渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

クマムシ - あったかいんだからぁ♪

2015年02月28日 | 音楽





この子、なんだかとても可愛いと思ったら、関西一可愛い女子
高生コンテスト「関西女子高校生ミスコン2014」の
優勝者の
桜井美悠(さくらいみゆ)さん16歳だって。


クマムシ - あったかいんだからぁ♪


出会いから再会のパターンは、青春ラブコメの黄金パターンなの
であるが(苦笑)。

この光景はよくラブコメ漫画で使われたパターンで、高校生ならば、
再会のシーンは教室での転校生紹介の時だったりする。
「もう、遅刻しちゃう。なんで起こしてくれなかったのっ」などと言って
パンかじりながら走り出すのが定番だった。そして曲がり角でドンと
ぶつかる。で、教室で転校生紹介で再会して「あー!」となる。
この王道パターンは『バリバリ伝説』でグンとヒデヨシの再会にも使われて
いた。


このプロモでの16歳の女子高生の女の子のこういう気持ち、わかるわぁ・・・。
そして、袋一杯の食材を一人で買って料理を作ってあげようと彼氏の部屋へ・・・。
この動画は、知らず知らずのうちに人を好きになっていって、そして傷ついて
という青春時代の貴重な時間をほんのりと描いた小編になっている。
いいな、と俺は思うよ。この女の子のピュアなところが。
年取るとね~、心がピュアではなくプアになるからね~。

動画が削除される前にどうぞ。
25年以上前のJR東海の「シンデレラエクスプレス」シリーズの名作CMを
観るような良い出来だと思う。
 

読唇からすると、映像の中の女の子の名前はアリサのような気がする。
最後の「ごめん。おれアリサのことずっと好きだから・・・」というところから。
彼女は頭をさげて「ごめんなさい。」の後に言う。「もう大丈夫だから・・・」
青春!イェ~イ!
(台詞は違うかもだぜ←戸田奈津子風)

国際的スナイパーに狙撃される可能性がある時には、いっこく堂方式で
しゃべることを推奨する。


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肥後守の研ぎ

2015年02月28日 | 刃物

先日、日本刀の目釘を作る時に竹を削った肥後守(小)を研いだ。
小さすぎて工作には使いづらいのだが、小型なので刀剣手入れ道具箱に
入れてある。

肥後守は日立金属のヤスキハガネを使っているのだけど、適切な焼入れ
と焼き戻しがなされた個体はよく切れるよ~。
ただ、手作りなので個体差はある。
中にはポロポロと細かく刃こぼれしまくる個体もある。
そういうのに当たったら、根本的には直らないけど、おいら自身はいろいろ
再加工してある程度切れるようにしちゃうけどね。

今回、地を少し引いてみた。刃文のように見えるのは刃文ではない。
地鉄から刃鋼が露出している部分だ。


合成の練り砥石でも、石気のような部分が出てしまうと、研いでいて
刀身に
ヒケが付いてしまう。これは微妙な感覚で、研いでいる最中に
「あっ」と感知できるが、防ぎようがない。
この勝手下りの角度の段階の疵を除去するにはかなり研ぎ戻さない
ならない。地鉄が無くなってしまうので、やらない。鑑賞日本刀では
ないので、これでもよしとする。
日本刀研磨で早研ぎ・安研ぎで砥石目が残っているのは、前の砥石
目を完全に除去していないからだ。



地を引く前の肥後守(一番下)。地の研ぎ目は筋違(すじかい)だ。

中と下はヤスキハガネ青紙割り込みだが、一番上は黄紙の無垢だと思われる。
これは安かった。ホームセンターで600円くらい。販売価格がそれだと、一体
卸値はいくらなのかと思ってしまう。しかも、この黒い柄(え)の廉価版は、
ホームセンターに卸す仲買業者が中間に噛んでいる。製造卸値は・・・・
200円するかしないかなのではなかろうか。鍛冶屋さん、儲からない筈だ。

しかし、この肥後守がまたおそろしく切れた。まあ、切れるように研ぐのだけど。


どれくらい切れるかというと、右からの左袈裟で軽く振っただけで・・・


厚紙のカレンダー4月から12月分までがサックリ。刃筋を立てて振っただけ。
キャビネットの前に吊ったカレンダーだが、刃を扉に当てることなどしない。
正確な間合いと正確な刃筋でパッと振るだけ。間合いの感覚というのは、
目視したならば瞬時に把握する。それが出来ないと居合などやっている
意味がない。・・・・といっても、そんなの使う場面はないけど(苦笑



肥後守は廉価な実用刃物だが、文房具というか木工などの小工作用には
もってこいだ。
固定装置がないブレード8センチ以上の刃物は持ち歩くと銃刀法違反になる
し、8センチ未満でも軽犯罪法違反になるので、刃物の携帯はしないでね。
固定装置ある物は6センチ未満が銃刀法適用外、両刃は5.5センチ未満だ。
ただし両刃のダガータイプは携帯せずとも5.5センチ以上の刃を持つ物は
所持そのものが禁止されるようになったので注意が必要です。
まあ、どんな刃物でも「正当な理由」なく持ち歩いたら軽犯罪法違反で
いつでも検挙される可能性があるのだけど。たとえ髭剃りでもさ。刃長1ミリ
の刃物でも、取締官の判断如何で御用となる世の中になりました。
刃物使って人を殺傷するような連中がしょっちゅう出てくるからだよ。
刃物は人を殺さない。人が人を殺すのだが。ただ、刃物を使うと「殺意の認定」
では殺意有りとの判断に司法は傾く。


かわいい実用刃物の肥後守。今家にあるのはこんだけ。全鋼のやつは
福岡の友だちにあげちゃった。研いでるかな?研いでねぇだろうなぁ・・・。


こっちのでかいほうの肥後守のブレードシルエットのほうが好きだな。
これはモーターツールを使って背を落として笹葉型に整形した。


小さいほうは、我ながら背の落とし方がダッセと思う。
肩肘張り過ぎだろう。

驚いちゃいけねぇよ。これはモーターツールではなく、鉄鋼鑢と砥石のみ
で整形した。昔はどんな感じの工作整形だったのだろうという感じで。
したっけ、ある部分から焼きが硬く入り過ぎていて、全く鑢が立たないのよ。
焼きムラがあったということだね。どうりでポロポロと刃が欠ける個体だった
わけだ。その後、手を加えてどうにか使えるところまで持っていったけどさ。


