渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

反則投球 スピット・ボールの正体 ゲイロード・ペリー

2017年04月25日 | スポーツ・武道など

驚愕!!プロ野球反則投球
スピット・ボールの正体 
ゲイロード・ペ リー

わははははは!
すげーおっちゃんだ。
好きだわ~、こういうオトぼけマン。
それなのにすごい記録だし、その後のビジネスが笑える(笑


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肌に合う

2017年04月24日 | スポーツ・武道など



もう慣れきってしまって、TADもどきの自作キューが一番しっくりくる
ようになっちゃったという事実。


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撞球会

2017年04月21日 | スポーツ・武道など



4年ぶりに撞球会のリーダーとプレー。
撞球会は解散していません。
クラブハウスを2010年に閉じたので、会としての活動を停止して
いるだけ。会自体は解散ではなく、活動停止という状態です。つまり、
安田砦の時計台放送みたいなもの(笑

リーダーは4年ぶりなのによく入れます。
殆ど腕は落ちていない。
ただ、時たま穴ガコしたりはしてました。

外して、


ガックシきたり。


でも、まじもんでよう入れる。あたしゃサッパリどした(・ω・)
力が抜けて凄くしなやかで、かつしっかりと「撞いて」いる理想的な
撞き方をします。エフレン・
レイアスのような感じのキューさばき。
こういう撞き方はお手本になるような動作ですが、なかなか出来る事
ではありません。久々に熟視しましたが、特に手の内がとても柔らかく、
ある一つの域に達した人の手の内であることが見て取れます。
彼との出会いは2004年春で、来年は私と彼が出会った時の私の年齢に
彼がなります。時の流れは早い。
彼が私に持つプレーキューのイメージはTADなのだとのことです。
TADしか使っていなかった時期を共に過ごしたのでそうなのかも
知れません。
こういうのはバイクなどにもあります。私は断然ヤマハ乗りなのですが、
スズキガンマの時代も数年あり、その時期を共に過ごした仲間は
「やっぱり渓流さんといえばガンマですよお〜」と言います。ホントは
あたしはRZの人間なんすけどね(笑





やっぱうまいすね。
別名ミスター・ケディックという名もある
ようです。ファーストネーム
はズ(以下コード規制で割愛)。
つか、最近どんどん若返ってるよ、リーダー。なんか、スカラーシップ
の学生さんみたい。もうすぐ40代半ばの中年には見えんす。
え〜と。一応、青年というのは34歳位までで、それ以降は世の中では
中年らしいす。つまりおっさんですな。
50代になると壮年、65過ぎるともう老齢者らしい。法律的な適用事も(笑)

ミスターのキューはこれ。ガス・ザンボッティ!(のようなポール・モッティ)
まさに名前もピッタシという偶然。






カッケー!

て、会のリーダーだからということではなく、個人的に親友なんで私が
10年ほど前に持ちキューを進呈したアメリカン・カスタムなんですが。
今だと60万円程でしょうか。てか、作者が引退したから売ってない。
4剣の剣先の加工精度と象牙の逆Zインレイの精密さは図抜けてい
ます。使われている黒檀も真っ黒ないわゆるマグロで、今ではもうなか
なか手に入らない。
ハギの精度については、国産のプロダクトも含めたキューメーカーさん
とは正直言って雲泥の差がある。これは事実なので現実を受け止めざる
を得ない。目の前でこんな出来の作を目の当たりにしたら、唸るしか
ない、という感じです。ホントにポールは緻密で上手。
アメリカンカスタムでも、リチャード・ブラックなどの雑なハギとは
異なり、本家ザンボッテイと並ぶ全米トップクラスの加工精度をポール・
モッティは持ってたと断言できます。
カスタムキューの国内最大ディーラーのラッキー・菱沼さんもポールの
ことは絶賛してたなあ。
ただ、繊細な人で神経質な面もあると紹介されていたが、今はその記述
は削除されている。本人と何度も会って接した者しか知りえない貴重な
生の声ではあるのだけど、もう引退したので記述を割愛したのでしょう。

モッティ・キューの特徴は、「使えるカスタム」であること。
見た目だけ美しくて性能が伴わないのでプレーには使えないカスタム
キューというのは実はかなり多いのです。
モッティは違う。ランボウやバラブシュカやザンボッティのように
プレーにおいて最大級の本質を出そうとしてそれが実現できている
キューなんです。
日本刀で言ったら虎徹や山浦真雄(まさお)、現代ならば小林康宏の
ようなもの。つまり、キューとしての実力が備わっているのが当たり前
のことであるという作品です。
こうした高い実用性を備えるカスタムキューは実はかなり少ない。
ハイテクシャフトの登場により、キューの均質化が進んで、使えない
キューというものは無くなりましたが、オリジナルシャフトが主流の
時代には、確実に見かけ倒しのカスタムキューというものがとても
多かったのです。
近代技術で製作された貼り合わせ中空複合構造のハイテクシャフトが
如何に革命的か、ということがよく分かります。
ハイテクシャフトはあらゆる面でオリジナルソリッドシャフトを超えて
いますが、個性の無さというものまで得てしまいました。金太郎飴の
ような特徴になってしまったという。
しかし、ソリッドシャフトは「当たり」を引かない限り能力に限界が
ありますが、「当たり」に育てたシャフトはハイテクをも凌駕するのは
事実で、これを好む上級者も多くいます。
さらには、ハイテクシャフトとオリジナルソリッドの両方を持っていて、
両方楽しんでいるプレーヤーもいる。私などはそれね。個人的に好きな
ハイテクシャフトは初代314シャフトで、今は新品が手に入らないのが
とても残念です。

