渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

続報 J.T.S.BROWN

2015年09月28日 | 職人技



ショ〜〜〜ック!!

英米生活が長い英語ペラペ〜ラの剣友が昨夜教えてくれた。

どうやらJ.T.S.BROWNは米国本土のケンタッキーにある製造元
でも製造が中止になったようだ。
どこを探しても、地球上ではもうこのJ.T.S.BROWNの10年物
は正規ルートでは販売していない。古酒としてオークションで入手
するしかなくなってしまった。

J.T.S.BROWNの100と80という妙なネックラベルが貼られた物が
メーカーにあるが、在庫限りのようだ。それらは多分6年物のボトル
ネックの
ラベルを換えただけの物だろう。

こちらが健在だった頃の6年。(国内販売物)


↓現在米国に在庫限りのJ.T.S.BROWN 100。インポートは困難だ。


米国は酒類の通販が厳しく、個人輸入は非常に困難であるとのことだ。
もう、J.T.S.BROWNの10年物は消滅した。今あるのは6年。しかも
買えない。J.T.S.そのものが無くなってしまった。1855年から続いた
酒が消えた。ただの酒じゃない。だって、J.T.S.だぜ。

俺にとって、こんなショックなことはない。
映画『ハスラー』でポール・ニューマンが愛飲していたJ.T.S.。
25年後の『ハスラー 2(邦題)』でもニューマンが愛飲したJ.T.S.。
もう飲めない。
こんな馬鹿なことが・・・。

珠玉のバーボン、J.T.S.ブラウンはもう飲めなくなった。消滅したからだ。


だが、三原市内のバーで逆さボトルにして置いてあるところを
私は知っている。6年物だが。
あれ、俺が全部飲む!
そして、6年物のボトルをマスターに譲ってもらう!
決めた。

これは、ここ何十年かで、かなり来たショックだぜ。
2ストバイクが消滅したときもショックだったが、2ストマシンはまだ
古くても探せばある。
だが、供給が完全に消滅した銘酒というのは、復活のしようが無い。
俺が大富豪ならば、製造元を買い取って継続製造したいくらいだ。
ただ美味いとか美味くないとかだったら代用ができる。
しかし、TADキューがTADしか作れないように、J.T.S.はヘブンヒル
が作るからJ.T.S.なんだし、J.T.S.BROWN以外が作ってもそれは
J.T.S.ではない。
すんげぇ〜、ショック。
もう酒飲むのやめたくなるくらい・・・。


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作刀日誌 割愛

2015年09月28日 | 火と土と水、そして鋼



技法まで含めての細かい作刀日誌を製作日付を追ってアップしていましたが、
思うところあり、本文主要部分を割愛しました。



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MOTO GP 

2015年09月28日 | スポーツ・武道など

モトGPという呼び名がどうもいまだにピンと来ない。
「世界グランプリ=WGP」という数十年続いた呼び名のほうが私は
ピンとくる。

昨夜、久しぶりに家内とモトGPの中継放送を見た。
スペインのアラゴンでのレースだった。
アラゴンとは元アラゴン王国のあった地域で、現在はスペイン領土と
なっている。

アラゴン王国(1035-1746)とアラゴン連合王国。

ヨーロッパは日本などと違い、領土をめぐっては複雑な歴史を持つ国が
多い。都市バルセロナがあるスペインのカタルーニャ地方は今現在、
ちょうどスペインからの独立運動が盛んで、選挙によって独立が賛成
多数となったが、スペイン国家がそれを認めず、現在再度合法投票に
よっての採決が迫っている。例えるならば日本から北海道が蝦夷共和国
として独立したり、沖縄が琉球国として独立するようなものなのだろうか。
スペイン国内のバスクもそうだが、やはり力で他国をねじ伏せて国家に
編入しても、その地域の人々の独立心、自尊心までは支配できない。
(医師であり革命家だったチェ・ゲバラはバスク人)

カタルーニャ地方(赤線)。たぶん近いうちにスペインから独立して独立
国家になるのではなかろうか。旧ソ連のような武力介入が起きないことを
祈る。


他国の歴史については、他国の人間が一面的に規定してとやかく評価
して断定規定するものではない。そういうことは大変失礼なのだ。民族的・
国家的なことは、その本国の人間たちの希望と意思こそが優先されるべき
であり、私は他国の民族ならびに国に対して優劣をつけて嫌悪したり排斥
したりする視点や姿勢を一切拒否する。また、そのような人間とは縁を持た
ない。縁を持とうとして接近して来た人間は、そのような視点があると判明
した時点で接触を絶つ。私とは無縁であり、関係のない人間だから関係は
持たない。

世界グランプリ=現モトGPは世界各国から選りすぐりの代表選手が文字
通り世界の頂点を目指してしのぎを削る。本気の本気で「世界最速の人」
を目指す。男性が圧倒的に多いが、性別の垣根はなく、男女混走であり、
かつては日本人の女性GPライダーも世界選手権を走っていた。
性別国籍に関係なく、能力とチャンスさえあれば誰でも世界選手権を
めざすことができる。それがオートバイのロードレースの選手権だ。
機会均等が広く開かれているという点で、ロードレースは文字通りのスポーツ
だ。(ただし、活動継続には莫大な資金が必要なのでスポンサードを得ると
いう才能も必要)

市内の本家にいた頃はケーブル契約していたのでスカパーその他の
放送が見られたのだが、マンションに転居してからは契約していない。
ただ、昨夜はたまたま無料サービス放送があったので観た。モニター
の左下に広告が出るが、まあ、放送は全編視聴できる。
日本時間での昨夜に行なわれたスペインGPは、1980年代のWGPのバトル
を思わせるような壮絶なレースだった。
家内と二人で熱くなって観戦した。









