渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

平成25年(2013年)、最後の日

2013年12月31日 | 外出・旅

朝、ホテルで食事をして、外に出たら、昨夜の玉屋さん(瓦町)の
そばの駐車場にめっさカコイイ車があった。

昨夜、玉屋のマスターの吉田のお兄ちゃんと「ディスカバリーTV」で廃車の
クズ鉄からポンティアックのGTOを3週間で完全再生して権威あるオークション
に出す番組を夜中に一緒に店で観ていた。おもしろかったよ。
このワーゲンもめちゃくちゃカッチョイイ。


さて、私はプリウスで高松をゆっくり丸亀市内へ。のどかです。


四国の風景は一風変わっていて、平地に突然ポコンと山があります。


仕事を終えての帰り路、土器川のほとりに新しくできたうどん屋で食事。

駐車場に車が多く停まっていたから、いけるかも?


店内満員です。どうにか1席だけ空いていた。


さて、どうか。
ぶっかけ2玉です。
すみません。レンコンの天麩羅を1枚食べてから、写真撮るのを思い出した。


う~ん。美味かったですよ。天麩羅が(笑)
食べ終わってから駐車場に戻ると、ほとんどが県外ナンバーでした。
雑誌か何かに載ったのかな。
味はとりわけて美味いといううどんではなく、ありきたりのここいらあたりの
讃岐のうどん。もっと美味いところは他にあるが、行列できてるからそこには
行かない。待たされるのは別段いとわないのだけど、行列に並んでうどんを
食うというのは「~級グルメ」ブームみたいでいやなのだ。
うどんやそばは、生活に密着したファーストフードであってほしい。

本年最後の日の入りです。明日の元旦は晴れかな。


私はこれから残務を片付け、本家に行ってすき焼きと
年越し蕎麦にありつこうと思ってます。
12/24までに年賀状出せなかったから元旦には着かないかも。


皆さま、今年一年ありがとうございました。
良いお年をお迎えくださいませ。


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今年残りあと1日

2013年12月30日 | 外出・旅

中国地区に引っ越して16年。
水島港の埋め立て地を走る鉄道を初めて見た。
1両のディーゼル車だ。
この場所はよく通るが、初めて踏切につかまったということ。


岡山県倉敷市水島から兵庫県姫路へ。
その後、明石大橋を通り、淡路に入る。
17時台なのにすでにかなり暗い。
緑の観覧車は、サービスエリアにある大観覧車だ。



仕事を終え、高松にて宿泊。
夜、なじみの「ビリヤード吉田」に顔を出した。


ナインボールも、ストレートプールも滅多やたらと玉が入る。
穴が甘いのかと思ったら、コーナーは1.8玉分の穴なので
ポケットは甘くない。
ただ、このブランズウイックの新台は穴の呑みこみが浅い
ようで、コーナーに入れば玉が落下するようだ。心なしか
サイドも甘い感じがする。
やはり、私は1988年頃に発売された、ブランズウィックのゴールド
クラウン3が一番歴史的な名台のように思える。あれを1.7~1.8穴
にコーナーを絞った台が最高だ。石板スレートも厚めで上質だった。



それにしても、やたらと入る。
ビリ玉は数ヵ月ぶりだがさして腕は衰えていない。6月~9月の集中
訓練の成果もあるが、伊達にボウラード200点アップが常ではないなぁ
とひとりごちて思う。

14-1ラックのブレイクポジションにもピタリと決まる。


ブレイク後の配置。5番を左コーナーにポケットインさせながら手玉で
ラックを割って行く。フットスポット付近に塊があるが、これは途中で
的玉を入れながらの割りで難なく崩せる。



いや~、入り過ぎて面白くないよ、この台。このラックも取り切りで
ブレイクだった。でも、ハイランは出なくて、ランは37点だった。
3ラック目までノーミスということだけど、100点くらいは1キューで
撞き切りたいな。



ということで、玉屋さんの近所のホテルに宿泊。
明日は客先で打ち合わせ後に広島に帰還、事務所で事務処理を
して本年の業務終了予定。


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猫のこたつ

2013年12月29日 | ポチたま



まだ寒い朝、「お風呂がわきました」とバスルームから自動アナウンスが
流れたので、風呂場を覗いたら猫がくつろいでいた。
声をかけたら、この表情で。


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「三原」ってどこさ?備後さ。備後どこさ?

2013年12月29日 | 日本刀

日本刀の古刀の特色について、このページはよくまとめられていて
とてもわかりやすい。便利だ。
たとえば、私が一番好きな粟田口の刀剣とはどういうものかというと、
こんな感じ。


「京都の粟田口において鎌倉時代初期から中期にかけて活躍した
刀工群を指し、国友を長兄とする久国・国安・有国・国綱の六人兄弟
を始め則国・国吉・吉光等の名工がいる。優美な太刀姿、「鉄色青く
刃白し」と評される様に梨子地の鍛えに上品な直刃を焼き格調の高い
作品が多い」

さて、この解説で「古三原」を見ると、以下の通りである。

(『刀剣要覧』第22版/飯村嘉章著 )

「三原派は備後国三原の地に栄えたが、その中でも鎌倉末期から南北
朝期にかけてのものを古三原と総称しており、正家・正広・正光・政広等
がよく知られている。作風は大和気質が色濃くうかがわれ、直刃調の物
が多いが、大和本国に比べて地刃の沸がやや弱く、鍛えが杢立ち、白け
映りが目立ち、帽子も直ぐに丸く大きく返りおとなしいものが多い」

とある。
んだからぁ(茨城弁)、三原っつーのはどこだっぺ?
鎌倉南北朝時代には「三原」という地名の場所は存在しないし、現三原の
ことを言っているのだったら、その当時は大きな入り江で海の中だ。
三原城が築城されたのは戦国時代末期だが、その時でさえ現三原地区は
沼田川の河口部分の入り江が現海岸線から数キロも奥に入り込んでおり、
完全に現在のような陸地ができたのは江戸初期以降のことである。
もっとも、沼田川流域は急激に土砂が堆積して飛び地のようなデルタが
形成されており、中世から「沼田市(ぬたいち)」があった。現在の河口から
数キロ内陸部が
「沼田」の地であり、名の通り沼のようなデルタ性の土地
だったことだろう。

