渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

絡め手

2017年02月23日 | スポーツ・武道など



昔、ある術者に下げ緒で術をかけられたことがある。
解いた下げ緒がスーッと宙を伸びてきて、私の手を絡め取るのだ。
「なんで?」と思った。

「どうやって防ぐか」と問われた。
「抜刀抜き打ちならば?あるいは抜刀後ならば?」と私が返すと、
「ではこれは?」と、今度は抜刀前に刀に紐を打たれて刀を瞬時に
抜き取られた。まるでマジック。
では抜刀後ならばと試すと、刀を持つ柄手ごと絡め取られる。
絡まる感じではなく、縛り首のように手に紐が丸く掛かってって絞め
上げ
られて自由が奪われるのだ。
最初から輪っかを作ってカウボーイのように投げるのではない。
一本の真っ直ぐな下げ緒がシューッと伸びてきて、途中で生きた
蛇のようにウネウネと動いてピシュッと手を絡め取るのである。


おそろしい術があるものだと思った。
ただし、何らかの応じ技というか、対策はあるだろう。
差し当たっては、パッと跳び退いて、ディスタンスをロングに変更
するしか無いように私には思えたが、そこに手裏剣を連続で打たれ
たらアウトのような気もした。
世の中、表には出てこなくとも、恐ろしい術を身に着けた人はいる
ものである。


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手の内 ~真剣の握り方~

2017年02月22日 | スポーツ・武道など



「手の内」といってもいろいろある。
柄手の締め具合や緩め具合、あるいは柄手の位置等々。

手の位置については、私の場合は臨機応変に可変的な
位置取りをする。決して「どんな場面でもこうである」
という固定的な柄手位置にはしない。
そのような固定的な固まった概念で刀の柄などは持て
ない。常に「状況に応じて必要最適な事を選択する」と
いう概念が武技においては大切だと自覚している。
本来ならば下手をすると死んでしまうことなので、この
「柄と手の在り方」については、かなりの時間を割いて
研究して練り上げて来た。結果としては、私は約80口に
及ぶ日本刀の試刀においても、刀を曲げたことがない。
(曲がりやすい刀は予想が立つので最初から試斬しない
ということはあったのだが。また、絶対に切断目的での
「振り抜き」はしない。抵抗値が変化したら即座にその
瞬間に手の内で対処して反力を逃がす手の内を使って来た。
目的は切断ではなく「試刀」であるからだ。耐久試験で
ある荒試しは1口しかやった経験がない)


また、居合のみならず、物を切る際においても、刀の
形状によっても柄手の位置を私は変える。
ナカゴが短い備前刀などは、やはり柄の損傷を防ぐため
にも、両手の位置は近付けるのだが、概して私は両手の
位置を近めに取る。
だが、くっつけることはしない。くっつけると、動きが
制御されるからだ。
ただ、両手の柄手を剣道のように離すと、前後方向への
動きには俊敏性が出ることは確かだが、横回転方向への
刀術操作に制限が生まれるので、遅れを取りかねない。
なので、私は両手を離し過ぎることもぴったりとくっつける
こともしない。


また、片手打ちや抜刀抜きつけ、納刀には独特の柄手があり、
これは要所を外していては片手での斬撃や納刀ができない
ことになるので、その要諦は刀術において極めて大切な事項
となる。


片手抜き打ちにおいても、居合の稽古の通りのように、実際に
切ったり斬ったりしながらも、刀身を制御下において、斬撃後
にも切先が下や横後ろに逃げたりしないようにすることが肝要
だ。でないと、何のための居合稽古なのかわからなくなって
しまう。
居合で空気を切っているのは、仮想的を実際にそこに置く訳には
いかないので、空気を切っているのであり、あれは型(かた)で
もカタチでもない。あれは形(かた)を用いた演武なのである。
抵抗が少ない(ほぼ無いに等しい)空気を切り裂くために、
現実とは異なることを居合の場面では物理的に行なっている
ことも刀法においてはあるのだが(実際には斬撃による衝撃や
斬り抜いて行く時の抵抗の変化などは居合の形稽古や演武には
存在しないため)、
現実的に片手での切断刀法ならば切断できて、
その後切先は居合
の通りに止まらないとならないし、また横抜き
つけや斬り止めなど
の斬り裂き刀法では、きちんと、モノウチでは
ない切先とフクラを
使って正確に浅く斬り裂いた後に切先を任意の
位置で止めないと
ならない。

居合兵法における刀法は捕虜の斬首刑ではないのであり、適宜
操刀法が存在する。
なんでもかんでも、畳表をただ切断すれば事足りるとするのは
刀法研鑽でも剣技を用いた武術練磨でもなんでもない。
刀身の必要な部位を必要な斬撃に応じて使いこなすことが刀法で
あり、またそうした術を用いるからこそ、いろいろな剣術技が
存立しているのである。(鎬を利用した返し技などは、実際に
木刀や刃引きで打ち合ってみないと体得できない。空気切りだけ
では実地研修は不可能である。下手したら理に合わないカタチだけ
をなぞるラジオ体操のようになってしまう)

「手の内」も、そうした刀術の「術」というものに属する事柄であり、
固定的概念で捉えるのは大間違いだと断言できる。
こうしたことは、練達の士たちは誰でも知悉していることではあり、
「あいつ、今さら何を言ってるのだ」という話になってしまうので
あるが、一応、「こうしたほうが、本義を会得するのにいいですよ」
という視点で、主として初心者の方向けに書いてみた。

概して、遣える剣士は手の内が柔らかい。
抜刀斬りも固さやぎこちなさはひとつも無い。
速いのであるが、ガチャガチャとした雑なせわしなさもまったく無い。
そして、納刀も流れるように淀みが無い。
納刀は納刀ではあるが納刀にあらず。次なる状況に対する準戦時体制
の状態であるのだから、ガチガチに固まっていては即応ができない。


手の内は軟らかく。しかし、手の甲側はふやけず。これは剣持つ手の
鉄則です。難しいですね(^^;
居合を習う方は指導をしてくださる先生方が言われることをよく聴いて、
そして自分の中でよく咀嚼して、いろいろやってみてください。




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夢はF1レーサー フォーミュラカー操る小学生

2017年02月13日 | スポーツ・武道など

夢はF1レーサー フォーミュラカー操る小学生


か、かわいい!



