渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

ローテーション

2017年02月22日 | ビリヤード



今はボブ・ショーンをメインで使うので、この私の2本のカスタム・
キューはしばらくは保存モードにシフトする。

これはキューのローテーション。

英文で
画像検索すると、おいらのTADがやたら出てくるのは、
一体どういうこったい(^^;



このTADの地肌、日本刀みたい(笑)。


緑ちゃんもしばらくお休み。


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仕事帰りにちょい玉

2017年02月22日 | ビリヤード


深夜、出張の帰り道に玉屋があったので、ちょい玉。
この店になって初めて来たよ。
なかなか良い店だ。

華台のポケットはかつての我が三原撞球会並に渋い。
しかもノーリターンレール式のプールタイプ。玄人好みだ。


ポケットテーブルとはこうありたい。ドンガバチョはダメある。

店の雰囲気もお店の方も感じが良いす。
J.T.Sブラウン10年が置いてあるぜ!
いいね!


一番手前のブランズウィックが華台。
ここで撞かせてもらった。



渋い台がある店、J.T.Sがある店というのが良い。
ただ、J.T.Sブラウンはもう無くなっちゃったからなあ。
「黒田武士」で母里(ぼり)太兵衛が呑み干して秀吉拝領の槍日本号を
獲った時の酒は三原の旭菊水だったが、2001年の芸予地震で
蔵元が損壊し、数百年の歴史に幕を閉じた。
歴史的な酒がこの世から消滅するというのはとても寂しい。
埒もない捏造創作でっち上げメンが大手を振って横行する中、本物だけは
残ってほしいところだが、人の世は何かと狡っからいのがはびこって
生き延びる。

本日は、ちょい玉で良い店を見つけたのでラッキーだった。
てか、2000年頃来まくってた店で、今は別な3代目のオーナーが
新規開店して数年の店なんだけどね。
新オーナーになってからは、きょう初めて立ち寄った。
店の造作は昔とはガラリと違う。
渋い華台とJ.T.Sを置いてあるというだけでも行く価値はある。
オーナーが「解ってる」人だからだ。

詳しいリポートは今後。

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ノーマル・ソリッド・シャフトの特性

2017年02月21日 | ビリヤード



手玉の横を撞いても直進するハイテクシャフトには補正たる「見越しが少ない」
というのは嘘である。
原理は上の図に示す。
的玉をポケットインする厚み=角度の見方は、ポケットからの延長線を的玉を
越して引いたライン上に的玉と接触する仮想玉を置き、手玉とその仮想玉の
中心を貫くように真っ直ぐに撞けば的玉はその延長線上に進行してポケット
インする。これが白線だ。

原理の概略はそうなる。
ところが、的玉をポケットインさせてから手玉をクッションに入れて、より右に
反射させて動かしたい時には手玉の右を撞く。
ハイテクシャフトという今世紀に入って一般化したシャフトでは、手玉の横を
撞いても手玉が直進しやすい。
だが、手玉は右を撞いて左回転のスピンがかかっているので、手玉が
的玉に接触した瞬間に歯車の原理で的玉に右回転かかる。

そうすると、正規の角度で手玉を的玉に当てても、的玉に回転がかかり、
ラシャとの摩擦により的玉は上から見て左方向に軌道がずれる。(赤線)
順ヒネリを入れたら、厚みは合っていても薄く外すというのはそのためだ。

ここで、「ポケットからの角度・厚みが合っているのに的玉がポケットへの
軌跡から外れる」という現象が起きると、結果としてポケットインしない。
そのため、予め厚みを厚く取って補正してやる必要がある。
つまり、ハイテクシャフトで順ヒネリを入れる場合には重なりに厚く補正を取る
「見越し」が必要になるのである。

では、ノーマルソリッドシャフトではどうか。
ノーマルソリッドシャフトは、手玉の横を撞いたら手玉が撞いた方向と逆に
ずれて進行する。これを業界用語で「トビ」と呼ぶ。
順ヒネリを入れたら厚めにトビが出てしまう。
だが、仮に右ヒネリを入れたら、歯車効果で的玉が左にずれるのだが、
手玉にトビが生じているので、結果的に手玉が的玉に当たる厚みが厚くなり、
歯車効果による的玉の左ズレが相対的に補正される。つまり相殺による補正
が勝手に行なわれる。(茶色線)
理論上は、ノーマルソリッドシャフトは、ある強弱・摩擦関係の領域における
撞き方においては、順ヒネリの場合には見越しがほぼ要らない。

厳密には撞き方のタッチや強弱、ラシャの摩擦の状態によりトビ具合が異なる
ので、相殺点に合わせる撞き方は高度な感覚と技術が必要になるのだが、
ノーマルソリッドシャフトの特性原則としては上述の特性を備えている。
(逆ヒネリの場合には、また別な原理が生じるので、今回ここでは割愛)

結論としては、ハイテクシャフトであろうとも、ノーマルソリッドの無垢木シャフトで
あろうとも、「見越しが必要ではないキュー」というものは存在しないのだ。
ハイテクシャフト遣いのプレーヤーがスピン=イングリッシュの時に真横撞きを
多用するのは、真横回転はそれほど的玉の軌道ズレが生じないからであろう。
だが、横撞きは少しでも上か下を撞いて手玉に斜め方向の回転が加わると、
的玉の回転が真横ではなくラシャを噛む斜めの力が加わって的玉の軌道が
横にずれて行く。結果、穴入れを外す。

