渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

映画作品に見る年齢演出と時間軸 ~映画『道頓堀川』~

2017年03月25日 | 映画・ドラマ



映画『道頓堀川』(1981年公開/松竹/深作欣二監督/原作宮本輝)から
故渡瀬恒彦さん演じるワタナベ。関西で一番の裏世界の撞球師という
役どころだ。
渡瀬恒彦さんは1944年7月生まれ。この作品公開は1981年で撮影
は1980年、この時渡瀬さんは36歳だ。36歳にしてはおっさん臭いの
だが、これは映画の舞台設定である1980年の現代劇の時代には、
普通に36歳といったらこのようなおっちゃんだった。今のような小学生
や中学生がそのまま年取っただけのような36歳=中年などいなかった。
30過ぎてキャップの帽子を斜めに被ったり半ズボンはいたり、最近のは
アメリカの真似してるのかカッペの都会真似みたいでダサいだけでなく
幼稚な風貌(オツムもだが)が多すぎる。30代で普通に考え方も中防
みたいだし。

まあ、渡瀬さんは当時の実年齢なりの役どころを表現している。


ワタナベのプレーを見守る政夫(佐藤浩市)と邦彦(真田広之)は、
同級生の役で、この1980年時点で19歳、邦彦は大学2年の役だ。
この二人は私と同い歳の1960年生まれの同学年で、1980年時点
で大学2年というのは、この作品がタイムリーに同じ年の人間を役
の中で演技させているという脚本になっている。深作監督の手に
よるものだ。原作は戦後の話。
この二人は、1980年当時の19歳~20代前半の若者の髪型や
服装をしている。「現代劇」として撮影されていることが見て取れる。


この映画が撮影された年の私。佐藤浩市、真田広之とは同学年である。
彼らと似たような髪型だ。この手が1980年当時は一般的だった。



余談だが、この映画作品で出てくる3つのビリヤード場はすべてスタジオ
内に造られたセットである。私は探しまくったが、見つからなかった。見つ
かる訳がない(笑)。
ウルトラリアルな造り込みで、当時の少数台数を置く「玉屋」の雰囲気を
出している。セットとは思えないほどだ。


そうした映像技法の演出に観客はやられてしまう。
主演の一人の山崎勉さんは武内鉄男という往年の撞球師の
役どころだ。政夫(佐藤浩市)の父親役だ。

山崎さんは1936年生まれ。この映画が撮影された1980年は44歳である。
うっそ!この時の山崎さん、今の俺の12歳年下?
どう見ても60歳過ぎのおっちゃんにしか見えない。
隣りを歩く真田は当時19歳もしくは20歳であり、私と同学年、着ている服や
雰囲気も同世代の若者を表現している。
だが、山崎さんは、山崎さんが老けているのではなく、役どころをこなし切って
いる、というところを俳優の演技力のキモとして見ることができる。これを44歳
とは誰も
思わないだろう。
だが、24歳の時に政夫が生まれたとすればこの役どころでも44歳設定ともなる
のであるが、この時に
はたぶん50代後半の設定どころの役のこなしなのでは
なかろうか。
このシーンの時点(1980年)で44歳であるとするならば、「昭和42年 関西
ポケットビリヤード選手権」の時点では31歳という設定になってしまう。随分と
老けた31歳だ(笑)。


だが、ここで、年数的な脚本の錯誤が露出してしまう。
玉田ソウイチの孫のユキ(加賀まりこ)が、玉田が突然死した15年後に
恩人でもあった武内鉄男の前に現れる。武内に会いたくて、会って一言
お礼を言いたくて、ユキは武内のそばにビリヤード場を持ったのだった。
ユキは少女時代に唯一の身よりの祖父の玉田が突然死してしまい、
浮浪者のようになって身を売りながらその日をやっと生きていたのだっ
た。


加賀まりこさんは1943年12月生まれ。この映画作品の撮影時は
36歳である。昭和42年1967年時点で10代後半の少女の役を
演じていて、その時から15年後という設定がこの映画の時間軸と
しての時代設定となる。
ということは・・・この作品のタイムリーな舞台設定は1982年という
ことで、製作が1980年、公開が1981年であるので、実は『野性の
証明』のように数年後の近未来を描いたSF作品ということになる
のである。
このことに気付いている映画ファンはどれくらいいるのだろうか。
そして、1967年の時点で仮にユキが16歳の少女だったら、15年後
は31歳、18歳の少女だったら33歳という設定となる。36歳時点の
加賀まりこさんでも無理はない。
大人になったユキが玉を撞くシーンはすべて女子プロの故島崎プロ
(美人さんだった)が吹き替えを行なっているが、山崎努さんと対峙
して会話するシーンでの後姿にも島崎プロが出ていると思えるカット
があり、たぶん、加賀まりこさんのスケジュールが合わなくて、台詞
のない後ろ姿のみのシーンは背格好の似た島崎プロが代役で吹き
替えを行なったのではなかろうか。それを編集で巧みに繋ぎ合わせて
違和感のないシーンとして構成したのだと私は読んでいる。
(この作品は私は100回近く見ている)

