ぼんくら放浪記

Blogを綴ることによって、自分のぼんくらさを自己点検しています。

花まつり

2014-04-14 05:00:00 | 大阪にて

甲子園で何も食べなかったとはいえ、そのまま帰って何も食べずに寝てしまうのも良いことではないと思い、阪神電車の梅田駅西口にあるうどん屋でソバを一杯食べて帰ったのでした。体調も悪くなく、これは治ったかと病名にも気付いてないのに、一人合点していたのでした。翌朝はモモを散歩に連れて出ても、体がまだ重いなぁと思うぐらいで、普通に歩いていました。その日は何処へ行く予定も無かったので一日中家でのんびり過ごしていたのですが、4時ごろになってまたしんどくなり始め、布団を敷いて寝ることにしたのです。夜になって熱が出てきたようでもあり、さりとて薬を飲めば残りは少なくありませんから、何処かに熱さまシートがあったようなことを思い出したのですが、布団から出るのも面倒なので、そのまま目を瞑って熱さに耐えているといつの間にか眠ってしまっていました。夜中に気付くともう熱があるような状況ではなくなっており、薬を飲まんでも良かったんやと安心して寝直したら、翌朝はすっきり、足どりも前日よりは軽くなった感じでした。

             

これって風邪だったのか、あまり風邪などひかないで(ひいても医者などにかからず治っていた)過ごしてきましたが、今回は少し酷かったように思われます。風邪をひかないことを根拠に自分はアホだと決め込んでいるのですが、その根拠もだんだん危うくなってきているのかも知れません。ことの発端の練習中の冷え固まりですが、齢をとると肩の冷えるのがだんだん早くなり、思い通りに投げるには10球以上はキャッチボールをしないと肩が暖まりません。イニング交替でのキャッチボールなどはせいぜい2~3球程度であり、その後もあまりボールも飛んで来ないので、試合中などは何時も肩が冷えた状態であり、ボールが飛んできてもすぐに投げ返せると言う状況ではなくなるのです。齢をとるというのはそういうことでもあるのです。

             

さて甲子園へ野球を観に行った日は4月8日であり、仏教ではお釈迦様の誕生日に当たり、花まつりの日と重なっていました。おそらく私の家から一番近いお寺がこの『正福寺』でしょう。マンションンの階上からも北の方に見えています。実はこのお寺はT橋という私の同級生が住んでいた(今でも住んでるのかも)お寺なのです。K川君に見せてあげようと思って、わざわざ遠回りして写真を撮って来たのでした。

                        

普段は誰もが入れるような状態ではありませんが、この花まつりの日は誰もが入れるように門が開放されていました。日本で言う釈迦の誕生日である4月8日はグレゴリー暦ですが、釈迦の生まれたインドの暦では2月15日とされていて、それは当に中国暦の4月~5月に相当する季節であるらしいのですが、中国暦の4月8日は明らかにグレゴリー暦とは違います。このように同じ仏教でも釈迦の誕生日は例え4月8日だと言っても違う日が設定されているのであり、こうなってくるとどれが本当なのか判らなくなってくるのであり、そうなると釈迦ってホントに居た人物なの?ということに至ってきます。

             

境内には誕生仏が置かれ“甘茶かけてください”のお願いが見られますが、かける甘茶?は・・・自分で用意していくものなのでしょうか。甘茶ってどんな味のお茶ですかね。舌が付いてるけど、甜茶なら飲んだことがあります、確かに少し甘い感じの味がするお茶でした。

             

失敗して物事をダメにする時に使う言葉「お釈迦になる」がよく使われていますが、この言葉の由来を知ってますか?江戸の鍛冶職人の隠語として、火を使いすぎて鈍ってしまった金物を江戸訛りで「し(火)がつよかった」が4月8日と重なり、それがお釈迦様の誕生日と重なるので使われ始めたとか・・・

       

こちらは病に倒れた当日、4月5日の土曜日、練習前の小学校のサクラです。見ごろは過ぎていますが、未だ沢山の花が散らずに残っています。このページが投稿される今日は、おそらく葉桜に変わってしまっていることでしょう。