渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

若山先生

2017年02月07日 | 映画・ドラマ



こりゃどう見ても真剣使ってるでしょ?(^^;
しかも末備前あたり。


若山富三郎 柳沢慎吾


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トリビアの泉「巨人の星の星一徹は昔・・・

2017年02月06日 | 映画・ドラマ

トリビアの泉「巨人の星の星一徹は昔、雑誌の中で人生相談のコーナーを持っていた」


星一徹!(≧∇≦)
まあ、昭和30年代40年代の親父とはこういう感じ(笑
うちの親父もまったくこれ(^^;
子ども相手に剛速球を投げて、捕球できない私が「取れる球を
投げてくれ」と言ったら「取れる球を投げろ?何を弱々しい
ことを言うか!」とスボコにされた(苦笑
5歳頃に剣道場に連れていかれて、私が猿叫にビビっていて、
帰りに着せ替え人形の「スカーレットちゃん(リカちゃんより
も好きだった)を買ってくれ」と口にしたら、引きずるように
家に連れて帰らされ、正座させられてスボコに殴られた(笑
まあ、昭和の親父はそんなもん。
巨人の星 Special Blu-ray BOX HDリマスター前後比較ムービー 本編


巨人の星 Special Blu-ray BOX 1 商品紹介ムービー



これは『新巨人の星』のオープニングだが、なんだか違う。
というのも、最初に「ピューピシュッ!コン!キン!ダダダダッ、
ザーッ!ウオォオオォ!ドンドンドン!」というのがあって、
それからマウンドで掲げるボールにタイトルが被って音楽が
始まらないと巨人の星っぽくない。

新巨人の星OP




そしてこれはデジタルリマスターと旧マスターの比較なのだが、
これも何故か違う。
というのも、放送当時の記憶では、左のデジタルリマスターの
ような色彩だったからだ。これは旧マスターのセル画もしくは
録画テープの経年変化による退色なのではなかろうか。特に赤。
飛雄馬がマウンドで掲げるボールに被る「巨人の星」の影は
まったく真っ赤だった記憶がある。右のような薄ぼけた退色した
赤ではなかった。『巨人の星』と『アタックNo.1』は、『サスケ』
のようにくすんだ色調ではなかった。(巨人の星とアタックNo.1は
劇中の効果音やBGMが同じ)

巨人の星 Special Blu-ray BOX HDリマスター前後比較ムービー
オープニング



主人公星飛雄馬の永遠のライバルである花形満は花形自動車の
御曹司で、「ミツルハナガタ号」というオープンカーに乗って
いた。中学の時から(笑
それを耳にした星の相方捕手である伴忠太の父親の伴自動車工業
の社長は、わしもお前に対抗してお前の車を作ってやる!と忠太
に言ったの
だが、出来上がったのは新型ダンプだった(^^;

『巨人の星』は1969年から少年マガジンで連載が始まったスポ根
マンガの金字塔だが、同時期の『あしたのジョー』にしても、当時
の日本の国内情勢と風俗と人心を知るには、今となってはよい史料
の一つかも知れない。そこで描かれていた世相に虚飾はない。
1960年代、日本の
国内には貧富の差がとてつもなくあった。乗用車
を持っている家庭などはごく一部で、金持ち層しか自家用車などは
所有できなかった。1960年代初期においては、車は今の金銭レート
に換算すると1台で約6,000万円ほどの価格だった。乗用車の大衆化
が始まるのは1970年あたりからだ。


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マチェテ

2017年01月30日 | 映画・ドラマ



TV番組でアマゾンの未開地の村を訪ねる放送があった。
たしか・・・行った人間みな殺されちゃう場所だった気がするが・・・。

現地の人間が使っているマチェテ(スペイン語)が頑丈で切れ味が
良いので少々驚いた。斧代わりに木に打ち付けて大木を伐採したり
もしていた。ロックウエル硬度が気になる。

これは海外サイトで見つけた村の画像だが、まさにここだったような
気がする。


そして、このおっさん・・・。取材チーム一行を捕まえて殺しかけた奴では
なかったか。
この被り物が同じ柄なんですけど(^^;


ただ、まだこの部族は町に近い(といってもとんでもない距離)部族だから
言葉も通じるし、遭遇即殺戮ということではない。

もっと奥地には最近人類史上初めて発見された部族がいる。
セスナで低空飛行したらガンガン矢を射かけてきて、機体に刺さったらしい。










21世紀の現代でも地球上にはこうしたまだ存在が知られていなかった
部族もいるのだ。
だが、私が子どもの頃は、地球紀行みたいな未開地を探査する番組では
世界中のこうした部族を紹介していた。1960年代にはまだまだこうした
部族が地球上にはいた。東南アジアもアフリカも。しかし、今では南米の
奥地にしかいないのかも知れない。
もしかして、原始時代のまま?