ただし、役どころにおいては、佐藤浩市、真田広之のタイムリーな
年齢の若者を除いて、役作りで演技者の年齢がすぐには分からなく
なっているのが、この映画のミソでもある。
佐藤・真田の同級生コンビとて、作品の時間軸は1982年という舞台
設定なので、撮影時にはまだ見知らぬ2年先の未来の世界において
2年前の現在の自分の年齢=19歳という若者の役を演じるという複雑
なパラドックスが生じているのである。
とにかくこの作品は、役者の演技が光る作で、それが年齢という一つの
限界性を超える表現になっている。
主役の一人の武内鉄男=山崎努さんがこの時点での実年齢が44歳
にはとても見えないというのは、役者の演技力のなせる技だ。

それで驚いてはいけない。
本当の「われ、役者やのう」はこの人。


関西実力ナンバー1の表のビリヤード選手、玉田ソウイチの役を
演じる
のは名優の故大滝秀治(ひでじ)さんだ。
大滝さんはいつの時代でも「じいさん」役を演じられる個性派俳優
あるのだが、生まれは1925年6月(大正14年)だ。この映画が
撮影され
た、このショットの時、大滝さん54歳もしくは55歳!
げひょ~~ん! ヽ(◎。◎)ノ 
今の俺より歳下!!

どう見ても70過ぎのじい様だぞ。

おそるべし!俳優という種族の人々よ!

でも、吉永小百合さんだからと、娘役とか若妻役をやらせるのはやめて
ください。『北の零年』は、かな~~~り、苦しいものがありました(^^;
樹木希林さんは20代の頃からおばあちゃん演技が巧みな人だったが、
それの逆バージョンで、いくら吉永小百合さんが大昔美人だったとはいえ、
1945年3月の戦時中生まれの吉永さんが2004年の60歳のときに20代
のシーンを演じるというのは、いくらなんでも無理があるってば。実際に
あったので、非常に痛々しかった。
メイクにより老け顔や演技を演じることはできるだろうが、若返るという
のはかなり難しいのではなかろうか。

薬師丸ひろ子さんが『バブルへGO!!』で「やはり広末涼子さんのお母さん
役というのは出来ない。私は下ろしてくれ」と悩んで監督に申し入れた
らしいが、この『道頓堀川』の撮影中には、主演の松坂慶子さんが、撮影
途中でウツになり、撮影が中断してしまった。
プロデューサーの織田明氏がなんとか松坂さんと対話して、どうにか撮影
が続けられることになったのだが、織田氏は言う。
「男の生理、女の生理があるように、役者には役者の生理というものが
ある。どうにもできないときにはどうにもできないのだ」と。
本物たちが一堂に会して己の力を出す表現芸術の世界は、やはり世間の
一般的な世界とは別世界なのだろう。
プライベートオフタイムにおいても、一切「役者」の立場を崩さない田村正和
さんは、最後の「役者」のようにも思える。

この『道頓堀川』では、「未完」なり「障害」なりを持つ者たちが登場人物の
すべてを占める。映画作品の中では「かたわ」という表現が用いられている。
現代では差別表現とされる表現だが、この作品では「かたわ」の人々こそが
普通であり、そのままの素の人間として描かれている。この映画はそうした
一般世間では「未完」や「未達」とされて、「不完全」な存在として社会から
押しのけられてしまう人々が主人公たちとなっている。
足が一本動かない犬(原作では三本足)、狭い芸妓と夜の世界しか知らない
大企業の妾の女性、麻薬中毒の撞球師、撞球を取ったら何も残らない若者、
絵描きを志すも己の才能の限界に悩む美大生、同性愛者たち、売春でしか
生きられなかった浮浪児、裏世界に生きる幇間、麻薬中毒者の愛人となって
いる踊り子・・・。
武内鉄男は、そういう「不完全な人たち」を指して、「皆この道頓堀に住んでる
者は心に寒い風が吹いている」と邦彦に言う。
そうした、「何一つ不自由のない人々」の対極にいる人々の息遣いをこの映画
作品は描き切っている。むしろ戦後のドロドロの世界を描いた原作よりもドラス
ティックに深作監督は描き切っている。
私にとっては、この作は『泥の川』と並んでかなりの秀作だ。だから100回近く
も観ている。日常的にことあるごとに観ている。
劇中の関西弁はまるであきまへんけどな(笑
出演者で大阪出身者が皆無という(^^;
方言指導をもっときっちりと入れたほうがよかったのではないかなぁ。
一応あったみたいだけど、このようにぬるいのではなく、ガチガチの船場言葉
や河内弁が飛び交うようなほうがよかった。一番大阪弁ぽかったのが雀荘で
邦彦をどつきまわすヤクザだったりして(笑

