ボイボイ日記・ダバオリターンズ

南国フィリピン南部の街ダバオで
はっぴぃな定年ライフを満喫する為の生活情報発信

さようなら、ダバオ・・・。

2015年05月26日 | 海外ロングステイ

三年早い定年退職を決めて、第二の人生の定住地としてダバオにお世話になったのが1999年5月のことでした。
月日の経つのは本当に早いもので、あれからあっと言う間に16年が過ぎ去りました。
2007年~2011年の4年間はタイのチェンマイに移り住んで、海に囲まれたダバオとは趣の異なる山に囲まれた街での楽しかった思い出の数々は今でも深く心に残っています。
そして満70歳を迎えた2011年に、将来の介護の問題などの不安を解消する為に再びダバオに舞い戻って来ました。
自分も来年からは「後期高齢者」の仲間入りになることから、最近日本のネット情報サイトなどで「終活」や「エンディングノート」などの言葉が身に沁みるようになりました。
そして最終的に16年間の海外暮らしに終止符を打って、この度日本への帰国を決めました。
あと数週間で長い間お世話になったダバオとお別れです。
いつも当サイトをご訪問いただいた皆さま、長い間のご支援ありがとうございました。
これからの自分自身の日本での「第三の人生」のスタートを前にして、気持ちも新たにしております。
またいつの日か当サイトで皆さまとの再会が出来ることを祈念して・・・。
さようなら・・・、ダバオ!
お世話になりました!


暫くブログの更新をお休みします。

2015年05月05日 | 海外ロングステイ

いつも当ブログをご訪問いただきまして誠にありがとうございます。
諸般の事情で暫くの間更新をお休みさせていただきますのでお知らせ致します。
健康上の理由ではありませんので、どうかご心配なく・・・。


ダバオで簡単「餅」づくり

2015年04月28日 | 海外ロングステイ

昔から餅が大好きで、正月以外でも「お雑煮」などを作って一年中「お餅」を食べています。
今の日本では昔と違って一年中「切り餅」がスーパーなどで売られていますが、遠く離れたここダバオでは年末が近づく頃に市内の日本食材店に日本から直輸入された「切り餅」のパックが店頭に並びます。
輸入された切り餅は日本で買う価格の3倍近くもする高級品ですが、餅好きの私は「買い貯め」をするのが常で、餅は意外と賞味期限も長いので、重宝しています。


その「切り餅」のストックが遂に先日終わってしまい、一時帰国で日本に帰る時期はまだ少し先なので「何とかせねば!」と早速調査を開始しました。
スーパーや市場の「米」売り場には「もち米」が普通に売られているし、フィリピンのお菓子の中には餅を使ったものも色々あるので、もち米を炊いた後、何らかの方法で搗くことで「餅」が出来るのではないかと考えました。
しかし、もっと簡単で素早い方法で美味しい「搗きたて」の餅を作る方法を見付けました。
今日のブログでは、その簡単「餅作り」を紹介しましょう。

「もち米粉」と「水」と「電子レンジ」だけで、超簡単な餅作り。
スーパーの小麦粉やケーキ材料などを販売している棚に「MALAGKIT Rice Frour」と書かれた商品を先ずゲット。(トップの写真参照)
このMalagkit Riceとは「もち米」のことで、もち米の粉がパックされて売られています。
「粉」と言ってももち米を砕いた粗い状態の粉ではなく、パッケージに書かれてあるように「パウダー」状のキメ細かな粉に仕上がっているところが特長です。

「もち米パウダー」を先ず水で溶く。
この「もち米パウダー」は水と馴染みがとても良いので、少しづつ水を加えながら混ぜるだけで、ダマにはなりません。
ソフトクリーム程度の柔らかさになるまで水を入れて調整します。

溶いた「もち米パウダー」を耐熱容器に入れて電子レンジへ
耐熱容器は長方形のものが後で切り餅などにするのには便利です。
容器の中にラップを敷いて、そこに薄くサラダオイルなどを塗って置くと、後の作業が楽です。
「もち米液」の量によって電子レンジにかける時間は変わりますが、少なめにかけながら状態を見て、更に電子レンジにかける方法が失敗がありません。
因みに写真の量で、600Wで3分間電子レンジにかけました。