ついでに、家の包丁も研ぎ上げた。
これから焼き魚を食うだすよ。

と、思ったら、かみさんが仕入れたのはタラだったんで、おいら焼かずに
ムニエルにしてもらうことにしたっす。

そういえば、太刀魚仕入れが得意の魚屋の新の字は太刀魚で畳表を
サクサク斬ってる動画をアップしてたが、きょうあたりはどうしてっかな。
こういう揃いの法被作りてぇな。イキなやつを。


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まるでパリ

2015年02月28日 | アート

どっひゃ~。こういうとこ住みてえ~~。







即日完売だったのだろうなぁ。

→ こちら

こういうコンセプト住宅というのは、立地条件もあるだろうが、
非常に魅力を感じる。まじもんで、住みたい。

「住まいは作品になる。生き方は風景になる。」

くぅ~。これだよ、これ。

企画設計者の仕掛け人に脱毛、いや脱帽だ。
なんなんだよ、このセンス。
以前、ごく近所の西早稲田の外階段が螺旋階段の物件に長らく
住んでいたけど、この高田馬場のあたりもいいとこだよ。住宅地は
ちょっと道が狭いけどな。
まあ、交通の便は最高に良いところだ。
それにしても、好みの物件だ。
こんなに住みたいと心底思った物件はかつてない。

あ。俺は土だろうがアスファルトだろうが、地面でも眠れっけどね(笑


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昔の画像

2015年02月28日 | 内的独白

ブログのログを保存しないでブログを閉じたのは失敗だったなぁ。

チョイ昔の画像。俺が作った自作ジャングルハットだぜ。
自分でミシン使って作った。自分好みの迷彩にも染色した。
なかなかやるべ?


こんなのもでてきた。
マイ・アーティーだ。この銃のこのシルエットは好きだね~。
『許されざる者』の中で、鼻持ちならない英国人役のリチャード・ハリスが
使ってたタイプね。


(トイガン)

でも、刀と同じなんだよなあ。刀も長い刀は好きなのよ。
で、ハンドガンも長い銃身は好きだけど、いざ使うならショート
バレル
だな、てのはある。コルトSAAならば、この4.75インチの
銃身タイプを選ぶよ。しかもフロントサイトなんて削り落としちゃう。


(実銃。海外サイトから)

でもさ、こういうオールドガンて、日本刀と同じで、現代での実用的アイテム
ではないんだよね。オールドエラの時代劇用というアイテムなんだよ、
実銃でも。だから、実用では現代ではファストドロウ(拳銃居合)やカウボーイ
シューティング(時代劇射撃)という競技で使われるだけなんだ。真剣日本刀と
似てるよね。

でもって、現代戦でも使える実銃はどうかというと、個人的にはやはりこういう
ショート物がとても好きだったりする。キック(反動)がきつくなるけどね。

(実銃。海外サイトから)

これまた刀と同じ。
短くて軽い刀で斬撃すると衝撃は強く感じる。長く重たい刀で斬った方が楽は楽。
大切れするし。だけど、取回しは短い刀のほうが圧倒的に有利だ。
その不利さをカバーするために、「(不利な)大刀で(有利な)小刀に勝つ」という
高度な技術を磨くことから林崎系の三尺三寸の太刀での抜刀術が生まれたのだし。
ありきたりな三尺じゃないよ。三尺三寸だよ。三寸延びだけで抜刀の難しさは放物線
曲線上りのように難しくなる。2ストエンジンのシマザキ・スペシャルのようなピーキー
な出力曲線のような感じで難易度がピョコーンと上がる。三寸三分が自在に抜けて
操刀できるようになると、二尺四寸あたりは脇差のように感じるだろうし、二尺三寸
の定寸などは短刀のように操作できるだろう。
言ってみれば、7.5インチ騎兵モデルのピースメーカーで4.75インチピースメーカー
にも早撃ちで勝つ技、みたいなもんだね。

でもね~。
おいら、術の理は解ってはいても、単純にショート得物が好きなのよ。
いや、長いのも好きなのだけどね。
こんくらいの短いのがいい。


ただ、いろいろ、燃え盛る炎と煙の中を風のように駆け抜けながら乱戦の
ドドンパやってみたら、手ごろな寸法ってのはあったりするんでね、実際の
ところ。人から聞いた話だけど。
まあ、達人は槍を剣のように、小剣を大剣のように扱えるのだろうけどね。
宮本武蔵さんなんてのは、得物の長さなどに拘るなっておっしゃてたし。


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浮動票

2015年02月28日 | 内的独白

訪問者が日によって1,800名ID(9,000~10,000ヒット)から
1600名IDの間を行ったり来たりしてるんだけど、これの幅は
ロボット検索ではなく生身人間の実数のような気がする。
日によってクローラの自動巡回がこんなに上下しないのでは
とか思う。


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ニモイ氏死去

2015年02月28日 | 映画・ドラマ



俳優のレナード・ニモイ氏が27日、亡くなった。
死亡直前のツイッターでの言葉は、まるで死を悟った遺言のようだ。

A life is like a garden. Perfect moments can be had,
but not preserved, except in memory.LLAP

- Leonard Nimoy (@TheRealNimoy) February 23, 2015

NEWS記事 → こちら


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離れ目

2015年02月28日 | 内的独白

離れ目かわいい!

鶴瓶師匠やないで。
女の子のほうよ。

ね?
離れ目で口がでかい。
和風美人とは違うでしょう?
でもハーフぽい。
こんな昔の写真見ても今風の女の子みたいで違和感ないでしょ?
それだけ今は離れ目大口=西洋系の顔が一般化したんだと思うよ。



(てのは嘘で、今の写真どす。おらのこと夢に出て来たって女性から
連絡もらって、なぜかその俺はブロッコリー頭だった、とのことで
引っ張ってきた画像どした)

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祭り

2015年02月27日 | 文学・歴史・文化

日本の祭りは大別して二系統ある。
神事としての祭りとカーニバルとしての祭りだ。
神輿や山車などは神事の祭りで、阿波踊りや備後三原のやっさ祭り
ねぶた(ねぷた)などはカーニバル系だろう。