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撞球勝負

2017年02月12日 | スポーツ・武道など

腕のよい撞球仲間の友人から連絡があり、撞球勝負に向かう。
普段使っているキューではなく、カスタムキューを持って行くことにした。
しんめいさんの祭りで駅前の我が家の前が車両通行止めのため、
友人が駅表側まで車で迎えに来てくれた。尾道に向かい勝負する。

2本のバットと4本のシャフトを試したが、この組み合わせが一番
よかったので、本勝負に入った。


台の穴は狭い。これくらいの狭さでないとつまらない。
通常の一般台は穴の幅がボール2.4個分もある。
これは1.8程度だろうか。かつて私たち有志が運営していた
三原撞球会のクラブハウスのテーブルに近い穴幅だ。


入れに入れた。短期戦のナインボール5ゲーム先取りを9セットやったが、
最後のセット
などは、5ゲーム終了を16分で、スコア5-0で私が取った。
連続マスワリこそ出なかったが、とにかくこれでもかという程に入れまくった。

(マスワリとは枡=ラックを割る、という日本語の専門撞球造語で、ブレイク
でラックを壊してから対戦相手に一度もキューを握らせずにすべてブレイク
した者が全部の玉をノーミスで取り切ってしまうこと。ブレイクで玉が入らず、
順番がターンして対戦者がすべて1番から9番まで取り切ってしまうことは
「裏マス」と呼ぶ。英語にはこれらを表現する単語は存在せず、単に「ブレイク
アンド ラン アウト」「ラン アウト」という長たらしい表現しかない。
何か新造語でも作ればよいのにとも思うが、「run out
」は一拍子で「ラナウ」
と発音する長さなので新単語の造語が生まれないのかもしれない。
また、英語ではマスワリのことを「パーフェクト」ともよく呼ぶが、どうにも日本人
感覚とは違う。日本語で完璧といったら、単に玉を落とすだけでなく、1ミリ
たりとも手玉の動きに狙いとミスがないことを指す印象がある。玉は入った
がミスが生じたらそれは完璧ではない。リカバリーでそのゲームを獲っても、
それは「完璧」とは呼べない。日本人と西欧人の気質の違いだろう。
だが、その日本人の緻密な特性こそが、日本に職人気質が存在して「妥協
なき仕事」が日本の芸術や文化や産業を支えてきた、という歴史がある)

「よく入れるねー。そのキューがいいんじゃない?」と友人は言うが、確かに
このキューは良い。シャフトのテーパーは私の好みに日本玉台中国産業
の大坪社長に旋盤で削ってもらった。シャフトのテーパーは非常に大切で、
特に私のようなハイテクシャフトを嫌いノーマル・ソリッドを選択する
プレー
ヤーにとって、シャフトの木質とテーパー設計はキュー性能の命と
なる。
私は私の経験値に基づいて、独自のテーパー理論と数値を持って
いる。
そのように職人さんでもある大坪社長に仕上げてもらった。

バットエンドも、私好みに樹脂を交換し、重量配分もカスタム化してある。







やはり、剣術・居合術も撞球も、得物の選択というのは大切なの
かしらね(笑
きょうなんて、このキュー使ったら、入れが全然違うもの(苦笑)。
それに音が一般的なキューとはまるで異なる。スクゥーンという
透き通った甲高い音がする。シャフトだけをタップを下にして硬い
コンクリ床に落とすと、キーンキーンという音が響いて弾む。バットも
黒檀と高硬度樹脂を使用しているので、撞球音が高音を奏でること
に一役買っている。キューのサウンドはとても大切だ。ベコンとか
ボコンという音しかしないキューで私自身は撞く気がしない。
そして、濁りのない澄んだ音がするキューには、「ある特性」がある。
結果として、完全に手玉と的玉を意思通りに制御下に置ける。
つまり、テーブルを支配できる。勝負は場を支配した者の勝ちだ。
撞球は対戦競技だが、敵は相手ではない。
ある程度の腕以上になると、相手に呑まれたりすることはまずない。
私などは世界チャンピオンと対戦した時も、まったく心の在り様は
普段通りだった。最初から「負けるかも」などというところには立たない。
世界王者だろうが「いわしてやる」というつもりで臨んだ。

