ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

学術文献データベースの論文数の読み方について

2012年06月29日 | 科学

 一昨日の「つぼやき」ブログ「あまりにも異常な日本の論文数のカーブ」へのアクセス数が急増したことには、ほんとうにびっくりしたのですが、昨日もアクセス数が増え続け、閲覧が67,298、訪問者が36,988と倍近くに増え、gooブログのランキングは3位になっていました。地味な学術的ブログとしては、ちょっとした“ブレイク”かも。

 コメントも15件に増えてうれしいかぎりです。今日もコメントについてご紹介しようと思いますが、学術文献データベースで論文数のデータの“読み方”にも一部関係するご質問がありますので、今日はそれについてお話したいと思います。 

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なぜ日本以外は増えるんでしょう? (通りすがりの者です)

2012-06-28 14:40:26

 不勉強なものでよくわからないのですが、そもそもなぜ他国は一様に増加しているのでしょうか?


 先生のブログでも書かれているとおり、研究者の数、質、研究費など様々な要因により増減することはわかりますが、いずれも無限に増えるものではないし、それならば減少することも自然にありえるはずです。
 

また、人口が一様に増加している国であれば研究者数は自然に単調増加しうることもわかりますが、すべての国で人口が一様に増加しているわけでもないはずです。
 

私には、むしろ、(日本以外の)すべての国で一様に増加していることのほうが異常に思えるのですが。

 

Unknown (p_h)

2012-06-28 17:16:36

 各国2002年まで穏やかなのが飛び跳ねる要因はそもそもなんなんでしょうか

 

2002年からの増加傾向 (2001年博士号取得者)

2012-06-28 20:58:23

2002年から各国の論文数が増加したのは、インターネットの普及によって投稿しやすくなったからだと思います。

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また、いつもメールでコメントをいただくDさんから 

「先生ご紹介のElsevier社出典の図“・・・・各国の論文数の推移”で1996~2002年頃 米国、英国、日本、ドイツなど、細部は兎も角として横ばい傾向、米国などは1999~2001年頃はダウンしています。2002年頃とそれ以降とは何が異なるのでしょうか? 例えば、母集団が変わっているのでしょうか? 施策が変わったのでしょうか? 研究費が急激にアップしたのでしょうか? 各大学の裁量がアップ?等々

 2003年頃から、中国を筆頭に、米国、ドイツなど急激に上昇していますが、どんな理由によるのでしょうか?

 先生ご参加の部会の配布資料を拝見しましても、図はありますが説明はないようです。

 ご多忙のところすみません。時間的にOKでしたら、ご教示下さい。」

 というご質問をいただきました。皆さんのご質問に答えるためには、データベースの論文数の“読み方”に関する部分と、論文数に影響を与える本質的な要因を考察する部分の両方があると思います。

 一昨日のブログで

「データベースによって、その“くせ”のようなものがあり、一つのデータベースだけにこだわって分析をすると、過ちを犯すリスクがあると思います。やはり複数のデータベースで確認することが、大切なことですね。」

と書きましたね。

 今日は、コメントのご質問にすべて回答したことにはなりませんが、データベースの“くせ”も含めて、論文数データの“読み方”について私の考えをお話します。

 まず、データベースの論文数は、そのデータベースが収載した学術誌に掲載された論文数を数えており、実際に世界に存在する実論文数を数えているわけではないことに注意する必要があります。つまり、データベースの論文数と実論文数には、乖離があるということです。

 たとえば、日本の論文数を見る場合、日本語で書かれた論文はトムソン・ロイター社やエルゼビア社のデータベースには、ほとんど収載されません。そのこととも関連して、データベースの論文の大半は自然科学系であり、経済学などの一部の社会科学を除いては、人文系の論文数がデータベースの論文数に反映されることは少ないのが現状です。

 また、各データベースとも、ある程度レベルの高いと思われる学術誌を選別して収載するので、英語で書いたとしても、レベルの低い学術誌に投稿した場合は、データベースに収載されません。例えば、一部の大学が発行している紀要等や小さな学会・研究会が発行している学会誌・研究会誌などです。通常、研究者は、自分の論文をまずは世界的に著名な学術誌に投稿し、リジェクトされた場合に、だんだんとレベルを落としていって、それでもだめなら各大学の紀要等に載せることになります。

 データベースが収載誌を増やさない場合、各学術誌がページ数を増やすか、発行回数を増やすかしないと、たとえ実論文数が増えていたとしても、データベースの論文数は増えません。逆に、実論文数が変わらなくてもデータベースが収載誌数を増やせば、データベースの論文数は増えます。

 世界の実論文数の増加に応じて、適度に収載誌を増やしていき、たとえば、実論文数が10%増えたのならデータベースの論文数も10%増えるようにコントロールできれば、実論文数の増加を反映する形で、データベースの論文数が増えていくことになります。このような収載する学術誌のレベルや数を増やしていくさじ加減が、各データベースの会社で微妙に異なることで“くせ”を生じるのであろう、と想像しています。

 次は、データベースの“くせ”ではないのですが、過去の私のブログにも書きましたように、論文数の国際比較をする場合には、国際共著論文がどれだけ存在するか、ということも論文数を左右します。最近、国際共著論文が急速に増えつつあり、論文数の分析で無視できない割合になっています。文科省科学技術政策研究所の阪彩香さんたちによるレポート(調査資料204)によると、2009年の国際共著論文は、英国、ドイツ、フランスなどのヨーロッパ諸国は約50%前後、米国が31.5%、韓国26.8%、日本25.8%、中国22.8%となっています。

