渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

柳生新陰流兵法

2017年01月17日 | スポーツ・武道など

Yagyu Shinkage Ryū Heihō



前半の閂差しにおいらは胸キュン♪
私が師匠と大師匠から習った本来の差し方はこれだった。
「本来は」という前置き説明があり、古流居合以外の別場所で
この差し方をしたらあらぬ批判を受けたりすることもある。
師匠も場所を選んで、このような差し方をしないことも多い。
そもそも一刀差しの場合は前半の意味もない。これ然り。
また、決められた様式の場所では決められた通りにする。これ
また然り。それを崩してはいけない。
しかし、本来の武士の大小差しでは見紛うことなく大刀はこれ
である。前に左身半分の前半、そして閂差し。武家の主家に
随行する侍士の正式行列などはこれですね。
記録は残っていませんが、たぶんうちの松平安芸守家中でも
侍はこのように刀を差したのでは。
土佐英信流の場合は、この形をよく残し、一刀差しにおいても
ここまでは鞘出し(脇差との干渉を避けるために出す)はせず、
左身半分の形は残しています。帯刀した時に柄頭が体の中央より
右にはこないとする英信流の鉄則がそれ。

こちらの演武は尾張中納言様御指南番の柳生の剣。

勉強になるこの動画、BGMは無いほうがいいように
思えます~(^^;
すみません、差しでがましいこと言って。(音声オフにしろよ
自分で>俺)


私の友人は、この先生に憧れて、ご家族と共に新陰流を
学びたいとのことだそうです。
イイネ!
習うのならば、ぜひとも本物を。


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斬り稽古の注意点

2017年01月16日 | スポーツ・武道など



抜刀道系の畳表斬りにおいての想定はよく知らないが、私が
居合剣法として斬術稽古する場合には、畳表では実際の剣戟
とは
異なる物理的限界を感じている。
それは、畳表は人体よりも細いということだ。
なので、体の中心線に畳表を置いた場合、あるいは自分の位置
取りをしてからの袈裟切りの場合、実際の
対人斬撃とは袈裟斬り
下ろしあるいは逆袈裟の入刀
位置と切り代の長さがまるで異なる、
という畳表や
巻き藁の限界性がある。

ではどうするか。少しでも実質的なことに近付けるには。
それは自分の立ち位置を意図的にずらすのである。ずらして、
実質的な対人斬撃と同じ入刀位置を取るのだ。



この畳表切りの物理的な致し方ない限界性については、私は
全剣連居合道初段の
頃から気づいていた。
居合というものは、結構そのあたりを厳密に設定している。
敵の人体のどこにどのように切りつけるかということを。
居合刀法で実際に畳表の斬り稽古を行なおうとした時に、「あれ?
これ、これだと実際は違うじゃない」とすぐに気がついた。どうする
か暫く呆然としながらも思案した。

最初から試斬ありき物切りありきの畳表切りから入っていたら、
この畳表の限界性に気づかなかったことだろう。

ただ、畳表が切断できたかできないか、等のレベルで思考がそれ
以上開かなかったことだろうと思う。

だが、居合の刀術は畳表試斬の限界性を即座に教えてくれた。

鞘内に刀を納めた段階で畳表に対峙した時点で切りつける
場所は
定める。だが、本当は居合などはそういうことはしない。

最初から抜き打ち場所ありきではなく、敵に対し臨機応変に居て
合わせるのが居合だからだ。

そこで、仮想的を浮かばせて、自由斬術稽古にしてみると、ますます
異なる。それはそうだ。人体ではないのだから。

なので、私は自分の立ち位置を可変的に取ることで、予め位置決め
斬撃とはなってしまうが、体の中心線に畳表を置く
ことはなるべく
しないようにしている。対人斬撃の場合は、

敵の人体の真ん中あたりから突然刀が入刀していくことなどあり得
ないからだ。

こうした物理現象は、横水平切りの時に極端に発生する。
だが、工夫すれば実際の剣戟の状況に少しは近づく。


こうした一連の考察は、多摩至誠館道場の斬術稽古の過程において
思考展開をしたのである。



※この記事内容はあくまで私自身の刀法についてのことです。
 他の流派・連盟・個人のことは、一切関知しません。



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切り下ろしの初動

2017年01月16日 | スポーツ・武道など



私の師伝の直伝英信流では、このような切り下ろしの初動動作は
一切しない。(あくまで大江正路直門の無双直伝英信流皆伝者
山本晴介弟子である私の師伝の切り下ろし)
また、中山博道先生もこの図のような切り下ろし方は、居合で
あろうと、試斬であろうと一切していない。それは残された映像
動画を観れば即断できる。この図のようなことは全くしていない。


