渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

誰かのために生きる、ということ。

2016年08月27日 | 風情・季節・地球



『宮川大輔が出逢った・・・ 17歳の北海道農村体験』というTV番組が
とてもよかった。
こういう良い番組を作る製作会社があるんだなぁと感じた。
内容は、修学旅行先に北海道の農村漁村で一泊ホームステイを実行
した大阪の高校生たちのドキュメンタリーだ。
かなり・・・目頭が熱くなった。
同世代の子がいじめに遭い、河原に埋められて溺死させられたりして
いる中、やはり学校教育での情操教育の大切さを感じる。
農業や酪農や漁労で、人々のためになる生きる糧を生み出す人々の
仕事を実体験することで、実社会の人間社会に生きる人として一番何
が大切なのかを学ぶ。これはとても重要なことだ。
大阪府立天王寺高校は入試偏差値が75に達する進学校だ。
彼たち彼女たちの進学先はほぼ東大・京大だろう。勉強だけでは得られ
ない彼ら彼女ら自身が生きる糧を知ったことだろう。
また、進学校でない高校の子たちも、北海道のホームステイで得たとても
貴重な体験をきっと社会で生かす人になってくれることだろう。

そうした子たちが、学校の勉強だけでなく、本当に大切な人の命の素
どうやって生まれてきているのかを学ぶ。頭だけですべて処理する
学校
の学業だけでは決して解り得ない貴重な体験をする。

高校の修学旅行において、「学を修める」ことの本旨に触れるような
教育プログラムを組んだ多くの大阪の高校の英断と、ホームステイで目を
輝かせる子たちに私は感激した。


「誰かのために
生きる、
ということ。」

本当に良い番組だった。
受け入れ先農家が少ないという厳しい現況はあるが、この試みが単に
一過性の体験ではなく、貴重な「人作り」に貢献していることを考えると、
エールを送らずにはいられない。
































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ホームレス猫

2016年08月27日 | 風情・季節・地球









もはやホームレスではなく、ファクトリーのいつき猫となっている。
健康診断と去勢手術を受けさせたいが、近寄ると逃げる。
まだ名はない。

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台風の影響

2016年08月23日 | 風情・季節・地球


広島県は本日晴れ。
大気は不安定。

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広島のじゃがいも

2016年08月21日 | 風情・季節・地球



剣友から地元産のじゃがいもを大量にいただいた。感謝!!
先祖は戦国武将だったが、親戚が今ではその城跡でじゃがいもを
作っているとのことだ。
このジャガイモなのだが、昨年もいただいたが「なんじゃこりゃ~!
(by 優作)」というくらいに
美味しいのである。特産品にすればいいの
にと思ったら、量が獲れない
らしい。む~ん、残念。

家庭料理の定番、肉じゃがにしてみました。
自分で言うのもなんだが、うまい!!


うちは一切の料理に白砂糖は使いません。
白砂糖で日本人の舌を駄目にしたのは将軍吉宗だと私は思って
いるが、もっとひどいのは戦後の日本ね。
甘味に飢えていた時代だから、まるで白砂糖が宝石かのような
勘違いをしている人たちは昭和10年代生まれの人たちに多い。
今70代中半~80代くらいの人たちね。
それと、砂糖まみれで育ったその一つ下の世代の人たち。

本当の食材が持つウマミを引き出せば、砂糖などという毒物は
まったく必要が無いどころか、白砂糖は健康上の理由だけでなく
むしろ味覚の上でも害悪。
砂糖神話の砂糖まみれで育った人たちが作った料理は・・・・
私は正直言って食べられません。ベタ~ッとした感じで。
これ、地方の定食屋さえでもそう。魚の煮付けなどでも、ベタ~ッと
した砂糖醤油汁のようなので煮付けている物がかなり多かったり
する。
厨房を見ると、大抵は「砂糖宝石思い込み世代」の方が作って
いたりする。

