渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

『映画 日本刀 〜刀剣の世界〜』予告

2016年05月10日 | 映画・ドラマ

『映画 日本刀 〜刀剣の世界〜』予告

2016/04/28 に公開
映画史上初の刀剣ドキュメンタリー。それは、名刀と匠の共演乱舞―。
『映画 日本刀 〜刀剣の世界〜』
5月下旬 TOHOシネマズ日本橋にて公開

東京日本橋限定かいっ!(^^;


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映像に見る風景と台詞まわし 『その小さき手に』 〜子連れ狼〜

2016年04月13日 | 映画・ドラマ

子連れ狼 Lone Wolf & Cub: Final Conflict (1993) Resisting Arrest


原作者の方はこの1993年田村正和版の子連れ狼が一番
原作のイメージに合っていて好きなのだという。
実は数ある子連れ狼シリーズで、私もこの作品が一番好きだ。
一番最初の若山富三郎先生版は生々しすぎでグロだし、劇画
原作に最も忠実な萬屋錦之介版は、安定感はあるが、動きが
もっさりしている。
ソフトバンクの白い犬のお父さん版は、ただの毎週放送の老人
向け時代劇になり下がっていて最低以下の出来だった。なんと
いうか素浪人天下御免の向こう傷カーッ!みたいな実に陳腐な
拝一刀になり下がっていて、史上最悪の出来だった。

この『その小さき手に』は、原作劇画とはかなり表現描写が異なる。
だが、私は惹かれる。
まるで舞台劇のような現実離れした美しすぎる田村正和の立ち
回り(殺陣における剣劇シーンのことを「立ち回り」と呼ぶ)なのだが、
肉親を殺された時の悲哀感などは田村氏が一番飛び抜けて演技
できているように感じた。他の方の演技は、原作をなぞるか、直截
過ぎる感じであり、「唇を知らずに噛みしめて血が流れる」ような感情
の表現は、田村さんが図抜けている。
比較するべきものでもなく、「田村正和は田村正和なり」と私は思う。

ところで、公儀介錯人旗本拝一刀は、公儀介錯人の地位を狙う
裏柳生の謀略により、登城出仕後に屋敷に帰宅すると、一族郎党と
妻「あざみ」が殺害されていた。
このyoutube動画はそのシーンだが、これはどの作品でも出てくる。
ここから拝一刀は刺客の道に入るからだ。
拝一刀が刺客道に入った
理由は拝家再興ではなく、ただ柳生に恨みを
晴らすためである。

刺客一殺五百両の報酬は、剣で柳生に立ち向かえない幼い一子
大五郎に南蛮渡来の投擲雷(とうてきらい。手榴弾)を与えるため
の資金だった。亡き妻あざみの従者だった「竹阿弥」が毎回送り届け
られる金子を溶かして竹の中に秘蔵した。
竹阿弥は明らかに忍びの者であり、あざみは柳生の娘であるかのような
ニュアンスを匂わせるシーンも原作には出てくる。
さすれば、最後のシーンで、柳生烈堂が大五郎を抱きしめて「わが孫よ」
と呟き、大五郎が「?」となるシーンのつじつまも合うのだが、大五郎が
柳生烈堂の実孫であるという見解は原作者が自ら後年否定している。