ということで、映画『道頓堀川』に見る俳優の年齢を超える演技について
でした。
『道頓堀川』が近未来映画だったということは、皆さん、気づいてなかった
でしょ?( ̄ー ̄)ニヤリ


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映画の中のトラップショット

2017年03月18日 | 映画・ドラマ



初見でも見抜く人は見抜いたことだろう。
この映画『ハスラー』における、このシーン。
ポール・ニューマン演じるエディ・フェルソンは宿敵ミネソタ・ファッツと
世紀の対戦をするのだが・・・。
この配置を見てコールしてショットする。
そして「ベリー・グッド・ショット」とファッツも褒めるのだが、実はその
ショットはファールショットなのだ。
キューで手玉を横に押しのけてストライプの先玉を撞き抜いてさらに
コンビネーションで的玉をポケットインさせているのである。

てんでナイスショットではない完全なファールなのだが、もしかすると
ファールショットをも
感じさせないイカサマなのでナイスショットとファッツ
が言ってるのかも知れないという裏の裏の演出があるのかも知れない。
でもファールはファール。インチキはインチキなのである。
興味ある人は、映画作品『ハスラー』をご覧になってみてください。
1961年公開。アカデミー賞行くかと思われたが、その年には『ウエスト
サイドストーリー』というとんでもない名作があったためにオスカーを
逃したというのが『ハスラー』だった。
これでケチがついたのか、ポール・ニューマンは名優なのに、オスカーを
手にしたのは、その25年後の続編『ハスラー 2』においてが初だった。









きちんとニセモノはニセモノであると見抜くことは大切。
人様の作品の日本刀で何かを切って、それを自分の作だと
しても、映像に残してしまっていてはバレてしまうだよ(苦笑
それを見抜けずに鵜呑みにして大学の講義で使っている
大学の教員もバカチンだとは思うが・・・。
この馬鹿げた事実を疑うのであるならば、youtubeなどで
観ることが可能だから、よ~く目を見開いて
何がどうなって
いるか精査すればいい。

撮影スタッフのヤラセも見えてくるから。切った直後と別
アングルになったときには手でその被切物体の切れ込みを
広げている
ことも克明によく判る。
そういう嘘はよく見ていればバレバレだ。
刀もまるで違う物であるのまで写っちゃってるし(^^;
まあ、そうした類の例として、この映画『ハスラー』でのトリック
というかトラップショット(カメラ撮りと玉を撞くという二重のショット
の意味で)
を紹介した次第にて。

(但し、件の日本刀の噺は、撮影スタッフの密告ネタバラシに
よって判明した。私は初見で「刀が違うじゃん」と気づいていた
し、「何切ったところ広げて撮影し直してるんだ?」と見抜いて
いたが。まあ映画にはドキュメンタリーといえどもヤラセが多い)


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車内映画鑑賞

2017年03月15日 | 映画・ドラマ



夜、外出からの帰り、車内助手席で映画『道頓堀川』を観た。


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徳川武芸帳 柳生三代の剣

2017年03月13日 | 映画・ドラマ



柳生の剣に関してはいろいろな小説・講談・映画・ドラマがあるが、
この1993年正月公開の正月特番長編12時間TVドラマ作品が
一番感動
した。作り込みは、妙にリアルだったりする(笑
家内と二人して感動しながら録画したビデオを観ていた記憶がある。
かみさんも12時間ぶっ通しで観劇した。
妙にリアルだったのは、
それもそのはず、新陰流宗家が協力して
いたからだ。

ナレーションは、江戸柳生の末裔の俳優の柳生博さんである。

こちらからどうぞ ⇒ 柳生三代の剣

柳生物で感動したのはこの12時間正月ドラマスペシャルの大作だが、
突き抜けているのは大河ドラマの『春の坂道』(1971年)であった。
あの中村錦之助の柳生但馬、市川海老蔵(先代)の徳川家光は最高
だった。
だが『春の坂道』は映像原本が消失しているのでもう二度と全編を観る
ことはできない。かろうじて、ファンが8ミリにテレビ画面を録画した映像
をデジタル化した物しか観ることができないのである。1970年代初期
当時のテレビ番組の撮影録画テープは、放送したら重ね撮りして消して
しまっていたからである。なんと勿体ない。あれほどの歴史的名作が・・・。