また、単に上下の横を撞くといっても、ノーマル・ソリッドシャフトにはノーマル・
ソリッドなりの横の撞き方がある。ハイテクシャフトのような撞き方はしない。
ハイテクシャフトと同じに撞いたら、ノーマルシャフトでは手玉はとんでもない
動きをするのである。

手玉を自在に動かすという点においては、数十年乾燥(シーズニング)されて
コンマミリを削るのに数か月かけて削られて製作されたノーマル・ソリッド・
シャフトのカスタムレベルのシャフトに勝る物はない。
そして、そうした無垢木ソリッドの中でも特に打球性能が秀でているシャフトを
業界人たちは「当たりシャフト」と呼ぶ。
頭抜けた当たりシャフトは同じ物はなかなか手に入らない。
なので、ソリッドシャフト遣いは、予備シャフトとしてメインシャフトと同性能の
シャフトを探し続けるのだが、カスタムキューの場合は、大抵は同じ時期に
シーズニングが開始された同じ木のスペアシャフトが附属している。
だが、多くのソリッドシャフト遣いは、万一の時のために、メインシャフトと
同質のシャフトを探す旅を続けている。

ハイテクシャフトの素晴らしいところは、工業製品であるので、ほぼどの
シャフトも均質性が高いことだ。
つまり、どのシャフトでも、ほぼ同じ性能(というより特性)を有している。
このことは「当たりシャフトを探す」ことをしなくてよいことになる。
これは大きい。
そもそもが、ハイテクシャフトの開発に業界が乗り出した1990年代末期は、
良質な資源枯渇問題をどうクリアするかというところから始まった。
そのため、まるでフライフィッシングのバンブーロッドのように細く小割り
した細長い木材を円筒に張り合わせて、それを削ることにより、木材の
ばらつきを抑える目的でハイテクシャフトが設計され製造された。
ところが、不思議なことに、先角を軽くすることにより、その集積材の
シャフトには、従来のノーマル・ソリッドでは持ち得なかった特性が「瓢箪
から駒」で発生した。
それが、「手玉の横を撞いてもトビが出ずに手玉が直進する」という、
まるで考えもつかないような手玉の動きが出現したのだった。

このハイテクシャフトの特性により、多くの人は「どんなに横を撞いても
トビが出ないので、的玉と手玉の厚みだけを合わせればポケットイン
が簡単にできる」と勘違いを始めた。歯車の原理のことをスッポーンと
忘れて。
だが、物理原則は嘘をつかない。
ノーマルソリッドシャフトからハイテクシャフトに替えた人たちは、ほぼ
すべてにおいて「見越しが要らないシャフト」と勘違いしている限り、
ノーマルソリッドシャフトよりもポケット率を下げた。
「新たな概念による見越しが必要なシャフト」であることを理解できな
かったからだ。

現在では、ハイテクシャフトは、「材料問題」をクリアするためではなく、
多くは「手玉のトビを最小限に抑えるシャフト」として研究開発されている。
トビが無いということは、歯車原理によるズレの自動補正・厚く飛ぶ
ことによる相殺→ポケットインの簡便さの喪失にも繋がる。(ある領域
におけるトビを利用した撞き方の場合限定)

私がノーマル・ソリッド・シャフトしか使わないのは(ハイテクシャフトもかなり
使った)、充分に乾燥されて時間をかけて削り込まれたカスタムラインの
ソリッド無垢材の打球感がハイテクシャフトでは決して実現できないことを
知っているからである。
入れに関しては、ハイテクだろうがソリッドだろうが、どちらでもシャフト特性
に見合った適正制御をしてやれば両者に差はない。
ただ、逆ヒネリを入れる時だけは、純ヒネリと別な摩擦の面での物理特性が
生じるので、ソリッドに比べてハイテクシャフトは楽であることは確かだ。

だが、総合的な観点から見ると、ハイテクシャフトは決して「撞球を簡単に
するシャフト」ということではない。

ハイテク・シャフトにしろ、ノーマル・ソリッド・シャフトにしろ、そのシャフトが
持つ特性
というものを熟知しないとキューは使いこなせはしない。
「ハイテクシャフトだからポケットインしやすい」というレベルでしか撞球を
理解できないというのは、端から論外。