神事系でも神木を奪い合う岡山西大寺の裸祭などは浅草三社祭りと
同様に壮絶だ。肉弾戦みたいな感じだよ。

江戸浅草の三社祭りはとても盛り上がる。


仕切るのはその筋の方々。いわゆる団体職員ですね。




こうした伝統的なとんがった三社祭(俺大好きだけどね)だけでなく、
下町浅草がある台東区は最近時代祭りという祭りも開催している。
カーニバル・パレード系だ。


台東区の区長さんだそうです。


町火消し衆も行列に参加する。本物じゃないだろうなんて思ってたら・・・


どうやらそうでもないみたい。やるな~。

江戸町火消しの末裔たちは、現在も鳶などの職に就いている人も多く、
江戸期の組の末裔ごとに厳格なピラミッド社会となっている。
半纏も仕様が決められており、自分が属する(血脈)では着ることが
許されない半纏もある等、厳しい掟がある。いわゆる筋系の団体職員
とは別に、背中には彫をしょっていたりすることも多い。彫り物があるのが
必ずしも団体職員ではないという江戸東京の文化がある。
ただし、彫り物は最近若者に流行の西洋風ファッションタトゥーではなく、
純和風の真の彫である。

魚屋一心太助発見!(笑)


イキとイナセの違い、ご存知ですか?


背格好や顔の作りの容姿でもないのよ、イキとイナセは。
振る舞いと意気地のことなんだよね。あと、着るもんもなにも
奢らなくともパリッと身綺麗にする。そして心の在り方が一番だ。
そうしたことで、イキでイナセかダサイかが決まってくる。
(ダサイというのは江戸言葉)

これは・・・なんというか、東京もんにしか理解できないと思う。
まあ、一つ言えるのは、イキとイナセには、ほぼ自己保身は
存在しない。対人関係でシケたセコさは微塵もない。
そのあたりが同じ伝法な言葉を使っていても、六方者のカブキ者と
違うところだ。
ただ、江戸者のイキやイナセとよく似た気風(きっぷ)の人は
東京以外にも時々いる。そういう人は広島にもいる。
そういう場面に接すると、「おっ。いいね~」とかにやりとなる。
イキとイナセのいいところ(悪いところでもある)は、元気がいい
ことも挙げられるね。かといって、猪木さんのようなあれはちょいと
違う(苦笑

かわいーー!刀の差し形が自己流の子もいれば、大人も参考に
なるようなビシッと決めてる子もいる。
でもさ、刃の向きが逆の子が多いね~。大人がちゃんと着付けして
あげればもっとよかったのにと思うけど、まあ、これも愛敬ってことで。
最前列の女の子が一番ちゃんとしてるという・・・(^^;


あとですね、東京人は普段「するってえとナニかい?」とか
「ってやんでぇ、
べらぼうめ」とかって、言わないですから(苦笑
これと同じように、俺、京都に遊びに行った時、夜のクラブ活動で
おねーちゃんに
「『どすえ』とか言わないの?」と訊いたら、大笑い
された。

ま、そんなもんよ(笑

ただ、古い江戸言葉の「したっけ(そうしたら)」とか「つってる(と言って
いる)」というのは今でもよく使う。
「したっけ、俺がやめろっつってんのにさぁ・・・」という具合に使う。
こういう言葉遣いは、関東でならいざしらず、西日本地方では
まず通じない。何を言っているのか皆目不明となる。
まあ、江戸弁も方言だから、全国で通じるためにはNHK語を使う
こったい。
ちなみに、俺は「ひ」と「し」が明確に言い分けられるぜぇ。すげえだろ。


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坂上忍vs杉田かおる因縁の旅

2015年02月27日 | 内的独白

坂上忍vs杉田かおる因縁の旅 1/8


おもしれ~!


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杉田かおるVSピンクレディー かつての確執を語る

2015年02月27日 | 一般

杉田かおるVSピンクレディー かつての確執を語る!ダウンタウンたじたじ


おもしろい。


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ゴマキの入刀

2015年02月27日 | 文学・歴史・文化

あら、幸せそう。というかお幸せに。





おれね、昔からこの人はいいな~とか思ってた。
なにがって、ビジュアルね(笑
知念里奈なみの離れ目とオバQ口が好きだった。
子どもの頃からかーいーなーとか思ってたが、それを言うと
周囲からは「目が離れすぎでしょ」とかよく言われた。


ふっふっふ。
しかし、私は1970年代から離れ目ファンだったが、私のような好みは
当時は圧倒的な
マイノリティだった。
だが、しか~し!
今でいうアキバ系が世の中変えたね。
あれはそう、1985年頃から登場普及した美少女アニメフィギュアだった。
アニメをくっそリアル三次元で再現したモデラーが登場し始めたのが
1984年頃からだったが、1985年には密かにマニアックな職人技を
業界では発揮していた。
トイガンショップの蒲田の「むげん」なんてのは、エアガンと並んで
所狭しとフィギュアがあった(魔改造はまだ登場していなかった)。
あの店で滝川真子ちゃんと会ったのだよなぁ・・・FZ400乗ってたよ、
彼女。ってそんなことはどうでもよいのだが。

で、その今のアキバ系に続く職人技世界のベースはMEIMU先生などに
見られる画のタッチなのだが、それが軒並み離れ目を描いた。
以降、美少女アニメやコミックの定番タッチは離れ目となった。これは
内山亜季のコミックでも離れ目路線になったが、初期タッチはそれほど
離れてはいなかった。
少年漫画で離れ目をキャラ顔として確立させたのは『いずみちゃん
グラフティー』で一世を風靡した金井たつお先生だ。





まあ、なんというか、ゆうこりん顔なのだが(ゆうこりんは厳密には
離れ目ではない)、この手の顔は1970年代末期当時まではとても
画期的だったのだ。
どストレートで私の好みではあるのだが、この手の顔は漫画の世界
のみで市民権を得ていて、現実的なリアル女性ではまだあまり登場
して
いなかった。

だが、しか~し!
今でいうアキバ系の力ってすごいね。もともとはカウンターカルチャーと
しての文字通りのサブカル=対抗文化だったのだが、だんだんと市民権
をじわじわと得る。地下水脈のように。