また、これは理解しづらいかもしれないが、撞球の場合、対戦者は
いても、自分が撞くことができる状況下では、常にすべて自分との
対戦となる。
居合の試合のように、対戦相手が隣りの選手だとか勘違いしている
ような奴は、撞球勝負のように自分自身がやった結果がはっきりして
いる世界には住めないことだろう。
居合の試合人というのは、勝った負けたの勝因敗因を隣りの対戦
相手に起因するだとか思ってる連中ばかりだから。
てめえの技量が至らないから勝負に負けたのだというところを自分に
厳しく捉えて自己総括して自己批判できる奴は居合の試合人には存外
少ない。相手が誰々だから負けた、腕が違いすぎるとかいうことを言う
人間が結構いる。「あの選手を潰してやった」とかね。命がけの戦闘を
経験したことがない奴に限ってそういうくだらないところで嬉々としている。
本当の命のやりとりではそんなちょろいこと言ってたらたちどころに即行
でこちらがやられてしまうということを知らないから、かようなアホ丸出し
のところに心を置いていられる。
第一、てめえの差料である日本刀のことさえもまったく知らない連中
ばかりだ。ただの試合の空気斬りの用具としてしか武器たる日本刀を
捉えていないからだろう。
本当ならば、負けたら命がなくなる、という緊張感などどこにもない。
現在生きているのは、死地を乗り越えて任務を遂行して己が生還した
からである、などというところとは別な世界に心も身もあるから、そうした
安穏とした「お競技」に心を持って行くのだろう。勝負は貴族の蹴鞠じゃ
ないというのに。
そのために、得物を選びに選ぶ、それには日本刀について剣士として
知悉していなければならない、という切羽詰まった真剣ささえも一つも
ない。
だから旗が揚がった揚がらないということだけに試合人は一喜一憂
している。模擬刀の延長としか捉えていないように真剣たる日本刀を
「用具」に貶めて。
本来の武士の任務はそんなところには、ない。武士がいなくなった現代
においても、剣士の剣士たる本当の中心軸は、そんなところにはない。

撞球はスポーツである。
なので負けても命は無くならない。
だが、負けることについて言訳を探す奴は、撞球界では「ルーザー
=落伍者=負け犬」という概念がある。ここで負けてもベストを尽くした、
とかいう類の逃げる心ね。
己が至らないから負けるのである。負けを選んだのは自分自身なのだ。
映画『ハスラー2』において、本物のプロのスティーブ・ミザラクが役者
として登場し、主人公のエディ・フェルソン(ポール・ニューマン)に試合
で負けてこう言うシーンがある。
「俺がまさか負けるなんて」と。
エディは、数秒黙るが言う。
「そうさ。君がそれをした」
独立した自己が如何なるものか、責は誰にあるのかをわきまえないと、
本当の勝負などはできない。
撞球勝負は射撃や弓道と同じく、結果が極めて明確だ。
種目がナインボールの場合、9番を落とした者が勝ちなのである。
途中の経過は一切関係がない。

そして、対戦競技においては、「勝者一人とそれ以外」であるのだ。
トーナメントの場合、優勝者とそれ以外、なのであり、二位以下はいくら
力んでみたところで「それ以外のその他大勢」に属するのである。
優勝以外の何位だベストいくつだなどということで健闘を自ら讃える、
周囲から讃えられて喜ぶというのは、勝負の世界にいる人間のする
ことではない。武術の場合は、本当の真剣勝負ならば負けたら死んで
しまうのだから。
勝負の世界は、「勝者かそれ以外」しか存在しないのである。
少なくとも、撞球者はそれを深く理解している。
命がかかっていないのに、居合道の試合人よりも深く理解している。
これいかに。
それは、言訳を探したり、逃げ口上で安穏として健闘を讃えるなどという、
ルーザーではないからだ。
勝負の世界は、「勝者とそれ以外」しかないのであるということを、「勝敗」
が存在する物事をやる人間は、もっと知ったほうがいい。


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平成29年(28年度)尾三地区スポーツ少年団剣道交歓大会

2017年02月12日 | スポーツ・武道など



平成29年(28年度)尾三地区スポーツ少年団剣道交歓大会


私の娘も小学生の時に毎年出場していました。
小学生のみの地区剣道大会です。
子どもたちの声と竹刀打ち稽古の竹刀の音が部屋にいて聴こえて
来ます。
私は毎日毎朝この音を聴いても心地よい。
でも、世の中、剣道好きばかりではないから、騒音だとか思ったり
する人もいるのだろうなぁ。
以前、西日本でかなり大きな少年剣道大会(参加者千名程)で、
大会副委員長を拝命して努めたことがありましたが、それほどの
数になると、会場外の稽古場での竹刀の音は物凄い物がある。
あと、子どもたちが何だか元気一杯で頑張っちゃってるのを見ると、
何だかね、気持ちがいい。
部屋でゲームより竹刀のほうがいいのになぁ、とか思ったりもする。


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巻き藁

2017年02月05日 | スポーツ・武道など



日本刀の試斬において、畳表が巻き藁の代用品として考案されたのは
戦後のことであり、それは小林康宏刀の試刀家であった小幡秋城氏が
発案して世に広めた。今では巻きイグサ=畳表巻きを試斬することが
世界的に標準になりつつある。
だが、畳表の普及と共に弊害も出てきた。裾野が広がれば質は落ちる。
畳表のことを「巻き藁」などと誤って呼称する風潮が今世紀に入って
広まったのだ。1990年代までは正しく「畳表」と表現することが試斬者
の中でも一般的だったのだが、物の道理を正しく捉えることができない
人たちが爆発的に増えるにつれ、巻き藁ではない巻きイグサ=畳表の
ことを「巻き藁」あるいは「マキワラ」と呼ぶ人が増えている。
現在では本物の藁(イネ科植物の植物の乾燥茎のこと。稲や麦などの
茎を
干した物を藁と呼ぶ)が入手し難くなったために、巻き藁での試斬は
ほとんど見られなくなった。
ただし、藁そのものの入手が困難であったのは、戦前においても然り
であった。
畳表はイグサもしくはシチトウが材料として使用されて織り込まれるるが、
試斬における巻き畳表はイグサ巻きが多用されている。
上質の備後イグサの高級畳表は一枚でも二重織りになっており、実質
一般畳表の二枚巻きに相当する(織り込みなので二枚重ねより硬い)。

巻き藁(イネ科イネ)


巻き畳表(イグサ科イグサ)


