渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

休息

2015年12月17日 | ビリヤード



仕事帰りに酒を飲みながらビリヤードなどというのは、久方ぶりの
ような気がする。
いつも移動は車だから酒は飲まない。
三原市内には一軒だけバーにビリヤードテーブルが置いてある店
がある。
ツレと一緒に久しぶりに居酒屋で一献傾けて、その後バーで一杯
やりながらハウスキューで玉を撞いた。
年末の死にそうなほどの多忙の中、たまにはこういう息抜きもいい
かもしれない。

台はオルハウゼン製。申し分ない。
ただ、ルームが狭くて壁ドン!さえなければ(笑


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本当の送り火

2015年07月14日 | ビリヤード



たっちゃんが死んだのがとても悲しい。
おない年(学年は彼が一つ上)。

よく立花プロにフォームが似ていると言われた。
そりゃ似る。勝負球を撞いていた頃は彼にいろいろ教わったし、一般
公開していない秘伝みたいなものを個人的にも伝授してもらったの
だから。

爾来、キュー切れについても自分自身はごく普通と思っていたが、
周囲からは「キュー切れが良い撞球者」と見られるようになった。
俺が普通に撞いても、背のたっけ~トッコや超スマートなアッコは「え?!」
とかなったりしていた。
トッコは業界からいなくなったが、売れない女優だったアッコは球の世界
で超有名人になっちまったけど、彼女の気性は大好きだった。
(俺のことグーでぶち殴りやがって、鼻血ブーで血染めのバーカウンター
になっちまったじゃないか、ったく)
あの俺の撞きは、
たっちゃんと撞いて吸い取っていたからいろんなことが
普通にできたのだ。「一発野郎」とかもよく言われたけどね(笑)。安全策
よりも一発逆転狙いのショットを選ぶから。当然手玉を自在に操れる
ようなキュー遣いを覚える。そういうのは自分の努力もあるが、きっかけ
や理論体系はすべてたっちゃんからいただきマンモスだった。

(豹柄イケイケ姐さんでなく清楚なお嬢様だったはたち頃の北山アッコ現プロと)




グランドマッセのようなフォームからのプレーキューでの手玉単独
ジャンプも私もホイホイやっていた。友人たちは「何それ?」と言って
笑っていたが、キュー切れ撞球者は剣術遣いのようなもので、
いわゆる「術者」であるだけのことだ。
レイズが世に出る以前(裏筋では知られていたが)、立花は普通に
平撞きしてマッセのような手玉の動きを出していた。プロになって
からもキュー切れ大魔王だった。
「キュー切れを殺して勝つよりも、キューを切らせて負けたほうが
いい」なんてことを本当に言ってたやつで、「プロとしては馬鹿だね、
それは」とは思ったが、彼なりの自分の中での一本通したい筋だった
のだろう。そこにチンケな打算はない。彼らしい。
最初はド派手な変なキューだったが、彼が彼らしくなってから死ぬまでの
生涯バディとした愛刀は、TADだった。


死んじまって、ほんとに悲しい。
ゴトッチが死んだ時よりも(あの人、いつかはポックリ死にそうだったから)、
正直、かなりのショックだ。
今まで一言も言わなかったが、本当に悲しいのだ。


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TAD

2014年11月01日 | ビリヤード


まるで皆焼(ひたつら)だな、これは(笑

俺のTADに「さらばタッドとかって、どうせ金なくて売ったんだろ」とか、「本物
でなくプリントキューだろ」とか、「タッドを何十年も使ってる者から
すると
こんな奴にタッドを語ってほしくない」とか(全部一人)、ケチつけて
た溶解君
が湧いて俺のブログに揶揄書きしてた。
別記事にも別ハンドル同一IPで中傷コメント書いていた。

うぜえから削除(笑
ストレート・プレーンのプリントキューなんて初めて聞いたぜ(笑
揶揄にも程があるが、このキューがプリントだなんて、どういう目を
してるんだ?(苦笑
ネット番長の揶揄中傷好きの奴ってどいつも特徴あるよな。
事実をきちんと正確に見て発言するのではなく、脳内で勝手に決めつけて
誹謗したがる。事実関係一切無視。歴史的なことも社会的なことも。
ぜってーにありゃあ、その手の類だぜ(苦笑
高ぇところが好きだったりとかよ(笑

言っとくけど、俺はキューも刀もナイフも俺が鍛えた小刀も人に売ったことは
一度もねぇよ。
60万のカスタムキューだろうが、人間見こんだらポンと進呈してらぁな。
逆に人様から刀をポンと贈呈されたりもした。
まあ、こういうのはゼニカネにしか捉われてねえ奴には死んでもわからねぇ
人間関係の世界だろうがな。
それと、俺はあいにく金には困ってねぇんだ、悪いけど(苦笑

論理的なところでの論戦ならばいつでも受けるが、小坊中坊みたいな感情論で
揶揄しかできない「おまえのカーチャンデーベーソー」系の書き込みは即削除
だから。
会話が成立しないんだから、書き込み残す意味ないし。

まあ、キューについては、ここら読んでから人に物言うんだな。

渓流詩人のキュー

TAD(俺のTAD)

俺が関係者に取材して書いたTAD紹介記事



ついでと言っちゃあなんだが、象牙について俺が書いたコラムも紹介しとくよ。

象牙について


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玉と魂(たま)

2014年01月12日 | ビリヤード



友人に誘われ新春玉撞きに行った。

4時間ほど撞いた。

いや~、何か知らんけど、よく入るわ。
雪が降るのではなかろうか(笑

え~と。自分語りはカットしました。
私は私はとか言ってるおっさんはイタいので(笑

タップが死にかけていたので、撞球場でさっさと新品に交換した。
所要時間は約10分。手慣れるとそんなもんだ。


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名刀讃歌

2013年11月04日 | ビリヤード

現在、鑑賞刀モードで保管しているこれ、もう一度使ってみようかな。




TADのバンパゴムは木ネジどめの構造である。


普通のチクワ状態のエンドキャップをバットスリーブに被せる方法では
エンドキャップがプレーの衝撃で取れてしまう。
では、どうやって、接着剤の効かないデュポン社の純白のデルリンを
バットに固定しているかというと・・・。

バット本体外周にネジを切り、デルリン内壁にもネジを切って硬く締め
こんで
いる。バラブシュカやザンボッティでさえ採用できなかった方法だ。
理由は手間がかかりすぎるからだろう。
なので、ほとんどのカスタムキューのデルリンエンドキャップは、ただきつく
被せてウエイトボルトで締めこむ構造になっている。

TADコハラのキューは、デルリンエンドはネジどめでバットに直に固定し、
重量調整兼デルリンエンド締め付け固定用の
ウエイトボルトなしでキュー
全体の重量とバランスポイントのセッティングを出して
いる。

シリアル#1560の私のTADコハラ(初代)作。
1997年11月の作品だ。
ちなみに西暦の1560年は永禄三年にあたる。
永禄三年は桶狭間の戦いがあった年だ。
ここで今川義元は織田信長の家臣毛利良勝に愛刀左文字(宗三左文字
ともども首級を獲られて敗死した。
日本に銃器が伝来してから20年近くが経ち、日本が世界一の銃器保有国
となっていく直前の戦国大動乱の時代だ。イクサの主武器は飛び道具と
長物であったが、太刀・刀は常に武士の腰間にあった。



TADは作品数は多いとはいえ、よく切れ、かつ美術的にも美しい厳選銘木を
よりすぐって作られた名刀だ。
特に初代コハラの作が二代目よりも出来が良い。
TADはいいよなあ。
やはり、使わずに保存か?(苦笑
極上研ぎ、いや、完全オールリペアから返ってきた状態から2マス程しか
撞いていない(笑

