渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

今年一年ありがとうございました

2011年12月31日 | 内的独白

みなさま、今年一年ありがとうございました。

今年は、戦後最大の苦難が私たち日本人に降りかかった年でした。
また同時に、捏造された安全神話が砂上の楼閣であったことが露見し、
人の本音と本性と欺瞞性の裏側が見えた年でもありました。
普段どんなに言葉の上だけで綺麗事を並べようとも、人の生と死の現実
に直面した時、自己保身だけが大切な人間の本音と本性というものは
どんなに嘘に嘘を重ねて取り繕おうとも、どうしても露見してしまうものだ
ということを改めて教えられた年でもありました。

悲しみ深い現実と共に、放射能汚染という深刻な事態は現在進行形で
進んでいます。
来年は、この狭い国に住む多くの同胞が、同じ空の下で生きているという
実感が笑顔と共に訪れることを心から祈っています。

どうぞよいお年を。


この記事をはてなブックマークに追加

『あしたのジョー 劇場版』 アニメ(1980年作品)

2011年12月30日 | 映画・ドラマ

高速道路のSAでこれを売っていたので購入した。
愛媛から兵庫県淡路島までの移動中、車内のナビでこれを観た。

■タイトル:あしたのジョー 劇場版
■アーティスト:劇場アニメ
(原作:ちばてつや 吹替:あおい輝彦、細川俊之、藤岡重慶、壇ふみ)
■品種:DVD

戦後日本の漫画界に名作劇画は数々あれど、三大名作といえば
『巨人の星』、『あしたのジョー』、『子連れ狼』だと思う。
さらに、80年代に入ってからは『バリバリ伝説』が挙げられるだろう。
これらに共通することは、あまりの人気ゆえ、ある種の社会現象を
起こしたことだ。
『巨人の星』は1960年代の野球ブームと連動し、当時の少年たちの
ほぼ100%がTVアニメ化された作品(むしろこちらの方が視聴率が高い)
を観て育ったはずだ。巨人の原監督にしろ江川にしろ、「巨人の星を観て
プロ野球選手になろうと思った」と語っている。
また、『あしたのジョー』は、1968年1月1日号(発売は1967年)から
1973年まで少年マガジンに連載され、倒れても倒れても立ち上がる
ジョーが当時の若者の共感を呼んだ。当時は「抵抗の時代」だったからだ。
『網走番外地』で日本刀片手に死地に向かう高倉健とジョーは当時の
先鋭的学生運動参加者(といっても当時の大学生のほとんど)に圧倒的
に支持され、ハイジャックで北朝鮮に行ったブント赤軍派は宣言で
「我々は明日のジョーである」と自分らを不屈の矢吹丈になぞらえた。
(どうせそんな台詞考えたのは田宮あたりだろう。題名くらい正確に書けよ。笑)
『子連れ狼』は、現在に続く漫画を原作とした映像化の魁(さきがけ)となり、
若山富三郎がほれ込んでシリーズ映画化し、続いて中村錦之助が
萬屋錦之介と芸名を変えて初の映像化でTVドラマ化されて空前の大ヒット
となった。そのため若山が激怒し、真剣を持って萬屋を斬りに行くと
暴れて大変だったという。結局、TVドラマは途中から勝プロが製作を
担当するようになった。
『バリバリ伝説』は、ライバルの死とそれの幻影を追う主人公という面で
ある種『あしたのジョー』と設定がとても似ており、こちらも1980年代に
社会現象となり、空前絶後のバイクブームを日本にもたらした。
漫画の名作というものは、連載時点の社会の動きと相互に連動し合い、
社会現象と切っても切り離せないもののようだ。

『子連れ狼』も社会的な時代背景を反映した作品だったといえる。
それは、主人公拝一刀親子は体制に抗う抵抗者であるという点において
連載放映当時の時代と世相を色濃く映し出しているといえるからだ。
主人公拝一刀は、幕府という政府を敵に回して武士という立場を捨てて
刺客というテロリストになってまで家族の恨みを晴らそうとする。
今の牙抜き骨抜き体制迎合の人間が大繁殖したつまらん時代には
全く支持されそうにない主人公だ。
今から10年ほど前に白い犬のお父さんが主役リメイクで『子連れ狼』を
やったが、幕府を向こうに回しても魔道を進む執念が一切演じられず、
所詮演技力と作品の理解力のない体制派の役者と製作者が「二匹目の
泥鰌」(実際には6人目の拝一刀役)を狙ったものでしかなかった。
北大路演じる一刀はまるで「いい人」みたいな感じでトホホのホだった。
拝一刀=いい人、柳生烈堂=悪い人という超ステレオタイプの表現の
陳腐さにあきれ果てた。原作をここまで落とすのか、と。
作品の本質を真剣に訴えかけずに焦点をぼかす限り、今の人間にさえ
受け入れられる筈もない。焦点ぼかしそのものが視聴者に媚を売る迎合
主義であり、骨太の時代に作られた作品の本質を限りなく希釈するからだ。
原作『子連れ狼』および若山版・萬屋版には、「幕府とその走狗を完全に
敵に回しても命をかけて立ち上がる」という堅固な思想性が底流に流れて
いるところ、そうした反体制的な思潮が毛嫌いされる風潮になり始めた
時代にヌルい作品を作っても作りがよけい甘くなるのでヒットする筈がない。
人の世でも、ぬるま湯にぬるま湯を足しても熱い湯にはならないのだ。
そのような体制側順応思想、城内平和主義は、アメリカの対外軍事政策
の目論見・行動の時期と連動して日本でも権力者によって醸造されてきた。
今は右を見ても左を見てもネットウヨや物を考えることをやめた若者に
代表されるような反動保守の(旧)体制迎合主義者ばかりだ。権力に尻尾
振り振りの犬ばかり。
そして、日本人の大半がゼニカネを判断軸の中心に据え、「勝ち組負け組み」
などという言葉を嬉々として使う。その使う言語にこそ体制と企業の金銭
優先主義を刷り込まれた迎合者の無思想性という思想性が現れている。
無意識に使っているだけに思考停止している(させられている)ことがよくわかる。

『あしたのジョー』が1960年代末期から1970年代初期において圧倒的に
(特に若者層に)支持されたのは、赤塚不二夫の「ニャロメ」と同種の情念の
共感があったからだ。
それは、痛めつけられても痛めつけられても決して挫けずに立ち上がるという
その生き方そのものだった。
こうした「層」としての情念は、1970年代中期の中島みゆきの表現において
「過去のもの」として歌われる段階で、現代の死滅状況へ向かう序章の幕が
切って落とされた。

きょう、以前から気になっていたことが解決した。
アニメ『あしたのジョー 劇場版』は、TVアニメを再編集して主人公矢吹丈と
宿敵力石徹の対決までをまとめたダイジェスト版のような作品だ。
公開は1980年。白木葉子の声は壇ふみが担当する以外はほぼオリジナルの
声優の収録を収めている。
ジョーの声は、歌手で俳優のあおい輝彦だ。彼は声優業はこの矢吹丈以外やらない。
気になっていたこととは、私の記憶の中では、TVアニメでジョーは丹下段平のことを
「おっさん」と呼んでいた記憶があるのだ。
だが、過日、実写版『あしたのジョー』(2011年作品)を友人と劇場に観にいった時、
ジョーは「おっつぁん」と呼んでいて「あれ?」と思っていた。
友人によると「原作ではジョーは段平を『おっつぁん』と呼んでいた」とのことで、
2011年実写映画作品は正確にTVアニメと原作を再現したのだとその時は納得した。
その友人は言語と言質に関しての情報記憶回路が確かな人間だからだ。
言語や単語に不正確で無頓着な人間は、記憶も曖昧だったり自分の勝手な
自己内情念で事実関係や起きたことを歪曲したり捏造するので、私はその手の
人間を基本的に全く信用していない。
ただ、どうも遠い過去に耳に残っているあおい輝彦のジョーが言う「おっさん」の
響きが払拭できないでいた。自分の記憶の曖昧さを疑った。
本日、劇場版アニメ(1980年再編集)を観て事情が判明した。
最初の登場シーンから少年院を退所するまで、矢吹丈は丹下段平のことを
ずっと「おっさん」と呼んでいたのだ。
そして、丹下拳闘クラブの建物を見てジョーが喜ぶシーンで、初めて矢吹丈は
段平のことを「おっつぁん」と呼び始めるのだった。
私の中での謎は解けた。
私の記憶も友人の記憶も、いずれも間違ってはいなかったのだ。
ただ、正確性を期すならば、最初の登場からある時期まではジョーは丹下段平を
「おっさん」と呼び、丹下拳闘クラブでボクシングを本格的にやりはじめる時から
「おっつぁん」と呼び始めたのである。
これ、ひょっとしたら、プチトリビアかも知れない。

本日の走行762km。
職業運転手みたい・・・。




この記事をはてなブックマークに追加

今夜はこれだ! ~劇画『子連れ狼』~

2011年12月29日 | 文学・歴史・文化

宿泊二日目。
今夜は松山市内のホテルに宿泊。
ホテル併設の温泉が気持ちよい。
サウナでたっぷり汗を流した。
今夜の読み物はこれだ!


