アイリス あいりす 

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川端康成と三億円事件 <2419>

2015-09-12 08:00:47 | 社会問題 日々雑感

◆ この記事は奇抜すぎて、すぐには受け入れられないと思います。日本のでっち上げの事件の数々を読んできて、私はやっと、日本の陰謀について考えられるようになりました。

このサイトの考察には、びっくりすることばかりです。嘘かまことかは、後にしてまずは、どういうことが考えられるのか、情報のひとつだと、思って読んでみてください。

三億円事件は解決しなかったと言う話で、長いこと住民が調べられてローラー作戦をしてきました。あとから、実はローラー作戦の意味は別のことで、住民を調べていたということも伝えられています。保険がかけられており、海外の保険会社であったことも、まるで911のとき、保険会社は日本の会社(つぶれたそうです)だったという、裏表の関係。何か偶然ではないとおもいますね。

そして、確かに私も川端康成のノーベル賞受賞の記憶は、飛んでいます。それほど、あの事件は大大的にテレビで終日報道されていて、多分ニュースで受賞を知ったぐらいです。

今ではあのノーベル賞をもらう価値もないようにも、思えてなりません。

川端康成のような小説家が遺書がなかったのか、それも不可解ですね。書く人は、書かずにいられないからです。なにがしかを残しているはずですし、あっても公表できないのかもしれないですね。

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http://book.geocities.jp/japans_conspiracy/02/p002.html#page24

 

日本の陰謀 (19-2) 

三億円強奪事件川端康成

 

 

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私はふとしたことから川端康成の「 雪国」を読み、そのつまらなさに驚き、この人物について調べてみた。なんとこの人の作品は戦前のもので、戦時中の1944年に菊池寛賞を受賞している。そしてノーベル賞1968年12月10日------文筆家島村と温泉地の芸者駒子との触合いを描く「雪国」では、人の世の哀しさと美しさが語られる。作品冒頭の描写は余りにも有名だ。雪の白、夜の闇の黒のモノトーンの世界で物語は展開する。そこには紛れもなく、川端がノーベル賞授賞式で講演した“美しい日本"がある。 

ここでも「美しい国日本」だ。 

どうしてこのようないい加減な本でノーベル賞がもらえるのか私には謎だった。たまたま、ある日テレビのワイドショーで三億円強奪事件の特番があり、この事件についてもそのフィーバー振りが不可解だった。 

それで、当時の新聞を調べてみた。驚いた事実があった。 

三億円事件が発生したころ、川端康成はスウェーデンで受賞を待っていた。だがこのとき、受賞は危ぶまれていたのだ。ネット上でも以前はその記事が残っていたが、もう殆ど抹消されている。

三億円強奪犯人モンタージュ写真
画像 

川端 康成 画像 

ローマ教皇ベネディクト16世


実は、川端康成は、スウェーデンの伝統を無視して、燕尾服ではなく羽織袴で授賞式に臨んだ。スウェーデンは羽織袴を拒否、日本政府は強硬に主張するが、スウェーデンは折れなかった。しかし、一旦言い出したら引き下がらないのが日本の外務省。国辱とばかりに賭けに出た。川端に羽織袴で式場に向かわせたのだ。拒否されたら歴史的物笑いになる。国内での物笑いは政治的に許されない。だが、成功すれば、「美しい国日本」だ。歴史的偉業となる。 

それで、三億円強奪事件を捏造し、翌日の朝刊一面をふさいだ。当時の新聞を見たとき、私は何かが共通していると感じた。案の定だった。万が一受賞に失敗した時、国民の注意をそらすために三億円事件が使われた。幸か不幸かスウェーデンは折れ、受賞は羽織袴で行われた。本当に用意周到な国だ。 

三億円強奪事件は一種の保険だった。さらにこの被害にも保険がかけられていた。さらにその保険は最終的に日本のお金ではなく外国の負担だった。これで完璧だった。 

逆に、このシナリオに気づかれるとまずいので、さらにその後、犯人のモンタージュを作ったり、繰り返しテレビで報道することで国民が気づかないようにしたのだろう。マスコミをはじめ気づいた国民も多いだろうが、せいぜい書物の中でほのめかすのが精一杯のところだろう。 