ハイテクシャフトには寿命がある、などとまことしやかに噂されてます
が、本当でしょうか。
私は、ハイテクシャフトといえども、自然素材の木材を使っている
限り、寿命はないと思います。オリジナルソリッドシャフトは30年前
のシャフトでも何の問題もなく使えますし、性能劣化はありません。
こういうところも日本刀と同じ。500年前の日本刀だから刀として機能
がないかというと、絶対にそれはない、という。
私はハイテクシャフトの寿命説の発信源はメーカーだと思っています。
どんどん新製品を矢継ぎ早に発表して消費させるのがハイテクシャフト
の市場戦略ですので、それのステマ作戦で生産者とそれの広告塔と
援護者が仕組んだキャンペーンだと読んでいます。
実際には17年前の撞き込んだ314シャフトでも何の問題もないし、性能
劣化は起きていません。

私個人はハイテクシャフトでは初代314が一番好きですが、ドンとした
人気ラインは期限を切って販売するからこそ次世代製品への購買欲が
担保されるので、生産者は同一モデルの継続生産販売はしないのです。
これは車とまったく同じ製造販売の市場戦略構造と同じです。
自動車でも、ミニやフィアット500のように同一モデルを長年製造販売
するのは極めて稀で、ベンツでさえ機種変更を繰り返してきています。
日本車などは数年ごと、バイクなどは1980年代には毎年新製品が
登場していました。
ビリヤードのハイテクシャフトというものは、こうした自動車の世界と
同じ産業構造にビリヤードアイテムを投げ入れたものであることは、
産業的な側面から見たら確実にそうであるといえます。

ところが、相手は木材という自然素材ですから、当たりのオリジナル
ソリッドシャフトはかなりの質性を備えています。ただ、それに当たる
確率が極度に低い。
その確率の低さを補うという面も持っているのがハイテクシャフトの
マクロ的な立ち位置といえます。
矢継ぎ早に良質製品を廃番にして新製品を売り込み続けるというメーカー
の姿勢を抜きにすれば、ハイテクシャフトそのものはとても優れた物
であることは否定できません。
ただ、ベンツでも500Eを好んで敢えて乗るファンがいるように、シャフト
についても、厳選されたカスタムキューのシャフトを好む人も多くいる
ことは確かです。オリジナルソリッドシャフトとハイテクシャフトを
単純比較してどちらが優れているかということは決して論じられる
事ではありません。どちらも柑橘類の果物ですが、レモンとミカンを
比較するようなものですので。
両者の選択肢の理由は絶対に一つ。好みです。それしかありません。

優れた特性を多く持つハイテクシャフトの最大の欠点は、登場当時、
供給性に継続した担保があるかと思われたところ、実は産業市場原理に
生産者が乗ったが故にその担保は破棄された、ということです。
つまり、良品が永続的に生産されず、次から次に新製品を出して他社との
差別化を図らざるを得ないと
いう商品構造にハイテクシャフトが置かれるように変質したということ。
これは、ハイテクシャフト自体には罪はない。良質な物も捨てられて
次の新製品に消費者をして手を出さしめるような仕掛けの中に優れた
ハイテクシャフト製品が置かれてしまっているというのが最大の欠点
です。

何故欠点かというと、「欲しいものが手に入らない」「手に入れさせ
ないで、生産者の意図する製品を自在に買わせる」という生産者支配の
商品原理が貫徹されているからです。
消費者は自由に製品を選んでいるかのように見えますが、実は生産者に
選択肢を支配されています。そこに選択の自由は保障されていないのです。
それがハイテクシャフトの最大の欠点。
オリジナルソリッドシャフトでは、そうした一部の者の支配的強制力は
一切存在しません。それがオリジナルソリッドシャフトの最大の魅力でも
あります。
性能自体の両者の単純比較はできません。これは前述の通りレモンと
ミカンだからです。

私個人は、人が人を支配するのではなく、人を支配するのは法と律だ
思っています。
故に物品購入の選択肢においても、見えない商業的な商品経済の構造
支配に規定されて真の自由を奪われるのを拒否するので、ハイテク
シャフトではなくオリジナルソリッドシャフトを敢えて選択している、
という精神的対処の面が強くあります。
端的に言うと、メーカーの商業主義的な販売戦略に乗せられてホイホイ
と新製品を買わせ続けさせられるのは拒否するよ、ということです。
アコースティックギターなどの世界はそれはないですね。
マーティンにしてもギブソンやギルドにしても、定番のスタンダードの
機種をラインナップしていて、流行追いをさせる新製品などを主軸には
置かずにきっちり本業勝負している。
私はそういうのが好きなんです。
寿司屋で売らんがなでラーメン置いたりサイドメニュー増やしたりという
のは好きになれないどころか否定するのよね。

ビリヤードの世界では今世紀初頭にハイテクシャフトが普及してから、
ゴルフ用品や釣り用品のような巨大市場を見込んだ商業主義、利益
第一主義が根を下ろしてしまい、完全にビリヤード界は変質しました。
まあ、シャフトに関しては、買う側も選ぶならば自由という、ぬるま湯
ではない危険な世界を選びたい、というのが私の中にあるのですが。
周囲に流されない自由というものは怖いんですよ。
バイクと同じで、止まって足を放すと倒れちゃうの。しかし、走り出すと
己が立つという。
それが自由。
最近、ここ10年程前からの産業界の「売り」は「安心・安全」と
「エコ」らしいのですが、それは商業主義的に儲かるから仕掛けられ
ているキャンペーンなのですけどね。
つまり、本質は流行り物である、ということです。

最近、ホンダが未来バイクとしてスタンドを使わなくとも倒れない二輪、
呼んだら二輪で立ってついてくるオートバイという車を開発したけど、
俺はそんなロボットには乗りたくない。
フリーダムには自己責任の危険が付き物、怪我と弁当自分持ち、ての
が当たり前だと思ってる20世紀人間だから、俺。


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旧友と今夜勝負

2017年04月20日 | スポーツ・武道など



昨夜も出張で居合稽古に行けず。
事務処理溜まり昨夜は帰還後にオフィスにて処理方、宿泊。
今から帰宅して風呂さ入って身なりをきちんとしてくる。
(現在の時刻0630)