出来上がった「お餅」で様々なレシピが楽しめます。
熱々の出来立ての「電子レンジ餅」は、まるで臼で搗いたような搗き立て餅の食感です。
甘い「小豆餡」とからめて「あんころ餅」にするのも良し、大根おろしや納豆に絡めて「絡み餅」で食べるのもお薦めです。
そして「切り餅」にするには、長方形にカットした「電子レンジ餅」を天日干しして作ります。

風通しの良い場所だったら丸2日程で「切り餅」が出来上がるので、後は冷蔵庫か冷凍庫で保存します。
また、細かく切った「電子レンジ餅」をしっかり乾燥させた後、油で揚げれば簡単に「揚げあられ餅」も作れます。

お餅の話題を書いていたところ「お餅」に関して珍しい事故が一昨日岡山であったそうです。
一昨日の午後、岡山市内で開催されたイベントでまかれた餅が参加者の額に当たって、5人が救急搬送される事故があったそうです。
市消防局などによると、イベントは「第18回なださきふるさとまつり」で、午後3時半から餅まきが行われ、野外ステージからまかれた紅白の丸餅が、小学生2人と成人女性3人の額に当たって負傷したそうです。
祭の実行委員は、かびの発生を防ぐため餅を冷凍保存し、解凍が不十分だった可能性があると説明していましたが、餅を喉に詰まらせるという事故の話しは良くありますが、投げ餅が当って怪我をしたという珍事は初めて聞きました。


ポメロ

2015年04月21日 | 海外ロングステイ

「ドリアン王国」(Durian Republic)の異名を持つダバオですが、ドリアンの他にもう一つダバオを代表する特産果物があります。
それが今日の話題の「ポメロ」です。
ジューシーで香り豊かなダバオ産ポメロは今では国内生産の5割近くの生産量を誇っています。
このダバオを代表するポメロを更に広めようと、先週から市内のSM Lanangプレミアムショッピングモールの「噴水広場」で「ダバオ・ポメロフェスティバル」が開催されています。
この「ポメロフェスティバル」は5月17日まで開催されていて、週末の土日には「ポメロ」の食べ放題祭りがあったり、市内の料理学校の生徒たちによるポメロを使った料理の数々も披露されます。
ポメロ(別名ザボン、チャイニーズグレープフルーツ)は、柑橘類の中でも大きい品種で、学名はCitrus Grandis(巨大なシトラス)です。


ポメロはグレープフルーツに形がそっくりで、大きさはグレープフルーツと同じかやや大きめで、皮は緑色から黄色で厚くなめらかで、果肉は引き締まっています。
中の果肉は16~18房あって(グレープフルーツは約12房)果肉の色は、白から濃いピンクまでさまざまです。

独特の風味があって、香りが良く、グレープフルーツに比べて甘く、酸味が穏やかな果物です。
ポメロの原生地は東南アジア・中国南部・台湾などで、日本には江戸時代初期に渡来しました。
ムクロジ目ミカン科ミカン属の低木で、果実が食用とされ、最も重い柑橘類です。
緑色の厚い皮の中に淡紅色あるいは淡黄色の果肉が入っていて、果実は汁気がそれ程多くなく、甘みと酸味があって、少し苦味もあります。
果肉は生食、果皮はザボンのように砂糖漬けにしたり、ジャムにして食べられていて、日本にもたらされて以来、改良された多什質のものが「サボン」や「文旦」などとして生産されています。
使われていた当時の漢字をそのまま日本語読みの「ブンタン」したそうで、伝来したとされるのは鹿児島県の阿久根市で、生産量も多いことなどから1971年に市の木に制定されています。
第二次世界大戦前にはジャボンと呼ばれるのが一般的だったようで、これは文旦貿易に関与したジアブンタン(謝文旦)の略と考えられています。
果実は生食の他、ベトナム、カンボジア、フィリピン、タイ王国などでは果肉を和え物の素材とすることもあります。

加工食品の原料としても用いられ、皮や果肉を用いた砂糖漬け(ザボン漬け、文旦漬け)、マーマレード、ボンタンアメなどは有名です。
また、ポメロの果皮は中国に於いて、光七爪、光五爪などと称し、生薬としても利用されています。
ダバオデは「ポメロジュース」も一般的に飲まれていて、瓶入りの「ポメロジュース」も何種類かスーパーの棚で見かけます。