大判の愛蔵版全巻を持っているが、10年ぶりの新刊発行
とのことで買い揃えようと思っている。
この作品は劇画界の金字塔。
この作品を最後まで読まずに時代劇と刀と侍を語るな、
つーくらいの名作だ。
特にラスト間際の展開など語り尽くせない程の士道が
凝縮されている。
漫画界のアカデミー賞といわれる米国『ウィル・アイズナー賞』
にて「世界の漫画家」の殿堂入りを果たした不朽の名作。
只今コンビニで発売中。
お早めにどうぞ。
全部で20巻くらいになると思いますが、これは揃えた方が
いいかも、です。
言わずと知れた「ドウタヌキ」はこの作品で一躍有名になった。
(作品初期には長脇差だったけど、いつの間にか2尺4寸
くらいに変化。笑)



おお!
気にもとめなかったが謎が解けたぞ!
第9話の「赤猫まねき」にて拝一刀は福山藩に捕らえられる。
その時に最初の短い胴太貫は没収されたのだ。
で、第10話の「寒到来」(名作)では最初から長い胴太貫に
なっている。
つまり、一刀が長い胴太貫を使い始めたのは第10話からで、
最初とは別の作ということになる。
山田朝右衛門との対決の時にはトビラで銘が出てくる。
山田の鬼包丁も。
その話題はいずれ。

とにかく、拝か胴太貫かというくらいに、この作品では
斬刀剣の胴太貫(架空。九州肥後同田貫がモデル)が大切な
役目を果たす。
萬屋錦之介先生はこれにハマって300口以上の同田貫を
集めた。
1本100万円としても3億だ。200万なら6億(笑)
やるな、萬屋先生。

一時期まったく市場から無くなったが、最近同田貫がポツポツと
出始めているのは、錦之介様の所蔵刀が市場に出始めたの
かも知れない。


この記事をはてなブックマークに追加

薄化粧美人

2011年12月29日 | 日本刀



おお!これは!
素肌美人の良さが良くわかる。
刀ってのはこういう風に研いでくれなくちゃだわ。
刃を見ると、粘っこそうだなぁ。
こういうのが良いね。
研ぎも良い。
刃をやたら真っ白にして厚化粧するのは、女の化粧品塗りたくりの
化け物みたいでよくないよ。

この刀、刀屋さん刀心さんの出物だけど、かなり良いと見た。
あと6センチ長ければなぁ、言うことないのだけど・・・。
でもこのような切れ物の刀というのはそうそう出てこないので、注目だと思う。
これ、町井氏が研いだのかなぁ。だとしたら、研ぎ師としてかなりセンスがいい。
地を最近流行りのツルッペタの真っ平らに研ぎ減らして畳斬り用にしていないのも
とても好感が持てる。
拵えもこだわって武用拵えで職人さんに依頼しているみたいだ。これも高ポイントだ。
短い武用刀を探している人は狙い目だと思います。

私の康宏なんて木刀みたいだものなぁ。平地の肉がでっぷりしすぎて。
だから棟重ねが6.2ミリ、身幅31ミリで2尺3寸6分の定寸なのに
鞘を払って1.19kgもあるんだよなぁ。
あんな横デブの康宏なんて見たことない。大抵は定寸のフツーの日本刀の
刀姿をしているから。二代目康宏は。反りも1.4ミリから1.8ミリくらいだし。
見た目はまったく普通の刀。物斬り用に特化した平べったいのや身幅が
広いのはあまり造らない。重さも、2尺3寸5分で刀身のみの重量が750g
程の物が多い。
だけど刀は重さじゃないのよね
大切なのは反りとバランス。約1.2kgあってもバランス良ければ片手で
抜き打ちバンバンできるから。(居合は片手が多いのす)
でも、先輩たちには私の1st康宏は評判良くなかった。刀が太りすぎなんだってさ。
プリプリッとして餃子みたいな刀でかわいいんだけどなぁ。
2ndのTカーの方は評判良かったけど、実は1stの方が気に入ってるんだ、俺。
空に浮かぶ雲のようなアンパン形の飛び焼きも物打ちの地にあるしさ。
(刀工曰く、土が落ちての失敗だそうな)
1stは2尺3寸2分に摺り上げて再登録して極上研ぎにかけて現役引退、
刀箪笥に納まっているけど。(たぶんもう切らない)


この記事をはてなブックマークに追加

猫犬の日常

2011年12月26日 | ポチたま



寝て起きて食べて寝て・・・
猫って何を考えているのだろう。
ときどき独りで何かを転がしたり追いかけたりするけど、
大抵は寝ている。

年に何度かフニャアの季節があり、普段は俺に寄って来ないのに
そのときだけは1週間ほどスリスリと寄って来る。逆にかみさんの
ところには行かない。
面白いのは、普段猫は返事などしないのに、この時期だけは名前を
呼ぶと100%返事する。そしてこちらに来る。
犬は名前呼ぶといつでもコマンドを求めて注視し、「おいで」と言うと
パッと来るが、猫の場合は普段は無視。ある時期だけ言葉に反応(笑)
面白いなぁ。
基本的に自分中心だよ、猫は。
世の中、猫派・犬派とかあるらしけど、俺の場合は振り分けはないのよね。
猫と犬との両方が家にいたから、どちらか派とかにはならない。
ただ、飼い易さでいったら圧倒的に猫だな。運動は家の中で適当に
自分でやるし、手間が一切かからない。
この猫(ときょうだい5匹)のために親と別居したけど、もうこいつも11歳になった。
つーことは、別居して11年ということだね。早いよなぁ。

最近身の回りに起きた変化としては、友人が広島市内からうちの実家の二階に
引っ越して来た。
どうも実家の犬が最近太りだしたと思ったら、知らないうちにジャーキーとか餌とか
いろいろ食わせたりしてるんだって。
決まった時間にやらないとだめだからと断ると
「だって、いつもクゥクゥとうるさいねん」だって。
そりゃ、ワンコはいつでもかまってほしいし、食い物は欲しがるよ。そんで要求する
たびにあげてたら条件反射の無限ループで、しつけもなにもなくなっちゃうよ。
パブロフ原理を知らんのか。
間食やるのやめれ(><)
「『ほしいのか。あげない』とか言うとよだれダラ~ッと垂らして面白い」
って、こら。藤丸というお前と似た名なのだから、いたぶるでない。


この記事をはてなブックマークに追加

映画『ワイルド7』

2011年12月25日 | 映画・ドラマ



画『ワイルド7』を観て来た。
まあまあ面白い。
不満な点はワイルドメンバーのキャラが立っていないことと、
イコちゃんとシノベエが出てこないこと(笑)
イコちゃんが綾瀬はるかで、シノベエが大橋のぞみちゃんで
やってほしい(^^)
ユキがふかきょんというのはどうなの?とか観る前は思っていたが、
なかなかかわいかった。でもイメージがちが~う(^^;)
実写版でやるとしたら『BRⅡ』の時の加藤夏希だよなぁ。
あちらも所属組織はワイルドセブンだったけどさ(笑)

