私が若かった頃、獣医師が往診しても出せないような難産は、丈夫な枠場があるという理由で、連れて来られることが多かった。しかし、馬の難産は怒責が強く、子馬の肢が長く、失位整復するのは大変だった。
特殊な器具を使って切胎をしようと考えている先生もいたが、子馬は皮膚が薄いので子牛のように皮膚の中で切胎(皮内切胎法)しようとしてもうまくいかないようだった。また、個人的には切胎はあたりがむごたらしくなり、手は傷だらけになるのでやりたい方法ではなかった。
帝王切開をすることもあったが、ひどい難産では子馬が奇形か、すでに死んでいることが多く、帝王切開の術後について調査したら半分くらいの母馬はその年の内に淘汰されていた。子馬はだめだわ、母馬はもう繁殖供用しないわでは何のために帝王切開したのかわからなくなる。
海外研修で私が訪れたUSAの家畜病院では、ひどい難産でもほとんど帝王切開せずに、全身麻酔下で後肢を吊り上げることで失位を整復し、娩出させていた。で、その方法を応用し始めた。
怒責がなくなる。胎児を押し込むことが容易になる。粘滑液を効率よく使える。などにより失位整復は非常に楽になった。
左のような前肢の失位は、操作は30分以内で治せることが多い。繋ぎに届かなくても、まず中手骨部を引っ張り、繋ぎにチェーンをかけたら今度は腕節を押し戻す。で、蹄を外へ出す。
ただ、このタイプの失位は、子馬の腕節が伸びない奇形が原因になっていることが多い。
次に多いのは、「後ろ肢が産道に入ってきてる」と言われるタイプ。これもお産が始まって時間が早ければ、一旦押し込むことで整復できることが多い。時間が経って、子馬が死に、子宮が収縮し、産道が乾き、さらに腫れあがっていると整復は困難になる。
そういう時は、できるだけ引っ張っておいて胴で切胎し、後躯は反転させて後肢から出す。
頭の失位は意外に多くない。これも左の図のように押し付けられているから治らないが、後肢を吊り上げて押し戻すことで治しやすくなる。胎児が生きているときは自分で治ることが多い。胎児が死んでいるときや、自分で治ってこないときは、私は顎にフックをかけて治すことが多い。慎重に引っ張れば顎を壊さずにすむ。
左のような下胎向は、図のように尾位のときも頭から来ている(頭位)のときも上胎向に治して娩出させる。でないと、産道背側を破ってしまうことが多い。
左のような尾位上胎向両股関節屈曲も「ケツしか触れない」と連れて来られる。これも時間が早ければ整復できたことがある。
いずれにしても、失位整復は引くのと押し戻すことを繰り返しながらやることが大事で、そのためには全身麻酔下で後肢を吊ることと、子宮弛緩薬・粘滑剤を適切に使うことが有効だと思っている。
全身麻酔で後肢を吊り上げる方法は、野外でも実施可能だ。右は難産が2頭重なったので、診療所の前でトラクターで肢を吊り上げて行った写真。何度かこのように、診療所の外で行ったことがある。
もちろん何でもこうやって出せるわけではない。難産は常に、やってみて進展がないなら帝王切開を選択肢に入れている。
重種馬を扱う先生にはあまり実施してもらっていないようだ。「吊り上げてしまうとどこにも届かなくなる」と言われるのだが、私は重種でもまずこの方法を行うことが多い。
ただ、重種は体重が重くて腹圧も強く、サラに比べれば体重の割には肺や心臓は小さいので、吊り上げることの心肺系への負担には注意が必要だ。
牛にも使えないかと思っているが、牛は失位より「過大児で」ということが多いので試したことはない。子宮捻転に使うと治しやすいと言う発表をされていた先生もいた。
難産の図は河田先生監訳の「獣医繁殖学・産科学」より。もうこの本は、手に入らないようだ。今の繁殖学の教科書には馬の難産の図や説明はない。寂しいかぎりだ。
吊り上げのときの全身麻酔は何を使うのですか?
ウチは、酪農なので確かに「過大児」に
困らされた時期がありました。
全身麻酔による、後脚吊り上げは
酷い、子宮捻転とかに良い様に思います。
産室なんかが有って、フォークリフトとかが入れば、簡単に吊り下げる事が出来ると思います。
機会が有れば、やってみます。(^^)
(ない方がいいですが^^;)
メデトミジンで鎮静、ケタミンとジアゼパム、あるいはケタミンとミダゾラムで倒馬、トリプルドリップで維持です。あまり長い時間、また高く吊り上げると負担がかかるので気をつけて下さい。必要なときだけ吊り上げて、後は降ろす。ということです。後躯の下にマットか牧草をひくと良いと思います。
>マスターさん
そちらなら外でも大丈夫でしょう。雨が降ってなければ。
丈夫な梁さえあればチェーンブロックでも吊れると思います。ま、必要ないことを祈ってます。
ぺぺさんの書庫はすごい蔵書数でしょうね。床が抜けないように祈ってます。
「ユーモア麻酔学」のような本がたくさん出てくれると専門書も楽しくなるのですが。
必要ないほうがいいのですが・・・。そう願いたい・・・。絶対に・・・。
つたないブログを仲間に入れてくださりありがとうございます。先生のブログ、リンクさせていただきました。
馬もどっぷりはまってしまうと楽しいですよ。そしてひとつひとつの作業は牛より楽です。静注も子宮洗浄も、etc. 馬を飼ってる人は・・・こちらとはだいぶ違うでしょうね。
リンクありがとうございます。
そうです。麻酔も手術もリスクが付きまといます。しかし、放っておくより助けられる可能性があるからやるんです。そこは大事なところです。ときどき忘れられて、結果が悪いと非難されることがあるようです。人医療でも、獣医療でも。