   


エナジードリンク

2015年04月14日 | 海外ロングステイ

疲れが溜まっていると感じた時や、深夜まで仕事をしていて効率が落ちてきたと感じた時、気分を変えてリフレッシュしたい時などに飲みたくなるのがエナジードリンクで、日本では駅の自動販売機にも入っているくらいポピュラーな飲み物になっています。
エナジードリンクとは別のカテゴリーで、栄養ドリンクがあって、こちらは肉体疲労時の栄養補給などを目的で販売されている飲料で、ドリンク剤とも呼ばれています。
日本ではこの栄養ドリンクが販売された当初はアンプルで流通していましたが、その後各社が徐々に薬臭さを除去し、容量を増やして行き、現在は医薬品または医薬部外品として販売される商品は、おおよそ外見が茶色のガラス瓶で、栓がスクリューキャップを用いているという共通性が見られます。
色付き瓶を用いているのは生薬成分の変質を防ぐという目的もありますが、「医薬品」と同じ色の瓶を用いることで商品の効果をアピールするという目的も含まれているようです。
紙箱に収められた製品でも、中の容器にはやはり濃い色付きの瓶を採用しているものが多く、内容量は概ね100mlから150ml前後です。


栄養ドリンクには各種ビタミンやタウリンなどの必須アミノ酸などの有効成分と呼ばれる物質や、カフェイン、肝臓水解物、漢方生薬由来成分を複数配合して、肉体疲労・病中病後・食欲不振・栄養障害などの場合の栄養補給に適しているとされるものがあります。
但し、配合成分は薬理的に顕著な作用が見られるほどのものではなく、個人差が大きいようです。
一方清涼飲料水として売られている「エナジードリンク」は、瓶入りのもの以外に缶入りやペットボトル入りのもの、また無色透明の瓶を用いたものなど、多種多様なパッケージが見られます。
栄養ドリンクは、1990年代までは韓国やタイなどのアジア、および中東諸国で流通している以外は目立つほどの流通量はなかったのですが、日本においてトップシェアを占める大正製薬などがアメリカ市場の開拓に乗り出したことで大きな動きがりました。
2000年代に入ると、若者のアンダーグラウンド文化を背景に、欧米において「レッドブル」が大きく売上を伸ばし、他にもフィンランドの「BATTERY」、アメリカの「ROCKSTAR」などのブランドが現れて、徐々にエナジードリンクが欧米において定着して行きました。
ダバオのスーパーやコンビニでも最近このエナジードリンクの台頭が目立つようになりました。
日本においては2012年に炭酸飲料の範疇に入るエナジードリンクの売り上げが前年比217%増となって、エナジードリンクが日本国民に急速に普及し始めている証しとなりました。


レッドブル(Red Bull)は、オーストリアのRed Bull GmbHが販売する清涼飲料水で、タイ人創業者のChaleo Yoovidhya(チャリアオ・ユーウィッタヤー)がタイ王国で見出したKrating Daengという清涼飲料水を元に作られました。
現在はオリジナルであるタイ産よりも、世界的に展開されるレッドブルの方が圧倒的に有名になっています。
シャープな缶に入ったオーストリア産レッドブルは、主にカフェイン、アルギニン、ナイアシン、パントテン酸を含み、パフォーマンスを発揮したい時のために開発されました。
レッドブルは日本を含め、世界160か国以上で販売されていて、エナジードリンクとして売上、シェアともに世界で第1位で、2012年には全世界で52億本が消費されました。(内、2億6000万本はイギリスで消費)
各国の法規制(特に薬品関連の規制)の関係からそれぞれ分量・成分の違いはありますが(例えば日本向け製品にはタウリンが全く含まれていない)、エナジードリンクとしてコンビニエンスストアなどで販売しているのです。

