「カダヤワン・フェスティバル」のフィナーレを飾るパレードが今年も8月18日から始まりました。
カダヤワン・フェスティバルはその昔「アポ・ドゥワリン・フェスティバル」と呼ばれたダバオの祭りだったそうで、「アポ」はダバオの高峰で、「ドゥワリン」はフルーツの「ドリアン」と香りのいい蘭の一種「ワリン・ワリン 」を合わせた言葉です。
そして1988年、ドゥテルテ市長の時代に自然の恵みと平和に感謝するミンダナオの祭りとして「カダヤワン・サ・ダバオ 」と改称されました。
カダヤワン・フェスティバルは1年間の自然の恵みに対する収穫祭のひとつで、その昔アポ山周辺に住む多種な民族が一同に集って、歌い、踊って、豊かな収穫を神様に感謝しました。
その感謝の集いが今に継承されて花や果物、野菜などで飾った山車を繰り出し、民族衣装で着飾った人々が大通りで踊り、歌って祝います。
中でもダバオの先住民であるバゴボやマノボ、マンダヤはじめイスラム教徒のタウスグ、マラナオ、サマなどが独自の衣装で練り歩きながら民族舞踊を披露する日曜日の「インダク・インダク・サ・カダラン」はフェスティバルの中心イベントです。
このパレードは、文化も宗教も歴史もそれぞれに異なる「ダバウェニョ」(ダバオっ子)の大きさと調和、多様性を印象づけるものです。
カダヤワン祭りの期間中、国内外から沢山の観光客が集まり、市内のホテルはほぼ満杯になったそうです。
カダヤワン祭りは8月に入ってから直ぐに始まって、SMシテイモールの駐車場エリアで農産物フェアーが1日からスタートして、27日まで開催されています。
先日Philippines Womens Collegeで公開されたモダンバレー「ENCANTADA」の公演もカダヤワン祭りの一環です。
また今年は初めての試みとして6人の外国人(ポーランド人、インドネシア人各2名、フランス人、中国人各1名)をカダヤワン祭典実行委員会に迎えて祭典のアイデアなどへの意見を取り入れました。
有名アーチストたちもフィナーレの18日、19日には各モールに訪れて沢山のファンの前で歌を披露していました。
また、恒例となっている「新人タレントオーディション」のファイナルが15日にGaisanoショッピングモールの特設舞台で開催され沢山の観客で会場が埋まっていました。
その他にもスポーツイベントも幾つか開催され、中でも毎年恒例になっているハーフマラソン大会や自転車のロードレースも行われて、2012年のカダヤワン祭りに花を添えていました。
最近日本で話題になったのがが『近いうちに解散』と言った野田首相の言葉でした。
この後『近いうち』とは一体いつのことなのかと物議をかもしていました。
或る首相経験者は『近いうちに飯を食おうと言ったら、大体それは普通だったら2週間そこらで普通にその間で食うでしょう・・・』と言っていました。
去る8月7日にアップしたこのブログで<発展を続けるダバオ>と題してダバオ市内の中心地に近いLanang地区にあったラナンゴルフ場の広大な跡地に建設中のSM Lanang Premierのことを書きました。
当時はこの巨大ショッピングモールの開店がいつになるのか決め手となる確たる情報がなく、SMプライム・ホールディングのWebサイトからの情報が唯一入手出来、そこには2012年の第4四半期の初旬を目指していると書かれてあっただけでした。
ところがつい先日工事中のショッピングモールの正面玄関に近い大通り沿いに大きな「横断幕」が取り付けられ、その幕の右側に<Opening Soon>と書かれてありました。
ランダムハウス英和大辞典によりますと、<Soon>とは「間もなく」、「もうすぐ」、「じきに」、「そのうち」、「近いうち」、「近日中に」などの意味があります。
そしてSM Lanang Premiumにテナントを出店する方からの情報で遂にグランド・オープニングの日が判りました。
SM Lanang Premiumのグランド・オープニングは来月、9月28日(金)に決まったそうです。
各テナントには既に公文書が届いていて9月28日の開店へ向け準備を進めるように連絡が入っています。
グランド・オープニング記念の各テナントへのサービスは3ヵ月の間賃貸料が50%オフになるそうです。
消費者には果たしてどんなサービスやサプライズが用意されるのか今から楽しみです。
ダバオではなかなか観る機会の少ないモダンバレーの公演が先日Philipine Womans Collegeの講堂で開催され行って来ました。
フィリピンで有名なBallet Philippines公演の「ENCANTADA」(魅惑)で、昨年度のフィリピン舞台芸術協会の最優秀作品賞を受賞した作品です。
正直言って行く前まではそれ程期待していた訳ではなかったのですが、想像以上に素晴らしい舞台で感動しました。
超満員の会場を見た途端に期待感が湧き上がり、舞台が始まってからはダイナミックなダンスは勿論ですが、生演奏の民族音楽、まるでミュージカルを見ているようなストーリー性の高い作品で、すっかり舞台に魅了されました。
1992年に初演されたこの「Encantada」が20年もの間ロングラン公演を続けている理由が判りました。