今夜は久しぶりに撞球会のリーダーと撞球対決を約束した。
彼も社長業の仕事が激務で、もうかれこれ数年玉撞きをして
いない。最後に撞いたのが私が相手の4年程前ではなかろうか。
福山のジーボーで相撞きした。


今夜使うのはこれにしようかと思う。ボンビー大作戦の自作物(笑



必殺のこれを出すかな(笑)。一品物のオリジナル・キュー。



ハギとリングのみアダム粕谷氏の1986年製。シャフトは87年の
淡路亭。バットのスリーブとデルリンエンドは完全に私のデザ
インで職人さんが2006年に作ってくれたオリジナル製作物。
先角はバディーズ象牙からマエストロさん推奨のタイガーに
最近変更してみた。試験的に象牙の撞き通しにしたけど、5年程
で浮いてカシャカシャ音がしだして象牙先角はオシャカになった。
その前にも一度3年ほどで別象牙に交換していたから、やはり
結果としては突き通し構造は駄目だった。バディーズとのつきあい
は2003年からだったが、いろいろリペアマンと組んでテストして
みて、今後のオリジナル・キュー製作の方向性を見極めるために
仕様を絞り込もうという打ち合せだったが、肝心のリペアマンさん
が廃業してしまって宙ぶらりんになっていた。手つかずのまま騙し
騙し運用してみたが、やはり先角はネジ切り装着でないと駄目っす。
特にソリッド・オリジナル・シャフトの場合は。ハイテクは構造に
見合った装着方法でないとならないだろうけど。

いや、このオリジナル・ハカランダ・カスタムは今は糸巻きに
難があるから今夜はやめとこう。ほぼ使えない状態になっている。
地元の大坪さん
にTADタイプの色で巻き直してもらわないと(打診
してOKをもらってる)。

そういえば大坪の息子さん(業界通称「ジュニア」)はまた昨年
球聖位を獲ったみたいだ。
国内タイトルでは名人位と球聖位が二大ビッグタイトルだが、
息子さんは両方を何度も獲っている。
まあ、
なんというかビリヤード場経営と設置の仕事があるから
アマでいるだけで、息子さんの
腕は世界級だからなぁ・・・。
私は彼の撞球を見て心底驚いた。世の中突き抜けた人っているの
だなぁ、と。まるで世界GPライダーの走りを目の前で見た時の
ようだった。まじで、たまがったばい。本物の撞球師ね、彼は。
世界トップクラスの。
1996年の世界チャンピオンのラルフ・スーケーが来日した時、
本気勝負でジュニアにスボコに負けて、スキンヘッドの頭から
湯気出してた(笑)。
来日するたびに絶対に広島に寄ってジュニアと対戦するぞ、キーッ!
と年取ったスヌーピーみたいなドイツのおいさんはプリプリして
いたという実話エピソードあり。


だんだん御父上に似て来た。20年前の昔はアダモちゃん
ぽかった(^^;
この人が凄いのは、世界チャンピオンを負かす世界トップ
クラスの実力なのに、絶対に人に対して偉そう大将をぶっこ
かないところだ。常に紳士である(本物の)。実るほど頭を
垂れる稲穂かなという格言を地で行く人だ。武術に携わる者
たちあたりは見習うべき姿勢である。






この広島県代表の公式ビリヤード団体HPBCのユニフォーム
である小梅色のベストは、私はとても良い色だと思っていた
のだが、生地がもう無いとかで、最近黒に仕様変更になって
しまったらしい。
この艶のあるサテン地のような梅色の仕立物試合用ベストを
着用しているのは全国でも広島県代表選手団だけだった。
目立つし、落ち着いた和風の色合いで、私は個人的に大好きな
色だったが、今はただの黒になってしまい、とても残念である。
仮にこの先、再度仕様が変更になっても、近い色でと野球の
広島カープ色にするのだけは安易なのでやめてほしい(笑
この和色の小梅色が広島代表!のイメージだったのだから。


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撞球は球を打つのではなく撞く

2017年04月18日 | スポーツ・武道など



撞球は球を打つのではなく撞く


普通じゃない変な撞き方3連発。
業界用語「ネキ甘」の「出し下手」だとどんどん苦しくなって、こんな事しないと
ならなくなるという見本(笑)。

 ・7番マッセ横出し(ほぼ直線、手玉レール際のため、イングリッシュマッセ)
 ・8番芯押し(手玉・的玉の割れを防ぐ立てキューフォローショットによる押し)
 ・9番右横下ひねり空クッションヒッカケ(9番クッション密着90度対応ひねり)

ネキストをきちんと出せば断然楽であるのに、という典型例ですな(苦笑)。
シュート力は基本ですが、ポケットビリヤードの主軸は手玉を次に出す
ポジションプレーだということです。
的玉を入れながら手玉を次の目的場所まで動かす。ポッケのキモはこれ
に尽きる。

動画の最後の9番はこの図に近い配置(ただし手玉は近い)だ。
動画では激重のラシャが読み切れずに手玉が90度近い角度で止まって
しまった。
対処としては、イングリッシュ(ひねりのスピンのこと)でクッションに密着
した90度程の角度の的玉を落とすことができる。これは下の逆を入れる
ことによる手玉と的玉のスピン回転の物理現象を利用するのである。
映画『ハスラー』ではまったく別な配置の玉を落とすトリックショットが
オープニングの店での騙し玉として使われていたが、実は原作の小説
で「不可能なショット」「まぐれで入ったショット」として登場したのがこの
90度配置の玉である。クッションから先に入れて、強烈な逆ヒネリの
手玉のスピンで的玉に歯車回転を与えてクッションにくっついたまま
的玉が転がるようなショットを行なう。業界用語では通称「引っかけ玉」。
略して「ヒッカケ」と日本人の撞球師たちは呼んでいる。


「出来る訳ない。まぐれだ。できもしない馬鹿なショットはやめろ」
と小説『ハスラー』では相方に言わせて周りの観客をその気にさせ、
賭け金が上ったら「待ってました」と楽々と落としたシーンでの、いわ
ゆるハスラー撞きの玉である。