そして、1990年代。
一般芸能人やアイドルでも離れ目が多く登場し大人気を得た。
現在まで続くこの流れを作ったのは、創世記の金井たつお先生だと私は
思っている。
ちなみに、金井先生は日本で初めて漫画に女の子のパンツのしわを
描きこんだ人だ。これは意外と知られていない。今ではあたりまえの
ことだが、金井先生がその技法を具体化する以前は、あのハレンチ学園
からキューティーハニーまで描いた画豪の永井豪先生でさえツルリンと
したパンツしか描いてはいなかったのだ。金井先生が革命を成し遂げた。
以降は、美少女を描くことについてちょっとお色気シーンなどでは生地の
しわはリアルに描かれるようになった。『BEE FREE!』(江川達也)でも
そうだし、『ウイングマン』から一気にブレイクした『電影少女』(桂正和/
一部発禁)なども、克明にシワを描くようになっていた。
他にも、かなりデフォルメしたタッチの画でもシワは描かれるのが定番と
なった。
離れ目とパンツのシワ。金井たつお先生の先駆性は、先駆性こそが
時代を切り拓いて社会変革を成就させ未来を作るのだという希望を
若者たちに与えたのであった(一部マニアにだが)。これを私はコミックス
におけるカクメイ的先駆性論と呼んでいる。

ほんでもって、リアル離れ目さんは1990年代中期以降、ドワッと世に
溢れだしたし、芸能人でも多くなった。宮崎(本当は山へんに立可のサキ)
あおいさんにしても、仲里依沙さんにしても思いっきり離れ目だ。

頭が古い人はそうした顔を見て「ブシュ」とか言ったりする。いや、してたが、
世間の風潮は彼女たちをブスとはせずにカワイイと変化してきた。
離れ目への偏見はもはや現代においては世間一般概念としては
払拭されたと言っても過言ではない。

かつて私が好きだった人に離れ目がいて、その人に対する評価は
二分していた。かわいいという人とブッスーと言う人だ。
後者は私は昭和感覚のように思える。
そして、不思議なことに、かわいいという人はその離れ目さんを見て「ハーフ
みたい」と言うことが多かった。
そこなのである、真実は。

実は、ハリウッド女優など欧米人のアクトレスの顔は、ほぼおしなべて
離れ目なのである。昭和時代までの日本人とは目の位置が違うのだ。
以前私がいいなと思った女性の画像を友人に示したら「魚か?」とか
言われたこともあったが、この欧米人の女優=離れ目系の定理に
気づいている人は少ない。同時にかつての概念で言われてきたところの
「和風美人」に離れ目はいない。
かといって、1960年代から離れ目女優が日本にいなかったわけでも
ない。それらの女優やタレントは「ファニーフェイス」などと呼ばれていた。
007シリーズ日本編にボンドガールとして出演した浜三枝さんなどは
ファニーフェイスの典型とされる。ただし、現代のような完全離れ目系
ではなく、どちらかというと純粋日本人なのに外国人ぽい顔立ちなのだ。

(浜三枝さん。『007は二度死ぬ』1967年からのキャプチャ)


また、『ウルトラセブン』(1967)で大人気となったアンヌ隊員を演じた
ひし美ゆり子
さんも、どちらかというとファニーフェイス系といえた。

系統は「離れ目系」である。


しかし、「ファニーフェイス」というのは、認識は文字通り「変な顔」なのである。
私は個人的にはこれらの面立ちは好みだし、充分かわいいと思うのでは
あるが、彼女たちは若い時にはファニーフェイスと呼ばれた。
1970年代に入ってからは、キャンディーズの伊藤蘭さんが典型的なファニー
フェイスの
系列の顔といえるだろう。

(1970年代中期)


古典的概念からいくと正統派美人とはいえない。
だが、こういうキャラ顔を「ブシュ」と一刀に切っていいのか、
という疑問が私にはある。好みを置いといても(好みとしては
好きな系統なのだ。古典派和風美人は好きではない)。

1978年頃に人気が出た歌手の相本久美子さん(80年代)。

TVジョッキーのアシスタントMCとして機転の良さを発揮し

人気を博した。70年代離れ目系タレントの代表格だ。
当時は珍しい顔立ちだった。上の蘭ちゃんの屋外写真には
丸ノ内署の看板があるが、相本さんの父上は1981年時に
丸ノ内署の署長をしていた。
系統的には典型的な離れ目オバQ口のパタリロ系といえる。
私個人にとっては永遠のどストライクだ。



だが、何が変かという概念は時代ごとに異なるし、変化もする。
平安時代にタイムスリップしたら、ブスと離れ目を1978年頃に
自虐漫才ネタにしていた「海原千里万里」の
万里お姉さんなどは
超美人となることだろう。


そして、現代。
芸能界や女史アナ見渡すと、離れ目大集合なのだ。
これは今世紀に入ってから顕著な傾向だ。
やっと、私の時代が来たか、日蔭者から市民権を得たかという感涙
にむせばずにはいられないのである(笑

で、現代に続くその突破口を90年代に切ったのがゴマキだった。
いいね~!
幸せになってほしいす。


ところで、結婚式の披露宴ではケーキに入刀するでしょ?
おいらは神前結婚式で、日本料理の料亭で披露宴をやったからケーキ
はなかったが。
刀使うよね。
結婚式の引き出物や何かの時のお祝いに包丁やナイフ(ナイフとフォーク
などのカトラリー等)を送るのは決して縁起が悪いことではないと私は思う。
むしろ、良いことなのではなかろうか。
(本当はここの部分が本日の日記のメインなのに、ぬぁんと7行で終了)


ただね~、離れ目に関しては気づいていることもある。
男性が描く美少女漫画はほとんど離れ目系に集約されつつあるが、女性が
描く少女漫画(成人漫画も)では女性は離れ目には描かれていないのが
主流なのよ。つまり、女性願望としては、男性が望むような離れ目好み
というのはまだ到来していない段階なのかもしれない。
さあ、20年後は果たしてどうなっているのか。まさにロングディスタンスだ。