なんだか、最近のデジタル衛星中継は画面が綺麗すぎて、CGのゲームを
見ているみたいだよね(笑


トップはヤマハのロレンソ(スペイン)。これはブッチギリだった。
2位争いが熾烈で、ペドロサ(スペイン、ホンダ)とロッシ(イタリア、
ヤマハ)の壮絶な

せめぎ合いだった。見応えありすぎる程のバトルで、バリ伝時代の
世界グランプリのようだった。
ただ、短い直線でホンダのマシンはヤマハよりも10km/hほど速く、
338km/h出ていた。ドゥカティのマシンはもっと最高速が速い。
しかし、直線が速いドゥカティと契約した偉大なチャンピオンロッシは
2年間で優勝できなかった。
車はただスピードが出れば良いというものではない。大切なのは
トータルバランスだ。ホンダは伝統的なハンドリングの悪さをパワーで
補っているが、パワー不足なのに旋回能力の高さでヤマハが総合力を
世界トップに維持できる源は車の出来のトータルバランスが絶妙に優れて
いるからだ。ヤマハのこちらも伝統だ。

バレンシーノ・ロッシは今年度のランキングが現在トップだが、10代半ば
で世界チャンピオンになってから今年総合優勝すると世界最多の優勝
回数を誇った偉人イタリアのジャコモ・アゴスティーニ(優勝回数122回、
世界王者回数12回)にタイトル数が並んでタイとなる。
ロッシは少年の頃、日本の阿部典史選手(故人)のファンだった。
2007年度のロッシの年収は39億円だった。
1980年代、1990年代とは頂点に立つGPライダーの年収は大きく
異なる。サッカー選手なみに高額所得者となっている。

キャラクタが魅力的だ。
それまでのレーシングライダーはケニー・ロバーツにしろフレディ・スペンサー
にしろローソン、レイニーにしろ、皆最初は陽気だったのが、GP転戦を続けて
いくうちにだんだん哲学者のようになってくる。あのおちゃらけたマモラや
シュワンツさえもがそうだった。
だが、ロッシだけはいつまでも陽気なままだ。
また、走りもスタートからブッチギリで優勝というのではなく、後ろからバトル
して優勝という「レース」をする。これは観客とすれば観ているほうは面白い。
乗り屋のほうは大変だろうが(笑

ロッシにはぜひ今年世界チャンピオンになり、アゴスティーニの記録に並んで
もらいたいと私は願っている。


ただ、年齢的なハンデはある。あんなに若くてかわいかったバレンティーノも
もうすでにおっちゃんだ(笑)。1979年生まれの彼は1994年にイタリアチャン
ピオンになり
1996年にGPデビューを果たした。デビュー翌年の1997年には
125ccクラスで
世界チャンピオンになっている。彼は必ず翌年にはその出場
クラスのチャンピオンになっている。これはGPで排気量クラスをステップアップ
してもそうだった。
だが、最高クラスにステップアップして今年まで15年経過している。ジャコモ・
アゴスティーニは10年間で前人未到の記録を打ち立てていた。
アゴスティーニがいかに史上類例のないほどに突出していた偉人だったかと
いうことが判る。
ただ、その数十年前のアゴスティーニの前人未到の大記録を塗り替える可能性
があるのは、現在の
ところバレンティーノ・ロッシしかいない。
彼はゼッケン46をつける。世界チャンピオンになるとエースナンバーの1を
つけるのが常識だが、かつてイギリスのバリーシーンが7のままで通した
ように、ロッシは46をつける。
これはグランプリライダーだった彼の父が1979年にWGPで優勝した時の
ゼッケンナンバーが46だからだ。ロッシ家は父子がGPレーサー親子であった
のだが、バレンティーノの父への尊敬の念は強い。だから46をつけ続ける。
たぶん、バレンティーノが引退した後は、モトGPではゼッケン46は永久欠番
になることだろう。
アクシデントなく選手生活を全うしてほしいと願う。

次は2週間後の日本グランプリだ。2006年に鈴鹿サーキットと運営が
合併した栃木県のツインリンクもてぎで世界選手権MOTO GPが開催される。
高速テクニカルコースなので、ここでも現在僅差のランキングトップの
グランプリライダー同士が、世界チャンピオンの座をめぐって激闘を
展開することだろう。
そして、世界トップを走るのは日本製のマシンなのである。
これね、凄いことなんだよ。地球上で世界のトップを走るのは日本製の
マシンばかりなのよ。多くの日本人たちはほとんど知らないみたいだけど。
中国、韓国は話にならない位に全然追いつけないし、モータースポーツ
発祥の英国や自動車王国のドイツや大国アメリカさえも追いつけない。
かろうじてイタリアのアプリリアとドゥカティ、アメリカのマシンが気を
吐いたけど、それでも日本製のマシンがダントツで世界の頂点に
1970年代から君臨し続けている。
産業品目としても、こんなの類例がないよ。ジャパン・アズ・ナンバー
ワンなのさ。これが現実。

ところが、日本って、てんでショボーンの国だから、欧米ほど
ロードレース人気はないのだけどね。
偉そうなおっちゃんニュースキャスターがイタリア行って世界チャンピオンの
原田を知らないと恥かいた程に日本人はモーターサイクルスポーツに疎い。
行政や教育機関が法律無視して免許を取らせなかったりバイクに乗らせない
という横暴と教育指導放棄しているトンデモの国が日本なのに、よく
世界の頂点の車を作っていると感心するよ。一部の熱意ある若者が
メーカーに就職して頑張って支えてるんだろうね。
一時期はバイクが市民権を得て花となったが、あの80年代の熱気は一過性の
ただのブームでした(笑
おニャン子さえバイクに乗ってたのに(笑
80年代、鈴鹿8時間耐久には18万人の観衆が集まっていた。
私はチームとしてではなく、某有名男性誌のレポーターとして鈴鹿8耐を取材
したが、もう人が多すぎてコースのポイント毎への移動が大変だった。
鈴鹿サーキットは明治神宮の初詣、朝の山手線状態だったのだ。

1985年鈴鹿8時間耐久ロードレース(耐久世界選手権の一戦、日本戦)


時代を知らない若いアナウンサーは一昨年の8耐の観客7万人を指して
「空前の大観衆」などと叫んで無知を曝していた。
今、バイクに乗るのはおっさんのリターン組ばかりだものなあ。
バイクって、暑いし寒いし汚れるし疲れるし、自分でなんでも責任取ら
ないとならないから、今の若い人たちには好まれないのだろう。
今のお手軽時代にあえてオートバイに乗ろうというのは、よほどの
変わり者か、気合い入った人たちだろうね。
ちなみに、スクーターが流行っているようだが、あれはバイクでは
ないから。あれはオートマの移動機械だから。
まあ、お手軽時代には流行るだろう。
尤も、レーシングマシンも走り出したらギアチェンジではクラッチ一切
使わないんだけどね(笑
ただ、空間移動用のモータービークルとレーサーでは意味が違う。