粉末エナジードリンク「EXTRA JOSS」


最近スーパーで見付けた勝れモノのエナジードリンクです。
このEXTRA JOSSは最近日本でも通販サイトで販売されていて、カルト的な人気を博している商品だそうです。
コップ1杯分(200ml)の水に、粉末のEXTRA JOSSを入れるだけでシュワっとした炭酸入りのシトラスの香り豊かなエナジードリンクが一瞬の中に簡単に作れるのです。
内容成分も「タウリン」、「ジンセン」、「ビタミンB群」、「ロイヤルジェリー」などなど、瓶や缶入りのエナジードリンクに負けない成分が入っていて、シュガーフリーの粉末エナジードリンクです。
但し1袋(1杯分)にカフェインが50mg含まれているので、「一日2杯まで」と注意書きがあります。(レギュラーコーヒー100mlには約60mgのカフェインが含まれています)
「EXTRA JOSS」は6袋入りのパッケージで販売されていて、1箱24ペソ(約65円)。
溶かす水の量を加減することで、濃い目、薄めの、味の調整も自由自在だし、何よりも持ち運びに便利な軽さなので、外出先でも冷水さえあればいつでも好きな時にエナジードリンクを自分で作って飲むことが出来ます。

<EXTRA JOSS テレビCM>
     


イカ墨パエリア

2015年04月07日 | 海外ロングステイ

最近「あそこ」の「イカ墨パエリア」が無償に恋しくなって、食べに行って来ました。
「あそこ」とはParadise Island Park & Beach Resort(以下パラダイス・アイランド)の海辺のレストランのことです。
パラダイス・アイランドにはその昔良く出かけたものでしたが、ここ一年程足が遠ざかっていました。
家から車でパラダイス・アイランド行きの舟乗り場まで約10分程で行け、そこから目の前のダバオ湾に浮かぶサマール島(Island Garden City of Samal)にあるパラダイス・アイランド行きの舟に乗って10分足らずで到着です。
こんな身近な場所にビーチリゾートがあるのもダバオの魅力の一つで、週末ともなると家族連れのピクニック客で賑わいます。
その昔初めて行った時の第一印象は『江の島みたい!』でしたが、今でも大昔の夏の江の島のイメージがあります。

パラダイス・アイランドまでの舟賃は乗客が10人以上になると出航してくれて、舟賃は片道一人15ペソ(約40円)で、10人未満の場合でも150ペソ支払えば即出航してくれます。
パラダイス・アイランドのビーチリゾートに入るには「入島料」が必要で、大人一人200ペソの入島料を入り口で支払ってからビーチ・リゾートの中に入ります。
合計8ヘクタールの広いトロピカルな敷地にあるパラダイス・アイランドの中にはコテージもあるので、宿泊してのんびりと過ごすことも出来るのです。
今回約一年振りに訪れてみて感じたことは、以前に比べて大変ビーチ・リゾート全体が綺麗に整備されていたことです。
ダバオ市内の喧騒から離れて、美味しい空気とオゾンをいっぱい浴びながら、のんびり過ごすことも偶にはいいな・・・、と改めて感じて来ました。
お目当ての「イカ墨パエリア」は入場して直ぐ、右手に広がるレストランのメニューの一つです。
ここのレストランはフィリピン料理とスペイン料理を提供してくれて、スペイン料理はパエリアの他にも色々あって、トロピカルなアイランド・ビーチにはピッタリの料理の数々にメニューを見ただけで嬉しくなります。


パエリアは米どころとして知られるスペイン東部バレンシア地方発祥の米と野菜、魚介類、肉などを炊き込んだ料理のことで、スペインを代表する世界的に人気の料理の一つです。
本場バレンシア地方ではパエリアの祭りもあります。
本来「パエリア」は、バレンシア語でフライパンを意味するそうで、バレンシア地方の外にもこの調理器具を用いた料理法が伝わるうちに、調理器具よりも料理の名称としてスペイン人全体や他国民にも浸透して行きました。
パエリアの起源は、スペインに稲作をもたらしたアラブ人に由来するそうで、西暦9世紀以後、アル・アンダルスのモスリムの間で作られて来ました。
ピラフと同じようにパエリアの歴史はかなり古いのです。
パラダイス・アイランドのビーチレストランの「イカ墨パエリア」は地元特産の「イカ」、「海老」、「蟹」、「マグロ」などの具材に、甲イカの新鮮な「イカ墨」をたっぷり使って作った一品ですが、出来上がりまで1時間以上かかるので、余裕を持って出かけることをお勧めします。
ライブの素敵な音楽を聴きながら、ビーチでいただく「イカ墨パエリア」とサンミゲル・ビールの味は格別美味しくなります。