この柳生が自宅に乗り込んでくるシーンでは、どの作品でも、拝一刀は
邸内から走り出て、邸宅脇の水辺に柳生の一群を誘いこむ。
拝一刀と柳生烈堂が死亡したのは、原作からの類推では1702年の
元禄15年であるのだが、当時の江戸は、市内からちょっと出ると
山林原野のような地域が広がっていた。徳川実紀にも、江戸付近で
鹿狩りで鹿が大量に獲れたことが記録されており、現在の都心港区にも
「狸穴(まみあな)」という地名が残っているように、タヌキが棲むところ
であり、今でいうと、地方都市を想像してもらえばよいだろう。
ただし、「狸穴(まみあな)」という地名は馴染みが時代と共に薄れた
ためか、ロスインディオスの『別れても好きな人』では、最初は「歩きたいのよ
狸穴 灯りが揺れてるタワー」と歌っていたのに、後年のロスインディオス
&シルビア版では「歩きたいのよ高輪 灯りが揺れてるタワー」に歌詞を
変えている。実はロシア大使館の坂下の狸穴からはタワーがよく見えるが、
高輪からはタワーはあまりよく見えないのではあるが、イメージ的にマミアナ
よりも高輪のほうが時代的にオサレだったからだろう。高輪プリンスホテル
全盛期の頃に歌詞は変更された。
『別れても好きな人』では、本当は高輪ではなく狸穴から赤坂に歩く。
「ちょっぴり寂しい乃木坂 いつもの一ツ木通り ここでさよならするわ
雨の夜だから」となる。高輪となると、高輪から赤坂まで歩いたのか?と
すごく不自然になる。高輪というのはJR品川から丘を登ったところで、赤穂
浪士の墓がある泉岳寺のある場所だ。そこから赤坂まで歩くというのは、
かなり無理がある。
そして、初回盤の歌詞のほうが情景が豊かだ。なぜならば、ロシア大使館
あたりの狸穴を歩いて二人で赤坂まで一緒に行くという情景が浮かぶ
からだ。距離的にも無理はない。別れた後に二人が偶然再会して「恋の
いたずらね」となり、原宿や赤坂でまた会う。恋人同士にかえってグラスを
傾けた二人だったが、東京タワー近くの狸穴を一緒に歩き、赤坂乃木坂、
一ツ木通りのあたりで再びまた別れることにするのだ。雨の夜だから。
そうした『別れても好きな人』の歌詞で、高輪がリメイク版でとってつけたように
登場したのは、原詩の流れや情景からすると、とても不自然なのだ。
これはタワー狸穴あたりと赤坂六本木と高輪を知っている人からすると
リメイク版で歌詞が変更された時、「あれ?」と思った事だろう。
(ちなみに東京タワー下の直角コーナーは膝擦りコーナーで攻め所であった。
下りはすぐに信号があるので攻められないが、慶應大学方面に向かう上りは
タワー下コーナーを抜けてから続く高速S字も楽しめた)


閑話休題−

三原市などは、今でも城から数百メートルの地点でイノシシやタヌキ、
キツネやテンなどが出る。城下町の市内の山ぎわを大型イノシシが
歩いている姿を想像できるだろうか。
まさに江戸時代の江戸シティがそのような感じだっただろう。

雪の日に私の家の駐車場横に出たタヌキ。城から300メートル地点。




そこで、拝一刀が邸宅から自宅脇の水辺に柳生を誘いこむシーンなのだが・・・
こうした風景は江戸府内としてもあったかも知れない。


だが、こうなると、後ろに明らかに「山」があり、これは愛宕山で
あるとしてもかなり無理がある。


一方、大人気高視聴率だった萬屋版では、拝一刀は邸宅を出て
すぐ横の川に柳生を誘いこむ。


気になるのは、かなり上流の渓流であること。


やはり山が映り込んでしまっている。
CGも存在しなかった時代、撮影場所がないから仕方ないが。


水鴎流(すいおうりゅう)波切りの太刀。




ただ、萬屋版は、屋敷のすぐ脇が川というところが原作に忠実である。


萬屋先生は、台詞回しが歌舞伎っぽいが、そこがまたよかったりもする。
特徴としては、早く言うところとゆっくり言うところの強弱をつけるのと、
文節の切り方が独特なところだ。
通常、「○は△であった。それが□である。」と言うところ、萬屋先生は
「○は△であったそれが、、、□である」というような文節の区切り方で
よく台詞回しを表現する。前段は素早くしゃべり、「□である」のところは
極めてゆっくりと言う。これが萬屋錦之介の台詞回しの特徴だ。

若山富三郎版の同シーン。


若山富三郎先生は何を言ってるのかよく判らない(^^;

田村正和は昔よくモノマネされたが、そのモノマネのデフォルメと同じ
ように、抑揚なく台詞をしゃべる。だが、それが棒読みとはなっていない
ところが特徴だ。感情を抑えた台詞回しが特徴だったが、この『この小さき
手に』では激情で叫ぶような感情も表現している。役者田村の「堪え」と
「発奮」の二面性の演技がこの『この小さき手に』では見られて面白い。

田村正和版では、川ではなくどこかの止水で撮影されたようだ。
止水といえば思い浮かぶのが虎ノ門から赤坂にかけての「溜池」だ。
現在は完全に埋め立てられて地下鉄が通っている。



