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よし坊のあっちこっち

神出鬼没、中年オヤジ、いや、老年オヤジの何でも有りブログだ!

映画三昧 ー ハイ・ヌーン

2009年05月11日 | 映画
西部劇数多くあれど、やはり、「ハイ・ヌーン」は味のある映画だ。あー、これがモナコ王妃となった、グレース・ケリーか等と見とれていた記憶があるが、映画の方は中々の力作だと言える。

まず、勧善懲悪物の、滅法強い保安官と悪いならず者的な話ではないところが良い。悪い奴は法の正義に照らして懲らしめるのは当然なのだが、この保安官、自分の味方をするはずの保安官助手なんかが恐れを為して逃げ、誰も味方がいなくなってしまい、法の正義の下に悪をやっつけるわけにはいかなくなった。しかし、逃げるわけにはいかず、ヨレヨレになりながら何とか悪を倒し、町を去っていく。このゲーリー・クーパーのヨレヨレがいい。最後は、法の正義の為ではなく、自らの正義の為に自分を奮い立たせたのだろう。あれだけ加勢することに反対していた町の連中も、保安官が勝ったとなると、ヒーローの下に擦り寄ってくる。それを一瞥して町を去る保安官。自分達のことは自分達で守れと背中が言っている。アメリカそのものである。


映画三昧 -Gran Torinoとイーストウッド

2009年05月03日 | 映画
クリント・イーストウッドほど、年老いて一段と輝きを増してきた俳優は他に居ない。特に90年代から今に至る一作一作は其々に気が抜けない。役者としてのみならず、監督としても他の並居る連中を圧倒してきたから、やはり非凡な映画人なのだろう。

あの有名なスパゲッティ・ウエスタン(日本ではマカロニ・ウエスタンと言うが、アメリカではマカロニが、スパゲッティとなる)とダーティ・ハリーで一躍タフガイのスターダムにのし上がった。

しかし、イーストウッドの映画は、やはり90年代以降がいい。監督としての名を一躍高めた「許されざる者」も良いが、あの、定年間近のシークレットサービスを演じた「In the Line of Fire」が、敵役ジョン・マルコビッチを配して楽しい映画だ。バーでJazzyなピアノを弾いている場面を観た時は、よし坊の興味は俄然その方に向けられた。ジャズに対する造詣が深く、2年前だったか、テレビのドキュメンタリーで、Dave Brubeckと彼の作品を取り上げ、語らいながら一緒にピアノを弾いていた。その音楽センスは彼の映画にテーマミュージックで随所に活かされている。

「マディソン郡の橋」でメリル・ストリープと情感あふれる映画を撮ったかと思うと、今度は、ロートル集団のジェームス・ガーナー、ドナルド・サザーランド、トミー・リーを集めての「スペース・カウボーイ」。

あの、「ミリオン・ダラー・ベイビー」の後の本人出演の最新作「グラン・トリノ」を観た。戦争を体験したアメリカの典型、自動車の街デトロイトの男。フォードで車を作り、72年のグラン・トリノをこよなく愛し、トヨタに乗る息子や、教会で平気で携帯電話をする孫を苦々しく思う頑固者。古きよき時代の「アメリカ人」が、関わりたくないよそ者、ベトナム人一家に段々関わらざるを得なくなり、最後は命を張り、新しいアメリカ(ベトナムから来た移民の青年)に自分の魂の象徴(フォード・グラン・トリノ)を遺言として譲渡する。映画は、この青年が、グラン・トリノでミシガン湖辺を颯爽と運転しているところで終わる。

映画三昧 -何故アメリカのドラマが面白いか

2009年04月21日 | 映画
テレビ創世記、我々団塊世代はアメリカのドラマで育ったようなものだ。当時は日本のテレビ局もドラマをやるにはやったが、主流派アメリカのドラマで、「パパ大好き」のホームドラマから、「コンバット」のような戦争物まで、アメリカのお世話になっていたと言うわけだ。

毎クール、日本のドラマは殆ど見ているが、10本前後の放映の中で面白かったと思えるのは毎回3本くらいで、後は「可もなく不可もなく」以下である。

人気のあるドラマは日本もアメリカも同じようで、警察がらみの事件物が幅を利かしている。この事件物、アメリカのドラマが断然面白い。何故か。

物的設定が限りなく本物に近いことだ。最も人気の高い「CSI]というドラマ。最近は日本でもケーブルTVの普及で見ることが出来るらしいが、確か、スタート当初の2001年、巷でやけに新番組の視聴率が高い番組が出てきたと言うので、よし坊も、どんなものかと観て見たら、最初から圧倒され今だにファンである。死んだ人の状況だとか、死亡原因のメカニズムの説明等を実にリアルに見せる。この傾向は他のドラマでも同様だ。