 


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目釘抜き

2015年09月28日 | 日本刀



煤竹で目釘抜きを作ってみた。円筒形のタイプと台形型で先が円筒に
なっているタイプ。
一般的に市販されている目釘抜き+小鎚だが、それは美術刀剣の白鞘用
の物で、ガッチガチにきつく打ち込まれた武用拵の
目釘をこれのピン(鎚の
ヘッドに埋まっている)で叩くと、ピンが細すぎ
るために竹が割れたりするのだ。
そのため、私は太い金属棒を目釘に当ててから鎚で叩いて目釘を抜くように
している。

今回作った目釘抜きを試すと、金属棒よりもダイレクト感があって調子よい。
煤竹ではない竹を当てて叩くのとも感触が異なる。


これは一般的に販売されている目釘抜き兼小鎚。ヘッドの上にねじ込みで
目釘に当てるピンが埋まっている。なお、主軸の先(画像右側)も先端が
細すぎて目釘の
竹を割ってしまう。この目釘抜き小鎚は白鞘に納められた
刀剣の目釘用だ。
白鞘用の目釘というものはテーパーが強く、軽く押すだけでスポンと目釘が
抜ける。保存用の刀身抜け防止棒でしかなく、武用外装のための目釘ではない。
この画像の目釘抜きも武用刀
の目釘抜きとしては考えられていない作りだ。
美術刀剣界の視点は武用での拵や部品などは「想定外」なのだろう。
これはこれで抜きピンを頭にネジで埋め込んでいたりとかスグレモノであるの
だが・・・。



短く余った端材部分で茶杓のような形の目釘抜きも作った。
小振りだが、
これまた使い勝手がよい。先端は目釘よりやや細い程度の径に
してあり、
これを目釘に当ててから小鎚でこの目釘抜きを叩いて目釘を抜く。
目釘のヘッドは傷まない。


こちらは煤竹で製作した目釘。刃物一丁で作っている。使った刃物は平小刀だ。
テーパーはコンマミリしかないごつい武用目釘に仕上げてある。
武用目釘は粘りがあり硬い煤竹で作っている。個人的には鉄目釘よりも絶対に
おすすめだ。自分の刀のナカゴ孔と柄孔に合わせて自分で削るのが剣士の基本。
ただし、本物の煤竹を今から作ろうとしても100年、200年後でないと煤竹には
ならない。今でも竹は種類も豊富にあるが、古い藁葺き等の囲炉裏付民家自体が
減少していることと、100年も200年も待っていられない(自分は生きていない)と
いう時間的な問題が大きく立ちはだかる。現在、国内在庫の煤竹のストックが枯渇
したら煤竹そのものが消滅することだろう。江戸〜昭和40年代までは沢山あった
のだが。しかし、目釘に使えるような太竹の煤竹は滅多に手に入らない。
また、本煤竹ではなく染料で煮て茶褐色化させた人口煤竹も出回っているが、
それはエクステリアやインテリアのディスプレイ用であり、まったく本物の煤竹として
の資質は持っていないので、誤って入手しないようにしてほしい。本煤竹はその
存在自体が銘竹に価すると理解していただきたい。


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終売!J.T.S.ブラウン

2015年09月27日 | 時事放談



あがががが!オゥマイゴーーーーッ!マジンゴォオオオーーーー!
「終売」というのはどういうことなんだよ!

キング・オブ・バーボン!とエディ・フェルソンを演じたポール・ニューマンが
映画『ハスラー』の中で
言った1855年来の銘酒ケンタッキーバーボンの
J.T.S.ブラウンが日本国内
では1本も手に入らなくなった。
オークションで古酒を売るこざかしい奴らが1本8,000円からという値をつけて
販売している。
そうまでして飲むようなプレミア酒ではない。せいぜい4,000円程の酒だ。
気軽に、そして極めて香りとコクが豊潤なバーボンの中のバーボンがJ.T.S.
ブラウンなのだ。「日常的にそこに」ないと似つかわしくない西部の野郎どもの
バーボンなのだ。
しかして、この酒は嫌なピリリとした刺激はなく、ともすれば甘く感じるほどに
豊潤なまろやかさが舌先から口の中で広がる。特に10年はそう。

そして、ガツンと来る若々しい6年だ。こちらは度数が少し低く価格も廉価だ。
ところが、これまた嫌なピリピリするような舌触りがない。
ケンタッキーやテネシーでも嫌なピリピリ感があるやつあるからね〜。
ターキーなんてしどいのは経営権が変わったら味がまったく変わっちまった。
まるでチャイナ製になったバックのナイフみたいでよ〜。しょもないもんに
なっちまった。
J.T.S.はいいぜ〜。西部劇のカウンターで野郎どもがカッと飲むような
バーボンだ。

しかし、日本国内ではもうどこも一軒も販売していない(輸入終了)というのは
なんとも、そんなんアリか!!
友人がリサーチしてくれた。米国内では販売されているようだが、USは酒類
の通販が厳しくて個人輸入困難とのこと。
もうこうなりゃ、友人の在日米軍のアングラー仲間か地元の酒屋のアンダー
グランド仲間(笑)のどちらかに米国人枠輸入か日本業者輸入を頼むしかない。

なんとも寂し過ぎる時代になっちまったぜ。
これさあ・・・。
蒸留所が何か妙なことになってなければいいけどなぁ・・・。


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康宏日本刀鍛練場

2015年09月27日 | 風情・季節・地球



来年康宏日本刀鍛練場に有志諸君と行くならば、近所の渓流を釣って
みたいとか個人的には密かに
思っていたりする(笑
というか、来年の年内連休は鍛練場で生活したいなどと思ってもいたり
する。