人を舐めたくそみたいなトロいセーフティで相手がこのような配置
にしてきたら
私は試合でも使って落として決めるが、簡単なショット
ではない。

事実、小説『ハスラー』では、観客全員がポケットは不可能と思い
込んで
騙された。技術があれば落とせる玉である。

43年前の解説書にも載ってます。私のバイブル(笑



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執筆辞退

2017年04月17日 | スポーツ・武道など



吾思うところあり、某専門誌からの連載執筆依頼を辞退す。
吾は名も無き一介の剣士にて、他にもっと適した武芸の先生、
刀剣研究者はいらっしゃる。
別新規格を某氏に提案。
今後はそれを隔月もしくは季毎に掲載の方向でまとまった
模様なり。


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新工法 ~斬り台~

2017年04月15日 | スポーツ・武道など



地元の友人が新工法で斬り台を作ったとのこと。
おお!これはがっしりしている。
やり方を訊いたら、金具でとめただけとのこと。
大丈夫か?!(^^;
友人曰く、問題なしとのこと。

あんまり倒れにくいと、刃筋が狂った時に刀を傷め易いからね。
切り台はあまりどっしりと倒れにく過ぎるのもよろしくない。
90年代に私らのグループの自主稽古で使っていた斬り台は、
下敷きより少し大きい(画板くらいの)板に角材を釘で打ちつけた
だけの物だった。切り方が悪いとすぐに倒れた。また、釘も緩み
易く、すぐに角材がぐらぐらになった。
そんな不安定な物を使って切り稽古をしていた。

友人が横斬りが上手く行かないというので、言葉だけでコツを
説明した。
とにかく、ゴルフや野球のようなスイング切りは絶対に×なのだ。
私は横斬りは居合の師匠からやり方をならった。
「こういう感じでこうやるのよ」と目の前で教えてもらった。
発想の転換というか、教えてもらったらすぐにできるようになった。
それほど、スイング振りとは全く別次元な体と刀の使い方をする。

これは私。簡単にスッポコポンと切れる。勢いや力任せやタイミング
を取るだけのスイングでは切れない。
刀術を使うのである。


畳表と刀が物理的に斬れないほど離れて見えるのは、それは
撮影アングルによる錯覚である。

こうした「すぐに出来るようになる」という部類は、コツとかポイント
とかに気付けばすぐにできるようになる。
ただし、完璧に出来るようになる=こなしきるという完成度を高める
ことやその技術の維持継続のためには、その良い状態を出せた時
をキープするために反復練習が絶対に必要不可欠である。これは
「絶体」である。
その反復練習そのものを否定する自称武術研究家もいるようだが、
私はそうした構造というものは技術系には存在しないと断言する。
見よう見真似がどんなに見せかけ上のみが上手くとも、最初から
高度な職人技を会得したかのような技法を発揮できる人間は地球上
には一人もいない。人間は努力によって技術を高度なものに高める
ことができる。

反復練習等を否定する人間は、人間の在り方そのものを否定する
ものであり、あたかも「神がかり的」なことを自分に備わっているかの
ように人をして欺罔せしめ、それにより集客して金員を得ようとして
いる者の典型的な言い分とやり口であり、私は一切そうした類を信用
することはしない。
だが、武術関係にはそのようなことを「売り物」にしている自営業が
実に多くいる。
すべてイカサマであると断言できる。
人類の努力を否定して、神がかり的な能力が自分に備わっている
かのようにふるまって人を騙す。
すべては人を騙して金を得るのが目的である。
つまり、詐欺であるのだ。

武術にしろ、スポーツにしろ、一般的技量よりも突出した技法を
体得している人々は、全員が人一倍努力をしている。
プロスポーツの選手などはそれが極端に顕著で、人が10やったら
20以上やって突出した技術を体得して、さらにそれを維持するため
に常に「練習」をしている。これはセンス才能の有無にかかわらず
その訓練をプロは常に自分に課している。
そういうことをしないと、人間というものは超高度な技術は継続的に
維持できないように、人間そのものが神によって造られているからだ。
反復練習という人の努力を否定する者は、人そのものを否定する
人間疎外の思想性の上に成り立つものであり、私はそうした非人間
的な概念や指向性は断固これを否定し、拒否するのである。
額(ぬか)に汗せず実る作物はなし。これに尽きる。
楽して超絶技法を欲しがるなどというのは、勘違いも甚だしいさもしい
心根なのである。


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重さの事

2017年04月11日 | スポーツ・武道など





レーシングバイクは、レギュレーションの規制の中で軽ければ

軽い程良い。車を軽くするのは1グラムでも軽くしたい。最終
的にはライダーの体重を絞って行く。私は50キロ台まで絞り
込んだ。現体重よりも23%も軽い。

一方、スポーツや武道・武術で使う道具についてはどうか。
これにはやはりレギュレーション等での重量制限があることも
あるが、その縛りがない分野でも、「適正重量」というものが
ある。
日本刀などは重量がある刀は大切れがするが、かといって、
1刀5キログラムの刀身などは振ることはできない。
私個人の片手抜き打ちおよび片手操法で使用できる日本刀の重量
は1200グラムが限界であると自分では知っている。
1050グラム程のセッティングがベストだ。

http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/1c/5708a814ab5a8b19e18e339caef23f49.jpg

居合専用では950グラムほどにしている。どちらかというと軽めだ。
(しかし、一部試合用では鞘払いで800グラムを切るような刀身単体
で500グラムほどの貼極深樋彫りの「真剣」が世間では使用されて
いるという現実がある。竹刀と同じような重さの「真剣」が現在
居合道の試合の世界では大流行だ。ただし、その刀で刃一切物は切れ
ないし、戦闘に使える日本刀ではない。体操のようなカタチ演踊を
するための道具であり、日本刀の機能は有していない。そういうのを
使って試合で旗が挙がることを狙うことは私は武術の修練ではないと
確信しているので、そのような日本刀は私は所持しない)

