礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

野口英世伝とそれに関わるキーワード

2013-08-15 21:22:20 | 日記

◎野口英世伝とそれに関わるキーワード

 数週間前、新刊書店で、「週刊 日本の100人 改訂版」067号(ディアゴスティーニ・ジャパン、二〇一三年四月三〇日)の『野口英世』を買ってみた。
 パラパラと読んでいると、その二七ページに、歴史民俗学研究会でご一緒している尾崎光弘さんのお名前が登場していた。尾崎さんに、メールでその旨を伝えると、この本のことは知らなかったとのことであった。
 同書では、どのような形で、尾崎さんの名前が登場するのか。それは、過去に尾崎さんが発表した野口英世論を援用するという形で、その名前が出てくるのである。ともかく、関連するところを引用させていだだこう。

 会津若松市に建つ英世の銅像台座には「忍耐」の文字が刻まれている。この言葉は、野口英世を評価する上で欠かせないキーワードであり、英世伝記の中心を成す価値観である。
 英世伝は第2次世界大戦前に54冊、そして戦後から1989(平成元)年までの間に217冊出版されている。ひとりの人間についてこれ程たくさんの伝記本があることは珍しく、これは読者のニーズがなければ生まれない事実である。そして尾崎光弘氏が「英世伝」出版数の推移を分析した結果によると、英世伝ブームには5つのヤマがあるという。すなわち①死去後②戦争期③復興期④高度成長期⑤70年代である。尾崎氏は、これらのヤマはすべて日本社会の大きな転換期にぴったり当てはまっていると指摘する。
 まず①死去後の頃、1936(昭和11)年の『尋常小学修身』では「志をたてよ」という単元で英世が取り上げられ、立派な人になろうと志を立てたことに焦点が当てられている。当時、立派な人間とは国家のために仕事をする人間のことである。②戦争期では1942(昭和17)年の『初等科音楽二』で唱歌「野口英世」が採用されている。歌詞には「人の命すくはうとじぶんは命すてた人」とあり、立派な死に方をした人という側面が強調される。時代は国のために死ねる、たくさんの兵隊を必要としていた。
 そして戦後の③復興期、軍人・乃木希典や楠木正成などは教科書から姿を消したが、英世は1954(昭和24)年の理科の教科書で復活。「人類平和の勇士ともいうべき人です」と紹介された。④高度成長期になると、出版数は最大規模になる。英世は忍耐と努力で経済成長を成し遂げた戦後日本の姿である。しかし、1969(昭和44)年の道徳の副読本『あたらしいせいかつ』で取り上げられる英世は、何のために勉強するのか目的もなく、劣等感を抱いたひよわな少年である。生活が豊かになった一方で、公害などの新たな問題、学校においては学園闘争、いじめなどの問題が現われた頃。英世の姿は、このままで良いのかと逡巡する世相を投影している。
⑤70年代以降になると、世のため人のため、という面は影をひそめ、自分のために一直線に突き進んでいったたくましい人物像ができ上がる。映画化もされた渡辺淳一『遠き落日』では、欠点は多いが魅力的な人物として描かれ、90年代になると、これまで空白の多かった外国の英世を詳細に描く伝記が増えた。これらは「国際化」や「国際貢献」という現代が必要としている価値観に符合している。
 このように「努力」「忍耐」「母性愛」「国際貢献」など、英世の生き方を切り取るキーワードは、否定することのできない根本的な価値観ばかりであり、英世の人生を構成する要素がいつの時代にも必要とされてきたことが分かる。英世の伝記は形を変えながら、これからも多くの人々に読み継がれてゆくのである。

 文中、「1954(昭和24)年」とあるのは、原文のママ。これは誤記で、「1949(昭和24)年」が正しい。
「週刊 日本の100人 改訂版」『野口英世』の編集体制については、よくわからない。上記に引用した部分を執筆したのが誰であるかも不明である。ただし、多少、文章を書き、公にしたことがある人であれば、すぐ気づくことがある。それは、この文章が、はなはだ問題の多い文章だということである。
 尾崎光弘氏の所論を踏まえて書いた文章であることはわかるが、どこまでが尾崎氏の所論であり、どこまでが筆者の所論であるのか、全くわからないような書き方をしているということである。
 この文章の執筆者は、ひとの所論を援用する際、どこまでがひとの指摘で、どこからが自分の見解かということを区別して書くという文章上の基本を、わかっていないのではないだろうか。もしくは、そういう基本については十分に承知した上で、あえて、そのあたりをボカして書いているのではないだろうか。【この話、続く】

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