玉子焼きにしても、卵の溶き方一つでとても甘くなるのに、砂糖まみれ
にして味を誤魔化したりしたら、舌が本物の味をどんどん知覚できなく
なっていくばかりだ。

ウマいとは甘いと書く。だが、それは砂糖漬けのことではない。
食材のウマミを引き出せると、料理には白砂糖は一切必要ない。
それにね・・・、体に本当に良くないんだよ、白砂糖は。
子どもには目の前の毒を食わせて腹を太らせるのではなく、安全で
かつ美味しく、本物の食材の味が判る子になってほしいと私個人は
願う。
どんなささやかなものでも、そういうもので腹を満たす子になって
ほしいと望むし、少なくとも、うちはそうしてきた。
幸いにして、私が育った家庭が「白砂糖を使わない家」だったので、
それは私にとってはラッキーだった。

あと、料理の食材の本当の味のよい部分を出すのは料理次第という
こともあるけど、「切れる包丁を使う」、これに限る。
食材を切断するのではなく押しつぶしていては、絶対に美味しい料理
などというものは作れないからだ。

私が尊敬というか敬愛する職業。それは料理人。
なぜならば、人を苦しめて糧を得るのではなく、人に幸せをもたらす仕事
だから。
一番嫌いな職業は政治屋かな(笑


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来訪者 ~アナグマ~

2016年08月21日 | 風情・季節・地球



珍しいのが来たと山陰の人からメールあり。



「まみたぬちゃん?」と訊いたらアナグマだという。
私は将棋の守り手以外には実物をみたことがない(笑

ニホンアナグマ。これはイタチ科。タヌキはイヌ科だ。



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暖簾(のれん)のいきさつ

2016年08月19日 | 風情・季節・地球



うを志んのこの暖簾(のれん)は、最初大漁旗になる予定だった。

こんなの。


でも、それだと、来店してくれたお客さんが大量に釣れたみたいで
失礼にあたると店長が寄贈者に製作前に辞退を申し入れた。
そして、その後、うち「早月堂(さつきどう)」と同じく暖簾になったと
いう顛末。


うを志んのこの暖簾の色はなかなかいい色だと私は思っている。
まだ見ていない。


大漁旗というのは日本の「ハレ」の文化なので好きだけど、時と場合
による
よね、やっぱりそれは。



義捐金募集活動と薬品調達運搬くらいしかできなかったけど、とにかく今でも
復興を祈っている。


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備後三原の花火

2016年08月15日 | 風情・季節・地球

つい数年前までは、家の部屋の中から花火が観覧できた。
カーテン全開にして、ビール飲みながら涼しい部屋の中で
花火大会を観ることができたのだが、花火打ち上げ場所が
三菱の敷地内から海上を埋め立てた糸崎埋立地に変更に
なったので、ベランダからしか見られなくなってしまった。

こんなちっちぇーの(笑


トホホだぜ、こりは。


スマホで望遠。






やっぱりトホホだ(笑

んなわけで、申し訳ないけどネットから拝借。


おお!そうか!
この三原バイパスの道の駅から見ればいいのか!

最近気づいたが、国道2号線は国道2号線ではなくなってしまった。
国道185号線になってしまった。
現在、国道2号線とは、山の中を走る三原バイパスが正式に国道
2号線となってしまった。
これ、最近道路を走っていて変更されていることに気づいた。

これなんてのは、なんか嫌な事思い出しちゃうのでちょっと
アガガではあるのだが。テイクオーバー!オープンヨーマウス!
てな具合で。


本格的にカメラで撮影すると綺麗ですね。三原市街地とやっさ花火も。
これは三菱の埋め立て地から上げていた頃なので、もうこのような絵
を撮影することは不可能になりましたが。




この今見える海沿いの陸地はすべて明治以降に埋め立てたもの。
ここはかつて海でした。三原城は海上の大小の島を繋ぎ合わせて埋め
立て、海上に造られた海城であり、江戸期に入って小さな城下町が作ら
れましたが、それはごく狭い山沿いの地面を利用した東西に細長い土地
でした。現在の三原市街地は明治以降にすべて埋め立てにより出現した
ものです。