番組の中で現地人ガイドが使用していたマチェテ(英語ではマシェット)の
切れ味に驚いたが、自分たちで鍛造した
とも思えない。物々交換で町から
手に入れた物だろうか。

これは、コールドスチールのマチェテ。O1(オーワン)鋼だと思われる。


日本ではほとんど使用できないような物だが、これの短い物は
藪こぎなどでは便利だ。特に沢の淵を巻く時などは。
鉈の類なので、正当な理由があれば所持も携帯も銃刀法には
抵触しない。
日常、こんな物を持ち歩いたりしたらアウト。釣りやキャンプでも
アウトでしょう。
あくまで山岳・密林地帯において使う刃物です。
海外サイトではマチェテで切りつけられて手首が切断されている
様子もあり、日本でよく「刀剣」に分類されないなぁと思える物騒
な刃物。
本来はナイフとしての道具だが、未開現地の人間にとっては当然
武器ともなる。
ベルギー人がアフリカに侵略した時、現地人の手首を切断したのは
このマチェテ様のアフリカバージョンの蛮刀で行なった。
それをアフリカ人が真似て、「民族浄化」の名の下に対立部族の
手首や腕を切断することを現在も行なっている。
だが、手首切断はベルギー人がアフリカに持ち込んだ。
野蛮な話だが、我々日本人も他人のことは言えない。
「天皇に刃向う反逆者」として、散々大陸と南洋で首切断を日本人
は行なってきたからだ。戦闘中ではなく、「逃げられない状態」の
人間に対してそれを行なってきた。これは事実だ。
皇軍賛美をしたがる人間はあたかもそうした事実さえもなかった
かのような言辞を弄するが、疑いようがない事実というものはある。

事実を事実と認めない馬鹿な人間も大勢いる。
むしろ右傾化の中、そうした真実の歴史を「捏造」であるとする捏造者
が増えている。
ここで見られる「居合道をたしなむ者」などのコメントは馬鹿馬鹿し過ぎ
て話にならない。日本刀で切る場合は、たとえ左袈裟でも右足前だけ
とは限らない。脳硬化の思考停止の典型例をここに見ることができる。
独りよがりの狭い視野が世界のすべてだと思い込んでいる脆弱な脳の
働きが如実に表れている。こうした人間たちが大量虐殺をも「良いことだ」
と煽って推進する人間たちなのだろう。
⇒ こちら

やったことをやってないと言い、盗んだことを盗んではいないと言う
日本人。
それが「正義」で「清く」て「愛国心」であるとするならば、そんな恥知らず
の民族性など私はくそくらえだと思っている。
日本人、首狩り族のなれの果て。つい70年程前まで、日本人は今の
ISISと同じ首狩りを正義と称してやっていた。
そして、それを現代において恥だとは思わず、やっていないとか正しい
ことだとか現代社会にあっても言おうとする人間が増えている。特に20代、
30代の若いゆとり世代に。
頭おかしいの?としか私には思えない。
まあ、でもそういう人間たちは「よくないこと」「恥ずべきこと」というセンサー
が働かずに、それがあたかも良いことであるかのように信じているので
あるから、そういう人間たちが作る未来社会はどういうものか見えている。
私自身は、そういう連中こそが現社会の破壊者だと思うけどね。