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ひらめき☆

2015年02月26日 | 内的独白



ひらめいた!
その業種のその部門の人に内密に相談した。
製品化したら売れるとの評価を得た。

これまで、本業のほうでは、製品化はしなかったが、
1年間の工場研修の時に、2つばかり生産性向上の
ための具体的な社内実用新案(特許ではなく)を出した。
両方とも社長賞を取った。また、私が研修時代に作製
した部品発注フォームは19年後の現在でもそれが
全国的に使用されている。80年代のベーシック→ドス
時代の早くからOA化には親しんでいたので、フォーマット
作成も当時としては先進的なことを実行に移せた。現在
ではインターネットの普及により誰もがキーボードを打つ
ようになったが、私は1983年から打ちこみ抜いているし、
社会人になってからも仕事でもキーを叩いていたので、
キー打ちが異様に速かった。90年代半ば今の企業に務めた
時、「なぜそんなに速く打てるのか」と社内で驚かれた(IT
企業以外はほとんどOA化が進んでいない国内状況だった)が、
キーパンチャーのように正確に素早く(時々誤変換はあるが)
打てる。今の時代はそれは世間ではPC普及により特技では
なくなったが。
携帯でメールが登場した頃も当時19才のギター仲間は「ぶっ!
女子高生なみの早打ち」と私の携帯での打ち込みを見て笑って
いた。昔から手は早い(笑)。


私は、発明というのは誰でもできることだと思う。
作詞家や作曲家、文筆家やシナリオライター等の創作業を生業
としている人は、破壊ではなく生産を
している訳で、それもすべて
発明に近い。特に詩歌
や楽曲はそれまでにないものを創作に
より作出して
いるという点では常に新規発明が伴っている。

ということで、本業のほうではなく、趣味の分野でのアイテムを
思いついた。

3点あるが、1点に絞り、さらに詳細を絞り込んでまとめようと思う。
すでに、過去に私が考案した物品はギャランティは私には来ない
形ではあるが、ある業界に普及している。あれを
私が考案したと
知った人は「え?ほんと?」と誰もが訊く。

それほど、ある業界では普及している物品だからだ。
今回ひらめいたのは、かなりネットで調べたら、同様の物品は
存在しない。

これはいけると思う。
しかも、製品として形になったら、多くの人が欲しがると思うし、
必ず必要な物品でもある。

製品化するまで発表はしない。
また、これは製品化するまでは親子友人と雖も誰にも口外しない。
まるで、起請文みたいだ(苦笑)。

じゃあ、日記になど書くなよ、と批判を受けそうだが、発明
や新案のネタというのは、そこらに転がっているんだよね。
今まで、私のウェブ上の文章は実に多くの「プロ」たちにも
剽窃されてきた。週刊軍事図鑑、著名漫画家の作品(私が
主人公として登場。私の日記の記事描写-特殊な状況描写-が
まるまるコピーされていた)、人気作家の小説(これまた私の
日記記事の過去の経験記述が台詞と私の動作まで丸ごと
コピー。現在私の日記からは諸般の事情から記事を削除した)、
そしてベレーのかぶりかた(これは文章構成、表現、画像に
至るまでフルコピー。しまった。そのラジオライフの盗作記事
批判をブログに上げていたが、ブログは記事を保存せずに
閉鎖してしまった)。
他にもかなりある。おどろいたのは、「有り得ない偶然」という
意味深な題名までつけられた事柄があったりまでしたことだ
(これはむしろ嬉しかった。私と彼しか分からない。向こうは
ドラマにまでその曲が使われたが、私は返って嬉しい。事の
真実は私と彼しか知らない。あくまで「有り得ない偶然」だから。
ただし、発表は私のほうは2001年、向こうは2010年だ)。

さて、今回のひらめきは本業のほうのことではないので、
オフラインで計画を進めることにする。
そうだ。じゃあ、なぜ日記に書くのかと問われれば、どなたでも
新たな発見はできるのですよ、ということを言いたかったのだ。
ひらめきというのは想像力をめぐらせて計画的に湧く類のもの
ではない。パッとひらめくのだ。自然に。
ちなみに、私は曲を作る時、歌詞と曲が同時に浮かぶ。
これは一見、「え?そんなこと」と思われるかも知れないが、
特殊能力ではない。桑田さんも歌詞と曲が同時に浮かび「俺は
天才」と自称していたが、天才的才能でもなんでもない。
たとえば、下でチッチチとリズムを刻みながら同時にハミングで
曲を奏でることは誰でもできるでしょう?
これだって、一見できなそうなことだけど、大抵の人はできる。
それと同じで、曲と歌詞が同時に浮かぶなどというのは、一般的
手法ではないだけで、曲も歌詞もどちらも「浮かぶ」ことから発する
創作なので、それが別な時間域で生まれるのではなく同時期に
生まれるだけのことだ。
誰でも鼻歌歌ったりするでしょ?適当な曲で。それは作曲がその
時にできている(原初的なメロディラインとして)訳で、それを形
にすれば完全に「曲となる」。
しゃべるときでも、声色はコンピュータの音声のように単調では
ないでしょう?人は。
高かったり低かったり強かったり弱かったり、その場面場面で
無限の音程を人の声は奏でている。
曲作りもそれと同じで、リフレインやその他技法としての法則性は
あったりするが、基軸は「自由な発想と自然発生的な誕生」だ。

そして、発明や新案なども、これと同じで、パッとしたひらめきに
負うところが多い。
「これをどうするか、どうやるか」と練るのは、それは計画であって、
具現化した物は新規性があれば実用新案とはなっても、発明とは
呼べない。
ミネラルウォーターの「いろはす」にしても、ペットボトルをコンパクト
にクシャクチャにできないかというところから新製品開発が発想
された。中身が先ではなく。
そのような逆転の発想は「発明」に近い。

要するに、あれをどうしてやろうか、これをどうしてやろうかと練り
倒して思案するよりも、ホケ~としていて、あるとき突然パッとひら
めくのがまさしく発明のビッグバンなのだと思う。ひらめきは閃き
と書き、まさに「閃光」がそれだ。
こうしたことは、物品の考案だけでなく、武術などにも往々にして
起きる現象だ。
よく、「○○日参内して突然天の啓示を授かり」などとしている流派
の開祖は多い。あれはベータエンドルフィンの脳内麻薬がなした
ことではなく、やはり、突然パッと「これだ!」という閃きが脳裏に
発生することを記しているのだとおもう。開祖は天才ではない。
全員人だ。ただの人だ。
ただし、ただの人でも、ほけ~状態のままだったり、逆にあれを
どうしてやろうかとこねくりまわしてばかりいると、そうしたパッと
したひらめきに出会う率が低くなるように私は個人的に思える。

適度な精神の弛緩というのは必要だと思う。
多分、古流剣術流派開祖も、キンキンに貼り詰めている状態から
スッと力を抜いた時に、ピカーッと何かが閃いたのではなかった
ろうか。