撞球が剣術と似ている面白いところは、キューを持って見知らぬ町の見知らぬ
店に入っていくのはまるで道場破りの武者修行のようなもので、必ずそこでは
静かで熱い「御手合わせ」が行なわれることだ。
尤も、こうした回国修行をしない仲間内だけでしかプレーしない撞球者も多く
いるが、概して巧くとも勝負強くはない。


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TADはいいよね~♪

2013年10月22日 | ビリヤード

昨夜は19:00から本日日付変更まで尾道テラットでマスター(弟)とナイン
ボールの
ガチンコ勝負。総合トータルでは負け。
集中してやっていたので画像はない。
対戦後、ボウラードを10フレームやってみたら1.7穴台でストライクが
連続する。

ボウラード200点以上を常にマークしても、試合形式のゲームとなると
ボウラードのように楽にはいかない。ボラは綺麗にブレイクしたら、
配置を
見て自分の組み立てで取る順序を決めて全部の玉を1キューで取り切れる。

とにかく、ナインボールでマスワリを何度も飛ばしてるようじゃ、全くお話に
ならない。いくら手玉をキッチン戻しのルールとしても、理由にはならない。

久しぶりにメインキューのTADのようなデザインで作ったハカランダ86-9
カスタム(デザインは世界にこれ一つ)を使ったが、
木琴のような音が心地
良かった。
1時頃上がったが、マスター(兄)に「きょうは早いですね」と言われた。
早かねぇよ(苦笑
サービスのポテチーごちそうさん。



隣りの台で撞いている飛騨からいらした二名のうち御一方の4剣TADが
かなり
カッコ良かった。
目黒自由が丘のアルファインターナショナルで
購入したそうだ。紫色のベニア
と4剣がグリーンのテーブルに映えていた。

撞かせてもらったら、すぐに「これシャフトがオリジナルじゃない・・・?」と
判ったが、東京高田馬場の山水ビリヤードのAbeCueの阿部さんに自分の
専用シャフトを作ってもらったそうだ。
TADの撞き味がコグノセンティみたいに
なっていた(^^;)

でも、パパタッドのロングデルリンがセクシーなキューだった。息子のフレッドの
作よりもずっと長い純白デルリンのエンドキャップ。TADのシンボルだ。
私はTADは今までに昨夜のを入れて12本しか撞いたことがないので、
撞き味云々を言えたものでもないが、大体同じような傾向のキューである
とは思う。総体としてはシャフトがバットの力も借りてビヨンとしなって手玉を
持って行くような系統のキューだ。かといってベナベナの腰のなさではなく、
スティフではない独特の芯が通ったソリッド感がある。いろいろな撞き方や
グリップの位置でプールキューの打球特性は大きく変わるが、TADにはTADの
活かし方というか撞き方がある。プレースタイルとマッチした時には抜群の
動体特性を示すのがTADのキューといえるだろう。
音は金属音ではなく、木琴のような音でスクーンというかスキューンというか
ドゥピンというか、そんな高い音が和音混じりでする。音楽をやっている人には
すぐにTADの和音に気づくだろう。ジナ系の甲高い単音とは多少異なる。
私が撞いたTADの中では、大阪道頓堀ビリヤードの常連さんの方のTAD
(TAD独自の矢羽のバットスリーブ)が最高の撞き味だった。あくまで私個人の
感覚だが、今まで撞かせてもらった3名のプロのTADや東京の玉仲間たちの
TADよりも私には合っていた。
「貴方なら、私がいない時、いつでも使っていいですよ」と言われたが、所有者
本人が不在の時に人様のキューでプレーなどできない。道頓堀では、気持ち
だけありがたく頂いた。イケメンのバーテンダーさん(A級)のTADだった。


飛騨からいらした家具デザイナーのTAD遣いの方とTADや自由が丘アルファ
の話でしばし歓談。

うちのかみさんがかつて住んでいたのが自由が丘だったので懐かしい。
そういえば、俺が初めて買ったキューはアルファで買ったのだった。
東急東横線自由が丘にあるアルファ本社までキューを見に行った。
最初Jossを購入しようと思っていたが、お目当てのデザインのキューが
品切れで輸入待ちだったので、とりあえず別なキューを買ったのだった。
ちなみに現在のメインキューの86-9オリジナルカスタムのベースキュー
となったヘルムステッター86-9sは逆輸入品だ。1980年代中期当時、
アダムは国内販売ではなく北米や欧州への輸出専門のメーカーだった
からだ。社名も「アダムカスタム」といった。国内では品薄でなかなか
アダムカスタムのキューが手に入らないので、知人が米国から持ち帰る
か、逆輸入の業者の入庫を待つしかなかった。デザインは選べずに、
とりあえず入荷した在庫を購入したのが私の86-9Sだった。
その1年後には国内でも販売が開始され、日本製アダムのキューは楽に
国内店舗で購入できるようになった。86年から87年の初頭は、戦後第二
のビリヤードブーム到来(しかも空前絶後で3時間待ちは当たり前)に
よって、キューの品数が極度に少なかったが、在庫がありさえすれば
売れたのも1987年のビリヤード界の国内情勢だった。
当時はカスタムキューという言葉自体が現在の概念では存在しなかったが、
日本国内での高級キューはTADであり、ショーンであり、リチャード・ブラック
であり、Jossとジョス・ウエストだった。一番日本で普及していた職人キューは、
日系二世米国人のTADコハラ(コハラ タダチ)さんが造るTADカスタムキュー
だったことは間違いない。
日本では「いつかはTAD」と呼ばれ、いつしか伝説のキューとなっていた。
インターネットも携帯電話もない時代のことだ。TADの良さは口コミでプレー
ヤーたちに広がって行った。奥村プロはじめ、日本の古いトッププロが大抵
使っていたのもTADキューだった。
TADは撞球特性に独特なアビリティーがあったので使いこなすのが難しく、
中級プレーヤーたちも「上級者になったらいつかはTADを」という思いを
込めていた。
価格自体は全く高くなかったのが1980年代のTADだった。Jossやリチャード・
ブラックのほうがずっと高額だった。現在のようなとんでもない金額になった
のは、
日本の販売店が2000年前後に値を極度に釣りあげたからである。
TADほど多くの日本人に親しまれたカスタムキューはないと思われる。
多くの人が広島にルーツを持つTADコハラさんのキューを愛用している。

 うちの父親のきょうだいのような顔つきの
 TADコハラさん。広島顔なのかしらん?(笑
 80歳を過ぎ、ガンとの闘病生活に入った
 TADパパだが、ガン治療の投薬弊害で
 車イスなしには移動できなくなってしまった。
 1日でも長生きして、今後も多くの人たちに
 
夢を与え続けてほしいが、とにかく養生して
 お体を大切にしてもらいたい。
 TADコハラ氏の容体の回復を心から祈る。

 

<追記>
タッドコハラ(コハラタダチ)氏はこの記事を書いた数日前の
2013年10月17日に永眠されました。私はこの日記投稿後
後日に訃報を知りました。
TADキューとコハラ氏は世界に輝く
日本の星でした。
氏の生前の多大なる功績に敬意を表するとともに、ここに
謹んでご冥福をお祈りいたします。
 


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リングコピー ~キューのリペア~

2013年10月19日 | ビリヤード

けさ8時半過ぎ、リペアに出していたキューが届いた。
以前この日記で書いた大失敗のリペア業者ではない別な業者だ。
オリジナルに合わせて86-9Sハカランダ・カスタムのシャフト・リング
新規製作を9月初めに依頼していた。