では、どうやって、日本刀での試斬用に藁を手に入れたかというと、
戦前の試斬史料を読んでいると、それが判明する。
米俵を利用していたのだ。
俵は菰(こも)と桟俵(さんだわら)を稲の藁で編んで作り上げる。
その米俵をほぐして巻いて、適宜細竹などを芯にして一晩清水に浸けて
それを試斬の被切断物(軍刀教本にも使用されている単語)として使用
したのである。

米俵も最近は見ることが少なくなってしまった。俵一つが約60キロである。

昔の人は軽々と担いでいた。
何か現代式とは異なる体の使い方をしていたのだろう。これらは失伝だ。

300キログラムの米俵を担ぐ女性。今では考えられない。30キロでも
無理なのではなかろうか。身体用法は一体どうなっているのだろう。


こうした失伝した日本人の古式身体用法については、現代人でも
一部では研究されている。
ただ、かなりまがい物も多い(大抵は集客集金が目的)ので注意を
要する。

私個人としては、「日本人はすべてナンバ歩きであった」という説は
信用していない。
また、斬らずに速く抜くだけの運動も、私個人はそれは居合ではない
と考えている。「抜きながら斬る」ことがない刀の操作は、それはただの
「抜刀」でしかない。居合剣法とは呼べない。

ただ、私自身は流派などはどうでもよい。
武士が生きていた時代、流派名などで生き残れたら誰も苦労はしない。
強い者が強いのであり、流派は関係がない。
私は土佐の英信流居合を学んでいるが、もし仮に私が幕末の京都に
いて、斬り合いで生き残ったとしても、それは英信流ゆえではない。
それは、流派には関係なく私が勝ち私が生き残ったのである。流派流儀
で剣戟の雌雄が決することはあり得ない。
また逆も然りで、斬り伏せられた者は流派がいずれかであるから斬り伏せ
られたのではない。自分が弱かったから死んだだけのことだ。仮に私が
倒れたならば私のせいであり、流派流門のせいではない。
兵法などというものはそういうものだ。看板で強弱が存在するものではない。
強い者はどの流派にあっても強く、弱い者は弱い。すべて個体の戦闘力
にかかっている。
個別の命のやり取りというのは、そういうものである。
ただしこれが「軍事」となると別なファクターが大きく作用する。
個人技では軍事行動の成果は望めない。
これは日本の戦国時代でも、また現代においてもそうである。

ただ、伝統武芸をやるにあたっては、流派の看板ではなく、個人的にヘナ
チョコは駄目だなぁとつくづく思う。
できる者はどの流派にもいる(いない流派もあるかもしれない)。また、全く
遣えない者もどの流派にもいる。
ブランドや看板に固執するほど愚かで内実の無いものはない。
どうあっても固執するというのは、それは何か別な目的があるからだろう。
武とは別な要素をメインとした何らかの目的が。

(巻き畳表の発明者開祖、小幡秋城氏。「抜刀道」という新造語も考案した)


畳表試斬の発明者の小幡氏が自身のウェブサイトで明言しているように、
畳表を切ること=武術ではない。これは私も大いに頷ける。(小幡氏は正統
某古流剣術を修めている)

小幡氏は、自分が抜刀道伝播の布石を打ってから日本を離れた後、試し切り
が畳表試斬ごっこになってしまった現状と、畳表切りに特化された超幅広の
異形の
日本刀の登場と、試斬愛好家および団体の確執ならびに分列、未熟者
に段位認定証を乱発した結果惹起されている事故と指導の不行き届き、試斬
武術の本道離れに対して苦言を呈している。

私個人は、試斬は、体術・刀術・斬術が三位一体となって構成される「居合
剣法」の中における一カテゴリーの斬術研鑚のためと位置付けている。
なので、足を止めて腕だけで切る「物切り」を私はやらない。居合刀術で
試斬を行なう。当然、「切断まずありき」「人に見せることまずありき」の曲芸
切りなどは私はしない。
まして、「切断できたかできないか」で一喜一憂して「ああ~」などという嘆息
を声に出して漏らしたり天を見上げたり、あるいははしゃいだり、残心無く後ろ
に下がったりすることは決してしない。
私が行なう試斬のすべては、「刀術錬磨の自分の稽古の為」にやっている。





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温故知新 〜月影〜

2017年02月01日 | スポーツ・武道など


土佐の英信流に「月影」という業がある。
月の影とは、月の光のことだ。
影は日陰のように、日光が当たらない場所のことをいうのではない。
月影という日本語は月の明かりを表す。
「影は光なり」。
これは剣術をやっている者は知っている。

英信流「月影」は、右方に体転しながら斬りかかる敵の拳を斬り払う
業だが、月の明かりをなぞらえたものだ。形(かたち)からして、満月でないことはすぐに誰でも判る。
では、これは新月から満月に向かう欠けた月であるのか、あるいは
満月から新月に向かう欠けた月であるのか。

正解は「三日月」であろう。上弦の月か下弦の月かで判断するよりも、
三日月、つまり新月と捉えると解りやすい。
何故か。

己から見て左右どちらが上席であるのか。
英信流「月影」での体転は
どちらにどう向くのか。
何故上席に位置する者が我に斬りかかって来るのか。

考察すれば、英信流「月影」は新月の三日月を表し、ある特定状況で
の応じ技であることが理解できる。
上席も下席も、己から見て左右どちらが上か下かも分からぬので
あるならば、何も見えず、また何も理解はできないことだろう。

ただ、人の世の理(ことわり)が不明のまま、単にカタチのみを
なぞらえる体操をやることなど、古人たちは残してはいない。
それだけは知っておいたほうがよいだろう。
ゆえに、先人たちの創意工夫や額に汗して編み出した業の深淵に
敬意を払わずに、簡単に簒奪し、剽窃し、あたかも自流には古くから
伝わってきたかのように他派の業を劣化コピーして大昔から自派の
ものであるかのように喧伝することは、武芸者として極めて破廉恥
で低俗な振る舞いなのである。