今本業以外で携わっている小林康宏新作刀製作に関しても、
たぶん今までの刀鍛冶はそうしたことはやって来た人はいない
だろうという業務内容を私は支援部隊の立場から敢行している。
私のその業務内実を見た販売店代表は驚いていたが、要するに
これも新規の企画形態であり、つまりは「ひらめき」でしかない。
それを形にしただけだ。
ただし、実際にはとても(というかかなり)仕事がはかどるための
実効性を持つ支援行動となっていることは刀工からの謝辞とコメント
で確認できた。
この私の受け持ち分野の処理方の発端は、「刀工が鍛錬のみに
集中できるために」というその一点の思念から発したものであり、
あとは、例によってホケ~ッとしていたら突然ひらめいただけの
ことである。
人間の集中力などというものはそうそう続かない。集中-緊張と
弛緩の連続を繰り返すことで脳は活性化するのではと私は
思うのだ。こういうのは天才が成す業ではない。どんな人でも自分
の心のバイオリズムを自分で把握して自己制御するだけのことだ。
集中-緊張しっぱなしでも精神状態が崩れるし、ホケ~ッと弛緩
しっぱなしでは寝たきり学生(昔の時代よくいた)のように昼行燈で
夜暗闇になってしまう。
なんでも一本調子ではなく、緩急が大切かと。

と今書いているこういう文章も、思いつくままに思いつきと同時に
キーボードを叩いている訳で、論文ではないので何文字以内に
まとめるとか、論旨を理解しやすく構成を練ったり、校正かけたり
とかはしていないので、例によって長い文章になっている。
しかし、私の中でネット上の行儀としてのモラルハザードは機能して
いるつもりだ。
ただ、最近のネット社会の趨勢のように、「長いよ」という感想の人は
別段読んでもらわなくても結構なんで。
ここはあくまで私の私的な内的独白の場であり、論説文や説教文
でもないし、まして学術論文や小説でもない。
取捨選択は読者の権利だ。適当に自分流で読んでくれ。すっとばし
でもいいし、斜め読みでもいいし、行間に隠された意思をも読み抜く
熟読でもよい。読み方は強制しない。
でも、読み方の強制を作品の中にまで持ち込んでいる大ウツケの
小説家も昔いたけどね。まあ、業界からも読者からもポイされた。
「こう読むべき」とか「これが正しい読み方」などと他者への意思の
強制が正義だと思い込んでる人は、実のところ、人間社会では
要らないのだ。害こそあれ人の為には何の役にも立たない。塵以下
の存在でしかない。ゴミでもまだ再利用ができそうなものだが、
ゴミ以下は始末におえない。

但し、私はこの内的独白に対する非難は一切受け付けない。
最近のネットの傾向で多いのだが、自己が有する思念と合致しないと
その他者を徹底的に非難する人が大量発生しているようだが、あのねぇ・・・
そういうのはリアル社会ではまったく受け容れられないのだから。
現実的にリアル社会でそれやって業界からそっぽむかれて干された
モノカキなんてのもいるくらいで。それは現実の人間社会不適合者なの
だと私は思う。だからといってバーチャルネット世界に拠り所をみつけた
からと、ネット上で他人個人攻撃することのみに生き甲斐を見出して
いるなんてのは、そろそろ人間やめたら?とか思ったりする。
ネット社会は使い方によっては独特の効力がある情報伝達ツール
だが、あくまで人間社会における人間あってのツールだからね。
己の考えを述べることは構わないだろうが、他者非難や個人攻撃や
名誉棄損をするためのツール利用は根本的に社会性に反するのだから。
ネットのご利用は計画的に。
そこんとこよろしく。
あ、私は批判は受けつけるよ。だが、非難は無視する。
無理はきくが無茶はきけない。あったりまえだろ、そんなこと。


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西部警察OPと東武鉄道を合わせてみた

2015年02月26日 | 内的独白

西部警察OPと東武鉄道を合わせてみた


ワロタ


こちらは、西部と西武でありきたりで笑えない。やはり、東武
だから面白い。

西部警察OPと西武鉄道を合わせてみた


都内在住もしくは都内在勤でないと理解できないだろうが、
東京メトロ(旧営団地下鉄)を除けば、都内乗り入れ私鉄で
一番ハイソなのが東急東横線というイメージがある。
東横線沿線の住宅地は代官山、自由が丘、田園調布等、軒並み
高級住宅地であり、戸建て
のみならず賃貸物件も非常に高い。
渋谷を起点とし、横浜駅
までつなぐ、かなり古くからある線だ。
東急にはほかに池上線、
目黒線(旧目蒲線)、世田谷線、田園
都市線、大井町線などがあるが、いずれも渋谷への乗換
接続があるものの、東横線だけがダントツの別格という印象

もたれている。山手線の外の西半分、時計盤でいえば6時から8時
の地域は東急線が網羅している。

そして、次が京王線、小田急線だろう。
これはいずれも新宿を起点として、都内西部地区に延びる新興
住宅地を抜ける。線路ができてから町ができる典型の開発路線
であり、いわゆる「都下」を抜ける新線だ。
次が西武鉄道だ。
これは意外と地味な感じだが、ダサ感はなぜか少ない。
その次の
京浜急行となると、品川~神奈川県三浦半島をつなぐ
湾岸
を貫通する線とはいえ、かなりローカルの田舎線という雰囲気
になる。京浜工業地帯と神奈川農村地帯を通るからか。
野菜を行商に行くため大きな行李を背負ったおばあちゃんが
乗っていたりする。まるで千葉県との貫通路線のような雰囲気だ。
ここはまるで三里塚?というような雰囲気が京浜急行にはある。
次は、成田に抜ける本家三里塚線ともいえる京成線だ。文字通り
東京と成田をつなぐ。これは空港が千葉の北総台地にできるまでは
まったくの超ドレッド級のローカル線だった。チバラギのうちのチバ
地方から都内に出るには必須線だった。


そして、東武鉄道。通称東武線だ。
これはなぜか都民には「ダサさの極み」のような印象を持たれて
いる。京急や京成線などはマジもんで突き抜けているからイジ
ってはいけないとか思われているからなのか、はたまた、東武線は
都会風味と田舎風味がチャンポンだからイジラレ対象なのかは
分からないが、東武線=ダサッみたいな印象を持たれている。
東武浅草線は下町浅草を起点として足立区を抜け埼玉や栃木に
向かう。また池袋を
起点とする東武東上線という板橋練馬区を抜け埼玉
県西部に向かう線も
ある。
しかし、東武線はどちらもダサいと思われながらも愛されている。
どう言ったらよいか、東急東横線が『こちら亀有公園前派出所』に
出てくる中川やレイコならば、東武線は両津勘吉のような雰囲気
なのだ。垢ぬけないが愛されている。
だが、東武線は両さんのような主人公にはなれない。