完璧な仕事である。
茶系ベークライトの新品ロットは現在は黄土色に
近いものになっており、
古いタッド荒ネジなどで使われた濃い
茶色のリペアなどでは問題が生じる
ことが多い。
アダムなどのキューで使われていた茶ベークもミルクコーヒー色になって
しまったし、ジャッドやジョシーのキューもすべて淡い色のベークになって
しまっている。

ビリヤードキュー素材としてメーカーからリリースされているベークライト
自体は経年年化で濃色化するのだが、新品状態で昔の濃い
色番は廃版
になったので、現行の新品はかなり薄い茶色のため、古いキューと合わせ
のリングを新たに製作する際には
色合わせに苦労する。
今回の業者さんは、色合わせも行なってくれた。仕事に問題は皆無だ。
素晴らしい。リングは色を合わせたベークライト、スロット部分はブビンガ
(アフリカン・ローズウッド)が合いそうだ、とのことでそれを用いて作って
くれた。


中央が今回発注した新規リング。(プロテクタはTADコハラさんが作った
実物オリジナル)

上のシャフトは淡路亭製1987年シャフト。リングはアダムオリジナル。
下のバットのリングはオリジナル状態(8年前に1度リペア)。
今回製作してもらった新規シャフトリングは、ま
るきり新品状態という
感じではなく、バットリングの経年状態と合わせてわざわざ製作
して
くれている。職人技のセンスがとても良い。どうしますか?との事前の
相談もあった。仕事において信頼ができる。


ただ、新規出荷では仕方ないのだろうが、リング塗装ではシャフト
部分とのクリア塗装の境目が一直線になっている。これはやむを
得ない。
だが、プロも一般的プレーヤーもこの状態のまま使用している方々が
非常に多いが、私もGMT撞球会の玉仲間も実はこれは好まない。
なぜならば、キューを使っているとシャフトが汚れて、このクリアの
境目がまるでテニス部の女子の日に焼けたソックス痕みたいに
なってしまうからだ。
配色や塗装センスとして、この状態のままというのは、機械的に過ぎて、
私は躍動感もぬくもりも感じない。


いつものように境目の部分をランダムな山と谷を形作るべく、日本刀の
互の目(ぐのめ)の刃文の
ように、細かくちぎったサンドペーパーを親指の
腹に乗せて小刻みにこすって刀の
仕上げ研ぎの「刃取り」をするがごとく
境目をぼやかした。


それにしても上側の淡路亭の赤木シャフトは木の質がとてもよい。
見た目も日本刀でいうならば地部分の肌が「小板目詰む」という感じだ。
幾重にも織り重なるような板目の杢が
画像からも見て取れる。
TADとショーンを除けば、私が持っている
シャフトの中で一番良好な
動体性能を示すシャフトである。
以前鳥取に出張に行ったその夜、宿泊先の街の玉屋でこのシャフトを
出したら、古い撞球師の人が「お、これはいいシャフトじゃないか」と見て
すぐに言った。見る人が見れば分かるようだ。あるプロも試し撞きしてみて
この淡路亭の古い赤木シャフトを絶賛していた。


なかなかいい感じ。境目が判らないでしょ?
これが使い込むと、ふんわりと雲のような上下もこもこに見える
ようになって来るのです。まるで日本刀の刃文のように。


シャフトのみでコンクリの床に自重落下させてみる。
スキューンと良い音がする。リング接着に隙はなし。
バットと繋いで手玉を撞いてみた。透き通る音がする。
完璧だ。
職人さんに感謝する。
納期はかかったが、確かな仕事をしてくれればそれでいい。
上手だなぁ。この人。

メインの差料の一刀がやっと戻ってきた。
現在主として愛用しているのはSTELLAという安キュー(当たりシャフトで
性能は申し分ない)だが、この86-9Sは私が所有した2本目の思い出深い
キューだ。
購入は1986年。長い付き合いである。
ハードブレイクでシャフトを折ったのもこのキューだし、マッセやジャンプ
を覚えたのもこのキューだった。(ジャンプキューがこの世に存在しない頃、
このキューでグランドマッセの構えから手玉単独ジャンプを私はやっていた)
参加者77名の試合で、気づいたら勝ち上がり、準決勝まで行った
のもこのキューだった。優勝商品はグアムペア旅行だった。
私が同伴した年上の女性は長い試合途中で眠そうにしていたが、
準々決勝前あたりからシャキーンと起きて「グアム!グアム!」と言い
ながら目が爛々と光っていた。残念ながら優勝はできなかった。
私が得た3位の商品はこのキューよりもずっと高価なキューだった(笑)
嗚呼、バブルな浮世よ、今遥か。


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劇的ビフォーアフター

2013年10月12日 | ビリヤード

看板出してるプロのリペア屋から戻ってきた私のGB-2だが・・・


家の絨毯の上で手玉を試し撞きしたら籠った「ベコン」という音がする。
「?」と思った。透き通る音がするキューだったからだ。
シャフトを外してシャフトのみをベランダのコンクリの床に自重落下させてみる。
「キューン」という音がする。原因はシャフトではない。
もしや?と思い、バットキャップにはまっているバンパーを外して、ウエイト
ボルトをチェックした。
おお、やっぱり緩んでいたのね。すると・・・
なんということでしょう!(ここで『劇的ビフォーアフター』のBGM)

六角ボルト用レンチで締めこもうとした・・・ら・・・緩んでいるのではない。
なんと、ネジ山がぶち切られてネジがバカになってる(・_・)
これで業者との作業途中の電話での会話の意味が分かった。
私「デルリンは接着剤が効かないから、ウエイトボルトで締めこむだけですから」
業者「それは分かってるんですけど・・・」
どうも歯切れが悪い。その時になんか腑に落ちなかった。
こういうことだったのね。
お金を出してキューを壊してもらった私(笑
笑うに笑えないけど笑っちゃうってばよぉ~ ヽ(>▽<)ノ

 (今回のリペアで発生した問題)
 1.エンドキャップ材質違い
 2.バットスリーブまだら塗装(業者のミス疵による自主的塗装)
 3.エンドキャップに旋盤の削り目残りまくり(技術的な問題かと)
 4.ウエイトボルトのネジ穴破壊(これはトンデモです。秘匿してましたし)


幸いオリジナルのアダムのアルミウエイトボルト(5g)は短寸タイプで、
ネジがバカになったのはキューのボルトネジの入口付近のみと推察。
手持ちの別なシバキューのスチールの長いアダムウエイトボルト(26g)を
装着することで
デルリン(もどきの)エンドキャップをしっかりと固定できると
読んだ。



バッチリだ。メーカーオリジナル初期出荷段階のボルトはネジ穴が破壊
されているので着かなくなってしまったが。


キュー部品持っていたからよかったけど、エンドキャップが固定されていない状態
で撞いたら衝撃でキャップ外れちゃうよ。何考えてるのかね~、このリペア業者は。
この話を聞いた
友人は飽きれて「もうまじでクレームで言ったほうがいい」と言うが、
前にも書いたが無駄っす。

預かったキューにこんなことをする業者がまともな対処をできるわけがない。
それにしてもひどい話だ。折をみて、自分でタッピングし直さないと。
部品とか持っていないオーナーだったらどうするのかねぇ。シャレにならないよ。