私が居合を習い始めた頃、五段の先生がいた。
元警察官警部であり、また戦時中は中支に出兵していた。
そこで起きたことをつぶさに聞き取り書きしたことがある。
出兵中の事、復員時の事等々・・・。
大陸現地では、中国人民間人をゲリラだと仕立て上げて、片っ端から杭に
縛り付けて銃剣で刺し殺したり、軍刀の試し切りをしたりすることが日常的に
行なわれていて、その先生も上官の命令で罪もない無抵抗の中国人を銃剣
で刺突したことを涙ながらに私に語った。上官は気まぐれに民間人を捕まえて
便衣兵に仕立て上げて杭に縛り付け、部下に度胸試しとして銃剣刺突を
訓練させていたとのことだ。
長い時間だった。すべてを先生は話してくれた。
「初めて人に話した。これまで、一度も誰にも話したことはなかった。家族
にも言っていなかった」と。
先生は、戦争が如何に人間を駄目にする、人間性を無くすかということを
鼻も目もぐじゅぐじゅにしながら私にとつとつと語ってくれた。
真実の歴史、歴史の真実は、体験して来た者が一番よく知っている。


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ALWAYS 三丁目の夕日 '64

2017年01月29日 | 映画・ドラマ



『ALWAYS 三丁目の夕日 '64』(2012年)を観た。
平和な映画ですね・・・。
五木寛之の『青春の門』のように、重くシリアスな作りではない。
ただ、CGが殆どとはいえ、オープニングのプロペラ飛行機の視点から
の東京の街の景観が圧巻だ。これはすごい。これだけでも観る価値あり。
「文学」のキャラは相変わらずうっとーしいし(目の前にいたらぶん殴り
そうだけど。笑)、どいつもこいつもほのぼのしている良人ばかりで、
「綺麗事の嘘つくな」とは思うが、まあ、これはあくまで作品だ。おどろ
おどろしい本当の人間社会は描いてはいない。
これはこれで「作り物」として楽しむ作品なのだろう。
そういう意味では、原作の世界をよく体現してはいる。


舞台は私が4歳の頃の東京、愛宕下界隈だ。
第一作目の1959年から5年後の1964年が時代設定となっている。
この年は東京オリンピックに国内が沸いた年でもあった。
私も国立競技場にオリンピックを見に行った。私の幼稚園は2年保育
だったので、幼稚園に入る前の4歳の時のことだ。
「アベベ、裸足じゃないじゃない」とか思ったのをよく覚えている。
国立競技場も「でっけー!こんなでかい建物の体育場見たことない」と
びっくりした。時々巨人阪神戦を観に行った後楽園球場とかは別にして。

(その頃/『三丁目の夕日 '64』の時代そのものの頃)


実は、1960年代の東京の景観は1980年代末期に訪れたバブル経済
の頃まではいたるところに残っていた。
しかし、バブルで街の景色は一変した。
それまでも、霞ヶ関ビルが建設され、土地がない東京では高層建築ラッシュ
となり、新宿副都心高層ビル群が建設されて街並みが変わったりしていた。
池袋サンシャインや新宿に高層ビルが建ち並び始めたのは私が中学~
高校の頃だった。
高校~大学時代の遊び場は池袋だったが、高1の時、下校途中に当時の
彼女と池袋の東武デパートの屋上に出て、夜景の中で建築中のサンシャ
イン60を二人
で見て「きょうは〇〇階までできたね」などとと言ったりしていた。

(その頃/生徒手帳から)



(現在)


東京の街は戦後から高度経済成長期に大きく変わったとは云われるが、
それは緩やかに変わっていた。
それが一気に急変したのは、やはりバブル期に土地価格の急激な高騰に
よって大型地上げが横行してからだった。
知人の友人の実家は歌舞伎町にあったが、たった6坪の地面はバブル期に
2億4千万円で売れた。
私も原宿のワンルームマンションを600万円で購入しないかと持ちかけられ
逡巡した結果購入はしなかったが、その物件は数か月後には6,000万円で
売却されていた。そういう時代だった。

やはり、日本の歴史の中で「何かがおかしい」時代が1980年代末期の
バブル狂乱時代だったと思う。
ただ、給料は倍々ゲームのように上った。
私が社会人になった時は月給14万だったが、それがアッという間に月額
30万超になった。28歳位の時だ。今から30年近く前の話だ。まさにほんの
3年程で収入が倍。賞与も「はぁ?」という程に跳ね上がった。年収も文字
通り倍増だった。
「これがホントの所得倍増じゃね?」などと思ったが、国の金融操作による
仕込みであるので、そのような国内経済がやがて弾けるのは目に見えて
いた。