ビリヤードが世間では一般化しないスポーツであるのは、玉の動きに関する
撞球原理を理解するまでには、かなりの時間を要するからだと思われる。
ある程度の技術がないと、ビリヤードはまったくビリヤードにならないから
人気が出ないのだろうと思う。
お手軽簡単なスポーツなどこの地球上には存在しないが、スポーツではなく
娯楽としてビリヤードを捉えた場合、あまりにも難し過ぎる遊びだ。
たぶん撞球ができない人は、的玉2個を連続してポケットインさせることも
できないことだろう。無論、偶然ではなく、第一的玉をインさせながら手玉を
次の先球を落とす位置まで移動させるショットをした上でのことだ。
手玉は球体である。前面から見て、どこを撞いてもよい。無限に撞点(どう
てん)は存在する。だが、半タップ(数ミリ)手玉の横を撞いただけでミス
ポケットになったりする。
それはなぜか。
それの一つの原理説明(ごくごく初心者向け)が、今回の解説だ。
これは極めてごく初歩的なことであるのだが、こうした初歩的なことでさえ、
一般的スポーツよりも多くの理論的知見と実践の技術を要するのが撞球だ。
簡単な競技ではない。
これでは、お手軽簡単時代の今では一般的には人気も出ないことだろう。
それと、ベースボールやサッカーのように、観客が数万人、モータースポーツ
のように数十万人が一堂に会して観戦できるというスポーツでもない。
TV中継だけでなく、観客動員が少なければ、金も集まらない。
つまり、プロスポーツの興業としても成り立たない。
実はお先真っ暗というのが撞球界なのであるが、それでも撞球は面白い。
その理由は、「難しい」から。私の場合はそれだ。
適切に過酷な稽古をしないと技が身につかない。それが撞球だからだ。
稽古に稽古を重ねて一つずつ技を身に着けて行くという訓練課程においては、
武術のそれに似ている。(本物の武術。飲食しながらダラダラと稽古ならぬ
「稽古」らしき運動をして始めの礼も終礼もないようなインチキコスプレの
自称古流武術派などとは無関係な世界のこと)

撞球の世界はハッキリとしている。
捏造武術派のような大ニセモノは一切通用しない世界なのである。
それは、即座に現実が白日の下に目の前に現れるから。
脳内妄想で嘘ハッタリ捏造来歴をかましても、誰も騙される人間はいない。
それが撞球界。


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confrontación! victoria ⇔ derrota

2017年02月21日 | ビリヤード


私のショーンでサクサク入れるスペインの風。

オンブレ・ケ・アブレ・エスパニョールにおくれを取るな。
でも、
勝負の途中で、彼の提案により互いのキューを交換して5ゲーム
先取りを
やってみようということになった。

気づいたこと。
二人とも、どんどんヒネらなくなる(笑
自分のキューではないので、イングリッシュを入れた際の手玉と的玉の
動きが把握できないからだ。
結果として、二人ともどんどこ真ん中、真上、真下しか撞かなくなる(笑)。
これには笑った。
示し合わせてもいないのに、二人で同じ傾向性を見せた。
一度外すとまず自分に次には順番が回ってこないから、互いに必死(笑)。
まあ、何ごとも真剣に必死になるというのは大切だよね。
(イングリッシュとは、手玉の横を撞いて手玉にスピン回転を加えること。
英国人がヒネているからヒネリのことをそう呼ぶようになった<嘘)

人が撞くのを横で聴いていたら、私のボブ・ショーンは、やはりとても
澄んだ音がする。シュピーンという音。本当に良いサウンドだと思う。
ショーンというのはドイツ語で「美しい」という意味だ。キュー製作者のボブ・
ランドは元々は木管楽器職人だった。

対戦相手のレイズ・モデルのキューを使ってみると・・・
シャフトほっせ~~~!
キュー、なっげ~~~!
まあ、でも手玉の真ん中縦ラインを撞けばよく入る(笑)。
てか、それは当たり前のことだけど。
スロウが出る角度の時にはちょいヒネリを入れたりはしたが。
互いに仕事帰りだし、明日も早いからと、サクッと撞いて早めに切り上げた。
でも、二人とも晩飯抜きで撞いていた。世の中、飯より好きなこと、あり(苦笑)。

どうにかスペイン風邪にはやられなかった。

顔出し不可とのことなので、「目の所だけ黒い線入れとけばいいんだろ?」と
尋ねたら、「それ、違うから」とか言ってた(笑)。


Detesto la gente falsa.
Miraba real.
No dejes que a los mentirosos.
Tienden a mentir en el mundo de las artes marciales. (Quienes Anúnciate especialmente)
Nota para el mentiroso.


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ロバート(ボブ)・ランドが作ったキュー

2017年02月20日 | ビリヤード


熟考した結果、ロバート・ランドの時代のショーンを使用することにした。
RUNDEという発音はランデと明確な日本語発音ではなく、最後はドに
近い。ランデでもランドでも日本語表記はいいだろうが、英語発音は
一つだ。だが、日本語発音の「ド」でも「デ」でもない。

1984年製Rラインのモデル。ショーンのRラインとは、RUNDEのことだろう。
このモデルは国内には1本しか入って来ていない。
私は1980年代はこの
キューを愛用していた。当時の末端取引価格はこの個体で30万円だった。
リチャード・ブラックのブシュカ・モデルなども国内販売価格が
57万円だったので、1ヶ月分の給料と比較すると、当時のアメリカン・
カスタムキューは国内ではかなり高額販売されていた。
このランドモデルのスペアシャフトは、当時の株式会社コスモの社長が
私の為に同じザンボッティのリングデザインのショーンシャフトを探し
出して入手してくれた物だ。
私が依頼していたのではなく、内緒で私あてに探し回って入手して「どう?」
とサプライズで持って来てくれた。
リング部分は金属リングよりも、組木構造のほうが格段の手間がかかり、
シンプルに見えても値段が跳ね上がる。
一般的キューでジョイントリング部分に金属リングがサンドイッチされるのは、
製造コストを廉価に抑えるためだ。
ショーンのRライン=ボブ・ランドのモデルは、正確に再現されたパイロッ
テッドジョイント(TADやアダムや他のメーカーさえも正確に本物のパイロッ
テッドを再現できていなかった)、バットエンドのウエイトボルト方式の形状等、
名匠バラブシュカの完全フルコピーとなっている。

