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日々の体験や思ったことを綴ります(by 涼風)。

『国際通貨体制と構造的権力―スーザン・ストレンジに学ぶ非決定の力学』

2005年11月13日 | Book
国際通貨体制と構造的権力―スーザン・ストレンジに学ぶ非決定の力学』という本を読みました。国際経済、それも金融の現実の世界を一から知りたいと思っているからです。

この本はイギリスの政治経済学者スーザン・ストレンジの『国際通貨没落過程の政治学』の訳者が、その訳書の内容を解説するためにわざわざ書いた本のようです。訳者によれば、ストレンジの議論はあまりにも既存のアカデミズムの論法とかけ離れているため読解が困難であり、あえて解説書を書くことでストレンジの議論をわかりやすくすることを意図したそうです。

上記の『国際通貨没落過程の政治学』というのはとても分厚い本で僕も途中で投げ出してしまったので、解説書を書いてくださった著者の本山美彦さんには感謝です。

ただこの『国際通貨体制と構造的権力』は分量は少なくても内容は複雑な本で、かつ細かいノートも取らなかったのですが、とりあえず頭を整理するために記憶を頼りに少しメモっておきたいと思います。

基本的には、国際経済それも国際通貨体制は、一つの国の貨幣を他国が交渉のために用いるため、そこにシステムの不具合が必然的に生じること。

ストレンジの国籍であるイギリスのポンドは19世紀の自由貿易時代から国際通貨として認められてきましたが、そのことによりポンドは国際通貨としての“権威”をもち、そのことがイギリス人になんらかの心理的優越感をもたらしてきました。

19世紀はヨーロッパ諸大国の経済的・軍事的権力が拮抗していたので、ポンドは純粋に国際的通貨として用いられ、イギリスはその基軸通貨国としての地位を乱用してポンドを乱発することはしませんでした。それによりイギリス人は“権威”というpricelessな利益のみを得て、ヨーロッパ内では自由貿易は一応円滑に進行しました。

しかし20世紀に入りイギリスの経済力が落ちると、基軸通貨国であることがイギリス経済の重しとなってきます。

この時代は重化学工業全盛の時代ですが、経済史ではイギリスは後発国の後発利益に先を越され、産業構造の転換に遅れます。こうしたときに必要なのは国内投資ですが、このときイギリスの投資家はこぞって植民地国に投資を行う癖を持ち続け、国内の産業育成に積極的になれませんでした。

これは「ポンドが国際通貨である以上植民地国にポンド準備を供給しなければならない」という無意味なプライドをもつイギリスの経済上層が海外投資を続けたためです。

またこのような行為の条件整備を行ったのがアメリカでした。20世紀前半では基軸通貨国としての体力をアメリカはまだ備えていませんでした。一国が基軸通貨国となるためには、たんに経済発展するのみならず、その国の通貨を交渉のために各国に使わせる要因を齎さなければなりません。端的に言えばそれは防衛力の供給です。

まだアメリカが全世界的に軍事力の拡張を行うのを躊躇していたときに、アフリカから香港・インドなどアジアにまで軍事負担を行っていたのがイギリスでした。

アメリカは自国の通貨を世界的に使わせることに躊躇していたとき、ドルを無闇に世界に拡大する前に、ドルを世界に拡大させずに世界の通貨体制を操作する方法を編み出します。それがイギリスへの資金供給です。

つまり世界的な軍事・政治バランスに労力を使わずに、イギリスに資金供給することで、19世紀から基軸通貨国であるイギリスのポンドに引き続き基軸通貨国の地位を保たせ、世界に資金供給と軍事バランスの安定をもたらす労力をイギリスに押し付けたのです。

冷静に考えればイギリスがすべきことは、自国の経済力が落ちているときはそうした世界覇権のような役割につきまとう負担を辞退することですが、19世紀からの基軸通貨国であるという無意味なプライドと栄光にすがるイギリスは、アメリカの意図を汲むことができず(あるいはあえて否認した?)、世界にポンドを供給するという身分不相応な役割を担い続けます。そのためイギリスからの資本輸出は20世紀前半に増大を続け、イギリス人にとって本当に必要な国内投資は疎かになり、イギリス経済の衰退が始まりました。