明治初年の赤坂溜池






江戸期の溜池の地図。虎ノ門から赤坂に向かう途中にある。


旧田村町(現内幸町)から虎ノ門方面を見る。正面が日本初の
高層ビルである霞ヶ関ビルだ。ここらあたりに私の前職の職場が
あり、刀工小林康宏はここ田村町で生まれ育ち、中学の時に
高輪に引っ越した。東京の道割りは江戸時代から変っていない。
正面の霞ヶ関ビルの向こうに溜池があった。今は地名のみが残る。


私は、原作劇画から拝一刀の屋敷所在地を割り出そうとしたが
できなかった。
それは、現実世界の江戸の地形と、原作劇画の屋敷付近の地形が
合致しないからだ。架空の中の架空の場所として原作では描かれて
いる。
これが、同原作者同劇画家の作品の幕府御様(おためし)御用の
山田浅右衛門を主人公とした『首切り朝』では、かなり現実の江戸
市中がリアルに描かれている。

この切絵図は劇画『首切り朝』の中でも使われた。



時代劇を観る楽しさに屋外でのロケがある。

最近では時代劇の撮影場所が激減してロケハン(ロケ地ハン
ティング=ロケ地探し)も大変であることだろう。
だから最近は時代劇でもCGが多用されるのだろうが、なんだか
やはり味気ない。
萬屋版の面白さの一つは、スタジオ撮影がほとんどなく、刺客と
なって野外を放浪する拝一刀の姿が自然風景とマッチしていたから
というところもあるのではなかろうか。

そして、都市である江戸をはじめとする城下町は、戦後の高度
経済成長が訪れる以前の日本の地方都市の風景に似ていた。
私が生まれて初めて岡山市を訪れた時(1997年)に、なぜか
郷愁に似たものを感じたが、それは岡山市内には高いビルが
なく、歩道にガードレールが存在せず、市内を路面電車が走って
いたからだった。
それは、まさしく昭和40年代中期までの東京の風景に似ていた
のである。
時代劇が私の世代まで人気が高かったのは、劇中に見られる
風景に、多くの人が郷愁に似た感覚を無意識に抱くからかも
しれない。
同じような例として、なぜ韓流ドラマが中高年層にウケるのか
ということがある。
それは韓流ドラマで描かれる創作物が、失われた日本のかつての
情愛を描いた作品と重なるからではなかろうか。赤いシリーズや
もっと古くは「愛染かつら」のように。
私は、韓流ドラマの吹き替えがアニメのようにわざとらしくあざとく
思えて耳触りなので、韓流ドラマは観ないのだが。
洋画の吹き替えも似たようなところがある。

友近さんが日本語吹き替えの洋画ドラマのわざとらしさをネタにした
絶品モノマネがある。プロの職人技だ。
友近 「キャサリン」




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若山富三郎の殺陣(たて)

2016年04月12日 | 映画・ドラマ

子連れ狼(若山富三郎)


歌はよくないが、殺陣は若山富三郎先生が一番だと私は思う。
これには妻も同じ意見で、「最高よ」と言う。

爆笑!柳沢慎吾「 若山富三郎」


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殺陣(たて)と現実の違い

2016年04月12日 | 映画・ドラマ



倒れ込んだ拝一刀に刀を突き立てる柳生烈堂。
でも死なない拝一刀!

活劇ですから(^^;
現実ならば死にます。
しかも刺してからグリグリやられてるし。

それどころか、背中からわき腹(肝臓の辺り)にも刀を
刺されてしまっています。


死にますから(^^;
でも、一刀は死なな〜い。

活劇の殺陣(たて)は現実とは違うのだと、当たり前のことですが、
どうか理解してください。

良い子は真似しないように。

lone wolf & cub
- how to kill an angry looking weirdo with white hair + a lot of ninjas


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いつか君と僕は同じ一線で結ばれた優しい放浪者だった

2016年04月10日 | 映画・ドラマ



「いつか君と僕は同じ一線で結ばれた優しい放浪者だった」

ドラマ『高校教師』(1993年。全11話)。

私の中で、この作品がここ四半世紀で一番のドラマだ。
作品の作りと撮影が物凄く丁寧ということを言うと陳腐になる。
原作者野島伸司はこのドラマを「ギリシャ神話のようにしたい」とのことで
脚本を書いた。
多くの俳優に出演を断られた。それはあまりにもタブーとそれを超える
愛をテーマにした作品だったからだ。
ようやく決まった主人公の女子高生の一人二宮繭(まゆ)は桜井幸子が
演じた。
また、多くの女優が断った繭(まゆ)の親友相沢直子役は持田真樹が
演じたが、鬼気迫る教師藤村(京本政樹)の演技によって、本当に
京本を持田は嫌いになってしまったそうだ。(20数年後に和解)
主人公の教師羽村は真田広之が演じきっている。

