◎覚醒して苦しむ理性(矢内原忠雄の「平和国家論」を読む)
昨日の続きである。本日は、矢内原忠雄の『日本精神と平和国家』(岩波新書、一九四六)に収められているふたつの文章(講演速記)のうち、「平和国家論」の冒頭部分を紹介したい。「平和国家論」のもとになった講演は、一九四五年の一一月、長野県東筑摩郡教育会中部会の主催でおこなわれたもので、会場は同郡広丘村の広丘国民学校(現在の塩尻市立広丘小学校)だったという。
惨憺たる敗北であります。軍事的経済的のみでなく、道義的に於ても我が国民は如何に脆弱であるかといふことを暴露しつつあるのであります。私は日本人といふ者に対して殆んど失望を禁じ得ないのであります。併し之を愛することを止めることも出来ないのであります。此の失望の中からどこに希望を見出すか。此の敗北の中からどうして我が国を復興せしめるか。我々は我々の祖先に向つて何と言つて申し開きをするか。我々の子孫に向つて如何なる道を備へておくか。食物の飢饉は迫つてをりますが、道徳の飢饉は尚驚くべきものがあるのであります。政治も経済も外交も、日本の国は殆んど独立を失つてをります。精神に於てすら独立を失ふ危険に曝されてをるのであります。今日自由主義とか民主主義とかさういふ事がやかましく叫ばれてをりますが、独立のない所に何の自由があるか。何もかも我々は外国の指令の下に政治し、生活しなければならなくなつてをる。けれども少くとも精神の独立は是を維持しなければならない。戦争中も重大な時局でありましたけれども、戦争終つてからの時局の方がもつと重大な、もつと真面目な思索を要求する事となつてをるのであります。戦争中はいはば我々の理性は曇つてをりました。併し今は理性は覚醒して苦しむのであります。
戦争終りまして後開かれました臨時議会の開院式の勅語に、
朕ハ終戦ニ伴フ幾多ノ艱苦〈カンク〉ヲ克服シ、国体ノ精華ヲ発揮シテ信義ヲ世界ニ布キ、平和国家ヲ確立シテ人類ノ文化ニ寄与セムコトヲ冀ヒ、日夜軫念〈シンネン〉措カス〈オカズ〉
と仰せられてをりますが、我々臣民も本当に日夜憂慮して措かないものがあるのであります。殊に皆さんのやうに教育に関係してをられる方は尚更の言と思ひます。戦争中に国防国家といふ言葉が大に称へられました。之はドイツ語の翻訳でありまして、ナチスの作つた語であります。武装国家といふ意味であります。平和国家と言ふ語は日本で出来た言葉でせう。詔勅に言はれた平和国家の建設といふことは、日本国の理想を明かにして今後進んでゆくべき目標をお示しになつたものと信ずるのであります。
このあと、矢内原は、フィヒテの『ドイツ国民に告ぐ』やカントの『永久平和論』を紹介しながら、「日本は平和国家となり得るか」について論じてゆくのであるが、これについての紹介は割愛する。
今日のクイズ 2013・2・27
◎1946年10月に刊行された近藤宏二『青年と結核』(岩波新書)について、正しいものはどれでしょうか。
1 岩波新書旧赤版の最終冊、矢内原忠雄『日本精神と平和国家』の初版と同じく、サイズは新書判でなくB6判。
2 岩波新書旧赤版の最終冊、矢内原忠雄『日本精神と平和国家』の初版と違って、サイズは新書判。
3 岩波新書青版の第一冊、サイズは新書判。
【昨日のクイズの正解】 3 爾後国民政府ヲ対手トセズ■この言葉を含む声明によって、結果的に日中戦争は長期化し、さらには太平洋戦争に向かわせることになりました。「金子」様、正解です。
今日の名言 2013・2・27
◎とどめだけはどうか待ってください
鈴木貫太郎侍従長夫人・鈴木たかの言葉。昨日夜のNHKニュースによれば、鈴木たかが二・二六事件について証言している録音テープ(1965)が発見されたという。同証言の一部が紹介されたが、それによれば、瀕死の鈴木貫太郎にとどめを刺そうとした兵士に対して、鈴木たかが「とどめだけはどうか待ってください」と言い、これを聞いた安藤輝三大尉がとどめをやめさせたという。なお、昨年11月30日の当コラム「鈴木貫太郎を蘇生させた夫人のセイキ術」を参照されたい。