どの刀剣書でも、「三原派」の刀鍛冶については「鎌倉末期から南北朝に
備後国三原の地で栄え」という趣旨で解説している。
これは、歴史的事実とは反している。
鎌倉・南北朝時代に三原という場所はないのだから、これまでの刀剣書の
表記は悉く適性を欠く、というか事実無根の刀工群をでっち上げていたことに
なる。
正確には、戦国末期までは「三原」という鍛冶集団は存在せず、備後国ヤスナ
ゴオリ(安那とも書くのでアナとも読め、古代製鉄と関与か。事実、環頭大刀が
出土した古墳に隣接して国分寺と国分寺尼寺が建立され、備後助国がその
近辺の「東条」に
住したと古剣書にあり)とアシダゴオリの法華一乗、そこから
古代湊である鞆ノ浦(『崖の上の
ポニョ』のモデル地)、さらに西に進んで尾道を
中心とする地区、等々に散在
していたのが初期備後国の刀工群なのだ。
現在地三原の土地はただの寒村
であり、「三原」という地名さえない。漁村にさえ
なっていない寒々しい村に
なぜ一大刀工群が栄えることがあろうか。しかも
今の三原は奥深く広い湾で
あったのだから。
「三原派」という概念を最初に持ってきた人は、三原の地がかつては海で
あったことを知らなかった者たちだと思われる。
それは、地質学や歴史学が存在しなかった前時代の人たちがそうであったし、
前代からの「言い伝え」を何も検証しようともせず、盲信して断定した戦前から
戦後の刀剣界の「権威」の学者たちがそうだった。
「古三原派」という刀工群は存在しない。あえて言うなら「尾道派」だろう。
ただし、戦国末期に三原城が築城されて城下町が完成して以降は三原にも
刀工が何名か存在した。尾道あたりから招聘されたのかもしれない。

「古三原」という区分けが刀剣界には厳然と存在する。
それが当たり前の常識になってしまっている。
だが、「みわら」と呼ばれた鎌倉・南北朝期の古地名がどこかにあるのなら
別だが、現在の三原を想定して「古三原」と呼ぶのであるなら、それは大きな
歴史的誤謬である。はっきしいえば間違い。捏造。
そろそろ、日本刀界は、地質学、歴史学、考古学的におかしい間違いを
正すことが必要なのではなかろうか。
繰り返す。
鎌倉・南北朝時代に「三原」は存在しない。土地も刀も刀鍛冶も。
作刀地は別な場所だろう。鎌倉・南北朝時代の作に「三原住」と銘を切った
物がないことがそれを証明している。海の中だからあるわけがないし、
「三原」という地名はかなり後代に発生したものだ。つまり、現三原の地に
「原」という地面ができて以降のこと。ずっと海岸線で入りくんだ湾に
原などはない。現地を踏査すると直ぐに判明するが、猫の額のような谷だけ
である。
両山の大先生方はきっと三原のような田舎を己の足で歩いて調査などした
ことはないのだろう。
だが、どんな大家であろうとも、どんな「正統」とされた伝承であろうとも、誤りは
誤りである。
鎌倉・南北朝期に「三原」は存在しない。

刀(太刀ではない)
銘 表「安芸国大山住仁宗重作」
   裏「天正八年二月吉日」
 



さらに、刀剣書では古刀期の安芸国の刀工を無視し、さも安芸国に刀工が
いなかったかのように無記載の書が多くある。
古刀期の安芸国には筑州から移住してきた左(さ)系の通称大山鍛冶が
山陽道沿いの山中で鎚をふるった。大山とは、山陽道を下ると安芸広島に
入る最後の峠のある低い山のことである。山陽道はこの山中を通って
いた。

 
安芸国大山(おおやま)方面に上る12月の月。広島市内側から私が撮影。
旧山陽道はこの山中を通っていた。



地図上では道が途切れている。これは現在、徒歩でも通行困難なケモノ道に
なってしまっているからだ。かつての主要街道とは思えない状態なのだ。
この赤点線の街道山中に大山鍛冶は住したが、なにかと不便だとのことで
戦国末期には現在の上瀬野町まで山を下りてきたとの伝承があり、墓碑が
ある。大山鍛冶の後代宗重は名を「延道彦三郎」とすると伝えられ、この延道
が苗字であるのか何かの符号であるのかは明らかになっていない。そうした
点は尾道鍛冶の「辰房」に似ている。苗字であるならば「エンドウ」もしくは
「ノブミチ」であろうが、漢字は音さえあっていれば表記にはこだわらないという
旧来の日本文化の一つとして宗重派が使用したと考えれば、「沿道」という意味
で使ったという仮説も成立する。

これが現在の旧山陽道大山である。江戸時代には、ここを大名行列が往来した。



大山宗重の作風は二王(周防国)および末三原(これは「古三原」とは異なり
三原・尾道に実在した
鍛冶群)の作と酷似している。
大山宗重は広島県重要文化財に指定された作もあるが、残念ながら
県内での保有数が少なく、私の刀は県内18口目として登録された。
(刀剣登録証は神奈川県)
これはあくまで想像だが、私の推測では、無名だった大山鍛冶は
その作風から、銘を消されて「三原」に極められた物が多かったの
ではなかろうか。実際に中心を見なければ「三原」との区別はつかない。
宗重のうちの一人は備前まで鍛冶修行に出たという伝承もあり、
街道沿いの備中青江・備後東部鍛冶(法華派や尾道派・三原城派)
との何らかの技術的な交流があったことが想像される。
安芸大山宗重は、鉄味もかなり備後刀に近い。材料も同じ系統では
なかろうか。

日本刀の業界は「古三原」「古三原」と簡単に言ってしまっているが、
それは明らかな誤りなので、概念そのものを捨てて、言語も使用停止
すべきだと私は考える。
私は、それらの作については、「古備後」と訂正呼称するのが正しいと
思料する次第だ。たとえ重要文化財であっても。
こういう「三原」に関する誤謬を指摘して明言しているのは、インターネット
上では私ともう一人しか見たことがない。
だが、斯界全般の「三原」に関する認識は明らかな誤りなので、正すべき
だろう。