戦国時代まではこの画像にある灯りの写っている市街地領域すべてが
海でした。「三つの原が集まった場所⇒∴三原」などという土地=地面は
存在しませんでした。
この花火を打ち上げている糸崎(現三原市糸崎)には山沿いに狭い陸地
がありましたが、この画像に写る三原市街地はすべて海だったのです。
なので、日本刀の「古三原」というのは、現在の三原の地で鍛刀していな
いことは確実です。備州正家の鍛刀地の可能性としては、糸崎かもしくは
もっと内陸部の筈です。
そもそも鎌倉南北朝時代の刀剣に「三原」と銘が切られた作は一作も存在
していません。また古い史書にも三原と銘が切られた室町以前の作があっ
たということは一切書かれていません。
「古三原」という日本刀界で呼ばれている刀剣類の呼称は「古備後」と呼ぶ
のが正しく、土地がなかった場所の名称を冠するのは誤りです。
現在の東京都中央区月島は明治時代に埋め立てられて作られた人口島
ですが、江戸期に「月島産」の物品があったらおかしいでしょう?
それと同じです。
刀剣界で「古三原」と呼ばれている日本刀は、「古備後」とするのが正しく、
現在「三原物」と呼ばれている刀は、室町戦国時代に備後尾道・備後福山
周辺を中心に作刀した刀工群を指すのが正しい。
三原城が登場する前の時代に「貝三原」と銘する刀工群が発生しています
が、それも現在の三原城があった場所ではなく、別場所であることは確実
です。三原城はその時代には存在せず、現三原地区は海だったのですか
ら。

備後刀の共通項は、御調川という川の流域および古代山陽道(旧山陽道
ではない)沿線に刀工群が点在しているのが特徴です。奈良時代から存在
した尾道の町を除いて。
あと、備後刀工群の作刀地域付近には必ず古墳群があります。
このことも、ただ日本刀の現存作品だけを見るのではなく、多角的総合的に
歴史的な背景を網羅して解析しないと、刀工作刀地域の比定と系譜は解明
できないと私は考えています。
そもそも、大和から寺院と共に刀工群が備後の地に下ったなどと、どこに
歴史史料があるのでしょうか。
ただ単に作品の作柄を見て刀剣界の両山大家が勝手に「そうであるに違い
ない」と決め付けたのが定説となっているだけのことです。
備後刀の作風は、むしろ古備前一文字や備中青江、鵜飼、周防二王との
関連性を見るべきかと私は個人的には思料します。

とりわけ「古三原」と呼ばれる作品と室町以降の「末三原」と呼ばれる作品
では大きく特徴が異なってきます。
末三原物は数十万口という夥しい数が海外に輸出された実用武用刀でした
が、末三原の作風の特徴は末備前に近似しています。「古三原」なる刀と
いうものは、そもそも三原地域とはまったく関係のない刀であり(もしかすると
備前で造られた物かもしれない)、「末三原」については、備前刀と周防刀の
影響をかなり受けた備後地区の実用刀として捉えるのが妥当性を有すると
私は判断しています。
「三原物」の中には大和風と備前・周防風に二分される系列の作域があり、
それが何故生じたのかは、今後の専門家の研究に俟つ、というものだと
思います。
ただひとつ確実に言えることとしては、多くの「三原物」を見る限り、三原=
大和伝とする画一的で乱暴な括り方には首肯できない、ということです。
現実に異なる現象が物体として存在しているのですから。


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桃ちゃん

2016年08月14日 | 風情・季節・地球



桃食べた。うまい!

我が青春の菊池桃子は永遠に不滅です!

