2021/01/23
Number1019号(文藝春秋)は、昨年12月の全日本フィギュアの特集で、特に羽生選手に関する記事は、多くのアーティストが寄稿していて秀逸でした。
それらの記事の中でも特に興味深く読んだのは、音響デザイナー、編曲者の矢野桂一氏の「音楽を体に染み込ませて」です。羽生選手の緻密な楽曲制作の意図を語っています。文は野口美恵さんです。
羽生選手がフリーの曲『天と地と』と、ショートの曲『レット・ミー・エンターテインメント・ユー』をどのように編集して欲しいか、細かいところまで矢野氏にリクエストしているのです。
フリープログラム『天と地と』は、昨年5月に音楽の編集依頼が来ていたとのこと。コロナ禍の中、矢野氏は「しっかり前を向いているんだなあ」と嬉しくなったそうです。
5月頃と言えば、コロナがどうなるのかまだ予測できず、日本全体が不安に停滞しているような時でしたね。
音楽のどの部分でジャンプをするのか、ハイドロブレーディングをするのか、見せ場にはそれにふさわしい音を加えてほしいということで、原曲に太鼓の音を足したり、ハープや琵琶の音を足したり、シンバルのジャーンを入れたということです。
「羽生選手の素晴らしいところは、主のメロディだけではなくて、装飾音など小さな音まで感じ取って、手先の動きだとか、細かな表現ができること。彼は本当に曲を聴き込んで、身体に染み込ませています。
これを表現したいと思ったことにブレがなく、とことん突き詰めるんです。そして、『ここに音が欲しい』というような希望も、曲が壊れるようなものではなくすごく的確です。
彼は『SEIMEI』で、僕が理想としてきた『音楽も大事にして、ストーリーを作って、それを実現させる』という関係性を実現させてくれました。自分の見せ方を客観的にわかっていますし、すごく細かい修正にこだわりながら練習を生み重ねて、表現として伝えてくれる。今回の『天と地と』も『これが、僕が理想としていたフィギュアスケートのかたちだ』ってすごく思いました。」
詳しくはNumberを読んでいただくとして、羽生選手はソチ以前から、音楽と振付表現について、大変に注意深く、細かいこだわりがありましたね。それが時がたつにつれ、一層磨きがかかってきたと思います。
矢野さんの説明してくださっている部分を頭に置きながら演技を見ると、面白いのです。あれは琵琶の音と思っていたがハープだったのか・・とか、ジャンプの前には曲全体がクレッシェンドしていて、自然と盛り上がる部分でジャンプするようになっているとか・・・。
アクセントになる音も、それほど大きく目立つわけではなく、ほどよく流れの中に、小さなきらめきのように収められていますね。
うねりというのか波というのか、全体にすごく流れを感じる曲であり、スケートのスピード感と音楽がよくマッチしていると思います。