理由はこれでは遠心力頼りの振り
になるからだ。
柄頭で敵の頭を叩く心持ちにて、柄から動き始め、
肘をパンタグラフ(これは徹底的に厳しく言われた)
のようによく伸ばして敵の頭上に刀を放り投げるよう
にして刀勢を乗せ、そして真下に切り下ろすつもりで
敵の脳天を切り下ろす。

真円運動だと刀の力は切先からどんどん外に逃げて行く。
定常円旋回の区間は極力短くして、ベクトルを一気に
切り下ろす「下ろし」につなげていく。定常旋回では
陸上競技のハンマー投げのような物理特性が働き、力
が遠心力で外に逃げよう逃げようとするからだ。
日本刀の刀法の切り下ろしでは、ゴリアテの投石のよう
な方法は使わない。それは手りゅう弾を投げるような
遠心力頼りの使い方であり、刀の切り下ろしにおいては、
野球の投手の背筋・肩甲骨・肩・肘・腕・手首に非常に
よく似た運動
様式になる。それゆえ、非常に勢いのある
トルクの乗った
切り下ろしが可能になるのだ。
野球の投手がハンマー投げや手りゅう弾投擲のような
運動軌跡で身体を使った場合、150km/hの速球も変化球
も投げられる筈がない。刀の使い方も同じである。

では実際にこの図のような切り方で何かを切ってみよう。
ポコンと跳ね返るだけだ。
それは何故か。
刀法の理にかなっていないからだ。


古人(いにしえびと)は私たちに言い伝えを残している。
「切り下ろし」であると。
「切り下ろし」は「切り下ろし」であり、「切り回し」では
ないのだ


古の教えに学べ。
居合道歌にはある。
  先人が尋ねし跡を踏みしめて  掟を守り道に従え




※記事内容はあくまで師伝系の当流のことです。他の流派・連盟・個人
 のことは関知しません。


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師匠のことと斬り稽古

2017年01月16日 | スポーツ・武道など



私の斬術の事始めは英信流だった。英信流刀法で斬った。(厳密
には剣道時代の1960年代後半が斬り始め。小学生の頃から
斬っていた。中学時も相当斬った。かれこれ50年程斬って
いるが、未だ熟さず。つまり求める内的指標には未達である)
居合を始めてからの1990年代初期においては、初めから存分に
切れた。
刀の良し悪しではない。刃引きでさえ切れているという現実が
あったからだ。師匠と師匠の師匠(大師匠)から厳しく躾け
られた柄手と振りをそのままやったら、最初から大切れした。
師匠と大師匠の正しい刀術伝授に心から感謝している。


その後、もっと刀術そのものに特化精通している方にも習いたいと

思った。事の優劣は流派を超える。できるできないについては
流派は一切関係が無い。流派拘泥こそが真(まこと)を求める障壁に
なると私は考えていた。

たまたま私をかわいがってくれている刀工康宏の工房で
刀工修行している店舗をまかされた番頭さんが武術家の
林邦史郎先生が総師範を任じている全日本刀道連盟の理事
だった。その縁で、刀道連盟にて刀道の刀法を林先生に直
に教えて頂く機会を得て、平成初期には大いに稽古に参加
した。
林先生とは個人的にも昵懇となり、夜遅くまで一緒に飲み歩いた
り(林先生は飲まないが)ご自宅にも泊めて頂いたりもした。
ご自宅の地下にある武劇道場でも稽古させてくださったりも
した。

また、実際に真剣斬刀法について直接指導を受けたのは、
横須賀の先生で、中村泰三郎先生のお弟子筋の方だった。
康宏作の試刀家でもあった小幡氏と同系の門の先生だ。


斬術稽古の主な稽古場所はこの多摩の至誠館だった。


やがてかねてより英信流仲間で行なっていた自習稽古を先輩
の自宅裏で頻繁にやるようになった。これはもう物凄い
数を
こなすような稽古だった。畳表は一畳巻き三時間漬けが
基本
である。最長でも2晩漬け程度だった。数時間漬けは自宅浴槽
でも行なえた。都内の自宅マンション(一階庭付)でも斬稽古
をした。

(都内自宅前での刃引き刀による斬稽古)


先輩の自宅裏での稽古は一人あたり50畳から70畳を一回の
稽古で切った。
太刀数は巻き1本につき3〜5太刀である。斬稽古のない日は
居合の抜き差し切りおろしを日に500本ほどやっていたので、
斬稽古は苦にはならなかった。
ただの反復ではなく(時にはそれも必要)、常にどうやれば
どうだろうということを考察しながら行うので、苦行とは
感じなかった。どんどん見えてくるものが、まるで海綿が
海水ではなく汽水域を超えて澄んだ河川の真水を吸い込む
ように膨らんで行った。流派や段位などに拘泥して安寧を
貪るような事柄とは別な真の世界が真剣刀法を学ぶことに
よって見開かれて行った。

