「心ここにあらざれば見れども見えず」というのは、目には見えても注意が向かわないと、目に映ったものが意識に上らないということです。
スパーリングという心理学者はスクリーンに4×3個の文字を二十分の一秒表示していくつ覚えているか実験しています(図左側)。
文字は一瞬だけ表示されて消えるのですが、12個の文字はすべて目に入っているのに記憶に残って答えられるのは平均すると4,5文字だそうです。
普通は短期的に覚えていられるのは7±2個程度といわれているのですが、この実験のように瞬間的に表示されて消えてしまうときは4個程度なのです。
12文字が見えたのに4文字程度しか記憶に残らないのは、二十分の一秒という瞬間的な表示では、注意が向けられる範囲が狭いためです。
多くの文字を記憶しようとして視線を動かそうとしても、文字がすぐに消えてしまうので、瞬間的に注意を向けた範囲しか想いだせないのです。
もし注意の範囲を全体的に広げようと、瞬間的にすべての文字に注意を向けようとすると、注意がどの文字にも向けられないというような結果となり、ひとつも想いだせないという場合すらあります。
すべての文字を想いだそうとせず、最初から一番上の行の4つの文字に注意を向けてみれば、注意の範囲が限定されるので4つの文字を記憶でき、ほかの行の文字の一つか二つをおまけに記憶できるかもしれません。
注意の範囲がしぼれれば記憶できるというのは、下のように文字を詰めて一行にしてみると分ります。
文字数は6個となりますが、二十分の一秒の表示でもでも6個の文字をすべて想いだすことができます。
日本人の場合はアルファベットの大文字になれないため記憶しにくいのですが、右の図のようにひらがなを使ってみれば実感できます。
スパーリングは、単に文字を見せるだけでなく、文字を表示した直後に文字の位置する行を示す音を出して、その行の文字をおもいださせるという実験も行っています。
たとえば「ぴっ」という音なら一行目、「ぴぴっ」という音なら二行目、「ぴぴぴっ」という音なら三行目と決めておき、文字を瞬間表示した直後に音を鳴らします。
そうするとどの音を鳴らしても、その行にある4つの文字のうち3つまでを思い出すことができたそうです。
4つのうちの3つですから75%ということで、音を鳴らさない場合は12個のうちの4.5程度で40%弱ですから部分的な記憶の再生率はあがっています。
この実験で、音は文字が消えてから鳴るので、注意が向けられるのは表示されている文字でなく、瞬間的に記憶された一時的記憶です。
見たときに注意が向けられていなかった文字でも、音が鳴って注意を向ける手がかりが与えられると、意識に入ってくるというということです。
つまり注意を向ける何らかの手がかりがあれば、瞬間的に見た文字も記憶に結びつき、意識されやすいということです。