
西から東へ戻る旅行シリーズ、2回目です。
7/30に出雲市駅から一畑電鉄を利用して出雲大社前駅まで到着した後は、普通ならそのまま出雲大社へお参りしに行くんでしょうけど、私は7年前の心残りを片付けることにしました。それは、JR大社線の大社駅跡の訪問です。
大社線は国鉄からJR西日本に引き継がれて3年で廃止された第3次特定地方交通線でした。私が初めて出雲市に来たのは、子供の頃、国鉄最後の日に父親につれられて来た時なので、その当時はあったはず。しかし、その後私が乗れることは無く、大人になってから2度ほど出雲市に訪れましたけども、大社線はとっくの昔に廃止された路線でした。それで、7年前は今回と同じように一畑電車で出雲大社前駅まで来て、出雲大社にお参りした後、タクシーで出雲市駅まで戻ったんです。で、その途中で大社駅を車窓に見たわけで。いつかこの駅を見に来ようと思いつつ、気がつけば7年が過ぎてしまいました。
一畑電車の出雲大社前駅よりも若干出雲大社より遠い大社線大社駅は、出雲市方向にまっすぐ7、8分ほど歩けば到着します。ちゃんと案内の標識もありますので、道に迷ったり、見落とすことはあまりないでしょう。木造の立派な駅舎が、目の前に現れます。

大社駅への入り口の標識

大社線、大社駅。駅にあった説明文によると、大正13(1924)年2月13日に改築された物とのこと。Wikipediaによると2代目駅舎とのことで、開業が明治45(1912)年だから、初代は12年間しかなかったことになる

駅の入り口。自由に見学できる。一応見学時間は9:00~17:00とはなっていたが、見たところ無人だった

入って正面にあったものは観光案内所だったらしい。左に観光案内所の看板がある

こちらは切符売り場

広い待合室

天井。格子造りで神社のようである

切符売り場跡に掲載されている運賃や急行・特急料金。廃線当時の物だろうが、運賃は現在と一緒(JR西日本、JR東海、JR東日本は国鉄時代のままの運賃であるので)。ただ、急行料金、B寝台、A寝台等の表記が時代を感じさせる

大社線の時刻表。1日15往復だったようだ。乗り継ぎ列車の名前が「いそかぜ」「さんべ」「くにびき」等、現在では消滅した愛称もあって懐かしい

ホーム側より。なんだか懐かしい、駅の風景

出雲大社側の方向を見る。元々終点の駅であり、この先の線路は無い

出雲市側を見る。昔はここから出雲市まで線路が続いていた。ホームは非常に長く、かつて多くの臨時列車や、大阪・名古屋からの急行列車が入っていたことを偲ばせる

臨時改札口。団体客を扱う駅であった証拠である。現在でも日光線日光駅にこのようなものがある。余談だが、日光駅同様に大社駅には貴賓室があったのだそうだ

島式のホームへ渡る階段には、ウサギのイラストの鉄板が。因幡の白ウサギをイメージしていた?ここは出雲(2つ隣の国)なんですけどね・・・

保存されているD51 774の後方。D51 774は最後を米子機関区で迎えた車両だ

前方より。外に野ざらしなので、多少は痛んでいる。とはいえ、廃止からずっとあることを考えると、何度か整備はされているようだ

D51形の運転室は見学可能

斜めから見た大社駅の駅舎。写真には写っていないが私以外にも何人か同様に見学に来ていた。駅前が駐車場になっているので車で来ている人が多いようではあった
大社駅は非常に立派で、ここに列車が走ってこないのは非常に残念に感じる場所でした。国鉄時代に経営赤字で廃止が決定していたとはいえ、JR化後に生き延びさせる道もあったんじゃないかなあ(そうすると、一畑電車がまずいだろうけど)。
さて、大社駅の見学後もまだ一畑電車の乗車予定の電車までは時間があったので、今度は普通に出雲大社へ向かいます。一旦出雲大社前駅を過ぎることにはなるんですけどね。今回の訪問時は、実は平成の大遷宮の作業に入っておりまして、本殿は見ることができませんでした。

大社駅跡と出雲大社前駅の間にある大鳥居。日本一の大鳥居と書いてあったが、少なくとも現在は日本一の高さではない(現在の日本一は熊野の本宮大社にある)。建設時に日本一だったのだろうか?