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ベレッタ

2017年01月31日 | スポーツ・武道など



17年来のフライフィッシング仲間は、ベレッタを購入したようだ。
若い人が銃砲所持許可と狩猟免許を取得しなくなったので、ハンティ
ング人口は激減しているという現況の中、若いしっかりしたにーちゃん
が銃を所持してハンティングもやる気まんまんというのはいい傾向。
ちなみに、私は日本刀の目釘抜き用のピンにベレッタのジャンクの撃針
を使ってる(笑

やはり競技射撃だけでなく、狩猟にも出かけてほしい。害獣駆除問題は別として。
それにしても、ついに踏み出したなぁ~。エールを送りたい。






(画像はすべてイメージです)


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武具の手入れ

2017年01月28日 | スポーツ・武道など





PC整理していたら、懐かしい写真が出てきた。
娘の竹刀を整備しているところ。
考えたら俺が全部調整してやっていたのだった。
あいつ、5歳から18歳まで剣道やってたものなぁ・・・。
大学に入ってからやめちゃったけど。
まあ、2年連続で県代表で北の丸の日本武道館に行ったから
よしとしよう(笑)。もっと常勝の突き抜けて強い女の子いたけど、
まあ、東京の大会に参加できただけオッケということで。

現代剣道ではないところの刃筋とか他にいろいろ剣術系の要諦を
教えたら、その
時期一気にポーンと強くなった。うちは一刀流だった
けれど、親父の前の代でそれの系統伝授は途絶えている。おいら
が習ってきた別派の剣術要諦を娘には教えた。真剣拵に入れた
ツナギ刀身での素振りもさせた。どうにも担ぎ癖があったからね。
刀法を体さばきと共に教えたら剣道が変わった。

日本剣道形とか昇段試験の前には俺が相手をしていた。
娘はなんで剣道始めたのかなぁ・・・。俺の時みたいに強制では
なかったことだけは確かだ。俺なんて子ども時分は嫌だ嫌だ言って
たが、娘は自分からやりたがったからやらせた。

たぶん、幼稚園の時に『犬夜叉』が大好きだったからだと思う。
漫画もアニメも見まくりだったものなぁ(笑
あの子は、チビの時から剣筋よりも発声が良かったね。響き渡る
声で(苦笑
小学生の時も剣道漬けで、七夕の短冊には毎年「剣道日本一」なんて
書いてたっけな。ピアノで選ばれて九州のほうの発表会に出る予定
を剣道の試合があるからと蹴ってたほど剣道が好きだったしなぁ。


(手前が娘)

しかし、最初の数か月、前進後退ばかりやらされて脱落する子ども
たちがどんどん出る中、よく最後までやりぬいたとは思うよ。
楽しかったのだろうな。
剣道も居合も、楽しくなければ続くわけがない。と、俺は思う。
また、楽しまなければ続く筈がない。これ、実はスポーツ医学的にも
結構重要なことなんだよね。頭が古い人は1980年頃に広く学識と
して知られるようになったその人間の脳の機能のことを知らない
みたいだけど。
俺の親父みたいに、子どもを強制的に正座させて論語だのわっけ
分らない文言の素読させるようなのって、よくないと思うよ、俺は。
おいらはそういうのを子どもに一切やらなかったし、「勉強しろ」と
いうことも一切言わなかった。
自分がやられて嫌なことは人にはしないこと、というのを身を以て
体現したし、その大切さは教えたつもり。あくまで「つもり」だけどさ。
それでも、自分が興味を持ったことは、人は自然に自分で深める
ものさ。深めないというのは、興味の程度がそれなりというだけの
こと。学業にしても運動にしても社会意識にしてもそうだ。
まあ、人はなるようにしかならないよ(笑
俺が自分の子に一番覚えてもらいたかったことは、勉強でもスポーツ
でもピアノでもなく、「人を踏みしだいてそれに優越感を持つような
人間にはなるな」という、ただその一点かな。


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刀身の物理特性による教え

2017年01月22日 | スポーツ・武道など



対人剣技において、軸線を崩したり、仕掛けのやり取りの術の部類
とは別事項として、絶対的な物理的な法則が日本刀には存在する。
その物理特性を剣術にどのように活かすかということを概念化すると
この図のような古伝の示唆となる。
物理的現象は物理的現象なので実験すれば端的にすぐに判る。
例えば、
柄を握った刀を水平にして敵の打ち込みを十文字に受ける
場合、
モノウチ部分でがっちりと受けたりするのは不可能である。
立業の
場合に打ち込んでくる刀をまろばせることはモノウチで可能でも、
十文字に停止状態にて受け止めるのは物理的に不可能だ。
この図は、そうした物事の当然の理(ことわり)を刀身の部位で刀法に
活かすための古伝の教えの一つである。

こうした刀身の物理特性を活かした刀法の術として新陰流の合撃や
一刀流の切り落としが存在する。物理法則を活かしているので、正確
に嵌めると絶対に切り負けず、受け代がそのまま刀身特性により
受け⇒斬りという二段階ではなく、受け即斬りの一動作での斬撃に
繋がる。
それらの刀法は刀身の物理特性と剣を交える際の相関性を熟知した
上での術として結実させた「刀術」であり、その術は鎌ではできない。
日本刀の特性を最大限に引き出した術が剣の術=剣術の術技として
編成されているのだ。いにしえ人の発見と研究の成果がそこにある。