居合のみならず、剣術においても「桐の木刀で稽古せよ」という教え
がある。
これは軽い刀を使うのは非常に難しいことを伴うからだ。
その極端な例が、木製ツナギを刀身として拵えに完全装着して振って
みるといい。手筋が悪いと、刀身が左右にぶれて振れず、またピタリと
止める技においては、刀身がスッと音も無く停止するのが困難で
左右上下に切先が揺れてしまう。
この超計量刀身を思い切り振って、刀線や刃筋を狂わせず、かつピタリ
と微動だにさせずに止められるようになるのが本当の運刀の手筋であり、
これはなかなかできることではない。
私はできる。自慢ではなくできるのでできると言う。できないことは
できない。できることはできる。ただそれだけのこと。剣友の多くは
できない。重い刀で実は刀身ブレの余計な力が入っているのに、重い刀
しか振った事がないので自己感知ができていないのだ。
よ~しそれならばと、木製刀身ではなく、竹を削って見事に作って来た
剣友がいた。よし!と道場の仲間で振ってみたが、誰一人振って止めて
揺れない者はいなかった。
これは、それはそうなのだ。竹製刀身自体が、横にしただけでベナ~ン
としなる刀身だったのである。これでは天上天下誰が振ってもゆらさず
に止めることなどは物理的に不可能である。自重でベローンと曲がる
くらいの柔らかさなので。
そのような物を使ってもバロメーターにはならない。
やはり、運刀のブレや余計な力が入っていないかを自己確認(他者確認
も含める)するには、木製刀身での素振りと形(かた)演武が一番で
ある。
「桐の木刀で稽古せよ」という古伝の教えは多くの意味を含むが、この
刀線・刃筋・刃波の態様を感知して自覚するためにも非常に意味がある。

一方、ビリヤードのキューの場合はどうか。
私の場合、かなり重いキューを使っている。
一般的に最近の傾向としては、非常に軽いキューを使う傾向が流行だ。
18オンス台のみならず17オンス台の人もいる。
昔のキューは総体としては重かった。20オンスを超えるキューはザラ
だった。プールキューの標準は長年19.5オンスと言われてきたのだが、
20オンス超えはかなり重い部類に入った。
1オンスは28.3495グラムであり、19.5オンスは約553グラムとなる。
概算を以下に示す。

17.5オンス = 約496グラム
18.0オンス = 約510グラム
18.5オンス = 約524グラム
19.0オンス = 約539グラム
19.5オンス = 約553グラム
20.0オンス = 約567グラム
20.5オンス = 約581グラム
21.0オンス = 約595グラム

ビリヤードという種目は、非常に繊細なタッチでキューを撞くので、
ほんの0.5ミリ撞き点がずれただけでミスショットとなることもある。
キューの重みは、0.25オンス=7グラム違ったら大きく感触が変わって
しまうのである。
それはそうだ。7グラムといったら丁度500円玉一枚の重さである。
500円玉1枚あるとないとでは、重量はかなり違う。モーターサイクルの
レーシングマシンなどでも10グラム違ったらとんでもない重量差となる。

さらに、長物にはバランスというものが付いてまわる。
これは日本刀もまったく同様で、多少重くともバランスがよければ
体感重量は軽く感じる。
こうしたことは、「バランスポイントがどこか」という物理的な計測
だけでは判断できないし、そうした「体感の軽さ」を数値化するのは
不可能なのである。
刀の場合ならば振り下ろした時の感触と抜き打ちでの感触は異なるし、
ビリヤードのキューでもシュートのストロークでの感触は数値的な
バランスポイントだけではないテーパーという別な要素も感触に影響を
及ぼす。

ただ、そうした細かいファクターを決定づける事を凌駕する総合的な
最重要要素は「重量」なのである。これは日本刀もキューも同じだ。
ほんのわずかな重量の違いで大きく感覚は異なる。そして、そのことは
とりもなおさず、動体性能が変化してくるということにもなるのだ。
理由は、「使うのは人間であるから」である。

私自身は結構重めのキューを使う。最近の流行は軽いキューで振りの
速度を速めて切れを出すのが流行だが、私は重いキューで同様のキュー
スピードを出す。
刀の振り速度も、私はかなり速いほうだと思う。
武蔵などはゆっくり切れと教えるが、あれは別なことを言ってるのだと
思う。刀身の動く物理的な速度は私は速い。それでぶれずによく切って
いる。運刀の軌跡が正確性を確保しているから速い運刀で切れるのだろう。
なぜ速くするか。それは対人戦闘であるからだ。能のような動きでは
まず確実にこちらがやられてしまう。剣術での教義等は身体動作や行為の
動きの基本教義であり、実際にはかなり互いに速く動き合う。これは
日本刀でなくとも、似たような得物を手に、敵中に突入して獅子奮迅の
働きをした場合顕著に顕れる。これは事実だ。

キューの場合、「キュー切れが良い玉」を撞くには、キュースピードを
上げる他は無い。絶対にない。撞点は中心に近い程キューからの力が
外に逃げないので、手玉はいわゆる「切れる玉」となる動きをする。
その際にも、本当は重いキューで軽いキューと同速度を出したほうが
物理法則として大きな力を手玉に与えることができる。
エフレン・レイアスは20オンス超のキューを使うが、私も20オンス超え
のキューを常用するし、カスタムラインのキューはそれよりはやや軽め
の19.75オンスラインとなっている。

20オンス超えの私のオリジナルキュー。(一般には売ってない)




マイ・フェイバリット。オレンジ色のニクいやつ!(というのは首都圏人
しか意味が判らないことでしょう)

だが、こちらの自作キューについては、重さはヒロミGO!にしてある。
555グラムの19.577オンス。グラム目でヒロミGOで勢いが良く、オンス目
で勝負玉=ジャパ~ンの点玉目で語呂が
縁起が良いからこの重さにした。
勝負師のゲン担ぎなんてそんなもん(笑)。