La Toscanaが移転しました。

2015年03月31日 | 海外ロングステイ

ダバオに数あるイタリアンレストランの中で私の一番のお気に入りの「La Toscana」が最近移転しました。
これまでずっとダバオ・ドクターズ病院向かい側のQuirino大通り沿いで10数年もの長い間営業を続けて来ましたが、このたび市内のセントラル銀行近くに移転しました。
イタリア料理は、フランス料理の原型でもあるそうで、1533年、フィレンツェの名門貴族のメディチ家のカテリーナがフランスのアンリ2世に嫁いでパリに移り住んだ時に、大勢のイタリア人料理人や香料師を連れてイタリア料理や氷菓子、ナイフ・フォークの使い方などのマナーもフランスに持ち込んだそうです。
それをきっかけにして、当時粗野だったフランスの宮廷料理やテーブルマナーが洗練されたそうです。
このように、西洋を代表する世界三大料理に数えられているフランス料理は、イタリア料理の影響を受け、ローマ時代から続くイタリアの食文化が西洋料理の母的存在といわれるのは、こうした歴史によるものと言えます。
イタリア料理はいまや世界中で食べられるようになっていますが、イタリア人の、特に料理人の目から見ると、その多くはイタリア料理とは言えないものもあるそうです。
世界のイタリア料理を正しい道に導くため、イタリア北部の都市パルマにあるフードアカデミー「Academia Barilla」は、外国人向けのイタリア料理に関する10の掟を発表したそうです。
その10の掟の中には、日本人としては耳の痛いものがあります。
「パスタにケチャップをかけてはいけない」、これはイタリア人をひどく不快にさせる行為なのだそうです。
 Academia Barilla ではこれを『許し難い罪』であると定義しているそうです。
イタリア料理に関する多くの著作を持つ Gennaro Contaldo 氏はケチャップの使い方について次のように説明しています。
『わたしは良質なケチャップなら好きで、その用途は、チップスに限定すべきだ』と・・・。
ケチャップを大胆に使用したパスタメニュー「スパゲティ ナポリタン」を発明してしまった日本人としては、なんとも耳の痛い忠告になりますね。
そして、2010年にはギリシャ料理、スペイン料理、モロッコ料理と共に、イタリア料理が地中海の食事として、ユネスコの無形文化遺産に登録されました。
イタリア料理は、ダバオでも人気のある外国料理で、市内にはイタリア料理レストランが沢山あります。
数あるイタリア料理の店で私が一番気に入っているレストランが<La Toscana Italian Bar & Restaurant>です。
オーナーシェフのPieroさんはイタリアから14年程前にダバオにやって来てこのレストランを開き現在に至っているので、ダバオで本場イタリアの味を提供してくれる最古のレストランなのです。
La Toscanaが移転した場所は閑静な場所にあって、以前に比べて広々としていて全体に明るくなりました。
メニューは以前と変わらず、勿論味も以前と全く同じで、ダバオに居ながらイタリアで食事をしている錯覚を受ける程美味しい味に感動すら覚えます。
そして「ワイン」のストックも店が広くなった分増えたようです。
新しい場所は敷地も広く、駐車場スペースも広々していて、年内にはレストラン脇のお洒落なハウスに「BAR」もオープンする予定だそうです。(写真右上)

La Toscana
住所:Arellano st.Davao city (セントラル銀行近く)
営業時間:月曜日~土曜日 10:30am~10:30pm
電話: 082-305-6556