このキューは今世紀に入り、人に貸したら
バットエンドが破損という事故に
遭ったが、
10数年前にリペアで完全修理した。
その後は保存鑑賞刀モードにシフトしていたが、思うところあり、この度、
これを再びプレーキューとして
使うことにした。TADと共にとても大切にして
いるキューだ。一番思い出深いキューで私の中では特別な作品だ。
横ズレが
現代キューよりも大きいので見越しを適正にとらなければならない
という面はあるとはいえ、
押しも引きも非常によく利く。
かつては、このキューは私にとってはマスワリ製造キューだった。
手玉を撞いた時にシュピーンという音がする。その透き通るサウンドが私に
とっての
福音だった。
昔の業界用語では「玉離れが早い」というキューで、棒で撞く感触ではなく、
グイッとスプリングで弾いて押し出すような感覚がある。
かといってマクダーモットや80年代メウチのようなベナベナの腰の無さでは
なく、しっかりとした張りがあるキュー
で、撞球者によって撞き方がカチリと
決まるとかなり働いてくれるキューだ。(メウチについては、プロ用の供給
モデルと量産ラインでは品質に非常に差があった。エワ・マタヤ本人が使用
していた本人所有のキューを使ってみたことがあるが、量産モデルとはまる
で打球性能が違っていた。マスプロモデルではなく、まさにカスタムキューと
呼べるキューで、まるで市販レーサーとワークスマシンの違いのようだった)

このボブ・ランドのキューは秘蔵品となっていたが、これをしばらくプレーキュー
として復活させることに
した。
オートマシフトではないシビアなマニュアルのキューだが、やはり80年代
に愛着のある一品だったので、友人の勧めもあり、復活させることにした。
友人は私の心を衝き動かすようにこう言った。
「キューの声が聴こえないかい?俺を使ってくれよ、寂しいよ、という声が」


私のボブ・ショーンの撞き味は、一時期使用していたポール・モッティの個体
に非常に
よく似ている。そのモッティは友人に進呈した。
(愛用していたポール・モッティ作のガス・ザンボッティ・モデル)


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撞球再勝負

2017年02月18日 | ビリヤード



くそう。
スペイン語を話すマスクマンにスボコにやられた(笑)。
「さすが、先週俺にボコられたからと、一週間コソ練やっただけあるな」
と言ったら、「なんでやねん!(笑)」と大阪民国語で返してきた。

プール=ポケット・ビリヤードは入れが第一だ。
おいら、今回よく外した。
外したら回ってこないから当然負ける。これ当たり前。
とにかく、入れてナンボがポッケの世界。


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仕事帰りにドキウコ

2017年02月18日 | ビリヤード


太くなったダンゴ

仕事帰りの深夜の帰途、通り道だったので久しぶりに尾道で撞球。
10年ぶりに玉友と会ったので軽く5先を2回相撞きした。
懐かしい。
ダンゴというあだ名だったが、肥ってほんとにダンゴみたいになってた。
それを言うと、「そのために肥りました」て、意味わからん(≧∇≦)
まあ、昔から気立てが良い奴。
こちらの地方では珍しい部類に入る。

この店はポケットの穴が狭いから好きさ。

店の営業が終了する間際、マスタと二人で台を綺麗に掃除して、ボールも
すべて磨き上げた。
台の掃除は濡れ手ぬぐいでラシャ全面を丹念にふきあげる。おしぼりは
チョークとラシャの汚れでだだ汚れるが、これをやらないとテーブルのコン
ディションは維持できない。
以前、私たちが運営していた三原プールクラブ撞球会のクラブハウスでは
使用後の毎日の日課だったことだ。
この店では私は客として赴いたが、私が掃除することも違和感なく弟マスター
は一緒にやっていた。客というより撞球仲間という意識が強いのだろう。
それのほうがありがたい。
兄マスターはサービスでいろいろ食べ物を出してくれた。
ありがたくいただいた。美味し!

