも得たことになっている。
原作では、向かう先は全米第二の大都会シカゴであり、そこでミネソタ
ファッツとは対戦せずに、これまでの道中のように小さく数多く稼いで
いこうとチャーリーはエディに提案するが、エディはファッツとの大勝負
が主目的だと言うのである。映画ではすべてそのやりとりは省略されて
いる。
ただ、映画ではファッツとの対戦が始まってすぐにチャーリーが挙動
不審になり、「もうよそう」と言い出すあたりで、映画では省略された
原作のやりとりの背景を表現演出しているのである。

そのシカゴ到着前の名もなき町でのバーテンダーとの会話を見てみる。

【バーテンダーの質問】
<原作>
「シカゴか?」

<シナリオ>
Pittsburgh?

<映画>
「ピッツバーグ?」

原作では明確に「シカゴ」が出てくる。
位置関係は以下である。(赤丸は作品で登場する町)


ここで疑問に思うのは、原作ではワトキンスの町でバーテンダーを
カモるのであり、そこでバーテンダーに「シカゴか?行きか還りか
どちらだ?」と質問される。
原作がワトキンスであることは、西海岸のオークランド(全米有数の
犯罪都市で治安が非常に悪い)からシカゴを目指す車で旅の途中
ならばこれは無理は全くない。
しかし、映画シナリオでは「ピッツバーグか?」と書き換えられている。
この意味がよくわからない。
西海岸から車でシカゴを目指しているならば、ピッツバーグはニュー
ヨーク寄りであり、シカゴからは500kmも東に離れている。わざわざ
途中に寄って小銭(100ドル=現在レートで10万強程)を稼ぐために
より道するような距離ではない。日本で例えるならば、博多から陸路
で東京を目指し、その東京行きの途中で道すがら小遣い稼ぎをする
のに青森に寄った、みたいなことになってしまうのである。
ここで気づくのだが、映画作品では、悪人バート・ゴードンが裏世界を
仕切る町の名、つまりミネソタ・ファッツとエディがプールの大勝負をする
町の名は一切出てこないのである。
劇中の大ビリヤード場「エイムス」は、実はニューヨークに本当にあった
プールホールであり、そこで店内ロケが行なわれている。
もしかすると、映画作品は、舞台を原作のシカゴではなく、ニューヨーク
としていたのではなかろうか。町の名は映画では一切出てこないが、
そうであるとするならば、すべてに位置的な移動の空間的整合性の
説明がつく。

しっかりと、映画ではニューヨークの町が写っているのよね(^^;
原作ではシカゴ。なのでシカゴとしてここを描いていることになる。
これは当時タイムリーに映画作品を観たアメリカ人(北部の地理に詳しい
人たちでヒット作の原作小説を読んだ人)たちは、「???」となったのでは
なかろうか。「舞台がニューヨークになっとるやんけ!」と。
舞台が大阪なのに大阪ロケ大変だからと東京タワーを通天閣の代わりに
撮影したけど何か?みたいな(笑)。


さて、さらに衝撃的ともいえる違いが原作と映画作品では存在する。
それは、主戦場となった大勝負の店の名がまるで異なるのだ。

映画での店。この黒人の掃除夫のヘンリーは25年後の続編『カラー・
オブ・マネー(邦題「ハスラー2」)』(1986)でビリヤード場のオーナー
として登場する。彼はこの店での下働きから、後に金を貯めてプール
ホールのオーナーにまでなったのだった。25年後にエディと偶然再会
する。続編は丁度25年後に撮影公開されたというのが素晴らしい。