映 画

2015年03月24日 | 海外ロングステイ

今から60年程前の私の小・中学生時代には年に数回、クラス単位で「映画鑑賞会」があって、学校の近くの映画館で色々な映画を見たものでした。
小学生の頃にはディズニー映画の「白雪姫」、「ダンボ」、「シンデレラ姫」、などで、中学に入ってからは「原爆の子」やディズニー映画の「ファンタジア」、「グレンミュラー物語」などなど、今でも記憶に残っています。1952年に公開されたアニメーション映画の「シンデレラ姫」がディズニープロで実写版の「Cinderella」として製作されて、先日からダバオ市内の映画館で一斉に公開されています。
日本では4月25日からの公開になるそうです。
早速Abreezaモールのの中の映画館で観賞して来ました。
イギリス出身の新星リリー・ジェームズがシンデレラに扮していましたが、CGもふんだんに使った上質のファンタジー映画の仕上がりに大満足で見終わりました。
そして60年以上も前の「映画鑑賞会」のことを思い出し、懐かしさに暫し浸ることが出来ました。
私が初めて映画を見たのは物心のついた小学生の低学年の頃で、冒頭に書いた学校の映画鑑賞会で見たディズニーの長編アニメーション映画の「白雪姫」でした。
この「白雪姫」は記録によると日本での公開が1950年9月26日となっていますので、私の小学校2年生の時でした。
当時の我が家の近くには「映画館」が5か所もあって、映画が身近に感じられ、テレビなど無かった時代なので、「映画」は当時の最大の娯楽だったのです。
小・中学生時代に良く見た映画で憶えているのが「ターザン」映画や、アメリカ映画のアボット&コステロのお笑いコンビの「凸凹シリーズ」で、邦画では「ひめゆりの塔」、「七人の侍」、「二十四の瞳」、「ゴジラ」などが印象に残っています。
そして、1951年にヴェネツィア映画祭で黒澤明の「羅生門」がグランプリを受賞したことで、アジア映画の作品レベルを世界に示したことも印象に残っています。

<青春時代の思い出映画>
高校~大学時代には映画が更に大好きになって、有楽町の映画館に足繁く出かけたものでした。
1955年に公開された「エデンの東」と、1962年に見た「シベールの日曜日」(フランス映画)が私の青春時代にラストシーンで涙腺が緩んでしまった二大作品として今でも深く印象に残っています。


また1961年に公開された「ウエストサイド物語」のミュージカル映画に衝撃を覚え、ハリウッドのミュージカル映画に一時期嵌ったことも憶えています。
「南太平洋」(1959年)、「シェルブールの雨傘」 (1964年)、「マイ・フェア・レディ」 (1964年)、「メリー・ポピンズ」 (1964年)、「サウンド・オブ・ミュージック」 (1965年)、「オリバー!」 (1968年)、「ファニー・ガール」 (1968年)、「キャバレー」 (1972年)などなど、当時公開されたミュージカル映画は全て見ています。

<ブラジル赴任時代の思い出映画>(1969年~1979年)
10年間のブラジル赴任時代の初期には、極力ポルトガル語に馴れようと、ブラジル映画を見ていました。
当時のブラジル映画は「喜劇」が多く、言葉の壁に阻まれて内容を理解出来るようになるまで半年以上かかったことを思い出しました。
ブラジル映画で今でも印象に残っている作品はブルーノ・バレット監督の「ドナ・フロールとふたりの夫」(Dona Flor e Seus Dois Maridos)(1976年)です。
当時テレビドラマなどで大人気だった女優、ソニア・ブラガの主演作品で、ブラジル映画史に残る最大のヒットの一つです。
国際的にも成功をおさめた作品で、ブラジル人の文豪ジョルジェ・アマードの小説が原作で、フロール婦人とその2度目の夫、そして亡くなった前夫の魂との三角関係を取り扱ったコメディ映画です。
そしてブラジル時代の映画の思い出で忘れられないことは「日本映画」を良く見に行ったことです。
当時のサンパウロ市内には日本映画を常時上映している映画館が3館ありました。
松竹映画を上映すす「シネ・ニッポン」、東映映画を上映する「シネ・ニテロイ」、東宝映画を上映する「シネ・ジョイア」で、各映画館で上映される日本映画は法律でポルトガル語の字幕スーパーを入れなければならなかった為、日本で上映されてから約1年遅れで公開されていました。
ブラジル時代には、この邦画専門上映館の3館でフーテンの寅さんの「男はつらいよ」シリーズ、先日亡くなった高倉健主演の「網走番外地」、「緋牡丹博徒」、「仁義なき戦い」などを日曜日になると見に行っていたことを良く憶えています。