その自主稽古会には全剣連範士八段の居合の師匠も本人希望
で参加するようになった。
以前から師匠の道場では斬り稽古も定期的に行なっており、
居合の形稽古と併用して車の両輪のように実践的斬り稽古
刀法の習いとして励行されていた。

そして、師匠はやがて林師範が指導する全日本刀道連盟の主道場
でもある多摩至誠館
での稽古にも参加するようになった。
全日本刀道連盟と日本抜刀道連盟が産声を上げて間もない頃だ。
日本抜刀道連盟設立には全日本剣道連盟剣道範士九段、全剣連
居合道範士(夢想神伝流)の中倉清先生も深く関与し、後に日本
抜刀道連盟の抜刀道制定形を制定している。私の全剣連居合道の
三段までの免状は、中倉清先生署名で東京都剣道連盟から授与
されたものだ。


それ以外にも神奈川県でのつきあいで、ほうぼうの斬系の
団体
から招かれて、私の師匠は英信流居合の公開演武をしたり、私
ども
門下生を率いて試斬大会などにも参加したりした。
また、全剣連所属連盟主催では、東京には居合道多摩聖(ひじり)
大会というのがあった。
そこでは、全剣連審判規則に基づく試合が行われる約500名位
が参加する関東のローカルながら人気のある居合道の試合が
開催されていた。
その多摩聖大会では、居合の試合とは別に、希望者の自主参加に
よる畳表試斬の公開演武があった。
それに私の師匠である範士八段は私たちを率いてよく参加した。
私も全剣連制定居合九本目の技で畳表一畳巻きを制定形通りに
切ったり突いたりする演武を行なった。
また師匠は操刀法の一つとして、回し(通称まくり)で連続斬り
なども公開して
いた。私は回しはやらずに、左右袈裟、左右逆袈裟、
左右水平
斬り、片手抜き打ち、突き、を演武していた。
演武後には、直後の休憩時間には同流他流を問わず多くの先生方
からいろいろ刀法についてのご評価を頂いたり斬術についての意見
を求められたりした。
その全剣連の多摩聖大会での居合道の試合戦績は、年度により
三位1回('90)、敢闘賞1回('91)、準優勝が1回('92)だった。
決勝まで進んだ大会では1-2の判定で負けた。居合道多摩聖大会
で私は優勝はしていない。
その後の広島県福山市で開催されている居合道福山市長杯でも、
三位1回、準優勝が1回だった。
ただ、居合の大会でも、そこで行なう私の切り下ろしの刀法は、
すべて師伝の斬刀法である。据え物斬りと居合での切り下ろしは
なんら変わらない。むしろ両者が異なるというのはおかしいことだ。
「切れる居合」を標榜しているのであるのならば、その居合用の
切り方とその刀で畳表程度は切れて当たり前なのである。
ただし、空気を切って切ったつもりになっていると道を外すので、
斬稽古の実践は欠かせないのである。しかも実際に居合の形や刀法
で切るのである。すると、「切る」「斬る」「斬り裂く」「斬り割く」
「圧し切る」等々の違いがありありと理解できてくる。空気切りの
形(かた)だけではなかなかそれには理解が及ばない。


現在、日本国内では居合道の演武は試合にしろ審査にしろ、人前で
演武を公開している。また、画像や動画でその様子も配信されて
広く居合道を多くの人に知ってもらおうとしている。ポスターなど
に居合演武や稽古の画像を載せて街や店頭に貼り出したりもしている。
人の目の前で居合を抜くことが現行の居合道の一様態となっている
のが現実である。
また、私が考える(というか師匠から習った)居合剣法では、居合
とは体術・刀術・斬術が三位一体となったものが剣法として成立する
もので、特に刀術と斬術は車の両輪であるとの確固たる思想がある。

私が斬術稽古をやるようになって目が見開かれるように気づいたこと
がある。
それは、日本刀を使用するということにおいて、流派などは一切関係
がない、という本質に気づかされたことだ。段位も関係がない。
出来る者は出来るし、出来ない者は出来ない。それが直に現実として
目の前に現出する。
切れる刀術は切れる居合に繋がり、また切れる居合は切れる斬術に
直結している。
その本質に気づかされた。いやがおうにも気づかされた。
瞠目したのではなく、自ら活目し、さらに瞼を開かされたのである。