ただですね・・・。
ビリヤードの場合、例えばポケット・ビリヤードだとボールの
重さ規定があるのですが、かなり幅があるのですよね、これが。
ポケットのボールは、大きさが直径56.5mm~57.2mmであり、
重さが165g~175gと公式協議規定では定められている。
なぜこうかというと、ビリヤードのボールは、使っているうちに
摩擦でどんどんすり減って小さくなるんです。たった0.7ミリ
だけ小さくなったのに10グラムも減るのか?というと、それは
精密には作ってあるけど、製造誤差も見越してのゆとり幅をもって
いるのでしょう。

ただし、材質の硬度も本来は規定があるのだけど、最近登場して
全米公式戦と日本のプロ公式戦の制定ボールとなった「サイクロップ
ボール」については、明らかに反発係数が従来のアラミスやブランズ
ウイックとは異なると感じる。当然走り方も異なる。
弾けずに鈍重な動きになる傾向を感じるが、私は新旧どちらのボール
でもいい。(好みで言ったら新ボールのほうが私には合う)

スポーツ用具や武具の重量というものは、それが得物という手にして
振る物である限り、重量というものはかなり重要な要素となることは
間違いない。


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真央ちゃん引退

2017年04月11日 | スポーツ・武道など


小さい頃から応援してきたスポーツ選手が引退するというのは、
やはり時の流れを感じる。
引退の二字を目にするたび寂寞感を感じるが、スポーツ選手は選手生命
が短いので致し方ない。
てか、真央ちゃん、日本語が変(≧∇≦)
「選手として終える」とは、選手のまま何を終えるの?

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帯刀姿勢 ~まえはん~

2017年04月10日 | スポーツ・武道など



昨日の私の師匠の帯刀姿勢。
完全に前半の鶺鴒差し。別名水流しの帯刀姿勢。
これが私が直伝された手本であった。
平成29年4月9日の師。
私が習った無双直伝英信流の帯刀姿勢はこれである。
水平に近い閂ぎみの鶺鴒差し(水流し)にて前半(まえはん)。
前半は三尺刀を差したら柄がとんでもなく前に出てしまうが(^^;
一応、私の流派の定寸は二尺三寸一分とされているのでそれほど
柄が前には出ない。

こうした流派の所作事は他流においてはどうであるかも知っておく
必要がある。
流派によっては「閂差しは柄を敵に取られるからやらない」という
流派もあったりする。
また、閂差しや鶺鴒を基本とする流派であっても、いつもいつでも
杓子定規に閂差しにすればよいというものではない。
例えば全剣連を学ぶ者たちにおいて、全剣連制定居合教本記載に閂差し
を示して帯刀姿勢を「水平近くに差し」とあるからと、閂差しの帯刀法
のままで、講習会などで人が密集した隊形で講師の先生のそばに集まろ
うとする不心得者の多いこと、多いこと。あちこちで鞘当てが発生して
いる。不心得者大量発生で、そこら中で鞘当てが起こり、鞘の当ては
起きるが目もあてられない。
どうしてそうも頭が固いというか、私と同段者くらいの人たち皆さん
武家作法に疎いのか。公開講習会受講でそれは・・・あかんやろとか
思ったりもする。
そもそも邸内室内で大刀帯刀はまずないのであり、あくまで練習の決め
事として大刀一刀を屋内で帯びて正座をしているのだが、それを抜きと
しても刀の扱いと礼儀を知らな過ぎる。(屋内で差しているのがおか
しいのであるから最初から何か変なのではあるのだが、とりあえず、
そういう歴史考証的原則論は置いといて、刀を真っ平らに差したまま
人が密集して来て、あちこちで刀の柄や鞘がガチャガチャ当たっている
状態というのはどう思います?いくら何でも不心得すぎでしょう)
人が寄る場面にあっては、刀は落とし差しにするのである。これは武士
の作法として当たり前の常識だ。理由は二つ。鞘当て無礼の回避と、
自柄を人に握られ抜かれたりするのを回避することにある。
全剣連の制定居合について学ぶよりも、まず刀を帯びた者がどう振舞う
べきかの有職故実を学んだほうがよいように思われるシーンが結構ある。
さすがに刀を跨ぐ人は全剣連居合道部では見かけないが、作法は知って
おいたほうがいい。(全剣連でも剣道の部では、竹刀を跨いだりする
剣士や父兄は大勢います。竹のであるという認識がないのでしょう)

正座帯刀姿勢。


師匠87歳。
昨日の居合を拝見するに、
50歳代の時の居合とは違うが、自分が
87歳であの居合が
抜けるかなと思うと、まず全くてんで抜けない
ように思える。

というか、87歳まで息災でいて、居合を抜くなどということ自体
が不可能なのではなかろうか、と。

今の師の年齢を私に照らすとあと31年後ということである。
私は生きてさえいないのではなかろうか。


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小太刀

2017年04月10日 | スポーツ・武道など



私の自作小太刀木刀である。
長さは伸ばした腕の脇の下に当てて丁度中指の付け根
までの長さ。非常に使い易い。

30年の経年変化で真っ白だった白樫がこの色である。




私ね、思うのですけど、剣術の核となる要諦は実は片手操法であり、
その
中でも小太刀操刀法にこそ原初的な剣術技法のコアがあるよう
に思える
のですよね。
間違ってるかどうかは分からないけど、なんとなく自分の経験上、
そんな気がするだけのことなんですが。

この小太刀木刀は実に多くの剣術稽古で使用しました。もう満身創痍の
木刀くん。あちこちに刃引き真剣や模擬刀や木刀の打ち込み創がある。
これが真っ白の白樫だったなんて。煙草のヤニじゃないよ(笑)。


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マイク・シーゲル

2017年04月10日 | スポーツ・武道など



Top pro pool player angrily shatters his cue



14.1(フォーティーン・ワン)ラック・コンティニューという
プールの最難関種目において、映画『ハスラー』でのミネソタ
ファッツのような信じ難いスーパーショットをする帝王マイク・
シーゲル。
そのショットで手玉がスクラッチしてしまい、自分の失敗に
腹を立てて、自作キューを折ってしまっている。