もう一つ違う点は、アクションシーン。これは、映画でもそうだが、要するに金が掛かっている。半端じゃない。日本映画では到底見れない大掛かりなシーンだ。これがテレビドラマでも同じなのである。
1~2年前にあった「Bloody Monday]というテロリストを扱ったドラマがあった。筋書きの設定は少し変えていたが、オペレーションルームだとか、話の進め方が、人気ドラマ「24」からの借り物だと直ぐ分かってしまう。「24」を観た人には全く物足りない。

日本のテレビ業界も視聴率戦争で厳しいのだろうが、アメリカも相当厳しい。昨年だったか、映画俳優のレイ・リオッタが主演するアクションがスタートしたが、3作で打ち切りとなった。レイ・リオッタ、なかなかの役者である、その彼が出ても駄目なものは打ち切りだ。日本では到底考えられない。特に一部の芸プロに牛耳られている日本のテレビ界では彼らの顔色を伺いながら作るしかあるまい。

日本の真骨頂は、人情ドラマの類と時代劇なのだと思う。その時代劇も時代狭小やら衣装の保存で相当金がかかると聞いているが、これだけは団塊爺婆世代の楽しみだから続いて欲しいものだ。
因みに今よし坊夫婦は何を観てるかって? 「桃太郎侍」と「切り捨て御免」の二つ。1970年代の時代劇なのだ。インターネット様様の今日この頃。

映画三昧ーイレーネ・パパス

2009年04月09日 | 映画
彼女が突然現れた。歳老いたとは言え、彼女に間違いない。念のため配役紹介を確かめた。スクリーン上で観る何十年ぶりのイレーネ・パパスであった。

ギリシャ映画とか、ギリシャが舞台になった映画は一般的にあまり馴染みがないもので、目に触れる機会は少ない。ギリシャを舞台にした、「ナバロンの要塞」という戦争映画もあった。アンソニー・クインの「その男ゾルバ」もいい。しかし、ギリシャ映画の真髄は、やはりギリシャ神話に題材をとった作品なのではないだろうか。ギリシャ神話を読破したわけではないので、大きいことは言えないが、テーマは重く、エディプス王だとか、アガメムノン王などが出てきて、戦争を通しての親子家族の愛憎劇が続く。エディプス・コンプレックスだとか、エレクトラ・コンプレックスとかの言葉はこの辺りから出てきたと聞かされて納得することになる。

恐らく高校生の時だったろうと思うが、アートシアターで「エレクトラ」を観て、彫りの深い、逞しそうなイレーネ・パパスに初めて出会った。実際には、その前に「ナバロンの要塞」で女レジスタンス役で出ていたのを観ているのだが、その時はノーマーク。

王女エレクトラは、例のアガメムノン王の娘として生まれるが、母親が父親を殺したことを知り、その復習で母親を殺すギリシャ悲劇である。ギリシャ悲劇は、親殺しや、親と関係を持つなどの重いテーマが多いが、この映画では、彼女の凛とした姿が印象的だった。

劇場で見逃したアメリカ映画、「コレリ大尉のマンドリン」を観ていたら、40年ぶりのイレーネ・パパスに(再会)した。


映画三昧 -憂国

2009年04月01日 | 映画
丁度バイトの途中だったと思う。大学卒業前の11月だから、せっせとバイトに明け暮れていた。その時は、何やら訳のわからない封筒(政党がらみのパーティ券かも)を指定された企業の総務部に届ける仕事である(何で郵送しないで、わざわざ届けるのか、良く分からぬ世界のバイトではあったが)。

昼時なので、飯屋に入ったら、「三島が自衛隊に乱入したらしい」と事件を報じていた。仕事があるので、あわただしく飯をかきこみ、鶴見へ向かったことを覚えている。仕事を終えて帰る途中、ニュースが今度は、三島の割腹を告げていた。頭の中では、あの「憂国」の映画がグルグル回っていた。

彼が「憂国」と言う小説を書いた時点から既に1970年の帰結を明確に意識していたとう思いたくないが、「憂国」の映画上映は当時の三島の思想的動向も話題になっている時期で、映画ファンとしては注目であった。アートシアター系の封切で、新宿ATGで観たのだが、1966年封切とあるから、よし坊、浪人中。この映画では、二・二六事件の時代背景を借りて、全編殆ど割腹シーンに当て、憂国の士の最後のあるべき姿を迫真の演技というか、気迫で演じていた。その4年後に割腹のニュースを聞いた時、あー、あの映画は本音だったのかと思った。