ここ、絶対にいると思うよ。ヤマメ(^0^)
クリックで拡大。

芸州、備州の場合は、ヤマメのいる川からは砂鉄が採れる。
砂鉄が採れない川にはヤマメはいない、というのが不思議な定番なのだけど、
そのあたりの生物学的なこととの関連の学術的研究は一切なされていない。
芸北の山間部に生態系が崩れた状態でイワナ=ゴギが生息するのは、
あれは山間部のタンパク源として鉄山入植者が放流したからだ。
本来は瀬戸内水系にゴギはいなかったともいわれている。放流の時期は
行政や漁業組合等の関係者からは大正期のことだと聞いている。だから、
天然記念物である金色のイワナであるゴギと砂鉄との関連性は希薄だろうと
思われる。
しかし、魚体が金色に近い茶褐色というのは、鉄気(かなけ)のある川の保護色
と思われる。
砂鉄と渓流魚(ヤマメ、アマゴ)との関係は密接なのだが、そうした視点からの
学術的研究がなされていないのが残念だ。
信州の場合はどうなんでしょうね。ヤマメと製鉄の関係は。


中国地区のゴギ。日本最西端の河川に生息するイワナ(サケ科)である。
地球上で一番赤道に近い場所にいるイワナ族でもある。
ハゼのようなトボけたかわいい顔をしているが、横から見たらしっかりとシャケだ。
そして、イワナなので小動物にまで食いつく。
しかし、ヤマメほど警戒心が強くないのでイワナはすぐ釣れる。
地球上で河川の最上流域にいるのがイワナだ。ヤマメは自然堰を越えられ
ないが、イワナは地を這ってでも先の水域に進む力がある。生命力は逞しい。
味はヤマメよりもずっとイワナのほうが美味である。

ゴギ(広島県・島根県に生息しているイワナ属、絶滅危惧1類)は天然記念物。
食うなよ〜(^^)。
それと、他の水系に乱放流するなよ〜。
そして、イワナのいるとこクマ注意!


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待ってるよ

2015年09月26日 | 内的独白



待ってるよ!北斗晶!

私の家内は舌癌だった。
検査の時に、大学病院の別室に呼ばれ、教授から2年後の生存率が
17%であると告知された。ステージ4の初期だった。
だが、生還した。
もう入院手術から15年になる。
その治療ができる病院は日本で6ヶ所しかなく、そのうちの一つの大学病院
での
最新医療による治療だったが、教授は「いわゆる奇跡と呼ばれるような
ことは
あるものです」、「統計数字はあくまで数字なのでそれに捉われない
ように」と術後良好の状態を検診して私と妻に語った。
そして、摘出した部位は研究検体として大学病院に提供した。
成功の臨床例として学会に発表するためだった。
温存療法だったので舌部の切除は患部のごく一部分で、まったく日常生活
には支障がない。

妻は今でも月に1度、大学病院に検診に通っているが、転移もみられない。
これも奇跡的だとドクターは言う。
私がしてあげられたことといえば、祈っただけだ。
本気で、身代りになります、と。

こういう例もある。
どうか、北斗さんも、絶対に諦めず、元気な姿をまた見せてほしい。
待っている。


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撞き込み 〜識別能力の無い人たち〜

2015年09月26日 | スポーツ・武道など



7時間ほど球を撞き、さらに3時間ほど球を撞いた。
すべては睡眠時間を削ってのことである。
不眠不休で対戦し続ける
剣道の「立ちきり稽古」のようなものだ。
腎臓を傷める不健康で危険な練習なので、しないほうがよい。

ただね。
撞球やっていると、脳が活性化してくるのが自分でもありありと
解るんだよね・・・。
ポケ〜とはしていないから。
食事に気をつけて、睡眠を取れば、撞球は健康的なものになる。

ドローショット(引き玉)の連続により生じた火傷。
涙ぐましいまさに血のにじむ努力(笑)。
才能がない者は人一倍努力しないと人と同じレベルには行かない。


うを志んと撞球について話をした。
簡単な技術論と取り組みの心構えについてだ。これは居合などの武術
にも大いに通じる。
意外なことに、彼はアミューズメントやボウリング場やプールバーなど
ではなく、きちんとした玉屋=撞球場育ちで、彼は玉を撞く人だった。
ただ、本格的な撞球師になるのめり込みの前に居合と出会ったので、
居合に本腰を入れたようだ。
話をしていると、「違い」が解っているというのが判る。
薄っぺらな表層ではなく、物事の違いが解る人間と話をするのは楽しい。
居合と撞球の共通項は、きちんとした道場で修行をした者とそうでない
者では内実において雲泥の差がある、ということだ。
撞球であるならばポケットの場合ただ玉を入れて手玉を次に出すだけ、
抜刀であるならばただ畳表(巻き藁ではない)や竹を切断できたかでき
ないかだけに目が行く、という点が似ている。
撞球、抜刀のいずれも、そのような視点しか持てない者は、本式の本物
の道場で学んでいないこと明白、という共通点がある。
撞球の場合はまだよい。玉をそこそこ撞ける者は、「玉撞き」に形がなって
いるからだ。
撞球の世界はそうだが、抜刀の世界の場合はひどすぎる。
刀の差し方や扱い方を知らない者が多すぎるし、極端にひどいのになると
鐔への指の掛け方さえ知らなかったり着付けができない者が物切団体の
長だったりする。
きちんと武家武術を体得した先達に就いて学ばずに、いきなり日本刀を
腰に差して興味本位で物切りなどすると大きく道を外す。武術的あるいは
武士的な所作立ち居振る舞い、日本刀の扱い方を学ぶことをすっ飛ばして
いきなり物切りに興じようとするのは、それは無理だって。本物の武士の
操刀術や所作は到底体現できないし、中身のない薄っぺらな「ごっこ」で
しかなくなる。きちんとした道場できちんと伝法を習得した指導者に就かずに
自分勝手に日本刀を振り回しているのは、それは健康体操かハンマー代わり
に日本刀を代用してモグラ叩きに興じているようなものだ。

技術の習得は己の努力が中心幹だが、その幹に水分と養分を与えて
くれるのは先達たちの教えだ。そこから何を学びとるかだ。
そして、他者は光であり、己は枝を伸ばし、葉を広げ、得られる光から己の
光合成で力を作る。
違いが見える、理解できる、ということは、本物の本式を身に着けた先人
からの伝授と学習なくしては成し得ない。
すべて自己流での自己開発だと、武術でいえば、いにしえの突出した武人
が為したのと同じ才能と道程を獲得していないと成し得ないことになる。
これは学問についてもいえて、ピタゴラスの定理さえも教師から教わるのでは
なく、自分で発見しなければならないという遠回りをしなければならなくなる。
「教育」と「学習」はとても大切なのだ。
学ぶことにより、「何がどうなのか」ということを自分の頭で見極められる力が
人には着く。確実に着く。それが実となる。それを「実力」と呼ぶ。
無頓着な独善は、事象を正確に把握して「違い」を理解することの阻害要因
でしかない。