非現実的エンターテイメントとしてはそこそこ楽しめた作品だった。
オープニングシーン、飛葉がカスタムウッズマンのカートリッヂを
掌に落としていく。
これのカートが現実にはないカートで、たぶん357マグのオート用。
弾頭はフラットにカットした殺傷力の高いホローポイント(軍用警察用
では使用禁止)弾で、薬きょうはモーゼルのような二段形状で
発火薬が増量された特殊弾であることが判る。凝った作りだ。
また、メンバーは原作と同じ人間は3人のみだったが、オヤブンには
パイソンを握らせていた。なかなかの演出だ。
(でも役者の宇梶氏が手が大きいのかパイソンでなくダイヤモンドバックの
ように見えてしまう)
そして、主人公飛葉は原作通りコルト・ウッズマンのカスタムを使う。
これはスタッフが「44オートマグ」や他の銃を提案したが、原作者の
望月三起也先生が絶対にここだけは譲らなかったという。
撮影用ステージガンは東京マルイが提供していたが、コルトウッズマン
はMGCのモデルガンが廃盤になってから20年近くが経っている。
スタッフはステージガンのベースを探すのに苦労したという。
コルト・ウッズマンは赤木圭一郎が映画で愛用し(国内の撮影で
使用されたのは実銃)、望月先生がほれ込んだ銃だ。『秘密探偵JA』
で登場させ、1969年~1979年少年キングに連載の『ワイルド7』
では主人公の飛葉大陸(ひばだいろく)にウッズマンを持たせた
(第一話『バイクナイト事件』の最初のシーンのみリボルバーを携帯)。
原作では最初の頃から「緑の墓」「首にロープ」あたりまでは実銃通りの
.22口径だが、話がすすむうちにどんどん大口径にカスタム化された
設定になり、1980年代の続編ではついに.357マグナム弾を発射する
ピストルと変身する。
銃身がショートリコイルしないストレートブローバックで大口径弾の発射は
無理で非現実的であるのだが、そこは漫画、なんでも許される。
実銃ウッズマンは1910年代から1977年あたりまで膨大な量が作られた
トラブル知らずのロングセラーだったが.22ロングライフル弾用のハンドガン
は、マグ弾にするとジャムしやすい。
また、.22ロングライフル弾はメーカーにより品質が格段に異なり、ジャミング
=スライドの回転不良が起きやすく、銃との相性が大切になる。
原作で飛葉はレミントン製の.22口径弾を使っていた。
今回の実写版映画では、主人公飛葉がウッズマンを使用していたのがこの
作品の最大ポイントだ。

ブルバレルに現代風のレールを搭載している。
だが、飛葉のウッズマンなのでフロントサイトはない。
このフロントサイトがないのは西部劇の早撃ちガンマンの銃に
よく施されるカスタムで、映画『ヤングガン』ではビリーザキッドが
早撃ちのためにフロントをヤスリで削り落とすシーンがある。
また『シェーン』ではシェーンが使うピースメーカーがフロントサイト
を削り落としており、それだけで「元ならず者の抜き撃ちガンマン」を
表現していたし、『ワイルドレンジ』でも主人公に同様のコルトを
持たせて演出していた。
映画『ワイルド7』では、ウッズマンはブローバックで作動していたが、
排きょうシーンはアップでは出てこない。これはMGCのモデルガンが
.22口径寸法のカートのため、オープニングで出てきた大口径と比べると
あまりにも細いため変な絵になるからだと思う。
ただ、効果音は.22口径の「パーン」という音ではなく「ドン、ドン」
という太い音にしており、大口径カスタムの演出が十分だった。
また、オヤブンも弾ごめする際にリボルバーのシリンダーに
張り付いたカートをエジェクター使ってテンションを表現しながら
排きょうする仕草など芸が細かい。演出が細かいところまで行き届いて
丁寧に作られている。サブマシンガンを寝かせ撃ちする部分以外は。
(現実にはフルオートでは反動制御が困難ですし、実際にはハンドガン
でも映画によくあるような寝かせ撃ちは非現実的です)

他にもCGは多かったが、全体的に見ごたえはあった。
セブンレーラー(バイク搭載のトレーラー)、あれもCGではないだろうか。
長すぎるもの。撮影用でも通行許可が下りないような気がする(^^;

この映画、たぶん続編が作られますね(^^)
そんな感じの終わり方だった。
ラストシーンではゲリラハンターだったユキがワイルドに加わる。
原作の『コンクリートゲリラ』と『黄金の新幹線』の話を下敷きにしたような
内容が今回の映画作品のストーリーだった。
ワイルド7だったら、名作『地獄の神話』を再現してほしいと思うが、
話が壮大すぎて実写は無理か。
でも望月先生はこのワイルドの名編『地獄の神話』は映画化させたいそうだ。
こちら

ただですね、コミックスの単行本では有名な名場面である横浜の植物園での
決闘の際に飛葉がバイクで突っ込むシーンが2ページカットされているんだよね。
これ、連載の週間キングではカラー2ページ見開きでド~ンとバイクで
飛び込みながら「ワイルド7」というタイトルが出るのです。
コミックではずっとそれが掲載されていないままなのよ。
だから、古本屋で探しまくって当時の週間キングのその号を探して買っちゃったよ、
あたしゃ。週間キングのその号を見て「これだよ!これ!」と数十年ぶりに感動した(笑)
もう、あのシーンこそ映画チックですごく良かったのに。完全コミックの復刻熱望だす。
そんで、実写版ならばイコちゃんと小学生のシノベエが出てきてほしいぞ~。
スナック喫茶「ボン」も。特に『地獄の神話』編ではボンは欠かせない。

実写版『ワイルド7』は丁寧な作りで、たいへん好感持てる作品でした。
客入りも良かったし、封切4日目なのに、パンフレット完売で在庫なし!(・_・)
映画終わって後ろの席見たら、ワイルド7みたいなバイクジャケット着た
にーちゃんが数人いた(笑)
「乗りすぎだろ」と思ってたら、よく考えたら俺もバイク用のライディングウェア
着ていた(笑)。
飛葉の普段乗りのバイクもHONDA CB750 ぽく偽装していたし、久しぶりに
映画館に観に行ってスカじゃなかったよ(^^)
もっとバイクアクションシーンがふんだんにあればよかったなぁ。
それと、ラスト間際のSATとの大銃撃シーンでは、ワイルド側はあれだけ
撃ったのだから警官に1発くらい被弾させてもよかったように思える。
命令は「標的以外一人も殺すな」だったのだから、SATの足や肩あたり
バンバン当てればよかったような気もするのだよなぁ。SAT側はワイルド
を射殺しようとして集団で撃ってくるのだし、ワイルド側はどんどん被弾
しているのだから。
でも、現実は大腿部などに被弾すると、大抵は死んじゃうんだよね・・・。
でも、映画はエンターテイメントとして楽しみましょう。

DVDでなく映画館で観て損はない作品だと思います。
ワーナー配給ってのが泣かせるぜ。

ユキがかわいすぎるんだよぉ~。
最後のバイクで追っかけてくるシーンなど、かわいくってさぁ。
たまりません(^^)

これは私のウッズマン飛葉カスタムのブローバック・ガスガン。

ブローバックガスガンのウッズマンはたぶん世界でこれ一丁。
トラブル皆無の完璧な作動、良好な命中精度、外見、どれを
とっても極めて優れた文字通りの一品物カスタムガンといえる。
製作はなぞ作さん。構想半年、製作半年、実射テスト3ヶ月という
力作だ。
装弾数は実銃と同じ10発。ベースはMGC(1978年製)モデルガンで、
スライド内のブローバックエンジンは大幅に手を加えてカスタムした
他社のエンジンを搭載している。もちろん、全弾撃ち尽くした時の
スライドストップやセイフティもライブだ。


この記事をはてなブックマークに追加

全日本 フィギュアスケート

2011年12月24日 | スポーツ・武道など

浅田真央ちゃんの演技が見たくて全日本フィギアを家内と見ている。(ing)
村上佳菜子選手の演技がとても良かった。わぁ、と思った。
女子ショートプログラムで65.56という高得点で1位に浮上した。


それにしても、女子の選手を見ていて気づいたけど、みんな
なんだかかわいい子そろい。特にジュニアなんてジュニアアイドル
みたいに皆さん容姿端麗で、家内と「なんだろうね」と話した。