要するに、都内起点の私鉄では東武線がいちばんダサ線のような
印象を(いわれなき印象だろうが)都民には持たれているのである。
これは「下町~トツィグィ」と「ブクロ~ダサイマタ」がダサく、
「山の手渋谷-目黒区-田園調布~ハマ」がハイソという印象があるからかも
しれない。実際に東横線沿線の住宅には高所得者が住んでいる。
こうした印象について母に尋ねると、戦後まもなくから東横線沿線は
「都心郊外」の閑静な高級住宅地へ延びる希望の線路という印象で、
住んでみたい憧れの私鉄沿線のような雰囲気は既にあったとのことだ。

東急電鉄が開発した街渋谷の駅前に飛行艇=ロープウェイが
あった頃。(昭和30年代)

東京の住宅街は電鉄会社が開発した。
維新からまもなく明治時代には帝都である東京市には路面電車が走り、
麹町区などの中心部だけでなく、牛込区等への郊外へも縦横無尽に東京
市内をチンチン電車が東京市の市民の足として開通していた。
それとは別に、パリのように都心から放射線状に私鉄沿線が延び、
起点の駅には電鉄会社系列のデパートを続々と建設し、沿線住民の足
としては自社電鉄を利用させ、終点地点の百貨店で金を落とさせる
ようになった。
これは日本の一つの都市開発の典型パターンであり、東急、東武、西武、
京王、小田急、京浜急行、京成などの私鉄および百貨店グループ資本は
すべてこのようなパターンで複合的に利便性の供給と収益の確保を計画
的に実行してきた。東京だけでなく、日本の都市は電鉄会社によって
デベロップメントが成されてきたのだ。必ず起点(終点)には系列企業の
百貨店を置くのである。
東急の場合は渋谷に東急百貨店、東武は池袋と浅草に東武デパート
と松屋を、西武は池袋に西武百貨店、京王は新宿に京王百貨店と高層
ホテル、小田急も新宿に百貨店と地下街、京急は土地が確保できずに
横浜の上大岡に京急百貨店、京成は百貨店リンク戦略とは別にローカル
都市との連絡物流形態、という各社の経営が貫かれている。
さらに路線バス等も備え、物流と交通網のみならず、「人に金を落とさせる
システム」を射程に入れて経営を展開している。
都市開発を専門的に学術的に学ばなくとも、見えてくるものがある。
広島県三原市のように「港を開発してクイーンエリザベスのような大型
客船を呼べるようになれば、三原はきっと東京のように繁栄します」などと
表面上の荒唐無稽なことを選挙演説するような議員が当選するような
都市はてんで話にならないのである。産業の基幹、経済の基本から
やりなおす必要がある。
巨大デベロップメントは、ただ開発するだけなら散在の箱物行政と
なんら変わらない。産業を中心とした人の流入と居住をどうつないで
構築する戦略的配置と展開ができるかだ。当然、単独資本では無理が
あるため、国からの助成金やグループ各社のみならず、部分的な相互
乗り入れも射程に入れる必要もあるだろう。
そうした総合戦略があって初めて都市開発は成功する。三原などは
話にならない。地方政治家たちはただ企業誘致すれば街が発展して
繁栄すると思っている。ニシンや炭鉱町のバブリーパターンを今でも
夢想していて話にならない。一発物ではなく、各電鉄会社が成功したような
地に足の着いた総合巨大プロジェクトで地道に着手しないと成功する訳が
ない。東急が車両部門の東急車両を倒産間際に新明和に売却したのは
車両の経営が電鉄とは大きく異なるドンブリ経営だったからで、東急電鉄
自体は自ら建設した街渋谷を押さえている限り先行きが暗いことはない。
現在渋谷は都内トップの若者人気の街となったが、昔は文化的というか
新宿や池袋に比べてインテリジェンスある街のイメージがあった。
渋谷駅の両側に東急百貨店はあったが、東口百貨店の屋上にあった
プラネタリウムなどは横浜方面からの観光客(見学者)でにぎわった。
天文学という学術と観光をうまくリンクさせて成功しており、東急グループ
は文化活動という面で他の電鉄会社とは文字通り一線を画していた。
部分部門において経営困難な時期もあったが、総合力では東急は
包括的成功を収めている。資金転がしでは西武が抜けているが、文化
生活
面に亘ってまで人々の生活に深く浸透しているのは東急だ。五島
グループおそるべし。

さて、最近ではかつては畑しかなかった
世田谷がハイソだと勘違いして
住んでいる地方出身者が多いが、
世田谷などは練馬とどっこい大作
というのが真の姿だ。ご当地車両
ナンバーで世田谷ナンバーができた
らしく、いかにもハイソのつもり
なのだろうが、古い東京人からすると
非常に珍妙だ。足立ナンバーと
大差ないのに世田谷人のプライドが
高いのが滑稽である。大根
が採れる練馬と同じなのに。
と、山手線内の山手地区から
見ると思えるものがある。というか、港区
や千代田区、文京区の山手線内の者は世田谷などは
眼中にない。

こうした都内独特の概念は、一種の虚像のヒエラルヒーのようなもの
なのだが、都内の高校に通っていると、未成熟な社会意識と
リンク
してこうした概念が明らかに存在することを知る。一種の差別観なの
だが、厳密には差別意識ではない。

文京区や千代田区や港区に住んでいる者は同じ都内23区特別区
に住んでいても板橋区や世田谷区などは「ふ~ん」てな感じで、
練馬に至っては「練馬かよ」というように見下す印象があるが、コケ
にして排除するというような差別性は介在しない。

港区白金台は「シロガネーゼ」とハイソ代名詞のように呼ばれるが、
板橋区民女性は「イタバシーナ」と自虐的に呼ぶことなどもそれだ。

これらは東京都民独特の「イナカモン」性の特質として面白い。
このようなことを言っても、頭から馬鹿にして見下すのとはちょっと
違うイジリとイジラレを軽く楽しむ風がある。東京自体が江戸の頃
から地方出身者によって構成されていたことの名残のようにも
思える。第一、江戸は三河者によって開かれた。