しかし、刀剣界の大多数は、江戸期の新刀特伝工法を「日本の伝統的な
技法」として頑なに自己検証しない体質だから、正しい歴史認識は無理かも
しれない。
平安末期から鎌倉・南北朝期という古刀の中の古刀の再現は、材料よりも、
技法よりも、まず固着した固定観念という思考停止を自らの手で解体する
ことから始めないとならないのではなかろうか。
炉も解体しないと産まれた鐵は取り出せない。


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レーサーな俺

2013年12月29日 | バイク・車

懐かしいの見つけた。
30年近く前の動画から。

これはポジション合わせだよ。
F3マシンだね。ヤマハFZ400Rステージ3のSP忠男チューンだ。
マシン代+改造費は正直言って純レーサーTZ250新車のほうが
安いくらいだ。



後ろにはカウル外して整備中のF3ガンモ(^^)
富士のピット前にて。

コースインの前にはポン!と叩く。
こういういろいろなジンクスってあるよね。
新しいツナギおろす時には、着たまま地面寝っころがるとか。

当時のFISCOヘアピン


ブッチな俺。FISCOのヘアピンの突っ込み。
得意業はポール to フィニッシュではなくて、ポール to クラッシュ(笑



まあ、なんというか、パワーウエイトレシオには貢献していた。
体重は今より20kg痩せていたし、腹周りは30cmも細かったし(笑
ただし、握力は左右とも70あった頃。 


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代用刀剣油 その2

2013年12月29日 | 日本刀



刀の代用オイルとしてヤマハキーオイルを出張帰り福山の
楽器屋に寄って買ってみた。
まず自分で使ってみないと評価はできない。
早速、使用してみたので、報告したい。

まず、垂らしてみてびっくりした。
なんだ、この粘度は!すごっ( ̄▽ ̄)
居合などの武用の稽古中は、やはりバルブオイルのほうがサラサラ感と
伸びからして適しているね。
このキーオイルは保存用に向いていそうだ。
バルブオイルもキーオイルも防錆剤が添加された100%化学合成なので、
防錆効果が一般の刀剣油より高いのも頷ける。
使い分けによってさらに効果が期待できそうだ。
稽古中はバルブオイル、帰宅してからは保管用にキーオイルに塗りかえる。
これでバッチグーじゃない?
これはいけそうだ。

順次、刀剣専用油から100%化学合成オイルにシフトしていこうと思う。
なぜならば、刀剣専用油は成分表示がないため航空機に持ち込めないから。
手荷物預けでも×です。
このヤマハのオイルは客室には持ち込めませんが、航空法に適法の
成分(発火点等)ですので、刀剣と一緒に手荷物預けが可能です。

これで北海道や沖縄の大会でもオッケーよ♪(^-^)v

↓ 稽古中の刀身拭い、稽古後のメンテナンスにはこちらがおすすめ。
↓ 特に夏場の防錆には威力を発揮する。ケミカル製品は化学の力だよなあ。



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わたしには見える(by 丹波哲郎)

2013年12月28日 | 日本刀

げひょ~~ん!
手に取って観たことがある刀が公開競売に出ている・・・。
その手に取って観た店からの出品ではない。


だが・・・ん?
この横手下のシミは・・・。


むむむ。モノウチにも。


あ!


なんと!!がひ~~ん。


さては、誰かが何か切った?しかも変な切り方で。
物凄く良い刀だったのに、なんちゅうことを。
以前観た時はまったく疵もシミもどこにも無かった。
どひょ~~~ん!(◎。◎)というやつだな。

でも、とても良いです、これ。延宝頃かな。
現在15万円台。締め切りまであと2日。長さ二尺三寸程で定寸。
貴方には見えますか?
わたしには見える(笑

オクなんぞで刀を買うもんではないけど、この刀は出来が良かった。
私は数回手に取って観ています。
気になる方は探してみてください。
コネリー007シリーズ出演、世界の丹波先生によると、見ようと思えば
見えるそうです(^^
見てるといろいろなことが見えます。

こういう形で再び見つけるということもあるのですね~。
めったにないけどね(笑
でも、以前、私が桜の枝を切った刀がオークションに、以前の道場の
知りあいの刀が某刀剣店に、某店で見た刀が売れた後数年後に
全く別な地方の某店に、某店で注目していた刀が隣りの県の
某店にというような例は何度かあるので、再度出会うこともあるには
あるのかもしれない。というか、結構あるか(笑
私が昔所有していた刀が、まったく別な拵が付けられて販売されて
いたのを見たこともある。上物の拵が付けられていた。
ただし、注目している刀に再度出会うことはあまりない。

まあ、刀は出会いだよね。
でも、出会いあれば別れもある。
私は今ある何口かの刀は売却するつもりは一切なし。
もっとも「美術的価値」てのは低いのばかりだから、売却してもいくらにも
ならないけどね(笑
ただ、なんていうのか・・・刀を金に替えるのが嫌だ。
刀屋さんてすごいよなぁ。古刀でも刀を右から左に販売しちゃうのだもの。
俺、絶対に刀屋できない。抱えるばかりで売りに出さず、在庫倒れで破産
するよ、多分(苦笑
商売としては、俺には無理だね。
ある程度、ビジネスとしてピシッと割り切った人でないと。

それでも日本刀は美術品だから、書画骨董の類と同じ扱いで、
値があってないようなものだからなぁ・・・。
はっきりいって、新作現代刀で研ぎ上がり白鞘で数百万円というのは、それ
ほどの価値がはたしてあるのか私にはとても疑問だ。同じ数百万出すなら、
絶対に侍がいた時代の刀鍛冶が作った作を私なら買う。
現代刀は否定していないけどね。
それはなぜなのかというと、美術品としても古い時代の刀のほうが(作にも
よるが)良いと思う、というか「見える」からだ。
現代刀の一番良いところは、健全なところだ。
それとごく少ない偽名以外では、作者がはっきりしていることね。特に注文打ち
などの場合は。
ただ、注文打ちというのは結構危険があるんだよ~。完成品見てから選ぶ
ことができないからね(^^;
期待が膨らむという楽しさはあるけど、望んだ作ではないようなのができて
来た時には結構落ち込むのではないかな。
それでも注文打ちには特別な思い入れがあるよね。そこも新作刀の魅力だ。