私は根源的本質を求めて居合の稽古を続ける。
一求道者(ぐどうしゃ)として。
真(まこと)を求めるに、流派流門、はたまた段位も、一切関係ない。
だが、この真実を求めるに大切な視点、視座、己の心の立ち位置は、
ほかでもない師匠が教えてくれた。
私はまことの人でありたい。


※記事内容はあくまで師伝系の私事のことです。



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柄手

2017年01月15日 | スポーツ・武道など

剣法にこういう柄手はありません。と思う。







この右手の柄手では抜刀も納刀もできませんから。
それと、こういう柄手が剣法にあるとしたら、色揚げした赤銅金具
などはこの世に存在していません。全部すぐに色ハゲして黒色揚げ
が真っ赤になってしまいますので。すぐハゲ前提の色揚げ工法など
は存在しません。
拵には剣法の理(ことわり)あり。

抜刀納刀した時に鐔に手が当たらないような位置取りが適切な
柄手の位置取りだと思います。
鐔が抜刀納刀のたびに毎回手に当たるなどという柄手は、剣の
技法の中では存在しない、はず。
稽古のたびに擦過傷で自傷するとしたら、それは何かがおかしい。
剣の理からすると。

私が土佐居合系師伝として仕込まれた柄手。金具には触れない。
触れるか触れないか、わずかに触れるかペロリン、いや触れて
な~い、という感じ。






抜刀と納刀は同じ柄手=斬り手となる。納刀中にいつでも抜刀
抜きつけができるような位置取りと手の内であり、鐔には触れ
ない。


片手抜き打ち、抜きつけも、人差し指をつっかえ棒にして鐔に
当てて片手斬りの勢いを止めるようなことはしない。鍔につっかえ
棒をするのは斬るための「斬り手」ではないからだ。刀の勢いは
そのような力止めではなく、正しい斬り手による「刀法」で制御する。
すべての事柄はただ一点、「斬ること」にのみ集約されて動員される。




※記事内容はあくまで師伝系の当流のことです。他の流派・連盟・個人
 のことは関知しません。


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離れ目系キュート 本田真凛選手

2017年01月15日 | スポーツ・武道など

本田真凜選手、憧れのCA姿で満面の笑み JALとスポンサー契約締結


15才。2018年シニアで五輪金を目指す期待の選手。

フィギュアスケートって10代でシニアなんだよね(笑
真央ちゃんも10代後半が一番乗っていた。
上級者が10代中半から20代前半というのは、やはり
スポーツ選手しての適性期というものがある種目なの
かもしれない。
無茶苦茶ハードなスポーツほど、ごく若い特定時期が
頂点ということが多い。







一番年取って死にそうな老体でも年齢に関係なく勝負
できるスポーツ競技は・・・ビリヤードかな(笑

女性で世界選手権に史上初参加した日本の桂マサ子選手



桂マサ子選手と師匠松山金嶺選手(1934年全米チャンピオン)のバンキング。

今は各スポーツでも女性選手の参加が一般化したが、フィギュア
スケートは発生当初から女性参加を前提にしていたようだ。
15世紀にはすでに女性がスケートを楽しんでいた。
スピードスケートとフィギュアスケートの分岐は移動手段としての
農民階級と娯楽としての貴族階級に端を発するとされているが、
オランダから英国に渡った貴族の独特の凍った運河上での滑走
が後にフィギュアスケートとして完成される。17世紀のことだ。
競技としてのフィギュアスケートは19世紀末にヨーロッパで発生し、
やがて全世界に広まり、こんにちに至る。
フィギュアスケートは優雅に見えるが、その技術たるや徹底的に訓練
を積んだ才能ある一部の者しか頂上演技は成し得ない。
どのスポーツでもそうだが、努力なしに技能を獲得できる種目は無い。

一方スポーツの世界と違って実につまらないのが階級社会であり、
日本においても貴族や武士などは本人の意思とは関係なく生まれ
落ちた時から武士は武士と決まっていた。武門は武を専らとする
専業武人であるのだが、それは生まれによって定められていた。
どんなにドンくさい者でも、あるいはどんなに身体能力堪能な者でも
そうした個人の特性とは一切関係なく武士は生まれついての武士
とされた。
人は皆戦闘的な精神が宿っている訳ではない。
戦国期にあっても人殺しが好きではない人もいる訳だし、平和な江戸
期にあっても、為政者に属することが好きではない人もいた筈だ。
しかし、そうしたことは一切関係なく、人の本業が生まれながら定め
られていた。これほどつまらない世の中はない。
私自身は、武士や侍に憧れる人の気持ちがよく理解できない。