予備ウエイトボルトのヘッドが汚かったので、研磨した。
ネジ部分もブレーキクリーナーで洗い、その後ネジ山を潰さないように軽く
さらってメンテした。



エンドキャップおよびゴムと接触する部分は密着性を高めるために鏡面化で
面出しをした。


こんなことはチューンナップではなくチューン(調律)の範疇だが、レーシングマシンの
メンテナンスのように、見えない部分まで細やかな気遣いをすることは、道具というか
勝負の戦闘アイテムを大切に
する上でとても重要なことだと私は思う。
その点、ビリヤードキューのメンテナンスについては、今は廃業したBuddy'sは完璧
だった。糸巻きやグリップ革交換にしても、古い糸巻きや革を解いた後、グリップ部分を
とても丁寧に磨き上げて面出しをし、さらに客との相談の上、薄くクリアを吹いて木の
曲がりに対処し、
しかる後に巻き工程に入っていた。見えない部分にも決して手は抜か
なかった。
一方、フィリピンキュー詐欺に関わっていた業者は、糸巻き交換では糸を解いた後の
キューに貼りついた接着剤の残存部分もそのままに糸を巻いた。なぜ残存接着剤を
綺麗に除去しないのか尋ねたら、「どうせ糸巻いて分からないんだからいいんだよ」
と答えた。Buddy'sとは大違いなことに私は結構驚いた。
キューへのいたわりを以て接するリペアマンは国内には案外少ないと思われる。
(Buddy'sの他にもそのような細やかな気遣いがあるリペアマンはいるにはいるよう
だが、そこは残念ながらバットエンドの交換は受け付けない)


ウエイトボルトを装着。



純白の真っ白なデルリン!(嘘。ソフトで色を加工してます)

このセッティングで家で玉を撞いてみた。
キューンと音がする。キュー内部の浮きはないようだ。
玉屋で撞く前にチェックして良かったぁ~。
撞いた後にキャップがもげたら目も当てられなかったよ。
キュー全体をタップを下に軽くコンクリ床に自重落下させても良好な音を出す。
まあ、オッケーかな。

バット重量は26gボルトのせいで440gとなった。
日本玉台中国産業の大坪さんとこで2ヶ月前にリシェイプしてもらった
オリジナルのノーマルシャフト(虎目)の重量は130g。
ということは440g(15.52オンス)+130g(4.58オンス)=570g(20.1オンス)。
ほんまもんのバラブシュカと同じくらいの重さになっちまった(笑
まあ、私は20オンス前後のキューをずっと使っているから良いけどさぁ。
私のプレーでのベストはバランスにもよるが19.75オンスだ。
ウエイトボルトを7g(0.25オンス)分だけ切るか・・・。今26gボルトだから
19gにセットすればほぼベストになる・・・というか20gボルトを新たに買うか。
となると6g(0.21オンス)マイナスで全体が19.8オンスか。いい線だ。

ということでニューアートさんの在庫を見たら・・・20gちょっきり(東京弁)と
いうウエイトボルトは、にゃぁ~で(福山弁)

アルミの15gにしとくか・・・。
でもなっげぇ~。キューに収まるのだろうか(^^;
ま、とりあえずは今の26g60mmで撞いてみよう。
シャフトを育て中なので、撞きこまないといけないけど、仕事詰まってて
時間がないや(笑


腑に落ちない業者の発言がもうひとつあった。
「瞬間接着剤が塗装面に散ってしまって」
散ってしまって?
さっき詳細にフォアアームを見てたら・・・・
ハギ部分が一部細長く補修塗装されている。筆塗りだ。しかも、緊急塗り
だからか、痩せてその部分のクリアのみ沈んでまだらに凹んできている。
もうね、ハギまで壊されちゃったってね(笑)
今までの体験上最低の業者に当たってしまった(ブヒブヒブヒ)。
いや、最低はもっと他にいた。革巻きをする時には、アダムでもカッターで
革のみを切っていくのだけど、キューにカッターが食い込むまで立てて
チューッと切っていた業者を見たことあるよ。かわいそうにギルバートが・・・
あがががなことになってた。
しかもね、先角交換する時、まあ旋盤は使うのだけど、古い先角を取るよね。
でもって新しい先角を装着する時には普通はネジをさらい直すのだけど、
その業者はそのままネジ込んで、まあ、当然最後まで入らないよね、以前の
接着剤が残ってるから。そうしたらハンマーで引っ叩いて先角を叩き込んでた。
ネジ山潰れちゃうし、そんないい加減で乱暴な作業初めて見た。
「そんなことするんですか」と尋ねたら、「面倒くさいからこうやる。瞬間接着剤
着けてるから取れやしない。余計なこと言うな」だってさ~。ひでー話だよ。
しかし、今回の業者もすげーなー。ハンパねぇなー。
シアノを飛ばしたな。あるいはシアノ垂らしたところにキューを転がしちまったか。
もっと気になるのはその補修部分の周囲の斜めに擦った痕だ。
シアノ飛ばしではなく、キューを倒して金属にぶつけたのかもしれない。
ま、傷物になってそれを補修した痕が明瞭に存在することだけは確か。
ええ加減にせいや。

以前別なリペア業者で嫌なことが沢山ありましたが、バイク屋でも同じような
経験が一度あるけど(クラッチ交換依頼で、実はクラッチ交換せずに調整だけで
クラッチ板交換の代金を取っていた。どうしても滑るから別な業者でバラして発覚)、
皆さんにひとついいことを教えましょう。
こういう失敗をする業者というのは、業種に拘わらず、一度ならず、連続的に
複数の不注意極まりない失敗をします。これは経験から。
早いとこ預けた物は回収するに限ります。クレームで失敗を直してもらおう
なんて思ったらさらにとんでもないことになります。根本的に隙のない仕事とは
無縁なところにいる人たちですから。言うだけ無駄。時間の無駄。
そして共通項は、ごまかしますね、必ず。隠したりごまかしたり。恥ずかしいこってす。

加えとこ。

 5.フォアアームに部分補修塗装痕あり(数日経ってその部分が痩せたため発見)

業者名を公開したほうが世のためかなぁ。
まあ、情況と事実を知らせるのは知り合いの玉屋7軒ほどにとどめとくよ。

いや~。勉強になりました。あっが~す。

ちゃんとしたリペア屋さんをまた気長に探そうっと。


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不遇の王者 呉珈慶(ウーチャーチン)

2013年10月12日 | ビリヤード
史上最年少の16歳でナインボール世界選手権の王者になった
少年がいた。
彼の名は呉珈慶(ウー・チャーチン)。


台湾育ちの彼は、台湾というビリヤード環境の良い土地で育ち、
16歳5ヵ月で世界チャンピオンとなった。
だが、その後の彼は不遇に継ぐ不遇だった。
若き世界チャンプは経済効果があるとして、プロモーターは
金のなる木として商品化しようとする。それは国家レベルで。
彼は2008年にシンガポールへ移籍しようとしたが、台湾政府
は国家的損失と考えこれを妨害した。向う2年間に渡る国際試合
への出場を不許可にしたのである。
ただビリヤードが大好きでプレーヤーとして純粋に生きたいと
する少年への大人たちの仕打ちとしてはあまりのように思える。

失意の彼は中華民国台湾から中華人民共和国への転籍を申請し
受理された。2011年からは中国籍として国際試合に出場しようと
していた。
だが、大人の事情はただで済むはずがない。
台湾政府は、兵役義務を全うしていないとして、中国籍にある
呉を兵役のために軍隊に入隊させた。兵役については彼が台湾
代表選手の時から免除扱いで国策選手として扱っていた筈だ。
国家政策として、容姿についてまで台湾政府は彼に「指導」という
規制をかけていた。国策により彼はダイエットさせられ、外見も
国策で変えられた。すべて彼が望んでのことではない。
兵役義務不履行を今さらあえて問題にして執行というのは明らかに
台湾に愛想をつかした彼への弾圧の一環としてあっただろう。
外国籍の者を自国軍で兵役に就かせるというのは、もちろん国防
の為ではなく「潰し」のためである。
民主主義国家日本の場合、仮にメジャーリーグで活躍したいので
米国籍を取得しようとしたら、このような仕打ちをされるだろうか。
絶対にない。呉が台湾という国家に愛想を尽かして外国の国籍を
2度も取得しようとしたのには、散々国策選手として10代の少年の
意思も踏みつけられて国家の道具として使われ続けたことから脱して
自由な世界で羽ばたきたいという背景があっただろう。