だが、そのような古人の刀術を無視する、つまり地上に存在する物理
特性をも無視するような思いつき動作を剣術であると言い張ったとした
らどうなるか。

例としては、敵が思いきり切り下ろしてくる大刀をこちらが正座で
屈んだ頭の後ろに短刀や脇差をかざしてモノウチでがっちりと受け
止めるなどということは、万が一にも不可能だ。
私が切り下ろす掛り手であるならば、そのかざした短刀ごと敵の脳天に
こちらの
刀身を深くめり込ませるような斬撃になることだろう。
そのようなことで受けられると思い込む剣術があるとしたら、それは
脳内ファンタジーの世迷言であるということだ。
それは軸がどうであるか軸崩しがどうであるかの剣術刀法以前に、
物体の物理法則をまったく無視した頭の中での思い込みの創作が
現実的に可能だとするものでしかなく、世の中の現実はそうなって
はいない。

人間が30mの跳躍ジャンプが絶対に無理であるように、この世には
無理なものは無理であることが確実に存在する。
刀身の部位による衝撃受け止め(これは逆にこちらから向かうことで
の衝撃の発生も意味するがそれについては今回は割愛)において、
刀身形状と刀身保持部位から
くる物理現象というものは確実に存在
する。手元に近い鍔元で受ける
のと手元から離れた切先方向のモノ
ウチで向かってくる衝撃を十字
に受けるのでは、どちらが衝撃の外圧
に対して耐性が強いのかは
小学生でも解る事柄だろう。

だが、そうした地球上での物理的な絶対現象を無視するような「刀法」
ならぬ「ファンタジー創作ワザ」が一部ではさも古流剣術であるかのよう
に宣伝されたりしているという現象も見られる。

剣技に興味がおありの諸兄におかれては、よくよく冷静に「本当は何か」
というところを見つめてほしいと願う。
ただし、チャンバラ殺陣や大道芸としての立ちまわりについては私は
不知。


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速球伝説

2017年01月21日 | スポーツ・武道など

速球王は誰か?(1999年)


やはり投手は速球だと思う。

市川雷蔵系のどや顔を見せる少年沢村栄治。17歳で米国メジャー選手を
剛速球で撫で切りにした。




1999年までの日本人最速投手はコンピュータ解析によると、
戦前の沢村栄治選手の159.4km/hだった。
野球の神様ベーブルースまでも直球勝負のみでスイングアウト
の三振ばったばっただったのだから。

ただ、初速と終速の差が少ないと、速度が150km/h台でなく
とも配球により三振の山を築ける。現役時代の江川卓がその
典型だろう。
江川投手の投球はタイムリーに現役時代に見ていたが、とに
かく凄かった。
剛腕と云われた江夏豊の投げる球とも球種が違った。確実に
手元で伸びるホップ回転がかかっているため、マグヌス効果
で球が円弧軌道にならず、手元でグーンと伸びる=球威が増す
ように見えた。江川卓が「怪物」と云われた所以がそれだった。
いや、あれ、凄かったす。江川投手が140km/h台でも三振を
量産したのはそうした球種だったからだろうと思う。


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柳生新陰流兵法

2017年01月17日 | スポーツ・武道など

Yagyu Shinkage Ryū Heihō



前半の閂差しにおいらは胸キュン♪
私が師匠と大師匠から習った本来の差し方はこれだった。
「本来は」という前置き説明があり、古流居合以外の別場所で
この差し方をしたらあらぬ批判を受けたりすることもある。
師匠も場所を選んで、このような差し方をしないことも多い。
そもそも一刀差しの場合は前半の意味もない。これ然り。
また、決められた様式の場所では決められた通りにする。これ
また然り。それを崩してはいけない。
しかし、本来の武士の大小差しでは見紛うことなく大刀はこれ
である。前に左身半分の前半、そして閂差し。武家の主家に
随行する侍士の正式行列などはこれですね。
記録は残っていませんが、たぶんうちの松平安芸守家中でも
侍はこのように刀を差したのでは。
土佐英信流の場合は、この形をよく残し、一刀差しにおいても
ここまでは鞘出し(脇差との干渉を避けるために出す)はせず、
左身半分の形は残しています。帯刀した時に柄頭が体の中央より
右にはこないとする英信流の鉄則がそれ。

こちらの演武は尾張中納言様御指南番の柳生の剣。

勉強になるこの動画、BGMは無いほうがいいように
思えます~(^^;
すみません、差しでがましいこと言って。(音声オフにしろよ
自分で>俺)


私の友人は、この先生に憧れて、ご家族と共に新陰流を
学びたいとのことだそうです。
イイネ!
習うのならば、ぜひとも本物を。


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斬り稽古の注意点

2017年01月16日 | スポーツ・武道など



抜刀道系の畳表斬りにおいての想定はよく知らないが、私が
居合剣法として斬術稽古する場合には、畳表では実際の剣戟
とは
異なる物理的限界を感じている。
それは、畳表は人体よりも細いということだ。
なので、体の中心線に畳表を置いた場合、あるいは自分の位置
取りをしてからの袈裟切りの場合、実際の
対人斬撃とは袈裟斬り
下ろしあるいは逆袈裟の入刀
位置と切り代の長さがまるで異なる、
という畳表や
巻き藁の限界性がある。

ではどうするか。少しでも実質的なことに近付けるには。
それは自分の立ち位置を意図的にずらすのである。ずらして、
実質的な対人斬撃と同じ入刀位置を取るのだ。



この畳表切りの物理的な致し方ない限界性については、私は
全剣連居合道初段の
頃から気づいていた。
居合というものは、結構そのあたりを厳密に設定している。
敵の人体のどこにどのように切りつけるかということを。
居合刀法で実際に畳表の斬り稽古を行なおうとした時に、「あれ?
これ、これだと実際は違うじゃない」とすぐに気がついた。どうする
か暫く呆然としながらも思案した。

