ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

学術論文数とイノベーションの関係

2012年06月25日 | 科学

 今までのブログで、日本の学術論文数が停滞あるいは減少傾向にあり、諸外国が軒並み増えていることから、学術研究の国際競争力が急速に低下していることをお話してきました。そして、その大きな要因が、地方国立大学における研究機能の低下であり、その原因としては、国立大学への運営費交付金の削減が関係していることをお話してきましたね。

 そして、論文数の減少はわが国のイノベーション力の低下を意味すること、そして、わが国は資源の乏しい国であり、今までイノベーションで海外から資源を買ってきたことを考えると、論文数の減少は由々しき事態であると主張してきました。

  ここでお二人の方から、これに関連してご質問をいただいていますのでご紹介します。

大学の役割の指標として論文を数で比較することにどれくらい意味があるのでしょうか。それが社会の富や国民の生活を向上させるという根拠はありますでしょうか。

 〇質の高い(?)論文とイノベーションは本当に因果関係があるのですか?近年のイノベーションといえる技術や産業が論文から生まれたとは思えないのですが…

 2つのご質問とも、もっともな、また、非常に重要な質問ですね。

 この2つのご質問に共通する問題は、「サイエンスとイノベーションのリンケージ」と言われているもので、科学技術政策の上で重要な研究テーマになっています。

 私の今までのブログでも、1月31日と2月7日のブログで、根拠をあげてその説明をしてきましたが、ウェブ上で得られる他の文献もご紹介しつつ、再度説明しておくことにします。

 果たして、学術論文がイノベーションを生み出しているのか?

  この問いに答える一つの研究手法は、特許出願にどれだけ学術論文が引用されているか(特許のサイエンス・リンケージ)という指標を調べることです。1月31日のブログに書かせていただきましたように、米国特許の審査報告書における特許1 件当たりの科学論文の引用回数は、1997~1999 年から2007~2009 年の間に、全製造業において2.0 から3.4 へ上昇しました。サイエンス・リンケージの値は、「医薬品製造業」が飛びぬけて高く、2007~2009 年では28.7 とのことです。したがって、科学論文と特許の結びつきは次第に高まっていると考えていいでしょう。

 また、例えばウェブ上で公開されている“Science Linkages and Innovation performance”というベルギーの論文では、企業の開発とサイエンスのリンケージには種々の程度があるが、サイエンスとのリンケージをしている企業の方が、イノベーションのパフォーマンスが優れている(firms with a science linkage enjoy a superior innovation performance)と書かれています。

http://www.oecd.org/dataoecd/9/42/37450707.pdf

 次に、質の高い(?)論文とイノベーションとの因果関係ですが、被引用数の多い「高注目度論文」を用いますと、2月7日のブログでご説明したように、文科省科学技術政策研究所のレポートで、高注目度論文を産生した研究プロジェクトの方が、そうでない研究プロジェクトに比較して、特許出願件数が多かったことが示されています。

 また、例えばウェブ上で得られる“Research excellence and patented innovation”という論文のアブストラクトには、アメリカのトップ1%の高被引用度論文は、他の論文に比較して、アメリカの特許に引用される頻度が9倍高い( A US paper among the top 1% most highly cited papers is nine times more likely to be cited by a US patent than a randomly chosen US paper. )と書かれています。

http://spp.oxfordjournals.org/content/27/5/310.abstract

 このような根拠から、学術論文、特に高注目度論文がイノベーションに寄与していることは、間違いのないことであると考えられます。近年の産学連携の推進により、サイエンスとイノベーションのリンケージが高まりつつあると考えられ、今後ますます、その重要性が高まるであろうと思われます。

 もっとも、ご質問をいただいた方が「近年のイノベーションといえる技術や産業が論文から生まれたとは思えないのですが・・・」とおっしゃっているお気持ちもよくわかります。学術論文と関係のないイノベーションはたくさんありますし、また、イノベーションに結びつく論文は、ごく一部ですからね。

 でも、たとえば青色発光ダイオードというイノベーションも名古屋大学の赤崎勇先生が大きな貢献をし、光ファイバーについても東北大学の西澤潤一先生の大きな貢献が有名ですね。iPS 細胞というノーベル賞候補にあげられているイノベーションは京都大学の山中伸弥先生がなされました。カリフォルニア大学アーバイン校の工学部の教授の90%はベンチャーを立ち上げるそうですから、企業として成功するかどうかは別にして、彼らは、何らかのイノベーションの卵を引っ提げて起業に挑戦をしているはずですね。

 また、「大学の役割の指標として論文を数で比較することにどれくらい意味があるのでしょうか。」とおっしゃるお気持ちもよくわかりますね。

 大学の役割には、教育、研究、地域・社会貢献など、いくつかありますし、論文数は大学の研究機能を反映する指標の一つにすぎません。教育中心の大学があってもいいし、地域・社会貢献中心の大学があっても良く、全ての大学が研究中心である必要性はありませんね。

 また、日本の大学でも、近年産学連携がある程度進み、大学発の特許件数も増えましたが、アメリカの大学に比較すると、まだまだですね。ここをもっと強力に押し進めないといけないと思います。

 日本という国の将来を考えると、国をあげて研究を振興することは、日本人が今後とも、豊かな生活を継続する上で必要不可欠であると思っています。研究には、大きく分けて、大学の研究、研究所の研究、企業の研究とあるわけですが、日本の企業の研究開発投資は、リーマンショックの後、減少傾向にあります。企業の研究開発が低下して、公的な研究機能も低下することになると、これはたいへん由々しき状況になると思います。

 また、中小企業においても、グローバル化の中で、世界に進出してビジネスを展開するためには、研究開発が不可欠ですが、しかし、体力の乏しい中小企業では、大企業のように研究所を持つことは困難です。このような中小企業に対して、大学が積極的に共同研究などの産学連携を進めることは、地域の産業の振興にとって大きな役割を果たすものと考えます。

 我田引水ですが、私が学長をしていた三重大学では、中小企業との共同研究数は、全国で3位になったことがありました。また、「地域イノベーション学研究科」という独立大学院を創りましたが、その博士課程には、地域のやる気のある中小・中堅企業の社長さんや幹部の方々がぞろぞろと入学してきて、新たな地域企業と大学のコミュニティーを形成しつつあります。

 また、三重大学伊賀研究拠点という施設を、伊賀市との共同で創設し、地域の中で産学連携やベンチャー育成に貢献しています。三重県の医療・健康・福祉産業の振興を目的とした「メディカルバレープロジェクト」に三重大学は深く関わり、例えば、「みえ治験医療ネットワーク」を大学病院と三重県下のほぼ全病院とで作り、新薬だけではなく、地域企業の健康食品の治験を行い、地域企業の第二創業(イノベーション)に貢献をしています。

 このような地域企業との産学連携をしようとする場合、世界と戦わねばならない今時の地域企業が求めることは、世界に通用する研究シーズです。地方大学だからといって、2流の研究をやっていたのでは、地域の企業にも貢献することはできません。地域に貢献するためにも、大学は研究力を高めなければなりません。その研究力を測定する指標の一つが論文数になります。もちろん特許件数も重要な指標の一つですし、地域企業との共同研究の結果生み出された新製品の数などは、大学とイノベーションのリンケージを測る直接的な指標の一つですね。

 

コメント (3)
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