25年後に再会したエディとヘンリー。



店の名は1961年作から1986作続編では McGirr's AMES から
McGeer's に変っている。この真相は不明。
また、一作目が撮影されたAMESはニューヨークに実在したAMES
BILLIARD ACADEMYだが、25年後の続編で McGeer's とされて
いるので米国内でも混乱をきたしている。
実際のプールホールのAMESは、ニューヨークの160W.44th St.
7th Av.(160ウエスト44通り第7アベニュー。アベニューとは、南北
もしくは東西の通りと交差する東西あるいは南北の条のことである)
に存在した。私の調査によると、ニューヨークタイムスその他の記事に
よれば、1960年代後半にビリヤード場は閉鎖され、その後、1階部分
はセフォラ社、その上にはグッドモーニングアメリカ社と他のいくつかの
オフィス・スタジオが入居していたようだ。
McGirr's と McGreer's の関係およびMcGirr's と AMES の
関係については不明である。映画『THE HUSTLER』の中には、
AMES とだけ出てくるのみだ。これは会話の台詞と窓外の看板に
出てくる。

さて、この『ハスラー』に出てくる肝心の大勝負の店の名前が原作と
映画作品では異なるのである。

AMESの外看板。スヌーカーもあり、プールは正式にはアメリカでも
ポケット・ビリヤードと呼ばれていたことが判る。この建物の様子から
すると、2階部分に撞球場があるようにとれる。

【店の名】
<原作(日本語訳)>
ベニントンズ・ビリヤード・ホール

<シナリオ>
AMES

<映画>
AMES

この店名については、原作では深い意味がある。
それは、原作ではこの店を開設したオールド・ベニントンとビッグ・
ジョンは30年前に店の3番テーブルで勝負をしたのだ。ビッグ・ジョンは
コロラド州コロンバスからシカゴにやってきた若き燃えるプレーヤーだった
が、ベニントンにコテンパンに負けたのだった。そして、彼はシカゴに住み
ついた。

この仕事もせずに昼間から玉屋にたむろしている風采の上がらない
オヤジが実は30年前には燃え燃えのプレーヤーだったビッグ・ジョン
(マイケル・コンスタンティン)である。


彼は物知り顔でエディに「ファッツとの勝負はやめとけよ」と親切心から
言うのだが、実は若き日の自分がエディと重なっていたからだという
演出は、実は原作を読まないと掴むことができない。
ただ、映画の中でもやたらと気になる人物である。
そして、ミネソタ・ファッツがビッグ・ジョンにエディのことを「ビッグ・ジョン。
この子はハスラーかな?」と尋ねることからも、ファッツからも一目置かれ
ている人物がビッグ・ジョンであることを表現している。
なによりも私が初見の時から驚いたのは、ビッグ・ジョンは、エディとファッツ
の36時間にもわたる死闘を最後まで観戦していたことだ。もちろん寝ずに。
36時間寝ずにいたのは、チャーリー、バート・ゴードン、ミネソタ・ファッツ、
点数つけのオヤジ、そしてビッグ・ジョンだ。エディは途中でゲーム中に
酔って寝てしまい、ファッツに何度も取りきりされている。
その大勝負を最後まで観戦しているだけで、ビッグ・ジョンはただ者では
ないという映像演出表現がされているのである。
原作での最ラストは、ビッグ・ジョンが一人玉を撞くシーンで終わっている。

ちなみに店の名に「~'s」とするのはアメリカ合衆国ではよくあることだ。
オーナーの名前を店の名前にするのだ。独自の店名ではなく。
たとえば「チョーキーの」とか「マクギアの」というのを店名にするのだ。
日本でいうならば「山田商店」や「高島屋」のようなものだ。
したがって、マクギアなのかエイムスなのか米国内でも議論があるが、
実は「マクギアさんのエイムス」という店舗名だったのではなかろうか。
なので、店を表すのに「マクギア」でも「エイムス」でも正解であるとすれば、
25年後の『ハスラー2』でエディがヘンリーと再会した時に、「う~む、最後に
君を見た時は君はマクギアの店の床を掃いてたよ」とエディがヘンリーに
言う台詞にも不自然さはなくなる。