ただ、技能としての個人剣技の習得や優劣凌駕の領域を自己に課して
研鑚するのは別物だ。
現代においてそれが本人の意思であるかぎり、それはある種のスポーツ
と同じく、努力でしか克ち取れない領域を目指す自己錬磨に属するからだ。
だが、武士などは一人もいない現代であるし、武家制度も階級制度も
すでに日本には存在しない。刀剣は誰でも所持できるし、武技においても
生まれながら学ばなければならないような責務も負わされていない。
好みでやるかやらないか選べるのが現代なのだ。
だからこそ、たかだか日本刀を所持しただけで武士になったつもりに
なったりする勘違いさんも多く生まれるのだろうが、剣技習得と往年の
武士の生き方から何かを学ばんとすることは、刀を所持したことで自分が
偉くなったと誤認して威張りたいという愚劣な感性とは別物であるという
ことを日本刀を持つ現代人は肝に銘じる必要があると私は考える。
スポーツにみられるピュアな精神が存在しない現代武術界に属する多くの
者が抱えるプアな精神性は、それは誰かに強制されたものでも、生まれ
つき強要されたものでもない。
自分が望んで下劣な人間になろうとしてそれを実行しているのが現代
武術の世界の多くの人間たちなのだ。
人柄を構成するのは、社会構造ではなく、すべて自己責任である。
己が己にすべてをもたらし、自己決裁を己がしている。
奇しくも、それのみが往古の武士らしさであり、歪んだ様態としてそれが
多くの勘違いさんたちに現出しているのは、なんとも皮肉なことだ。

人よ、ピュアにあれ。
古武術などを標榜する現代武術者たちは、スポーツ選手の精神性から
もっと何か大切なことを学んだほうがよい。
フィギュアスケートは美しい。選手も演技も美しい。


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斬術稽古 ~真剣斬り刀法~

2017年01月14日 | スポーツ・武道など



雪が風に舞う中、思うところあり斬術稽古。
テーマを定めて確認しながら実践稽古した。






この二重織りが手ごわいが、まあ普通に「刀法」を遣えば楽に
切れる。切れなければそれは何かが違っていると自己確認できる。



しかし、下手が斬るとこうなる。私の切り。


これは圧(し)切りを実際にやっている時の失敗例だ。
圧し切りは畳表から10センチも刀を離さない位置から刀法で切る。
細かく切っていたら、誤って心棒まで両断してしまった。
刀身の移動距離は30センチもない。

これは刃味や刀の構造で切るのではなく、刀法で切る。ただのカタチの
切りでは切れない。「刀は刃が付いているから刀は振れば切れる」という
のは嘘だ。
事実、圧し切りの刀術ができない場合は、いくら刃筋が立って
いても、
切れない。


刀を振ることなく心棒まで切断している。これは刀の刃で切るのではなく、
刀身と体を使った刀法で切っている。
実は、この切り方は結構対人剣戟
では重要になってくる。刀を振らずに
敵を斬るのである。だが、心棒を切るつもりはなかったのでこれは目測
が出来ていないという失敗例にあたる。刀法はできても切り点が誤り。



刀の刃では切れない。刀法に基づき刀術を使う。刀身を動かし始めと
切り止めの刀身の進行距離は30センチもない。
畳表一枚巻を床に置いただけで倒さずに切る「据え斬り」も、実はこの
刀法の実践として存在する。刀法に基づき刀術を駆使して操刀するの
である。決して大道芸などではない。私は七太刀ができない。七太刀目
にどうしても畳表が倒れてしまうのである。尤も、八太刀も九太刀も切れ
たらギネスなのであろうが・・・。特定刀術の冴えの有無を自己確認する
ためにも、こうした稽古は役に立つ。あらゆる「状況」を想定してあらゆる
術が発揮できて初めて剣は剣技を遣う者と一体化する。


ということで、18本をいろいろな想定での刀法により刀術=操刀術を
使って切ることを実践稽古した。
私が範士の師匠から習い覚えた古流居合(最近は神奈川の川崎道場
では刀法に特化したの講義が多いようだ)をもう少し掘り下げて、
自分の態様が如何なるものであるのかを検証するためには、実際の
実践稽古が欠かせない。空気を斬っているだけでは理解不能の部分
が確実に存するからだ。
私の師匠である範士八段は斬り稽古を推奨していて、道場では定期
的に斬稽古をしている。また門人同士の自習稽古も大いに推奨して
いた。その自習稽古に師匠も「参加させてくれ」と参加し、相互に
原点に返って検証をして研究した。また新世紀以降は、その様子を
ネット公開することも師匠自らの認可で行なっていて、ひろく居合
の世界を自ら紹介したりしてもいる。
なので、私は私の切り稽古の様子は胸を張って公開している。
未熟であろうが未達であろうが、ありのままを個人的な独白日記に
おいては公開する。
私の師伝において試斬は居合と車の両輪であるとしているので、
斬り稽古は正々堂々と行なう。それは恥ではないと考えている。
師匠自らも試斬重視系の別連盟や神奈川の斬術流派にも呼ばれたり
して公開試斬演武も行なってきたし、全剣連所属の居合道多摩聖大会
においても、私たち門下を引率して試斬公開演武を行なっていた。
(多摩聖大会は、全剣連居合道の大会であるのに、希望者エントリー
での試斬演武も行なう稀有な大会だった)