またその裏でアメリカはドルの乱発を(当時は)抑え、国内投資にドルを振り向けることで経済成長を果たし、世界における経済的覇権を手にして生きます。

戦後、死に体となったイギリス経済に対し成長を続けたアメリカは、その経済力と軍事力をバックに、金本位制というフィクションの下でポンドを押しのけ基軸通貨国として満を持して登場します。

その後に金本位制がアメリカによって一方的に反故にされ、アメリカにとって限りなく好都合な変動相場制=ドル特権体制が成立しました。

上に書いたように19世紀ポンドが基軸通貨であった時代でも、イギリスはその立場を乱用して、ポンドを乱発して各国からモノを買いまくるという「ニセ札業者」のようなことはしませんでした。それは経済発展と軍事力のバランスが当時のヨーロッパでは拮抗していたことに起因します。

しかし冷戦時のアメリカは軍事力において圧倒的な立場にあり、西側諸国に軍事力の供給というカードをもっていたため、変動相場制のもとでドルを乱発し世界中からタダ同然でものを買いまくります。しかしアメリカ以外の国は、アメリカの軍事的影響とポンドが衰退すると同時に出てきたドルの基軸通貨としての地位から、貿易交渉においてはドルを準備するよう強いられます。またドルを持たざるを得ないゆえに、ドルの下落を防ぐためさらにドルを買い続けます。こうして、結果的にはまるで暴力団の縄張りで営業するお店のような状態に西側各国は置かれます。

先の郵政民営化騒ぎで、郵貯が民営化されればその資金はすべてアメリカの国債・株式・通貨を買わされるから郵政民営化は避けるべきという議論がありました。私もその意見に賛成です。

しかしその意見に対し、ドルが一番強く安全なのは経済の常識だと一蹴するエコノミストもいました。

彼の意見は正しいのですが、そこにないのはドルのそのような特権的地位はアメリカの純粋な経済努力でなされているのではなく、20世紀前半から半ばにかけてアメリカの軍事力に世界各国が従属しなければならない状態を意図的に作り出したこと、またポンドを巧みに利用することでイギリスの経済発展を阻害し・基軸通貨としての役割を担える軍事バランスのコントロールの力がついた時点でドルを基軸通貨にアメリカがしたこと、またその地位を利用してアメリカは安易にドルを乱発してモノやサーヴィスを世界から買い続ける「泥棒」のような行為をしていること、そのアメリカのドルをもたざるをえないがゆえに乱発されるドルの価値を支えるためドルの買い増しを世界各国は強いられていること、この著しく不公正な状況への批判的視点です。

こうしたドルがもつ特権的な地位を、本山さんは「構造的権力」と呼んだのだと思います。

この権力が「構造的」なのは、国際通貨体制とは、一国の通貨が基軸通貨として用いられるときには、最初に書いたようにシステムに不具合が生じざるをえないことです。

たとえ一国の通貨が基軸通貨として用いられても、その国がその地位を乱用して通貨を乱発せず、また他国が債務返済不能に陥ったときには、その返済を容易にするよう自国の通貨の価格を設定するなどの責任をもつ必要があります。場合によってはそのために自国の産業発展を犠牲にする必要もあります。

言い換えれば「本来」基軸通貨国は、上記の役割を担えるほど健全な産業発展をし続け、自国の地位を悪用せずに公正な貿易ルールを使用する責任があります。

そうした責任とは反対の事を悉くしつづけたがアメリカでした。自国の貿易発展が阻害されると金本位制を反故にし、世界的インフレと石油ショックを引き起こすドル乱発を行い、著しく貿易赤字を増やし、世界に軍事力を見せることでドルの利用を強制し、世界中のお金をアメリカに「貢納」させることで数字上の経済発展を達成しています。

ストレンジ(と本山先生)が告発しているのは、世界貿易のシステムに内在する通貨体制の矛盾と、その矛盾に無頓着で自国の利益のみを考えるアメリカの(20世紀から現在まで続く)政治経済戦略だと思います。


涼風