ENCANTADA(魅惑)は継続的な異邦人からの抑圧に喘ぐ反抗者たちの物語りです。
「異邦人」とはその昔フィリピンを統治していたスペインを思い起こさせます。
山頂に棲む妖精、ENCANTADAはいつも空の上から村人たちを見守っています。
しかし異邦人からの抑圧に我慢出来なくなった村人たちは、異邦人の大聖堂から彼らが崇拝するIMAJEM(聖母マリア像)を盗み出したものの、これに怒った異邦人たちは反抗者たちを追跡して捕え、征伐しました。
しかし反抗者たちの手で巧妙にすり替えられてしまっていたIMAJEMに気付いた異邦人たちはふたたび罪のない人々を殺し、森や山に火を放ち自然の魅惑を破壊してしまいました。
村の象徴である妖精ENCANTADAは深く悲しんで涙の波を流すと、それは急流に変わり、その果てしない破壊的な急流は洪水を引き起こし低地をのみ込み、異邦人たちは一掃されたのでした。
つい先日ダバオの最新の人口が公表されました。
ダバオシティの人口は1,449,296人となり、2007年に実施された前回の国勢調査の結果より2.17%上昇しました。
一方2011年に実施された実質経済成長率(対象国183ヶ国)調査によりますと、フィリピン経済の成長率は3.72%で183ヶ国中第95位で、ダバオ市単独の成長率が4.1%と全国平均を上回っており、ダバオの発展振りがこの数字から伺えます。
因みに日本の成長率はー0.75%で174位に甘んじています。
発展を続けているダバオの街は以前私が8年間暮らしていた1999年~2007年に比べて大きく変化しています。
その変化の一番の象徴が当時良くお世話になっていたLanangカントリークラブのゴルフ場が2007年に閉鎖となったことです。
懐かしいLanangゴルフ場
閉鎖となったゴルフ場の広大な土地に注目したのがフィリピンで発展を続けているSMショッピングモールなどを全国展開しているSMプライム・ホールディングです。
広大なゴルフ場の一部の10ヘクタールを使ってSM Lanang Premierショッピングモールが現在日夜建設が続けられています。
オープン時期は今年の第4四半期の初旬を目指しているそうなので、遅く共年内には完成することになります。
完成するモールは4階建てのモダンなデザイン建築で、内装は「折り紙」をイメージしたものになるそうで、モール全体の占有面積は145,000平米になり、その中の84,000平米がテナント用に用意されています。
SMデパート、SMスーパーマーケットは勿論のこと、噴水のあるスカイガーデンにはレストラン街が作られ、アル・カスチーリョ通り側の1階、2階にはアウトドアイベントなども開催出来る「Park」エリアが完成し、同じくその2階にはデジタルサラウンドシステムの映画館、SMセンターステージ、IMAXシネマ劇場、ボーリング場、科学センターなども作られます。
そして3階にはコンベンションホールが建設され、ダバオで開かれる様々な会議、イベント、展示会などが開催出来るようになります。
またモールに隣接した場所にはThe Park INN, Radisonホテルの建設も決まっていて、モール2階からホテルへ繋がる通路も建設されます。
更にゴルフ場の広大な跡地にはコンドミニアム、タウンハウス、オフィスビルなどの建設も計画されています。
SM Lanang Premiumのオープンを前に、既存の各ショッピングモールもリニューアルや増築などでイメージアップ作戦が始まっています。
老舗のGaisnoモールでは4階のフードコートを出た屋上スペースに新たにレストラン階の「The Peak」をつい先日オープンさせました。
またエコランドのSMシティモールでもANNEXビルを増築して、1階がレストラン街、2階にCYBERゾーンと名付けたパソコン、携帯電話、スマホなどの専門店街をオープンさせています。
また8月10日にはマグロ漁業で名高いGeneral Santosにも新たにSMショッピングモールがLanangよりも一足早くオープンの運びとなります。
我が家から徒歩圏内に完成するSM Lanang Premiumのオープニングが待ち遠しい毎日です。
トップの写真は去る7月9日に撮影されたもので、下の写真が完成予想図です。
豆腐は東アジアと東南アジアの広い地域で古くから食され続けている大豆の加工食品です。
特に中国本土、朝鮮半島、日本、台湾、ベトナム、カンボジア、タイ、ミャンマー、インドネシアなどでは豆腐は日常的に食べられています。
日本に伝来した豆腐は中国の「水豆腐」に由来するものとされていて、現在の日本の豆腐は柔らかくて淡白な食感が特長ですが、中国や韓国の伝統的な豆腐は炒めたり揚げたりして調理されることが多かったため水分が少なく日本の豆腐に比べると堅いものが多いようです。
ダバオでもスーパーの店頭や生鮮市場などで豆腐は何種類か売られていますが、どの豆腐も独特な香りや味など、日本人の嗜好に合わないものが多く、特に日本人が好んで食べる「冷や奴」にして食べれる豆腐が日本から輸入された無菌パックの豆腐以外なかなか見付からないのが現状でした。
そんな中、豆腐に関する新しい情報を知人からゲットしたので早速その豆腐を求めて出かけて来ました。
