礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

「日本のレクラム」を名乗ったアカギ叢書

2013-10-15 04:31:33 | 日記

◎「日本のレクラム」を名乗ったアカギ叢書

 岩波文庫の巻末には、ほぼ例外なく、岩波茂雄署名の「読書子に寄す」という文章が載っている。
 今、「ほぼ例外なく」と述べたのは、岩波文庫創刊当時の「読書子に寄す」は、岩波茂雄の署名ではなく、「岩波書店」の署名になっているからである。また、敗戦直前あるいは敗戦直後の岩波文庫で、「読書子に寄す」が載っていないものを見たことがあるからである(たしか、奥付が最終ページ、その前のページが本文の最後のページになっていたと記憶する)。
 そんな細かいことはともかくとして、その「読書子に寄す」の中に、「吾人は範をかのレクラム文庫にとり」という一節がある。本日は、この一節に関する話題である。
 この「吾人は範をかのレクラム文庫にとり」という一節があまりに有名になってしまったために、「レクラム文庫」に範をとったのは、日本では岩波文庫が最初だったという「常識」が成立しているようだが、これは事実に反する。
 一九一四年(大正三)に創刊された「アカギ叢書」が、実は、日本で最初に「レクラム」に範をとった「叢書」であった。
 アカギ叢書については、昨日のコラムでも触れた。
 アカギ叢書の第三四篇、マルコポーロ作・佐野保太郎編『東方見聞録』(一九一四年八月初版、同年九月三版)の奥付のウラにあたるページは、広告になっており、次のような宣伝文句が並んでいる。

 日本のレクラム
 平明 簡潔
 〇紳士の標準智識
 〇世界学術の叢淵〈ソウエン〉
 特色
1.古今東西の科学芸文中 紳士の標準智識たるべきものを聚取〈シュウシュ〉し解説せり
2.従前の刊行物の高価、尨大〈ボウダイ〉、難渋〈ナンジュウ〉なるが為に当然弁知し置くべき著作なるにも関せず止むを得ず閑却せらるたるもの多きを憂ひ専ら廉価、平易、簡明に解説し刊行せり
3.内外の傑作の紹介は簡単にコンデンスしたりと雖〈イエドモ〉妙味に到つては毫も減殺する所なし
 ▲各冊 僅かに 金十銭也▼

 注目すべきは、最初の「日本のレクラム」という言葉である。「アカギ叢書」は、明らかに、「レクラム」を意識し、それに範をとって創刊されているのである。
 ここでいう「レクラム」とは、ドイツのレクラム出版社(Reclam-Verlag)のUniversal-Bibliothekを指している。これを日本語訳するとすれば、レクラム社の「百科叢書」あたりが妥当であろう。「アカギ叢書」を創刊した赤城正蔵〈ショウゾウ〉は、Universal-Bibliothekに範をとって、みずからの叢書を、Akagi-Bibliothek=アカギ叢書と名づけたのであろう。
 今日では、レクラム社のUniversal-Bibliothekを「レクラム文庫」と呼ぶのが一般的になっているが、その起源は、言うまでもなく、岩波文庫の「読書子に寄す」にある。岩波書店は、レクラム社のUniversal-Bibliothekに範をとって、みずからの叢書を岩波文庫=Iwanami-Bibliothekと名づけた。同時に、レクラム社のUniversal-Bibliothekに対しても、「レクラム文庫」という通称を用意し、これを普及させたのである。
 いずれにしても、「レクラム」に範をとったのは、赤城正蔵の「アカギ叢書」が最初であった。だからこそ岩波書店は、岩波文庫の創刊にあたって、アカギ叢書を意識せざるをえなかったのである。

今日の名言 2013・10・15

◎内外の傑作の紹介は簡単にコンデンスしたり

 アカギ叢書の広告(1914)に出てくる言葉。コンデンスは、濃縮あるいは要約の意。上記コラム参照。

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