出雲大社の入り口。観光客はそこそこいました

本殿へ続く松並木

境内が広くて、けっこう歩きます。松並木を抜けて、ようやく本殿・拝殿へ

以前は拝殿であった物が、現在は御仮殿となっており、ここにみんなお参りしていました
出雲大社へのお参り後は一畑電車の出雲大社前駅に戻り、列車の時間を待ちます。
時間が来て、乗車できるようになったら、発車時間前に、デハニ50形の中を見学させてもらいました。デハニ50形の車内見学は、入場券、乗車券で行えます。

デハニ50形

手動扉!自動じゃないですよ。ちなみに開くのは手前の方だけです

中を開けると、荷物室です。デハニ(電車、旅客車、荷物車)だから、旅客・荷物の兼用なんですよ

内部は映画撮影の際に改装され、昔の姿に近づけさせたのだそうです。現役時代の末期はお座敷でした

運転席。計器が少ないですね

旧型客車で見るような車掌用の非常ブレーキがありました

客席側より荷物室側を見る

デハニ52の銘版。日本車輌会社製造で昭和三(1928)年製。ナニワ工機(現在のアルナ車両)で昭和31(1956)年に改造を受けています。この車両が、2年前までは稼働していたんですよね。現在も昭和四年製造のデハニ53は雲州平田駅構内で稼働中です(車籍は無く、体験運転を今後実施するのみ)

荷物室側の運転室。装備は、客室側と一緒
デハニ50形は、7年前の訪問時に平田市駅(現在の雲州平田駅)構内で入れ替え作業中の所を見ましたけど、中に入れたのは今回が初めて。映画撮影用にきれいに直したこともあり、保存状態は良好でした。
次回は一畑電車に再度乗車し、松江まで戻ります。
7/30に出雲市駅から一畑電鉄を利用して出雲大社前駅まで到着した後は、普通ならそのまま出雲大社へお参りしに行くんでしょうけど、私は7年前の心残りを片付けることにしました。それは、JR大社線の大社駅跡の訪問です。
大社線は国鉄からJR西日本に引き継がれて3年で廃止された第3次特定地方交通線でした。私が初めて出雲市に来たのは、子供の頃、国鉄最後の日に父親につれられて来た時なので、その当時はあったはず。しかし、その後私が乗れることは無く、大人になってから2度ほど出雲市に訪れましたけども、大社線はとっくの昔に廃止された路線でした。それで、7年前は今回と同じように一畑電車で出雲大社前駅まで来て、出雲大社にお参りした後、タクシーで出雲市駅まで戻ったんです。で、その途中で大社駅を車窓に見たわけで。いつかこの駅を見に来ようと思いつつ、気がつけば7年が過ぎてしまいました。
一畑電車の出雲大社前駅よりも若干出雲大社より遠い大社線大社駅は、出雲市方向にまっすぐ7、8分ほど歩けば到着します。ちゃんと案内の標識もありますので、道に迷ったり、見落とすことはあまりないでしょう。木造の立派な駅舎が、目の前に現れます。

大社駅への入り口の標識

大社線、大社駅。駅にあった説明文によると、大正13(1924)年2月13日に改築された物とのこと。Wikipediaによると2代目駅舎とのことで、開業が明治45(1912)年だから、初代は12年間しかなかったことになる

駅の入り口。自由に見学できる。一応見学時間は9:00~17:00とはなっていたが、見たところ無人だった

入って正面にあったものは観光案内所だったらしい。左に観光案内所の看板がある

こちらは切符売り場

広い待合室

天井。格子造りで神社のようである

切符売り場跡に掲載されている運賃や急行・特急料金。廃線当時の物だろうが、運賃は現在と一緒(JR西日本、JR東海、JR東日本は国鉄時代のままの運賃であるので)。ただ、急行料金、B寝台、A寝台等の表記が時代を感じさせる