<ダバオ時代の思い出映画>(1999年~)
ダバオで上映されている外国映画はほぼ100パーセント「ハリウッド映画」です。
フィリピンの国産映画も数多く上映されていますが、「フィリピン語」が全く出来ないので、映画館で見たことが残念ながらありません。
ダバオで公開されるハリウッド映画のほぼ全てがアメリカと同時公開されるのが特長で、その理由は「英語」を公用語としているフィリピン人には「字幕スーパー」が不要だからと言えます。
日本ではハリウッド映画の公開日は作品の内容やターゲットを考えて、観客動員数を最大に確保する為に計画的に公開日が決められるので、ダバオで公開されてから数ヶ月後の公開になることがしばしばです。
日本で昨年3月に公開されて大ブレークした「アナと雪の女王」はダバオでは2013年11月にアメリカ公開と同時に「FROZEN」というオリジナルタイトルで上映された映画だったので見逃してしまい、その後ダバオのケーブルテレビで配信された時に見ることが出来ました。
日記のメモからダバオで見た映画の中で印象に残っている作品を古い順から以下に書いてみました。
「ミッション:インポッシブル2」、「ハリーポッター」シリーズ、「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズ、「マトリックス」シリーズ、「ラストサムライ」、「スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐」、「宇宙戦争」、「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」、「マンマ・ミーア!」、「アバター」、「トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン」、「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」、「RED/レッド」、「バイオハザードV:リトリビューション」、「アメイジング・スパイダーマン」、「レ・ミゼラブル」、「パシフィック・リム」、「GODZILLA ゴジラ」、「オール・ユー・ニード・イズ・キル」、「猿の惑星:新世紀(ライジング)」、「トランスフォーマー/ロストエイジ」などなどです。


今年もハリウッド映画は期待の大作が目白押しと聞きます。
「STAR WARS エピソード7」、「ターミネーター5」、「パイレーツ・オブ・カリビアン5」、「ミッション:インポッシブル5」、「ファンタスティック・フォー」などの公開が待ち遠しい昨今です。

  <映画シンデレラの開演前に上映される「アナと雪の女王/エルサのサプライズ」の予告編>
     


ダバオの日(Araw ng Dabaw)

2015年03月17日 | 海外ロングステイ

ダバオ市はフィリピン南部ミンダナオ島ダバオ地方 (Davao Region, Region XII) のダバオ・デル・スル州にある街で、メトロ・マニラ、メトロ・セブ(セブ市とその周囲)に次ぐフィリピン第3位の都市です。
面積2,400km2、2010年現在の人口は約145万人で、国際空港と港を持ち、フィリピン南部の政治・経済・文化の中心地でもあります。
ダバオ市は州からは独立していますが、ダバオ・デル・スル州の一部として見られることもあるようで、ダバオ地方の中心都市としても位置づけられています。
2,400km2もの広さを誇るダバオ市は世界最大の行政面積を持つ都市の一つともされていて、人口は145万人ですが、昼間人口は約200万人に膨れ上がります。
スペイン人による征服は19世紀と遅く、それまでは先住民やイスラム教徒が集落を開いて暮らしていました。
ダバオ市が発展したきっかけは、20世紀初頭の日本人によるアバカ(マニラ麻)栽培の農園経営で、当時は約2万人の日本人が住む東南アジア最大の日本人街がありました。
ダバオ市には現在でも多くの日系人が住み、定年を迎えた日本人の移住先としても注目されています。
現在は木材の積出港であるほか、郊外にはドール社による広大なバナナプランテーションが広がり、その加工や輸出でも有名な街でもあります。
そして最近はアメリカ企業によるコールセンター業務などのアウトソーシング先として開発されていて、巨額の収益が期待されています。
ダバオ市が昨日の3月16日で78年目の市制記念日を迎えました。
ダバオには年に2回大きなお祭りイベントがあって、一つが毎年3月16日の「ダバオの日」を祝う市制記念日のお祭りアラウ・アン・ダバオ「Araw ng Dabaw」で、もう一つのお祭りは8月に行われるカダヤワン・フェスティバル「Kadayawan Festival」(収穫祭)です。



