うさぎくん

小鳥の話、読書、カメラ、音楽、まち歩きなどが中心のブログです。

新しい「中世」

2021年03月30日 | 本と雑誌
田中明彦 日本経済新聞社 1996年
現在は講談社学術文庫にも収録されているようです

冷戦後の世界秩序を新たな視点から見据えたものとして、名著の誉れが高い、と言われている。もっとも、それを知ったのは恥ずかしながら6,7年前のことだ。
刊行されてからちょうど四半世紀が過ぎた。今年はソビエト連邦の崩壊から30年が経ち、コロナ禍のなかで世界情勢が著しい変化を遂げようとしている。
今年の正月ごろ、そんな感慨を抱きながら昼休みにちびちびと読んでいた。

1996年をつい昨日のようだとは流石に思わないけど、既に携帯電話もデジカメもあったし、一応うちでもインターネットが開通した年でもある。当時既に日本の地盤沈下のような議論はあったとは思うが、今本書に掲げられている各種の経済データを見ると、ちょっとため息が出る。95年に一人当たりGDPが世界第5位だった日本は、今は25位(2019年)である。シンガポールは当時日本の7割ぐらいの水準だったのが、今は日本よりも1.6倍も高い。

本書の論点は、国同士のイデオロギーの対立であった冷戦時代の終結後、民主主義と市場経済、グローバリゼーションが普遍的な価値体系として人々の間で受容されつつある世界の姿が、普遍的イデオロギーとしてのキリスト教のもと、各主体が多様に存在しえた中世ヨーロッパと共通性を持っている、という点にある。

中世以後、近代国家が確立した16世紀から20世紀にかけての世界は、近代主権国家(=今日の人々が国家として心に描くもの)が圧倒的優位を持ち均質化し、イデオロギーの対立によって時には戦争となり、また時には力の均衡による平和があり、という時代を過ごしてきた。その一方、経済的な相互依存関係は技術や交易の発展とともにより緻密になり、世界を統合していった。

冷戦後の新しい「中世」では、自由主義的民主制と市場経済が成熟、安定し、その中で多様な主体―時には国家であり、またはグローバル企業、或いはNGOなどの活動―が相互横断的に活動する。人々の帰属意識も、必ずしもナショナリズムに基づいたものだけではない。あるときには国際企業の一員として世界各地の同僚たちに仲間意識を感じ、別のときには地域活動に精を出したりする。

ただし、地球上のすべての国がこのような成熟した自由主義的民主制と市場経済ののもとにあるわけではない。未だに近代を引きずっている国々、あるいは国家としての秩序すらない混沌の段階にある国々が混在している。

したがって、現状、国と国との相互関係として近代世界の方策を捨てるわけにはいかないが、現状を維持しながら、いずれは世界中が新しい「中世」の方向に向かうことを期待していく、という論理である。

これは、僕を含むごくふつうの人が「グローバリズム」と呼ぶ概念とだいたい近いものだとおもうが、少なくともこの25年間の半分以上の期間は、おおむね田中氏の描いていた概念を是として、世界はうごいていたものと思う。

そして、今はどうなったか。

残念ながら、普遍的な価値観として共有されているはずだった自由民主主義と市場経済は、いまその内側と外側から攻撃を受け続けている。成熟と安定には程遠い実情だ。。

本書で長期的に衰退しつつあると論じられてきたアメリカの「覇権」は、前政権において壊滅的とまでは言わないがかなりのダメージを受けてしまい、もはや素人目にも痛々しい姿をさらしつつある。
一方、急速に台頭しつつある中国は、かつてアメリカが握っていた「覇権」を―アメリカはそれを自ら望んで意図的に獲得しようとしたことはなかったと思うがー獲得しようと露骨に動いている。

動きは急だ。ほんの数年前まで、中国がアメリカのGDPを追い越すことはかなり困難という声が主流だったが、今年に入って早ければ2028年には実現、と報じられるようになった。アジア太平洋地域での米中軍事バランスは既に中国側に逆転しているといわれ、軍事用の艦船数は中国が世界一になったという。

バイデン大統領は、21世紀は民主主義と専制主義との戦いだ、みたいな事を語っていたが、どうやら「中世」の再来は少なくとも当分の間はない、ということだろうか。。

と、ここまで頭のわるそうな感想文を書いてきましたが、個人的には日本のような国が、これまで培ってきた国際間の信用を力に変えて、「中世」の「夢」を追求し続けてくれたらいいな、とは思ってはいる。
アメリカが今外交の面で見せている綻びが、軍事的な面でもはっきりするようになったら、やはり日米関係はいまみたいな状態であり続けることはないだろう。本当にこの先10年で、色々変わるんじゃないかな。。
コメント
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