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屋上にプール -しかも半端ない-

2013年12月28日 | 文学・歴史・文化

シンガポール恐るべし。
超高層ホテルの屋上にこんなプールがある。





う~ん。ちびりそう。

あ、ちびっても大丈夫か(違


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週末前ですが

2013年12月27日 | 一般




日ごろの御愛顧、心より御礼申し上げます。
いらしてくださる方は、やはり、ここのところだいたい、1200名/1日ですね。
私はフェイスもツイッターもペタも(機能ないけど)、SNS系はなぁ~んにも
やっていないのに多くの方がいらしてくださり、感謝にたえません。


今年も残すところあと4日ですが、来年もよろしくお願い申し上げます。

おら31日まで仕事するだ。仕事は溜まるがお金は溜まらんのす(^^)
仕事ってね~、できないやつほどメリハリがなくてダラダラ仕事続けて
るんだよ~。そんなのわかってらいっ。
ただ、休みの日もだらだらと仕事して「あたしはデキるのよっ」てのとは
違うつもり(苦笑
ふだんサボリングばかりだから仕事が溜まるのさ(´ー`)


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君はまだ、バイクに乗っているか。~全ての中年ライダーに捧ぐ~

2013年12月27日 | バイク・車

君はまだ、バイクに乗っているか。~全ての中年ライダーに捧ぐ~


ワロタ(^^;


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模擬刀 (追記あり)

2013年12月27日 | スポーツ・武道など

ふと突然模擬刀が欲しくなった。
真剣を持ってるのになぜ模擬刀かと思われるだろうが、
私は有段者になる前から真剣を使っていたので、実は模擬刀
での稽古期間が極端に短い。
しかし、アホみたいなもんで、その短い間でも模擬刀だけで4口
を買っている。しかも、結構値段がする物を。
4口合わせたら、今なら安い拵付真剣が買えてしまう程だが、
当時はまだバブリーなジダ~イだったので、どうとでもなった。
独身だったし。
あ、でも「ヨッシャヨッシャ、ん?マンションか?」とばかり、女の子
に高級模擬刀と居合道着セット一式を買ってあげたこともあった(笑
それって、今考えると20代後半なのにヒヒじじいみたいだったな。
その人、一ヶ月稽古に来ただけで来なくなっちゃったけどね(笑
居合の稽古は居合の稽古をする場所なので、居合道場の関係者の
異性に余計な個人的な手出しはしない。これ大原則。外してはならない。
したっけか、来なくなっちゃった(苦笑


ということではないのだが、突然模擬刀が欲しくなったりした。
こういうのがいいねえ~。


真剣と違って、横手を切ってない模擬刀が最近は多いのだが、
昔の方が真面目というか真剣に近い造りだったように思える。
昔の模擬刀は刃の部分もとんがっていて、見た目には刃がついて
いるような感じだったし、なんとそれで鉛筆が削れた。
さすがにこういうご時世だからか、そういうのはいけないことに
なったのか、最近見る模擬刀はみんな真剣の鍛冶押し状態の
ように10円玉の厚みくらいの刃の潰し代があるようだ。
たしかに安全っちゃあ安全だろうけど・・・。なんというか、う~ん、なの
である。
でも模擬刀だから「刃が立つ」といけないんだろうね。
もっと大昔の私が小学生の頃には模擬刀も鉄製だったしね(笑
時代なり、というやつか。


ここのメーカーはキッチリと横手を切っているところが好ましい。


まあ、刃文らしきコスリの部分はラインが甘いところはあるが、
こういうのは自分でもぼやかして真剣のような風合いを出す
ことは可能なので、細かいところは気にしない。
この鋩子は特注で長めにしたそうだ。
なんとなく、この刀心さんが出している
大磨上無銘(伝 国分寺助国)
に感じが似ている。刀心さんのこの助国はかなりいい!こういう刀こそ
私は欲しい。地元贔屓ではなく、好みがドストライクでドンピシャだ。


実は私の先輩(埼玉で七段)も、普段は特注模擬刀で稽古を

つけたりしているようだ。真剣じゃないから切った時の角度や
刀線を実際にゆっくり当てて教えたりするのに便利らしい。
先輩は凝っていて、抜かなければ真剣そのものの拵にして
いる。金具は鐔を含めてすべて時代物(笑)
刀身には樋がないのに、大和伝の鵜の首のように鎬地を
そぎ落とした特注で、振るとビュンビュン音がする。懲りすぎ(笑
製作金額訊いたら安い真剣買えますがな(笑


ということで、大切先まで行かない程の「鋩子やや伸び」程度で
二筋樋の模擬刀が欲しくなった。突然ですが。
樋は鎺(はばき)の中での掻き止めがいいなぁ。

といっても、私は指導者ではないので、そういう模擬刀を所有する
稽古上のコンセプトが自分の中で明確になっていないので、ただ
単に物欲に任せて作っちゃうわけにはいかない。自重、自重。

本来は樋のない刀が好きだけど、二筋樋というのは宗教的な
表現とはいえ、なんだかとても惹かれるのでございます。










石仏の首三体を切断してから山田朝右衛門の鬼包丁と対決する。
鬼包丁とドウタヌキならば石仏あたりならスッパリ。
って、それはない。絶対にない(苦笑


この方がこの作品(第一部)でアップの時に使っていた真剣は
絶対にこのお人の所有刀のような気がする。
ただし・・・同田貫ではなくて、南北朝の頃の青江のように
見えるのよねぇ・・・。

私は直刃が好きなのではない。一見直刃に見える小乱れが
一番好きなのだ。古雅なのがいいよ。
だけど、刃が小乱れでも地が来(らい)のような肌目はあまり好きではない。
肌だけならば粟田口だ。藤四郎吉光などは、見ていたら、何もしたくなく
なってしまう。食事もトイレも行かずに、そのまま死ぬまで見ていたくなる。


