ぼんくら放浪記

Blogを綴ることによって、自分のぼんくらさを自己点検しています。

今日でおしまい

2006-06-30 08:10:17 | 神戸にて
年度途中ですが、辞令が発令され、この職場ともお別れです。

1年3ヶ月という短い期間でしたが、慣れない神戸の街をよく歩き回ったものだと感心しています。

会社についてもいろいろと意見を述べてきました。

社会に対する貢献

社畜

アホやねん

人に優しくない

そろそろ春闘ですが

我が社だけが情けないわけではないのでしょうが、日本人は『資本家と労働者は対立している』ことを真剣に受け止めなければなりません。
資本側のご機嫌取りの労働者が多すぎます。

そうでなくては圧倒的に多数いる労働者の幸せは望めないのです。

          

次は尼崎に移っての仕事になります。
どんな仕事が待っているのやら・・・・?

19日までは研修と銘うった『思想教育』が施されます。


姫路城Ⅲ

2006-06-29 08:13:23 | 神戸にて
女優が姫に扮して百人一首をしているのではありません。

西の丸の渡り廊下で、千姫が会合わせをしているのを再現している人形です。

          

扉の後ろに侍が隠れていたり、姫様がカルタをしていたり・・・お城というもののイメージがあまり湧いてきません。

          

廊下を歩いてて、ふと窓から外を見ると、鳥がジィ~ッとしています。
一瞬置物かなぁ?と思ったのですが、動いたのでした。

動いても今の時代は置物の可能性があります。
しばらく見ていると、上を向いて、喉をゆらしていました。
これは本物と納得してしまいましたが、飛んでいかなかったので置物かも知れません。

姫路城は別名『白鷺城』とも呼ばれています。
この鳥をハタと見て、置物かな?と思うのは、そのことを知ってる人のみが思いうることでしょうか。

ちなみに一緒に場内に見学に入った人たちは、この鳥に気付かなかったそうでした。

私はこの写真がこの日の唯一のトピックスだと思っています。(この鳥が置物でなければですが・・・)



城は見る方向が変わると、刻々と姿を変化させます。
どこから見るのが一番きれいなんだろう・・・

          

姫路城Ⅱ

2006-06-28 08:10:58 | 神戸にて
もう季節外れですが、ツツジがまだ咲いていました。

          

なんと1993年我が国で最初に世界遺産として登録されたのだそうです。
日本のお城は他の国のお城とは全く違った造りをしています。
といっても、私は世界のどの国のお城も訪れたことがありません。

          

西の丸の渡櫓の廊下です。これはかなり新しくしたもののようです。

          

築城して400年以上経つのですから、そのまま残しておけというわけにもいかないのでしょう。

          

左側は板敷きの部屋になっていました。住んでた当時は畳を敷いてたのでしょうか?(後ろを向いて撮ったので順路どおりに進むと右側になります。)

          

途中いくつもこのような扉が・・・敵に襲われたときの逃げ道でしょうか・・・蓋をしてしまえば判りません。

          

これは物置ですが、侍が隠れるようになっていた所・・・敵襲に備えて、敵の背後を衝くように考えていたのでしょう。
これなんかは、かなり古いんじゃないかなぁと思うのですが・・・



姫路城

2006-06-27 19:54:09 | 神戸にて
良いか悪いか、好きか嫌いかは別にして、梅雨らしい天気が続くようになりました。

神戸で働くのもあと僅か・・・一度は行っておかないとと思っていました『国宝・姫路城』に連れて行ってもらいました。

          

我が社の姫路の営業所の食堂から姫路城が見えるというので、その食堂で昼食を摂りお城を見てみましたが、あまり近くではありませんでした。

昼食後、時間があるというのでお城まで行ってみようということで、見学に・・・

          

三の丸の庭園の手前でお城を中心に見えるように、鯱が設置されていました。
国宝だけになかなか最初から憎い発想です。

          

もう少しお城に近づいた所で撮ったのですが、こちらの方がお城が小さく写っています。

近づくにつれてだんだん大きく見えてくるのですが・・・

          

お城のスタイルとして、姫路城が良いのか、大阪城が良いのか、それとも名古屋城が良いのか・・・は私には判りませんが、戦災を免れて築城当時そのままの姿は価値があると思います。

          

私はここら辺りまでと思っていたのですが、皆さん600円を払って天主まで入城すると言うので、仕方なくついて行ったのでした。

東条湖

2006-06-26 08:11:54 | 神戸にて
社からの帰りに東条湖に寄りました。

旧東条湖ランド=おもちゃの国を越えて、山を登って遠景を見るときれいなところです。



平日だからでしょうか、おもちゃの国には誰も来ていませんが、東条湖の方にはバス釣りの若者が何台かボートに乗って遊んでいました。

写真の釣り桟橋に入るにもお金が要ります。

          

ずっと山の中に入っていくと、宿泊施設もありました。
なかなか静かで美しい景色があるのに、何で遊園地なんか造ったんやろ。
ここもポートピアランドやドリームランドの二の舞になるのでしょうか?

遠景をもう一つ  



社へ

2006-06-23 08:07:53 | 神戸にて
社町という街へ仕事で出かけました。

今は加東市になっているそうで、日本国中・市町村の合併が続き、学校で受けた社会の授業は何やったんや!?と疑わざるを得ないほど、何処にどういう市町村があるのか判らなくなってきました。

          

『社』と名がついているほどですから、さぞかし立派な神社があるのかなと期待して来たのですが、寂れた神社がポツリと・・・でも敷地は広いようです。

佐保神社とあります。

よくよく見てみると合点がいかない所も・・・

          

神社なのにお寺の鐘があります。

          

読めないでしょうが、碑に『日露戦没記念』と彫ってあります。
戦没などと人の悲しい思いを記念にしますか・・・?どんな感覚を持ってるのでしょう?