この店は、居合の稽古の帰りなどにも時々寄らせてもらって食事をしたり
するが、なかなかいいよ。

カフェ・テラット<公式サイト>



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撞球

2016年12月23日 | ビリヤード



帰宅途中に姫路で撞球。2年ぶりだ。

これくらい穴が狭いと御の字である。
かつてのわが三原プールクラブ撞球会の撞球室のテーブルほどに狭い。


なんだろう、俺。
キューはハウスキューなのだが、入りすぎるほどに入る。入れまくり。
(私はハイテクシャフトは使わずノーマルソリッドシャフトを使うので、
ハウスキューも普通に使える)
腕はほとんど落ちていない。
ちなみにボウラードは撞球室の穴の渋いテーブルで265点が最高点だった。
ある時から、何度やっても200点は毎回超えるようになった。


私は撞球のセンスはない。
私がキュー切れが人より良かったり難球を入れたりするのは、すべて
努力の結果だ。

ビリヤードテーブル横の食台のビニールマット下には、タップ切り用の
カッターの刃が置かれていた。
この台が上級者用の台であることが判る。
今は漫画喫茶になってしまったが、かつては姫路では名だたる老舗撞球店
だった。台のコンデションはかなり良い。
第一、チョークが平らだもの。そんな漫喫はない(笑
大抵は穴ぼこチョークだ。


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休息

2015年12月17日 | ビリヤード



仕事帰りに酒を飲みながらビリヤードなどというのは、久方ぶりの
ような気がする。
いつも移動は車だから酒は飲まない。
三原市内には一軒だけバーにビリヤードテーブルが置いてある店
がある。
ツレと一緒に久しぶりに居酒屋で一献傾けて、その後バーで一杯
やりながらハウスキューで玉を撞いた。
年末の死にそうなほどの多忙の中、たまにはこういう息抜きもいい
かもしれない。

台はオルハウゼン製。申し分ない。
ただ、ルームが狭くて壁ドン!さえなければ(笑


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本当の送り火

2015年07月14日 | ビリヤード



たっちゃんが死んだのがとても悲しい。
おない年(学年は彼が一つ上)。

よく立花プロにフォームが似ていると言われた。
そりゃ似る。勝負球を撞いていた頃は彼にいろいろ教わったし、一般
公開していない秘伝みたいなものを個人的にも伝授してもらったの
だから。

爾来、キュー切れについても自分自身はごく普通と思っていたが、
周囲からは「キュー切れが良い撞球者」と見られるようになった。
俺が普通に撞いても、背のたっけ~トッコや超スマートなアッコは「え?!」
とかなったりしていた。
トッコは業界からいなくなったが、売れない女優だったアッコは球の世界
で超有名人になっちまったけど、彼女の気性は大好きだった。
(俺のことグーでぶち殴りやがって、鼻血ブーで血染めのバーカウンター
になっちまったじゃないか、ったく)
あの俺の撞きは、
たっちゃんと撞いて吸い取っていたからいろんなことが
普通にできたのだ。「一発野郎」とかもよく言われたけどね(笑)。安全策
よりも一発逆転狙いのショットを選ぶから。当然手玉を自在に操れる
ようなキュー遣いを覚える。そういうのは自分の努力もあるが、きっかけ
や理論体系はすべてたっちゃんからいただきマンモスだった。

(豹柄イケイケ姐さんでなく清楚なお嬢様だったはたち頃の北山アッコ現プロと)




グランドマッセのようなフォームからのプレーキューでの手玉単独
ジャンプも私もホイホイやっていた。友人たちは「何それ?」と言って
笑っていたが、キュー切れ撞球者は剣術遣いのようなもので、
いわゆる「術者」であるだけのことだ。
レイズが世に出る以前(裏筋では知られていたが)、立花は普通に
平撞きしてマッセのような手玉の動きを出していた。プロになって
からもキュー切れ大魔王だった。
「キュー切れを殺して勝つよりも、キューを切らせて負けたほうが
いい」なんてことを本当に言ってたやつで、「プロとしては馬鹿だね、
それは」とは思ったが、彼なりの自分の中での一本通したい筋だった
のだろう。そこにチンケな打算はない。彼らしい。
最初はド派手な変なキューだったが、彼が彼らしくなってから死ぬまでの
生涯バディとした愛刀は、TADだった。


死んじまって、ほんとに悲しい。
ゴトッチが死んだ時よりも(あの人、いつかはポックリ死にそうだったから)、
正直、かなりのショックだ。
今まで一言も言わなかったが、本当に悲しいのだ。


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TAD

2014年11月01日 | ビリヤード


まるで皆焼(ひたつら)だな、これは(笑

俺のTADに「さらばタッドとかって、どうせ金なくて売ったんだろ」とか、「本物
でなくプリントキューだろ」とか、「タッドを何十年も使ってる者から
すると
こんな奴にタッドを語ってほしくない」とか(全部一人)、ケチつけて
た溶解君
が湧いて俺のブログに揶揄書きしてた。
別記事にも別ハンドル同一IPで中傷コメント書いていた。

うぜえから削除(笑
ストレート・プレーンのプリントキューなんて初めて聞いたぜ(笑
揶揄にも程があるが、このキューがプリントだなんて、どういう目を
してるんだ?(苦笑
ネット番長の揶揄中傷好きの奴ってどいつも特徴あるよな。
事実をきちんと正確に見て発言するのではなく、脳内で勝手に決めつけて
誹謗したがる。事実関係一切無視。歴史的なことも社会的なことも。
ぜってーにありゃあ、その手の類だぜ(苦笑
高ぇところが好きだったりとかよ(笑