柳生物での名作は、私は『春の坂道』が第一位、第二位が『徳川武芸帳
柳生三代の剣』だ。
ただ一つ、世紀の大根役者津川雅彦が非常にうっとーしい。どの役を
やっても同じ演技しかできない超ウルトラ大根のくせに自分は天下一品
とド勘違いしている役者で私は大嫌いである。その津川がかなりうざ演技
を例によって展開するのだが、それを除けば『柳生三代の剣』は非常に
柳生についても良心的に描かれていると感じる。
「良心」とは、妬み、嫉み、嫉妬、猜疑、僭称、盗用、剽窃等の邪(よこしま)
な心が製作者に見受けられないということである。
柳生に関しては、柳生家と関連していると嘘を言って自分らに利益を誘導
しようとしている連中というのは結構いるからね。それがドラマではない現実
社会においてそうしたのが跋扈したりするのだから、魑魅魍魎の百鬼夜行
というのは今も昔も変わらないのかもしれない。エゲツナイ化け物たちは
いつの時代もいる。化け物以上の化け物と化した人間のエゲツナサ全開
の連中が。
そうした者たちのほぼすべてがニセモノであり、詐欺行為によってしか
利益を得ることができない類なので、本物たちからしたら無関係なのだ
が、よく事情を知らない一般人の多くが騙されてしまうのが気の毒だ。
まあ、それも端的に言えば自業自得なのだけどね。心に隙があるから
マガイモノに騙される。


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スパイシーな役どころ

2017年03月04日 | 映画・ドラマ



『プライベートライアン』は、しょもないストーリー
の映画ではあるが、表現描写は克明で、かなり完成度
が高い。
作品の中で私が一番好きな役どころがサウスポーの
スナイパーだ。

誰かに似ていると思ったら、すごく若い時のマイク・
ホアー中佐に似ているのだった。


傭兵部隊第五コマンド指揮官マイク・ホアー。


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映画『超高速!参勤交代 リターンズ』

2017年03月03日 | 映画・ドラマ




二匹目のドジョウはいなかった。
とても陳腐でくだらない。
映画としてもウルトラ超スペシャル大スーパー✖︎だ。

姫路城が例によって江戸城天守として使われている。八代将軍吉宗の
時代に。
また、裏柳生のような尾張柳生が出てきて、柳生二枚笠紋と三つ葉葵
を並べて悪事を働く。
ははぁ、あそこはこれからパクッたのか(笑
というか、この映画自体が、あちこちの映画からのパクりオンパレード
だ。それがオマージュならばよいのだが、原点に対する敬意が見られ
ない。盗みっ放しなのだ。
パクりもオマージュやインスパイアでなくなったら、ただの盗人所業
となる。
この作品には、そうした下世話で下衆な作り手の心根のいや〜なもの
を感じた。パロにさえなっていない。

エンターテイメントだから荒唐無稽なドタバタはよいとしても、出来
が悪すぎて、映画作品としては質が低すぎる。
荒唐無稽着想としては、『巌流島』を見習ってほしい。
いやあ、この続編参勤交代はダメダメっす。


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映画『バブルへGO!!』

2017年03月02日 | 映画・ドラマ



ということで、映画『バブルへGO!!』を観た。
結構オモロイ。荒唐無稽のドタバタ劇だが、劇中の時代表現は
かなりリアルだ。本当に1990年当時に戻ったような気になる。

→ 過去記事


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映画『初恋』

2017年02月25日 | 映画・ドラマ



好きな映画に『初恋』(2006年)がある。
1968年の東京を舞台とした作品だ。
その中で、新宿南口の渡線橋脇の階段の欄干に主演の二人が
寄り添うシーンがある。
私はこれは非常にリアルなセットで撮影されたものだと思っていた。
どう見ても、私が知る1960年代末期の新宿南口にしか見えなかった
からだ。

だが、これは北九州のロケ地でのオープンセットだったらしい。
あ~、びっくらした。



現在。しかしまあ、ロケハン担当者というのは、よく
似たところを探し出してくるよね。



私はこの映画『初恋』で、みすずに惚れた。


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若山先生

2017年02月07日 | 映画・ドラマ



こりゃどう見ても真剣使ってるでしょ?(^^;
しかも末備前あたり。


若山富三郎 柳沢慎吾


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トリビアの泉「巨人の星の星一徹は昔・・・

2017年02月06日 | 映画・ドラマ

トリビアの泉「巨人の星の星一徹は昔、雑誌の中で人生相談のコーナーを持っていた」


星一徹!(≧∇≦)
まあ、昭和30年代40年代の親父とはこういう感じ(笑
うちの親父もまったくこれ(^^;
子ども相手に剛速球を投げて、捕球できない私が「取れる球を
投げてくれ」と言ったら「取れる球を投げろ?何を弱々しい
ことを言うか!」とスボコにされた(苦笑
5歳頃に剣道場に連れていかれて、私が猿叫にビビっていて、
帰りに着せ替え人形の「スカーレットちゃん(リカちゃんより
も好きだった)を買ってくれ」と口にしたら、引きずるように
家に連れて帰らされ、正座させられてスボコに殴られた(笑
まあ、昭和の親父はそんなもん。
巨人の星 Special Blu-ray BOX HDリマスター前後比較ムービー 本編