刀法については、見えない人間は全く見えない。見抜けない。それは
その者が未熟であるからだ。眼力は術技の力量に定比例する。なにが
どうであり、なにをどうすればどうなるのか。
そのためにも、私は実際に斬術稽古を行なう。
机上の空論ではなく、現実的に居合で使う身体操作、運用により実際に
切れないことには「切れる居合」とはならないと考えているし、その
視点は範士である師匠から教えられて目を開いたことだからだ。

無論、絶対に物切りが主体ではない。実際に切ることによって、通常抜く
自分の居合がどうであるのかを冷徹に冷厳に自分の心に刃を向けて検証
するために物を切る稽古をするのである。それが斬術稽古の本旨だ。
だから、刀を抜いて、前に出て、足を止めて、構えてエイッと切る切り方は
居合斬術では一切しない。足止め構え手振り切りなどは居合剣法には
存在しないからだ。すべて、踏み込んだり、踏み出したり、踏みしめたり、
踏みしめなかったり、歩み足だったり、すり足だったり、すり寄ったり、
引いたり、体転したり、沈身だったり、突っ立ったる身だったり、と気剣体
一致で切る。
従って、斬術部門は総合的見地から居合剣法とは切っても切り離せない
ものであり、居合剣法の一部を構成している。

刀法にはいろいろある。切断のための物打刀法、斬り裂きのためのフクラ
刀法、斬り割きのための斬撃刀法、圧し切り刀法等々etc...状況に応じて
無限にある。
それらにすべて精通して真に「切れる居合」を構成するためには、実際の
実践稽古は必要不可欠な教程なのである。
しかし、これはあくまで自主稽古であるので、自分自身が課題を設けて、
必ずそこから一回の稽古につき一つでいいから、自分自身が何かしらを
持ち帰らなければならない。でないと稽古をする意味がない。


寝た刃合わせは斬術稽古後も生きていた。刃は寝ていない。稽古後、
やはり新聞紙が
サックリと切れる。問題なし。刀身に細かいヒケが付いて
しまうのは仕方がない。



角度によっては寝た刃合わせの刃先はまったく見えない。


私の二代目小林康宏作の鍛え肌と地鉄、焼き刃の働きが判る一葉。
(画像は一切無加工)
二代目康宏は決して差し出がましくない。角度によって、本当の素顔
がしっかりと見える。
この肌と働きが見えない人は、康宏を「無地」とか「無鍛錬」などと言った
りする。それは、刀というもが見えない
からだろう。だが、真実の現実は、
これである。炭素量の状態により折り返し鍛錬回数を康宏は都度変えて
いる。極端な話、一作一作変えるので、金太郎飴のように同じではない。
自らまとめる鋼と対話しながら鍛えは実行される。



マイ・フェイバリット、游雲の剣、康宏。最高の俺のバディである。
一刀に何かを託す、という、本当に気持ちが乗る。この刀もかつて
斬術のみならず居合の稽古や試合でも使用していた。平成4年作。
注文打ち。


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江戸期の古剣術書

2017年01月12日 | スポーツ・武道など



ある江戸期の古剣術書によると、私が言う抜重メソッドと
同じ刀法が明記されていて
、それが教義として伝承されて
いるという事実有之(これあり)。

まあ、「抜重」と名付けたのは私であり、便宜的に新しい
名称を付与して呼称しているだけで、刀の操作法としては
ベクトルを最大有効斬撃として投入する技法、あるいは
そのベクトルを引いたり押したりで抜いたりする技法は、
各流に
古来からあった訳でして。多くの現代剣士も今その
操作方法を普通にやって
いる訳でね。(分かってなくて
出来ていない人も多いが、練達の高段者はほとんど抜重
メソッドと私が解説した刀線の軌跡を描いて切っている)

それをですなぁ、さも私が突拍子もないことやったり言ったり
して
いると断定してネット掲示板などで口汚く揶揄中傷して
いる人間もいるが、眼中なし。歴史事実とは異なるので、
そういう脳内妄想さんは、御御御漬けで顔洗っておととい
おいで、な訳でして(笑
つーか、ほんとに武術(空手等の拳法・体術・剣術・居合術)
をやってる連中は性格が悪いのばかりだなぁ。
人の事しのごのアングラ世界で書いて憤懣を発散してる暇
あったら自分の技を磨けってんだよ。くだらん。


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イメージ

2017年01月11日 | スポーツ・武道など



オリックス元監督の森脇氏がヤマハの平忠彦さんに見えて
しかたがない(笑


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無回転による変化球

2017年01月10日 | スポーツ・武道など

【普通じゃないカーブで炸裂したゴールTOP10!】キーパーがとれるわけがない!