真剣の本物の話ではなく、模擬刀の話だった。
かつて模擬刀を使っている時、朝起きたら雪が積もっていた。
家の外に出たら、誰が作ったか、雪だるまがこの「拝一刀vs山田朝右衛門対決」
の石仏のように
何体もあった。
朝の寒稽古の際に模擬刀で一太刀袈裟に斬りつけた。
ギャイン!という音と共に刀身が雪だるまの中で止まった。
そんな馬鹿な!今まで模擬刀で散々小学生・中学生の時にこの
拝一刀のように雪だるまを切断してきたが(中学の時が多かった)、
一刀のもとにすべて切断できていた。
なぜだ!?
すぐに雪だるまを確かめた。
すると・・・・
ブロックを重ねて、そこに雪を貼り付けて作ったダルマだった。
刀身を見た。
横手下からフクラ部分がボッコシとまくれている。アガガガガ。
模擬刀ってのは表面はメッキだからねぇ・・・。
なんとかヤスリと荒砥で成形して仕上げて、銀色塗装テクでごまかした。
道場に持っていったら先輩たちに大笑いされた。
「お、少し先が痩せて、姿がよくなったじゃん」とか「うまいね~・・・居合でなく修正が」
とか。

それ以降、私のその模擬刀は「達磨斬り」と埼玉と早稲田の先輩たちに号を
つけられた。

どうだ(エヘン

ある時、早稲田の先輩が自分の模擬刀を磨り上げてくれと私に依頼してきた。
二尺四寸五分から二尺三寸三分程に磨り上げを希望だった。
いつも焼き鳥ごちそうになってるし、いいっすよ~と引き受けた。
鞘が少し長いままなのは仕方ないけど、中でカタカタ揺れないように
細工もして、刀身は区(まち)を送って、ナカゴも綺麗に磨り上げて、目釘穴も
柄に合わせて同じ位置に開けた。
先輩に電話した。
「遊びで銘切っていい?」
すると先輩は「お、いいよ、いいよ~。模擬刀だから何切ってもいいけど、いってぇ
何て切るんだ?」と言うから「有名な刀工銘」とだけ言っておいた。

それからすぐに家主の先輩は真剣を所有し、その模擬刀は数年後に新人の
後輩に進呈することになった。
別な先輩が、もっと気の利いた鐔に替えてやろうということで、川崎の道場で
その模擬刀を柄から外した。
そしたら、そこには私の名が鏨で巧みに刀工銘のように切ってあったらしい。
その場に私はいなかったが、次に先輩と稽古帰りに居酒屋行ったら、先輩は
「おまえなぁ。有名な刀工って・・・。お前の名前が切ってあるじゃないか。それは
駄目だろ(笑」と言ってた。


「え?だってどんなのでもいいと言ってたじゃない。いいじゃん抹香臭いおいらの
名前一文字で。真っ向!なんちて」と答えたら、「せめて俺の名前にしとけ」だって。
いっそ、「雪達磨 不回首 火之車両断所払」とでも切っとけばよかった。達磨斬りの
命名のお返しに。 
まあ、先輩は金まわりは良かったけどね。
一代で事業を成して、山手線内にビルいくつも持つってのは、大したもんだ
と思う。
埼玉の先輩も社長業で、はぶりはいいし、剣才だけでなく商才あるのはなんだか、
剣の駆け引きと商いの駆け引きは一脈通じるものがあるのかも知れない。
でも、二人の言葉の共通項としては「商売は信用だよ」と言っていた。
あえてアコギを嫌って地道にやってると、逆にお金ちゃんは転がってくるの
かも知れないね。
そして、二人の共通項は、バイク乗りであったことと、「よく遊ぶ」ということだ。
遊ぶというのは、心のゆとりというか、何につけてもしゃっちょこばらない。
冗談通じるというか、二人とも(ダ)洒落マンだしなぁ。
二人とも生粋の江戸者だが、遊び心ってのは江戸の風味なのかも知れない。
ウマが合う。

ところで、雪だるまといえども、模擬刀で切断したら、刀身は真剣で竹や
畳表を切ったようなコスレ疵(いわゆるヒケ)だらけになってしまいます。
ご注意ください。


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朝の事故

2013年12月27日 | 一般

いや~。さっき見ちゃったよ。
朝、通勤途中で、交差点をゆっくり直進する若い女性が運転する車の
後ろ横に中学生の男の子が自転車でドカンと突っ込んでるのを。
中学生は転ばずにガシャガシャガシャと車とガリガリぶつかりながら
数メートル車と接触したまま走ってた。

中学生が明らかに信号無視なんだけど、そのまま「すみません」と
お辞儀して走り去ってしまった。女性は困惑して交差点の中に
停まっていた。中学生は遥か彼方にピューッ。
これはもうどうしようもないね。人身事故だけど怪我なくてよかったよ。
てか、そういう問題でもないような気もするが・・・。
人身事故でも怪我がないと警察沙汰にはならないのかね。

これとは違うケースだが、怪我のない人身事故で私が経験したこと。

ある朝、いつものようにバイクで虎ノ門まで通勤した。
内堀通りを九段靖国方面から内周りに回って、桜田門警視庁前の
交差点を右折する。

これは古い写真だね。俺が中学生頃までの警視庁だ。

こちら。この宇宙局のような警視庁前を赤線の方向に交差点を右折する。


信号に近づいたら信号が変わったので私はスッと停止した。
この画像でも右折車は止まってるでしょう。そういう感じで。
この画像で右折する交差点の右側が江戸城の桜田門ね。


桜田門外の変もここで起きた。


別図で示すとここ。


江戸時代の地図ではここ。


まさに、この桜田門外の変があった場所でそれは起きた。
私が交差点で停止すると、後ろからクラウンがドンとオカマ掘って
きやがりやがったのでございますよ、と。

こちらは完全停止してるから過失相殺は10対0で向うが悪い。
しかも、後ろから軽くだけどドンと押されたから立ちゴケした。
するとだ。
クラウンから背広着たオヤジが半身だけ車から身を出して
「なんで止まるんだ!信号赤じゃないだろ!馬鹿野郎!
車が傷ついたじゃないか!この馬鹿者め」と怒鳴ってるではないの。
馬鹿野郎はそっちだバカヤロウ、信号は赤だ、と思って、私もバイク
起こして
スタンドかけて、車に歩いて寄った。
「免許証見せろ」と詰め寄ったが、オヤジはドアをあわてて閉めて窓も
ピッチリと閉めて
ドアをロックしている。「開けろ!」とドアノブ引張ったが、
オヤジは車の中で何だか怒鳴ってる。運転席のウインドウを叩き割ろう
かと思ったが、さすがに警視庁前だとそれはやばい。

この時、地点にパトカーが停止していた。こちらの様子を見ている
ので、手招きで呼んだ。だが、来ない。
オヤジは信号が変わるや否やキュキュキューッとタイヤ鳴らしながら
バイクよけて急発進し右折して走り去った。
Pカーはその時赤灯回して交差点の中に入って私の所に停め、警官が
2名出て来た。

「大丈夫?怪我なかった?見てたけど、あれは向こうが悪いよ」
いや、そういう問題じゃないと思う。なりゆきを見てただけかいっ!