巨人の星 Special Blu-ray BOX 1 商品紹介ムービー



これは『新巨人の星』のオープニングだが、なんだか違う。
というのも、最初に「ピューピシュッ!コン!キン!ダダダダッ、
ザーッ!ウオォオオォ!ドンドンドン!」というのがあって、
それからマウンドで掲げるボールにタイトルが被って音楽が
始まらないと巨人の星っぽくない。

新巨人の星OP




そしてこれはデジタルリマスターと旧マスターの比較なのだが、
これも何故か違う。
というのも、放送当時の記憶では、左のデジタルリマスターの
ような色彩だったからだ。これは旧マスターのセル画もしくは
録画テープの経年変化による退色なのではなかろうか。特に赤。
飛雄馬がマウンドで掲げるボールに被る「巨人の星」の影は
まったく真っ赤だった記憶がある。右のような薄ぼけた退色した
赤ではなかった。『巨人の星』と『アタックNo.1』は、『サスケ』
のようにくすんだ色調ではなかった。(巨人の星とアタックNo.1は
劇中の効果音やBGMが同じ)

巨人の星 Special Blu-ray BOX HDリマスター前後比較ムービー
オープニング



主人公星飛雄馬の永遠のライバルである花形満は花形自動車の
御曹司で、「ミツルハナガタ号」というオープンカーに乗って
いた。中学の時から(笑
それを耳にした星の相方捕手である伴忠太の父親の伴自動車工業
の社長は、わしもお前に対抗してお前の車を作ってやる!と忠太
に言ったの
だが、出来上がったのは新型ダンプだった(^^;

『巨人の星』は1969年から少年マガジンで連載が始まったスポ根
マンガの金字塔だが、同時期の『あしたのジョー』にしても、当時
の日本の国内情勢と風俗と人心を知るには、今となってはよい史料
の一つかも知れない。そこで描かれていた世相に虚飾はない。
1960年代、日本の
国内には貧富の差がとてつもなくあった。乗用車
を持っている家庭などはごく一部で、金持ち層しか自家用車などは
所有できなかった。1960年代初期においては、車は今の金銭レート
に換算すると1台で約6,000万円ほどの価格だった。乗用車の大衆化
が始まるのは1970年あたりからだ。


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マチェテ

2017年01月30日 | 映画・ドラマ



TV番組でアマゾンの未開地の村を訪ねる放送があった。
たしか・・・行った人間みな殺されちゃう場所だった気がするが・・・。

現地の人間が使っているマチェテ(スペイン語)が頑丈で切れ味が
良いので少々驚いた。斧代わりに木に打ち付けて大木を伐採したり
もしていた。ロックウエル硬度が気になる。

これは海外サイトで見つけた村の画像だが、まさにここだったような
気がする。


そして、このおっさん・・・。取材チーム一行を捕まえて殺しかけた奴では
なかったか。
この被り物が同じ柄なんですけど(^^;


ただ、まだこの部族は町に近い(といってもとんでもない距離)部族だから
言葉も通じるし、遭遇即殺戮ということではない。

もっと奥地には最近人類史上初めて発見された部族がいる。
セスナで低空飛行したらガンガン矢を射かけてきて、機体に刺さったらしい。










21世紀の現代でも地球上にはこうしたまだ存在が知られていなかった
部族もいるのだ。
だが、私が子どもの頃は、地球紀行みたいな未開地を探査する番組では
世界中のこうした部族を紹介していた。1960年代にはまだまだこうした
部族が地球上にはいた。東南アジアもアフリカも。しかし、今では南米の
奥地にしかいないのかも知れない。
もしかして、原始時代のまま?


番組の中で現地人ガイドが使用していたマチェテ(英語ではマシェット)の
切れ味に驚いたが、自分たちで鍛造した
とも思えない。物々交換で町から
手に入れた物だろうか。

これは、コールドスチールのマチェテ。O1(オーワン)鋼だと思われる。


日本ではほとんど使用できないような物だが、これの短い物は
藪こぎなどでは便利だ。特に沢の淵を巻く時などは。
鉈の類なので、正当な理由があれば所持も携帯も銃刀法には
抵触しない。
日常、こんな物を持ち歩いたりしたらアウト。釣りやキャンプでも
アウトでしょう。
あくまで山岳・密林地帯において使う刃物です。
海外サイトではマチェテで切りつけられて手首が切断されている
様子もあり、日本でよく「刀剣」に分類されないなぁと思える物騒
な刃物。
本来はナイフとしての道具だが、未開現地の人間にとっては当然
武器ともなる。
ベルギー人がアフリカに侵略した時、現地人の手首を切断したのは
このマチェテ様のアフリカバージョンの蛮刀で行なった。
それをアフリカ人が真似て、「民族浄化」の名の下に対立部族の
手首や腕を切断することを現在も行なっている。
だが、手首切断はベルギー人がアフリカに持ち込んだ。
野蛮な話だが、我々日本人も他人のことは言えない。
「天皇に刃向う反逆者」として、散々大陸と南洋で首切断を日本人
は行なってきたからだ。戦闘中ではなく、「逃げられない状態」の
人間に対してそれを行なってきた。これは事実だ。
皇軍賛美をしたがる人間はあたかもそうした事実さえもなかった
かのような言辞を弄するが、疑いようがない事実というものはある。