真央ちゃんは手堅い演技でノーミスだったが、SPでは0.16ポイント
村上選手より低かった。明日のフリーが勝負だ。



今、男子のフリー演技を放送している。
昨日の高橋大輔選手がすごかった。SPの点数が96.05って、なんだそりゃ~。

子どもの頃から懸命に努力して、技を磨いて目標に向かって進んでいく。
やはり、こういう世界は素晴らしいなぁと思う。
全日本の場合、ちびっこたちが出てくるものいい。
そして、中学生や高校生の若い子たちの頑張りが見られるのが嬉しい。
ジュニアが見られてシニアも見られる。豪華なプログラムだ。
もっとも、フィギュアの場合、シニアといっても10代中盤から20歳前後が
円熟期で、26歳の鈴木明子選手が今大会は最年長だったりする。
選手としての輝きが年齢としてはとても短い一瞬であるという特殊な
競技みたい。器械体操に似ている。
かなり活躍期間が短い特異なスポーツ種目だと思う。

ということで、またTVの前に戻ります。
そろそろ高橋選手のフリー演技が始まりますので。


この記事をはてなブックマークに追加

誕生日 クリスマス 忘年会

2011年12月24日 | 外出・旅

昨日は娘の誕生日なので、私の母も誘い家族で食事に行きました。
ここ数年、クリスマス前後は仕事で一緒に食事できなかったのですが、
久しぶりに揃っての食事です。
和食も考えましたが、フレンチにしてみました。

尾道なのですが、なぜかここだけ横浜の香り(笑)
港の前にあり、雰囲気は横浜のポーラスターかスターダストと
いう感じです。


ドアを開くと、予約を入れていたのですぐに案内されます。


ピアノの生演奏も聴ける店ですが、今夜はBGMでJazzが
静かに流れていました。




テーブルにつきます。


今宵のフルコースはこれ。


キャンドルライトが灯り、これから食事です。

正装しているため、行儀悪いので食事中は料理を撮影しません。

コースの食事が終わったら、シェフからのサプライズがありました。

フランス語で「誕生日おめでとう」とチョコで書いてくれた。
そして、スタッフたちがお祝いに席に来てくれて、家族4人の記念撮影を
してくれました。すぐに希望枚数をプリントしてくれた。気配りのある
サービスですね。
丁度この時、店内では映画「ゴースト」のテーマが流れ、とても良い
雰囲気になりました。娘も嬉しそうにしています。

娘は16歳になりました。
東京で暮らしていた私が両親と別居して独り東京に残り、両親が広島に
移住したのは私が丁度娘と同じ年のことでした。
以来、私は東京で進学し就職し結婚して、38歳で妻子と広島に引っ越して
くるまで親とは同居していません。
娘もあと2年後には親元を離れて独り暮らしをすることになるだろうと
思います。そろそろ独り立ちの季節が近づいています。

食事はとても美味しゅうございました。
たまにはフォーマルな装いで家族でフレンチというのもいいもんですね。

今夜はイヴです。
週末がクリスマスイヴというのは久しぶりですね。
みなさまは今夜どのようなひと時を過ごされるのでしょうか。
心に幸せの明かりが灯りますように。


この記事をはてなブックマークに追加

日本刀万歳

2011年12月23日 | 日本刀

今朝、切れ物の日本刀を販売する刀心さんからメルマガで新規販売の刀の
連絡をもらった。
これまた
良く切れそうな刀だなぁ。
一時期刀屋に関わっていたからよくわかるけど、拵付でこの値段というのは
一般的にはあり得ない破格値だ。懇意になって個人的に分けてもらうならともかく。
本当に文字通り採算度外視の「御奉仕価格」なのだと思う。
広告に偽りなしだよ、これ。
二尺三寸二分。今は観賞用に鞘に納めた私の斬鉄剣康宏刀と同じ長さ、
同じ身幅、同じ重ね(康宏の方がやや薄い)、同じ反り(笑。刀って突きつめて
いくと形が似るものですね)。
使い勝手がかなりよさそうだ。
切り稽古で使用されていた刀のようだが薄らと刃の様子が見える。
赤鞘だから古式の武家礼則としては非公式用の夏場の装いだし、柄巻きも
正式礼装には使えないタイプの巻きだけど、畳表の切り稽古には差し支えない
と思われる。
こういう出物はすぐに売れちゃうんだろうなぁ(・_・)

この刀心さんの個体は地刃の状態がよく判らないが、同作者の作で
刃が見える程度にするとこんな感じ。

近代関物特有の「とんがり君」が刃に出ている。
これは実はそこそこの研ぎにかけると、そのとんがり君が
水の中からマッチ棒がふわりと透けて浮き上がるような
面白い刃文となるのよ。
この画像ではベタ研ぎだから刃中の変化が見えないけど。

もう少しちゃんと研ぐと、たぶんこんな感じかなぁ。

携帯でうまく撮れてませんが、これは別な刀のとんがり君。同時代の
同じ関物でございます。
詳細に見ると、マッチ棒の頭のようなとんがり部分が透き通ってふわっと
下から浮き上がるように見える。
康宏刀匠による研ぎだから本職の研ぎ師による研ぎではありませんが。


この記事をはてなブックマークに追加

切り稽古

2011年12月23日 | スポーツ・武道など

今年も残すところあと一週間となった。
来年は藁を切ってみたい。
藁巻きは弓道では的として必須なのだが、居合の切り稽古では
現代では古畳表を巻いたものを切るのが一般的だ。
畳表を真剣切りで使用し始めたのは中村泰三郎先生あたりか。
江戸時代には畳は高価だったので、普段の稽古でそうそう畳表が
使われたとは考えにくい。もっぱら入手しやすい藁だったのではないか。
それゆえか、ほぼ畳表が全般的となった現在でも畳のことを「巻き藁」と
略称する習慣がある。
昭和の末期あたりまでは竹に藁を巻いた物がまだ使われていた。
刀匠小沢氏などは竹にこの藁を巻いた本式の巻き藁を池の水に漬け
自作刀で試しを行い、その後ナカゴに銘を切っていた。
ただし、稲や麦の藁というのは季節物なので、巻き藁を作れる時期が限定
されてしまうような気もするが、昔は草鞋があったので藁もいつでも
取り置きしていたのかもしれない(よく知らない)。
私は畳表は数えきれないくらい切ったが、本式の巻き藁を切ったのは
3ヶ所で3度しかやったことがない。
しかも、すべて試合形式というか公開演武的な場所においてだった。
人前で切ったことがない物を切るのは不安がある。
だが、杞憂だった。
水に浸かった巻き藁は畳表より切り味が良かった。
プスッという音と共に面白いように切れる。正直言って、3時間漬け位の
畳表の方がずっと切り難い。

畳表を巻くときの最大の注意は広げてよく埃や小石を除去することだ。
小さな小石があっても刃を傷める。だから広げてよくはいてから巻く
ように注意していた。
巻き方はいろいろある。
中村流の著書で公開されているのは硬くひとつに巻く方法と、半分ないし
3つに折ってから巻く方法がある。
半分折りで巻いた方が畳表が柔らかい。隙間ができるからだろう。
水に漬けるのは一昼夜以上を標準とするようだが、私たちがかつて
切っていたのは3時間漬け位の畳表で、硬過ぎたようだ。1昼夜以上漬けた
畳を切った時と手応えがあまりにも違う。
よく水に浸かった畳は刀を軽く振るだけで切断できる。
また古畳と青目の畳でも切れ味が大きく異なる。
そして、夏場などはどんどん畳が乾燥していくので、稽古途中で畳が硬く
なっていく。

畳表の音で畳の硬さがだいたい判る。
切った時にボフッとかプスッという音で切れている畳はよく浸かった畳で
切り易いが、キュッとかキシュッとかいう音が出る物はかなり乾いており、
相当硬くなっている。
刀道連盟に所属していた時の稽古会では、ダンプのベッセルに水を張って
何百という畳を一気に水に漬けて用意していた。(稽古途中で「もうお腹一杯」と
いうくらい一人分の切る量がある)
これがよく浸からない畳も出てきて、中にはかなり硬い物もあった。
個人で仲間内と毎週土日に稽古する時は、ドラム缶3本分に巻いた畳を
ぎゅうぎゅうに漬けて用意した。これも2時間の稽古でたっぷりと切る量が
あった。