(康宏刀所有者)


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キューピードレッシング

2016年08月14日 | 風情・季節・地球



TVCMで見たキューピーから新発売のコブサラダドレッシングがどんな
ものか
試したいね~と家内と言ってたら、市内のスーパーに買い出しに
行って
くれたようだ。
ただ、新発売ものは三原に来るのはかなり後になるのは常。今はどこも
売っていなかった。


代わりにこれを買ってきたみたそうだ。

これはこれで、美味そうな感じ♪

うちはいつも100均で売っているキューピーのイタリアンを使っている。

これねぇ、100円だからと侮るなかれ。めたんこ美味いドレッシングなんす。
そうねぇ・・・。ピエトロのしつこさを無くしてさらにサラリとした中にも爽やかな
コクを出したような感じ?
このキューピー・エルドレッシング・イタリアンがとにかく美味い。

考えたら、高校の時の喫茶店のバイトでよくドレッシング作ったなぁ・・・。
イタリアンドレッシングとフレンチドレッシング。
当時ペットボトルなんてないから、業務用は一升瓶で作った。
おれ、ホールではなくカウンターだったから。
神田神保町の地下鉄の駅を上がってすぐのローランという喫茶店なんだけどさ。
今は無くなっちゃった。

サラダドレッシングってね、単なる味付けとかだけでなく、栄養学的にも意味
があるんだよ。消化吸収の面で。
振りかける塩とかはマジックソルトの味パワーはすごいけど、ドレッシングも
凝るとハマるよぉ~。
本当は自家製ドレッシングがベストなのだけど、ドレッシングを作るのは結構
手間がかかるからね。
でも、食を楽しむのに、ドレッシングは欠かせません。
蕎麦でもうどんでも、汁がねーと塩梅悪いだべさ。


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尾道紅茶

2016年08月12日 | 風情・季節・地球



休みなので尾道紅茶を飲む。

尾道の今川玉香園茶舗は広島県で一番古い茶舗だ。
一応創業明治11年となっているが、実は先祖は水野様の家臣で、
水野家が世継ぎ無しでお家おとり潰しになった元禄11年(1698年)
に牢人となったため、福山に残って商人となり、その後分家が尾道に
来て商売を始めたという。

私が通う尾道の居合道場の仲間がこの老舗のご隠居さんだ。
刀工二代目康宏と同い年で大学も同じ大学だった。

家には刀剣も多いが、水野公から下賜された瓢箪が残っていた。
それは明治初期の瓢箪名品全国品評会に出品したら、どうしても
所望される大阪の方に譲渡したという。
その瓢箪は水野勝成が豊臣秀吉から下賜された逸品とのことだ。