さて、その大勝負のプールホールだが、店名だけでなく、店舗があったビル
内の階も異なる。

【店の階】
<原作>
8階部分でエレベーター利用

<シナリオ>
不明

<映画>
階数不明、階段利用







以上、作品序盤での原作と映画の大まかな違いを見たが、他にも
細かい部分ではかなり異なる。

面白いのが、映画ではどの作品でもかなり多くみられる「同じシーン
であるのに、キャメラのカットが替わったら置かれている物の位置が
異なる」というものだ。
有名な映画では『ローマの休日』がある。目の前の出店にアイスク
リームを買いに行くシーンで、背景に映る時計台の時刻がアイスク
リームを買って戻ったら数時間過ぎていた、というもの。これは有名
だが、こうした映画作品上での失敗は多くある。
この『ハスラー』でも沢山あるが、その一つに次のカットがある。

ファッツに負けたエディは、失意のうちに相棒チャーリーをホテルに
残して立ち去ろうとする。
その時に、ベッドにはエディのキューケースが置かれている。


直後にベッドに腰かけるが、なぜかケースの向きが違います(笑)。


こうしたことは、現場で何度も撮り直ししているうちに、製作者スタッフが
何が何だか分からなくなって起こることで、映画という映像作品では
ものすごく多い出来事だ。
しかし、この『ハスラー』のDVDにおいては、映画の日本語の吹き替えで
まるっきり異なる台詞を入れてしまって、作品をわけわからなくすることが
されており、それはさすがにどうかと思った。
その検証をしたいというのが、今回作品を原作とも照らし合わせてチェック
する動機だった。

問題のシーンはここだ。
エディがファッツに完璧に敗北して、ホテルになけなしの200ドル(現在
額面で約20万円程)程のうちいくらかをテーブルに置いてチャーリーを
部屋に残したまま訪れた早朝のバスステーションでのことだ。


ここで、このバスターミナルでは場内放送がされている。
朝6時前なのに完全に日は昇っており、土地柄がよく分かる。
このバスターミナルでの日本語吹き替えの場内放送が問題
なのだ。

【場内放送】
<原作>
場内放送についての記述なし

<シナリオ>
場内放送についての記述なし

<映画(英語音声日本語字幕)>
放送不明(私が聴き取れない)/字幕なし

<映画(日本語吹き替え音声)>
「クリーブランド、シカゴ方面の特急バスは6時に発車致します」
(女性による明瞭な放送)

英語音声は聴き取りはできなかったが、「クリーブランド」「シカゴ」と
いう地名は言ってないことだけは確かだ。
となるとである。
この日本語吹き替えの台詞はどうして入れられたのか、ということだ。
原作では、ここはシカゴのはずである。シカゴのバスステーションに
おいて「シカゴ行き」とはどういうことか。
しかも、特急で行くほどに距離が離れている場所ということになる。
日本語吹き替えでは、ファッツと勝負したエイムスの現在地をどこに
しているのだろうか。
バスの行先方面からの推測では、クリーブランドが手前でその先に
シカゴがある町、ということになる。
となると・・・・