思うに、今、畳表の入手というのが結構難しくなってきているのではないだろうか。
以前は畳屋さんから廃棄用の畳表を無料で貰ってきていたが、今の皆さんは
もしかしたら古畳表を有償で買われているのだろうか。どうされているのだろう。
最近、町中に畳屋さんそのものを見かけない。
そして、最近はやりの新建材である合成イグサなんてのは水を含まないので
切れないのではなかろうか。
実際、天然物のイグサの古畳表でも水に漬けてないカラカラに乾いたものは
切れたもんじゃない。
硬過ぎて試刀のようになってしまい、居合斬術の稽古にはならない。
抜き打ち水平切り(斬りでなく切り。切断のほう)などはまず無理。
(軍刀と斬鉄剣で何度か切りましたが、一般的な刀では刃を傷める可能性が
あるのですすめません)

畳表を巻いて水に漬けると強烈なアクが出る。
漬けた水はタバコのニコチンを溶かした水のようにまっ茶色になる。
これを一度流して、新しい水に途中で変え、それを数度繰り返すと刀にアクが
つきにくい。
私個人の自宅練習(東京在住時代と広島の父の実家に盆暮れに赴いた時)
ではそうしていたが、先輩の家での合同練習では漬けっぱなしの畳だった。
これのアクが非常に強烈で参った。
刀身を拭いても拭いても刀がどんどんまっ茶色になってくる。1日1人で30~
50本程度、300太刀程切るのだが、全員の刀が茶色に変身していた。
2時間の稽古のうち、拭い用の刀油ときれいな水は必携で、刀油の小ビンを
懐に入れていて、適宜刀身を拭っていた。それでも畳アクに悩まされた。
仮に御自宅で巻き畳で切り稽古をする方は、用意する畳表の水漬けの途中で
水を頻繁に取り換えて畳のアク抜きをすることをすすめる。


来年は畳表ではなく、巻き藁を切ってみたい。


なんぼ斬鉄剣でも、これは切れませんよ~。
これは居合剣術真剣切り用ではなくて、空手の稽古用。
こんな太い角材などは、斬り込むことはできても切断はできません。
よく時代劇(「あずみ」や『激突』など)では柱をスパッと切断したりしているけど
まず不可能(笑)
現存する新選組の屯所の建物の柱には無数の刀の斬り込み痕がある
けれど(乱暴だなぁ)、よくシーズニングされた角材には刀の刃が食い込む
程度です。
それでも、
専用の斬り台の中心の木製の心棒(直径3センチ位)などは畳と
一緒に切断できる。
私は失敗して畳表と共に両断してしまった時、「あ!またあいつ芯まで切り
やがった」と先輩に怒られたが、心棒修正は康宏刀でそのまま稽古を
兼ねて左右に袈裟に切って整えたりしていた。
切り稽古で意外と切り難いのは紙だ。新聞紙を幾重にも硬くきつく丸めて
太くしたものはかなり切りづらいので、稽古用には手軽で身近な切断対象物
として有効かも知れない。これも一般紙とスポーツ紙ではスポーツ紙の方が
切りにくかったりするから面白い。目の詰んだ良い紙使ってるのでしょうね、
スポーツ新聞は。


この記事をはてなブックマークに追加

大岡越前 第1部オープニング ~時代劇について思う時代性~

2011年12月22日 | 映画・ドラマ

大岡越前 第1部オープニング


これがファーストシリーズのオープニング。
うわ。
雪絵さん役の宇都宮雅代さん、ごっつう好みやん(笑)
幕府大番頭(「おおばんとう」ではありません。「おおばんがしら」ね。
今でいう警察庁長官みたいなもの)吉本作左ヱ門の娘、吉本雪絵は
この回の話で大岡越前守に嫁ぐ。
私の中で雪絵さんのイメージはずっと宇都宮雅代さんだった。
個人的には酒井和歌子さんも好きだが、雪絵さんはやっぱり宇都宮さんだ。

この有名なBGMの口笛は、番組プロデューサーが吹いている。
当時、日本で一番口笛が上手いとされていたからだ。
「時代劇主題曲集」というCDを持っているが、フルバージョンで
この口笛を聴くとしびれる。とてもじゃないが、こんな風に口笛を
吹くことはなかかできない。プロの芸技だと思う。

こちら、主題曲が一番長いタイトルバックのバージョン
「大岡越前」テーマ音楽

先週の「水戸黄門」の終結により、日本の茶の間から時代劇が消滅した。
日曜の大河ドラマは時代劇が多く放映されているが、別段「時代劇」という枠ではない。
1984年から1986年までは現代劇が放映され高視聴率をマークしている。
参考サイト

ただし、大河ドラマは「大河」であって、壮大な人間の一生を描くことが多く、
平日時代劇のように古典落語の延長のような庶民の暮らしに的を絞ったり、
勧善懲悪ものの娯楽時代劇や剣豪時代劇のような作りではない。
映画からテレビジョンに大衆娯楽が推移して早50年が経とうとしているが、
日本のテレビから時代劇が消滅するのはとても寂しい。
時代劇が製作されなくなった理由は簡単。
視聴率が取れないからスポンサーがつかないため、時代劇を無くしてしまうのだ。
チャンバラは流行らないのだ。流行らないというより「儲からない」とした方が
解りやすい。
チャンバラを知らない子どもたち。
外で遊ぶこともせず、少年になったらバイクに乗って一人で遠出することもせず、
今の子どもたちは何をやって遊ぶのだろう。
自分で痛みを知らないから人の痛みも分からない。
いじめなんて昔からあったのか?
少なくとも今のようないじめというのはなかったように思う。
それは、外で数学年の年の差がある児童が入り混じって遊ぶことを通して、
子どもなりに「社会性」を学習していっていたからだ。
戦後高度経済成長の中で、大人は子どもたちから何でも取り上げてきた。
「危険」ということで。
子どもたちが社会を作ったのではない。我々大人が作って来たのだ。
そして、モンスターペアレンツが登場した。

自衛隊の航空管制官だった居合の先輩が教えてくれた。
特殊部隊を除き、一般自衛官を教練する際には教官は腕組みをするのも
禁止されているという。「暴力的だから」という理由によるそうだ。
暴力装置(この言語は是非の問題ではなく、万国国家の統治と国防のための
暴力装置は常備軍と警察であることは論を俟たない)である武装集団がこれだ・・・。

ついに今年に入り中国に抜かれたが、戦後高度経済成長で日本は世界第二位の
経済大国になった。
たしかに1960年の所得倍増計画で高度経済成長を経て日本は豊かになった。
昭和20年代、地方の中学生の高校進学率は50%程で、大学進学率は
その50%の中の1割にも満たなかった。経済的な理由から多くの児童生徒が
教育の場に進めなかったのである。
また、中学を卒業して上京して集団就職する15歳の子どもたちは「金の卵」と
してもてはやされ、局所的な工業化による都市化労働力集約の礎とされた。
そうして日本の戦後が出来た。
日本は経済的には豊かになったが、失う物も多かった。
現在の子どもたちにも引き継がれているひとつ確かなことは、それは現代のすべての
日本人の判断軸が「カネ」に置き換わったことだ。
大人たちはグローバリゼーションという新式の米国式ネオファシズムの「勝ち組・負け組」
などという企業利益の論理を倫理に置き換えた。
その泥船に子どもたちを乗せている。
子どもたちも自覚や自立とはどんどん無縁になり、ますます資本の論理におんぶにだっこ
のまま営利追求の企業論理の背景にある差別や排外主義を是とするように自ら加速している。
ほんの私の世代とそれ以前の世代は10代末期においてすでに政治意識に目覚め、
政治経済の矛盾を糺そうと起ち、自分がその嵐の中で血にまみれることを恐れなかった。
世の中を造るのは金権まみれの「じじい」たちではなく自分たちだ、という強烈な意識の
先駆性が存在した。
今の10代は違う。
若者が世の中の推進力の先駆的存在であるという自覚、社会に対して自分たちが警鐘を
乱打する先鋭的な層であるという自覚、という文字通りの自らの覚醒の発芽を排除しきった
ことは、若者たちのまさにその自覚以上に、自覚できないようにしむけて仕組んだ戦後社会
を貫く金権主義に浸かった大人たちの作戦がまんまと軌道に乗ったことを意味する。
すべて背景にあるのは大人社会のカネ本位主義だ。
米国型資本主義という下部構造の貫徹がこれら日本人の感性や政治や教育の
上部構造を規定している。
アメリカなどはカネがない者は人工透析さえ受けられない。
いずれこの日本もそんな社会に向かうのだろう。
すでに年金制度は戦後日本を牛耳ってきた為政者によって食いものにされ崩壊させ
られている。