事実を事実と認めない馬鹿な人間も大勢いる。
むしろ右傾化の中、そうした真実の歴史を「捏造」であるとする捏造者
が増えている。
ここで見られる「居合道をたしなむ者」などのコメントは馬鹿馬鹿し過ぎ
て話にならない。日本刀で切る場合は、たとえ左袈裟でも右足前だけ
とは限らない。脳硬化の思考停止の典型例をここに見ることができる。
独りよがりの狭い視野が世界のすべてだと思い込んでいる脆弱な脳の
働きが如実に表れている。こうした人間たちが大量虐殺をも「良いことだ」
と煽って推進する人間たちなのだろう。
⇒ こちら

やったことをやってないと言い、盗んだことを盗んではいないと言う
日本人。
それが「正義」で「清く」て「愛国心」であるとするならば、そんな恥知らず
の民族性など私はくそくらえだと思っている。
日本人、首狩り族のなれの果て。つい70年程前まで、日本人は今の
ISISと同じ首狩りを正義と称してやっていた。
そして、それを現代において恥だとは思わず、やっていないとか正しい
ことだとか現代社会にあっても言おうとする人間が増えている。特に20代、
30代の若いゆとり世代に。
頭おかしいの?としか私には思えない。
まあ、でもそういう人間たちは「よくないこと」「恥ずべきこと」というセンサー
が働かずに、それがあたかも良いことであるかのように信じているので
あるから、そういう人間たちが作る未来社会はどういうものか見えている。
私自身は、そういう連中こそが現社会の破壊者だと思うけどね。

私が居合を習い始めた頃、五段の先生がいた。
元警察官警部であり、また戦時中は中支に出兵していた。
そこで起きたことをつぶさに聞き取り書きしたことがある。
出兵中の事、復員時の事等々・・・。
大陸現地では、中国人民間人をゲリラだと仕立て上げて、片っ端から杭に
縛り付けて銃剣で刺し殺したり、軍刀の試し切りをしたりすることが日常的に
行なわれていて、その先生も上官の命令で罪もない無抵抗の中国人を銃剣
で刺突したことを涙ながらに私に語った。上官は気まぐれに民間人を捕まえて
便衣兵に仕立て上げて杭に縛り付け、部下に度胸試しとして銃剣刺突を
訓練させていたとのことだ。
長い時間だった。すべてを先生は話してくれた。
「初めて人に話した。これまで、一度も誰にも話したことはなかった。家族
にも言っていなかった」と。
先生は、戦争が如何に人間を駄目にする、人間性を無くすかということを
鼻も目もぐじゅぐじゅにしながら私にとつとつと語ってくれた。
真実の歴史、歴史の真実は、体験して来た者が一番よく知っている。


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ALWAYS 三丁目の夕日 '64

2017年01月29日 | 映画・ドラマ



『ALWAYS 三丁目の夕日 '64』(2012年)を観た。
平和な映画ですね・・・。
五木寛之の『青春の門』のように、重くシリアスな作りではない。
ただ、CGが殆どとはいえ、オープニングのプロペラ飛行機の視点から
の東京の街の景観が圧巻だ。これはすごい。これだけでも観る価値あり。
「文学」のキャラは相変わらずうっとーしいし(目の前にいたらぶん殴り
そうだけど。笑)、どいつもこいつもほのぼのしている良人ばかりで、
「綺麗事の嘘つくな」とは思うが、まあ、これはあくまで作品だ。おどろ
おどろしい本当の人間社会は描いてはいない。
これはこれで「作り物」として楽しむ作品なのだろう。
そういう意味では、原作の世界をよく体現してはいる。


舞台は私が4歳の頃の東京、愛宕下界隈だ。
第一作目の1959年から5年後の1964年が時代設定となっている。
この年は東京オリンピックに国内が沸いた年でもあった。
私も国立競技場にオリンピックを見に行った。私の幼稚園は2年保育
だったので、幼稚園に入る前の4歳の時のことだ。
「アベベ、裸足じゃないじゃない」とか思ったのをよく覚えている。
国立競技場も「でっけー!こんなでかい建物の体育場見たことない」と
びっくりした。時々巨人阪神戦を観に行った後楽園球場とかは別にして。