「憂国」の後、三島は「楯の会」を結成し、約2年の準備を終えて11月25日へ突入していくが、三島が突きつけた「国防」と言う重要なテーマに誰一人反応できなかったといってよいのだろう。三島は早すぎたのか。1970年という年は重要かもしれない。60年代から1970年までは、高度成長期のエンジンが加速し始める中で、日米安保闘争や学園紛争が起こり、その思想的深浅は別として、民族的な活動も出ていたのは確か。三島は、その先は最早飽食の繁栄が際限なく続くと予見し、1970年に事を起こさなければチャンスは永遠に来ないと見たのではないか。自衛隊の決起を促したが、決起が無いだろう事は、先刻織り込み済みだったと思う。

今、北朝鮮問題を端緒として、漸く「国防」論議が出掛かってきているが、日本人の不幸は、やはり、敗戦後の平和憲法の名の下に、明らかに「去勢」されて育ってしまった事だろう。国防を論ずる時、憲法論議は避けられない。憲法論議が沸いてくるのかどうか。沸いてきても来なくても、1970年の三島事件は記憶に留めるべきだろう。

素手で平和的解決を叫んだところで、無視されるだけである。本気で自分の家を守るのには道具が必要だ。三島はあの時、「こんなことで、自分の家を守れるのか!」と叫んでいたに違いない。

映画三昧 -人間の条件

2009年03月27日 | 映画
五味川純平の大河代表作を映画化した「人間の条件」を観たのはいつ頃だったか、はっきり覚えていない。高校の頃か大学の頃か定かではないが、観たのはテアトル新宿だったと思う。6部大作で、完結編の完成が1960年とあるから、それから大分経っての復活一挙上映であったろうと思う。
なにせ、約10時間の一挙上映だ。朝は8時くらいからスタートして、途中休憩を挟んでいるから、終わったのは9時10時だろう。

1960年当時と言えば、さかんに東宝の用心棒や、椿三十郎と言った三船敏郎主演の映画にニヒルな敵役で仲代が必ず出ていたから、時代劇のイメージが強かったのだが、その意味では「人間の条件」は現代劇としての仲代を観た初めての映画だ。

昔は5社協定なるものがあって、所属会社以外の映画に出るのは殆ど出来なかった中で、仲代は最後までフリーを通したと言うから、珍しい大物俳優と言える。

手元に当時の映画パンフレット(写真)がある(当時は気に入った映画のパンフは必ず買っておいたものだが、長い年月であっちこっちとなり、今や数えるくらいしか残っていない)。懐かしい出演者が並ぶ。女優陣では、よく知られた高峰秀子や、奥さん役の新珠三千代等に混じって、少女の中村玉緒や、岸田今日子、それに瞳麗子の顔も見える。男優では、あの、モーニングショウで、「泣きの小金治」の異名をとった、桂小金治が、この頃から映画に出まくっていたのが分かる。

それにしても、無理やり満州国を造り、多くの日本人が渡満し、やがて戦況不利から、最後はソ連の侵入で、北満を含めた一帯での大規模棄民。映画は梶上等兵満州に死すの荒涼としたエンディングだ。

映画三昧ーシベールの日曜日

2009年03月01日 | 映画
アカデミーの外国映画部門で「おくりびと」が目出度くオスカーを受賞したのは何よりである。これで、アメリカでは5月に拡大上映があるというので、劇場で観れそうだ。

アメリカは映画はハリウッド、と言うわけで外国映画はお呼びじゃないのが普通だから、海外の映画(イギリス映画は別格扱い)が日頃たくさん入ってくるわけではない。その点昔の日本は、アメリカ映画以外にも、フランス、イタリア、イギリス、スェーデン等のヨーロッパ映画が結構入っていたから面白かった。アラン・ドロンやカトリーヌ・ドヌーブ、マルチェロ・マストロヤンニ、ソフィア・ローレン。リノ・バンチェラ、ジャン・ポール・ベルモントなんてのも居た。今の日本は、やはりアメリカ偏重なのだろうか、何もかも。

さて、外国映画賞受賞で思い出したのだが、1962年のフランス映画「シベールの日曜日」という作品がある。戦争の犠牲者として心を病んだ青年と家庭的に不幸な境遇から一人ぼっちになった少女の、心に大きな傷をもった者同士の心の交流、無垢な愛を描き、そして、悲しい結末に終わる。ハーディ・クリューガーの青年、パトリシア・ゴッチの少女。佳品だと思う。最後は間違いなく、泣ける。

映画三昧 -初めてのキスシーン

2009年02月15日 | 映画
初めてのキスシーンは確か、「武器よさらば」だったろうか。更に言うと、これが初めての洋画かも知れぬ。

阿佐ヶ谷駅の北側に、当時洋画専門のオデオン座があった。線路と言うか駅の直ぐ脇にあったから、電車や駅からよく見えた。
昔の阿佐ヶ谷界隈は、青梅街道からすずらん通りを駅に向かっていくと、途中、左に東宝、少し行って右に松竹、その裏に大映があった。駅の踏切を越して左に歩いていくとオデオン座だ。ここで観たということは、小学5年くらいだろう。