街の景観もバブルを境に一気に変わった。
私の居合の先輩がバブル後に大分経ってから私にぽつりと呟いた。
「歩道に敷石が最近また設置されただろう?あれを見て、俺たちのあの時代
中での闘いは本当に敗北したのだ、と痛烈に感じたよ。これで終わったと」
と。

1960年代末期の学生運動の唯一の変革の功績は、全国の歩道から敷石
を除去してアスファルトに変えたことだけだった。敷石は投石武器に即変身
する「そこらにある武器」となったために、国を挙げて日本国内の歩道の敷石
はすべてアスファルトに変更されたのが1970年代初期だったのである。
居合の先輩は全学連ではなく見学連の野次馬だったとは自分では言うが、
時代の中で、首都内戦の時代に、石の一つでも機動隊に投げていたのだろう。
ただし、「自分たちの新時代を作る」というところで燃えていた若者たちの一人
であったことは確かなようだ。日本だけではなく、全世界の若者があの熱病に
うなされたような季節の中で。
私の友人の南米の元兵士は「俺の兄貴も学生運動やってたよ。もう凄かった」
という。そやつはチェ・ゲバラを殺した部隊に所属していた元兵士だったが、
日本やヨーロッパだけでなく南北のアメリカ大陸においても、フランスのカル
チェラタンのような闘争が繰り広げられていたのが1960年代末期だったの
である。地球上が若者の激動パワーに震撼していた。

(ジョン・レノンとオノ・ヨーコ)



今の日本はすべてが変わった。

何が一番変わったかというと、それは今が「戦後」ではなく、「戦前」となった
ことである。

CG多用なので製作費が大分かかるだろうが、この『三丁目の夕日』は、
シリーズ化してほしい作品だなぁと思う。
ほのぼの系のおためごかしであるとは分かっていても、やはり忘れて
ほしくない
大切な何かを日本人の心に刻む作品だと思うからだ。


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セーラー服と・・・

2017年01月21日 | 映画・ドラマ

剣友と『セーラー服と機関銃』の話になった。
戦国時代の刀を磨いていて、そういえば、薬師丸ひろ子にブスリと
太陽にほえろ!のゴリさんが刺されて「せ・ん・ご・く・じだい・・・・」と
言って倒れたよなぁ、と。

薬師丸さんについては子役の時から、「なんだ?この天才は」と
思った。
やはり、珠玉はデビュー作の『野性の証明』での頼子役だった。
個人的に一番凄いなぁと思ったのは『Wの悲劇』での静香役だ。
大コケ映画もあるけど、そうしたショボーン作品を観ると、役者の
演技を引き出すのは監督次第なのだなぁと強く思う。



『セーラー服と機関銃』は角川ブックフェア路線で、ドラマでも秘蔵っ子の
原田知世主演で製作された。でも、この髪型よりも、やはり『時をかける
少女
』の芳山和子役の時がインパクトあってかわいかった。


『時をかける少女』の芳山和子。


『時をかける少女 2010』はアナザーストーリーとして、芳山和子の娘の
芳山あかり
が、大学教授となっている母親がかつてタイムスリップ
してきたケン・ソゴルと出会った1972年4月6日にタイムスリップ
しようとして1974年2月と間違えて念じて1974年に飛んでしまう
という物語だった。
私の実際の1972年4月6日は、横浜から関東の新しい土地に転校
した小6の時で、初めてその土地のクラスの人と会話をした日だった。
転校生として紹介されたときのクラスのみんなとのやり取りの会話も
よく覚えている。1974年2月のほうは、剣道などさぼって、バスケ部
の練習ばかりしていた。足が血豆だらけだったけど、あれバッシュが
合ってなかったのかね。

芳山あかり役は仲里依紗さんが演じた。個人的にはかなりの秀作だ。
最後、どうしても涙腺が緩む。記憶からなくなる別れが一番辛い。
映画の中で共演した二人の役どころは悲劇の別れとなったが、「この
二人、実生活では結ばれたらいいなぁ」とか思っていたら、本当に仲
良しの夫婦になったみたいで、よかったぁ~。他人事ながら何だか嬉しい。

『セーラー服と機関銃』も何度もリメイクされている。

これはですねぇ・・・。
女優さんの好みもありますが、この絵にもありありと現れているように、
性格の悪さというか意地悪さが表情にも出ていて、おいは好かんとです。

かといって、突き抜けた可愛過ぎる女優さんもどうなの?みたいに思って
しまったりする(笑

ノー整形でこれ。


かわいい子は子役モデルの時からくぅわいい!