最初から試斬ありき物切りありきの畳表切りから入っていたら、
この畳表の限界性に気づかなかったことだろう。

ただ、畳表が切断できたかできないか、等のレベルで思考がそれ
以上開かなかったことだろうと思う。

だが、居合の刀術は畳表試斬の限界性を即座に教えてくれた。

鞘内に刀を納めた段階で畳表に対峙した時点で切りつける
場所は
定める。だが、本当は居合などはそういうことはしない。

最初から抜き打ち場所ありきではなく、敵に対し臨機応変に居て
合わせるのが居合だからだ。

そこで、仮想的を浮かばせて、自由斬術稽古にしてみると、ますます
異なる。それはそうだ。人体ではないのだから。

なので、私は自分の立ち位置を可変的に取ることで、予め位置決め
斬撃とはなってしまうが、体の中心線に畳表を置く
ことはなるべく
しないようにしている。対人斬撃の場合は、

敵の人体の真ん中あたりから突然刀が入刀していくことなどあり得
ないからだ。

こうした物理現象は、横水平切りの時に極端に発生する。
だが、工夫すれば実際の剣戟の状況に少しは近づく。


こうした一連の考察は、多摩至誠館道場の斬術稽古の過程において
思考展開をしたのである。



※この記事内容はあくまで私自身の刀法についてのことです。
 他の流派・連盟・個人のことは、一切関知しません。



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切り下ろしの初動

2017年01月16日 | スポーツ・武道など



私の師伝の直伝英信流では、このような切り下ろしの初動動作は
一切しない。(あくまで大江正路直門の無双直伝英信流皆伝者
山本晴介弟子である私の師伝の切り下ろし)
また、中山博道先生もこの図のような切り下ろし方は、居合で
あろうと、試斬であろうと一切していない。それは残された映像
動画を観れば即断できる。この図のようなことは全くしていない。


理由はこれでは遠心力頼りの振り
になるからだ。
柄頭で敵の頭を叩く心持ちにて、柄から動き始め、
肘をパンタグラフ(これは徹底的に厳しく言われた)
のようによく伸ばして敵の頭上に刀を放り投げるよう
にして刀勢を乗せ、そして真下に切り下ろすつもりで
敵の脳天を切り下ろす。

真円運動だと刀の力は切先からどんどん外に逃げて行く。
定常円旋回の区間は極力短くして、ベクトルを一気に
切り下ろす「下ろし」につなげていく。定常旋回では
陸上競技のハンマー投げのような物理特性が働き、力
が遠心力で外に逃げよう逃げようとするからだ。
日本刀の刀法の切り下ろしでは、ゴリアテの投石のよう
な方法は使わない。それは手りゅう弾を投げるような
遠心力頼りの使い方であり、刀の切り下ろしにおいては、
野球の投手の背筋・肩甲骨・肩・肘・腕・手首に非常に
よく似た運動
様式になる。それゆえ、非常に勢いのある
トルクの乗った
切り下ろしが可能になるのだ。
野球の投手がハンマー投げや手りゅう弾投擲のような
運動軌跡で身体を使った場合、150km/hの速球も変化球
も投げられる筈がない。刀の使い方も同じである。

では実際にこの図のような切り方で何かを切ってみよう。
ポコンと跳ね返るだけだ。
それは何故か。
刀法の理にかなっていないからだ。


古人(いにしえびと)は私たちに言い伝えを残している。
「切り下ろし」であると。
「切り下ろし」は「切り下ろし」であり、「切り回し」では
ないのだ


古の教えに学べ。
居合道歌にはある。
  先人が尋ねし跡を踏みしめて  掟を守り道に従え




※記事内容はあくまで師伝系の当流のことです。他の流派・連盟・個人
 のことは関知しません。


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師匠のことと斬り稽古

2017年01月16日 | スポーツ・武道など



私の斬術の事始めは英信流だった。英信流刀法で斬った。(厳密
には剣道時代の1960年代後半が斬り始め。小学生の頃から
斬っていた。中学時も相当斬った。かれこれ50年程斬って
いるが、未だ熟さず。つまり求める内的指標には未達である)
居合を始めてからの1990年代初期においては、初めから存分に
切れた。
刀の良し悪しではない。刃引きでさえ切れているという現実が
あったからだ。師匠と師匠の師匠(大師匠)から厳しく躾け
られた柄手と振りをそのままやったら、最初から大切れした。
師匠と大師匠の正しい刀術伝授に心から感謝している。


その後、もっと刀術そのものに特化精通している方にも習いたいと

思った。事の優劣は流派を超える。できるできないについては
流派は一切関係が無い。流派拘泥こそが真(まこと)を求める障壁に
なると私は考えていた。

たまたま私をかわいがってくれている刀工康宏の工房で
刀工修行している店舗をまかされた番頭さんが武術家の
林邦史郎先生が総師範を任じている全日本刀道連盟の理事
だった。その縁で、刀道連盟にて刀道の刀法を林先生に直
に教えて頂く機会を得て、平成初期には大いに稽古に参加
した。
林先生とは個人的にも昵懇となり、夜遅くまで一緒に飲み歩いた
り(林先生は飲まないが)ご自宅にも泊めて頂いたりもした。
ご自宅の地下にある武劇道場でも稽古させてくださったりも
した。

また、実際に真剣斬刀法について直接指導を受けたのは、
横須賀の先生で、中村泰三郎先生のお弟子筋の方だった。
康宏作の試刀家でもあった小幡氏と同系の門の先生だ。


斬術稽古の主な稽古場所はこの多摩の至誠館だった。


やがてかねてより英信流仲間で行なっていた自習稽古を先輩
の自宅裏で頻繁にやるようになった。これはもう物凄い
数を
こなすような稽古だった。畳表は一畳巻き三時間漬けが
基本
である。最長でも2晩漬け程度だった。数時間漬けは自宅浴槽
でも行なえた。都内の自宅マンション(一階庭付)でも斬稽古
をした。