時代劇がなくなること。
それは、日本人が日本人としての本来的なアイデンティティをドラマ作品で表現し
得たそのひとつのジャンルを消滅させることだ。
そのことは、日本人が日本人ではなくなることを意味するように思える。


 (屋外の公園でチャンバラ遊びをする昭和の子どもたち)

 




この記事をはてなブックマークに追加

刀の研ぎについて思うこと

2011年12月21日 | 日本刀

以下はすべて私の私的な好みの感想であり、特定個人を非難している
ことではないことを御承知おきください。

刀は研磨によって大きく表情を変える。
研ぎ師いかんによって全く別な刀になってしまうといっても過言ではない。

ところが、最近流行りの研ぎではどの刀も同じに見えてしまうことがある。
それは一様に同じような化粧をしているからだ。
女性の化粧にも流行りすたりがあり、今の若い女性は皆同じような
顔に見えるのも没個性的な同じ化粧をしているからだろう。
メディアに登場する芸能人でも、ナチュラルメイクで素顔美人という
人は少ない。

刀の研磨についてひとつの例。

(研磨前)

確かに薄錆も出ているし刃も眠くぼやけている感じはする。しかし十分良い研ぎがなされている。

(研磨後)

しゃっきりとしたが、いわゆる最近多い研ぎである。やたら刃を白く化粧して刃取りしている。
刃文である刃と地の境目も白い刃取りにより大きく変えて、あたかも白い部分が刃である
かのようにしてしまい、本来の刃文とは大きく異なっている。横手下の山から谷に向かい
次の二山の刃の山は完全に一山として白くさせられている。総体としてただ白いだけで
柔らかさに欠け、品がない。

(研磨前)

横手下の物打部分の緩やかな谷の上の地部分にはうっすらと斑紋状の「映り」という鋼の
変化が見られる。この刀の見所だ。この刀は全体に渡りこうした熱処理による鋼の変化が
表れているのが作者の技量の見所で、優刀だと感じる。

(研磨後)

ノッペリと研いでしまっている。
ほとんど地の鋼の変化が見えなくなってしまった。
まるで新作現代刀の居合研ぎのようになってしまった。
いわゆるこれが今どこにでもある普通の研ぎだ。

どうだろう。
例え薄錆が出ていようとも、研磨前の古い研ぎ師の仕事の方が刀の良い部分を
引き出して気品があると思えるのは私だけだろうか。
第一、新研磨は研ぎ師の名は不明だが、南北朝時代の太刀をこのような
新作刀の流行研ぎのようなつまらない研ぎでノッペリとさせてしまうのは、さすがに
興ざめする。

日本刀は研ぎによって大きく姿を変える。
やはり職方の技術とセンスの問題というのは選ぶ側にとって大きな問題のような
気がする。
刀工の兄弟子が私に言った。「刀鍛冶だけでなく絵心のない日本刀職方はダメな
もんよ」
絵心がない研ぎ師もその中に入る。絵が描けない、絵画を解さない研ぎ師は
風雅古雅を解さないので、仕事において、どうしても山水画のような雅味とは
無縁になる。墨と筆によるかすれや強弱による静寂感と躍動感を表現できずに、
マジックペンで線を描いたような研ぎをやろうとする。
最近流行りのやたら刃を必要以上に白くする研ぎは、ふんわりとした
柔らかさもなく、とても無機的だ。

映画『オイディプスの刃』でこんなシーンがあった。

ある老齢の研ぎ師がいた。
そこに名刀の研ぎ依頼が来た。
精魂込めて研ぎあげて渡すと、刀剣商は「まったく違う刀や。刀すり替えて
ニセモノつかませて、どないしてくれますねん」と詰め寄る。
研ぎ師は言う。
「わてが研ぐとこの刀はこうなりまんねん」
すると刀剣商はさらにクレームをつける。
研ぎ師は言う。「ほなら、わてがその刀の代金弁償しまひょ」
後日、刀剣商は別な研ぎ師に研ぎ直させ、老研ぎ師から巻きあげた札束を
持って詫びに来る。数千万円の札束だ。
「別な先生に研ぎに出したら、間違いなく同じ刀でした。すんません。
このお金はお返しします」
老研ぎ師は無言で札束を受け取り、黙ったまま火の中に投げ込む。
一人無表情で炎を見つめる研ぎ師。
そして、やがて無念の思いを抱いたまま老研ぎ師は死んでいく。
幼かった研ぎ師の孫は成人し、祖父の無念を晴らすためにその刀の
次なる研ぎをめぐって重大な事件に関与していく・・・。
その南北朝時代の備中青江次吉という太刀は、その間、瀬戸内海に
浮かぶ島に住む裕福な愛刀家の一家に倒錯した愛欲と肉欲とをもたらし、
肉親の愛を得ようとするオイディプス(エディプス)によって凄惨な事件を
引き起こそうとしていた。
愛刀家の美しい夫人は香水を作る調香師だった。彼女をめぐり妹と三人の
息子、そして名刀を研ぎに来た青年研ぎ師が人間の業のるつぼに身を
落としてもがいていく。
しかし、名刀青江次吉を保護したいために、愛刀家である主人はある
選択をした。そこには家族愛を超える戦慄の感性が働いていたのだ・・・。
記憶がなくなっていた愛刀家の次男は、成人した後、老研ぎ師の孫と
知らずに自分を慕う若者と出会う。そして、さらなるオイディプスの刃が
兄弟たちに悲しい運命を運んでくるのだった。

という内容なのだが、老研ぎ師と金の亡者の刀剣商とのやりとりは、
孤高のサムライのような老研ぎ師の矜持(きょうじ)がひしひしと伝わる
シーンだった。
この映画は日本文学、芸術、心理学、そして日本刀を好む人は必見の
秀作だ。
主演は『ヒポクラテスたち』で檜舞台に登場した古尾谷雅人だ。
残念ながら、この作品のずっと後に自殺した。
愛刀家は田村高廣が演じ、青年研ぎ師は若き日の渡辺裕之が扮する。
まるで三島文学を見るような出来上がりの秀逸な映画作品となっている。
私は自己ライブラリーの中でも『七人の侍』、『ワイルドギース』と
並んで三本柱の一作として秘蔵版としている。

研ぎ師は仕事で選びたい。
因みに、私の手持ちの刀を過日京都の研ぎ師に研ぎに出したが、
十二分に刀の持ち味を引き出す満足のいく研ぎだった。
研磨という表現を通して、研ぎ師の人間が見えるようだった。
透明感のある静寂の中に、ひとすじの光の揺曳が漂うような、静かで
落ち着いた研ぎだった。
研ぎあげられた作品の刀を眺めていると、心の中で庭先の獅子脅しが
静寂を厳かに、それでいて慎ましく破るように小さくコンと響く、そんな
研ぎだった。

私は先ほど、何の説明もしないまま上の研ぎ前と研ぎ後の画像を友人に
見せた。
日本刀に詳しくない友人は、研ぎ上がりの方の画像を指して私にぽつりと
言った。
「模擬刀みたい」
私もそう思う。

映画『オイディプスの刃』についてのレビューコラムは、こちら(2007年1月28日)
小説『オイディプスの刃』についてのレビューコラムは、こちら(2007年7月3日)
(両方とも「さるさる日記」閉鎖に伴い落ちていましたが、急きょ保存してある
過去ログをアップしました。
私の内的感受をつづっていますので、よろしかったらご覧ください)

 


この記事をはてなブックマークに追加

斬鉄剣

2011年12月20日 | 日本刀



生まれて初めて切った堅物は枯れ竹だった。
自分の備前長船で切った。
古来より刀剣の刃味を知るには枯れ竹を切れという言い伝えは
モノの本で知っていた。
それまで、巻き藁や畳表や青竹は何度も切っていたが、
堅物の部類に入る物を切ったのはこの時が初めてだ。
居合で初段の頃だったと思う。

何の手ごたえもなかった。
カッという音とともに手首ほどの直径の枯れ竹がいとも
簡単に切れた。拍子抜けした。刃はなんともない。
日本刀だから切れて当然とは思うが、切れない刀もあると聞く。
その後、現実的に切れない刀を嫌という程見ることになる。
私以外の試刀者で刃を欠いたり、ぐだぐだに曲げたり、折損したのも
目の前で見た。