ネ申!っすね。


可愛くて綺麗すぎて、ここまでお人形さんみたいになると、これは
どうなの?みたいに思ったりします。
この子をブスとか言ったりする女がいるとしたら、それはおまいの
心がブス(笑

でも、薬師丸さんあたりの大福顔のほうが安心感はあったりして(笑
橋本さんは美人すぎて、現実感があまりない。


まじ可愛過ぎ。過ぎたるは及ばざるが如し・・・てのはない。
世の中、かわいいもんはかわいい。


この看板、時代付けのエイジングが秀逸だなぁ。大道具さん凄い。
小道具さんの仕事としては、薬師丸さんの角川文庫で持っている
グリースガンは実寸ですが、薬師丸さんと原田知世さんが映画
クリップで持っているのはフレームが長いでしょ?
これはハドソン製のモデルガンに電着の発火システムを組み込んで
いるプロップガンだから実銃のシルエットが崩れているのよね。
ガンフリークはすぐに気付くだろうけど、銃に詳しくなかったら見過ご
してしまうという、ちょいマニアックなオハナシ。


なんで女子高生の制服はセーラー服という軍服だったのかしらね。
セーラー服は元々は体操服だったみたいですが。


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ウルトラセブン

2017年01月18日 | 映画・ドラマ



詳しくは ⇒ こちら

私はウルトラマンよりもウルトラセブンのほうが好きだった。
ウルトラセブンのテーマは重く、暗い。
だが、実はウルトラマンのほうがセブンよりも重いテーマだ。
特に金城監督の編などは・・・。

もう50年も経つのですね。
当時は日米安保とベトナム戦争と沖縄問題と公害問題、薬害
問題、が避けて通れない日本人に重くのしかかった問題として
ありました。
ウルトラマン、ウルトラセブンもその社会状況を色濃く反映した
円谷作品となっています。多くは含みと暗喩が用いられている。
そのため、放送はしたものの、映像化に際してはお蔵入りに
された編も多くあります。
ウルトラQシリーズ初期作のウルトラマンとウルトラセブンは、
ただの子ども向け特撮ドラマではない。


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ローグ・ワン

2017年01月03日 | 映画・ドラマ



妻と娘と観に行った。
3Dだったが、あまり3D効果なかった(笑
ただ、作品は楽しめた。
これで、スターウオーズの話の意味が繋がった。なるほどねえ。

結構長かったな。
今2300過ぎで先ほど帰って来たが、結局、3人とも夕食を食べて
ないだよ(≧∇≦)
映画観るのに片道45キロって(笑
都内はこの作品は満席だったとのことだが、きょう観に行った
映画館は広い場内で観客数9人だった(≧∇≦)
帰りに古書店寄って娘と物色したのが楽しかった。
娘と二人で漫画を買い込んだす。
娘はメンヘラ漫画で私は1986年連載時の『BB』の傭兵時代の辺り。
これね・・・、舞台は1980年代初期の設定なのですが、どこで
取材したの?というくらい描写は部分的にリアルです(苦笑)。
出てくる銃もクッソリアル。ただのボクシング漫画ではない(笑


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キャリー・フィッシャー死亡

2016年12月28日 | 映画・ドラマ



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どうしてこう向こうさんの記事はスキャンダラスな調子で
書きたがるのか。
原文の書き手がそうなのか翻訳者がそうなのか、まったく
人に対する愛は感じられない。
無機的な文言の羅列のくせに、スキャンダラスに猟奇的な
書き方に終始している。パパラッチみたいだ。
こういうモノカキが属するのはジャーナリズムでもなんでも
ない。

フィッシャー氏に哀悼を捧げる。


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大根?

