僕たちの天使

私の愛する天使たち、ネコ、山P、佐藤健君、60~80年代の音楽、バイクなどを徒然に語っていきます。

(10/1)夏の思い出(1)と義母のこと

2014年10月01日 11時52分20秒 | 日常、仕事、認知症
2ヶ月近くブログを更新しなかった。
季節がガラリと変わっている。

10月の初日
半袖の私は、太陽の暖かみを感じてまだ夏が終わっていない気分。
夏の記録をしないうちに
秋が来てしまった。
世間は衣替えの日。
実感湧かず。

夏にいろいろあったことを
弾む心を持って書きたいが

義母とのちょっとしたやりとりで
全てが色褪せてしまう。
こっちの方が現実的な問題、自分の目の前にある問題だ、って。

今日こそ今日こそ
書こう、と思っても
私が休みの日だと知ると
二階に上がってきて延々話す義母の応対に辟易する自分。

互いに言葉をかぶせあって
聞く耳持たず、である。

「二階で変わったことはないか。」から始まる。
何も変わったことはない、と言っても
それが主じゃないから、自分のことを延々話す。
いつもと同じだ。
私が怖いのは
具体的に近所の人の名とかが出てきて突撃すること。
今日は
うちの前のホテルの名が出てきた。
ホテルの非常階段からこっちを懐中電灯で照らして見ている、と。
警備員の方が毎夜見回りをしているので、それがうちを照らしている、となるわけだ。
そんなことは何十年も前からの仕事で、こちらも知っていること。
雨戸を閉めているので、義母はおそらく開けてまで見ていない。
いつか見た光景を思い出して、今あったことのように語るのであろう。
そして
それが頭に張り付いて、行動に移してしまうのが怖い。
だから
「向かいのホテルに突撃するのはやめて。」と言った。
義母のホテルに対する言い分はこうだろう。
「警備員が見回っているときに、必ずうちにむかって懐中電灯を照らしてこっちを覗いている。」とでも。

そんな行動だけは強気でやる義母である。
近隣の人はそんな強気の義母を知らない。
温和で息子思いの優しい母親。
だから、信じられない、家族は一体どうしているんだ、となる。

先月
義母の掛かり付けの病院に行った。
義母には内緒である。

先生も義母の長々と語る「オトコが毎夜うちに来る話」に心配していたところだった。
そして
私は現状を話す。
日中は特に問題ないこと。
普通に買い物にも行くし、計算もできる、近所の人との会話にも
不自然さは見られない。

しかし夜、灯りを消したとたん
始まる妄想。
それで何度も呼び出される。
義母もそれらのオトコたちを見てほしくて
私たちを呼ぶが
私たちが階下に行くとたちまち逃げて消える、とのこと。
だから
私たちは一度もそんなオトコたちを見たことがない。
そもそも
雨戸も閉まっているし、鍵も掛かっている。

仏壇を替えられた
新しいところでは
墓参りしたとたん、墓を替えられた、と言う。
毎日、何かを替えられた、何かを置いていった、
何かの位置を替えられたなどなど。
仏壇、墓、通帳、年金などがキーワード。

先生は
精神科の病院に、と言う。
私も
そうしたい、と言うが
本人にはどう伝えたらいいのか、と尋ねる。
信頼する先生からの助言があれば
義母は受け入れるかもしれない、と
では
もう少し時間をかけて説得しましょう、と言われる。

その後
義母はそのやりとりは知らずに
薬をもらいに病院に。
先生は形式的な検査をして(それが異状であれば、大きな病院を紹介するという前提)
結果を見たが
至って健康。
義母はますます「自分はおかしくない。正常。」に自信を持つ。
その話を今度は義母から聞かされる。
「全然悪いところないって。大きな病院を勧められたけれど。」

今日もその話になって
「先生の言われたとおりに、人の意見も素直に聞いて、一度大きな病院で
診てもらったほうがいいよ。」
とか
「藁をもすがるつもりで、どんな意見でも聞いてみるということをしたほうがいいよ。」
と言っても
「ここはお化け屋敷だ!」の捨てゼリフを言って下に降りていく。

そういうやりとりがあって
ブログに
今日はこんな楽しいことがあった、こんな感動があった、と
今書こうとしても書けやしない。

先日は
通帳をなくしたということで
再発行の手続きについていったのだが・・・
疲れた疲れた。
割愛。






今月の休みが決まったが、壁に貼ってあるカレンダーに記入していない。
何となく、何となく、義母が見るようで、記入していない。夫に、記入しろ、と言われているけれどね。

