礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

情の脆さに祟られた福地桜痴(柳田泉の桜痴論を読む・その2)

2012-07-24 05:38:39 | 日記

◎情の脆さに祟られた福地桜痴(柳田泉の桜痴論を読む・その2)

 昨日の続きである。柳田泉の「桜痴居士の『懐往事談』について」の「二」の後半部分を引用する。

 桜痴の才は豊富だったが、それがあまりに豊富すぎた割に、性格に訓練がなかった。桜痴の聡明も人に絶していたが、いささかそれを恃み〈タノミ〉過ぎた。彼がかつて岩倉公〔岩倉具視〕にいった言葉で、自分は「四人分の仕事ができる」と自信していたことが分かるが、口では四人分といっても、実際の四人分は大変なものである。こういう才能や自信のために、彼には世間が馬鹿に見えて仕方がなかったろう。才を恃むと、人から服される一面には、人から憎まれる。それが繰り返されてくると、一種の妙な心理が生まれてくる。自分自身としては、何をなしても人一倍できるという万能的衿持〈キョウジ〉と環境の不如意〈フニョイ〉との軋轢〈アツレキ〉から、一種の棄て鉢〈ステバチ〉的な心境になるのである。その上、桜痴には、恐ろしく人情に脆い〈モロイ〉弱点がある。情に脆いのは、弱点というよりも、むしろ美点であるが、それは、意志の力でほどほどに調節されてのことで、度を過ぎると、もう立派に一種の道徳的欠陥、一種の性格的病気といえる。それこれすると、人から、操守がないとか、無節操といわれる結果にもなろう。この情の脆さがまた、今いった棄て鉢的な心境で強められ是認されて、万事に対して任地的無操守無理想(何でももいいや、なるようになれ)という、社会人としては、きわめて信頼できぬ一種の性格ができあがってしまう。
 桜痴居士の生涯を見ると、こういう性格にあくまで祟られ〈タタラレ〉ているように思われる。公人としての彼の致命傷となつた芳原〔吉原遊郭〕収賄事件を考えてみても、また売節云々で攻撃された(今なお攻撃されている)御用記者的態度を見ても、さては本篇で知られるように、折角の大蔵省四等出仕を一片の気まま我がままからさらりと投げ出した無責任さについても、たいてい同じことがいえるので、天分の動くままに動いて、それが失脚の一途をたどるというのでは、それを性格悲劇とよんでも、そう聞違ったものといえなかろう。
 眼さきが見えなくはない、むしろ十分見え過ぎる、こうすればこうなるということは十分わかっている。それでいて情にからんでこられると、ころりと負けてしまう。だが負けたと知りつつ、根が智慧者〈チエシャ〉のことだから、それを負けたのではないと理屈で紛らそうとする。その才力で立派な理屈を生み出す、しかしどうしても無理ができる。自縄自縛となる、社会の攻撃を買う。しかも内心、そういうふうに他人のために損な役廻りをひきうけて、妙な得意と感激を覚える。俺の心事は知る人ぞ知る、お前方の知ったことじゃないといった、澄ました気でいるが、彼の心事を知るはずの人が、いずれも彼一人を犠牲にし放して、決してその心事の証明はしてやらない。損はいつも彼の頭にばかりかぶさる。そうしてそのままで後世に残され、それが定評という恐ろしいものになる。桜痴の場合がまったくいい手本だといってよい。
 情に脆いということは、世間的には乃至〈ナイシ〉ある人、ある場合には美しい好い事であるに違いない。しかし桜痴の場合には、きわめて悪いことであった。桜痴自身もそれを知っていたろう、しかしその性格がどうにもすることを許さなかった。
 私が桜痴を気の毒ずくめというわけがこれでいくらか分かってもらえると思う。
『新聞紙実歴』〔『懐往事談』の付録〕のほうには、いく分そういう性格が出ているはずであるから、注意してお読みになりたい。

 以上が、引用である。柳田泉は、桜痴のことを、厳しく突き放して論じているかに見えて、その実、桜痴の内面、桜痴の秘密に迫ろうとしている。福地桜痴という人物を、ここまで真剣に論じた文章は、多分ほかにはない。柳田泉には、何か、桜痴に「思い入れる」理由があったのだろうか。
 なお、文中、「芳原」という言葉が出てくる。この読みは〈ヨシハラ〉だと思うが、吉原遊郭の「佳語」として使っているとすれば、その読みは〈ホウゲン〉ということになろう。

今日の名言 2012・7・24

◎何も変えないでいると、結局、突然、大きく変えざるを得なくなる

 今日の日本経済新聞の「やさしい経済学」欄より。執筆は京都大学名誉教授の西村和雄氏。西村氏は、アダム・スミスの『国富論』を援用しながらこのように言う。もちろん、「なかなか改革の必要性を認めない」日本政府を意識しての発言である。

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