ほとんどが無回転による超変化球でゴール。
とても興味深い。


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試斬の意味

2017年01月06日 | スポーツ・武道など


(康宏刀による試斬)

正月に久しぶりにカチカチきつきつの畳表実質二枚巻き
斬稽古した時、「刀は刃が付いているから振れば切れる」
というのは
嘘であることを再確認した。
きちんとした刃筋と刀線と刃波と刃道と刀勢がないと切れない。
刃先頼りの振りだけだと服を
着ている敵に対しては服の表面に
疵をつけるだけになる。


また、「刀は刃筋を立てれば誰でも切れる」というのも
深いところでは大きな
嘘である。
刃筋を立てただけでこの上掲トップ画像のように切れるか?
答えは明確に「否」である。
ただ刃筋を立てて振っただけでは、この下画像のような畳表
実質二枚巻き
さえ切れない。

(康宏刀による試斬)

刃筋を正確に立てて刃筋のみで振ってみる。刀線も刃波も刀勢も
「切る」ためのものではなく、ただ刃筋だけを立てて
振ってみると
ポーンと硬い畳表に当たって跳ね返るだけだ。畳表は表面にほんの
浅く疵がついただけである。真横などはてき面で、畳のイグサ1本
たりとも切れていない。叩いたへこみ疵が付くだけだ。

ずぶずぶに浸しきってグズグズに軟らかい畳表を小学生が切る
のとは訳が違う。
小学生でも切れる、と言われるのは、斬術においてすべての点が
合流合致して正確に切れる刀術の説明とは別なことを言う場合に
斯界では言われているのである。

「刀などは刃が付いているので振れば切れる」とか「畳表の試斬
など小学生でもできる」とか言う族が仮に刀を扱う世界にいると
したら、そうした刀術の総合性の真実を理解できていない者が
妄想にまかせて言っているのであろう。特にアングラネットで。


試斬の意味は、刀術として刀を刀の目的完遂のために取り扱うことが
できるようになるための帯刀者の訓練としてある。
できるかできないかは、大きな現実を己につきつけるのだ。
できなければできなかった理由がある。また、できればできた理由が
ある。
その両者が如何なるものだったかを冷徹に総括検証し、己の剣の術に
活かすことこそ試斬の意味がある。
真実の現実は目の前に横たわっている。脳内ではない。それを知る
ためにも斬稽古は欠かせない。

(康宏刀による試斬)
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/e7/bf03303ec1dce6e360aab96965181d18.png


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畳表いろいろ ~試斬研究~

2017年01月04日 | スポーツ・武道など





正月によい勉強になった初体験の最上質の備後イグサの畳表。
一枚で二重に編み込まれている。
え~と。一畳で二畳分(笑

しかも二枚重ねではなく織り込み二重で糸もダブルなので非常に
硬い。

巻く時には下敷きを丸めるようで、二人がかりでようやく巻いた。
それをぎゅうぎゅうに巻いて一晩浸けというのが失敗だったね。
半巻きで通常の一巻きよりやや硬く、一枚巻きでおおよそ通常の
二枚巻きよりも硬い感じ。
すご~く切り難い。



切る。


切って止める。ここに止める。これを二枚硬巻き相当の畳表でやる。


硬いか軟らかいかは斬ってみないと判らない。斬る前には
判断できない。

さて、そうなると、刀技の手の内柄手はどうなるのか・・・。
最初から硬いと分かっていて替える手の内というのは
「為にする」ものでありおかしいことになる。
対敵戦闘ではそうしたことはないからだ。

要研究課題。


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初春 斬り初め稽古

2017年01月02日 | スポーツ・武道など



我が家の本家駐車場にて新春斬り稽古です。
目的は、普段やっている居合の手筋の自己確認自己検証なり。
試斬刀は二代目小林康宏作と備前長船則光(丸太斬)。
巻き畳表は40本。

