礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

「云々誤読事件」について云々する

2017-02-09 07:23:27 | コラムと名言

◎「云々誤読事件」について云々する

 森本清吾著『独学者の行くべき道』(文修堂、一九四一)を紹介している途中だが、首相の「云々誤読事件」について、少し云々してみたい。
 報道によれば、一月二四日、安部晋三首相が、参議院における代表質問で、民進党の蓮舫代表の質問に対し、「訂正でんでんというご指摘はまったく当たりません」と答弁したという。原稿に、「訂正云々」とあったのを「訂正でんでん」と読んだものと思われる。
 これについて、インターネット上に、安部首相の国語力を揶揄する発言が飛び交っているようだが、さらここで、同じようなことを繰り返すつもりは全くない。ここでは、この「誤読事件」について、いくつか気づいたことを述べておきたい。以下、箇条で述べる。

一 代表質問に対する答弁に「原稿」があるというのが、不自然である。本来であれば、代表質問も、それに対する答弁も、原稿なしでおこなうべきではないのか。原稿を作ってはいけないとは言わないが、あくまで、国会における「言葉」は、口頭で発せられたものであるべきである。だからこそ、国会には「速記者」がいて、「速記録」が作られているのである。
二 この代表質問においても、あらかじめ、首相に質問事項が伝達されており、それに対する答弁の原稿が作られていた。だからこそ、蓮舫代表の「まるで我々がずっと批判に明け暮れているとの言い方は訂正してください」という質問(原稿あり)に対して、「民進党の皆さんだとは一言も言っていないわけで、自らに思い当たる節がなければ、ただ聞いていただければ良いんだろうと思うわけで、訂正でんでんという指摘は全く当たらない」という答弁(原稿あり)がなされたのである。その際、答弁原稿に「訂正云々」とあったことが、「訂正でんでん」という誤読を招いたことは言うまでもない。
三 この答弁原稿を作ったのが誰であるかは知らないが、ここに「云々」という文字を入れる必要は全くない。「言い方を訂正せよという指摘は全く当たらない」とすれば足りる。辞書によれば、云々は、引用した「文」を中断するときなどに使うという。どうしても、「云々」という言葉を使いたい場合には、「言い方を訂正せよ云々というご指摘は全く当たらない」などとすべきであった。
四 辞書によれば、「云々する」という言葉があり、これには、「とやかく言う」という意味があるという。ここで、答弁原稿の作成者は、「訂正云々」という言葉を使うことによって、「蓮舫代表は、とやかく言っているようだが、訂正の必要など全くない」というニュアンスをあらわそうとしたのかもしれない。しかしこれが日本語として適切な用法なのかどうかは疑問であり、なりよりも、質問者に対し失礼な表現である。
五 答弁原稿の作成者の最大のミスは、「云々」という言葉を使ったこと自体にある。決して、これに、振り仮名が振られていなかったから云々の問題ではない。
六 安倍首相は、答弁途中、「訂正云々」の「云々」に振り仮名がないことに気づき、かつ、その読み方に自信がなかった場合には、文脈を意識しながら、「訂正などという指摘は全く当たらない」云々と言い換えるべきであった。そうした瞬時の判断ができなかったのは、自分の言葉で答弁しようとしていないからであり、答弁原稿に頼りきっているからである。しかし、根本的な問題は、首相が、国会という場にふさわしい言語操作技術を鍛えてこなかったということにある。決してこれは、学力の問題ではない。
七 云の音は「ウン」、もともとの意味は「雲」である。雲も同じく「ウン」。云も雲も、一〇六韻では「文」。一方、伝は云の字と似ているが、これは、日本で用いられてきた俗字が教育漢字に採用されたものである。旧字は「傳」。音符は「專」。伝も専も、一〇六韻では「先」。
八 広辞苑第五版には、「うんぬん(云々)」の見出しはあるが、「うんうん(云々)」の見出しがない。しかし、大正時代の辞書(三省堂の国漢文辞典)には、「うんうん(云々)」と「うんぬん(云々)」の両方の見出しがあって、後者には、「うんうんの音便」という説明がある。大正・昭和・平成の間に、「うんぬん」という音便形が主流となったということだろう。
九 「云々」という言葉は、もともとは書き言葉、それも漢文調の書き言葉で使われてい言葉だった。もともと、読める人は少なかった言葉だったはずである。今日では、「うんぬん」という音便形が、日常の「口語」の世界でも使われている。しかし、だからといって、いま、誰でもが、これを読めるかというと、決してそうは言えないと思う。
十 要するに、「云々」という言葉は、使い方も難しいし、読み方も難しい。扱いには注意すべきだということである。

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