後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

雄大な北海道の夕暮れの空の色をお楽しみください

2009年05月21日 | 写真

趣味人倶楽部というSNSの会員のhigeziiさんの写真アルバムに「Sunset」という写真集があります。北海道旭川生まれの62歳、男性の方です。北海道にお住まいで風景写真、とくに空の色のうつろいを撮影していらっしゃいます。今日はhigeziiさんから転載のお許しを頂きましたので3枚の風景写真をご紹介致します。お楽しみ頂ければ嬉しく思います。写真の出典は、http://smcb.jp/_pr00?oid=164447 です。(終わり)

 


何故、ソ連軍が突如、満州へ攻め込んだのか?戦争を避けよう!

2009年05月21日 | うんちく・小ネタ

他人を自分の支配下に置きたいという人間の本能が戦争を起こします。酷い仕打ちを受けたときの復讐心が戦争を起こします。ですから、憲法第9条で、武力による国際紛争の解決を放棄した日本も、常に戦争に巻き込まれる危険性があるのです。長期間の平和を維持するためにも過去の歴史を忘れてはいけないと思い自分の体験を一つ書いておきます。

1945年8月初旬に相互不可侵条約のあったソ連が突如、満州へ侵入しました。この暴虐を許さない!と叫ぶ日本人が多いです。私もその一人です。

しかし何故このような一方的な戦争が起きたのか考えたことがありますか?

日露戦争の日本の勝利への復讐だという教科書的な通り一遍の説明はいくらでもあります。ところが1970年、ドイツの薄暗い研究室でドイツ人から聞いた話で、「何故、ソ連が侵攻した?」が一瞬のうちに理解出来ました。

1941年ヒットラーの電撃作戦でドイツ軍はレニングラードやモスクワ近郊まで占領しました。

このときドイツ軍はソ連の「若者だけ」を選んで2000万人も殺戮したのです。ヒットラーがユダヤ人を200万人(一説には400万人)殺したことは誰でも知っています。しかし2000万人のロシアの若者を殺したことは見落としがちです。この数はドイツ人なら皆知っています。誰も否定しません。

この2000万人を殺害したドイツと日本は親密な軍事同盟を作っていたのです。松岡洋右外相が作った同盟です。若者を殺されたロシアの親、家族が日本も憎むのは当然ではないでしょうか?その松岡洋右が日独関係をより一層強固にし、ベルリンからの帰路、モスクワに寄ってスターリンと拙速に作ったのが日ソ不可侵条約です。スターリンはシベリアでの日本との戦争の負担を避けたいだけでした。ですからドイツが陥落した5月以後はこの不可侵条約は不要になります。当然のことながら一方的に破棄します。

ソ連が日露戦争の復讐として満州へ侵攻したという説明は本当でしょう。しかし、ドイツ軍が殺した2000万人の復讐心も混じっていたはずです。

当然、ドイツ兵もシベリヤへ抑留されます。日本兵も抑留されます。ロシア人にとっては日本人もドイツ人も同じ敵国人だったのです。しかし抑留されたドイツ兵の待遇はもっと過酷を極めたそうです。

このように日本が他国と同盟関係を結べば、戦争に巻き込まれる危険性があるのです。

次回は、日米安保条約と北大西洋条約機構(NATO)との相違点を少しだけ書いてみたいと思います。(続く)


間違った書評を掲載してしまいました!岡敬三著「港を回れば日本が見える」について

2009年05月21日 | 本と雑誌

5月11日に、岡敬三著「港を回れば日本が見える」の書評を掲載しました。題目につられてこの本の一部だけを拡大解釈して小賢しい書評を出してしまいました。日本の軽薄な文化を批判する本。官庁が漁港を支配して、ヨットを締め出そうとしている官僚文化の批判。ようするに日本の貧しさを批判した本とこの本を紹介しました。

その後、何日もかけて丁寧にこの本を読んでみました。間違っていました。この本の楽しさや、注目すべき点はその様な「批判的な内容」ではないのです。

日本の辺鄙な漁港を丁寧に一つ一つ、急がず、独り帆走しながら泊まり歩く冒険の記録なのです。冒険と言うのは大げさ過ぎるようですが、「帆船の長距離航海」はいつも危険に満ちた冒険なのです。GPSやレーダーがあっても、ロシアが占領中の国後島と北海道の間の狭い海を帆走するときの怖さに、思わず手を握りしめてしまいます。濃霧が自分の船の舳先さえ見えなくします。電気の故障でGPSやレーダーがダメになることもありました。霧笛だけを頼りにして手探りのような走り方をします。突然、海上保安庁の巡視艇が現れ並航してヨットがロシア領に入らないように案内してくれます。

あちこちの漁港で人々の親切に勇気づけられて航海を根気よく続けます。個人の力の限界が感じられる内容です。決して胸躍る「冒険談」ではありません。

現役の人々で、引退したらモーターボートかヨットで全国を回って見ようと思っている人も多いと思います。特に何年もヨットをしている人にとって、それは何時も心の中に輝いている夢です。しかし長距離帆走の危険性と漁港での係留の困難性をよく知っているだけに実行する人は殆どいません。それを実行するとこうなりますよ、と岡敬三さんは丁寧に書いてくれました。

臆病な小生の読後感は、「物凄く面白い本だが、やっぱり日本を回るのは止めよう」と、いう感想です。危険な帆走の故もあります。しかし、この本を丁寧に読むと自分自身が漁港を巡りながら日本を回ったような気分になるからです。疑似体験が出来る本です。ヨット乗りの皆様へ是非読んで頂きたい名著と思いました。ヨットの趣味の無い方々もヨットの疑似体験が出来る本です。港に泊まっている間に、金子みすずの旧宅を訪ねたり、山川登美子のゆかりのものを探したりしています。岡敬三さんは詩人にも興味があるようです。見知らぬ人々とのしみじみとした交流も書いてあります。先日の書評が間違っていたのでお詫びを致します。(終わり)

今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたします。    藤山杜人