私が枯れ竹切りに使用した備前物はその後丸太も斬っている。
大根に包丁が吸い込まれるような感覚で、斬っている私のほうが
恐ろしかった。しまいには15センチ程の釘まで切断した。
釘は軟鉄なので切れて当然だが、こんな試しは古刀でするものではない。

試しというのは、あくまで刀の切れ味を試すものだ。
だから同じ強さの振り下ろしで切りつけないとならない。
居合の業で物体を切るのは、あれは技の修練のためであり、
厳密には「試し切り」ではない。抜刀切りにおける手の内や
刃筋、刀線、刃並、体転などを確かめるために行う。
日本刀なのだから畳表や巻き藁は切れて当たり前、
誰でも切れるからだ。居合斬術において行う真剣切りは
切ること以外に目的がある。そして、その為には、畳表半巻き
を切ることで十分であり、その切れ具合で自分の技がどの
ような位相にあるか知る指針とすることができる。
畳表半巻きをなめてはいけない。「半巻きなんて」と軽侮する人間は
切れたか切れないかだけの事象の表層にしか目が行かない
愚かな未熟者といえる。

日本刀で切れ味や堅牢性を追求していったら、やはり
丈夫な旧来の本物の日本刀を求める方向に行きつく。
ただし、私のように古刀などで堅物試しをするのはもっての
ほかで、事実二代目小林康宏刀工にきつく叱られた。

斬鉄剣というのは、初代小林康宏の刀が鉄をも切れるという
ことで武用剣士の間で噂が広まった昭和40年代に、有名な作品が
TV番組でアニメ化される際にアニメに剽窃されたものだ。
だから「斬鉄剣」というのは小林康宏が元祖であり、五エ門は
その後なのである。
私は、二代目小林康宏刀工とはかなり深い部分で昵懇のつき
あいをさせて頂いてた。

今から18年ほど前のある時、「鉄板を切ってみろ」と二代目康宏師に
言われた。
焼き入れ焼き戻し成功作の2尺1寸、定寸身幅で重ねも定寸の
刀で試した。
検体は3.2mmのSS材の工業用鉄板だった。
最初は「試刀」のため、上段から普通の速度で振り下ろした。
ガン!という音と共に刃が跳ね返る感じがした。
鉄板への食い込みはほんの2ミリ程度。
刃は何ともない。
同じ速度、同じ力で何度か振り下ろした。
何度振り下ろしても刃こぼれがまったく起きない。
「何なんだ?この刀は」と思った。
試刀ではなく、堅物斬りをやってみることにした。
土壇斬りのように山田流の構えと柄握りで、上体を軽くうしろに
やや反らせて真っ向で鉄板めがけて振り下ろした。
力一杯ではない。タイミングだけ合わせてスポーンと振り下ろした。
ガイーン!という音と共に康宏の刀は鉄板に吸い込まれた。
刃こぼれ一切なし。
なんという刀なのだ、と唖然となった。


「マジか?」とも思ったが、目の前の現実は真実を雄弁に物語る。
刃が欠けやすく、また衝撃を吸収しきれずに折損する日本刀が
かなり多かったのを知っていたから正直たまげた。
康宏師の弟子の故栗原謙二氏は私に言った。「これが普通。これが刀」


確かにそうだろう。これが日本刀の本来あるべき姿だろう。
これが斬鉄剣、これが日本刀だ。

太い孟宗竹も当然にして切れる。



(刀:初代康宏)

切れて当たり前だ。刀なのだから。
ただし、小林康宏本人は自ら「斬鉄剣」という触れ込みはしないし
むしろそれを敬遠するようなフシが多分にあった。なぜならば、
「刀で鉄が斬れるのは当たり前」だからとのことらしい。
斬鉄剣とは周囲の人間が敬愛の情を込めてつけた呼称なのだ。
そして康宏師自身の言でこういうのがある。
「俺(と江戸弁で二代目康宏はいつも自分を呼ぶ。しかし下町っぽい
伝法な感じではなく、高輪育ちらしい少し上品な感じの「俺」、という
微妙なニュアンス。どちらかというと落語に出てくる長屋の大家さん
みたいな話しかた)の刀は美術的には下作だけども、切れ物としては
自信を持っている」

美術的価値が低いとされる康宏刀。
果たしてそうだろうか。
確かに二代目と初代の末期の無地風はツンツルテンの肌に見えるし、
刃はボウッと眠く沈んで冴えがない。沸(にえ)がつくことはまれで
(私などは下手だから同じ材料でも小沸だらけになる)、とにかく眠くて
ボンヤリした刃を康宏は焼く。
ところが、康宏の場合、ほとんどの所有者が極上研ぎにかけることは
ないが、極上研ぎにかけたらどうなるか。
俳優の滝田栄氏は「極上研ぎにかけたら国宝級」とまで言ったが、
それは言いすぎだろう。
ただし、かなり古雅な肌になるのは確かだ。小杢が微塵に詰んで、
古刀上位作のような風合いになる。初代康宏が目指した地は粟田口
だったが、そこまでは至ってはいない。
しかし、「これ同じ刀?」と思う程に見違えてしまうことは確かだ。
地は青く清涼に透き通る。刃はややもすれば眠いと見えるが、明け方の
澄んだ空気の中に立ち上る朝霧のようだ。
康宏刀を上研ぎにかけてあまりの良さに真剣切りに使うのを
やめてしまい、仕方なくまた康宏に作刀を依頼した人を私は何人か
知っている。そして、私もそのうちの一人だ。

康宏の作が中古で刀剣市場に出回ることはほとんどない。
それゆえ初代と二代目は寡作だと思われがちだが、実はそうではない。
二代目の作だけでも月に2口の製作許可枠が常に満杯の状態が
延々と続いていたから(おおよそ2年待ち)、二代目の本格的作刀開始を
1985年としても2010年製作休止までの25年間で 年24口×25年で600口の
二代目康宏がこの世に存在することになる。またその前25年以上作っていた
初代まで勘定したら一体どれくらいの数の斬鉄剣康宏刀がこの世にあるのか。
現に私の周りの真剣切り剣士は全員が所有している。
私の居合の師匠も居合の先輩も後輩も同僚も、また真剣切りの
団体の人たちも、皆が康宏を所有している。これは主にまだ
インターネットなどなかった1990年代初期までに求め入手された物だ。
そのほとんどが東京をはじめとする首都圏にある。
概算で二代目だけで600口。少なく見積もって400口。
だが、誰も転売しない。だから市場には出ない。市場に出ないからと「寡作」と
するのは大間違いだ。
ちょっと例えは違うが、ジョーパスが使ったギブソンを所有者が市場に
出すとは思えない。また、本格派ギタープレーヤーが自分の愛器を簡単に
手放すとも思えない。
康宏刀は実用刀なので所有者の99%は真剣切りの剣士であって
美術刀剣観賞愛好者ではないだろうが、誰もが手放さない。
ここに明らかに市場で物流する商品としての「美術刀剣」と
武辺の剣士が所有する自らの差し料との差があるように思える。

しかし、現在では新作康宏刀は手に入らない。
これは時代の流れでいたしかたないことなのだ。
初代二代合わせて活躍期間が50年。十分ではないだろうか。
初代は皆が「死んじゃうからやめて」というのに水垢離をして
部屋に戻った時に足袋をはき換えようとしたらコテンと逝ってしまった。
二代目康宏にはせめて静かな余生を送らせてあげてほしい。

本当の日本刀は鉄が切れて当たり前。
斬鉄剣という名は初代と二代小林康宏に冠された誉れの名だったが、
鉄をも裁断できる刀を作る刀工は現在出現し始めている。
新陰流でいうところの「斬釘截鉄(ざんていせってつ)」とは、文字通り
鉄をも断ち切るほどに節を曲げずに自分を貫くことだが、この心こそが
本質に迫る(というか本質そのものの)日本刀製作に向かう出発点だと
私個人は思う。