販売しているのはビクトリア・プラザの裏手の駐車場エリアにある韓国食材店の<Arirang>です。
韓国料理では豆腐チゲなど豆腐を使った料理があることからArirangで豆腐が販売されているのです。
手作りのこの木綿豆腐、少し固めではありますがほんのりと大豆の香りも漂う日本の豆腐に限りなく近い豆腐です。
湯豆腐や麻婆豆腐など温めることでふっくらと柔らかさが増して更に美味しさと食感が良くなります。
日本の豆腐の約3倍程の大きさのこの手作り豆腐は一丁50ペソ(約97円)で月曜日から土曜日まで販売されていますが、作られている豆腐の数に限りがある為、午前10時半までに店に行かないと売り切れとなってしまうので注意が必要です。
ところでフィリピンには「Taho」(タホ) と呼ばれるデザートがあります。
このTahoは水分の多い温かいプリンのような豆腐にタピオカと黒蜜をまぶして食べるスイーツです。
以前住んでいたところでは毎朝天秤を担いだ「タホ売り」が家々を回っていましたが、今は昼過ぎにこの地域に現れています。
タホ売りは天秤棒の両側に大きな金属製のバケツをぶら下げて、「タホ、タホ」と売り声をあげてやって来ます。
バケツの一方にはタホが入っていて、もう片方のにはタピオカの粒と黒蜜が入っています。
注文するとプラスチックのカップを取り出しタホを入れ、その上に黒蜜とタピオカをかけ、ストローを刺してくれます。
豆腐がデザートに変身してしまうのは、アメリカでも「豆腐シェイク」など、フルーツジュースなどと一緒にミキサーにかける食べ方もあるのでとりわけ驚くような食べ方ではありませんが、タホの味はまさしく豆腐なので、これを冷やして「おぼろ豆腐」のように食べるのもなかなかオツな味が楽しめます。
Arirang韓国食材店
Victoria Plaza Carpark, Bajada
Davao City 8000
Phone: (082) 224-6822
ニューヨークタイムズ紙で「アメリカで最も美味しいフライドチキン」と評された韓国の有名チキンチェーンBon Chon「ボンチョン」チキン」が遂にダバオにも登場しました。
韓国風のBon Chonクリスピーチキンがマニラでは既に大人気で、20店舗以上もの店がありますが、この度ダバオのSMシティモール・ANNEXの1階にダバオ第一号店がオープンしました。(近日中にAbreezaモール1階に第2号店がオープンします)
韓国ソウルが発祥のBon Chonチキンは先ずニューヨークでブレイクし、アメリカ各地にフランチャイズ店を広げ、今では韓国、アメリカの他にもシンガポール、インドネシア、タイ(バンコク)、フィリピンと拡大していて、近い中にブルネイにもオープンが予定されています。
Bon Chonとは韓国語で「ふるさと」と言う意味で、懐かしい故郷の味付けを意識して作られています。
韓国風のクリスピーチキンは2度揚げの調理方法によるフライドチキンで、表はサクサク、中はジューシーと言った食感が特長です。
メインのフライドチキンは、ウイング、チョップ、ドラムスティックの3種類があって、味付けもしょうゆベースの「ソイ・ガーリック」と「ピリ辛味」の2種から選べます。
日本には進出していないようです。
SMシティモールに登場したBon Chonへ、早速出かけてピリ辛ウイングをいただいてきましたが、その昔名古屋の手羽先で有名な「風来坊」で食べた手羽先と食感と味付けを思い出しました。
Bon Chonチキンは韓国が発祥なだけにチキンの他にも「ブルコギ・ライスBOX」、「キムチ・コールスロー」、「ジンジャー・豆腐サラダ」などがあります。
ダバオ暮らしをしていて、いつも大変有難く感じていることのひとつにタクシーの利用があります。
大通りへ出ればいつでも簡単に流しのタクシーが拾えることと、その料金の安さには目を見張るものがあります。
外出の時は我が家から大通りまで徒歩5分足らずで出られるのですが、携帯でSMSを送るか、直接タクシー会社のオペレーターへ電話を入れて配車して貰います。
携帯から専用携帯番号へSMSを送信すると直ぐに申し込みを受けた旨連絡が入り、暫くすると『○○号車が向います』とtexが届くシステムになっています。
Marigayaタクシーの場合、SMART携帯からの専用番号が<0917 7054455>で、BLUEタクシー(Mabuhayと同系列)には直接電話でオペレーターに配車依頼をすると、待っている間に無線で近くに居るタクシーを探してくれて配車してくれます。
時間帯によって電話がかかり難いこともありますが、オペレーターに繋がれば十数秒待つだけで、配車されるタクシーナンバーが伝えられ、家の前で待つこと数分でタクシーがやって来るシステムになっています。
BLUEタクシーの電話番号は<234‐1360>です。
ダバオのタクシー業界ではリーダー的存在のMabuhayタクシーにはBlueタクシーとBlackタクシーの2社の系列タクシーが街を走っていますが、つい最近Blackタクシーからハイテク電子機器を搭載した<ハイテク・タクシー>25台が登場しました。