このドラマはドラマとわかっていても、切なく悲しい。
悲しいだけでも切ないだけでもない。切なくて悲しいのだ。
第1話の段階で主人公の教師羽村のナレーションが過去形で述懐
する形で入る時点で、私は初回放送を観て「これはとんでもない不幸劇だ」と
感じたが、
実際にドラマは重く切なく哀しい展開になっていく。

役者の演技が物凄くいい。
これは役者の力量もあるだろうが、監督の手腕が大きいと思える。
特に主人公の二人、高校2年生二宮繭の桜井幸子とひ弱な新任教師
羽村の真田広之の演技が素晴らしくいい。
台詞まわし、そして台詞がなくとも表情や仕草で心象風景を十二分に
表現している。
桜井さんはこの作品で「燃え尽き症候群」になってしまったのか、クランクアップ
後に一年間
女優業を休業した。その後は静かに女優を続けたが、ひっそりと
芸能界
を引退した。
この作品が彼女の演じた作品群の最高峰だろう。とにかく、作品が良い。

劇中、多くの伏線と布石があり、サスペンス要素も多いのだが、見逃して
しまっている人も大勢いるのではなかろうか。
私はこれまで何度も何度も観たが、やはり全編の中で一番好きな登場
人物の表情のシーンは繭のこの表情だ。


これは、最終話の1話前の回で、羽村が公園で待つ繭を迎えに行った時、
繭が羽村に気付いて、公園の砂場で立ち上がって見せる表情である。
実はこの表情は、羽村が全く同じ面持ちで、似たようなシーンで見せる
回があった。どの回かは、ファンの方のお楽しみということで、全編を
ご覧になってみてください。
その時の羽村の表情は、この最終話前の繭の表情と対になっていたのだ。
この二宮繭のこの画像を私は初めて自宅用に購入したパソコンの待ち受け
画面にずっと設定していた。

だが、最終話前の回でとんでもない逆転が起きる。
それはなぜ。
理由は教師羽村が、それまではまだ「優しい放浪者」ではなかったからだ。
漂泊者の心は、心の漂泊を持つ者にしか理解はできない。
絶対に踏み越えられない、絶対に向こうには到達できない川が眼前に流れて
いる
のである。
だが、その川を超えれば、人はあちらにいる人の世界に行ける。

また、作品中、相沢をレイプした英語教師藤村(京本政樹)を体育教師の
新庄(赤井英和)が暴力で成敗して重傷を負わせる。だが理由は明かさない。
すべては相沢直子を守るためだった。
そして、新庄は免職となり女子高を去っていく。
この去りゆく時に、生徒たちは新庄を取り囲んで口々に罵声を浴びせる。
これはゴルゴダの丘に向かう救世主イェスを重ねて描いている。

全編を通して、目が離せない描写ばかりで、一つも倦怠感は感じさせない。
作品としても見事な仕上がりで、やはり日本ドラマの中での「不朽の名作」の
一つに数えられるだけはある。
ただ、このドラマは、「作り物」ということを感じさせない程に、観る者の心に
迫る。

劇中で役者が良い演技をしている=というよりも役そのもので演劇とは
感じさせない=という良い表情のシーンは多くあるのだが、その中でも
私の気に入ってるカットを数点のみ並べてみたい。
有名な悲しいラストシーンのカットはあえて挙げない。
女優桜井幸子は表情がめぐるましく変化するので、静止画像よりも、
絶対に作品の動く映像を観たほうが良い。
それにしても、この作品のスタッフは、とんでもない大仕事をしたものだ。
カメラさんと照明さんとかって・・・凄すぎ。

図書館でのシーン。この時の繭の人形での心の表現と、それを見る教師羽村
の心の変化を表現する表情の変化が凄い。台詞は一切無しの長回しである。


近づいてきた繭と言葉を交わす羽村。ここのシーンの心理描写も実に奥が深い。




屋上でのシーン。
この屋上でのやりとりは次のほんのひと時の幸せの時間への伏線となって
心と心がすれ違う切ないシーンとなっている。この時の二人の演技も凄すぎ。


繭と父の悲劇的な関係を知った羽村は、父親の下には繭を置いて
おけないと繭を強引に父親と住む家から
連れ出した。
これは、藤村に重傷を負わせた新庄が、殴り続けながら「教師の前に
人間じゃい!」と言ったこと、事件後の「俺が守らんで、誰が相沢を
守ってやるっちゅうんや」という言葉に羽村が衝き動かされてのこと
だった。繭を守る。守り抜く。
そうして羽村は父親の暴力に立ち向かいながらも繭を実家から連れ
出したのだった。