Araw ng Dabaw祭りは毎年3月に入ると直ぐに祝賀ムードになり、今年は去る9日にリサール公園でオフィシャル・オープニングのイベントが開催され、スタートを切り、16日の市制記念日当日に行われる市内パレードでピークを迎えます。
3月16日は「祭日」で、市民全員が76回目の市制記念日を祝います。
ダバオ市制記念日週間には市内のショッピングモールでは特別セールも開催され、各モールのイベント広場では有名アーチストによるショーなどで集客を促進しています。

また「ダバオの日」(Araw ng Dabaw)の期間中には毎年2つの大きなイベントがあります。
一つは「Datu Bago Award」(ダトゥ バゴ賞)という市民栄誉賞の受賞者の発表です。
Datu Bagoはスペイン統治時代に勇敢に立ち向かって闘ったダバオ生まれの英雄で、彼の栄誉を讃えて毎年「市民栄誉賞」の受賞者が選出されて授賞式が開催されます。
今年は8名の市民が選ばれて、去る14日の授与式でその栄誉が称えられました。
もう一つのイベントは、Mutya ng Dabaw(ミス・ダバオ)コンテストで、2月末に自薦、他薦の応募者を募り、書類・写真審査を経た後予選が行われ、去る2月28日に15名のファイナリスト
が決まりました。
Mutya ng Dabawは美と才能とダバオの発展のための提案を競うイベントで、最終審査が14日に行われ、Mutya ng Dabaw 2015が決定しました。
今年のミス・ダバオに選ばれたのはアテネオ大学で学んでいる21歳のKris Abegail C. Guanzonさんでした。(写真下中央)




フェルクリス セントラーレ

2015年03月10日 | 海外ロングステイ

ダバオに最近新しい大型商業センターがオープンしました。
「Felcris Centrale」(フェルクリス・セントラーレ)が先月、ドテルテ市長を迎えてオープニングセレモニーが執り行われました。
Felcris Centraleはショッピングモールの他にオフィススペース、ホテル、コンドミニアムの複合施設で、先月オープンしたのは商業エリア部分で、この先順次オフィスやホテル、コンドミニアムが完成する予定です。
ダバオ川の手前にあるLTO(陸運局)の直ぐ目の前に完成したセントラーレのモダンで美しい建物は人々の目を惹いています。


フェルクリス・セントラーレの床面積は、54,000平方メートルで、12階建ての建物の1,2階部分は、スーパーマーケット、ブティック、レストラン、専門店を完備したエンターテイメント・センターが特長で、3階から10階まではオフィス、ホテル、コンドミニアムが年内に完成する予定です。
私が1999年にダバオ暮らしを始めた当時、市内にはVictoria Plaza、Gaisano Mall, Gaisano South Mall, 中華街のNCC Mallの4つのショッピングモールがあっただけでしたが、その後ダバオ市内には新しいショッピングモールの開業が相次ぎ、エコランドにSM City Mallが出来、引き続いてマチナにNCCC Shopping Mallがオープンしました。
更に2010年から2011年にかけてAbreeza Mall, SM Lanang Premium Mallが開業して、現在のダバオ市内にはこのFelcris Centraleを入れて9つのショッピングモールが営業を続けています。
「Felcris」の名前は中華系のYap(葉)ファミリーに由来します。
Yap家の長男のフェリペ(Fel)と妹のクリス(Cris)の兄妹が1969年9月19日に会社を設立したことが始まりで、Felcrisはダバオ市内のアンダ通りで織物を売る小じんまりした小売店が始まりでした。
その後同社は順調に成長を遂げ、1976年11月に「Felcrisスーパーマーケット」が開業しました。
マグサイサイ大通りにオープンしたFelcrisスーパーマーケットはダバオ市で初の充実したスーパーマーケットになったのでした。
その後アメリカの会員制大型ディスカウントショップの成功に刺激を受けて、Yapファミリーは1991年7月14日にダバオ・セントラル会員制大型ディスカウント店社をつくり、Agdaoに開店したダバオ・セントラル会員制大型ディスカウント店は、最も安い価格で消費者にサービスを提供するフィリピン最初の会員制大型ディスカウント店になりました。(右写真)
その後1997年3月12日に24時間営業の「ダバオ・セントラル・コンビニエンスストア社」を設立し、ダバオ市内に現在100店舗近いコンビニが営業を続けてしていて、Yapファミリーはダバオのコンビニエンスストア産業の先駆者でもあるのです。