当時は未だ、映画の原作がヘミングウエーなんて知らないわけで、ロック・ハドソンの兵隊が、ジェニファー・ジョーンズの看護婦と恋に落ち、看護婦の死とともに、ハドソンが去っていくシーンで終わるのだが、よし坊はここで、アメリカ人達のキスの不意打ちを喰らうのだ。

今時、何処かしこもキス、キス、キスで、口づけが半死語、接吻なんて言葉はもう死語だろう。しかし、あの頃は、キスなんて言葉はなじまない、どこか遠い言葉だった。新聞雑誌小説の類は、口づけか接吻だ。あの、「また逢う日まで」の岡田英次と久我美子のガラス越しのキスは、「ガラス越しの接吻」でなければいけない。大安売りの「キス」では軽すぎるのだ。

さて、不意打ちを喰らった「武器よさらば」の最後近くのシーン、息を引取りベッドに横たわる彼女に最後のキスをする、あのシーンだ。このシーンは映画の流れから行って、不意打ちではなかった。ゆっくりとスローモーションのようにハドソンの口が近づく。間違いなく場面を観ているのだが、頭の中は観るべきか目をつむるめきかで葛藤していた。そんな、ドキドキしてしまった映画なのである。

映画三昧ーキネマの全盛

2009年02月10日 | 映画
最近、つくづく思う。団塊の世代に生まれて良かったと。なにせ、あのキネマの時代で育ったからだ。娯楽はキネマしか無かったのが良かった。いつからか、軽薄な(と言いながら性懲りも無く観ているのも事実だが)テレビに取って代わられたが、あの頃のキネマ時代は濃密だった。

最初にキネマを観たのは、母親に連れられて観た「君の名は」。今でも覚えている。阿佐ヶ谷の松竹だ。後宮春樹の佐田啓二、氏家真知子の岸恵子、そして数寄屋橋。1953年封切とあるから、よし坊6歳。これが原点と言える。

当時は映画会社に其々特徴があった。松竹は現代物が多く、当時は池部良、大木実なんかが出ていた。時代劇は少なかったが、あると近衛十四郎が大体主役を張っていた。東宝も現代劇が主流で、よく観たのが、喜劇。社長シリーズと駅前旅館シリーズ。女優陣では草笛光子と河内桃子が好きだった。司葉子も良かった。一方では重厚な三船敏郎の時代劇物が気を吐いた。忘れてならないのが特写もののゴジラ、モスラ物。地球防衛軍なんてのもあった。
東映はチャンバラの代名詞だった。錦ちゃん、千代ちゃんに大川橋蔵。大御所に片岡知恵蔵、市川歌右衛門。そう、丹下左膳の大友柳太郎がいた。悪役もゴロゴロだ。月形竜之介なんて、いつも憎憎しかった。後は、山形勲とか、沢村宗之助とか。当時は第二東映なんてのが出来るくらい勢いがあって、里見浩太郎が気を吐いた。
大映も時代物が中心で、長谷川一夫を筆頭に雷チャン、勝新。この頃、よし坊は山本富士子にゾッコン、溺れていた。現代物は川崎敬三や船越英二。女優では京マチコを忘れてはいけない。
日活は、言わずと知れた無国籍アクションと青春物が面白かった。裕次郎、二谷英明、葉山良二、後に渡哲也が出てくるのだが。小林旭の渡り鳥シリーズもせっせと通った。ワルや半ワルで宍戸錠。女優陣では吉永小百合、清水まゆみとか。
キネマ衰退の遥か以前に無くなってしまった新東宝。東宝から独立し、アラカン、若山富三郎を引っ張ってきて時代劇、宇津井健で現代物。そう言えば高島忠夫もいたね。女優陣が濃厚だった。高倉みゆき、久保菜穂子で、未成年のよし坊にとっては、ドキッとする場面がシバシバ。と言っても現代のように溢れかえっている露出度とは程遠い、かわいいレベルだ。

キネマの全盛が懐かしい。

サヨナラ ワン ダラ ムービー

2008年04月27日 | 映画
オイルの勢い止まらぬ値上がりで、最近のガソリンはガロン3ドル50セントがざらで、お陰で何から何まで上がり、庶民としてはお手上げ状態。この夏はガロン4ドルは固いというから、遠出はますますしんどくなる。

飛行機も燃料費アップで値上げ、加えてデルタとノースウエストが一緒になる話しや、ユナイテッドとコンチが話を始めているから、要するに、航空会社の統合は競争鎮静化となり、格安が減る。

今日もワイフと週一のワンダラ(one dollar)映画を見ようと行ったのだが、今日から2ドルに上がっていた。ついに来たか!
それでも、封切だと朝特(昼前に始まる分)は6ドルと安い。普通でも8ドル9ドル。日本なら1800円と聞く。それを考えたら、文句も言えまい。