日本語吹き替えバージョンでは、エイムスの店があるこの主舞台の町は
もちろんシカゴではないのであるが、このバスステーションのシーンでの
場内放送から、「ピッツバーグ」としていることが想定される。
このこと自体は、映画の中では一切「シカゴ」という地名が出て来ていない
ことと何ら不整合はない。
それどころか、最初の小さな町で、バーテンダーに「ピッツバーグに行く
ところか?それともピッツバーグから帰るところか」とエディとチャーリーは
質問されているので、もしかすると、映画でのこのエイムスの町は、シカゴ
ではなくピッツバーグ、もしくはニューヨークの設定なのかもしれない。
少なくとも、日本語吹き替えバージョンでは、シカゴとクリーブランドでない
ことだけは、これは論理的に確実である。
仮に映画の設定が、エイムスはニューヨークであるとするのならば、店舗
が実際にニューヨークにあり、そこでロケされたので不都合はない。
となると、最初の名もなき小さな町というのは、映画では、ピッツバーグを
基点に、ニューヨーク側の東のどこかか、あるいは西側のどこかの街道
途中にある街ということになる。原作のイリノイ州ワトキンスというのは
もちろん当てはまらない。原作は目的地がシカゴであり、ワトキンスでは
「(目的地は)シカゴか?」と質問されていて、シカゴまでの行きか還りに
ワトキンスを通ったことは位置的に不整合はないからだ。
だが、映画では「ピッツバーグに行くのか?それとも還りか?」と質問されて
いるので、やはり場所をシカゴとした場合、西海岸からシカゴに向かう途中
でピッツバーグ周辺(東西どちらか)をうろつくということには不自然さがある
のだ。小銭稼ぎで数百キロも迂回して走る意味がないからだ。目的地まで
の道程の街道筋で稼ぐのが普通だろう。それは映画『ギター弾きの恋』で、
主人公が車で移動しながら街道沿いの田舎町で素人を装って芸能コン
テストで賞金をかすめ取ったように。それがハスラー(ゴト師)の手だろう。

となると、映画『ハスラー』の舞台はシカゴではなく、やはりニューヨークと
設定されていることが非常に可能性が高い。あるいは、ピッツバーグである。
ただ、ピッツバーグとした場合、そこは鉄鋼業が盛んで、昔から教育文京
都市であるので、裏筋街道のギャンブラーがひしめくような土地柄ではない
ように思える。全米で一、二を争う犯罪都市オークランドからわざわざ「しけた
ゲームとはおさらば」したいために出てきたエディが言う「大都会」とするには、
ピッツバーグはあまりにも不似合だ。ここはやはり原作通り、アルカポネが
存在したシカゴが一番似合っているのだが、映画では位置的関係から不整合
が起きるので、位置関係を映画の中の各設定から探ると、シカゴよりももっと
東の都市を舞台とした物語
だろうという推測が成立するのだ。


てなことを昨夜ふ~と考えていたら眠れなくなったので、日記に映画鑑賞
四方山話として書いておく。
実際のところは、映画『ハスラー』は、6週間かけて全編ニューヨークで撮影
されている。作中には「シカゴ」という場所であるということは一切出てこない。
そして、劇中のプールホールは、McGeer's と Ames Billiard Academy
という実在の店舗(現在閉店)を実名のまま撮影に使用しているのである。
有名なホールだったので、映画における場所の設定はニューヨークで確定
事項となる。

映画でも原作でも出てきたキーポイントとなる町がケンタッキー州のルイビル
だ。
この町では、全米で最大の競馬であるケンタッキー・ダービーが開かれる。
アメリカン・クラシック三冠の第一冠であり、このダート10ハロンのレースを
全米のすべての騎手は目指して競馬をしている。
エディは、足が不自由な女子大生サラと一緒に暮らしている時、弁当を持って
二人でピクニックに行った。
そこで、エディは、自分を競馬の騎手に例えて、自分を説明する。
人馬一体となり誰にも止められない勝負の世界を繰り広げるジョッキーと
自分は同じなのだ、とエディは言い、それを見つめるサラはエディに愛している
と言う。だがエディは「愛」とは何かがよく解らないで答えに躊躇する。
そのエディが自分を例えたジョッキーの天王山がケンタッキーのルイビルで
行なわれるケンタッキー・ダービーなのである。
その町にエディとサラとバート・ゴードンは出かけた。富豪と大勝負して金を
巻き上げるためだ。
エディはこの地でようやく人として一番大切なことに目覚めるのである。

