日本語はあいまいなので、漢字によって書き分ける必要があるとされていますが、もともと日本語と中国語は違うのですから、完全に書き分けるということはありません。
たとえば「わらう」という言葉を漢和辞典で引くと、听、咳、咲、哂、嗤、笑などという字がありますが、日本で一般に使われるのは笑、嗤、咲ぐらいで他の字が使われることはめったにありません。
それでは日本人の「わらう」という言葉の意味がごく狭いのかというとそういうことでもありません。
日本語では「わらう」という言葉の意味は「声を立てて笑う」という意味のほかに「あざ笑う、にっこりする、ほほえむ、しのびわらう、ほくそえむ、にやりとする」などいくつかの笑い方があります。
これらを漢字で書き分けようとするとどうしてよいか分らなくなりますが、英語なら和英辞典を引けば、laugh,sneer(jeer,scoff),beam,smile,giggle,chuckle,grinなどと書き分ける(英訳する)ことができます。
漢字で書き分けるというのは、和語を漢訳するということで、英語で書き分ければ和語の英訳となります。
両方やってみると、この場合は漢字による書き分けよりも英語による書き分けのほうがうまくいくような感じです。
日本語での笑いの表現は「思い出し笑い、含み笑い、苦笑い、高笑い、馬鹿笑い、愛想笑い、つくり笑い、薄笑い、しのび笑い、大笑い、追従笑い,あざ笑い、泣き笑い」などいくつもの表現がありますが、「わらい」の部分はすべて「笑い」でとおしています。
漢字の「笑」にはこれらの「わらい」をすべてカバーする意味があるわけではありませんが、日本語のほかの表現と結びついたときは、「笑」の意味が日本語の意味に引きずられて大幅に拡張されているのです。
「あざわらい」のような場合でも「嘲嗤い」とムリにする必要はなく、「あざ笑い」でもよいのです。
「ひざがわらう」とか「手がわらう」のように、力が入らなくなっていうことを聞かなくなる場合に、「わらう」というのは日本語特有の表現ですが、これを表現する漢字というのは思いつきにくいでしょう。
そこで「膝が笑う」とか「手が笑う」と書くのは本来はおかしいのかもしれませんが、このように書かれていても違和感を感じません。
漢字には意味があるといっても、意味が変ったり拡張されたりするのです。
日本語として使われる漢字の場合は、日本語と中国語の違いがあるために日本語の意味に引きずられ、漢字の意味が一部無視されてしまうこともあります。
この漢字の意味は本来こういうものだと言ってみても、日本では日本語用の文字記号として使われる限り、日本式の使い方が通用するのです。