2016年12月18日 | 映画・ドラマ



織田の演技がわざとらしくて鼻につきすぎ。
てか、水谷豊の真似にしか見えないんですけど。
キャラ作りが空滑りに見えて仕方ない。
努力してるんだろうけどね。


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時代劇俳優 似合う⇔似合わない

2016年12月15日 | 映画・ドラマ



若山富三郎先生のこの髪型、似合わねえぇええ~~(>▽<)
こりは武市半平太か?(笑

これはテレビドラマ『怪傑黒頭巾』の中でのひとコマ。
変幻自在にいろいろと容姿を変えて、江戸の町人たちを苦しめる
無頼浪人や権力を笠に着る役人たちを叩きのめす、というキャラ
で、戦前から日本の大衆に愛されて来たオハナシだ。

にしても、似合わねぇ~(^^;
若山先生の一番のハマリ役は、シコロ市兵衛と『ブラックレイン』
で松田優作と対峙するヤクザの親分かな。
殺陣が冴えわたる『子連れ狼』は、先生は太りすぎ。太った狼って
のはないでしょうにとか思ったりする。
映画・ドラマで『子連れ狼』が出る前に原作をタイムリーに読んだ
限りで一番適任だと感じたのは、当時の仲代達也さんだった。
田村正和さんの拝一刀はね、あれは舞台劇ですね。演技は良かった
けど。田村さんは『乾いて候』のカイナゲ主水が一番合っていた
ように思える。でも原作者によると、眠狂四郎のイメージは雷ちゃん
よりも田村さんなんだってさ。

そういえば、竹内力さんが最近どんどん安岡力也さん化してるの
だけど(^^;


在りし日の竹内力さん。


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映画監督のミス 『ザ・ロック』

2016年12月04日 | 映画・ドラマ



映画には監督のミスがかなり多い。
6連発のリボルバーから何十発も発射できる荒唐無稽なマカロニ
ウエスタンならいざしらず、シリアスな作品でもチグハグなミスが
多い。

映画『ザ・ロック』は、1996年公開のショーン・コネリー、ニコラス・
ケイジ、エド・ハリス主演の国家に反逆する軍人テロリスト(ハリス)
集団に対し脱獄のプロで長期収監されていた元英国諜報部員
(コネリー)がFBI化学者(ケイジ)と組んでテロを阻止する作品だ。

物語の導入部、脱獄のプロであるコネリーがFBI長官を紐で手鎖
にしてビルの屋上から突き落として吊るすシーンがある。
そこに銃に不慣れなケイジがベレッタを突きつけて「やめてくれ」と
言うシーンがある。



やめろと言いながらケイジは拳銃の撃鉄を起こす。


ところが瞬時に替わる次のカットでは、銃のハンマーは下りている。


んな馬鹿な(^^;

このわずか1秒のカット割りは、何度も撮り直しがされたことが判る。
それにしても、これはシナリオとは外れている筈で、編集および
ラッシュの時に気付かなかった監督の痛恨のミスであろう。
邦画でもこのような監督のミスはとても多い。

それでも、この『ザ・ロック』は、数々の映画作品と哲学と文学と政治
理念へのオマージュと演出に満ちており、とても楽しめる作品となって
いる。
特に最後にショーン・コネリーがわざとコックニー訛りで「右だ」と言うの
がとてもカッコイイ。そこに全世界を揺るがす秘密が隠されている。
名優の演技が節々に光る良作。おすすめだ。



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鬼平犯科帳

2016年12月03日 | 映画・ドラマ


最後の鬼平犯科帳を観た。
ラストシーンで江戸城の天守遠景が出てきた。
こいつぁいけねえぜ。(≧∇≦)

<長谷川平蔵宣以>
生年 1745年。歿年 1795年6月26日。

<江戸城三度目の再建天守の消失>
1657年。以降、再建されず。

せめて、この櫓を写すくらいにしてほしかった。


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Top 10 Akira Kurosawa Films

2016年11月30日 | 映画・ドラマ

Top 10 Akira Kurosawa Films


これはいいぜ!(´▽`)