この『ハスラー』のラストシーンは、『カサブランカ』に並ぶ、映画の
名ラストシーンといえる。
まるで舞台演劇のように緻密に計算されたプロットを俳優がすべて
各人の息がピタリとあって演技されている。役者が本当に演技をする
映画、CGでのごまかしなど利かなかった時代の、俳優の演技こそが
劇作のすべてであったという時代の良質な芸術表現をこのラストシーン
に見ることができる。
同時に動き出す者たちと静止する者とがまるで「生と死」のように明暗
の比喩として描写されているのである。
ファッツなどは、己の象徴であった赤いカーネーションを千切り捨てて
エディに続いて店から出て行く。最後はエディから「ありがとうよ。多くを
学ばせてもらったよ」と言われたファッツもまた、エディから学んだの
だった。それは自ら死んで教え残した女子大生サラが彼らに訴え続けた
ことだった。「悪魔に魂を売らないで」と。
ファッツは、自分の象徴でもあった勲章のような真っ赤なカーネーションの
残り茎を自らかなぐり捨てて最後には店を出る。
同じ土俵で精根尽きるまで戦った者同士がようやく理解できたことがあった。
それを理解した者と理解しようとしない者を、ロバート・ロッセン監督はこの
ラストシーンで見事な演出手法で描き切ったのである。
『ハスラー』はビリヤード映画ではない。1961年にお化け作品の『ウエスト・
サイド・ストーリー』とアカデミー賞を争った作品だ。
間違いなく、歴史に残る名作である。












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スティーブン・セガール

2017年04月03日 | 映画・ドラマ



ただのコックにしては料理帽をなぜかミリタリーベレーかぶり(笑)
この死なない最強オヤジが次は何をやらかすか。

私の予想では、日本刀による銃弾斬りを新作のシーンに盛り込む。


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映画作品に見る年齢演出と時間軸 ~映画『道頓堀川』~

2017年03月25日 | 映画・ドラマ



映画『道頓堀川』(1981年公開/松竹/深作欣二監督/原作宮本輝)から
故渡瀬恒彦さん演じるワタナベ。関西で一番の裏世界の撞球師という
役どころだ。
渡瀬恒彦さんは1944年7月生まれ。この作品公開は1981年で撮影
は1980年、この時渡瀬さんは36歳だ。36歳にしてはおっさん臭いの
だが、これは映画の舞台設定である1980年の現代劇の時代には、
普通に36歳といったらこのようなおっちゃんだった。今のような小学生
や中学生がそのまま年取っただけのような36歳=中年などいなかった。
30過ぎてキャップの帽子を斜めに被ったり半ズボンはいたり、最近のは
アメリカの真似してるのかカッペの都会真似みたいでダサいだけでなく
幼稚な風貌(オツムもだが)が多すぎる。30代で普通に考え方も中防
みたいだし。

まあ、渡瀬さんは当時の実年齢なりの役どころを表現している。


ワタナベのプレーを見守る政夫(佐藤浩市)と邦彦(真田広之)は、
同級生の役で、この1980年時点で19歳、邦彦は大学2年の役だ。
この二人は私と同い歳の1960年生まれの同学年で、1980年時点
で大学2年というのは、この作品がタイムリーに同じ年の人間を役
の中で演技させているという脚本になっている。深作監督の手に
よるものだ。原作は戦後の話。
この二人は、1980年当時の19歳~20代前半の若者の髪型や
服装をしている。「現代劇」として撮影されていることが見て取れる。


この映画が撮影された年の私。佐藤浩市、真田広之とは同学年である。
彼らと似たような髪型だ。この手が1980年当時は一般的だった。



余談だが、この映画作品で出てくる3つのビリヤード場はすべてスタジオ
内に造られたセットである。私は探しまくったが、見つからなかった。見つ
かる訳がない(笑)。
ウルトラリアルな造り込みで、当時の少数台数を置く「玉屋」の雰囲気を
出している。セットとは思えないほどだ。