彼の不幸はさらに続く。
台湾軍での兵役は奇しくも早期に除隊となった。
なぜならば、彼は慢性骨髄性白血病に冒されていることが明らかに
なったからだ。

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(以下、Web Cue's から)

2013.01.09 プレイヤー
呉珈慶、兵役を終える

慢性骨髄性白血病のため早期退役

'12年4月に台湾の兵役義務を果たすために軍隊に入隊していた
呉珈慶(ウー・チャーチン/国籍は中国)が、昨年9月に行われた検査
で慢性骨髄性白血病であることが発覚したため、予定より早い退役
を果たすことになった。本来の兵役義務は'13年の3月までだった。

病状は薬物治療により安定している模様で、今後も定期的な服薬と
検査などは必要となるが、3ヶ月後には快方へ向う見込み。呉珈慶
は旧正月明けの2月には中国に帰国し、そこからビリヤード選手とし
ての競技復帰を目指すという。

同選手は'05年に16歳にしてナインボールとエイトボールで世界
チャンピオンになり一躍有名となったが、'08年に起きたシンガポール
移籍問題などにより、'09年から約2年間にわたり国際試合への参加
を禁じられるという苦しい時期を過ごした。

やがて'11年4月に台湾から中国へと転籍を果たし、出場停止期間の
2年も過ぎたことで国際舞台へ復帰を果たしたのだったが、続いて
台湾における兵役義務違反の問題が降り掛かる。そして翌年4月に
中国籍にして、台湾軍へと入隊することになったのだった。

まだ、呉珈慶の病気が完治した訳ではないため安心はできないが、
近年不遇をかこってきた元ダブル世界王者の勇姿を再び目撃できる
日もそう遠くはなさそうである。

----------------------------------------------------------

若き呉選手を心から応援したい。
運命の悪戯に翻弄されず、一日でも長く生きて、多くの人々に
ずっと輝くプレーを見せてほしいと思う。






ただ、彼は選択を誤った。
彼は落日の台湾よりも日の出の中国を選んだが、大局的に見て
アメリカ合衆国の国籍を取得したほうが絶対に良かったように思える。
国籍だけなら日本がベストだが、日本はプロとしてビリヤード選手は
食えない。年収200万円にもならないからだ。ビリヤードのプロは
他の職に就きながら選手を続けている。日本ではプロスポーツとして
ビリヤードは成立しない。プロ野球ならば二軍選手の新人でも年収
700万円ほどである。一般人なみには生活できる。だが、ビリヤードは
まったくプロ選手どころか一般社会人としても生活できない。生活保護層
としての収入しか得られないプロなどプロ選手とは呼べない。やはり
世界王者のビリヤードのトーナメントプレーヤーが活躍する場所は米国
だろう。
中国ではまた国策選手として「使役」させられるだろう。
米国人であるなら、今後思いが変わっても他のどの国の国籍でも取得
することが可能だが、中華人民共和国はそうはいかない。国家反逆罪
で命を狙われることになる。中国は天安門事件を起こすような「独裁国家」
であるからだ。自国民衆を戦車で轢き殺しても銃殺してもなんともない。
現行政府に異を唱えたら反逆で殺傷対象なのだ。
天安門事件後の中国政府の談話は「国民は何億人もいるから、天安門の
死者の数など問題ではない」というものだった。そういう感覚の国だ。
現在は体よく「開放政策」で資本主義のような装いを取っているが、
とどのつまりは軍事独裁国家であり人権など皆無の国である。個人の
意思や個性は必要とされない。人の命なども虫けらのようにしか扱わない
国なのである。中国では現在一切「天安門」でネット検索ができないように
情報統制されている。そういう国なのだ。「正しい判断」や「真実を知る」ことを
国民ができないようにしないと成り立たない国家なのである。人の世の真は
そこには存在しない。
アメリカ合衆国も国家レベルでは謀略軍事国家であるので中国と同じ穴の
狢で北欧の福祉国家などに比べる術もないが、さしあたって「自由」は保障
されている(ただし金がない者は医療も保障されない)。
全体主義国家中国に骨を沈めるつもりならばいいが、そうでなく個人の
基本的人権や「自由」を求めるならば、文字通りの「世界」を知ってしまった
呉くんはきっと後悔すると思う。


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デルリン

2013年10月08日 | ビリヤード

「デルリン(Delrin®)」とは米国デュポン社の登録商標の合成樹脂のことをいう。
デルリン®についておさらいしてみよう。

デルリン(Delrin®)とは、別名ポリアセタール(polyacetal)もしくはポリオキシ
メチレン (Polyoxymethylene)といい、デュポン(Du Pont®)社によって商標
登録されているホルムアデヒドを原料とするポリアセタール樹脂(POM)のことで
ある。デュポンによって1952年ごろに初めて合成され、1956年に特許が取得され、
1960年にはバーカーズバーグ(ウェストバージニア州)にその製造工場が完成した。」
(ネットから)

POMはさらに詳しく成分等により細分化されている。

ポリアセタール (polyacetal) またはポリオキシメチレン (polyoxymethylene)
とは、オキシメチレン (oxymethylene, −CH2O−) 構造を単位構造にもつポリマー
であり、略号はPOMである。ホルムアルデヒドのみが重合したホモポリマーパラ
ホルムアルデヒド
、[−CH2O−]n均質重合体)と、約2モル% のオキシエチレン
単位 (oxyethylene, −CH2CH2O−) を含むコポリマー([−CH2O−]n[−CH2CH2O−]m

共重合体)の双方の製品があり、両者ともポリアセタール、またはアセタール樹脂、
あるいはポリアセタール樹脂と呼ばれる。
ホモポリマーは精製されたホルムアルデヒドより触媒存在下、アニオン重合により
合成する。一方、コポリマー1,3,5-トリオキサンエチレンオキシドあるいは
1,3-ジオキソランの混合物に、三フッ化ホウ素などのカチオン重合開始剤を添加
した開環重合により合成する。
モノマーであるホルムアルデヒド、あるいは1,3,5-トリオキサンに水などの不純物
連鎖移動剤)が含まれていると、連鎖移動反応によりポリマー末端オキシメタ
ノール構造 (−OCH2OH) となる。オキシメタノール構造は、融点以上になると末端
からホルムアルデヒドが順次外れるアンジッピング反応(解重合)を引き起こして
しまう。ホモポリマーの場合は無水酢酸を用いたアセチル化などのエンドキャップ
処理を施すことで、熱安定性が改善されている。また、コポリマーの場合は、融点以上
末端の不安定部 ([−CH2O−]nH) を解重合させて、安定な末端 (−CH2CH2OH)
で終わらせる処理が行われる。」(ネットから)


一般的に法律用語の意味および学説、立法構造、権利と義務の連鎖関係を理解して
いなければ
判例を読んでもまったくサッパリなように、太字部分について理解して
いないと
上記説明文を読んでも、文章構成と書いてあることは理解できても
内容について
理解が及ぶことはないだろう。(民間ドラマなどでは刑事事件において
被告人を被告などと呼ぶ誤謬も蔓延しているほどだ)
上のPOMについての説明書きは、理系ではない私にはサッパリである(笑

ただ、POMの中にはホモポリマー(均質重合体)とコポリマー(共重合体)という
物があり、どちらもPOMの範疇とされていることには理解が及ぶ。
そして、デルリン®と呼ばれている物は、ホモポリマーに属するものであると
いうことも理解できる。
ネット情報によると、デルリン®以外のPOMは、着色していない限りクリーム色
がかった乳白色であり、
デルリン®は純白であるようだ。デルリン®以外のPOMを
デルリン®のように
純白にするには特殊な加工により着色する必要があるらしい。
私の認識でも、デルリン®というのは、シャカシャカのカキ氷のように、あるいは
純白のパウダースノーのように真っ白というイメージがある。