この蔵の中はかなり涼しい。




店内。抹茶、玉露、煎茶と各種揃っている。茶道道具や一般喫茶道具も揃っている。


尾道紅茶は、ここ今川玉香茶舗が起ち上げたブランド茶である。
人気があって、全国各地から尾道に寄った人たちが買いに来る。



本日飲んだのはこの二種。味と香りは全く異なる。


アールグレイ。癖があるので好みが分かれるところ。




こちらディンブラ。こちらは癖がなさすぎる(笑)。ケーキに合いそう。


私が紅茶で一番好きなのはダージリンなのだが、なぜかしら
尾道紅茶にはダージリンがない。
きっと何か理由があるのだろう。

最高級の茶葉を使用している尾道紅茶。
正直言って、美味しいです。
緑茶と違い、高めの温度のお湯のほうがいいかな。


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風がほしい

2016年08月11日 | 風情・季節・地球



残暑が厳しすぎる。
少しだけでいい。
風がほしい。


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山の日

2016年08月11日 | 風情・季節・地球



山の日なのだそうだ。
この画像は今年5月、刀工小林康宏日本刀鍛練所の近所からの絵。

クリックで拡大(PC


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はなだいろの空

2016年08月08日 | 風情・季節・地球



きょうの夕暮れ。
縹色(はなだいろ)の空をスマホで撮る。


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町中の更地化

2016年08月08日 | 風情・季節・地球



かつてビリヤードもあったアミューズメント施設跡地が更地化された。
アミューズメントの前はスーパーだった。アミューズメントの後には
大手総合薬局が経営していたが、どういう訳か市内に乱立する薬局と
の過当競争に負けたのか、更地になった。
どうせここにもマンションが建設されるのだろう。
16年ほど前、三原市にはマンションは1棟(ライオンズ)しかなかった。
その後、2001年ごろからマンションの建設ラッシュがはじまった。
今では数えきれないほどの分譲マンションが建っている。
三原市ってね、1997年当時はコンビニが1軒もなかったの。パン屋さん
のスーパーみたいなのはあったけど。大手コンビニ一切なし。
マクドナルドもなかったのだが、どういう訳かミスタードーナツだけは
あった。
市内住宅街でクリスマスの電飾をやったのはうちが初めてで、道行く
人は皆立ち止まって物珍しそうに見ていた。いや、これ、ホント。
そゆとこ。


今ではちょっと田舎という感じがするだけで、首都圏となんら変わらない
感じになってしまった。
いいのか悪いのかは分からない。
三原市の特徴としては、個人病院が異常な程に多い。町中を通っている
旧山陽道を走ると、うそみたいに数軒おきに病院がある。
それと、人口比率からして、狭い町中に飲み屋が多すぎる。これまた
不思議。
三菱と帝人の町だったから、かつてはそこそこ賑やかだったのだろう。
今では、石炭産業が斜陽してからの炭鉱町やにしん漁業の港町のような
さびれ方をしている。ゴーストタウンにかろうじて人が住んでいるという
ような。

ただし!
タコはめちゃくちゃウマイ。
でも、これ、三原人の手柄じゃないから(^^;
いや、漁協の人も頑張ってるから三原人の手柄でもあるかな。


三原のタコが美味いのには理由がある。それは海流。
⇒ 三原漁協インタビュー

ただし、三原市内では「地ダコ」を称しながら海外産タコを出して
いる店も多いので注してください。
おすすめの本物正真の三原タコの店はこちら。
⇒ 登喜将
「たこのまち三原」の仕掛け人は、このお店の亡くなった先代でした。
 
それと、三原の沖ではマダイがいくらでも釣れるのだが、地元の人は
クロダイ(チヌ)をこばかにしてあまり好んで食さないという現象これ
あり。
俺はなんだかそれって違うと思う。なんだかなぁと思う。
俺自身は実は赤いマダイよりもクロダイの味のほうが実は好きだ。
海魚で一番食して好きなのはカサゴである。

タイよりこれよ!ぐへぇ(笑
でも武士はなぜかしらこの魚を好んだと云われている。いかつぃ~(^^;


三原市の釣り事情としては、海は近いが、鱒類が棲息する
場所までは車で100数十キロ走らないと行けないという
ことかしらね。
これは福山市もそうで、福山出身の作家の井伏鱒二などは
鱒釣りが大好きでペンネームにまで本名の滿壽二の読みを
鱒二とまでしたくらいだった。
大正時代当時は車もなかったのに、どうやって鱒釣りに行った
のだろうね。当然列車なのだろうけど、駅降りてから山に行く
にはどうやっていたのだろう。
とはいっても、備後でのことではなく、早稲田に行ってから
釣りに親しんだのだろうか。代表作は昭和4年(1929)に
「文芸都市」に掲載された『山椒魚』だ。原作品は学生の時
に書いていた。


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モンシロチョウ

2016年08月08日 | 風情・季節・地球



モンシロチョウというものは久しぶりに見た気がする。
横浜は都会のようで田舎なので、やたらめったらいた。
ただ、農作物を食する害虫とされたので、一時期農薬
散布で激減したように思える。
農薬使用率が減ってからはまた増えてきたのか。
小学校の理科の授業で蝶類を学習する時には、モンシロ
チョウがモデルだった記憶がある。


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