以前、この界隈(この先の日比谷通り)で、大手町から虎ノ門まで
仕事で急いでたのでロスマンズカラーMC18の
NSR250R-SPで車を
動くパイロンとばかりカッカッとすり抜けて
たら赤灯載せた追ってくる白い
バイクが遥か後方に見えたけど、後ろ過ぎるからターゲットは俺じゃないなと
かっ飛んでた。
そのうち遥か後方だけど赤灯回して四輪車すり抜けて突進してきたので、
「俺かよ」と逆シフト
にセットしているシフトリンクを掻き上げてスロットル
合わせてオーバーレブさせないようにブレーキングしながらシフトダウンし
静かに左に寄せて停止した。(車でいうところのヒール&トゥ)

白バイ隊員は「どこから追っ掛けてたと思ってるんだ」と怒ってた。
知らないよ。遥か後ろだったじゃん。

白バイ警官は「追跡していて、何度、あ、ぶつかったと思ったか。
そんだけあんた巧いのかもしれないけど」と言いながら「これ見ろ」と
自分の補足用メーターを指した。計測不能・・・・なんというか、スピードで
いえば80km以上オーバーで、もろもろ加算すると15点以上ほど
一気に減点で一発取り消しコース、というやつですね(本当は補足計測
できてなかったのだと思う。サイレン鳴らさなかったし赤灯回った時点で
思いっきりFISCO第一コーナーのようなフルブレーキで減速したから)。
俺のこと何度も
巧いのかもしれないけどな、とか言いつつ腹に一発パンチ
勘弁して
くれた。なかなか粋だよ警視庁。てかバイクマン。
(それでもタクシーなどの一般車両も丸ノ内警察署の前あたりで平均90km
ほどで巡航しているのは出し過ぎではないかと思ったりもするが、それを
パイロン化して縫うクルージングにはやはり瞬間的には130以上は軽く
出てることになる。3速シフトダウンして停止したから4速に入っていた訳で、
そこでNSR-SPの
パワーバンドに入っていたので、速度は推して知る。
ミッションはクロスしているから、3速からアップしてもすぐにバンドに入って
いる。シフトアップとダウンは常に小刻みに繰り返して、街中でもクイックな
走行ではパワーバンドを外さないのが常だった。通常街中では3速まで
しか使わない。というか使えない)

警視庁は四角四面でなく、かなり弾力的に現場警察官の裁量で取締
してるのかねえ。でも、いい時と悪い時があるよなぁ・・・。
「怪我なかった?」と声かけてくれるのはありがたいが、緊急事態なの
だから手招き
した時に現場に急行しろよっ!(><)

バイクはナンバー曲がってリヤフェンダ周りがベッコシと変形すますた。
バッキャロイ。ナンバー即座に記憶してたから当て逃げで告訴して
やることもできたけど、そうしたら現場にいて何もしなかった「心優しき」
警察官2名の立場もあるだろうから、かつての白バイ警官に免じて
オヤジは見逃がしてやった。
実は「どうする?告訴して立件ねらう?」「なんで現認していながらすぐに
現場に来ないの?告訴となると、実況からして貴方がたの立場もあるで
しょ?」「うん、それはある」という警官と私のオトナの会話があった。
警視庁や神奈川県警と接するとこんな感じのシーンが多かったが、
広島県に引っ越してみたらオイコラ警官ばかりなんでビックリしたよ。
でね、何をどうド勘違いしているのか、イナカって、警官と教員のことを
「偉い人」みたいに思ってる精神土壌がすっごく強いの。明治時代じゃねぇっ
つーの。
四輪車では俺は教習所のような安全運転をするのだけど、ある時、信号の
ない住宅街の交差点を10km程でゆっくり通過したら斜め右後ろからドンと
突っ込まれたのね。全然左右確認しないで右側から右折した看護師さんが、
交差点を通過した私の右横ケツにドンとぶつかったの。
警察呼んで事故検証したけど、警官曰く交差点の外だと言う。でもって
ぶつけて来た女性は別嬪さんのお母さん看護師だったのだけど、俺の
車の後ろに当たっているのに警官は女性からしか事情を聴こうとしない。
で、警官が女性に言うには「よっしゃよっしゃ。わしがええようにしとい
ちゃるけん」と言ってる。なんじゃそりゃあ?
「それ、どういうこと?」と詰め寄ったが、その時、俺の車を担当してくれて
いる車屋さんも連絡くれて俺に言う。「録音しといたほうがいいですよ」と。
女性にその発言した警官に再度言質を取るべく交差点内か外か現認を
求めたが、はぐらかして明言を避けてる。先ほどの発言について「どういう
こと?」と釈明求めて、所属と階級と姓名を尋ねて身分証明書の提示を
求めたが無視する。警職法知らないのか?
明らかにぶつけられたほうが悪物みたいな対応をしている。いくら女性が
顔面蒼白で泣き顔だったからといってもねぇ・・・。ま、ヨッシャヨッシャだから(笑
角さんの扇子でも持たしたくなったよ。田舎のオマワリなんてそんなもん。
結局8-2の過失相殺だったけど2割分は当てられ損だった。
うちの親戚もオマワリと教員が多いけど、どいつも「こいつはパカか?」
というようなドカンチばかりだ。どいつもこいつも何か自分が特別な力を与え
られた人、しかも「偉い人」だと勘違いしていて、恥ずかしい限りだ。
警察官も人だから、所変われば人変わるというやつだろうね。警察に
まで土地柄がある。同じ会社でも本店や支店ごとで違うもんだねぇ(´ー`)