言っとくけど、俺はキューも刀もナイフも俺が鍛えた小刀も人に売ったことは
一度もねぇよ。
60万のカスタムキューだろうが、人間見こんだらポンと進呈してらぁな。
逆に人様から刀をポンと贈呈されたりもした。
まあ、こういうのはゼニカネにしか捉われてねえ奴には死んでもわからねぇ
人間関係の世界だろうがな。
それと、俺はあいにく金には困ってねぇんだ、悪いけど(苦笑

論理的なところでの論戦ならばいつでも受けるが、小坊中坊みたいな感情論で
揶揄しかできない「おまえのカーチャンデーベーソー」系の書き込みは即削除
だから。
会話が成立しないんだから、書き込み残す意味ないし。

まあ、キューについては、ここら読んでから人に物言うんだな。

渓流詩人のキュー

TAD(俺のTAD)

俺が関係者に取材して書いたTAD紹介記事



ついでと言っちゃあなんだが、象牙について俺が書いたコラムも紹介しとくよ。

象牙について


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玉と魂(たま)

2014年01月12日 | ビリヤード



友人に誘われ新春玉撞きに行った。

4時間ほど撞いた。

いや~、何か知らんけど、よく入るわ。
雪が降るのではなかろうか(笑

え~と。自分語りはカットしました。
私は私はとか言ってるおっさんはイタいので(笑

タップが死にかけていたので、撞球場でさっさと新品に交換した。
所要時間は約10分。手慣れるとそんなもんだ。


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名刀讃歌

2013年11月04日 | ビリヤード

現在、鑑賞刀モードで保管しているこれ、もう一度使ってみようかな。




TADのバンパゴムは木ネジどめの構造である。


普通のチクワ状態のエンドキャップをバットスリーブに被せる方法では
エンドキャップがプレーの衝撃で取れてしまう。
では、どうやって、接着剤の効かないデュポン社の純白のデルリンを
バットに固定しているかというと・・・。

バット本体外周にネジを切り、デルリン内壁にもネジを切って硬く締め
こんで
いる。バラブシュカやザンボッティでさえ採用できなかった方法だ。
理由は手間がかかりすぎるからだろう。
なので、ほとんどのカスタムキューのデルリンエンドキャップは、ただきつく
被せてウエイトボルトで締めこむ構造になっている。

TADコハラのキューは、デルリンエンドはネジどめでバットに直に固定し、
重量調整兼デルリンエンド締め付け固定用の
ウエイトボルトなしでキュー
全体の重量とバランスポイントのセッティングを出して
いる。

シリアル#1560の私のTADコハラ(初代)作。
1997年11月の作品だ。
ちなみに西暦の1560年は永禄三年にあたる。
永禄三年は桶狭間の戦いがあった年だ。
ここで今川義元は織田信長の家臣毛利良勝に愛刀左文字(宗三左文字
ともども首級を獲られて敗死した。
日本に銃器が伝来してから20年近くが経ち、日本が世界一の銃器保有国
となっていく直前の戦国大動乱の時代だ。イクサの主武器は飛び道具と
長物であったが、太刀・刀は常に武士の腰間にあった。



TADは作品数は多いとはいえ、よく切れ、かつ美術的にも美しい厳選銘木を
よりすぐって作られた名刀だ。
特に初代コハラの作が二代目よりも出来が良い。
TADはいいよなあ。
やはり、使わずに保存か?(苦笑
極上研ぎ、いや、完全オールリペアから返ってきた状態から2マス程しか
撞いていない(笑

撞球が剣術と似ている面白いところは、キューを持って見知らぬ町の見知らぬ
店に入っていくのはまるで道場破りの武者修行のようなもので、必ずそこでは
静かで熱い「御手合わせ」が行なわれることだ。
尤も、こうした回国修行をしない仲間内だけでしかプレーしない撞球者も多く
いるが、概して巧くとも勝負強くはない。


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TADはいいよね~♪

2013年10月22日 | ビリヤード

昨夜は19:00から本日日付変更まで尾道テラットでマスター(弟)とナイン
ボールの
ガチンコ勝負。総合トータルでは負け。
集中してやっていたので画像はない。
対戦後、ボウラードを10フレームやってみたら1.7穴台でストライクが
連続する。

ボウラード200点以上を常にマークしても、試合形式のゲームとなると
ボウラードのように楽にはいかない。ボラは綺麗にブレイクしたら、
配置を
見て自分の組み立てで取る順序を決めて全部の玉を1キューで取り切れる。

とにかく、ナインボールでマスワリを何度も飛ばしてるようじゃ、全くお話に
ならない。いくら手玉をキッチン戻しのルールとしても、理由にはならない。

久しぶりにメインキューのTADのようなデザインで作ったハカランダ86-9
カスタム(デザインは世界にこれ一つ)を使ったが、
木琴のような音が心地
良かった。
1時頃上がったが、マスター(兄)に「きょうは早いですね」と言われた。
早かねぇよ(苦笑
サービスのポテチーごちそうさん。



隣りの台で撞いている飛騨からいらした二名のうち御一方の4剣TADが
かなり
カッコ良かった。
目黒自由が丘のアルファインターナショナルで
購入したそうだ。紫色のベニア
と4剣がグリーンのテーブルに映えていた。