こういった、世論操作は日本の得意技だ。最近はマスコミ・警察の体たらくでみなさんも理解できるでしょうが、以前は本当に巧妙でなかなか見抜けなかった。多くの国民がある種マインドコントロールされ、国やマスコミが国民を欺くなど微塵も考えなかったのも一因だ。 

ほかにも多くの強奪事件があるのに、どうしてこの事件だけ騒がれるのか。川端康成は何故自殺したのか。このようなまずい作品がどうしてノーベル賞受賞になるのか。・・・・ 

■ ウィキペディアの説明は次の通り 

現場となった三多摩地区に学生が多く住んでいたことから、一帯にアパートローラー(全室への無差別聞き込み)を掛けることによって、当時 先鋭化しつつあった学生運動を壊滅させるための警視庁公安部による謀略だったとする説もある。 

犯人が暴力に訴えず計略だけで強奪に成功している事と、被害金額2億9430万7500円の語呂から“憎しみのない強盗”のあだ名もある(正確には、“強奪”ではなく“窃盗”である)。 

またこの事件の教訓から、多額の現金輸送の危険性を考慮して、給料等の現金支給から口座振込みを普及させる一因となった。 

ちなみに容疑者リストの中には、事件現場前に在る都立府中高校に在籍した高田純次や布施明の名前も入っていた。高田や布施を含む、十数万人が容疑者としてリストアップされていたが、二人とも事件とは無関係である。 

なお、3億円に対しての保険には外国の再保険が掛けられていたために、日本企業の損失はなかった。事件の翌日には社員にボーナスが支給された。 

■ ネット上でこの事件と川端康成の関係について具体的に触れているサイトがある。しかし、的が外れている。 

『甦る三億円事件の謎』 

この事件が起った同じ日に、スウェーデンのストックホルム市音楽堂でインドの詩人タゴールについで、アジアで2人目、もちろん日本人としては初めてののノーベル文学賞を受賞した人物がいました! その人は川端康成! でも、三億円事件の為、この偉業は殆んど当時取り上げられることは無かったそうです。 逗子市のとあるマンションの一郭で自殺を諮った川端康成は、その理由は定かにされていませんが、一説にはこの時に余りにも世間に取りあげられなかったのがノイローゼの一因ではないかと、直接ではないまでも自殺の原因の小さな引金とも囁かれております。 

■ 自殺は、ローマ教皇ベネディクト16世を記念した。 

川端康成は1972年4月16日ガス自殺を図った。この日は、ローマ教皇ベネディクト16世の45才の誕生日だった(1927年4月16日)。数字の語呂合わせとしても面白いが、実は、このローマ教皇の誕生日には数多くの日付の一致がある。 

■ 川端康成、ローマ教皇ベネディクト16世は、ユダヤ人の可能性が高い。 

4月16日はユダヤ人の重要な記念日だ。73年4月16日 マサダ要塞に籠城したユダヤ人が集団自決し、ユダヤ戦争が終結した。二人の誕生日は、その集団自決を記念している可能性が高い。何故、このような不吉な日を記念するのか。それは、「原爆投下」を記念する日本の姿勢と完全に一致する。悲惨な歴史を記念するのではなく、八百長戦争の完結を記念している。 

おそらく、その八百長戦争の目的は、歴史的「土地ころがし」にあると考えられる。 

この二人の容姿には特徴がある。実は、鹿児島政界財界の裏切り者の中にも、同様の特徴的な容姿の者が多い。特に、諏訪すわ一族との関連が感じられる(独断と偏見です)。 

■ 事件の日付は、聖徳太子の一万円札と関ヶ原の戦い (2010年12月29日追記) 

この事件も、例に漏れず日付の語呂合わせにあふれている。 

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