ぼんくら放浪記

Blogを綴ることによって、自分のぼんくらさを自己点検しています。

天神社

2014-04-21 05:00:00 | 田舎

去年の今頃は熊野古道の大辺路を辿って、串本町内である田子~田並~有田を探索し、袋から古座・田原にかけては昔歩いたことがあったので飛ばし、那智勝浦町に入って浦神から大泰寺のある下里まで行って、一旦休憩となったのでした。今年は2月は用事で一泊だけ、3月にもこちらに来ていなかったし、あの頃頼りにしていた手書きのマップが見つからないので、未だ続きを歩いていません。そろそろ歩いておかないと、また暑くなってきて歩くのがイヤになってしまいそうです。2月に海上保安署に行った時に下里に水路観測所が有り、一般人も見学できると書いてあったので、金曜日は雨が降る予報だったので、前日の木曜日に行ってきました。

             

15日に来て以来、当日は快晴だったのですが、16日も17日も天気予報は晴れなのに花曇りというか、隣の国からの贈り物に拠る曇り空というか、すっきりしない天気なのです。
下里水路観測所へは、地図に依ると八咫鏡野の信号を南へ折れ、ぶつぶつ川を探した際に渡った橋を東に進み、下里駅を超えて暫く行くと南へ曲がるというコース、でもその南へ曲がるという道がよく判りません。一旦は南へ曲がってみたものの先端は工事をしているようで、行き止まりかと思われたので、引き返したら太地の街の手前まで行ってしまい、また元の道まで戻り、そこをもう一度南へ行くと工事中の手前で左へ行く道が付いていました。何処をどう走っているのか、ナビの付いてない愚車は不便です。ともかく交差する道があっても広い方の道を進んで行くと目標にしていた天神社があったので、そこへ車を停めました。

             

天神社は天の神社なのか、天神の社なのか、判断し難いところですが、鳥居を見ている限り、梅鉢の紋が付いていたので、ここは天神の社なのでしょう。下里は那智勝浦町内であり、この辺りは天神社に因んでいるのか天満地区と書かれていましたが、那智勝浦町にはそれこそ紀伊天満というJRの駅が有るように、天満という字名が付く集落が有るのです。ややこしいのに何故こんなことが罷り通っているのでしょう。

               

天神社のすぐ傍には松林があり、林を抜けると海が開けています。この湾を玉ノ浦と呼んでおり、昨年行ったぶつぶつ川の近辺の玉ノ浦海水浴場は、この前の半島を回った向こう側になります。サーフィンを楽しんでいる人を数えると9人いました。

             

海に沿ってずっと歩いていると、海の家みたいな店も有り、9人どころではないぐらいの車が停まっています。サーフィンをしていた人達はここに車を停めたのではなく、天神社の松林を抜けたところにある広場に車を停めていたと思うのです。ここに車を停めている人達は何処で何をしているのか、釣りに出るような船が停泊する港はこの近辺には有りません。

             

海を見ながら歩いていると、今頃からサーフィンを楽しむ人が居るのが納得できるような波が次から次へ押し寄せてきます。そんなに大きな波ではありませんが、確実に波に乗れるような波が数回に一回は押し寄せるのです。この湾の地形がこういう波を呼び寄せるように出来ているのでしょうね。穴場的な存在なのかもしれません、食べ物を売ってるような店さえ無いのですから。

             

松林に落ちていた大きなマツボックリ、このようなマツポックリは、小さなマツボックリが数年かけて大きくなるのではなく、つまりマツボックリって毎年落ちるのだと思っているので、1年でこんなに大きくなるのでしょうか。