(都内自宅前での刃引き刀による斬稽古)


先輩の自宅裏での稽古は一人あたり50畳から70畳を一回の
稽古で切った。
太刀数は巻き1本につき3〜5太刀である。斬稽古のない日は
居合の抜き差し切りおろしを日に500本ほどやっていたので、
斬稽古は苦にはならなかった。
ただの反復ではなく(時にはそれも必要)、常にどうやれば
どうだろうということを考察しながら行うので、苦行とは
感じなかった。どんどん見えてくるものが、まるで海綿が
海水ではなく汽水域を超えて澄んだ河川の真水を吸い込む
ように膨らんで行った。流派や段位などに拘泥して安寧を
貪るような事柄とは別な真の世界が真剣刀法を学ぶことに
よって見開かれて行った。

その自主稽古会には全剣連範士八段の居合の師匠も本人希望
で参加するようになった。
以前から師匠の道場では斬り稽古も定期的に行なっており、
居合の形稽古と併用して車の両輪のように実践的斬り稽古
刀法の習いとして励行されていた。

そして、師匠はやがて林師範が指導する全日本刀道連盟の主道場
でもある多摩至誠館
での稽古にも参加するようになった。
全日本刀道連盟と日本抜刀道連盟が産声を上げて間もない頃だ。
日本抜刀道連盟設立には全日本剣道連盟剣道範士九段、全剣連
居合道範士(夢想神伝流)の中倉清先生も深く関与し、後に日本
抜刀道連盟の抜刀道制定形を制定している。私の全剣連居合道の
三段までの免状は、中倉清先生署名で東京都剣道連盟から授与
されたものだ。


それ以外にも神奈川県でのつきあいで、ほうぼうの斬系の
団体
から招かれて、私の師匠は英信流居合の公開演武をしたり、私
ども
門下生を率いて試斬大会などにも参加したりした。
また、全剣連所属連盟主催では、東京には居合道多摩聖(ひじり)
大会というのがあった。
そこでは、全剣連審判規則に基づく試合が行われる約500名位
が参加する関東のローカルながら人気のある居合道の試合が
開催されていた。
その多摩聖大会では、居合の試合とは別に、希望者の自主参加に
よる畳表試斬の公開演武があった。
それに私の師匠である範士八段は私たちを率いてよく参加した。
私も全剣連制定居合九本目の技で畳表一畳巻きを制定形通りに
切ったり突いたりする演武を行なった。
また師匠は操刀法の一つとして、回し(通称まくり)で連続斬り
なども公開して
いた。私は回しはやらずに、左右袈裟、左右逆袈裟、
左右水平
斬り、片手抜き打ち、突き、を演武していた。
演武後には、直後の休憩時間には同流他流を問わず多くの先生方
からいろいろ刀法についてのご評価を頂いたり斬術についての意見
を求められたりした。
その全剣連の多摩聖大会での居合道の試合戦績は、年度により
三位1回('90)、敢闘賞1回('91)、準優勝が1回('92)だった。
決勝まで進んだ大会では1-2の判定で負けた。居合道多摩聖大会
で私は優勝はしていない。
その後の広島県福山市で開催されている居合道福山市長杯でも、
三位1回、準優勝が1回だった。
ただ、居合の大会でも、そこで行なう私の切り下ろしの刀法は、
すべて師伝の斬刀法である。据え物斬りと居合での切り下ろしは
なんら変わらない。むしろ両者が異なるというのはおかしいことだ。
「切れる居合」を標榜しているのであるのならば、その居合用の
切り方とその刀で畳表程度は切れて当たり前なのである。
ただし、空気を切って切ったつもりになっていると道を外すので、
斬稽古の実践は欠かせないのである。しかも実際に居合の形や刀法
で切るのである。すると、「切る」「斬る」「斬り裂く」「斬り割く」
「圧し切る」等々の違いがありありと理解できてくる。空気切りの
形(かた)だけではなかなかそれには理解が及ばない。


現在、日本国内では居合道の演武は試合にしろ審査にしろ、人前で
演武を公開している。また、画像や動画でその様子も配信されて
広く居合道を多くの人に知ってもらおうとしている。ポスターなど
に居合演武や稽古の画像を載せて街や店頭に貼り出したりもしている。
人の目の前で居合を抜くことが現行の居合道の一様態となっている
のが現実である。
また、私が考える(というか師匠から習った)居合剣法では、居合
とは体術・刀術・斬術が三位一体となったものが剣法として成立する
もので、特に刀術と斬術は車の両輪であるとの確固たる思想がある。

私が斬術稽古をやるようになって目が見開かれるように気づいたこと
がある。
それは、日本刀を使用するということにおいて、流派などは一切関係
がない、という本質に気づかされたことだ。段位も関係がない。
出来る者は出来るし、出来ない者は出来ない。それが直に現実として
目の前に現出する。
切れる刀術は切れる居合に繋がり、また切れる居合は切れる斬術に
直結している。
その本質に気づかされた。いやがおうにも気づかされた。
瞠目したのではなく、自ら活目し、さらに瞼を開かされたのである。

私は根源的本質を求めて居合の稽古を続ける。
一求道者(ぐどうしゃ)として。
真(まこと)を求めるに、流派流門、はたまた段位も、一切関係ない。
だが、この真実を求めるに大切な視点、視座、己の心の立ち位置は、
ほかでもない師匠が教えてくれた。
私はまことの人でありたい。


※記事内容はあくまで師伝系の私事のことです。



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