ビリ玉をやる人間でマイク・シーゲルを知らないのはモグリだ。
野球をやる人間がベーブ・ルースを知らないようなもの。
マイクシーゲルは1952年ニューヨーク生まれで、「帝王」と
呼ばれている。
WIKIによると以下。
「13歳でポケットビリヤードを始め、トーナメント出場1年目の
20歳でUSオープン優勝を果たす。その後は世界を代表するトップ
プレーヤーの一人として活躍し、10回の世界選手権や6度のUS
オープン優勝を含め、105のタイトルを獲得している。1994年に
トーナメントから引退し、自身の経験をもとにキューの製作に
専念するが、その後も招待を受けたいくつかのトーナメントで
優勝している。」

彼は右利きであるのだが、子どもの時に初めてプールをやる時に
なぜか左手でキューを構えたので、以降そのまま左で撞いて来た
という変わった経歴を持っていた。
史上最年少の35才でビリヤード電動入りを果たし、不世出の名人
で15回も世界チャンピオンになったウイリー・モスコーニや天才
エフレン・レイアスを押さえて業界人が選ぶ「20世紀最大の偉人」
に選出されている。
彼は「キャプテン・フック」と呼ばれ、また、「帝王」とも呼ばれた。


私は、まるで西部劇に出てくるサロンで凄腕を誇る悪役ギャンブラー
のガンマンのような彼の風貌が好きである。いかにもアメリカぽい。


撞き方はトン撞き系で好きではないし、私は彼のような撞き方
ではなく、どちらかというとエフレン・レイアス系の撞き方で
あるのだが、シーゲルのプレーは見ていて気持ちがよい。
軽快な早撞きだからだ。

ただ、史上最強の世界王者である彼なのだが、日本の場合、範士
八段のような人間が自分の失敗に激昂して人前で物にあたったり
したら
人格が疑われる。
米国ではどうなのだろうか。

まあ、トランプのような超えげつない下品な発言を繰り返す者が
大統領になる程度なのだから、米国人のセンスはどうなっている
かとも思うのであるが・・・(^^;
メジャーリーグでも、ガム食いながらプレーとかは当たり前で、
それどころか噛みタバコをクチャクチャやってベッと唾をバッター
ボックスで吐いたりしてるのが普通に行なわれている。
先日、撞球場に行ったら、中国人が来て、人が座る椅子に靴の底
載せていて、私と同行した外国人の友人が「あれ、かなりよくない
よな。なんだよ、あれ」
と指摘していたが、友人は軍人上がりなの
で礼儀が人一倍正しいだけ
であって、現実的には中国人や米国人に
日本感覚でのマナーを期待
するほうがどうかしているとは私は思う。
そして、
米国語なんて日本語のようなパターンの敬語なんてのも
無いのだから、対話においても、くそ
生意気な若造や無礼者大集合
だ。

映画『ハスラー2』でのトム・クルーズ演じるビンセントなどは
頭の弱い自己中心のクズ野郎だったし、そのビンセントに劇中で
絡む4名の賭け玉師たちもとことんカス野郎だった。
(ただ、これは国の如何を問わず、あの映画で描かれていた連中は
失礼無礼千番の最低人種たちばかりだったと思う)


ま、そんなもんだろ。
外人に日本的な礼儀やマナーを期待するほうがお門違いだ。
今の日本人は、欧米化しすぎて、礼儀知らずが非常に多い。
居合の高段者でさえ、会話の中で年上や立場上自分より上の者に
対して「なるほど」などと言ったりする。
どれほど無礼非礼な発言であるかをわきまえていない。居合がただ
段位が高いだけで、人格としては高くない。
日本人とてそんなもんだ。剣道や居合道の高段者でも、日本人として
大切な日本的礼儀や作法を疎んじるヤカラはとんでもなく大勢いるの
である。

プール界の帝王マイク・シーゲルは、選手を引退してからはキュー
職人としてカスタム・キューを作っている。プロディースではない。
自分で旋盤を回して自分で体を動かしてキューを作っているのだ。
マイクほどの選手でキューを作る職人さんになった人を私は知らない。


マイク・シーゲルの作品で撞かせてもらったことがある。
う~ん。多分、彼が長年スポンサードを受けて使っていた
ダン・ジェーンズが作ったJossキューとはかなり違うと
思えた。ソリッド感を第一義にしているキューに思えたのだ。
ソリッドではあるが、コグノセンティのように硬質な感じは
しない。どちらかというと1992年以降のTAD=小原直(こはら
ただち)のキューの打感に近い。弾力があってしなやかなのに
芯が通っているような独特の感覚がある。
これはマイクのキューがフォアはすべてインレイ主体で一本木
での造りを主要な工法にしていることとも関係が少なからず
あるように思える。
かなり良いな、これは欲しいな、と思えた。1本約70万円。
でもその金額を出すのならば、私ならばTADコハラのキューを
買っただろう。
撞いていて「どこかで出会っている」と思っていたが、思い
出したら、ロバート・ランデのキューの撞き味がシーゲル・キュー
とそっくりだった。(私が撞いた個体は)

押し出しの強い帝王は「どうかね、諸君。これが私のキューである」
という感じで自作キューをあちこちで自己PRで薦めている。
確かに性能としては優れたキューであると思う。
ところで、ここで大阪弁にすると一気に雰囲気が変わる感じがする。
「どやねん、あんさんら。これがわいのキューやで」
となると、帝王という感じが一気に無くなり、「ナニワの大将、シゲ
やん」になってまう。

このシャフトにテンションをかけるナインボールでのブレイク方法は
シーゲルが1970年代から行なっていた方法だ。だが、私はこれを87
年にやって、試合中にアダムのキューを折ってしまった。シャフトは
上に挙げた動画でも分かるようにすぐに折れるので注意が必要だ。
私の知り合いはプレー後におしぼりで縦にこすっている時に角度を
誤ってバッキーンと折ってしまった。


