蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

アジア部族民の最新作「氷の接吻」

2011年06月17日 | 小説
アジア部族民、渡来部須万男(トライブスマン)です。

直近のブログ投稿日が昨年(2010年)11月15日、その内容は執筆の最中だった「イザベラは空を飛んだ」の完了の予告でした。無事12月に稿了をみてHP掲載の予定はあり、半分は掲載し、継続を断念した。まぜなら次の作品「氷の接吻」に取りったためでした。
この綱渡り的スケジュールの結果、ブログ投稿やHPのメンテなど余力ができなかった。
その上、これは渡来部の私的環境なので恥ずかしくさらに恐縮ですが、「宿痾の病」の金欠症候群が再発してしまった。3年を越しての無収入は、「正業に就け」「バイトで収入を確保せよ」の治療勧告を無視した懲罰であり、ただならぬ容体悪化を迎えたのが今年の正月4日だった。
縁者を頼って中京地区に治療(出稼ぎ)に落ち延びました。
そして6月。陋屋に戻りました。糊をはみ砂を漱いで辛い日々をしのげば、病魔再発1年は心配ない。なにがしかを懐にと言ってもそれだけしか持たない悲壮帰宅でした。皆様には1月2月の小遣いでしょう。

ガラ悪い名古屋で夜勤警備しながら縁者に寄宿し、灯す電気の明るさと負担かけている経費の脅迫に当惑しながらもPCを叩いていた。陋屋に戻れば糊を舐め、籠もりきりで「氷の…」にとりかかり、昨日(2011年6月16日)第一稿を完了しました。全700枚の作品です。
第一項の意味合いは通読すると「ここを入れ替えたい、変更したい」などが数カ所でている。これらをとりまとめ、書き直してHPに掲載する予定はあります。
今日はその報告とある1節、著者が特に力を入れた場面を紹介します。

「氷の接吻」それまでのあらすじは;
=イクオは妻明子の中途半端な状態を解決するために、車に皆を乗せて和久井峠に向かう。明子の中途半端とは「死んでいる、しかし死を自覚していない」で、皆とはイクオ夫妻とイクオの愛人サキ、それに「楽園の使者」コタロウである。企むのは明子の最終的解決だが、それには「不可視な空間、神がいるとしても覗けない密室」を創造し、その場に明子とコタロウを放り込むことである。和久井峠を目指すのもその空間のためだ=

本文に移る、
「サキ、なぜお前はシートベルトしているのだ」
 奇妙な質問なのでサキは答えが分からず、返すまでに間があった。イクオが続ける。坂道を安全に下るのはシートベルトを外すのだと主張した。
「私を見てご覧、このとおりシートベルトを外している」
 言われるままサキも外した。またも奇妙な質問が出た、
「サキ、お前はなぜ扉を閉めたままなのだ」
 脇の扉もシートベルトと同様で、下り坂ではドアの開け放しが必要なのだとイクオは力説する。サキは腑に落ちないが、この坂道を「目をとじても運転できる」峠道の番長みたいな手練れ運転者が勧めるので、それも一理あるのだろう。扉を少しだけ開けた。
「駄目だ、その開け方じゃ、全て開放するのだ。こちら側のドアを見てご覧」
 運転席の扉はなるほど全開放されている。サキはまたも見習った。

 用意は整った、さあ下りるぞと発進した。するすると車が坂を下りた。初めは緩やかに、路面は乾いているのでスピード上げてもタイヤは滑らない。その感触を掴んだイクオはギアを上げ、アクセルを吹かしさらに足を踏みおろした。坂はより急になっきたので、スピードがドンドン出てきた。
ヘアピンカーブにつながるまでは坂は一直線の下り。そのどん詰まりが見えた。
下る流れがそのままのヘアピンカーブとなっているので、下りを上手く続ければ自然とヘアピンの曲がり口に入る。曲がった先では、緩やかな平坦道となる。
ハンドルを道の曲がりにあわせて切り、ヘアピンのくねりに車を委ねれば安全だ。
それは車が十分に減速していればとの絶対条件がつく。限界スピードを越してしまったらどうなるか。ヘアピンに仕掛けた崖の罠に落ちるだけだ。
速度は上がる、減速するどころかイクオはアクセルを一杯に踏んだ。その間にもサキの袖を引き最後の注意を促す。以下は楽園送りが成就するまでの車内五秒間の会話である。

「サキ、いいかお前は楽園には行かないぞ。行くのはコタロウと明子だからな。五秒と百メートル残る。成功を今祈るんだ」
「百メートルとは何のこと、私は楽園に行くのよ。コタロウと一緒に」
「また話をこみいらせるな、わたしの人生で今が一番の取り込み中なのに、お前の質問に返事しなくちゃならない。そんな事言っているうちに、五秒が四秒になってしまった。
五秒、四秒とはこの車が谷底落下に嵌められる土壇場までに残された時間なのだ。
サキ、何度も言うがお前は楽園に行かない、正しく言えばお前は行けない。楽園に行くには案内の葉書をもらったり、プロモーションコールを受けたりの手順を経過しないと駄目だ。楽天地温泉に行くのとは違う。
どうやって資格を取るのなんて質問はこの際、勘弁してくれ。話すと長くなってしまう。楽園行きとはプラザホテルで年一回の大バーゲンと似ている。招待する方が選ぶのだ。
 時間がドンドン経過している。葉書で入場のバーゲンなんて馬鹿な例まで出してしまった。俺がバカだったからだ、もう三秒しか残ってないじゃないか」
 アクセルの踏みしめを緩めることなく、イクオは後座席を振り返った。
「明子、残りは三秒、お前とコタロウ少年を無事に見送るために、この世に残された時間だよ」
残る時間はとても短い。イクオは必死の早口で説明しているのだが、時は待たず正確に非情に秒を刻む。スピードだってアクセル踏み続けなので、いや増しで上昇する。五メートル七メートル、十メートルと車は進んでいく。
明子はコタロウの手を求め、強く握った。
「約束の地、それは楽園、この峠道の終点に楽園があるのよ。やっと向かえるわ」とささやきかけた。頬が薔薇色に染まった。大雨の夜いらい、始めて明るい表情を見せた。
明子の顔の変化は、後部座席の暗がりでもあからさまに見えた。きっと最後になる表情の変化、紅の頬を見てしまったイクオは嫉妬まで感じた。
(続きは6月19日午後を予定)
コメント
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