(その頃/『三丁目の夕日 '64』の時代そのものの頃)


実は、1960年代の東京の景観は1980年代末期に訪れたバブル経済
の頃まではいたるところに残っていた。
しかし、バブルで街の景色は一変した。
それまでも、霞ヶ関ビルが建設され、土地がない東京では高層建築ラッシュ
となり、新宿副都心高層ビル群が建設されて街並みが変わったりしていた。
池袋サンシャインや新宿に高層ビルが建ち並び始めたのは私が中学~
高校の頃だった。
高校~大学時代の遊び場は池袋だったが、高1の時、下校途中に当時の
彼女と池袋の東武デパートの屋上に出て、夜景の中で建築中のサンシャ
イン60を二人
で見て「きょうは〇〇階までできたね」などとと言ったりしていた。

(その頃/生徒手帳から)



(現在)


東京の街は戦後から高度経済成長期に大きく変わったとは云われるが、
それは緩やかに変わっていた。
それが一気に急変したのは、やはりバブル期に土地価格の急激な高騰に
よって大型地上げが横行してからだった。
知人の友人の実家は歌舞伎町にあったが、たった6坪の地面はバブル期に
2億4千万円で売れた。
私も原宿のワンルームマンションを600万円で購入しないかと持ちかけられ
逡巡した結果購入はしなかったが、その物件は数か月後には6,000万円で
売却されていた。そういう時代だった。

やはり、日本の歴史の中で「何かがおかしい」時代が1980年代末期の
バブル狂乱時代だったと思う。
ただ、給料は倍々ゲームのように上った。
私が社会人になった時は月給14万だったが、それがアッという間に月額
30万超になった。28歳位の時だ。今から30年近く前の話だ。まさにほんの
3年程で収入が倍。賞与も「はぁ?」という程に跳ね上がった。年収も文字
通り倍増だった。
「これがホントの所得倍増じゃね?」などと思ったが、国の金融操作による
仕込みであるので、そのような国内経済がやがて弾けるのは目に見えて
いた。

街の景観もバブルを境に一気に変わった。
私の居合の先輩がバブル後に大分経ってから私にぽつりと呟いた。
「歩道に敷石が最近また設置されただろう?あれを見て、俺たちのあの時代
中での闘いは本当に敗北したのだ、と痛烈に感じたよ。これで終わったと」
と。

1960年代末期の学生運動の唯一の変革の功績は、全国の歩道から敷石
を除去してアスファルトに変えたことだけだった。敷石は投石武器に即変身
する「そこらにある武器」となったために、国を挙げて日本国内の歩道の敷石
はすべてアスファルトに変更されたのが1970年代初期だったのである。
居合の先輩は全学連ではなく見学連の野次馬だったとは自分では言うが、
時代の中で、首都内戦の時代に、石の一つでも機動隊に投げていたのだろう。
ただし、「自分たちの新時代を作る」というところで燃えていた若者たちの一人
であったことは確かなようだ。日本だけではなく、全世界の若者があの熱病に
うなされたような季節の中で。
私の友人の南米の元兵士は「俺の兄貴も学生運動やってたよ。もう凄かった」
という。そやつはチェ・ゲバラを殺した部隊に所属していた元兵士だったが、
日本やヨーロッパだけでなく南北のアメリカ大陸においても、フランスのカル
チェラタンのような闘争が繰り広げられていたのが1960年代末期だったの
である。地球上が若者の激動パワーに震撼していた。

(ジョン・レノンとオノ・ヨーコ)



今の日本はすべてが変わった。

何が一番変わったかというと、それは今が「戦後」ではなく、「戦前」となった
ことである。

CG多用なので製作費が大分かかるだろうが、この『三丁目の夕日』は、
シリーズ化してほしい作品だなぁと思う。
ほのぼの系のおためごかしであるとは分かっていても、やはり忘れて
ほしくない
大切な何かを日本人の心に刻む作品だと思うからだ。


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セーラー服と・・・

2017年01月21日 | 映画・ドラマ

剣友と『セーラー服と機関銃』の話になった。
戦国時代の刀を磨いていて、そういえば、薬師丸ひろ子にブスリと
太陽にほえろ!のゴリさんが刺されて「せ・ん・ご・く・じだい・・・・」と
言って倒れたよなぁ、と。

薬師丸さんについては子役の時から、「なんだ?この天才は」と
思った。
やはり、珠玉はデビュー作の『野性の証明』での頼子役だった。
個人的に一番凄いなぁと思ったのは『Wの悲劇』での静香役だ。
大コケ映画もあるけど、そうしたショボーン作品を観ると、役者の
演技を引き出すのは監督次第なのだなぁと強く思う。



『セーラー服と機関銃』は角川ブックフェア路線で、ドラマでも秘蔵っ子の
原田知世主演で製作された。でも、この髪型よりも、やはり『時をかける
少女
』の芳山和子役の時がインパクトあってかわいかった。