鉄を切れる日本刀製作の領域には康宏登場以降の刀工も到達しつつある。
それは現在の藤安将平刀工の作がそうだし、古くには吉原兄弟の作が
鉄をも難なく断ち斬った。他の新進の刀工も鋭意をもって作り始めている
ようだ。
戦国末期までの実を備えた日本刀とまではいかなくとも、すくなくとも
昭和10年代の日本刀の本質に迫った時代まではようやく戻りつつある。
戦後の対GHQ向けの日本刀延命策としての便法としてあった美術刀論の
金科玉条の時代は、長きに過ぎた。戦後から昭和の末期までは「折れず
切れる日本刀」の内実を目指したら、悉く異端視される風潮が厳然と戦後の
刀剣史の中に存在していた。
しかし、もうその疵ある珠を真綿で包んだ時代は終わったことを私は肌で感じる。
ただ、望むべくは、20代30代の若い刀工こそが次世代斬鉄剣を
健康に留意して、今後数十年に渡って作出してほしいと私は願ってやまない。
昭和30年代から始まって平成22年までの小林康宏親子二代による
斬鉄剣は、50年の歳月を経て新作刀製作の幕が閉じられようとしている。
見てくれだけにとらわれず、ぜひとも本質的性能を具備した真の日本刀を
製作することをこれからの若い息吹に期待したい。


この記事をはてなブックマークに追加

カメ

2011年12月19日 | ポチたま

「部屋に入れてあげようよ。凍っちゃうよ」
私は妻に言った。
今年の1月頃、カチカチに凍っていたのをお湯で蘇生させた
経験があるからだ。

うちにはカメがいる。
娘が2才になるときに飼い始めた石亀。今年で14才になる。
最初は10円玉くらいの大きさだったが、今は草履くらいにはなってる。
名前はゴンちゃん。普段はうちのベランダの居住者だ。
今朝が冷え込みそうだったので、昨晩でっかい桶ごと部屋に入れた。
温かいのか、ごそごそと動き始めた。
カメさんは夏場が本場だからなぁ。
家庭で飼うカメは冬眠の環境が作りにくいからかわいそうな気もする。
本人(亀)は、ゴソゴソ動いて嬉しそうな感じです。


広い沼とかで自由に動き回れないのがなんだかかわいそう。
だけど、自然に放したら生きて行けないような気も・・・(^^;
ずっと一緒に暮らしましょう。




この記事をはてなブックマークに追加

新・子連れ狼

2011年12月18日 | 文学・歴史・文化




不朽の名作『子連れ狼』の続編は何ゆえオカルト本になってしまったのか。
同一作者であるのに。
時代の時間軸は全く無視。さらにストーリーが時代劇ではなく、登場人物も
数百年の隔たりがある者を一堂に登場させている。
もはや「子連れ」はまったく雑誌ムー読者向けの作品になってしまった。
何故こうなったのか、どなたか納得のいく解説を賜りたい。
小池さんがラーメン食べすぎたからとかいうのは無しで(^^;

モノガタリだから、お話として時間軸の倒錯や歴史的登場人物の
ハチャメチャさはまだいい。
一番残念なのは、旧作で一世を風靡して社会現象まで作り出した
拝一刀の胴太貫(創作)を新作では「同太貫」と現実の刀工名にあてつけた
名とし(現実は同田貫)、上野介正国と実銘まで出して最初の一話目から
刀の銘を改変。さらに展開の中でその同田貫を新たな「ちゃん」である
東郷重位は捨てている。
そして、刀屋で指し料を購う際に、刀屋に「延寿一派国清の作にて同太貫と同じ
いやそれより各上の実戦刀にございまする
」という台詞を言わせて、新親狼で
ある東郷重位はそれをおし抱いて受け取っている。
これ、あかんやろ。こういうのは。
しかも、続編の第一話では、八丁河岸に残された拝一刀の胴太貫の鞘が
あり、大五郎がそれを東郷に切らせる。真っ二つに縦に切られた鞘の中には
拝一刀が大五郎のために残した金子のありかの地図が描かれている。
しかし、東郷重位(現実は拝一刀が死ぬ前に没している100年近く前の
柳生石舟斎と同時代の人)はそれを見て「おまえのためにならん!」と
微塵に切って燃やしてしまう。大五郎にしてみれば「さようなら、ちゃん」と
いうわけだが、これでは原作旧作の一刀の思いが台無しだ。
そして、東郷は更に更に、国清さえも廃物にして、ウルトラ超重量級の
重たく黒い刀を愛刀としてたばさむ。常人では両手でも持ち上げられ
ないような定寸の刀(なんだそれ?笑)。
もはや、荒唐無稽の極地なのである。
どうにかしてくれ~~~。
五エ門が斬鉄剣が折れたからと(実際にアニメでは何度も折れている)、
次に持つのを斬鉄剣でなく虎徹にしました、とかでは根本から作品としての
イメージキャラと象徴的なカリスマ性が崩れるだろうに、新子連れはそれを
無分別にやらかしている。近藤勇といえば虎徹、眠狂四郎といえば夢想正宗、
バリ伝グンちゃんといえばホンダCBナナハンとシマザキスペシャル、という
ような切っても切れないアイテムは作品のキャラクタ構成に必要不可欠なのだ。
ドラえもんといえばポケットのような。
またアイテムだけでなく台詞や業も同様だ。
ルパンといったら「不二子ちゅわぁ~ん」という台詞だったり、小林旭なら
「ちょほいとまちな」だったり、バリ伝グンちゃん(好きだね~)だったら二輪ドリフト
だったり、イチローといえばバッターボックスに立ったときのあの侍風の仕草
だったり、町井勲といえば高速居合斬りに白襷というような。
そうしたテーゼをすべて爆砕して次から次に思いつきアイテムを登場
させるのは、キャラが立たない以前に、イメージの刷り込みが読者に
なされないので、「真似てみたい」とか「すぐに主人公が思い浮かぶ」とか
とにかく受け手側に感情移入ができないのである。
旧作『子連れ狼』は「ドウタヌキ」というマニアしか
知らなかった埋もれた刀を
日本人に知らしめ、歴史的ブームまで作り出した。おかげで、本物の同田貫
の市場価格は10倍近く跳ね上がり、萬屋錦之介さんに至っては真剣の
同田貫マニアとなり、300口以上を収集して世界一のコレクターになって
しまった。(ドラマにおいて第1シーズン、第2シーズンのアップでは真剣の
刃引きが使われているが、あれは萬屋氏の所有同田貫だと思われる。
デジタル処理されたDVDでは、アップで地肌まで見えるのが子連れマニア
にはたまらなく嬉しい。完全に古雅な肌色を残す南北朝風の慶長新刀に
かかる古刀である。第3シーズンではアップシーンもすべてチャチなお土産品
のような模造刀となってしまっている)
子連れ狼であるならば、最後までドウタヌキであるべきだろう。
今年度の実写版映画『ワイルド7』において、原作者望月三起也氏が
絶対に譲らずに主人公飛葉にコルト・ウッズマンを持たせたのはキモを
外さない大切なことだったと私は思う。(モデルガンが廃版なので、ステージ
ガンを作るにあたってはスタッフはかなり苦労したらしい)

劇画『新・子連れ狼』のように次から次に「奇をてらった」登場人物やアイテムを
矢継ぎ早に出す手法は、最初の頃は面白かったがパターンがマンネリ化して
まったく駄作に落ちた『頭文字D』や『ジパング』でもよく使われた方法だ。
バーン!と別な人物を次から次にさももったいつけて登場させる。
さりとて、大筋で重要なキャラクタとはなっておらず、結果として陳腐で
チンケな登場を彩るだけになってしまう。
『新・子連れ狼』については、時代考証ハチャメチャは置いておくとしても、
物語の展開や道筋がその場の思いつきで原作を書いているような印象が
とても強く、まったくまとまりを欠いている。
やはり、歴史的な名作である旧作において拝一刀が死亡した時点で
「子連れ狼」は終了しているのだ。原作者も燃え尽きたのだろう。
たぶん、『あしたのジョー』の続編を書いたりしたら、こんな『新・子連れ狼』の
ような無様なお話になっていたかも知れない。
『新・子連れ狼』やさらに続編の『そして-子連れ狼 刺客の子』を読む場合は、
パラレルワールドどころか、『子連れ狼を参考にした全く別な作品』として
読むしかないと思われる。
とにかく、残念過ぎ。旧作と同一原作者というだけに、これは事件だ。
ひょっとすると隠された裏だが、旧作は作画の小島剛夕氏による展開が
主だったのではなかろうか。とてもとても、同じ作者の作品とは思えない
からだ。味付けどころか、中身がまるで違っていて。どれくらい違うかと
いうと江戸前握り寿司とナポリタンパスタ程違う。両者の繋がりは存在しない。



この記事をはてなブックマークに追加