撞かせてもらったら、すぐに「これシャフトがオリジナルじゃない・・・?」と
判ったが、東京高田馬場の山水ビリヤードのAbeCueの阿部さんに自分の
専用シャフトを作ってもらったそうだ。
TADの撞き味がコグノセンティみたいに
なっていた(^^;)

でも、パパタッドのロングデルリンがセクシーなキューだった。息子のフレッドの
作よりもずっと長い純白デルリンのエンドキャップ。TADのシンボルだ。
私はTADは今までに昨夜のを入れて12本しか撞いたことがないので、
撞き味云々を言えたものでもないが、大体同じような傾向のキューである
とは思う。総体としてはシャフトがバットの力も借りてビヨンとしなって手玉を
持って行くような系統のキューだ。かといってベナベナの腰のなさではなく、
スティフではない独特の芯が通ったソリッド感がある。いろいろな撞き方や
グリップの位置でプールキューの打球特性は大きく変わるが、TADにはTADの
活かし方というか撞き方がある。プレースタイルとマッチした時には抜群の
動体特性を示すのがTADのキューといえるだろう。
音は金属音ではなく、木琴のような音でスクーンというかスキューンというか
ドゥピンというか、そんな高い音が和音混じりでする。音楽をやっている人には
すぐにTADの和音に気づくだろう。ジナ系の甲高い単音とは多少異なる。
私が撞いたTADの中では、大阪道頓堀ビリヤードの常連さんの方のTAD
(TAD独自の矢羽のバットスリーブ)が最高の撞き味だった。あくまで私個人の
感覚だが、今まで撞かせてもらった3名のプロのTADや東京の玉仲間たちの
TADよりも私には合っていた。
「貴方なら、私がいない時、いつでも使っていいですよ」と言われたが、所有者
本人が不在の時に人様のキューでプレーなどできない。道頓堀では、気持ち
だけありがたく頂いた。イケメンのバーテンダーさん(A級)のTADだった。


飛騨からいらした家具デザイナーのTAD遣いの方とTADや自由が丘アルファ
の話でしばし歓談。

うちのかみさんがかつて住んでいたのが自由が丘だったので懐かしい。
そういえば、俺が初めて買ったキューはアルファで買ったのだった。
東急東横線自由が丘にあるアルファ本社までキューを見に行った。
最初Jossを購入しようと思っていたが、お目当てのデザインのキューが
品切れで輸入待ちだったので、とりあえず別なキューを買ったのだった。
ちなみに現在のメインキューの86-9オリジナルカスタムのベースキュー
となったヘルムステッター86-9sは逆輸入品だ。1980年代中期当時、
アダムは国内販売ではなく北米や欧州への輸出専門のメーカーだった
からだ。社名も「アダムカスタム」といった。国内では品薄でなかなか
アダムカスタムのキューが手に入らないので、知人が米国から持ち帰る
か、逆輸入の業者の入庫を待つしかなかった。デザインは選べずに、
とりあえず入荷した在庫を購入したのが私の86-9Sだった。
その1年後には国内でも販売が開始され、日本製アダムのキューは楽に
国内店舗で購入できるようになった。86年から87年の初頭は、戦後第二
のビリヤードブーム到来(しかも空前絶後で3時間待ちは当たり前)に
よって、キューの品数が極度に少なかったが、在庫がありさえすれば
売れたのも1987年のビリヤード界の国内情勢だった。
当時はカスタムキューという言葉自体が現在の概念では存在しなかったが、
日本国内での高級キューはTADであり、ショーンであり、リチャード・ブラック
であり、Jossとジョス・ウエストだった。一番日本で普及していた職人キューは、
日系二世米国人のTADコハラ(コハラ タダチ)さんが造るTADカスタムキュー
だったことは間違いない。
日本では「いつかはTAD」と呼ばれ、いつしか伝説のキューとなっていた。
インターネットも携帯電話もない時代のことだ。TADの良さは口コミでプレー
ヤーたちに広がって行った。奥村プロはじめ、日本の古いトッププロが大抵
使っていたのもTADキューだった。
TADは撞球特性に独特なアビリティーがあったので使いこなすのが難しく、
中級プレーヤーたちも「上級者になったらいつかはTADを」という思いを
込めていた。
価格自体は全く高くなかったのが1980年代のTADだった。Jossやリチャード・
ブラックのほうがずっと高額だった。現在のようなとんでもない金額になった
のは、
日本の販売店が2000年前後に値を極度に釣りあげたからである。
TADほど多くの日本人に親しまれたカスタムキューはないと思われる。
多くの人が広島にルーツを持つTADコハラさんのキューを愛用している。

 うちの父親のきょうだいのような顔つきの
 TADコハラさん。広島顔なのかしらん?(笑
 80歳を過ぎ、ガンとの闘病生活に入った
 TADパパだが、ガン治療の投薬弊害で
 車イスなしには移動できなくなってしまった。
 1日でも長生きして、今後も多くの人たちに
 
夢を与え続けてほしいが、とにかく養生して
 お体を大切にしてもらいたい。
 TADコハラ氏の容体の回復を心から祈る。

 

<追記>
タッドコハラ(コハラタダチ)氏はこの記事を書いた数日前の
2013年10月17日に永眠されました。私はこの日記投稿後
後日に訃報を知りました。
TADキューとコハラ氏は世界に輝く
日本の星でした。
氏の生前の多大なる功績に敬意を表するとともに、ここに
謹んでご冥福をお祈りいたします。
 