さて、ここで私のリペアから戻りたてホヤホヤのキューのバットエンドキャップを
見てみよう。仕事の依頼内容は、エンドキャップ傷みにより、純白のデルリン®に
エンドキャップ交換を依頼。


アダムのGB-2である。
この画像は光源の関係で、エンドキャップは白く見えないこともない・・・が・・・
肉眼で見るとかなり黄色がかっている。これは純白ではない。

デルリン®のエンドキャップが着いている古いTADおよびデルリン®の素材丸棒と
並べてみよう。

左からデルリン®素材、TAD(1997年11月製)、アダムGB-2(リペア直後)

明らかにGB-2は黄味がかった乳白色であることがお判りいただけると思う。


リペア後の一番右は友人曰く、「漏らしたオシメみたいな色」・・・(・_・)

さて、この素材は一体何だろう・・・。
デルリンは経年変化で黄化するというネット情報もあるが、このGB-2は
リペア直後である。
それに、素材の内部までの色自体がデルリン®とは全く異なる。
これはホモポリマーのデルリン®ではなく、コポリマーであるジュラコン
なのではなかろうか。
リサーチしてみると、
産業界ではデルリン®ではない素材もデルリンと呼び
ならわす悪弊が
蔓延しているらしい。
設計図などでも材質指定を「デルリン」としていたならば、デュポン社の
デルリン®で製造しなければならないのに、ジュラコンで代用したりする
ことも多いと聞く。「材質:POM」としているならばデルリン®でもジュラコン
でも可であるのだが、デルリン指定の場合はデュポン社のデルリン®を
使用していなければ材質間違いということになる。
実際、ビリヤード業界においても、POM全体を「デルリン」と呼びならわして
しまっている風潮もあるようだ。
デルリンは素の状態でジュラコンなどの他のPOM素材に比べて純白に近い。
着色デルリンもあるが、一般的かつ
圧倒的物量のデルリン®の原素材は色が
真っ白である。

果たして私のGB-2のエンドキャップの材質は何なのだろう。
デルリン®指定で業者に交換を依頼したが、明らかにTADや私が友人の
元リペア
マンから譲り受けたデルリン®丸棒素材とは色が異なることだけは
確かだ。
ジュラコンでも純白の丸棒製品はあるが、エンドキャップ交換をするので
あるなら、できることならデルリン®と同じような降ったばかりの雪のように
真っ白い色が希望だった。


はっ!
もしかして、パティーナ?
経年変化した50年前のバラブシュカ風みたいな?(^^;


<POMの代表的物性>


ネットで紹介されている加工前の純白のジュラコン>


リペアの際には何度も業者に確認を取った。
「真っ白いデルリン®で」と。先方からもデルリン確認の電話があった。
「失礼ですが、デルリン®はご存じですよね」と業者に確認したら、
「もちろん。TADなどに使われている物ですよね」と返事があったので
安心したのがいけなかった。

TADを見たことないのだろうか。
TADで使われているデルリン®とは、まさにこれのことだ。

おいらのキューのリペアで使われたエンドキャップはデルリン®ちゃいまっせ。

TADでなくともデルリン®はこれ。





そして、最悪なことに、スリーブ塗装面を傷められてしまった。
対応は横柄ではなく丁寧で「サービスで再塗装した。値段も割引する」とのこと
だったが、職人との依頼受注関係の肝心要は仕事の中身だ。対応の善し悪し
ではない。(あまりに対応デタラメだったり連絡問い合わせ事項を無視したりする
業者もいて閉口するけどね。フィリピンキュー詐欺と関与していたりとか、ビリヤード
業界のリペア業者って、こんなのばっか)
スリーブは部分塗装なので透過度が元と異なり、黒檀がマダラになってしまって
いる。取り返しはつかない。二重三重にこの業者はアウトだ。
カスタムキューも製作している業者だったので大丈夫かと思っていたが・・・。
だめだこりゃ(^^;)
ビリヤードキューのリペア業者は厳選したいものだ。(情報不足でねぇ・・・てか
良質な業者不足と言ったほうが適切か。浜辺の真砂の一粒を探すに等しいと
いえども、どこかにまともな業者がいるはずだ。)

リペアに出したがゆえに、今度はその部分を別業者にリペアに出さなければ再生
できない状態になってしまった。
しかも、完全再生にはエンド交換+スリーブ再塗装+グリップ糸巻き直しで8万円
くらいはかかるというフルボッコ(笑)
笑うに笑えないけど笑っちゃう~(>▽<)
なんか、俺悪いことしたのだろうか。
ま、業者選びは自己責任ということで。
歯医者さんに行ったら、別な歯抜かれてしまいました~、あはは、みたいな?(違
医療過誤はシャレにならんよ。

友人は見かねて「なんとかしてくれとクレームつければ?」と言うが、無駄だろう。
何故ならば、仕事が出来る出来ないの判断において、実効性に乏しいからだ。
判断力と腕が伴わない業者にクレームつけても、事態は好転しないし、再び
キューを預けるリスクは回避したい。今回のケースは、事実上は瑕疵担保責任を
満足の果実として実行させるのは困難なのである。いくら支払い命令を裁判所
から取っても、金ない人間に支払わせることが事実上は困難な案件のように。
業者の事前リサーチも大切だが、現実データの蓄積も大切だ。
一つ業者リストから消去、という現実をせめて懇意の仲間内で共有するだけだ。
玉屋でリペア業者を探している仲間も多いので、こうした失敗情報も人柱として
貴重なのである。
日本刀の研ぎも同じような事があるからね~。業者選びは恐いっす。
常にリスクが伴う。
バイク屋や車屋もそうだけど、キチンとやってくれる業者はかなり少ないと考えた
ほうがよい。


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旋盤

2013年10月05日 | ビリヤード

キュー作りの旋盤が欲しいって・・・考えたら、俺、旋盤を持ってた(笑





旋盤は主軸貫通孔が重要な決め手になるが、これは本格旋盤なので
主軸貫通孔はキューのバットまるまる貫通させられるからキュー工作も
できる。




でもこういうデルリンのキューガイドがないとキューをそのまま咥えさせたら
傷だらけになっちゃうよ。


私のような素人のキューメイキングにこんな本格旋盤は手に余るんだよなぁ。
こちらはアメリカのオールドキューレース。シンプルでかっこいい。


こういう工業用旋盤ではなく、キュー専用に開発された簡易なレース(旋盤)が
やはり便利だと思う。


要するに一番大切なのが主軸貫通孔で、日本国内ではこのようなミニ旋盤は
貫通孔が最大で26mmなので、キューを通せない。つまりこのような使い方に
なるのだけど、そうなると軸間距離が800mm以上必要になるが、最大でも
750mm程度のギリギリでキューメイキングには支障ある旋盤しか日本国内
では販売されていない。


たまに中国製を改造してキューメイキング用旋盤にして販売している業者が
いるが、重量が200kg近くあるので、もはやミニ旋盤とは呼べない。
アメリカ製のこのようなキュー製作専用旋盤は30kg程度の重さで、価格も
1,700ドル程度だ。


要は長い軸間距離と主軸貫通孔が4センチ程だけあればキュー専用レースと
なるのである。
このような重量何百キログラムもあるような本式旋盤はアマチュアキューいじりに
必要ないのだ。本職さんは必要かもだぜ(戸田奈津子風)。