大社線の時刻表。1日15往復だったようだ。乗り継ぎ列車の名前が「いそかぜ」「さんべ」「くにびき」等、現在では消滅した愛称もあって懐かしい

ホーム側より。なんだか懐かしい、駅の風景

出雲大社側の方向を見る。元々終点の駅であり、この先の線路は無い

出雲市側を見る。昔はここから出雲市まで線路が続いていた。ホームは非常に長く、かつて多くの臨時列車や、大阪・名古屋からの急行列車が入っていたことを偲ばせる

臨時改札口。団体客を扱う駅であった証拠である。現在でも日光線日光駅にこのようなものがある。余談だが、日光駅同様に大社駅には貴賓室があったのだそうだ

島式のホームへ渡る階段には、ウサギのイラストの鉄板が。因幡の白ウサギをイメージしていた?ここは出雲(2つ隣の国)なんですけどね・・・

保存されているD51 774の後方。D51 774は最後を米子機関区で迎えた車両だ

前方より。外に野ざらしなので、多少は痛んでいる。とはいえ、廃止からずっとあることを考えると、何度か整備はされているようだ

D51形の運転室は見学可能

斜めから見た大社駅の駅舎。写真には写っていないが私以外にも何人か同様に見学に来ていた。駅前が駐車場になっているので車で来ている人が多いようではあった
大社駅は非常に立派で、ここに列車が走ってこないのは非常に残念に感じる場所でした。国鉄時代に経営赤字で廃止が決定していたとはいえ、JR化後に生き延びさせる道もあったんじゃないかなあ(そうすると、一畑電車がまずいだろうけど)。
さて、大社駅の見学後もまだ一畑電車の乗車予定の電車までは時間があったので、今度は普通に出雲大社へ向かいます。一旦出雲大社前駅を過ぎることにはなるんですけどね。今回の訪問時は、実は平成の大遷宮の作業に入っておりまして、本殿は見ることができませんでした。

大社駅跡と出雲大社前駅の間にある大鳥居。日本一の大鳥居と書いてあったが、少なくとも現在は日本一の高さではない(現在の日本一は熊野の本宮大社にある)。建設時に日本一だったのだろうか?

出雲大社の入り口。観光客はそこそこいました

本殿へ続く松並木

境内が広くて、けっこう歩きます。松並木を抜けて、ようやく本殿・拝殿へ

以前は拝殿であった物が、現在は御仮殿となっており、ここにみんなお参りしていました
出雲大社へのお参り後は一畑電車の出雲大社前駅に戻り、列車の時間を待ちます。
時間が来て、乗車できるようになったら、発車時間前に、デハニ50形の中を見学させてもらいました。デハニ50形の車内見学は、入場券、乗車券で行えます。

デハニ50形

手動扉!自動じゃないですよ。ちなみに開くのは手前の方だけです

中を開けると、荷物室です。デハニ(電車、旅客車、荷物車)だから、旅客・荷物の兼用なんですよ

内部は映画撮影の際に改装され、昔の姿に近づけさせたのだそうです。現役時代の末期はお座敷でした

運転席。計器が少ないですね

旧型客車で見るような車掌用の非常ブレーキがありました

客席側より荷物室側を見る

デハニ52の銘版。日本車輌会社製造で昭和三(1928)年製。ナニワ工機(現在のアルナ車両)で昭和31(1956)年に改造を受けています。この車両が、2年前までは稼働していたんですよね。現在も昭和四年製造のデハニ53は雲州平田駅構内で稼働中です(車籍は無く、体験運転を今後実施するのみ)

荷物室側の運転室。装備は、客室側と一緒
デハニ50形は、7年前の訪問時に平田市駅(現在の雲州平田駅)構内で入れ替え作業中の所を見ましたけど、中に入れたのは今回が初めて。映画撮影用にきれいに直したこともあり、保存状態は良好でした。
次回は一畑電車に再度乗車し、松江まで戻ります。