そういえば、自称古代製鉄研究者とかでも、たたら吹きとたたら製鉄の
違い(全く別物)を理解していないまま、タタラタタラ、製鉄製鉄と言っている
人っているよね(苦笑

あと、ビリヤードでは14-1という種目があるのだけど、「フォーティワン」とか
「フォーティーワン」と言ったりネットで書いたりしているやつらが大勢いる。驚く
ほど多くいる。
なんだかねぇ・・・。
数も数えられないってこったね(苦笑
フォーティーンとフォーティー(フォーティ)ではまったく異なるのに。
「じゅうよん と いち 枡」という意味なのにまったくどこをどう理解したら
「よんじゅういち 枡」ということになるのか。
根本から解っていない、自分が何言ってるかも自覚できていない、という
ことだよね。

こういうのは学歴とかは関係ないんだよね。
昔、大学の時の首都圏学生会議で、中央大の新聞部の仲間が「やはり、
そういう体制をインシンして」とか言った。
明大の奴が「ちょっと待て。おまえ、インシンて何だ?」と訊いた。
すると、中大の奴は「印刷のインに新しいのシンだ」と言った。
明大の奴は「・・・・・・。おまえってやつは・・・。根本的に解ってねぇよな」と。
俺と隣りの席にいた東大の奴は後年の『BE-BOP』のヒロシとトオル状態で
笑い堪えるの必死だった。
まあ、「間 髪入れず」を「カンパツいれず」と読むようなのが大挙して跋扈して
いるのが今の世の中だからねぃ・・・。カンパツでもいいけどよぉ、もうちびっと
そのカンバツ状態の脳味噌に適性言語を入れとけよ。

区別、弁別、選別、識別のできない人間たち。全く違いの解らない人たち。
世の中、結構います。鹿を見て馬だ馬だと言い張ったり思い込んだりするような
人たちね。
いつまで経っても、畳表巻きのことを「巻き藁」とか呼んでる恥ずかしい日本人
ばかりだしな。
稲・麦等イネ科の乾燥茎が藁であり、イグサのことは藁とは呼ばないのだという
日本語の根本を知らない。絨毯やマット巻いたのも巻き藁とかそいつらは呼ぶの
ではないだろうか。
日本語を知らない連中がたいそうにもったいぶって偉そうに「伝統」だの「日本
文化」だのとのたまわっている現代。
ヘソで茶が沸きそうだぜ。

20年ほど前は、畳表巻きのことを「巻き藁」なんて呼ぶ剣士はいなかったよ。
こっぱずかしくて、そんなデタラメは言えないし、誤りだから言わなかった。
誤用したらすぐに先輩たちから正された。本物の巻き藁もまだ結構切って
いた時代だったからね。ただ、非常識は非常識であるというのはいつの時代
でも変容はしない。常識の態様が変わっても、非常識は非常識であり、
適性言語の誤用は誤謬であり間違いなのだ。ドアを屋根とは言わない。
今は物を知らぬ人間が、明らかに誤ったことをさも自分が正しいかのように
振る舞っている。実に馬鹿馬鹿しいことだ。というか、その傲岸が非常に
不愉快だ。無知蒙昧を自覚できていないだけでなく、傲岸まで決め込んでいる。
絶対自分が正しい、と。
きょうのニュースにあったけど、古い車のカセットデッキにスマホを突っ込んで
「このスマホホルダー、きちんと作動しないぞ」とクレームつける奴らが多いの
だってさ。
馬鹿丸出し。


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学習能力

2015年09月25日 | スポーツ・武道など



居合の技術向上には「見取り稽古」が欠かせない。
自分以外の者が演武しているのを「見て、読む」ことをするので
ある。
それは
日本の伝統的なあらゆる職人技が「見て盗む」ということが
云われてきたこと
にも通じる。

撞球という対戦競技の場合も、上級者と撞いたならば、相手が
撞いている時には、じっと見ていないとならない。
そして、「どうしてだろう。なぜあのように撞いてあのように取った
のだろう」というのを常に解析しないと上達はしない。
これはプロ級の上級者になったとしてもである。

技術が上級者とそうでない者の違いは、球を撞いている時に現れるの
ではない。球を撞けずに待たされている時の態度によって、上達できる
者か上達できない者かの二股道のどちらの道をその者が歩いているか
がはっきりと分かれるのである。
上達しない者は、球を見ていない。
つまり、球が見えない。
だから、物事に理解も及ばない。
及ばないというのは未達であり未熟である。
未熟者に待つものは敗北でしかない。
球が見えない者は、自ら好んで敗北を選択している。
だが、すべては自分が好んでやったことであり、自分の責任であること
には気付こうとしない。



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切ることと止めること 〜操刀〜

2015年09月24日 | スポーツ・武道など



なぜ切ってから刀身がビタリと止まるのか。
それは「抜重」という刀法の操作をしているからです。
力などでは絶対に刀は止めない。そういうのは武術の「術」ではないから。
「重い刀を軽く、軽い刀を重く」というのは力任せではない術としての
剣の使い方の
要諦を述べたものなんですよね。
筋力アップトレーニングなどというものは武器を
使用する武術には一切
必要ない。得物を使う武術はすべては「術」として構成される。
だから、武器の使用法に長けた者には、たとえ相手が子どもや老人や
女性だろうとも、術が劣る者は勝てない。実際の真剣での剣戟に及んだら、
たちどころに術に長じた子どもや老人や女性に切られてしまうことでしょう。
それこそが武器の武器たる所以であるし、武器を用いる武術は技術そのもの
と技術に裏付けされた精神的支柱があってはじめて成立基盤を担保できると
いえます。
断言しますが、
筋力アップしようなどという方法論は、剣を用いる武術論
としては完璧に誤って
いる。(といっても限度はある。5キロの刀などは
必要な筋力なくば振れない。また1キロの定量の刀も、最低限の筋力が
なければ使えません。但し振って止めるのは力ではありません。術です)


