そうなのだ。『歩き出した』のだった。
そうなのだ。私は甘かったのだ。
驚くべきことに、私は決めたルートを全て『徒歩』で辿ろうとしていたのである。
理由は3つ。
1. 私は京都を甘く見ていた。
2. 私は地図の縮尺が分からないうえに、バスなんかに乗ったら迷うに違いないと信じていた。
3. 私は自分の足を信じていた。
ところが困ったことに、私は空腹に襲われていた。
東本願寺での無駄なダッシュが空腹を盛り上げていた。
ところで『デリシャスな昼食』とは、いわゆる京都ならではのものを差している。
つまり、湯豆腐なんかである。
だが『京都地図本』には、三十三間堂までの道程に湯豆腐料理屋が載っていなかった。
とにかく空腹は容赦ない。腹が減ると楽しさも減る。これ定説なり。
おまけに暑い。イヤらしい程にさんさんと照り輝く太陽。
そしてそんな道すがら、コイツに出会ってしまったのだ。
『ランチやってます シーフードカレーセット サラダ・コーヒー付 700円』
見ては行けない物を見てしまった。
カレーは私の大好物である。サラダもそう、そして何より食後のコーヒー。
コイツはいけねぇ、かなりの好条件だ。だけどちょっと待てよ。
全然、京都じゃないよね。
京都でなくても、むしろ全国津々浦々でお目にかかる類の看板である。
まさか、ここで妥協するのか。それでいいのか。だって目的は『デリシャスな昼食』。
凄まじい葛藤のさなか、私の頭の中のエンピツがこう書き込んだ。
『カレーだってデリシャスだぜ』
敗北。完全敗北。
仕方ない。腹が減っては何とやらと言うではないか。
シーフードカレーは、想像以上でも以下でもなく、紛れもなくシーフードカレーだった。
けれど、ここでの昼食は正解だった。
食後のコーヒーを飲みながら、再びエネルギーが四肢に漲っていくのを感じたのだ。
いいのだ。誰が何と言おうとコイツは今、京都で一番輝いているカレーに違いない。
カレーパワーで勢いづいた私、あっという間に三十三間堂に到着。
千手観音が1001体並ぶ堂内は圧巻。修学旅行で観た時の記憶も鮮明だ。
とはいうものの、あの頃は、千手観音像よりも二十八部衆の阿修羅像に釘付けだった。
『キン肉マン』でアシュラマンが好きだったという安直な理由である。
今観ると、観音様は一体一体が個性に富んでいて非常に面白い。
腹も満たされ知的好奇心も満たされ、調子に乗ってきた私、だんだん開き直ってきた。
「ひとり旅がなんぼのもんじゃい」
躊躇なく、女性2人組に写真撮影を頼む。
片方の女性が「こいつ、ひとり?」という顔をしたが、もうそんなのはどうでも良かった。
満面の笑みで撮ってもらうと次の目的地、清水寺へ。
汗は滝のように流れ出るが、もうそんなのもどうでも良かった。
競歩と見まごうばかりの早歩きで茶わん坂に到着。ここを上れば、清水寺。
その時、突然アジア系の外国人に話しかけられた。
「スミマセン」
これはまさか、怪しい宗教の人なのか。
ああやはり、ひとり旅にはこういう事はつきものなのか。そう思いながら、ぶっきらぼうに返事。
「はい」
「オチマシタヨ」
「はい?」
「ソレ、アナタノデショ」
「はい?」
後ろを振り返ると、私のハンドタオルが地面にくたっと寝ているではないか。
「あ、ありがとうございました!」
にこやかに去っていく彼の後ろ姿を見ながら、私は我が心の汚さを恥じた。
そうだよ、世の中そんなに捨てたもんじゃないんだよ。
清水寺に到着。早速カップルに撮影を頼む。
そうして勝手に確信した。私は今、このカップルより旅を楽しんでいる。
清水の舞台も堪能し、ここでひいたおみくじは『大吉』であった。
舞台を出てすぐの所に、えんむすびの神様を祀っている『地主神社』があった。