新たなことを知った。
一昨日用意した畳表は、最上質の二重になった物(備後イグサの
中継ぎという物らしい。しかも麻二芯)で、非常に硬い。今まで切った
畳表の中で一番硬かった。(樹脂畳表を除く)

しかも、ぎゅうぎゅう巻きの真巻きにしたので本当に硬かった。重さも
私の知る畳表とは違います。つい先日も別な畳表を切ったのですが、
その一般普及型の畳表よりもずっと重たい(笑


畳表が二重の為、実質的には一般型畳表の2畳巻に近い感触です。
用意した中には通常の一重の畳表もあったのですが、それなどの
1畳巻を切ると、まるで半巻のような感触でした。
これは少し問題がある。いろいろな意味で。
斬術稽古ではなく「試刀」の類になりかねないからです。


刀線がよくないですね。袈裟になってしまっています。二重畳表。


テープの上ラインを水平に狙ったのだけど、できなかった(笑


燕返しは「パン・パン」ではなく「パパン」と一拍子で切ります。射撃の
ダブルタップみたいなもの。ただ、ダブルタップと違うのは、これは、
あくまで体さばきと刀法の稽古業であることです。これも二重畳表。



巻く時の感覚としては硬くて厚くて下敷き丸めてるみたいな感じ
だった。ただの中継ぎ二重というだけではなく、ごわごわ。本当に
巻くのが困難なくらい。
こういうのは硬すぎて稽古には不適な畳表だと思う。特殊な切り方
でどうにかおぼつかないままようやくというところ。





斬鉄剣康宏。刀身青いですね、この刀。游雲の剣。(銘が游雲)




今回はこれはやりませんでしたが、そのうちいずれ。
今回は新年自主研究会初日ということで試験運用で。


備後イグサ最高級品畳表は試斬稽古には向かないことを初めて
知りました。
1990年から今まで切った畳表の中で一番硬く、丸太のように
切り難かった。
普通の一般普及品の畳表が斬り稽古には適してますね。

※記事内容はあくまで師伝系の当流のことです。他の流派・連盟・個人
 のことは関知しません。


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正月斬術稽古用畳表の仕込み

2016年12月31日 | スポーツ・武道など



本宅(本家)にて正月稽古用畳表を巻く。
巻き方も数種類あり、それにより切り味が変わる

半巻きも含めて40本巻いた。




今回三原市内で調達してきた畳表は、二重になっている目が細かく分厚い
かなり上物の畳表だった。(普通物もあり)
真巻きにしたのもあるから、たぶん切り難いぞぉ~( ̄ー ̄)
半巻きも二重畳表と標準の物を巻いたので、いろいろ切り味が違うと思う。

ファクトリーの資材置き場に置いていた切り台のトンガリ君が無くなっていた
とのことで、新たに削って作った。前回と別店舗で今回購入した丸棒はかなり
硬かった。
しかし、マイ肥後守よく切れる!シャッコシャコ。


なぜか平地部にヒケがつかないという不思議これあり。




早月(さつき)流肥後守研ぎ、我ながらなかなか良い(笑
光線の具合で焼き刃が見えるね。包丁でいうならば本焼き。
青紙割り込み(でなく利器材だと思うが)よりも全鋼のこちら
の肥後守のほうが私は好きだ。

今から「絶対に笑ってはいけない」を妻子と観ることにします(^0^)


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体のなまり

2016年12月31日 | スポーツ・武道など



3日間、たった15時間撞球をしただけで、下半身筋肉痛という俺。
なまってるなあ~。

きょうは三原城下の友人と切り稽古のための畳表を巻くよ。
「畳表を確保してちょ」と言ったら120枚も1日で用意してんの。
やる気満々なのはわかるけど、漬ける桶がねーすから(笑
以前の大会の時とかは、ダンプのベッセルにブルーシートを
張って、そこに数百本一気に浸けたりしていたけどね。
家庭では無理っす。
それでも、在京時代の一時期は毎週土日にはドラム缶3本に畳表
をぎゅうぎゅうに
浸けて2日で全部切っていたのだから、よくやった
なぁとは思ったりもする。
手伝いますからと申し出ても「いいから、いいから」とお一人で全部
巻いてくれていた全剣連現七段の先輩に感謝する。
あの人は掛け値なしで人付き合いする気持ちの人だったなぁ。
俺の納刀はあの人の納刀を研究してコピーしたからね(笑


あたしはいろんな刀で一万太刀以上切っているが、これまで刀を
曲げたことが一度もない。これホントのホント。

刃筋を立てて刀線と刃道を通し、力任せに刀を振りまわすことを
しなければ刀を
曲げることなどは無い。
たしか、刀って、あれ、曲げるための物ではないでしょう?
俺、刀の事よく知らないけど。


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