去る6月22日にダバオでデビューしたこのハイテクBlackタクシーの特長は真っ黒な車体の日産セントラの新車で、全車にGPS(Global Positioning System)<全地球測位システム>機器を搭載しています。
更にATMデビッドカード読み取り機も付いているので、銀行カード決済も可能です。
日本ではいち早くこのシステムがタクシーに搭載されていて、最近ではアンドロイド版の配車アプリも出来ていて、スマートフォンに搭載されたGPS機能を利用することによって配車する位置を指定できるため、いちいち場所を口頭で説明する必要がなくなっているそうです。
Mabuhayタクシーは現在所有台数200台、このGPSシステム搭載のタクシーは順次Blueタクシーへも拡大する計画があるそうです。
デビッドカード読み取り機の搭載されたタクシーはマニラでも未だ未導入で、経済成長目覚ましいダバオの発展に寄与することでしょう。
最近BLUEタクシーに電話で配車を依頼すると、このハイテク・BLACKタクシーが頻繁に配車されるようになって、その上今までに比べて更に配車までの時間がスピードアップされ、GPSの威力を直接感じています。
昭和16年(1941年)生まれの私は東京の大森で育ちました。
戦後の物不足の時代をくぐり抜けて来た我が家の7人家族は結構逞しく生きて来たと思います。
当時の思い出で時々頭に光景が浮かぶのは毎朝大きな「釜」を使って薪で母親がご飯を炊いていたことです。
兄が庭で鶏を飼っていたので、末っ子の私は毎朝鶏小屋へ行って生みたてのまだ温かい卵を取りに行って台所まで運ぶのが仕事でした。
朝食の後母親が7人分の大量の衣類を洗濯している姿も良く憶えています。
今のように便利な「洗濯機」など無かった時代なので、母親は洗濯板で洗濯石鹸を使いながらゴシゴシと洗っていましたが、今思うとかなりの重労働だったと思います。
戦後しばらくの間、石鹸は貴重品だったと聞きます。
当時は洗濯石鹸を洗顔や入浴にも使ったそうで、その洗濯石鹸さえ入手困難で、洗濯には米糠粉を使用したりして工夫していたそうです。
やがて固形石鹸の全盛期を迎え、その泡立ちと香りが大衆受けしました。
戦後の復興は石鹸の香りとともに進んで行ったように思えます。
そして昭和から平成に移り、洗剤も液体、クリーム、泡、と多種多彩になって行き、固形石鹸は少しづつ、忘れ去られる存在になってしまいました。
その「固形洗濯石鹸」が今でもフィリピンでは主流派の合成洗剤や液体洗剤と肩を並べるほどのステイタスを維持しているのです。
スーパーの洗濯用洗剤売り場へ行けば「固形石鹸」の実力の程が一目瞭然で分ります。(トップ写真)
色々なメーカーから洗濯用の「固形石鹸」が発売されていますが、何処のメーカーも長さ30cm、幅5cmの棒状になって売られていて、中が4個に割れるようになっています。
何処のメーカーも「殺菌効果」を全面に出して、それぞれカラフルなパッケージで凌ぎを削っています。
もちろんこの固形洗剤を使って洗濯をする為の必須アイテムでもある「洗濯板」もダバオでは健在です。
材質がプラスチックに変わってはいますが、私の子供の頃に母親がほぼ毎朝使っていた木製の洗濯板と形状は同じです。
ダバオ暮らしを再開した時にやはり最初に買ったのは全自動洗濯機で、洗濯物は全て洗濯機のお世話になっていて、洗剤は液体洗剤を使っていますが、毎朝掃除をお願いしているお手伝いさんには「固形洗濯石鹸」が必需品で、ぞうきんや台拭きなどの頑固な汚れをゴシゴシ落としてくれています。
ゴルフズボンの裾に付いた泥汚れなどは洗濯機洗いではどうしも落ちないので、先日固形石鹸を付けて部分洗いをしてみたところ驚くほど汚れが落ちてびっくりすると同時に、フィリピンで根付いてい固形洗濯石鹸の威力を改めて知らされました。
最後に「固形石鹸」つながりでもう一つの情報です。
写真下の<AXION>は一見マーガリンのようですが、こちらは固形の食器洗い洗剤です。
酷い油汚れ落としに適していることと、液体洗剤よりも長持ちすることから一般家庭では液体よりもこの固形洗剤に人気があるようです。
洗濯用固形洗剤同様に、こちらも色々なメーカーから同じような働きの洗剤が発売されています。
若かりし頃カクテル作りに熱中した時期がかなり長い間続きました。
当時は洋酒党で、特に「ジン」が好きで<ジンフィズ>や<ジントニック>、<マテニー>をBARで良く飲んだものです。
バーテンダーの振るシェイカーにも興味を持って、当時良く通っていたBARのバーテンダーにシェイカーのコツを教えて貰って、カクテル作りにも凝っていました。
ジンは独特の香りが特長で、その香りの由来でもあるジュニパー・ベリー(杜松ねずの実)のフランス語、ジュニエーブルがルーツで、英国に渡ってGINと短縮されたものです。
ジンは今では世界中の人に飲まれているポピュラーなお酒ですが、ジンが大衆から支持を受けるようになった歴史にはには三人の恩人がいると言われています。
生みの親のオランダ人。
ロンドン・ドライ・ジンによってジンを世界的な酒に磨き上げた育ての親ともいうべきイギリス人。
そして最後はジ ンにカクテル・ベースのNo.1という栄光の地位を与えたアメリカ人です。
なかでも、ジンの栄光はカクテルの王者<マテニー>の登場によってトドメを刺します。