俺、免許がゴールドになったのは、日常運転がバイクより四輪が主体の
生活になったからかもしれない(笑


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刀を手に入れるのはタイミング

2013年12月26日 | 日本刀



昨日、刀屋に電話した。
「○○番の刀、あれまだある?売れちゃった?」
と尋ねたら、最近売れたって。外人さんが買ったそうだ。
逡巡している間に売れてしまう。それが刀だ。思い立ったらすぐに
買わないとなくなる。
二尺四寸丁度で、私が使うには多少長い。私は最初は二尺四寸の
刀身を使っていたが、その後、二尺三寸六分、二尺三寸五分、二尺
三寸三分六厘、二尺三寸二分ときて、一番短いのは二尺三寸丁度
というようになった。
居合で使うにおいて、あまり長い刀は好きではない。
ピースメーカーも4.75インチバレルが一番好きだし、サイトを削り落として
ソードオフしたウッズマンも好きだ。
デザートイーグルやM19を好むのはコケ脅しみたいで好きではない。
刀でいえば、幕末の清麿みたいなのは好きではない。

そして、刀に関しては、「幕府法度の定寸」というものを外したくはない。
私が選ぶのはせいぜい長くて二尺四寸物までだろう。
今は二尺三寸三分六厘の刀を使っているが、身長は173センチ(中2から。
中2で脳と共に成長とまった。笑)なので
身長からいうと短い。
しかし、人よりリーチが長いからか、右手に切り手でだらりと下げて床に
振るとバリバリに肩の真下で切先が床をこするどころか、はるか前方で
床にフクラが当たる。二尺三寸三分六厘の刀でもそうなる。腕が長いのだ。
ということは、身長などで刀の長さを決めるのは判断軸が一面的に過ぎると
いうことを示す。リーチを一切考慮してないから。
これと似たようなことに刀の抜き身重量判断がある。刀身などは反りですべて
バランスが変わるから、総重量を表示しても、あくまで目安でしかなく、重量に
拘泥するのは意味がない。1200gの刀でも片手でビュンビュン振れる個体も
ある。
そして、
身長だけに合わせて刀剣の長さを選ぶというのは、偏った現代感覚
のような気がする。
確かに刀身は自在に扱えるのなら長いほうが有利だ。しかし、
かつての時代は
その「有利さ」を剥ぎ取るために法度として取り決めの御定めがあったから、
武士は勝手に長い刀を帯刀できなかった。所持は自由だが、帯刀してはならな
かったのである(現代の銃刀法に似ている)。

よく現代居合をやる人の傾向で長ければ長い程良くて、その長い刀を抜ける
ことを善しとする
傾向があるが、私はなんだかなじめない。合理的な面でも、
旧来の幕藩体制の定法の面でも、なんだかどちらに転んでも筋道に合致しない
ように思えるからだ。
身長を基準とするような長さだけを判断軸として言えば、右手に下げて床に
横手あたりが足より前方で当たる長さは長さとして十分ではなかろうか。
この場合、単に刀の寸の数値だけでは適正な長さというものは測れないこと
を表す。
また、幕府定法として個人的に私は二尺三寸ちょっとの刀を選びたい。
結論を言うと、私には二尺三寸四分くらいの刀が身体基準とした合理的面からも
幕府定法の面からもダブルで合致するのである。私が二尺四寸五分や五寸の
刀を使うのはその両方に反すると感じるのである。
(あくまで個人的なこととして。今は自由の時代だから、どんな刀を誰が帯刀
してもよい。長い刀を好む人は長い刀を使えばよいし、流派の定法や旧幕府の
定法に沿いたい人はそれに従えばよいと思う。良い意味で自由だ)

その欲しかった刀というのは、二字在銘の末古刀で、拵付60万円だった。
「あの刀は安かったよ」と刀屋社長の友人は言う。
私もそう思う。
「あれに樋を掻くこともできるけど・・・」と言うから「樋なんか彫らないよ。
あのままで十分だった」と私が答えたら「そうだね」と笑っていた。
「どういうのを探してるの?」と訊かれたので、「別に探してない。あの
刀がよかったんだ」と言った。
すると、「いや~。あんたいい刀沢山持ってるから」と。
「いい刀も沢山も持ってないよ。おめ、刀屋がそれ言ったら馬鹿にしてんのか、
という感じだぜ。銀行が一般人に『お金持ちですね』と言うみたいで」と

私が言うと、電話口の向こうで「うひゃひゃひゃひゃ」と笑ってた。

居合用の刀を探している訳ではない。
何十年ぶりかに「はっ」となる刀に出会ったから欲しくなったのだ。
不思議な刀で、樋が無いのに、振るとビシューッと音がする。備州の
刀ではないけど。

重ねは結構あるが、手持ちは良い。
鞘払い1060gで腰に差して重さも程よい。
健全で、鑑賞にも十分耐える良い出来だった。モノウチがやや研ぎ減って
いたから、武士の腰間にあって実戦を潜り抜けた刀だっただろう。そういう
刀が好きだ。

何が良いって、新刀や現代刀とは鐵が全然異なった。
見た時、出店ブースの店番の若い子に「あの古刀いいね」と言ったら、
「古刀ですか?きょうは古い刀は持って来て
ないはずなんですが・・・」と
言っていた。
しかし、多くの現代刀に混ざって一口だけ古刀が実際にはあった。


そのことを昨夜社長に話すと
「鐵(かね)を見ただけで判る人は判るんだねえ」と言う。
そりゃ判る。ミカンはリンゴに見えないもの。鐵の違いとして厳然とそこに
あるのだから。

やはり古刀がいいなあ。
新刀特伝の工法でまとめた刀の肌色は白っぽくなる。
肌合いも潤うしっとり感がなく、ただキラキラするだけで、刃も粘らず脆い。
その刀の色は青かった。
心奪われた刀だったが、もう二度と逢うことはないだろう。
刀は個体だ。似たような刀にこの先出会っても、それは同じ刀ではない。
女性と似ている。