羽村は電車に乗ってビジネスホテルに泊まり、繭を部屋に保護する
日々が続く。
羽村の部屋で生活を始めた繭だったが、ある日、羽村が部屋に戻ると、
繭は姿を消していた。「ごめんなさい、ウチに帰ります」との書置きだけを
残して。
その2日前の夜、繭の父親二宮耕介(峰岸徹)は
深夜羽村の部屋に
やって来て繭を取り戻そうとした。泥酔して
窓ガラスを割り侵入しようと
したところを二宮は警察に逮捕される。
その後、その割られたガラスを繭が張り紙で修繕したカットが映る。

その絵は、何日か前に私鉄駅に羽村を送って行った繭が、電車のドア
越しに
羽村にキスをねだり、羽村がそっとガラス越しにキスをした時の
二人の図を猫に重ねて
繭が描いたものだった。
この絵も、実は最終話の最ラストシーンでの悲しすぎる結末の列車の
窓の曇りガラスに描いた絵の伏線であり、ラストカットとの
対表現と
なっている。絵柄が幸せそうであればあるほど、現実との乖離に悲しい
定めが浮かび上がる。



「こんな映画やドラマのようなことが現実にはある訳ないやろ、あり得へんわ」
などと軽く思ってはいけない。
現実世界でも私はこれとまったく同じシチュエーションはある。
二人の間にあるガラスは、姿が見えるのに直接は触れられないという象徴的な
存在としても二人の間に立っている。
そして、電車の時にはガラスの向こうの世界に相手がいた。割れた窓ガラスの
時には相手は向こう側に絵として描かれているが、実際に自分がいるのは体と
心はこちら側(羽村の部屋)であるつもりなのに、真実の「状態」は自分は外の
側にまだいたのだ。
こうした鏡に映るような相手と自分という姿が真実の現実であったことに、まだ
この時の二人は気づいていなかった。


良い作品は何度観ても良い。
この作品こそ、映画という短い時間では表現しきれないことまでをすべて表現
できる時間的余裕があるというドラマの
特性を十二分に発揮したザ・ドラマだと
思う。
なぜこのような作品が生まれたか。
それは、この作品は、一般的なドラマとは異なり、撮影開始前までに最終話まで
のシナリオ脚本が完成していたことが要因のひとつとして挙げられる。通常、
映画のようなそういったドラマはほとんど存在しない。
それゆえ、役者は役柄の心情、心象風景、感情の起伏を充分に読み込んで
演技をすることができた。
だから、この作品における役者の演技は飛び抜けて光っているのであると
いえる。

機会があれば、ぜひご覧ください。
15分ごとに止めて別なことする、というような形ではなく、正面から作品と向き
合う形で。



ああ、凄かった・・・。
結末知ってるだけに、何度観ても、最初の出会いのシーンから泣けてしまう。
悲しい運命・・・。命運は変えられないが、運命って変えられる筈なのに。
繭も羽村も悲しすぎる。
結局最後は一つになれたのだけど・・・。

途中のシーンでとても気になるシーンがある。
繭が歩道橋の上でクラスメートの相沢直子のように嘔吐するのだ。
それを何も事情を知らない羽村が横で介抱して抱きしめるのだが、
繭は羽村に
「死にたくない。先生!あたし、死にたくない!」と言うのだ。
この時、繭は妊娠していたのではなかろうか。
その後の展開ではそれを窺わせる表現描写はしていないが、物語の
展開からして、私にはそうした暗喩表現としか思えない。
繭が死にたくないと言ったのは、自分のことだけではなく、「命」そのものが
何かによって絶たれることへの恐れだったのではなかろうか。
命という直截なことよりも、「存在」そのものの消去を彼女は一番恐れたの
ではなかったか。