それだけに、このマテニーには拘りを持つ人が多く、自らの好みをうるさく主張して、自己流のレシピを譲ろうとしない人が多く居ます。
いわばバーテンダー泣かせのカクテルですが、裏を返せば、もっとも腕の振るい甲斐のあるカクテルとも言えます。
<マテニー>はジンをベースにした世界でもっとも有名なカクテルで、「カクテルの王様」と呼ばれています。
名前はイタリアのベルモット、マルティーニの名から来ていて、<マルティーニ>とも言います。
甘口、辛口のタイプがあって、甘口にはオールドトムジンに甘口のイタリアンベルモットが使われ、辛口にはドライジンに辛口のフレンチベルモットが使用され、最近は辛口が好まれていて、アペタイザーカクテルとして用いられることが多いそうです。
その<マテニー>が急に飲みたくなって早速準備を開始しました。
ジンはいつもジンライムにして飲んでいるお気に入りの<タンカレー・ジン>が手元にあるので、<ドライベルモット>を探しにGaisano Mallの酒売り場を目指したところ、無事ゲット出来ました。
ところが肝心の「シェイカー」探しに意外と時間を費やしてしまいました・・・。
そして最後に思い出したのが<CHIMES>デパートです。
CHIMESデパートは市内中心部に近いSales Streetに6年程前にオープンした高級デパートで、Magsaysay大通り近くにある日本領事館やサンターナ教会に比較的近い場所にあって、昔と変わらずなかなかお洒落なデパートです。
売り場は3階まであって、1階は化粧品、紳士服、靴などで、2階は婦人物、3階には子供服、おもちゃ、インテリア、家具、寝具、キッチン家電、食器類などなどお洒落な品揃えが特長です。
昨年オープンしたABREEZAの2階にもCHIMESは進出していますが、売り場面積の広さは本店の足もとに及ばぬ狭いスペースなので残念です。
CHIMESへ行けば「シェイカー」が必ずある筈と出かけてみたところ、予想通りお目当ての「シェイカー」がゲット出来ました。
価格も350ペソ(約660円)とリーズナブルで、早速<マテニー>を作って昔懐かしい味を堪能しました。
ジンをベースにして作るカクテルは他にも色々あるので、カクテル作りの楽しみがこれからも増えて行くことでしょう。
ダバオ市はミンダナオ島の南から切れ込んだダバオ湾に面した港湾都市ですが、街の東側にある海岸の対岸には、サマール島(フィリピン中部ヴィサヤ諸島のサマール島との区別のため、アイランド・ガーデン・シティ・オブ・サマールという名が正式名称)が浮かび、街の西側には雄大な火山、アポ山がそびえています。
市内に出ていつも目に入るのがアポ山で、少し高台に行くと大きな、まるで半島と勘違いするようなサマール島が遠くに見えて、この二つの景色を見ると何となく心が和みます。
サマール島の南端近くにはもう一つ「タリクド島」があって、その昔私が初めてダバオ暮らしを始めた時に取得したスキューバ・ダイビングのライセンスを取った時に何度か潜ったことのある島で、周辺には綺麗なさんご礁もある美しい海に囲まれた島です。
そのサマール島周辺をクルージングする<サンデー・アイランド・アドベンチャー>というクルーズがあることを知り、早速一昨日の日曜日に出かけて来ました。
SASAにあるフェリー乗り場から朝9時に出航した船は想像以上に綺麗な船で、毎週日曜日に就航しているこのクルーズはかなりの人気のようです。
乗船客はざっと数えて200人余りで、フィリピン人の家族連れ中心です。
航路はサマール島の西側をタリクド島へ向けて航行するもので、比較的岸の近くを進んでくれるので海岸沿いにある数々のビーチリゾートなどを見ながら進み、タリクド島で折り返すコースになっています。
時々出かけていたパラダイス・アイランド・ビーチリゾートを左側に見ながら、船はゆっくりと島沿いに南下して行き、ダバオのセレブたちの所有するプライベートビーチリゾートの前を通る時にはガイドさんの説明もありました。
サマール島を一周するとビーチには合計60以上ものビーチリゾートがあって、正に<ガーデンシティ>の名に相応しい島だと実感しました。
航行時間約5時間で、タリクド島へ到着するまで船内の特設ステージではマジックショーなどのアトラクションもあって、子供連れの乗客の拍手を浴びていました。
タリクド島付近に船が到着した頃に昼食が始まりました。
昼食はフィリピン料理のバイキングで、シニガンスープ、サラダ、パンシット・カントン(焼きソバ)、魚のグリル、鶏のから揚げ、そしてデザートと、結構なボリュームのランチでした。
ペプシコーラのサービスまであって、このクルーズの料金の一人500ペソ(約950円)はかなりのお値打ち価格だと思いました。
サマール島の外海をクルーズするツアーがあるとの情報を船内で得たので、次回は是非そちらを体験したいと思っているところです。
海外に長期に住んでいる人の中には日本の「住民票」をそのままにして暮らして居る人が時々います。
どうして海外への転居届を出さないのかその理由を尋ねると、イザという時に日本の病院で治療を受けたいので、国民健康保険はそのままにしたいからとの返事でした。