少し夏のできごとを。

旭川の私の妹の娘(姪)が2年ぶりにこちらに旅行でやってきた。
以前
社会人になって初めてのひとり旅に、仙台を選び、片倉小十郎について調べに来た、と
歴女ぶりを書いたことがある。
その姪がまた一人でやってきた。
彼女の気持ち、行動は前回で読めたので
今回は妹のメールで東北に行くということで、スケジュールは本人任せ、連絡あったら
会ってくれ、ぐらいに受け止めた。

3泊4日の山形、宮城の旅。
そう受け止めた。
姪と連絡が取れて、仙台に来たときはまた牛タンを食べましょうとメール。
そして会った。
旅の行程を聴いたら
3泊とも仙台だったw

その3泊目に会ったわけである。
で、
「今回の旅の目的は?」と聴いたら
「図書館・・・」だって・・・
「え?」
「仙台メディアテークって、凄いですね、綺麗ですね。」
「片倉小十郎を調べるために、図書館に来たの?
もっと大きな図書館があるから、今度来たときは連れていくから。」と約束。
白石や山形などにも行ったが、仙台を拠点として動いたそうだ。
岩手にも足を伸ばせば、中尊寺もあるし、猊鼻渓もあるし・・・、と言ってはみたが
片倉小十郎に固執しているようだ。

「2年前の仙台一人旅のあと、どこかに行ったの?」
私は、京都とか、ディズニーランドとかを想定しての質問。
「フランス」
「え??一人で?なぜ初の外国一人旅を英語圏にしない?」
しかも、パックツァーではなく、全部一人で、計画を立て、ホテルも自分で予約。
一体その勇気、行動力はどこから?
私の姪?妹の子ども?
ちょっと感動に震えてしまった私です。

携帯を見たら、年頃の子は皆持っているはずのスマホではない。
ガラケーです。
「あらら、じゃ、ラインとかやっていないでしょ。」
「そうなんです、友人皆、ラインでやりとりして、私だけ仲間はずれなんですw」
そんな姪がおもしろい。
我が道を行く姪。人は人、自分は自分、というのを目の前で見せてくれた若者です。

うちに来て、ネコたちを愛でる姿は
私や妹の遺伝子を受け継いでいる。
私と妹は父親違いなのだが、猫好きはすっかり同じ。

空港で
妹の好きなずんだ餅とふなっしーのストラップを。
独眼流正宗仕様と笹かま仕様。
こういうのが好きなのは私と妹。
姪は、こんな親姉妹をどう思っているでしょうかね。
なんか、また
姪がふらりと仙台に
やってきそうです。
親戚に泊まったり、いっしょに行動することよりも
自分で計画を立てて、一人でとことん調べたりするのが好きそうで
その合間に、牛タンをご馳走してくれる仙台の伯母さんに会おう、というところでしょうか。
なかなかそれもよし。

後に
妹から
北海道の白いトウモロコシを送られました。
皆に分けて、おいしいおいしいと食べました。
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3 コメント

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Unknown (Unknown)
2014-10-02 18:00:17
久々の更新安心。
姪っ子さん。そのままノビノビと、社会や現実につぶされないでいてくれるといいね。

お義母さん。痴呆と言うより精神的なもの? という印象も。
参考までに↓ググったサイト。別の症状にかこつけて病院に連れて行くのがいいみたい。こんな時こそ実子の出番かね。
https://www.google.com/search?hl=ja&site=&source=hp&ei=gRAtVLmTF9C48gX0q4H4DA&q=%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%97%85&oq=%E3%81%9B%E3%81%84%E3%81%97%E3%82%93&gs_l=mobile-gws-hp.1.0.0i4l5.3152.6743.0.11742.6.5.1.0.0.0.744.1903.2-1j0j2j0j1.4.0....0...1c.1.54.mobile-gws-hp..1.5.1931.3.jnOVLDfmui8#hl=ja&q=%E7%97%B4%E5%91%86+%E7%96%91%E3%81%84+%E7%97%85%E9%99%A2%E3%81%AB%E9%80%A3%E3%82%8C%E3%81%A6%E8%A1%8C%E3%81%8F
返信する
名無しで投稿してしまった (JMC)
2014-10-02 18:01:42
いつものJMCです(^o^)
返信する
Unknown (ジャスさんへ)
2014-10-09 17:59:03
久々に更新していながらまたブランク。
なかなか、自分の頭が働かないし、
生活に広がりがありませんねえ。

自分の野心、どこに行ったのでしょう。

義母とは相変わらずコントのような会話をしています。
病院勧めています。
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