ぼちぼちいくよ。




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キューのリペア

2013年10月04日 | ビリヤード

私のオレンジ系ベニア4剣の3種。

一番右のGB-2は、現在エンドキャップのホワイトデルリン化でリペアに出ている。
真ん中のメインキューであるハカランダ・カスタムはスペアシャフトのコピーリング
製作の為に別なリペアマンの手元に現在ある。

コピーリング製作を依頼した職人さんから連絡が来た。
リング用の樹脂は、なるべく同色系の樹脂を選択して製作にあたってくれるそうだ。
ありがたい。茶色はもっと薄い色のベークライトが今のロット標準だから、濃い色と
いう
のはそれだけでも色合わせ的にはマッチする。(ベークライトは濃い色に経年
変化するが、
何年もかかる)

オレンジ色のニクいやつ。

というのはタブロイド紙の「夕刊フジ」のCMコピーだが、関東以外では
知られていない。まあ、「バッキャロー」というのも関西中国地区では
皆目通じないくらいでして・・・(^^;
国が違うから言葉はまるで違います。相互に通じるためには「標準語」
しかありません。


剣ハギはベニアの色が総体イメージの決め手になると思われるが、
どういう訳かオレンジ系が手元に3本そろった。
他には青・緑系が2本手元にあるが、青・緑系のベニアもなかなかクールだ。




他には本ハギではないインレイだがボブ・ランデの茶黒系剣ハギもある。

シャフトの1本は先角にマイカルタが使われている。NASAが開発した素材だ。
このキュー、打球性能が最高で、音も透き通るサウンドを奏でる。

赤系べニアの決定版だったポール・モッティは友人に進呈しため、現在、カスタム
ハギべニアの定番ともいえる
赤系ベニアは1本も所有していない。


こういうパープル系の配色もセンスいいなと思う。(ポール・モッティ)


日本人が作るキューのハギに使われるべニアは、もっといろいろな色が
あってもいいのではないかと思う。


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キューのお尻

2013年10月03日 | ビリヤード



謎の中空キュー用のデルリン・エンドキャップの図面を引いてみた。



こういう感じで作ることになるだろう。


バンパーゴムは手持ちのこれを使う予定。(ショーン用予備)

こういう感じが一つの指標でもある。

ポール・モッティはこのサインがないキューのほうが絶対に恰好よいと思う(^^;)

今の時代、もはやこのデルリン・バット・エンド・キャップはクラシックデザインになってしまった。


だが、やはり個人的には今でもカッコイイと思っている。
サウス、フラットフェイス、荒ネジが好みの人はあまり好きではないのだろうが、
私にとっては、パイロッテッド+デルリンというこうしたオールドスタンダードはキュー
デザインにおける不朽性の代表格のように思える。
(これはザンボッティスタイルのポール・モッティ)


ホワイトデルリンは半透明のような質感を醸し出し、バンパゴムの黒色が
透けて見える。
これは男性和服の絽の生地や江戸小紋などのように、「江戸の粋」に通じる
ものがあると私は感じる。
一見なんの変哲もないが、近くに寄ってみるとその実体が見えてくるという、
そうした被服に代表されるセンスに私は「粋」を感じるのである。
もっとも、物体を見て何を感じるか感じないかは個人の美的センスの問題で
あり、「優れたデザイン」であるなどと画一視することはできない。
ただし、現代インダストリアルデザインにせよ、日本刀のような武用専一の古典
武器にせよ、あるいはファッションシーンにおける被服デザインにせよ、それに
触れるのは人間であるので、感性に響く素地が不在であると、作者の意図は
受け手の心には届かないと私は思っている。


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プールホール ~倉敷~

2013年10月02日 | ビリヤード



本日の夜明け。
夜明けとともに仕事のため移動を開始。
移動してもいいかな~?イードー(痛


夕方仕事を終えて、倉敷のプールホールへ。


倉敷市水島地区にあるスティックスン・ストーンズという店だ。
オーナーはカナダ人のポール・ラリヴィエール氏で、日本語ペラペ~ラ
なのである。
以前は別な場所にあったが、不況の煽りで、水島工業地帯の三菱系の
工場が閉鎖になったためその跡地のこちらに移転した。
以前の店舗よりも少し狭いが、どんな感じか。7年ぶりに訪ねてみた。
こちらの店舗に移転してからは3年ほど経つ。

以前はなかったバーカウンターが設えられていた。これはなかなか良い。
プールホールというよりも、プールカフェだが、カウンターがあると
マスターとも話がはずむ。右側の間仕切りは食事&コーヒーブレイクエリアだ。


このフロアのプールテーブルは8台。


スリークッションのテーブルも1台だけ置いてある。


プレーヤーが座る場所は専用造りのベンチだ。なかなか落ち着ける。


以前のお店から持ってきた古いアンティークのテーブルとチェア。
このエリアはかなり落ち着けるエリアで、ビリヤードテーブルの
すぐ脇にこのようなエリアが設置されているのはなかなか良い。


マスターのラリヴィエール氏とナインボール5先相撞きを3セットやった。
私はブレイクが悪く、相手ブレイクノーインからの裏マスワリ1回と
相手ブレイクスクラッチからの全球取り切りが1回しか出なかった。ダッサ。
ただ、マスターも撞球師なので、1ゲームは互いに1キューで大抵は終わる。
相手が外して場の玉が見えていたらすべて自分が1キューで取り切る。
(当たり前のこっちゃけど)

マスターのポールとは数年ぶりの再開で懐かしかった。
マスターは「相変わらず入れますね」(日本語ペラペラ)と言うが、いえいえ、
てんで駄目ですよ。マスワリ4連発5連発くらい軽くやらないと。
それに穴幅が入口2.1玉程で標準よりは狭いけど、普段撞いている1.8穴台
よりは広いからポコポコ入るよ(^^;
以前はスティックスンには1.6穴の華台(しかも穴奥が深い激渋台)があった
ので、「穴広くしたの?」と尋ねたら、「試合用に全部の台を同じコンディションに
揃えた」とのことだった。まあ、初期出荷ノーマル2.4穴よりは狭いけれども、
1.8穴に比べてたった0.3玉分の2.1穴でもかなり広く感じる。ちなみに全米
ナインボールクラシックトーナメントの台は1.6穴程の激渋台で試合が行なわれる。
一般的には2.3程度なので、ドンガバチョと何でも入る。コーナーポケットに
手玉が長レール1ポイント近くに当たってからポケットインするなんて、1.6~1.8穴
台(しかもカップ奥絞りの入口開き台)では考えられない。
ポケットテーブルは、穴幅だけでなくカップの開き具合(開いている方が難しい)、
石板の穴奥までの距離によってポケットインの難易度が決まる。当然難しい
台でトレーニングしていたほうが「入れ」というシュート力は上がる。
よく初心者も上級者も「センターショット」を練習に採り入れるが、本当のセンター
ショットとは、激渋台で撞いて、手玉がセンターにビタッと停止しないとならない。
的玉が対角線上のコーナーポケットにポケットインしても、手玉が少しでも
横に動いたり前に出たり後ろに下がったりしたのではセンターショットとはいえ
ない。だから、緩い台でヌルいセンターショット練習などしても、シュート力は
上がらない。たまたま入っているだけであり、「狙って狙った場所に」ポケットイン
させていることにはならない。
ビリヤードは手玉の動きが要だが、ポケットビリヤードは
的玉のシュート力こそが
命だ。


マスター・ポールは今年の春にカナダに8年ぶりに帰ったらしいのだが、
「あまりに英語が下手になっているので、みんなに馬鹿にされた(笑」
と言ってた。日本語は7年前よりも格段に上手くなっている。発音も
イントネーションもほぼ日本人なみ。デーブ・スペクターという埼玉県人
よりもよっぽど日本人に近い発音とイントネーションでしゃべる(^0^)