そして、繭と羽村は、いつか同じ一線で結ばれた優しい放浪者と
なるのだった。
「永遠」を手に入れるためのあまりにも悲しすぎる結末によって。
だが、人は人を本気で真剣に好きになることから始めないと、人と人は
決して理解できない。
そして、真実の愛とは、求めるものではなくすべての外皮を取りはらって
身を挺するものだと、この作品は私たちに教えてくれる。
というと言わずもがなだが、人には人それぞれの愛がある。人を愛する愛
なき「愛」もある。それも本作品ではしっかりと描かれている。
ご堪能ください。

最終回「永遠の眠りの中で」視聴率33.0%


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正しい青春映画 五十嵐いづみ

2016年04月10日 | 映画・ドラマ



風、スローダウン Trailer


刀工康宏友の会「游雲会」の新メンバーとメールをやりとりしていて
意見が合った。

五十嵐いづみはドストライクである(笑
特にこの『風スローダウン』でのレーシングチームメンバー時代の
五十嵐さんがいい!


おいらの場合はね、ピットにいたかみさんと結婚できたからよかった
けど、この映画は
切ない映画だったね・・・。
悲しくはない。とても切ない映画だった。

うちもこのパンかじってる画像のようなこんな時代があったのだけどね。
着てるもんもよく似てる。まあ、この世代だからというのもあるけど、
シチュエーションもよく似てる。
かみさんは、レースのことはあまり話したがらない。
いい思い出はないから。
バリ伝の歩惟ちゃんのようにはなれなかったし。
そして俺は、よくいた「サーキットにいるボロ雑巾のような亡霊」だった。


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短編映画 『勿忘草』予告編

2016年04月02日 | 映画・ドラマ

短編映画 『勿忘草』予告編


内野未来さんのブログにリンクがあったので紹介します。
う〜ん。青春!(^^;

ただ、この作品が超非現実的なのは・・・・
こんなかわいい子ばっかしの学校なんて、ねえぇええーー!(笑

しかし、内野さん、本当に引退しちゃったなぁ・・・。
ブログ と ツイッター は1ヶ月くらい残しておくそうですが、もう二度と
メディアなどでは内野さんの活躍が見られないのが残念です。

まじかわいかった(^0^)






いつか綺麗な奥様、お母さんになってください。陰ながらいつまでも
応援しています。
ほんま、わすれなぐさ、だわ。
私が通った道場があった多摩動物公園駅で、ふと出会いたかったな(^。^)


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オペレーション ジェリコ 〜ミリタリーアクションショート〜

2016年03月19日 | 映画・ドラマ

Operation Jericho - Military Action Short


最近は動画サイトが隆盛なおかげで、ショートムービー製作も
流行っている。
このショートムービーは、米軍特殊部隊がロシア国内に潜入して
ロシア独立反乱軍(?笑)を排除してダムを破壊する任務につく
ものだ。
ロシア軍はどうしたんだよ(笑
というか、最初から航空機で爆撃すりゃいいじゃん。
てか、設定があり得なすぎて荒唐無稽。
まあ、昔の「日活無国籍映画」のように楽しむ動画ですね(^^;

マルチカム系の新迷彩(すでに古いが)は、このような植生の
土地でも結構迷彩効果が高いことが判る。
ただ・・・こんなショボイ接近戦、ありえねー(笑
サバゲじゃねーんだからよ。
そんなもんじゃない?
よく知らんけど。

映画だなぁ、とは思う。

本物とはこういうの。
Mike Hoare's The 5th Commando


ホアー少佐、わっけー!




マイク・ホアー氏(これはだいぶ後年)




映画『ワイルド・ギース』(1978年)ではリチャード・バートンがマイク・
ホアーをモデルにした傭兵部隊隊長のアレン・フォークナーを演じた。


ホアー氏は今も生きているならば、100歳近くになる。


傭兵たち。


これはあくまでコスプレな。俺だから(笑


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中村主水

2016年03月14日 | 映画・ドラマ

激闘・中村主水 a hot fight by Mondo Nakamura


むこ殿がなかなかできる件。

それにしても、浜畑賢吉がわっけ〜!