女性の観光客で物凄く賑わっている。ウーマンパワームンムンである。
ここに、『恋占いの石』というのがある。
神社を挟んで両端に2つの大きな石があり、一方の石から目を閉じて歩き反対の石に無事に辿り着くと恋の願いが叶うそうな。一緒に説明書きを読んでいた女性3人組が、
「えー、こんなの出来ないよねぇ」
「だって人いっぱいだしぃ」
などと話していたが、今の私は恐いもの知らずのうえに、他団体に対抗意識を燃やしていた。
「この世にできない事なんてあるものか。あたしゃやってやるさ。やってやるともさ」
そう思い立つと意を決して石を触り、目を閉じた。
よーい、スタート。
あの人やってるよ、という声が遠くで聞こえた。
時々人にぶつかる。その度に小さく「すみません」と言う。
意外と距離がある。まだか、まだか、まだなのか。
石までの道が永遠に続くように思われたその時、ゴツンと何かにぶつかった。
目を開く。反対側の石である。
やったぁ!と小躍りしかけて、はたと思い返した。実を言うと一度、薄目で見てしまったのだ。
あれを許容するか否か。あれを神様は許容してくれるのか。
ひとりでこんなに頑張ったんだから、許してはもらえないでしょうか。
ねぇ、神様。
けれど「うむ、許す」と答えてくれるはずもなかった。
御利益があるという水を飲み、清水寺を後にした。
すると、突然の雨。日傘で雨をしのぎ、それでも歩き続ける。
もう汗なんだか雨なんだか分からない程に、背中がしっとりしていた。
目指すは祇園。かの有名な祇園。
『京都地図本』によると、非常にうまい甘味処が点在している、祇園。
これぞ、本日のメインイベント。
甘いもの食べたい…甘いもの食べたい…そう念じながら前に進む。
ところが行けども行けども、祇園は見えて来ない。
心なしか、足取りも重い。
そう、ここに来て『徒歩』の弊害が出始めていたのだった。
(~完結編~につづく)
そうなのだ。私は甘かったのだ。
驚くべきことに、私は決めたルートを全て『徒歩』で辿ろうとしていたのである。
理由は3つ。
1. 私は京都を甘く見ていた。
2. 私は地図の縮尺が分からないうえに、バスなんかに乗ったら迷うに違いないと信じていた。
3. 私は自分の足を信じていた。
ところが困ったことに、私は空腹に襲われていた。
東本願寺での無駄なダッシュが空腹を盛り上げていた。
ところで『デリシャスな昼食』とは、いわゆる京都ならではのものを差している。
つまり、湯豆腐なんかである。
だが『京都地図本』には、三十三間堂までの道程に湯豆腐料理屋が載っていなかった。
とにかく空腹は容赦ない。腹が減ると楽しさも減る。これ定説なり。
おまけに暑い。イヤらしい程にさんさんと照り輝く太陽。
そしてそんな道すがら、コイツに出会ってしまったのだ。
『ランチやってます シーフードカレーセット サラダ・コーヒー付 700円』
見ては行けない物を見てしまった。
カレーは私の大好物である。サラダもそう、そして何より食後のコーヒー。
コイツはいけねぇ、かなりの好条件だ。だけどちょっと待てよ。
全然、京都じゃないよね。
京都でなくても、むしろ全国津々浦々でお目にかかる類の看板である。
まさか、ここで妥協するのか。それでいいのか。だって目的は『デリシャスな昼食』。
凄まじい葛藤のさなか、私の頭の中のエンピツがこう書き込んだ。
『カレーだってデリシャスだぜ』
敗北。完全敗北。
仕方ない。腹が減っては何とやらと言うではないか。
シーフードカレーは、想像以上でも以下でもなく、紛れもなくシーフードカレーだった。
けれど、ここでの昼食は正解だった。
食後のコーヒーを飲みながら、再びエネルギーが四肢に漲っていくのを感じたのだ。
いいのだ。誰が何と言おうとコイツは今、京都で一番輝いているカレーに違いない。