 複数の国の著者が記入されている1つの論文をそれぞれの国の論文として1つと数えると(整数カウント法)、国際共著論文の比率の高い国ほど、論文数の上では有利に働きます。これを防ぐためには“分数カウント法”と呼ばれる分析手法があります。これは2つの国の研究者による共著論文の場合、それぞれの国の論文数を1/2とカウントする方法です。ただし、分数カウント法は阪さんのような専門の研究者でないと、分析することは困難です。

 今回のエルゼビアの論文数のデータは整数カウント法でなされていることも念頭においておく必要があります。ただし、阪さんたちのトムソン・ロイター社のデータベースを用いた分数カウント法の論文数分析でも、日本が諸外国に比較して、競争力を大きく落としているという結果自体は変わりませんけどね。

 ここで、前回のブログでお示ししたエルゼビア社のデータベースによる論文数のグラフと、トムソン・ロイター社のデータベースによる論文数のグラフと比較してみることにしましょう。

 下のグラフは、トムソン・ロイター社のデータベースを用いた整数カウント法による論文数のグラフです。米国と中国は、一昨日のエルゼビアのグラフと同じ比率でスケールの修正をするために7/25が掛けてあります。なお、分析には、トムソン・ロイター社のInCitesという、素人にも簡単に分析ができるセットになったデータベースを使いました。

 

 まず、トムソン・ロイター社の1年ごとの論文数のカーブは、エルゼビアの1年ごとのグラフよりも、けっこう凸凹している印象を受けますね。このような凸凹は、収載する学術誌の毎年の変更による影響が大きいのではないかと想像しています。このように変動すると、1年単位で論文数が減ったり増えたりすることに一喜一憂することにはあまり意味がありませんね。数年単位の中期的なトレンドで判断する必要があるということになります。

 そんなことで、5年間の論文数の平均値をプロットしたグラフを次にお示しします。ずいぶんとカーブがスムーズになりましたね。

 

 もう一つ、今回はスペースの関係でお示ししませんが、データベースによる収載誌の変更による見かけ上の論文数の変動は、国際シェアを計算することでもスムース化されます。先ほどご紹介した文科省科学技術政策研究所の阪さんのレポートでも、国際シェアを中心に分析がなされています。国際競争力の観点からは、論文の絶対数よりも国際シェアの方が重要な指標になるとも考えられますしね。

 さて、トムソン・ロイター社とエルゼビア社によるグラフの比較ですが、まず、論文数がかなり異なることがわかります。エルゼビアの方が概ね1.5倍くらい論文数が多くなっています。このことは、トムソン・ロイター社の方が、ある程度レベルの高いと判断される学術誌を精選して収載している可能性がありますね。

 いただいたコメントに1996年~2002年までは、論文数のカーブが穏やかで、その後急に飛び跳ねるように増加をしているのはなぜか?というご質問がありました。トムソン・ロイター社のデータベースの論文数の推移を見ると、エルゼビア社ほどの飛び跳ねる感じはないようですが、1996~2002年頃は、いくつかの国で、やはり踊り場的な感じで論文数が停滞している印象を受けますね。この踊り場の時期に、実際の論文数も停滞していたのか、単に両社が、たまたまこの時期に収載する学術誌をあまり増やさなかったのか、定かではありません。

 でも、エルゼビア社のデータでは、2003年以降の数年間、日本の論文数が急激に増えていますが、トムソン・ロイター社のデータでは、ずっと停滞が続いています。この差の原因の詳細はよくわからない面もありますが、両者が収載する学術誌を増やしていく過程の違いによって説明できるかも知れません。つまり、エルゼビア社は日本の研究者が多く投稿しているレベルが低い(?)と考えられている学術誌の収載数を増やしたが、トムソン・ロイター社はそれほど増やさなかったと仮定すれば、ある程度説明がつきます。そして、エルゼビア社のデータでは、日本の論文数が2003~2005年にかけて見かけ上増えたと・・・。もっともこれは、あくまで、根拠のない推測ですが。

 しかし、エルゼビア社のデータで、今でも収載誌の数が増え続けて、諸外国の論文数が増え続けているにもかかわらず、唯一日本だけ論文数が減少したことは、データベースのテクニカルな要素では説明できず、これは実際に日本の論文数が減っていることを意味する可能性が高いと考えています。つまり、増えたことは見かけ上である可能性が高く、減ったことは実際に減った可能性が高い。そして、もちろん国際シェアは急減し、国際競争力は急速に低下していると考えられるわけです。

 トムソン・ロイター社のデータでは、2000年頃から日本の論文数は停滞していますが、同様に国際シェアが急速に低下していることは同じですね。私は、トムソン・ロイター社でも収載する学術誌を増やし続けているわけですから、その状況で論文数が“停滞”していることは、実際の論文数は減少している可能性が高いと見ています。

 エルゼビア社とトムソン・ロイター社で、その論文数のグラフはけっこう異なって見えますが、そこから読み取れる結論は同じです。一昨日のブログでも書かせていただいたように、「もっとも、トムソン・ロイター社のカーブとエルゼビア社のカーブのどちらが、研究力を真実に近い形で反映しているのかわからないわけですが、いずれにしても2000年頃から法人化後にかけて、日本の学術論文は停滞~減少傾向にあり、他国がすべて右肩上がりであることから、研究面での国際競争力が急速に低下したことは、まぎれもない事実と考えていいでしょう。」

(このブログは豊田個人の感想を述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない。)

コメント (2)
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