そうした映像技法の演出に観客はやられてしまう。
主演の一人の山崎勉さんは武内鉄男という往年の撞球師の
役どころだ。政夫(佐藤浩市)の父親役だ。

山崎さんは1936年生まれ。この映画が撮影された1980年は44歳である。
うっそ!この時の山崎さん、今の俺の12歳年下?
どう見ても60歳過ぎのおっちゃんにしか見えない。
隣りを歩く真田は当時19歳もしくは20歳であり、私と同学年、着ている服や
雰囲気も同世代の若者を表現している。
だが、山崎さんは、山崎さんが老けているのではなく、役どころをこなし切って
いる、というところを俳優の演技力のキモとして見ることができる。これを44歳
とは誰も
思わないだろう。
だが、24歳の時に政夫が生まれたとすればこの役どころでも44歳設定ともなる
のであるが、この時に
はたぶん50代後半の設定どころの役のこなしなのでは
なかろうか。
このシーンの時点(1980年)で44歳であるとするならば、「昭和42年 関西
ポケットビリヤード選手権」の時点では31歳という設定になってしまう。随分と
老けた31歳だ(笑)。


だが、ここで、年数的な脚本の錯誤が露出してしまう。
玉田ソウイチの孫のユキ(加賀まりこ)が、玉田が突然死した15年後に
恩人でもあった武内鉄男の前に現れる。武内に会いたくて、会って一言
お礼を言いたくて、ユキは武内のそばにビリヤード場を持ったのだった。
ユキは少女時代に唯一の身よりの祖父の玉田が突然死してしまい、
浮浪者のようになって身を売りながらその日をやっと生きていたのだっ
た。


加賀まりこさんは1943年12月生まれ。この映画作品の撮影時は
36歳である。昭和42年1967年時点で10代後半の少女の役を
演じていて、その時から15年後という設定がこの映画の時間軸と
しての時代設定となる。
ということは・・・この作品のタイムリーな舞台設定は1982年という
ことで、製作が1980年、公開が1981年であるので、実は『野性の
証明』のように数年後の近未来を描いたSF作品ということになる
のである。
このことに気付いている映画ファンはどれくらいいるのだろうか。
そして、1967年の時点で仮にユキが16歳の少女だったら、15年後
は31歳、18歳の少女だったら33歳という設定となる。36歳時点の
加賀まりこさんでも無理はない。
大人になったユキが玉を撞くシーンはすべて女子プロの故島崎プロ
(美人さんだった)が吹き替えを行なっているが、山崎努さんと対峙
して会話するシーンでの後姿にも島崎プロが出ていると思えるカット
があり、たぶん、加賀まりこさんのスケジュールが合わなくて、台詞
のない後ろ姿のみのシーンは背格好の似た島崎プロが代役で吹き
替えを行なったのではなかろうか。それを編集で巧みに繋ぎ合わせて
違和感のないシーンとして構成したのだと私は読んでいる。
(この作品は私は100回近く見ている)

ただし、役どころにおいては、佐藤浩市、真田広之のタイムリーな
年齢の若者を除いて、役作りで演技者の年齢がすぐには分からなく
なっているのが、この映画のミソでもある。
佐藤・真田の同級生コンビとて、作品の時間軸は1982年という舞台
設定なので、撮影時にはまだ見知らぬ2年先の未来の世界において
2年前の現在の自分の年齢=19歳という若者の役を演じるという複雑
なパラドックスが生じているのである。
とにかくこの作品は、役者の演技が光る作で、それが年齢という一つの
限界性を超える表現になっている。
主役の一人の武内鉄男=山崎努さんがこの時点での実年齢が44歳
にはとても見えないというのは、役者の演技力のなせる技だ。

それで驚いてはいけない。
本当の「われ、役者やのう」はこの人。


関西実力ナンバー1の表のビリヤード選手、玉田ソウイチの役を
演じる
のは名優の故大滝秀治(ひでじ)さんだ。
大滝さんはいつの時代でも「じいさん」役を演じられる個性派俳優
あるのだが、生まれは1925年6月(大正14年)だ。この映画が
撮影され
た、このショットの時、大滝さん54歳もしくは55歳!
げひょ~~ん! ヽ(◎。◎)ノ 
今の俺より歳下!!