ところが、中国地区山陽地域の本物の地方に赴任在住在勤して
みると、本当の地方は
特定小地域ごとの張り合いというか精神的
確執がかなりドギツイ
ことを知って驚いた。
岡山県でも岡山市と倉敷市では対立意識が物凄く強い。
反岡山県意識に対しては団結するのだが、内実は岡山市民と倉敷
市民では対抗意識が非常に強い。
それも「そっちにはこんな施設はなかろーが」というようなところで
自分自慢をするのが特徴だ。そして本気で意識が対立している。
よそから来た人間にしてみれば岡山も倉敷も同じで、「岡山県」と
いう意味で「岡山」と倉敷のことを倉敷で呼ぶと「岡山でなく倉敷だ」
と反発される。これは岡山市でも同様で、倉敷を指す時に岡山県
というつもりで「岡山では」などと言うと「倉敷は岡山ではない」と
否定される。同県内でありながら、「あちらとは一緒にするな」と
いうような意識が非常に強い。
特徴的なことは、都民が互いに居住地域でイジリあいながらも、
両津勘吉が愛されているようなものとは違い、山陽地方岡山県では
同県内の隣り同士の地区で本気で嫌い合っている空気があるのだ。
これはとても不思議に思える。関東の場合、川崎と横浜では嫌い
合うような空気は一切ない。

なぜだろう。川崎も横浜も同じ武蔵国である。武蔵国は広く、鎌倉は
相模国だが、横浜南部の金沢八景までが南は武蔵国で、北は埼玉
県北部県境までが武蔵国だ。ちなみに東京都葛飾区江戸川区は
武蔵ではなく下総国である。
岡山市と倉敷市では
備前国と備中国で国は違うが、元々は吉備国
であり同国だ。

中国地方山陽地区におけるこうした隣接地元住民の対立意識の特性
が一体何に基づいている
のかは原因がよく見えない。とにかく、ヨソモノ
からしたら珍妙に
思えるのみなのだ。「よくわからない現象」というべきか。
讃岐国香川県では、高松市内と隣りの坂出市、丸亀市でそのような
精神的対立は一切ない。
不思議の国、岡山県なのである。
いろいろ調べてみたら、どうやら岡山県でも岡山と倉敷では藩が違う
ため、またそこに幕府天領などが複雑に入り組み、幕藩時代の行政が
複雑で、人心の対立意識は幕藩時代の利害対立が背景にあったよう
である。こうした傾向は埼玉県の大宮以北の地域でも存在する。
つまり地図を見てのエリア分けで人的特性が現出するのではなく、旧藩
領という同族コミュ二ティに根ざす村意識、換言すればあらゆる旧時代
の行政および産業に根付いた利害の一致不一致がもたらした確執とも
いえるのである。それを現代までも引きずっている。

あとですね・・・。「晴れの国岡山県」とか自慢するの格好悪いよ。
なぜならば、晴天率日本一なのは、岡山県人の手柄ではないでしょ。
列島の中でたまたまそういう地域だっただけでしょ。
都民が都内を称して「坂が多い景色に変化のある富士山の見える街」
などとは自慢は
しない。埼玉県人も「どこまでも道が真っ平らで自転車
や徒歩、車でも楽に移動ができる広い平野の国」などという自慢は
したりはしない。神奈川県民も「富士山が大きく見えます」などとは
言わない。
海や山や川等の物理的地形などは自分がそこに設置したのでは
ない
からだ。自分の手柄でもなんでもない。そういうことは東京や埼玉や
神奈川の人間はわきまえているから当たり前のことであるので自己自慢
でそんなことは言わないし、それ以前に、地形などの自然形成物を自慢
する気の根拠が理解できない。まだ魚の名産は解るし、自慢してもいい
だろう。人間が自分の手で魚と格闘して獲ったものだから。ただ、海山川
がただそこにあることを自慢しても自己関与の根拠は皆無だ。

ところが、岡山県人は天候を指して「どうだすごいだろう」みたいな意識で
自慢するのである。意味が分からん。
天候を自慢するというのは、他に自慢できるものがないのだろうなぁ、と
思ってしまう。

人柄がお国柄として自慢できるようになるといいのにね。


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【海外の反応】カワサキの開発したモンスターバイクが世界で話題に!

2015年02月26日 | バイク・車




【海外の反応】カワサキの開発したモンスターバイクが世界で話題に!



タヌキオヤジ勝海舟の子孫のメーカーがまたとんでもない
バイクを作ったぜ!
コードネームは伝説のマッハからきたH2Rだ。

300馬力だって。
どこ走るの?(^^;


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旧友

2015年02月25日 | 内的独白



昨日、旧友と久しぶりに電話で話した。
たまたまネットで嬉しいのをみっけたから。
「○○がさぁ、ツーリストライターやってるよ、今」と
言ったら、「ウッソ!?」とすごく驚いていた。
物書きになってくれて、なんだか嬉しい。
お年を召した今でもきれいなコだった。昔から清潔感が
あったよな。
「なんだか、取材地のいい風景写真も自分で撮って記事に
使ってるよ」と言うと、「丸儲けじゃん」とか言ってた。
そこに行くのはチミも物書きだからからか(笑)。
1984年に俺がチミのためにミニコミ誌用に描いた
似顔絵をフェイスにまで
使ってくれて、パーちゃん
ありがとう(^^)

互いに10代の頃からの親友ってのは、なんとも懐かしい
もんだね。
パーちゃんのフェイス見たら懐かしいスチャラカ大の連中や
バイク仲間が友達に一杯いた。
不思議なのがねー、バイク仲間の俺よりずっと年上の人たち、
なんであんなに年とらないの?
全然30年前と変わってないよ?
あれは不思議だわ~。
パーちゃんも昔のまんまだしな。不気味(笑)。

大学時代のマルパーと話す時はそうでもないけど、高校の時の
友人と電話で話してる時、横で聞いてるかみさんは大笑い
するんだよ。「話し方がすごく幼稚になる」と。
幼稚てか、あれは都内の族語だと思うけどね。インテリジェンス
がほとんどない(苦笑)。
「まじかょ。おぅ、いいぜ。俺がやさけぇる前にやってゃっからよー」
とかいう感じの。


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