術を使うから刃引きの刀でも畳表一枚巻などは容易にスパンと切断
できる。一枚巻あたりは鞘からの片手抜き打ち(抜いて構えてではなく
抜きながら切る)や右からの左袈裟でも容易に切断できる。


刃引き日本刀での試斬。刀術を使えば簡単に切断でき、切先は
足もとの下を向かない。

剣道のようなパンと当てるような押し切りでも畳表は切断できます。
この刀法は主として硬い物に刀身をのめり込ませる時に使う刀法で、
頭蓋骨がある面などには有効でしょう。頭蓋骨が切断できなくとも
敵は昏倒して倒れることは幕末京都の記録から明らかです。

自分の面と同じ高さの高い位置を押し切っている。
剣先は下まで切り下げません。せいぜいここまで。
これはパン!と打つような刀法で、
竹斬りなどの時にも有効です。
ぐいっと押し込む形になる手の被せがちゃんとできていると簡単に畳表
などは切断できます。撫で切りになると刀身が多少食い込むだけで全く
切断などはできません。

ただし、この打突的なパン打ちの剣道的な斬り方だけの一辺倒では真剣
刀法は駄目で、真剣を使った剣技というものはありとあらゆる操刀法に
通じることが必要です。刀にはなぜ元から先まで刃がついているのかの
意味を知りましょう。



実際に現実にやっている人(私)がいるのだから、だれでもできる。
しかし、剣の理を正しく理解して、きちんと理にかなった刀法を「操刀法」と
して実行していなければ、できるものもできない。
日本刀の試斬は、切り損じて刀を曲げながら覚える、というものではないんです。
試斬とは、刀ではなく己のレベルを試すもの、と心得られたし。

普段から「本物の居合」をやっていれば、生まれて初めての一刀目
からスパーンと切断できます。
ただし、普段空気を切る居合をやっていても、フクラ刀法なのかモノウチ
刀法なのか、あるいはもっと下を使う業なのか(古流などにはあり)、刀の
どの部位をどのように使ってどこをどう切るか、ということを常々考えて
いない居合はまったく刀法=本当の居合術、居合道とは無縁のものです。
健康体操ですね、それは。
射撃訓練は実弾射撃で標的に正確に中てるのが本意です。
居合という真剣日本刀を使う剣技では(実際に刀での切り合いは現代では
あり得ませんが、あくまでも伝統武技として)、きちんと刀の各部位をどの
ようにどういう場合にどうやって使うのか、また各種振り下ろし方、切り上げ方、
突き方はどのように刀のどの部位を敵のどの部位にいかように切り込むかと
いうことについて日常的に理解して稽古していないとしたら、それはラジオ
体操と同じ、ただの健康体操です。
そんな居合もどきを百万回やっても、物体など切れるわけはない。
まして仮想としても対人剣技になどまったくなりようがありません。
切れない人は、そもそも「斬と切」の違いさえも理解しようとしていないのでは
なかろうか。
そういうのは根本からして切れるはずがないんです。スタートからボタンを
掛け違えてますから。
本当の居合をやっている人は、人生で一番最初の一刀目からスパンと
切れるものです。


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葬儀

2015年09月23日 | 内的独白


三原城下の本日の夜明け。

悲しみにくれたこの数日だった。
きょう、あの山の向こう、東広島まで行ってくる。恩師の範士とお別れだ。
邂逅あれば別離ありとはいうが、66歳は早すぎる。


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曲尺(かねじゃく)

2015年09月22日 | 文学・歴史・文化



日本刀の長さなどは、メートル法で言い表すよりも○尺○寸○分○厘で表す
ほうがピンと来ますよね。
尺はアジアで古くから使われてきた長さの単位で、今でも日本の古い
文化様式では使われたりしますし、言葉にも残っています。ちょっと短い
ことを「寸足らず」などと言ったり。

さて尺とは・・・。
ネット百科事典によると、以下の説明があります。

<尺>
尺(しゃく)は、尺貫法における長さの単位である。東アジアでひろく
使用されている。日本では、明治時代に1尺=(10/33)メートル =
約303.030 mm(曲尺(かねじゃく)の場合)と定義された。
鯨尺(くじらじゃく)は、曲尺の1.25倍であり、約 378.788 mm である。
中国では、1尺=(1/3)メートル(約333.333mm)と定義している。
人体の骨格の尺骨は、この尺とほぼ同じの長さであることに由来する。

尺貫法の長さの基準となる単位であり、転じて物の長さのことや物差し
のことも「尺」と呼ぶようになった。映画のフィルムやカットの長さのことを
「尺」と呼ぶのもこれに由来する。それがさらに広まり、テレビ、ラジオの
番組や、各種イベントなどにおいて、割り当てられた時間のことを指すよう
にもなった

日本では、1958年制定の計量法で尺貫法は計量単位としては廃止され、
1966年4月1日からは商取引など(取引又は証明)における使用が禁止
された。

ただし、木造建築や和裁の分野での利用の便に資するため、尺・寸に
変わるものとして、1/33m(尺相当)や 1/26.4m(鯨尺尺相当)の目盛り
を付した「尺相当目盛り付き長さ計」(尺に当たる、メートル法による目盛り
が付された物差し)が認められている。


私が子どもの頃に法律が変わって、尺貫法での寸法表示が一切禁止
されました。公式に使ったら国家権力がその者を検挙拘束して罰する
などという嘘みたいな話が本当に横行しました。
そのため、曲尺のサシ(モノサシ)を売ったりした業者、それで寸法を
測って取引したりした大工さんが片っ端から逮捕されたりという今では
信じられないことが起きたりしました。
日本刀の登録証では一切尺や寸の寸法は記載されいないでしょう?
寸法とは言っても寸は示してはならない、なんてことが法律によって
規制されたのです。昭和41年=1966年以降は、日本国内のありとあら
ゆる物はメートル法で公式には表示して取引や証明しなくてはならなく
なったのです。