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STAR WARS

2016年02月22日 | 映画・ドラマ



観ないうちに終わったか、と思ってたらまだやってた(笑


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映画『大脱走』

2016年02月18日 | 映画・ドラマ



久しぶりに映画『大脱走』を観た。
戦闘シーンのない大戦争映画なのだが、初めて観たのは1973年の
TV映画枠放送だった。ぶったまげた。

作品中登場するドイツ軍の車両は超リアルなのだが、それもそのはず、
この映画は1963年公開作品だ。撮影が1962年とすると、第二次世界大戦
終結後17年しか経っていない。実走車両はいくらでも残っていた。
一部では英国車の代替え別車両もあるようだが。



リチャード・アッテンボローは俳優としてもなかなかの演技だったことが
観て分かる。
また、ゴードン・ジャクソンはリチャード・ハリスに風貌が似ていた。
役者たちの演技が光る。
だが、これは実話である。
たしか、「戦争を賛美する戦争映画はクソだ」と言ったのはリチャード・
アッテンボローだった。
『遠すぎた橋』においても、軍人としてのドイツ軍将校の人間が描かれて
いるが、英米の作においても決してただの卑劣漢のようにドイツ軍将校を
描くことは稀有なようだ。娯楽映画『ランボー』シリーズのような描き方は
しない。「善と悪」という単純ステレオ型に分けることでは、戦争の悲惨さは
描ききれない。
『大脱走』をご覧になっていない方は、ぜひご覧になってほしい。
1963年作。174分。大作であるが、冗長な部分はなく、一切緩みはない。

ちなみに撮影で代車として使用された英国トライアンフから、数年前に
限定車でスティーブマックイーン大脱走モデルが発売された。
世界中のエンスーに応える形でリリースされたモデルだが、1000台限定
とのことで、すぐに売り切れたようだ。


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今だから分かる フジアキコ隊員

2016年02月17日 | 映画・ドラマ



今だから分かるフジアキコ隊員の良さ。

タイムリーな時代(50年前)には、断然フジアキコ隊員よりもアンヌ隊員
のほうが好きだったが、今、フジアキコ(なぜかずっと劇中ではフルネーム
で呼ばれる)隊員の良さがじわじわと伝わる。

アンヌ隊員。


フジアキコ隊員。


美人というのは幼い時から美人であるという定理これあり。
スッピンのローラみたい。(東宝入社前の子役の頃)


まったくのお色気ゼロだったフジアキコ隊員がなぜか今いい。
女優桜井浩子さんは『ウルトラマン』でのフジアキコ隊員が代表役だが、
その前の円谷作品である『ウルトラQ』(ウルトラマンはウルトラQシーリズ
続編)での報道カメラマン役もかっこいい。
女性が社会に進出しはじめる頃に時代を先取りしていた役柄で、子供心に
「かっこいいおねーさんだなー」と思っていた。ただ、『ウルトラマン』ではあまり
桜井浩子さんの魅力が前面に出る演出ではなかったように思える。
だが、今観ると、『ウルトラセブン』でのアンヌのベタ〜ッとした性格よりも、
淡々とひょうひょうとしているフジアキコには独特の魅力がある。

『ウルトラQ』での江戸川記者役の桜井さん。撮影当時18歳。現代の18歳が
いかにオコチャマかよくわかる。今は30歳過ぎてもオコチャマだものなぁ・・・。





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映画はモニターでなくスクリーンで 〜映画『汚れた英雄』(1982年角川)〜 

2015年12月30日 | 映画・ドラマ


角川映画『汚れた英雄』(1982年)

映画館では6回観た。
ビデオは擦り切れるほど観た。
DVDでは数回しか観ていない。

DVD版では残念なことになっている。
それは、この映画は初めて独特なブルーに発色するフィルムを
使って撮影された角川春樹初監督の映画作品で、劇場で観た
時の夜や夜明けのシーンでのブルーは瞼に焼きつくほどに
美しかった。
それはビデオにおいても再現されていた。
だが、DVDのデジタル映像となってからは、そのブルーがクリア
すぎて、ぼうっとしたあの幻想的な表現タッチがすべて消滅して
しまっているのだ。
たけしが映画を撮って「北野ブルー」などと呼ばれているが、初めて
ブルー感光のフィルムを効果的に使ったのはこの映画作品での角川
春樹であって、たけしがさもブルー表現の先駆者であるように呼ばれる
のは歴史事実と異なるので、全く首肯できない。

また、映画は映画館で観るものだとこの『汚れた英雄』をDVDで観て
いると強く感じる。
いくら大きなTVモニターであっても、1982年当時の映画館での超大画面
でのド迫力には及ばない。こじんまりとしすぎてしまうのである。
この作品は音楽と映像の色彩とシーンのカット割りを楽しむ化粧品CMの
ような映画なので、大スクリーンでないと作品の表現効果が激減する。
プロモCM的ではあるが、役者たち(とりわけ草刈正雄が良い)はおぼ
つかない演技ながらも、悲哀感はよく表現されている。
デビュー6年目の若いお母さん役の浅野温子も可愛かった。