この方の場合は海外で暮らしているにも拘わらず国民健康保険の保険料の他にも「住民税」を支払っている訳ですが、実際に居住していないのに住民税を納めるのも不思議な話だと思います。
海外に出て一年以上の滞在が決まっている場合は「転出届」を役所に提出しておけば非居住者となって、住民税などの請求はありません。
そして「イザ」という時には日本に戻って直ぐに住民登録をすればその日の中に「国民健康保険証」が交付されます。
私の場合は1999年に日本を出て以来現在までずっと非居住者のままで暮らしていますが、2001年から受給が始まった「年金」は日本で暮らしていた時に使っていた銀行口座に振り込み依頼をし、入金された年金を必要に応じて海外のATMから引き出していました。
しかしATMからの預金引き出しにあたっては<引き落とし手数料>がかかり、その手数料も年々値上がりしていて馬鹿になりません。
フィリピンの場合は日本のキャッシュカードを使ってATMで現金を引き出す際に1回の操作で200ペソ(約360円)の手数料がかります。
そして殆どの銀行のATMは1回の操作で最大10,000~15,000(銀行によって異なる)の引き出しが可能なので、纏まった金額を引き出す時の手数料が1,000ペソ(約1,800円)を越えてしまうことがあります。
そこで今回のダバオへの再移住を契機に今まで日本の銀行口座に振り込んで貰っていた年金の振込み先口座をダバオの銀行口座へ変更を試みました。
海外で暮らしている人が海外の口座へ年金の振り込みを希望する場合は日本国内居住者と届出書が違います。
海外居住者への年金の支払は、外国送金の方法に基づき行われています。
そのため、海外に居住して年金を受け取る場合は、届書「年金の支払を受ける者に関する事項」の提出が必要です。
また、滞在国が租税条約を締結している場合は「租税条約に関する届出書」を提出することによって所得税法上で非居住者に課せられる所得税が免除されます。(フィリピンと日本の間にはこの条約が締結されています)
私が昨年末にダバオに再移住した時に開設した銀行口座は住まいの近くにある<RIZAL COMMERCIAL BANKING CORPORATION (RCBC)>で、この銀行はPRA(フィリピン退職庁)
が外国人向けに実施している特別居住ビザ取得に必要な預金の指定銀行の一つでもあります。
新規の口座開設に当たってはパスポートを持参すればその場で開設が出来、預金通帳とATMカードもその日の中に発給されます。
海外に居住している人が年金を受け取る場合は、届書「年金の支払を受ける者に関する事項」に基礎年金番号・年金コード、氏名・性別、生年月日、住所を記載し、さらに、外国の銀行で受け取りを希望する場合は、銀行名、支店名、銀行の所在地、口座番号を記入した上で、受け取り銀行の口座番号が確認できる預金通帳の写しを添付して提出します。
海外居住者が海外の口座で年金を受け取る場合は日本年金機構が指定する「年金の支払いを受ける者に関する事項」の書類の提出が必要です。
また昨今の国際情勢から、日本から海外にある銀行へ送金する場合には、SWIFT(またはBIC)と呼ばれる銀行を特定するための8ケタか11ケタの送金コードが必須となりつつありますので、銀行窓口で送金コードの確認もお忘れなく。
以下に年金機構が指定する書類がダウンロード出来るサイトをご紹介します。http://www.nenkin.go.jp/n/data/service/0000005161.pdf
ダバオには3つの主要な公営市場があります。
ひとつは<Bankerohan Public Market>でダバオ川に近い市内の中心部にあり、<Agdao Public Market>はダバオ市内北側の海に近い場所に、そして3つ目は市内南部のTorilと言う町にある<Toril Public Market>です。
今回は我が家から車で10分足らずの場所にあるアギダオ市場を写真を中心に紹介します。
アギダオ市場は生鮮食料品の他にも雑貨、衣類、生花などなど様々な商品が販売されていますが、今回は生鮮食品を中心にご案内します。
<魚介類>
サマール島やダバオ湾で獲れ立ての新鮮魚介類が毎朝入荷するのでポイントはなるべく早めに市場に行くことです。
前の晩の海が時化て居た時には魚介類の種類が少なくなりますが、その日の運次第では珍しい魚がゲット出来ます。
写真左は貝類のお店で、画面中央上にあるのが「海ぶどう」です。 小さなカップ1杯で10ペソ(約19円)です。 右側は「蟹」のお店。渡り蟹は新鮮そのもの、生きています。
毎日入荷はありませんが、運がいいとこんなロブスターや、大きな蛸も売っています。
刺身の代表とも言える鮪、そして歯ごたえのしっかりした甲イカ。
カジキ鮪はフィリピン人は「キニラウ」という酢の物に生で使います。
左はフィリピン料理には必須アイテムの「バゴーン」という塩辛のような調味料を作る時に使用する「アミ」で、和風に味付けすれば懐かしい「アミの佃煮」が出来ます。
右の写真は「生しらす」で、こちらでは「ナイロン」と名付けられていますが、熱湯に塩を入れて釜茹でした後に天日干しをすれば「しらす干し」の完成です。