彼がこの6月から新作のキューを使いだしたというので撞かせて
もらった。見た目はシンプルでめっちゃ渋い。いわゆるスニーキー
ピートというハスラーキューだ。


しかし、ただのシバキキューではない。
キース・ジョシーのカスタムキューである。


撞き味はかなり良かった。硬いように見えるが、カスタムキュー独特の
シャフトがビョーンと手玉を持って行く感覚があり、扱いやすい。


フルスプライス=本ハギの下部はボコテである。

このキューは、直接アメリカ合衆国ジョージア州に住むキース・ジョシーに
注文したらしい。
先方のメール受付などは奥さんがこなしているらしく、ポールがカナダに
帰省する時に合わせて完成させてもらったという。通常6ヶ月かかるところ、
ポールのカナダ帰りに間に合わせて2ヶ月早く作ってくれたそうだ。
金額は聞いて驚く350ドル!日本円だとハウスキューに毛の生えたような
金額でジョシーのカスタムキューが手に入る。
「日本はキューが高すぎる」とポールは言っていた。
そうだよなぁ。米国内定価1,800ドル(17万円台)のリチャード・ブラックの
ブシュカなども日本では50万円超になっちゃってるものなぁ・・・。

「自分はプールホールのオーナーだとかキースに自己紹介したの?」とポールに
尋ねたら、「いや、そんなことは恥ずかしいから言わなかった」とのこと。
おお、アメリカ人とは違う控えめなカナダ人。
連合王国英連邦人だったからか、ジェントリィなり(^^)
相撞きしていて気づいたのだが、マスターの撞き方が数年前と変わった。
ノーマルシャフトでヒネリをよく使うようになっていた。
理由を尋ねたら、「以前はシャフトにA.C.S.S(アダム・センターコア・スーパー・
シャフト)を使っていたが、自分の玉撞きのパターンが同じになって面白くない
のでノーマルシャフトに戻した」とのことだ。「ノーマルがいいよ」と言う。
私はハイテクシャフトをメインで使っていないので何とも言えないが、私個人は
ノーマルシャフトが好きだからノーマルを使っている。
マスターは「キューは値段じゃないんだよね。安くてもアタリがあるから」(日本語
ベラベラ)とも言ってた。
私が先日某所で頂いたハウスキューを試し撞きしてもらったら「これ、いい!
本当にハウスキュー?」と驚いていた。彼は私のそのハウスキューでビシバシ
入れる。
そのキューに着いているオリジナルではない古いノーマルシャフトの出来が
いいんだけどね(^^)
充分にシャフトが育っちゃって、押し引きが良く乗り、かつ芯が通っている打感が
ある。まあ、分かる人は分かる。


スティックスンでは、なんと驚いたことに、別室に大きな大会のベスト8戦~決勝用に
「特設会場」がある。しかも大学の階段教室のような観客席が設置されており、
高い場所から試合全景を見渡せるようになっている。これは凄い!
こんなビリヤード場は日本国内では見たことがない。


階段教室の席に上がってみた(笑)


こういう席に座るのは実に30ン年ぶり(笑
大学ではこれの何倍もある階段座席で、大抵は大衆団交の場になったり
してたのだけど(笑

しかし、個人経営のビリヤード場でこのような設備まで建設してしまうとは
恐れ入る。プロのトーナメントツアーの決勝もここで開催されたりするそうだ。
なぜこのような造りにしたのかと言うと、「試合の時に人が溢れてお客さんの
場所がなかったから」(日本語ペラペラ)とのことだ。
莫大な資金を投資してまで、ビリヤード環境を整えんと斯界の発展に寄与
しようとしている彼の活動は、NBA(日本ビリヤード協会)あたりから表彰
されても
よいくらいの行動だと思える。特にこの部屋などは、一般客用では
なく、大きな大会の決勝専用特設会場なのである。私的利潤追求よりも、
公益性が非常に高い。


こちらは昔の店舗。



私はこの二夜は例の切れ味鋭い謎の1万円キューを使った。
姫路の店はラシャが激重(重馬場のようなもの)で、こちらの倉敷
スティックスン・ストーンズはラシャがスリー用のように早すぎた(芝の
良馬場のようなもの)。

しかし、どちらのラシャのコンディションであろうとも、キューをトンと
手玉に当てるだけの撞き方ではなく、重い球を撞いてしかもキュッキュと
キューを利かせて切っていく。そうしないとコンディションの変化に対応して
手玉を任意に制御できない。スルーッと軽く撞く転がし玉は駄目なのである。
走るラシャ上で短い距離を手玉を動かす時も、転がしではなく撞点の
選択によりしっかりとしたキュー出しとショットで手玉を短距離だけ移動
させるような撞き方をするのである。

気付くと、人口樹脂の先角(フェルール)は一晩でこのようになってしまう。

疵まみれ。一部摩擦熱でフェルールが溶けてラシャのチョークがこびり着いている。
引き球では手玉の最下部を撞き抜いてラシャにキューを何度も
こすり付けている
ことが判る。
象牙ならばこのようにひどい疵がつくこともない。象牙質というくらいで、かなり
摩擦に耐性を示すからだ。天然の動物の牙は人口樹脂では超えられないものが
ある。


家に帰ってから先角を丹念に微粒コンパウンドで磨くと、こんな感じに復活する。

♪ビューティビューティ~ ビューティペア~



倉敷市 プールカフェ STICKS'N STONES(スティックスン・ストーンズ)


落ち着ける良い店です。西日本の中国地区いち推しの正統派プールホール。
会員になると3時間以降のプレー代は1時間100円となる。これまた豪気だね(^^)



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プールホール ~姫路~

2013年10月01日 | ビリヤード

尾崎の『ダンスホール』は彼の曲の中で一番好きだが、
プールホールも好きである(なんのこっちゃ)。

姫路市内で仕事を終え、夜、初めてのプールホールに行った。

でかい!この建物2階部分がすべてプールホールだ。





扉を開ける時、「ギィ~ッ」という音がした。これがいい(^^


2階へと続く階段。雰囲気あるね~。


階段の途中には若き日のエフレン・レイズの肖像画が飾ってある。
額には本人のサインが書いてあった。
今はバカボンのパパのような彼だが、若いときにはウルフとも呼ばれて
いた。


最近のレイズさん(^^)


さて、プールホールの2階は・・・

これはいい。
客席に新聞が置いてあるプールホールというのはあまり存在しない。

映画『ハスラー』では、ミネソタ・ファッツがプールホールで新聞を読んでいた。
落ち着けるプールホールにはそういう光景も似合う。

プレーエリアは一段低くなっており、これはかつて80年代末期の北新宿
ロスアンジェルス・クラブを彷彿させる。赤坂のグリーンテーブルもこの
ような造りの店舗だった。たった3段の階段で降りるのがなかなか良い。
テーブルは全部で18台。すべてブランズウィックのゴールドクラウン4と
いう設えだ。

左奥の1番台の華台はポケットの穴幅がボール1.7個もなかった。かなり渋い。


階段がいいね。


プレーヤー席は専用造りのベンチタイプだ。これは倉敷のスティックスン・ストーンズ
に似た造りだ。専用チェアでなく、こういうのもプールホールぽくていいね。
う~む。ミニテーブルも専用設計だな、これは。

まるで映画『ハスラー2』に出てきそうな、なかなか良い店でした。


ただ、3時間ほど撞いたけど、お客さんゼロ(^^;)
大きな大会やプロのツアーでも使われる店なのに、平日の夜に客がゼロ・・・。
う~ん・・・。
今時珍しく1時間600円固定で3時間パック料金がないからだろうか・・・。
素人あたりはネットカフェに流れていくのだろうなぁ。
こういう店がいいのに、撞球には。
いつまでもつのか、見守りたい店でした。


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