どう見ても70過ぎのじい様だぞ。

おそるべし!俳優という種族の人々よ!

でも、吉永小百合さんだからと、娘役とか若妻役をやらせるのはやめて
ください。『北の零年』は、かな~~~り、苦しいものがありました(^^;
樹木希林さんは20代の頃からおばあちゃん演技が巧みな人だったが、
それの逆バージョンで、いくら吉永小百合さんが大昔美人だったとはいえ、
1945年3月の戦時中生まれの吉永さんが2004年の60歳のときに20代
のシーンを演じるというのは、いくらなんでも無理があるってば。実際に
あったので、非常に痛々しかった。
メイクにより老け顔や演技を演じることはできるだろうが、若返るという
のはかなり難しいのではなかろうか。

薬師丸ひろ子さんが『バブルへGO!!』で「やはり広末涼子さんのお母さん
役というのは出来ない。私は下ろしてくれ」と悩んで監督に申し入れた
らしいが、この『道頓堀川』の撮影中には、主演の松坂慶子さんが、撮影
途中でウツになり、撮影が中断してしまった。
プロデューサーの織田明氏がなんとか松坂さんと対話して、どうにか撮影
が続けられることになったのだが、織田氏は言う。
「男の生理、女の生理があるように、役者には役者の生理というものが
ある。どうにもできないときにはどうにもできないのだ」と。
本物たちが一堂に会して己の力を出す表現芸術の世界は、やはり世間の
一般的な世界とは別世界なのだろう。
プライベートオフタイムにおいても、一切「役者」の立場を崩さない田村正和
さんは、最後の「役者」のようにも思える。

この『道頓堀川』では、「未完」なり「障害」なりを持つ者たちが登場人物の
すべてを占める。映画作品の中では「かたわ」という表現が用いられている。
現代では差別表現とされる表現だが、この作品では「かたわ」の人々こそが
普通であり、そのままの素の人間として描かれている。この映画はそうした
一般世間では「未完」や「未達」とされて、「不完全」な存在として社会から
押しのけられてしまう人々が主人公たちとなっている。
足が一本動かない犬(原作では三本足)、狭い芸妓と夜の世界しか知らない
大企業の妾の女性、麻薬中毒の撞球師、撞球を取ったら何も残らない若者、
絵描きを志すも己の才能の限界に悩む美大生、同性愛者たち、売春でしか
生きられなかった浮浪児、裏世界に生きる幇間、麻薬中毒者の愛人となって
いる踊り子・・・。
武内鉄男は、そういう「不完全な人たち」を指して、「皆この道頓堀に住んでる
者は心に寒い風が吹いている」と邦彦に言う。
そうした、「何一つ不自由のない人々」の対極にいる人々の息遣いをこの映画
作品は描き切っている。むしろ戦後のドロドロの世界を描いた原作よりもドラス
ティックに深作監督は描き切っている。
私にとっては、この作は『泥の川』と並んでかなりの秀作だ。だから100回近く
も観ている。日常的にことあるごとに観ている。
劇中の関西弁はまるであきまへんけどな(笑
出演者で大阪出身者が皆無という(^^;
方言指導をもっときっちりと入れたほうがよかったのではないかなぁ。
一応あったみたいだけど、このようにぬるいのではなく、ガチガチの船場言葉
や河内弁が飛び交うようなほうがよかった。一番大阪弁ぽかったのが雀荘で
邦彦をどつきまわすヤクザだったりして(笑

ということで、映画『道頓堀川』に見る俳優の年齢を超える演技について
でした。
『道頓堀川』が近未来映画だったということは、皆さん、気づいてなかった
でしょ?( ̄ー ̄)ニヤリ


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