まるで生きてるような新鮮なアジは「たたき」でも「塩焼き」にしても。開いた後に天日干しをして「干物」にしても美味しいです。
右の写真は「きびなご」で、日本の懐かしい味「くぎ煮」がベストです。
<野菜類>
新鮮な野菜を買うのならスーパーよりも断然アギダオがお薦めです。
ただ、日本とおなじキュウリや大きなサイズのトマトなどは外国人の利用の多いスーパーへ行かないと入手出来ません。
毎週土曜日だけ入荷する「ほうれん草」、「クレソン」を買うならこの店だけです。
右の写真の「豆腐」は私のイチオシの一品で、豆腐の方は毎日入荷しますが、数量が限られているので遅くとも朝9時までには行く必要があります。
この店へ行くにはアギダオ市場前の大通りから市場を正面に見て、右手に「花屋」の並んだ路地を直進して最初の左手角のお店です。
<お米>
私たち日本人にとって主食のお米は大変重要な存在です。
最近は日本のブランド米の「こしひかり」や「ささにしき」をフィリピンで育てて収穫したお米が市内のスーパーや日本食材店で売られていますが、いづれも現地米の2倍以上の価格で売られています。
私のお薦めはアギダオ市場やスーパーでも売られている現地米の<7 Tonners>です。
このお米には数種類のグレードがありますが1kg46~7ペソの米を買って、炊く時に同じくアギダオ市場で売っている「もち米」を2割程度混ぜて炊き上げると日本米に勝るとも劣らない美味しいご飯が炊けます。
<肉類>
肉類は「鶏肉」、「豚肉」、「牛肉」の3つのセクションに分かれて売っています。
フィリピン人が日常的に食べるのは鶏肉と豚肉なので、当然それらの売り場面積はかなり広く取ってあります。
牛肉はアギダオ市場で買うよりも市内の殆どのショッピングモールの中にテナントとして出店している<Lisa”s Meat>ショップで売っているオーストラリア・ビーフがお薦めです。
また、鶏のモツ(レバーや砂肝)のお好きな方はアギダオで捌いたばかりの鶏から取り出した新鮮なモツを買うことが出来ます。
<果物>
南国ダバオは果物の宝庫です。
年中店頭で売られているのがバナナ、西瓜、パパイヤ、マンゴーなどのトロピカル・フルーツで、ドリアンの時期(8月~10月)になると沢山のドリアン専門屋台がオープンします。
他にも中華果物のマンゴスチン、ランプータン、ロンガンなども季節に応じて屋台に並びます。
カラマンシーは、東南アジアで開発され、特にフィリピンで非常に人気のあるみかん科の果実で、フィリピンでは料理に良く使われます。
完熟前の写真にある小さな果実は飲料や食べ物の香り付けに用いられています。
果皮ごと凍らせてお茶やジンジャエールの飲み物に混ぜて飲むことが多く、また皮ごと絞ったジュースはレモネードに似た香りを持ち、ウオッカやジンと混ぜてカクテルとしても飲まれています。
私たち日本人にとって韓国料理と言えば「焼肉」、「ビビンバ」が定番ですが、炭火で焼いた肉に「タレ」をつける食べ方は日本で考案されたもので、本場韓国では予め下味をつけた肉を煉炭で焼く方法が一般的です。
韓国料理は日本料理や中国料理と比べてスープ類が多く、唐辛子を用いた激辛料理で知られていますが、韓国産の粗挽き唐辛子は日本の「一味唐辛子」よりもかなりマイルドな味が特長です。
宮中料理では、唐辛子を使っていないものも多く見られ、唐辛子は元々中南米が原産ですが、17世紀に日本を経由して朝鮮半島に入って、現在の韓国・朝鮮料理に彩りと辛みを添える上で欠かせない食材の一つとなっています。(朝鮮半島に唐辛子が入ってきたのは、江戸時代の直前、豊臣秀吉が明への遠征に伴う戦がきっかけと言わています)
ダバオ市内には韓国レストランが幾つかあって、代表的なレストランがビクトリア・プラザの大通り前にある「KIMUCHI」レストラン、そして同じくビクトリア・プラザ裏側にある「Korea Town」で、どちらのレストランも韓国人のお客さまで賑わっています。
最近見付けた美味しい韓国レストランがトップの写真の<Manna>(マンナ)、韓国語のこの店名は日本語に訳すと<またね>と言う意味になるそうです。
JP Laurel大通りを市内からインシュラーホテルの方向に向かうと大きな建物の<グランド・リーガルホテル>が左手に見えて来ます。
Mannaレストランはそのグランド・リーガルホテルの真向かいにあります。
このレストランのお薦めは先ず写真中央の<サムギョプサル>で、豚三枚肉を使う非常にポピュラーな焼肉で、コチュジャンなどをつけ、サンチュなどで巻いて食べる、なかなかヘルシーな一品です。
また韓国料理に必ず出て来る最初の5品の味もなかなかの味で、韓国の宮廷料理の陰陽五行説の「五味」(甘・辛・酸・苦・塩)五色(赤・緑・黄・白・黒)と「五法」(焼・煮・蒸・炒・生)」という考えをもとに調理されていて、栄養バランスを考えて日替わりで前菜としてテーブルに運ばれて来ます。
お薦めメニューのもう一品が写真下の<ユッケジャンスープ>です。
暑さ対策には「熱いスープ」で身体全体に刺激を与え、激辛スープの味が暑さを吹き飛ばすと同時に身体全体を活性化してくれる感じがします。
韓国レストラン Manna
Door 4-5 ATP Bldg.Km 7 JP Laurel Ave.