カレーパワーで勢いづいた私、あっという間に三十三間堂に到着。
千手観音が1001体並ぶ堂内は圧巻。修学旅行で観た時の記憶も鮮明だ。
とはいうものの、あの頃は、千手観音像よりも二十八部衆の阿修羅像に釘付けだった。
『キン肉マン』でアシュラマンが好きだったという安直な理由である。
今観ると、観音様は一体一体が個性に富んでいて非常に面白い。
腹も満たされ知的好奇心も満たされ、調子に乗ってきた私、だんだん開き直ってきた。
「ひとり旅がなんぼのもんじゃい」
躊躇なく、女性2人組に写真撮影を頼む。
片方の女性が「こいつ、ひとり?」という顔をしたが、もうそんなのはどうでも良かった。
満面の笑みで撮ってもらうと次の目的地、清水寺へ。
汗は滝のように流れ出るが、もうそんなのもどうでも良かった。
競歩と見まごうばかりの早歩きで茶わん坂に到着。ここを上れば、清水寺。
その時、突然アジア系の外国人に話しかけられた。
「スミマセン」
これはまさか、怪しい宗教の人なのか。
ああやはり、ひとり旅にはこういう事はつきものなのか。そう思いながら、ぶっきらぼうに返事。
「はい」
「オチマシタヨ」
「はい?」
「ソレ、アナタノデショ」
「はい?」
後ろを振り返ると、私のハンドタオルが地面にくたっと寝ているではないか。
「あ、ありがとうございました!」
にこやかに去っていく彼の後ろ姿を見ながら、私は我が心の汚さを恥じた。
そうだよ、世の中そんなに捨てたもんじゃないんだよ。
清水寺に到着。早速カップルに撮影を頼む。
そうして勝手に確信した。私は今、このカップルより旅を楽しんでいる。
清水の舞台も堪能し、ここでひいたおみくじは『大吉』であった。
舞台を出てすぐの所に、えんむすびの神様を祀っている『地主神社』があった。
女性の観光客で物凄く賑わっている。ウーマンパワームンムンである。
ここに、『恋占いの石』というのがある。
神社を挟んで両端に2つの大きな石があり、一方の石から目を閉じて歩き反対の石に無事に辿り着くと恋の願いが叶うそうな。一緒に説明書きを読んでいた女性3人組が、
「えー、こんなの出来ないよねぇ」
「だって人いっぱいだしぃ」
などと話していたが、今の私は恐いもの知らずのうえに、他団体に対抗意識を燃やしていた。
「この世にできない事なんてあるものか。あたしゃやってやるさ。やってやるともさ」
そう思い立つと意を決して石を触り、目を閉じた。
よーい、スタート。
あの人やってるよ、という声が遠くで聞こえた。
時々人にぶつかる。その度に小さく「すみません」と言う。
意外と距離がある。まだか、まだか、まだなのか。
石までの道が永遠に続くように思われたその時、ゴツンと何かにぶつかった。
目を開く。反対側の石である。
やったぁ!と小躍りしかけて、はたと思い返した。実を言うと一度、薄目で見てしまったのだ。
あれを許容するか否か。あれを神様は許容してくれるのか。
ひとりでこんなに頑張ったんだから、許してはもらえないでしょうか。
ねぇ、神様。
けれど「うむ、許す」と答えてくれるはずもなかった。
御利益があるという水を飲み、清水寺を後にした。
すると、突然の雨。日傘で雨をしのぎ、それでも歩き続ける。
もう汗なんだか雨なんだか分からない程に、背中がしっとりしていた。
目指すは祇園。かの有名な祇園。
『京都地図本』によると、非常にうまい甘味処が点在している、祇園。
これぞ、本日のメインイベント。
甘いもの食べたい…甘いもの食べたい…そう念じながら前に進む。
ところが行けども行けども、祇園は見えて来ない。
心なしか、足取りも重い。
そう、ここに来て『徒歩』の弊害が出始めていたのだった。
(~完結編~につづく)