馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

学術雑誌のレフリー

2007-01-12 | 学問

 以前、症例報告を英文で書いたときだ。USAの大学教授に投稿先を相談したら、JAVMA(アメリカ獣医師会雑誌)は採択するだろう。Veterinary Surgery もいけるかもしれない。Veterinary Surgery の方が、prestigiousだ(格調高い)。と言われた。

 それで、Veterinary Surgery に投稿した。担当編集者はカリフォルニア州立大デイヴィスの外科学教授Dr.Pascoeだった。

実は、Dr.Pascoeには研修に行ったときにお世話になったことがあったのだが、Dr.Pascoeは私のことは覚えておられなかっただろう。

学術雑誌の投稿論文はたいてい二人のレフリーに回される。そして、その学術誌に掲載するにはふさわしくないとか、どこを直せとか言ってくる。レベルの高い雑誌ほど要求は厳しくなる。

求められる修正箇所が多く、その内容が厳しいと要求にこたえるのは難しく、掲載をあきらめることになりかねない。

 しかし、Dr.Pascoeの対応は通常とまったく違っていた。「二人のレフリーはこれこれの箇所を修正しろと言ってきている。私ならこう直すが、君はその修正を受け入れるか?」と修正案を示してくれた。

異論はなかった。二度ほどのやりとりで、獣医外科学分野では最も権威ある雑誌に採択してくれた。

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 私の恩師一条先生も言っておられた。「卒論、修士論文をここがまずい、あそこがまずいと、指摘ばかりして、OKをださない先生がいるが、ボクはこう直しなさいと言って書き込むんだ。」

一条先生に書いたものを見ていただくと、いつも行間にびっしりと小さい字で書き込んでくださる。

できる先生、書ける先生には、自分ならこう書く。というのが明確に見えるのだろう。

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 レフリーをする上でもルールがある。たとえば、指摘事項は最初のチェックですべて指摘する。2回目は、修正されて来た箇所についてのみチェックすべきで、新たな箇所を指摘するのはルール違反だ。

以前、日本語論文を投稿したら、「繁殖雌馬」と書いていたのを「繁殖用雌馬」と修正してきた。つまらない修正だと思いながらそのとおり修正して返送したら、今度は「繁殖雌馬」と直してきた。これなどは、レフリーの能力と同時に人間性を疑ってしまう。

馬の獣医学論文を書いていると、海外の先生の方が辛辣だが的を得た指摘をして来るように思う。

レフリー自身のその分野での知識と経験が指摘事項に現れるからだろうと思う。

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 とは言っても、学術誌のレフリー作業はボランティアなのだ。自分の論文を書く時間もないのに、興味もない、できの悪い他人の論文をチェックしなければならないとしたら、あら捜しもしたくなるのかもしれない。

学術誌のレフリーは、採択の判定員ではなく、良い論文を完成させ掲載するための協力者だと思っていた方が良い。

論文掲載数の多い、しかも良い論文が多い雑誌が良い雑誌なのだから。

その点では、たくさん論文を投稿した人は、大勢のボランティアに大いなる迷惑をかけた人だとも考えられる。

 私たちは自分達が属するこの分野で研究発表、論文投稿、学術誌掲載が盛んに行われて、この分野が発展するように、投稿する方も、レフリーも努力しなければいけないと思う。

 私もDr.Pascoeや一条先生のように、論文作成を手伝えるようにレフリーしたいと思うが・・・・力不足だ(涙)。

 


6 コメント

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試合において、もっとも重要なのは時として選手よ... (癒し系獣医師)
2007-01-12 21:19:32
試合において、もっとも重要なのは時として選手よりもフェアで機微のあるレフリーだと感じたことは多々あります。どこの世界でも同じですね。
hig先生 (kiku)
2007-01-12 22:29:41
hig先生
いつも先生のブログを拝見させていただいています。
自分も大学時代、一条先生の講義を受け大動物獣医医療に貢献できればと思いました。今回の先生のブログを拝見して、自分も一条先生に教わった一人として同じ気持ちでしたので、コメントさせていただきたいと思いました。
hig先生のブログの一言一言が自分を奮い立たせてくれます。
自分も、一条先生、hig先生のように大動物医療に貢献できるように努力していきます。

 >癒し系獣医師さん (hig)
2007-01-13 04:38:04
 >癒し系獣医師さん
   優秀なレフリーは試合をつくり、選手を指導することができるのでしょう。
  そうありたいものですが、かなり難しいことです。
   サッカーやラグビーで「あの審判の笛を聞きに行く」
  と言っていた人がいました。
 >kikuさん ( hig)
2007-01-13 04:46:00
 >kikuさん
  同窓とのこと。コメントありがとうございます。
  
  教わったこと、学んだこと、受けた恩は次の世代へ伝えたいと思いますが、
  その難しさもわかります。

  私達は良いところで勉強させてもらいましたね(感謝)。
添削されながら論文を書くのは大変だけど、自己表... (豆作)
2007-01-13 07:16:49
添削されながら論文を書くのは大変だけど、自己表現のできる場でもあるし、楽しい作業ですよね。保険金請求書を書き直すよりずっとずっと楽しい作業です(笑)。
>豆作先生 (hig)
2007-01-13 13:14:32
>豆作先生
  日本では和文、英文ともに馬臨床の報告は多くありませんが、
 記録を残し、知見を普及させるためにも書いていただきたいと思います。

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