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リングコピー ~キューのリペア~

2013年10月19日 | ビリヤード

けさ8時半過ぎ、リペアに出していたキューが届いた。
以前この日記で書いた大失敗のリペア業者ではない別な業者だ。
オリジナルに合わせて86-9Sハカランダ・カスタムのシャフト・リング
新規製作を9月初めに依頼していた。


完璧な仕事である。
茶系ベークライトの新品ロットは現在は黄土色に
近いものになっており、
古いタッド荒ネジなどで使われた濃い
茶色のリペアなどでは問題が生じる
ことが多い。
アダムなどのキューで使われていた茶ベークもミルクコーヒー色になって
しまったし、ジャッドやジョシーのキューもすべて淡い色のベークになって
しまっている。

ビリヤードキュー素材としてメーカーからリリースされているベークライト
自体は経年年化で濃色化するのだが、新品状態で昔の濃い
色番は廃版
になったので、現行の新品はかなり薄い茶色のため、古いキューと合わせ
のリングを新たに製作する際には
色合わせに苦労する。
今回の業者さんは、色合わせも行なってくれた。仕事に問題は皆無だ。
素晴らしい。リングは色を合わせたベークライト、スロット部分はブビンガ
(アフリカン・ローズウッド)が合いそうだ、とのことでそれを用いて作って
くれた。


中央が今回発注した新規リング。(プロテクタはTADコハラさんが作った
実物オリジナル)

上のシャフトは淡路亭製1987年シャフト。リングはアダムオリジナル。
下のバットのリングはオリジナル状態(8年前に1度リペア)。
今回製作してもらった新規シャフトリングは、ま
るきり新品状態という
感じではなく、バットリングの経年状態と合わせてわざわざ製作
して
くれている。職人技のセンスがとても良い。どうしますか?との事前の
相談もあった。仕事において信頼ができる。


ただ、新規出荷では仕方ないのだろうが、リング塗装ではシャフト
部分とのクリア塗装の境目が一直線になっている。これはやむを
得ない。
だが、プロも一般的プレーヤーもこの状態のまま使用している方々が
非常に多いが、私もGMT撞球会の玉仲間も実はこれは好まない。
なぜならば、キューを使っているとシャフトが汚れて、このクリアの
境目がまるでテニス部の女子の日に焼けたソックス痕みたいに
なってしまうからだ。
配色や塗装センスとして、この状態のままというのは、機械的に過ぎて、
私は躍動感もぬくもりも感じない。


いつものように境目の部分をランダムな山と谷を形作るべく、日本刀の
互の目(ぐのめ)の刃文の
ように、細かくちぎったサンドペーパーを親指の
腹に乗せて小刻みにこすって刀の
仕上げ研ぎの「刃取り」をするがごとく
境目をぼやかした。


それにしても上側の淡路亭の赤木シャフトは木の質がとてもよい。
見た目も日本刀でいうならば地部分の肌が「小板目詰む」という感じだ。
幾重にも織り重なるような板目の杢が
画像からも見て取れる。
TADとショーンを除けば、私が持っている
シャフトの中で一番良好な
動体性能を示すシャフトである。
以前鳥取に出張に行ったその夜、宿泊先の街の玉屋でこのシャフトを
出したら、古い撞球師の人が「お、これはいいシャフトじゃないか」と見て
すぐに言った。見る人が見れば分かるようだ。あるプロも試し撞きしてみて
この淡路亭の古い赤木シャフトを絶賛していた。


なかなかいい感じ。境目が判らないでしょ?
これが使い込むと、ふんわりと雲のような上下もこもこに見える
ようになって来るのです。まるで日本刀の刃文のように。


シャフトのみでコンクリの床に自重落下させてみる。
スキューンと良い音がする。リング接着に隙はなし。
バットと繋いで手玉を撞いてみた。透き通る音がする。
完璧だ。
職人さんに感謝する。
納期はかかったが、確かな仕事をしてくれればそれでいい。
上手だなぁ。この人。

メインの差料の一刀がやっと戻ってきた。
現在主として愛用しているのはSTELLAという安キュー(当たりシャフトで
性能は申し分ない)だが、この86-9Sは私が所有した2本目の思い出深い
キューだ。
購入は1986年。長い付き合いである。
ハードブレイクでシャフトを折ったのもこのキューだし、マッセやジャンプ
を覚えたのもこのキューだった。(ジャンプキューがこの世に存在しない頃、
このキューでグランドマッセの構えから手玉単独ジャンプを私はやっていた)
参加者77名の試合で、気づいたら勝ち上がり、準決勝まで行った
のもこのキューだった。優勝商品はグアムペア旅行だった。
私が同伴した年上の女性は長い試合途中で眠そうにしていたが、
準々決勝前あたりからシャキーンと起きて「グアム!グアム!」と言い
ながら目が爛々と光っていた。残念ながら優勝はできなかった。
私が得た3位の商品はこのキューよりもずっと高価なキューだった(笑)
嗚呼、バブルな浮世よ、今遥か。


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