こっちもね ↓

Top 10 Samurai Movies


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人狼

2016年11月18日 | 映画・ドラマ



元中核派のケルンパーにしては良い作品を描いていると思う。


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映画名シーン 『椿三十郎』

2016年11月14日 | 映画・ドラマ







どれほどの仕込みで血が噴き出すか、事前に俳優には一切
伝えられていなかったため、本当に周囲がパニック状態に
なったというこのシーン。
加山雄三さんなどは「本当に仲代さんが斬られたと思った」
と言うし、斬られ役の仲代達矢氏も、どんだけ血がでるのか
とびっくりしたという。
当日は冷え込んでいて、人工血液が凝固してしまうので、
本番前に温めたら、仕掛けポンプから勢いよく噴出したと
いうのが真相のようだが、それにしても凄すぎる(笑)。

ハリウッド映画『ボディガード』の主人公は、『用心棒』を
何度も観たという設定だったが、外国人向けには、リメイク
されて『荒野の用心棒』となったりした黒澤『用心棒』の
ほうが『椿三十郎』より馴染み易いのかもしれない。
私としては両作を比較すると、断然『椿三十郎』のほうが
面白く感じる。
多分、外国人には、「お家騒動」とか「藩内での論の対立
による政争」いうことがよく理解できないのではなかろう
か。

リメイクといえば、この『椿三十郎』も2007年に織田裕二
主演でリメイクされたが、なんともトホホ過ぎる出来だった。
肝心の最後の三十郎と室戸半兵衛の対決のシーンは、一瞬で
勝負が決するというクロサワシナリオを改変しており、すべ
てを台無しにしていた。
私の読みでは、これは、実は役者があの殺陣をできなかった
からでは、と踏んでいる。
それまで、台詞やシーンはすべてクロサワ脚本に基づいて
撮影されていたからだ。ラストだけがトンデモ大改変に
なっている。
あんな間延びした何手もやりあう決闘では『椿三十郎』が
無茶苦茶なことになってしまう。

また、鈴木杏は良作『ジュブナイル』や『リターナー』では
かなり巧い少女役を演じ切っていたが、このリメイク『椿
三十郎』では1万%アウトの演技となっている。
お姫様やお嬢様役をやる場合のセリフ回しとしては、「ゆっ
くりとしゃべる」ということが鉄則としてあるのだが、鈴木
杏はそこら辺の意味が分かっておらず、多分監督から無機的
に指示されたのであろう、「ただゆっくりしゃべる棒読み」
を実行しているのだ。15歳の頃のあの味のある演技力が全く
発揮されていない。
こういうのは、役者の力量というよりも監督の腕一つだろう。
簡単にOKテイクを出してしまったのではなかろうか。
とにかく「これがあの鈴木杏?」というほどにひどいお姫様
役なのだ。

もしかすると、そういう役柄が鈴木杏はこなせないのかも
しれない。
似たような女優に石原さとみがいる。
下町ねーちゃんのような配役では力量を発揮するが、清楚で
上品な深窓の令嬢のような役、控えめに耐え忍ぶ薄倖の女性、
というような役どころはまったくこなせない。大河での静役
などはひどいものだった。
途中で指導されたのか、やはり台詞をゆっくりとしゃべる
ようにスイッチしたのが明らかに見て取れたが、やはり鈴木
杏が後年犯した失敗と同じく、「棒読み」になってしまって
いる。
令嬢がゆっくりしゃべるのは、日常の中で自己に定着して
いるので違和感はない。
例えば、皇室皇族が物を話す時の超ゆっくりした話し方と
違和感のなさを想起してほしい。

原本『椿三十郎』では、家老の奥方とその娘の姫が馬小屋で
のんびりと話すシーンがある。
その浮世離れした上品さに主人公三十郎は「あー。まどろっこ
しい。やってらんねーよ」というような無言の態度を見せる
のだが、そのときの女性二人のセリフ回しと三船敏郎の無言
の演技が絶品なのだ。
『椿三十郎』は原本とリメイク版では役者の演技や監督の手法
に雲泥の差がある。

というか・・・北野たけしさんやダウンタウンの松本さんが
よく言ってるが、「よくクロサワ映画をリメイクしようという
気になるな」と。
いや、私もそう思う。
無謀というか・・・結果はかく如し、というようなことになる。
クロサワ映画のリメイクを作るというのであれば、当然、監督
は、黒澤明を全領域において超えなければならない。
はたして、そういう人が日本にいると思っているのだろうか。
自分の持ち味で勝負したほうがいいと思えるのだが。


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