礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

二・二六事件を事前に予知していた三井・三菱

2012-08-12 04:22:01 | 日記

◎二・二六事件を事前に予知していた三井・三菱

 一昨日に続いて、小坂慶助の『特高』(啓友社、一九五三)について。この本には、いろいろ驚くような話が出てくるが、本日は、財界の三井・三菱が、その独自の情報網によって、「二十五日頃を期して重臣襲撃を決行する」という情報を得ていたという話を紹介する。同書の七五~七七ページから引用。明らかな誤字は訂正している。

 私は憲兵分隊の特高主任として、相沢〔三郎〕中佐の公判を中心として一部将校の活溌な動きに「何かやるな!」は感じてはいたが、これだけ大規模な、大それた事態を引起すとは夢想だにしていなかった。
 二月十九日の朝「栗原中尉一派が、十八日の夜赤坂の某鳥料理屋に密かに会合して、二十五日頃を期して重臣襲撃を決行する」と云う情報を、三菱本館秘書課から知らせてきた。
 当時、三井、三菱の情報網は完璧に近い程に洗練された、組織を持っていた。金の力に物を言わせ、政党、諸官庁、新聞通信社、待合、料理屋を始めとして、左右両団体から浪人、市井の所謂「ゴロ」に至る迄息の掛っていない処とてない。之は此の種事件の目標が如何なる場合でも、「元老、重臣、財界」に擬せられているからである。殊に三井では血盟団事件で、巨頭團琢磨を、三菱では大番頭〈オオバントウ〉の井上準之助を犠牲にしていると共に、国内の変動に極めて鋭敏であったからである。
 憲兵隊や、警視視庁の特高課の連中が、逆立〈サカダチ〉したって到底及ぶべきもなかった。従って、三井・三菱の秘書課と密接な連繋を保っていさえすれば、憲兵隊の雀の涙程の機密費を費い〈ツカイ〉、血眼になって駈け廻ら輩なくっても、寝ながらにして天下の状況は手に取るように知る事が出来た。
 この完璧な三菱の情報網は、事件突発をいち早くキャッチし・叛乱軍の目標が、元老、重臣、財閥の巨頭にあると云う事で、吃驚仰天し、これはお家の重大時と、総帥岩崎小彌太は、警視庁出身の護衛二名に護られ急遽として本郷の本邸から中央線の国分寺駅近くにある、別邸の奥深く雲隠れをした。処がこの国分寺別邸の目と鼻の先にある、私立明星中学校の体操教師予備役歩兵少尉山本又が、叛乱軍の幹部として参加している事が判明して、二度吃驚り〈ビックリ〉慌てふためいて、亦この別邸を逃げ出し、伊豆の別荘に避難したと云う笑へぬ一駒があった。
三井の御大三井高公〈タカキミ〉も素早く東京から姿を消して仕舞った。財閥の巨頭、亦つらいかなと去う処である。
 この惰報は「麹町憲高秘」として直に〈タダチニ〉隊本部に報告した、上司としても、一触即発の緊迫した情勢は認めていたので、重要情報として取り上げ、その出所を鋭く追及して来た。
「情報の出所は申上げられません!」、
 と軽く突き放した。新聞記者と同じで、取材の出所はそう簡単に明せるものでない。
 坂本〔俊馬〕東京憲兵隊長は、事態が益々悪化の傾向を辿る〈タドル〉ばかりであるので、隣接憲兵隊である名古屋、宇都宮、仙台の各憲兵隊に兵力の応援派遣方を上申した。二十日、二十一日の両日には、地方の私服憲兵が続々上京し、軍首脳部の身辺護衛と一部急進青年将校の張込尾行が付けられ、警戒の万全が期せられたのである。
 併し、二十六日に決行せられると云う事は、全く事前に探知する事は出来なかった。

 東京憲兵隊が二六日の決行を探知できなかったというのは、その通りかもしれないが、少なくとも、事態が悪化していることは把握していたし、隣接憲兵隊に応援派遣も要請している。本当に事件を阻止する決意があったのならば、憲兵隊には、いくらでも打つ手はあったはずである。少なくとも、三井・三菱なみの警戒心があれば、重臣や軍首脳部が殺されることはなかったろうし、そもそも憲兵隊の権限を以てすれば、決起部隊の主謀者を事前に検束することも可能だったのではないか。憲兵隊の「不作為」が、決起を成功させたという疑惑を、私は拭い去ることができない。
 なお、右引用に、「軍首脳部の身辺護衛」とあった。渡辺錠太郎の私邸に二名の憲兵が「常駐」していたことは、昨日のコラムで確認した通りだが、これは事態悪化以降の「常駐」だったのか。それとも、もともと二名の憲兵が常駐しており、事態悪化後における加配はなかったということなのか。

今日の名言 2012・8・12

◎陛下の軍隊が飛んでもない事を仕出かした!

 2・26事件発生直後、東京憲兵隊麹町分隊に駆けつけた小坂慶助特高主任に対し、分隊長の森健太郎少佐は、涙を浮かべながらこう言ったという。小坂慶助『特高』の81ページに出てくる。

*お知らせ* 13日と14日は、お盆休暇をいただき、15日から再開します。

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