これは重さも同様で、匁(もんめ)や貫(かん)などは使ってはならないと
なりました。
その頃からですね。「百貫デブ」などという言葉もだんだん消滅して
いったのは。百貫(375kg)もある太っちょはめったにいないのですが、
昔は例えとしても尺貫法を使っていました。
今ならば「全日本10分の1トンクラブ代表」(100kgあった友人が考案)など
とは言っても、自虐ネタで笑いはとれてもあまりピンときません。
デブという単語自体は江戸時代からある江戸言葉の「でっぷり」や「でぶ
でぶ」から派生した言葉で、とりわけての差別的な意味もありません
でした。現在でも、周囲から太っていることをネタにデーブと呼ばれて
いたのでデーブを好んで自分の登録名としてしまったプロ野球監督さえ
いる
ほどです。
しかし、「百貫デブ」は尺貫法使用禁止とともに廃れて行った。現在では
デブは身体的特徴を論うので差別にあたるとなっているようです。しかし、
「ぽっちゃり」と呼び方を変えただけで、身体的特徴を言っていることには
変わりはありません。やはり使用のされ方が差別性や排外性を持つか
なのでしょう。「うっせーな、このデブ!」と言うと攻撃的ですが、「うっせーな、
このポッチャリ」と言っても何だか間が抜けています。

さて、現在では、長さや重さの単位では尺貫法の単位を取引や証明などの
公的な場面で使用してはならないことになっています。
ですので、日本刀も「○尺○寸○分」のほうがすっきりと解りますが、それは
いけない。販売も含めてありとあらゆる公的取引や証明や申請などは
メートル法での表示をしないとなりません。尺貫法だけの表示だと御用と
なり、手が後ろに回ります。

ところが、言い方を変えても、実際には日本刀の長さは尺貫法での概念を
基準としていますし、鐔、鐔桐箱、金具、下げ緒、すべて尺貫法を尺度として
います。「尺度」なのですから尺度であり、「寸法」ですから寸法なのです。
それが本来だし、事実上は日本建築や和風構造物はすべて尺で作られて
いる。
でも、尺貫法のみで表示したり、その単位を用いて取引することは法律
違反となり、犯罪者になってしまうのです。
法律は市民の権利を守ったりする盾ともなります。その最大のものが
憲法で、日本国憲法は日本国民の生命財産を守る最大の法ということ
です。(政府の御用学者さえもが全員「違憲である」という判断をした
法案が強行採決されたが、果たして違憲である法がそもそも法として成立
するのかという大変重要な法理論的な問題がある。日本の実体は無法国家
なのだと先日明白に知った)
しかし、法律は国民の権利を守る側面もありますが、一方で国家が国民を
統制するためにも運用される社会の仕組みでも
あり、長さの計測については、
1966年以降は、尺度で尺を取引に使うと犯罪とされることになりました。
ついこの前まで15センチ未満だったらOKだった両刃刃物が「改正銃刀法」
により「きょうから法律違反です」となったのと同じです。


曲尺(かねじゃく)は指金(がね)のことで、現在でも工業界や建築業界など
では必要不可欠の金属製定規となっています。
ところが、メートル法表示だけだと、尺貫法に基づく物を計る時にはいちいち
変換計算しないとならないので、非常に不便です。
便法的には便利なダブル表示のスケールも発売されていますが、「取引・
証明用以外」と明記されていますし、寸尺の文字はありません。

尺貫法・メートル法のダブル表示のスケール。


私は日本刀の長さを採寸(寸だよ寸!)する時には、便利なのでこの
スケールを使っていますが、一応1寸=3.03センチメートルで計算も
します。

ただですねぇ・・・。
小箪笥の抽斗(ひきだし)の深さや、日本刀関連でも小物の採寸をする
際にはこれが便利なんですよ。

正真正銘の本物の曲尺(かねじゃく)。


採寸長さは七寸五分まで。


真鍮製ですが、コーナーには鋼が埋め込んである。


これは実にスグレモノで便利です。
ただし、今は売ってません。
古道具屋や骨董商でもこれを販売したら法律違反で犯罪となります。
こういう便利な物ですが、売買はできません。
ダブル表示物ならOKなのでしょうが・・・。
この指金(さしがね)は明治時代あたりの物でしょうか。

現在販売されているダブル表示の物も、メートル法以外の計測表示は
法律違反なので、上掲のスケール画像のように寸部分もたとえば2寸
部分の表示は「66/33m」などと記載されています。決して「寸」は表示
しません。目盛部分もただの「2」だけ。ではその2の単位は?というとても
妙な
表記方法をしないと法律上クリアできない(苦笑
現在入手できる新品のダブル表示の指金(さしがね)も、すべてそのような
表示に
なっています。一切「寸」や「尺」の文字は一文字も入っていません。

私は日本刀のメートル法表示の長さを尺貫法に変換して理解するために
常に自作の「換算表」を持っていますが、取引証明以外でしたら、日本刀の
長さを瞬時に分かりたいときには便利ですので、プリントアウトなどして、
ご自由にお使いください。
この換算表自体は違法ではありませんが、尺表示のみでの取引や証明
等は法律違反となりますので、ご注意ください。



クリックで拡大


「炭は昔から『何俵』と決まってる。何キロと言われてもわからない!」と
怒っていた刀工がいましたが、販売業者としては法律違反をする訳には
いかないので、きちんとグラム表示でないと正式販売できないのです。
正業としてやっている法律を守っている業者さんに自分の尺度で「おかしい
じゃないか」と文句を言うのは、その業者さんが気の毒(苦笑)。


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日本刀目釘用煤竹の販売 〜刀剣しのぎ桶川店〜

2015年09月22日 | 日本刀

古来より、日本刀の目釘には煤竹(すすだけ/ばいちく)が最適と
されてきました。
煤竹は日本家屋の屋根裏に置かれ、旧来の囲炉裏などの煙で
長年燻されて作られてきました。
煤竹が出来上がるまでには100年〜200年という気の遠くなるような
年月がかかります。
現在では、都市化と古式日本家屋の激減に伴い、本物の煤竹はほとんど
市場に出回らなくなってしまいました。中には1本数百万円で取引される
煤竹もあるほどです。
日本刀の目釘に煤竹が最適とされるのは、何よりもその粘りにあります。
枯れ竹のようにただ硬いだけだと竹は非常に割れやすくなりますが、
燻製のように長い年月をかけて煙で燻された煤竹は、繊維の奥まで
ゆっくりと長い時間をかけて油脂成分が回りながら枯れて行きます。
そのため、通常の竹とは比較にならない粘りとコシが生まれます。
日本刀の目釘は折損が一番の危険な状態ですから、粘りがあって
コシがあり適度な弾力がある煤竹が古来より目釘の材料には最適と
されてきたのです。