ただし、出会いはあったが、別れはなかった。
私の物になっていないのだから。


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代用刀剣油

2013年12月26日 | 日本刀


やはりこいつぁ防錆力が高いぜ。
10日間でこんだけ使ったけど(笑

もう少し粘度が高くてよさげなのがあるのだけどね。

こちら

ただ、金額は高い。高級刀剣油よりも高い(笑
でも、防錆効果はバルブオイル同様高そうだ。

刀剣保存アイテムの選択および使用はすべて自己責任でお願いします。

なぜ「自己責任で」と明記するかと言うと、私の親戚の知り合いが
車のメンテについて自分のブログにいろいろ自分の車に試した
ケミカルや修理方法を書いていたんだって。個人的にやったことの
記事として。
そうしたらそのブログを読んだ知らない人がそれを真似してやって、
「車が調子悪くなった。どうしてくれるんだ。弁償しろ」とか言って来たりした
ことがあるんだってさ。

考えられないことをねじ込んでくるクレーマーもいる訳です、世の中。
勝手にブログ読んで勝手に真似したのは自分なのに、ブログ記事を
書いた人の
せいにして損害賠償まで要求する、というような。
うひ~、そんな人いるの??と思いますが、世の中いろんな人がいる
ようです。当たり屋みたいだよね。

読むのは勝手ですし、真似するのも勝手です。ご自由にどうぞ。
しかし、実行するのはご自分です。ブログ主がやってくれと頼んだ訳では
ない。それでも、自分がやったことを他人のせいにして
金を要求するような
タチの人もいるのですから、なんとも。

これは車の世界だけでなく、どこの世界でもありうることです。
私も日本刀の世界だけ「良識的な」人ばかりとは思えません。
とんでもないのもどこの業界にもたまにはいるでしょうし。
私にメール等で連絡をくださる日本刀や居合関係者のほとんど(97%ほど)
は良識的な方ですが、中にはメール内容を公開したいくらいに非常識極まり
ない人も幾人かいました。毅然と対応してはいますが、今後もそういう人たちは
出てくると思います。100人のうち3人だから、結構多いほう?よくわかりませんが。

ですので、たまたま私のこの日記を読んだ方で、なにかを参考になさろうと
する方は、絶対に自分の責任においてそれをなさってください。

宜しくお願いします。

(「ガードレールキックターン」なんてやったら足の骨折れるのわかりそうな
もんだが、1980年代には『バリバリ伝説』のグンちゃんの真似して峠で
足を折る信じがたい連中が結構いた)





峠だけでなく、グンはレースでもこれをやったが、
よい子は真似しないように(笑
確実に足折ります。

ブログのご利用は計画的に。


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これぞ聖地巡礼  ~ジブリ『耳をすませば』~

2013年12月25日 | 映画・ドラマ





「聖蹟桜ヶ丘(耳すま)モデル地散策」


やってるやってる(笑)。
こういうの大好きだすよ(^^)

ジブリの『耳をすませば』は結構好きだ。
先日友人とジブリ作品について話していて、友人が言うには
「ジブリはいいねとは思う。子どもも大人も感動するだろう。しかし、
あの作品はどういう内容だった?と子どもに訊くとほとんどが覚えて
いない。これはどういう現象か」ということだった。
核心を突いている(笑)
私個人としては、ジブリ作品で『風の谷のナウシカ』を超えるものは
ないとは思うが、一番個人的に好きな作品は『魔女の宅急便』だ。
内容ではない。「絵」だ。ナウシカとは異なる「鳥瞰図」をこの作で
堪能した。あの架空の街に住みたいと強く思った。

でもって、友人の言は確かに核心を突いているとは思う。
『風立ちぬ』にしても、戦争肯定がどうとか反戦がどうとか論評する
類の作品ではないと思うし、また「喫煙シーンが多い。あれはけしからん」
などと禁煙団体がクレームつけるのも、的を大外しだと思う。
私個人の中では「宮崎作品はシリアスな作品でも結局はファンタジー
なんだから細かいこと気にすんな」という感じがすごくするのである。
宮崎監督作品にはクライマックスというものがない。なんとなく物語が
流れて、なんとなく終わる。本来「日常」というものはそういうものでは
なかろうか。
芸術と日常は非妥協的に対立するが、あえて「崇高な」芸術作品を
目指しているのが宮崎手法ではないように思える。

私が個人的にジブリ作品が一番好きなのは、現実の風景を作品の中に
織り交ぜていることだ。
近藤監督の『耳をすませば』は住んだことがない街ではあるが、よく通ったことがある
場所で、作品を見た時に言い知れない懐かしさを感じた。
また、行ったことがない場所でも懐かしさを感じさせる不思議がジブリ
作品にはある。

『千と千尋の神隠し』では、物の怪たちが遊覧船に乗ってやってくるシーンが
あるが、これと絵的にそっくりなシーンが見られる場所が宮島にあるとは
思わなかった。
夜の宮島と本州の間を往復する館仕立てのフェリーは船の灯りが海面(うなも)
に映って、まるで『千と千尋・・・』のあのシーンにそっくりなのである。
これを本州側のホテルのテラスから見ていて、私はそれに気づいた。
もうちょうど10年と半年前のことになる。

意外とほのぼの系では『平成狸合戦ぽんぽこ』が楽しめる。
テーマは笑えないシリアスな話なのだが、あの高度経済成長で失われる
多摩ニュータウンの自然環境は、東京の人間にしか実感としては理解でき
ないかもしれない。
宮崎作品は「時代の流れとそれを無批判に受け入れることへの警鐘」が
常につきまとうが、環境をテーマにした作品でも、都会人だけでなく身の回りの
環境が過去から変わらない地方の人たちにも受けているらしきところが不思議
な力として映る。
そういう意味では、宮崎作品は地域特定型ではなく、「日本」としての国内の
統一的訴求力を持つ作品群なのだろう。

『もののけ姫』では、「悪者」が誰も出てこなかった。それぞれの登場人物や
勢力に己の正義があった。ただ、ダイダラボッチ(古代製鐵の物の怪)だけが
怒り暴れる。
あの作品は、古代製鉄と王権史と人民統制史を少しかじった者には胸に刃が
突き刺さるようなシリアスなテーマを感じさせる。

ジブリ作品はかなりいい。
ファンタジーだけど。

(『耳をすませば』で私が一番好きなシーンと風景)


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