『時をかける少女』の芳山和子。


『時をかける少女 2010』はアナザーストーリーとして、芳山和子の娘の
芳山あかり
が、大学教授となっている母親がかつてタイムスリップ
してきたケン・ソゴルと出会った1972年4月6日にタイムスリップ
しようとして1974年2月と間違えて念じて1974年に飛んでしまう
という物語だった。
私の実際の1972年4月6日は、横浜から関東の新しい土地に転校
した小6の時で、初めてその土地のクラスの人と会話をした日だった。
転校生として紹介されたときのクラスのみんなとのやり取りの会話も
よく覚えている。1974年2月のほうは、剣道などさぼって、バスケ部
の練習ばかりしていた。足が血豆だらけだったけど、あれバッシュが
合ってなかったのかね。

芳山あかり役は仲里依紗さんが演じた。個人的にはかなりの秀作だ。
最後、どうしても涙腺が緩む。記憶からなくなる別れが一番辛い。
映画の中で共演した二人の役どころは悲劇の別れとなったが、「この
二人、実生活では結ばれたらいいなぁ」とか思っていたら、本当に仲
良しの夫婦になったみたいで、よかったぁ~。他人事ながら何だか嬉しい。

『セーラー服と機関銃』も何度もリメイクされている。

これはですねぇ・・・。
女優さんの好みもありますが、この絵にもありありと現れているように、
性格の悪さというか意地悪さが表情にも出ていて、おいは好かんとです。

かといって、突き抜けた可愛過ぎる女優さんもどうなの?みたいに思って
しまったりする(笑

ノー整形でこれ。


かわいい子は子役モデルの時からくぅわいい!


ネ申!っすね。


可愛くて綺麗すぎて、ここまでお人形さんみたいになると、これは
どうなの?みたいに思ったりします。
この子をブスとか言ったりする女がいるとしたら、それはおまいの
心がブス(笑

でも、薬師丸さんあたりの大福顔のほうが安心感はあったりして(笑
橋本さんは美人すぎて、現実感があまりない。


まじ可愛過ぎ。過ぎたるは及ばざるが如し・・・てのはない。
世の中、かわいいもんはかわいい。


この看板、時代付けのエイジングが秀逸だなぁ。大道具さん凄い。
小道具さんの仕事としては、薬師丸さんの角川文庫で持っている
グリースガンは実寸ですが、薬師丸さんと原田知世さんが映画
クリップで持っているのはフレームが長いでしょ?
これはハドソン製のモデルガンに電着の発火システムを組み込んで
いるプロップガンだから実銃のシルエットが崩れているのよね。
ガンフリークはすぐに気付くだろうけど、銃に詳しくなかったら見過ご
してしまうという、ちょいマニアックなオハナシ。


なんで女子高生の制服はセーラー服という軍服だったのかしらね。
セーラー服は元々は体操服だったみたいですが。


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ウルトラセブン

2017年01月18日 | 映画・ドラマ



詳しくは ⇒ こちら

私はウルトラマンよりもウルトラセブンのほうが好きだった。
ウルトラセブンのテーマは重く、暗い。
だが、実はウルトラマンのほうがセブンよりも重いテーマだ。
特に金城監督の編などは・・・。

もう50年も経つのですね。
当時は日米安保とベトナム戦争と沖縄問題と公害問題、薬害
問題、が避けて通れない日本人に重くのしかかった問題として
ありました。
ウルトラマン、ウルトラセブンもその社会状況を色濃く反映した
円谷作品となっています。多くは含みと暗喩が用いられている。
そのため、放送はしたものの、映像化に際してはお蔵入りに
された編も多くあります。
ウルトラQシリーズ初期作のウルトラマンとウルトラセブンは、
ただの子ども向け特撮ドラマではない。


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ローグ・ワン

2017年01月03日 | 映画・ドラマ



妻と娘と観に行った。
3Dだったが、あまり3D効果なかった(笑
ただ、作品は楽しめた。
これで、スターウオーズの話の意味が繋がった。なるほどねえ。

結構長かったな。
今2300過ぎで先ほど帰って来たが、結局、3人とも夕食を食べて
ないだよ(≧∇≦)
映画観るのに片道45キロって(笑
都内はこの作品は満席だったとのことだが、きょう観に行った
映画館は広い場内で観客数9人だった(≧∇≦)
帰りに古書店寄って娘と物色したのが楽しかった。
娘と二人で漫画を買い込んだす。
娘はメンヘラ漫画で私は1986年連載時の『BB』の傭兵時代の辺り。
これね・・・、舞台は1980年代初期の設定なのですが、どこで
取材したの?というくらい描写は部分的にリアルです(苦笑)。
出てくる銃もクッソリアル。ただのボクシング漫画ではない(笑


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