現在では非常に手に入りにくくなった本物の年代物の煤竹を日本刀
目釘の材料
用に小割りカットした物を「刀剣しのぎ桶川店」で販売
しています。

非常に貴重な煤竹であるのみならず、とても肉厚で良質の年代物です。
私も煤竹目釘を愛用していますが、やはり煤竹というものは一つ抜きん
出ていて、日本刀目釘用に
おすすめです。





価格は現在の他の業者さんで販売されている物の実勢価格からみても
非常にリーズナブルな価格設定で
提供されているようです。
今では貴重な日本刀目釘に最適な材料の煤竹を、この機会にぜひどうぞ。
(数に限りがあるようです)

お問い合わせはこちらまで

刀剣しのぎ桶川店
 〒363-0017 埼玉県桶川市西1-10-20
  電話:048-772-5928 店長 新藤智之
  メール sinogi-2@luck.ocn.ne.jp

(水曜定休日です)






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目釘 〜日本刀〜

2015年09月22日 | 日本刀

日本刀の目釘は常に予備を持っておきます。これ日本刀を武用で持つ人の
嗜み、常識です。
私は
予備の目釘は手入れ用具箱の中に入れておき、居合の稽古、大会等
には
必ず持って行くようにしています。目釘は日本刀の刀身に外装を装着
した際の
最重要部品だからです。
稽古前、演武前には必ず刀の目釘の緩み、傷みを入念にチェックするように
しています。不具合があった場合には、すぐに新品に取り換えます。

普段から怠りなく目釘の点検をしていても、念のため刀を鞘から抜く前には
さらに必ず目釘の再点検を励行するように私は心掛けています。
これは、
すべて、周囲への安全配慮のためです。こと目釘に関しては「これ
でもか」というくらいに都度検査をします。

古来ならば、武人たちは武具として遅れをとらないために目釘の点検をした
ことでしょう。

目釘は自分で作ります。


下は目釘の材料の煤竹(すすだけ/ばいちく)。

目釘の製作に必要な工具。この他に竹を割る鉈やノコギリなどが必要です。
ノギスは私は日本刀の寸法計測用の刀身を傷めない樹脂製ノギスを使用
しています。平小刀は池村広和製。この小刀が目釘削りにはとても使い勝手
がよく、大活躍します。


手作業で削って行きますが、削り出しには鑿(のみ)型の彫刻刀=平小刀が
便利です。
必要に応じて、肥後守や切り出しのようなナイフも使います。
片刃切り出し小刀は繊細な仕上げには適しています。

上の写真の彫刻刀のみで削り出した目釘です。


最初の打ち込みには私は金属
目釘打ちを使用しません。目釘の頭が潰れる
ことを回避するために、私は竹箸を削った打ち込み専用棒を作って使用して
います。これは目釘を抜く際にも非常に便利で、目釘に優しく、目釘や柄糸
周りを損傷をさせないように目釘を抜くことができます。
また、普段の手入れ等で目釘を柄から抜く場合には、太めの金属丸棒で
目釘を打ち抜くようにしています。
それは、一般的に販売されている小槌型目釘抜きは美術鑑賞刀剣用で、
ピン先が細く、がっちり目釘が締まった武用刀の場合には、目釘を割って
しまうことが往々にしてあるからです。居合等の武用刀の目釘を抜く場合
には、一般的な市販タイプの小鎚型金属目釘抜きではなく、むしろ割り箸
などを当ててトンカチで叩くほうが目釘を傷めずに抜けます。

私の手入れ道具箱の中身


目釘は日本刀の外装部分における最重要部品です。
安全のためにも、御刀の目釘のストックは是非とも豊富にお持ちになって
ください。
目釘本体も販売されてもいますが、日本刀と拵というものは一品一品
手作りで個体差がありますので、自分自身が自分で文字を書く鉛筆を
自分で削るように、自分の刀に合わせて目釘も自分で削って作るのが
基本です。




 


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ナイフを台所で使う

2015年09月22日 | 刃物



ナイフを台所で使ってみる。
まあ、包丁も英語にしたらキッチンナイフなのだけど。

和包丁の片刃は結構使い易いのに、片刃の洋式ナイフは速度を上げると
厚みが一定しない。
ハンドルの違いだろうな、これは。引くか押すかはあまり関係がない。
サクッとかスイーッとか切ることはあっても、このナイフでシャカシャカと高速度
で切ったことはあまりない。ハンドル形状もあるが、慣れの問題だろう。
ただ、私の手持ち刃物のうち、このナイフが一番鱒をさばいている。50センチ級
のレインボートラウトもこれでさばいていた。馴染みの管理釣り場のレストハウス
では、マスターの手が混んでいる時は頼まれて私が手伝いでサッとお客さんに
出す鱒をこれでさばいたりもした。厨房の出刃はマスターが使っていたから。
かなり手早く下ろせたが、やはり慣れだろう。



厚みバラバラ。要稽古。


それでもこのナイフは気に入っている。(廃番)
でもね、この個体は鹿角が太すぎるんだよ。


裏はぺったんこの完全片刃ではなく、ほんの少し角度をつけている。
つまり、両刃なのだけどアングルが表裏で異なるというセッティング。
めちゃくちゃ切れる。



パスタはアルデンテにした。野菜のドレッシングはキューピーのイタリアンだ。


これね。100均でしか売っていない。
私はピエトロよりもいけてるのではと思っている。おためしあれ。
ソースがブルドックを好きな人は好みかも知れない。少し酸味が強い。
というか、中国地区、なぜブルドックソースを売っていないの?
あれの中濃は最高なのに。セブンイレブンのメンチ買うとついてくるけど。



東京に帰る娘を広島空港まで送って行った。
初めて娘が運転する車に乗った。「わ〜」とか「ぎゃ〜」とか言いながら
運転していた。都内で運転したらずっと上手くなるのに。環七あたりで
揉まれてくるといい。



広島空港に着いた時、「ああ、きょう先生が秋田からこの空港に静かに
帰ってくるのだなぁ」と
言葉を失った。
悲し過ぎる。


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