          

一応この神社の由来を載せておきます。
昔はこの地を佐保社村と呼んでいたと記されています。

神戸電鉄の不思議

2006-06-22 08:09:02 | 神戸にて
神戸電鉄に乗って神戸市北区の方面へ度々行っています。

六甲山の西の山麓を走っているので、なかなかローカル色豊かです。

それにしても、二つの疑問があるのです。

一つは、女性専用車両です。
制度そのものには反対ではありませんが、女性の方でせっかくの専用車両に乗られない方がおられるのは、いかがなものでしょう・・・?
女性がみんな専用車両に乗るなら台数が足らないのは目に見えているのですが。

今日提起したいのは、そういうことではありません。

なんと一日中女性専用なのです。
しかも4両あるうちの1両です。
12両や8両のうちの1両ではありません。
占有率が非常に高いと思いませんか?

JRでも地下鉄でも、朝夕の通勤ラッシュ時に限定されていませんか?

その車両に乗ってはイケマセンという『自由』に対する制限は、時間が短ければ短いほど良いのではありませんか?

          

次は最後尾、車掌は乗っていません。

何か有ったらどうすんねん・・・と硬いことを言ってるわけではありません。

実は何度も車掌が乗ってるのを目撃しているのです。しかも一人ではなくて、二人です。
一般車両に乗っています。
何度も目撃しています。
いつの間にか降りてしまって、気が付けばおられません。

乗務しているのではないのでしょうが、車掌の服を着てるんやったら、車掌室に入っとって欲しいものです。
安心感があるからです。

車掌が二人、何やら喋ってる写真は撮っていません。悪しからず・・・




清和源氏

2006-06-21 08:09:34 | 神戸にて
JR川西池田駅と阪急川西能勢口駅の間の歩道橋の下にこの像があります。
川西市の中心街でしょうか。

          

清和天皇の曾孫の源満仲が川西の多田盆地に移り住んだのが、源氏の始まりのように書いてあります。
確かに能勢電鉄に乗ると多田という駅があります。

1000年位前とありますから、紙は中国から伝わってたでしょう。
何か書き物でもあるのでしょうね。

しかし、何故この川西の地だったのか・・・
都は京都、そこからは遠いし、いっそのこと清盛のように海辺の福原に住むのなら納得もいくのですが・・・

天皇家の血筋を引く者が、武士になって天下を統一しようとする・・・そのことが私にとっては疑問なのです。
新しく世の中を目指した武士たちに、天皇とのつながりが何故必要だったのでしょう?

          

秦の始皇帝は皇族出身ではありません。そのことをバネに始皇帝は中国を統一したのでした。


天皇といえども人間であり、飯も食うし糞を垂れもするのです。
古の頃、豪族となっていった人たちの中で、権謀術数を駆使して頂点に立ったのが天皇家の始まりと私は考えているのですが、そのような系統が何故そんなに尊いものなのか?何故今も国民の税金を使って贅沢し得るのか?

源氏も平家もいつの間にか歴史から去っていき(源さんも平さんも姓としてはおられるのですが)、豊臣家も無くなって、天下統一を遂げた人たちでさえも、抹殺されるのが栄枯盛衰の浮世であり、300年続いた徳川幕府だって倒されてしまいました。

何故天皇家だけがのうのうと生き続けられるのか、一番目に頂点に立ったのか、二番目に頂点に立ったのか、三番目に頂点に立ったのか・・・調べようも無い遠い歴史の真実を確かめもしないで、いたずらに天皇家の御為に重い税金を納めているのが日本人だと言えませんか?

川西のことを書こうと思っていたのが、天皇家の話になってしまいました。

能勢電鉄に乗ってると、神戸電鉄で六甲の山裾を走ってるのと似た感覚に陥ります。


シューズプラザ

2006-06-20 08:11:18 | 神戸にて
腕塚・胴塚のあった海辺から、新長田の駅まで歩きました。

昔の地図では駅前にあった長田の地場産業のシンボル『シューズプラザ』、震災後北西に移転した所に寄ってみました。

靴はそんなに置いてないのですが・・・

          

上段右からジャイアント馬場・小錦・坂本直子、下段右からイチロー・高橋尚子の靴底です。

マラソン選手の靴、女性なのに大きいです。イチローも思ったより大きい。

外を歩いていると・・・・・



歩道に靴が・・・野口みずき・谷佳知



皆さんご存知ないかも知れませんが・・・ダイエーからオリックスに移籍した村松有人・それからQちゃん

それからこんな人も・・・覚えてますかネ?

          

これだけなんですが、せっかくいいアイデアなのに、もっと沢山の靴があればいいなぁと思うのは、私だけでしょうか。

腕塚・胴塚

2006-06-19 08:07:11 | 神戸にて
長田神社に行ったついでに、平忠度の腕塚と胴塚を探しに海辺まで歩いてみました。

          

こちらは腕塚ですが、近くまで行ってるのに、なかなか判りません。

民家に囲まれた一角にあるのでした。

          

表通りにこの看板が立ってあるのに、石碑にお寺の卍が彫ってあるので無視したのがいけなかったのでしょう。


          

こちらは胴塚、これも判りにくかった。一応表通りにあるのですが、目に付かない。前の植木がポイントになっているので、中が薄れてしまってるのかも・・・

          

忠度(ただのり)さん自体あんまり知らん人なので、地域の人もあまり力を入れてないような気がします。

          

これ見て、そんな気がしませんか???