極端に台詞をカットしたシナリオなのだが、言葉ではない部分での演技
というものはかなり難しかったのではなかろうか。
そうした微細な役者の動きも、大画面でないと伝わらない。

特にレースシーンなどでの車載カメラなどは1982年当時には一般的
ではなく(ほぼ皆無)、この最新の撮影技法に映画館では唸らされた。
撮影技法と色使いは劇場大スクリーンでこそ感じ取れる。
とりわけ、主人公北野晶夫が豪邸の自宅でプールからあがり、近代建築
の階段をあがってライムペリエを飲み、広大なクローゼットで服を選んで
パーティーに出かける支度をするシーンでは、映画館の大画面
とTVモニター
とではまるっきり印象が異なる。

「映画館で観なければ解らない作品」という映画というものはあるものだ。
DVDなどはお手軽で便利だが、やはり映画は映画館で観るものだと
この『汚れた英雄』をDVDで観ているとつくづく感じる。
DVDはそれでもまだ良いが、絶対に動画サイトなどで観るべきではない
作品であることは確かだ。


主人公北野晶夫(草刈正雄)の愛車はBMW E21 ALPINA C1(323ベース)


北野晶夫(草刈正雄) 1982年


おれ(痛) 2012年






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別式女(べっしきめ)

2015年12月15日 | 映画・ドラマ

子連れ狼 第一部 第20話「八門遁甲の陣」

この別色女(べっしきめ)は鹿沼えりさん。故古尾谷雅人さんの奥さまだ。




まだ70年代後半の「にっかつロマンポルノ」に出演する前の登場である。
鹿沼さん、好きだったわぁ(^0^)
これは1973年、21才の頃の出演。女優デビュー2年目。

う〜ん。どう見ても、まんま下町のおにぎり屋(笑
個人的なことで、さーせん。


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胴太貫 対 鬼包丁

2015年12月14日 | 映画・ドラマ

子連れ狼 第一部 第18話「首斬り朝右衛門」

名作ではないが、原作ではこの回が好きである。
ドラマは余計な女が出てくるがこれの意味不明。

山田流鬼包丁。


水鷗流胴太貫。


だが、柳生の剣とて斬鉄剣だった。散々鉄をクヌギの丸太ごと切って、
しまいには切れない鉄の輪っかあって折れちゃうけど。



この回は好きなのであるが、この拝一刀と山田朝右衛門の差し料
ついては、これもまた原作のほうがいろいろと面白い。

しかし、原作には重大な仕掛けが設置されていた。
それについての解説は → こちら 「消された画」

こちらは斬鉄剣餃子康宏(笑)。でも校庭の鉄棒や石仏などは切れません(^^;
校庭の鉄棒が切れたら漫画やがな(笑)。鉄板や釘や番線くらいは切断できる。


まあ、劇画・ドラマの類だが、この回の『子連れ狼』は一つの真実を
言っている。
それは、拝一刀が「わしが(この鉄タガを)斬っていたら、わしのほうが
斬られていたかもしれん」というようなことを原作では言う。
柳生列堂の刀、山田朝右衛門鬼包丁の二つとも折れ、拝一刀でさえ
も胴太貫が折れたかもしれないと認識するのだ。
つまり、柳生が姦策で仕込んだ鍛え鉄が一番強いということになる(笑
まあ、現実的な真実はそんなところだろう。
では、鍛えた刀と刀が打ちあったら?
それは試さないと分からない。試したら駄目だけど(笑
とりあえず、敵の刀を切断などできなくとも、刃を引いたら組太刀に使える
程度の強度はないと、刀としては
役には立たない。刃を極力合わせない
のが術技だが、乱戦となってはそんなことは言ってられない。必ずや刀身
で受けたり流したり打ち合ったりすることだろう。
刀は折損してはならない。



しかし、すごいね〜。
『子連れ狼』、何十話もすべてアップされてるよ。
たぶん、すぐに削除されてしまうだろう。

やっぱ、おらも今度作る時は二筋樋にすっかな。


こんな感じの。でも、大鋩子って好きじゃないんだよなぁ。まあ、本歌をよく
見て造形は研究しよう。


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