Lanang, Davao City
Tel:082 300-8989
海外に住んでいて一番心配なことは「病気」になった時でしょう。
1999年からダバオで定住を始めた私は2007年にチェンマイに移動した後も日本の損害保険会社(外資系も含めて)をずっと利用していましたが、去年の9月に満70歳になってから日本の「海外旅行保険」は年齢制限で加入が困難だったり、保障内容が狭まったりで色々検討を続けていました。
そしてダバオで高齢者(満66歳以上から上限なし)が加入出来る医療保険を見付けました。
<BLUE CROSS INSURANCE INC.>というフィリピンの保険会社の「医療保険」です。
このBLUE CROSSには数種類の医療保険がありますが、満66歳以上が加入出来るのは<Premier>コースだけで、医療保険と言っても怪我や病気の時の入院保険金と怪我や病気などの手術保険金のついたシンプルな補償内容の医療保険です。
満65歳までだと外来診療についての補償も付いているのですが、残念ながら66歳以上は色々調べたところこのBLUE CROSSがベストです。
この保険の特長は万一の怪我や病気で入院した際の医師と病院については加入者本人が選ぶことが出来、またBLUE CROSSが補償するのは入院、手術費などの総額の90%で、残りの10%は加入者の本人負担となります。
加入時の年齢と<Ward>(一般病室)<Semi Private>(2~3人用病室)<Private>(個室)の3つのコース中から希望のコースを選んで申し込みをします。
因みに私が今回加入する保険の概要は以下の通りです。
BLUE CROSS医療保険(入院・治療保険)
Semi-PRIVATE
年間保険料 39,850ペソ(66歳~70歳)
最高保障額:750,000ペソ(後遺障害)
入院病室・入院治療・手術費:全額保障
申し込み書には簡単な質問ページがあって、現在の健康状態などのついて26の質問に全て答える必要があります。
申し込み書類の審査の後正式加入が認められます。
BLUE CROSS Insurance Inc.
Davao office
Left Wing,Stall N0.5 Matina Town Square.
Mac Artthe Highway, Matina, Davao City
Tel. 082-297-7151
早いものでロックが我が家にやって来てから3ヶ月が過ぎました。
ロックが生まれたのは去年の12月3日なので、そろそろ満6ヶ月になります。
犬の満6ヶ月と言えば人間にたとえると9歳くらいだそうです。
人間の子どもは7~9歳になると「中間反抗期」を迎えるそうで、これは3~4歳の第一反抗期と12~18歳の第2反抗期とのちょうど中間に当たる反抗期なので、そのように呼ばれているそうです。
人間の子供はこの中間反抗期(小学2年生~4年生頃)になると、よく口答えをするようになるそうですが、ロックは口答えは出来ませんが、『ワン、ワン』という鳴き声や吠え声で感情を表わしたり自己主張をするようになりました。
ロックの第一反抗期の時にはあの忌まわしい<豪雨&雷>事件があって、約1週間ばかり「しょんぼり君」になっていたことから第一反抗期は何処かへ吹っ飛んでしまったようですが、最近のロックを観察していると何となく「中間反抗期」なのかな・・・と思うふしがあります。
特に毎朝の「さんぽ」の時にそれが顕著に表れて、さんぽのコースはいつも決めているのですが、最近のロックは自己主張をするようになって、自分でさんぽコースを決めたいと自主的にどんどん前に進んで行くようになりました。
今では体重も10kgを超えているロックなので、力もかなり強くなって来ているので、突然走り出したりされたら危険なので、その辺りはしっかりロックを躾けて私の足元を極力歩かせるようにしています。
それと「さんぽ」の途中で毎朝ご近所さんの飼い犬とそれぞれのお宅の入り口の格子越しに出会うのですが、その中の何匹かに最近興味を持つようになって、自主的に近づいて行くのですが、未だどんな風にコミュニケーションを取ったら良いものか分からないようです。