ビリヤードで使うキューの性能はシャフト材が大きなファクター
となるが、バットとの構造的な兼ね合いもとても大切だ。
私自身は日本刀にもキューにも徹底的にこだわりたいが、実際の
ところは、どの刀を使っても勝てる(って本物の斬り合いは不可
だが)、どのキュー=ハウスキューだろうと勝てる、というのが
本物の実力なのではと思っている。
己の差し料にはとことんこだわるが、それなくば勝てぬというのは
別な次元の事。
物頼りの思考法は弱い者の思考法だ、ということは、宮本武蔵先生

の言う通りだと私は思っている。


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立ち切り稽古

2017年04月09日 | スポーツ・武道など



剣道には「立きり稽古」というものがあった。
血の小便が出るまで稽古をぶっ通しで続けることだが、現在は
スポーツ医学の観点からも行なわれていない。
軍事組織の特殊部隊の訓練においても、同様の訓練が実行され、
広島県呉市にある海自特殊部隊では死亡者が出てしまった。
それほど続行訓練は肉体的な危険を伴う。

ビリヤードの場合も、超長時間の稽古は、ただ身体披露を得るのみ
となる危険があるが、耐久レースのような稽古も必要ではある。
それは、「集中力の持続」ということを鍛えるためにはもってこいだ。

昨夜から今朝にかけては、剣道の立ち切り稽古のように、10時間
ぶっ通しで撞いた。
寝る時間を削って撞くのである。稽古後に2時間ほど睡眠は取った。
朝は朝日を浴びてシャッキリと目覚める。

15歳の少年は「こんなに長く撞いたのは生まれて初めてだ」との
ことだったが、長時間をも撞き抜くことはとても大切なことだ。
10時間連続撞きなどは、私はちょくちょくあった。
一度、あるプールホールの店舗で「20時間撞きスタンプでキューを
プレゼント」というものがあり、私と友人は二人そろってのべ2日で
クリアし、即キューを貰った。店長の某プロは苦笑いしていた。
私が貰ったキューは、2色べニア入り本ハギ4剣のしっかりしたキュー
だった。

こういうことは大切なのである。
一日500本居合を抜くと決めたら、睡眠を削ってでもそれをやり通す
のである。少なくとも私は実際にやって来た。
あの世界の王選手だって、過酷な「千本ノック」や、真剣日本刀による
真剣切りをやり遂げて初めて「世界の王」たれたのである。
練習もせずに上手くなるはずがないし、練習もしようとしないのに上手
くなりたいと思う時点で心得違いをしている。
そういうのは「楽してダイエット」というのを夢想する自己管理できない
デブと同じで、空想と世の中の現実は手を結ばないのである。

ビリヤードにおいても、そうしたことを初期の段階でやり抜き、ポケット
ビリヤードのナインボールでの1.6穴の渋台での初めてのマスワリは、
私はポケットを始めてから2ヶ月で出た。短期集中強化訓練でそれは
完遂され実行された。自分で組んだカリキュラムをギッチギチにこなし
た結果、実力は後からついてくるのである。

私の最長は28時間連続撞きだが、ただダラダラと撞くのではなく、
一球たりとも気を抜かずに撞く。これが大切なのだ。

武術や剣術でも、反復稽古全般を否定する人もいるようだが、私は

それを完全に否定する。
技術獲得を要する訓練には、
「必要な反復稽古」と「効果が薄い反復
稽古」というものがあり、後者
を捨象することは必要だが、効果的な
訓練を行なう練習を繰り返し
体得するまで反復することまで否定して
いては技術を要する運動系
の種目ではモノにならないのである。
こんなことは小学生でも解ることだ。お習字だって、何度も何度も
繰り返し練習をしなければ上手くはならない。努力なくして楽に巧く
なる物事など世の中には存在しない。

ただ、自称古流武術や剣術をやっている人間たちというのは、現実
的な事柄とは乖離した脳内妄想が激しいのが多くてね(苦笑)。
全く実力が
不存在なのに「自分は達人」と思い込んだり、流派の宗家
を勝手に
名乗り出したりする。武術・剣術として一切本当の実力が不
存在で
あるのに達人気取りで人に教えたりする。
世の中、これほど、げに恥ずかしきことはない。

高校1年生の撞球男子は、この特設会場で試合できることを夢みて
日々稽古に励んでいる。


私の手持ちのブレイクキューと本革キューケースを15歳の彼にあげた。
撞球者から撞球者へ。これは剣士から剣士へと同じ筋道だ。帯刀せぬ
者に刀を贈り、撞球せぬ者にキューを贈るが如き愚は犯さない。
こうしたことは、斯界に身を置く士同士でしか執り行われない。
つまり、同じ地平に立つ者同士でのみ相通じる事柄なのである。
心の在りかを互いに理解し合う者同士でしか、こうしたことは実行されない。
剣士が剣士に日本刀を進呈したり、撞球者が撞球者にキューを進呈した
りすることを指して、「そんな高価なものを?どうかしている」と寸毫たりとも
心に浮かぶ人間は、斯界には身を置いていないのである。
だが、そうした者たちは、自分では俗界の金員に心が支配されている俗人
であるとは自覚していない。
私は、そうした層には興味がないのである。


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達人・名人の上を行く超人

2017年04月06日 | スポーツ・武道など

三船十段


何度見ても凄すぎる。
本当の突き抜けた人。
百年に一人出るか出ないか。


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超絶弓術

2017年04月06日 | スポーツ・武道など

【弓術】弓って連射できる武器じゃないよね。。。
もののけ姫でも見たあのワザ[神業]


矢を文字通り矢つぎ早に放つこの人と戦うには
どのようにしたらよいか。矢を射ってもそれを
手で取り即座に射返してくる。
まるで手裏剣の連続打ちのようなこの達人と対峙
しての勝負となったら、さて、どのようにすれば
よいのか・・・。
「(古流)武術者」の君、君ならどうする?



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